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【事件名】「野外科学」の登録事件(2)
【年月日】平成14年7月16日
 東京高裁 平成14年(行ケ)第94号 審決取消請求事件
 (平成14年5月30日 口頭弁論終結)

判決
原告 株式会社アイテック
訴訟代理人弁理士 下山冨士男
同 高橋康夫
被告 A
訴訟代理人弁理士 押本泰彦
同 近藤美帆


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が平成11年審判第35732号事件について平成14年1月11日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、「野外科学KJ法」の文字を横書きして成り、指定商品を第41類「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」を指定役務とする、商標登録第3368883号商標(平成6年7月26日登録出願、平成10年2月13日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 被告は、平成11年12月7日、本件商標の商標登録を無効にすることについて審判を請求した。
 特許庁は、これを平成11年審判第35732号事件として審理し、その結果、平成14年1月11日に、「登録第3368883号の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決をし、その謄本を、平成14年1月23日、原告に送達した。
2 審決の理由
 審決は、別紙審決書の写しのとおり、本件商標は、これをその指定役務に使用し、登録することは、「野外科学」及び「KJ法」に関する創案者である被告及びKJ法学会等の関係者並びにその利用者の利益を害し、剽窃的であって、社会の一般的道徳観念に反し、公の秩序を害するものであると認められるから、商標法4条1項7号に該当し、無効とすべきである、と認定判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決は、「野外科学」及び「KJ法」が、いずれも一般的な用語であるのに、前者については被告によって創案され発展してきたものと、後者については被告によってのみ発展してきたものと、誤って認定判断し(取消事由1)、原告の本件商標の登録が信義則に反し、剽窃的であると誤って判断し(取消事由2)、商標法4条1項7号の解釈も誤ったものであり(取消事由3)、これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(「野外科学」及び「KJ法」を一般的用語としなかった誤り)
(1) 審決は、「「野外科学」とは、文化人類学者である請求人(・・・)によって提唱されてきたもので、従来の伝統的な学問の研究方法に加え、問題解決の方法として野外での観察を通じてこれを科学的に分析していく方法の学問研究の方法であり・・・この「野外科学」・・・の文字(語)は、請求人によって創案されたものと認められる。」(審決書7頁13行〜19行)と認定している。
 しかしながら、「野外科学」の語は、文字どおり、「野外」を「科学」することであり、野外を対象とする科学、野外研究、野外観察、フィールドサイエンス(field science) といった意味内容を有する一般的な用語であって、「請求人によって提唱され」あるいは「請求人によって創案されたもの」ではない。審決は、判断の基礎とした事実の認定において、既に基本的な誤りを犯しているのである。
 被告が「野外科学」を問題解決の基礎として重視すべきことを提唱してきたのは、事実である。しかし、「野外科学」の語自体は、被告のみが使用している用語ではなく、「野外科学」の語自体から被告が想起されるというわけのものでもない。「野外科学」の語は、文字どおり、野外の科学を意味する一般的な用語として理解されており、したがって、何人も自由に使用し得る語であるにすぎない。
 京都大学を中心とする生物学や地質学などの分野の研究者の間では、従来から、実践的野外調査研究が重視され、「野外科学」の語も普通に使用されていた。例えば、同大学人文科学研究所の梅棹忠夫氏の著書には、「生物学や地質学などの野外科学(フィールド・サイエンス)」という記述もある(「知的生産の技術」岩波新書、40頁、1969年7月21日第1刷発行。甲第22号証)。
 各大学の講座やカリキュラムの案内においても、「野外科学」の語は普通に使用されている。例えば、専修大学、宮城教育大学、玉川大学などの講座案内においても、「野外科学」の語が使用されている(甲第11号証ないし甲第15号証)。
 インターネットを閲覧してみると、「野外科学」に関する多数のサイトがあり、「野外科学」についての発言がなされている(甲第16号証ないし甲第20号証)。
 このように、「野外科学」の語は、実験科学や書斎科学といった語と同様の一般的な用語の一つであるにすぎない。「野外科学」の語は、審決のいうように、「請求人によって提唱され」たものでも「請求人によって創案されたもの」でもなく、したがって、特定の個人、団体に独占して使用することを許すべき用語ではない。
(2) 「KJ法」の語は、被告の創案にかかる問題解決法を意味する用語であること、より具体的には、1950年ごろ、当時国立大学の教授であった被告が提唱した解析法であって、その優れた着眼と論旨の展開、実践活動により、我が国における各方面の学会、研究者、実務界を通じ広く普及している一つの問題解決の手法を意味するものであること、「KJ法」と呼ばれる手法は、その後、多数の学生、学者、社会科学者、実業家などによって実践され、展開されてきているものであることは、いずれも事実である。
 しかしながら、「KJ法」は、被告の全くの独創というものでもなく、従来から、京都大学を中心とする実践的野外調査研究者の間でいわゆる紙切れ法などとして実践されていたものであり、それが、梅棹忠夫の「知的生産の技術」と題する前記文献では、「京大型カード」として紹介されているものである。「KJ法」は、このような多数の先人の手法の実践と研究の成果の延長線上にあり、多数の研究者の研究過程における成果でもある。「KJ法」は、野外観察で得たデータをして語らしめるという思想に立脚し、問題提起、ラベルによる情報の取材、情勢判断、実験観察、検証に至る問題解決方法の提起であって、多様な内容、考え方を包含する総称的な概念である。
 「KJ法」は、現在では、辞書などにも掲載される、一般的な用語となっている(甲第16、第17号証)。また、インターネットを閲覧してみると、「KJ法」に関する多数のサイトがあり、「KJ法」について発言がされている(甲第18号証ないし甲第20号証)。「KJ法」は、一般的な概念として理解され通用している普遍的な用語である。
 このように、「KJ法」の語は、被告の提唱、創案に係るものではあるものの、観察や整理の手法、課題解決方法の一つとして、一般に普及し、広く定着している考え方の総称、学説の名称である。被告個人の氏名、その団体や研究所の名称といった人格的な表示であればともかくとして、このように普遍的な意味を持つに至っている「KJ法」の語を、特定の個人や団体に独占させるべきではない。まして、被告が退官後に設立した研究所や関連会社が、被告が国立大学に在籍していたときに既に一般化していた「KJ法」という語について、特別な権利を有するなどということはあり得ない。被告の学問的業績は、公共の利益に資すべきものであり、その名称に関する権利といったものがあって、それが特定の個人、営利会社、集合体の利益に帰属する、などということはあり得ないのである。
(3) 本件商標は、野外に関する科学を意味する「野外科学」と一般的な問題解析法である「KJ法」を結合した漢字及びアルファベット「野外科学KJ法」を同一の構成文字で間隔を置かずに一連に表して一体不可分に構成したものである。「KJ法」と「○○KJ法」とは別のものであり、本件商標は、一般的な用語である「KJ法」の語の独占を図るものではない。
2 取消事由2(本件商標の出願、登録と信義則)
 審決は、「被請求人においては、「野外科学」及び「KJ法」がこのように他人の創案、提唱に係るもので、さらには学会にて公開され、その専門家、これを利用する者があることも本件商標の出願時及び査定時において十分認識していたものと認められる」(審決書8頁7行〜11行)として、「「野外科学」及び「KJ法」の文字(語)に類似する本件商標を被請求人のみがこれを出願し、その登録により排他的に使用するということは、信義則に反し、穏当を欠くといわざるを得ない。」(審決書8頁14行〜16行)と判断した。
(1) 「KJ法」は、被告によって提唱された問題解決の方法の一つを意味する語であり、この語が被告により創案されたものであること、被告が提唱した「KJ法」が我が国の学会、実務界において尊重されている優れた方法であること、「KJ法」の発展について被告が貢献してきたことは、確かである。もっとも、審決も認めるように、「KJ法」については、原告代表者も貢献し、その支援を行っている。
 しかし、「KJ法」という用語は、被告が国立大学の教授時代に命名したものではあるものの、解析法に関する学説の総称として一般に使用されており、「紙切れ法」、「カード法」、「京大型カード」などの用語と同様に、多数の研究者、実務家、さらにはその方法を利用した経営分析の専門家などが自由に利用しあるいは言及し得る一般的な用語である。すなわち、「KJ法」は、京都大学を中心とする、生物学、地質学の野外調査における課題解決の手法から始まったとはいえ、さらに多くの関係者の考察を経て、経営や社会事象における課題解決の手法としても、広く社会に受け入れられた解析手法の一般的な名称として、格別の制約を受けることなく、古くから多数のものが自由に使用してきている用語である。
 「KJ法」については、被告の多くの弟子、協力者、賛同者、実践家の研究、実践活動、改善を通じ問題解析法の一つの総称として確立し評価を得ている反面、その周囲の一部の活動においては、好ましくない側面もみられるようになり、摩擦を生じていることも否定できない。学説、普遍的な問題解析法として評価されて社会の共有物となり、多数者により実践、研究され、発展を経た後になって、その周囲の一部の者において独特の主張が行われたこともある。
 原告は、「KJ法」が、被告が国立大学教授であった当時、先人の資産を引き継いで提唱した学説やその名称であって、個人の氏名や著作物、人格的な権利のような個人的な利益に属するものではなく、一般的名称として何人も自由に使用しうるものであることから、「KJ法」を含む本件商標を創案し、採択したものである。原告は、「KJ法」の文字が一般的なものとして通用している以上、自己の使用が正当な使用であることを確実にするために、本件商標の出願、登録を行ったのである。
(2) 「KJ法」あるいは「KJ法」的な解析をコンピューターの世界で実現することは従来なかったところであり、原告のみがこれを実践している。原告は、多大の開発費を費やして実践的ソフトウェアを開発し、その普及のための教育を行うべく本件商標を出願、登録したものである。すなわち、原告は、基本商標として「ISOP」と称する日本語カード式データベースソフトウェアを開発し、これに使用するサブブランドとして本件商標を使用し、「電子計算機ソフトウェアの使用方法」について教授する事業を行っているものである。このような事業は、原告の独創にかかるところであって、他には、このような実践的な試みを行っているものはいない。
 原告は、第41類「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」という指定役務の分野において何人も使用したことがない用語「野外科学KJ法」の商標を考え、これを採択して出願に至ったのである。原告は、本件商標を、原告が専心研究し開発した役務に採択し、使用するものであって、その出願は、決して、審決のいうような剽窃的にされた出願ではない。本件商標は、その指定役務に係る役務の品質、機能あるいは作業手順等を表示するものとして、普通一般に使用されているものでは決してないばかりでなく、当該指定役務について何人もいまだ使用したことがない用語である。
 審決の論理によれば、「KJ法」のみならず「野外科学」を含む用語の使用は、すべて被告の同意を要するということになってしまう。しかしながら、このような過大な主張を認める合理的な根拠、法律的な権利はない。「野外科学」及び「KJ法」の各用語についてみれば、学問の対象、学説を意味する一般的な用語として、いまや社会の共有に属するものである。本件商標は、原告がこのような特質を有する一般的な用語を結合して採択した商標を、自ら開拓した分野において使用せんとするものであって、剽窃に当たる、というようなものではない。
 本件商標が商標登録されても、その指定役務分野において、その登録商標を使用すること自体が保護されるにすぎず、「野外科学」及び「KJ法」の学説自体を自由に処分しうるものではない。原告が学説を実践することは、その創案者の尊厳を何ら害するものでもない。
 そもそも、ある学説や考え方の名称について、その名称を独占する権利が、創案者あるいはその関係する機関や民間企業に帰属するようなことは、あってはならないことである。この学説や考え方の名称は、公共の思想的財産として何人も利用しうるものであって、審決は、この点に関する厳密な考証、論拠を欠くものである。このことは、あらゆる学問分野のあらゆる学説についても同じことがいえるところであり、本件商標は、その中に、このような学説を表す用語を含むがゆえに、自他商品・役務識別力があるかどうかを問われることはあり得るとしても、公序良俗の観点からの問題は全くないはずである。
3 取消事由3(商標法4条1項7号の解釈の誤り)
(1) 商標法4条1項7号は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」の登録を排除する。
 同号について、立法者の解説である特許庁編工業所有権法逐条解説は、「7号は旧法2条1項4号に相当する規定で、なんら変更はない。本号を解釈するにあたっては、むやみに解釈の幅を広げるべきではなく、1号から6号までを考慮して行うべきであろう」としている。
 むやみに本号を適用する場面を広げるべきではないということは、このように、立法者も明言しているところである。審決は、明白な証拠を伴わない被告の主張を基礎に、公序良俗というあいまい、漠然とした概念について安易に処断するものであり、これは、正しく、立法者が懸念していた解釈の拡大に当たるものというべきである。
(2) 商標法4条1項7号に関する商標審査基準(甲第26号証)では、第1項で、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たるものとして、まず、その構成自体がきょう激、卑わい、差別的又は他人に不快な印象を与えるような文字、図形を挙げている。本件商標の構成態様についてみるとき、「野外科学KJ法」から成る本件商標が、このようなきょう激、卑わいな文字、図形からなるものでないことはいうまでもない。
 「野外科学」の語は、前述したとおり、一般的な用語であるにすぎず、「KJ法」の語は、被告の提唱、創案にかかるものであるとしても、これについて著作権法、不正競争防止法などで保護される独占権が生じることはない。
 本件商標は、「野外科学KJ法」の語を第41類「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」について使用するものである。科学的な解析方法やその名称であるこれらの語について、被告に独占権が付与されるものではなく、これらの語は、特許の取得、商標の登録などの特別な手続を伴って初めて保護される可能性があるにすぎない。
 そもそも、審決のいうような学説の「提唱」や「創案」については、社会的な評価、人格権的な保護が与えられることはあり得るとしても、格別財産権的な保護が与えられるというものではない。商標の採択は、本来的に選択行為であって、造語商標でない限り、すべて何らかの用語を自らの商標として採用するにすぎない。一般的熟語にすぎない「野外科学」の語はもちろんのこと、いまや問題解析法として、一般的に認識されている「KJ法」の使用は何人も可能なものであって、その用語の使用について、学説の提唱や創案を理由として特定の者に無限の保護が与えられるというのは不合理である。
(3) 判例や審決例を通じ、他人の商標の冒用は商標法4条1項7号に該当する、とする判断が判断法則として確立し、公序良俗の概念が拡大していることは、事実である。
 しかしながら、他人の商標の冒用として同号が適用されるのは、例えば、本国において商標権又は商標に関する権利を有する場合における他人の商標の登録、他の分類での登録はあるもののこれを欠く分類における他人の商標の登録の取得、他人のキャラクターや名称の僭称など、保護の実態、基礎として、商標権、著作権、商号に関する権利、あるいは広く商品化権として保護されているような利益の存在を伴う場合である。
 審決は、従来認められてきた事例と相違し、単なる学説、解析法の名称について、被告がこれを創案し提唱したことを理由として剽窃的と認定している。しかし、従来のこの種事例において、他人の提唱や創案に係る用語であることを理由に、同号を適用したものはなく、このような理由を根拠として公序良俗違反と断定する審決は、同号の解釈と判断を誤った違法なものである。
(4) わが国の商標法における「商標」の概念は、創作性を基本的要素とするものではなく、選択行為を基本要素として位置づけているにすぎない。この点が、商標と特許、実用新案、意匠との本質的な相違点とされている。
 商標法は、創作性を要件とするものではないから、多くの登録商標は、造語商標でない限り、他人により創作された用語を含むものである。立法論としてはともかく、わが国の商標法の解釈としては、他人が提唱し、創案したことを理由にその登録を排除されることはない。審決は、この点を区別することなく、本件商標が商標法4条1項7号に該当すると判断したものであり、同号の解釈を誤るものである。
 審決は、「剽窃的であって」として、「剽窃」と認定しているものではない。前述のとおり、商標法4条1項7号の規定の適用自体、本来、抑制されながら適用されるべきものであるのに、ここにおいて、「…的」といった、それ自体漠然としていて、あいまいな概念を用いて行う認定は不当であって、このような認定に基づくその判断は、同号の文理に反する誤った判断である。
(5) 東京高判平成10年11月26日(平成9年(行ケ)第276号)では、特許法でも商標法4条1項7号「公序良俗違反」と同趣旨の規定(特許法32条)と、これと別に共同発明者に無断で出願した場合に、出願拒絶、登録無効になる旨の規定(特許法38条)を設けていることを根拠に、商標法4条1項7号の「公序良俗違反」には「冒認」を含むものではないと判断している。すなわち、同じ「公序良俗違反」の規定を置きつつ、商標法では特許法38条と同趣旨の規定がおかれていないとして、共同で考え採択した商標を単独名義で出願し登録を取得した事案について、商標法4条1項7号の適用を排斥している(甲第24号証)。
 審決は、上記東京高判の判旨からみても、商標法4条1項7号に関する判断を誤った、違法なものである。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(「野外科学」及び「KJ法」を一般的用語としなかった誤り)について
(1) 「野外科学」及び「KJ法」が被告によって創案された語であることは、審決が引用した証拠(乙1、3ないし5)から明らかである。被告が、平成2年8月1日に、商標「野外科学とKJ法」を旧第26類の「新聞、雑誌」を指定商品として出願し、平成5年5月31日に登録第2540396号(商公平4−92786号)として設定登録を受け(乙第10号証)、平成6年11月2日に同商標を国際分類第9類「電子計算機(中央処理装置及び電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路・磁気ディスク・磁気テープその他周辺機器を含む。)」を指定商品として出願し、平成9年6月6日に登録第3319711号(商公平8−138661号)として設定登録を受けている(乙第11号証)ことは、「野外科学」及び「KJ法」の語が、一般用語ではないと判断されていることを明示するものである。
 原告は、インターネットを閲覧してみると、「野外科学」に関する多数のサイトがあり、野外科学についての発言がなされている、と主張する。しかし、インターネット上のホームページは、編集者が自由に掲載できるものであるから、果たして編集者が商標の有無を確認した上で掲載したかは疑わしく、これらの事実をもって「野外科学」が一般用語であると判断するのは、誤りである。
(2) 原告は、「KJ法」の語は、観察や整理の手法、課題解決方法の一つとして普及し、広く定着している考え方の総称、学説の名称であって、これを特定の個人や団体に独占させるべき用語ではない、と主張する。しかし、原告自身、平成6年11月11日に、商標「KJ法」を国際分類第9類について登録出願し、平成9年10月31日に登録第3354957号でその登録を受けている(乙第12号証)。この事実は、「KJ法」は特定の個人や団体に独占させるべきではない一般用語である、との原告の主張と相反するものである。
(3) 原告は、「KJ法」と「○○KJ法」とは別のものであり、原告は本件商標により一般的な用語である「KJ法」の語の独占を図るものではない、と主張する。しかし、原告は、平成6年11月11日に、商標「KJ法」を、指定役務を第41類「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」として出願しており、原告の上記主張は、この事実と矛盾する。また、原告の上記出願は、被告と密接な関係を有する株式会社A研究所の、指定役務を第41類とする登録商標「KJ法本部/図+KRIA研究所」(登録第3132047号)を引用されて拒絶されている。これは、特許庁において、「KJ法」の語が識別力を有する商標であると認定されている証左ともいうことができる。
2 取消事由2(本件商標の出願、登録と信義則)について
(1) 原告は、第41類「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」という指定役務の分野において何人も使用したことがない用語「野外科学KJ法」の商標を考え、これを採択して出願に至ったのである、原告は、本件商標を、原告が専心研究し開発した役務に採択し、使用するものであって、その出願は、決して審決のいうような剽窃的にされた出願ではない、と主張する。しかし、弁理士三木晃により平成4年3月16日に作成された商標調査報告(乙第6号証)によれば、原告は、第26類「印刷物」について、被告が登録商標「KJ法」(乙第15号証)及び「野外科学とKJ法」の登録を得ていたこと、及び、原告は、「野外科学とKJ法」と本件商標「野外科学KJ法」とは互いに類似するとの報告を受けていたことが、明らかである。そのため、原告は、平成6年10月25日に、弁護士湧川清氏にあてたファクシミリの写し(乙第7号証)にあるように、被告の上記各商標の使用について、被告との間でライセンス契約締結のための交渉を行っていたのである。
 また、原告及び原告の代表取締役は、被告及びA研究所が、1970年(昭和45年)ころから、KJ法本部のA研究所KJ法研修センターにおいて、「KJ法」に関する知識を教授する研修会を開催していた事実を知っていた(甲第4ないし第8号証、乙第16号証)。原告の本件商標の第41類の指定役務「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」は、正に知識を教授する研修に該当するものであり、「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」といっても、内容的には「KJ法」に関するものが講義で説明される可能性が強く、実質的には被告が行っている「KJ法の研修コース」の役務と同一視できることから、役務の出所について混同を来す可能性は極めて高い。
 したがって、本件商標の指定役務が第41類であったとしても、原告は、本件商標出願前に、既に、指定商品・役務は別のものであるとはいえ、本件商標と類似関係にある「野外活動とKJ法」の先登録商標があることを知っており、かつ、当該先登録権利者と出願前に交渉もしているのであるから、その原告が、黙って他人の登録商標と類似する本件商標を取得する行為は、正に公序良俗に反するものというべきである。
(2) 原告は、本件商標は、原告がこのような特質を有する一般的な用語を結合して採択した商標を、自ら開拓した分野において使用せんとするものであって、被告の商標の剽窃には当たらない、と主張する。しかし、原告が、前述したように、被告の登録商標である「野外活動とKJ法」が存在することを知り、専門家に両商標が類似すると指摘されていたことからすれば、たとい、被告の登録商標と本件商標との指定商品・役務の分類が異なるとしても、原告が本件商標を登録する行為は剽窃的行為である、というべきである。
(3) 原告は、本件商標は、特定の学説を表す用語をその中に含むがゆえに、自他商品・役務識別力があるかどうかを問われることはあり得るとしても、公序良俗の観点からの問題は全くない、と主張する。しかし、本件商標中に含まれる「KJ法」の語自体が、自他商品識別標識として認定され、商標登録されている事実(乙第12号証)からすれば、原告の主張は、その前提において既に誤っている。第41類「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」の役務は、被告が1970年以降行ってきた「KJ法」に関する「知識の教授」の役務と混同するおそれがある役務であるから、原告が本件商標を上記役務に登録した行為は公序良俗に反するものである。審決の判断に誤りはない。
(4) 原告の本件商標の出願、登録は、前述のとおり、@「KJ法」の用語が被告の創案に係るものであって、これに同一又は類似の商標が登録されていることを原告が知っており、A被告が商標「野外科学とKJ法」を登録商標として有していたことを原告が知っており、B原告が被告に対して「野外科学とKJ法」との登録商標についてライセンス交渉をしていたことからすれば、明らかに信義則に反するものである。
3 取消事由3(商標法4条1項7号の解釈の誤り)について
 原告は、「KJ法」が一般用語であるという前提に立って種々主張する。しかし、「KJ法」は識別力を有する商標として古くは原告の登録商標として登録されていたこと、原告自身が第9類の指定商品について商標「KJ法」を登録していること、「野外科学とKJ法」という商標が被告の商標として登録され、原告が本件商標登録前にその事実を知っていたことからすれば、原告の本件商標の登録行為は、正に冒用又は剽窃行為に該当する、というべきである。原告の主張はいずれも理由がない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(「野外科学」及び「KJ法」を一般的用語としなかった誤り)について
(1) 審決は、「「野外科学」とは、文化人類学者である請求人(・・・)によって提唱されてきたもので、従来の伝統的な学問の研究方法に加え、問題解決の方法として野外での観察を通じてこれを科学的に分析していく方法の学問研究の方法であり・・・この「野外科学」・・・の文字(語)は、請求人によって創案されたものと認められる。」(審決書7頁13行〜19行)と認定した。
 証拠(乙第5号証の1ないし3)によれば、被告は、問題解決の方法として野外での観察を通じてこれを科学的に分析していく学問研究の方法を、書斎科学と実験科学とを埋める科学として、「野外科学」と名付け、この方法を提唱してきたことが認められる。もっとも、証拠(甲第22号証)及び弁論の全趣旨によれば、被告が「野外科学」の語を上記の意味を有するものとして提唱する以前に出版されている、梅棹忠夫著の「知的生産の技術」(岩波新書、40頁、1969年7月21日第1刷発行)にも、「生物学や地質学などの野外科学(フィールド・サイエンス)をやっている人たちのあいだでは、むかしから、野帳(フィールド・ノート)をつける習慣がある。」との記載があることが認められ、このことからすれば、「野外科学」の語は、上記のように野外での観察を通じてこれを科学的に分析していく学問研究の方法を意味する用語としては、被告が提唱したものではあるものの、語自体としては、被告が上記の意味を有するものとして提唱する以前から、「フィールド・サイエンス」を意味する語として一部の学者において既に使用されていた言葉であり、必ずしも被告の独創(創案)に係る言葉ではない、ということができる。
 「KJ法」の語については、被告の創案にかかる問題解決法を意味する用語であること、及び、「KJ法」は、1950年ごろ、当時国立大学の教授であった被告が提唱した解析法であって、その優れた着眼と論旨の展開、実践活動により、わが国における各方面の学会、研究者、実務界を通じ広く普及している、一つの問題解決の手法を意味するところであって、多数の学生、学者、社会科学者、実業家などによって展開されてきているものであることは、原告も認めるところである。
 このように、「野外科学」の語は、被告が創案した語であるということはできないものの、上記の意味を有するものとして被告が提唱してきたものであり、本件商標は、被告がこのようにして提唱してきた「野外科学」の語と、被告が創案し、提唱してきた「KJ法」との語を結びつけて成るものであるから、本件商標を全体としてみれば、被告が創案し、提唱してきたものと密接な関係を有するものと認識され、混同されることは、明らかというべきである。審決が、「この「野外科学」及び「KJ法」の文字(語)は、請求人によって創案されたものと認められる。」(審決書7頁18行〜19行)と認定した上で、「本件商標は、請求人によって創案された「野外科学」及び「KJ法」という二つの観念を生じる文字(語)を結び付けてなるものであって、全体として「野外に関する科学とKJ法」の意味合いにおいて「野外科学」及び「KJ法」と類似するということができる。」(審決書7頁24行〜27行)と判断したことは、その結論において正当である。
 原告は、被告が「野外科学」を問題解決の基礎として重視すべきことを提唱してきたとしても、「野外科学」の語は、当該分野において、被告のみが使用している用語ではなく、「野外科学」の語自体から被告を想起するものでもない、「野外科学」の語は、文字どおり、野外の科学を意味する一般的な用語として理解され、何人も自由に使用しうる語であるにすぎない、と主張する。
 確かに、「野外科学」という語自体は、被告が学問研究の方法として提唱してきたものであるとしても、上述のとおり、フィールド・サイエンスという意味の語として、従前から使用されていた言葉であるということができる。しかし、本件商標は、「野外科学KJ法」であり、「KJ法」との語は、前記のとおり、1950年ころ、当時国立大学の教授であった被告が創案し、提唱してきた解析法であって、しかも、被告の氏名の頭文字(イニシャル)を1文字ずつ取ったものであるから、本件商標を全体としてみれば、被告が提唱した「野外科学」と「KJ法」を組み合わせた商標であると認識されるものというべきである。本件商標は、「野外科学」及び「KJ法」を組み合わせた商標であるのに、その中の「野外科学」の語のみを採り上げて、これが、これのみを採り上げれば、必ずしも被告の創案、提唱に係るものと結び付くものではないことを根拠に、一般的な用語として自由に使用しうるとする原告の主張は、理由がない。
(2) 原告は、「KJ法」の語は、被告の提唱、創案に係るものであるものの、観察や整理の手法、課題解決方法の一つとして、一般に普及し、広く定着している考え方の総称、学説の名称であって、これを特定の個人や団体に独占させるべき用語ではない、と主張する。しかし、原告のこの主張を理解することは、通常の思考方法による限り、はなはだ困難という以外にない。原告は、本件商標につき、登録出願し、その登録を受けた上、これが審決により無効とされると、本訴において、本件商標の登録を無効とした審決の取消しを求めているのである。原告のこれらの一連の行為は、本件商標をその指定役務について独占して使用するためのものにほかならない。ところが、原告の上記主張は、特定の団体である原告にこれを当てはめれば、原告に「KJ法」を独占させるべきではない、ということになるのである。
 原告の上記主張は、善解すれば、被告又は被告の関係する企業等に「KJ法」等の商標の登録を認めるべきではない、あるいは、被告又は被告の関係する企業に「KJ法」との商標の登録を認めるのであれば、原告にもこれを認めるべきである、との主張とも解することができる。前者の主張は、被告又は被告の関係する企業による商標登録の無効を求める審判等においては意味のある主張であるとしても、本訴においては、原告の本件商標について出願し、登録を受ける行為と相矛盾するものと解するほかはない。原告の主張を後者の主張と解し得るとしても、少なくとも原告について、本件商標の登録を認めることは、原告に本件商標を独占させることを意味するものであり、その主張を採用し得ないことは、前述のとおりである。
(3) 原告は、本件商標は、「KJ法」ではなく「野外科学KJ法」であり、「KJ法」と「○○KJ法」とは別のものであって、本件商標は一般的な用語である「KJ法」の語の独占を図るものではない、とも主張する。しかし、「○○KJ法」という商標が登録されている限り、他の者は、「○○」とともにする限り、「KJ法」を指定役務に使用することを禁止されるのである。「KJ法」とともに使われる「○○」の語が、他の者により使われることのないものならともかく、「野外科学」は、「KJ法」とともに被告により提唱された、これと関連の深いものであることを考えれば、これにより、「KJ法」が使用できなくなる度合は、決して小さくないというべきである。この意味で、本件商標が「KJ法」の語の独占を図るものであることは、否定しようのないことということができるのである。
2 取消事由2(本件商標の出願、登録と信義則)について
 審決は、「被請求人においては、「野外科学」及び「KJ法」がこのように他人の創案、提唱に係るもので、さらには学会にて公開され、その専門家、これを利用する者があることも本件商標の出願時及び査定時において十分認識していたものと認められる。」(審決書8頁7行〜11行)として、「「野外科学」及び「KJ法」の文字(語)に類似する本件商標を被請求人のみがこれを出願し、その登録により排他的に使用するということは、信義則に反し、穏当を欠くといわざるを得ない。」(審決書8頁14行〜16行)と判断した。
(1) 「KJ法」は、被告によって提唱された問題解決の方法の一つであり、これが被告により創案されたものであること、この方法が我が国の学会、実務界において尊重されている優れた方法であること、「KJ法」の発展について被告が貢献してきたことは、原告もこれを認めるところである。
 また、証拠(甲第3号証の1・2、第4、第5号証、第6、第7号証の各1・2、乙第3号証)によれば、被告は、1977年に自らが中心となってKJ法学会を設立し、その後、毎年、多数の賛同者、研究者の参加を得てKJ法学会を開催したこと、同学会等において、KJ法を研究し、実践する多数の者が研究発表をし、これを発展させてきたこと、並びに、原告代表者も、KJ法学会における発表を依頼されたり、その関与する企業をして、KJ法学会に対し、協賛金を支払わせたり、広告料を支払わせたりして、賛同者の一人としてその運営に協力してきたことが認められる。
 これらの事実からすれば、原告は、被告がKJ法を創案し、提唱した後、その研究と発展に努めたこと、また、被告が中心となってKJ法学会を設立して、野外科学のみならず、様々な分野においてKJ法の普及に努めてきたこと、及び、KJ法学会における多数の賛同者の協力と研究者の発表等を通じて、KJ法が様々な分野で利用され、普及していったこと等の事実を知りながら、第41類を指定役務として、本件商標「野外科学KJ法」を出願し、その登録を得たもののであることが認められる。このような状況の下で、原告が「野外科学」及び「KJ法」と類似する本件商標を出願しその登録を受けることは、指定役務についてこれを排他的に使用し、第三者による同一又は類似の商標の使用を排斥することになるのであるから、前述した被告及びKJ法学会の関係者及びこれを利用するものの利益を害するものであり、剽窃的であって、信義則に反するものという以外にない。審決の上記判断に誤りはない。
(2) 原告は、「KJ法」は、広く社会に受け入れられる解析手法の一般的な名称として格別の制約を受けることなく、当初から多数のものが自由に使用している用語である、原告は、「KJ法」が一般的名称として何人も自由に使用しうるものであるから、「KJ法」を含む本件商標を創案し、採択したものである、「KJ法」の文字が一般的なものとして通用している以上、原告は、正当な使用であることを確実なものとするために本件商標の出願、登録を行ったのである、と主張する。
 しかし、原告が本件商標を出願し、その登録を得ることは、原告が「野外科学KJ法」との語及びこれと類似する語をその指定役務について排他的に使用することができることを意味するのであるから、被告及びKJ法学会の関係者並びにその利用者が本件商標及びこれと類似する商標をその指定役務又はこれと類似する役務あるいは商品に使用することができなくなることを意味するものである。そして、「野外科学」及び「KJ法」が上記のとおりの意味を有するものであることからすれば、「野外科学」やこれと類似する語は、被告及びKJ法学会の関係者等によって利用される見込みの大きい語ということができ、したがって、原告が本件商標を登録することは、これらの者の利益を害するものである。「KJ法」が本来何人も自由に使用できるものであるとする原告の主張は、「野外科学」及び「KJ法」と類似する本件商標を出願し、その登録を受けた原告自身の行為と相矛盾するという以外にない。
 原告は、「KJ法」あるいは「KJ法」的な解析をコンピューターの世界で実現することは従来なかったところであり、原告のみがこれを実践している、原告は多大の開発費を費やして実践的ソフトウェアを開発し、その普及のための教育を行うべく本件商標を出願、登録したものである、と主張する。
 しかし、KJ法は、前述のとおり、当初は野外調査研究の分野において用いられていたものが、現在では、様々な分野に広く普及し、一般的に用いられてきているものであるから、KJ法をコンピュータの分野で使用することは十分予想され得たことということができる。原告が「KJ法」的な解析をコンピュータの分野ではじめて実現したということは、何ら原告によるこの語の独占を正当化するものではない。仮に、原告による実践的ソフトウェアの開発が何らかの形で権利の対象となるとしても、それは、本件商標の登録という形においてではない。原告の上記主張は採用することができない。
 原告は、審決の論理によれば、「KJ法」のみならず「野外科学」を含む用語の使用は、すべて被告の同意を要するということになってしまう、「野外科学」及び「KJ法」の各用語についてみれば、学問の対象、学説を意味する一般的な用語として今や社会の共有に属するものである、と主張する。
 しかし、審決は、「本件商標は、・・・これをその指定役務に使用し、登録することは「野外科学」及び「KJ法」に関する創案者である請求人、またKJ法学会等の関係者、及びその利用者の利益を害する」(審決書8頁22行〜25行)と述べているにすぎない。すなわち、審決は、本件商標の登録が、被告のみならず、KJ法学会等の関係者及びその利用者の利益を害すると述べているのであって、審決の論理によっても、被告のみ自由に使用することができ、他の者が使用しようとするときはその同意を要する、ということになるわけではない。また、原告の、「野外科学」及び「KJ法」の語は、一般的な用語であり、社会の共有に属する、との主張は、前述のとおり、原告が本件商標を出願し、その登録を受けて、これを排他的に使用しようとすることと、そもそも相矛盾する主張である。原告の主張は失当である。
 原告は、ある学説や考え方の名称について、その名称を独占する権利が創案者に帰属するものではなく、あるいは、その関係する機関や民間企業に帰属するものでもない、この学説や考え方の名称は、公共の思想的財産として何人も利用しうるものであって、審決は、この点に関する厳密な考証、論拠を欠くものである、と主張する。
 本判決は、一般に、ある学説や考え方の名称について、その名称を独占する権利がその創案者に帰属すること、あるいは、創案者の関係する機関や民間企業に帰属することを判示するものではない。本判決は、本件において、原告が本件商標をその指定役務につき排他的に使用することが、「野外科学」や「KJ法」との語を創案ないし提唱してきた被告、及び、これを被告とともに発展させてきたKJ法学会の関係者、並びに、その利用者の利益を害することになり、原告がKJ法学会に前記のとおり関係してきたものであることも考慮すると(KJ法の発展に一部貢献してきた点を考慮しても)、その行為は、その主観的動機はともかくとして、客観的にみれば、剽窃的であり、公序良俗に反する結果となる、と認めるものにすぎないのである。
3 取消事由3(商標法4条1項7号の解釈の誤り)について
(1) 商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には、@商標の構成自体がきょう激、卑わい、差別的又は他人に不快な印象を与えるような文字、図形、又は、当該商標を指定商品あるいは指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、あるいは、社会の一般道徳観念に反するような商標、A特定の国若しくはその国民を侮辱する商標又は一般に国際信義に反する商標、B特許法以外の法律によって、その使用等が禁止されている商標等が含まれる、と解すべきである(必ずしも、これらのものに限定するとの趣旨ではない。)。そして、上にいう、社会の一般道徳観念に反するような場合には、本件のように、ある商標をその指定役務について登録し、これを排他的に使用することが、当該商標をなす用語等につき当該商標出願人よりもより密接な関係を有する者等の利益を害し、剽窃的行為である、と評することのできる場合も含まれ、このような商標を出願し登録する行為は、商標法4条1項7号に該当するというべきである。
(2) 原告は、本件商標は、「野外科学KJ法」を第41類「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」について使用するものである、科学的な解析方法やその名称であるこれらの語について、被告に独占権が付与されるものではなく、これらの語は、特許の取得、商標の登録などの特別な手続を伴って初めて保護される可能性があるにすぎない、一般的熟語にすぎない「野外科学」の語はもちろんのこと、いまや問題解析法として、一般的に認識されている「KJ法」の使用は何人も可能なものであって、その用語の使用について、学説の提唱や創案を理由として特定の者に無限の保護が与えられるというのは不合理である、と主張する。
 しかし、「野外科学」の語は被告が提唱した語であり、「KJ法」との語は、被告が創案して提唱し、その後、KJ法学会等で多数の賛同者及び研究者の協力を得て発展し、科学的分析方法として一般に普及し、広く認識されている語である。この「KJ法」と「野外科学」との語を組み合わせた本件商標を原告が指定役務を第41類「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」として商標登録をし、これを排他的に使用することは、被告及びKJ法学会の関係者とその利用者の利益を害し、剽窃的行為であると評することができることは前述のとおりであるから、原告が本件商標を出願し、その登録を受ける行為は、社会の一般道徳的観念に反し、公序良俗に反するものといわざるを得ないのである。「KJ法」を創案し、提唱した者のみに商標登録を認めるべきかどうか等は、本件の直接の争点ではないので、本判決は、この点について判断するものではない(KJ法を創案し、提唱し、中心となって発展させてきたのは被告であるものの、KJ法学会の関係者もこれに賛同し、協力してこれを発展させてきたものであるから、この点の利害の調整は図られるべきであろう。また、当初特定の者に属したものが、時の経過とともに社会公共の共有財産に化すということも、珍しいことではない。)。
 原告は、他人の商標の冒用として同号が適用されるのは、例えば、本国において商標権又は商標に関する権利を有する場合における他人の商標の登録、他の分類での登録はあるもののこれを欠く分類における他人の登録の取得、他人のキャラクターや名称の僭称など、保護の実態、基礎として、商標権、著作権、商号に関する権利、あるいは広く商品化権として保護されているような利益の存在を伴う場合である、審決は、従来認められてきた事例と相違し、単なる学説、解析法の名称について、被告がこれを創案し提唱したことを理由として剽窃的と認定している、しかし、従来のこの種事例において、他人の提唱や創案に係る用語であることを理由に、同号を適用したものはなく、このような理由を根拠として公序良俗違反と断定する審決は、同号の解釈と判断を誤った違法なものである、と主張する。
 しかし、「KJ法」は、前述のとおり、被告及びKJ法学会の関係者の努力により、科学的分析方法として一般に普及し、広く使用されるに至ったのであるから、このKJ法を特定の役務あるいは商品に使用した場合に顧客吸引力及び広告宣伝機能を有することになることは、容易に推認されるところであり、これをもって、単なる学説、解析法の名称にすぎないものということはできない。また、審決が、単に他人の提唱や創案に係る用語であることを理由に、本件商標の登録を公序良俗に反すると認定したものではないことも、前述したところから明らかである。原告の上記主張は理由がない。
 原告は、わが国の商標法における「商標」の概念は、創作性を基本的要素とするものではなく、選択行為を基本要素として位置づけているにすぎない、わが国の商標法の解釈としては、他人が提唱し、創案したことを理由にその登録を排除されることはない、審決は、この点を区別することなく、本件商標が商標法4条1項7号に該当すると判断したものであり、同号の解釈を誤るものである、と主張する。
 しかし、審決が、他人が提唱し、創案したことのみを理由に本件商標の登録を排除したものではないことは、前述のとおりである。原告の上記主張も理由がない。
 原告は、審決は、「剽窃的であって」として、「剽窃」と認定しているものではない、商標法4条1項7号規定の適用自体、本来、抑制されながら適用されるべきであるのに、7号のように漠然とした概念の解釈に際して、「…的」といったさらに漠然とした、あいまいな認定は不当である、と主張する。
 しかし、原告による本件商標の出願とその登録を得る行為は、前述のとおり、原告代表者等の主観的動機はともかくとして、客観的には剽窃行為と認められるので、審決はこれを剽窃的と認定したものであり、前述したところから明らかなように、本件については、商標法4条1項7号の規定が適用されると解すべきである。
 原告は、東京高判平成10年11月26日を引用して、商標法4条1項7号の「公序良俗違反」には「冒認」を含むものではない、と主張する。
 しかし、上記判決は、本件とは事案を異にするものであるから、本件において、同判決の判断の当否等を論じる必要はない。
4 結論
 以上に検討したところによれば、原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく、その他、審決には、これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担ついて、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 設樂隆一
 裁判官 阿部正幸
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