判例全文 | ||
【事件名】「エイビーロード」の写真事件(2) 【年月日】平成14年7月11日 東京高裁 平成13年(ネ)第6159号 損害賠償請求控訴事件 (原審・横浜地裁平成12年(ワ)第3720号) (平成14年4月25日 口頭弁論終結) 判決 控訴人 A 訴訟代理人弁護士 栗山博史 同 関守麻紀子 被控訴人 株式会社リクルート 訴訟代理人弁護士 田中克郎 同 升本喜郎 同 森本周子 同 湯川雄介 主文 本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人 (1) 原判決中、300万円及びこれに対する付随金の支払の請求を棄却した部分を取り消す。 (2) 被控訴人は、控訴人に対し、300万円及びこれに対する平成12年10月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 (3) 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。 (4) 仮執行宣言 2 被控訴人 主文と同旨 第2 当事者の主張 1 事案の概要等 控訴人は、いわゆるフリーのカメラマンであり、被控訴人(具体的には、被控訴人が発行する雑誌「エイビーロード」の編集部)の委託を受けて撮影し、引き渡した4000枚余りの写真(以下「本件写真」という。)について、これを被控訴人に預託したとして、その引渡後10年前後経過した後、それらの返還を求めたが、被控訴人は、その大部分を既に廃棄しており、返還しなかった(ただし、残存する35枚の写真については、引き渡すことを申し入れた。)。(当事者間に争いがない。) 控訴人は、廃棄された本件写真の所有権・著作権侵害、現存する写真データを控訴人に無断で使用したことに基づく著作権侵害、本件写真を廃棄したことにより控訴人が受けた精神的苦痛を根拠として、損害賠償を請求した。なお、控訴人は、原審では、本件写真の廃棄に基づく財産的損害として8282万円、現存写真データの無断使用に基づく損害として70万円、精神的損害として100万円の合計8452万円とこれに対する遅延損害金の支払を請求していたが、控訴提起とともに、請求を減縮し、そのうち300万円とこれに対する遅延損害金の支払のみを求めている。 当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。 2 当審における控訴人の主張の要点 (1) 原判決は、控訴人が、事実関係として、「原告と被告とは、原告が、被控訴人の発行する雑誌エイビーロードの3周年記念特大号及びスキー特集号に掲載する(1次使用)ために撮影した本件写真を、被告に2次、3次使用する(以下「2次使用等」という。)ことを許諾して預託し、被告が本件写真を2次使用等した場合には被告から原告に相当の著作権料を支払う旨合意した(以下「本件合意」という。)。したがって、被告は、本件写真について2次使用等の可能性がないと判断した場合には、本件写真を善良なる管理者の注意をもって保管する義務を負う。また、2次使用等するのであれば、これを速やかに原告に通知し、相当な著作権料を支払う義務がある。」(原判決3頁1行目から10行目)と主張した、と整理している。 しかし、控訴人はそのような主張はしていない。控訴人は、事実関係としては、本件写真について、当時のエイビーロードの編集長C(以下「C」という。)から「今後も使用する可能性があるから預からせてほしい。」と言われたので、これを了承して本件写真を預託した、ということを主張したにすぎない。そして、この事実関係を法的に評価すると、控訴人は、本件写真を、被控訴人に2次使用、3次使用することを許し、被控訴人が本件写真を使用した場合相当な著作権使用料の支払を受ける趣旨で、本件写真を被控訴人に預託していたことになる、と主張しているのである。 本件においては、法的評価の前に、まず、控訴人主張のような事実関係そのものがあったか否かが、判断されるべきである。 (2) 控訴人は、昭和62年1月、Cから、エイビーロード3周年記念特大号に掲載する写真の撮影と原稿の執筆を依頼され、撮影した写真を自ら現像、マウント(フィルムを一コマ一コマ切り離して、紙の台紙に挟み込むこと)した上で、被控訴人に引き渡した。このとき、被控訴人が写真を買い取るという話は出なかった。 Cは、エイビーロードに掲載する写真を選別した上で、それに合った原稿の執筆を控訴人に依頼した。その際、控訴人が「他の写真はどうなるのですか。」と尋ねたところ、Cは「これから使用する可能性があるので、預からせてほしい。」と回答した。そこで、控訴人は、被控訴人にこれらの写真を引き渡した。 (3) 昭和63年3月、控訴人は、被控訴人から、エイビーロード海外スキー特集号に掲載する写真の撮影と原稿の執筆の依頼を受けた。このときも、被控訴人が写真を買い取るとの話はなかった。 控訴人は、撮影した写真を自ら現像、マウントして、被控訴人に引き渡した。その後、控訴人は、被控訴人が雑誌に掲載すべく選別した写真を受け取って、これに合った内容の原稿を書き、これらをCに渡した。その際、前回と同様、「他の写真はどうなるのですか。」と尋ねたところ、「今後使用する可能性があるので預からせてほしい。」と言われた。そこで、控訴人は、これらの写真を被控訴人に預託した。 (4) Cは、その証人尋問において、他のカメラマンにするのと同じ話をしたはずであるとの証言をするにすぎず、控訴人に対して、所有権・著作権譲渡の申込みをしたとの具体的な記憶はないことが明らかである。 しかも、原判決が認定したとおり、本件写真は、控訴人が自らフィルムを購入し、現像し、マウントしているものであり、仮に他のカメラマンに対してはCの証言するような取り扱いがなされていたとしても、控訴人に対してもこれと同様の取り扱いがされたということにはならない。 (5) 被控訴人の依頼は、写真を掲載する号を特定してなされており、2次使用、3次使用は予定されていなかった。本件写真に関する権利がすべて被控訴人に属するとの説明がされたとは考えられない。 また、そのような契約書も作成されていない。 (6) 被控訴人の従業員B(以下「B」という。)は、証人尋問において、個々の撮影業務委託に際し、著作権がだれに帰属するか一々確認していないと証言している。 (7) カメラマンが出版社等に対し写真の使用を許諾する形態は、原則として、預託契約である。現に、控訴人は、他の出版社に対して、多数の写真を10年間以上預けている。 本件で、使用許諾の対価としては不相当に高額の対価が支払われているなど、著作権の譲渡契約があったと推測されるに足る特段の事情はない。すなわち、控訴人は、被控訴人から依頼された2回の撮影において、それぞれ2000枚もの写真を撮影し、これを自らマウントし、掲載される写真に合わせた原稿を執筆した。これらに対して支払われた対価は、日当1万5000円にすぎない。 (8) 被控訴人は、控訴人からの写真の返還の申し入れに対して、当初は、本件写真の権利は被控訴人にあるとの回答をしていない。 3 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 原判決に、控訴人主張のような事実摘示の誤りはない。 控訴人は、原審原告第2準備書面において、 「原告は、前記のとおり、直接には「エイビーロード」の「三周年特大号」「スキー特集号」に掲載する写真を撮影したものであるが、写真掲載後、被告から申し入れがあり、本件写真を、被告に2次使用、3次使用することを許し、被告が本件写真を使用した場合相当な著作権使用料の支払を受ける趣旨で、本件写真を被告に預託していたものである。 したがって、本件写真を預かった被告としては、2次使用、3次使用の可能性がないと判断した場合には、本件写真を速やかに原告に返還する義務を負っていたし、返還するまでの間、本件写真を善良なる管理者の注意をもって保管する義務を負っていた。 また、被告は、もし2次使用、3次使用するのであれば、これを速やかに原告に通知し、相当な著作権使用料の支払をするとともに、掲載時には、著作者名を表示する義務(氏名表示権・著作権法19条)を負っていた。」 と主張している(原審原告準備書面(2)9頁7行目〜18行目)。 (2) 被控訴人にとって、エイビーロードの創刊後しばらくの間は、写真の質自体は重要ではなく、重要なのは、むしろ、写真のストック(蓄え)の大きさであった。すなわち、カメラマンが撮影した写真の権利を買い取ってストックを大きくすることが絶対的な条件であった。 カメラマンの中で控訴人だけを特別扱いすることは考えられない。 (3) 原判決は、控訴人が写真を自らマウントしたことを認定したものであって、それ以上に、フィルムを購入したり、現像したりしたことまで認めてはいない。 (4) 控訴人が、本件写真を被控訴人に交付した後10年前後もの間、本件写真の返還や使用料の支払を求めなかったことは、同写真についての所有権や著作権の譲渡があったことを推認させる有力な事情となる。 (5) 被控訴人が、本件写真のうち現存する写真35枚を控訴人に返還することを申し入れたのは、紛争を穏便に、早く解決するためである。 第3 当裁判所の判断 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の「第3 判断」のとおりであるから、これを引用する。 1 本件写真の廃棄に基づく所有権・著作権侵害に基づく財産的損害並びに精神的損害について (1) 控訴人の主張の要点は、本件写真のうち、当面雑誌に掲載することが予定されていないものについて、その扱いがどうなるかをCに尋ねたところ、同人が、今後使用する可能性があるので預からせてほしい旨答えた、との事実があったことを前提に、これをもって、法的には、本件写真の預託契約と、本件写真を2次、3次使用する場合は、控訴人に著作権料を支払うとの合意(以下「本件合意」という。)があったと認めるべきである、とするものである。そして、被控訴人は、2次使用、3次使用の可能性がないと判断した以上、速やかに本件写真を控訴人に返還すべきであったのに、これを怠り、あるいは、返還するまでの間善良な管理者の注意義務をもって保管すべきであったのに、これを怠り、廃棄した、というものである。 原審において、控訴人は、原告本人尋問において上記主張に沿う供述をしている(原告本人尋問調書10頁、同12頁等)。また、他に控訴人の主張に沿う証拠として、甲第3号証、第4号証、第6号証の1、第12号証がある。ただし、これらはいずれも、控訴人自身の事実認識を内容とする証拠である。 なお、控訴人は、上記のCとのやりとりの際、本件写真を預けておく期間、使用する時期、使用料については確認しなかったとも供述している。 (2) これに対し、Bは、証人尋問手続における供述、あるいは、陳述書(乙第2号証)中の記載の形で、要旨以下のとおり述べている。 ア 自分は、昭和61年に被控訴人の従業員となった後、平成11年9月までエイビーロードの編集部に在籍していた。 イ 被控訴人は、エイビーロードを、昭和59年に創刊したものの、控訴人に本件写真の撮影依頼をした当時、自由に使える写真が少なかったため、使う写真の質を高めることより、使うために蓄えておく写真の量を増やすことに重点を置いて、作業をしていた。そして、蓄えられた写真は、撮影者ごとではなく、地域または国ごとに保管されていた。 ウ 自分自身が、控訴人と写真撮影の依頼の件で接触したとはない、と記憶している。控訴人に対する、昭和62年のオーストリアでの写真撮影の依頼をしたのは、Cである。昭和63年のフランスでの写真撮影依頼をしたのは、Cではないと思う。 エ 被控訴人の内部では、カメラマンの撮影してきた写真は、被控訴人が自由に使用していいとの運用をしていた。また、被控訴人が引渡しを受けた写真をカメラマンが使用することは、個人使用を除き、許さなかった。もし個人使用以外で使いたいと言ってきた場合、これを拒絶し、以後は仕事の依頼をしないようにしていた。 しかし、自分自身が、個々のカメラマンに写真の権利関係について確認したことはない。それは、新人導入者研修の勉強会で、既に業務委託関係を結んでいるカメラマンについては、権利関係の話はすんでいるので、写真を自由に使ってよいと教えられていたからである。 平成6、7年ころまでは、被控訴人は、カメラマンと、契約内容を明記した書面は交わしていなかった。 (3) また、Cは、証人尋問手続において、要旨以下のとおりの供述をしている。 ア 自分は、昭和55年4月に被控訴人の従業員となった。昭和59年10月に、エイビーロードの編集部に移籍し、昭和62年7月から平成2年3月まで、同誌の編集長を務めた。 イ 自分は、昭和62年当時、副編集長であり、控訴人にオーストリアにおける写真撮影を依頼をした。昭和63年のスイス撮影については、自ら、控訴人に撮影依頼をしたことはない。 ウ 昭和62年ないし63年当時、被控訴人が依頼してカメラマンに写真を撮影させる際、フィルム代及び現像代は、被控訴人がすべて負担していた。依頼の際、口頭で、カメラマンに撮影させた写真の権利は買い取る旨告知していた。また、カメラマンが個人的に使用したい場合は、エイビーロード編集部に断ってほしいとも言っていた。控訴人に対しても、同じ言い方をしたと思う。 エ 控訴人から、掲載しない写真はどうなるのかと問われたのに対し、被控訴人が保管しておいて、自由に使っていく、という話をした。 (4) 被控訴人において、カメラマンに撮影を依頼して引渡しを受けた写真を、撮影者から承諾を得るなどの手続を要せず、被控訴人が自由に使用でき、返還義務も負わない状態にあったとのB及びCの各供述は、フィルム代、現像代、旅費等は被控訴人側(被控訴人に仕事を依頼した者を含む。)が負担し、比較的安い水準であったとはいえ、日当も支払っていること、昭和62年ないし63年当時、エイビーロードが自由に使える写真の蓄え(ストック)を増やす必要があったこと、保管された写真は、専ら被控訴人の使用の便宜から、著作者ごとではなく、地域ないし国ごとに分類されていたこと(これらの事実は、乙第2号証、B及びCの証言、控訴人(原告)の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により認められる。)も併せ考慮すると、相当に信憑性があるとみることができる。そして、もし、Cその他の被控訴人の担当者が、このような認識を持っていたとしたら、Cらが本件写真を将来返還することを前提とする約束をするということは、考えにくいことというべきである。 したがって、上記B及びCの各供述に照らし、控訴人の原審での供述は直ちに採用することができない。 控訴人は、控訴人が自らフィルムを用意して、現像もしたというが、その代金は被控訴人が負担している。また、控訴人が自らマウントしたとの事実をもって、本件写真の所有権等の帰属について、別異の扱いがされたと認めることはできない。 被控訴人は、控訴人から本件写真の返還を求められた際、現存する写真35枚を返還することを申し入れているが、これは、紛争が尖鋭化しないよう穏便に解決しようとの考えに基づくものともみることができ、少なくともこの事実をもって、本件写真の保管、返還義務の存在を被控訴人が自認していたものと認めることはできない。 他に、控訴人が主張する「預からせてほしい。」旨の発言が被控訴人の担当者からなされたとの事実を認めるに足りる証拠はない。 上に述べたところに、被控訴人が、10年前後にわたり、本件写真について所有権についてにせよ著作権についてにせよ権利者としての行動を示していないこと(原告本人尋問の結果によって明らかである)をも加えて、総合的に考察すると、被控訴人は、本件写真の撮影を控訴人に依頼したころ、引渡しを受けた写真は、被控訴人のものとなり、したがって、被控訴人は、これを自由に使用でき、返還する義務も負わない、との合意の下に、カメラマンに依頼する扱いを採用しており、控訴人の場合もその例外ではなかった、と認めることができる。そして、それにもかかわらず、被控訴人が、控訴人に対して本件写真の保管義務を負っていると認めさせる資料は、本件全証拠によっても認めることができない。そうである以上、本件写真の廃棄の事実に基づく請求は、契約を理由にするにせよ、所有権・著作権を理由にするにせよ、認められないという以外にない。 2 無断使用に基づく著作権侵害について 前記認定のとおり、被控訴人は、本件写真を自由に使用しうるものであるから、これを使用できる状態においたとしても、著作権の侵害はない。 また、そもそも、被控訴人は、社内の写真データベース(「写楽」)内に、現存する本件写真を保管しているものであって、現に使用したと認めることもできない。 3 結論 以上検討したところによれば、控訴人の請求は理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきであり、原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。そこで、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 山下和明 裁判官 阿部正幸 裁判官 高瀬順久 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |