判例全文 line
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【事件名】「週刊朝日」の馬主名誉毀損事件
【年月日】平成14年5月13日
 東京地裁 平成13年(ワ)第2570号 謝罪広告等請求事件

判決


主文
1 被告らは、原告に対し、各自、220万円及びこれに対する平成12年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のそのほかの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、50分の1を被告らの負担とし、そのほかを原告の負担とする。
4 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 原告の請求
1 被告らは、原告に対し、別紙1記載の謝罪広告を、被告株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞、株式会社読売新聞社発行の読売新聞、株式会社毎日新聞社発行の毎日新聞、株式会社日本経済新聞社発行の日本経済新聞及び株式会社産業経済新聞社発行の産経新聞の各朝刊全国版社会面並びに被告株式会社朝日新聞社発行の「週刊朝日」に、別紙2記載の条件にて、各1回掲載せよ。
2 被告らは、原告に対し、各自、1億0300万円及びこれに対する平成12年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 被告朝日新聞社発行の週刊誌「週刊朝日」に、「東京馬主協会長に「やめろ」コールの不徳騒動」という標題で、原告に関する記事が掲載された。   有名な競走馬の馬主であり、社団法人東京馬主協会の会長を務めていた原告は、この内容虚偽の記事により名誉を毀損され、協会から除名処分を受けるなどして著しい精神的苦痛を被ったと主張して、編集長・発行人であった被告乙、記事を執筆した被告丙と、その使用者である被告朝日新聞社に対し、不法行為に基づき、謝罪広告の掲載と、慰謝料1億円、弁護士費用300万円の支払を求めた。
1 争いのない事実
(1) 原告は、その保有馬を中央競馬の競走に供してきた馬主であり、昭和36年6月に日本中央競馬会に馬主登録するとともに、社団法人東京馬主協会に入会した。昭和45年4月から東京馬主協会の理事を務め、昭和57年5月から常務理事、昭和61年4月からは副会長を歴任して、平成5年8月に会長に就任したが、平成12年12月5日の理事会で会長を解任され、協会からも除名された。
 社団法人東京馬主協会は、馬主相互の扶助と親睦、競馬文化の向上などを目的として中央競馬会の各競馬場ごとに設立されている馬主協会の1つである。会長ほか役員に対する報酬はない。
(2) 被告朝日新聞社は、新聞の発行などを目的とする会社であり、週刊誌「週刊朝日」を全国で発行している。同誌の発行部数は、毎号、約55万部である。被告乙は、被告朝日新聞社の従業員であり、平成12年9月当時「週刊朝日」の編集長・発行人として、同誌の編集と発行の責任者の地位にあった。被告丙は、被告朝日新聞社の従業員であり、「週刊朝日」に掲載された次の記事を執筆した。
(3) 被告朝日新聞社は、平成12年9月19日、「週刊朝日」2000年9月29日号に、「東京馬主協会長に「やめろ」コールの不徳騒動」という標題と「有馬記念優勝イナリワン馬主金銭トラブル発覚」という副題を付けて、原告に関する記事を掲載し(31〜33頁。以下「本件記事」という)、これを全国で発行、頒布した。本件記事には、別紙3記載の@〜Lの記述がされている。
2 争点
(1) 本件記事による名誉毀損の成否
(原告の主張)
ア 被告らは、本件記事の@〜Bにおいて、原告には中央競馬会の熱海場外馬券売場(ウインズ)誘致計画にからんで、東京馬主協会の役員の地位を利用して多額の不明朗な金銭を受領した疑惑があり、これに対し競馬関係者間では、原告が責任を取って辞任すべきだとの意見が多数わき上がっているとの事実を摘示した。E〜Gにおいては、金銭にまつわる疑惑の存在を前提として、原告が巨額の不正な金銭を受領したことは間違いないと断定し、H、Iにおいて、原告は公益法人のトップでありながら金銭トラブルを繰り返し、疑惑の金額は7億円に及んでいて、その適格性が疑われると結論づけた。Lでは、「裏ガネ」とまで述べて、金銭受領の不明朗さをことさら強調するとともに、中央競馬会もこの事実に不快感を表明していると明記した。これらの摘示事実は、一般的平均的読者に対し、原告が熱海ウインズ誘致計画をめぐり、東京馬主協会の役員の地位を利用して巨額の不正な裏金を取得し、?職行為を行ったとの印象を与えるものである。
 また、被告らは、本件記事のC、Dにおいて、原告が東京馬主協会内の反対派理事を恫喝して排斥し、独裁的で非民主的な組織運営を行っているとの事実を摘示し、Jにおいて、原告が東京馬主協会のタクシー券を私的に使い放題にしているとの事実を摘示し、Kでは、原告は中央競馬会が競馬学校用地として購入しようとしている那須の土地について、黒幕として不正行為を働いたとの事実を摘示した。これにより、被告らは、読者に対し、原告が東京馬主協会を私物化し、会長の肩書を利用して様々な不正行為を行うなど、公益法人のトップとして適格を欠く人物であるとの印象を与えた。
イ 本件記事には、東京馬主協会内において原告と対立している反対派理事のAやBの発言を引用した部分が多い。これらの発言を引用する部分でも、前後の文脈などを考慮して、執筆者・掲載者である被告らが、間接的ないし婉曲に原告に関する特定の事項を主張していると解される場合には、この部分は事実を摘示するものとみるべきである。
 本件記事は、標題において「不徳」という、不道徳、徳の足りないことを意味する言葉を使用して、原告が不道徳な騒動を巻き起こしたことを明示したうえで、「有馬記念優勝イナリワン馬主金銭トラブル発覚」との副題を付けて、読者に対し、有名な競走馬の馬主である原告が、金銭にまつわる不明朗な金銭トラブルを抱えており、その不道徳が原因で辞任要求を受けていると印象づけている。さらに、原告が多額の現金を受け取ったと断定するとともに、「疑惑」との文言を繰り返し使用して、原告の行状を強く非難している。このような文脈において反対派の理事の発言を記載すれば、間接的であるにせよ、その発言内容に沿った事実を摘示するのと同じことである。
(被告らの主張)
ア 本件記事の@〜B、E〜G、Hが原告の社会的評価を低下させるに足りるものであり、名誉を毀損するものであることは認める。
 ただし、@〜Bは、「原告には東京馬主協会役員の地位を利用して多額の不明朗な金銭を受領した疑惑があり、これに対し競馬関係者間では、原告が責任を取って辞任すべきだとの意見が多数わき上がっている事実」を摘示したものではなく、熱海ウインズ誘致計画にからんで原告が多額の金銭を受け取っていた疑惑があるとの指摘がされ、東京馬主協会で問題となっていて、もし本当なら責任を取るべきだとの声が上がっていることを摘示したものである。E〜Gは、巨額の金銭が原告側に流れていたことは間違いないことを摘示したものにすぎず、「原告が巨額の不正な金銭を受領した事実」を摘示したものではない。Hで被告らは、公益法人のトップの金銭疑惑であり問題が大きいことを指摘したのであり、原告の会長としての適格性には言及していない。
イ 本件記事のCでは、A理事が原告の金銭疑惑を指摘して暗に辞任を求めたのに対し、原告が「へんなカネをもらっていたことがわかれば俺は辞める。違っていたら、お前こそ責任をとるんだろうな」と反論した事実を摘示した。原告は自ら疑惑を強く否定しているのであるから、この部分が原告の社会的評価を低下させるものではない。「恫喝したという」との記述も、このとおり原告自身が疑惑を否定していることを考慮すれば、社会的評価を低下させるほどのものとはいえない。Dにおいては、平成12年3月の東京馬主協会の理事会で、協会が会長のワンマン体制で何でも会長の言いなりになっており、自由に意見が言えない雰囲気があるなどの発言があって、理事会が紛糾したことを摘示した。すなわち、被告らは、このような発言があったことを紹介したのであり、原告の協会運営が独裁的で非民主的であるとの事実を摘示したものではない。
 J、Kは、熱海ウインズ誘致計画に関する問題についてA理事の発言を紹介する中で、細かな付け足しの話として付記したものにすぎず、「原告が東京馬主協会のタクシー券を私的に使い放題にしている事実」や「原告が中央競馬会の競馬学校用地の購入について黒幕として不正行為を働いた事実」を摘示したものではない。
 以上のとおり、本件記事のC、D、J、Kは、いずれも、名誉毀損と評価されるべき程度に原告の社会的評価を低下させるものとはいえない。
(2) 本件記事の真実性
(被告らの主張)
ア 本件記事の@について、熱海ウインズ誘致計画にからんで原告が多額の金銭を受け取っていた疑惑があるとの指摘がされたことは真実であり、馬主のみならず、中央競馬会幹部、調教師、騎手、厩務員など競馬サークルの各方面から「(金銭疑惑が)本当なら会長は責任を取るべきだ」という声が上がっていたことも真実である。また、A理事がA、Bの発言をしたことは真実である。
 E〜Hについて、原告又は原告の経営する株式会社Cは、熱海ウインズ誘致計画をめぐり、D株式会社(本件記事でいうK社)から、中央競馬会、地元の警察署、市役所、住民などとの交渉や働きかけを委託され、その報酬として2億6000万円を受領している。原告自身、東京馬主協会の役員であるなど中央競馬会に対し影響力を有していたことからこのような委託を受けたと公言しているのであり、熱海ウインズ誘致計画をめぐり、原告において多額の金銭を受け取っていた金銭疑惑があり、原告側への巨額な金銭の流れがあったことは真実である。したがって、本件記事のうちこの事実を前提とする論評部分も、真実に基づく公正な論評である。
 Iは、原告が熱海ウインズ誘致計画で、本件記事の主題である金銭問題のほかにもトラブルを起こしていたというA理事の付随的な発言を紹介したものであり、本件記事の主要部分ではない。仮に主要部分だとしても、A理事がこのとおりの発言をしたことは真実である。また、原告はDから2億6000万円を受領したほか、破産した有限会社E(本件記事でいうO社)の破産管財人から3億2700万円の不当利得返還請求を受け、これに関し自宅の土地建物の差押えも受けていたが、1億円を支払うという内容の和解が成立して、その和解金をDが立て替えて支払っているのであり、原告は総額6億8700万円の利益を享受した計算になるから、疑惑として指摘すべき金額が約7億円であるというのも真実である。
 Lの見出しは、本文中の「(熱海ウインズ誘致計画に関して)中央競馬会のあずかり知らぬところで巨額のカネが動いていたとしたら不愉快きわまりないことです」という中央競馬会の発言を要約したものである。中央競馬会のF報道室長が、被告丙の取材に対して、このように答えたことは真実であるし、「裏ガネ」とは、場外馬券売場の設置者である中央競馬会のあずかり知らないところで金銭が動いたことを指すことは、記事全体の趣旨から明らかである。Lは真実を摘示したものであり、又は真実に基づく公正な論評である。
イ 本件記事のCは、熱海ウインズ誘致計画にからんで原告が多額の金銭を受け取っていた疑惑があるとの指摘があり、もし本当なら責任を取って会長を辞任すべきであるとの声が上がっていることを摘示したものであり、原告の発言部分は本件記事の主要部分とはいえない。仮に主要部分だとしても、Cのようなやり取りがあって、原告の発言をA理事が恫喝と受け取ったことは真実である。
 Dは、平成12年3月当時、東京馬主協会の理事会内で意見の対立があったことを摘示したものにすぎず、本件記事の主要部分とはいえない。仮に主要部分だとしても、同月の理事会で、DのようなB理事の発言があって理事会が紛糾し、会長派と反会長派の対立が深まったことは真実である。実態としても、東京馬主協会においては、各委員会が決議した事項でも会長である原告が首を縦に振らないと実行できず、原告の意にそわない理事が再任されないなど、原告のワンマンぶりは甚だしく、自由にものを言えない雰囲気があったことは真実である。
ウ 本件記事のJ、Kは、A理事の付け足しの話を付記したものにすぎず、本件記事の主要部分とはいえない。
 仮に主要部分だとしても、A理事がJのとおりの発言をしたのは真実であるし、実際に、原告が東京馬主協会のタクシー券を私的にも多用していたことは真実である。また、A理事がKのとおりの発言をしたのも真実であるし、その内容も、原告が中央競馬会の外厩用地として栃木県那須郡湯津上村の有限会社Gが所有する土地を買収しようと試み、この計画が頓挫した後には、その土地を競馬学校用地として中央競馬会に売り込もうとしてフィクサーのHを紹介するなどした事実に合致するものである。
(原告の主張)
ア 本件記事の@〜B、E〜I、Lにおいて、被告らは、原告が熱海ウインズ誘致計画にからんで、東京馬主協会の役員の地位を利用して巨額の不明朗な金銭を裏金として手にしたとの事実を摘示して、一般的平均的読者に対し、原告が?職行為を行ったとの印象を与えた。しかし、ここにいう金銭授受は、原告が経営する株式会社Cと、熱海ウインズ誘致計画の事業主であったE又はDとの私企業間の契約に基づくものであり、何ら不正・不明朗な点はなく、社会的非難を受けるいわれはない。
 場外馬券売場の誘致計画が全国で多数持ち上がっては頓挫していることからも分かるとおり、その計画の実現に向けては、建設事業に関する幅広い知識と経験に基づいた、地方自治体、周辺住民団体、警察、中央競馬会などとの長期にわたる粘り強い交渉と調整が必要となる。このような役割は、単に一地方の馬主協会の役員の地位にあれば果たせるというものではない。原告又はCは、長年競馬界に携わり、幅広い知識と経験を備えていたからこそ、交渉・調整役として選ばれ、これに対する正当な報酬を得たのであって、東京馬主協会の役員の名において裏金を受領したなどということは断じてない。被告らは、受領額が多額であることを強調するが、場外馬券売場の建設事業は投下資金100億円を超える大規模なものであるから、その実現に向けて関係各方面と交渉や調整をする業務の対価が相当額に及ぶのも当然である。原告が行った業務の密度、内容、期間に照らして、原告の受領額は報酬として適正というべきものである。
 このように、原告又はCは、不正で不明朗な金銭を手にしたわけでも?職行為を行ったわけでもない。被告らの摘示事実は虚偽であり、論評部分も、虚偽の事実を前提とする論評として公正さを欠くものである。
イ 原告が本件記事のCで引用されているような発言をしたことはなく、A理事を恫喝した事実もない。Dにあるように、東京馬主協会の運営が原告の言いなりになっている事実もなければ、原告が自分に逆らう理事を外したこともない。
 Jの原告が東京馬主協会のタクシー券を使い放題にしているとの点、Kの中央競馬会の用地取得について原告が不正行為を働いたとの点も、いずれも事実無根である。
ウ 被告丙は、訴訟上の和解などで解決した金銭の授受について、何ら不正でも不明朗でもないのに、反対派理事の話を鵜呑みにし、周辺事実の確認もせず、一方的に原告に疑惑があるかのような事実を作り上げて、本件記事を執筆した。反対派理事に対する原告の意見は、本件記事の末尾にわずかに記載されているだけであり、しかも、JやKについては意見を求められたことすらない。被告丙が、原告を東京馬主協会から排除しようと企んだA理事とB理事に加担して、原告を誹謗中傷する意図をもって本件記事を執筆したことは明らかである。このような本件記事は、原告に対する攻撃を目的とした主観報道というべきであるから、これを公正な論評に当たるなどとの理由で正当化する余地はない。
(3) 原告の損害(原告の主張)
ア 被告朝日新聞社は、社会的に高い信頼を寄せられている報道機関であり、その被告朝日新聞社が発行する「週刊朝日」は、55万部という巨大な発行部数を誇る著名な週刊誌として、絶大な信用と社会的影響力を有する。本件記事の頒布により、虚偽の事実が全国に流布され、原告の社会的評価は著しく低下し、とりわけ東京馬主協会内部における原告の評価は最低線まで貶められた。
 本件記事により、東京馬主協会の会員や理事は原告が会長として不適格であると決めつけるようになり、原告は、平成12年12月5日の理事会において、会長を解任され、除名という最も不名誉な処分を受けた。しかも、このことが全国的に報道されるなどした結果、原告の名誉は重ねて損なわれた。
イ 被告朝日新聞社と「週刊朝日」の社会的影響力を考慮すると、被告らの不法行為により低下した原告の社会的評価を回復させるには、被告らに対し、朝日新聞と「週刊朝日」だけでなく、そのほかの全国紙にも謝罪広告の掲載を命ずる必要がある。
 原告が受けた筆舌に尽くし難い精神的苦痛を慰謝するに足りる額は、どんなに少なく見積もっても1億円を下らない。また、原告が訴訟代理人に対し支払うことを約した300万円の弁護士費用も、被告らの不法行為と相当因果関係のある損害である。
第3 争点に対する判断
1 名誉毀損の成否について
(1) 本件記事の@〜B、E〜G、Hが原告の社会的評価を低下させ、名誉を毀損するものであることは、争いがない。ただし、摘示事実の内容については争いがあるので、本件記事全体の趣旨なども考慮に入れ、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、その意味内容を確認しておく。
 @〜Bは、東京馬主協会の会長を7年務めている原告について、過去に熱海ウインズ誘致計画に関し、複数の業者から7億円に及ぶ多額の不明朗な金銭を受領していたという疑惑が明らかになって、東京馬主協会内部が紛糾し、競馬関係者からも各方面で、この疑惑が真実であれば責任を取って会長を辞任すべきだとの声がわき上がっている、との事実を摘示したものであると認められる。
 このうちA、Bは、東京馬主協会のA理事の発言の引用であり、執筆者・掲載者が事実関係を述べたり、これを論評するなどの体裁を採ってはいない。しかし、見出しにおいて「やめろコール」、「不徳騒動」、「金銭トラブル発覚」といった表現が採られていることや、本件記事全体がA理事ほかの理事の発言を中心に構成され、原告の行状を批判する論調となっていることなどを考慮すると、本件記事はA、Bにおいて、発言の引用という形を借りて、原告が多額の不明朗な金銭を受領した疑惑があるとの事実を摘示しているものと認めるべきである。
 E〜G、Hは、原告が巨額の金銭を受領したことは間違いないとの事実を摘示し、その事実を前提に、公益法人のトップの地位にある者の金銭疑惑であるだけに問題は大きいとの論評をしたものであると認められる。この論評部分において、被告らが原告の東京馬主協会会長としての適格性を疑問視していることを読み取ることができる。
(2) 本件記事は、Iにおいて、原告が熱海ウインズ誘致計画に関して合計約7億円の金銭を受領し、そのことで2回トラブルを起こしていたとの事実を摘示し、Lにおいて、原告の受領した金銭は「裏ガネ」であり、中央競馬会はこのことに不快感を表明しているとの事実を摘示したものであると認められる。これらは、いずれも、原告の社会的評価を低下させるものである。
 本件記事には、原告が「東京馬主協会の役員の地位を利用して」多額の金銭を受領したと明記する部分はない。しかし、見出し、@〜B、E〜G、H、I、Lの記述や、K社が東京馬主協会の実力者で中央競馬会に人脈を持つ原告を頼りにして、熱海ウインズ誘致計画の交渉役を依頼したという記述(32頁4段)などを総合すると、一般的平均的読者は、本件記事を通読すれば、東京馬主協会の役員であり、中央競馬会の大レースの勝馬の馬主でもある原告が、中央競馬会に対する影響力を見込まれて熱海ウインズ誘致計画にかかわり、コンサルタント料という名目で多額の金銭を受領したと理解するものと考えられる。そうすると、「疑惑」、「裏ガネ」など、不正の存在を暗示する言葉を用いることにより、本件記事は、読者に対し、原告が東京馬主協会の役員の地位を利用して、多額の不正な金銭を受領したとの印象を与えたということができる。
(3) 本件記事のC、D、J、Kは、いずれも原告と意見を異にする理事の発言を引用した記述であるが、見出しや本件記事全体の論調を考慮すると、これらの記述は、理事の発言の形式を借りて、それぞれの発言内容に沿った事実を摘示したものというべきである。
 すなわち、Cにおいては、暗に辞任を求めるA理事に対し、原告が「違っていたら、お前こそ責任をとるんだろうな」と恫喝したとの事実を、Dにおいては、東京馬主協会が原告のワンマン体制にあって、原告に逆らう理事は辞めさせられ、自由に意見が言えない雰囲気があるとの事実を、Jにおいては、原告が東京馬主協会のタクシー券を使い放題にしているとの事実を、Kにおいては、中央競馬会が競馬学校用地として購入しようとしている那須の土地に関しても、原告の名前が見え隠れしている(暗躍しているとか、不透明な関与をしているという語感である)との事実を、それぞれ摘示したものと認められる。
 これらの摘示事実は、「恫喝した」、「自由に意見が言えない」、「使い放題」、「ちらついています」などの表現とも相まって、読者に対し、原告が不正・不当な行為を繰り返す人物であるかのような印象を与えている。これが原告の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。
2 本件記事の公共性、公益目的性について
 本件記事は、公益法人である東京馬主協会の会長の地位にある原告について、熱海ウインズ誘致計画に関し、複数の業者から多額の不明朗な金銭を受領していたという疑惑があることなどを摘示して、その会長としての適格性を疑問視するものである。
 したがって、これは公共の利害に関する事項についての記述であり、その目的は専ら公益を図ることにあったものということができる。後記6(2)のとおり、被告丙が、原告を東京馬主協会から排除しようと企んだ反対派の理事に加担して、原告を誹謗中傷する意図をもって本件記事を執筆したものとは認めることができない。
3 多額の金銭受領の真実性について
(1) 熱海ウインズ誘致計画の経緯
 証拠(甲8、11、乙1〜8、11、原告本人)と弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 歌手のIは、有限会社Eの代表者として、熱海でホテルを経営していた。東京馬主協会の会員でもあったIは、昭和62年ころ、ホテルの客集めのために、近くの熱海市和田浜南町の海浜ホテル跡地に中央競馬会のいわゆる場外馬券売場(ウインズ)を誘致しようと考え、当時東京馬主協会の副会長であった原告に対し、「原告の中央競馬会に対する影響力を貸してほしい」、「人脈も利用させてほしい」などと言って協力を求めた。
 原告は、中央競馬会に対する影響力のある者が交渉の任に当たることがウインズ誘致計画の円滑な進行上有効であり、だからこそIは東京馬主協会の副会長である原告に協力を求めたものと認識したうえで、原告が競走馬関連事業のために設立した株式会社Cの名義で、Eとの間で、中央競馬会や熱海市、警察との協議や交渉などの業務についての委託契約を締結した。
イ ところが、平成2年10月ころからEの資金状態が悪化し、そのためEはウインズ誘致計画を断念して、平成3年7月ころ、D株式会社が計画を引き継ぐこととなった。Dも、ウインズ誘致計画を推進するには中央競馬会に影響力を有する原告に頼るほかないと考え、原告に対して関係機関との協議や交渉などの業務を依頼したので、原告もこれを了承した。
ウ Eは平成4年5月ころ破産宣告を受け、同年7月ころ、Eの破産管財人が、原告に対し、熱海ウインズ誘致計画に関し3億2700万円を支払ったと主張して、その返還を求めた。
 原告は、これに対し、平成5年6月、破産管財人との間で、1億円の和解金を支払うという内容の和解契約を締結し、公正証書を作成した。この和解契約に先立ち、原告とDは、和解金はDが立替払いするとの合意をしていたが、その履行がなかったため、破産管財人からの申立てに基づき、同年9月ころ、東京地方裁判所で強制競売の開始決定がされ、原告の自宅の土地建物について差押えがされた。このような経緯があって、結局、Dは、この和解金1億円の立替払いをした。
エ 平成3年7月以降、熱海ウインズ誘致計画に関し、Dは、原告又はCに対し、業務委託契約に基づく報酬として、合計2億6000万円を支払った。
オ 熱海ウインズ誘致計画は、結局、平成8年4月ころ頓挫した。これを受けてDは、平成9年2月に訴えを提起し、原告とCに対しては、熱海ウインズ誘致計画に関して2億6000万円を支払ったのは成功報酬であったと主張してその返還を求め、また、原告に対しては、和解金として立替払いした1億円の返還も求めた(東京地方裁判所平成9年(ワ)第3628号)。
 この訴訟において、平成10年7月16日、原告らが連帯して6000万円の和解金を支払うこと、和解内容を第三者に開示しないことなどを内容とする訴訟上の和解が成立した。
(2) 摘示事実の真実性
 以上の事実に基づき、本件記事の@〜B、E〜I、Lが摘示する事実の真実性について判断する。
ア 熱海ウインズ誘致計画に関し、原告は、Eの破産管財人から、原告に支払ったという3億2700万円の返還を求められ、1億円の和解金を支払うという内容の和解契約をした。しかし、その和解契約の公正証書に基づき原告の不動産に差押えがされて、その1億円の和解金は実際にはDが支払った。また、原告又はCは、Dから2億6000万円を受領したが、これと和解金との合計3億6000万円についても、Dから返還を求められて訴えを提起され、6000万円を支払うことで訴訟上の和解が成立している。
 原告は、Eの破産管財人とDから、それぞれ、いったん受領した金銭の返還を求められているのであるから、これをトラブルと表現すれば、2回トラブルを起こしていたことは事実である。また、原告は、2億6000万円の受領に加えて、和解契約を締結して3億2700万円の支払を免れ、その和解金1億円も自己は負担をしなかったというのであるから、合計6億8700万円、すなわち約7億円の利益を受けたと理解することもできる。
 したがって、本件記事のIで摘示された「原告が熱海ウインズ誘致計画に関して合計約7億円の金銭を受領し、そのことで2回トラブルを起こしていた」という事実は、真実であると認めることができる。
イ Eが原告に対して支払った金額は不明であるが(原告が本人尋問において自認する額は2億円)、いずれにせよ、頓挫した熱海ウインズ誘致計画における協議や交渉などの業務の対価として、数億円という金額が適正なものであったとは、容易には理解することができない。後記6(1)のとおり、原告は、被告丙の取材に対し、和解に守秘義務条項があるとして熱海ウインズ誘致計画についての説明を拒んだが、報酬として適正なものであったというのであれば、そのことを具体的事実に基づいて説明すれば済むことである。
 EとDは、原告の中央競馬会への影響力を見込んで、熱海ウインズ誘致計画に関し協議や交渉などの業務を委託したのであり、原告もまた、東京馬主協会の役員の地位にあることによる中央競馬会への影響力などが期待されて、自分が選ばれたものと認識していたのであるから、原告としては、その限度において東京馬主協会の役員の地位を利用し、不相当に多額の金銭を受領したという評価を受けても、やむを得ない面がある。
 したがって、本件記事の@〜Bが摘示する事実のうち「原告が熱海ウインズ誘致計画に関し、複数の業者から7億円に及ぶ多額の不明朗な金銭を受領していた」という事実と、E〜Gで摘示し、Hが論評の前提としている「原告が巨額の金銭を受領したことは間違いない」という事実(ただし、「疑惑」との表現部分を除く)については、いずれも真実性の証明があるということができる。「不明朗な」という表現は何か隠し事がありそうなことを表すものであるが、原告が受領した金銭が不相当に多額であり、東京馬主協会の役員の地位を利用したという評価を受けてもやむを得ない面があることをとらえれば、このように不明朗な金銭という理解をすることも可能である。
ウ しかし、証拠によっても、原告が熱海ウインズ誘致計画に関して何らかの不正な行為をしたものとは認めることができない。本件記事が4回繰り返し使用している「疑惑」との表現(@、A、E、H)は、読者に対し、隠し事がありそうだという程度を超えて、原告が何らかの不正な行為をしたのではないかという疑念を抱かせるものであり、不相当に多額の金銭を受領していたことに対するものであっても、公正な論評として許される範囲を逸脱している。
 また、本件記事の@が摘示する事実のうち「競馬関係者からも各方面で、この疑惑が真実であれば責任を取って会長を辞任すべきだとの声がわき上がっている」という事実については、真実であると認めるに足りる証拠はない。被告丙は、本人尋問において、中央競馬会幹部、調教師、騎手など10人程度に取材をした際、そのような意見を聞いたと供述する。しかし、この供述はそれ自体具体性に欠けるし、そもそも10人程度の発言で「わき上がっている」というのは、明らかな誇張である。この摘示事実が真実であると信じるにつき、相当の理由があるということもできない。
エ 証拠(乙10の1、12、被告丙本人)によれば、原告の金銭受領に関し、被告丙から取材を受けて、中央競馬会の報道室長が本件記事のLのように答えたことが認められる。したがって、Lで摘示された事実のうち「中央競馬会はこのことに不快感を表明している」という事実は、真実であると認められる。
 しかし、Lが摘示する「原告の受領した金銭は「裏ガネ」である」という事実については、真実性の証明があるとはいえない。「裏ガネ」とは、取引などを有利に運ぶために正式な取引金額とは別に陰で相手につかませる金銭をいい、不正な行為を連想させるものであるが、熱海ウインズ誘致計画に関し、原告の受領した金銭が正式な取引とは別に授受されたものと認めることはできない。中央競馬会が金銭の授受を知らなかったというだけで、その金銭が「裏ガネ」になるものではない。
4 恫喝発言などの真実性について
(1) 会長選任をめぐる経緯
 証拠(甲2〜5、6の1・2、7、8、9の1・2、10、11、証人A、原告本人)と弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 平成12年3月30日に開催された東京馬主協会の役員改選のための理事会において、B理事から、会長の互選はそれまでの挙手や拍手による満場一致ないし特別多数方式ではなく、投票という方式によるべきだとの提案があった。B理事は、東京馬主協会の運営が会長の意向に左右されていると考えており、そのことに不満を持っているとの意見を表明した。これに対し、J理事は、協会の運営に会長の意向が反映するのは、会長である限り当然であり、原告が会長であることとは関係がないとの意見を述べた。続いて、原告は「私のほうは、選ばれれば、はっきり東京の会に沿っていない方は辞めてもらいます」などと述べた。A理事から「意見が違えばクビにするという意味ですか」と問われたのに対し、原告は「そうではなくて、会を一枚岩にするということです」と返答し、あくまで投票方式を採用しなかった。結局、挙手による賛成多数で、原告が会長に再選された。
イ 翌3月31日、B理事は、前日の理事会における会長の互選方式に関し、原告が会の結束を乱す理事は辞めてもらうと述べて他の理事を恫喝したとの内容の報告書(甲2)を作成し、当時東京馬主協会の相談役の立場にあったHに送付した。4月3日には、「東京馬主協会改革有志の会」の名義で、協会の各会員に対し、理事会で原告が挙手による会長選出を強要したなどという、原告の理事会運営を批判する内容の記載をした「東京馬主協会改革の提言」と題する書面(甲3)を送付した。また、同じく有志の会名義で、各会員に対し、4月3日と4月7日の2回、原告の任務遂行に公私混同や権限濫用があるという内容の記載をした「甲理事の臨時総会における解任動議理由書」と題する書面(甲4、5)が送付された。
ウ B理事は、平成12年5月26日、東京都の公益法人係に対し、挙手による選挙は東京馬主協会の定款に違反するという内容の記載をした「東京馬主協会の平成12年3月30日の会長・常務理事の互選は無効である旨の行政指導を求める上申書」と題する書面(甲6の2)を送付した。
エ 平成12年8月21日、B理事は、Dの原告に対する不当利得返還請求訴訟の記録を謄写して、A理事に交付し、A理事は、これを被告丙に渡した。
オ 平成12年9月13日に開催された東京馬主協会の理事懇談会において、A理事が、原告は熱海ウインズ誘致計画に関し7億円の現金を受領していると追及し、原告はこれを否定した。その後のやり取りは、次のようなものであった。
 (A)分かりました。もし違っていれば、私のほうで責任を取りますので、会長の言われることがもし違っていれば、会長に責任をとっていただくと。
 (原告)あなたがそういうふうに思っているんだから、だからそういうふうになって、その時に7億とかのお金をもらっているのだったら辞めます。はっきり言って辞めます、皆さんの前で。だけどもらっていなかったら、あなた、ちゃんとしてくださいよ。
 (A)分かりました。
  (原告)それではそういうことで僕はいいと思います。
(2) 摘示事実の真実性
 以上の事実に基づき、本件記事のC、Dが摘示する事実の真実性について判断する。
ア A理事が原告に対し暗に辞任を求める発言をしたことは、本件記事のCで摘示されているとおりである。しかし、これに対して、原告が「違っていたら、お前こそ責任をとるんだろうな」と恫喝したという、Cが摘示する事実については、真実性の証明があるとはいえない。
 「恫喝」とは、脅して恐れさせることをいう。被告丙は、B理事が作成した報告書(甲2)に基づいて恫喝との言葉を使用したものと考えられる。しかし、(1)で認定したとおり、原告とA理事は議論を戦わせているのであり、売り言葉に買い言葉で、辞めるとか、ちゃんとしてくださいなどという話に至っているが、少なくとも、原告がA理事を脅して辞めさせようとする雰囲気はない。原告に「俺は辞める」とか「お前こそ責任をとるんだろうな」などという乱暴な口調も見られない。
イ 本件記事のDが摘示する事実について、証人Aは、原告のワンマン体制により、東京馬主協会の委員会活動は原告が首を縦に振らない限り進められず、委員会として機能しなくなっていたなどと供述する。
 しかし、その供述は、3月30日の理事会でのJ理事の発言に見られる認識とは異なるものであり、その裏づけとなるような証拠もない。Dが摘示する事実について、真実性の証明があるとはいえない。
5 その他の事実の真実性について
(1) タクシー券の使用
ア 証拠(甲8、乙9の1〜5、証人A、原告本人)と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
 原告は、東京馬主協会の会長在任当時、協会の事務局から1か月に1冊のタクシー券の交付を受け、これを使用していた(1冊25枚、金額制限なし)。その使用枚数は、交付を受けていた平成9年4月から平成12年10月までの1075枚(43冊)中、963枚であり、使用金額は、平成9年が148万8790円(月平均16万5421円)、平成10年が218万1970円(月平均18万1830円)、平成11年が288万1160円(月平均24万0096円)、平成12年が188万8210円(月平均15万7350円)の、合計844万0130円であった。
 原告在任中、本件記事の公表前には、東京馬主協会内で原告のタクシー券の使用状況は特に問題視されていなかったが、原告が平成12年12月5日に会長を解任された後、協会の監事による調査が実施された。
イ この事実によれば、原告はタクシー券を事務局から所定の枚数の交付を受けて使用していたのであり、恣意的に使っていたわけではない。使用金額も1か月平均20万円弱であり、東京馬主協会の会長という地位を考慮すれば不相当に多額とはいえない。本件記事が公表されるまではタクシー券の使用状況が問題とはなっていなかったことも考慮すると、本件記事のJが摘示する「原告が東京馬主協会のタクシー券を使い放題にしている」という事実につき、真実性の証明があるということはできない。
(2) 那須の土地への関与
ア 証拠(甲8、証人A、原告本人)と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
 東京馬主協会ほかの馬主の間では、競走馬の調教を中央競馬会の施設で独占的に行うという現在の内厩制度では、競走馬の育成が調教師の意向に左右され、馬主の意向が反映されにくいので、これとは別に、外厩という育成施設を新たに設置したいという提案がされており、原告は、東京馬主協会の委員会でこの提案を積極的に推進していた。
 委員会は、外厩の候補地として、栃木県那須郡湯津上村所在の土地を挙げ、中央競馬会に対し外厩制度の導入を提案した。その候補地には、提案以前にも、原告を含む委員会の委員が調査のため赴いたことがあり、所有者との間で土地の取得が可能かどうかの打診をしていた。
 外厩制度の導入は、調教師や厩務員労働組合の反対もあって頓挫したが、その後、中央競馬会が競馬学校を移転する計画を立てたので、その移転先となる用地の購入をめぐって、原告が那須の土地の所有者をH相談役に引き合わせたことがあった。
イ このような事実が認められるが、原告が那須の土地に関し、何らかの不透明な関与をしたものとは認めることができない。本件記事のKの記述は、B理事が作成した解任動議理由書(甲4、5)を参考にしたものと考えられるが、ほかに何らの裏づけもなく、その摘示事実について真実性の証明があるとはいえない。
6 除名処分と被告丙の関与について
(1) 本件記事の取材から原告の除名に至る経緯
 証拠(甲8、乙10の1・2、12〜14、証人A、原告本人、被告丙本人)と弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告丙は、東京馬主協会で平成12年3月30日開催の理事会が紛糾したなどという情報を得たので、同年7月ころ、この理事会の状況について、A理事とB理事を取材した。その際、B理事は、被告丙に対し、東京馬主協会は会長である原告のワンマン体制にあり、自由にものが言えない雰囲気があると述べた。
 この取材の後は、B理事は被告丙との直接の取材には応じなかったが、被告丙は、A理事とは1、2度面会し、電話でも取材したうえ、その内容を基礎として本件記事のI〜Kを構成した。9月7日には、原告からも事情を聴取したが、原告は、被告丙に対し「和解条項に開示禁止の合意があるので、熱海ウインズ誘致計画については説明できないが、やましい金銭は受け取っていない。3月30日の理事会での紛糾を含め、自分はA理事らにはめられている」などと答えていた。被告丙は、この際の原告とのやり取りをもとに、本件記事の原告の発言の引用部分を記述した。
 被告丙は、A理事から聴取した内容に基づいて本件記事のA〜Cを構成し、そのほか中央競馬会への取材の結果やA理事から交付を受けた訴訟記録の写しを基礎にして、本件記事を執筆した。
イ 本件記事が公表された後の平成12年10月6日、東京馬主協会の緊急常務会が開催され、原告は、日本馬主協会連合会の会長であり、東京馬主協会の名誉会長でもあるKから、熱海ウインズ誘致計画に関する騒動が収束するまで一時的に休養することを勧められたが、これを断った。
 原告は、同年12月5日の東京馬主協会の理事会において、協会の名誉を傷つけたとの理由で会長を解任され、協会からも除名された。除名理由の1つとして、原告が協会の役員の地位を利用して、熱海ウインズ誘致計画に関して莫大な金銭を受領したことが挙げられた。原告は、この除名処分が無効であると主張して、東京地方裁判所に会員の地位を保全する仮処分命令の申立てをしたが(平成13年(ヨ)第20007号事件)、平成13年3月14日、却下決定が出された。
(2) 被告丙の関与の有無
 本件記事は、全体として、A理事ほかの原告と意見を異にする反対派理事の発言に沿った内容となっており、その公表の前後における東京馬主協会の動きを見れば、本件記事が原告の解任、除名決議に大きな影響を及ぼしたことは疑いがない。しかし、本件記事の主題である熱海ウインズ誘致計画をめぐる多額の金銭の受領と金銭トラブルの存在については、真実であると認められるのであり、被告丙が、周辺事実の確認もせず、一方的に内容虚偽の事実を作り上げたわけではない。
 もっとも、この金銭トラブルというのも、すでに2年前の平成10年7月に訴訟上の和解によって解決済みの問題であり、なぜこの時期にその問題を採り上げるのかについては、疑問がないわけではない。しかし、この点についても、(1)で認定した事実以上の事実関係を認定すべき証拠はなく、被告丙が、原告を東京馬主協会から排除しようと企んだA理事とB理事に加担して、原告を誹謗中傷する意図をもって本件記事を執筆したとまではいうことができない。
7 原告の損害について
(1) 以上のとおり、本件記事が摘示する事実について、真実であると認められるのは、熱海ウインズ誘致計画に関して、東京馬主協会の役員の地位にあった原告が、中央競馬会への影響力を見込まれて、2つの業者から不相当に多額の金銭を受領し、その後、両者から、いったん受領した金銭の返還を求められるトラブルがあったという事実と、そのことを被告丙から聞かされて、中央競馬会が不快感を表明したという事実だけである。
 原告が熱海ウインズ誘致計画に関して何らかの不正な行為をしたものとは認めることができないから、この金銭の授受について「裏ガネ」と摘示するのは誤りであり、「疑惑」という表現を繰り返し使用して論評をすることは、公正な論評として許される範囲を逸脱している。
 また、本件記事が摘示する事実のうち、競馬関係者からも疑惑が真実であれば責任を取って会長を辞任すべきだとの声がわき上がっているという事実や、原告がA理事を恫喝したという事実、東京馬主協会が原告のワンマン体制にあって原告に逆らう理事は辞めさせられ、自由に意見が言えない雰囲気があるという事実、原告が東京馬主協会のタクシー券を使い放題にしているという事実、那須の土地に関しても原告の名前が見え隠れしているという事実については、いずれも真実性の証明がない。
 したがって、被告らは、これらの記述や表現によって原告の名誉を毀損したことにつき、不法行為責任を負うこととなる。
(2) 被告らの不法行為によって低下した原告の社会的評価を回復させるための措置として、謝罪広告の掲載を命じる必要性は乏しいと考える。
 なぜなら、本件記事の主題である熱海ウインズ誘致計画をめぐる多額の金銭の受領と金銭トラブルの存在については、真実であると認められるのであり、不相当に多額の金銭を受領したことについては、東京馬主協会の役員の地位を利用したという評価を受けてもやむを得ない面があるからである(なお、原告の除名処分の適否は、東京馬主協会の内部問題であり、本件の争点ではない)。
(3) 本件記事の主題の部分については、不法行為が成立しない。しかし、本件記事では、公益法人の会長の適格性を問うという、原告に重大な影響を及ぼしかねない問題を扱うのであるから、被告らは、その執筆や掲載に当たっては、主題部分のみならず、周辺事情の記述についても、原告に対する批判としての公正さを失うことのないよう、慎重な配慮をすべきであった。
 ところが、被告丙は、原告が何らかの不正な行為をしたのではないかという疑念を抱かせる「疑惑」、「裏ガネ」という表現を使用し、さらに、周辺事情の記述についても「声がわき上がっている」、「会長のいうなりになっている」、「さからう理事ははずしてしまう」、「使い放題」、「ちらついています」などと誇張された、あるいは、原告の不正や不当性を暗示するかのような表現を随所に使用している。これらの周辺事情の記述については、裏づけを取らないまま、B理事が作成した書面の内容をそのまま使用したと考えられるものもあり、特にタクシー券や那須の土地の問題については、被告丙が原告に内容の真偽を確認した形跡もない。
 このほか、「週刊朝日」の発行部数が55万部であることなど、本件審理に現れた一切の事情を考慮すると、被告らの名誉毀損行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料として、200万円を認めるのが相当である。また、その不法行為と相当因果関係がある弁護士費用として、20万円を認める。

東京地方裁判所民事第35部
 裁判長裁判官 片山良広
 裁判官 松田典浩
 裁判官 釜田ゆり


(別紙1)
謝罪広告
 当社発行の「週刊朝日」2000年9月29日号において、社団法人東京馬主協会の会長であられた甲氏が、熱海の場外馬券売り場開設事業に関して不正な金銭を受領するなど東京馬主協会会長にあるまじき行為を行ったという記事を掲載いたしました。この記事は、反対派の理事からの資料提供を受けて作成したものでありましたが、事実の確認を怠ったため、事実に反するものとなってしまいました。十分な取材を行わないまま記事を公表したことにより、甲氏の名誉及び信用を著しく傷つけました。ここに、記事内容を取り消すと共に、甲氏に対して深く謝罪申し上げます。
 株式会社朝日新聞社
 代表取締役L
 甲 殿

(別紙2)
掲載条件
(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞)
1 3段×15センチメートル
2 見出し「謝罪広告」は、5倍明朝体活字
3 本文は、2倍明朝体活字
4 氏名・宛名は、3倍明朝体活字
(週刊朝日)
1 掲載面 本文活版
2 スペース 横20センチメートル、縦20センチメートル
3 活字の大きさ 見出し「謝罪広告」は、62級明朝体活字
 本文は、20級明朝体活字
 氏名・宛名は、24級明朝体活字

(別紙3)
本件記事(全文は添付写しのとおり)
@ 社団法人の東京馬主協会が大モメにモメている。会長を七年務めている甲氏(69)が、中央競馬会の熱海場外馬券売り場建設計画にからんで多額の現金を受け取っていた疑惑が明るみに出たからだ。本誌は、その誘致トラブルの裁判記録を入手したが、競馬サークルの各方面からは「本当なら甲会長は責任を取るべきだ」という声がわき上がっている。(31頁リード部分)
A 「昔の話ではありますが、熱海の場外馬券売り場建設計画にからんで、甲会長が候補地となっていた業者から多額の現金を受け取っていた疑惑がある。東京地裁で裁判になって、すでに和解しているが、不明朗なカネの流れがあったのは事実」(31頁2〜3段)
B 「私の調べでは甲会長は複数の業者から七億円あまりを受け取っている。名目はコンサルタント料にしても多額すぎる」(31頁3段)
C さらにA理事が、「もし事実だったら責任をとるんですか」と暗に辞任を求める発言をすると、「へんなカネをもらっていたことがわかれば俺は辞める。違っていたら、お前こそ責任をとるんだろうな」と恫喝したという。(32頁1段)
D 「甲会長のワンマン体制で何でも会長のいうなりになっている。自分にさからう理事ははずしてしまうし、自由に意見が言えない雰囲気がある」(32頁2段)
E それはともかく、甲会長の金銭疑惑は本当なのだろうか。(32頁3段)
F これだけを見ると、甲会長がどれだけの現金を受け取っていたのか、はっきりしない。(32頁5段)
G 原告側が主張していた成功報酬ではないにしろ、コンサルタント料などの名目で巨額のカネが甲会長側に流れていたことは間違いない。(33頁1段)
H 公益法人のトップである甲会長(当時は副会長)の金銭疑惑だけに問題は大きい。(33頁2段)
I 「熱海の件では甲会長は二回トラブルを起こしていたのです。破産したO社からは三億二千七百万円の不当利得返還を求められて一億円で和解。このときは甲会長の自宅などが一時差し押さえられたのです。その和解金を今度はK社に立て替え払いしてもらったうえに二億六千万円受け取っていたわけですから、合わせると約七億円になります」(33頁2〜3段)
J 「甲会長は馬主協会のタクシー券などを使い放題にしている」(33頁3段)
K 「それに中央競馬会が競馬学校用地として購入しようとしている那須の土地でも甲会長の名前がちらついています」(33頁3段)
L 裏ガネは不愉快 中央競馬会怒る(33頁3段小見出し)
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