判例全文 line
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【事件名】ネット上の音楽無料配信事件(日本音楽著作権協会)
【年月日】平成14年4月11日
 東京地裁 平成14年(ヨ)第22010号 著作権侵害差止請求仮処分命令申立事件

決定
債権者 社団法人日本音楽著作権協会
訴訟代理人弁護士 田中豊
同 藤原浩
同 市村直也
債務者 有限会社日本エム・エム・オー
訴訟代理人弁護士 小倉秀夫


主文
 債権者が本決定送達後7日以内に金5000万円の担保を立てることを条件として、債務者は、債務者が「ファイルローグ」(File Rogue)という名称で運営する電子ファイル交換サービスにおいて、MP3(MPEG1オーディオレイヤー3)形式によって複製され、かつ、送受信可能の状態にされた電子ファイルの存在及び内容等を示す、利用者のためのファイル情報のうち、ファイル名及びフォルダ名のいずれかに別紙楽曲リストの「原題名」欄記載の文字(漢字、ひらがな、片仮名並びにアルファベットの大文字及び小文字等の表記方法を問わない。)及び「アーティスト」欄記載の文字(漢字、ひらがな、片仮名並びにアルファベットの大文字及び小文字等の表記方法を問わない。姓又は名のいずれか一方のみの表記を含む。)の双方が表記されたファイル情報を、利用者に送信してはならない。

理由の要旨
第1 申立ての趣旨
 債務者は、別紙楽曲リスト記載の各音楽著作物につき、自己が運営する「ファイルローグ」(File Rogue)という名称の電子ファイル交換サービスにおいて、MP3(MPEG1オーディオレイヤー3)形式によって複製された電子ファイルを送受信の対象としてはならない。
第2 事案の概要
 債務者が運営するインターネット上の電子ファイル交換サービスにおいて、債権者が著作権を有する音楽著作物をMP3(MPEG1オーディオレイヤー3、以下「MP3」という。)形式で複製した電子ファイルが、債権者の許諾を得ることなく交換されていることに関して、債権者が、上記電子ファイル交換サービスを提供する債務者の行為は、債権者の有している著作権(複製権、自動公衆送信権、送信可能化権)を侵害すると主張して、上記電子ファイルの送受信の差止めを求めた。
 (なお、当事者双方の主張の詳細は、債権者については別紙「仮処分命令申立書」の、債務者については「答弁書」及び「債務者第1回準備書面」の各記載のとおりである。)
1 前提となる事実(審尋の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 著作権等管理事業法(平成12年法律第131号)に基づき著作権等管理事業者登録簿に登録された音楽著作権等管理事業者であり、内国著作物については管理委託契約により国内の多くの作詞者、作曲者、音楽出版者等の著作権者から著作権ないしその支分権(演奏権・上映権・録音権など)につき信託を受け、外国の著作物については我が国が締結した著作権条約に加盟する諸外国の著作権仲介団体との相互管理契約によるなどしてこれを管理し、国内の公衆送信事業者をはじめ、レコード、映画、出版、興行、社交場等各種の分野における音楽の利用者に対して、音楽著作物の利用を許諾し、その対価として利用者から使用料を徴収するとともに、これを内外国の著作権者に分配することを主たる目的とする社団法人であり、別紙楽曲リストに記載の各音楽著作物(以下「本件各管理著作物」という。)の著作権を管理している。
イ 債務者は、ソフトウエアの開発、販売その他を目的とする有限会社であるが、平成13年11月1日から、カナダ法人であるITPウェブソリューションズ社と提携することにより、利用者のパーソナルコンピュータ(以下「パソコン」という。)間でデータを送受信させるピア・ツー・ピア(Peer To Peer)技術を用いて、カナダ国内に中央サーバ(以下「債務者サーバ」という。)を設置し、インターネットを経由して債務者サーバに接続されている不特定多数の利用者のパソコンに蔵置されている電子ファイルの中から、同時に債務者サーバに接続されている他の利用者が好みのものを選択して、無料でダウンロードできるサービス(以下「本件サービス」という。)を、「ファイルローグ(File Rogue)」の名称で日本向けに提供している。
 本件サービスを利用するにはパソコンに本件サービス専用のファイル交換用ソフトウェア(以下「本件クライアントソフト」という。)がインストールされることが必要である。債務者は、インターネット上に開設しているウェブサイト「http://www.filerogue.net/」(以下「債務者サイト」という。)において、不特定多数の利用希望者に対して本件クライアントソフトを配布している。
(2) MP3ファイル
 MP3(MPEG1(エムペグワン)オーディオレイヤー3(スリー))とは、音声のデジタルデータを圧縮する技術規格の一つである。パソコン等を利用し、音楽CD等の音声データをMP3ファイルに変換することによって、聴覚上の音質の劣化を抑えつつ、データ量を元の10分の1程度に減らすことができるため、音声データをハードディスク上に複製したり、インターネット上で配信する等の行為を、より容易にすることができる。
(3) 本件サービスの利用方法
ア 利用者が本件サービスを利用するためには、まず、パソコンを債務者サイトに接続して、本件クライアントソフトをダウンロードし、これをパソコンにインストールすることが必要である。次に、利用者は、任意のユーザー名(ユーザーID)及びパスワードを登録しなければならない。この場合に、利用者は、ユーザー名及びパスワードを任意に設定することができ、利用者の戸籍上の名称や住民票の住所等、本人確認のための情報の入力は要求されない。
イ 本件サービスによって、電子ファイルを送信できるようにしようとする利用者(以下「送信者」という。)は、本件クライアントソフトの追加コマンドを実行することによって、送信を可とするファイルを蔵置するフォルダ(以下「共有フォルダ」という。)を指定し、同フォルダに送信を可とする電子ファイルを蔵置する。本件クライアントソフトをインストールしたパソコンが債務者サーバに接続されると、共有フォルダ内の電子ファイルは自動的に他の利用者のパソコンに送信できる状態となる(ただし、接続時に自動的に送信できる状態としない設定も可能である。)。
 送信者は、共有フォルダ内に蔵置した電子ファイルのファイル名を付する(利用者は、同ファイル名を自由に付することができ、したがって、電子ファイルの内容と全く対応しないファイル名であっても支障はない。)。
 送信者が本件クライアントソフトを起動し、接続ボタンをクリックして債務者サーバに接続すると(利用者は、通常、本件クライアントソフトを起動することにより債務者サーバに接続する。)、共有フォルダに蔵置した電子ファイルのファイル情報(ファイル名、フォルダ名、ファイルサイズ及びユーザー名)並びにIPアドレス及びポート番号(インターネットに接続する際に、プロバイダから割り当てられる番号)に関する情報(以下これらの情報を総称して「送信者情報」という場合がある。)が債務者サーバに送信される。
ウ 電子ファイルの受信を希望する利用者(以下「受信者」という。)は、本件クライアントソフトを起動して債務者サーバに接続し、キーワードとファイル形式によって、債務者サーバに対して、希望する電子ファイルの検索の指示を送信すると、債務者サーバから、債務者サーバに接続している他の利用者のパソコンの共有フォルダ内から上記指示に沿った電子ファイルに関する情報(ファイル名、ファイルパス名、ユーザーID、IPアドレス及びポート番号等)が送信される。
 受信者は、上記の電子ファイルに関する情報の中から取得したいファイルを選択し、「ダウンロード」ボタンをクリックすると、保存先のフォルダを表示する画面が表示され、同画面上の「保存」をクリックすると、そのファイルを蔵置しているパソコンから自動的に当該ファイルが送信され、保存先として設定した受信者のパソコン内のフォルダに自動的に複製される。なお、保存先のフォルダは、既定の状態では共有フォルダとなっている。
エ 債務者サーバは、債務者サーバに接続している送信者のパソコンから送信された送信者情報を基に、現時点でダウンロード可能なファイルに関するデータベースを作成する。
 受信者からの検索指示が送信されると、上記ファイル情報等を用いて検索処理をし、債務者サーバに接続している利用者の共有フォルダ内から上記指示に合致したファイル名を検出し、検出したすべての電子ファイルに関する情報等(ファイル名、ファイルパス名、ユーザーID、IPアドレス及びポート番号等)を検索指示をした受信者のパソコンに送信する。
(4) 本件サービスの特徴
 本件サービスは、MP3ファイルのみを送受信の対象とするものではなく、音声、動画、画像、文書、プログラムなどの多様な電子ファイルを交換することのできる汎用的なものである。
 本件サービスにおいて、債務者サーバには、電子ファイルのファイル情報等のみが送られ、交換の対象となる電子ファイル自体は利用者のパソコン内に蔵置され、債務者サーバには送信されることはない。ファイル送信の指示及び電子ファイル自体の送信は、受信者と送信者のパソコンの間で直接行われる。しかし、利用者同士間でこのような送受信が可能となるのは、本件サービスが、利用者のインターネット上の所在(IPアドレス及びポート番号)を把握し、これに基づいて、本件クライアントソフトが、インターネットを介して受信者と送信者のパソコンを直接接続するサービスを提供しているからである。
 このようなシステムのため、債務者においても、個別にダウンロードして再生しない限り、債務者サーバに送信されたファイル情報によって示されている電子ファイルの内容を知ることはできない。
(5) 利用者が権利侵害をした場合の債務者の措置
 本件サービスにおいて、利用者は、パソコンの画面上で、著作権等を侵害するファイルを送信可能な状態としないことなどを内容とする利用規約に同意する旨のボタンをクリックしない限り、本件クライアントソフトをダウンロードすることができない仕組みとされている。
 債務者の規約によれば、債務者は、電子ファイルの公開により権利が侵害されたと思料する者から、電子ファイルの名称、電子ファイルが蓄積されているディスクのID、侵害された権利の概要を示されてファイル公開の停止(共有の解消)を求められたときは、ファイルの保有者が反論を提出しなかった場合、あるいは仲裁等により権利侵害が確定された場合、当該ファイル保有者の利用を停止することができるとされている。
 現在のところ、債務者は、送信可能化状態にされたMP3ファイルの中から、著作権、著作隣接権侵害に当たるものを選別したり、そのファイル情報の送信を遮断するなどの技術を有しているわけではない。
(6) 本件サービスの運営状況
 社団法人日本レコード協会(以下「日本レコード協会」という。)が、平成13年11月1日から平成14年1月23日までの間の毎平日の午後5時前後に行った調査によれば、債務者サーバに接続しているパソコンの共有フォルダに蔵置されている電子ファイルの数は、各調査時点の平均で54万弱であるが、そのうちMP3ファイルは平均約8万で全体の約15パーセントを占める(なお、この数字は公開中の電子ファイルの数であり、実際に交換された電子ファイルの数ではない。)。また、平成13年12月3日の時点で、債務者サーバに登録された利用者数は約4万2000人に達していたが、前記調査によれば、各調査時点で同時に債務者サーバに接続している利用者数は平均約340人であった。
 前記のとおり、MP3ファイルのファイル名は自由に付けることができる。債務者サーバにおいて公開されたMP3ファイルの場合、そのファイル名又はフォルダ名に、市販のレコードの実演家名、楽曲名又はアルバムタイトルに一致すると推測される部分を含むものが数多く存在する。日本レコード協会が債務者サーバから不作為に抽出した306件のMP3ファイルについて調査したところ、同協会の職員らが、そのファイル名及びフォルダ名に照らし判断した結果、一部に特定のレコードと結びつけることのできないものも存在したが、96.7パーセントのものが市販のレコードを複製したものであると判断された。
 現在、本件サービスの利用は無料であるが、債務者は、パソコン画面上に表示される広告から、若干の広告料収入を得ている。
(7) 本件各管理著作物の複製
 債権者は、平成14年3月1日、債務者サーバに接続して、本件サービスにおいて送信可能化されているMP3ファイルを無作為に抽出してダウンロードした上、それを再生するという方法で、当該MP3ファイルが債権者が管理している著作物の複製物であるかを確認した。その結果、ダウンロードに成功した26曲のうち、25曲が債権者が管理している音楽著作物を演奏したものを収録したレコードをMP3形式で複製した電子ファイルであり、そのうち18曲が、本件各管理著作物を演奏することにより生じた音を録音したレコードをMP3形式で複製した電子ファイル(以下「本件各MP3ファイル」という。)であったことが確認されている。
(8) 債権者と債務者との事前交渉等
 債権者は、平成13年12月14日、債務者に対し、本件サービスによるファイル交換が債権者の有する著作権を侵害するものであるから、直ちに著作権侵害の解消及び発生防止の措置を講ずるよう通知した。これに対し、債務者は、同月18日、債権者に対し、債務者の行為は情報交換のためのインフラの整備、提供であること、本件サービスが他人の権利を侵害するような情報の流通に利用されることを完全に防止できるとまではいえない状況にあっても、まず、情報交換のインフラを整備、提供することこそが重要であると考えていること、債権者が要請するファイル交換の遮断措置を講じるためには、レコード会社名、曲名、アーティスト名を入力すれば、当該音楽著作物を演奏したものを収録した音楽CDをMP3形式に複製したファイルを自動的に検出するというような技術が不可欠であるが、債務者はそのような技術が存在することは知らないこと、債務者はノーティス・アンド・テイクダウン手続を用意しているので、債権者も上記手続を利用すべきことなどを回答した。
2 争点
(1) 被保全権利の有無
ア 本件各管理著作物について債権者の有する著作権に対する侵害行為の主体が債務者であるとして、債務者に対して、本件各MP3ファイルの送受信の差止めを求めることはできるか。
イ 本件各管理著作物について債権者の有する著作権に対する侵害行為を債務者が教唆又は幇助しているとして、債務者に対して、本件各MP3ファイルの送受信の差止めを求めることはできるか。
(2) 保全の必要性の有無
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)ア(著作権の直接侵害の成否)について
(債権者の主張)
ア 利用者の著作権侵害の有無
(ア) 送信者の複製行為と複製権侵害の有無
 以下のとおりの理由から、送信者が本件各MP3ファイルをパソコンの共有フォルダに蔵置すること、及び共有フォルダに本件各MP3ファイルを蔵置した状態で債務者サーバにパソコンを接続させることは、債権者の有する複製権を侵害する。
a 本件各管理著作物の複製物である本件各MP3ファイルをパソコンの共有フォルダに蔵置することは、本件各管理著作物をパソコンのハードディスク等の記憶媒体に複製(法2条1項15号)する行為に該当する。
 そして、仮に本件各MP3ファイルが複製された当初は私的使用の目的(法30条)でされたものであっても、それを共有フォルダに蔵置して債務者サーバに接続すれば、不特定多数の者に対して送信可能な状態にするので、「公衆に提示」(法49条1項1号)したことになる。
b 法30条1項は、複製者自身が、複製の目的とされた使用をすることを前提としている。送信者が、本件サービスの利用を前提として、自己のパソコンにおいて複製する行為は、私的な使用を目的とした送信者自身による複製とはいえず、同条項を適用することはできない。
c 法30条1項は、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約(以下「ベルヌ条約」という。)9条(2)項本文の、「特別の場合について(1)の著作物の複製を認める権能は、同盟国の立法に留保される。」という条項に基づく規定である。同項ただし書きは、「ただし、そのような複製が当該著作物の通常の利用を妨げず、かつ、その著作物の正当な利益を害しないことを条件とする。」と規定し、複製権を制限する立法に対して、内容面で制約を付している(同項本文の「特別な場合」という条件を含めて、一般に「3ステップテスト」と呼んでいる。)。また、ベルヌ条約をその一部として組み込む形で定められたTRIPs協定の13条には、複製権を含む著作者の排他的権利一般の制限規定について、これと同一の制約が課されている。
 ところで、我が国が締結した条約及び確立された国際法規は、国内法である法律よりも上位にある。したがって、複製権の制限を認める法30条1項の規定が有効であるためには、同規定は、3ステップテストをクリアできるように限定的に解釈適用されなければならない。このような理由から、法30条1項を限定的に解釈すると、本件サービスの利用を前提として、送信者が行う本件各管理著作物の複製は、同条項の要件を充たさないことは明らかである。
d 法49条1項1号の規定の趣旨は、「法30条1項の私的使用目的は複製時点に存すれば足りるところ、複製時点で私的使用目的があったとしても、結果的に私的使用の範囲を超えて当該複製物が利用される場合には、同条項の趣旨が潜脱されることになるから、たとえ同条項に従って作成された複製物であっても、それを頒布したり、公衆に提示した者は、複製を行った者とみなす」というものである。法49条1項1号にいう「公衆に提示」する行為には、当該複製物を用いて機械的に公に再生したり、上映したり、放送、有線送信等の公衆送信を行ったりといった、法が著作権者等に禁止権を与えた利用方法のすべてを含むと解すべきである。
 したがって、本件サービスを利用して、送信者が、共有フォルダに蔵置された本件各MP3ファイルを公衆に対して送信可能な状態に置けば、その行為自体が、法49条1項1号の「公衆に提示」する行為に該当する。その送信を受けた受信者が、送信されたファイルそのものを視聴するのか、それとも送信されたファイルを一旦自己の記録媒体に複製してから視聴するかは問題にならない。
(イ) 送信者の自動公衆送信及び送信可能化行為と自動公衆送信権及び送信可能化権侵害の有無
 以下のとおりの理由から、本件サービスにおける送信者の行為は、債権者の有する自動公衆送信権及び送信可能化権を侵害する。
a 本件サービスは、誰でも、自由に設定したID、パスワード及びメールアドレス(虚偽のものでも受理される。)のみを入力することで直ちに利用可能となるから、本件サービスにより電子ファイルの送信を受ける者は「不特定人」である。そして、本件サービスの利用者は平成13年12月3日の時点で既に4万2000人に及び、債務者サーバに接続中のパソコンも常時数百に及ぶから、電子ファイルの受信者は「多数」である。したがって、本件サービスにより電子ファイルをダウンロードする者は「公衆」(法2条5項参照)に該当する。
 なお、法2条1項7号の2の「公衆によって直接受信されることを目的として」の「目的」は、当該行為の外形から客観的に判断されるものであり、「特定の友人だけに送信したい」というような送信者の内心によって左右されるものではない。
b 本件クライアントソフトの起動により利用者のパソコンが債務者サーバに接続された結果、同パソコン内の共有フォルダ内に蔵置されている電子ファイルの内容等を示すファイル名・ファイルサイズ・ファイルの所在等の情報が債務者サーバに自動的かつ瞬時に読みとられ、債務者サーバにおけるこの情報の独占排他的な管理の下で他の利用者に提供されることにより、「自動公衆送信」状態が生じる。すなわち、本件サービスにおいて、共有フォルダ内に蔵置された電子ファイルが、他のパソコンからの要求に応じて自動的に送信されることは、公衆によって直接受信されることを目的として行う送信を公衆からの求めに応じ自動的に行うものといえるから、「自動公衆送信」(同法2条1項9号の4)に該当する。
 また、送信側パソコンとそれが接続した債務者サーバとが本件クライアントソフトの機能により一体となって法2条1項9の5号イにいう「自動公衆送信装置」を構成するものというべきである。したがって、共有フォルダに電子ファイルを蔵置する行為は、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に情報を記録すること」(法2条1項9の5号イ)であるから、同号にいう「送信可能化」に当たる。
(ウ) 受信者の複製行為と複製権侵害の有無
 本件サービスによって他の利用者のパソコンからダウンロードされた電子ファイルは、受信側パソコンに自動的に蔵置(複製)される。既定の状態では受信側パソコンの共有フォルダ内に蔵置(複製)された上、さらに再送信可能な状態に置かれるから、そこに電子ファイルを蔵置することは、私的使用には該当しない。
イ 債務者の著作権侵害の有無
 以下の理由により、債務者が本件サービスを提供することは、本件各管理著作物についての著作権を侵害する行為と解すべきである。
(ア) 本件著作権侵害を構成する電子ファイルの送信及び受信側パソコンにおける複製は、債務者が用意し手筈を整えた手段及び便宜を利用してのみ可能となるものである。すなわち、債務者サーバは、これに接続中のパソコンの共有フォルダ内に蔵置された電子ファイルの情報をすべて入手し、これを独占的に管理してダウンロードが可能な電子ファイルを利用者に検索させ、その中から利用者が入手を希望する電子ファイルの所在情報等を受信者のパソコンに伝達するなどして利用者のパソコン間で電子ファイルを直接自動的に送受信させるとともに受信側パソコンに複製させている。これらはすべて債務者が配布した本件クライアントソフトと債務者が運営する債務者サーバとを連携させることによって初めて可能になるものである。
 そして、本件サービスにおいては、債務者が運営する債務者サーバと利用者のパソコンとが一体となって自動公衆送信装置を構成するのであるから、本件サービスによる本件各管理著作物の送信可能化及び受信側パソコンにおける複製は、債務者と各利用者との共同行為というべきである。
 したがって、本件著作権侵害は、債務者が運営する本件サービスの提供によって初めて惹起されるものであり、債務者は、本件著作権侵害に不可欠の道具を提供するばかりか、本件著作権侵害行為を自ら行っているのである。
(イ) 利用者が、共有フォルダにMP3ファイルを蔵置し、又は本件クライアントソフトを起動しただけでは、共有フォルダ内の電子ファイルに公衆がアクセスすることはできないこと、本件クライアントソフトの画面の「接続」ボタンをクリックして債務者サーバに接続しても、この接続だけでは自動公衆送信し得る状態にはならないことから、本件サービスにおいて、自動公衆送信し得ない状態にある著作物を「自動公衆送信し得るようにする」状態にする行為は、債務者と本件サービスの利用者とが共同して行っているというべきである。
(ウ) 利用者の多くが自己のパソコンの共有フォルダ内にレコードを複製したMP3ファイルを蔵置して他の利用者との交換に供したり、他の利用者のパソコンの共有フォルダ内に蔵置された自己の好みのレコードが複製されたMP3ファイルをダウンロードすることは、債務者の本件サービスの提供行為の意図に合致した典型的結果である。
 したがって、たとえ債務者が物理的には関与していなくても、債務者が提供する本件サービスの利用を前提として、債務者が提供した手段(本件クライアントソフト)を利用し、債務者が手筈を整えた手順に従って、利用者が自己のパソコンの共有フォルダ内にMP3ファイルを蔵置する行為及び他のパソコンの共有フォルダに蔵置されたMP3ファイルのダウンロードコマンド・保存コマンドを実行する行為には、債務者の著作権侵害主体性を認める上で必要な「管理・支配」は及んでいるというべきである。
(エ) 債務者は、インターネット広告代理店会社のバリューコマース株式会社外1社と契約し、本件サービスの画面にバナー広告等を表示することにより広告収入を得ており、これは本件著作権侵害行為による利益に当たる。
 また、債務者は、将来本件サービスの有料化を予定しており、本件サービスの利用者の増加は債務者の将来の経済的利益に直結しているところ、本件サービスにより送信可能化される本件各管理著作物が増加すれば、それだけ本件サービスの利用者が増大することになるから、債務者は本件著作権侵害行為により経済的利益を得ているというべきである。
(オ) MP3ファイルの圧倒的多数はCD等に収録された音楽著作物を圧縮して複製したものであり、その大多数は債権者の管理著作物であるから、本件サービスにおいてMP3ファイルの交換が行われれば、債権者の著作権を侵害する結果を惹起することは必然であるところ、債務者は、本件クライアントソフトを不特定多数の者に無料で配布した上、ファイルを交換しようとする者の匿名性を保証した形で(したがって、著作権者の利用者に対する責任追及を著しく困難にさせて)本件サービスを提供しているのであるから、債務者による本件サービスの提供行為は、利用者に対してMP3ファイルの交換による著作権侵害に出ることを強く慫慂するものであって、著作権侵害の結果を惹起することを織り込んだものというべきである。
(カ) 本件サービスによって違法に複製され、送信可能化されているMP3ファイルの数は常時数万件から十数万件に及んでおり、本件著作権侵害による債権者の損害は極めて莫大である。
(キ) 本件著作権侵害の被害者である債権者及び著作権者が本件サービスによって送信可能化された電子ファイルを自己のパソコンに蔵置している利用者を特定することは不可能であり、本件サービスの提供によって日々刻々と大量に発生する著作権侵害のすべてを把握し、その結果を防止することができるのは、本件サービスの全体を管理・運営する債務者だけである。
 また、本件サービスによる著作権侵害の結果を防止するためには、債務者に侵害結果防止措置をとらせることが適切であり、かつ可能である。
(債務者の反論)
ア 利用者の著作権侵害の有無
(ア) 送信者の複製行為と複製権侵害の有無
 以下のとおりの理由から、送信者が本件各MP3ファイルをパソコンの共有フォルダに蔵置すること、及び共有フォルダに本件各MP3ファイルを蔵置した状態で債務者サーバにパソコンを接続させることは、債権者の有する複製権を侵害しない。
a 自分のパソコンにインストールされているMP3プレイヤーで聴くために、本件各MP3ファイルを保存する行為自体は、法30条1項により、著作権者の許諾を得る必要はなく、そもそも適法な行為である。
b また、法49条1項1号は、私的利用目的で作成した複製物「によって」レコードに係る音等を公衆に提示した場合に、複製を行ったものとみなすという規定である。同条項が適用されるためには、「レコードに係る音等」が、私的利用目的で作成した複製物自体によって、公衆に提示される必要がある。しかし、受信側パソコンに提示される音は、送信者が私的利用目的で作成した複製物により提示されるのではなく、受信者が私的利用目的で作成した複製物により提示されるものである。したがって、私的利用目的で作成したMP3形式の音楽ファイルを共有フォルダに蔵置したまま債務者サーバに接続をしても、法49条1項1号のみなし複製規定の適用を受けることはないというべきである。
(イ) 送信者の自動公衆送信及び送信可能化行為と自動公衆送信権及び送信可能化権侵害の有無
 以下のとおりの理由から、送信者が本件各MP3ファイルをパソコンの共有フォルダに蔵置すること、又は、共有フォルダに本件各MP3ファイルを蔵置した状態で債務者サーバにパソコンを接続させることは、債権者の有する自動公衆送信権及び送信可能化権を侵害しない。
 送信者は、本件クライアントソフト等を利用して行われるリアルタイム・チャット等を介して知り合った特定の人物によって直接受信されることを目的として、特定のフォルダを共有フォルダとして指定する場合があり得る。このような場合、送信の相手側は少数人かつ特定人であるというべきである。したがって、上記の場合は、共有フォルダ内に本件各MP3ファイルを蔵置する行為は、「公衆によって直接受信されることを目的として」なされたものとはいい難いから、「送信可能化」に当たらないというべきである。
(ウ) 受信者の複製行為と複製権侵害の有無
 まず、受信者は、受信側パソコン内の任意のフォルダ内に受信したファイルを蔵置(複製)することができるのであって、必ずしも受信側パソコンの共有フォルダ内に蔵置(複製)され、さらに再送信可能な状態に置かれるとはいえない。また、法30条1項が適用されるために要求されるのは、複製を行うに当たって、新たに作成した複製物を「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的」としていることのみであるから、受信者が自らのパソコン又は携帯用MP3プレイヤーで音楽等を聴く目的で受信した電子ファイルを受信側パソコン内に蔵置したのであれば、再送信されることを意識することなく漫然と受信した電子ファイルを共有フォルダに収蔵したときであっても、電子ファイルの複製行為は私的使用を目的として行われている以上、法30条1項の適用がある。
 したがって、少なくとも、受信者が自らのパソコン又は携帯用MP3プレイヤーで音楽等を聴く目的で受信した電子ファイルを受信側パソコン内に蔵置した場合には、当該蔵置(複製)行為は、著作権(著作隣接権)侵害とはなり得ない。
イ 債務者の著作権侵害の有無
(ア) 本件サービス提供行為と送信可能化権及び自動公衆送信権侵害の有無
 最判昭和63年3月15日(民集42巻3号199頁)によれば、実際に著作物等の利用行為を行っている者以外の者を規範的に利用行為主体と認めるためには、@実際の利用者による利用を管理していること、A当該利用行為により利益を上げることを意図していたことの2点が必要とされている。本件サービスは、以下のとおり、いずれの要件も充足しないから、本件サービスを提供することは債権者の有する自動公衆送信権及び送信可能化権を侵害しない。
a 管理
 以下のとおりの理由により、利用者による自動公衆送信及び送信可能化行為が債務者の管理の下で行われているということはできない。
(a) 本件各MP3ファイルが蔵置されているフォルダを共有フォルダに指定し、又は、共有フォルダに本件各MP3ファイルを蔵置することによって送信可能化を行ったのは、あくまでも、利用者であって債務者ではない。また、本件クライアントソフトを起動させる行為をしたのも、利用者であって債務者ではない。
 利用者が共有フォルダに蔵置して送信可能化する電子ファイルは、債務者があらかじめ指定したものに限られるという実態はない。
 利用者は、本件クライアントソフトをダウンロードして、パソコンにインストールした後、自宅等において、債務者の意思に関わりなく利用者自身の自由意思をもって本件クライアントソフトを起動したり、本件クライアントソフトにより任意のフォルダを共有ファイルとして指定する。
(b) 債務者サーバが関与しているのは、特定の電子ファイルのファイル名、ファイルパス名、ユーザーID及びIPアドレス等の情報を受信者に対して送信する行為に関してである。その後の受信側パソコンから送信側パソコンに特定の電子ファイルを特定のIPアドレスへ送信するようにとの指令を発信し、この指令を受信した送信側パソコンが特定の電子ファイルを受信側パソコンのIPアドレスに向けて送信するという行為に関しては、債務者は何ら関与していない。確かに、本件クライアントソフトは、@特定の電子ファイルを検索してその電子ファイルに関するカタログデータを入手するまでの過程、及びAそのカタログデータを基に個人間で電子ファイルの送受信を行う過程とを一つのソフトウェアで処理している。しかし、債務者が関与しているのは、あくまで、@の行為に関連するものに限られる。
(c) 共有フォルダとして指定されたフォルダ内に蔵置された電子ファイルを、GNUTELLAやWinMX等の、他のピア・ツー・ピア間のファイル送受信ソフトにより、公衆に送信可能な状態に置くことは容易である。実際、本件クライアントソフトとWinMXを同時に起動させ、同じフォルダを共有フォルダに指定することは可能である。したがって、債務者は、利用者が本件著作権侵害行為を実現することに不可欠な役割を果たしているとはいえない。
(d) 本件各MP3ファイルを蔵置したフォルダを共有フォルダに指定すること、本件各MP3ファイルを共有フォルダに蔵置すること、又は、本件各MP3ファイルを蔵置したフォルダが共有フォルダとして指定されたままの状態で本件クライアントソフトを起動させることを債務者が勧誘した事実もない。
 債務者は、利用者の求めに応じて、利用者に対して、本件クライアントソフトの操作方法を教えるようなサービスも行っていない。
b 図利目的の不存在
 以下のとおり、債務者は、本件サービスの運営により利益を上げる意図を有していない。
(a) 債務者は、利用規約において、利用者に、著作権、著作隣接権、名誉権、プライバシー権その他第三者の権利を侵害する電子ファイルを送信可能な状態とすることを禁止し、ノーティス・アンド・テイクダウン手続を採用することを規定し、同手続の具体的な規定まで設けている。
(b) 本件サービスの利用者が送信を許可した電子ファイルのうち、何らかの音声をMP3形式に変換した電子ファイルの割合は約15パーセント程度にすぎない。債務者にとって、利用者が本件サービスを利用して、本件各管理著作物の電子ファイルを無償、大量かつ容易に取得できることによる吸引力は大きいものではない。
(c) 確かに、債務者は、インターネット広告代理会社であるバリューコマース株式会社外1社と契約することにより広告料収入を得ている。しかし、上記各社は、本件各MP3ファイルを利用者が送信可能化したことに対して広告料を債務者に支払うのではない。したがって、債務者が本件サービスを運営するのは、利用者によって本件各MP3ファイルが送信可能化されること、又は、本件各MP3ファイルが受信側パソコンに複製されることにより利益を得ることを目的としているわけではない。
(d) 債務者は、最終的には本件サービスの有料化を検討している旨述べたが、「有料化を検討すること」と「利益を取得すること」とは異なる。また、債務者は、営利法人であるが、営利法人だからといって、すべての業務を利益取得目的で実施していることにはならない。
(イ) 本件サービス提供行為と受信側パソコンにおける複製権侵害の有無
 以下のとおりの理由から、債務者が、自己の運営する本件サービスにおいて、MP3形式によって複製され、かつ、送受信可能の状態にされた電子ファイルの存在及び内容等を示すファイル情報を受信者に送信することは、債権者の有する複製権を侵害しない。
 すなわち、上記(ア)で述べた事実、及び、@利用者が「ダウンロード」コマンドや「保存」コマンドを実行することにより受信側パソコンに複製される電子ファイルは債務者があらかじめ指定したものに限られるという実態はないこと、A本件各MP3ファイルを送信ないし保存するように債務者が勧誘した事実もないことから、利用者による複製が債務者の管理の下で行われていないことは明らかである。
 また、債務者は、本件サービスの運営により利益を上げる意図を有していないことは前述のとおりである。
(2) 争点(1)イ(教唆又は幇助の有無等)について
(債権者の主張)
 法112条1項の「著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」には、著作権侵害の教唆者及び幇助者も含まれる。
 そして、仮に債務者が本件各管理著作物について、著作権を直接侵害していないとしても、債務者は上記著作権侵害を惹起せしめ、積極的にこれに荷担しているのであるから、債務者は、利用者に対して、著作権侵害の教唆、幇助をしているといえる。したがって、債権者は、債務者に対して、債務者の行為の差止めを求めることができる。
(債務者の主張)
 以下のとおりの理由から、法112条1項所定の「著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」には、第三者の著作権侵害行為を教唆又は幇助した者は含まれないと解すべきである。すなわち、@法112条1項は文言上差止請求権行使の相手方を「その著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」に限定していること、A法112条1項の差止請求権は、被請求者の故意又は過失があることすら問わない強力な権利であること、B第三者による著作権等侵害行為を客観的に惹起し、補助し、又は容易ならしめる行為がすべて差止請求の対象となるのだとすると、その範囲は過度に広範囲となり、われわれの日常生活すら脅かされる事態に至る虞があること(例えば、債権者は、パソコンメーカーに対し、パソコンの製造・販売の差止めすら要求できることになる。)、C我が国の著作権法には、特許法上の間接侵害(特許法101条2号)のような規定も、米国著作権法上の寄与侵害のような規定も設けられていないこと等からすれば、教唆又は幇助をした者に対する差止請求は許されない。
 また、債務者は、本件各管理著作物についての著作権侵害を教唆したことはなく、上記行為についての幇助の故意、過失もない。
(3) 争点(2)(保全の必要性の有無)について
(債権者の主張)
 債権者が、債務者に対し、違法複製物の遮断措置を講じるよう繰り返し要請したにもかかわらず、債務者はこれを放置している。著作権侵害は時々刻々発生し、債権者には、莫大な被害が生じている。本案判決を待ったのでは、債権者に回復不能な損害が生じる。
(債務者の主張)
 本案判決を待ったのでは、債権者に回復不能な損害が生じるとの点については何ら疎明されていない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(著作権の直接侵害の成否)について
(1) 利用者の著作権侵害の有無(前提問題)
 債務者は、本件サービスを運営して、MP3形式によって複製され、かつ、送受信可能の状態にされた電子ファイルの存在及び内容等を示すファイル情報を受信者に送信するなどしているが、債務者の同行為は、送信可能化権を直接的に侵害する行為といえるか否かについて判断する。
 まず、その前提として、送信者が行う複製行為、自動公衆送信行為及び送信可能化行為が、それぞれ、複製権侵害、自動公衆送信権侵害、送信可能化権侵害を構成するかについて検討する。
ア 送信者の行う複製行為と複製権侵害の有無
(ア) 楽曲を演奏し、その演奏を録音した音楽CDは当該楽曲の複製物である(法2条1項15号、同13号)。また、音楽CDのMP3形式へ変換する行為は、聴覚上の音質の劣化を抑えつつ、デジタル信号のデータ量を圧縮するものであり、変換された音楽CDと変換したMP3形式との間には、内容において実質的な同一性が認められるから、レコードの複製行為ということができる。したがって、音楽CDをMP3形式で複製することは、同音楽CDに複製された楽曲の複製行為である。
 ところで、利用者が、パソコンの共有フォルダに蔵置するMP3ファイルは、@利用者が、自らパソコンで音楽CDをMP3ファイルに変換する場合、A他の者が音楽CDから変換したMP3ファイルを何らかの方法で取得する場合、B利用者が、他の者が音楽CDから変換したMP3ファイルを、本件サービスを利用して受信する場合が想定されるが、前記のとおり、音楽CDをMP3形式で複製することは、同音楽CDに複製された楽曲の複製行為に当たるのであるから、上記@ないしBの場合のいずれにの場合であっても、利用者がMP3ファイルを自己のパソコンの共有フォルダに蔵置することは、当該MP3ファイルの元となった音楽CDに複製された楽曲の複製行為に該当する(法2条1項15号)。
(イ) 法30条1項は、著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(私的使用)を目的とするときは、使用する者が複製することができる旨を規定している。また、法49条1項1号は、法30条1項に定める目的以外の目的のために、当該レコードに係る音を公衆に提示した者は複製を行った者とみなす旨を規定している。
 そうすると、@利用者が、当初から公衆に送信する目的で、音楽CDをMP3形式のファイルへ変換した場合には、法30条1項の規定の解釈から当然に、また、A当初は、私的使用目的で複製した場合であっても、公衆が当該MP3ファイルを受信して音楽を再生できるような状態にした場合には、当該複製物により当該著作物を公衆に提示したものとして、法49条1項1号の規定により、複製権侵害を構成する。
 以上のとおり、本件サービスの利用者が、本件各管理著作物の著作権を有する債権者の許諾を得ることなく、本件各MP3ファイルをパソコンの共有フォルダに置いて債務者サーバに接続すれば、複製をした時点での目的の如何に関わりなく、本件各管理著作物について著作権侵害(複製権侵害又はそのみなし侵害のいずれか)を構成する。
イ 送信者の行う自動公衆送信行為及び送信可能化行為と自動公衆送信権侵害及び送信可能化権侵害の有無
(ア) 前記前提事実のとおり、本件サービスは、ユーザー名及びパスワードを登録すれば誰でも利用できるものであり、既に4万人以上の者が登録し、平均して同時に約340人もの利用者が債務者サーバに接続して電子ファイルの交換を行っている。そして、送信者が、電子ファイルをパソコンの共有フォルダに蔵置して、本件クライアントソフトを起動して債務者サーバに接続すると、送信者のパソコンは、債務者サーバにパソコンを接続させている受信者からの求めに応じ、自動的に上記電子ファイルを送信し得る状態となる。
 したがって、電子ファイルを共有フォルダに蔵置したまま債務者サーバに接続して上記状態に至った送信者のパソコンは、債務者サーバと一体となって情報の記録された自動公衆送信装置(法2条1項9号の5イ)に当たるということができ、また、その時点で、公衆の用に供されている電気通信回線への接続がされ、当該電子ファイルの送信可能化(同号ロ)がされたものと解することができる。
 さらに、上記電子ファイルが受信側パソコンに送信された時点で同電子ファイルの自動公衆送信がされたものと解することができる。
 なお、本件各MP3ファイルは、その内容において、本件各管理著作物と実質的に同一であるから、本件各MP3ファイルを送信可能化及び自動公衆送信することは本件各管理著作物を送信可能化及び自動公衆送信することに当たる。
(イ) 以上によれば、本件サービスの利用者が、本件各管理著作物の著作権の管理者である債権者の許諾を得ることなく、本件各MP3ファイルをパソコンの共有フォルダに置いて債務者サーバに接続すれば、本件各管理著作物について、著作権侵害(自動公衆送信権侵害及び送信可能化権侵害)を構成する(法23条1項)。
ウ まとめ
 利用者が、本件各管理著作物を複製し、送信可能化をし、又は自動公衆送信するに当たり、債権者がこれを許諾した事実のないことは前述のとおりである。したがって、本件サービスの利用者の前記各行為は、著作権侵害(複製権侵害、自動公衆送信権侵害及び送信可能化権侵害)を構成する。
(2) 債務者の著作権侵害(自動公衆送信権及び送信可能化権侵害)の有無
ア 以上認定したとおり、送信者は、本件各MP3ファイルをパソコンの共有フォルダに蔵置し、かつ、その状態で債務者サーバにパソコンを接続させているのであり、送信者の上記行為は、債権者の有する送信可能化権を侵害し、さらに、受信者が送信側パソコンの共有フォルダに蔵置された本件各MP3ファイルを受信すれば、自動公衆送信権を侵害する。
 しかし、債務者自らは、パソコンに蔵置した本件各MP3ファイルを債務者サーバに接続させるという物理的行為をしているわけではない。
 そこで、債務者の行為が、債権者の有する送信可能化権及び自動公衆送信権を侵害すると解すべきかを考察することとする。債務者の行為が、送信可能化権及び自動公衆送信権を侵害するか否かについては、@債務者の行為の内容・性質、A利用者のする送信可能化状態に対する債務者の管理・支配の程度、B本件行為によって生ずる債務者の利益の状況等を総合斟酌して判断すべきである。
イ 本件サービスの内容・性質
(ア) 前記前提事実及び審尋の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。
 債務者サーバは、@債務者サーバに接続している利用者のパソコンの共有フォルダ内の電子ファイルに関するファイル情報を取得し、Aそれらを一つのデータベースとして統合して管理し、B受信者の検索リクエストに応じた形式に加工した上、Cこれを、同時に債務者サーバに接続されている他の利用者に対して提供し、D他の利用者が本件クライアントソフトにより、好みのファイルを検索・選択し、画面に表示されたダウンロードボタンをクリックするだけで(送信者のIPアドレスを知る必要もないまま)当該電子ファイルの送信を受けることができるようにしている。このように、ファイル情報の取得等に関するサービスの提供並びにファイルをダウンロードする機会の提供その他一切のサービスを、債務者自らが、直接的かつ主体的に行っている。利用者は、債務者のこれらの行為によってはじめてパソコンの共有フォルダ内に蔵置された電子ファイルが他の利用者へ送信し得る状態を実現できる。
 ところで、審尋の全趣旨からすると、本件サービスを利用すれば、市販のレコードとほぼ同一の内容のMP3ファイルを無料で、しかも容易に取得できるのであるから、市販のレコードを安価に取得したいと希望する者にとって、本件サービスは極めて魅力的である。一方で、現時点においては、自己が著作した音楽等の電子ファイルを不特定多数の者に無料で提供したり、他の不特定の者が著作した音楽等の電子ファイルを取得したいと希望する者は比較的少ないものと推測される。仮に、そのような音楽等の電子ファイルの取得を希望する者がいたとしても、本件サービスにおける検索機能は、希望する作品の所在を正確に確認するには不十分であり、結局、本件サービスはそのような作品の電子ファイルを交換するためには有効に機能しないものと解される。実際にも、前記前提となる事実のとおり、債務者サーバが送受信の対象としているMP3ファイルの約96.7パーセントが、市販のレコードを複製したファイルに関するものである。したがって、本件サービスにおいて送受信されるMP3ファイルのほとんどが違法コピーに係るものとなることは避けられないものと予想され、債務者としても本件サービスの開始当時から上記事態に至ることを十分予想していたものと認められる。
 したがって、本件サービスは、MP3ファイルの交換に関する部分については、利用者に市販のレコードを複製したMP3ファイルを交換させるためのサービスであるということができる(したがって、利用者が、本件サービスを利用して、市販のレコードが複製されたMP3ファイルを送受信の対象とすることは、正に、本件サービスを提供する債務者の意図、目的に合致した行為ということができる。)。
(イ) 以上のとおり、本件サービスは、送信者が、市販のレコードを複製したファイルが大多数を占めているMP3ファイルを、送信可能化状態にするためのサービスという性質を有する。
ウ 管理性等
(ア) 前記前提事実及び審尋の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。すなわち、
a 利用者が本件サービスを利用して、電子ファイルを自動公衆送信するには、債務者サイトから本件クライアントソフトをダウンロードして、これを自己のパソコンにインストールすることが必要不可欠である。
b 利用者は、パソコンを債務者サーバに接続させることが必要不可欠であるが、同接続は、通常、本件クライアントソフトを起動することによりしている。
c 自動公衆送信の相手方も、パソコンに本件クライアントソフトをインストールし、そのパソコンを債務者サーバに接続することが必要不可欠である。
d 送信者が自動公衆送信をするのは、受信者が希望する電子ファイルを検索して、その電子ファイルの蔵置されているパソコンの所在及び内容を確認できることを前提としているが、これに必要な一切の機会は債務者が提供しており、送信者の自動公衆送信を可能とすることについて、債務者サーバが必要不可欠である。
e 本件サービスにおいては、受信者は、希望する電子ファイルの所在を確認した場合、本件クライアントソフトの画面上の簡単な操作によって、希望する電子ファイルを受信することができるようになっており(その際、受信者は、送信者のIPアドレス及びポート番号を認識する必要はない。)、受信者のための利便性、環境整備が図られている。
f 受信者が受信可能な電子ファイルは、債務者サーバに接続しているパソコンの共有フォルダ内に蔵置されているものに限られている。
g 債務者は、本件サービスの利用方法について、自己の開設したウェブサイト上で説明をし、ほとんどの利用者が同説明を参考にして、本件サービスを利用している。
(イ) 上記認定した事実を基礎にすると、利用者の電子ファイルの送信可能化行為(パソコンの共有フォルダに電子ファイルを置いた状態で、同パソコンを債務者サーバに接続すること)及び自動公衆送信(本件サービスにおいて電子ファイルを送信すること)は、債務者の管理の下に行われているというべきである。
ウ 債務者の利益
(ア) 前記前提事実及び審尋の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。
a インターネット上にウェブサイトを開設した場合、同ウェブサイトに接続する者の人数が多数に上れば、同ウェブサイトの開設者は同ウェブサイト上に広告を載せること等により収入を得ることができ、ウェブサイト上の広告掲載への需要は、当該ウェブサイトへの接続数と相関関係があり、接続数が多くなれば、広告掲載の需要が高まり、広告収入等も多くなる。
b 本件サービスの登録者数は4万2000人であり、債務者サーバに同時接続している利用者数は平均約340人、そのMP3ファイル数は平均約8万であるところ、上記人数は、将来さらに増加することも予想され、債務者サイトは広告媒体としての価値を十分有する。
c 債務者は、本件サービスにおいて、送信者に債務者サイトに接続させてMP3ファイルの送信可能化行為をさせているが、同行為はそれ自体、債務者サイトへの接続数を増加させる行為であるとともに、受信側パソコンの接続数の増加に寄与する行為でもあるといえるから、債務者サイトの広告媒体としての価値を高め、営業上の利益を増大させる行為ということができる。
d 現時点では、債務者サイト上に掲載した広告による収入は僅かであるが、債務者は、将来、債務者サイトに広告を掲載することによる広告収入の獲得を債務者の営業に取り入れていく意図を有している。
e 本件サービスにおいては、本件サービスを利用してMP3ファイルを受信しようとする者から受信の対価を徴収するシステムとしていないが、債務者は、将来、同サービスを利用してMP3ファイルを受信した者から受信の対価を徴収するシステムに変更することを予定している。
(イ) 上記認定した事実を基礎にすると、利用者に債務者サイトに接続させてMP3ファイルの公衆送信化行為をさせること、及び同MP3ファイルを他の利用者に送信させることは、債務者の営業上の利益を増大させる行為と評価することができる。
エ 小括
 以上のとおり、本件サービスは、送信者が、市販のレコードを複製したファイルが大多数を占めているMP3ファイルを、送信可能化状態にするためのサービスという性質を有すること、本件サービスにおいて、送信者が本件各MP3ファイルを含めたMP3ファイルの自動公衆送信及び送信可能化を行うことは債務者の管理の下に行われていること、債務者も自己の営業上の利益を図って、送信者に上記行為をさせていたことから、債務者は、本件各管理著作物の自動公衆送信及び送信可能化を行っているものと評価でき、債権者の有する自動公衆送信権及び送信可能化権を侵害していると解するのが相当である。
2 争点(2)(保全の必要性の有無)について
 上記認定したとおり、@本件サービスには、平成13年12月の時点で、既に4万人以上が登録し、平均でも約300人以上が債務者サーバに接続して、希望する電子ファイルを自由に受信しており、しかも、その利用者は個人として特定されていないこと、A債務者は、交換情報を遮断するなどの措置を何ら採っていなかったこと、B今後も同情報が公開されるおそれがあること等の事実に照らすならば、債権者の許諾のないまま本件各管理著作物の送信可能化行為がされ、利用者が自由に本件各MP3ファイルを取得することが続けられた場合、債権者に著しい損害が生じることは明らかである。
 そうすると、本件において、保全の必要性は存在する。
3 仮処分において命ずる不作為の範囲について
(1) 債権者は、本件申立てにおいて、債務者が本件サービスで本件各MP3ファイルを送受信の対象とすることの差止めを求めている。
 しかし、前記のとおり、@本件各MP3ファイルをパソコンの共有フォルダに蔵置し、その状態で債務者サーバにパソコンを接続させる物理的行為は、専ら送信者が実施し、又、Aファイル情報を確認することにより、取得を希望するMP3ファイルを選択し、送信を指示し、そのMP3ファイルを蔵置しているパソコンからMP3ファイルを受信し、保存先として設定した受信者のパソコンのフォルダ内に複製する物理的行為は、専ら受信者が行っている。
 このように、債務者サーバは、利用者の共有フォルダに蔵置された本件各MP3ファイル自体については、送受信の対象としていないのであるから、債務者サーバにおいては、いかなる内容のMP3ファイルが利用者間で送受信されているかを判別することはできず、本件各MP3ファイル自体の送信又は受信の差止めを認めるのでは、本件申立ての目的を達成できないことになる。
 他方、仮に、利用者(送信者)が本件各MP3ファイルを自己のパソコンの共有フォルダ内に蔵置したとしても、債務者サーバがそのファイル名等についてのファイル情報を、他の利用者(受信者)に送信することを差し止めれば、受信者は受信を希望するMP3ファイルを選択することができなくなる結果、送信者の行う送信可能化及び自動公衆送信を阻止することができるといえる。そこで、債務者サーバにおいて、利用者に対するファイル情報の送信行為を差し止めることによって、債権者の本件申立ての目的は達成されると解される。
 したがって、本決定では、本件サービスにおいて、ファイル情報を利用者に送信する行為の差止めを認めるのが相当である。
(2) 次に、債務者サーバが送信者から受け取った送信者情報のうち、差し止めるべき(受信者への送信を遮断すべき)ファイル情報の範囲について検討する。
 債務者サーバが送信者から受け取った送信者情報のうち、受信者への送信を遮断すべきファイル情報の範囲としては、受信者のファイル選択を不可能ならしめ、かつ、本件各管理著作物以外の著作物を複製したレコードのファイルと誤認混同を回避するのに必要かつ十分なファイル情報にとどめるべきであるとするのが相当である。
 まず、審尋の全趣旨によれば、別紙楽曲目録の「原題名」欄に記載されている題名は、当該楽曲を複製したレコードの題名と一致し、「アーティスト」欄に記載されている実演家名は、当該楽曲を複製したレコードの実演家名と一致することが認められる。次に、前記のとおり、MP3ファイルのファイル名は利用者が自由に設定できるのであるから、利用者が設定したファイル名等は、本件各MP3ファイルの複製元であるレコードの題名及びそれを実演する実演家とは、常に一致するとは限らない。しかし、本件疎明資料によれば、本件サービスの利用者(送信者)がレコードを複製したMP3ファイルにファイル名を設定しようとする場合、他の利用者(受信者)が識別可能なファイル名を付するのが自然であるということができ、この場合、通常は、当該レコードの題名及び実演家名を表示する文字を使用することが考えられ、また、その題名及び実演家名の表記方法は、当該レコードの表記方法とは必ずしも一致するとは限らず、適宜、漢字、ひらがな、片仮名及びアルファベット等で代替することが推測される。なお、題名や実演家名の一部を省略して表記する場合も予想されるが、省略部分が多い場合は、本件各管理著作物と異なる著作物を複製したレコードのファイルと誤認混同する可能性も大きくなるといえる。
 このような観点から検討した結果、送信側パソコンから送信されたファイル情報のうち、ファイル名及びフォルダ名のいずれかに本件各管理著作物の「原題名」及び「アーティスト」を表示する文字(漢字、ひらがな、片仮名並びにアルファベットの大文字及び小文字等の表記方法を問わない。姓又は名のあるものについては、いずれか一方のみの表記を含む。)の双方が表記されたファイル情報の範囲で、その受信者への送信の差止めを認めるのが妥当であると判断した。
4 結語
 以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、本決定において、MP3形式によって複製され、かつ、送受信可能の状態にされた電子ファイルの存在及び内容等を示す、利用者のためのファイル情報のうち、ファイル名及びフォルダ名のいずれかに別紙各楽曲目録の「原題名」欄記載の文字(漢字、ひらがな、片仮名並びにアルファベットの大文字及び小文字等の表記方法を問わない。)及び「アーティスト」欄記載の文字(漢字、ひらがな、片仮名並びにアルファベットの大文字及び小文字等の表記方法を問わない。姓又は名のあるものについては、いずれか一方のみの表記を含む。)の双方が表記されたファイル情報を、利用者に送信することの差止めを認めることとする。

平成14年4月11日
東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明 
 裁判官 榎戸道也
 裁判官 佐野信


別紙 「仮処分命令申立書」の「申立ての理由」
第1 被保全権利
1 当事者
(1) 債権者は、著作権等管理事業法(平成12年法律第131号)に基づき著作権等管理事業者登録簿に登録された音楽著作権等管理事業者であり、内国著作物については管理委託契約により国内の多くの作詞者、作曲者、音楽出版者等の著作権者から著作権ないしその支分権(演奏権・上映権・録音権など)につき信託を受け、外国の著作物については我が国が締結した著作権条約に加盟する諸外国の著作権仲介団体との相互管理契約によるなどしてこれを管理し、国内の公衆送信事業者をはじめ、レコード、映画、出版、興行、社交場等各種の分野における音楽の利用者に対して、音楽著作物の利用を許諾し、その対価として利用者から使用料を徴収するとともに、これを内外国の著作権者に分配することを主たる目的とする社団法人である(甲1ないし甲3)。
 そして、別紙楽曲リストに記載の音楽著作物は、いずれも債権者が著作権を管理する音楽著作物(以下「管理著作物」という。)のうち、国内において複製、演奏、公衆送信等の方法により利用された実績がある主要な楽曲である。
(2) 債務者は、平成11年11月22日に「有限会社日本エム・エム・オー」との商号で設立され、その後「ナップスター有限会社」に商号変更し、平成13年8月28日に再び「有限会社日本エム・エム・オー」に商号変更した有限会社である。
2 債務者のファイル交換サービスの内容
(1) 債務者は、カナダ国内において「ファイルローグ」という名称の電子ファイルの交換サービス(自己が運営するサーバ(以下「ファイルローグサーバ」という。)にインターネットを経由して接続した複数のコンピュータ間で、音楽、画像、文書等の電子ファイル(以下単に「ファイル」という。)を直接に送受信(ピア・ツー・ピア、Peer To Peer)させるサービスを提供しているカナダ法人のITPウェブソリューションズ社と提携して、平成13年11月1日から、「ファイルローグ」の日本語版サービス(以下「本件サービス」という。)の提供を開始した(甲11、2頁参照)。これに伴い、債務者は、自己が開設したウェブサイト(http://www.filerogue.net/ 以下「債務者サイト」という。)において、本件サービスを利用するために必要なソフトウエア(以下「クライアントソフト」という。)を不特定多数の者に無料で配布し、本件サービスを利用して希望のファイルを入手しようとする者(以下「利用者」という。)のコンピュータ(以下「クライアントコンピュータ」という。)にこれをインストールさせた上、クライアントソフトを起動してファイルローグサーバに接続した利用者間で直接にファイルを送受信させている(甲4の1、2)。
(2) 本件サービスにおいてファイル交換がなされる手順は下記のとおりである。
@ 新規の利用者が、債務者サイトにクライアントコンピュータをインターネット経由で接続させ、同サイトの「ダウンロードメニュー」においてその利用規約(甲5)に同意した上「ダウンロード」アイコンをクリックすると、クライアントソフトのファイルが自動的にダウンロードされる。そして、利用者がダウンロードしたファイルをクライアントコンピュータにインストールすると、自動的にクライアントソフトが起動する。
A 起動したクライアントソフトの当初の画面は添付資料1のものである。
 利用者が同画面左上の接続アイコンをクリックすると、ログインのための画面が開く(添付資料2)。新規の利用者は、ここで「新しいIDを取得」をクリックすると、添付資料3の画面になる。
 利用者は、ここで自分が自由に設定した「ユーザーID」、「パスワード」を入力し、「メールアドレス」を入力して(架空のメールアドレスでも受理される。)、「OK」をクリックすると、クライアントコンピュータが自動的にファイルローグサーバに接続され、添付資料4の画面になり、「ファイルローグからのお知らせ」が表示される。
 なお、本件サービスの利用にあたり、住所、電話番号等、本人確認のための情報の入力は、全く要求されない。
B 2回目以降にクライアントソフトを立ち上げたときは、添付資料2の画面から「OK」をクリックすると、自動的にファイルローグサーバに接続され、添付資料4の画面になり、「ファイルローグからのお知らせ」が表示される。
C 添付資料4の画面の状態において、利用者は、同時にファイルローグサーバに接続している他のクライアントコンピュータに蔵置されているファイルのうちからMP3形式を含む任意のファイルを検索することができる。
 すなわち、クライアントソフトの画面上の「検索」をクリックすると、添付資料5の画面になり、この画面上において、利用者は、任意のキーワードを含むファイルや、「mp3」等の特定の拡張子が付されたファイルを検索することができる。
D 例えば、「宇多田ヒカル」をキーワードとして入力し、拡張子を「mp3」と入力して検索ボタンをクリックすると、その時点においてファイルローグサーバに接続している他のクライアントコンピュータの共有フォルダに蔵置された「宇多田ヒカル」をファイル名又はファイルパス名に含むMP3ファイルの一覧が表示される(添付資料6)。
E 利用者は、その中から取得したいファイルを選択して、画面下部の「ダウンロード」をクリックすると、保存先のフォルダが開く(添付資料7)。ここで「保存」を選択すると、当該ファイルを蔵置している他のクライアントコンピュータから自動的にダウンロード(送信)が開始され、保存先として設定した利用者のコンピュータ内のフォルダに自動的に当該ファイルが蔵置される。
F 利用者が新たに交換対象に選んだ任意のファイルを共有フォルダ内に蔵置し、又は交換対象のファイルが蔵置されている任意のフォルダを「共有フォルダ」として追加設定すると、これらのファイルは、クライアントコンピュータがファイルローグサーバに接続している間、他のクライアントコンピュータと「共有」された状態(他のクライアントコンピュータからのファイル検索対象となり、他のクライアントコンピュータによっていつでもダウンロードされ得る状態)となる。また、他のクライアントコンピュータからダウンロードしたファイルは、既定の状態では共有フォルダ内に蔵置される。
3 本件サービスによる著作権侵害
 本件サービスによって行われる著作権侵害の内容は、以下のとおりである(以下、これらを総称して「本件著作権侵害」という。)。
(1) MP3ファイル
 MP3は、「MPEG1−オーディオレイヤー3」の略称であり、音声のデジタルデータを圧縮する技術の規格のひとつである。MP3形式によると、人間が知覚できない周波数帯の音声データを削除するとともに、マスキング効果(大きな音と小さな音が同時に出ている場合に、聞こえなくなる小さな音のデータを削除する)等の技術を用いることにより、再生の際の音質をCD等とほとんど変えずに、データ量を10分の1ないし12分の1に減少させることができる。このため、これを使用することにより、音声をデジタルデータのファイルにしてパソコンに複製したり、そのファイルをインターネットを通じて送信することが著しく容易になる。その結果、MP3は、市販のCD等に収録されている音楽著作物(その大多数は管理著作物)を複製するために用いられるのがほとんどであり、現に、本件サービスの利用者が検索した結果として表示されるMP3ファイルのほとんどすべてには、それが管理著作物が収録された市販のCD等を複製したものであることを示すタイトルが付されている(甲6、17)。
(2) 送信側のクライアントコンピュータにおける複製
 管理著作物の複製物であるMP3ファイルをクライアントコンピュータの共有フォルダに蔵置することは、著作物をクライアントコンピュータのハードディスク等の記憶媒体に複製(著作権法2条1項15号)する行為に該当する。
 そして、仮に、当該ファイルが、当初、クライアントコンピュータの所有者によってCD等から私的使用を目的として複製(同法30条)されたものであっても、それを共有フォルダに蔵置してファイルローグサーバに接続した場合には、不特定多数の者に受信可能な状態にすることによって「公衆に提示」(同法49条1項1号)したことになり、そこに蔵置されたファイルは、私的使用には該当しない違法な複製物となる。
(3) 自動公衆送信
 自由に設定したID、パスワード及びメールアドレス(しかも架空のものでも受理される。)を入力するだけで、誰でも本件サービスを利用することが直ちに可能となるから、本件サービスを利用してファイルを受信する者は「不特定人」である。また、ファイルローグサーバには常時数万に及ぶクライアントコンピュータが接続しているから、ファイルの受信者は「多数」である。
 したがって、本件サービスによりファイルをダウンロードする者は著作権法2条5項にいう「公衆」に当たり、本件サービスは、これらの者の求めに応じてインターネット経由で自動的にファイルを送信するものであるから、同法2条1項9号の4にいう「自動公衆送信」に当たる。
(4) 送信可能化
 本件サービスは、クライアントソフトを起動させたクライアントコンピュータをファイルローグサーバに接続することにより、当該クライアントコンピュータ(送信側クライアントコンピュータ)の共有フォルダ内に蔵置されているファイルのタイトル等の情報が自動的にファイルローグサーバに登録され、それがファイルローグサーバに接続中の他のクライアントコンピュータ(受信側クライアントコンピュータ)からの検索対象とされるとともに、検索によりリストアップされたファイルの中から受信側クライアントコンピュータが任意に選択したものが送信側クライアントコンピュータから受信側コンピュータに対して自動的に送信される仕組みになっている。
 すなわち、本件サービスにおいては、送信側クライアントコンピュータがファイルローグサーバに接続することによってはじめて共有フォルダ内に蔵置されたファイルが自動公衆送信され得るのであるから、送信側クライアントコンピュータとそれが接続したファイルローグサーバとが一体となって同法2条1項9号の5のイにいう「自動公衆送信装置」を構成するものというべきである。そして、共有フォルダにファイルを蔵置する行為は、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に情報を記録すること」であるから、同号にいう「送信可能化」に当たる。
(5) 受信側のクライアントコンピュータにおける複製
 本件サービスによって他のクライアントコンピュータからダウンロードされたファイルは、受信側クライアントコンピュータにおいて保存先に設定されたフォルダ内に蔵置されるが、これも送信側のクライアントコンピュータの共有フォルダへの蔵置と同様、私的使用には該当しない違法な複製である。
4 差止請求権
 本件著作権侵害においては、利用者のみならず本件サービスの提供者である債務者も、本件著作権侵害行為の主体として又は少なくとも教唆又は幇助する立場で本件著作権侵害行為に関与する者として、債権者の差止請求に服すべき地位にある。理由は以下のとおりである。
(1) 本件著作権侵害における債務者の行為の本質性
 本件著作権侵害を構成するファイルのダウンロード(送信及び受信側クライアントコンピュータにおける複製)は、債務者が用意し手筈を整えた手段及び便宜を利用してのみ可能となるものである。すなわち、ファイルローグサーバは、これに接続中のクライアントコンピュータの共有フォルダ内に蔵置されたファイルの情報をすべて入手し、これを独占的に管理してダウンロードが可能なファイルを利用者に検索させ、その中から利用者が入手を希望するファイルの所在情報等をクライアントコンピュータに伝達するなどしてクライアントコンピュータ間でファイルを直接自動的に送受信させるとともに受信側クライアントコンピュータに複製させている。これらはすべて債務者が配布したクライアントソフトと債務者が運営するファイルローグサーバとを連携させることによって初めて可能になるものである。
 そして、前述3の(4)のとおり、本件サービスにおいては、債務者が運営するファイルローグサーバと各利用者のクライアントコンピュータとが一体となって自動公衆送信装置を構成するのであるから、本件サービスによる管理著作物の送信可能化及び受信側クライアントコンピュータにおける複製は、債務者と各利用者との共同行為というべきである。
 また、送信側クライアントコンピュータ内の複製物についてみても、当初は私的に複製された管理著作物のMP3ファイルであったとしても、債務者の提供に係る本件サービスを利用することによって当然に違法複製物になるのであるから、債務者は著作権侵害に不可欠な役割を担っている。
 したがって、本件著作権侵害は、債務者が運営する本件サービスの提供によって初めて惹起されるものであるところ、債務者は、本件著作権侵害に不可欠の道具を提供するばかりか、本件著作権侵害行為を自ら行っているのである。
(2) 債務者の行為は著作権侵害の結果惹起を織り込んだものであること
 本件サービスにおいては、送受信されるファイルの内容及び形式に何らの制限もないのであるが、クライアントソフトの画面の「top10」ボタン(添付資料1、左から5番目のメニューボタン)や、本件サービスのヘルプ画面の「拡張子一覧表」(甲7)の最上部に「mp3」と表示されていることに象徴されるとおり、極めて多数のMP3ファイルが交換されることが予定されている。
 前述のとおり、MP3ファイルの圧倒的多数はCD等に収録された音楽著作物を圧縮して複製したものであり、その大多数は債権者の管理著作物であるから(甲6、17)、本件サービスにおいてMP3ファイルの交換が行われれば、債権者の著作権(複製権、公衆送信権)を侵害する結果を惹起することは必然である。
 債務者は、このようなクライアントソフトを不特定多数の者に無料で配布した上、ファイルを交換しようとする者の匿名性を保証した形で(したがって、著作権者の利用者に対する責任追及を著しく困難にさせて)本件サービスを提供しているのであり、債務者による本件サービスの提供行為は、利用者に対してMP3ファイルの交換による著作権侵害に出ることを強く慫慂するものであって、著作権侵害の結果を惹起することを織り込んだものというべきである。
(3) 本件著作権侵害の結果が極めて重大であること
 前述のとおり、MP3ファイルの大多数は債権者の管理著作物をMP3形式により圧縮して複製したものであるから、それを複製又は公衆送信(送信可能化)する行為は、著作権者の複製権・公衆送信権を侵害する違法なものであって、刑罰法規(著作権法119条1号)に触れる犯罪である。
 本件サービスによって違法に複製され、送信可能化されているMP3ファイルの数は常時数万件から十数万件に及んでおり、本件著作権侵害による債権者の損害は極めて莫大である(甲16、17)。
 それのみならず、他人の音楽著作物を権利者に無断で、際限なく複製することができる本件サービスをそのまま放置することは、知的創作物の利用にあたり、利用者から創作者に対して相当の対価を還元させることを通じて文化の発展を図ろうとする著作権制度ないし秩序を根本から破壊する行為であって、本件著作権侵害の結果は極めて重大である。
(4) 債務者の外に本件著作権侵害の結果を防止することができる者がいないこと
 本件著作権侵害の被害者である著作権者が本件サービスによって送信可能化されたファイルを自己のクライアントコンピュータに蔵置している利用者を特定することは不可能である(債務者自身も、利用者を特定する個人情報は取得していない。)。すなわち、債務者は、利用者のために匿名性を保証し、それらの者が著作権侵害を行っても民事責任の追及(損害賠償及び差止め)を受けないような仕組みを作り上げた上で、不特定多数人による管理著作物の複製及び公衆送信(送信可能化)を行わせている。
 しかも、本件サービスにおいて検索が可能なのは、その瞬間にファイルローグサーバに接続されているクライアントコンピュータに蔵置されたファイルだけであり、現に接続されていないクライアントコンピュータに蔵置されている無断複製物のMP3ファイルを著作権者が探知することは不可能である。本件サービスの提供によって日々刻々と大量に発生する著作権侵害のすべてを把握し、その結果を防止することができるのは、本件サービスの全体を管理・運営する債務者だけなのである。
 したがって、本件著作権侵害を防止するためには、債務者において管理著作物の違法な送信及び複製を防止する措置をとる外に有効な手段はないのであって、本件著作権侵害の解消は全面的に債務者の行為に依存している。
(5) 債務者が本件著作権侵害行為による利益を取得していること
 債務者は、インターネット広告代理店会社のバリューコマース株式会社外1社と契約し、本件サービスの画面にバナー広告等を表示することにより広告収入を得ており(甲8)、これは本件著作権侵害行為による利益に当たる。
 それのみならず、債務者は、将来本件サービスの有料化を予定しており(甲9、10)、本件サービスのユーザの増加は債務者の将来の経済的利益に直結しているところ、本件サービスにより送信可能化される管理著作物が増加すれば、それだけ本件サービスのユーザが増大することになるから、債務者は本件著作権侵害行為により経済的利益を得ているというべきである(ナップスターに対する米国裁判所の判断(甲14、後述第3、5、(2)、C参照)。
(6) 債務者に侵害結果防止措置をとらせることが適切かつ可能であること
 日々刻々と大量かつ継続的な侵害行為が行われる本件サービスによる著作権侵害の結果を防止するためには、自ら本件著作権侵害(管理著作物の違法送信及び複製)に使用されるクライアントソフトを大量に配布した上で本件サービスを提供し、不特定多数の者を巻き込んだ膨大な著作権侵害の結果を惹起させている債務者に対して、当該サービスによって本件著作権侵害を発生させないための措置を講じさせることが最も簡便かつ実効的であり、侵害の実態に合致した侵害停止又は予防措置として適切である。
 また、債務者は、本件サービスの全体を把握し、管理・運営する立場にあるから、債務者が著作権侵害の停止又は防止措置を講じることは可能である。
 すなわち、本件サービスによる著作権侵害の結果を防止するためには、債務者に侵害結果防止措置をとらせることが適切であり、かつ可能なのである。
(7) まとめ
 以上のとおり、本件著作権侵害においては、債務者の行為が本質的要素となっていること、債務者の行為は著作権侵害の結果惹起を織り込んだものであること、著作権侵害の結果が極めて重大であること、債務者の外に著作権侵害の結果を防止し得る立場にある者が存在しないこと、債務者が本件著作権侵害により利益を得ていること、そして、債務者に結果防止措置をとらせることが適切かつ可能であること等を併せ考えれば、債務者は、本件サービスの利用者と共同して著作権を侵害する者として、又は本件著作権侵害を教唆又は幇助する者として、本件著作権侵害行為を防止すべき法律上の義務を負うのは当然である。
5 侵害の停止又は予防措置の内容
 本件サービスによる著作権侵害を停止し、予防するためには、債務者に対し、申立ての趣旨記載のとおり、別紙楽曲リスト記載の管理著作物につき、MP3形式で複製したファイルを本件サービスによる送受信の対象としてはならない旨を命ずる必要がある。
 そして、上記禁止命令を履践するための具体的措置は、本件サービスの全体を管理・運営する立場にある債務者において、最も適切かつ有効な措置を選択して実行されるべきである。
 このような請求が特定に欠けるものではないことは明らかであるところ(最1小判平5・2・25判時1456号53頁参照)、後述するアメリカのナップスター事件における仮処分命令(甲14、15)も、同一の手法を採用したことを参酌すべきである。
第2 保全の必要性
1 平成13年9月28日の日本経済産業新聞は、ITPソリューションズ社(カルガリー)が債務者と提携し、日本向けにナップスターと同様のファイル交換サイトを立ち上げると報道するとともに、債務者代表者であるX氏が、「音楽家の権利は大切だが、コピーを防げない以上、コンテンツ業界は大量生産方式からコンサートなど生の製品で付加価値を生むビジネスモデルに移行すべきである。」、「今回の(ITPソリューションズとの)事業提携は、旧来の著作権を巡る利権団体や企業への挑戦である」、「日本法上違法とされた場合には、サーバ及び会社を海外に移して徹底的に(権利者と)戦う。」、「当初は違法とそしられたレンタルビデオも数年後には合法と認められた」等と述べたと報道した(甲10)。また、X社長はTBSテレビの番組においても100万曲(の交換)を目指すと発言した旨報道されており(甲18)、これらの報道の真偽を確認するために社団法人レコード協会が発送した質問書に対して、債務者は発言内容の報道に誤りはない旨回答している(甲11)。
2 債権者は、平成13年12月14日、債務者に対し、本件サービスによるファイル交換が債権者の著作権を侵害するものであるから、直ちに著作権侵害の解消及び発生防止の措置を講ずるよう通知した(甲12の1、2)。これに対し、債務者は、本件サービスを利用して他人の権利を侵害する者が当然現れることを認識していながら、それを防止できない状態にあっても本件サービスの提供を継続する旨を回答した(甲13)。
 これらの事実に照らせば、債務者は、本件サービスの提供によって債権者の管理著作物がMP3ファイル形式で複製され送信可能化されるという著作権侵害が行われることが必然であることを認識した上、著作権侵害行為の発生を容認しつつ、むしろそれが活発に行われることによって本件サービスの利用が拡大されることを営業目的として意図していることは明らかである。
3 債権者は、かかる債務者の行為を放置することはできないので、著作権侵害差止等請求訴訟の提起を準備中である。しかし、本案判決を得るまで本件著作権侵害行為を放置しては、日々継続して行われている本件著作権侵害行為によって債権者は回復し難い未曾有の損害を被ることが明らかである。また、長い年月をかけて築いて来た債権者の著作権管理業務に対する内外の信頼を失わせるとともに、国民の間に著作権軽視の風潮を増大させることになる。したがって、直ちに債務者の本件著作権侵害行為を停止させる必要がある。
第3 本件申立ての背景事実
1 本件サービスの法的評価の視点
 債務者の提供する本件サービスを利用して行われるファイル交換に関する法的評価をするに際して、まず重視しなければならないのは、管理著作物の違法な送信可能化及び複製が日々莫大な量実行されているということである。権利者の許諾なくして行なわれる音楽ファイルの交換は、本件サービスなくしても、友人・知人間では可能である。しかしながら、その場合には、閉ざされた範囲の人間関係の枠内のみで細々と行なわれるのであって、権利者の許諾なくして入手可能な音楽ファイルの範囲は限定され、かつ煩雑なコミュニケーションや作業を避けて通ることはできない。これに対し、本件サービスを利用することにより、入手可能な音楽ファイルの範囲が膨大なものとなり、かつ煩雑なコミュニケーションや作業も不要となってしまう。そのために、違法に交換されるファイルの数量が、知人・友人間の交換に限定されていた時代と比較して、天文学的数字に上ってしまうのである。
 このような違法行為を野放しにしておくことが許されないことに異議を差し挟む者は皆無といってよいが、本件サービスを運営し、提供している債務者に対する差止請求及び損害賠償請求が認められなけれれば、このような違法行為を根幹から断つことは不可能なのである。このことは、債務者こそが著作権侵害の結果を惹起する最も重要な原因を与えた行為主体であることを端的に示しているのである。
 債務者の行為を法的に評価するに当たっては、利用者の行為との連関を十分に分析した上で、違法行為の全体に占める債務者の行為の重要さの性質と程度を、その実態に照らして、正確に認識しなければならない。
2 本件サービスとナップスターシステムとの異同
 本件サービスは、近年米国を中心として世界的に普及し、その結果として大きな社会問題及び法律問題を引き起こしたナップスター(Napstar)システムと酷似している。
 第一に、本件サービスとナップスターシステムとは、両者とも、加入ユーザーのコンピュータ間で電子ファイルの交換を可能とするもの(ピア・ツー・ピア・システム)である点で同一である。
 第二に、本件サービスとナップスターシステムとは、認証機能や情報検索機能を果たす中央にサーバが設置され、コンピュータ間の情報処理が円滑に行なわれるようにシステムを制御している点でも同一である。これに対し、例えば、グヌーテラ(Gnutella)と称されるファイル交換システムには、中央サーバが存在せず、すべてのコンピュータが完全に対等なシステム形態が採用されている。
 そして、本件サービスとナップスターシステムとの相違は、ナップスターにおいては音楽ファイル(MP3ファイル)の交換のみが可能であったのに対し、本件サービスにおいては、音楽ファイルのみならず文書、動画及び静止画ファイル等の交換も可能である点に存する。
 しかし、音楽ファイル(MP3ファイル)のみに着目すれば、本件サービスとナップスターシステムとは全く同一に機能している。また、どのようなファイルを交換可能とするかということは、電子ファイルの拡張子(「.doc」や「.mp3」など)による選別の結果にすぎず、本件サービスも、ナップスターシステムと同様に「.mp3」の拡張子を持つ音楽ファイル(MP3ファイル)の交換も可能としているのである。
3 ナップスターシステムに対する外国における法的評価を参考とする意義
 日本では、幸いにしてナップスターシステムは、広く普及するには至らなかったが、それは、日本のユーザーには越えがたい言語の障壁があったところ、日本語版の登場と普及に先立って、米国でいち早く法的手段が採られ、ナップスターシステムの運用が停止されたからである。
 これに対し、本件サービスは、日本語版による運用が開始されている。そのため、日本社会に与える影響は、ナップスターシステムの比ではないものと予想される。しかし、日本語版の運用が開始されたのは、2001年11月からであるため、その社会的影響、特に著作権者及び著作隣接権者に与える影響を数量的に算定することには困難が伴う。そこで、本件サービスに酷似するナップスターシステムの米国における法的評価を参照することが、ほぼ同一の本件サービスについて我が国における検討・評価に当たって不可欠なのである。
4 ナップスターシステムのインパクト
 ナップスターは、米国人Yにより開発された。Yがナップスターの開発を開始したのは、つい1998年秋のことである。
 その当時、米国では既に音楽ファイル(MP3ファイル)の自動送信を可能とするウェブサイトが個人や団体により多数開設され、それらのウェブサイトを検索するための検索エンジン(YahooやLycosのようなサイト)も運営されていた。しかし、このような検索エンジンの仕組みは、ロボットが一定周期でウェブサイトの情報を集め回ってきて登録、更新するという形をとっており、リアルタイムの情報を提供することは不可能であった。そのため、検索エンジンを利用して得た検索結果に基づき、目的の音楽ファイル(MP3ファイル)の自動送信が可能であると表示されたウェブサイトを訪問してみても、既にそのサイトは閉鎖されていたり、目的のコンテンツが既に消去されていたり、そもそも架空のサイトであったりといった事象が頻繁に生じた。これは、各ウエブサイトと検索エンジンとユーザーとが一体のシステムとして機能していないことに必然的に伴う帰結であったが、逆に、このような不便性が音楽ファイル(MP3ファイル)の違法ダウンロードに対する事実上の抑止力として働いていた。
 そこで、Yが考えたのが、中央サーバに認証を経て接続しているユーザーのコンピュータ内の音楽ファイル(MP3ファイル)のみをリアルタイムで検索の対象とするシステムであった。すなわち、中央サーバと、認証を経てそれにリアルタイムでアクセスしている各ユーザーの自動送信可能なコンピュータと、検索及びダウンロードを目論むユーザーのコンピュータとを、一体のシステムとして連結して運営し、上記のような不便性を解消したのである。これにチャット機能やインスタントメッセージ機能を盛り込み完成させたのが、ナップスターシステムである。ユーザー向けのナップスター・アプリケーションは、1999年6月1日に初めてベータ版(試用版)が友人らに配布されたものであるが、その後わずか1年の間に、世界中で約8千万人もの人々が利用するようになった。
 ナップスターの人気は次の点にあると考えられる。
@ 認証を経て中央サーバに接続している者の自動送信可能なコンピュータのみを検索対象にするため、検索対象となる自動送信可能なコンテンツに対する満足度が非常に高い。
A 同時に中央サーバに接続しているユーザー数が膨大であるため、友人間の個人的なファイル交換とは比較にならないほど膨大な音楽ファイルを検索対象として、自動送信を受けることができる。
B 本来有料の音楽ファイルを、品質の劣化がなく無料で入手し、自己のコンピュータ内に保存することができる。
C 検索対象の音楽ファイルは接続中の自動送信可能なコンピュータ内のものに限定され、リアルタイムで更新されているため、インターネット上の検索エンジンとは異なり、検索でヒットしたウエブサイトを訪れたときにそのコンテンツが既に消去されていたといった事態は生じない。
D 中央サーバによる情報管理とアプリケーションソフトの無料配布により、誰でも容易に操作することができ、またウイルス感染などのリスクも著しく軽減されている。
5 ナップスターに対する米国裁判所の判断
(1) 提訴及び仮差止
 このようなナップスターの量的拡大を伴う短期間の隆盛にいち早く危機を感じ取り、法的措置に動いたのが全米レコード産業協会(RIAA)加盟の各社であり、1999年12月6日に、カリフォルニア州北部地区連邦地裁においてナップスターに対して提訴した。
 そして、2000年7月26日には、カリフォルニア州北部地区連邦地裁は、仮差止命令を発した。同年8月10日に多少修正された仮差止めの範囲は、ナップスターが「連邦法又は州法により保護される原告らの楽曲及び音楽レコードを複製、ダウンロード、アップロード、送信若しくは配布し、又は他者がそれらの行為を行なうことを容易にすること」を禁止するというものであった。
(2) 控訴裁判所の判断
 これに対し、ナップスターは、第9巡回区連邦控訴裁判所に上訴したが、同裁判所も、2001年2月12日に、仮差止の範囲について一部修正を命じながらも、基本的に地裁の仮差止命令を維持する決定を下した。
 第9巡回区連邦控訴裁判所判決の主たるロジックは、次の通りである。
@ ナップスターユーザーの行為は、ダウンロード(受信)側において複製権(連邦著作権法106条1号)及びアップロード(送信)側において頒布権(連邦著作権法106条3号)を侵害する。なお、連邦著作権法106条1項は、「著作物を複製物又は録音物に複製すること」について、同条3号は、「販売その他の所有権移転、レンタル、リース又は貸与により、著作物の複製物又は録音物を頒布すること」について、著作権者が専有することを定めている。
A ナップスターユーザーには、フェアユースの抗弁は成立しない。なお、連邦著作権法107条は、フェアユースに該当するか否かの判断に際しては、(a)商業的か否かといった使用の目的及び性質、(b)著作物の性格、(c)著作物の使用量、並びに(d)著作物の潜在的市場に与える影響及び価値に与える影響などを考慮すべきと定めている。とくに、上記(d)の市場への影響については、ナップスターは少なくとも大学生への音楽CD販売を減少させ、かつ原告らの音楽デジタルダウンロード市場への参入を妨げたとの地裁の認定を支持した。
B ナップスターには、ナップスターユーザーの著作権侵害行為について、寄与侵害者としての責任がある。なお、連邦著作権法に寄与侵害に関する規定は存在しないが、判例法上、著作権侵害を知りながら、他人の侵害行為を誘引、惹起し、又はそれに重要な貢献をなしたものは、「寄与侵害者」として責任を負うものとされている。
C ナップスターは、ナップスターユーザーの著作権侵害行為につき、代位責任を負う。なお、連邦著作権法に代位侵害に関する規定は存在しないが、判例法上、いわゆる使用者責任の範囲を超えて、侵害行為を監督する能力及び権限を有し、かつ侵害行為から直接の経済的利益を得ていた者について、認められている。
 このうち、経済的利益に関しては、第9巡回区控訴裁判所判決は、侵害物の利用可能性が顧客誘引のために機能する場合には経済的利益が認められると論じた。そして、ナップスターの将来収益はユーザー層の増加に依存し、利用可能な音楽の質量の増加に伴いより多くのユーザーがナップスターに登録することから、ナップスターは経済的利益を得ているものと認めた。
 そして、監督能力及び権限の点に関しては、第9巡回区控訴裁判所判決は、特に次のように論じている。「ナップスターは、しかしながら、そのサーチインデックスに掲示された侵害物を探知する能力を有し、ユーザーのシステムへのアクセスを終了させる能力を有している。それゆえ、ファイル名インデックスはナップスターが管理能力を有する『敷地』内に存在する。当裁判所は、ファイルはユーザーが命名したものであり、著作物と正確に一致しない可能性があることは認識している(例えば、アーチスト名や曲名の綴りが誤っている可能性がある)。しかしながら、ナップスターが効果的に機能するためには、ファイル名は合理的かつ概ねファイルに記録されたものに対応していなければならず、そうでなければ誰もユーザーは欲する音楽を見つけ出すことができない。実際問題として、ナップスター、そのユーザー及びレコード会社たる原告らは、ナップスターの『サーチ機能』を利用することにより等しく侵害物にアクセスできる。」(第V章)
D 仮差止の範囲については、広すぎるとして、地裁に差し戻した。すなわち、原告らがナップスターに対してナップスターシステムで利用可能な著作物及びそれを含むファイルの通知をなした場合に、ナップスターはそのシステムの限界内において排除義務を負うものであるとした。
(3) 差戻審の仮差止命令
 そして、カリフォルニア州北部地区連邦地裁は、2001年3月5日、仮差止の範囲に関する上記控訴裁判所の判断に従い、次の内容の修正された仮差止命令を発した。
@ ナップスターは、本命令に従い、以下に定める手続により、著作権により保護された音楽レコードの複製、ダウンロード、アップロード、送信又は頒布を行い、又は他者に行なわせることを禁止される。
A 原告らは、ナップスターに対し、その著作権により保護された音楽レコードを通知するものとし、各作品につき下記を提供する。
(A) 当該作品のタイトル
(B) 当該作品を演じる主演録音アーチストの名称(「アーチスト名」)
(C) ナップスターシステム上で利用可能な当該作品を含む一つ又は複数のファイル名
(D) 原告らが所有又は支配する被侵害権利の証明書
 原告らは、著作権により保護されるレコードのアーチスト名及びタイトルのみならず、侵害ファイルを特定するために実質的な努力を行なわなければならない。
B 全当事者らは、原告らにより特定された作品のファイル名又はタイトル若しくはアーチスト名のスペルのバリエーションを特定する合理的な努力を用いなければならない。もし、ナップスターシステム上で利用可能なファイルが原告らにより特定された特定の作品又はファイルのバリエーションであると合理的に信じられる場合には、全当事者らは、作品を実際に識別し(タイトル及びアーチスト名)、本命令の文脈の範囲内で適当な手段を講じなければならない。
C 第9巡回区控訴裁判所は、原告らの著作権により保護された作品の複製、ダウンロード、アップロード、送信又は頒布がシステム上で行なわれないようにする負担は、当事者らで分担されるものと判断した。同裁判所は、「原告らにナップスターへの通知義務を課し」、ナップスターには「システムの範囲内での取り締まり」義務を課した。2001年3月2日の弁論での当事者らの事実表明によれば、その運用の一時性をからすると、原告らがナップスターシステム上の全ての侵害ファイルを特定するのは困難なようである。しかしながら、このように困難であるからといって、ナップスターの義務が免除されるものではない。当裁判所は、原告らの提供する著作権により保護されたレコードのリストに照らして、ある特定の時点でそのシステム上で利用可能なファイルを検索することは、ナップスターにとってより容易であると考える。当裁判所は、そのような検索の結果により、ナップスターには、特定の侵害ファイルについて、第9巡回区控訴裁判所の要求した「合理的な認識」が与えられるものとみなす。
D 上記A、B又はC項に特定された情報源から、いったんナップスターが、著作権により保護された音楽レコードを特定のファイルについての「合理的な認識を得た」場合には、ナップスターは、3営業日内に、当該ファイルがナップスターインデックスに組み込まれるのを防止しなければならない(それにより、当該名称に対応するファイルへのナップスターシステムを通じたアクセスを防止しなければならない。)
E 侵害ファイルの合理的な通知を受領してから3営業日内に、ナップスターは全ユーザーにより利用可能とされる全ファイル名をそのログオン時(すなわちファイル名がナップスターインデックスに組み込まれる前に)積極的に検索し、通知された著作権により保護される音楽レコードがダウンロード、アップロード、送信又は頒布されるのを防止しなければならない。
F 原告らは、ナップスターシステムでの人気及び登場頻度を含め、過去の作品に照らし、ナップスターシステムでの侵害の実質的な蓋然性がある音楽レコードについては、その発売に先立ち、ナップスターに対しアーチスト名、レコードタイトル及び発売日をナップスターに通知することができる。ナップスターは、最初の侵害ファイルから、特定されたレコードへのアクセス、又はシステムを通じた特定のレコードへのアクセスを遮断しなければならない。ナップスターは現在、(技術の向上なくして)特定のレコードの情報を蓄積しその後にスクリーニングする能力を有しているのであるから、ナップスターにこれらの作品の送信をその発売前に遮断することを要求するのが、より負担が小さく、公平であると認められる。そうしなければ、原告らが特定の侵害ファイルを特定し、ナップスターがスクリーニングする期間中、ナップスターのユーザーがフリーライドするのを許すことになってしまう。
G 本命令の5営業日内で、かつ原告らが上記A又はE項に定める通知を到達させた日から5営業日内に、ナップスターは、本命令を遵守するためにとった手段を特定した遵守レポートを原告ら及び当裁判所に提出しなければならない。
H この仮差止を実施する中で、当事者らがナップスター又はナップスターシステムの本命令に定める義務の履行能力に疑義を持つ場合には、当事者らは当裁判所において弁論を開くことができる。しかしながら、そのような紛争により、本差止が執行停止されたり、免除されることはないものとする。当裁判所は、当該紛争に関し当裁判所を補佐する技術専門家として従事する独立した第三者を任命する可能性がある。
I 原告らの本命令に従った通知は、その記録が通常の営業において保管されているフォーマットで提供しなければならない。
J 500万ドルの担保金は既に当裁判所に提供されているため、本命令は直ちに発効する。
(4) ナップスターの対応
 ナップスターは、上記の仮差止命令を遵守することができなかったため、結局、システムの運用停止に追い込まれた。
6 ナップスター運用停止の影響
 米国裁判所における命令によりナップスターシステムが運用停止に追い込まれた結果、膨大な数のユーザーが、ナップスター以外のシステムを模索中であるか、又は他のシステムに既に移行したといわれている。本件サービスも、旧ナップスターユーザーの移行システムの一つである。
 インターネットを利用したネットワークにおいて、国境は大きな意味を持つものではない。したがって、著作権法の立法のみならず、解釈及び運用にあたっても、世界的な調和が求められることはいうまでもない。
 ところが、米国で違法として運用が停止されたシステムとほぼ同一のシステムが日本では適法で運用可能であるということになれば、このようなシステム及びそのユーザーが日本において大挙して押し寄せ、日本がいわば違法コピーのセーフハーバーになってしまうという事態が、容易に想像できる。したがって、本件における日本の裁判所の判断が与える影響は、日本国内にとどまるものではなく、広く世界に大きな影響を直ちに及ぼすこととなる。
7 日本法の視点からのナップスター及び本件サービスの運営主体
 米国の裁判所では、米国における判例理論を前提として、ユーザーを直接侵害者として、ナップスターを寄与侵害者又は代位責任を負う者として位置付けた上、ナップスターに対する差止請求を認めた。我が国においてナップスター事件を参照する場合に考慮すべきは、米国の連邦地裁も控訴裁判所も、ナップスターがクライアントアプリケーションを配布し、中央サーバを運用して、ユーザー間の音楽ファイル交換を可能にするシステムを構築しているという事実を直視して、差止めを認容するという結論を導いたという点である。
 本件サービスでも、ナップスターシステムと同じく、認証を経て中央サーバに接続しているユーザーのコンピュータ内の電子ファイルのみをリアルタイムで検索し、ユーザーが簡単な操作でファイル交換できるように設計されている。すなわち、自動送信可能化や複製行為が行なわれるときは、必ず送信側と受信側のコンピュータ端末が債務者の運用する中央サーバに接続し、リアルタイムのネットワークを形成している。そして、中央サーバでの検索の結果を利用することで、不特定多数のユーザーの有する電子ファイルのダウンロードが、クリック一回で可能とされているのである。
 ファイルローグシステムの利用により膨大な数のアップロードとダウンロードとが可能となるばかりか、現に膨大な数のファイル交換が行なわれているところ、それを可能とするシステムの中心に位置する債務者に対し、その果たしている役割に応じた法的責任を負わせることが不可欠なのである。


別紙 「答弁書」の「第二ないし第四」
第二 申立ての理由中の「被保全権利」に対する反論
一 はじめに
1 債権者は、「債務者は、本件サービスの利用者と共同して著作権を侵害する者として、又は本件著作権侵害を教唆又は幇助するものとして、本件著作権侵害行為を防止すべき法律上の義務を負うのは当然である」とした上で、「本件サービスによる著作権侵害行為を停止し、予防するためには、債務者に対し、申立ての趣旨記載のとおり、別紙楽曲リスト記載の管理著作物につき、MP3形式で複製したファイルを本件サービスによる送受信の対象としてはならないと命ずる必要がある」と主張する(申立書11〜12頁)。この債権者の主張を善解すれば、主位的には、著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対する差止請求権(著作権法112条1項)を被保全権利とし、予備的に、著作隣接権侵害を教唆・幇助する者に対する差止請求権(著作権法112条1項)を被保全権利を被保全権利とするかのように読めなくもない。
2 債務者としては、これらの被保全権利はいずれも存在しないと考えている。そのことを疎明するために、まず、(1)債務者が運営する「ファイルローグ」システムの概要を説明した上で、(2)債務者が別紙楽曲リスト記載の管理著作物の複製ないし送信可能化の主体ではないことを論じ、ついで、(3)債務者は「ファイルローグ」システムの利用者による著作権侵害を教唆・幇助した者として共同不法行為責任を負わないことを論じ、最後に、(4)債務者は、著作権法112条1項によって、「別紙楽曲リスト記載の管理著作物につき、MP3形式で複製したファイルを、本件サービスにおいて送受信の対象によるとしてはならないこと」を債権者から請求される立場にないことを論ずることとする。
 以上のとおり、論ずる順番は、債権者の申立書の記載を無視することになるし、債権者の主張事実の全てには認否しないことなるが、(1)本件申立書が送達されてから第1回審尋期日までが約12日であり、その間休日が挟まっていることを考えると実質的な作業時間が1週間程度しかないこと、(2)本件申立書は非常に大部であること、(3)本件申立てとほぼ同趣旨の申立てが日本コロムビア株式会社他18名からなされており、同事件は同じ東京地裁民事29部に係属し、同じ日時に第1回審尋期日が指定されているが、本申立書と日本コロムビア株式会社他18名の申立書とは若干構成その他が食い違っていること、(4)仮処分事件の審理に際しては、民事訴訟の審理とは異なり、擬制自白という考え方がないことなどを考慮して、このような手法を採ることとした。なお、債務者としても、第1回審尋期日まで十分な作業時間をいただけることとなれば、債権者の主張事実につき詳細な認否をしたいと考えている。
二 本件システムの概要
1 システムの設定
(1) 「ファイルローグ」というP2Pのファイル交換を補助するためのファイル情報登録・検索システム(以下、「本件サービス」という。)を利用するためには、本件サービスを利用するために専用に作成されたソフトウェア(以下、「本件クライアント・ソフト」という。)が利用者のコンピュータにインストールされていることが必要である。
(2) 債務者は、債務者が開設するWebサイト(http://www.filerogue.net/)に、本件クライアント・ソフトをアップロードし、本件サービスの利用を望む者が何時でも無料でダウンロードできるようにしている。ただし、上記サイトにアクセスした場合、「利用規約」(甲第5号証)が、利用者のコンピュータに接続されたモニターに表示される。そして、この利用規約に同意する旨ボタンをクリックしたもののみが、本件クライアント・ソフトをダウンロードすることができる。すなわち、上記サイトから本件クライアント・ソフトをダウンロードした者は皆、債務者との間で、本システムを利用して他人の権利を侵害しないこと、自らの権利を侵害されたと主張する者が現れた場合はノーチス・アンド・テイクダウン手続きに服すること等を約束しているのである(乙第1号証)。
(3) 本件クライアント・ソフトを起動させても、ユーザーIDとパスワードを入力しなければ、債務者が本件サービスのために使用しているサーバ・コンピュータ(以下、「本件サーバ・コンピュータ」という。)にアクセスすることはできない。ユーザーIDを取得するためには、本件クライアント・ソフトの「新しいIDを取得」コマンドを実行して、モニターに表示されたダイヤログにユーザー名及びパスワード並びにメールアドレスを入力する必要がある。ユーザー名及びパスワードは利用者側が任意に設定することができる。確かに、本件サービスにおいては、ユーザー登録にあたって利用者が入力したメールアドレスが実在するものか否かを判別するルーティンを取り入れてはいない。ユーザーが架空のメールアドレスを入力した場合、そのユーザーにより権利侵害を受けたと主張する者からノーチス・アンド・テイクダウン手続きの申立てがあったときに、申立てメールを転送することができないが、その場合は申立人の主張を正当として、当該利用者が本システムを利用することは爾後禁止されるのであるから、特に問題となるようなことはない。また、本件サービスにおいて、利用者が新しいIDを登録する際に、その利用者の戸籍上の名称や住民票の住所等を入力させる仕組みにはなっていないが、特定の会員向けにオンライン上で無償サービスを提供するシステムでは、わざわざ会員に住民票の写し等を提出させることは合理的ではないから、戸籍上の名称や住民票上の住所を入力させないというのは、一般的である。
(4) 本件サーバにアクセス(ログイン)しようとする利用者は、ログイン時に画面上に表示されるダイヤログに、既に登録済みのユーザーIDとパスワードを入力することによって、本件本件サーバ・コンピュータにアクセスすることができることになるのである。
2 送信に向けた設定
(1) 本件サービスの利用者(提供者)は、本件クライアント・ソフトの「追加」コマンドを実行することによって、送信を可とするファイルを収蔵するフォルダ(一般利用者向けに「共有フォルダ」という用語が使われており、債権者の「共有フォルダ」という用語を使用しているが、「送信被許可ファイル収蔵フォルダ」というのが実態にあった用語である。ただし、ここでは鍵括弧付きの「共有ファイル」という用語を用いることとする。)を指定することができる。利用者は、本件サーバへアクセスするのと同時に自動的に特定のフォルダ内のファイルを全て送信可とするようにすることも、そうしないことも自由に設定できる(「ログイン時にファイルリストをアップロードしない」という設定を「ON」とするか否かの問題である。)。
(2) 本件サービスの利用者は、特定のフォルダについて、いつでも、「共有フォルダ」として一度なした指定を任意に解除することができる。すなわち、「共有フォルダ」として指定されているフォルダを表示するウィンドウにおいて、指定を解除したいフォルダを選択して、解除コマンドを実行することにより、指定を解除できるのである(なお、「再スキャン&アップロード」コマンドを実行すれば、本件サーバにアクセス中にも、この指定解除は即時に効果が発生するのである。)。
(3) 提供者が本件クライアント・ソフトを起動すると、提供者のコンピュータ(以下、「送信用コンピュータ」という。)は自動的に本件サーバ・コンピュータと接続し、「共有フォルダ」として指定されているフォルダに蔵置されている電子ファイルについてのファイル名(直近のフォルダ名をも含む。)、ファイルサイズ、及び提供者のIDといった情報が、送信用コンピュータから本件サーバ・コンピュータに送信されるとともに、本件サーバ・コンピュータは送信用コンピュータのIPアドレス及びポートナンバーを取得する仕組みになっている。「再スキャン&アップロード」コマンドが実行された場合も同様である。本件サーバ・コンピュータは利用者のコンピュータから送信されたこれらのデータをもとに、現時点でダウンロード可能なファイルに関するインデックスを作成する。したがって、本件サーバ・コンピュータにおいて検索可能な情報は、送信用コンピュータから送信されるデータに含まれている情報、すなわち、ファイル名(直近のフォルダ名をも含む。)、ファイルサイズ、及び提供者のIDのみである(このように、個人間の情報流通に必要な最小限度の情報のみをサーバが取り込み、管理するというのは、サーバにかかる負荷の分散を目的とするハイブリッド型P2Pシステムの中核を占める考え方である。)。
(4) 本件サービスの利用者は、自分のコンピュータから同時にダウンロードできるファイルの数を自由に設定することができる。また、特定のユーザーIDからのダウンロードを優先することができる。優先権を設定されていない者が当該ファイルをダウンロード中に、優先権を設定されている者が当該ファイルのダウンロードを開始した場合、優先権を設定されていない者によるダウンロードは途中で遮断されることになる。
 但し、これはあくまで、送信用コンピュータにインストールされた本件クライアント・ソフトに関する設定であって、本件サーバ・コンピュータには一切反映されていない。
3 検索
(1) 特定の内容の情報が記録されているファイルをダウンロードしようという利用者は、まず、当該ファイルがどのユーザーの送信用ディスクに収録されているのかを検索する必要がある。そのための手段としては、次のようなものがある。
(2) 本件サービスの利用者は、本件クライアント・ソフトを用いて、特定の文字列が含まれているファイル名が付されたファイルを検索するように、オンライン上で、本件サーバ・コンピュータに指示を送ることができる。本件サーバ・コンピュータは右指示を受けて、本件サーバ・コンピュータに接続されているコンピュータから送信されたファイルに関するカタログデータを用いて検索処理を行うことにより、本件サーバ・コンピュータに接続されているコンピュータ内に蔵置されているフォルダのうち利用者により「共有フォルダ」として指定されているフォルダ内に蔵置されている電子ファイルであって、上記文字列をファイル名に含むものを検出する。そして、本件サーバ・コンピュータは検出した全ての電子ファイルに関する方法(ファイル名、ファイルパス名、ユーザーID、ファイルサイズの他、当該ファイルの保持者のIPアドレス、ポートナンバーを含む。)を利用者(受信者)のコンピュータに送信する。受信者のコンピュータに接続されたモニターに表示される検索結果画面には、ファイル名、サブフォルダ名、ファイルサイズ、保持者のユーザーIDが表示される。
 また、本件サービスの利用者は、本件クライアント・ソフトを用いて、他の特定の利用者(以下、「お友だちユーザー」という。)が「共有フォルダ」として指定したフォルダのみを表示・検索の対象とすることができる。モニター上に「お友だち一覧画面」を表示させて、「お友だちユーザー」のID名を選択し、さらにマウスを右クロックして「カタログをみる」コマンドを選択すればよいのである。すると、お友だちユーザーが「共有フォルダ」として指定したフォルダ及びそのフォルダに収蔵されているファイル及びサブフォルダがモニタに表示される。
(3) 本件クライアント・ソフトは、インスタント・メッセンジャー機能をも備えている。したがって、本件サービスの利用者は、本件クライアント・ソフトを使用して、お友だちユーザーとリアルタイムチャットすることができる。このリアルタイムチャット機能を用いて、ダウンロードしたい内容が記録されているファイルの名称をお友だちユーザーから教えてもらい、そして、お友だちユーザーのカタログを表示して、教えてもらったファイル名の付けられたファイル名を探し当てて検出することができる。
4 ファイルの送受信
(1) ファイルのダウンロードを望む利用者は、受信用コンピュータに接続されたモニター上に表示された検索結果画面又はお友だちカタログ画面にリストアップされたファイルからダウンロードしたいファイルを選択し、本件クライアント・ソフトの「ダウンロード」コマンドを実行すると、受信者のコンピュータ(以下、「受信用コンピュータ」という。)は、受信用コンピュータに接続されたモニタ上に受信ファイルの保存場所を尋ねるダイヤログを表示する。受信者において、当該ファイルの保存を希望するフォルダをマウス操作で指定し、「保存」コマンドを実行すると、当該ファイルを「共有フォルダ」内に蔵置している利用者(提供者)との間で、本件サーバ・コンピュータを介することなく(但し、提供者のコンピュータがファイヤーウォール内にいた場合、受信用コンピュータは送信用コンピュータとの間で接続を確立できないので、受信用コンピュータから本件サーバ・コンピュータ経由で接続リクエスト信号を送り、これを受けて送信用コンピュータの方から受信用コンピュータに接続に入る。)、直接接続が確立する。爾後、提供者と受信者との間では、情報(データ、指令など)は、直接送受信されることになる。
(2) 受信用コンピュータと送信用コンピュータの間で直接接続が確立されると、受信用コンピュータは送信用コンピュータにダウンロード要求の信号を送付する。この信号を受信した送信用コンピュータは、このダウンロード要求を可とするかを判断し(例えば、同時に送信するファイル数の制限を越える場合は「ダウンロード不許可」という結果を下す。)、「ダウンロード不許可」という判断を下した場合には、送信用コンピュータは受信用コンピュータに向けてその旨の信号を送信する。
(3) 「ダウンロード許可」という判断を下した場合には、送信用コンピュータは、当該ファイルのファイルデータをRAMに読み込み、そのファイルデータをネットワークを介して受信用コンピュータに向けて送信する。このファイルデータを受信した受信用コンピュータは、当該ファイルデータを、上記選択済みのフォルダ内に新設されたファイルに格納する。
(4) なお、本件クライアント・ソフトは、送信用コンピュータによる上記処理も、受信用コンピュータによる上記処理も行えるように作成されているが、送信用コンピュータの処理と受信用コンピュータの処理のどちらか一方又は双方を行うことができる他のソフトウェアを第三者が開発することは技術的に不可能ではない。
5 本件サービスにおいてファイル情報が登録されているファイル
(1) アメリカのナップスターと異なり、本件サービスにおいてファイル情報が登録されている電子ファイルはMP3形式の音声ファイルに限られない。テキストファイルや文書ファイル、画像ファイルや動画ファイル、あるいはフリーウェアソフトなどを含むプログラムファイルまで多様な内容、多様な形式のファイルのファイル情報が本件サーバ・コンピュータに登録されるシステムとなっている。
(2) また、MP3形式の音声ファイルにしても、市販のレコードからリッピングして作成したものもある反面、アマチュアバンドが自ら演奏・録音したものをMP3形式の電子データに変換した上で、オンライン上などで無償で配布しているものもあり、その中には、再配布は自由と謳っているものも少なくない(乙第2号証)
 また、MP3技術は、会話などを録音してオンライン上で配布するためにも利用されている(乙第3号証)。1分あたり100kb程度で収まることから、会話や演説等のデータをオンライン上で配布するために用いるには極めて有益な技術であるといえる。
(3) このように、債権者が公衆送信権ないし送信可能化権を有する電子ファイルというのは、本件サービスにおいてファイル情報が登録されている電子ファイルのごく一部を構成するに過ぎない。
(4) なお、債権者は、「MP3は、市販のCD等に収録されている音楽著作物(その大多数は管理著作物)を複製するために用いられるのがほとんどであり、現に、本件サービスの利用者が検索した結果として表示されるMP3ファイルのほとんどすべてには、それが管理著作物が収録された市販のCD等を複製したファイルであることを示すタイトルが付されている」と主張する(5頁)。しかし、音楽著作物のタイトルには独占権がないため、管理著作物と同一のタイトルを自己の楽曲に付けるアマチュアバンドは決して少なくないのであり、タイトルだけそれが「管理著作物が収録された市販のCD等を複製したファイル」かどうかはわからない。
(5) 仮に、債権者従業員が本件サービスを利用した平成14年1月25日ころに「共有ファイル」に蔵置されていた「.mp3」という拡張子を持つ電子ファイルのほとんどが管理著作物が収録された市販のCD等を複製物であったとしても、そのことを前提に本件システムの違法性を斟酌するのは妥当ではない。ナップスター事件連邦控訴審判決がまさに指摘するとおり、システムの将来性を無視して現在の使用のみを使用に関する分析の対象とするのは適切ではないのである(甲第14号証訳文16頁)
三 債務者の複製・送信可能化主体性
1 債権者は、本件サービスの提供者である債務者も、本件著作権侵害行為の主体として、債権者の差止請求権に服すべき地位にあると主張する(7頁)。その理由として、債権者は、(1)本件著作権侵害における債務者の行為の本質性、(2)債務者の行為は著作権侵害の結果惹起を織り込んだものであること、(3)本件著作権侵害の結果が極めて重大であること、(4)債務者の外に本件著作権侵害の結果を防止することができるものがいないこと、(5)債務者が本件著作権侵害行為による利益を取得していること、(6)債務者に侵害結果防止措置をとらせることが適切かつ可能であることの6点をあげる(もっとも、債権者は、利用主体性に関する主張と教唆・幇助責任の主張とを混在させているため、上記のうち、どれとどれを利用主体性の要件事実として摘示し、どれとどれを教唆・幇助責任の要件事実として摘示しているのかは明らかではない。)。
2 実際に著作物等の利用行為を行っている者以外を規範的に利用行為主体と認定した裁判例としては、最判昭和63年3月15日民集42巻3号199頁〔クラブキャッツアイ事件最高裁判決〕等があり、認定しなかった裁判例として大阪地判平成9年7月17日判タ973号203頁〔ネオジオ事件地裁判決〕等がある。
 クラブキャッツアイ事件最高裁判決によれば、規範的に利用行為主体性を認めるためには、(1)実際の利用者による利用を管理していること、及び、(2)当該利用行為により利益を上げることを意図していたことの2点が必要とされている。その上で、最高裁は、カラオケ装置を設置したスナックに関して、管理性の要件については、「客は、上告人らと無関係に歌唱しているわけではなく、上告人らの従業員による歌唱の勧誘、上告人らの備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲、上告人らの設置したカラオケ装置の従業員による操作を通じて、上告人らの管理のもとに歌唱しているものと解される」と判示するとともに、図利性の要件については、「上告人らは、客の歌唱をも店の営業政策の一環として取り入れ、これを利用していわゆるカラオケスナックとしての雰囲気を醸成し、かかる雰囲気を好む客の来集を図って営業上の利益を増大させることを意図したというべきである」と判示している。また、東京高裁平成11年7月13日判タ1019号281頁〔カラオケボックス事件高裁判決〕において裁判所は、管理性の要件について、「本件店舗のカラオケ歌唱用の各部屋においては、顧客が各部屋に設置されたカラオケ装置を操作し、再生された伴奏音楽に合わせて歌唱することによって、管理著作物の演奏が行われていることが認められるところ、控訴人らは各部屋にカラオケ装置と共に楽曲索引を備え置いて顧客の選曲の便に供し、また顧客の求めに応じて従業員がカラオケ装置を操作して操作方法を教示するなどし、顧客は指定された部屋において定められた時間に応じた料金を支払い、再生された伴奏音楽に合わせて歌唱し、歌唱する曲目は控訴人らが用意したカラオケソフトに収納されている範囲に限られることなどからすれば、顧客による歌唱は、本件店舗の経営者である控訴人らの管理の下で行われているというべきであ」ると判示している。
 他方、ネオジオ事件地裁判決は、「被告がユーザーを手足ないし道具として利用して右映画の著作物たる本件ゲームソフトウェアを上映せしめている旨主張するのであるが、被告がユーザーを手足ないし道具として利用して本件ゲームソフトウェアを上映せしめているとして、被告自ら本件ゲームソフトウェアを上映しているのと同視できるためには、単に被告製品を購入したユーザーがその購入目的からして必然的に被告製品を使用して本件ゲームソフトウェアを上映するに至ることが明らかであるというだけでは足りず、被告において、被告製品をユーザーに販売した後も、ユーザーが被告製品を使用して本件ゲームソフトウェアを上映することについて何らかの管理・支配を及ぼしていること、及び被告が被告製品を販売する目的がユーザーをして本件ゲームソフトウェアを上映させることそれ自体により利益を得ることにあることが必要であると解するのが相当である」と判示した上で、管理性の要件については、「被告製品を購入したユーザーは、これを被告の管理・支配の全く及ばない自宅等に持ち帰り、被告の意思に関わりなくユーザー自身の自由意思をもって被告製品を本件ゲーム機本体に接続して本件ゲームソフトウェアを上映するのであって、本件全証拠によるも、ユーザーが被告製品を使用して本件ゲームソフトウェアを上映することについて被告が何らかの管理・支配を及ぼしていると認めることはできない」と判示し、図利性の要件については、「原告は、被告製品を購入する対価は、観衆たるユーザーが本件ゲームソフトウェアの対戦モードのゲームストーリーの展開を楽しむために支払う料金の一括前払いに該当する(から、「営利を目的としない」上映には当たらない)旨主張するが、被告製品の価格は本件ゲームソフトウェアの上映の対価そのものである、あるいはこれが被告製品の価格のうちに含まれていると認めるに足りる証拠はなく、かえって、ユーザーが被告製品を購入する時点では、既に購入済みの本件ゲームソフトウェアがある場合を除き、本件ゲームソフトウェアのうちどのゲームソフトウェアを購入し、これを上映するかは具体的に確定しておらず、将来原告によって販売されることがあるべき本件ゲームソフトウェアの種類も確定していないといわざるを得ないから、被告がその価格に本件ゲームソフトウェアの対価を含ましめることは不可能というべきであり、また、被告製品を販売した後は、被告製品を使用して本件ゲームソフトウェアの上映がどの程度なされるかは、今後の被告製品の販売数量の見通しに関する資料にはなるとしても、原則として被告に何らの利害ももたらさないものと考えられるから、被告製品の価格について、製造原価その他の必要経費に適当な利潤を上乗せした金額の他に、本件ゲームソフトウェアの上映の対価が加算されているということはできない」として、「被告が被告製品を販売する目的がユーザーをして本件ゲームソフトウェアを上映させることそれ自体により利益を得ることにあることも、これを認めるに足りる証拠はない」と判示している。
3 債権者の上記主張のうち、管理性の要件に関する主張と思われるのは(1)であり、図利性の要件に関する主張と思われるものは(5)であるから、これらについて以下論ずる。
(1) 債権者は、「ファイルローグサーバは、これに接続中のクライアントコンピュータの共有フォルダ内に蔵置されたファイルの情報をすべて入手し、これを独占的に管理してダウンロードが可能なファイルを利用者に検索させ、その中から利用者が入手を希望するファイルの所在情報等をクライアントソフトに伝達するなどして、クライアントコンピュータ間でファイルを直接送受信させるとともに、受信側クライアントコンピュータに複製させている。これらはすべて債務者が配布したクライアントソフトと債務者が運営するファイルローグサーバを連携させることによって初めて可能になるものである」(8頁)と主張する。
(2) しかし、それはそもそも間違っている。本件クライアントソフトによりあるフォルダを「共有フォルダ」に指定しても、当該フォルダ及び当該フォルダに蔵置されているファイル自体に何らかの変化が生じるわけではない。本件クライアントソフトにより本件サーバコンピュータに送信されるファイル情報において、爾後、当該フォルダ内に蔵置されているファイルが「送信を許可されたファイル」であると記録されるだけにすぎない。したがって、本件クライアントソフトにより「共有フォルダ」として指定されたフォルダ内に蔵置されたファイルを、GNUTELLAやWinMX等の、他のP2P間のファイル送受信ソフトにより、公衆に送信可能な状態におくことは、簡単である(実際、本件クライアント・ソフトとWinMXを同時に起動させ、同じフォルダを「共有フォルダ」に指定することは可能である。)。また、ファイルローグ・サーバが関与しているのは、受信用コンピュータに特定のファイルのファイル名、ファイルパス名、ユーザーID名ならびにそのユーザーのIPアドレス等のファイル情報を送信するところまでであって、そこから先の部分、すなわち、受信用コンピュータから送信用コンピュータに特定のファイルを特定のIPアドレスへ送信するようにとの指令を発信し、この指令を受信した送信用コンピューターが特定のファイルを受信用コンピュータのIPアドレスに向けて送信するという場面においてはファイルローグ・サーバは何も関与していない。偶々本件クライアントソフトは特定のファイルを検索してそのファイルに関するファイル情報を入手するまでの過程とそのファイル情報をもとに個人間でファイルの送受信を行う過程とを1つのソフトウェアで処理しているので混同されやすいが、技術的には、送信者側で本件クライアントソフトを用いて送信を許可したファイルについて、ファイルローグサーバから受信したファイル情報をもとに、これを直接ダウンロードできるような別個のソフトウェアを開発するも可能であるから、債権者の上記主張はそもそも間違っているというべきである。
(3) また、債権者は、「本件サービスにおいては、債務者が運営するファイルローグサーバと各利用者のクライアントコンピュータとが一体となって自動公衆送信装置を構成するのであるから、本件サービスによる管理著作物の送信可能化及び受信側クライアントコンピュータにおける複製は、債務者と各利用者との共同行為というべきである」と主張する。しかしながら、「送信可能化」行為とは、自動公衆送信装置を構築する行為をいうのではない。公衆の用に供されている電気通信回線に接続されている自動公衆送信装置が既に構築されていることを前提として、その自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として特定の情報が記録された記録媒体を加えることや、その自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に情報を記録することこそが「送信可能化」行為なのである。これらの行為は、利用者が自由にこれを行っているのであって、債務者はこれを各利用者と共同して行うどころか、管理もしていないし、もっといってしまえば、何の関与もしていない。したがって、「本件サービスによる管理著作物の送信可能化・・・は、債務者と各利用者との共同行為」であるとは認められないことを明らかである。
 さらにいえば、どのフォルダを公衆送信用記録媒体(「共有フォルダ」)とするか、あるいは、公衆送信用記録媒体(「共有フォルダ」)にいかなる情報(電子ファイル)を記録するかは、利用者の任意に任されている。そこに、債務者による管理・支配は何もない。債務者が所有又は管理する建物内でこれらの行為が行われているわけでもない。また、債務者は、利用者に対し、管理著作物を「共有フォルダ」に蔵置するように勧誘したことも、管理著作物が蔵置されたフォルダを「共有フォルダ」に指定するよう勧誘したこともない。また、債務者は、利用者の求めに応じて従業員に本件クライアントソフトを操作させて利用者に操作方法を教えるようなサービスも行っていない(そもそも、ユーザーサポートすら満足に行っていない。)。また、利用者は、本件クライアントソフトをダウンロードした後、自宅等において、債務者の意思に関わりなく利用者自身の自由意思をもって本件クライアントソフトを起動したり、本件クライアントソフトにより任意のフォルダを共有ファイルとして指定するのである。以上の点に鑑みれば、クラブキャッツアイ事件最高裁判決などの照らしても、利用者による送信可能化行為が、債務者の管理の下で行われていると認めることは到底できないというべきである。
(4) また、受信用ディスクへの電子ファイルの複製行為は、受信者が「ダウンロード」コマンド及び「保存」コマンドを実行することにより行われるのであるが、これらの行為は受信者が自由にこれを行っているのであって、債務者はこれを各利用者と共同して行うどころか、管理もしていないし、もっといってしまえば、何の関与もしていない。本件サービスによる管理著作物の・・・受信側クライアントコンピュータにおける複製は、債務者と各利用者との共同行為」と認めることができないことも明らかである。
 また、受信用ディスクに複製される電子ファイルは債務者があらかじめ指定したものに限られるわけではない(そのとき本件サーバ・コンピュータに接続されている送信用コンピュータの「共有フォルダ」に蔵置されているものに限られているのであり、どのファイルが「共有フォルダ」に蔵置されるか、債務者は一切管理していない。)。「保存」コマンド等の実行が、債務者が所有又は管理する建物内でこれらの行為が行われているわけでもない。また、本件レコードをMP3化した電子ファイルをダウンロードないし保存するように債務者が勧誘した事実もなければ、利用者の求めに応じて従業員に本件クライアントソフトを操作させて利用者に操作方法を教えるようなサービスも行っていない。したがって、利用者による複製行為が、債権者の管理の下で行われていると認めることもやはりできない。
(5) 図利性の要件に関して、債権者は、「本件サービスの画面にバナー広告塔を表示することにより広告収入を得ており(甲8)、これは本件著作権侵害行為による利益にあたる」と主張する。しかし、バリューコマース株式会社及び他1社は、管理著作物を送信可能化し又は複製したことに対して、債務者に広告料を支払うわけではないので、債務者がファイルローグシステムを運営する目的が「利用者をして管理著作物を送信可能化されることそれ自体により利益を得ること」ないし「管理著作物を受信用ディスクに複製することそれ自体により利益を得ること」にあると認めることはできない(なお、平成13年11月の本件サービス開始以来債務者が受領した「広告料」はトータルで3万円程度のものであり、サーバの維持・管理費にすら満たないものである。)。
 また、債権者は、図利性の要件に関して、債務者が「将来本件サービスの有料化を予定して」いることを指摘する。しかし、一般に、有料化を検討しただけでは利益を取得することはできない。債務者もその例外ではない。
(6) また、債権者は、「本件サービスのユーザの増加は債務者の将来の経済的利益に直結しているところ、本件サービスにより送信可能化される管理著作物が増加すれば、それだけ本件サービスのユーザが増大することになるから、債務者は本件著作権侵害行為により経済的利益を得ているというべきである」とする。しかし、クラブキャッツアイ事件のように顧客を集めることにより入場料や飲食代の支払いを多く受けられるようになったり、あるいは顧客を他の有料サービスに近づけることができるというのであれば格別、通常は、ユーザが増大するだけでは経済的利益には繋がらない。そもそも、債務者は、利用規約において、「■禁止事項 あなたは、以下の行為、事項を行わないことに合意します。/(a) 著作権、著作隣接権、名誉権、プライバシー権その他第三者の権利を侵害するファイルを送信可能な状態とすること」と規定しており、さらにノーティス・アンド・テイクダウン手続きを採用する旨宣言し、具体的な手続き規定まで設けることによって、「本来であれば有償でしか取得できない・・・ファイルが本件サービスを利用することによって無償、大量かつ容易に取得できることによる吸引力によって利用者の拡大」を図るという営業政策を採らないことを明らかに宣言している。実際、債務者の上記営業姿勢もあって、「本来であれば有償でしか取得できない・・・ファイル」を「無償、大量かつ容易に取得」することを望む者のほとんどがWinMXを利用しているのが実情である。
 債務者は、日本国内においてブロードバンド化が進展するとともに、マルチメディア・パソコンが家庭やオフィスに普及するようになったときに、例えば、個人がデジタルビデオ等で撮った画像を友人等にオンラインを通じて配布するような社会の到来に備えて、その環境づくりをしている(そのような動画データはファイルサイズが極めて大きいため、インターネット・サービス・プロバイダから提供を受けたサーバー領域にアップロードする方法や、電子メールに添付ファイルとして送付する方法では、サーバの負荷が大きくなりすぎていわゆるパンク状態に陥ることが当然に予想されており、サーバの負荷を軽減しつつ大容量のファイルを円滑に流通させるための仕組みとしてP2P技術に大きな期待が集まっているのである。)のであって、債権者が想定するような近視眼的な利益を図っているわけではない(乙第4号証)。「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」とはよくいったものである。
四 債務者の教唆・幇助責任の有無
1 はじめに
 債務者は「ファイルローグ」システムの利用者による著作権侵害を教唆・幇助した者として共同不法行為責任を負うか否かを判断するにあたっては、(1)「ファイルローグ」システムの利用者による利用行為は著作権侵害行為にあたるのか、あたるとすればどのような場合かをまず論じ、ついで、(2)仮にシステム利用者の行為が著作権に該当する場合があるとして、債務者が上記利用行為に対し教唆・幇助責任を負うのかを論ずることとする。
2 利用者(提供者)の送信用コンピュータにおける複製権侵害
(1) 債権者は、「管理著作物の複製物であるMP3ファイルをクライアントコンピュータの共有フォルダに蔵置することは、著作物をクライアントコンピュータのハードディスク等の記憶媒体に複製(著作権法2条1項15号)する行為に該当する」と主張する(6頁)。確かに、著作物をMP3化した電子ファイルを、他人にダウンロードさせるために、「共有フォルダ」に新たにコピーする場合には、そのようにいえるかもしれない。しかし、自分のコンピュータにインストールされているMP3プレイヤーで聴くために、著作物をMP3化した電子ファイルを保存する行為自体は、私的使用目的の複製として、そもそも合法である(著作権法30条1項)。また、ウィンドウズ系のOSにおいては、同一ボリューム内の他のフォルダにファイルを「移動」させる場合は、当該ファイルに関するディレクトリエントリを変更しているにすぎず、当該ファイルに記録されたデータ自体を複製しているわけではないから、自分のコンピュータにインストールされているMP3プレイヤーで聴くために管理著作物をMP3化して保存した電子ファイルを、同一ボリューム内にある「共有フォルダ」に「移動」する行為は、そもそも「複製」に該当しない。
(2) また、債権者は、仮に「当該ファイルが、当初、クライアントコンピュータの所有者によってCD等から私的使用を目的として複製(同法30条)されたものであっても、それを共有フォルダに蔵置してファイルローグサーバに接続した場合には、不特定多数の者に受信可能な状態にすることによって『公衆に提示』(同法49条1項1号)したことになり、そこに蔵置されたファイルは、私的使用には該当しない違法な複製物になる」(6頁)と主張するので、この点を検討する。
 著作権法49条1項1号は、「第三十条第一項、第三十一条第一号、第三十五条、第三十七条第三項、第四十一条から第四十二条の二まで又は第四十四条第一項若しくは第二項に定める目的以外の目的のために、これらの規定の適用を受けて作成された著作物の複製物を頒布し、又は当該複製物によって当該著作物を公衆に提示した者」は「第二十一条の複製を行ったものとみなす」と定める。すなわち、著作権法49条1項1号は、私的利用目的で作成した複製物「によって」著作物を公衆に提示した場合に、複製を行ったものとみなすという規定である。同条項が適用されるためには、「著作物」が、私的利用目的で作成した「複製物」自体によって、公衆に提示される必要があるのである。しかし、受信者に提示される音楽著作物は、送信者が私的利用目的で作成した複製物(受信用コンピュータに接続された外部記憶装置)により提示されるのではなく、受信者が私的利用目的で作成した複製物(受信用コンピュータに接続された外部記憶装置)により提示されるのである。したがって、私的利用目的で作成したMP3形式の音楽ファイルを「共有フォルダ」に蔵置したままファイルローグサーバに接続をしても、著作権法49条1項1号のみなし複製規定の適用を受けることはなく、複製行為がなされたとみなされることはないというべきである。
3 利用者(提供者)の送信用コンピュータにおける自動公衆送信・送信可能化
(1) 債権者は、「本件サービスによりファイルをダウンロードする者は著作権法2条5項にいう『公衆』に当たり、本件サービスは、これらの者の求めに応じてインターネット経由で自動的にファイルを送受信するものであるから、同法2条1項9号の4にいう『自動公衆送信』にあたる」と主張し(6頁)、「送信側クライアントコンピュータとそれが接続したファイルローグサーバとが一体となって同法2条1項9号の5のイにいう『自動公衆送信装置』を構成するものというべきである。そして、共有フォルダにファイルを蔵置する行為は、『公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に情報を記録すること』であるから、同号にいう『送信可能化』に当たる」(7頁)と主張する。ので、以下検討する。
(2) イ号の「送信可能化」とは、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること」により、「自動公衆送信しうるようにすること」をいう。そして、「自動公衆送信」とは「公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)」をいい、「公衆送信」とは「公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(有線電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うこと」をいう。すなわち、公衆送信は「公衆によって直接受信されることを目的として」なされることが必要であり、自動公衆送信は公衆送信の一類型である以上やはり「公衆によって直接受信されることを目的として」なされる必要であり、したがって、所定の方法により「自動公衆送信しうること」と定義された送信可能化もやはり「公衆によって直接受信されることを目的として」なされることが必要である。
(3) 著作権法上「公衆」とは、特定かつ多数の者を含むものとされている(著作権法2条3項)から、多数人であれば「公衆」にあたることは争いの余地がない。したがって、多数人によって直接受信されることを目的として、特定のフォルダを「共有フォルダ」として指定した場合、この「共有フォルダ」内に管理著作物をMP3化した電子ファイルを蔵置し、受信者の求めに応じてインターネット経由で自動的に当該電子ファイルを送信する行為が「送信可能化」、「自動公衆送信」にあたることは否定しがたい。
(4) 他方、現実社会での友人、親戚、同僚等の特定少数人によって直接受信されることを目的として特定のフォルダを「共有フォルダ」として指定した場合、この「共有フォルダ」内に管理著作物をMP3化した電子ファイルを蔵置し、受信者の求めに応じてインターネット経由で自動的に当該電子ファイルを送信する行為は、「公衆によって直接受信されることを目的として」なされたものとは言い難いから、「送信可能化」、「自動公衆送信」にあたらないことも間違いない。
(5) では、本件クライアント・ソフト等を利用して行われるリアルタイム・チャット等を介して知り合った特定の人物によって直接受信されることを目的として特定のフォルダを「共有フォルダ」として指定した場合、この「共有フォルダ」内に管理著作物をMP3化した電子ファイルを蔵置し、受信者の求めに応じてインターネット経由で自動的に当該電子ファイルを送信する行為はどうであろうか。
 日常用語例としての「公衆」とは不特定かつ多数人をいうのであり、著作権法においては、2条3項により、特定多数人も「公衆」に含まれることとされたとする見解に立てば、著作権法上の「公衆」とは結局「多数人」のことをいうことになるから、あくまで少数人によって直接受信されることを目的とする上記行為は、「送信可能化」にはあたらないということになる。
 日常用語例としての「公衆」とは不特定人又は多数人をいうのであり、著作権法2条3項は、特定多数人も「公衆」にあたるのだということを確認的に規定したのだという見解に立てば、不特定人であれば、少数人(極端な話をすれば一人であっても)「公衆」にあたるということになる。すると、ここでは、リアルタイムチャットなどを介して知り合った特定のユーザーIDの持ち主というのが提供者から見て「特定人」にあたるのか「不特定人」にあたるのかということが問題となる。
 債権者は、「本件サービスは、誰でも、自由に設定したID、パスワード及びメールアドレス(それも虚偽のものでも受理される)のみを入力することで直ちに利用可能となるから、本件サービスによりファイルの受信を受ける者は『不特定人』である」と主張する(7頁)。しかしながら、我が国においては一般に、戸籍上の名称や住民票上の住所等を確認することなしに、他者と社会的に接触することが少なくない。いまだ相手の戸籍上の名称や住民票上の住所等を確認しないままに恋に落ちることだって少なくはない(むしろ、その方が普通である。)。この場合、相手の戸籍上の名称や住民票上の住所等を確認していないからという理由で、この相手は自己にとってはいまだ「不特定人」にすぎないとするのは、あまりに日常用語例に反している。むしろ、民法上の「特定物」概念との類推でいうならば、行為者において相手の人物の個性に着目して行為がなされるときその相手は「特定人」であり、一定の種類に属する人であれば誰でもよいという認識で行為がなされるときはその相手は「不特定人」となると考えるのが相当である。
 すると、「本件クライアント・ソフト等を利用して行われるリアルタイム・チャット等を介して知り合った特定の人物」に受信されることを目的として特定のフォルダを「共有フォルダ」として指定した場合、この「共有フォルダ」内に管理著作物をMP3化した電子ファイルを蔵置する場合、提供者は特定のユーザーIDを名乗る人物の個性に着目していることは明らかである。したがって、提供者からみて、この「特定のユーザーIDを名乗る人物」は、「特定人」にあたる。よって、少数ないし一人の「特定のユーザーIDを名乗る人物」が直接受信することを目的として送信ディスク中の特定のフォルダを「共有フォルダ」として指定した場合、この「共有フォルダ」内に管理著作物をMP3化した電子ファイルを蔵置する行為は、「公衆によって直接受信されることを目的として」なされたものとは言い難いから、「送信可能化」にあたらないというべきである。
(6) このように、同じ「送信用ディスク中の特定のフォルダを『共有フォルダ』として指定した場合、この『共有フォルダ』内に本件レコードをMP3化した電子ファイルを蔵置する行為」であっても、提供者の主観によって、「送信可能化」に該当したりしなかったりする。なお、送信可能化にあたる場合すなわち多数人によって直接受信させることを目的としている場合、ファイル名は、ファイルの内容を反映した名前が付けられることが多いと予想されるが、送信可能化にあたらない場合は、必ずしもファイルの内容を反映するような名前を付ける必要は乏しいからファイルの内容とは無関係な名前が付けられてるケースも多いと予想できるものの、かといって送信を許可するにあたって、ファイル内容とは無関係なファイル名に変更するという頭が回らない者も少なからずいるとも予想されるから、ファイルの内容が反映されているかのごとく見える名前が付されたファイルだからといって、送信可能化の対象となっているとはかならずしもいえないのである(なお、同時にダウンロードできる人数が1人に制限され、かつ、特定のユーザーIDを有する者に優先権が設定され、その者がダウンロード中であるなど、他のユーザーが当該ファイルをダウンロードすることが物理的にできない場合であっても、検索結果画面には当該ファイルに関するデータは表示される。)。
4 受信側のクライアントコンピュータにおける複製
(1) 債権者は、「本件サービスによって他のクライアントコンピュータからダウンロードされたファイルは、受信側クライアントコンピュータにおいて保存先に指定されたフォルダ内に蔵置されるが、これも総員側のクライアントコンピュータの共有フォルダへの蔵置と同様、私的複製には該当しない違法な複製である」と主張する(7頁)ので、以下検討する。
(2) しかし、受信者においては、受信用ディスク内の任意のフォルダ内に受信したファイルを蔵置(複製)することができるのであって、必ずしも「受信側のクライアントコンピュータの共有フォルダ内に蔵置(複製)され、更に再送信可能な状態におかれる」とはいえない。また、著作権法30条1項が適用されるため要求されるのは、複製を行うにあたって、新たに作成した複製物を「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的」としていることのみ(但し、同項各号に該当する場合を除く。)である。したがって、受信者が自らのコンピュータ又は携帯用MP3プレイヤーで音楽等を聞く目的で受信したファイルを受信用ディスク内に蔵置した場合、受信したファイルを「共有フォルダ」以外のフォルダに蔵置したときはもちろん、さらに再送信されることを意識することなく漫然と受信したファイルを「共有フォルダ」に収蔵したときであっても、ファイルの複製行為は私的使用を目的として行われている以上、著作権法30条1項の適用をためらう理由はない。
(3) したがって、少なくとも、受信者が自らのコンピュータ又は携帯用MP3プレイヤーで音楽等を聞く目的で受信したファイルを受信用ディスク内に蔵置した場合には、右蔵置(複製)行為は、著作権侵害とはなり得ないというべきである。
5 債務者の教唆責任
(1) では、本件サービスの利用者の一部が本件システムで送受信される電子ファイルのごく一部である管理著作物をMP3化した電子ファイルを「公衆」により直接受信される目的で「共有フォルダ」に蔵置して債権者の著作権を侵害する行為について、債務者はこれを教唆したものとして共同不法行為責任を負うのであろうか。
(2) 債務者は、本件システムの利用者に対し、管理著作物をMP3化した電子ファイルを、「公衆」により直接受信させることを目的として「共有フォルダ」に蔵置するように唆したことはない。却って、債務者は、前述のとおり、利用規約の中で「■禁止事項 あなたは、以下の行為、事項を行わないことに合意します。/(a) 著作権、著作隣接権、名誉権、プライバシー権その他第三者の権利を侵害するファイルを送信可能な状態とすること」と規定し、これに同意したものに対してのみ本件クライアントソフトをダウンロードさせているのである。したがって、債務者が、本件システムの利用者に対し、債権者の著作権を侵害する行為を教唆していないことは明らかである。
(3) なお、本件システムを利用した電子ファイルの送受信の中に他人の著作権を侵害する行為が混在していることを抽象的に知りつつ本件システムを利用した電子ファイルの送受信の利用・促進を促したとしても、これが利用者による著作権侵害行為の教唆行為にあたらないことは、個人によるウェブページの中に他人の著作権・著作隣接権を侵害するものが混在していることを抽象的に知りつつ個人にウェブページの作成・アップロードを推奨する行為が著作権・著作隣接権侵害行為の教唆行為にあたらないのと同様に、明らかである。教唆行為は、個別具体的な権利侵害行為に向けられることが必要だからである。
6 債務者の幇助責任
(1) では、本件サービスの利用者の一部が本件システムで送受信される電子ファイルのごく一部である本件レコードをMP3化した電子ファイルを「公衆」により直接受信される目的で「共有フォルダ」に蔵置して債権者の著作権を侵害する行為について、債務者はこれを幇助したものとして共同不法行為責任を負うのであろうか。
 債務者は、個々の利用者がいかなる内容のファイルをいかなる目的で「共有ファイル」に蔵置したかを全く関知していないから、利用者による上記行為を「故意に」幇助していないことは明らかである(利用者の中に他人の権利侵害行為を行うものも存在しているという程度の認識で幇助の故意が認められていたのでは、債務者のみならず、インターネット・サービス・プロバイダも、NTT各社も、コンピュータメーカーも、インターネット接続用のソフトウェアを提供するソフトハウスも、みな故意責任を問われ、責任者が刑事罰を受ける虞すら生ずるから、これらの通信に関与する業種は廃業せざるを得ない。そこに待っているのは、市民は何らの通信手段も利用できない暗黒の社会である。債権者の著作権というものが、そのような暗黒社会の将来を甘受してでも守らなければならないものとは到底思えない。)。
 では、債務者による上記送信可能化行為を過失により幇助したものとして共同不法行為責任を負うことはありうるのであろうか、以下検討する。
(2) 最判平成13年3月2日民集55巻2号185頁〔カラオケリース事件最高裁判決〕は、道具等の提供者に対し、当該道具等を用いた他人による著作権侵害行為について共同不法行為責任を負わせるための要件としては、(1)当該道具等が著作権侵害を発生させる蓋然性が高いこと、(2)当該道具等を提供することによって営業上の利益を得ていること、(3)当該道具の利用者が第三者の著作権を侵害しないような態様で当該道具等を利用する率が必ずしも高くないことが公知の事実であり、著作権侵害が行われる蓋然性を予見すべきであったこと、(4)著作権侵害回避のための措置を講ずることが容易に可能であったことを挙げている。特に注目すべきは、上記最高裁判例においては、「カラオケリース業者は、著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをしたかを容易に確認することができ、これによって著作権侵害回避のための措置を講ずることが可能である」として、著作権侵害回避のための具体的措置を提示した上で、これを怠ったカラオケリース業者に対し、共同不法行為責任を負わせている。不法行為に関する通説的な見解によれば、不法行為責任が認められるためには、結果の予見可能性だけでなく、結果回避可能性の存在が必要であるから、最高裁の上記判示は誠に正当なものというべきである。
(3) 平成13年11月30日に交付され、平成14年4月1日に施行予定である特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第3条1項は、「特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときは、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下この項において「関係役務提供者」という。)は、これによって生じた損害については、権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって、次の各号のいずれかに該当するときでなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、この限りでない。/一 当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき。/二 当該関係役務提供者が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。」と定め、「当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき」であっても、「権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合」でなければ、「特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたとき」にこれによって生じた損害について賠償責任を負わない旨を定めている。そして、同法が新設された趣旨を考えれば、ここでいう「権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置」には、「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務」を適法なものを含めて包括的に停止させることが含まれないことは明らかであり、かつ、条文構造から、当該関係役務提供者の責任を追求しようという側に、「権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能」であったことの主張・立証責任があることも明らかである。このように、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」ですら、他人の権利を侵害されていることを知っていたとしても、(特定電気通信役務の包括的な停止以外に)「権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置」が技術的に可能であることが立証されなければ、当該権利侵害行為によって生じた損害を賠償する責任を負わない。だとすれば、特定の情報の流通により他人の権利が侵害されることについての関与の度合いが特定電気通信役務提供者よりも遙かに低いハイブリッド型P2Pシステムにおける中央サーバの管理者や、違法な送信可能化行為のためにも使用するソフトウェアの提供者等においては、当該システムないしソフトウェアによる情報の流通によって他人の権利が侵害されることを知っていたとしても、少なくとも「権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能」であったことが具体的に主張・立証されなければ、損害賠償責任等を負う必要がないことは明らかである。
(4) このように特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第3条1項及びカラオケリース事件最高裁判決を斟酌するならば、各利用者による著作権侵害行為を幇助したとして債務者に責任を負わせるためには、利用者による著作権侵害行為の結果を回避することが容易であったことが最低限必要である。
(5) そこで、債権者が求めるような、「別紙楽曲リスト記載の音楽著作物につき、自己が運営する『ファイルローグ』という名称のインターネット上の電子ファイル交換サービスにおいて、MP3・・・形式によって複製された電子ファイルの送受信の対象とし」ないという結果回避行為(但し、「適法な電子ファイルの送受信をも含めて停止させる」というものを除く。)が容易に可能といえるのかを以下検討する
i)  管理著作物についてMP3形式によって複製された電子ファイル(以下、「コピーファイル」という。)を本件サービスを介した電子ファイルの送受信の対象としないためには、(1)本件サーバ・コンピュータにおいて受信用コンピュータからの指示したがって行う検索においてコピーファイルは検出されないようにするか、(2)受信用コンピュータにおいてコピーファイルについては送信要求を送信用コンピュータに向けて送信できないようにするか、(3)送信用コンピュータにおいて受信用コンピュータからの送信要求にもかかわらず、コピーファイルを受信用コンピュータに向けて送信できないようにするか、しなければならない。これらの何れかが実現されるためには、本件サーバ・コンピュータ又は、受信用コンピュータ、送信用コンピュータにおいて、上記各処理を行うに際して、処理の対象となる電子ファイルがコピー・ファイルであるか否かを判別できることが必要である。
ii) 既に述べたとおり、本件サービスにおいては、送信用コンピュータから本件サーバ・コンピュータに送られてくる「共有フォルダ」に蔵置された電子ファイルに関する情報は、ファイル名、ファイルパス名、ファイルサイズ、及び提供者のIDといった程度のものであって、その電子ファイルにどのようなデータが格納されているのかという情報は全く送られてこない。したがって、本件サーバ・コンピュータに、「共有フォルダ」に蔵置されている具体的な電子ファイルについて、それがコピーファイルであるか否かを判断させることは、そもそも不可能である。本件サーバ・コンピュータにおいて個々のファイルがコピーファイルか否かを判別する術を持たない以上、個別ファイルに関する情報について本件サーバ・コンピュータより提供を受けるしかない受信側コンピュータにおいても、送信要求を行う電子ファイルがコピーファイルか否かを判別することは不可能といわざるを得ない。
 これに対し、送信用コンピュータは、「共有フォルダ」内に蔵置された各ファイルを直接取り扱うことができるから、送信用コンピュータにおいて、「共有フォルダ」内に蔵置された各ファイルと本件各レコードとをマッチングするシステムが構築可能であれば、あるいは、受信者からの送信要求があってもコピーファイルの送信をできないようにするシステムが可能かもしれない。しかし、それを可能とするためには、本件各レコードを含む市販の音楽レコードに収録された楽曲のうち著作隣接権者において送信可能化を望まない全ての楽曲についての音声パターンを記録したデータファイルを、本件クライアント・ソフトダウンロード時に一緒にダウンロードさせることが最低限不可欠であるが、そのようなことがおよそ可能とも思えない。また、音声ファイルをMP3形式にて複製する際には、社団法人日本レコード協会も「CD並の音質」との表現は自粛せよ、表現するならば「CDの約10分の1のデータ量でそれなりの音質」とせよと要求する(乙第5号証)程度に、情報量が希薄化してしまっている(しかも、どの程度情報を希薄化させるか(すなわち「圧縮率」をどの程度とするか」は、音声ファイルをMP3形式にて複製処理を行うものの任意に委ねられており、ある特定の音声情報をMP3形式にて複製して作成された電子ファイルと一口にいっても、デジタル的には、たくさんの種類があり得るのである。)。したがって、仮に市販の音楽レコードに収録された楽曲のうち著作権者において送信可能化を望まない全ての楽曲についての音声パターンを記録したデータファイルを本件クライアント・ソフトダウンロード時に一緒にダウンロードさせて、本件クライアント・ソフトにより、送信を要求されたファイルが上記データファイルに記録された音声パターンと一致するかマッチング処理を行ったとしても、当該ファイルがコピーファイルか否かを判別することはやはり不可能というべきである。
iii) では、ファイル名(ファイルパス名を含む。)から、コピーファイルか否かを判別することはできるであろうか。
 音楽CDに記録されている音楽データをMP3形式に変換するソフトウェアは、マイクロソフトやソニー、アップル等の大企業により開発されたものから、フリーウェア作家が開発したようなものまで多種多彩であるが、それらのソフトウェアの大部分は、MP3化した電子ファイルについて、元となる音楽データの題名、著作者名、実演家とは無縁のファイル名を付けることができる仕様となっている。したがって、例えば、別紙レコード目録6記載のレコード(実演家名:宇多田ヒカル、タイトル名:traveling、レコード製作者:東芝EMI)について、極端な話しをすれば、「0000000000.mp3」というファイル名を付けることもできる。
 また、受信者が容易に検索できるように元となる音楽データに関連のある文字列をファイル名とするとしても、その可能性は極めて広範囲にわたる。例えば、上記レコードについて「ヒッキー_とら.mp3」という名称を付けたって検索する人はするであろうし、「宇多田_トラベリング」ならなお分かりやすいし、「2001_Single_traveling」でも構わない。そのような符丁のようなファイル名はさて措き、「宇多田ヒカル」「traveling」というふたつの文字列を含むファイル名に話しを限定したとしても、申立書添付の資料6及び7にリストアップされているものだけでも、「宇多田ヒカル-traveling.mp3」「宇多田ヒカル-traveling 02 traveling-PLANITb remix-mp3」「traveling-宇多田ヒカル.mp3」等があり、その他、「宇多田ヒカル_traveling.mp3」、「traveling 宇多田ヒカル.mp3」、「宇多田ヒカル traveling.mp3」、「宇多田ヒカル single traveling.mp3」、「宇多田ヒカル_single_traveling.mp3」、「traveling_宇多田ヒカル.mp3」、「traveling _ 宇多田ヒカル.mp3」、「Single_2001_traveling 宇多田ヒカル.mp3」等々、時間さえいただければ、いくらでも列挙することができる。「ファイルパス(フォルダ)名まで使用すれば、「『宇多田ヒカル』/『traveling.mp3』」、「『藤圭子&宇多田ヒカル』/『traveling.mp3』」等々様々な組み合わせが考えられるところである。もっとも、「宇多田ヒカル」の楽曲については、「宇多田ヒカル」、「宇多田」で検索すればいいではないかと思うかもしれない。「宇多田ヒカル」の場合稀少姓であるし、作詞家・作曲家であるとともに実演家でもあるから、あるいは「宇多田」というキーワードでうまくピックアップされるかもしれないが(とはいえ、「宇多田ヒカル」のみが「宇多田姓」を名乗っているわけではない。他の「宇多田」姓のミュージシャンの可能性を奪っていいものだろうか)、例えば、「みちのくひとり旅」(作詞:市場馨/作曲:三島大輔)の場合、「市場馨」「三島大輔」をキーワードとしても管理著作物の複製ファイルを全てピックアップすることはできそうにない。では、実演家名をキーワードとすればよいかというと、例えば「No More」(実演家名:Two Ball Loo)のようにグループ名が複数の英単語の場合に、これをファイル名にどう取り入れるかについては、命名者ごとに様々なパターンがある(例えば、「Two Ball Loo」については、「Two Ball Loo」、「Two Ball Loo」、「TwoBallLoo」等がまず簡単に思い浮かぶし、かといって、これらを構成する個々の単語(例えば、「Two」や「Ball」等を検索して検出された電子ファイルを全て本件サーバ・コンピュータ内の検索用データベースから排除するとなると、「Two Ball Loo」とは無関係の多くの電子ファイルが検索用データベースから排除されるおそれがある。)。さらにいえば、「ツー・ボール・ルー」あるいは「トゥー・ボール・ルー」とカタカナ標記する場合だって十分あり得るのである。)。では、タイトル名で検索すればないかと考える向きもあるかもしれないが、それもうまくいかない。「乙女 パスタに感動」(作詞・作曲:つんく)のような特徴的なタイトル名の楽曲についてはあるいは可能かもしれないが、「ふるさと」(作詞・作曲:つんく)のような平凡なタイトル名の楽曲については、これをファイル名に含むファイルを全て排除していたら、過度に広範囲の音楽ファイル(童謡の「ふるさと」を小学校の合唱団が歌唱したものを録音してMP3化してオンライン上で自由配布したものを含めて。)を排除してしまうことになる。
 コンピュータはファイル名を単なる文字列としてマッチングしていくのであり、その文字列が帯びている意味性を一切斟酌することがないから、ファイル名によりコピーファイルを検出して、本件サービスを介したコピーファイルの送受信を未然に防ごうとおもったら、当該レコードをMP3化する際にファイル名として付けられるであろう可能性のある文字列の組み合わせを全てマッチング処理に組み込まなければならない。しかし、宇多田ヒカルの「traveling」だけだって膨大な組み合わせがあることは上記のとおりであるが、この処理を市販される全てのレコードについて行おうと思ったら、天文学的な数のマッチング処理が要求されることになり(ちなみに、日本レコード協会作成の「日本のレコード産業 2001」(乙第6号証)平成12年のオーディオレコードの種類別生産カタログ数をみると、平成12年には、8cmCDシングルが10929タイトル、12cmCDシングルが3517タイトル、12cmCDアルバムが88206タイトル生産されており、8cmCDシングル1枚に3曲、12cmCDシングル1枚に5曲、12cmCDアルバム1枚に15曲が収録されているとして計算すると、平成12年中に約137万曲もの楽曲が生産されていることになる。これらの楽曲全てのマッチング処理を行うだけでも、実際問題としていえば、たった1つの電子ファイルしか蔵置されていないフォルダが「共有ファイル」として指定されただけで、本件サーバ・コンピュータの処理能力を大きく超えてしまうことは明らかである。
 他方で、ファイル名のみから安直に「このファイルはコピーファイルに違いない」と判断してしまうと、コピーファイルではない電子ファイルの送受信をも阻害してしまう危険性もある。アメリカ合衆国において「メタリカ」というヘビメタバンドが自己の著作権を侵害しているというナップスターのユーザー(約31万7000名)の名前を特定してナップスターに送りつけた件では、3万人以上のユーザーが宣誓供述書を提出して異議の申し立てを行っている(乙第7号証)。アメリカ法上宣誓供述書で虚偽の事実を申し述べたときは偽証罪が適用されることを考えると、宣誓供述書により異議の申し立てを行ったユーザーの大部分は真実メタリカの著作権を侵害する電子ファイルを『共有フォルダ』に蔵置していないものと予想されるが、そうだとすると、先駆的なケースであり、慎重に行われたであろうことが予想されるメタリカのケースであっても、約1割程度のユーザーに「冤罪」を被せてしまったのである。
 以上の点に鑑みれば、ファイル名をもって、コピーファイルか否かを判別することによって、コピーファイルを本件サービスを介したファイルの送受信を対象から外すという試みはうまくいくとは到底思われない。
 加えていえば、同じコピーファイルを「共有フォルダ」に蔵置してこれをP2P間で送信可能とするとしても、「公衆によって受信されることを目的」とするか否かという行為者の主観によって、それが「送信可能化」行為に当たるか否かが変わってしまうのであるが、「ファイル名」等をキーにマッチングを行っただけでは、この行為者の主観は判別し得ない。
iv) したがって、「別紙楽曲リスト記載の音楽著作物につき、自己が運営する『ファイルローグ』という名称のインターネット上の電子ファイル交換サービスにおいて、MP3・・・形式によって複製された電子ファイルの送受信の対象とし」ないという結果回避行為(但し、「適法な電子ファイルの送受信をも含めて停止させる」というものを除く。)は、容易に可能であるとは到底いえないのであって、結果回避可能性がない以上、債務者に(過失による)幇助責任があるとはいえないといべきである。
v)  なお、この点に関し債権者は、「債務者は、本件サービスの全体を把握し、管理・運営する立場にあるから、債務者が著作権侵害の停止又は防止措置を講ずることは可能である。/すなわち、本件サービスによる著作権侵害の結果を防止するためには、債務者に侵害結果防止措置をとらせることが適切であるとともに、それが可能なのである」(11頁)と抽象的に主張するだけで、いかにしたら可能なのか具体的に述べるところがない。
 債権者は、「上記禁止命令を履践するための具体的措置は、本件サービスの全体を管理・運営する立場にある債務者において、最も適切かつ有効な措置を選択して実行されるべきである」(12頁)。しかし、「管理著作物をMP3形式により圧縮して複製したファイルの本件サービスにおける送受信の対象としないことを実現る具体的方法」を何ら提示せずして、どうして、本件レコードをMP3形式により圧縮して複製したファイルが本件サービスにおいて送受信の対象となることによって行われる著作権侵害という結果の回避が可能であると言い切れるのであろうか、債務者の理解の範囲を超えている。
 なお、債権者は、最判平成5年2月25日判時1456号53頁〔横田基地騒音公害訴訟最高裁判決〕を引用して、「このような請求が特定に欠けるものではないことは明らかである」とする。確かに、横田基地騒音公害訴訟最高裁判決においては、「被上告人は、上告人らのためにアメリカ合衆国軍隊をして、毎日午後9時から翌日午前7時までの間、本件飛行場を一切の航空機の離発着に使用させてはならず、かつ、上告人らの居住地において55ホン以上の騒音となるエンジンテスト音、航空機誘導音等を発生させてはならない」とする請求の趣旨に対して、「このような抽象的不作為命令を求める訴えも、請求の特定に欠けるものということはできない」と判示しているが、同判決は同時に、「上告人が米軍機の離発着等の差止めを請求するのは、被上告人に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから、本件差止め請求は、その余の点について判断するまでもなく、主張自体失当として棄却を免れない」、「騒音等による被害防止のため被上告人独自で採り得る対策が可能であることを理由に被上告人に対して本件差止請求をすることができると主張するが、上告人らの主張する被害を直接に生じさせている者が米軍であって、被上告人ではないことは前示のとおりであるから、被上告人は被害防止の措置を取るべき法的立場にはなく、右主張は失当である」と判示しており、そのような抽象的な給付請求が認容されたわけではない。むしろ、上記判例は、自らの支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求したり、被害を直接に生じさせているわけではない者に被害防止措置を取るように請求したりすることは主張自体失当であることを示したものと解すべきであろう。
vi) また、債務者は、本件サービスを始動した当初から、本件サービスを利用したファイルの送受信により自己の権利を侵害された者を救済するために、「ノーティス・アンド・テイクダウン」手続きを定めている。これは、自己の権利侵害する電子ファイルのファイル名及びユーザーIDを特定し、かつどのような権利が侵害されたのか等を特定した申立てがなされれば、被申立者にも告知聴聞の機会を与えている故に即時にというわけにはいかないが、会員資格の剥奪等の処分を行うことにより、今後当該権利を侵害するような電子ファイルが送受信されることを防止するものである。しかし、債権者は、この手続きでは不十分だと一言で切り捨てるのみで、ではどこが不十分なのかを具体的に指摘することもしない。もちろん、この手続きに従った申立てをしたことすらない。
 また、債務者は、債権者から、平成13年12月14日付の内容証明郵便により、「当協会は、貴社に対し、まず、本日書留郵便(引受番号 106−40−21653−2)にて貴社宛に発送したCD−Rに収録した管理著作物を含む当協会ホームページ(http://www.jasrac.or.jp)で公開している全ての管理著作物につき、本件サービス上における著作権侵害の解消及び発生防止の措置を直ちに講ずるよう要請」されたため、「そのようなファイルの交換を事前に遮断する措置を講ずるためには、レコード会社名、曲名、アーティスト名を入力すれば、当該CDに記録された音楽情報をMP3ファイルに圧縮したファイルを自動的に検出してくれる技術があることが不可欠ですが、弊社といたしましては、そのような技術が存在することを知りません。」ので、平成13年12月10日付内容証明郵便にて「上記検出技術をご存じでしたら、ご教示いただきますようお願いいたします。」と素直に教えを請い、「弊社の技術スタッフと相談して、引受番号106−40−21653−2の書留郵便にて弊社に送付したCD−Rに収録した管理著作物を含む貴協会ホームページで公開している全ての管理著作物に関する違法なファイルの交換を事前に遮断する措置を講ぜよとの要請に応ずるか否か、応ずるとすればいつまでに措置を講ずるかを回答」しようとしていたのであるが、その後、何の連絡もないまま、1ヶ月半以上の月日が経ち、突然このような仮処分の申立てを受けるに至ったのである。
vii) 以上の点に鑑みれば、本件システムの利用者による著作権侵害行為の結果を回避することは容易であるとはいえないことは明らかであり、したがって、債務者は、各利用者による著作権侵害行為についてこれを幇助した責任を負わないというべきである。
(5) 他方、東京地判平成9年5月26日判時1610号22頁〔ニフティサーブ現代思想フォーラム事件地裁判決〕において裁判所は、「シスオペに対し、条理に基づいて、その運営・管理するフォーラムに書き込まれる発言の内容を常時監視し、積極的に右のような発言がないかを探知したり、全ての発言の問題性を検討したりというような重い作為義務を負わせるのは、相当でな」く、「その運営・管理するフォーラムに、他人の名誉を毀損することを具体的に知ったと認められる場合」に初めて、「当該シスオペには、その地位と権限に照らし、そのものの名誉が不当に害されることがないよう必要な措置をとるべき条理上の作為義務」が生ずるものと判示している。また、東京地判平成11年9月24日判時1707号139頁〔都立大学事件地裁判決〕において裁判所は、「名誉毀損行為は、犯罪行為であり、私法上も違法な行為ではあるが、基本的には被害者と加害者の両名のみが利害関係を有する当事者であり、当事者以外の一般人の利益を害するおそれも少なく、管理者においては当該文書が名誉毀損にあたるかどうかの判断も困難なことも多いものである。このような点を考慮すると、加害者でも被害者でもないネットワークの管理者に対して、名誉毀損行為の被害者に被害が発生することを防止すべき私法上の義務を負わせることは、原則として適当ではないものというべきである」とし、「ネットワークの管理者が名誉毀損文書が発信されていることを現実に発生した事実であると認識した場合においても、右発信を妨げるべき義務を被害者に対する関係においても負うのは、名誉毀損文書に該当すること、加害行為の態様が極めて悪質であること及び被害の程度も甚大であることが一見して明白であるような極めて例外的な場合に限られるというべきである」と判示している。
 これらの裁判例からは、自らが管理する情報送受信サービスにおいて、第三者の権利を侵害する情報が送信されていることを具体的に知っており、かつ、その送信されている情報が第三者の権利を侵害するものであることされていること、侵害行為の態様が極めて悪質であること、及び、被害の程度が甚大であることが一見して明白であるような極めて例外的な場合でなければ、そもそも係る情報の送受信を阻止する義務を負わないということがわかる(なお、著作権・著作隣接権侵害行為もまた、犯罪行為であり、私法上も違法な行為ではあるが、基本的には被害者と加害者の両名のみが利害関係を有する当事者であり、当事者以外の一般人の利益を害するおそれも少なく、また当該電子ファイルが著作権・著作隣接権侵害にあたるかどうかの判断も困難なことが多いのであるから、上記法理は、著作権・著作隣接権侵害行為がなされたときにもやはり妥当するというべきであろう。)。
 したがって、利用者間で送受信される具体的な電子ファイルが債権者の権利を侵害するかどうかを具体的に知っているわけではない債務者が、債権者の権利を侵害する電子ファイルの送受信がなされることがないよう未然に防止措置を取る義務はそもそもないというべきである。
五 差止請求権の不存在
1 著作権法第112条1項は、「著作者、著作権者、出版権者又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と定める。この場合、侵害者において、故意又は過失があることすら要件とされていない。
2 しかし、債務者の行為(本件サービスにより、特定の電子ファイルの受信を望む者に、その電子ファイルに関する情報(ファイル名、ファイルサイズ、所有者のユーザーID、IPアドレス等)を提供すること、並びに、P2P間の電子ファイルの送受信にも活用できるソフトウェアをアップロードしたこと)自体が、著作権等を侵害するわけではない。著作権等を侵害するのは、あくまで、公衆に直接受信されることを目的として、本件管理著作物をMP3形式にて複製したファイルを「共有フォルダ」に蔵置するなどする個々の利用者である(規範的に評価したとしても、債務者が、「公衆に直接受信されることを目的として、管理著作物をMP3形式にて複製したファイルを『共有フォルダ』に蔵置する」行為主体たりえないことは既に述べたとおりである。)。したがって、債務者は、「著作者、著作権者、出版権者又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」に当たらないから、そもそも差止め請求の相手方たり得ない。
3 なお、債権者は、「債務者は・・・本件著作権侵害を幇助又は教唆する者として、本件著作権侵害行為を防止すべき法律上の義務を負うのは当然である」と主張するので、この点につき、以下検討する。
 債権者の上記主張は、著作権法112条1項にいう「著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」には、第三者の著作権侵害行為を教唆又は幇助した者も含まれるという解釈を前提とする。しかし、(1)著作権法112条1項は文言上差止請求権行使の相手方を「その著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」に限定していること、(2)著作権法112条1項の差止請求権は、被請求者の故意又は過失をがあることすら問わない強力な権利であるところ、第三者による著作権等侵害行為を客観的に惹起し、補助し、又は容易ならしめる行為が全て差止請求の対象となるのだとすると、その範囲は過度に広範囲となり、われわれの日常生活すら脅かされる事態に至る虞があること(例えば、債権者は、パソコンメーカーに対し、パソコンの製造・販売の差止めすら要求できることになる。)、(3)日本の著作権法は、特許法上の間接侵害(特許法101条2号)のような規定も、アメリカ著作権法上の寄与侵害のような規定もあえて置いていないこと(平成11年12月の「著作権審議会第1小委員会審議のまとめ」によれば、著作権審議会の「専門部会においては、積極否認の特則の導入、新たな損害額算定ルールの創設、三倍賠償制度の導入、弁護士費用の敗訴者負担、間接侵害規定の導入、侵害罪の非親告罪化及び懲役刑の引き上げについて検討されたが、結論を得るまでには至っていない。このうち、特に積極否認の特則の導入及び損害額算定ルールの創設については、今後の侵害行為の態様の変化や司法実務の動向を踏まえながら、引き続き積極的に検討を行うことが適当である」とされており、結局、間接侵害規定を設けるということはコンセンサスを得られなかったのである。)等の点に鑑みれば、著作権法112条1項にいう「著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」には、第三者の著作権侵害行為を教唆又は幇助した者は含まれないと解するべきである。
 なお、念のために付言すると、特許法101条1号の間接侵害の規定は、「特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又は譲渡若しくは貸し渡しの申出をする行為」は「特許権又は専用実施権を侵害するとみなす」とする規定であり、すなわち、その物が他の用途にも使用される場合には、間接侵害は成立しないものとされている。これらの「行為を放置しておくと侵害を誘発する蓋然性が極めて高く、かつ侵害が生じてからはそれを捕捉することが困難となることが多いため」(中山信弘「工業所有権法(上)特許法〔第2版〕」421頁)、特許権「の効力の実効性を実質的に確保するため」にはこれらの行為を規制する必要があるとしても、「他の用途にも利用できるものを間接侵害の対象とするならば、それは予備的ないしは幇助的な行為以外の行為、すなわち特許権とは関係のない行為も侵害行為とされてしまい、特許権の不当な拡張ということになる」(中山信弘・前掲422頁)からである。すると、本件サービスは、「管理著作物をMP3形式に圧縮して複製した電子ファイル」以外の電子ファイルの送受信に際しても利用されているのであるから、間接侵害に関する特許法101条の規定を著作権法にも類推適用したとしても、債務者が間接侵害者と認定される可能性はない。
3(ママ) したがって、債務者は、債権者による著作権法112条1項の差止め請求の相手方たりえないことは明らかである。
六 被保全権利についてのまとめ
 よって、債権者が債務者に対し著作隣接権侵害行為の差止め請求権を有することはいまだ疎明されていないというべきである。したがって、本件仮処分の申立ては、即刻却下されるべきである。
第三 申立ての理由中の「保全の必要性」に関する反論
一 債権者は、「本案判決を得るまで本件著作権侵害行為を放置しては、日々継続して行われている本件著作権侵害行為によって債権者は回復しがたい未曾有の損害を被ることが明らかである」(13頁)というが、この点について何の疎明もなされていない。
 また、債権者は、「長い年月をかけて築いて来た債権者の著作権管理業務に対する内外の信頼を失わせるとともに、国民の間に著作権軽視の風潮を増大させることになる。」(13頁)と主張するが、この点についても何の疎明もない。仮の地位を定める仮処分は、民事訴訟法に定められた各種の手続き的権利を債務者から奪いながら、本来本案判決で敗訴しなければ義務づけられることのない行為を義務づけるものであるから、本案判決前に保全処分を行うべき現実的かつ具体的な必要性が存在するところが要求されるのであって、「債権者の著作権管理業務に対する内外の信頼を失わせる」とか「国民の間に著作権軽視の風潮を増大させることになる」などという抽象的かつ観念的な事情は、保全の必要性を基礎づける事実足り得ないというべきであろう。
 なお、「長い年月をかけて築いて来た債権者の著作権管理業務に対する内外の信頼」を守り、国民の間に著作権軽視の風潮を増大させる」ことを阻止したいのであれば、実際に管理著作物についての著作権を侵害するような公衆送信行為を行っている個々の利用者にこそ法的手段をとるべきであって、債務者のようなハイブリッド型P2Pシステムにおける中央サーバ運営者に対して法的手段をとるのは、お門違いというべきである。
第四 本件申立の背景事実
一 債権者は、「本件サービスを運営し、提供している債務者に対する差止請求及び損害賠償請求が認められなければ、このような違法行為を根幹から絶つことは不可能なのである」と主張する(14頁)。文脈から判断するに、ここでいう「このような違法行為」とは「管理著作物の違法な送信可能化及び複製」を指すようにも読める。しかし、本件サービス自体を禁止してみたところで、「管理著作物の違法な送信可能化及び複製」という「違法行為」を「根幹から絶つこと」は不可能であり、かつ、本件サービス自体を禁止することは、「管理著作物の違法な送信可能化及び複製」という「違法行為」を「根幹から絶つ」ための手段として許される限度を超えている。
二 自由主義経済を基本原理とする我が国においては、権利を侵害する者を探索し、侵害行為をやめさせ、あるいはさらなる侵害行為の発生を防ぐための措置を取るべき第一義的な存在は権利者自身である。如何に権利者といえども、一私人に対し、第三者が自己の権利を侵害するのを防止するための措置を取るように当然に要求することはできないし、そのような措置を取らなかったからといって、第三者による権利侵害により生じた当然に損害を賠償するように要求することはできない。まさに「自分の権利は自分で守る」のが基本原則なのである。第三者により侵害される権利が著作権・著作隣接権だからといって、この理は変わらない。
三 汎用的な利便性のある物・サービスは、同時に、第三者による権利侵害行為にも用いられる可能性を必然的に有している。特定の種類の権利侵害行為が特定の物・サービスのみによって行われる場合、当該物・サービスの提供を禁止すれば、当該権利侵害行為を防止できるかもしれない。まさに「違法行為を根幹から絶つ」ことができるかもしれない。権利者としては、個々の侵害者を相手方として権利侵害をやめさせ、あるいは、責任をとらせる手間を省くことができる。「自分の権利は自分で守る」責任を自ら果たさずとも、他人に押しつけることができる。
 しかし、その場合には、当該物・サービスが有している汎用的な利便性は犠牲にされることになる。まして、当該種類の権利侵害行為が特定の物・サービス以外のサービスによっても行われている場合には、当該物・サービスの提供を禁止しても、当該権利侵害行為を防止することはできず、当該物・サービスが有している汎用的な利便性を犠牲にするだけに終わる。したがって、汎用性な利便性のある物・サービスの提供自体を禁止するということは、許されていない(例えば、特許法101条に定める間接侵害の規定は「業として、その物の生産にのみ使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又は譲渡若しくは貸し渡しの申出をする行為」のみに使用される物の生産等を禁止するが、特許実施品の生産に使用される以外の用途があるものの生産等は、権利侵害とはみなさない旨明文で定めている。)。だから、我々は現在、包丁を使用することも、自動車を使用することも、マッチやライターを使用することもできず、また、電話を使用することも、ファックスを使用することも、インターネットを使用することも、コンピュータを使用することも許されている。第三者による権利侵害行為にも用いられ得る物・サービスは禁止されるべきであるとするならば、我々は、包丁を使用して料理することも、自動車に乗って移動することも、マッチやライターを使用して火をおこすこともできず、また、電話やファックスやインターネットを使用して互いの交流を図ることもできないし、コンピュータを使用して様々な創作活動を行うこともできくなってしまう。そのような「権利者栄えて文化が滅ぶ」未来の到来を望む者など誰もいないであろう。
四 債権者の要求というのは、結局、管理著作物について、本件サービスを利用して第三者が送信可能化及び複製を行っているから、「違法行為を根幹から絶つ」ために、言い換えれば、権利者が楽して自らの権利の侵害を防止するために、本件サービスを中止せよということに尽きる。本件サービスがもたらす汎用的な利便性など一顧だにしていない。P2P技術の未来を奪うことに何の躊躇も感じていない。債権者の要求は、所詮は、「権利者栄えて文化が滅ぶ」未来の到来をも厭わない、傲慢なものといわざるを得ない。しかも、債権者が日本から抹殺しようとしているP2P技術というのは、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター所長であるZ氏をして「21世紀のコミュニケーションの中核になっていくだろう」と言わしめた極めて将来性のある、重要技術なのである(乙第8号証)。
五 しかも、債権者の要求が聞き入れられ、本件サービスが停止され、本件サービスのようなハイブリッド型P2Pファイル送受信システムをこの世から抹殺したところで、P2P間のファイル送受信は抹殺できそうにない。P2P間のファイル送受信の主流は、もはや中央サーバでファイルのカタログ情報を登録・検索することを要しない透過型P2Pシステムに移行しているからである。日本では、P2P間での著作権者の許諾のない電子ファイルの送受信は、本件サービスの開始前も開始後も、WinMXというソフトウェアを用いてなされるのが主流であり、WinMXにおいては、検索用の中央サーバを必要としない。したがって、本件サービスを停止させてみたところで、「違法行為を根幹から絶つ」ことにはならない。本気で「違法行為を根幹から絶」とうというのであれば、市民がネットワーク上で情報の送受信を行うこと自体を不可能とするより他にあるまい。
六 また、「ZDNetJAPAN NEWS」において平成13年12月5日に報じられた「なぜ、“2人”のWinMXユーザーが逮捕されたのか?」という報道(乙第9号証)によれば、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)では、「WinMXに限らずファイル交換ソフトを利用した著作権侵害行為を発見し、監視に必要な情報を自動で収集してくるシステム」が平成13年度中には稼働する予定であり、「このシステムで収集されたデータをISPに提供し、ユーザーに対して、著作権侵害行為を止めるよう呼びかけてもらう計画」とのことである。日本レコード協会とACCSは協力関係にあるのであるから、ACCSから上記技術ないし収集した情報の提供を受けて、債務者が用意するノーティス・アンド・テイクダウン手続きを利用すれば、あるいは本件サービスを利用した著作権侵害行為を防止するのに役立てるかもしれないが、未だそのような行動はとられていない(なお、同記事によれば、「ACCSでは日本MMOに協力を要請していく方針だ。」とのことであるが、いまだに協力要請はない。社団法人日本レコード協会にしても、社団法人日本音楽著作権協会にしても、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会にしても、「営利法人」である民間企業を見下して上から命令するような「要請」を行うだけで、利用者による著作権侵害を防ぐためにしてもらいたいこととやってもかまわないこととの間の隙間を埋めていこうという、協調の精神は全く見られない。)。
七 このように、債権者の要求は、自ら侵害行為者に対し侵害行為の停止を求めるのは面倒くさいから、汎用的な利用態様の一つとして権利侵害行為にも利用されている(それは、市民から市民への情報の送受信をサポートするサービスにおいては避けることのできない事態であり、権利侵害行為に利用されることを完全に防止する手段が開発されるまでサービスを提供してはいけないということになれば、市民から市民への情報送信をサポートするサービスは一切中止させなければならない。)一民間企業のサービスを根こそぎ止めてしまえという、いわば、怠惰かつ傲慢な精神に支えられたものであるということこそが、本件サービスを停止させるべきか否かを論ずるにあたっての基本的な視点として捉えられるべきである。
八 なお、債権者は、本件申立書の16頁から24頁まで9頁にわたり蕩々とアメリカにおけるナップスター裁判の解説を行っている。その努力を褒めてあげることは吝かではないが、アメリカ法と異なり、寄与侵害や代位責任という考え方が、制定法のみならず、判例法としても認められていない我が国の裁判において、寄与侵害責任や代位責任が認められたにすぎないナップスター裁判を延々と論ずる意味を見いだすことはできない
 なお、債権者は、「ナップスターシステムに対する外国における法的評価を参考とする意義」との見出しのもと、「本件サービスは、日本語版による運用が開始されている。そのため、日本社会に与える影響は、ナップスターシステムの比ではないものと予想される。しかし、日本語版の運用が開始されたのは、2001年11月からであるため、その社会的影響、特に著作権者及び著作隣接権者に与える影響を数量的に算定することには困難が伴う。そこで、本件サービスに酷似するナップスターシステムの米国における法的評価を参照することが、ほぼ同一の本件サービスについて我が国における検討・評価に当たって不可欠なのである」(15〜16頁)と主張する。この論理には、思わず目を疑わざるを得ない。上記主張の前段部分では、本件サービスの日本語版の運用は開始されたばかりであるから、これが著作権者及び著作隣接権者に与える影響を数量的に算定することはまだ困難だとするものである。その困難性を補うために、「本件サービスに酷似するナップスターシステムの米国の著作権者及び著作隣接権者に与えた影響を数量的に算定したもの」を参照するというのならば、まだ話は分からなくはない。しかし、債権者は、考えることが違う。「本件サービスに酷似するナップスターシステムの米国における法的評価を参照すること」によって、本件サービスが著作権者及び著作隣接権者に与える影響を数量的に算定することの困難性を補うとするのである。(米国における)法的評価を参照すれば、数量的な算定の困難性を補えるとは、まるで魔法のような話である。たまたま、日本とは法体系が異なるアメリカ合衆国において自分が望む裁判例があったから、裁判所をして、それに盲目的に従わせようとして、上記のような通常ではない論理展開を行っているのではないことを望むばかりである(債権者は、「インターネットを利用したネットワークにおいて、国境は大きな意味を持つものではない。したがって、著作権法の立法のみならず、解釈及び運用にあたっても、世界的な調和が求められることはいうまでもない。」(23頁)と主張するが、国ごとに制定法及び判例法が全く異なる国際社会において、法の解釈及び運用に関してまで「世界的な調和」が求められるとは思われない。日本の国内法の文言などどうでもよい、米国の裁判例に従っていればよいのだという趣旨だとすると、日本の立法府及び司法府をたいそう馬鹿にした話である。
 また、債権者は、「米国で違法として運用が停止されたシステムとほぼ同一のシステムが日本では適法で運用可能だということになれば、このようなシステム及びそのユーザーが日本において大挙して押し寄せ、日本がいわば違法コピーのセーフハーバーになってしまうという事態が、容易に想像できる」(23頁)と主張する。それは杞憂というものである。インターネットにより同時に多数の国で受信される送信が行われるときに、送信行為に対してどの国の著作権法が適用されるかについて、送信国の法律が適用されるとする送信国主義を採用すべきという見解や、受信国の法律が適用されるとする受信国主義、送信行為が主として念頭に置いている受信者層が集中している国の法律が適用されるとする主たる受信国主義等様々な見解があるが、受信国主義ないし主たる受信国主義が採用されるならばそもそも日本が「違法コピーのセーフハーバー」になる可能性はないし、送信国主義が採用されるならば、日本よりも著作権による規制の緩やかな国にサーバをおく方が便宜である(なお、送信国主義が採用されるのだとすると、本件についても、カナダ法が適用されるべきということになる。本件サーバ・コンピュータはカナダにあるからである。)。
 ちなみに、債権者は、未だに、本件サービス上で「利用可能な当該作品を含む一つ又は複数のファイル名」も、債権者が「所有又は支配する被侵害権利の証明書」も債務者に対して提示していない。すなわち、債権者は、差戻後の連邦地裁命令により全米レコード産業に求められたことすら行っていないのである。


別紙 「債務者第1回準備書面」の「第三及び第五」
第三 「債務者の著作権侵害主体性」について
一 債権者は、「著作権侵害の行為主体性の評価根拠事実は、債務者のいう管理・支配及び利益の帰属のみに限られるわけではない」(15頁)と主張するが、そのようにいえる根拠は相変わらず明らかではない。債権者代理人である田中豊弁護士が分析するとおり、日本の判例法においては、管理・支配の要件と図利・加害目的という二つの要件をもって、規範的要件としての利用主体性の有無を判断してきたのである。
 なお、債権者は、「著作権侵害の主体と評価されるものの当該侵害への具体的関与態様は一様ではないから、著作権侵害の主体については、それぞれの具体的な事案における当事者の具体的な関与態様に対応して様々な要素を適切に取捨選択して判断されるべきなのである」(15頁)と主張するが、これは典型的な循環論法である。当該侵害へ特定の態様で関与した者のみを著作権侵害の主体と認定するという通常の思考方法を採ったときには、著作権侵害の主体と認められるための要件は固定することが望ましいのである(あるいは、誰を著作権侵害の主体と債権者が評価するかについては一定の規則性はないので、著作権侵害の主体性について固定的な要件を設けられては困る、著作権侵害の主体であると債権者が評価した人の具体的な関与態様に合わせて、アドホック的に、著作権侵害の主体性について要件を取捨選択すべきであるということであろうか。そうだとすれば、それこそまさに「身勝手」というべきであろう。)。
 債権者は、「債権者が本件仮処分命令申立書で指摘した上記6点の要素は、本件著作権侵害の事実関係において、いずれも債務者をしてその侵害主体と評価すべきであることを基礎付ける事実であり、かつ、これらは同時に債務者を教唆者又は幇助者とみたときにも、これらの者に対する差止請求を肯定するための事実でもある」(15〜16頁)と主張するが、相変わらずその理由は付されていない。
二 なお、債権者は、「債務者が、当初から著作権侵害を織り込んだ本件サービスを構築して、提供していること」は「本件著作権侵害の『管理・支配』を基礎づける事実である」(16頁)と主張する。「当初から著作権侵害を織り込んだ」という文学的表現を法律上どのように理解すべきかは必ずしも明らかではないが、債務者は、本件システムを利用して一部の利用者が著作権侵害行為を行う場合もあろうことは予想はしていたが、そのような用法で利用されることを積極的に望んでいたわけではない。NTTやインターネット・サービス・プロバイダ等の電気通信事業者と同様、その公衆に対し提供する情報インフラサービスが一部の利用者によって著作権侵害行為に利用されうることは予測していたとしても、著作権侵害行為のみを阻止することが技術的に困難であれば、その阻止を諦めて、情報インフラサービスの提供に踏み切ることを「当初から著作権侵害を織り込んだ」と評価しているのかもしれないが、なぜそれが著作権侵害の「管理・支配」につながるのかは不明である。
 また、債権者は、「本件著作権侵害の解消が全面的に債務者の行為に依存していること」も「本件著作権侵害の『管理・支配』を基礎づける事実である」(16頁)と主張する。
 しかし、「債務者が本件システムを中断すれば本件システムを利用した著作権侵害を解消できる」ということが法的な意味を持つとは考えられない。ましてこれが、債務者を著作権の侵害主体性を基礎づける事実になるという意見があること自体が驚きである。「NTTが電話サービスを中断すれば、NTTの公衆回線を利用した著作権侵害を解消できる」ともいえるし「So−netがインターネット・サービス・プロバイダ・サービスを中断すれば、So−netを利用した著作権侵害を解消できる」ともいえる。「東京電力が電気の供給をやめれば、東京電力が提供する電気を利用した著作権侵害を解消できる」とだっていえる。第三者による著作権侵害の過程で利用された全ての商品又はサービスについて当てはまるといえる。So−netがインターネット・サービス・プロバイダ・サービスを中断したところで、例えばOCNを利用した著作権侵害行為は阻止し得ないことは、本件システムを中断しても、WinMX等のサービスを利用した著作権侵害行為を阻止できないのであるが、そういうことは債権者には余り関係ないらしい(この点、後述。)。そのような意味で「本件著作権侵害の解消が全面的に債務者の行為に依存していること」がなぜ「本件著作権侵害の『管理・支配』を基礎づける事実」となるのか、債務者には理解不能である。結局のところ、何らかの意味で著作権侵害行為に利用されたという事実を「本件著作権侵害の『管理・支配』を基礎づける事実」に含めているのと同じことだからである。
三 債権者は、「利用者間のファイル交換は、債務者が、ファイルローグサーバと他のクライアントコンピュータにインストールされたクライアントソフトとを連携させて、他の利用者からの検索要求に対して送信可能なファイル情報を提供することによって初めて可能となり、債務者のこの行為なくしてファイル交換は不可能である」と主張する(17頁)。しかし、ファイルローグサーバに一時的に蓄積されたファイル情報を利用したファイル交換は、ファイルローグサーバに蓄積されたファイル情報を債務者が提供しなければできないという当たり前のことを、さも大層なことのように表現しているだけの話であって、特段意味がある話だとは思えない。個人間のファイル交換自体はファイルローグサーバに蓄積されたファイル情報を利用しなくとも可能であって、「債務者が、ファイルローグサーバと他のクライアントコンピュータにインストールされたクライアントソフトとを連携させて、他の利用者からの検索要求に対して送信可能なファイル情報を提供することによって初めて可能」となるのは、ファイルローグサーバに一時的に蓄積されたファイル情報を利用したファイルの交換のみなのである。図式的に表現するならば、「Aを利用したBは、Aがあって初めて可能である」ということである。なんたる大発見であろうか。確かに「Cを利用したBは、Aがなくとも可能である」としても、ひとまず「Aを利用したBは、Aがあって初めて可能である」とはいえよう。
 しかし、このことから、「Aの提供者は、Aを利用したBに不可欠な本質的部分を担当している」といえるのかというと大いに疑問である。「Aを利用したBは、Aがあって初めて可能である」ということは、「Aを利用したB」において「Aを利用した」という部分が本質的部分であることを直ちに意味しないからである。本件に即していえば、WinMXやKaZaAを利用したファイル交換などはどうでもよいことであって、ファイルローグサーバに一時的に蓄積されたファイル情報を利用したファイル交換こそがけしからんのだという事実があるのであれば、「ファイルローグサーバに一時的に蓄積されたファイル情報を利用したファイル交換」において「ファイルローグサーバに一時的に蓄積されたファイル情報を利用した」という部分は本質的部分であって、したがって「ファイルローグサーバに一時的に蓄積されたファイル情報」を提供した債務者は、本件著作権侵害に不可欠な本質部分を担当しているとあるいはいえるのかもしれない。しかし、「ファイルローグサーバに一時的に蓄積されたファイル情報」が利用されたのか、WinMXやKaZaAが収集したファイル情報が利用されたのかによって、債権者の損害等が有意的に変化するとも思えない。「管理著作物をMP3化した電子ファイルを送受信する行為は違法である」というときに、その送受信が「ファイルローグサーバに一時的に蓄積されたファイル情報を利用」してなされたのか否かは些末的な問題である。したがって、「ファイルローグサーバに一時的に蓄積されたファイル情報」を提供したに過ぎない債務者が、本件著作権侵害に不可欠な本質的部分を担当しているという債権者の主張は、「全く誤った又は無理にこじつけた」ものといわざるを得ない。
 念のため付言すると、「Aを利用したBは、Aがあって初めて可能である」からといって、「Aの提供者は、他人が『Aを利用したB』を行うのを管理・支配していた」といえず、したがって、「Aの提供者が自ら『A利用したB』を行ったのと同視」できないことはいうまでもない。そのような論理を認めたら、行為主体性は無限の広がりを見せてしまうであろう(要は、「あれなければこれなし」という条件関係さえあればよいのだから。)。
四 また、債権者は、「送信可能化について侵害の責任を問われるべき者については、自動公衆送信し得る状態にない著作物や実演、レコードを『自動公衆送信し得る』状態にしたのは誰か、という観点から判断されるべき」としつつ、「本件サービスにおいて、自動公衆送信し得ない状態にある著作物を『自動公衆送信し得るようにする』状態にする行為は、債権者と本件サービスの利用者とが共同して行っている」(18頁)として、「債務者については、あらためて著作権侵害行為に対する管理・支配を云々するまでもなく、当然に本件送信可能化権侵害の共同の主体と認めることができる」(19頁)と主張するので、反論する。
1 加戸守行「著作権法逐条講義(第三版)」42頁(著作権情報センター・平13)は、「送信可能化について侵害の責任を問われるべき者については、自動公衆送信し得る状態にない著作物や実演、レコードを『自動公衆送信し得る』状態にしたのは誰か、という観点から判断されるべき」との説明に続けて、「ある著作物が送信可能化されて自動公衆送信が行われる過程で、当該送信を仲介する通信設備において形式上「イ」に該当する現象が生ずることがあり得るが、この場合、その通信施設を単に設置、管理、運営する者については、単に設備の運営等を行っているにすぎないと解される限りにおいては、当該著作物等について送信可能化に関する責任を問われるものではないと解され」、「また、同様に、いわゆるネットワーク・プロバイダーなど、自動公衆送信装置の設置、管理、運営等を行う者については、情報の記録やネットワークへの接続等を単純に依頼を受けて機械的に行うだけであれば、通常、自ら著作物等を送信可能化しようとするための行為とは考えられないことから、その限りにおいて、送信可能化に関する権利侵害の責任を問われるものではないと解される」としている。すなわち、自動公衆送信を可能とするインフラが存在することを前提に、そのインフラを使用することによってある特定の著作物等を自動公衆送信しようとする者が現れたとしても、すでに存在するインフラが機械的に作動することによって自動公衆送信か可能となったことについて、インフラの設置、管理、運営を行う者は、送信可能化に関する権利侵害の責任を負わないとするのが、常識的な考え方なのである。
2 「自動公衆送信し得ない状態にある著作物を『自動公衆送信し得るようにする』状態にする行為」のうち債務者が行っていると債権者が考えている行為は19頁に記載されている。しかし、これらは全て、結局のところ、「ファイルローグサーバとクライアントコンピュータとが一体となった自動公衆送信装置」において、「情報の記録やネットワークへの接続等を単純に依頼を受けて機械的に行う」行為にあたる。したがって、常識的な考え方による限り、債務者の行為は、「通常、自ら著作物等を送信可能化しようとするための行為とは考えられないことから、その限りにおいて、送信可能化に関する権利侵害の責任を問われるものではないと解される」のである。
3 したがって、債務者を本件送信可能化権侵害の共同の主体と認めることはできないのであり、債権者の主張は、「全く誤った又は無理にこじつけた」ものといわざるを得ない。
五 また、債権者は、「利用者による『共有フォルダ』へのMP3ファイルの蔵置及びそれのダウンロードが、本件サービスの提供による典型的な結果である」と主張するので、以下反論する。
1 債権者はまず「MP3が市販のCDに音質の点で全く遜色な」(20頁)いと主張するが、それは全くの誤りである。よほどひどいスピーカー又はヘッドフォンを使用しているか、満員電車の中などの雑音に囲まれた状態で聞いているか等の特別の事情がない限り、はっきりとわかる程度に音質は低下している。音楽著作物に携わる債権者がその程度の認識しか音質についてもっていないということ自体が債務者には驚きである。
2 また、債務者が「交換対象のファイルの種類に何らの制限も」(20頁)していないことを債権者は指摘するが、ファイルローグサーバには、ファイル名などファイルの外形的な情報しか送られてこないのであるから、「交換対象のファイルの種類に何らの制限も」設けないことは技術的にいえば当然である(マックOSのように各ファイルにファイルタイプに関する情報が付加されるのであればまだしも、ウィンドウズ系のOSはそもそもそのようなファイル管理をしていないのであるから、交換対象のファイルの種類に何らかの制限を設けるのはそもそも技術的に不可能である。)。
3 また債権者は、本件サービスを「利用者の匿名性を強く保証した」(20頁)云々と述べるが、別に積極的に利用者の匿名性を保証したわけではない。インターネット上で入会手続きを完結させるシステムにおいては、利用者の実名を確実に把握するということは現実的ではなく、実際には行われていない(有料サービスのときに、クレジット番号とともにカードの名義を把握するというのがせいぜいである。それとて、利用者の実名を把握するための手段としては貧弱である。他人のクレジットカードの名義人、カード番号、有効期限を知るこ機会は意外と多いからである。まして、サービスを無料で提供する場合、クレジットカードの名義人、カード番号、有効期限を入会時に入力してもらっても、クレジット会社にその真正を照会することができないのであるから、全くの無駄であるといえよう。)。
4 また、債権者は、債務者代表者が「100万曲の交換を目標」とするとの発言をしていたと主張し、その疎明資料として甲第18号証をあげる。しかし、甲第18号証には、そのような発言は記載されていない。「音楽に限定されてないんですね。ファイルとしては100万ファイルないし1000万ファイル位共有される、と。まあ、かなりえ〜有効な使い方がユーザーができるようになるんじゃないかなあ、というふうに思いますね」との発言はあるが、これをどう解釈したら、債務者代表が「100万曲の交換を目標」とするとの発言をしていたことになるというのか、説明してもらいたいものである(公益社団法人がこういう事実の捏造をしてまで裁判に不当に勝とうとするということには、怒りさえ覚える。)。むしろ、甲第18号証を読めば、ファイルローグをナップスターと同様の「音楽ファイルの交換を支援するシステム」と位置づけて債権者らとの対立を煽ろうとするTBSが、音楽ファイルとの関係を強調するような番組構成をし(「他人が持っているアーティストの音楽CDなどを簡単にしかも無料で手に入れることができる」云々の発言はすべてTBSのナレーターが行っているのであって、債務者代表者がそのような発言をしているわけではない。)ていたにすぎないことがわかる。
 このように債権者には根本的な事実誤認(または捏造)があるわけであるから、これに基づいて債権者が考える「債務者の本件サービスの提供行為の意図」(20頁)が実態に合致していないことは明らかである。
 債権者は、「たとえ債務者が物理的には関与していなくとも、債務者が提供する本件サービスの利用を前提として、債務者が提供した手段・・・を利用し、債務者が手筈を整えた手段に従って、利用者が・・・実行する行為には、債務者の著作権侵害主体性を認める上で必要な『管理・支配』は及んでいるというべきである」と主張する(20頁)。その規範部分を抽出して一般化するならば、情報インフラの提供者は、その情報インフラ提供者が手筈をと整えた手段に従って利用者が実行する行為について、これを「管理・支配」していたとの主張であるということになる。本件申立てが認容され、このような理屈が採用されることになると、情報インフラの提供者は、債権者から差止め請求や損害賠償請求を受ける覚悟なしには、そのサービスができなくなることであろう。債権者は、著作権を守るためであれば、日本に在住する市民から情報発信の機会を奪うことすら可能となることであろう。しかし、そのような事態を招来することが正しくないことはいうまでもない。それに、そのような事態を招来するほど、日本の法体系は不合理でないはずである。よく見ると、債権者の論理のおかしい部分はすぐに浮かび上がってくる。結局のところ、債権者は、「債務者の提供するサービスを利用して利用者が著作権侵害行為を行った」、これを債務者の側から見れば、「債務者の提供するサービスが、利用者によって、著作権侵害行為に利用された」ということがイコール「債務者が利用者の著作権侵害を『管理・支配』していた」ということであると主張しているにすぎない。常識的な用法で日本語を使用する我々は、「管理・支配する」ことと「利用される」こととが異なるものであることを知っているし、「管理・支配する」ことの中に「利用されること」が含まれないことも知っている。したがって、債権者の上記主張が「全く誤った又は無理にこじつけた」ものであることは明らかである。
 また、債権者は、「ネット上の『音楽取引交換所』に関して、2001年3月8日、ミュンヘン高等裁判所が下した判決・・・も、これと同様の論理によってプロバイダの責任を認めている」と主張する。債務者も、債務者代理人もミュンヘン州高等裁判所がAOLドイッチュランド対ヒットボックスソフトウェアに関する判決が上記「論理によってプロバイダの責任を認め」たものかを寡聞にして知らないが(毎日新聞社の報道<http://www.mainichi.co.jp/digital/network/archive/200103/12/4.html>によると、「原審で、ミュンヘンの州地裁は、2000年4月にオンラインサービス業者は、自社のサービス網を通じて著作権侵害行為があった場合には、即座にその行為をブロックしない限り、その行為について著作権者に損害賠償を支払わなければならないと判示しており、今回の高裁の判決もその判示を維持したことになる」とのことであり、利用者の著作権侵害行為を管理・支配していたとしてプロバイダに侵害主体性を認めたものであるとは俄に判断しがたい。)、仮にそのような裁判例があるのだとすると、上記論理を日本法においても認められてしまった場合、債権者の餌食となるのは、債務者に限定されず、プロバイダを含めた情報インフラ提供者全般に及ぶ危険があることを端的に示しているといえよう。)。
六 図利・加害性の要件
 債権者は、「『管理・支配』や『利益の帰属』」が「著作権侵害の主体性に関する様々な評価根拠事実のひとつ」にすぎず、「個々の評価根拠事実についてどの程度の水準が要求されるかは、他に認められる評価根拠事実との相関関係によって定まるのであって、具体的事案によって様々である」ことは、「たとえば、自ら著作権侵害行為の全部を実行し、したがって著作権侵害行為の100%を管理・支配している者については、侵害行為による利益の取得が全く認められない場合であっても、著作権侵害の主体と認めるのに何ら差し支えがないが如きである」(21頁〜22頁)と主張する。しかし、「自ら著作権侵害行為の全部を実行し」ている者については、「著作権法上の規律の観点から」、その者による行為と同視する必要がないのであるから、クラブキャッツアイ事件最高裁判決で示された、「管理・支配」性の要件や「図利」性の要件が問題となる余地がない(これは、そもそも、客観的・物理的には利用行為を行っていない者について、規範的観点から、当該利用行為を主体的に行った者と「同視」するための理論なのである。)。だから、その場合には、「侵害行為による利益の取得が全く認められない場合であっても、著作権侵害の主体と認めるのに何ら差し支えがない」のは当然である。だからといって、そのことは、客観的・物理的には利用行為を行っていない者について、規範的観点から、当該利用行為を主体的に行った者と「同視」するに際して、「図利」性の要件が不要であるということに何らつながらないのである。債権者の上記論理は、まさに「全く誤った又は無理にこじつけた」ものであることは明らかである。
 なお、クラブキャッツアイ事件最高裁判決以来、規範的利用主体性を認めるために必要とされているのは、第三者の著作権侵害行為により利益を図る意思であって、客観的に利得したということではない。そして、債務者は、利用者に本件サービスを利用して著作権侵害行為を行わせることによって利益を得ようという意思がなかったことはすでに述べたとおりである。
七 結論
 よって、債務者は、本件サービスを利用した利用者による著作権侵害行為の主体にはあたらないことは明らかである。
第五 回避可能性
一 債権者は、「延々と債務者には回避可能性がないという趣旨の主張を展開するが、前述したとおり、本件仮処分は債務者の著作権侵害行為の差止めを請求するものであって、損害賠償を請求するものではないから債務者の主張は的外れである」(30頁)と主張する。しかし、この債権者の主張は、二重の意味において間違っている。
 まず、本件仮処分においては、本件レコードの複製物の複製物をMP3形式により圧縮して複製したファイルを、本システムの送信側ユーザーが、本件システムによるファイルの送受信の対象とすることを回避できるかという回避可能性の有無は、本件仮処分の申立ての趣旨の実行可能性の有無に直結する問題である。実行可能性のない仮処分を認めても意味はない。何人も不可能なことを行う義務はない(民法415条後段参照)のである。
 また、債権者は、債務者の行為はユーザーによる著作侵害行為の幇助にあたるとして、著作権法112条1項に基づく差止請求を行っているところ、幇助責任が認められるためには、適法な利用を妨げることなく、違法な利用をされることを回避することが可能であったことが不可欠である。自らが提供する商品・サービスが違法行為にも用いられる蓋然性があることを知りつつ当該商品・サービスを提供した場合には、適法な利用を妨げることなく違法な利用を回避することが不可能であったとしても、損害賠償義務を負ったり、差止請求に服さなければならないとしたら、もはや汎用的な利便性を有する商品・サービスを提供することはできなくなるが、それは社会的妥当性を明らかに欠くのである。債権者の主張は結局のところ、第三者による著作侵害行為に何らかの形で寄与しているものは、適法な利用を妨げてでも、第三者による著作侵害行為を阻止すべきとするものであるが、「著作権」という一財産権のために、市民による適法な表現の手段をも奪ってしまおうとするその思考方法は、もはや「著作権ファシズム」と呼ぶに値するであろう。
二1 債権者は、「債務者は、本件サービスの全体を把握し、管理・運営しているのであるから、本件サービスによる著作権侵害の発生を防止することは可能である」(30頁)と主張する。しかし、債務者が、本件サービスの利用者がいかなる内容のファイルを送受信するかについて全く把握していないこと、P2P間のファイル送受信システムにおいてはハイブリッド型であっても送受信されるファイルの内容を中央サーバの管理者が把握することは原理的に不可能であることは既に述べたとおりである。
2 債権者は、「債務者において、ファイルローグサーバに接続中のクライアントコンピュータの『共有フォルダ』内に蔵置されているファイルが別紙楽曲リスト記載の管理著作物の複製物をMP3形式により圧縮して複製したファイルであるかどうかを確認し、利用者がファイル交換の前提としてファイル検索を行った際に、管理著作物の複製物でないファイルのみが検索結果として表示されるようにファイルローグサーバ又はクライアントソフトの仕様を変更するという方法がある」と主張する(39頁)。しかし、以下に述べるとおり、このようなことは到底実現不可能である。
i) ファイルの内容がどのようなものであるかを確認するためには、当該ファイル全体を一旦RAMに読み込むことが不可欠である。したがって、仮に債務者が運営する中央サーバにてファイルの内容の確認作業を行うのだとすると、送信側コンピュータがファイルローグサーバに接続すると同時に、「共有フォルダ」内に蔵置されている全ファイルを、送信側コンピュータからファイルローグサーバにダウンロードすることが必要となるが、そのようなことをすれば回線がパンクしかねないこと並びにそのような大量のファイルを保存する記憶装置を購入又は借り受けるには天文学的な費用がかかり、実際的ではないことは明らかである。
ii) また、仮に、天文学的な費用をかけてそのような大容量の記憶装置を購入又は借り受け、かつ、他のインターネット利用者の迷惑を顧みずに「共有フォルダ」内に蔵置された全ファイルをダウンロードしたとしても、これが管理著作物の複製物をMP3形式により圧縮して複製したファイルであるかどうかを確認するためには、ファイルローグサーバ内に本件レコードの複製物をMP3形式により圧縮して複製したファイルを蔵置した上で、これと対比する作業を行わなければならない。しかも、同じ管理著作物をMP3化するとしても、MP3化するソフトウェア及びその設定によりさまざまな種類の電子ファイルが生成されるのであるから、これら1つの管理著作物ごとに膨大な種類のMP3ファイルを生成し(この作業自体、著作権侵害とされる可能性がある上、利用者が送受信する可能性があるというだけで聞きたくもないCDを買わされることになるのも非常に辛い。)、サーバに蓄積した上で、「共有フォルダ」からダウンロードしてきた全ての電子ファイルと、これらMP3ファイルとを逐一参照していくことが必要となる。そのような作業が実際になしえないものであることは火を見るよりも明らかである。
iii) 他方、クライアントソフトを仕様を変更することで、クライアント・コンピュータの側で管理著作物の複製物をMP3形式により圧縮して複製したファイルを検索結果として表示させないことが可能となるかといえば、これも事実上不可能といわなければならない。これを実現するためには、送信側コンピュータに、「共有フォルダ」に蔵置されている電子ファイルと、ファイルローグサーバに蔵置されている管理著作物をMP3化した電子ファイルとを照合させる必要があり、そのためには、ファイルローグサーバに蔵置されている管理著作物をMP3化した電子ファイルを全てファイルローグサーバから送信側コンピュータにダウンロードすることが必要であるが、債権者が著作権を有している楽曲全てにつきこれをMP3化した電子ファイルを蓄積するほどの記憶装置を一般ユーザーが有していないのは公知の事実であって、そのような電子ファイルを全部ダウンロードさせて、それらの電子ファイルのいずれともマッチングしないということを「共有フォルダ」に蔵置されている全ての電子ファイルにつき照らし合わせるというのは、そもそも不可能である。また、いかにクライアントコンピュータに照合させるためとはいえ、債権者が著作権を有している楽曲全てにつきこれをMP3化した電子ファイルをユーザーにダウンロードさせること行為は送信可能化権侵害にあたる危険が高いといえる。
iv) 債権者は、「債務者は、管理著作物の複製物であるかどうかを、正確にかつ自動的に判別するソフトウェアが開発されていないと主張して、自らの行為を正当化しようとするが、この主張は回避可能性がないことを根拠付けるものではないから、主張自体失当である」と主張する(31頁)。
 債務者は、「管理著作物の複製物であるかどうかを、正確にかつ自動的に判別するソフトウェアが開発されていない」と主張したのではなく、債権者から債務者に送付されたCD−Rに記載の管理著作物をMP3ファイルに圧縮したファイルの交換を事前に遮断する措置を講ぜよとの債権者からの要請に応ずるためには、レコード会社名、曲名、アーティスト名(交換を事前に遮断すべきファイルの情報として日本レコード協会から提供を受けたのはそれだけである。)を入力すれば、当該CDに記録された音楽情報をMP3ファイルに圧縮したファイルに圧縮したファイルを自動的に検出してくれる技術があることが不可欠であるが、債務者はそのような技術があることを知らないので、ご教示いただきたいと申し入れたのである(甲第10号証)。債務者は、常にできることとできないことを明示して、できることには協力しましょうと申し向けているのである。それを拒んでいるのは、債権者の側なのである。
 そして、債権者からはレコード会社名、曲名、アーティスト名が入力されたCSVファイルを収蔵したCD−Rを送付されたに過ぎない状況で、レコード会社名、曲名、アーティスト名(交換を事前に遮断すべきファイルの情報として債権者から提供を受けたのはそれだけである。)を入力すれば、当該CDに記録された音楽情報をMP3ファイルに圧縮したファイルを自動的に検出してくれる技術がなければ、これら音楽CDをMP3ファイルに圧縮したファイルの交換を事前に遮断する措置を講ずることなど不可能であることは、容易にわかることである。仮にそのような技術がなくとも音楽CDをMP3ファイルに圧縮したファイルの交換を事前に遮断する措置を講ずることが可能だというのであれば、その方法を債務者に指し示せばよいのである。債権者の真の目的が、違法なMP3ファイルの送受信を防ぐことにあるのならば、おそらくそうするはずである。レコード会社を中抜きにしてアーティストとファンを直接結びつけることになりかねないP2P技術自体を潰す気ならば、そのような技術を知っていても教えないで、むしろP2P間のファイル送受信をサポートするサービス自体をやめるように圧力を加えるのが合理的であるが、債務者は債権者がそこまで悪辣な精神の持ち主ではあるまいと思っているので、債権者自身、当該CDに記録された音楽情報をMP3ファイルに圧縮したファイルを自動的に検出する技術を知らないのだと思っている。
 また、債権者の上記主張は、管理著作物であるかどうかを、正確にかつ自動的に判別する技術などなくても、本件システムが、本件レコードの複製物の送受信に用いられることを事前に防ぐことができるとするものと捉えられなくもない。しかし、送受信の対象とすべきファイルとすべきでないファイルとを峻別する技術なしに、送受信の対象とすべきでないファイルを送受信の対象から除外することが可能だなどというオカルト的なことをいわれても、オカルトの信奉者ではない債務者には対処のしようがない。
3 また、債権者は、「利用者によるファイル検索の際、MP3ファイルを検索結果として表示されないようにファイルローグサーバ又はクライアントソフトの仕様を変更すれば足り、これは技術的に困難なことではない」と主張する。
i) しかし、当該ファイルがMP3ファイルなのか否かを判断する技術はない。Windows系のアプリケーションソフトでは、拡張子が「.mp3」となっているものをMP3ファイルだと推定して取り扱っているに過ぎない。Windows系OSにおいて、ファイル名はファイル内容によって何らの制限を受けておらず、MP3ファイルについて「.mp3」以外の拡張子を付けても何の問題もないこと、ファイル名はいつでも変更でき、また、一定の規則に従って自動的にファイル名を変更することを可能とするソフトウェアも広く出回っていることを考えると、拡張子が「.mp3」となっているファイルを検索結果として表示されないようにしてみたところで、意味があるとは思えない(利用規約で第三者の権利を侵害するようなファイルの送受信をやめるように謳われていてもこれに反して債権者の権利を侵害するようなファイルの送受信を行うような一部ユーザーが、「.mp3」という拡張子の付されたファイルは検索結果として表示されないように債務者のシステムが変更されたときに、「ファイル名に関する暗黙のルール」を遵守して、MP3ファイルを「共有フォルダ」に蔵置したMP3ファイルに「.mp3」というファイル名を付しておくと考えるのは、あまりにもナイーブというべきであろう。
ii) また、利用者によるファイル検索の際、MP3ファイルを検索結果として表示されないような「措置を選択すると、他人の権利侵害とはならないファイルの送受信もできない事態が理論的には生じ得るが、現に本件サービスにおける検索結果として表示されるMP3ファイルのほとんどすべてに債権者の管理著作物の違法複製物であることを示す表示がなされていることを考慮すれば、決して債務者に対して過大な負担を強いるものとは言えない」と主張する。しかし、仮に債権者の調査が「やらせ」「さくら」等を利用しないものであったとしても、債権者の調査結果は、本件システムの立上げ当初は、拡張子が「.mp3」であるファイルについては著作権を侵害しないような形で送受信の供する利用者が少なかったということを意味するに過ぎず、将来にわたって、本件システムを拡張子が「.mp3」であるファイルについては著作権を侵害しないような形で送受信の供する利用者が少ないままで終わるということを意味しない。むしろ、パソコン通信にせよ、インターネットにせよ、新しい情報通信サービスが立ち上がった当初は、違法又は社会的に推奨されない用途に役立つものとして取り上げられるも、そのことが推進力の1つとなって普及し始めるや、これを合法的かつ社会的に推奨されるべき用途に役立てるものが次々と現れたのであって、P2P間の「.mp3」を拡張子とするファイルの送受信についても同様のことが言えると考えるのが相当である。実際、平成10年ころからインターネットサービスプロバイダが利用者に対し提供するレンタルサーバには著作者・著作隣接権者の許諾を得ない違法なMP3ファイルが多くアップロードされてきたが、次第に、アマチュアバンドやインディーズバンドが自らの演奏を収録した楽曲のMP3ファイルがネット上にアップロードされるようになってきている。では、そうなるまでの間、インターネットサービスプロバイダは、違法なMP3ファイルを瞬時に検索してこれを公衆送信できなくなるようなプログラムを開発して違法なMP3ファイルの送受信を遮断したのかといえばそうではなく、又、MP3ファイル(または、拡張子が「.mp3」であるファイル)全ての送受信を遮断したのかといえばそうでもない。むしろ、インターネット・サービス・プロバイダがこぞって、MP3ファイルの送受信全てを遮断していたとすれば、MP3技術が合法的に活用されることはなかったというべきであろう。インターネット法に詳しい平野晋氏は、国際商事法務27巻7号853頁において、「ホーム・ビデオなどの先例が示しているように、新たな技術が出現する度にコンテンツ・プロバイダーは既得権の危機にさらされ、司法や立法による利害調整を要求してきたが、たとえコンテンツ・プロバイダの主張が通らずとも、結局は新たな技術の普及が新たな市場を生み出して、当事者全てにとってのWin-Winな状態が生ずるとの指摘もあ」り、また、「MP3/Rioが、インディーズ系などの弱小あるいは無名アーティストにとってユーザーに訴求するための有用な技術であることも忘れてはならない」と述べている。このことは十分に斟酌されるべきである。
iii) また、債権者は、「利用者の送信するファイルが違法なものかどうか確認するすべがないシステムを自ら作り上げておいて」(32頁)云々と債務者を非難する。しかし、中央サーバが把握する情報量を少なくすることによってP2P間のファイルの送受信を円滑化するというのは、ハイブリッド型P2Pシステムの中核をなす考え方であるから、これを否定することは、ハイブリッド型P2Pシステム自体を否定するに等しい。さらにいうならば、債権者の主張というのは、市民間の情報送信に携わる者は、自ら提供するサービスを経由する情報が第三者の権利を侵害するものかどうかを逐一確認し、第三者の権利を侵害する情報は全て送受信の対象から外さなければならないのであって、自ら提供するサービスを経由する情報が第三者の権利を侵害するものかどうかを確認することができないのであれば、そのようなサービスそれ自体を中断すべきとするものであるが、これは結局のところ、多数の市民が利用可能な情報送信サービスそれ自体を否定する考え方といえよう。多くの市民が利用可能な情報送信サービスをサポートする業者のうち、送信される情報の適・違法性を瞬時に判断し、違法な情報についてその送信を遮断するすべをもたないというのは債務者に特徴的なものではなく、むしろ全ての情報送信サービス・サポート業者に共通するものであり(例えば、NTTのような高度な技術と巨大な資本力を有する企業であっても、送信される情報の適・違法性を瞬時に判断し、違法な情報についてその送信を遮断する等の措置を講じていないことは公知の事実である。)、そのことをもって「違法複製物を交換の対象とすることを織り込んでシステムを作り上げた」と見るのは、物の見方が歪んでいるとしかいいようがない。
iv) 債権者は、「利用者の送信するファイルが違法なものかどうか確認するすべがないシステムを自ら作り上げておいて・・・今度は、違法ファイルを極めて精密にしかも手軽に選別する方法がないから、自己には著作隣接権侵害を回避する方法がないなどと主張するものであり、このような主張が許されないことは明らかである」(32頁)というが、明らかでも何でもない。
 債務者は、他方で、違法ではないファイルの送受信を不当に拒めば利用者から抗議を受ける立場にあるのであり、また、債務者の個人的な利害を度外視するとしても、違法ではないファイルの送受信が不当に制約されることになれば善良なる市民の「表現の送り手」たる地位が侵害されることになるのであって、これを十分に慮る必要があるのである。この点、善良な市民の利益など意に介する必要がなく、自己の利益を追求するためであれば、他者の自由、他者の人権、他者の利益などどうなっても構わないと考える債権者とは立場が異なるのである。債務者としては、違法ではないファイルの送受信を不当に妨げることは避けないといけないので、違法ファイルとそうでないファイルとのふるい分けの手段を必要としているのである。
 なお、債権者は債務者が求めている選別方法が「精密」に過ぎると非難しているようであるが、それは債権者の要求が精密なものである(管理著作物をMP3形式で複製した電子ファイル全てについて、送受信の対象から外すように要求している。)以上やむを得ないというべきであろう。また、債権者は債務者が求めている選別方法が「手軽」なものであると非難しているようであるが、事前に、包括的に、違法ファイルを送受信の対象から外すためには、コンピュータが自動的に処理できるような選別アルゴリズムを開発する必要があることは明らかであり、また、それは1つ1つのファイルの違法性の判断を瞬時に行えるようなものでなければ、市民間の大量の情報送受信サポートサービスに組み入れることができないことも明らかである。債権者は、送受信される電子ファイルの違法性を、事後的に、債務者を責める目的で調べているに過ぎないから、実際に送受信されるファイルのごく一部について、これを目視して、内容をダウンロードし、再生し、ファイル名等から複製元である楽曲の種類をある程度見当つけた上で、これと再生された音声とを聞き比べて、その違法性の有無を判断すれば足りるが、実際に送受信されるファイル全部について、送受信される前にその違法性の有無を判断する場合は、そのようなゆとりはないのである。
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