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【事件名】整体マニュアル本の無断使用事件
【年月日】平成14年4月16日
 東京地裁 平成12年(ワ)第15123号 出版差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成14年2月12日)

判決
原告 A
訴訟代理人弁護士 藤原宏高
同 堀籠佳典
同 九石拓也
被告 B
被告 有限会社村上整体専門医学院
被告 全国カイロプラクティック師会
被告3名訴訟代理人弁護士 藤澤知之
被告 有限会社創作舎
訴訟代理人弁護士 野々山哲郎


主文
1 被告有限会社村上整体専門医学院は、別紙物件目録記載1の書籍の印刷、出版、販売又は頒布をしてはならない。
2 被告B、被告有限会社村上整体専門医学院及び被告有限会社創作舎は、原告に対し、連帯して金75万円及びこれに対する被告有限会社創作舎は平成12年8月2日から、その余の被告は平成12年7月29日からいずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告B、被告有限会社村上整体専門医学院、被告全国カイロプラクティック師会及び被告有限会社創作舎は、原告に対し、連帯して金35万円及びこれに対する被告有限会社創作舎は平成12年8月2日から、その余の被告は平成12年7月29日からいずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告B及び被告全国カイロプラクティック師会は、原告に対し、連帯して金35万円及びこれに対する平成12年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、これを3分し、その2を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
7 この判決は、第2項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 主文1項と同旨。
2 被告B、被告有限会社村上整体専門医学院及び被告有限会社創作舎は、原告に対し、連帯して金110万円及びこれに対する被告有限会社創作舎は平成12年8月2日から、その余の被告は平成12年7月29日からいずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告B、被告有限会社村上整体専門医学院、被告全国カイロプラクティック師会及び被告有限会社創作舎は、原告に対し、連帯して金66万円及びこれに対する被告有限会社創作舎は平成12年8月2日から、その余の被告は平成12年7月29日からいずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告B、被告有限会社村上整体専門医学院及び被告全国カイロプラクティック師会は、原告に対し、連帯して金101万7500円及びこれに対する平成12年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告Bは、原告に対し、株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞の全国版社会面に、別紙記載の謝罪広告を、見出し、同被告の肩書き及び氏名は各10ポイント、その余の部分は8ポイントの活字で、縦2段抜き、横5センチメートルの大きさで、1回掲載せよ。
第2 事案の概要
1 争いのない事実等
(1) 原告は、被告有限会社村上整体専門医学院(以下、「被告学院」という。)が経営する村上整体専門医学院に在籍していた者である。
(2) 村上整体専門医学院は、「村上式」と呼ばれるカイロプラクティックのテクニック等を教授する学校、被告全国カイロプラクティック師会(以下「被告カイロプラクティック師会」という。)は、村上整体専門医学院の卒業生を主な構成員とする、定款の定めに従って活動する権利能力なき社団、被告B(以下、「被告B」という。)は、被告学院の代表取締役にして被告カイロプラクティック師会の代表者会長である者であり、被告有限会社創作舎(以下、「被告創作舎」という。)は、出版物の企画、制作、販売等を業とする有限会社である。
(3) 原告は、村上整体専門医学院に在籍中に、ほぐしのマニュアル(以下、「本件マニュアル」という。)を作成し、同マニュアルは、平成11年5月ころ完成した(弁論の全趣旨)。
(4)ア 被告Bが著者、被告創作舎が編集・制作者とされた別紙物件目録記載1の書籍(以下、「本件書籍1」という。)が発行され、被告学院において、村上整体専門医学院の生徒に教科書として販売された。
イ 被告カイロプラクティック師会が編者とされた別紙物件目録記載2の書籍(以下、「本件書籍2」という。)が発行され、一般書店等で販売された。
ウ 被告カイロプラクティック師会が著者とされた別紙物件目録記載3の書籍(以下、「本件書籍3」という。)が発行され、一般書店等で販売された。
2 本件は、原告が、被告らに対し、本件各書籍はいずれも本件マニュアルに依拠し、その内容を改変の上、複製したものであるから、その作成、出版、販売は本件マニュアルの複製権、譲渡権、同一性保持権及び氏名表示権を侵害するものであると主張して、本件書籍1の販売等の差止め、複製権、同一性保持権及び氏名表示権の侵害による損害の賠償並びに同一性保持権及び氏名表示権の侵害に基づく謝罪広告の掲載を求める事案である。
第3 争点及びこれに関する当事者の主張
1 争点
(1) 本件マニュアルの著作物性
(2) 本件各書籍が本件マニュアルを改変、複製したものに当たり、原告が本件マニュアルについて有する著作権及び著作者人格権が侵害されたかどうか
(3) 被告らが、本件マニュアルの著作権及び著作者人格権の侵害行為をしたかどうか
(4) 原告が本件マニュアルについて被告らに対して著作権及び著作者人格権を行使することが権利の濫用に当たるかどうか
(5) 損害の発生及び額
(6) 謝罪広告掲載請求の可否
2 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
 本件マニュアルは、単に村上整体専門医学院における授業内容を伝達するために記録したものではなく、もっぱら体の動作(実演)や口頭での説明により行われていた実技指導の内容を、原告が、自らの経験や本件マニュアル作成の要求に即した意識のもとに、取捨選択、再構築し、文章、図面、写真で表現したものであって、分類の際に付けたほぐしの名称も原告が考えたものであるから、「思想又は感情を創作的に表現したもの」に当たる。
 本件マニュアルで解説した各種技術は、他の多くの出版物でも紹介されているが、その具体的表現方法は多様であって、本件マニュアルとは異なるものである。
(被告らの主張)
ア 本件マニュアルは、村上整体専門医学院における授業内容を、生徒であった原告が記録したもので、単なる事実の伝達にすぎず、「思想又は感情」を表現したものではない。
イ 本件マニュアルは、村上整体専門医学院における授業内容をそのまま記述表現したものであって、授業においてもほぐしの内容の整理分類が行われていたものであるから、これに常識的な整理分類や名称が付加されたとしても、「創作性」は認められない。
 また、体の動作等を文章化したことについても、実技指導等を文章で表現する以上、当然されるべき工夫であるし、図面や写真を活用することも常識的なことにすぎない。
ウ 既存の名称、極く短い文章、表現形式に制約があって、およそ他の表現形式が想定できない文章、平凡かつありふれた表現からなる文章は、創作性が否定される。本件各書籍のうち、原告が著作権及び著作者人格権の侵害であると主張する部分は、別表のとおり、以上の理由により著作物性を有しない。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
 本件各書籍は、いずれも、本件マニュアルの一部を、改変、複製したものであるが、その具体的態様は、別紙対比表記載のとおりである。
 したがって、原告が本件マニュアルについて有する複製権が侵害されており、また、本件書籍1を販売する行為は、原告が本件マニュアルについて有する譲渡権を侵害する。
 さらに、本件各書籍には、原告の氏名は表示されていないから、原告の氏名表示権が侵害されているし、上記改変によって、同一性保持権が侵害されている。
(被告らの主張)
 原告の上記主張は争う。
 本件マニュアルは、村上整体専門医学院の授業を翻案して作成されたものであるし、その内容も、ほぐしという手技療法のテクニックの解法という技術的性格が強く、表現方法が限定されることから、本件各書籍に本件マニュアルと類似する箇所があるのは当然であり、このことから直ちに著作権及び著作者人格権の侵害となるものではない。
 本件各書籍のうち、原告が著作権及び著作者人格権の侵害であると主張する部分は、別表のとおり、本件マニュアルと類似しない。
 本件マニュアルの内容を構成する「ほぐし」についてノウハウを有するのは被告学院であって、原告は、私的利用の範囲であるからこそ本件マニュアルの適法性を維持できるものである。したがって、本件マニュアルについて公表を前提とする著作者人格権は成立しない。
 なお、本件書籍1及び2の作成に当たり、本件マニュアルを参考にしたことは認める。
(3) 争点(3)について
(原告の主張)
ア 本件書籍1は、被告学院が、業務として、本件マニュアルの一部を改変、複製して作成したものである。
 被告Bは、被告学院の代表者であること、自己の名前を著者として表示していること、自ら本件書籍1の著述内容の監修を兼ねながら写真撮影のモデルとして関与していることからすると、本件マニュアルの一部を改変、複製したものであることを知っていたか又は知り得たにもかかわらず、本件書籍1を作成したものということができる。
 被告創作舎は、本件書籍1を出版したものであって、その際に、それが本件マニュアルの一部を改変、複製したものであることを知っていたか又は知り得たものである。
 被告学院は現在でも本件書籍1を販売している。
イ 本件書籍2は、被告カイロプラクティック師会と一体をなし、これをその別名として使用している被告学院が、被告カイロプラクティック師会を本件書籍の編者として、本件マニュアルの一部を改変、複製して作成したものである。
 被告Bは、被告学院及び被告カイロプラクティック師会の代表者であることや本件書籍2の出版と前後して出版された本件書籍1に関する上記事情からすると、本件マニュアルを改変、複製されたものであることを知っていたか又は知り得たにもかかわらず、本件書籍2を作成したものということができる。
 被告創作舎は、本件書籍2を出版したものであって、それが本件マニュアルの一部を改変、複製したものであることを知っていたか又は知り得たものである。
ウ(ア) 本件書籍3は、被告Bが、被告学院と一体である被告カイロプラクティック師会の代表者として、本件マニュアルの一部を改変、複製したものであることを知っていたか又は知り得たにもかかわらず、その職務として出版を指示したものである。
(イ) 本件書籍3は、被告学院の従業員であるCが被告学院の従業員である執筆担当者に対して、本件書籍2を自由に使ってよい旨の説明をし、また、Dが加筆した本件書籍3の原稿の確認を求められた際に、本件書籍2の本件マニュアルを改変、複製した部分からの複製がされていることを知りながら又は知り得たにもかかわらず、修正しなかった。 被告学院の従業員である執筆担当者も、Dが加筆した本件書籍3の原稿の確認を求められた際に、本件書籍2の本件マニュアルの一部を改変、複製した部分からの複製がされていることを知りながら又は知り得たにもかかわらず、修正しなかった。
 被告学院は、このC及び被告学院の従業員の行為につき使用者責任を負う。
(被告らの主張)
ア 被告学院に対する本件書籍1についての損害賠償請求、被告B及び被告学院に対する本件書籍2及び3についての損害賠償請求の追加は、時機に遅れたものであるから、認められるべきではない。また、上記(原告の主張)ウ(イ)の主張は、時機に遅れたものであるから、認められるべきではない。
イ(ア) 本件書籍1は、被告学院の授業のテキストとするために、被告学院のにより発意され、同被告の委託により被告創作舎が制作及び出版したものである。
 原告が本件マニュアルの一部を改変、複製したと主張している部分は、被告学院の従業員であるEが本件マニュアルを被告創作舎に提供し、同被告が本件マニュアルをもとに、執筆したものである。
 被告創作舎は、原告の存在を知る立場になく、著作権及び著作者人格権の侵害を知り得る立場になかった。
 なお、被告学院は現在本件書籍1を販売していない。
(イ) 本件書籍2は、被告学院により発意され、同被告の委託により被告創作舎が制作及び出版をしたものである。
 なお、被告カイロプラクティック師会は、被告学院の事業を普及し、宣伝する活動においては、被告学院の活動と表裏一体をなすものであり、被告学院の別名としてよく用いられることから、編者とされているものである。
 原告が本件マニュアルの一部を改変、複製したと主張している部分は、被告学院の従業員であるEが本件マニュアルを被告創作舎に提供し、同被告が本件マニュアルをもとに、執筆をしたものである。
 被告創作舎は、原告の存在を知る立場になく、著作権及び著作者人格権の侵害を知り得る立場になかった。
 (ウ) 本件書籍3は、Fの著作物であり、被告カイロプラクティック師会は名称の使用を許したにすぎない。
(4) 争点(4)について
(被告らの主張)
 本件マニュアルは、村上整体専門医学院の授業内容のノート又は記録の域を出るものではなく、原告が村上整体専門医学院の授業を受けたことにその成立のほとんどを依存するものである。
 前記のとおり、本件マニュアルの内容を構成する「ほぐし」についてノウハウを有するのは被告学院であって、原告は、私的利用の範囲であるからこそ本件マニュアルの適法性を維持できるものである。
 また、被告学院の関係者は、写真撮影に協力するなどその作成に協力している。
 以上のことからすると、被告学院及びその関係者である他の被告らに本件マニュアルの著作権及び著作者人格権侵害を主張するのは権利の濫用である。
(原告の主張) 
 被告らの主張は争う。
(5) 争点(5)について
(原告の主張)
ア(ア) 本件書籍1について
a 本件書籍1は、703部販売され、小売単価は1万円である。また、その製造原価は、小売単価の20%を上回ることはない。
 著作権侵害を行った被告らが得た全体利益に対する当該著作権侵害部分の寄与率は、単純に全体のページ数と侵害部分のページ数の割合で按分するのではなく、全体に対する侵害部分の不可欠性、重要性等を総合的に評価判断して、実質的に認定すべきである。本件書籍1はカイロプラクティックのテキストであるところ、著作権侵害に係る部分は、カイロプラクティックの具体的な技術内容に関する部分であるから、極めて重要な位置を占めていること、本件書籍1を作成した目的は、村上整体専門医学院における実技指導を補い、自習の参考にするというもので、原告が本件マニュアルを作成したのと同一目的であること、本件書籍1のうち本件マニュアルに依拠していない部分は文章表現による説明がほぼ皆無であって、それのみでは技術内容が理解できない写真等のみであることからすると、その寄与率は100%である。
 したがって、被告らは、本件書籍1により、次の利益を得ており、原告はこれと同額の損害を被った。
 販売部数703部×小売単価1万円×利益率80%×寄与率100%=562万4000円
 なお、特許法などの工業所有権法と著作権法との立法目的や保護法益の相違からすると、著作権侵害の場合は、特許権侵害などと異なり、権利者が自ら当該著作物の発行、販売を行っていなくても、侵害者の利益を、著作権者の損害とみなすことができる。
b 印税率については、本件マニュアルが、ほぐしの技術内容の理解を目的に作成されたものであることからすると、その内容が原告のオリジナルのアイディアであるかどうかに影響されるものではないから、10%を下回る理由はない。
 本件書籍1は、1000部印刷され、小売単価は1万円である。
 したがって、原告の被った損害額は、原告が著作権の行使につき受けるべき金額である発行部数1000部×小売単価1万円×印税率10%=100万円となる。
(イ) 本件書籍2について
 本件書籍2は、5000部印刷され、小売単価は1200円である。
 したがって、原告の被った損害額は、次の計算式のとおり、原告が著作権の行使につき受けるべき金額である60万円となる。
 発行部数5000部×小売単価1200円×印税率10%=60万円
(ウ) 本件書籍3について
 本件書籍3は、5000部印刷され、1冊1300円で販売されている。また、本件書籍3が、カイロプラクティックを社会に紹介し、宣伝する出版物であって、その具体的な技術内容をわかりやすく解説した本件マニュアルの複製部分の不可欠性、重要性を考慮すると、著作権侵害部分の寄与率は50%を下らない。
 したがって、本件書籍3により原告が被った損害額は、原告が著作権の行使につき受けるべき金額として、少なくとも、次の計算式のとおり、32万5000円を下回ることはない。
 発行部数5000部×小売単価1300円×印税率10%×寄与率50%=32万5000円
イ(ア) 原告は、本件著作権侵害により、精神的苦痛を被った。本件においては、無断複製が繰り返し行われており、特に、本件訴訟提起後に本件書籍3が発行されるなどその侵害態様が悪質であることからすると、原告の精神的苦痛を慰謝するに相当な金額は、各書籍につきそれぞれ30万円を下回ることはない。
(イ)  原告は、本件各書籍における著作者人格権侵害(同一性保持権侵害、氏名表示権侵害)により、精神的苦痛を被ったが、本件各書籍において改変箇所が多数に及んでいること、あたかも別人の著作であるかのように表示されていること、本件訴訟提起後に本件書籍3が発行されるなどその侵害態様が悪質であることからすると、原告の精神的苦痛を慰謝するに相当な金額は、各書籍につきそれぞれ30万円を下回ることはない。
ウ 原告は、本件の解決のため、原告代理人を依頼し、弁護士費用相当額の損害を被ったところ、その額は、本件書籍1については主位的に62万2400円、予備的に16万円、本件書籍2については12万円、本件書籍3については9万2500円を下回らない。
エ 原告は、以上の損害のうち、本件書籍1については損害の一部である110万円、本件書籍2については損害の一部である66万円、本件書籍3については損害の全部である101万7500円を請求するものである。
(被告らの主張)
ア 損害の発生及び額については争う。
イ 本件書籍1について
 本件書籍1が1000部発行され販売価格が1冊1万円であることは認める。
 原告は、自ら本件マニュアルの発行・販売をしていないし、発行・販売をすることもできないから、被告らの得た利益と対比し得るような損害は原告には現実に発生していない。
 本件書籍1は授業のテキストであり、その価格には授業料が包含されている。本件書籍1の相当価格は、制作原価が1冊1800円であることから、その2倍である3600円が上限である。
 本件マニュアルは、その内容が原告のオリジナルではなく、既存のほぐしのテクニックをマニュアルの体裁に整えたにすぎないから、印税率は1%が上限である。
 原告が主張する本件書籍1の侵害部分は、122ページ中20ページにも満たないから、損害の算定に当たっては、122分の20を乗じる必要がある。
 なお、被告Bは、本件書籍1の発行・販売につき、利益を得ていない。
ウ 本件書籍2について
 本件書籍2が3000部印刷製本され、販売価格が1冊1200円であることは認める。
 原告が主張する本件書籍2の侵害部分は、219ページ中12ページにも満たないから、損害の算定に当たっては、219分の12を乗じる必要がある。
エ 本件書籍3について
 損害の算定に当たっては、原告が主張する本件書籍3の侵害部分の全体のページ数に対する割合及び寄与率を乗じる必要がある。
オ 特段の事情がない限り、財産権たる著作権侵害によって慰謝料のような無形の損害が発生することはない。
(6) 争点(6)について
(原告の主張)
 原告は、本件書籍1における著作者人格権侵害(同一性保持権侵害、氏名表示権侵害)により、著作者としての名誉声望を回復するための適当な措置として、被告Bに対し、謝罪文の掲載を求める。
(被告らの主張)
 原告の上記主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 証拠(甲1、3、10、11、15、乙6、原告本人)と弁論の全趣旨によると、本件マニュアルは、村上整体専門医学院の生徒であった原告が、村上整体専門医学院の授業内容をもとに作成したものであること、本件マニュアルは、文章の部分、図の部分、写真の部分からなること、以上の事実が認められる。
 原告が著作権及び著作者人格権の侵害を主張している部分は、文章の部分と図の部分であるので、以下、これらの部分の著作物性について判断する。
(2) 被告らは、本件マニュアルは、村上整体専門医学院の授業内容を記録したもので、単なる事実の伝達にすぎないと主張する。
 しかしながら、証拠(甲10、原告本人)によると、村上整体専門医学院の授業における実技指導は、テキストや資料を用いずに行われ、口頭での説明も「このように」などの指示語が多く用いられたものであったこと、本件マニュアルは、原告が、この授業内容を、指示語を具体的な部位の名称に置き換えるなどの工夫をして、文章と図によってその内容を理解できるようにしたものであること、以上の事実が認められる。
 そうすると、本件マニュアルは、授業内容をそのまま記録したものではなく、原告がその内容を理解できるように工夫して文章化し図示したものであると認められるから、単なる事実の伝達にすぎないとはいえない。
(3) 証拠(甲1、3、11)と弁論の全趣旨によると、本件マニュアルのうち、原告が著作権及び著作者人格権の侵害を主張している部分は、@ほぐしの一般的注意事項の部分と、Aほぐしの類型ごとの説明の部分と、B図の部分があり、その具体的な内容は、別紙対比表記載のとおりであると認められる。
 このうち、@については、ほぐしの注意事項としての10項目の選択及びそれぞれについての説明が、他の選択及び表現方法がないものとは認められず、文章化するのに一定の創作的活動を要するものと認められる。また、村上整体専門医学院の授業において、これらの選択及び説明がされたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、上記@については、「思想又は感情を創作的に表現したもの」として、著作物性が認められる。
 上記Aについては、各類型につき、文章の部分は、アみだし、イ患者の姿勢、ウ方法、エポイント、オ効果・ねらいからなる。
 このうち、アみだしについては、各ほぐしの名称が記載されているもので、一つ又は数個の単語から構成されているにすぎないから、「思想又は感情を創作的に表現したもの」として、著作物性が認められるものではない。
 イ患者の姿勢については、本件マニュアルの「13大腿内側面の押圧」以外のほぐしの類型については、一つ又は数個の単語から構成されているにすぎないから、「思想又は感情を創作的に表現したもの」として、著作物性が認められるものではない。
 オ効果・ねらいについては、本件マニュアルの「5三の字」、「7八の字」及び「10大腿屈筋群のストレッチ」以外のほぐしの類型については、短文でありふれた表現が用いられているにすぎないから、「思想又は感情を創作的に表現したもの」として、著作物性が認められるものではない。
 上記Aのうち、その余の部分については、一定の長さの文章又はそれらの文章のまとまりからなるものであって、文章化するのに一定の創作的活動を要するものと認められる。また、村上整体専門医学院の授業において、これらと同じ表現を用いて説明がされたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、「思想又は感情を創作的に表現したもの」として、著作物性が認められる。
 上記Bのうち、原告が著作権及び著作者人格権の侵害を主張しているものについては、図示するために一定の創作的活動を要するものと認められ、村上整体専門医学院の授業において、これらと同じ図を用いて説明がされたことを認めるに足りる証拠もないから、「思想又は感情を創作的に表現したもの」として、著作物性が認められる。
2 争点(2)について
(1) 本件書籍1及び2の作成に当たり、本件マニュアルが参考にされたことは当事者間に争いがなく、証拠(乙7、証人F、同D)によると、本件書籍3の作成に当たり、本件書籍2が参考にされたことが認められる。これらの事実に証拠(甲1ないし5、11ないし13)と弁論の全趣旨を総合すると、本件各書籍は、以下のとおり、本件マニュアルを複製したものであると認められる。
ア 本件書籍1について
(ア) 本件書籍1の19ページから20ページに記載されているほぐしの一般的な注意事項についての記載は、注意事項としてあげられている8項目の全てが本件マニュアルの一般的注意事項に含まれているもので、その記載順序も同一であること、各事項の表現も、若干の単語に相違があるものの、概ね本件マニュアルの一般的注意事項の記載と同一であることからすると、本件マニュアルの一般的注意事項を複製したものと認められる。
(イ) 本件書籍1の「第3章〈ほぐし〉基本操作」は、ほぐしの類型ごとに、aみだし、b適応/効果/ねらい、c患者の姿勢、d操作手順、e操作のポイント/注意、f注意する疾患からなる。本件マニュアルの、これに対応する部分は、ア みだし、イ 効果・ねらい、ウ 患者の姿勢、エ 方法、オ ポイントである(f注意する疾患に対応する部分はない)。以上の各部分のうち、原告が複製であると主張している部分について、それぞれ複製が認められるかどうかは、以下のとおりである。
a みだしについては、上記認定のとおり、著作物性が認められない。
b 効果・ねらいについては、「三の字」は全く同一の記載、「八の字」については若干の単語の相違があるものの、ほぼ同一の記載であるから、いずれも本件書籍1の記載は本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。しかし、「大腿屈筋群のストレッチ」については、文章が大きく異なるから、本件書籍1の記載が本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。その余のものについては、上記認定のとおり、著作物性が認められない。
c 患者の姿勢については、「大腿内側面の押圧」は、「同じ」と「同様に」が異なるだけでその余の部分は全く同一であるから、本件書籍1の記載は本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。その余のものについては、上記認定のとおり、著作物性が認められない。
d 操作手順については、本件マニュアルの「肘打ち」の「肩に肘をあて、第三胸椎方向、第五胸椎方向、第八胸椎方向へと計三回押圧を加える。」とこれに対応する本件書籍1の記載は、胸椎の数字が異なるから、本件書籍1の記載が本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。その余のもの(原告が本件書籍1の該当箇所の主張をしていない「大腿屈筋群のストレッチ」を除く。)については、若干の単語の相違があるものの、ほぼ同一の記載であるから、いずれも本件書籍1の記載は本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。
e 操作のポイント/注意については、「八の字」及び「下腿前面の押圧」の本件書籍1の記載は短い文章で、かつ、ありふれた表現であるので、本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。本件マニュアルの「三方牽引」の「押圧のときの力の入れ具合は、上方手:下方手=1:2くらいの強さで行う。」とこれに対応する本件書籍1の記載、本件マニュアルの「腰仙部のローリング」の「母指で強く押圧を加えない。」とこれに対応する本件書籍1の記載、「腓腹筋のマッサージ」及び「膝関節の屈曲、足関節の背屈」については、文章が大きく異なっているから、本件書籍1の記載が本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。その余のものについては、若干の単語の相違があるものの、ほぼ同一の記載であるから、本件書籍1の記載は本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。
(ウ) なお、本件マニュアルと本件書籍1は、いずれも、村上整体専門医学院の授業において教えられているカイロプラクティックについて記載したものであるから、ある程度同じような説明にならざるを得ないと考えられるが、以上の(ア)と(イ)で複製と認定した部分については、そのような程度を超えて同一性があるものと認められるから、同一の事項を記載したものであることは、上記複製認定の妨げになるものではない。
(エ) 本件書籍1の写真及び図のうち、原告が本件マニュアルの図を複製したと主張するものについては、いずれも、同じ事項を説明する以上ある程度同じような写真や図にならざるを得ないと考えられるところ、そのような程度を超えて同一性があるとは認められないから、本件書籍1の写真及び図が本件マニュアルの図を複製したものとは認められない。
イ 本件書籍2について
(ア) 本件書籍2の73ページの〈ほぐし〉を行う上での一般的な注意事項という囲み部分の記載は、注意事項としてあげられている8項目が全て本件マニュアルの一般的注意事項に含まれているもので、その順序も同一であること、各事項の表現についても、若干の単語の相違があるものの、概ね本件マニュアルの一般的注意事項の記載と同一であることからすると、本件マニュアルの一般的注意事項の記載を複製したものと認められる。
(イ) 本件書籍2の75ページないし85ページの記載は、ほぐしの類型ごとに、aみだし、b患者の姿勢、c効果・ねらい、d方法、e写真又は図の説明の記載がある。本件マニュアルの、これに対応する部分は、アみだし、イ患者の姿勢、ウ効果・ねらい、エ方法、オポイントである。以上の各部分のうち、原告が複製であると主張している部分について、それぞれ複製が認められるかどうかは、以下のとおりである。
a みだしについては、上記認定のとおり、著作物性が認められない。
b 患者の姿勢については、「大腿内側面の押圧」は、若干の単語の相違があるものの、概ね本件マニュアルの記載と同一であるから、本件書籍2の記載は、本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。その余のものについては、上記認定のとおり、著作物性が認められない。
c 効果・ねらいについては、「三の字」は若干の単語の相違があるもののほぼ同一の記載であるから、本件書籍2の記載は、本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。「八の字」及び「大腿屈筋群のストレッチ」は、文章が相当異なり、共通する部分もありふれた表現であるから、本件書籍2の記載が本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。その余のものについては、上記認定のとおり、著作物性が認められない。
d 方法については、「脊柱押圧」、「肘打ち」、「ひざ関節の屈曲、足関節の背屈」の足関節の背屈に関する部分及び「肩回りのほぐし」については、文章が相当異なり、共通する部分もありふれた表現であるから、本件書籍2の記載が本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。その余のものについては、若干の単語の相違があるものの、ほぼ同一の記載であるから、本件書籍2の記載は本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。
e 写真又は図の説明については、「脊柱押圧」、「八の字」及び「大腿前面の押圧」の本件書籍2の記載は短い文章で、かつ、ありふれた表現であるので、本件書籍2の記載が本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。その余のもの(原告が本件書籍2の該当箇所の主張をしていないものを除く。)については、若干の単語の相違があるものの、ほぼ同一の記載であり、ありふれた表現ともいえないから、本件書籍2の記載は本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。
(ウ) 本件書籍2の67ページの記載は、若干の単語の相違があるものの、ほぼ本件マニュアルの「ほぐし」の冒頭の記載と同一の記載であるから、本件マニュアルの「ほぐし」の冒頭の記載を複製したものと認められる。
(エ) 本件書籍2の図のうち、原告が本件マニュアルの図の複製であると主張するものについては、いずれもほぼ同じ図であるので、本件マニュアルの図を複製したものと認められる。
(オ) なお、本件マニュアルと本件書籍2は、いずれも、村上整体専門医学院の授業において教えられているカイロプラクティックについて記載したものであるから、ある程度同じような説明にならざるを得ないと考えられるが、以上の(ア)ないし(エ)で複製と認定した部分については、そのような程度を超えて同一性があるものと認められるから、同一の事項を記載したものであることは、上記複製認定の妨げになるものではない。
ウ 本件書籍3について
(ア) 本件書籍3の116ページの「ほぐし」を行う上での一般的な注意事項という囲み部分の記載は、注意事項としてあげられている8項目が全て本件マニュアルの一般的注意事項に含まれているもので、その順序も同一であること、各事項の表現についても、若干の単語の相違があるものの、概ね本件マニュアルの一般的注意事項の記載と同一であることからすると、本件マニュアルの一般的注意事項の記載を複製したものと認められる。
(イ) 本件書籍3の第4章の2「日本人に合ったカイロテクニック」の「ほぐし療法@」ないし「ほぐし療法F」(100ページないし112ぺーじ)は、ほぐしの類型ごとに、aみだし、b効果、c方法、d図の説明の記載がある。本件マニュアルにおいての、これに対応する部分は、アみだし、イ効果・ねらい、ウ方法、エポイントである。以上の各部分のうち、原告が複製であると主張している部分について、それぞれ複製が認められるかどうかは、以下のとおりである。
a みだしについては、上記認定のとおり、著作物性が認められない。
b 効果については、「3の字」は、若干の単語の相違があるもののほぼ同一の記載であるから、本件書籍3の記載は、本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。「8の字」は、文章が相当異なり、共通する部分もありふれた表現であるから、本件書籍3の記載が本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。その余のものについては、上記認定のとおり、著作物性が認められない。
c 方法については、「脊柱押圧」及び「ひじ打ち」、は、文章が相当異なり、共通する部分もありふれた表現であるから、本件書籍3の記載が本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。その余のものについては、若干の単語の相違があるものの、ほぼ同一の記載であるから、本件書籍3の記載は本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。
d 図の説明については、「脊柱押圧」及び「8の字」の本件書籍3の記載は短い文章で、かつ、ありふれた表現であるので、本件書籍3の記載が本件マニュアルの記載を複製したものとは認められない。その余のもの(原告が本件書籍3の該当箇所の主張をしていない「大腿後面の押圧」を除く。)については、若干の単語の相違があるものの、ほぼ同一の記載であり、ありふれた表現ともいえないから、本件書籍3の記載は本件マニュアルの記載を複製したものと認められる。
(2) 以上によると、本件各書籍のうち上記認定の部分については、原告が本件マニュアルについて有する複製権を侵害するものと認められる。
 上記複製部分は、全く同一の表現であるものを除き、本件マニュアルの表現を一部改変したものと認められ、証拠(甲2、4、12)によると、本件各書籍には原告の氏名は表示されていないものと認められる。したがって、本件各書籍については、原告が本件マニュアルについて有する氏名表示権、同一性保持権を侵害するものと認められる。
 なお、前記1認定のとおり、本件マニュアルは、村上整体専門医学院の授業に依拠し、これを文章化したものであるが、その文章化には創作性が認められることからすると、原告が本件マニュアルについて著作者人格権を有しないということはない。
3 争点(3)について
(1) 被告学院に対する本件書籍1についての損害賠償請求、被告B及び被告学院に対する本件書籍2及び3についての損害賠償請求の追加は、証人及び原告本人の尋問が行われた第9回口頭弁論期日前にされたものであって、その判断に、更に同期日に行われた証人及び本人の尋問以外の証拠調べが必要であるとも認められないので、著しく訴訟手続を遅滞させるものとは認められないし、また、従前の請求とは請求の基礎に変更がないものと認められる。
(2) 本件書籍1について
 証拠(甲2、乙6)と弁論の全趣旨によると、本件書籍1は、被告学院により発意され、同被告の委託により、被告創作舎が、被告学院の従業員から渡された本件マニュアルを参考にして制作し、被告Bを著者として出版されたことが認められる。
 被告Bは、被告学院の代表者であるとともに、本件書籍1の著者であるから、本件書籍1について著作権や著作者人格権の侵害行為がないように注意し、そのようなことがあれば、その部分を削除するとか、出版を中止するなどして、著作権や著作者人格権の侵害行為が生じないようにすべき義務があったものということができる。しかるところ、上記のとおり、本件マニュアルは、被告学院の従業員から被告創作舎に渡されて、本件書籍1の制作に使われたものであること、本件書籍1は、前記2のとおり、原告の複製権及び著作者人格権を侵害するものであって、そのことは、本件マニュアルと本件書籍1を対比し、被告学院の従業員に確認するなどすれば直ちに明らかになるものと考えられることからすると、被告Bは、被告学院の代表者及び本件書籍1の著者として、上記義務を果たさなかった過失があるものというべきである。
 また、被告創作舎も、本件書籍1の制作者として、本件書籍1について著作権や著作者人格権の侵害行為がないように注意し、そのようなことがあれば、制作を中止するなどして、著作権や著作者人格権の侵害行為が生じないようにすべき義務があったものということができる。しかるところ、被告創作舎が、被告学院の従業員から渡された本件マニュアルを参考にするに当たって、著作権や著作者人格権の侵害行為が生じないかどうかを確認するなどしたとは認められないから、被告創作舎にも上記義務を果たさなかった過失があるものというべきである。
 したがって、被告学院、被告B、被告創作舎は、いずれも本件書籍1による複製権及び著作者人格権の侵害について損害賠償責任を負う。
(2) 本件書籍2について
 証拠(甲4、乙6)と弁論の全趣旨によると、本件書籍2は、被告学院により発意され、同被告の委託により、被告創作舎が、被告学院の従業員から渡された本件マニュアルを参考にして制作し、被告カイロプラクティック師会を編者として出版されたことが認められる。
 被告Bは、被告学院の代表者であるとともに、被告カイロプラクティック師会の代表者でもあるから、本件書籍2について著作権や著作者人格権の侵害行為がないように注意し、そのようなことがあれば、その部分を削除するとか、出版を中止するなどして、著作権や著作者人格権の侵害行為が生じないようにすべき義務があったものということができる。しかるところ、上記のとおり、本件マニュアルは、被告学院の従業員から被告創作舎に渡されて、本件書籍2の製作に使われたものであること、本件書籍2は、前記2のとおり、原告の複製権及び著作者人格権を侵害するものであって、そのことは、本件マニュアルと本件書籍1を対比し、被告学院の従業員に確認するなどすれば直ちに明らかになるものと考えられることからすると、被告Bは、被告学院の代表者及び被告カイロプラクティック師会の代表者として、上記義務を果たさなかった過失があるものというべきである。
 また、被告創作舎も、本件書籍2の制作者として、本件書籍1について著作権や著作者人格権の侵害行為がないように注意し、そのようなことがあれば、制作を中止するなどして、著作権や著作者人格権の侵害行為が生じないようにすべき義務があったものということができる。しかるところ、被告創作舎が、被告学院の従業員から渡された本件マニュアルを参考にするに当たって、著作権や著作者人格権の侵害行為が生じないかどうか確認するなどしたとは認められないから、被告創作舎にも上記義務を果たさなかった過失があるものというべきである。
 したがって、被告学院、被告B、被告カイロプラクティック師会、被告創作舎は、いずれも本件書籍2による複製権及び著作者人格権の侵害について損害賠償責任を負う。
(3) 本件書籍3について
ア 原告は、証人及び原告本人の尋問終了後の弁論終結が予定されていた第10回口頭弁論期日に、「本件書籍3は、被告学院の従業員であるCが被告学院の従業員である執筆担当者に対して、本件書籍2を自由に使ってよい旨の説明をし、また、Dが加筆した本件書籍3の原稿の確認を求められた際に、本件書籍2の本件マニュアルを改変、複製した部分からの複製がされていることを知りながら又は知り得たにもかかわらず、修正しなかった。被告学院の従業員である執筆担当者も、Dが加筆した本件書籍3の原稿の確認を求められた際に、本件書籍2の本件マニュアルの一部を改変、複製した部分からの複製がされていることを知りながら又は知り得たにもかかわらず、修正しなかった。被告学院は、このC及び被告学院の従業員の行為につき使用者責任を負う。」と主張し、甲21ないし24を提出したのであるが、被告は、この主張及び証拠の提出は、時機に後れたものであると主張する。
 上記主張は、被告学院の従業員が本件書籍3の制作に関与したことに基づいて、被告学院が使用者責任を負う旨の主張であるが、原告は、第8回口頭弁論期日において、本件書籍3は被告学院の講師が執筆したことを主張し、Dの電話録取書を証拠として提出するなどしているから、第9回口頭弁論期日前に被告学院に対する本件書籍3についての損害賠償請求を追加した時点において、被告学院の従業員が本件書籍3の制作に関与したことに基づいて、被告学院が使用者責任を負う旨の主張をすることができたものと認められる。それにもかかわらず、原告は、その時点では、そのような主張を全く行わず、第9回口頭弁論期日の証人及び原告本人の尋問終了後にその旨の主張を行う旨口頭で述べ、第10回口頭弁論期日において準備書面を陳述して上記主張をしたのであるから、この主張は、故意又は重大な過失により時機に後れてされたもので、仮に、上記主張をすることを認めると、そのために再び証人等を尋問する必要が生じるなど新たな主張立証が必要になるものと考えられる(現に、第9回口頭弁論期日の証人及び原告本人の尋問の内容からすると、被告らが使用者責任の主張を念頭においた尋問をしているとは考え難い)から、訴訟の完結を遅延させるものということができる。原告は、証人尋問の結果に基づいて上記主張をしたと主張するが、上記のとおり、証人尋問の結果に基づかなければ上記主張をすることができなかったとは認められないから、この原告の主張は採用できない。もっとも、証人尋問の結果に基づかなければ上記のような詳しい主張ができなかった可能性はあるが、被告学院に対する本件書籍3についての損害賠償請求を追加した時点において、被告学院の従業員が本件書籍3の制作に関与したことに基づいて、被告学院が使用者責任を負う旨の主張をすることができた以上、その旨の主張を全くしないでおいて、証人及び原告本人の尋問終了後に初めて上記主張をすることは許されないというべきである。なお、仮に、上記主張をすることを認めて、再び証人等を尋問する必要が生じるなどすると、民事訴訟法182条が規定する集中証拠調べを行うことができなくなることは明らかであって、現在の民事訴訟法の下では、上記のような主張は許されないものということができる。
 また、甲21ないし24は、Fが被告Bらのグループの予備校部門の担当者であって、本件書籍3の出版が被告Bらによってされたことを立証するための書証であるが、すでに第7回口頭弁論期日にFの陳述書(乙7)が提出されるなどしていたのであるから、原告は、これに対する反対の証拠として、甲21ないし24を、第9回口頭弁論期日の証人及び原告本人の尋問が行われる前に提出することができたものと認められる。それにもかかわらず、原告は、その時点では、甲21ないし24を提出せず、証人及び原告本人の尋問終了後の第10回口頭弁論期日において、甲21ないし24を提出したのであるから、これらの証拠の提出は、故意又は重大な過失により時機に後れてされたもので、訴訟の完結を遅延させるものということができる。
 よって、これらの主張及び証拠の申出を却下する。
イ 証拠(甲19、20、乙4、7、証人F、同D)と弁論の全趣旨によると、本件書籍3は、被告学院と同じく被告Bが経営する学校法人日本健康ビジネス専門学校の院長であるFが、週刊住宅新聞社の「なる本」シリーズにおいてカイロプラクティックを紹介する企画を同社にもちかけ、被告学院の従業員で村上整体専門医学院の学院長であったCに紹介された被告カイロプラクティック師会の構成員である同学院の卒業生4名(うち2名は同学院の講師)に執筆させ、被告カイロプラクティック師会を著者として出版したものであること、Fが印税を受領し、その一部を上記4名に支払っていること、被告カイロプラクティック師会を著者として本件書籍3を出版することについては、その代表者である被告Bは事前に了解していたこと、本件書籍3の出版については、被告学院の宣伝という意味があり、そのため、被告学院は、本件書籍3を少なくとも300部購入したこと、前記2認定の本件マニュアルを複製した部分は、週刊住宅新聞社の社員であったDが、Fから渡された本件書籍2を参考にして記載したこと、Dは、上記複製部分を記載された原稿をFに渡し、同人は、その原稿を上記4名の執筆者に渡して検討させたこと、以上の事実が認められる。
 被告Bは、以上のような事実関係のもとで本件書籍3の著者となった被告カイロプラクティック師会の代表者であったから、本件書籍3について著作権や著作者人格権の侵害行為がないように注意し、そのようなことがあれば、その部分を削除するとか、出版を中止するなどして、著作権や著作者人格権の侵害行為が生じないようにすべき義務があったものということができる。しかるところ、証拠(甲12)と弁論の全趣旨によると、本件書籍3が制作発行された平成12年11月9日には、すでに本件訴訟が提起されており、原告から、本件書籍2は本件マニュアルを複製したものであるとの主張がされていたこと、上記のとおり、本件マニュアルを複製した本件書籍2は、FからDに渡されて、本件書籍3の制作に使われたこと、本件書籍3は、前記2のとおり、原告の複製権及び著作者人格権を侵害するものであって、そのことは、本件マニュアルと本件書籍2や本件書籍3を対比し、Fや被告学院の従業員に確認するなどすれば容易に判明するものと考えられることからすると、被告Bは、被告カイロプラクティック師会の代表者として、上記義務を果たさなかった過失があるものというべきである。
 上記認定のとおり、本件書籍3の出版については、被告学院の宣伝という意味があり、そのため、被告学院は、本件書籍3を少なくとも300部購入しているのであるが、それのみでは、被告Bが、被告学院の代表者として、本件書籍3の制作、出版に関与したとまでは認められないから、被告Bの行為に基づいて、被告学院が損害賠償責任を負うことはない。
 よって、被告B、被告カイロプラクティック師会は、いずれも本件書籍3による複製権及び著作者人格権の侵害について損害賠償責任を負うが、被告学院が責任を負うとは認められない。
4 争点(4)について
 本件マニュアルは、前記1認定のとおり、被告学院の授業に依拠し、これを文章化したものであるが、その文章化には創作性が認められることからすると、被告らに対し、本件マニュアルの著作権及び著作者人格権について権利行使することが権利の濫用に当たるとは認められない。
5 争点(5)について
(1)ア 証拠(原告本人)によると、原告は本件マニュアルを販売したことはなく、知人にコピーを配布しその実費を受け取ったことがあるにすぎないことが認められる。したがって、本件書籍1が出版、販売されなかったならば、原告は、本件書籍1の販売によって被告らが得た利益と同様な利益を得ることができたとは到底認められない。
 よって、本件書籍1の販売によって被告らが得た利益をもって、原告の損害と推定することはできない。
 しかしながら、原告は、著作権使用料相当額の損害は被ったものと認められるので、その額について検討する。
イ  本件書籍1が1000部印刷され、小売単価が1冊1万円であることは当事者間に争いがない。また、前記2認定の事実に証拠(甲2)を総合すると、本件書籍1の本文部分は106ページであること、本件書籍1の19ページから20ページにかけて記載されているほぐしの一般的な注意事項についての記載は、本件マニュアルを複製したものであること、本件書籍1の43ページから103ページが「第3章〈ほぐし〉基本操作」であり、同章は、最初の1ページには、「第3章〈ほぐし〉基本操作」とのみ記載され、その後の60ページのうち22ページが文章、38ページが写真と図であること、この22ページの文章のうち多くの記載は、前記2認定のとおり、本件マニュアルの複製であること、以上のとおり認められる。そして、これらの事実に、前記1で認定したとおり、本件マニュアルは、村上整体専門医学院の授業内容に基づくものであって、それを文章化したところに創作性があること、弁論の全趣旨によると、本件書籍1の小売単価が1万円と比較的高額であるのは、村上整体専門医学院の教科書として使われるためであると認められること等本件に現れた諸般の事情を勘案すると、本件書籍1についての著作権使用料相当額は、30万円が相当である。
(2) 原告は、本件書籍2が5000部印刷されたと主張するところ、証拠(乙2の1、2、乙3、8)と弁論の全趣旨によると、本件書籍2について5000部印刷するとの出版契約が締結されたが、実際に印刷されたのは3000部であると認められる。
 本件書籍2の小売単価が1冊1200円であることは当事者間に争いがない。また、前記2認定の事実に証拠(甲4)を総合すると、本件書籍2は本文部分が189ページあるところ、そのうち本件マニュアルの複製部分はあわせて13ページであることが認められる。そして、これらの事実に、前記1で認定したとおり、本件マニュアルは、村上整体専門医学院の授業内容に基づくものであって、それを文章化したところに創作性があること等本件に現れた諸般の事情を勘案すると、本件書籍2についての著作権使用料相当額は、10万円が相当である。
(3) 本件書籍3が5000部印刷され、小売単価が1冊1300円であることは当事者間に争いがない。また、前記2認定の事実に証拠(甲12)を総合すると、本件書籍3の本文部分は184ページであるところ、本件マニュアルを複製したものが記載されているページは、そのうちの11ページであり、11ページのうち1ページは、ほぼ全体が複製部分であるが、他の10ページは、ページの一部にある囲みの部分であるか又は図の説明であることが認められる。これらの事実に、前記1で認定したとおり、本件マニュアルは、村上整体専門医学院の授業内容に基づくものであって、それを文章化したところに創作性があること等本件に現れた諸般の事情を勘案すると、本件書籍3についての著作権使用料相当額は、10万円が相当である。
(4) 証拠(甲15、原告本人)と弁論の全趣旨によると、原告は、被告らによる著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)侵害行為によって、精神的苦痛を被ったものと認められる。
 そして、すでに認定した諸般の事情を考慮すると、著作者人格権侵害による精神的苦痛に対する慰謝料の額は、本件書籍1につき30万円、本件書籍2につき20万円、本件書籍3につき20万円が相当というべきである。
(5) 原告は、本件マニュアルの著作権侵害によって精神的苦痛を被ったと主張するが、本件の差止請求及び著作権侵害に対する使用料相当額の損害賠償請求が認められるのであるから、これによっても慰謝されない精神的損害が本件マニュアルの著作権侵害によって原告に生じたとまでは認められない。
(6) 本件事案の内容、認容額、本件訴訟の経過等を総合すると、本件著作権及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は、本件書籍1につき15万円、本件書籍2及び3につきそれぞれ5万円が相当というべきである。
6 争点(6)について
 被告らの著作者人格権侵害行為によって、原告の名誉声望、すなわち、原告の人格的価値について社会から受ける客観的な評価が害されたとまで認めることはできないから、謝罪文の掲載を求める請求は理由がない。
7 被告学院に対する差止請求について
 前記3(2)のとおり、被告学院は、本件書籍1の制作、出版に関与したことが認められる。また、被告学院が本件書籍1を村上整体専門医学院の生徒に教科書として販売する行為は、原告が本件マニュアルについて有する譲渡権を侵害するものである。
 弁論の全趣旨によると、被告学院は、現在は、本件書籍1を販売していないが、それは、念のため販売を中止していることによるものであると認められ、被告学院が本件訴訟において本件書籍1について著作権及び著作者人格権の侵害を争っていることを総合すると、被告学院に対して本件書籍1についての差止めを認める必要性がある。
 したがって、被告学院に対する差止請求は理由がある。
8 よって、原告の請求は、主文掲記の限度で理由がある(本件書籍3についての遅延損害金請求の起算日は、本件書籍3の発行日である平成12年11月9日とした。)。
 なお、被告創作舎は、(1)原告の同被告に対する本件訴訟は探索的な訴訟である、(2)本件の紛争は、実質的には、原告と同被告以外の被告との間の紛争である、(3)同被告の応訴の負担は甚大であると主張して、原告の同被告に対する本件訴訟は、訴権の濫用であるとも主張しているが、すでに述べたとおり同被告に対する請求は理由があるから、同被告が主張しているような理由で、原告の同被告に対する本件訴訟が訴権の濫用にならないことは明らかである。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 男澤聡子
 裁判官 岡口基一は、填補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官 森義之


別紙物件目録                                 
1 B著「規範 村上式<ほぐし <R>>実践テクニック基本編」創作舎編集・制作、AJCA出版局発行にかかる書籍               
2 全国カイロプラクティック師会編「<癒し>の達人カイロドクター独立・開業マニュアル 村上式<ほぐし <R>>カイロ完全ガイド」音羽出版発行にかかる書籍                                
3 全国カイロプラクティック師会著「なる本[カイロプラクティック師]」株式会社週刊住宅新聞社発行にかかる書籍

別紙
 私は、「規範 村上式<ほぐし <R>>実践テクニック基本編」と題する書籍にA氏が著作した文章をA氏の承諾を得ないまま一部改変の上掲載し、当該書籍に自らを著作者として表示していたもので、これにより同氏の著作者人格権を毀損し、ご迷惑をおかけしました。
 よって、ここに深くお詫び申し上げます。

 B
 (有限会社村上整体専門医学院取締役)
 (全国カイロプラクティック師会会長)
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