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【事件名】次席検事の不起訴処分記者発表事件(2)
【年月日】平成14年5月22日
 東京高裁 平成14年(ネ)第112号 謝罪広告等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成11年(ワ)第7977号)

判決


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、別紙「謝罪広告」記載のとおりの謝罪広告を同「謝罪広告掲載要領」記載の方法で掲載せよ。
3 被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成11年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
5 仮執行の宣言。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件の事案の概要は、次のとおりである。
 控訴人は、不同意堕胎未遂容疑で逮捕、勾留され、処分保留により釈放された後に不起訴処分(起訴猶予処分)となったが、当時の甲地方検察庁A次席検事(A次席検事)が、多数の報道機関の記者等に対し、「控訴人が殺鼠剤をワイン等に入れて被害者に飲ませた事実は認定でき、控訴人の刑事責任は看過できないが、殺鼠剤投与量が少なく堕胎に至る危険性は極めて低い上、母体、胎児の健康への影響も少ないこと、既に懲戒免職等の社会的制裁を受けていること等の情状を考慮して起訴猶予処分とした」旨を発表した(本件記者発表)。
 これについて、控訴人は、本件記者発表によって、控訴人の社会的地位、信用及び名誉を著しく毀損されたとして、国家賠償法1条1項、民法710条、723条に基づき、被控訴人に対し、謝罪広告の掲載及び慰謝料の支払を求めた。
 原審は、本件記者発表は、控訴人が堕胎させる目的で被害者に殺鼠剤を飲ませたことを認めるに足りる証拠資料に基づいて行われたことが認められるとした上、国民の知る権利に奉仕し、検察に対する信頼を確保するためには、本件不起訴処分にしたこと及び控訴人の犯行は認定できるが公訴の必要性がないことを公表する必要性があったから、本件記者発表は違法とはいえないとして、
 控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで、控訴人が控訴したものである。
2 「争いのない事実等」及び「争点及び争点に関する当事者の主張」
 当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」第2の1及び2に摘示するとおりであるから、これを引用する。
(1) 控訴人は、原審において、本件記者発表が国家賠償法上違法であることを主張し、とりわけ、摘示された事実(本件不起訴処分に係る犯罪事実)が真実ではなく、かつ、真実と信ずるについて合理的な疑いを容れない程度に明らかになっていないこととする論拠として、控訴人の自白が虚偽であること、殺鼠剤を混入することは不可能であること、被害者等の供述は虚偽であること及び客観的証拠は被害者によって作出されたものであること等を詳細に主張した。しかるに、原判決は、採証法則を誤り事実誤認を犯し、控訴人の請求を排斥したものであり、不当といわなければならない。当審においては、上記主張のうち主要な点を採り上げて主張することにする。
 まず、被害者は、終始一貫して控訴人を懲罰する意図の下に、自作自演による虚偽の供述を繰り返しており、例えば、控訴人からのココアを飲んだ後意識不明に陥った、控訴人からストーカーや強姦をされた、首を絞められて失神した、あるいは劇薬クロロホルムを嗅がされたなど荒唐無稽の供述をしているのはその一例であり、到底信用することはできない。
(2) 被害者は、平成10年1月5日、供述のとおり控訴人に殺鼠剤を飲まされ、身体に変調をきたしたのであれば、当然病院で診察を受けるはずであるが、被害者は全く診察を受けていない。本件犯行で使用されたとされる殺鼠剤は、飲食物と誤認する余地のない色彩を有しており、しかも異臭を発するものであり、後記実験結果に照らしても誤飲等をすることは到底考えられない。要するに、被害者は、殺鼠剤入りのココアは飲んでいないのであって、これを飲んだとする被害者の供述は明らかに虚偽である。
(3) 被害者は、本件アパートのソファーの下から、飲み残しの入った瓶の蓋を発見し、これを持ち出したと供述している。しかし、ソファーの下に手指が挿入できたとしても、瓶の蓋を掴むだけの隙間はなく、いわんや蓋を外に掴み出すことは絶対に不可能である。仮に、棒をソファーの下に差し込み、前後左右に動かして蓋を外に出そうとしても、棒を手指で掴むために棒の手元が床面より高くなって、棒を動かすことができなくなるから、蓋を外に取り出すことは極めて困難である。また、ソファーの下にある瓶の蓋を目視によって発見することは絶対に不可能である。したがって、被害者の上記供述は虚偽であり信用することができない。
 被害者が本件アパートで証拠物を発見した経緯に関する被害者や母親の警察官及び検察官に対する各供述内容は、相互に矛盾しており、例えば、証拠物を探している間に母親がきたと述べたり、そのまま家に持ち帰ったと述べたり、あるいは母親は、被害者に呼ばれて本件アパートを訪ねたと述べるなど、全く一貫性を欠いている。要するに、これらの証拠物は、被害者らによって捏造された疑いが濃厚である。
(4) 原判決は、証拠物として領置されているチラシには殺鼠剤の付着が認められたと認定しているが、このチラシは、控訴人と被害者が平成10年1月4日から5日にかけて乙海岸に旅行した際に入手し、旅行鞄に入れて本件アパートに持ち帰り、そのまま置いていたものであって、控訴人のその後の行動からして、控訴人がこれに何らかの作為を施す余地は全くないのであり、殺鼠剤が付着していたとすれば、被害者がこれを盗み出した上、殺鼠剤を付着させて証拠を捏造したことになる。
(5) 殺鼠剤混入実験結果(甲13)によれば、シャンペンの入った瓶に殺鼠剤の粉末を入れると、浮遊するだけでほとんど変化は起こらず、泡も発生しないが、箸で攪拌すると、泡は発生するが吹き出すことはなく、直ぐに収まり、粉末は浮遊したり瓶の内側に付着することが明らかになっており、殺鼠剤の混入に気づかずに飲むことはおよそ不可能である。したがって、殺鼠剤の混入に気付かずに飲んだとする被害者の供述は信用できないし、また、控訴人が取調べの検察官に対し、箸でかき回したときシャンペンの泡が大量に吹き出したので、あわてて泡を飲んだら、舌にピリッとした感触が残り人工甘味料のような甘ったるい後味が残った旨供述しているのも、検察官の想像に基づく誘導尋問の結果であり、虚偽の供述であるといわねばならない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人の所論は採用することができず、本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきものと判断する。
 その理由は、次のとおり原判決の理由を一部訂正し、控訴人の当審における主張について判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第3に説示するとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の訂正
(1) 原判決16頁25行目の冒頭から18頁6行目の末尾までを、次のとおり改める。
 「民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、上記行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、上記事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、上記行為には故意若しくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和41年6月23日第1小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。
 本件は、検察官が犯罪行為に関する捜査情報を報道機関に発表した行為が控訴人との関係において国家賠償法上違法であるとして、謝罪広告及び損害賠償請求がされているものであるところ、このような検察官の職務行為に関する名誉毀損の成否についても、当然に上記法理が当てはまるものと解するのが相当である。もっとも、国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであり(最高裁判所昭和60年11月21日第1小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)、したがって、同条にいう違法とは、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうものと解するのが相当であるから、上記名誉毀損に係る違法性等の判断枠組を本件の次席検事の行為について適用するに当たっては、次席検事が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務を基準とした上で、上記判断枠組の下で故意又は過失により職務上の法的義務に違背して控訴人の名誉を毀損し、損害を加えたか否かを検討すべきものであると解される。
 以上のような観点に立ち、検察官が犯罪行為に関する情報を報道機関に発表するに当たって、検察官が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務について検討すべきことになるが、その前提として、本件記者発表の重要な内容をなすところの起訴猶予処分がいかなる性質を有するものであるかについて明らかにしておく必要がある。
 起訴猶予処分は、起訴便宜主義に基づく終局処分であり(刑事訴訟法248条)、被疑事実が認められる場合において、被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときに行われるもので、不起訴処分の一類型であると解され、被疑者は、それ自体によっては刑事手続上直ちに不利益を受けることはなく、検察官が別件において終局処分を決定するに当たり、一般的情状の不利益事由の一つとして考慮対象となることがあるものである。なお、検察官が不起訴処分をした場合において、被疑者の請求があるときは、速やかにその旨を告げなければならず(同法259条)、告訴人及び告発人等に対しても、その旨及び請求に基づいて理由を通知すべきものとされている(同法260条、261条)。
 本件記者発表は、当時のA次席検事が、多数の報道機関の記者等に対し、控訴人が殺鼠剤を被害者に飲ませた事実は認定でき、控訴人の刑事責任は看過できないが、殺鼠剤投与量が少なく母体、胎児への影響が少なかったこと等の情状を考慮して起訴猶予処分(本件不起訴処分)とした旨を発表したというものであり、犯罪捜査及び検察官による不起訴を含む公訴権の行使が、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであることを考慮すると、特段の事情のない限り、本件記者発表は公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出たものと認めるべきであり、前記名誉毀損についての判断枠組のうち上記の要件については充足されているものと考えられる。
 そこで、その余の判断枠組の充足性(すなわち、摘示された事実についての真実性の証明ないし行為者が真実と信ずるについての相当の理由の存在)について考えるに、起訴猶予処分は、上記のとおり起訴便宜主義に基づく検察官の終局処分であり、被疑事実が認められる場合において、情状等により訴追を必要としないときにする処分であるところ、当該起訴猶予処分に係る被疑事実が真実であることが証明された場合は、違法性がなく、国家賠償法上不法行為は成立しないと解されるが、仮に、被疑事実が真実であることが証明されなくても、当該起訴猶予処分時(及びこれを踏まえた記者発表時)において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により被疑事実が真実であると信ずるについて相当な理由(客観的な嫌疑の存在)があるときには、故意若しくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。
 なお、本件記者発表のような検察官による捜査情報の発表は、その必要性、発表内容、方法如何によっては、違法と評価される場合があり得るところである。このような検察官による発表行為については、その性質が非権力的であり、その際に要求される職務上の法的義務は実定法上明確には規定されてはいないが、当該犯罪の性質、態様、結果の重要性、検察官の捜査に対する社会的関心の程度、犯罪の一般予防的機能、報道機関の要望等の公益上の必要性と、被疑者、被害者等関係者のプライバシー等私的利益保護の必要性を比較衡量して、後者をある程度犠牲にしても、なお前者を優先すべきであると考えられる場合に限って、必要な範囲内において行われるべきであり、当該犯罪の性質等から社会的な関心が高く、検察官の終局処分に関して情報公開をすることが国民の信頼を得る観点から重要であると認められるような場合には、相当な方法によって、起訴猶予処分の結果及びその理由を発表することは許されるものと解するのが相当である。」
(2) 同18頁8行目の冒頭から21行目末尾までを、次のとおり改める。
 「(1) 本件記者発表は、前記のとおり、控訴人が不同意堕胎未遂罪なる犯罪行為を行ったことを報道機関の記者等に発表したものであるが、本件記者発表の内容に照らせば、それが控訴人の名誉を毀損するものであり、かつ、同発表行為が、前記名誉毀損に係る違法性等の判断枠組のうち、公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合に当たることは、既に説示したとおりである。
 (2) そこで、本件記者発表に当たり、本件不起訴処分時(起訴猶予処分時)において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により本件犯行に係る被疑事実が真実であると信ずるについて相当な理由(客観的な嫌疑の存在)があるか否かについて検討する。」
(3) 同27頁26行目の「するが、」の次に、以下を加える。
 「控訴人が被害者に殺鼠剤を飲ませ、そのために被害者の体調に変調をきたすことにより、被害者が控訴人と縁を切ろうという気持になるのであって、被害者の自作自演に対し、控訴人がそれを虚偽と分かって自白することが、被害者に対して縁を切る動機付けを与えることにはならないのであるから、控訴人の弁解はおよそ合理性がなく、極めて不自然であること、」
(4) 同31頁9行目の「認められる。」の次に、行を改めて、以下を加え、同25行目冒頭から26行目末尾までを削る。
 「以上認定したところによれば、本件不起訴処分時(及び本件記者発表時)において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により本件犯行に係る被疑事実が存在すると信ずるについて相当な理由がある(客観的な嫌疑が存在する)ということができる。したがって、本件において摘示された本件犯行に係る被疑事実(不同意堕胎未遂罪)が真実であることが証明されたといえるかどうかはともかく、次席検事においてそれが真実であると信ずるについて相当の理由があるということができるから、次席検事には故意、過失がなく、結局、国家賠償法上不法行為は成立しないものというべきである(仮に、控訴人の請求が民事上の不法行為責任を根拠とするものであるとしても、上記のとおり理由がない。)。」
2 控訴人の主張に対する判断
(1) 控訴人は、被害者が、一貫して控訴人を懲罰する意図の下に虚偽の供述を繰り返しており、ココアを飲んだ後意識不明に陥った、ストーカーや強姦された、首を絞められて失神した、クロロホルムを嗅がされたなど荒唐無稽な供述をしているなどと主張する。
 引用した原判決の認定事実によれば、被害者は、本件犯行前、控訴人の子供を妊娠し、控訴人に対して妻との離婚及び控訴人との婚姻を求めていたが、控訴人がこれに応じなかったために思うようにならなかったことが認められ、被害者が控訴人に対して反感を抱いていたことは否定できない。しかし、原判決が詳細に認定しているように、被害者の供述は、その内容において合理性があり、前後の脈絡が十分に保たれている上、客観的な証拠及び第三者(母親やB)の供述及び控訴人の自白内容とも整合しているのであって、その供述内容に特段不自然さや不合理性は認められられないから、被害者の供述が信用できないとはいえない。
(2) 控訴人は、被害者は、殺鼠剤を飲まされ、身体に変調をきたしたと述べているにもかかわらず、病院の診察を受けていないし、殺鼠剤は、飲食物と誤認する余地のない色彩を有し、異臭を発するものであるから、誤飲等をすることは考えられず、被害者の供述は虚偽であるなどと主張する。
 被害者は、平成10年1月5日にココアを飲み、身体に変調をきたしたと述べているが、病院の診察を受けていないことは原判決認定のとおりであるが、翌6日には控訴人の本件アパートへ出向いていることからすると(乙10)、上記身体の変調の程度は、比較的一時的なものであったとも推測され、病院で診察を受けなかったことをもって、直ちに不自然であるとも断定できない。また、殺鼠剤は、赤桃色を呈し(甲9、13)、異臭を発するが、控訴人は、殺鼠剤をココアに混入し際、浮いてきた粒々はすくったりしたと供述しているのであり(乙13)、控訴人がこのように被害者に気付かれないよう工作を施していたことを考えると、控訴人がココアに異物を混入させたことを、被害者がそれを飲む前に認識していたことを認めるに足りる証拠のない本件においては、被害者が殺鼠剤の混入を認識したために、殺鼠剤入りのココアを飲まなかったということはできない。
(3) 控訴人は、本件アパートのソファーの下から、飲み残しの入った瓶の蓋を発見し、これを持ち出すことは極めて困難であり、これを持ち出したとする被害者の供述は信用できないなどと主張する。
 原判決の認定事実によれば、ソファーの底部と床の間には、2センチメートルの隙間があり、絨毯の厚さを考慮しても、手指を入れることが全くできないとはいえず(甲26の6によっても、手の第1関節までは入ることが認められる。)、底部外側近くにある物を取り出すことは可能であると認められる。また。棒を水平に移動させることによって、蓋を取り出すことも可能であるから(この場合、棒の下に手指を入れて棒を動かす必要はなく、棒の上部だけを掴むことにより棒を動かすことができる。)、被害者の供述が信用できないとはいえない。控訴人は、ソファーの下は目視できないとも主張するが、被害者の供述は、ソファーの下に手を入れたところ蓋を発見したというのであり(乙9)、控訴人の主張とは、その前提において異なっている。
 さらに、控訴人は、被害者が本件アパートで証拠物を発見した経緯に関する被害者や母親の供述内容は、相互に矛盾し、一貫性を欠いており、これらの証拠物は被害者らによって捏造された疑いが濃厚であると主張するが、たとえ供述内容に一貫しない部分があったとしても、そのことから直ちに被害者等の供述全体が信用できないということにはならず、証拠価値があることは、原判決が認定するとおりである。
(4) 控訴人は、原判決は、証拠物として領置されているチラシには殺鼠剤の付着が認められるとするが、控訴人がこれに作為を施す余地はなかったから、被害者が証拠を捏造したことになるなどと主張する。
 乙第9号証によれば、上記チラシは、被害者が本件アパートから持ち出したことが認められるが、被害者がチラシに殺鼠剤を付着させて証拠物を捏造したと認めるに足りる証拠はない。
(5) 控訴人は、殺鼠剤の混入実験結果(甲13)により、殺鼠剤の粉末は浮遊するだけでほとんど変化は起こらず、泡も発生しないが、攪拌すると、泡は発生するものの直ぐに収まり、粉末は浮遊したり瓶の内側に付着することが明らかになっており、殺鼠剤の混入に気付かずに飲むことはおよそ不可能であるから、殺鼠剤の混入に気付かずに飲んだとする被害者の供述は信用できないし、この点に関する控訴人の供述も、誘導尋問による虚偽の供述であるなどと主張する。
ア 平成9年12月25日のシャンペンへの混入について、シャンペンを一堂の者が飲まず別々の飲み物を飲むことはあり得ないことではなく、そのことの故に同供述が捜査官の作文ということはできず、飲む際の供述の食い違いが供述全体の信用性に影響を及ぼすとも認められない。
 同月28日のワインへの混入について、殺鼠剤が瓶の内側に沈殿あるいは浮遊するとしても、それが目立たないように少量ずつ注ぐことも可能性として考えられるところであり、混入物に気付かなかったとする被害者の供述が直ちに不自然であるということはできない。
 同月29日のワインへの混入について、被害者が前日飲んでおり、注ぎ方によってまた被害者が飲むことは十分考えられるし、栓をしておけばその中を確認することは通常しないであろうから、廃棄しなかったことが不自然であるということはできない。
イ 証拠(甲9、13、控訴人本人)によれば、殺鼠剤ネズレスは派手な赤桃色をしていること、顆粒を粉末状にすりつぶしたとしても、ワインやコーンスープ、ココアには溶けにくく、液体の中で浮遊したり沈殿したりすることが認められるが、被害者は、控訴人から薬物を飲まされるとは考えもしなかったこと、一方控訴人は、溶けきらずに表面に浮いてきた殺鼠剤の粒をすくい取って、被害者に気付かれないよう工作をしたことが認められ、控訴人が被害者に気付かれないように飲ませることは可能であって、被害者が上記のような異物の存在に気付かずに飲んだとしても、直ちに不合理とはいえず、この点に関する控訴人や被害者の供述が信用性に欠けるということはできない。
 その他控訴人は、原判決は採証法則を誤り事実誤認を犯しているとしてるる主張するが、いずれもその理由がないことは、原判決が認定説示しているとおりである。
 よって、上記と結論を同じくする原判決は相当であり、結局、本件控訴は理由がないことに帰するから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第11民事部
 裁判長裁判官 大藤敏
 裁判官 遠山廣直
 裁判官 三木素子


別紙
謝罪広告
 平成11年3月31日甲地方検察庁次席検事は、多数の報道機関の記者に対し、控訴人に対する不同意堕胎未遂被疑事件を不起訴処分に付したことを発表した際、同被疑事件を起訴しても有罪を立証する証拠がないのに、控訴人に対する被疑事実は認められるが、起訴猶予処分とした旨虚偽なる事実を公表し、その旨を多数の新聞、テレビ等で報道するに至らしめ不特定多数人に恰も控訴人が上記被疑事件の犯人である旨の印象を与えて控訴人の名誉を毀損したことに鑑み、深く遺憾の意を表します。
 法務大臣 森山眞弓

別紙
謝罪広告掲載要領
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