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【事件名】「ポロ」の商標登録事件C(2)
【年月日】平成14年4月25日
 東京高裁 平成13年(行ケ)第468号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成14年2月21日)

判決
原告 ポログランドジャパン株式会社
訴訟代理人弁理士 草野浩一
被告 ザ ポロ/ローレン カンパニー リミテッド パートナーシップ
訴訟代理人弁理士 曾我道照
同 黒岩徹夫
同 岡田稔


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が平成9年審判第8720号事件について平成13年9月12日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、別紙審決書の写しの別掲(1)本件商標欄に表示した構成から成り、指定商品を第17類「被服、その他本類に属する商品」とする、商標登録第2718785号商標(平成4年1月14日登録出願、平成8年12月25日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 被告は、平成9年5月27日、本件商標の商標登録を無効にすることについて審判を請求した。
 特許庁は、これを平成9年審判第8720号事件として審理し、その結果、平成11年6月11日に、「登録第2718785号の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決をした。
 原告は、上記審決に対し、審決取消訴訟を提起した。東京高等裁判所は、これを平成11年(行ケ)第254号審決取消請求事件として審理し、平成11年1月27日に、上記審決を取り消す旨の判決をした。
 特許庁は、これに基づき、上記審判事件を再び審理し、その結果、平成13年9月12日に、「登録第2718785号の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決をし、その謄本を、平成13年9月22日、原告に送達した。
2 審決の理由
 審決は、別紙審決書写しのとおり、本件商標は、登録第2691725号の商標(平成2年8月21日登録出願され、平成6年8月31日設定登録されたもので、別紙審決書写しの別掲(2)引用商標欄に表示した構成から成り、指定商品を17類「被服、その他本類に属する商品」とする。以下「引用商標」という。)と同一又は類似の商標であり、これをその指定商品である「被服等」に使用した場合には、これに接する取引者・需要者は、本件商標を付した商品が、アメリカ合衆国の著名なデザイナーであるラルフ・ロ―レン又は同人と組織的・経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがあるとして、本件商標は、商標法4条1項15号に該当すると認定判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決の理由のうち、1(本件商標)、2(請求人の引用する商標)、3(請求人の主張)及び4(被請求人の答弁)は認める。5(当審の職権証拠調べ結果通知)については、7頁11行ないし14行を争い、その余を認める。6(当審の判断)は争う。
 審決は、引用商標に関する概念を混乱させ、そのため、尽くすべき審理を尽くしておらず(取消事由1)、本件商標と引用商標とが同一又は類似の関係に立つと誤って認めたため、出所の混同のおそれについての認定判断を誤った(取消事由2)。審決の犯したこれらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用商標に関する概念の混乱による審理不尽)
 「引用商標」という語は、証拠調べ通知書(甲第4号証)において、「そのデザインに係る一群の商品には、横長四角形中に記載された「Polo」の文字と共に「by RALPH LAUREN」の文字及び馬に乗ったポロ競技のプレーヤーの図形の各商標(以下、これらをまとめて「引用商標」という。)が用いられ、これらは「ポロ」の略称でも呼ばれている。」という形で、@横長四角形中に記載された「Polo」の文字から成る標章、A「by RALPH LAUREN」の文字から成る標章、B「馬に乗ったポロ競技のプレーヤー」の図形より成る標章の三つをまとめて表すものと、明確に定義されている。にもかかわらず、審決においては、これら3標章に関して、「横長四角形中に記載された「Polo」の文字、「by RALPH LAUREN」の文字、「馬に乗ったポロ競技のプレーヤー」の図形及びこれらを組み合わせた標章(以下、「ラルフ・ローレン標章」という。別掲(3)に示したものはその組み合わせの一態様を表す。)」(審決書9頁17行〜20行)と述べたり、「証拠調べ通知における「引用商標」とは、ラルフ・ローレンのデザインに係る一群の商品に表される横長四角形中に記載された「Polo」の文字、「by RALPH LAUREN」の文字、「馬に乗ったポロ競技のプレーヤー」の図形よりなる標章及びこれらを組み合わせた標章をいうことは明らかであり、」(審決書13頁16行〜20行)と述べたりしている。これは、証拠調べ通知書では、@横長四角形中に記載された「Polo」の文字から成る標章、A「by RALPH LAUREN」の文字から成る標章、B「馬に乗ったポロ競技のプレーヤー」の図形より成る標章の三つのみをまとめて表すものと定義されていた「引用商標」の定義が、Cこれらを組み合わせた標章、をも含むものに変更されたことを意味する。
 また、審決は、「引用商標は、ラルフ・ローレン標章の「馬に乗ったポロ競技のプレーヤー」の図形標章に該当し」(審決書11頁16行〜17行)とも述べている。
 このように、審決は、引用商標の語について、その概念を混乱させ、そのため、審理を十分に尽くさないままに結論に至っているから、取り消されるべきである。
2 取消事由2(混同のおそれについての認定・判断の誤り)
(1) 引用商標の周知性の希薄化等
 引用商標の周知性を立証する証拠として審決が掲げた証拠の中には、ここ10年以上の間に公刊された証拠がない。引用商標の周知性は、遅くとも、本件商標の登録査定時までには、低下し、希薄化しているというべきである。
 審決は、その6(1)(オ)(審決書10頁24行〜末行)において、9件の判決を挙げて、引用商標の著名性の立証の支えにしようとしている。しかし、これらの判決は、いずれも、図形商標である引用商標に関してではなく、文字商標に関してなされた判決であって、引用商標の著名性を認定しているものではない。
(2) 本件商標の認定の誤り
 審決は、「本件商標は、別掲(1)に表示したとおり、前脚を少し「く」の字に折った状態の馬に、顔面を斜め右下に向け、先端を曲げた棒状のものを振りかざして乗っている人を斜め前方から描写してシルエット風に表したものである。」(審決書11頁19行〜22行)と認定している。しかし、この認定は、本件商標の重要な特徴を捨象することによりなされたものであり、誤っている。
 本件商標の構成及びその外観上の特徴は、「脚が太い、走っている農耕馬に、太い棒状の鋤若しくはその他の農具を肩に担いだ人間が騎乗している様をやや斜め前方から描写し、影絵のように全体を真っ黒なシルエットにより表して成り、騎乗している人間は、背を丸め、前かがみの姿勢をしているので、スポーツマンのようにスマートではなく、いかにも泥臭い農夫の印象を与える。馬も、脚が太く、尻は下がり気味で、首や顔もおずおずと下向き加減で競走馬のような元気さのない、農耕馬あるいはいわゆる駄馬であり、これに騎乗している人間が担いでいるのは、丸太ん棒のように太くて比較的短い農具であり、その手元部は少し曲がって細くなり、反対側の先端部は鉤形に曲がっている、この軸の太い農具は、重いから振りかざすには適さず、農夫の肩に接して担がれている。」というものである。
 本件商標がこのようなものである以上、そこから特定の観念や称呼が生じるとは考えにくい、というべきである。本件商標から生じる観念や称呼を強いていえば、黒馬農夫、あるいは、走る駄馬と農夫、ということになろう。本件商標から「ポロ」の観念や称呼も生じることはなく、まして、「ラルフ・ローレン」のような瀟洒な観念が想起されることなど、あり得ることではない。
(3) 引用商標の認定の誤り
 審決は、「引用商標は、別掲(2)に表示したとおり、やはり前脚を少し「く」の字に折った状態の馬に、顔面を斜め右下に向け、ポロゲームに使用するマレットを振りかざして乗っているポロプレーヤを、斜め前方から描写して黒色で表したものである。」(審決書11頁22行〜25行)と認定しているが、誤りである。
 審決は、引用商標を「黒色で表したものである」というが、黒色で表されているのは、本件商標であり、引用商標ではない。引用商標は、黒地に白抜き線を巧妙に使って、人物も馬も繊細かつ写実的に描写して、一見してポロ競技の人馬とわかるように表している。すなわち、引用商標のポロプレーヤは、白抜き線で、ヘルメットも、顔の中の目も、腕も胴体や足も、明瞭に描き出されている。馬の目鼻も白抜き線で明瞭に描かれていて、馬の顔は、昂然と前方へ上げられ、正に、ファイティングポーズをとっているような印象さえ伺えるのである。黒一色では、このような印象を描き出すことはできない。
 このように、引用商標は、白抜き線による描出態様からも、一見してポロ競技者を表したものと分かるものである。
(4) 両者の比較の誤り
 審決は、「両者は、仔細にみれば馬の脚の太さ、騎手の持ち物等において相違するところがあるとしても、上記状態の馬に騎乗した者が棒状の器物を振りかざしている点において構成の軌を一にするものであり」(審決書11頁26行〜28行)と認定しているが、誤りである。引用商標のものは、明らかにポロ競技のマレットである。審決の「棒状の器物を振りかざして」という共通点のくくり方は、本件商標にとっても、引用商標にとっても、明らかに間違いである。
 審決は、「時と所を別にしてみるときは全体の外観において彼此相紛らわしいものといわざるを得ない。」(審決書11頁28行〜30行)と認定しているが、これも誤りである。引用商標をみて、ポロ競技と認識できるのは、ポロ愛好者というべき人々であり、このような人々が、時と所を別にして、本件商標を見たとしても、これを引用商標と混同するという事態は起こり得ない。また、ポロ競技と無縁な人々は、ラルフ・ローレンとも無縁であろうから、このような人々が、本件商標と引用商標との間で、その出所を混同するという事態は起こらない。
 審決は、「本件商標の指定商品の分野においては、例えば、被服について商標を胸部のワンポイントマークとして表示したり、靴下の布地に小さく直接表示し、襟首部分又は下げ札に小さく表示する慣行があることからすれば、商標が常に鮮明に表示されるとは限らず、かかる場合にあっては本件商標と引用商標の相違点は直ちには判別し難いほどのものといえる。」(審決書11頁30行〜34行)と認定判断しているが、誤りというべきである。登録商標の範囲は、願書に添付した商標見本に基づいて定めるべきことが法定されている。この商標見本に示す商標間に相違があるならば、表出態様が小さくなっても相違は相違として残るはずである。商標が小さくなれば、本件商標と引用商標との見分けがつかなくなるというような判断は、商標法の解釈を誤ったものである。
 審決は、「本件商標をその指定商品である「被服等」に使用した場合には、これに接する取引者、需要者は、・・・明らかに引用商標と同一又は類似するものと認められ、著名である引用商標を連想、想起し、該商品がラルフ・ローレン又は同人と組織的若しくは経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかの如く出所の混同を生ずるおそれがある」(審決書11頁35行〜12頁1行)と認定しているが、これも誤りである。ポロ競技を知っている顧客は、引用商標をみれば、ポロ競技を想起するであろうが、本件商標からはポロ競技を想起することは到底できない。本件商標は、引用商標とは全く異なる印象を与える商標であり、だれも、本件商標からラルフ・ローレンを想起することはできない。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定・判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
1 取消事由1(引用商標に関する概念の混乱による審理不尽)について
 原告は、「引用商標」の語の定義が、証拠調べ通知書(甲第4号証)におけるのと審決におけるのとで相違があるなど、審決は、引用商標の語についてその概念を混乱させ、そのため、審理を十分に尽くさないままに結論に至っている、と主張する。
 しかし、証拠調べ通知書が、「そのデザインに係る一群の商品には、横長四角形中に記載された「Polo」の文字と共に「by RALPH LAUREN」の文字及び馬に乗ったポロ競技のプレーヤーの図形の各商標(以下、これらをまとめて「引用商標」という。)が用いられ、これらは「ポロ」の略称でも呼ばれている。」という形で「引用商標」を定義したのは、証拠調べの対象を明確に特定し、そこで「引用商標」と定義されたもの全体を認定判断の対象とすることを明らかにしようとしてのことである。また、審決が「ラルフ・ローレン標章」と定義したものは、証拠調べ通知で開示した証拠においてラルフ・ローレンのデザインに係る商品を表彰する商標として使用されている各標章を包括的に表示するものであり、「「Polo」の文字、「by RALPH LAUREN」の文字、「馬に乗ったポロ競技のプレーヤー」の図形よりなる標章及びこれらを組み合わせた標章」(審決書13頁18行〜20行)であり、証拠調べ通知書における引用商標と同じ標章を意味している。したがって、証拠調べ通知書において使用された「引用商標」の概念は、審決においても同じ意味に使用されているのである。
2 取消事由2(混同のおそれについての認定・判断の誤り)について
(1) 引用商標の周知性の希薄化について
 被告は、最近においても、新聞に引用商標の広告を定期的に掲載している。また、審決にいう「ラルフ・ローレン標章」すなわち、「横長四角形中に記載された「Polo」の文字、「by RALPH LAUREN」の文字、「馬に乗ったポロ競技のプレーヤー」の図形及びこれらを組み合わせた標章」の偽ブランド商品は、現在も継続的に出回っている。これらの事実によれば、引用商標が、ラルフ・ローレンのデザインに係る商品に付される商標として、我が国の取引者・需要者の間で広く認識され、強い顧客吸引力を有しているという状態は、現在においても継続していることが、明らかである。
(2) 本件商標と引用商標との共通性
 本件商標と引用商標とは、前脚を少し「く」の字に折った状態の馬、先端の曲がった棒状のものを振りかざし、顔面を斜め右下に向けている状態の騎手を斜め前方から黒色をベースに描出している点において、基本的な特徴の共通性を有するものである。両者が全体の外観において紛らわしく、出所の混同を生ずるおそれがある、とした審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 本件商標の商標登録出願時における商品の出所の混同のおそれについて
 商標法4条1項15号の「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者・需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品又は指定役務の取引者・需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきものである(最高裁平成12年7月11日第3小法廷判決民集54巻6号1848頁、最高裁平成13年7月6日第2小法廷判決判例時報1762号130頁)。
(1) 甲第5ないし第20号証、乙第13号証の1ないし4、乙第14ないし第29号証によれば、次の事実が認められる。
 ラルフ・ローレンは、1939年(昭和14年)生まれのアメリカの服飾等のデザイナーである。同人は、1970年、73年の2回にわたりアメリカのファッション界では最も権威があるとされるコティ賞を受賞し、1974年には映画「華麗なるギャツビー」の男性衣装を担当するなどして、世界的に知られるようになった。ラルフ・ローレンがデザインした紳士服、ネクタイ等には、引用商標(「馬上の競技者が、先端が小さなT字状になった棒のような物を持っている図形標章」)、横長四角形中に記載された「Polo」(ないし「POLO」)の文字からなる標章、「by Ralph Lauren」(ないし「by RALPH LAUREN」あるい「RALPH LAUREN」)の文字から成る標章が、それぞれ単独で、又は、それらの全部あるいは一部が組み合わされて使用されてきている(以下、これらのうちのそれぞれも、これらが組み合わされたものも、いずれも「ラルフ商標」という。)。我が国においては、日本でのラルフ・ロ―レンのデザインに係る商品の輸入・製造・販売のライセンス(許諾)を得ていた西武百貨店(ただし、眼鏡、ネクタイのライセンスは、別の会社が有していた。)が、昭和52年ころからその販売等を開始し、昭和62年におけるラルフ商標を付した商品の小売販売高が約330億円となり、平成元年には、第三者が、ラルフ商標ないしこれに酷似した標章を付した偽ブランド商品を販売していたとして摘発されるという事件が発生し、平成元年5月19日付け朝日新聞夕刊(甲第17、乙第26号証)に「『ポロ』の偽大量販売 警視庁通信販売会社を摘発・・・『Polo(ポロ)』の商標で知られるラルフローレンブランド・・・米国の『ザ・ローレン・カンパニー』社の商標・デザインで西武百貨店が日本での独占製造販売権を持っている『Polo』の商標と、乗馬の人がポロ競技をしているマーク・・・」との記事が掲載されるなど、ラルフ商標は、顧客吸引力を有するに至っていた。ラルフ商標は、本件商標の商標登録出願前から、各種雑誌等において、ラルフ・ローレンのデザインに係る紳士服、婦人服、眼鏡を始めとする商品に付される商標ないしそのブランドとして、「ポロ」、「POLO」、「Polo」のブランド名の下に紹介されていた。
 上記認定事実の下では、本件商標の商標登録出願時(平成4年1月14日)までには、ラルフ商標は、「ポロ」(「POLO」ないし「Polo」)の商標などと呼ばれ、これを付した商品も、ブランドとして「ポロ」(「POLO」ないし「Polo」)と呼ばれて、いずれも、紳士服、婦人服、眼鏡等のファッション関連商品について、ラルフ・ローレンのデザインに係る商品に付される商標ないしそのブランドとして著名となっていた、ということができる。
(2) 本件商標が使用される商品である「被服、その他本類に属する商品」は、主たる需要者は、老人から若者までを含む一般大衆であって、その商品「被服、その他本類に属する商品」に係る商標やブランドについて、詳しくない者や中途半端な知識しか持たない者も多数含まれている。そして、このような需要者が購入する際は、恒常的な取引やアフターサービスがあることを前提にメーカー名、その信用などを検討して購入するとは限らず、そのような検討もなくいきなり小売店の店頭に赴いたり、ときには通りすがりにバーゲンの表示や呼び声につられて立ち寄ったりして、短い時間で購入商品を決定することも少なくないものである(以上の事実は、当裁判所に顕著である。)。
 また、乙第2ないし第4号証の各1・2、第5ないし第12号証によれば、引用商標あるいはラコステの図形商標(わにの姿を著したもの)が、被服等にいわゆるワンポイントマークとして表示されていることが認められ、本件商標のような図形商標は、その指定商品である被服、その他本類に属する商品の分野において使用される場合、ワンポイントマークとして表示されることが少なくないであろうと予測することができる。
 本件商標についての混同のおそれの判断は、以上のような取引の実情における需要者の注意力及びワンポイントマークとして使用される蓋然性を十分に考慮に入れて、なされるべきである。
(3) 本件商標は、前脚を少し「く」の字に折った状態の馬に、顔を斜め下に向け、先端を曲げた棒状の物を持って乗っている人を、斜め前方から描写して黒色で表した図形と理解されるものであり、それが見る者の注意を引くところである。そして、上記図形は、前脚を少し「く」の字に折った状態の馬に、顔を斜め下に向け、先端を曲げた棒状の物を振りかざして乗っている人を、斜め前方から描写して黒色で表した図形である点で、ラルフ商標のうちの引用商標とその図形的特徴を共通にしているものである。
 そうすると、本件商標がその指定商品である、「被服、その他本類に属する商品」に使用された場合、特に、これらの商品にワンポイントマークとして使用された場合には、これに接した取引者・需要者は、前脚を少し「く」の字に折った状態の馬に、顔を斜め下に向け、先端を曲げた棒状の物を持って乗っている人を、斜め前方から描写して黒色で表した図形である点において、ラルフ商標のうちの引用商標と共通する図形であることに着目し、細部における両者の相違点に気付かずに、あるいは、細部の構成の差異に気付いたとしても、これを兄弟ブランドないしファミリーブランドと誤解し、当該商品をラルフ・ローレン又は同人と組織的・経済的に密接な関係がある者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがあるものというべきである。
 「ポロ」(「POLO」ないし「Polo」)の商標と呼ばれるラルフ商標が著名であり、強い顧客吸引力を有していることからすれば、ラルフ・ローレンと関係のあるラルフ商標であることには大きな価値があるから、本件商標について、ラルフ商標中のワンポイントマークとして、ポロとの称呼、観念が生じ、これをラルフ・ローレンと組織的・経済的に密接な関係を有する者の業務に係る商標と把握して取引したとしても、決して不自然ということはできない。そして、取引者、特に販売者が、本件商標を、「ポロ」の商標と呼んだとき(前示のとおり、このこと自体を不自然ということはできない。)、需要者は、本件商標の上記の図形的特徴に着目して、それが「ポロ」の商標であるから、ラルフ・ロ―レンに係る著名な「ポロ」の商標であると誤解し、あるいは、ラルフ・ロ―レンに係る著名な「ポロ」の商標とは細部の構成が異なることに気付いたとしても、同じ「ポロ」の一種であって、ラルフ・ローレンと組織的・経済的に密接な関係を有する者による兄弟ブランドないしファミリーブランドであると誤解して、その出所について混同を生ずるおそれがあるものというべきである。
 もとより、上記は、原告がそのような方法で出所の混同を発生させることを意図して本件商標の登録出願をしたという趣旨ではない。しかし、商標がいったん登録された場合には、自由に譲渡されたり使用権が設定されたりし得るものであるから、出所の混同のおそれは、出願人の出願の意図とは関係なく、取引の実情に基づき客観的に判断せざるを得ないのである。
2 登録査定時における商品の出所の混同のおそれについて
 甲第18ないし第20号証、乙第27ないし第30号証によれば、本件商標の商標登録出願時(平成4年1月14日)以後、登録査定時(登録時である平成8年12月25日の少し前の時点)を経てその後にかけても、平成4年9月23日付け読売新聞東京本社版朝刊(甲第18、乙第27号証)に「アメリカの人気ブランド『ポロ』・・・のロゴ『ポロ・バイ・ラルフ・ロ―レン』に酷似したマークのTシャツを販売していた神戸市内の販売店は7月、商標法違反の疑いで兵庫県警に摘発された。」との、平成5年10月13日の読売新聞大阪地方版朝刊(甲第19、乙第28号証)に「偽『ポロ』眼鏡枠を摘発・・・ポロ競技のマークで知られる米国のファッションブランド『POLO(ポロ)』の製品に見せかけた眼鏡枠を販売していた・・・を逮捕した。」との、平成10年6月8日付け朝日新聞西部版夕刊(甲第20、乙第29号証)に「偽ブランドの販売で元社長に有罪判決・・・米国ブランド『ポロ』などのマークが入った偽物のセーターやポロシャツ」との記事が掲載されていることが認められる。この事実の下では、「ポロ」(「POLO」ないし「Polo」)の商標などと呼ばれるラルフ商標の著名性は、本件商標の商標登録出願時後も登録査定時を経てその後に至るまで継続しており、また、ラルフ商標の顧客吸引力に着目して偽「ポロ」ブランド商品を販売する者も絶えなかったということができる。
 そして、本件商標の商標登録出願時から登録査定時までの間に、前記1で認定した事情に変化があったものと認めるに足りる証拠はないから、登録査定時においても、前記1で認定した混同のおそれは、なお継続していたものと認められる。
3 混同のおそれに関する原告の取消事由2の主張について
(1) 引用商標の周知性の希薄化について
 原告は、審決が掲げた証拠の中には、ここ10年以上の間に公刊された証拠がなく、引用商標の周知性は低下し、希薄化している、と主張する。しかし、登録査定時においても前記1で認定した混同のおそれはなお継続していた、と認められることは前記2のとおりである。原告の上記主張は採用することができない。
 原告は、審決が、その6(1)(オ)(審決書10頁24行〜末行)において挙げた9件の判決は、いずれも、図形商標である引用商標に関してではなく、文字商標に関してなされた判決であって、引用商標の著名性を認定しているものではないと、主張する。しかし、審決は、書証により、審決書6(1)(ア)ないし(エ)の事実を認定し、その上で、ラルフ・ローレン標章の周知性を判断したものである(審決書8頁36行〜11頁15行)。当裁判所も、前記1、2から明らかなように審決が掲げた証拠等により審決が認定した上記事実を認定することができ、引用商標の周知性を認定することができると判断するものである。したがって、原告が主張する判決が引用商標の周知性を認定しているかどうかは、前記1、2に認定した引用商標の周知性、及び、混同のおそれの認定判断には何ら影響しない事柄である。原告の主張は、失当である。
(2) 混同のおそれについて
 原告は、本件商標は、脚が太い、走っている農耕馬に、太い棒状の鋤若しくはその他の農具を肩に担いだ人間が騎乗している様をやや斜め前方から描写したものであるのに対し、引用商標は、黒地に白抜き線を巧妙に使って、人物も馬も繊細かつ写実的に描写して、一見してポロ競技の人馬と分かるように表しており、引用商標をみて、ポロ競技と認識できる人は、ポロ愛好者というべき人々であるから、このような人々が、時と所を別にして、本件商標を見たとしても、これを引用商標と混同するという事態は起こり得ない、また、ポロ競技と無縁な人々は、ラルフ・ローレンとも無縁であろうから、本件商標あるいは引用商標をみて、その出所を混同するという事態は起こらない、と主張する。
 本件商標は、審決書の別掲(1)本件商標欄に表示されたとおり、前脚を少し「く」の字に折った状態の馬に、顔面を斜め下に向け、先端を曲げた棒状のものを振りかざして乗っている人を、斜め前方から描写して黒色で表したものであり、これに対し、引用商標も、審決書の別掲(2)引用商標欄に表示されたとおり、やはり前脚を少し「く」の字に折った状態の馬に、顔面を斜め下に向け、ポロゲームに使用するマレットを振りかざして乗っているポロプレーヤーを、斜め前方から描写して黒色で表したものである。両者は、前脚を少し「く」の字に折った状態の馬に、顔面を斜め下に向け、先端を曲げた棒状のものを振りかざして乗っている人を、斜め前方から描写して黒色で表したものである点において共通していることは、前記1のとおりである。
 そして、前記1のとおり、引用商標がラルフ・ローレンのデザインに係る商品に付される商標として著名であり、本件商標が引用商標と指定商品を共通にしていること、及び、被服等の商品の需要者の前記1のような取引の実情における注意力、並びに、引用商標は、被服等にワンポイントマークとして使用されており、本件商標も、その指定商品である被服、その他本類に属する商品の分野において使用される場合、ワンポイントマークとして表示される蓋然性が高いことからすれば、原告が主張するような本件商標と引用商標との間の相違点は、直ちには判別し難い程度のものということができるのである。
 原告は、この点について、登録商標の範囲は、願書に添付した商標見本に基づいて定めるべきことが法定されている、とも主張する。
 商標法27条1項が、登録商標の範囲は、「願書に添付した書面に表示した商標」(平成8年法律第68号による改正前)あるい「願書に記載した商標」(同改正後)に基づいて定めなければならない、と規定していることは、原告主張のとおりである。しかし、商標法4条1項15号の「混同を生ずるおそれ」の有無は、前記のとおり、取引の実情も考慮して判断されるのであるから、引用商標と本件商標がワンポイントマークとして使用されること等をも考慮して、「混同を生ずるおそれ」の有無を判断することは、何ら商標法27条1項の趣旨に反するものではない。原告の主張は失当である。
4 取消事由1(引用商標に関する概念の混乱による審理不尽)について
 原告は、審決は、引用商標の語について、その概念を混乱させ、そのため、審理を十分に尽くさないままに結論に至っているから、取り消されるべきである、と主張する。原告の主張は、「引用商標」の語が、証拠調べ通知書(甲第4号証)において、「そのデザインに係る一群の商品には、横長四角形中に記載された「Polo」の文字と共に「by RALPH LAUREN」の文字及び馬に乗ったポロ競技のプレーヤーの図形の各商標(以下これらをまとめて「引用商標」という。)が用いられ、これらは「ポロ」の略称でも呼ばれている。」と定義されたことをとらえ、これと審決のいう「引用商標」あるいは「ラルフ・ローレン標章」との間に不一致があるとするものである。 
 しかし、審決は、審決書の別掲(2)引用商標の欄で表示された登録第2691725号商標を「引用商標」というと(審決書2頁4行〜8行)、また、「横長四角形中に記載された「Polo」の文字、「by RALPH LAUREN」の文字、「馬に乗ったポロ競技のプレーヤー」の図形及びこれらを組み合わせた標章」を「ラルフ・ローレン標章」というと(審決書9頁17行〜19行)、それぞれ述べることにより、「引用商標」及び「ラルフ・ローレン標章」の語を明確に定義しているのであり、そこに、「引用商標」に関する概念の混乱はない。審決は、このように、「引用商標」と「ラルフ・ローレン標章」を明確に定義した上でこれらの語を使用していることが明らかであり、また、証拠調べ通知書における「引用商標」の定義と、審決における「引用商標」の定義とが同一である必要はないことも明らかなことであるから、これをもって審理不尽の違法があるとする原告の主張は、理解し難く、主張自体失当というべきである。
5 以上によれば、「本件商標をその指定商品である「被服等」に使用した場合には、これに接する取引者、需要者は、・・・明らかに引用商標と同一又は類似するものと認められ、著名である引用商標を連想、想起し、該商品がラルフ・ローレン又は同人と組織的若しくは経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかの如く出所の混同を生ずるおそれがある」(審決書11頁35行〜12頁1行)との審決の認定に誤りはないことが明らかである。
6 一方で、商標法4条1項15号は、「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)」と規定しており、他方、本件商標と引用商標との関係に関して審決が正当に行った認定の下では、本件商標が、引用商標との関係において、商標法4条1項11号に該当するものであることは明らかであるから、同商標を15号の規定に該当するものとした審決は、法令の適用を誤ったものという以外にない。しかし、審決のこの誤りは、その結論に影響を及ぼすものでないことが明らかであるから、取消事由とはなり得ない。
第6 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 設樂隆一は都合により、
 裁判官 宍戸充は転勤のため、いずれも署名押印することができない。

裁判長裁判官 山下和明
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