判例全文 line
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【事件名】医学書の著作権侵害事件
【年月日】平成14年7月26日
 東京地裁 平成13年(ワ)第19546号 著作物発行差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成14年5月10日)

判決
原告 A    
訴訟代理人弁護士 小宮清
同 松田雄紀
同 小宮圭香
被告 株式会社モリタ
訴訟代理人弁護士 増市徹
同 山内玲
被告 B
被告 C
被告 D
被告 E 
被告ら4名訴訟代理人弁護士 道家淳夫


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告株式会社モリタは、別紙目録記載2の「CLINICAL REPORT 咬み合わせの不思議−2MDを用いた咬合治療−」部分を削除しない限り、同目録記載1の書籍を発行し、販売してはならない。
2 被告株式会社モリタは、その占有にかかる別紙目録記載1の書籍のうち、上記部分並びにその印刷用原版及び写真用原版を廃棄せよ。
3 被告B、同C、同D及び同Eは、別紙目録記載2の「CLINICAL REPORT 咬み合わせの不思議−2MDを用いた咬合治療−」を発行し、販売してはならない。
4 被告B、同C、同D及び同Eは、別紙目録記載2の「CLINICAL REPORT 咬み合わせの不思議−2MDを用いた咬合治療−」及びその原版を廃棄せよ。
5 被告らは、連帯して、原告に対し、金300万円及びこれに対する平成13年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告らは、連帯して、本判決確定後最初に発行される別紙目録記載1の書籍の見開き頁欄に、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を、同目録記載の条件で、1回掲載せよ。 
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等
(1) 原告は、歯科技工士であり、BBO(Bio(生体) Balanced(平衡) Occlusion(咬合)の略)研究会の会長である。
(2) 被告株式会社モリタ(以下「被告モリタ」という。)は、別紙目録記載 1の書籍(以下「本件書籍」という。)を発行した。
 被告Bは2MD咬合研究会を主催している歯科医師、同Cは同研究会に参 加している歯科医師、同D及び同E(旧姓Y)は、上記研究会に参加して いた歯科技工士である(以下、これらの被告ら4名を総称して「被告B 外」という。弁論の全趣旨)。
(3) 被告B外は、本件書籍に、別紙目録記載2の「CLINICAL REPORT 咬み合わせの不思議−2MDを用いた咬合治療−」と題する論文(以下「被告論文」という。)を発表した。
2 事案の概要
 本件は、原告が、被告らに対し、被告論文は、甲1ないし8の各論文(以下「本件論文」という。)に依拠したものであって、本件論文を複製又は翻案したものであるから、被告論文を掲載した本件書籍の発行、販売は、原告が有する本件論文の著作権及び著作者人格権を侵害するものであると主張して、本件書籍の発行、販売の差止め等、著作権及び著作者人格権の侵害による損害の賠償並びに著作者人格権の侵害に基づく謝罪広告の掲載を請求する事案である。
3 本件の争点
(1) 原告は本件論文の著作者であるかどうか。
(2) 被告論文は本件論文を複製又は翻案したもので、被告論文を掲載した本件書籍の発行、販売は、本件論文の著作権及び著作者人格権を侵害するものであるかどうか
(3) 被告らに過失があるかどうか
(4) 損害の発生及び数額 
(5) 謝罪広告掲載請求の可否
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)について
【原告の主張】  
(1) 甲1の著作者として記載されているFは、BBO理論の先駆者である原告の弟子で、長野県内で歯科医院を開業している者であるところ、昭和63年ころ、同県でBBOの講習会が開催されるに当たり、原告から、BBO理論に関する論文の執筆を依頼された。
 原告は、上記論文の執筆を依頼するに当たり、原告が執筆した、BBO理論をまとめた「B・B・O 理論編」と題する論文(甲14)をFに手渡し、これを基に、論文を創作するように指示した。
 Fは、甲14の図を除き、1頁ないし20頁の文章をほぼそのまま引用して、論文の原稿を作成し、原告による校正・手直しを経て、甲1の論文を執筆した。そして、Fは、原告の許諾の下、甲1の著作者として、自己の氏名のみを記載した。
 甲1の論文と甲14の論文は、その具体的表現及び文書全体の構成の近似性からも明らかなように、ほぼ同一の論文であって、甲1の論文に、原告の個性が充ち溢れていることは明らかである。したがって、甲1の論文は、実質的に原告が創作したものであり、甲1の著作者は原告である。
 また、甲2ないし7の論文も原告が自ら執筆し又は原告の指導により執筆されたものであり、それらの著作者は原告である。
(2) 甲1ないし8、14中の写真は、原告がBBO理論を研究・実践する際に撮影した実験写真であり、原告のBBO理論(思想)を影像によって表現する著作物である。
【被告B外の主張】
(1) 甲1について
 甲1につき、原告が資料を提供しようと、校正をしようと、著作したのがFならば、著作者はFであり、原告が著作者ではない。
(2) 甲2ないし甲6について
 甲2ないし甲6は、一連の文章であり、かつ、それぞれに原告には「指導」という肩書きが付せられているから、原告は著作者ではない。すなわち、研究の指導ならば著作とは何の関係もないし、論文の作成指導でも著作されたものに指導を施す訳であるから、原告が著作者ではない。
(3) 甲7、8について
 甲7、8は、原告の著作名義の注に「指導」と明記され、末尾に「稿を終えるにあたり、ご指導およびご校閲の労を賜ったA氏、F先生に深く感謝いたします。」と明記されている。このことからすると、著作したのは、著作名義者であるGとHであり、原告は、指導と校閲に関わったのであるから、原告は、著作者ではない。
(4) 甲1ないし甲8における各写真について
 原告が各写真を全部撮影したとの主張は争う。
【被告モリタの主張】
(1) 甲1について
 甲1においては、その冒頭にFの名義が表示されており、これは著作者名として通常の表示であると認められるから、原告が著作者であるとは認められない(著作権法第14条参照)。
 甲1の作成経緯につき原告の主張に拠ったとしても、同論文は、Fが、原告の依頼・指示により創作したものであって、原告は、その校正・手直しをしたに過ぎない。したがって、同論文が、原告の思想・感情を表現したものであると言うことはできず、原告は著作者ではない。
(2) 甲2ないし8について
 甲2ないし8について、原告の名義は「指導」として表記されているに過ぎず、甲7及び甲8の末尾には、原告が指導・校閲のみを担当したことが明記されている。このように、原告が、甲2ないし8について、校閲や、表現の前段階としての研究指導を行ったとしても、同人が各論文の作成に創作的に寄与したものということはできないから、これらについて、原告が著作者ではない。
2 争点(2)について
【原告の主張】 
(1) 別紙類似表現対照表及び別紙類似使用写真(図)対照表(以下「対照表」という。)記載のとおり、被告論文は、本件論文とその具体的表現及び使用写真(図)が極めて酷似しているのみならず、その理論構成においても、同一である。すなわち、本件論文、被告論文ともに、まず、従前の咬合理論の問題点から導入し、次に、人は直立二足歩行するという大前提に立ち戻り、顎関節症の問題を、具体例に挙げながら、上顎と下顎との関係について説明したうえで、口内における一次接触と二次接触の存在及びこれが身体を歪める原因となっていること等を専門的見地から具体的に検証し、この検証を前提に、姿勢を正した状態で印象採得をすることの重要性、及び、咬合平面についても、カンペル平面と平行でなければならないという定理に基づき、上弓がカンペル平面と平行な状態を保つことが可能な咬合器を使用して、患者の印象を検証し、口腔内の一次接触部分を客観的に明らかにしたうえで、咬合挙上せずに削合によって治療する方法及び咬合挙上して咬合平面を修正して治療する方法を説明している。
(2) 被告Dは、亡I歯科医師(以下「I」という。)の下で歯科技工士として勤務していた者であるところ、昭和61年ころ、Iと共に、治療上の患者とのトラブルを機に原告を訪れ、原告からBBO理論についての個人的トレーニングを受け、BBO理論を教授された。その際、原告は、被告Dらに対し、甲14の論文を手渡した外、BBO理論を実践する上で必要不可欠な特注の器具等も手渡した。
 したがって、被告論文は本件論文に依拠したものである。
(3) よって、被告論文は、本件論文を複製又は翻案したものであって、被告論文を掲載した本件書籍の発行、販売は、本件論文の著作権及び著作者人格権を侵害するものである。
【被告B外の主張】
(1) 以下のとおり、対比表記載の文章部分は、著作物性がないか、又は類似していない。
ア 対照表1−1について
 本件論文に「人間は直立して生活している」とあるが、人間が直立していることは、生物学的に人間を定義づける要素の一つであって、他に表現のしようがないから、著作物とはいえない。
イ 対照表1−2について
 本件論文に「人間は直立二足歩行を行なう」とあるが、この部分については自然科学上自明の理を言うに過ぎず、原告が創作したものではないから、著作物とはいえない。
ウ 対照表2について
 本件論文には「生理的咬合」という表現があり、被告論文にも「生理的咬合」という表現がある。しかし、「咬合」とは、噛み合せのことをいうに過ぎず、「生理的」とは、「生体に合った正常な状態」を指し示す一般的な言葉である。「咬合」を議論する際にも、生理的という用語は、多方面で使用されている。したがって、「生理的咬合」との用語は、原告が創作したものではないから、著作物とはいえない。
エ 対照表3について
 第一に、本件論文は、「BBO理論において、カンペル平面を基準にし、咬合平面をカンペル平面と平行に設定する」ことを説明しているのに対し、被告論文は、一般的な考え方又は2MD理論において「咬合平面はカンペル平面と平行になることがよい」と言っているから、異なる。第二に、頭蓋骨を解剖学的に多数研究した結果、「咬合平面」と「カンペル平面」とが歯列が正常な場合にはほぼ平行であることがカンペルによって発見されており、このことは知見として確定しているから、カンペル平面を基準としたり、カンペル平面を参考とすることは、歯科学上当然の事理であって、原告が初めて創作したとはいえない。
オ 対照表4について
 前半は、本件論文が「下顎体は筋肉によって吊り下げられている」と表現しているのに対して、被告論文では「下顎体は頭蓋骨より筋肉や腱によってぶら下がっているだけ」とあり、それぞれ繋がっているものにつき、「筋肉」と「筋肉や腱」、繋がっている状態につき、「吊り下げられている」と「ぶら下がっている」と重要な部分において異なる。しかも、いずれも、下顎体は、頭蓋骨との関係では、「骨」と言う硬い組織で繋がっていないという解剖学上自明の理を説明しているものに過ぎない。
 後半では、本件論文が「(下顎体は)いつもある一定の水準を保ちながら運動している」とあり、被告論文では、「動く下顎体は、重力の法則に従い、絶えずそのバランスを一定に保とうとして動き」とある。しかし、被告論文には、この前後の説明の箇所において、「紐(筋肉を指す)に重り(下顎体を指す)をぶら下げ、その紐の一方を持って手の甲(頭蓋骨を指す)を左右にひっくり返してみれば解るように、重りはほとんどその位置を変えることはありません。」、「動かないように見える顔面頭蓋骨が・・・変位・変形を受けているのではないかと考えました。」と記載されている。すなわち、被告論文は、軟組織に支持されている下顎体が重力の法則によって動かないことを言いたいのであって、これは、本件論文の「一定の水準を保ちながら動く」こととは、根本的に異なる。
カ 対照表5について
 本件論文の「顎関節に症状が出現するとすればそれは、歯牙が中心であり」という部分は、その文言自体としては意味が不明である。「それ」が「顎関節」を指すとしても、「症状」を指すとしてもおよそ意味をなさない。仮に、「顎運動の中心が」歯牙であるという意味であるとしても、その表現内容は、被告論文とは異なる。被告論文は、「顎関節に異常をきたす原因は、上下の歯の噛み合わせが主に考えられる」という議論をしているのであって、顎運動の中心についてのものではないからである。
キ 対照表6について
 本件論文は、「正しい咬合が姿勢を保っている」と言っているのに対して、被告論文は、「生理的咬合での正しい咬合弾道(刺激)が体形を整え」ると言っている。第一に、「正しい」のは、本件論文においては 「咬合」であり、被告論文においては、「咬合弾道(つまり、カチカチ噛んだときの衝撃)」であるから、別物である。第二に、結果に関する記述も、本件論文では、「姿勢を保っている」と静的な状態を言っているのに対して、被告論文では「体形を整える」と動的な状態を言っているので、異なる。
ク 対照表7について
 本件論文は、頭蓋の傾斜によって、骨盤の傾斜及び回転と顎関節の歪みが生じることを述べている。しかし、被告論文では、「右側で噛む癖のある人の顔が正面から見ると右に傾いているように見える」現象を例にとって、咬合の異常によって最終的に頭蓋骨が変位ないし変形することを説明している。また、本件論文は、「頭蓋の傾斜」を出発点として顎関節の異常を説明しているのに対して、被告論文は、「咬合の異常」を出発点として頭蓋の傾斜を説明しているから、両者は発生機序が逆である。
ケ 対照表8について
 本件論文では、「顎関節と仙腸関節が重力に対して可動域が大きい」と記載されているのに対して、被告論文では、「(単一で最も運動範囲が広いため)顎関節や仙腸関節が最も引力に左右される」と記載されており、「関節の動きが大きい」という点は、本件論文においては「結果」を表し、被告論文においては「原因」を表しているから、異なる。また、もし仮に、動ける範囲が大きい関節が重力による動きを最も受けやすいというならば、自然科学上当然の事理を表すものに過ぎない。
コ 対照表9について
 本件論文は、力学的なバランスが崩れると様々な症状が現れること、咬合の変化には骨盤内の仙骨が拮抗することで対応することが、要部である。しかし、前者については、一般的に言われていることであって、特に新たな知見ではなく、表現としての創作性もない。また、後者は「対応している」のであるから、前者の「様々な症状を起こす」という文脈とは論理的な関連がなく、意味不明な記載である。これに対して、被告論文は、前半では、確かに生体のバランスが崩れることは身体の症状を引き起こし得るが、大事なことはそのバランスの崩れがその人の許容範囲を超えた場合に生じることを述べており、単なるバランスの崩れが症状を起こすということとは別の表現である。また、被告論文の後半は、下を向いて生活している人に上向きの状態で採取した歯型によって制作された義歯をはめてみても無意味であることを述べており、この点は、本件論文の指摘箇所にはない。
サ 対照表10について
 本件論文は、発生機序として、「頭位のズレ」⇒「仙骨の歪み」⇒「腸骨の歪み」と記載しているのに対し、被告論文は、発生機序として、「顔面頭蓋骨の歪み」⇒「腰の歪み」と記載しており、異なる。被告論文では、仙骨の歪みと腸骨の歪みとは発生機序が異なるとしている(対照表12参照)ので、意味としても相違している。
シ 対照表11−1、2について
 本件論文における発生機序の出発点は、「噛み合わせ」であるのに対して、被告論文の発生機序の出発点は、「上顎骨の歪み」であり、かつ、この「上顎骨の歪み」の原因は、噛み合わせのみではなく、「遺伝的要素・食生活」等が含まれていることがその表現上明らかである。また、被告論文は、「頭の骨の歪み」等を経て「顔の変形」に至る経過を示しているのに対して、本件論文は、「頭の骨の歪み」と「顔貌の変化」を別個に考察しており、異なっている。
ス 対照表11−3、4について
 本件論文では、11−3は、呼吸によって蝶形骨を含む頭部の各骨が動いているという事実、11−4は、蝶形骨と上顎骨とのバランスがとれていないと呼吸のバランスもとれなくなるとの事実を記載しており、引用箇所の前後をも併せて見れば、呼吸作用について記載していることが明らかである。これに対して、被告論文は、上顎骨の歪みから、頭蓋の各骨が歪み、顔が変形する機序を示しているので、表現対象が相違する。呼吸作用について被告論文で触れるところはない。また、本件論文では、「蝶形骨が一定の角度で安定的に水平であろうとする」ことが基礎となっているのに対して、被告論文は、脳底が水平を保とうとするという考え方から、「蝶形骨と脳底部は同一なので、蝶形骨の底部である口蓋水平板の歪みが脳底部の歪みを起こす」旨が記載されている。被告論文では、「蝶形骨」自体が特定の状態を持つことを示す記載はない。
セ 対照表12について
 本件論文では、「全身症状」の発生機序を示しており、被告論文では、「不定愁訴」の発生機序を示しているので、説明対象が相違する。また、被告論文では、仙骨の歪みの原因が頭蓋の歪み、腸骨の歪みの原因が下顎骨の歪みと特定されているのに対して、本件論文では、「頭の骨の歪み⇒上アゴ(上顎骨ではない。)のズレ⇒下顎(下顎骨ではない。)のズレ⇒骨盤(仙骨や腸骨そのものではない。)のゆがみ」という発生機序を示しているので、類似した箇所はない。本件論文は、「首・背骨」、「神経」という用語を使用しているのに対し、被告論文では、「腰椎」、「頚椎」、「胸椎」、「自律神経や知覚神経・運動神経」という用語を使用している。
ソ 対照表13について 
 本件論文は、「BBOの咬合基準」が何であるかを記載したものであって、「下顎の咬頭頂を結んだ線であるが、一応上顎咬合面が基準である」としている。これに対して、被告論文では、「咬合平面」を再現する(義歯を制作したりする場合、歯型及びその噛み合わせ状態を口腔内ではない外部において再現しなくてはならない。)に当たり、「上顎」を常に一定の「基準」で観察分析することを説いているのであって、「咬合平面」の「基準」を「上顎咬合面」としている訳ではない。
タ 対照表14−1、2について
 本件論文は、14−1でBBO理論における上顎の咬合平面がカンペル平面と平行であることを述べており、14−2でハノー145−2型咬合器(上顎と下顎のそれぞれの歯型を載せて噛み合わせを検討するための器具であって、「ハノー」は一般的に販売されている製品名である。)を使用する旨、さらにBBO理論で使用するBBOテーブル(ゲージのついた器具)の面がカンペル平面と平行になるように設計されていることを記載している。これに対して、被告論文では、そもそも咬合器としては、ハノー145−2型ではなく、ハノーH2O型という異なった製品を使用することとしており、さらに「上顎の咬合平面」とは別個に、ハノーH2O型の「上弓」がカンペル平面と平行に想定してあることを「ハノーH2O型の長所である」と記載しているのであって、両者の間に類似性はない。
チ 対照表15について
 本件論文は、BBOにおける基準「点」と「線」として、「切歯乳頭部」と「ハムラノッチ左右」(鈎切痕)(以上は「点」である。)及び正中口蓋縫合線(これは「線」である。)を挙げているのに対して、被告論文では、上顎の基準となり得るものとして、ハムラノッチ部、切歯乳頭部、口蓋正中縫合部(以上は、いずれも「点」である。)を挙げているのであって、指摘されている対象が異なる。また、本件論文では、これらが「基準」であると断定しているのに対して、被告論文では、単に「基準となり得るもの」という表現しかしていない。さらに、Jによる頭蓋骨の解剖学的研究により、ハムラノッチ左右2点及び切歯乳頭部の3点を結ぶ平面(通常「HIP平面」と呼ばれる。)が咬合平面と平行であることが発見されており、被告論文は、その知見に基づいて記載されている。また、正中縫合に関して、本件論文は、「線」を基準としているのに対し、被告論文は、「縫合部」という「点」が基準になり得るとしている。
ツ 対照表16について
 本件論文では、「正中口蓋縫合線」という「線」がわずかに弯曲していることを記載しており、被告論文では、「切歯乳頭」という「点」の位置が左右のハムラノッチを結ぶ「線」と「口蓋正中縫合」の接点の垂直方向にないことを記載しているので、異なる。
テ 対照表17について
 本件論文では、上顎骨が骨髄弾導により変化することを前提とし、上顎の基準を正しく設定することの必要性を記載しているが、被告論文では、正しい咬合平面を再現する手法として、咬合平面を整えることによって、頭蓋骨自体の変形が生じ、下顎の歪みも解除されることを説明しており、その変形ないし歪み解除の理由が「噛み合わせ弾道(噛み合わせによる刺激を指す。)」であるとしているから、異なる。
ト 対照表18について
 本件論文では、歯型を取得する時に使用する「ワックス」を咬み切らないように使用することを勧めており、その理由は、噛み切ると「下顎骨」が回転運動を始めるからであるとしている。これに対して、被告論文は、「ワックス」のことには全く触れず、甲9の116頁中段10行目の「例えば、スプラコンタクト(一次接触)が右側上顎第一大臼歯遠心咬頭近心内斜面にあった場合」の記載に続いて、「上顎骨」が回転運動を始めるとしている。この両者は、異なる状況における回転運動の発生を述べているし、さらに回転運動するのは、本件論文では「下顎骨」であるのに対して、被告論文では「上顎骨」であって、類似していない。
ナ 対照表19について
 本件論文は、一次接触が出発点で、その下顎の偏位⇒頭蓋の歪み⇒体の歪みという機序を記載している。これに対して、被告論文では、引用箇所の直前の「一次接触が前歯部にあった場合」(甲9の116頁右段5行目以下)を出発点として、上顎骨が回転運動をして、それが習慣化されると、骨体自体の変位・変形を起こすことを記載している。したがって、機序の出発点も発生過程も結果も異なる。
ニ 対照表20について
 理想的な咬合について、本件論文では、「各歯牙1点ずつ垂直な圧が加わる位置で接触する」ことを記載しており、被告論文では、「すべての歯が一次接触である(「一次接触」とは、噛み合わせの際に一番最初に当る歯牙を指す。)」ことを記載しており、歯牙に対する接触点の数や歯牙にかかる力の方向については全く触れるところがないから、異なる。
ヌ 対照表21−1、2について
 本件論文では、「支持線」という趣旨が明解ではないが、甲5の71頁図16から判断するに、模型上BBOのいう基準線を超えた歯を「高い」と言っているようであり、そのように「高い歯」が左側にある場合は、右側の歯牙に「二次的に」強く当ることになって、右側の歯牙が破壊されやすいという機序を記載している。これに対して、被告論文では、「一次接触部位」(歯を噛み合わせた時に上下の歯が最初に接触する場所で、模型上高いか低いかとは全く関連がない。)が生じる場合、その部位がてこの支点となって、(次ぎに上下の歯が当る部位である)二次接触部位に過重負担が生じる結果、歯や歯周病を呈することが多いという機序を記載したものである。したがって、本件論文の「二次接触」と被告論文の「二次接触」とは概念自体が異なるものであるし、機序の説明についても、出発点、過程、結果について、異なっている。
ネ 対照表22について
 本件論文では、まず(模型上)「一番高い歯」によって歯牙の破壊が起こると記載しており、被告論文では、(生理的咬合における)「基準面」に比較して「高い歯」が存在する場合は、(対向する)低い歯に過重負担が生じるということを述べているので、異なる。
ノ 対照表23について
 本件論文では、咬合採得(噛み合わせの取得)を立位で行うこと、立位又は座位でない場合は歪みが生じることを記載している。これに対して、被告論文では、歯型の採取の手順について、「座骨で座らせ」ること、さらにその場合「踏み台を使用して膝が腰より高くなるようにする」こと、その場合の姿勢の整え方、そして最後に背骨を背もたれによりかからせないことを順次述べている。本件論文が極めて抽象的にのみ述べているのと比べて、被告論文は極めて具体的な手順を述べており、類似している部分はない。
ハ 対照表24について
 本件論文では、咬合器に模型(上下の歯型)を装着後、その空隙を挙上する(歯牙を高めること)か、一次接触部位を削合(歯牙を削ること)して同時接触させるようにしなければならないとされている。この場合の一次接触部位とは咬合器上での模型で判断されるようであり、被告論文の一次接触(上下の歯が噛み合わせの際に最も早く接触する点)とは意味が異なっている。また、咬合修正治療法は、歯牙の挙上又は削合のいずれか(挙げるか下げるか)であるということは、当たり前の事理であり、この点に関する記載に創作性はない。
ヒ 対照表25について
 本件論文では、わずかな咬頭干渉が障害の原因になるとされているのに対して、被告論文では、わずかな削合でも咬合が変わって、安定していくとされている。すなわち、本件論文では、障害の原因が示されているのに対して、被告論文では、障害の治療過程が示されており、異なる。
(2) 以下のとおり、対照表掲載の写真部分は、著作物性がないか、又は類似していない。
ア 写真1について
 本件論文中の写真(以下「本件写真」という。)では、鼻骨が曲がり、下顎骨がずれていることの説明をしているのに対し、被告論文中の写真(以下「被告写真」という。)では、右で噛む癖のある人間が左上を向いた顔立ちになることを説明しており、表現対象が相違する。
イ 写真2について
 本件写真は、術前の頭位が右に傾斜しており、右骨盤が上昇していることを示す写真であり、被告写真は単に右腰が上方にあるのではなく、腰が「右後上方に回転」しており、顎と腰とが同じ動きをすることを示しているので、異なる。
ウ 写真3(身体立位側面の写真の変化)について
 本件写真は、術前後において、眼線が上向き、腹が反り返らなくなり、かかとに重心が移動したことを説明する写真であり(図15の説明は、甲8の36頁右段による。)、被告写真は単に横から見た姿勢の変化をあるがままに写真にしただけであって、原告説明のような表現はしていないので、異なる。
エ 写真3(顔の変化)について
 本件写真は、甲8の36頁右段の説明によると、「咬合調整後鼻の曲がりも少し修正」されたことを示しているのに対し、被告写真は、姿勢の変化により顔も変化することを説明したものであって、鼻が曲がった被験者についての説明をしているものではないから、異なる。
オ 写真3(模型の違い)について
 本件写真は、図5@が「咬合調整した部位」を示す写真、図11が1回目の咬合調整から3週後に新しく印象して「咬合調整した部位」を示す写真(甲8の36頁右段の説明による。)であって、いずれも歯型の上で「咬合調整した部位」を示す写真である。これに対して、被告写真は、姿勢を正す前に採取した歯型と咬合調整して1か月後に採取した歯型とが単に異なることを示した写真で、どこを調整したかについては全く触れるところがない。したがって、類似していない。
カ 写真4(身体の状態の診断と修正方法)について
 本件写真は、被験者を椅子に座らせ、椅子の背中に被験者の背中を当てさせ、姿勢を正した写真であるが、どのような姿勢の正し方をしたのかの説明は全くない。これに対して、被告写真は、甲9の118頁「姿勢を正して印象咬合採得」の項(中段19行目以降)において、詳しく説明されている姿勢の正し方(座骨で座らせ、踏み台を使用して膝が腰より高くなるようにして、身体・頭部を修正・・・以下、省略)を写真で説明したもので、写真の下にも「腰の位置・背筋・上体左右傾斜・頭部の傾斜を修正する」と明記されており、本件写真とは異なる。
キ 写真8について
 本件写真は、歯型において、切歯乳頭部、左右ハムラノッチ、正中口蓋縫合(点ではなくて線である。)を示しているのに対して、被告写真では、歯型において、切歯乳頭が左右ハムラノッチと正中縫合の接点の垂直線上にないことを示しているので、異なる。
ク 写真9について
 本件写真は、咬合器及びBBOテーブルによって歯型の診断を行っている状況を示しているのに対して、被告写真は、咬合器に歯型を装着した場合における、上顎模型とカンペル平面との相互関係を示しており、上下顎の咬合状態の顔面頭蓋骨中での位置関係を示すための写真であって、異なる。
ケ 写真12について
 本件写真は、本件論文本文に記載された症例とは何ら関係なく、単に奥歯を金属で補綴した状況を示す写真であるのに対し、被告写真は、日本人は臼歯が低位であることが多いために、上顎を修正しないで、下顎のみに挙上を施せばよいことを説明したものであって(甲9の120頁中段16行目以降)、類似した箇所がない。
(3) 被告論文は、被告Bが平成12年7月ころ、IのMMD理論を元に、被告Bの2MD理論も加え、直接的にはI著作の日本咀嚼学会論文「噛み合わせと生体反応−開業医の立場から」(乙イ1)に依拠して著作したものであるから、被告論文は本件論文に依拠したものではない。
 また、被告論文の写真のうち甲9の114頁の写真1についてはIが撮影した被告Bの顔写真であり、それ以外はすべて被告Bが撮影した写真であるから、本件論文のそれに依拠したものではない。
(4) よって、被告論文は、本件論文を複製又は翻案したものではなく、被告論文を掲載した本件書籍の発行、販売は、本件論文の著作権及び著作者人格権を侵害するものではない。
【被告モリタの主張】
(1) 甲2(対照表3、4、6、18)、甲3(対照表1−1、対照表5)、甲4(対照表14−2)、甲5(対照表15、16、21−1、2、対照表22)、甲7(対照表19)について
 上記甲号証の上記各部分は、いずれも、ありふれた表現を用いて事実を叙述した、1文又は2文(又は、その一部)からなる極めて短い文章に過ぎないものであって、当該部分につき、特段の思想・感情が看取されるに足りるものではないから、著作物とはいえない。また、上記甲号証の上記各部分と被告論文の当該部分を比較したとしても、同じ内容を表現すれば当然に同様の表現となる単語や文章部分のほかは、表現上似ておらず、類似性はない。
(2) 甲8(対照表2、11−1、2、対照表12、20、24、25)について
 対照表2については、単なる「単語」であるから、著作物とはいえない。
 対照表20、24、25の甲8における各部分は、ありふれた表現を用いて事実を叙述した、1文からなる極めて短い文章に過ぎないものであって、当該部分につき、特段の思想・感情が看取されるに足るものではないから、著作物とはいえない。また、甲8の上記各部分と被告論文の当該部分を比較しても、同じ内容を表現すれば当然に同様の表現となる単語や文章部分のほかは、表現上類似していない。
 対照表11−1、2、対照表12の甲8における各部分は、単なる「単語」等を、単純な長方形で囲み、矢印と共に表記したものであるから、著作物とはいえない。また、両論文を対照して見ても、被告論文においては、遺伝的要素等も含む「上顎骨」の歪みから「顔の変形」に至るまでの過程、「頭蓋」の歪みから「不定愁訴」の原因となるに至る過程を記載しているのに対し、甲8は、「噛み合せ」を中心に、左側に「上アゴの歪み」・「頭の骨の歪み」・「脳」を、右側に「下アゴのズレ」・「首・背骨の曲がり」・「神経の圧迫」等を配置し、それぞれの間に双方向の矢印を挿入するなどしているものであって、その表現内容は大きく異なる。さらに、甲8は、「上アゴ」、「頭の骨」、「首・背骨」、「歪み」、「ズレ」といった単語が並べられているのに対し、被告論文においては「上顎骨」、「口蓋骨水平板」、「仙骨」、「仙腸関節」、「腰椎」等の単語を用い、かつ、例えば頭部については「側頭骨」、「前頭骨」、「後頭骨」、「頭頂骨」、「側頭鱗」に分類して説明するなど、正確かつ分析的な論述がされている。これらの点からすれば、対照表11−1、2、対照表12について、甲8と被告論文は、類似性が認められるものではない。
(3) 甲1(対照表1−2、対照表7ないし10、対照表11−3、4、対照表13、14−1、対照表17、23)について
 甲1の上記各部分は、ありふれた表現を用いて事実を叙述した、数個の文(又は、その一部)からなる極めて短い文章に過ぎないものであって、特段の思想・感情が看取されるに足るものではないから、著作物とはいえない。
 また、甲1と被告論文の当該部分を比較した場合、同じ内容を表現すれば当然に同様の表現となる単語や文章部分のほかは、表現上似ておらず、類似性はない。
(4) 写真部分について
ア 著作物とはいえないこと
 写真に著作物性が認められる場合の根拠は、@光量の調節、Aレンズの選択、Bシャッター速度、C焼付の手法などにおいて、創意工夫を必要とするという点にある。本件論文における各写真は、上記の各点において創意工夫が無いから、これらの写真が著作物であるとはいえない。
イ 本件論文における各写真と、被告論文における各写真とは、上記ア@ないしCの各点などにおいて、類似する点はない。また、そもそも、本件論文における各写真と被告論文における各写真とは、いずれも異なる人物、歯部、模型等を被写体とするものであるが、このような異なる対象物を被写体とする場合には、類似性があるということはできない。
(5) 被告論文の作成に当たって、被告Bらが本件論文を閲読又は参照したことはなく、被告Dが甲14の論文を原告から受け取った事実もないから、被告論文は本件論文に依拠したものではない。
(6) よって、被告論文は、本件論文を複製又は翻案したものではなく、被告論文を掲載した本件書籍の発行、販売は、本件論文の著作権及び著作者人格権を侵害するものではない。
3 争点(3)について
【原告の主張】
(1) 被告モリタは、歯科医療関連の業務に携わる最大手の会社であるところ、原告は、咬合理論の第一人者であり、原告のBBO理論は、社団法人日本歯科技工士会発行の雑誌「日本歯技」(甲7、8)に度々掲載されるなどしているから、被告モリタは、被告論文が、本件論文を複製又は翻案したものであることを認識し得た。したがって、被告モリタには過失がある。
(2) 被告B外は、本件論文に依拠して、被告論文を作成したのであるから、被告論文が、本件論文を複製又は翻案したものであることを認識し得た。したがって、被告B外には過失がある。
【被告B外の主張】
 原告の主張を争う。
【被告モリタの主張】
(1) 被告モリタは、第三者に対する権利侵害の問題が生じないような出版体制、手続を整えており、漫然と被告論文を掲載・発行したものではないから、被告モリタには過失はない。
(2) 「日本歯技」は、歯科技工士が業務を行う上での任意加入団体である歯科技工士会の会報誌に過ぎないのであって、甲7、8の各論文が同誌に掲載されていることをもって、被告モリタの過失が基礎付けられるものではないし、甲1ないし6の各論文は、いずれもBBO研究会なる団体内部において流通している小冊子に掲載されているものに過ぎない。
4 争点(4)について
【原告の主張】
(1) 本件書籍全頁(185頁)に対する侵害頁数は8頁であるものの、侵害に係る部分の全体に対する重要性を考慮すると、原告が著作権侵害によって受けた損害額は、被告モリタの本件書籍販売利益の5パーセントに相当する金員を下らないから、著作権侵害による損害額は200万円を下らない。
(2) 原告が、被告らの著作者人格権侵害行為により受けた損害額は、100万円を下らない。
【被告らの主張】
 原告の主張を争う。
5 争点(5)について
【原告の主張】
 被告らの侵害行為は、国内の歯科医師らが定期的に購読にしている著名な歯科医療関連の雑誌におけるものであること、被告らにおいて、原告の侵害の事実を争っていることなどに鑑みると、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載が必要である。
【被告らの主張】
 原告の主張を争う。
第4 争点に対する判断
1 争点(2)について
(1) 原告は、被告論文の対照表の部分につき、被告論文は本件論文を複製又は翻案したもので、被告論文を掲載した本件書籍の発行、販売は、本件論文の著作権及び著作者人格権を侵害するものであると主張しているところ、複製又は翻案が認められるためには、本件論文の表現上の創作性を有する部分が被告論文と実質的に同一であるか又は被告論文から本件論文の表現上の創作性を有する部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができなければならないと解される。
 そこで、以下、対照表に従って、本件論文及び被告論文について上記の点を判断する。
(2) 文章の部分について
ア 対照表1−1、2について
 本件論文と被告論文とが共通する部分は、「人間は直立して生活している」、「人間は直立二足歩行を行う」という部分であるが、人間が直立して生活していること及び直立二足歩行を行うことは自明の事柄であるから、そのような点が共通しているからといって、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
イ 対照表2について
 弁論の全趣旨によると、「咬合」は噛み合わせを意味し、「生理的」は一般的な形容詞であると認められるところ、「生理的咬合」は、これらを組み合わせた言葉であり、単語として1語に過ぎないことからすると、この言葉のみでは創作性が認められないから、そのような点が共通しているからといって、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ウ 対照表3について
 弁論の全趣旨によると、「咬合平面」とは下顎中切歯端と左右第二臼歯遠心頬側咬頭を含む平面を指す歯科学用語、「カンペル平面」とは外耳道下縁と鼻翼下点を含む平面を指す歯科学用語であり、歯列が正常な場合には、「咬合平面」は「カンペル平面」と平行になることが歯科学では一般に知られていたものと認められるから、そのような点が共通しているからといって、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
エ 対照表4について
 前半は、本件論文が「下顎体は筋肉によって吊り下げられている」と記載しているのに対して、被告論文では「下顎体は頭蓋骨より筋肉や腱によってぶら下がっているだけ」と記載しており、それぞれ繋がっているものにつき、「筋肉」と「筋肉や腱」、繋がっている状態につき、「吊り下げられている」と「ぶら下がっている」というように異なっている。後半では、本件論文が「常に地球の引力の影響を受けており」「ある一定の水準を保ちながら運動している」と記載しているのに対し、被告論文は「重力の法則に従い、絶えずそのバランスを一定に保とうとして動き」と記載している。以上のような違いがあることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
オ 対照表5、6、8について
 本件論文の該当部分は、いずれも極めて短い、ありふれた表現であるから、それのみでは創作性が認められないし、被告論文の該当部分と対比しても、具体的な表現が異なっているのはもとより、表現しようとしている事項も必ずしも共通しているということができないから、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
カ 対照表7について
 被告論文の該当部分は、本件論文の該当部分とは、具体的な表現が異なっているのはもとより、証拠(甲9)及び弁論の全趣旨によると、被告論文の該当部分は、脳底の傾斜により顔面が変形すること、その結果として頭が傾斜することを述べているのに対し、本件論文の該当部分は、頭蓋の傾斜により顎関節の歪み等の異常が生じることを説明しているものと認められるから、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
キ 対照表9について
 本件論文の「人間の体は、力学的なバランスの上に成り立っている。そのバランスが崩れれば当然様々な症状が歪みという形で現れる。」の部分と被告論文の「生体は・・・そのバランスが許容範囲を超えた時に、様々な体調不良となって現れます。」及び「身体がバランスを変えて対応しますので、その人の許容範囲であればさほど問題にはなりません。・・・身体と咬合のバランスが許容範囲を超えたときに身体の症状として現れることがあります。」の部分について意味内容が類似しているが、それぞれ対応する用語及び表現が「人間の体」(本件論文)と「生体」、「身体」(被告論文)、「そのバランスが崩れれば」(本件論文)と「そのバランスが許容範囲を超えたときに、」、「身体と咬合のバランスが許容範囲を超えたときに」(被告論文)、「様々な症状が歪みという形で現れる。」(本件論文)と「様々な体調不良となって現れます。」、「身体の症状として現れることがあります。」(被告論文)と異なっており、その余の部分についても共通している点があるとは認められないから、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ク 対照表10について
 本件論文は、「頭位のズレ」が「腸骨の歪み」を生じさせると記載しているのに対し、被告論文は、「顔面頭蓋骨の歪み」が「腰の歪み」でもあることを述べており、用語を含めた表現が異なるから、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ケ 対照表11−1、2について
 本件論文の該当部分は、3つの言葉を矢印でつないだだけのものであるので、これのみでは、創作性が認められない。また、本件論文における発生機序の出発点は「噛み合わせ」であるのに対して、被告論文の発生機序の出発点は「上顎骨の歪み」であり、かつ、この「上顎骨の歪み」の原因は、噛み合わせのみではなく、「遺伝的要素・食生活」等が含まれているし、被告論文は、最終的には「顔の変形」の経過を示しているのに対して、本件論文は、「頭の骨の歪み」、「顔貌の変化」と述べているから、被告論文を本件論文と対比しても、用語を含めた表現の共通性に乏しい。したがって、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
コ 対照表11−3、4について
 本件論文では、11−3は呼吸によって蝶形骨を含む頭部の各骨が連動して動いているという事実、11−4は蝶形骨と上顎骨とのバランスがとれていないと呼吸のバランスもとれなくなるとの事実を記載しており、呼吸作用について記載しているのに対し、被告論文では、上顎骨の歪みから、頭蓋の各骨が歪み、顔が変形する機序を示しており、呼吸作用については記載していないので、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
サ 対照表12について
 本件論文では、頭の骨の歪みから生ずる症状の発生機序を矢印で示しているのに対し、被告論文では、頭蓋の歪みから生ずる症状の発生機序を文章で表現しており、個々の症状についての表現も異なるので、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
シ 対照表13について 
 本件論文では、「BBOの咬合基準」を「下顎の咬頭頂を結んだ線であるが、一応上顎咬合面が基準である」としている。これに対して、被告論文では、「咬合平面」の再現(弁論の全趣旨によると、義歯を制作したりする場合に、歯型及びその噛み合わせ状態を口腔内ではない外部において再現することをいうと認められる。)をするに当たり、「上顎」を常に一定の「基準」で観察分析することを説いており、このように異なることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ス 対照表14−1、2について
 本件論文は、14−1で上顎の咬合平面がカンペル氏平面と平行であることを述べており、14−2でハノー145−2型咬合器(弁論の全趣旨によると上顎と下顎のそれぞれの歯型を乗せて噛み合わせを検討するための器具であって、「ハノー」は一般的に販売されている製品名であると認められる。)を使用すること、さらにBBOテーブル(甲4によると、診断用模型又は作業用模型をset-up model器に附着するときに用いる治具を指すものと認められる。)の面がカンペル平面と平行になるように設計されていることを記載している。これに対して、被告論文では、そもそも咬合器としては、ハノー145−2型ではなく、ハノーH2O型という異なった製品を使用することとしており、さらに、ハノーH2O型の「上弓」がカンペル平面と平行に想定してあることを「ハノーH2O型を使用する意義」であるとしているのであって、このような違いがあることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
セ 対照表15について
 本件論文は、BBOにおける基準点と線として、「切歯乳頭部」、「ハムラノッチ左右」(これらは「点」)及び正中口蓋縫合線(これは「線」)を挙げているのに対して、被告論文では、上顎の基準となり得るものとして、「ハムラノッチ部」、「切歯乳頭部」、「口蓋正中縫合部」(これらは「点」)を挙げている。また、証拠(乙イ3)及び弁論の全趣旨によると、Jによる頭蓋骨の解剖学的研究により、ハムラノッチ左右2点及び切歯乳頭部の3点を結ぶ平面が咬合平面と平行であることが知られていることが認められるから、これらを基準とすることは、目新しい事柄ではない。そうすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ソ 対照表16について
 本件論文は、「正中口蓋縫合線」という「線」が僅かに弯曲していることを記載しているのに対し、被告論文では、「切歯乳頭」という「点」の位置が左右のハムラノッチを結ぶ「線」と「口蓋正中縫合」の接点の垂直方向にないことを記載しており、このような違いがあることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
タ 対照表17について
 本件論文では、上顎の基準を正しく設定することの必要性を記載しているのに対し、被告論文では、正しい咬合平面を再現する手法として、上顎咬合平面を変化させ整えることを記載しているが、その用語や説明の方法は大きく異なっているから、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
チ 対照表18について
 本件論文では、「ワックス」を噛み切らないように使用することを勧めており、その理由は、噛み切ると「下顎骨」が回転運動を始めるからであるとしている。これに対して、被告論文は、上記「ワックス」のことには触れず、「上顎骨」が回転運動を始めるとしているから、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ツ 対照表19について
 本件論文と被告論文は、一次接触(弁論の全趣旨によると、歯を噛み合わせた時における上下の歯の最初の接触を意味すると認められる。)を出発点としていることは共通しているが、その機序が、本件論文では、下顎の偏位⇒頭蓋の歪み⇒体の歪みであるのに対し、被告論文では、「骨体自体の変位、変形」とされているので、異なっている。したがって、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
テ 対照表20について
 理想的な咬合について、本件論文では、「各歯牙1点ずつ垂直な圧が加わる位置で接触する」と記載しているのに対し、被告論文では、「すべての歯が一次接触である」と記載しており、このような違いがあることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ト 対照表21−1、2について
 証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によると、本件論文では、基準線を超えた歯が左側にある場合は、右側の歯牙に「二次的に」強く当ることになって、右側の歯牙が破折されやすいと記載しているものと認められる。これに対し、被告論文では、「一次接触部位」が生じる場合、その部位がてこの支点となって、上顎骨を変形させ、二次接触部位に過重負担が生じると記載しており、このような違いがあることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ナ 対照表22について
 本件論文では、咬合時に一次接触する歯の存在により他の歯が破壊されていく順序を記載しているのに対し、被告論文では一方の歯牙が基準面より高い場合に、低い方の歯牙が過重負担となることを記載しており、このような違いがあることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ニ 対照表23について
 本件論文では、咬合採得(弁論の全趣旨によると「歯型の採取」を意味するものと認められる。)を立位で行うこと、立位又は座位でない場合は、身体に歪みが生じることを記載している。これに対して、被告論文では、歯型の採取の手順について、「座骨で座らせ」ることやその場合の姿勢の整え方を記載しており、このような違いがあることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ヌ 対照表24について
 本件論文では、咬合器に模型(弁論の全趣旨によると「上下の歯型」であると認められる。)を装着後、その空隙を挙上する(弁論の全趣旨によると「歯牙を高めること」であると認められる。)か、一次接触部位を削合(弁論の全趣旨によると「歯牙を削ること」であると認められる。)して同時接触させるようにしなければならないと記載されている。これに対し、被告論文では、咬合修正治療法の分類として、削合と挙上について述べており、このような違いがあることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ネ 対照表25について
 本件論文では、わずかな咬頭干渉が障害の原因になると記載されているのに対して、被告論文では、わずかな削合でも咬合が変わって、咬合が安定していくと記載されており、このような違いがあることからすると、被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
(3) 写真の部分について
ア 写真1について
 本件写真も被告写真も被写体が正面から見た人物の顔面の写真であることは共通するが、被写体の人物が異なるうえ、本件写真では、鼻骨が曲がり、下顎がずれていることを示しているのに対し、被告写真では、頭蓋骨が右後上方に変位しているために頭部を右に傾け左上方を向いていることを示しているから、被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
イ 写真2について
 本件写真も被告写真も立位の人物を正面と背後から撮影したものであることは共通するが、被写体の人物が異なるうえ、本件写真は、頭位が右へ傾斜し、右骨盤が上昇していることを示しているのに対し、被告写真は、腰が右後上方に「回転」していることを示しているから、被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
ウ 写真3(身体立位側面の写真の変化)について
 本件写真も被告写真も立位の人物を右側面から撮影したものであることは共通するが、被写体の人物が異なるうえ、その背景も、被告写真には人物の背後に柱様のものが立っているが、本件写真には、そのようなものが立っていない点が異なる。また、本件写真は、眼線が上向き、腹が反り返り、かかとに重心がかかっていたのが、術後はなくなったことを示している写真であるのに対し、被告写真は、咬合調整前後の身体立位側面の変化を示しているのみであるから、被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
エ 写真3(顔の変化)について
 本件写真も被告写真も正面から見た人物の顔面の写真であることは共通するが、被写体の人物が異なるうえ、証拠(甲8)によると、本件写真は、「咬合調整後鼻の曲がりも少し修正」されたことを示していると認められるのに対し、被告写真は、姿勢の変化により顔も変化することを示しており、特に鼻について説明しているものではないから、被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
オ 写真3(模型の違い)について
 本件写真も被告写真も上顎と下顎の模型を被写体としている点では共通する。しかし、本件写真と被告写真とでは、被写体の模型の形状が異なり、被写体が異なるものと認められる。また、証拠(甲8)によると、本件写真は、図5−@が「咬合調整した部位」を示す写真、図11が1回目の咬合調整から3週後に新しく印象して「咬合調整した部位」を示す写真であって、いずれも歯型の上で「咬合調整した部位」を示す写真であると認められる。これに対して、被告写真は、姿勢を正す前に採取した歯型と咬合調整して1か月後に採取した歯型とが異なることを示した写真であり、調整箇所を示しているわけではない。これらのことからすると、被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
カ 写真4(身体の状態の診断と修正方法)について
 本件写真も被告写真も椅子に座った人物を被写体としている点では共通する。しかし、被写体の人物が異なるうえ、その撮影方向も異なる。本件写真は、背中を椅子に当てて座っている人物の写真であるというのみであるのに対し、証拠(甲9)によると、被告写真は、姿勢の正し方(座骨で座らせ、踏み台を使用して膝が腰より高くなるようにして、身体・頭部を修正すること)を写真で説明したものであると認められる。これらのことからすると、被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
キ 写真8について
 本件写真も被告写真も上顎の模型を被写体としている点で共通する。しかし、両者はその模型の形状が異なり、被写体が異なることに加え、証拠(甲5)によると、本件写真は、模型において、切歯乳頭部、左右ハムラノッチ及びわずかに弯曲する正中口蓋縫合を示しているものと認められるのに対して、被告写真は、模型において、切歯乳頭が左右ハムラノッチと正中縫合の接点の垂直線上にないことを示しているから、被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
ク 写真9について
 本件写真も被告写真も咬合器を装着した上顎の模型を被写体としている点では共通する。しかし、両者はその模型の形状が異なるうえ、その撮影方向も異なる。また、証拠(甲5)によると、本件写真は、咬合器及びBBOテーブルによって模型の診断を行っている状況を示していると認められるのに対して、被告写真は、咬合器に模型を装着した場合における上顎とカンペル平面との相互関係を示している。これらのことからすると、被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
ケ 写真12について
 本件写真も被告写真も咬み合わせの状態を側方から撮影した写真であることは共通するが、証拠(甲6、9)及び弁論の全趣旨によると、本件写真は、奥歯を金属で補綴した状況を示す写真であるのに対し、被告写真は、日本人には臼歯が低位であることが多いために、上顎を修正しないで、下顎のみに挙上を施せばよいことを説明したものであると認められるから、被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
(4) 以上検討したように、被告論文の対照表の部分すべてにつき、被告論文は本件論文を複製又は翻案したものであるとは認められない。
 なお、原告は、被告論文は本件論文と理論構成が同じであるとも主張するが、そもそも、学問上の理論それ自体は、著作権の保護の対象となるものではないし、上記(2)、(3)で認定したとおり、表現が異なっているから、被告論文は本件論文を複製又は翻案したものであるとは認められない。
(5) また、被告B外は、被告論文は、Iの日本咀嚼学会論文「噛み合わせと生体反応−開業医の立場から」(乙イ1)に依拠したものであると主張するところ、原告は、この主張を明らかに争わないから、これを自白したものとみなすことができるものであり、被告モリタとの関係では、弁論の全趣旨により、この事実が認められる。そして、以上の事実に、上記(2)、(3)認定のとおり、本件論文と被告論文は異なっていることを総合すると、いまだ、被告論文が本件論文に依拠して作成されたとは認められない。
2 よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の各請求はいずれも理由がない。 

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 上田洋幸
 裁判官 内藤裕之は、海外出張のため署名押印できない。

裁判長裁判官 森義之


(別紙)
目録
1 書籍名 歯科情報マガジン Dental Magazine 
  題号 No.101(2001 SPRING)
  発行 株式会社モリタ
  発行日 2001年4月1日
  発行番号 SPCZ15313−1−101.0103SU(PUB.No)  
2 上記1の書籍のうち、114頁ないし121頁の部分
  題名 CLINICAL REPORT 咬み合わせの不思議 −2MDを用いた咬合治療−
  執筆者 B、C、D、E

(別紙)
謝罪広告目録

謝罪広告
 平成 年 月 日
A 殿
 株式会社モリタ
 上記代表者代表取締役 K
 歯科医師 B 
 歯科医師 C
 歯科技工士 D
 歯科技工士 E
 平成13年4月1日に株式会社モリタが発行致しました本紙(歯科情報マガジンDental Magazine No.101(2001 SPRING))の中で、114頁から121頁までに掲載した、歯科医師B、同C、歯科技工士D、同Eの4名(2MD咬合研究会)の共同執筆による「CLINICAL REPORT 咬み合わせの不思議−2MDを用いた咬合治療−」と題する論文の中で、2MD咬合論に基づく治療法と称して記載した治療法が、真実は、BBO研究会の会長であるAが創作した治療法であることを認め、かかる治療法を2MD咬合理論と称して、あたかも歯科医師Bらが独自に創作した治療法であるかの如き記載をなし、上記本紙に掲載したことを、ここに謹んで謝罪致します。

 大きさ 半頁以上 見出し及び原告名2倍活字 
 形式 横書き
 掲載場所 見開き欄頁
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/