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【事件名】ドメイン名の移転請求事件(吉田興業)
【年月日】平成14年5月30日
 東京地裁 平成13年(ワ)第25515号 ドメイン名登録確認等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成14年3月19日)

判決
原告 有限会社吉田興業
被告 株式会社イトーヨーカ堂
訴訟代理人弁護士 板東秀明
同 田中英行
同 下河邊由香


主文
1 原告の「原、被告間でドメイン名『WWW.IYBANK.CO.JP』は、原告の同意なしに、登録を移転することはできないことと原告が登録・保有し続けることができる権利を持つことの確認を求める。」との請求を棄却する。
2 本件訴えのうち、原告のその余の請求に係る部分を却下する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 原告の請求
1 ドメイン名「WWW.IYBANK.CO.JP」は、知的所有権財産の一種であり、憲法29条に保護される財産権であることに争いがないことを確認する。
2 原、被告間で現在、ドメイン名「WWW.IYBANK.CO.JP」は、原告が合法且つ適法に登録・保有していることに争いがないことを確認する。
3 原、被告間でドメイン名「WWW.IYBANK.CO.JP」は、原告の同意なしに、登録を移転することはできないことと原告が登録・保有し続けることができる権利を持つことの確認を求める。
4 原告にはドメイン名「WWW.IYBANK.CO.JP」の使用に関して先使用権があることの確認を求める。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告を申立人とする日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルにおいて、「ドメイン名『IYBANK.CO.JP』の登録を申立人に移転せよ。」との裁定を受けたことを不服として、前記第1記載のとおり、上記ドメイン名は知的所有権財産の一種であり、憲法29条に保護される財産権であることに争いがないことの確認等を求めている事案である。
 被告は、前記第1記載の各請求の趣旨に対し、本案前の答弁として、これらはいずれも確認の利益を欠いており、訴えは却下されるべきである旨主張している。また、被告は、本案に対する答弁として、原告が上記ドメイン名を不正の目的で登録していることは明白であり、上記裁定は相当なものであるから、原告には同ドメイン名登録を継続し続ける権利はないとして、本訴各請求の棄却を求めている。
2 前提となる事実(下記の各事実は、当事者間で争いがないか、あるいは、末尾掲記の証拠と弁論の全趣旨により認めることができる。)
(1) 当事者
 原告は、土木・建築の請負、造園の設計・管理・施工、不動産の売買及び仲介代理等を目的とする有限会社であるが、標記のとおりAを代表者とするものである(乙5、15及び17)。
 他方、被告は、百貨小売業及びこれに関連する商品の製造・加工・卸売業等を目的とする株式会社であるが、平成13年2月末の段階で、北海道から広島まで全国に182の店舗(大型スーパーマーケット)を展開しており、我が国有数の大規模な流通・小売業者である。
(2) 被告による標章「IY」の使用
 被告は、前記全国展開した各店舗において、「イトーヨーカ堂」をローマ字表記してその頭文字をとった「IY」なる標章を、商品やクレジットカードに付して使用している。また、被告は、平成6年ころから平成13年ころにかけて、黒く太い字体のアルファベット大文字を白抜きしたデザインの「IY」なる標章(乙7の1等参照)及び同デザインの「IY」を含む「IYGROUP」なる標章(乙8の2等参照)を、合計20以上の商品等区分にわたって商標として出願し、登録を受けている。
 アルファベット表記の「Ito Yokado」なる標章が被告の営業表示として著名である(乙6及び弁論の全趣旨)ことに加え、大型スーパーマーケットという業務形態の性質上、一般消費者との接点も多いことから、「IY」が被告を指す名称であることは、消費者の間で広く認識されていた。
(3) 被告の銀行業務への参入
 平成11年11月12日付け日本経済新聞第1面(乙10の1)に、「ヨーカ堂銀行業参入へ」との大見出しの記事が掲載され、また、同月30日付け日経流通新聞(乙11)には、「悲願『IYバンク』に活路」との見出しの記事が掲載された。これらの各記事からもわかるとおり、この当時、我が国有数の流通・小売業者である被告が、当時破綻状態にあった大手金融機関の買収に加わり、豊富な店舗網を活用して銀行業務に参入しようとしていることがさかんに報道され、このことは、社会的に大きな話題にもなった。
 被告は、連結子会社の株式会社セブン−イレブン・ジャパンとともに平成12年11月6日付けで銀行免許を申請し、平成13年4月10日に株式会社アイワイバンク銀行を設立した。同銀行は、同月25日に銀行免許を取得して、同年5月7日の開業とともに新規預金口座の受付を開始し、同月15日からは、被告グループのスーパーマーケット及びコンビニエンスストアでATMサービスを開始した。
 また、被告は、上記銀行業務への参入に伴い、同業務に用いるため、平成12年3月15日にアルファベット大文字「IYBANK」及び片仮名「アイワイバンク」につき、預金の受入れ及び定期積金の受入れ、資金の貸付け及び手形の割引等の銀行業務に関する役務を指定役務として(区分第36類)商標登録出願手続を行い、同13年6月15日に、商標登録を受けた(乙9の5、乙9の6)。
(4) 原告の本件ドメイン名登録
 ところが、被告が銀行業務に参入することが明らかになった直後の平成11年12月21日、原告の申請に基づき、社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(以下「JPNIC」という。)において、本件訴訟で問題になっているドメイン名「IYBANK.CO.JP」(以下「本件ドメイン名」という。)が登録された。
(5) ドメイン名及びJPNICについて
ア インターネットにおいては、接続されたコンピュータを認識するため、IPアドレスと呼ばれる32ビットで構成された数字列が用いられる。この数字列からなる各番号は、各利用者ごとに付与されるので、それだけで接続された個別のコンピュータを特定することができる。しかし、単なる数字列では利用者の記憶に残りにくく、電子メールなどのやり取りに不便なので、インターネット上の識別子として、アルファベット、数字、ハイフン等により構成された文字列であるドメイン名が考え出された。
 ドメイン名の表記には、アルファベット等の文字が使用されるが、利用者の記憶に残りやすいという観点から、自己の名称、社名、商標等をドメイン名として登録することが一般的に行われている(なお、ドメイン名は、ウェブサイトのアドレスにも用いられるが、その場合には、通信手段を示す表示として冒頭に「http://www.」が付加される。)。
イ 前記JPNICは、我が国において、インターネットのドメイン名の登録等の業務を行う団体であり、「属性型(組織種別型)・地域型JPドメイン名登録等に関する規則」(乙2。以下「登録規則」という。)を定めている。
 同規則は、「当センターのドメイン名の登録は、インターネット上での識別子として用いることを目的として行うもので、当センターが管理するドメイン名空間におけるドメイン名の一意性を意味し、これ以外のいかなる意味も有さない。」とした上で(第2条。「当センター」とはJPNICを指す。以下同じ。)、「同一の属性型地域型JPドメイン名について2以上の登録申請があったときは、逐次その申請順に審査を行い、登録を承認された最先の申請者が登録者となる。」(第7条)と定めており、いわゆる先願主義に基づき、申請者がドメイン名を自由に選択できるようになっている。登録に際して、既存の商標や商品等表示などに関する権利と抵触するか否かについての審査は行われていない。
 また、同規則40条は、「登録者は、その登録にかかる属性型地域型JPドメイン名について第三者との間に紛争がある場合には、紛争処理方針に従った処理を行うことに同意する。」と定めており、登録に関する紛争については、別途定められた「JPドメイン名紛争処理方針」(乙3。以下「紛争処理方針」という。)に基づき処理されることが明記されている。
 インターネット利用者は、上記のような登録規則の内容を承認した上でJPNICに申請することにより、ドメイン名の登録を受け、また、既に登録されているドメイン名につき移転登録を受けることができる。
ウ なお、登録規則29条は属性型地域型JPドメイン名の移転登録につき定めた条項であるが、同条4項によると、「当センターの認定する紛争処理機関で移転の裁定があり、当センターがその裁定結果を受領してから10営業日(当センターの営業日をいう)以内に、登録者から、JPドメイン名紛争処理方針(以下「紛争処理方針」という)第4条k項に定める文書の提出がされない場合、当センターは、その裁定にしたがって、属性型地域型JPドメイン名の移転登録をする。」とされており、この規定を受けて、紛争処理方針第4条k項には、紛争処理パネルが登録者のドメイン名登録の取消又は移転の裁定を下した場合には、紛争処理機関からの裁定の通知後10日以内に登録者から申立人を被告として裁判所に出訴したことを証する文書が提出されなければ、仲裁センターはその裁定を実施する旨が定められている。
(6) 原告・被告間の紛争の経緯
ア 被告は、平成12年7月1日ころ、原告代表者から、「Aは、有限会社吉田興業で『WWW.IYBANK.CO.JP』のドメイン名を取得しております。貴社におかれましては、新しくIY銀行(アイワイバンク)を設立されるものとマスコミ報道されておりますが、Aの持つこのドメイン名が、新銀行に最適ではないかと愚考している次第でございます。…この機会にご使用をご検討していただけるよう、宜しくお願い申し上げます。」などと記載された同日付け書簡(乙14)を受け取った。
イ 被告の担当者は、同年8月10日、新潟県長岡市内において原告代表者と面談したが、その席上、原告代表者は、インターネット上での使用を前提とする本件ドメイン名につき、「ホームページは使っていない。登録しているだけである。使ってしまうとよくないと思っていた。」、「会社(吉田興業)ごとの譲渡を考えていた。現在、自分が社長の一人会社である。」、「ドメイン名だけの譲渡ができるのなら譲渡でもよい。条件次第だが。その方が楽である。」、「ドメイン名を譲渡するなら1億円から。これから交渉になる。」、「ドメイン名の使用許諾の場合、使用料は年間1200万円、預かり金は2000万円、契約金は3000万円。期間は10年間か。」などと発言し、本件ドメイン名の譲渡または使用許諾契約の締結を申し入れてきた(乙15)。
ウ 被告は、社内での検討の結果、原告の申し入れに応じることはできないとの結論に達したが、原告は、同年9月22日付けで、前記担当者に対し、「弊社は貴社と『WWW.IYBANK.CO.JP』のドメイン名取引について交渉を継続中でありますが、本年8月10日に行った弊社からの価格提示以来、進展がございません。…本年8月10日に提示した価格の有効期限を本年11月17日までとさせていただきます。17日以降にお取り引きをご希望の場合には、…5つのドメイン名も含めた新価格を予定しております。…貴社の高い見識と豊富な経験により、お早めの決断が貴社の未来にとって非常に有益であることをご賢察していただけるよう心より願っております。」などと記載された文書(乙17)を送付した。
 原告代表者は、さらに、平成13年7月26日付けで、前記担当者に対し、「よろしければ当社の登録・保有している『WWW.IYBANK.CO.JP』のドメイン名取引について交渉を再開されてはいかがでしょうか。『WWW.IYBANK.JP』についても同様にご意見をお聞かせ願いたいと存じます。」、「なお、本件交渉とは全く別物ではありますが、『WWW.SONYBANK.CO.JP』について、当社の取締役社長が代表社員をつとめる他社におきまして、日本知的財産仲裁センター…の裁定手続…が終了し、現在、東京地方裁判所で係争中でございます。まさかとは存じますが、貴行も当社のドメイン名という財産権に対して何らかの侵害行為をおこなった場合、当然、大鉄槌を下します。」、「取引金額につきましては、当社といたしましては大変残念でありますが、日本経済のデフレによる価格破壊に影響され、以前提示した金額より大幅な見直しを検討させていただいております。貴社におかれましても本年10月のネットバンク業務開始に間に合うよう、ご検討いただければ幸甚です。」などと記載された文書(乙18)を送付した。
エ 被告は、原告を相手方(登録者)として、日本知的財産仲裁センター(以下「仲裁センター」という。)に対し、ドメイン名紛争処理を申し立て、平成13年9月4日に同処理手続が開始した。
 同センター紛争処理パネル(以下「紛争処理パネル」という。)は、平成13年11月13日付けで、「ドメイン名『IYBANK.CO.JP』の登録を申立人に移転せよ。」との裁定(以下「本件裁定」という。)をした。
オ 原告は、上記裁定を不服として、平成13年11月29日、本件訴訟を提起した。
 なお、原告が、前記登録規則が定める期間内に本件訴訟の提起及びこれに伴う所定の手続をとったため、同裁定は現在に至るまで実施されていない(前記(5)ウ参照)。
(7) 関連訴訟の経緯
 ちなみに、原告代表者が被告宛の前記平成13年7月26日付け文書(乙18)において自ら言及しているとおり(前記(6)ウ参照)、原告代表者であるAを代表者無限責任社員とし、原告と本店所在地を同じくする訴外合資会社壱(以下「訴外壱」という。)は、本件訴訟に先立ち、世界的な電子・通信機器会社である訴外ソニー株式会社(以下「訴外ソニー」という。)を被告として、本件と同様のドメイン名登録に関する訴訟を提起した。
 すなわち、訴外ソニーは、平成13年1月18日、前記仲裁センターに対し、ドメイン名「SONYBANK.CO.JP」を登録していた訴外壱を相手方(登録者)として、同ドメイン名の登録移転を申し立てた。紛争処理パネルは、同年3月16日、同ドメイン名の登録を訴外ソニーに移転せよとの裁定をしたが、訴外壱は、この裁定結果を不服として、平成13年3月21日付けで、訴外壱及び同ソニーの間で、訴外壱が上記ドメイン名につき所有権を有していることを確認することを求める旨の訴訟(当庁平成13年(ワ)第5603号・ドメイン名所有権確認請求事件)を東京地方裁判所に提起した。しかるところ、同裁判所は、同年11月29日、ドメイン名登録は、インターネット利用者とドメイン名登録機関であるJPNICとの間の私的な契約に基づくものであり、登録者はJPNICに対して債権的な権利を有するにすぎないから、ドメイン名を所有権の対象と観念する余地がないことは明らかであって、訴外壱の上記請求は、確認を求める法律関係について法的前提を欠いており、確認の利益を欠く不適法なものとして却下すべきである旨の判断をし、訴え却下の判決(乙13)をした。
3 当事者の主張
(1) 原告
 本判決末尾添付の訴状写し「第二 請求の原因」欄記載のとおり。
(2) 被告
 被告は、本案前の答弁として、原告の求める確認請求はいずれも、その前提を欠き、また原告と被告との間の本件紛争の解決につながるものではないから、確認の利益を欠くものであると主張して、本件訴えの却下を求めるとともに、本案に対する答弁として、仮に確認の利益があるとしても、本件裁定は、JPNICと登録者との間で合意された登録規則に規定された紛争処理方針に従って判断されたものであって、その認定判断に誤りはないと主張して、原告の請求の棄却を求めている。
第3 当裁判所の判断
 前記第2で認定した事実関係を前提に、本件訴訟における原告の各請求(前記「第1 原告の請求」参照)について判断する。
1 請求の趣旨第1項について
 原告は、請求の趣旨第1項として、「ドメイン名『WWW.IYBANK.CO.JP』は、知的所有権財産の一種であり、憲法29条に保護される財産権であることに争いがないことを確認する」ことを求めている(前記第1の1)。
 しかしながら、前記第2の2(5)イで認定した事実に加え、証拠(乙1ないし3)により認められる事実を総合すれば、@インターネット利用者は、登録規則の内容を承認した上でJPNICに申請することにより、ドメイン名の登録を受け、また、既に登録されているドメイン名の移転登録を受けられること、Aドメイン名の登録は、インターネット上の識別子として用いられることを目的とするもので、これ以外のいかなる意味も有さないこと、Bドメイン名の登録・移転についてはJPNICの承認が必要であり、一定の事由があればJPNICからその登録を取り消されることなどが認められるのであって、これらの事実に照らせば、ドメイン名は、インターネット利用者とドメイン名登録機関であるJPNICとの間で締結された、前記登録規則を内容(契約約款)とする私的な契約を根拠に付与されるものであり、ドメイン名登録者は、JPNICに対して有する債権契約上の権利としてドメイン名を使用するものであって、ドメイン名について登録者が有する権利はJPNICに対する債権的な権利にすぎない。したがって、登録規則の内容に反してJPNICによりドメイン名の使用を差し止められ、あるいは第三者によりその使用を妨害されたような場合に債務不履行ないし不法行為を理由として損害賠償の請求をすることが可能であるという点では財産上の利益としての保護を受けるものではあるものの、特許権等のいわゆる知的財産権とは異なるものであるが、いずれにしても権利の性格や、その憲法上の位置づけは、本件において、原告が本件ドメイン名を保有し続ける実体法上の権利を有するか否か、あるいは、本件ドメイン名を移転する義務を有するか否かとは直接に関係するものではなく、原告の求める確認請求により、原被告間で既に生じている本件ドメイン名の登録移転に関する紛争(前記第2の2(6)エ、オ)が解決することにはならない。
 以上によれば、原告の上記請求は、確認の利益を欠く不適法なものとして却下を免れない。
2 請求の趣旨第2項について
 原告は、請求の趣旨第2項として、「原、被告間で現在、ドメイン名「WWW.IYBANK.CO.JP」は、原告が合法且つ適法に登録・保有していることに争いがないことを確認する」ことを求めている(前記第1の2)。
 しかしながら、証拠(乙3)によれば、ドメイン名登録者とその移転を求める第三者との間で紛争が生じ、紛争処理パネルが第三者への移転登録を命ずる裁定を下した場合であっても、所定期間内に裁判所へ出訴したことを証する書面が提出されれば、裁定の実施は見送られ、登録者が当該ドメイン名を継続して使用する正当な権限がない旨の確定判決等を同センターが受領するまでは、裁定の実施に関わるいかなる手続も行われないことが認められる(紛争処理方針第4条k項)。しかるところ、本件においても、原告・被告ともに、原告に本件ドメイン名を継続して使用する正当な権限がない旨の判決が確定するまでの間は、本件裁定が実施されることはないことを前提に行動している(前記第2の2(6)等)ことが明らかであるから、原告と被告の間では、少なくとも被告が実体法上直ちに本件ドメイン名の移転登録を求め得る立場にあるものでないことについては争いがないと認められる。したがって、原告の上記請求は、そもそも確認の利益を欠くものというべきである。また、原告の求める確認請求により、原被告間で既に生じている本件ドメイン名の登録移転に関する紛争(前記第2の2(6)エ、オ)が解決することにもならない。
 よって、いずれにせよ、原告の上記請求は、確認の利益を欠く不適法なものというべきである(なお、仮に、請求の趣旨第2項をもって、同第3項と同様に原告が本件裁定の認定判断を争い、被告との間で本件ドメイン名の移転登録義務がないことを求める趣旨と解することが可能であるとしても、後記の請求の趣旨第3項についての判断として示すのと同様の理由により、棄却を免れない。)。
3 請求の趣旨第3項について
 原告は、請求の趣旨第3項として、原被告間でドメイン名「WWW.IYBANK.CO.JP」は原告の同意なしに移転登録できないこと、及び、原告が同ドメイン名を登録・保有し続けることができる権利を持つことの確認を求めている。同請求については、原告が本件裁定の認定判断を争い、被告との間で本件ドメイン名の移転登録義務がないことを求める趣旨と解する余地がないとはいえない。そこで、以下、本件裁定の認定判断に誤りがないかどうかについて検討する。
ア 紛争処理方針4条a項
 前記第2の2(5)イ記載のとおり、登録規則40条には、「登録者は、その登録にかかる属性型地域型JPドメイン名について第三者との間に紛争がある場合には、紛争処理方針に従った処理を行うことに同意する。」と規定されており、さらに、紛争処理方針3条には、「当センターは、下記のいずれかに該当する場合には、当該ドメイン名登録の移転または取消の手続を行う。」として、これに該当する場合の一つとして、紛争処理パネルのその旨の裁定をJPNICが受領したときが掲げられている(乙3)。
 ドメイン名紛争処理手続に関しては、紛争処理方針4条a項が、「適用対象となる紛争」として、申立人から次の(@)〜(B)の申立てがあったときには、登録者は紛争処理方針の定める紛争処理手続に従うべきことを規定し、紛争処理手続において、申立人はこれら3項目のすべてを申立書において主張しなければならない旨を定めている(乙3)。
(@) 登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
(A) 登録者が、当該ドメイン名の登録についての権利または正当な利益を有していないこと
(B) 登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること
 そして、同条b項には、紛争処理機関のパネルが上記(B)の事実の存否を認定するに際し、特に次のような事情がある場合には、当該ドメイン名の登録又は使用は、不正の目的であると認めることができる(ただし、これらの事情に限定されない。)旨が規定され、「登録者が、申立人または申立人の競業者に対して、当該ドメイン名に直接かかった金額(書面で確認できる金額)を超える対価を得るために、当該ドメイン名を販売、貸与または移転することを主たる目的として、当該ドメイン名を登録または取得しているとき」、「申立人が権利を有する商標その他表示をドメイン名として使用できないように妨害するために、登録者が当該ドメイン名を登録し、当該登録者がそのような妨害行為を複数回行っているとき」を含めた場合が掲げられている。
 同条i項には、パネル手続による申立人に対する救済は、登録者のドメイン名登録の取消し又は当該ドメイン名登録の申立人への移転により行われる旨が規定されている。
 紛争処理方針がパネル手続による救済の要件として掲げる上記(@)〜(B)の各項目は、その内容に照らして合理的かつ相当なものであると認められるところ、前記の登録規則40条の規定によれば、原告は、本件ドメイン名の移転登録を受けるに当たって、紛争処理方針に従った処理が行われることについて同意しているというべきである。そうすると、本件において、上記(@)〜(B)の項目に該当する事実が認められる場合には、原告は、本件裁定に従って本件ドメイン名の登録を被告に移転する義務を負うものというべきである。そこで、以下、これらの各事実が認められるか否かを順次検討する。
イ 4条a項(@)に該当する事実の存否
 前記第2の2(1)(2)記載のとおり、被告は、我が国有数の大規模な流通・小売業者であるところ、全国に展開した180以上の店舗において、「IY」なる標章を使用しており、本件ドメイン名の登録以前において、黒く太い字体のアルファベット大文字を白抜きしたデザインの「IY」なる標章(乙7の1等参照)及び同デザインの「IY」を含む「IYGROUP」なる標章(乙8の2等参照)を、合計20以上の商品等区分にわたって商標として出願し、登録を受けている。アルファベット表記の「Ito Yokado」なる標章が被告の営業表示として著名である(乙6)こと等の事情に照らせば、上記「Ito Yokado」の頭文字をとった「IY」についても、これが被告を指す名称であることが、本件ドメイン名登録以前において、既に、消費者の間に広く認識されていたと認められる。
 また、同第2の2(3)記載のとおり、被告及び連結子会社である株式会社セブン・イレブンジャパンにより設立された株式会社アイワイバンクは平成13年5月7日から銀行業務を開始しているものであるが、被告はそれに先だって平成12年3月15日に銀行業務に関する役務を指定役務として「IYBANK」及び「アイワイバンク」を商標登録出願し、同13年6月15日に商標登録(登録番号第4482615号、同第4482616号)を受けている。被告による前記の登録商標「IYBANK」及び「アイワイバンク」の出願は、原告の本件ドメイン名登録(平成11年12月21日)に後れるものであるが、前記のとおり、本件ドメイン名登録に先立って、被告が登録商標「IY」を有し、被告の名称として「IY」が周知となっており、かつ、平成11年11月12日には被告の銀行業務への参入が新聞等により大々的に報道されていることに照らせば、前記の商標登録出願時期は、原告との関係において、被告が登録商標「IYBANK」及び「アイワイバンク」につき正当な利益を有することを否定する理由とならないというべきである。
 他方、本件ドメイン名(「IYBANK.CO.JP」)についていえば、本件ドメイン中の「BANK」は銀行を表わす英語普通名詞であり、「CO」は登録者の組織属性、「JP」は登録国を意味する一般的な表示にすぎないから、本件ドメイン名において識別力を有する部分は「IY」の部分というべきところ、この部分は、被告の登録商標であり、また被告を表示する標章として消費者の間に広く認識されていた「IY」と同一であり、また、本件ドメイン中の「IYBANK」は、被告の登録商標「IYBANK」及び「アイワイバンク」と同一ないし称呼を共通にするものであるから、本件ドメイン名は、見る者をして、その登録者と被告との間に営業上の緊密な関係が存在する旨の誤認を生じさせるおそれが高いと認められ、役務の出所ないし営業主体の混同を引き起こすおそれがあるというべきである。したがって、本件ドメイン名は、被告の登録商標及び周知の営業表示と混同を引き起こすほど類似していると認められる。
 以上によれば、本件においては、4条a項(@)に該当する事実の存在が認められる。
ウ 4条a項(A)に該当する事実の存否
 本件ドメイン名は「IYBANK.CO.JP」というものであり、「BANK」の文字を含むものであるから、本来、銀行業務に用いるべき標章と認められるところ、前記第2の2(1)記載のとおり、原告は、土木・建築の請負、造園の設計・管理・施行等を事業目的とする会社であり、銀行業務に何らかの関わりがあるとは認められない。また、同第2の2(6)イ記載のとおり、原告代表者自ら、被告担当者に対し、本件ドメイン名は登録しているだけであり、ホームページとして使ってはいない旨述べていた上に、本件で提出された全証拠によっても、原告が商業登記簿上の住所地等において「IY」ないし「IYBANK」という名称で、銀行業務を含む何らかの営業又は事業を行っている形跡はうかがわれない。以上によれば、本件ドメイン名の登録者である原告は、同ドメイン名の登録についての権利または正当な利益を有していないというほかない。
 なお、紛争処理方針4条c項においては、4条a項(A)に該当する事実の証明につき、「特に以下のような事情がある場合には、登録者は当該ドメイン名についての権利または正当な利益を有していると認めることができる。」とした上で、一定の事由が例示列挙されている(c項(@)〜(B))。しかるに、本件裁定においては、上記各事由に関する登録者(すなわち本件原告)からの主張・立証が何らなされておらず、これらに該当する事情は見出せない旨の判断がされている(同裁定第5項(4))上に、本件訴訟においても、原告は、上記c項(@)〜(B)に該当する事情を一切主張・立証していない。
 以上によれば、本件においては、前記4条a項(A)に該当する事実の存在が認められる。
エ 4条a項(B)に該当する事実の存否
 前記のとおり、紛争処理方針4条b項においては、「登録者が、申立人または申立人の競業者に対して、当該ドメイン名に直接かかった金額(書面で確認できる金額)を超える対価を得るために、当該ドメイン名を販売、貸与または移転することを主たる目的として、当該ドメイン名を登録または取得している」との事情が認められる場合には、当該ドメインの登録または使用は、不正の目的に基づくものと認めることができる旨規定されている(4条b項(@))。
 上記4条b項(@)の規定は、その内容に照らして合理的かつ相当なものであると認められるところ、原告は、被告の銀行業務参入が大々的に報道された平成11年11月の直後である同年12月21日に、本件ドメイン名を登録したものであるが(前記第2の2(3)及び(4))、前記のとおり、原告が現実にインターネット上で同ドメイン名を使用したことをうかがわせる証拠は皆無であり、原告が銀行業務を営んでいる事実を認めることもできない。また、原告代表者は、平成12年7月ころから、再三にわたり、被告に対して、高額の対価を前提に本件ドメイン名の譲渡または使用許諾契約の締結を持ちかけているものであり(前記第2の2(6))、加えて、証拠(乙13。前記関連訴訟の判決書)によれば、原告と代表者及び本店所在地を同じくする前記訴外壱は、本件と同様、訴外ソニーがインターネットを利用した銀行業務に参入することが新聞で報道された直後にドメイン名「SONYBANK.CO.JP」を取得し、そのことによって、訴外ソニーとの間で前記第2の2(7)記載の紛争が生じた事実が認められる。
 以上を総合すれば、原告は、銀行業務に参入しようとしていた被告に対し、本件ドメイン名に直接かかった金額を超える対価を得るため、同ドメイン名を販売、貸与または移転することを主たる目的として、これを登録した事実が認められるというべきである。したがって、本件においては、前記4条a項(B)に該当する事実の存在が認められる。
オ 小括
 以上のとおり、本件においては、紛争処理方針4条a項(@)〜(B)に該当する事実がすべて認められるから、本件裁定の認定判断に誤りはなく、原告は、同裁定に従って本件ドメイン名の登録を被告に移転する義務を負うものというべきである。
 したがって、請求の趣旨第3項記載にかかる原告の請求は、理由がないものとして棄却すべきものである。
4 請求の趣旨第4項について
 原告は、請求の趣旨第4項として、原告には本件ドメイン名の使用に関して先使用権があることの確認を求めている。
 しかしながら、前記第3の1において説示したとおり、ドメイン名登録は、インターネット利用者とJPNICとの間の契約を根拠とする債権的な権利に基づくものにすぎず、第三者との間で先使用なる概念を観念する余地はない。また、これまで判示したところから明らかなとおり、ドメイン名の登録に際しては、当該登録と第三者の有する商標権等の権利との関係についての審査は一切されず、事後的に紛争が生じた場合に、あらかじめ合意された紛争処理方針に基づき、紛争処理パネルの手続のなかで第三者の権利との関係についての判断がされることとされているのであるから、紛争処理パネルの判断を訴訟において争うに当たって、確認請求の対象として登録者に先使用なる概念を独立して観念することは無意味というほかはない。
 以上によれば、原告の上記請求は、確認の利益を欠く不適法なものとして却下すべきものである。
 なお、原告が請求の趣旨第4項につき主張する内容は、要するに被告による前記の登録商標「IYBANK」及び「アイワイバンク」の出願が、原告の本件ドメイン名登録に後れることを挙げて本件裁定の認定判断の不当をいうものであるが、前記のとおり、本件ドメイン名登録に先立って、被告が登録商標「IY」を有し、被告の名称として「IY」が周知となっており、かつ、本件ドメイン名の登録前に被告の銀行業務への参入が新聞等により大々的に報道されていたことに照らせば、前記の商標登録出願時期は、原告につき紛争処理方針4条a項(@)〜(B)に該当する事実が認められるとの本件裁定の認定判断を否定する理由となるものではない。
5 結論
 以上によれば、原告の請求のうち、請求の趣旨第3項については理由がないものとして棄却すべきものであり、その余の請求は、いずれも、確認の利益を欠く不適法なものとして却下すべきである。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 村越啓悦
 裁判官 青木孝之
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