判例全文 line
line
【事件名】「別冊宝島」の消費者金融会社名誉棄損事件
【年月日】平成14年9月2日
 東京地裁 平成12年(ワ)第24771号 謝罪広告等請求事件


主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して金300万円及びこれに対する被告株式会社宝島社について平成12年12月6日から、被告甲について平成12年12月11日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを33分し、その1を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、主文第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、「別冊宝島」に別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で1回掲載せよ。
2 被告らは、原告に対し、連帯して金1億円及びこれに対する被告株式会社宝島社について平成12年12月6日から、被告甲について平成12年12月11日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告が、被告株式会社宝島社(以下「被告宝島社」という。)の発行する雑誌に掲載された被告甲が執筆した記事中に原告の名誉、信用を毀損する部分があると主張し、被告らに対し、これによって被った損害の賠償及び名誉を回復するための適当な処分として謝罪広告の掲載を命じることを求め、これを被告らが争う事案である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
ア 原告は、消費者金融等を業とする株式会社である。
イ 被告宝島社は、雑誌の編集、発行等を業とする株式会社であり、「別冊宝島」を発行、販売している。
ウ 被告甲は、フリーライターである。
(2) 被告宝島社は、平成12年10月30日、別冊宝島2000年11月30日号127頁以下に、被告甲が執筆した「詐欺師、政商、街金融! ネットバブルを演出した知られざる裏人脈」と題する記事(以下「本件記事」という。)を掲載した(以下、本件記事が掲載された別冊宝島2000年11月30日号を「本件別冊宝島」という。)。
(3) 本件記事中には以下の記載が存在する(以下「本件記載」という。)。
 「乙の事件は、ある大口の金主から融資を引き上げられ、資金ショートしかかったため、苦しまぎれに詐欺行為を働いたというのが真相です。注目すべきは、その金主が融資を引き上げた理由。実はこの金主は乙をダミーに、この間のネット株暴騰を仕掛けていたようなんです。ところが、結果は思うようにいかず大損。それで“もう、お前には任せられない”となったのです」
 乙の金主としては、すでにいくつかの名が挙がっている。…だが、最大の金主は消費者金融会社T社だった。
 「この消費者金融会社はメーンバンクを持っていないので、主に外国銀行からの融資や社債発行などで資金を調達している。そのため、自社の株価を高値維持しておかなければならない。外銀などは、株価だけで融資を判断するといっていいからね。ところが、本業の方は貸倒れの急増で、世間でいわれているほど儲けは多くない。実態を正直に決算報告すれば、どこも融資してくれない恐れがある」
 そのため、粉飾まがいの決算をする一方、乙傘下の投資顧問会社TACに運用資金を預け、自社株買いをやらせていたようだという。その額、約150億円。
 「TACにはあくまで投資資金として預け、実際にはその資金で組んだ別のファンドでT社株を買ってもらい、値を釣り上げる。株価操作の変形ですよ。」
2 当事者の主張
(1) 原告
ア 本件記載においては、原告の名は明記されておらず、消費者金融会社T社と表記されてはいるものの、原告は、業界最大手の一部上場企業であり、テレビコマーシャルを初めとしてマスメディアを使った宣伝活動も積極的に数多く行い、また店舗数も全国に約1700店存在するなど、その知名度が高い一方、他にローマ字表記の頭文字がTである消費者金融会社には原告ほどの知名度を有する会社はないこと、大手金融会社の中で、原告だけがメーンバンクを持っていないことは広く知られていること、原告と乙との関係について、本件別冊宝島が発売された平成12年10月30日以前にも、週刊文春1998年(平成8年)9月17日号(同月10日発行)、週刊新潮2000年(平成12年)9月14日号(同月7日発行)、週刊東洋経済2000年(平成12年)10月14日号(同月9日発行)、ベルダ2000年(平成12年)10月号(同年9月29日発行)等、原告の名称を具体的に挙げて原告による自社株の株価操作の疑いに言及した記事が存在していることからすれば、本件記事の一般読者は、本件記載中のT社が原告を指すことが容易に認識できる。
 そして、本件記載は、原告が粉飾まがいの決算をする一方、乙の経営する投資顧問会社トーキョウ・アソーシエイテッド・キャピタル(以下「TAC」という。)を通じて自社株を高騰させる株価操作を画策したとの印象を読者に与え、その旨読者に誤認させる事実無根の記事であり、原告の名誉、信用を著しく毀損した。
イ 原告は、本件記載によって、その名誉、信用が毀損された結果、以下の有形及び無形の損害を被った。また、以下の原告の被った損害に照らすと、本件記載によって毀損された原告の名誉、信用を回復するためには、金銭による原告の被った有形及び無形の損害の填補のほか、「別冊宝島」に別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で掲載することが必要である。
(ア) 無形損害 7300万円
a 企業イメージの失墜
 原告は、東証一部上場の企業として注目される社会的存在として、かつて「サラ金」と呼ばれていたような、消費者金融会社が一般に持たれていたマイナスのイメージを払拭するように誠実に業務に努め、また、教育、福祉、文化活動等に参加し、あるいは助成することによって企業としての社会的責任を果たすべく努力している。
 しかし、本件記載は、粉飾決算や自社株買いという虚偽の事実を摘示し、原告について極めてダーティなイメージを与えるもので、上記のような原告の長年の努力を無にするものであり、企業イメージの維持高揚を重視し、努力している原告に対し深刻な打撃を与えた。
b 企業価値の下落
 原告は、いわゆるメーンバンクを持たず、直接国内外の金融機関や投資家から融資、投資を受けて事業を展開しているため、事業の成績が直接株価に反映し、株価の高低が会社に対する信用を左右し、株価が下落すれば、投資、融資の低下を招く度合いが高い。特に、外国銀行が融資を行う場合、融資先の企業の株価を重要視するため、株価が下落すると融資を受けられなくなるおそれも出てくるし、また、株価が下落し会社としての信用度が低下すると、融資の利率も高く設定され資金調達コストが上昇する。社債を発行する場合も同様である。このように、株価の下落は、原告の事業展開に直接影響するほか、企業の信用度を落とすことになるので、顧客への影響など様々な形で無形の損害を与える。
 しかるに、本件別冊宝島を皮切りとし、平成12年11月1日発行の財界展望12月号、同月18日発行のダウレポート、同月29日発行のベルダの計4誌に虚偽の記事が掲載され、原告は、企業価値の徴表である株価を急落させられた。
c 無用の混乱の発生
 本件記事の影響を含む株価下落に対する株主や投資家への対応のために、原告の丙専務が、平成13年1月13日から20日まで、海外の株主や金融機関に対する事情説明のため、海外出張をしたり、従業員が株価の下落に対する株主、投資家への対応に追われるなど、本来不必要な従業員、役員の多大な労働力が費やされた。
d 本件別冊宝島の発行部数
 本件別冊宝島は、著名な出版社である被告宝島社により発行されたものであり、公称10万部発行され、その影響力は非常に大きい。
e 以上の事情に照らすと、本件記載による無形の損害は、7300万円とするのが相当である。
(イ) 有形損害 2700万円
 本件記事の影響を含む株価急落に対し、丙専務が、平成13年1月13日から20日まで、海外の株主や金融機関に対する事情説明のため、海外出張せざるを得なくなり、原告は、その費用として193万円を支出した。これは、本件記事の影響を含む株価下落がなければ、本来必要のなかった支出であり有形損害というべきであるが、上記(ア)のとおり、4つの記事の影響が重なっているものであるから、出張費用の4分の1である48万2500円が、本件記事による損害である。
 また、原告は、株価急落や一連の報道に対して、株主、投資家らに事情説明している中で、原告自身が事情説明するのみならず、国際的に通用する客観的機関により事実が調査されることが不可欠であるとの意見が多数寄せられたため、本件記事を含む上記(ア)b記載の一連の報道が虚偽であることを証明するべく、会計監査法人プライスウォーターハウスクーパーズ社(以下「PwC」という。)に対し特別調査を依頼し、その費用として1億1000万円を支出した。この調査は、本件記事に関係する項目を含む4項目についての調査を依頼したものであるが、本件記事に関係する項目は1項目であるから、本件記事に関する調査として必要となった費用は1億1000万円の4分の1である2750万円である。
 よって、原告は、本件記事がなければ支出する必要がなかった合計2798万2500円の費用を支出しており、この費用は、本件記事による有形の損害である。原告は、被告らに対し、この有形損害の一部である2700万円の支払を本件訴訟において請求する。
ウ 被告らの主張ウは争う。
(ア) 粉飾まがいの決算との点について
 原告が、原告の関連会社から取得した京都市内のa町等の土地(以下「本件土地」という。)に含み損があるとしても、少なくとも現時点では、会計上、土地の取得価額をもって計上され、その後の地価の下落によって仮に含み損が生じても、その損失を計上する必要はないのであるから、これをもって粉飾まがいの決算ということはできない。また、本件記事は、株式公開後の近時の原告の動きとして記載がされており、乙との関係及び株式公開後の近時の原告の資金調達との関係において、「粉飾まがいの決算」を行ったものと取り上げられているのに対して、被告らが原告の粉飾まがいの決算の根拠資料としてあげるものは、いずれも平成7年4月1日から平成8年3月31日までのものであり、原告の株式公開前の資料であって、本件記事とは全く関係のないものである。
 したがって、被告が株式公開前の本件土地の処理に関して、いかに詳細な資料を収集していようと、本件記事との関係では根拠資料とはなり得ない。
 しかも、本件土地の取得に関し、既に税務当局の調査等も終了しており、適法に処理されたものと認められているのであり、本件土地の取得についても「粉飾まがいの決算」と指摘する根拠はない。
 新聞報道等における貸出金総額に占める不良債権の割合と、2000年(平成12年)3月期の有価証券報告書におけるそれとが異なることを指摘する点についても、原告は、貸倒引当金を会計上適法に計上している。また、貸出条件を緩和して和解した債権のうち、延滞日数が0ないし30日の債権については、必ずしも貸出条件緩和債権に含めなくてもよいと理解されているにもかかわらず、原告は、有価証券報告書において、和解を行った債権全体を貸出条件緩和債権として548億7100万円と表示した上で、延滞日数0ないし30日の債権がそのうち523億8200万円含まれていることを注記する形を取っている。被告らは、貸出条件緩和債権を、全て延滞債権と同じ扱いで合算して計算した上で、粉飾まがいの決算であると主張するにすぎない。
 よって、被告甲が、原告が粉飾まがいの決算をしているとの事実を真実と信じるにつき相当の理由は存在しない。
(イ) 自社株買いの点について
a 真実性
 被告らの指摘する「経営者の言明書」第2項の第2段落の記述は、原告が出資した企業の発行した株式の一部が原告とTACの投資顧問契約に基づく運用資産となっており、その企業が、原告株を購入した可能性があることを否定していないにすぎず、原告がTACに購入させた株式の発行企業でかつ原告が出資した企業が、原告株を購入したか否かという点までは調査の対象外である。実際、「経営者の言明書」第2項の第1段落には、原告がTACとの投資一任契約に基づく運用資産を利用して、原告の株式を購入したことはない旨が明記されており、原告は、自社株買いを明確に否定している。そして、この「経営者の言明書」の記載の内容が適正であることは、PwCの調査によって証明されている。
 また、原告とTACとの間の取引の仕組みは、原告とTACとの間で投資一任契約を締結し、TAC独自の運用方針に基づき株式投資がなされ、運用の結果については原告が責任を負うというものであり、その際、原告は、三井信託銀行に金銭を信託し、TACが同信託銀行に対し運用を指図し、同信託銀行が市場において株式売買を行うという仕組みになっており、原告に対して、三井信託銀行から、毎月、保有している株式等の残高を示す残高明細書及びその月の取引が記載された取引明細表が送付されていたが、それを確認しても、自社株の取引はなされていない。
 よって、原告が乙傘下の投資顧問会社TACに運用資金を預け、自社株買いを行わせていたという点は真実ではない。
b 相当性
 被告らは、原告が自社株買いを行わせていることについて、被告甲が大手マスコミ関係者に直接聞いたと主張するが、いつ、どのように述べていたのかも明らかにされておらず、またその客観的な資料は全く提出されていない。
 また、週刊文春の記事についても、他の雑誌に掲載されたことをもって、原告が自社株買いを行っていたことを信じるに足りる相当の根拠となり得ないし、その記載中においても、乙自身が、「(X氏なる人物から提案があったが)よく分からず、顧問弁護士に相談しましたが、仕組みに無理があるのでビジネスにしなかった」と述べている。
 その上、被告甲は、原告が自社株買いを行わせたか否かについて、原告及び乙のいずれにも取材していない。
 したがって、被告甲において、原告が乙傘下の投資顧問会社TACに運用資金を預け、自社株買いを行わせていた事実を真実と信じるに足りる相当の理由はない。
エ 被告らの主張エは争う。
 「粉飾まがいの決算」、「自社株買いをやらせていたようだ」との表記は、意見表明などではなく十分に具体的に事実を摘示しているものであって、論評などとは全く性質が異なる。
 また、公正な論評といえるためには、その前提となる事実が真実でなければならないところ、「粉飾まがいの決算」については、本件土地を取得するについて、売買という通常の方法によらず委任事務の清算という方法をとることにより多額の土地含み損を発生させている事実が前提事実であるというようであるが、土地の含み損があっても会計上計上する必要がないのであるから、これをもって粉飾まがいなどと論ずることに何らの合理性もない。「自社株買いをやらせていたようだ」との記載については、自社株買いをしたという記事の存在が前提事実であるというようであるが、そうであるとすれば、まさに「ようだ」と記載したことが論評であると主張しているにすぎないのであって、その主張には全く理由がない。
オ よって、原告は、被告らに対し、原告の名誉、信用の回復手段として請求の趣旨1記載のとおり謝罪文の掲載、連帯して不法行為に基づく損害1億円及びこれに対する不法行為後である、被告宝島社について平成12年12月6日から、被告甲について平成12年12月11日から、各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告ら
ア 原告の主張アは争う。
(ア) 原告が乙に資金運用を任せ、多額の損害を発生させたことが一般に広く知られるようになったのは、平成12年11月2日付朝日新聞朝刊、同月3日付日本経済新聞等の報道以後のことであり、これらは本件別冊宝島が発売された同年10月30日以降のことである。
 ローマ字表記の頭文字がTとなる消費者金融会社は、例えば「東和商事」、「千代田トラスト」等他にも存在し、原告に限られるものではない。
 また、原告が本件別冊宝島発行前に原告と乙との関係を指摘した雑誌として指摘する雑誌のうち、週刊東洋経済の記事は、Tという表現しかしておらず、これが直ちに原告を指すものと認識できる表現ではなく、ベルダは発行部数が数千部の会員制情報誌にすぎず、週刊新潮の記事については、ワイド特集の1つであって広く読者の記憶に残るものではなく、週刊文春の記事は、本件別冊宝島の発売よりも2年も前に掲載されたものにすぎない。しかも、本件別冊宝島の読者層は、ITに興味のある若者が中心であって広く一般の読者層に読まれるものではなく、原告の指摘する前記雑誌とは読者層が異なる。
 これらの事実からすれば、本件記事を読んだ一般読者が、本件記事中のT社が原告を指すものと容易に認識できるとはいえず、したがって、本件記載は、原告の名誉、信用を毀損するものではない。
(イ) 原告が名誉毀損に当たるとして指摘する「粉飾まがいの決算」という点については、月刊現代1995年(平成7年)8月号及びAERA1996年(平成8年)10月28日号において既に広く報道されているし、「乙傘下の投資顧問会社TACに運用資金を預け、自社株買いをやらせていたようだ」との点についても、週刊文春1998年(平成10年)9月17日号において報道されているのであって、本件記載は、原告に関して既に公表されている事実を再述するものであり、原告の社会的評価を新たに低下させるものではないから、名誉毀損は成立しない。
(ウ) 本件記載中の表現は、「粉飾決算」、「自社株買いをやっていた」という確定的な表現に対して、その疑いがあるという一種の疑問を呈しているにすぎず、このような従前の報道の状況により当然に生まれる疑問を疑問の形で表現することは許されてしかるべきである。また、このような問題を提起することは、従来の前記各記事における論述範囲に留まり、それ以上の損害を原告に与えるものではない。
イ 原告の主張イは争う。
 有形損害について、原告の株価が下落したのは、平成12年11月3日付日本経済新聞朝刊において、同月2日、原告が発表した9月中間期の決算で、乙からの架空金融商品購入に伴う損失39億円を損金に引き当てて処理する旨を発表したこと、この報道に引き続いて、モルガン・スタンレー証券が発表している株価指数MSCIの対象銘柄から原告の株式をはずすという情報が報道されたこと、原告の情報公開の不十分さ、原告と詐欺容疑で逮捕された乙との深い関係が明らかになった等の影響によるものであって、本件記事が影響したものではない。
 無形損害について、株価下落に関連する部分については上記の通りであり、その余は争う。
ウ 本件記載は、公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的に出たものであり、以下のとおり、摘示された事実が真実であり、又は被告甲においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるから、不法行為は成立しない。
(ア) 粉飾まがいの決算との点について
 以下の事実からすると、被告甲において原告が粉飾まがいの決算を行ったとの事実を真実と信ずるについて相当の理由がある。
a 原告が、本件土地の処理を行うに当たり、本件土地には、その当時大幅な地価の値下がりにより、含み損が生じていたが、原告が、原告の関連会社から本件土地を購入するという通常の処理をした場合、当時の国土法上の規制もあり、大幅な損失が表面化せざるを得ないため、委任事務の処理という形式を採り、原告の関連会社に対し土地売買代金としては認められない高額の委任事務費用を支払い、結果として損失の顕在化を隠蔽したことがあった。
 このことは、月刊現代1995年(平成7年)8月号中の『内部文書で露見した「1兆円上場」へのカラクリ』と題する記事及びAERA1996年(平成8年)10月28日号中の『サラ金の真実・武富士株をめぐる疑問(野村が目をつぶった公開)』と題する記事において既に報道されている上、本件土地の処理を担当した弁護士が作成した「委任業務内容と成果についてのご説明及びご請求に関して」という題名の文書及び原告作成の第29期事業年度に属する有価証券報告書にも記載されていることから裏付けられる。
 このように、原告は、国土法上到底許可にならないような高額で、国土法の規制の潜脱の疑いがあるかのような方法により本件土地を取得し、本件土地についての含み損を発生させたものであって、本件土地取得の前後の事情も考え併せると、この含み損は極めて意図的に発生させられたものである。
b a記載の処理の結果、原告は本件土地について含み損を抱えることとなり、その影響により、貸付金に占める不良債権の割合を実際の数値より下回る値で発表せざるを得なくなっている。すなわち、新聞報道などによると、原告は全体の貸し出しに占める不良債権の割合を2パーセント程度としているが、2000年(平成12年)3月期の有価証券報告書を見ると3か月以上の延滞債権約437億円、毎月延滞気味のため金利減免等の処理をしているもの(貸出条件緩和債権)が約550億円となり合計で987億円となる。これは当時の貸出金総額1兆5800億円の6.2パーセントに当たり、したがって上記新聞報道等の2パーセントという数値には疑問があり、また、債権回収に当たり強硬な取立てを行うようになったものである。
c また、平成12年4月11日付東京新聞朝刊の記事によれば、原告は、貸付金の回収につき安易に回収不能と判断し経費処理をしたため、平成7年3月期までの3年間に約11億円の申告漏れがある事実が指摘されているとのことであり、この事実もまた、原告の決算処理が実態を正確に反映したものではないことを疑わせる。
(イ) 自社株買いの点について
a 真実性
 原告は、原告自身が作成した「経営者の言明書」において、乙の経営するTAC自体で原告の株式を購入したことはないが、原告が出資する他の企業の発行株式の一部をTACの運用資金に繰り入れており、その企業が原告の株式を取得したことまでは否定していない。つまり、原告は、TAC傘下の企業が原告の株式を取得していることは否定していないのであり、結果として本件記載の指摘する自社株買い同様のことが行われていたことを裏付けている。
b 相当性
 原告が、乙を通じて自社株買いを行わせている疑いがあることは、週刊文春1998年(平成10年)9月17日号中の『七〇〇億円を動かす兜町の風雲児「裏の顔」』と題する記事において既に指摘されている上、被告甲は、この記事を参照するほか、原告の裏事情を知っている大手マスコミ関係者からも同趣旨の取材をしており、被告甲において原告が乙を通じて自社株買いを行ったとの事実を真実と信ずるについて相当の理由がある。
エ 「粉飾まがいの決算」、「自社株買いをやらせていたようだ」との表現は、原告が、本件土地を取得するについて、売買という通常の方法によらず委任事務の清算という方法により多額の土地含み損を発生させている問事実を踏まえてこれを「粉飾まがい」の決算と論評し、自社株買いをしたという記事の存在を前提として自社株買いを「やらせていたようだ」と論評したものであり、事実の摘示というよりも原告の決算に対する評価、乙関連の会社による原告の株式取得に対する評価という側面を有しており、公正な論評として免責される。
3 争点
(1) 一般読者が本件記載中のT社との表現が原告のことを指すと認識できるか。
(2) 本件記載が原告の名誉を毀損したか。
(3) 本件記載の内容について真実といえるか、又は真実と信ずるにつき相当の理由があるか。
(4) 本件記載が公正な論評にあたるか。
(5) 原告の被った損害の額及び謝罪広告の要否。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 新聞、雑誌等の記事が記事において取り上げられた者の名誉、信用を毀損するか否かは、一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従い、記事において取り上げられた者の社会的評価が低下していると認められるか否かにより判断されると解するべきところ(最高裁昭和29年(オ)第634号昭和31年7月20日第2小法廷判決民集10巻8号1059頁参照)、当該記事において取り上げられている者が名誉を毀損されたと主張する者を指すか否かについて争いがある場合にも、同様に、一般読者が、普通の注意をもって当該記事を読んだ場合、当該記事で取り上げられている者が上記名誉毀損を主張する者を指すと認識するか否かという観点から判断すべきである。
(2) これを本件についてみると、前判示のとおり、本件記事においては原告の名称は直接記載されておらず、T社との表現があるにすぎないところ、前記争いのない事実並びに証拠(甲1、3ないし7、11、乙5)及び弁論の全趣旨からすれば、一般読者がその普通の注意をもって本件記事を読んだ場合には、本件記載中のT社が原告を指すことを十分認識できると認められる。
(3) 被告らは、ローマ字表記の頭文字がTとなる消費者金融会社には、例えば、「東和商事」、「千代田トラスト」など他にも存在するのであり、また、本件記事のように、原告が乙に多額の資金の運用を任せて大きな損害を受けたということは本件記事発表以前には報道されていないこと等の事情から、一般読者にとっては、T社との記載が原告を指すとは容易に理解できるものではない旨主張し、乙第11号証(被告甲の陳述書)及び被告甲の供述中にはこれに沿う部分がある。
 しかし、原告の商号のローマ字表記の頭文字はTであり、本件記載中において摘示されたT社と頭文字が一致していること、前判示のとおり、本件記載中では、「消費者金融会社T社」と記載されているところ、原告は、東京証券取引所一部に上場する企業であって消費者金融業界においても最大手の会社の一つであり、また、テレビ等のマスメディアにおいても積極的に広告宣伝を行っており、平成13年3月末現在、全国に、有人店舗、無人店舗を併せて1709の店舗を有しており、本件記事が掲載された本件別冊宝島が発売された当時でも相当数の店舗を有する消費者金融会社であり、被告の主張する他のローマ字表記の頭文字がTである消費者金融会社と比較してその一般的な知名度は相当高いものと認められる上(甲13、弁論の全趣旨)、原告と乙との関係は、以前にも他の雑誌において複数回報道されたことがあること(甲4ないし7、乙5)、また、本件記載中には、T社がメーンバンクを持たない旨の記載があるところ、原告がメーンバンクを有しない会社であることは雑誌等で公表されていること(甲3)も考え併せると、被告甲の供述を採用することはできず、前記乙号証の記載もこれをもって、(2)の認定を覆すに足りず、他に(2)の認定を左右するに足りる証拠はない。
 なお、被告らは、本件記事の掲載された別冊宝島は、『渋谷系ネットビジネスの「正体!」を見た。』とのタイトルで、ITに興味のある若者を中心とした読者層に読まれるものであり、広く一般の読者層に読まれるものではない旨主張し一般読者を基準として前記判断をすることを争うようであり、乙第11号証(被告甲の陳述書)及び被告甲本人の供述中にはこれに沿う部分があるが、これを裏付ける客観的証拠は存在せず、また、別冊宝島は、書店において一般的に広く販売されていること(弁論の全趣旨)も考え併せると、乙第11号証の記載及び被告甲の供述は採用できず、他に被告らの前記主張事実を認めるに足りる証拠はないのであるから、T社が原告を指すか否かを判断するに当たって一般読者を基準とすることを妨げるものではない。
 よって、被告らの主張は採用できない。
2 争点(2)について
(1) 前判示のとおり、新聞、雑誌等の記事が記事において取り上げられた者の名誉を毀損するか否かは、一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従い、記事において取り上げられた者の社会的評価が低下していると認められるか否かにより判断されると解するべきである。
 この観点から、本件記載が原告の社会的評価を低下させるか否かを検討すると、本件記載中、自社株を高値で維持するため「粉飾まがいの決算をする」との記載は、本件記載を読んだ一般読者に対し、原告が資金調達の必要から株価を高位で維持するために、粉飾決算類似の不正な会計処理を行っているかのような印象を与えるものであり、また、「乙傘下の投資顧問会社TACに運用資金を預け、自社株買いをやらせていたようだ」という記載は、その後の、「株価操作の変形」という記載とあいまって、原告が、乙に資金を預けることにより、法律上厳格な要件の下でしか認められない自己株式の取得を行うのと実質的に同様の効果をもたらす脱法行為を行い、これにより自らの株価を維持しているという印象を与えるものであるということができるから、本件記載は原告の社会的評価を低下させるものであると認めることができる。
 したがって、本件記載は、原告の名誉、信用を毀損するものであると認めることができる。
(2) 被告らは、本件記載は、既に公表され広く知れ渡っている事実を再述するものにすぎず、また、公表された事実の範囲に留まっているのであるから原告の社会的評価を新たに低下させるものではない旨主張し、証拠(甲4ないし6、乙2、3、5)によれば、本件別冊宝島の発売以前に、原告が本件土地の処理の際に委任事務の清算という方法を用いたこと、及び乙と原告との関係を指摘する雑誌が存在したことが認められる。
 しかし、被告らの指摘する雑誌の中に、原告が粉飾決算又は粉飾まがいの決算を行っている事実を指摘する雑誌は存在せず、他に原告が粉飾決算又は粉飾まがいの決算を行っている旨を指摘する雑誌等が存在することを認めるに足りる証拠はないから、原告が粉飾まがいの決算を行っていることは既に公表されていると認めることはできず、粉飾まがいの決算についての被告らの主張はその前提を欠く。
 自社株買いの点についても、確かに、本件別冊宝島の発行以前に、前判示のとおり、原告と乙との関係を指摘する記事は存在するものの、その中で、自社株買いを行っていることまで言及している記事は、甲第4号証(乙第5号証)の週刊文春の記事のみであって、これは、本件別冊宝島の2年以上も前に発売されていることを考え併せると、上記証拠をもって本件記載が原告の社会的評価を新たに低下させるものではないとまでいうことはできない。 そのうえ、既に他の記事により過去に発表された事実であったとしても、前回の記事が広く流布して一般の読者が全てこれを知ったような事情が認められない限り、本件記事の一般読者の中には前回記事の内容を知らない者も含まれ、したがって、本件記事により原告の社会的評価を新たに低下させるものというべきであり、本件において前記の事情を認めるに足りる証拠はない。
 また、被告らは、本件記載中の表現は、「粉飾決算」、「自社株買いをやっていた」という確定的な表現に対して、その疑いがあるという一種の疑問を呈しているにすぎず、このような従前の報道の状況により当然に生まれる疑問を疑問の形で表現することは許されてしかるべきである旨主張する。
 しかし、疑問又は推測の表現を使用していても、一般読者の普通の注意と読み方によれば、本件記載によって原告の社会的評価が低下し、その名誉、信用が毀損されたと認められるのは前判示のとおりであるから、本件記載が真実であるか、真実と信じるについて相当の理由がない限り不法行為にあたると解すべきである。
 したがって、被告らの主張は採用できない。
3 争点(3)について
(1) 民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、上記行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、上記事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、上記行為は、違法性を欠くか、または、故意もしくは過失を欠くものであって、結局、不法行為は成立しないものと解するべきである(最高裁昭和37年(オ)第815号昭和41年6月23日第1小法廷判決民集20巻5号1118頁)。
(2) 粉飾まがいの決算をしたとの点について
ア 被告らは、前記第2、2、(2)、ウ、(ア)記載のとおり、被告甲には、原告が粉飾まがいの決算をした事実を真実と信じるについて相当の理由があった旨主張し、乙第11号証(被告甲の陳述書)及び被告甲の供述にはこれに沿う部分があり、乙第6号証中には、原告が経費として申告した貸付金について、東京国税局が経費として認めず、原告に対して追徴課税を行った旨の記載、乙第7号証の2、第9号証中には、本件土地について、平成5年11月15日までに原告関連会社から原告に対し、原告、原告関連会社間の委任契約の終了に伴う清算という形で所有権が移転され、一方で、原告が、原告関連会社に対し、清算金として約1300億円(ただし、乙第7号証の2中には、1400億円という記載もある。)の金銭を支払った旨の記載がそれぞれ存在し、乙第12号証中にも同旨の記載がある。また、乙第12号証には、原告が本件土地の取得により、500ないし600億円の含み損を抱えた旨の記載があり、平成7年4月1日から平成8年3月31日までの第29期の有価証券報告書(乙9)には、本件土地について、現在の時価は不明であるが、近年の土地価格下落の状況にかんがみると本件土地の清算価額を大幅に下回っている可能性もある旨の記載がある。したがって、上記乙号証の各記載からすると、本件土地には時価と有価証券報告書に記載された価格との間に差が存在すること、すなわち、本件土地には含み損が存在することがうかがわれる。
イ しかし、前判示のとおり、一般読者は、粉飾まがいの決算という表現から、違法行為である粉飾決算とはいえないにしても、それと類似した決算が行われているとの印象を受けるものと解され、そうすると、被告甲において、原告が粉飾まがいの決算を行っていると信じるについて相当の理由があるというためには、被告甲が、原告が粉飾決算という違法行為に類似する行為を行ったとの事実について真実であると信じるについて相当の理由があることが必要であるというべきである。
ウ(ア) 本件において、前判示のとおり、本件土地について、原告関連会社から原告に対し、原告、原告関連会社間の委任契約の終了に伴う清算という形で所有権が移転され、一方で、原告が、原告関連会社に対し、清算金として土地等代金、金利及び報酬合計約1300億円の金銭を支払ったことが認められるが(乙7の2、乙9)、受任者、委任者間において土地の取得を委任する契約を締結し、その契約を終了する際に、その清算として、受任者から委任者に土地の所有権を移転する一方、委任者から受任者に対して清算金を支払うこと、清算価額については、受任者が土地を取得した際に実際に支払った土地取得時の土地の価格に、金利、報酬を含めて決定することはそれ自体違法ではなく、実際に、国税局の調査においても原告は何らの処分を受けなかったことが認められる(乙7の2、弁論の全趣旨)。
 しかも、仮に委任契約の終了に伴う清算という方法によって、原告関連会社が原告に対し本件土地の所有権を移転することに法律上何らかの問題点があったとしても、このような所有権の移転方法の問題点が直ちに、決算の違法、不当を生じさせるものとは認められない。
 また、原告が取得した本件土地について、取得時の価額と現在の価額との間に差が生じている、つまり、含み損がある場合に、有価証券報告書(乙9)に、土地取得時の価額を記載したとしてもそれ自体会計上違法な点があると認められず、これは、原告が、原告関連会社から、本件土地を、委任事務の清算という方法で取得した場合においても異なるものではないし、また、前記有価証券報告書には、「本件土地の現在の時価は不明ですが、近年の土地価格下落の状況に鑑みると各清算価格を大幅に下回っている可能性もあります」と記載して、大幅な含み損の生じる可能性を注記して公表している。
 さらに、被告甲が参照したとする雑誌記事についても、本件土地の処理方法についてわかりにくいという指摘をしたり(乙3)、脱税まがいと指摘する一方で、不法、不当な手段で清算をしたわけではないとされているにとどまり、粉飾まがいの決算が行われたとの指摘はなされていない。
 なお、被告らは、上記含み損の存在のため、様々な問題が生じて、厳しい取り立てが行われていることからもわかるように経営に影響を与え、その結果原告が粉飾まがいの決算を行ったかのような主張をするが、含み損の存在があるからといって、直ちに粉飾まがいの決算を行っていると推認することはできないのであるから、これをもって、真実と信じるについて相当な理由があるということはできない。
 そして、被告甲が、これ以外に原告が粉飾まがいの決算を行っていることを具体的に裏付ける調査を行ったと認めるに足りる証拠はない。
(イ) 被告らが新聞報道との違いを指摘する平成11年4月1日から平成12年3月31日までの有価証券報告書(甲20)の記載についても、中央青山監査法人は、監査をした結果、原告の採用する会計処理の原則及び手続は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠し、かつ、前事業年度と同一の基準に従って継続して適用されている旨報告しており(甲20)、この有価証券報告書の記載内容自体に違法な点があるとは認められない。
(ウ) また、原告が経費として申告した貸付金について、東京国税局が経費として認めず、原告に対して追徴課税を行ったことから、被告甲が原告の決算が実態を正しく反映していないと考えたとの点についても、乙第6号証は、回収不能となった貸付金を貸倒損失と評価して有価証券報告書等に計上する際の評価が税務当局と原告との間で異なり、原告が貸倒損失と評価して経費として申告したものの、税務当局が経費として認めなかったために追徴課税が行われた旨を報道するにすぎず、これをもって、直ちに被告の主張するような粉飾決算という違法な決算又はこれに類似した決算が行われたものであるということはできない。
(エ) そうすると、前記各書証及び被告甲の供述をもって原告が粉飾まがいの決算を行っているとは認められないし、被告らに原告がこれを行っていると信じるに足りる相当の理由があると認めることはできず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。
 なお、被告甲は、原告においては、会計上貸出債権が延滞債権になる前に、返済が滞っている債務者に対し利子分について架空の貸出しを行い、それを債務者の口座に振り込むことにより、あるいは、延滞することなく返済を行っている債務者によって返済されたお金を、延滞債権となる寸前の債務者が返済したかのようにすることにより、不良債権の発生を防いでいる旨供述し(被告甲本人)、乙第11号証(被告甲の陳述書)及び乙第12号証にもこれに沿う記載がある。
 しかし、この情報源について、被告甲は、原告の元幹部に聞いたと供述するのみであって、それ以上、この供述内容の信用性を検討するのに必要な情報源に関する事項を明らかにしていない上、同被告の供述内容自体も、抽象的でありどの債権についてこのような行為がなされたかなど具体的な事情も明らかにしていないのであるから、これをもって、直ちに原告が粉飾まがいの決算を行っている信じるについて相当な理由があると認めるに足りない。
 そのうえ、同被告が前記元幹部が述べたとする事実について裏付け調査を行った事実を認めるに足りる証拠もない上、乙第12号証の記載についても、これを裏付ける客観的証拠がないことからすると、この被告甲の供述及び乙各号証の記載をもって、原告が粉飾まがいの決算を行っていると信じるについて相当の理由があるということはできない。
 また、被告甲は、原告が、原告関連会社の債務を保証していた額が、平成8年ころに約3000億円から330億円に減少しており、そのうち、本件土地の清算額を超える金額についても、隠れた不良債権と化しており、これも粉飾まがいの決算を行っている証左である旨供述し、乙第11号証(被告甲の陳述書)にもこれに沿う記載があるが、これが不良債権と化していることを示す客観的な証拠は存在しない上、原告の上記会計処理が不当であることを示す具体的な事実を立証するに足りる証拠の提出もないから、この被告甲の供述及び乙号証の記載をもって、原告が粉飾まがいの決算を行っていると信じるに足りる相当の理由があるということはできない。
 よって、被告らの主張は理由がない。
(3) 自社株買いの点について
ア 真実性  
 被告らは、前記判示のとおり、原告が、乙の経営するTACを通じて原告の自社株購入を行わせていたことは真実である旨主張し、乙第11号証(被告甲の陳述書)及び被告甲尋問の結果中にはこれに沿う部分があり、甲第9号証、乙第8号証の「経営者の言明書」においても、「この言明は、会社が出資する他の企業で、かつ、その発行株式の一部が上記の投資一任契約に基づくTACの運用資産となっていた企業が購入した可能性のある武富士株を含むものではない。」との記載がある。
 しかし、原告は、平成12年12月1日、原告が特定金外信託を利用して、自社株を購入していたか否かという点を含め4項目について、PwCに調査を依頼し(甲19)、この点に関し、原告は、TACとの間で、1997(平成9)年5月12日、同年6月30日、同年8月13日、同年10月1日及び同年12月11日の各日付で締結した投資一任契約に基づく運用資産を利用して、当該投資一任契約の期間中に原告の株式を購入したことはなかった旨の経営者の言明を行ったところ(甲9、乙8)、PwCは、平成13年3月20日、この経営者の言明が、言明書に記述された測定基準に基づき、全ての重要な点において適正に提示されているとして、この言明を支持する旨の調査結果を報告したこと(甲8、10)、原告とTACとの間の投資一任契約に基づきTACが投資した株式についての三井株式信託銀行株式会社からの報告中、取引一覧表及び残高明細表には、原告株が記載されていないこと(甲12、弁論の全趣旨)に照らすと、被告甲の供述を採用することはできず、上記の各乙号証をもって、原告が、乙の経営するTACを通じて自社株買いを行わせていたとの事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 なお、被告らは、PwCの調査は原告が依頼したものであり、その内容は信用できない旨主張し、乙第11号証及び被告甲本人の供述中にはこれに沿う部分があり、また、被告甲は、乙第11号証において、PwCの関係者から、調査結果に疑問がある旨の証言を得た旨陳述する。
 しかしながら、被告甲の供述するPwC関係者が実際に存在するか否か、被告甲が実際にPwC関係者に取材を行ったか否かを裏付ける客観的証拠はなく、また、このPwC関係者が具体的に調査結果のどの点にいかなる疑問があると述べたのかも明らかではなく、被告甲の供述の信用性を裏付ける証拠は存在しないのであるから、被告甲の供述及び上記乙号証を直ちに採用することはできず、他にPwCの調査が信用するに足りないことを認めるに足りる証拠はない。
 また、乙第8号証の記載は、原告が出資する他の企業で、かつ、その発行株式の一部が原告、TAC間の投資一任契約に基づくTACの運用資産となっていた企業が原告の株式を購入したことについて否定していないにとどまり(乙8、弁論の全趣旨)、したがって、この記載のみをもって、原告が出資する他の企業で、かつ、その発行株式の一部が原告、TAC間の投資一任契約に基づくTACの運用資産となっていた企業が原告の株式を購入したとの事実を推認するには不十分であり、他にこれを認める証拠もない。
 よって、本件記載中の自社株買いに係る部分の記載について、真実であると認めることはできない。
イ 相当性
 被告らは、原告が乙傘下の投資顧問会社TACに運用資金を預け、自社株買いを行わせていた疑いがあることは、週刊文春平成10年9月17日号掲載の『七〇〇億円を動かす兜町“新風雲児”「裏の顔」』と題する記事(乙5)において既に指摘されていること、また、被告甲は、原告の裏事情を知る立場にある大手マスコミ関係者から原告が間違いなく自社株買いを行っていたことを聞いていることから、被告甲が、原告がTACを通じて自社株買いを行ったと信じるに足りる相当の理由がある旨主張し、乙第11号証(被告甲の陳述書)及び被告甲の供述にはこれに沿う部分があり、また、被告甲は、原告がTACを通じて自社株買いを行ったとの事実は、TACの関係者からも聞いた旨の供述をする。
 しかし、被告甲が取材したとする大手マスコミ関係者及びTAC関係者について、その人物が存在すること、また、実際に被告甲がこれらの人物に対し取材を行ったこと、これらの人物が、原告がいつ何株くらいの自社株を具体的にどのような方法で購入させたかなどの点についていかなる具体的な供述をしたか明らかでない上、これらの人物が原告が自社株買いを行っていると述べたことを裏付ける客観的証拠はないのであるから、これらをもって被告らに原告が自社株買いを行わせていたと信じるに足りる相当な理由があるとは認められない。仮に被告甲が、これらの人物に対して取材を行い、情報を得たとしても、本件記載が、前判示のとおり、原告の名誉、信用を毀損するものであることからすれば、これらの人物の提供した情報が真実であるか否かを吟味するため、さらに裏付け取材等を行う必要があるというべきであるが、被告甲がこのような裏付け取材等を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
 また、前判示のとおり、原告と乙との関係は、以前に他の雑誌で報道されたことがある(乙5)が、過去に他の雑誌によってある事実が報道されたとしても、雑誌に掲載され報道されたこと自体がその内容の真実性を常に証明するものではなく、そうすると、再度同一の事実を報道する場合であっても、その事実が他人の名誉、信用等を毀損するおそれがある場合には、過去の報道を信じたというだけでは足りず、これを再度報道しようとする者において、その事実の確実性、信用性について調査する必要があるところ、被告甲が、乙第5号証の記事の信用性について調査を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告らについて、原告がTACを通じて自社株買いを行ったとの事実を真実と信じるに足りる相当の理由があったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(4) そうすると、本件記載が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出た場合であるか否かについて判断するまでもなく、被告らの主張には理由がない。
4 争点(4)について
 被告らは、被告甲が本件記載において用いている「粉飾まがいの決算」、「自社株買いをやらせていたようだ」との表現は、事実の摘示というよりも原告の決算に対する評価、乙関連の会社による原告の株式取得に対する評価という側面を有しており、公平な論評として免責される旨主張する。
 しかし、本件記載について、一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すると、「粉飾まがいの決算」という表現は、その前後の文脈からすれば、原告の決算を指して、粉飾決算という違法な決算そのものではないが、それに類似した決算を行っているとの事実を摘示したものと認めるのが相当であり、また、「自社株買いをやらせていたようだ」との表現についても、推論という表現形式を採用しているとはいえ、原告が自社株買いを行っているという事実を摘示するものと認められる。
 そうすると、「粉飾まがいの決算」、「自社株買いをやらせていたようだ」との表現は、いずれも、事実を摘示するものであって何らかの事実を前提とした意見表明又は論評にとどまるものであると認めることはできない。
 そして、被告らのこの事実の摘示が原告の名誉を毀損し、不法行為にあたることは前判示のとおりであるので、被告らの主張は理由がない。
5 争点(5)について
(1) 無形損害
 原告が本件記載により被った無形損害について検討すると、本件記事の掲載された別冊宝島は、全国的に販売されるものであり、しかも、原告は、全国有数の消費者金融会社であって、東京株式市場に上場もしている知名度の高い企業である上(甲13、弁論の全趣旨)、本件記事の内容も、前判示のとおり、原告が、株価を維持するために粉飾まがいの決算及び自社株買いによる株価操作という違法行為、又は違法行為とほぼ同視し得るような行為を行っていることを指摘するものであって、原告の名誉、信用を毀損し、その社会的評価を低下させるものである。
 しかし、その一方で、原告と乙の関係は本件記事が発表される以前から他の雑誌にも掲載されており(甲4ないし7)、とりわけ週刊文春(甲4)及び週刊東洋経済(甲6)においては、原告の委託で乙が自社株購入を行っていた旨の内容の記事がそれぞれ掲載されていることが認められる。また、本件記事は、その見出しが、「詐欺師、政商、街金融! ネットバブルを演出した知られざる裏人脈」というものであって、原告の行為を中心に論述するものではなく、原告の名誉を毀損する部分は記事全体からするとその一部にとどまっている上、本件記載も後半において中心的に論述するテーマの前提となっている部分にすぎず、粉飾まがいの決算、自社株買いの点について指摘することを主な目的として記載されたものとは認め難い(甲1、11)。そして、本件記事掲載後の原告の平成13年3月期の決算においては、営業貸付残高、営業収益、営業利益、経常利益、当時純利益のいずれの項目についても、平成12年3月期の数字を上回っていること(甲13)が認められ、そうすると、本件記事が原告の企業イメージ等に与える影響や、また、本件記事が原告の名誉、信用を毀損した程度は、原告が主張するほど深刻なものであったとは認めるに足りない。
 これらの事実及び本件において現れた全事情を総合考慮すると、本件記事によって原告が被った無形損害は300万円と認めるのが相当である。
(2) 有形損害
 原告は、本件記事を含む原告に関する風説の流布やそれに伴う株価の下落の結果、これらがなければ支出する必要のなかった費用を支出せざるを得なくなったため、この費用の一部も本件記事の掲載により発生した損害である旨主張し、甲第21号証(丙専務の陳述書)にはこれに沿う記載があり、甲第21号証によれば、原告が前判示の調査の費用としてPwCに対し1億1000万円を支払ったこと、甲第22号証によれば、丙専務が、英国及び米国の投資家を訪問し、そのため原告が合計190万0255円の費用を支出したことが認められる。
 そして、証拠(甲18、19、21、乙19、21)及び弁論の全趣旨によれば上記の費用は、平成12年11月6日以降、原告の株価が急落したことを受け、原告がこの事態に対処するべく支出された費用であると認めることができる。そうすると、本件記事の掲載と上記支出との間に相当因果関係があるというためには、本件記事の掲載と原告の株価下落との間に相当因果関係が存在することを要するというべきであり、以下この点について検討する。
ア 原告の株価は、平成12年10月27日の段階では1万1420円、同月30日は1万1000円、同月31日は1万800円と、小幅ながら値下がりしたものの、翌同年11月1日には1万1080円に回復し、翌日もその値を維持し、同月6日には11月の最高値である1万1660円となり、その後も同月7日には1万0330円、同月8日には1万1100円、同月9日には1万0660円と1万円台を維持したものの、同月10日には約700円下落して9990円となり、その後も下落を続け、同月20日、21日にはストップ安をつけ(乙18)、同月22日には11月の最高値の半額以下である5650円にまで下落している(甲18)。
イ これに対し、本件記事が掲載された別冊宝島が発売されたのは平成12年10月30日であるところ、前記ア判示の原告の株価の推移に照らすと、その後数日間の間は、さほど株価は下落しておらず、むしろ同年11月6日には、11月の最高値となり、本件記事が掲載された別冊宝島の発売と、原告の株価の急激な下落の開始日である平成12年11月6日の間には約1週間の間隔があり、本件記事の記載と前記原告の株価の推移は時間的に必ずしも整合しているものとは認められない。
ウ そして、平成12年11月2日付の朝日新聞において、原告が、TACから、56億円あまりの架空の金融商品を購入していたことが報道され(乙2)、同月3日には、日本経済新聞において、原告が、2000年(平成12年)9月中間期に上記架空商品の購入に伴う損失39億円を営業費用として計上することを発表した旨報道されている(甲2)。
エ また、原告の株価の急落の原因として、週刊東洋経済2000年12月2日号(乙18)においては、モルガンスタンレー証券が発表している株価指数であるMSCIの対象銘柄から原告株が外れるという情報のため、外国人投資家が原告の株を売却したこと、前記架空商品の購入により、原告が、その資産運用を乙のような人物に任せるという、前近代的な体質が市場の疑心暗鬼を呼んでいることが報道され、AERA2000年12月4日号(乙20)においては、HSBC証券のシニアアナリストの話として、「香港の取引で2800億円の損失を出した」、「暴力団や右翼のスポンサーになっている」、「破綻した千代田生命との間に、回収できない金がある」といったスキャンダルめいた記事のために、スキャンダルに敏感になっている外国人投資家が原告株を売却している旨の記事が掲載されている。また、平成12年11月24日付の株式市場新聞(乙19)においては、外国人売り、個人投資家の投げ売りが止まらないこと、原告が、アナリスト向けに説明会を開いたものの、広く一般投資家に報道するマスコミ向けには説明がなく、一般投資家が疑心暗鬼となるのも当然である旨の記事が掲載されている。
オ 本件記事内容とウの記事内容とを比較すると、エ判示の点も考え併せれば、本件記事の方が原告の株価の下落に大きな影響を与えたと認めるには足りないし、株価下落の時間的推移は、むしろウの記事の発表との整合性が高いと認められる上、前判示のとおり、本件記事のうち本件記載の占める部分は前半の一部分にすぎないことも考え併せると、前記各甲号証によって本件記事の発表の影響により原告の株価が下落したものと認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 よって、本件記事により原告の株価が下落したことを前提とする原告の有形損害の主張には理由がない。
(3) 謝罪広告の要否について
 原告は、原告の被った損害を回復するためには、謝罪広告の掲載が必要である旨主張する。
 民法723条が損害賠償のほかに名誉を回復する適当な処分を命じ得ることを定めるのは、金銭賠償のみでは毀損された名誉、信用を回復できない場合に、この処分によって毀損された評価の回復を可能とすることにある。そして、本件の場合、前判示の原告の損害の内容、程度に照らせば、原告の損害は、被告らに金銭賠償を命じてもなお本件記事による原告の名誉、信用の低下が回復されず、金銭賠償により填補し得ないものであるとは認められないのであるから、原告の名誉、信用の回復のための処分として、上記の金員の支払のほかに「別冊宝島」に別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で1回掲載することを命ずるまでの必要性があると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求のうち、被告らに対し、連帯して300万円及びこれに対する不法行為後である被告宝島社について平成12年12月6日から、被告甲について平成12年12月11日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余はいずれも理由がないので棄却するべきである。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第17部
 裁判長裁判官 大竹たかし
 裁判官 上野泰史
 裁判官 神谷厚毅


別紙略
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/