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【事件名】塾用ネットソフトの製作代金不払い事件
【年月日】平成14年9月17日
 東京地裁 平成14年(ワ)第1572号 請負代金等請求事件
 (平成14年7月23日 口頭弁論終結)

判決
原告 有限会社サイバードリームズ
訴訟代理人弁護士 舘野幸二
被告 株式会社ナンバーワン倶楽部


主文
1 被告は、原告に対し、400万円及びこれに対する平成12年12月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
(主位的請求)
  主文同旨
(予備的請求)
1 原告と被告との間において、原告が別紙著作物目録第1記載のプログラム及び同目録第2記載のデータべースについて、著作権を有することを確認する。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告から後記のコンピュータープログラムの作成を請け負い、これを完成して引き渡したが、被告がその請負代金を支払わないとして、主位的に請負代金の支払を求めるものである。なお、原告は、主位的請求が認められない場合には、予備的請求として、被告に引き渡した別紙著作物目録記載のプログラム及びデータべースについて、その著作権が原告に帰属することの確認を求めている。
1 争いのない事実
(1) 原告はコンピューターソフトウェアの開発及び販売を目的とする有限会社であり、被告は、学習塾の経営並びにこれらに関するノウハウの販売等を主たる目的とする株式会社であり、訴外株式会社マリンウェーブ(以下「訴外マリン」という。)は、データ通信サービス業を主たる目的とする株式会社である。
(2) 原告と被告は、平成12年1月ころから、パソコンを使って勉強を行うプログラムの製作について話し合い、同年6月ころ、インターネットを使ったパソコン勉強プログラム作成及びそのプログラムを学習塾に対して利用させるサービス(これらを総称して「Juku−Net(じゅくねっと)」という。)を開始することを決定し、そのプログラムの製作を原告が請け負い、被告がその代金を支払い、プログラムを用いて事業を展開する合意が成立した(以下「本件合意」という。)。
(3) 原告は、平成12年8月に本件合意に基づく勉強プログラムを、少なくとも部分的には製作し、成果物である「Juku−Net」のプログラム(以下「本件プログラム」という。)が作成された。
 本件プログラムは、コンピューターを利用し、原告所有のサーバーコンピューターにアップロードすることによってインターネットを通じて各学習塾の生徒が利用できるシステムであり、@学習塾の生徒がインターネットを通じてテスト問題を解いたあと、コンピューターが誤った問題のみを抽出、集積し、生徒が再びそれに関連する練習問題を解くことにより、基礎から理解して学習の効果を上げることができる、Aまた、テスト問題が正解に達した場合にはその問題がトライ項目として集積されることにより、結局テスト問題のすべてがトライ項目になることによって学習が完成する、Bさらに、トライ項目を用いた学習を行なうことで全国のJuku−Net利用者との間で問題回答の時間を競い合うことができ、そのことによってさらに実力を上げることができる、というシステムとなっている。
(4) 上記のように本件プログラムが少なくとも一部完成すると同時に、原告は自社のサーバーコンピューターに同プログラムをアップロードし、各塾の生徒がインターネットを通じてこれを利用できるようになったことから、被告は、各学習塾に利用開始を告げ、各学習塾の生徒がインターネットを通じて同プログラムの利用を開始した。
(5) 原告と被告との間には、平成12年11月20日付けで、契約内容について確認した「契約確認書」(以下「本件確認書」という。)が存在する。
(6) 被告は、原告に対して、本件の請負代金の一部として、合計266万円を支払った。
2 争点
(1) 原告は本件プログラムを完成して被告に引き渡したか。
(2) 原告と被告との間の本件確認書による合意の成否
3 請求原因
(1) 原告はコンピューターソフトウェアの開発及び販売を目的とする有限会社であり、被告は、学習塾の経営並びにこれらに関するノウハウの販売等を主たる目的とする株式会社であり、訴外マリンは、データ通信サービス業を主たる目的とする株式会社である。
(2) 平成12年1月ころから原告と被告との間で、パソコンを使って勉強を行うプログラムの製作について話し合い、原告の発案及び試作品を通じて、平成12年6月ころ、原告と被告は、インターネットを使ったパソコン勉強プログラム作成及びそのプログラムを学習塾に対して利用させるサービスである「Juku−Net」を開始することを決定した。原告によってすでに完成されていた設計書に基づき、そのプログラムの製作を原告が請負い、原告がその製作に要した費用を仕事量に応じてその都度請求し、被告がその代金を支払い、プログラムを用いて事業を展開する本件合意が成立した。
 ただ、被告にはコンピューターがなかったため、とりあえず原告のコンピューターにプログラムを入力し、サーバーコンピューターにアップロードし、それを被告が利用する方法を採用することとし、原告にサーバーコンピューターの利用料として月額5万円を支払うこと、また平成12年1月当初は、原告・被告間に具体的な構想が思い浮かばなかったため、原告は試作品製作も含め請負代金は仕事量に応じ、月単位の人工(にんく)での計算をし、月毎に請求し、基本的には請求の翌月払いということにしていた。その後、具体的な代金を確定しないまま本件プログラム完成に至るまで同様の報酬計算及び支払方式をとることも合意された。
(3) 原告は、平成12年8月に本件合意に基づく勉強プログラムの製作を完了し、成果物である本件プログラムが作成された。
 本件プログラムは、コンピューターを利用し、原告所有のサーバーコンピューターにアップロードすることによってインターネットを通じて各学習塾の生徒が利用できるシステムであり、@学習塾の生徒がインターネットを通じてテスト問題を解いたあと、コンピューターが誤った問題のみを抽出、集積し、生徒が再びそれに関連する練習問題を解くことにより、基礎から理解して学習の効果を上げることができる、Aまた、テスト問題が正解に達した場合にはその問題がトライ項目として集積されることにより、結局テスト問題のすべてがトライ項目になることによって学習が完成する、Bさらに、トライ項目を用いた学習を行なうことで全国のJuku−Net利用者との間で問題回答の時間を競い合うことができ、そのことによってさらに実力を上げることができる、というシステムになっている。
(4) 本件プログラムの完成と同時に、原告は自社のサーバーコンピューターに同プログラムをアップロードし、各塾の生徒がインターネットを通じてこれを利用できるようになったことから、被告は、各学習塾に利用開始を告げ、各学習塾の生徒がインターネットを通じて同プログラムの利用を開始した。
(5) ところで、平成12年1月段階から、すでに原告がプログラムの試作品を作成し、その都度原告が人工(にんく)での計算に基づき、月々の手数料を請求し、被告が支払うとの方法が取られていたが、ほどなくその手数料に遅滞ないし不足金が出始めた。
 そして、原告が本件合意に基づき製作した本件プログラムの総製作費、サーバー使用料及び原告が先に負担することにしていたJuku−Netのドメイン提供料50万円の総合計が平成12年10月に入った段階で745万円に膨れ上がっていたが、被告のそれまでの既払合計額は206万円しかなく、平成12年10月11日に60万円が支払われたものの、その後は、一切支払がされていない。
 しかるに、原告は、本件プログラムを被告のために提供し続けていた。
(6) そこで、原告は、本件合意に基づく支払を確保するとともに被告の負担を軽減することを図って、被告に対して、本件プログラムの総製作費用を666万円に確定させた上で、それまでの契約関係を明確化し、確認するとともに今後の処理の方向性を書面化することを提案した。その結果、原告及び被告は、平成12年11月20日、従来の契約の内容を確認し、本件確認書を作成した。
 なお、この段階で、被告が原告に対して本件プログラムのほかに、他の成果物として後記「本件成果物の説明」に掲載された成果物Aの製作を、新たに提案したため、原告は、支払方法を遵守することを前提として、その製作をも本件確認書による合意の対象とすることを了承し、原告と被告との間に、本件確認書のとおりの内容の合意が成立した。
 本件確認書において合意された内容は、概ね以下のとおりである。
ア 被告は、原告に、被告が行うサービスであるJuku−Net向け学習コンテンツ(本件成果物)の製作(以下「本件業務」という。)を依頼し、原告は本件業務を受託した。
イ 本件業務の製作費は666万円とし、その納入期限は平成12年12月25日とする。
ウ 本件成果物の検査期間は1週間以内とし、本件納入期限はこの検査期間を含めたものとする。ただし、原告が本件成果物の納入後1週間以内に被告より何ら回答が得られない場合は検査が完了したものとし、本件成果物の納品が完了したものとする。
エ 被告は原告に対して、次のとおり、原告の指定する銀行口座に製作費を振り込むものとする。
 @金266万円(平成12年10月11日までに支払済み)
 A金100万円(平成12年11月30日までに支払う)
 B金300万円(平成12年12月25日までに支払う)
オ 上記金額は遅滞なく支払われるものとし、原告が該当日に入金が確認できない場合は、原告は、被告による本件成果物の使用を中断することができる。
 さらに該当日から1週間以内に入金が確認できない場合、本件成果物は原告の所有物として本件業務を終了する。
 ただし、本件成果物の最終納品時に行われるべき支払(上記エB)が被告から原告に対して行われない揚合、原告は被告に対し、残金全額を請求できる。
カ 本件成果物の内容は、後掲の「本件成果物の説明」のとおりとする。
キ 原告は平成12年11月30日入金分までの作業は終了しており、同日振込予定の金額(上記エA)を確認できるまで今後の製作を中止し、また本書作成日の時点で稼動中のコンテンツのサポートも行わない。
「本件成果物の説明」
 下記@は、平成12年11月30日までに製作完了済み。
 Aは、平成12年11月30日の被告から原告への入金を確認した後、製作を開始する(新たに製作するのはAであり、BはA製作に関しての補足説明)。
@ 平成12年11月18日現在、以下のURLで稼動しているすべてのシステム
 URL=http://www.cyberdreams.co.jp/cgi-bin/juku-net/ 
 URL=http://www.cyberdreams.co.jp/juku-net/          
A 上記に付帯して以下のシステム
(@)生徒ごと及びその生徒が所属している塾ごとの間違った問題数(選択可能)の問題形式でのプリントアウト用ページ出力(ただし有料コンテンツとして)。
(A)各学習を開始する際に、ユーザーが「テスト」「練習」どちらから学習を開始するか、選択できるシステム。
(B)生徒の回答入力速度に応じたクラス分け(1級〜10級)及びその内容を表示するページ(生徒が直接確認できること)。
B 上記Aの詳細仕様に関しては、平成12年12月1日から同月4日までに原告、被告両者間の話合いで書面化し、それに沿うものとする。
(7) 被告は、平成12年11月30日を経過したにもかかわらず、本件確認書エのAの100万円を支払わなかった。
(8) 被告は、本件確認書オで規定した1週間後である平成12年12月7日を経過したにもかかわらず前項の100万円を支払わなかった。したがって、原告は、同契約オに基づき、既に製作済みの本件プログラム(本件成果物)の使用、収益、処分権を同日が経過した時点で確定的に取得するとともに、同月25日が経過したので、被告に対し、同項但書に基づき、残代金400万円の請求権を有することになった。
 なお、同契約オは本件プログラムが著作物に該当するか明確に認識できなかったため、プログラム自体の所有権を観念したものである。
(9) 平成12年12月1日、原告は本件確認書の条項オに基づき、本件プログラムをサーバーコンピューターから抽出し、インターネットでの使用を中止した。
 ところが、その直後、被告代表者から、「なぜ、ソフトを止めるのか。」「契約書はともかく、このことをどう考えているのか。」「子ども達の夢を壊すようなことはしないでほしい。」「気をつけたほうがいいよ。」「どうなっても知らないよ。」などの電話があった。そのため、恐怖を感じた原告代表者は、翌2日、本件プログラムを復旧させ、インターネットで再度アクセスできるようにした。
(10) その後も、原告は本件プログラムの提供を継続していたが、被告からの支払はなかった。
 そのころ、被告は資金繰りに窮し、相談を持ちかけられた原告は、被告の指定した訴外マリン事務所で、平成13年1月16日、原告代表者、被告代表者、訴外マリンのA氏、B氏と話合いを持つことになった。
 その話合いの際、A氏から原告代表者に対し、本件確認書による合意は無効であることを告げられたうえ、本件プログラムを被告から訴外マリンに譲渡することを承諾してほしいとの話が出たが、A氏の案は、本件プログラムの対価については何もなく、ただプリントアウト用ページ出力ソフトの製作費として100万円を出すというものであった。
(11) 原告は、訴外マリンの要求があまりに一方的であったこと、また同事務所が異様な雰囲気であったため一応考えると返答したままその日は帰った。原告としては、被告に対する残金が400万円も存するのに、上記提案に従えばさらに出力ソフトを作成し、その対価として100万円のみしか入手できないこと、またいつ代金が支払われるかに不安があった。しかも、訴外マリンの一方的な意見であり、被告ともども誠意が感じられなかったため、返答しないでいた。やがて訴外マリンから内容証明郵便で通知書が送付されたが、その内容は、平成13年1月16日に訴外マリンで持たれた話合いの内容とほぼ同様であったため、原告は話合いにならないと判断し、上記通知によると平成13年2月5日を経過すれば提案を拒否したとみなされるとのことであったためそのままにしていた。
(12) ところが、原告のコンピューターの故障で平成13年2月5日午後、本件プログラムが使用できなくなってしまった。
 その直後から、被告代表者から復旧の催促の電話が頻繁にかかってくるようになった。原告従業員がそれに対応し、コンピューターの故障が原因であると説明してもまったく受け入れられなかった。
(13) 故障の原因はすぐには分らなかったが、ルーターの故障であることが後日判明し、結局平成13年2月10日にルーターを交換し、本件プログラムが復旧した。
 しかし、この間、訴外マリンが本件プログラムを利用している事実が判明し、原告としては、訴外マリンに本件プログラムを利用させる理由はないので、2月14日の午前中に本件プログラムの抽出を行い、再度インターネットヘの接続を中止した。
(14) (予備的請求の請求原因)
 別紙著作物目録第1記載のプログラムは、著作物である(著作権法2条1項10号の2)。また、同目録第2記載のデータベース(以下「本件データベース」という。)も情報の集合物であり、著作権法上の著作物である(同項10号の3)。本件プログラムは、原告が製作、集積したものであり、原告が著作権及び著作者人格権を有する。被告は、アイデアを一部提供した面はあったが、プログラムを作成してはいない。
 本件データベースについては、これを制御するためのプログラムを原告が作成し、原告が作成したデータベース仕様書に基づき、Juku−Net稼働中に原告が製作したものであり、同様に原告が著作権及び著作者人格権を有する。
(15) よって、原告は、主位的請求として、被告に対し、本件確認書による合意に基づき、400万円の請負残代金及びこれに対する同合意による支払期限の翌日である平成12年12月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 また、仮に、上記の主位的請求が認容されない場合には、予備的に、原告と被告との間で、別紙著作物目録記載のプログラム及び同プログラムを稼動中集積された顧客リスト(生徒の成績表を含む)のデータべースにつき、原告が著作権を有することの確認を求める。
4 被告の主張
(1) 事業開始の経緯
ア 被告は、平成10年3月ころ、既に「E−STATION」という名称で、Juku−Netと同じビジネスモデルを公表していた。これを平成11年9月ころ原告に話したもので、Juku−Netは原告の発案ではない。
 同年11月ころ被告が持つビジネスモデルを、被告と原告が、共同事業として、Juku−Netという名称で、サービスを行うことで合意した。被告は著作、データ入力、販売を担当し、原告がプログラム製作を担当することにした。
イ 被告は、自分のビジネスモデルを具体化する設計書を原告が理解できるように主導して作らせ、それに基づいたエンジンに被告が製作した英単語学習ソフトを挿入して、平成11年12月ころ、原始的なプログラムを一応パソコン上で見られるようにした。
ウ 当初、Juku−Netが完成し、会費等の収入が入ったら、これを原告と被告で等分に分ける約束であったが、原告が製作したエンジンはあまりにもお粗末であり、改善作業が遅いため、予定した会費収入が得られず、最初の会費収入が得られたのは、3か月半後の平成12年3月31日であった。原告は当初の合意を覆し、会費収入がないにもかかわらず執拗に金銭を要求したため、なし崩し的に請負契約に変更された。サーバーコンピューターの利用代として月額5万円を支払うことも、請負代金を人工(にんく)での計算で支払うことも合意していない。
(2) 原告の仕事の完成について
 勉強プログラム製作は完成していない。管理画面等(プリントアウト用ページ出力、クラス分け表示ページ等)の製作をしないと会員から会費を得られるプログラムにはならない。なお、管理画面等ができた後に会費支払を約束した学習塾は100に及んだ。
 また、原告は、請負契約で、被告の設計に基づき、被告の学習プログラムが動くエンジンを製作し、被告が作成した学習ソフトをエンジンに挿入し、エンジンが止まったりしないようにメンテナンスを行う義務があるのにこれを履行していない。
(3) 代金の相当性と支払について
 被告は、請求のある度にできあがった部分の妥当な請負代金はその都度支払ってきた。この程度のプログラム製作料は100万円から200万円が相当である。例えば、乙5は原告が製作したものより数段上のレベルで、管理画面等をも製作した場合の見積額で260万円である。
 また、ドメイン取得料は数千円であり、50万円を請求するのは非常識である。原告サーバーの使用料月額5万円も常識では考えられない金額である。
 平成12年10月18日、請負代金の最終残額として60万円の請求が執拗にあったので、被告代表者は82歳の母親から100万円を借りて、最終代金であることに念を押し、60万円を支払った。早速プログラムを移転すべく他社のサーバーを借りる契約を締結し、原告にこちらのサーバーにプログラムを移転するよう請求したが、原告は言を左右にして応じなかった。
(4) 本件確認書による合意について
ア 押印に至る経緯
 平成12年9月10日ころ、被告の相談役となっている訴外株式会社ATT学院の代表者Cと原告が同行して被告方に相談に訪れた。両社はコンサルタント契約を結び、両社で新会社を作るので被告の持つ著作権等の権利を新会社「グッドスピード」に移せと被告に迫った。また、被告の従業員3名に対し、新会社への移籍を強く働きかけた。当時被告は、上記従業員3名に対し、給料遅配が3か月から8か月に及んでおり、被告代表者は不甲斐なさと申し訳なさに悩んでいた。そこで、原告からの上記移籍の申し出に対し、原告と話し合い、できるだけ厚遇するよう依頼したうえで、上記従業員3名全員が移籍すれば唯一の収入源である学習塾経営が必然的に破綻するにもかかわらず、同年10月25日、移籍を許した。
 同年11月17日、原告が、甲3の「ナンバーワン倶楽部が『Juku−Net』学習コンテンツ」買い取りの際の精算金額」という書面を持ってきた。既に全額支払済みであるのに、「買取精算金額」として715万円を要求したので、被告が拒絶すると、400万円どうしても欲しいと執拗に迫った。前記のように、原告は、最終残金60万円を支払うよう執拗に要求したにもかかわらず、これを得ると、いまだ100万円も残金があると根拠のない主張をし始めた。そして、同年12月25日までにこの100万円を支払わなければ、同月20日現在、「Juku−Net」で期末試験に備えて勉強している480名の生徒がいることを無視して、プログラムを止めるとか、被告がすべての権利を持つ同プログラムを原告の所有とする、また、その他に同年11月30日までに300万円を支払えば、被告が望んでいた管理画面等を製作する、と述べた。
 被告は、原告の申し出は心外だったが、11月支払期限の100万円を支払うことで、移籍した従業員たちに給料が渡り厚遇されることを条件に承諾した。
 同月20日、原告は、本件確認書を、被告のもと従業員で、上記新会社「グッドスピード」の従業員Dに届けさせた。同人は10年近く被告直営の学習塾の塾長として苦楽を共にしてきた同士であり、給料遅配で最も迷惑を掛けてきた人物であったので、被告代表者はよく読みもせず、前記の同月17日の条件もあることであり、押印した。
イ 無効事由の主張
 同月22日から27日にかけて、上記移籍した従業員3名が、新会社を辞めざるを得ない状態にされて、同社を退職した。
 同月30日に支払う100万円は、移籍した従業員たちのために使うという条件がこれで解消したので、本件確認書による合意は無効である。
 原告は、被告が持つビジネスモデルの乗っ取りを図り、前記訴外株式会社ATT学院の代表者Cと組んで、新会社を設立して、プログラムの所有権を移転させたり、従業員の引き抜きを図ったり、これに失敗しても、上記ATT学院の教育能力を使って、教育ソフトを整備しようとしたものと推測される。
(5) 予備的請求原因事実について
 本件プログラム及び本件データベースが原告の著作物であるとの主張は否認する。原告と被告との共同著作物である。また、本件データベースは、被告の有する名簿等の資料を基に、被告が製作したものである。
5 原告の再反論
(1) 被告の主張(1)(事業開始の経緯)について
 被告代表者は、「E−STATION」構想を持っていたが、それは構想のレベルでしかなく、それを実際にインターネット上で稼働し、ビジネスとして成り立ちうる程度のプログラムを考案、完成させたのは原告である。平成11年12月ころできあがった原始的なプログラムというのは、「このようなもの」という程度のもので、実用化にはほど遠いものであった。
(2) 被告の主張(2)(仕事の完成について)について
 原告は、本件プログラムを完成させている。原告は、被告のいう管理画面を製作していない(原告は、これを除いたものを指して勉強プログラムといっている。)が、管理画面の製作によって初めて利用会費を得られるかどうかは、原告と関わりがない。また、利用会費を得られるプログラムかどうかも、原告と関わりがない。
 なお、原告は、インターネット上で見られるようになった平成12年8月以降も、不備な点の修正作業は続けていたのであり、その人工(にんく)の請求は当然である。 
(3) 被告の主張(4)(本件確認書による合意について)について
 Juku−Net完成後、それを利用したビジネスの話があったことは事実であり、そのために原告らが有限会社グッドスピードを立ち上げた。しかし、その事業・運営内容が定まらないうちに、利益配分について誤解していた被告代表者が去り、その他の者も離散してしまった。被告従業員3名は、行き場がないため、原告は上記グッドスピードへの移籍を受け入れた。しかし、塾講師であるこれら3名は、同社の仕事になじめず、やがて退職した。これらの者に給料が渡るようにといった、本件確認書調印に関する条件は一切存しない。
第4 当裁判所の判断
1 本件における事実関係
 前記争いのない事実に証拠(甲1ないし4、甲6、乙1、乙3、乙11)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。
(1) 原告はコンピューターソフトウェアの開発及び販売を目的とする有限会社であり、被告は、学習塾の経営並びにこれらに関するノウハウの販売等を主たる目的とする株式会社である。
(2) 被告は、平成10年3月ころ、インターネットを使ったパソコン勉強プログラムの作成及びそのプログラムを学習塾に対して利用させるサービスの漠然とした構想を有し、これに「E−STATION」なる名称を付していたが、自らは具体化した構想もこれを開発する能力も有しなかったため、これを実現することができずにいた。そこで、被告代表者は、以前から面識のあった原告代表者に対し、平成11年3月ころ、上記構想の実現への協力を依頼した。
 原告と被告は、パソコンを使って勉強を行うプログラムの製作について協議したが、被告代表者の意向により、インターネットを通じて学習塾の生徒に練習問題を解かせ、そのデータを積み上げて、生徒個人の情報としてデータベース化し、生徒個人の個性、能力に応じた進度で学習効果を高め、他の塾の生徒ともインターネットを通じて競い合い、学習の実を上げていくシステムを原告代表者が発案した。原告は、このプログラムの試作品を作り、同年秋ころ被告代表者に見せ、同人の了解を得たため、具体的なプログラムの製作に入った。
(3) 本件合意の成立
 平成12年1月ころから原告と被告は、本格的にインターネットを使って行うパソコンによる勉強プログラムの製作について協議した。そして、同年6月ころ、原告と被告は、インターネットを使ったパソコン勉強プログラム製作及びそのプログラムを学習塾に対して利用させるサービスである「Juku−Net」を開始することを決定した。被告が発注者となり、原告が作成した設計書に基づき、そのプログラムの製作を原告が請け負い、プログラムの利用開始と共に事業を展開することになった。その際、被告にはコンピューターがなかったため、とりあえず原告のコンピューターにプログラムを入力し、サーバーコンピューターにアップロードし、それを被告が利用する方法を採用することとし、被告は原告にサーバーコンピューターの利用料として月額5万円を支払うこと、また平成12年1月当初は原告・被告間に代金支払について具体的な構想が思い浮かばなかったため、原告は試作品製作も含め請負代金は仕事量に応じ、月単位の人工(にんく)での計算をし、月毎に請求し、基本的には請求の翌月払いということに取り決めた。その後、具体的な代金を確定しないまま本件プログラム完成に至るまで同様の報酬計算及び支払方式をとることも合意された。
(4) 本件プログラムの利用開始
 平成12年8月ころ、原告は、「Juku−Net」のプログラムを一応完成させ、被告の利用に供した。原告は、自社のサーバーコンピューターに同プログラムをアップロードし、各学習塾の生徒が利用できるようにした後、被告が各塾に利用開始を告げ、その生徒らがインターネットを通じて同プログラムの利用を開始した。
 このころ、本件プログラムを利用した事業の話が、原告及び被告とその周辺の者を巻き込んで起こり、原告らは、これを行うための新会社「グッドスピード」を立ち上げたが、具体的な事業を行うことなく休業状態となった。被告の従業員3名が同社に移籍したものの、同人らは元々塾講師であり、同社の仕事になじめずやがて退職した。
(5) 被告の代金不払いと本件確認書による合意の成立
 被告は、本件プログラムの製作代金等として、平成12年10月ころまでに206万円を支払ったが、やがて支払が滞るようになった。原告の督促により、同月中にさらに60万円を支払ったが、その後は一切の支払ができなくなった。
 そこで、原告と被告は、被告の支払うべき代金額を確定させるとともに被告の支払額を軽減させるため、両者間の契約内容を確認し、確認書を取り交わすことにした。これが本件確認書であり、原告と被告は、平成12年11月20日付けでこれを取り交わした。確認書で確認された条項は、第2、3(請求原因)の(6)に記載したとおりである。その中で、本件プログラムの製作代金を666万円と定め、未払の代金400万円については、うち100万円を同年11月30日までに、うち300万円を同年12月25日までに支払うこととされ(4項)、同年11月30日支払分までの原告の作業は終了していることが確認された(7項)。さらに、もし原告が当該期限までに支払を確認できない場合は、原告は本件プログラムの使用を中断することができ、当該期限から1週間以内に支払を確認できない場合は、本件プログラムは原告の所有物としてそれ以降の作業を終了することができる旨及び上記300万円の支払がされない場合には、原告は併せて残金の支払を請求できる旨が定められた(5項)。
 この間も、原告は、被告に本件プログラムを提供し続け、被告はこれを使用していた。
(6) しかしながら、その後も被告は本件確認書で確認された金額を支払うことができなかったため、原告は、同年12月1日、本件プログラムの提供をいったん中止した。これに対し、被告代表者は、原告に電話をかけてきて、原告代表者に対し、脅迫的な言辞を述べた。このため原告は、代金の支払がなかったものの、やむを得ず本件プログラムの提供を続けた。
 被告が資金繰りに窮した状況は変わらず、被告は、訴外マリンに被告の地位を有償で譲渡することを図り、訴外マリンとの話合いに原告も参加させるなどした。訴外マリンからは、原告に対し、プリントアウト用ページ出力ソフトの製作対価として100万円を支払うとの提案がされたが、本件確認書で確認された未払代金の支払等について全く触れられていないことなどから、原告は、この提案を拒絶した。
 その後も原告は、故障による中断などを除き、本件プログラムの提供を続けたが、訴外マリンを入れた話合いも進展しないことから、平成13年3月5日をもって、本件プログラムの提供を中止した。
2 被告の主張に対する判断
 上記1認定の事実が認められるところ、被告は、@仕事の未完成、A本件確認書で確認された合意の無効、をそれぞれ主張するので、以下これらの主張につき検討する。
(1) 仕事の未完成の主張について
 上記1認定のとおり、原告は、本件プログラムを完成して、原告のコンピューターに入力し、サーバーコンピューターにアップロードし、それを被告に利用させていたもので、被告からの代金支払がないにもかかわらず、ごく例外的な故障による中断を除き、本件プログラムの提供を継続していたものである。被告が本件プログラムを利用していたことは、被告も認めており、本件訴訟の答弁書においても、「同年(平成12年)11月20日現在Juku−Netで期末試験に備えて勉強している480名の生徒」(5頁、ア(イ))と述べるなど、既に本件プログラムが、各塾の生徒が利用できるような状況にあったことが明らかである。
 被告は、管理画面等(プリントアウト用ページ出力、クラス分け表示ページ等)の製作をしないと会員から会費を得られるプログラムにはならないから、本件プログラムの製作は完成していない、と主張する。
 しかしながら、本件確認書において、7項に「サイバーDは平成12年11月30日入金分までの作業は終了しており」と確認されているし、また、同確認書の「本件成果物の説明」で、「下記@は、本書に記載されている日付けで製作が完了しています。」とあり、
 「@ 平成12年11月18日現在、以下のURLで稼動しているすべてのシステム
 URL(省略)
 A 上記に付帯して以下のシステム
 (1) 生徒ごと及びその生徒が所属している塾ごとの間違った問題数(選択可能)の問題形式でのプリントアウト用ページ出力(但し有料コンテンツとして)。
 (2) 各学習を開始する際に、ユーザーが「テスト」「練習」どちらから学習を開始するか、選択できるシステム。
 (3) 生徒の回答入力速度に応じたクラス分け(1級〜10級)及びその内容を表示するページ(生徒が直接確認できること)。」
 とあるので、被告が本件プログラムが未完成であると主張する根拠である「管理画面等」は、上記のAに当たるもので、本件確認書において製作代金の範囲に含まれていないことが明らかである。
 さらに、本件訴訟提起前における一連の交渉経緯の中で、被告が原告に対して本件プログラムが未完成であるとの事実主張していたことをうかがわせる証拠も存しない。
 次に、本件確認書による合意が無効であるとの主張について検討する。
(2) 本件確認書による合意が無効であるとの主張について
 被告が、本件確認書による合意が無効であると主張する根拠は必ずしも明らかでないが、@同確認書を持参して押印を求めたのが、被告の元従業員であった人物であったので、よく内容を確かめないで押印したこと、A同確認書で確認された平成12年11月30日を支払期限とする100万円は、新会社グッドスピードに移籍した元被告従業員3名の給料に充てるという条件であったのに、それまでに上記元被告従業員3名が同社を退職せざるを得ない状況に追い込まれたので、上記金員支払の条件が失われた、の2点を主張するものと解される。
 しかしながら、まず@についていえば、内容を十分に確認しなかったというだけでは、合意が無効となるものではない。そのうえ、被告の主張によっても、原告から請負代金の執拗な取立てがあったというのであり、平成12年10月に60万円を支払った際にも、被告代表者の高齢の母親から借金をしたうえで、これが最終の支払であることを確認して支払ったというのであるから、そのような状況下で、原告から届けられた書面に、十分に内容を確認することなく押印するなどということは到底考えられない。これらからすると、上記@の無効となるべき事由は認められない。
 さらに、Aについても、本件確認書による合意の成立に被告の主張するような条件が付されていたことを認めるべき証拠は存しない(原告に支払う請負代金が、これと別の主体であるグッドスピードに渡って、元被告従業員3名の給料に充てられるなどということも通常考えられないから、このような条件が付されていたということ自体、不自然なものである。)。したがって、この主張も認められない。
 また、そのほかに、本件確認書による合意を無効と解すべき事由も認められない。
(3) 以上のように、本件確認書による合意については、これを無効と解すべき事由は認められないから、原告は、仕事を完成させて被告に利用させている以上、本件確認書で確認された内容に基づき、被告に請負代金の支払を求めることができるというべきである。
 なお、被告は、原告が本件プログラムが停止したりすることがないよう、エンジンをメンテナンスすべき義務があり、原告の同義務の不履行をも主張するが、本件確認書の文言上、原告の請求する400万円は、本件プログラムの製作費であり、その後の提供に対する利用料とは無関係であることが明らかであるから、この主張も理由がない。
3 結論
 上記判示のとおり、請負代金残金400万円及びこれに対する約定の支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分による遅延損害金の支払を求める原告の主位的請求は、理由がある。したがって、原告の本訴における主位的請求はこれを認容すべきである。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 村越啓悦
 裁判官 青木孝之
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