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【事件名】『新ゴーマニズム宣言』の肖像権侵害事件
【年月日】平成14年5月28日
 東京地裁 平成12年(ワ)第18782号 謝罪広告等請求事件

判決


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して、722万円及び内金500万円に対する平成10年1月1日から、内金222万円に対する被告A(以下「被告A」という。)について平成12年9月18日、被告株式会社B(以下「被告B会社」という。)について平成12年9月19日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、別紙1記載の謝罪文を、別紙2記載の新聞及び雑誌に、別紙3記載の条件で各1回掲載せよ。
3 被告らは、別紙1記載の謝罪文を、別紙4記載の条件で掲載しないときは、別紙5記載の書籍を出版、発行、販売、頒布してはならない。
4 訴訟費用は、被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、大学講師で従軍慰安婦問題等を研究する原告が、被告B会社の発行する雑誌「SAPIO」(平成9年11月26日号)及び単行本「新ゴーマニズム宣言第5巻」に掲載された被告A執筆の漫画「新ゴーマニズム宣言第55章」(以下「本件漫画」という。)において、名誉を毀損され、肖像権を侵害されたとして、被告らに対し、不法行為に基づき、損害賠償の支払並びに朝日新聞、産経新聞及び上記雑誌への謝罪広告の掲載と、謝罪文の掲載をしないときは上記単行本の出版、発行、販売、頒布の差止めを求める事案である。
2 前提となる事実(当事者間に争いはない。)
(1) 原告は、大学講師で、従軍慰安婦問題等の研究者である。被告Aは、「A」のペンネームで、雑誌「SAPIO」に連載され、単行本の発行されている漫画「新ゴーマニズム宣言」を執筆する漫画家である。被告B会社は、上記雑誌及び単行本を発行する出版社である。
(2) 原告は、平成9年11月、「新ゴーマニズム宣言」のコマを引用し、従軍慰安婦問題等に関する被告Aの見解を批判する内容の別紙第3目録記載の表現を含む「脱ゴーマニズム宣言」と題する書籍(以下「原告著作」という。)を出版した。
(3) 被告Aは、原告著作において被告Aの漫画を多数引用したのは違法な複製権侵害であるとの見解の下に、原告を批判する内容の別紙第1目録記載の表現を含む本件漫画を執筆し、被告B会社は、雑誌「SAPIO」(平成9年11月26日号)及び単行本「新ゴーマニズム宣言第5巻」(平成10年10月10日発行)に本件漫画をそれぞれ掲載した。
(4) 被告Aは、原告著作は被告Aの著作権を侵害するとして、原告、原告著作の発行者、原告著作の出版社に対し損害賠償等を請求する訴訟を当庁に提起した(以下「別件訴訟」という。)。別件訴訟では、第1審で被告Aの請求を棄却する判決がされたが、第2審で被告Aの請求を一部認容する判決がされ、これに対し、原告が上告し、被告Aも付帯上告している。
3 争点
(1) 本件漫画が原告の名誉を毀損するか。
ア 原告の主張
(ア) 本件漫画の中で、別紙第1目録記載2、3、7、8、9、15、18、20では、原告及び原告著作について、「わしの絵を無断で盗んで乱用している」、「ドロボー」、「著作権侵害のドロボー本」、「原告Aドロボー本」、「汚ない商売しとるよな」、「おまえの文は10円だ!わしの絵が1190円だ!!」などと表記し、原告の似顔絵に泥棒の振りをさせて、原告著作における被告Aの漫画の引用が違法であるかのように表現し、原告が著作権法に違反する複製権侵害をしたという事実を摘示している。原告を繰り返しドロボー呼ばわりして断定的に表記することにより、一般読者に対し、原告が窃盗類似の著作権法に違反する複製権侵害をしたと認識させており、本件漫画は、原告の社会的評価を低下させ、名誉を毀損する。
(イ) 被告らの主張に対する反論
 名誉毀損は、一方当事者の主張として事実を摘示し、あるいは原告、被告A双方の見解を併記した部分があっても、これにより影響されずに成立する。本件漫画は、冷静な議論のための両論併記ではなく、原告を罵倒し、読者を誤導するために原告の意見を引用しているにすぎず、一般読者は、原告が被告Aの絵を盗んだものとして理解する。
 本件漫画は、一般のフィクション漫画とは異なり、漫画の手法を用いた社会問題等についての意見の表明であって、読者は、記載内容を真実として読み進める。また、本件漫画は、原告の似顔絵に泥棒の振りをさせ、その記載自体により原告の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値に対する客観的評価を低下させており、原告の名誉を毀損する。
イ 被告らの主張
(ア) 本件漫画は、複数のカットと文章によって構成され、全体として一つの読み物となっており、原告の名誉を毀損するか否かは、一部のコマのみを取り上げるのではなく、全体を通して一般読者の読み方を基準に判断すべきである。本件漫画では、原告著作は著作権侵害に当たらないとの原告の主張も記載した上で、被告Aが法的措置を講じる意思があることを記載し、原告著作が違法な著作権侵害であるというのは、作者である被告Aの意見であることを明らかにした記載である。漫画は、本質的に誇張、風刺、諧謔、ひねり、遊び心等を内包した表現方法であり、被告Aの作品は、様々なテーマに関して安易に多数意見に迎合同調することなく作者の独自の見解を表明して読者や言論界に波紋を投げかけるという特徴がある。一般読者は、上記特徴を踏
まえ、別紙第1目録にある、原告及び原告著作に関する「絵を無断で盗んでいる」、「ドロボー(本)」などの表記や泥棒の振りをした絵について、原告が被告Aの漫画を無断で複製し著作権を侵害したというのは被告Aの主張であり、原告はこれと相反する主張をしており、両者の主張の当否は裁判により決せられるものと読解する。
(イ) 本件漫画は、原告著作中の被告Aの漫画の引用は違法であるとの被告Aの意見を表現しているが、原告が著作権法違反の複製権侵害をしたという事実を摘示してはおらず、これにより、一般読者は原告が著作権侵害をしたと認識することはないから、原告の社会的評価を低下させることはなく、原告の名誉を毀損しない。
(2) 本件漫画が原告に対する侮辱に当たるか。
ア 原告の主張
 別紙第1目録記載3、7、8、9、15、18、20は、仮に原告が著作権法違反の複製権侵害をしたという事実の摘示には当たらないとしても、「ドロボー」、「ドロボー本」、「汚ない商売しとるよなー」、「おまえの文は10円だ!わしの絵が1190円だ!!」と記載し、泥棒の振りをした原告の似顔絵を掲載するのは、相当な言論の範囲を超えており、原告の名誉感情を害する侮辱であって、原告に対する不法行為が成立する。
イ 被告らの主張
 人の名誉感情を害する侮辱として不法行為となるかどうかは、主観的な感情ではなく、社会通念にしたがって判断すべきところ、次の(ア)から(オ)によれば、別紙第1目録記載の表現は、原告著作を批判する表現としては、社会通念上相当の範囲内であり、原告に対する不法行為には当たらない。
(ア) 後記(3)ア(イ)のとおり、本件漫画は、公共の利害に関する事実に関し、公益を図る目的で表現したものである。
(イ) 原告著作が著作権侵害であるとの被告Aの主張をわかりやすく表現し、根拠を明示しており、一般読者の誤読のおそれもない。
(ウ) 原告は、原告著作の中で別紙第3目録のとおり、被告A及び漫画「新ゴーマニズム宣言」について、侮辱的な表現を多数使用している。
(エ) 「ドロボー(本)」の記載及び泥棒の振りをした似顔絵については、文字が「ドロボー」とカタカナで、絵も唐草模様の風呂敷にアイマスクと古典的で洒落をきかせた描き方になっており、誇張やデフォルメの技法を用いた漫画的な表現である。
(オ) 「汚ない商売しとるよなー」、「おまえの文は10円だ!わしの絵が1190円だ!!」の記載については、@被告Aは、通常「新ゴーマニズム宣言」のコマを製作するのに多大な労力と時間を費やしているのに、原告著作で大量に引用され、A記載箇所は本文中ではなく、欄外にすぎず、B読者は、前後の文脈から、原告著作における被告Aの漫画の引用を批判するという被告Aの意図を容易に認識できる。
(3) 本件漫画は、名誉毀損の免責要件を満たすか。
ア 被告らの主張
(ア) 仮に本件漫画が原告の名誉を毀損するとしても、本件漫画は、原告著作による著作権侵害問題についての被告Aの意見の表明及び論評である。意見の表明及び論評は、自由闊達な言論の応酬で成り立つ民主主義社会の根幹として最大限尊重されることは当然であり、意見の表明及び論評による名誉毀損については、公共の利害に関する事実について、公益を図る目的で、その根拠とした事実が真実であるか、又は真実であると信じる相当の理由があれば、人身攻撃に及ぶなど意見及び論評としての域を逸脱しない限り、違法性又は有責性が阻却される。
著作権法32条の引用の成否は、著作物の無断複製について高度な法的判断により決せられる問題であり、原告著作は被告Aの著作権の侵害であるとの主張は、意見の表明に当たり、証拠をもってその存否を決することができる他人に関する事実の摘示には当たらない。
(イ) 公共性、公益目的
 本件漫画は、原告著作による著作権侵害及び従軍慰安婦問題について論じており、公共の利害に関する事実に係る。本件漫画は、原告の私生活に関する事項を公表したり、私怨を晴らしたりする目的はなく、漫画家全体の著作権を守るために原告著作を批判しており、専ら公益を図る目的で掲載した。
(ウ) 意見及び論評の根拠となる事実の真実性
 本件において、意見及び論評の根拠となる事実は、次の@からHまでのとおりであり、いずれも真実である。
@ 原告著作が出版された。
A 原告著作の表紙及び背表紙で、著者の原告の氏名より「A」の文字の方が目立っている。
B 原告著作の中で被告Aの漫画が57点73コマ転載されている。
C 原告著作の中で89頁の章のうち14頁分に相当する紙面を、転載した被告Aのカットで埋めている。
D 上記転載は被告Aに無断でされた。
E 原告は、原告著作において、上記転載について「適法性を専門家に確認した上で行った、被告Aも原告の顔を勝手に描いておいて、自分の漫画だけは一切自由に引用するな、などとわがままなことは言わないだろう」旨記載している。
F 漫画を評釈した他の文章では、慣例で認められる部分的引用はせりふなど活字部分だけである。
G 漫画は一こま2ないし3時間かけて描いている。
H 原告著作の定価は1200円である。
(エ) 意見及び論評の相当性
 本件で意見の表明及び論評の対象は、原告の公的な言論活動である原告著作による著作権侵害であり、原告の私的な事項にわたって人格攻撃をしてはいない。論争の争点は、著作権侵害の成否が問われる社会的な問題であり、議論を交わし、厳しく批判し合うべき事柄である。
原告著作以外では、被告Aの漫画を批判する論者は、被告Aの漫画の文字部分を引用しており、出版物で他人の漫画カットを引用するときは、事前に作者の許諾を得るのが慣例である。被告Aが、前記(ウ)の事実を前提にして、原告著作について著作権侵害であるとの意見を表明したことは不当ではない。無断複製を盗作・盗用等と表現するのは普通であり、比喩的に窃盗と呼ぶこともあり、「ドロボー」とカタカナで表現するのは、漢字で表現するのに比べ漫画的で比喩的な印象を与えるし、別紙第1目録記載20の泥棒の振りをした原告の似顔絵についても、唐草模様の風呂敷とアイマスクという古典的、典型的なスタイルで描かれ、象徴的な意味合いが表れており、いずれも原告の悪性を強調するものではない。本件漫画では、著作権侵害ではないとの原
告の主張も記載され、公平性に配慮されており、読者は、原告と被告Aとの間に著作権侵害についての論争があり、双方の意見が相応の根拠をもって対立しており、裁判で決着がつけられるものとして読解する。一方、原告著作の中で、前記(2)イ(ウ)のとおり被告Aに対し、名誉毀損的、侮辱的で不穏当な表現が多数ある。以上の点を総合すると、本件漫画は、本質的に風刺と誇張を特徴とする漫画において、原告著作は著作権侵害であると論評するもので、相当な表現の範囲内である。
(オ) 仮に、真実性立証の対象が、原告著作は著作権法違反の複製権の侵害であることとしても、次の各事実を総合すれば、被告らが、原告著作について、著作権法に違反する複製権の侵害であると信じる相当の理由がある。
@ 原告著作は、引用目的、製作労力、商品価値、情報量、ボリューム、頁中の占有率、引用カット数、採録方法、鑑賞性からみて、原告の文章が主で、引用部分が従の関係にあるとはいえず、附従性がないと判断される。
A 引用の方法から見て必要性、最小限度性がないと考えられる。
B 漫画を引用する際には事前許諾を得るのが慣例であり、他の漫画を批評する出版物では原作のカットを引用していないので、原告著作は公正な慣行に反すると判断される。
C 別件訴訟においても、被告Aの主張に対し判決文で詳細な判断がされていることから明らかなとおり、被告Aの主張は、一見して理由がないとはいえない。被告Aの請求を棄却した別件訴訟の第1審判決に対しては疑問を呈する評釈が複数発表されており、第2審判決では同一性保持権侵害を理由として、被告Aの請求が一部認容されている。
(カ) 本件漫画は、原告著作において、従軍慰安婦問題についての被告Aの意見が批判され、被告Aの漫画を多数引用して著作権問題を提起されたことに対する被告Aの反論である。被告Aは、原告著作の発行により初めて、従軍慰安婦問題に関して原告を論争の相手方としており、原告は、自ら進んで被告Aを批判する意見を表明して、被告Aの反論を受ける立場に立っている。原告は、複数の著作物を複数の出版社から出版し、雑誌に論文を掲載し、テレビに出演し、インターネット上に自己の意見を公開するなど、いわゆる対抗言論の手段を持っており、批判や反論に対しては、自らの対抗言論の手段で反論すべきであり、民事上の損害賠償、謝罪広告の掲載により救済する必要はない。
 したがって、被告らは不法行為責任を負わない。
イ 原告の主張
(ア) 原告著作で被告Aの漫画を引用したことが複製権侵害に当たるかどうかは、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項であるから、「ドロボー(本)」等の表現をした本件は、ある事実を前提とする意見の表明及び論評による名誉毀損ではなく、事実の摘示による名誉毀損である。したがって、違法性阻却の要件である真実性又は真実と信じる相当の理由の判断の対象となる事実は、原告が著作権法に違反して被告Aの絵を盗んだこと、すなわち、原告著作の採録行為が著作権法32条の引用に該当しないことである。
(イ) 公益目的について
 被告Aの主張する著作権を守ることと原告の似顔絵を公開することには何の関連性もなく、被告Aは、原告著作に憤慨し、これを非難反論するために本件漫画を描いており、原告著作にドロボー本とのレッテルを貼り、原告の社会的評価や原告著作の信用性を低下させ、複製権侵害とは別個の問題である従軍慰安婦問題の論争において優位に立とうとしており、非難攻撃の程度は激しく、私怨・私欲が主たる目的であって、公益を図る目的があるとはいえない。
 なお、絵画であっても引用が認められるとする裁判例もあるから、本件は過去に類例のない著作権侵害事件ではない。
(ウ) 真実性又は真実と信じる相当の理由について
 別件訴訟では第1審、第2審とも原告著作の採録行為は適法な引用であるという原告の主張が認められており、複製権侵害に当たらないことは明らかである。第2審で被告Aが一部勝訴したのは、複製権侵害ではなく、同一性保持権侵害に基づく部分である。
被告Aは、本件漫画を描く前に、原告が適法な引用であると主張する根拠を確認したり、日本著作権協会等の公的団体の見解を確認したりしていない。漫画を引用する際に作者の事前許諾を得る慣例はなく、引用に関する被告らの主張は独自の見解であり、複製権侵害に当たると信ずるにつき相当の理由はない。
泥棒の振りをした原告の似顔絵を描くことや「ドロボー」、「汚い商売しとるよな」、「おまえの分は10円だ!わしの絵が1190円だ!!」といった表現は、侮蔑的で、繰り返し「ドロボー(本)」と罵倒しており、明らかに受忍限度を超え、相当性を逸脱している。原告は、従軍慰安婦論争に関して、原告ら研究者を「サヨクの亡霊・反日売国グループ」などと称して論争相手をおとしめる表現を使うなどの被告Aの暴論を無視できずに原告著作を著したのであり、その表現内容も、被告Aの不穏当な表現に比べれば極めて穏当である。
(エ) 対抗言論について
 いわゆる対抗言論の理論は、対等なメディアの上で十分な反論が尽くされることを前提としているが、本件では、複製権侵害の問題については、原告は、被告Aに比し十分な対抗言論の手段を持たず、実際に十分な反論をできず、被告B会社は、原告の反論掲載の要望を拒否している。
 原告著作による引用は適法であり、複製権侵害問題については被告Aにおいて論争を仕掛けており、原告が自ら進んで批判反論される立場に立ったとはいえず、「ドロボー」などと呼ばれるいわれもない。
(4) 本件漫画が原告の肖像権を侵害するか。
ア 原告の主張
(ア) 人は、人格的利益として、自己の肖像を無断で制作、公表されない利益を有しており、肖像権、情報プライバシー権または人格権として憲法上保護され、自己の肖像を他人が権限なく絵画、彫刻、写真その他の方法により作成、公表することを禁止する権利を有する。
 肖像権は歴史的に似顔絵を描かれない権利から始まっており、似顔絵も写真と同様に人の人格を視覚的、具体的に象徴し、技術の発達により、コンピューター・グラフィックスなどを利用して限りなく写真に近い似顔絵を作成することができ、作者の主観により対象者の情報を歪曲して表現することもできるので、写真を公開する場合よりも権利侵害の程度が大きくなる可能性があり、似顔絵も肖像や容姿に関する情報に該当し、無断で似顔絵を公表されない権利が肖像権の一内容として保護される。
 仮に、似顔絵の公開が肖像権に含まれないとしても、似顔絵も人格の視覚的象徴であるという点で写真と同様であって、写真を撮影されない権利と同様の保護を受けるべきであるから、個人の人格そのものに密接に関連する私生活上の自由権である人格権の一内容として憲法13条に基づき保護され、その保護の程度は写真と異なるものではない。
 したがって、表現の自由の内在的制約として、無断で人の似顔絵を漫画に掲載することは、肖像権又は人格権を侵害し、違法である。
(イ) 本件漫画の中で、別紙第1目録記載1、4、5、6、10、11、12、13、14、16、17、19、20のコマは、原告の似顔絵を無断で公開しており、原告の肖像権を侵害する。
 原告は、著書に写真を公開したことやテレビ番組に出演したことがあるが、研究者に過ぎないから、政治家や芸能人とは異なり、肖像権の保護の程度が一般私人と異なることはなく、原告の肖像は、公共の利害に関する事項に該当しない。原告の似顔絵の公開は、著作権の保護とは論理的関連性がなく、原告著作に憤慨した被告Aの反感や敵対感情から私怨を晴らし、論争相手の原告をおとしめる目的で描かれており、何ら公益を図る目的はない。本件漫画は、原告の肖像や容姿に関する情報を意図的に歪曲して描き、別紙第1目録記載6、11、12、13、14、16、17、19、20のコマは、原告の似顔絵に原告の意に反して作者の思うがままの動作を行わせ、原告は実際には行っていない動作を描いており、原告の容姿や行動について読者を誤
導する危険性が高く、単なる似顔絵の公表よりも権利侵害が大きく、表現内容の相当性もない。
(ウ) 被告らの主張に対する反論
 表現の自由も他者の人権を侵害しない範囲で認められ、漫画家も、実在の人物の似顔絵を無断で描く場合は制約を受け、違法性阻却事由がある場合にのみ認められるにすぎない。個人の人格の象徴である肖像をゆがめて描く手法は、人格を直接冒とくするから、特定の人物であることが判別できる似顔絵において、誇張、歪曲することは違法である。
 肖像権は個人の人格の視覚的象徴であり、原告が実際に行っていない動作を創作して原告の肖像を描いたり、原告の肖像に泥棒の振りをさせたりすることは、原告の人格の尊厳を著しく侵害しており、その上、自己の肖像を誇張、風刺、諧謔としてキャラクター化されて勝手に操られることは、耐えがたい苦痛であり、受忍限度を超える。原告は従軍慰安婦問題に関して意見を変遷させておらず、被告Aにおいて従軍慰安婦問題に関して原告ら研究者に対して攻撃的な暴論を使ったのが原告著作を出版する契機となっており、原告著作において多少攻撃的な表現があったとしても、本件漫画による肖像権侵害を正当化する理由にはならない。
イ 被告らの主張
(ア) 似顔絵は、被写体の視覚的情報の機械的な記録である写真とは異なり、実際の容貌や肖像をそのまま伝達せず、被写体を観察した認識を主観的に表現する作者の創作であって、写真と同様に似顔絵を描かれない権利が肖像権として保障されているとはいえない。漫画においては、本質的に比喩的表現や誇張表現を使うという特徴があり、それが社会通念上広く許容されており、似顔絵を掲載することがモデルの肖像権を侵害する違法行為となることは通常考えられない。
(イ) 表現の自由と肖像権が対立するときは、表現の自由の優越性をふまえて利益考量により調整される。対象者の肖像が私生活上の自由として保護されるときに、一般人の感受性を基準に受忍限度を超えて好まない形態で容貌・姿態を表現している場合には違法となり、名誉毀損やプライバシー侵害等による人格権の侵害を伴わない肖像の利用、例えば氏名に代えて写真で個人を特定するといった場合は、肖像権侵害に当たらない。
 特に、漫画は、絵により思想や意見を表す表現であって、文章や記事において特定の人物を氏名で特定するのと同様に、漫画の中で特定の人物について触れるときは似顔絵を描かざるを得ない。漫画作品中の似顔絵については、肖像権又は人格権は、表現の自由との関係で相当程度制約され、上記似顔絵の表現が社会の正当な関心事に係り、その表現内容及び表現方法が不当なものでないときには、違法性を欠くと解される。
(ウ) 原告は、テレビに出演して意見や主張を述べるなど、自らの肖像を広く世間に公開して言論活動を行っており、原告の言論活動に関する領域においては原告の肖像は私生活上の自由権として保護されない。本件漫画は、原告著作による著作権侵害問題及び従軍慰安婦問題に関する原告の主張を取り上げており、原告の言論活動に関する範囲内で、社会の正当な関心事に係ることは明らかである。
 本件漫画において、原告の似顔絵は論争相手として原告を特定するため必要であり、原告が著書等で自ら公開した写真を元に描いており、原告のプライバシーを侵害するような表現ではない。従軍慰安婦問題及び著作権侵害問題に関する原告の行動及び主張並びにこれに対する被告Aの反対主張をわかりやすく表現するために、動作を伴って原告を描くことは漫画という表現上必要不可欠である。原告が指摘するコマについては、別紙第2目録記載のとおり、いずれも一般読者が原告の現実の動作と認識する表現ではなく、別紙第1目録記載20の絵についても、原告著作による複製権侵害及び原告の従軍慰安婦問題に関する主張の変遷を批判する被告Aの主張を表現するもので、唐草模様の風呂敷にアイマスクという古典的象徴的な絵柄で、格別の悪意を
感じさせないコミカルな表現であり、原告著作において被告Aの漫画を無断複製したことに端を発する論争の経緯や上記の表現目的に照らせば、受忍限度の範囲内であって、表現の自由の行使として相当な範囲を逸脱するものではなく、違法性はない。
(エ) 原告の主張に対する反論
 原告の主張によれば、顔写真や似顔絵を掲載することは原則として違法行為となり、肖像権を過大視し、民主主義の根幹をなす表現の自由に萎縮効果をもたらす。漫画は、絵を連ね、それにせりふを添えた物語で、滑稽、風刺、誇張を含む表現手法であり、登場人物の似顔絵を描き、これに動作をつけることが必要不可欠であり、これが許されなければ、作者の主張を表現し、社会批評をすることは不可能で、漫画家の表現の自由はないに等しい。
 原告は、戦後処理問題に関する団体の役員を務め、この問題に関する多数の著書を著し、テレビの討論番組に出演するなど多方面で活動する歴史研究者であって、通常の一私人とは異なり、一定の範囲で公人性を有する。本件漫画は、原告の私生活に触れておらず、国民的関心事である従軍慰安婦問題及び原告の著作権侵害問題に関する論争の一場面で、原告の主張を掲載してこれを批判しており、公共の利害に関する事実に係る。そして、原告の公的な言論活動に対して、従軍慰安婦問題に関する原告の意見を批評して広く議論を提起するとともに、原告の著作権侵害行為を厳しく批判して漫画家の著作権を守り、著作者一般の利益に資することを目的としており、専ら公益を図る目的を有する。前記(ウ)のとおり、上記目的に照らして表現内容は相当で
あるから、違法性はない。
(5) 原告の損害の有無、謝罪広告等の要否
ア 原告の主張
(ア) 前記のとおり、似顔絵を全国に公開され、泥棒のように描かれた原告の精神的損害は甚大であり、これを金銭で慰謝するとしたら500万円を下らない。原告は、弁護士である原告訴訟代理人らに本訴の提起を委任しており、その報酬相当額222万円の損害を受けた。
(イ) 原告の名誉を回復する方法としては、別紙1記載の謝罪文を、別紙2記載の新聞及び雑誌に、別紙3記載の条件で1回掲載することが相当である。また、別紙5記載の本件漫画が掲載された単行本は今後も販売されるから、上記謝罪文を別紙4記載の条件で掲載しないときは、これを出版、発行、販売、頒布することを差し止める必要がある。
イ 被告らの主張
 争う
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件漫画による名誉毀損の成否)について
(1) 名誉とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価であり、出版物の表現による名誉毀損の成否は、当該出版物の一般の読者の通常の注意と読み方を基準として当該表現の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものか否かにより判断されるべきである。証拠(甲2、3)によれば、本件漫画は、各コマが独立して一つの意味内容を表しているのではなく、全体として一つのストーリーを構成していると認められるから、全体の文脈を踏まえて、別紙第1目録記載2、3、7、8、9、15、18、20の表現(以下、これらを「本件表現」という。)について、名誉毀損に当たるかどうかを上記基準に従って検討する。
(2)ア 別紙第1目録記載2、8、9、15、18のコマについて
これらのコマでは、原告著作について、被告Aのせりふとして「驚いたのはわしの絵を無断で盗んで乱用していること」と表現したり、「著作権侵害のドロボー本」、「原告Aドロボー本」、「ドロボー本」と表現したりしており、本件漫画全体の文脈に照らせば、一般読者に対し、原告著作において被告Aの漫画を引用したのは無断盗用で違法であるとの印象を与える。
イ 別紙第1目録記載3について
 この部分は、本件漫画の上部欄外に被告Aの似顔絵とともに「人の絵をこれもあれも全部引用だと使いまくって、ちゃっかり自分の本の挿絵にしてしまうのはドロボーだ!ドロボーは許さん!」と記載している。欄外の記載は、本文に関係する事項又はその他の事項について、作者である被告Aの意見や読者に対するメッセージを表現する部分とみられ、本文に関係する事項の記載については、本文の文脈と合わせて意味内容を判断すべきである。そうすると、上記記載は、一般読者に対し、原告著作において被告Aの漫画を引用したのは無断盗用で違法であるとの印象を与える。
ウ 別紙第1目録記載7について
 この部分は、本件漫画の上部欄外に「絵を勝手にドロボーして」、「あんなぺらっぺらの本で1200円!?汚ない商売しとるよなー。」、「おまえの文は10円だ!わしの絵が1190円だ!!」と記載しており、一般読者に対し、原告著作において被告Aの漫画を引用したのは無断盗用で違法であるとの印象を与えるとともに、原告著作の商品としての値段の大部分は引用した被告Aの漫画が占め、原告の文章にはほとんど意味がないとの印象を与える。
エ 別紙第1目録記載20のコマについて
 このコマでは、原告著作について、「わしの絵をドロボーしたこの本」と記載し、文脈から原告を表すと容易に特定できる人物が唐草模様の風呂敷を背負って目に黒いアイマスクをかけている絵を掲載しており、いずれも一般読者に対し、原告著作において被告Aの漫画を引用したのは無断盗用で違法であるとの印象を与える。
オ 以上によれば、本件表現は、いずれも原告著作の著者である原告の社会的評価を低下させるもので、原告の名誉を毀損すると認められる。
(3) この点、被告らは、本件漫画は、被告Aの独自の見解を表明して読者や言論界に波紋を投げかける方法をとるもので、一般読者は、被告Aの意見を表現したものと読解し、原告が確定的に著作権侵害行為をしたと認識することはないから、原告の社会的評価を低下させていないと主張する。しかしながら、不法行為としての名誉毀損は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず成立し、本件表現は、いずれも断定調に原告及び原告著作を非難し、泥棒の振りをさせた原告の似顔絵を掲載しており、一般読者に対し、前記(2)のとおりの印象を与え、原告の社会的評価を低下させ
ることは明らかであって、被告らの上記主張は採用できない。
2 争点(2)(本件漫画による侮辱の成否)について
 原告は、別紙第1目録記載3、7、8、9、15、18、20の表現について、相当な言論の範囲を超えており、原告の名誉感情を害する侮辱であると主張し、被告らは、これらの表現は社会通念上相当の範囲内であると反論する。
 これらの表現については、前記のとおり、いずれも原告の社会的評価を低下させ、原告の名誉を毀損するものと認めることができるから、名誉感情を害する点はこの中に既に評価されており、改めて判断しない。なお、表現の相当性については後記3において判断することとする。
3 争点(3)(名誉毀損等の免責の成否)について
(1) 名誉毀損は、次の要件が備わったときに免責されると解される。すなわち、事実を摘示する名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときは、違法性がなく、仮にその証明がないときでも行為者において当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、故意又は過失が否定され、行為者は不法行為責任を負わない。また、特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、当該意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があった
ときは、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り違法性を欠き、仮に上記証明がないときでも行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、故意又は過失が否定され、行為者は不法行為責任を負わない。そして、本件表現が、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として前後の文脈や本件漫画の公表当時に読者が有していた知識ないし経験等を考慮して、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと解されるときは、事実を摘示する名誉毀損に当たるというべきである(最高裁判所平成6年(オ)第978号平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。
(2) 本件表現について、原告は、原告著作で被告Aの漫画を引用したことが著作権法違反の複製権侵害に該当するか否かは証拠等をもってその存否を決することが可能な事実であるから、意見ないし論評ではなく、事実の摘示による名誉毀損であると主張し、上記引用が複製権侵害に該当しないことは別件訴訟の判決からも明らかであって、真実性の証明はないと主張する。
 しかしながら、本件のように、引用の事実関係においては争いがないときに、これが著作権法違反(複製権侵害)に当たるか、同法32条の要件を満たす適法な引用に該当するかは、専門的判断を要する法律問題であって、著作権者と引用者との間で見解が対立することも十分想定され、終局的には裁判所の司法判断により決せられるべき事柄である。証拠(甲2、3)によれば、本件漫画では、原告著作による被告Aの漫画の引用は適法であるとの原告の主張や、弁護士に依頼して断固として法的措置を取るとの被告Aの方針が併せて記載されており、本件漫画全体の文脈に照らして、一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すると、原告著作による被告Aの漫画の引用が複製権侵害であると裁判所で認定されたとの印象を与えるような記載はさ
れておらず、本件表現は、いずれも著作権者の被告Aにおいて上記引用は複製権侵害に当たるとの意見を主張しているとして読解されるものと解される。したがって、本件は意見ないし論評による名誉毀損というべきであり、原告の上記主張は採用できない。
(3) 以上を前提として、本件の免責の成否につき検討する。
ア 本件漫画は、被告Aの漫画を原告著作において無断で引用して出版したのは違法な複製権侵害であるとの意見を表明しており、公共の利害に関する事実に係り、上記引用行為の可否を広く一般読者に問題提起し、被告Aを含む漫画家の著作権を擁護する目的があり、専ら公益を図る目的を有すると認めることができる。
 原告は、本件漫画は原告著作に憤慨した被告Aの私怨と、原告の社会的評価及び原告著作の信用性を低下させて従軍慰安婦問題の論争において優位に立とうとする同被告の私欲が主たる目的であって、公益を図る目的があるとはいえないと主張するが、証拠(甲2、3、6、7、8)によれば、本件漫画には、被告Aが原告著作に憤慨しているとの印象を与える部分や、従軍慰安婦問題について原告の立場を批判する部分があるとしても、全体の内容を総合すると、前記のとおり、漫画家一般の著作権を擁護する目的があると認められ、従軍慰安婦問題の論争で優位に立つために原告の社会的評価及び原告著作の信用性を低下させようとする目的があったとは認められず、上記主張は採用できない。
イ 前提となる事実(前記第2・2)並びに認定事実末尾に掲記した証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件表現の前提として、次の事実が認められる。
(ア) 原告は、大学講師で、従軍慰安婦問題等の研究者であり、太平洋戦争の戦後処理問題に関する団体である「日本の戦争責任資料センター」の事務局長を務め、著書、雑誌の寄稿、テレビ出演、講演、インターネットのホームページ等において意見を表明しており、国会の公聴会で意見を陳述したこともある。被告Aは、漫画家で、雑誌「SAPIO」に連載され、単行本も発行されている「新ゴーマニズム宣言」において、様々な社会問題等を取り上げ、作品中で関係者の実名や似顔絵を掲載して自らの意見を表明し、反対意見を批判するほか、テレビ出演等の活動もしている。原告と被告Aは、従軍慰安婦問題について、いわゆる強制連行の有無などの点について意見が対立していた(甲1から3まで、10から12まで、16、17、30、33、乙
ロ27から29まで、31から33まで、乙ロ34、35の各1、2、乙ロ36の1から6まで、乙ロ37の1から3まで、乙ロ38の1から9まで、乙ロ39の1から5まで、乙ロ40の1から7まで、乙ロ41、42の各1、2、乙ロ43の1から3まで)。
(イ) 原告は、平成9年11月、「新ゴーマニズム宣言」など被告Aの漫画57カット73コマを著作権者の被告Aに全く断ることなく引用し、従軍慰安婦問題等に関する被告Aの見解を批判することを目的とした原告著作を出版した。原告著作は、定価1200円(消費税別)で、被告Aの作品名に「脱」をつけた「脱ゴーマニズム宣言」という題名で、表紙において、著者の原告の氏名より「A」の方が大きな文字で記載されている。
 原告著作は、表紙自体に「これは、漫画家Aへの鎮魂の書である。」と記載され、被告A及び「新ゴーマニズム宣言」について、別紙第3目録にあるとおり「漫画としての精神の死」、「右翼のデマゴーグ」、「自民党右派の提灯持ち」、「特定の政治勢力の御用漫画家」などの表現で批判しており、いわゆる従軍慰安婦問題に関する被告Aの考えを歪んでとらえた誤ったものと批判し、これを正すことを意図して執筆された。その内容は「脱ゴーマニズム宣言」(11頁から100頁まで)と「慰安婦攻撃の裏舞台」(101頁から144頁まで)の2部で構成されている。前者は1章から22章までの章立てで、例えば第1章の「ひん死の『ゴーマニズム宣言』」では、被告Aの漫画の文章や思想を批評するとともに、漫画中のカット2点を大きく引用
し、最後に被告Aの漫画の決め言葉をもじって「ゴーマンかましてかめへんやろか?」と前置きし、「このままやと『ゴーマニズム宣言』は『作・某政治家、絵・A』の宣伝ビラになりまっせ。」などと被告Aを皮肉る言葉が書かれ、ほぼ同様の手法で22章まで記載されている。原告著作を全体を通してみると、被告Aの「新ゴーマニズム宣言」の読者を対象として、その内容をカットを含めて引用するなどして紹介した上、これに対する原告の批判や意見を平易に述べたのち、ごくくだけた口調で自らの意見を要約しており、素直な印象としては、被告Aの「新ゴーマニズム宣言」をもじり、茶化した上、従軍慰安婦問題等に関する原告の意見を述べたものとも受け取られる。
 原告は、原告著作のあとがきにおいて、上記引用について「適法性を専門家に確認した上で行った、被告Aも原告の顔を勝手に描いておいて、自分の漫画だけは一切自由に引用するな、などとわがままなことは言わないだろう」という趣旨の記載をしている(甲1)。
(ウ) 漫画作品を評釈した出版物においては、引用するのはせりふなどの活字部分だけで、絵は引用していない例も多く、出版物において被告Aの漫画のコマを転載する場合に、事前に被告A側に許可を求めた例がある(乙イ3の1、2、乙イ4から9まで、乙ロ10から13まで)。
(エ) 漫画は、作者のアイデアをもとに、作者及び複数のアシスタントが役割分担して手を加えていくもので、作品を完成させるまでにはシナリオ、コンテの制作、絵のアイディア、下書き、ペン入れ、仕上げ、色指定、写植指定の工程を経る必要があり、相当の時間と労力を要する。また、絵は、特定の作者によることが読者に直ちに認識される特徴があり、通常せりふなどの活字部分よりも作品の構成、読者への訴求力、作品の人気度等に大きな影響を与える(乙ロ44、弁論の全趣旨)。
 以上によれば、@原告著作における被告Aの絵の引用は複製権侵害である、A原告著作においては引用した被告Aの絵が価値の大部分を占め、原告の文章はほとんど価値がないと主張する被告Aの意見ないし論評について、その前提となる事実は、重要な部分においていずれも真実であると認めることができる。
ウ 次に、表現内容が意見ないし論評としての域を逸脱していないかについて判断する。原告は、本件表現は、侮蔑的な表現で原告を罵倒したり、泥棒の振りをさせた原告の似顔絵を描いたりしており、表現の相当性を逸脱していると主張する。
 しかしながら、前記イのとおり、原告は、従軍慰安婦問題等について出版、テレビ、講演、インターネット等各種の場で意見を表明する機会を有し、従軍慰安婦問題について意見が対立する被告Aを原告著作の中で厳しく批判しており、その中には、被告Aの漫画家としての精神は死んだとするほか、「右翼のデマゴーグ」など殊更相手方を揶揄し誹謗する印象を与える比喩的な表現もみられる。「盗作」の語が示すように複製権侵害に当たる行為を泥棒に例えることは一概には不合理とはいえず、本件漫画の表現では、「泥棒」の語を「ドロボー」とカタカナで表記して比喩的表現であることを強調しており、別紙第1目録記載20の泥棒の振りをした似顔絵は、唐草模様の風呂敷を背負ってアイマスクをかけるという古典的でコミカルな表現であるとい
えなくもない。これら一切の事情を総合すると、本件表現は、本件漫画全体の文脈からみれば原告に対する人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱し、相当性を欠くものと評価することはできないというべきである。
(4) したがって、本件漫画による名誉毀損については違法性を欠き、被告らは不法行為責任を負わない(なお、名誉毀損の免責の要件を満たす場合には、名誉感情の侵害についても免責されると解される。)。
4 争点(4)(原告の肖像権の侵害の成否)について
(1) 原告は、別紙第1目録記載1、4、5、6、10、11、12、13、14、16、17、19、20のコマで原告の似顔絵を記載したのは、原告の肖像権を侵害すると主張する。
 個人の私生活上の自由として、人は、みだりに自己の容貌ないし姿態を撮影され、これを公表されない人格的利益(いわゆる肖像権)を有し、これは、法的に保護される権利であり、その侵害について民事上不法行為が成立し、損害賠償の対象となると解される。肖像権が保障される根拠は、自己の容貌ないし姿態の撮影及び公表は、個人の自律的判断にゆだねられるべきで、何人もその意思に反して自己の容貌ないし姿態という情報を他人に取得され、公表される理由はないということにある。そうすると、肖像権を侵害する行為となるのは、写真撮影、ビデオ撮影等個人の容貌ないし姿態をありのまま記録する行為及びこれらの方法で記録された情報を公表する行為であると解すべきである。絵画は、写真及びビデオ録画のように被写体を機械的に記録
するものとは異なり、作者の主観的、技術的作用が介在するものであるから、肖像画のように写真と同程度に対象者の容貌ないし姿態を写実的に正確に描写する場合は格別として、作者の技術により主観的に特徴を捉えて描く似顔絵については、少なくとも本件のように似顔絵自体により特定の人物を指すと容易に判別できるときに当たらないときは、似顔絵によってその人物の容貌ないし姿態の情報を取得させ、公表したとは言い難く、別途名誉権、プライバシー権等他の人格的利益の侵害による不法行為が成立することはあり得るとしても、肖像権侵害には当たらないと解すべきである。
証拠(甲1から3まで、乙ロ15、16の各1、乙ロ17、20)及び弁論の全趣旨によれば、本件漫画における原告の似顔絵は、原告の顔写真をもとに描かれているものではあるが、原告の容貌ないし姿態を正確に表現しようとするものではなく、他のキャラクターと同様に被告Aの漫画家としての技術により主観的に特徴を捉えて描く似顔絵であるとみるのが相当であり、似顔絵自体により原告を指すと一見して判別できず、その容貌ないし姿態の情報を取得させ、公表したとは認め難く、原告の肖像権を侵害するとは認められない。
(2) 原告は、似顔絵の公表が肖像権侵害に該当しないとしても、似顔絵も人格の視覚的象徴であるから、人格権の一内容として憲法13条に基づき肖像権と同様の保護を受けると主張する。
 しかしながら、前記のとおり、似顔絵は、写真及びビデオ録画のように被写体を機械的に記録するものや、肖像画のように対象の容貌ないし姿態を写実的に描くものと異なり、作者の主観的、技術的作用により表現されるという側面を有しており、容貌ないし姿態の情報をそのまま記録、公表するものと比べて権利侵害の程度は低いということができる。特に、漫画においては絵が作者の意見・思想を表現する重要な手段であり、せりふなどの活字部分と相まって一つの表現手段として社会的に広く認知され、尊重に値するということができるから、似顔絵に描かれた個人の人格的利益の侵害による不法行為の成否の判断においては、作者の表現の自由を過度に制約することがないよう考慮する必要がある。似顔絵を描かれることについても肖像権と同様の
保護を受けるとすると、特定の人物を似顔絵で表現することは原則として違法となりかねず、ひいては漫画による表現の範囲を過度に狭めるおそれがあるから、原告の上記主張を採用することはできないといわざるを得ない。
 名誉権、プライバシー権等とは別に似顔絵の公表自体が個人の人格権を侵害するか否かについては、全体の文脈を踏まえて、表現の目的、表現の方法、表現の内容、当該似顔絵から一般読者が受ける印象、当該個人の社会的地位、作者と当該個人との関係等の諸事情を総合考慮して判断すべきであり、社会通念に照らし、作者の表現の自由を尊重してもなお当該似顔絵の公表が相当性を逸脱する場合には、似顔絵の公表自体が違法性を帯びると解すべきである。
(3) 以下、原告が主張する似顔絵について、本件漫画全体の文脈を踏まえて個別に検討する。
ア 別紙第1目録記載1の絵について
 この絵は、本件漫画中で初めて原告の氏名を表したコマで、原告を特定し、読者に紹介するための表現とみられ、被告Aのせりふにより、読者に対し、原告がテレビのパネリスト席に座っている様子を表している印象を与える。
イ 別紙第1目録記載4、5の絵について
 これらの絵の背景には、原告著作は適法な引用であるという原告側の主張を文章で掲載しており、読者に対し、原告が背景記載の主張をしているとの印象を与える。
ウ 別紙第1目録記載6の絵について
 この絵は、原告が苦労して似顔絵を描いている様子を表現している。背景に、「顔を描かれたのが不快ならばAの似顔を描き返せばいいというだけの話だ」と記載されており、読者に対し、原告が似顔絵を描いている場面を想定した絵により被告Aの上記主張を表現したとの印象を与える。
エ 別紙第1目録記載10の絵について
 この絵は、原告が執筆している様子が小さく描かれており、背景に「原告Aは『吉見義明理論』の熱狂的信者である」等と記載されており、読者に対し、原告が上記理論の影響下にあるという被告Aの認識を表現したとの印象を与える。
オ 別紙第1目録11ないし14の絵について
 これらの絵は、原告が老人を片手で持ち上げたり、投げ捨てたりする動作と、クラッカーを鳴らす動作が描かれており、文脈によれば、読者に対し、原告が以前支持していた「吉田証言」を十分な説明もなく転換し、それを快挙だと思っているとして、従軍慰安婦問題に関する原告の主張の変遷を批判する被告Aの主張を表現したとの印象を与える。
カ 別紙第1目録16の絵について
 この絵は、原告が涙を流しているかのように描き、背景に「こうまでぐだぐだ言って『ね!ね!慰安婦って性奴隷でしょ?』と説得したいか?」と記載されており、文脈によれば、読者に対し、原告が従軍慰安婦問題について自説に固執していることを批判する被告Aの主張を表現したとの印象を与える。
キ 別紙第1目録17の絵について
 この絵は、原告が口笛を鳴らしながら執筆している様子を横顔で描き、背景に「『わしは漫奴隷か?』と書いたのを捕らえ喜々として(中略)などと書きまくるこの無神経」と記載されており、読者に対し、原告が気楽に執筆している場面を想定した絵で被告Aの上記主張を表現したとの印象を与える。
ク 別紙第1目録記載19の絵について
 この絵は、原告が建物の陰から通行人の若者に対して呼び込みをする様子を描き、背景に「サヨク・スキャンダル雑誌のインチキ記事をそのままたれ流してしゃべっている」、「単なるデマ屋じゃないか」と記載されており、文脈によれば、読者に対し、原告が「サヨク・スキャンダル雑誌」の記事を推奨している場面を象徴的に描いて被告Aの上記主張を表現したとの印象を与える。
ケ 別紙第1目録記載20の絵について
 この絵は、泥棒の振りをした原告が老人を蹴飛ばし、別の人物を持ち上げている様子を描き、背景に、「Aのわしの絵をドロボーしたこの本は吉田証言から吉見理論へのすりかえ本にすぎない」と記載されており、文脈によれば、読者に対し、泥棒の絵により原告著作において被告Aの漫画を引用したことを無断盗用であると批判する被告Aの意見を、また上記動作により従軍慰安婦問題に関して原告が見解を変遷させたことを批判する被告Aの意見をそれぞれ表現したとの印象を与える。
(4) 前記3(3)アのとおり、本件漫画は、被告Aが、原告著作による漫画の無断引用を著作権侵害行為であると批判するとともに、いわゆる従軍慰安婦問題についての原告の見解を批判する目的を有するものと認められる。また、前記(3)のとおり、原告の似顔絵に動作をつけた部分についても、一般読者に対し原告がそのような動作をしたとの印象を与えるものではなく、いずれも被告Aの原告著作への批判や再反論をせりふ等の活字部分と相まって比喩的に表現したものと容易に理解することができる表現がされている。そして、前記3(3)イのとおり、原告は、社会的に意見が分かれる問題である戦後処理問題等について出版、テレビ、講演、インターネット等各種の場で意見を表明し、原告著作では、従軍慰安婦問題等被告Aが漫画作品中で意見を表明してき
た問題について、被告Aの意見を厳しく批判しており、これに対し被告Aから再反論及び再批判を受けることは十分想定される状況にあった。また、原告も、原告著作において被告Aの顔写真や被告Aの作品中の同被告の似顔絵を同被告に無断で掲載している(甲1、31頁)。
 これらの諸事情を総合考慮すると、本件漫画における原告の似顔絵の掲載は、原告著作に対抗して被告Aの意見及び反論を表現する手段としての意味合いを持っており、いずれも社会通念に照らし相当性を逸脱しているとは認められず、人格権侵害に当たるという原告の前記主張は理由がないといわざるを得ない。
5 結論
 以上によれば、被告らの不法行為責任は認められず、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第28部
 裁判長裁判官 小島浩
 裁判官 佐藤和彦
 裁判官 澤田久文


(別紙)

謝罪文
 私、被告Aは、後記雑誌及び書籍に掲載、収録した「新ゴーマニズム宣言第55章『広義の強制すりかえ論者への鎮魂の章』」において、無断で貴殿の肖像を描いた上、貴殿が私の漫画を違法に転載したかのごとく、かつ、貴殿を泥棒であるかのごとく描き、小社B会社はこれらを掲載、収録した後記雑誌及び書籍を発行いたしました。
 しかし、貴殿の転載は引用として適法なものであり、貴殿を泥棒のように描いた上記漫画は事実無根のものです。
 よって、ここに上記漫画によって貴殿の人格権を侵害し、貴殿の名誉を毀損したことを深く謝罪いたします。

(掲載雑誌及び収録書籍の表示)
1 雑誌「SAPIO」1997年11月26日号
  編集人 C
  発行人 D
  発行所 被告B会社
2 書籍「新ゴーマニズム宣言第5巻」
  著者 被告A
  発行者 D
  発行所 被告B会社
平成  年  月  日
東京都目黒区ab丁目c番d号
     ef号
「新ゴーマニズム宣言」著者
    被告Aこと A
東京都千代田区gh丁目i番j号
被告B会社
代表者代表取締役 某
「脱ゴーマニズム宣言」(東方出版株式会社発行)著者
原告A  殿
2 
 朝日新聞
 産経新聞
 雑誌「SAPIO」(B会社発行)
3 
 掲載場所 朝日新聞及び産経新聞 全国版社会面広告欄
        雑誌「SAPIO」  漫画「新ゴーマニズム宣言」の直前の頁
 大きさ  縦7センチメートル、横20センチメートル程度
 文字   見出し及び当事者名 2倍活字
       双方の著作名 1.5倍活字
       本文 1倍活字
4 
 掲載場所 新ゴーマニズム宣言第5巻(B会社発行)
        漫画「新ゴーマニズム宣言第55章」の直前の頁
 大きさ 縦7センチメートル、横20センチメートル程度
 文字 見出し及び当事者名 2倍活字
     双方の著作名 1.5倍活字
     本文 1倍活字
5 
 表題  新ゴーマニズム宣言第5巻
 著者  被告A
 発行者  D
 発行所  被告B会社

(別紙)
 第1目録 略
(別紙)
 第2目録 略
(別紙)
 第3目録 略
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/