判例全文 line
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【事件名】審議会委員の人件費非公開事件
【年月日】平成14年4月10日
 さいたま地裁 平成11年(行ウ)第38号 行政情報部分公開決定処分取消請求事件

判決


主文
1 被告が原告に対し、平成11年8月9日付けでした行政情報部分公開決定(人第565号)のうち、別紙1「非公開行政情報目録」記載の非公開行政情報を非公開とした部分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の申立て
1 原告
 主文同旨
2 被告
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は、埼玉県民である原告が、埼玉県行政情報公開条例(平成12年12月26日埼玉県条例77号による全面改正前の昭和57年12月18日埼玉県条例67号、以下「本件条例」という。)に基づき、その実施機関である被告に対し、平成11年度の県附属機関管理台帳等に記載の情報(但し、教育局分を除く。)につき公開を請求したところ、被告が、そのうちの一部の記載を非公開とし、その余を公開する決定をしたため(以下「本件処分」という。)、原告が、被告に対し、本件処分の非公開部分の一部である別紙1「非公開行政情報目録」記載の非公開行政情報(以下「本件非公開情報」という。)に係る部分の取消しを求めた事案である。
(2) 被告は、本件非公開情報につき、ア 本件条例6条1項1号本文所定の「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当し、かつ、イ 同号ただし書ロ所定の「公表することを目的として作成し、又は入手した情報」にも該当しないとして、本件処分のうち本件非公開情報を非公開とした部分の適法性を主張する。
 本件の争点は、これらア、イの主張の当否である。
2 基本的事実関係(当事者間に争いがないか、証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実並びに顕著な事実)
(1) 本件条例の内容
 本件処分時における本件条例は、別紙2のとおりである(特に、1条ないし3条、5条、6条、13条参照)ところ、本件条例3条2項所定の実施機関は、全て埼玉県個人情報保護条例(平成6年3月31日条例5号、以下「本件個人条例」という。)の実施機関でもある。
 なお、本件条例6条1項1号は、本件個人条例の制定に伴う改正によって、前記の規定となったものであり(平成6年10月1日施行)、当初は、単に「通常他人に知られたくない個人に関する情報」と規定されていた(旧6条1項1号)。
 本件条例は、平成12年12月26日条例77号により全面改正され(更に、平成13年12月28日条例87号により一部改正)、改正条例は、「埼玉県情報公開条例」として、平成14年4月1日から施行されることが予定されている。
(2) 当事者
 原告は、本件条例5条1項所定の「県内に住所を有する個人」であり、本件条例2条2項所定の「実施機関」に対し、当該実施機関の権限に属する事務に係る行政情報の公開を請求することができる。
 被告は、行政情報公開の実施機関である。
(3) 原告の公開請求
 原告は、平成11年7月26日付けで、本件条例5条に基づき、被告に対し、公開を求める行政情報を、「附属機関管理台帳(1999年度分)又は『様式1』及び『様式2』のファイル。但し、教育局分を除く」として、その公開を請求した(以下「本件公開請求」という。)。
(4) 被告の一部公開決定(本件処分)
ア 被告は、平成11年8月9日付けで、原告に対し、本件公開請求に係る行政情報を、「執行機関の附属機関等の委員に関する電算入力データの更新及び開催状況についてのうち『様式1』及び『様式2−1、2−2』(教育局分を除く。)」と特定した上で、「様式1」のうちの「生年月日」欄、「住所(市町村名)」欄及び「出身団体」欄(ただし、行政関係者に係るものは公開することとした。)の各記載並びに「様式2−1」のうちの「人件費」欄の記載及び「人件費算出の基礎」欄中の日額報酬単価額の記載(これらが本件非公開情報である。)を非公開とし、その余を公開とする行政情報部分公開決定(本件処分)をし、その頃、原告にその旨を通知した(甲2号証)。
 その非公開理由は、「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るものであり、埼玉県行政情報公開条例第6条第1項第1号に該当するため。」というものであった。
イ 公開対象文書の記載内容及び本件処分の内容
(ア) 埼玉県においては、地方自治法138条の4第3項の規定に基づき、埼玉県の執行機関の附属機関である審議会、審査会等(以下「県審議会等」という。)が設置されているほか、県の要綱等に基づき、県審議会等と類似する性格を有する協議会等を設置している(以下「県協議会等」といい、県審議会等とあわせて「県附属機関等」という。)。
 これら県附属機関等のうち、本件公開請求に係るものは、別紙3「本件県附属機関等一覧」記載のとおりである(ただし、開催実績のないものを除く。その所管部局、名称、設置根拠については該当欄記載のとおりである。)。
(イ) 本件請求の対象文書である「様式1」、「様式2−1」及び「様式2−2」は、県附属機関等の委員に関する電算入力データを更新し、また、県附属機関等の開催状況を調査するため、埼玉県総合政策部人事課長宛に各部局主管課長等から提出された文書である。
(ウ) 「様式1」
a 「様式1」の書式は、別紙4の1のとおりであり、審議会名、委員の役職名、氏名、性別、生年月日(年号、年月日)、住所(市町村名)、就任年月日(年号、年月日)、任期満了日(年号、年月日)、出身団体(委員の所属団体名、所属団体における職名及び県職員・国等職員〔公社、公団職員を含む〕・市町村職員・公募等の選出区分を示す欄からなる。)等が記載される欄が設けられている。
b 被告は、本件処分において、前記のとおり、「様式1」の記載中、「生年月日」欄、「住所(市町村名)」欄及び「出身団体」欄の各記載部分は非公開とし、その余の部分(すなわち、審議会名、役職名、氏名、性別、就任年月日、任期満了日の記載)を公開とした(ただし、被告は、行政関係者である委員等の「出身団体」欄の記載は、本件条例6条1項1号ロに該当する情報として公開した。)。
(エ) 「様式2−1」
a 「様式2−1」の書式は、別紙4の2記載のとおりであり、@ 附属機関の名称、A 委員数、B 会議開催日数、C 出席率、D 人件費(各県附属機関等ごとに、委員の人件費〔旅費及び報酬の合計額〕の総額が記載される。)、E 人件費算出の基礎(委員の日額報酬単価額のほか、委員の区分、人数、出席日数等が記載されている場合がある。)、F 委員の委嘱区分別構成、G 公開、H 公募制等が記載される欄が設けられている。
b 被告は、本件処分において、前記のとおり、「様式2−1」の記載中、D 人件費欄及びE 人件費算出の基礎欄中日額報酬単価の記載を本件非公開情報として非公開とし、その余の部分(すなわち、@、A、B、C、F、G、H部分の記載)を公開とした(なお、Eの「人件費算出の基礎」欄に、委員の区分、人数、出席日数等も記載されている場合は、これらは公開された。)。
(オ) 「様式2−2」
a 「様式2−2」の書式は、別紙4の3のとおりであり、附属機関等名、会議開催回数、うち公開とした回数、非公開理由、傍聴定員数、年間傍聴延人員、周知方法等が記載される欄が設けられている。
b 被告は、本件処分において、前記のとおり、「様式2−2」の記載全てを公開とした。
(5)  本件処分における非公開部分の一部公開等
ア 原告は、平成11年8月17日、本件条例13条所定の救済機関である埼玉県情報公開監察委員(以下「監察委員」という。)に対し、本件処分における前記非公開部分につき、公開しないこととする決定部分を取り消し、公開するよう勧告する旨の救済の申出をした。
イ これに対し、監察委員は、平成12年8月31日、被告に対し、本件条例13条2項に基づき、本件処分のうち、「様式1」における「出身団体(行政関係者を除く。)」欄に記載された情報のうち、本件条例6条1項1号ただし書ロに該当すると認められるもの及び「様式2−1」における本件非公開情報部分に係る非公開決定部分について、非公開処分を取り消し公開する措置をとるよう勧告した。
ウ 被告は、平成13年1月26日、本件処分の「様式1」に関する非公開決定部分のうち、下記の行政情報に係る非公開決定部分を取り消し公開する旨の決定をしたが、「様式2−1」の本件非公開情報部分に係る非公開決定部分については、監察委員の勧告に従うことなく、本件処分を維持した。

(ア) 「様式1」のうちの「生年月日」欄及び「住所(市町村)」欄(ただし、a 知事、市町村長、国会議員、県議会議員及び市町村議会議員、b 副知事、出納長及び埼玉県教育委員会委員、c 埼玉県森林審議会委員のうち、A、d 埼玉県公害審査会及び埼玉県土地利用審査会の委員、e 法人に限る。)
(イ) 「生年月日」欄及び「住所(市町村)」欄のうちの個人の生年月日及び住所の記載がされていない部分
(ウ) 「出身団体」欄(ただし、a 差別を許さない県民運動推進協議会、b 歯科技工士試験委員、埼玉県准看護婦試験委員、クリーニング師試験委員、製菓衛生師試験委員及び埼玉県保育士試験委員に関する部分を除く。)
〔被告が「様式1」のうちの「出身団体」欄に係る非公開決定部分を取り消した理由は、埼玉県においては、県附属機関等の委員の出身団体につき、既に公表されているものがあり、情報の公開、非公開の取扱いの統一を図るためには、これら委員の出身団体が公表されている県附属機関等と同種の県附属機関等については、特に非公開とすべき理由があるものを除き、委員の出身団体に係る情報を公開することが相当であるというものである。〕
(6) 原告は、平成11年9月2日、本件非公開情報を含む前記本件処分中非公開部分の取消しを求める本訴を提起した(後日、原告は、本訴中、本件非公開情報に係る本件処分の取消しを求める部分のみを残し、その余の訴えを取り下げた。)。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 被告
ア 本件非公開情報と個人識別情報(本件条例6条1項1号本文)
(ア) 本件条例6条1項1号本文(以下「本件規定」という。)が「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」と規定する趣旨は、個人のプライバシーを最大限に保護するため、個人に関する情報の内容の如何を問わず、特定の個人が識別され、又は識別され得る限りにおいて、当該情報を原則として公開しないものとして取り扱うことにある。
 すなわち、情報公開条例における保護すべき個人情報の定義方法として、個人のプライバシーを侵害するおそれのある情報を非公開とする方式(プライバシー保護型)と特定の個人を識別し得る情報を原則として非公開とする方式(個人識別型)とがあるが、埼玉県においては、プライバシーの範囲・内容が必ずしも明確でないため、個人のプライバシーを最大限に保護するためには、プライバシーという概念を用いることを避け、特定の個人を識別し得る情報であるか否かという基準による方が判断の客観性を確保でき、合理的であるとの判断のもと、前記本件規定のとおり個人識別型の規定を採用したものである。
(イ) 本件非公開情報は、当該委員個人の収入全体を明らかにするものではなく、県附属機関等における報酬等を明らかにするものにすぎないが、委員の報酬に係る情報であって、個人の収入に関する情報であることに変わりはないから、本件規定にいう「個人に関する情報」に該当するというべきである。
 原告の主張するような、本件非公開情報がプライバシーの権利を侵害する情報か否かによって、個人に関する情報に該当するか否かを決定する解釈は、本件条例が個人識別型の規定を採用した趣旨に沿わない。
(ウ) また、本件規定にいう「特定の個人が識別され、又は識別され得る」とは、当該情報から直接特定の個人を識別できる場合のほか、当該情報のみでは識別できないが、他の情報と組み合わせることにより特定の個人を識別できる場合をも含むというべきである。
 ところで、本件非公開情報は、それのみでは特定の個人を識別することはできないが、本件処分において、当該県附属機関等の名称及び委員の氏名が公開されているので、これら公開された情報と組み合わせることにより、本件非公開情報は「特定の個人を識別され得るもの」に該当することとなる。
 そうすると、本件非公開情報は、本件規定にいう「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当するものというべきである。
イ 本件非公開情報と公表目的情報(本件条例6条1項1号ただし書ロ)
(ア) 本件条例6条1項1号ただし書ロ(以下「本件ロ規定」という。)が、「公表することを目的として作成し、又は入手した情報」につき、本件規定に該当する個人識別情報であっても公開すべきものとする趣旨は、当該情報は公表することがもともと予定されているものであるため、個人識別情報であっても、個人のプライバシーを侵害するおそれがないと認められることにある。
 したがって、同規定の適用に当たっては、当該情報が公表されることが予定されているものであるかどうかが基準となるというべきであるところ、本件ロ規定所定の「公表すること」とは、広報誌やマスメディア等によって県民一般に広く周知することをいい、一定の関係者のみが知り得るような状態は含まれないものと解すべきである。
(イ) 原告が主張するような、個人情報を保護する必要性と個人情報が公表されることによる県民の利益(公益)とを比較考量して、本件ロ規定を適用するという解釈は、最終的には判断をする者の価値判断によらざるを得ないものであるから、判断者の価値判断の如何により公開、非公開の取扱いが左右されかねないことになり、妥当ではないというべきである。
 また、本件条例が、個人識別情報について、公益上の理由から公開することを認めているのは、同号ただし書ハに規定する「法令等の規定に基づく許可、免許、届出等の際に作成し、又は入手した情報で、公開することが公益上必要であると認められるもの」だけであるから、本件ロ規定に該当する行政情報について、公益を理由として公開することはできないものというべきである。
(ウ) 「様式2−1」は、県の内部資料として使用する目的で作成したものであり、県民一般に周知する目的で作成したものではないから、本件非公開情報は、本件ロ規定にいう「公表することを目的として作成し、又は入手した情報」に該当しない。
ウ 以上によると、本件非公開情報は、本件規定にいう個人識別情報に該当し、本件ロ規定にいう公表目的情報に該当しないから、これを非公開とした本件処分は適法である。 
(2) 原告
ア 本件非公開情報と個人識別情報
(ア) 埼玉県は、「県民の行政情報の公開を求める権利が適正に保障されるようにこの条例を解釈し、運用する」責務が課せられているのであるから(本件条例3条1項前段)、公開しないことができる行政情報の範囲(同6条)は、厳格に解さなければならないものというべきである。
(イ) 本件規定は、個人のプライバシー保護を目的とするものである。
 そうすると、本件規定は、「知る権利」を具体化した本件条例に基づく行政情報公開請求権を、プライバシー保護のために必要な最小限の範囲内でのみ制約するものというべきであるから、プライバシーに影響を及ぼさない情報は、「個人に関する情報」には該当しないというべきである。
 ところで、本件非公開情報は、個人の収入に関する情報と全く無関係とはいえないが、かといって、個人の収入に関するプライバシー情報そのものであるともいえないから、本件非公開情報は、「個人に関する情報」には該当しないものというべきである。
(ウ) また、本件非公開情報が本件規定所定の「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当するかについてみても、本件非公開情報と、附属機関等の名称及び委員の氏名等を組み合わせたところで、とうてい個人を識別し得る情報が構成されるものではないから、本件非公開情報は、この識別情報にも該当しないものというべきである。
(エ) 以上からすると、本件非公開情報は、本件規定に該当しないから、これを非公開とした本件処分は違法というべきである。
 なお、本件条例と同様に個人識別型を採用した情報公開条例を有する神奈川県及び東京都町田市においては、本件非公開情報に相当する情報が、情報公開請求に応じて公開されている。
イ 本件非公開情報と公表目的情報
(ア) 本件ロ規定にいう「公表することを目的として」いる情報か否かについては、個人情報を保護する必要性と個人情報が公表されることによる県民の利益とを比較考量して判断すべきであって、公表の必要性がより大きく認められれば、現実に広報誌等に掲載するか否かは別として、「公表することを目的と」するものに該当するというべきである。
 被告の主張するように、本件ロ規定該当性を、広報誌やマスメディア等によって県民一般に広く周知しているか、又はすることを予定しているかという事実だけで判断することとした場合、実施機関の恣意的な運用によって情報公開の目的が失われる結果を生ずることを防ぐことができず、妥当ではないというべきである。
(イ) 本件非公開情報は、当該委員の個人収入という個人情報としての性格と、公金の支出という行政情報としての性格との二面性が認められるが、この両者を比較すると、県附属機関等委員の職務は、社会参加活動、行政参加活動であって、その報酬はボランティア料的なものにすぎないから、本件非公開情報が公開されたところで、委員の権利利益は何ら侵害されないのであり、公金としての性質上、その支出の公表については、必要性がより強く認められるものといえる。
 そうすると、本件非公開情報は、本件ロ規定に該当すると認めるべきであるから、これを非公開とした本件処分は違法というべきである。
(ウ) 仮に、上記解釈が採用できないとしても、次のような被告の条例、通知等の趣旨に鑑みれば、本件非公開情報は、条例により設置された県審議会等と要綱等により設置された県協議会等とを区別するまでもなく、いずれも本件ロ規定所定の公表目的情報に該当するものというべきである。
a 埼玉県の「附属機関の管理に関する要綱」(昭和62年2月7日知事決裁)11条には、「県民の意見をより広く反映させるため、委員の一部を公募により選任するよう努めるものとする。」と規定されているから(甲38号証、乙372号証)、公募制を導入している県附属機関等の場合、公募案内において、委員報酬額を公表していることが推測される。
b 同「執行機関の附属機関に関する条例」(昭和28年4月1日条例17号)3条及び「執行機関の附属機関に関する条例の適用を受ける審議会等の委員報酬の取扱いについて(通知)」(平成8年12月26日人1389号)によれば、県審議会等委員の条例上の報酬限度額につき1万6500円(勤務した日1日当たり)、運用額につき1万4000円(前同)として取り扱われるものである。
第3 当裁判所の判断
1 以下の摘示証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
(1) 埼玉県における県附属機関等の委員の氏名、出身団体等の取扱い
ア 埼玉県においては、県附属機関等委員の名簿につき、政策的見地から公表するか否かを決定しているところ、本件ロ規定に該当するものとして、任意の情報提供として、県附属機関等の委員名簿の公表に応じたり、また、情報公開請求等による県民からの公開の要求があった場合には、県附属機関等の委員の個人名、出身団体等を開示する取扱い(甲15号証)をしていた。
 そして、埼玉県においては、このような県附属機関等の委員の氏名につき公表するものとしていたため、前記のとおり、本件公開請求に係る全ての県附属機関等について、委員の個人名が、本件ロ規定に該当するものとして開示された(乙3号証ないし179号証)。
イ また、埼玉県においては、全ての県附属機関等委員の個人名を記載した名簿を県庁、県図書館等に備えて、県民の自由な閲覧に供する取扱いをしているわけではないが、県総務部県政情報センター県政資料コーナーには、例えば、次のとおり個別の県附属機関等について、個人名、現職、団体名等を記載した委員名簿を作成して、県民が自由に閲覧・謄写できる県資料等として備え付けられているものがある。
(ア) 県総合政策部発行に係る「総合政策部の概要(平成11年度版)」(甲11号証)
 同資料中には、人事課所管に係る埼玉公務災害補償等認定委員会(乙3、194号証参照)、埼玉公務災害補償等審査会等(乙4、195号証参照)の県附属機関等につき、委員の個人名、現職、代表部門が記載された名簿が掲載されている。
(イ) 埼玉県平和資料館発行に係る「埼玉県平和資料館要覧(1999)」(甲12号証)
 同資料中には、県附属機関等である埼玉県平和資料館運営協議会委員名簿(甲13号証、乙113号証参照)、埼玉県平和資料館資料評価委員(甲14号証、乙112号証参照)につき、委員の個人名、団体名(役職名)が記載された名簿が掲載されている。
(ウ) 埼玉県女性問題協議会委員名簿(甲20号証)
 同名簿には、委員の区分(学識経験者、団体代表、関係行政機関)、氏名、所属・役職等が記載されている(乙15号証参照)。
(2) 県附属機関等委員の報酬等の決定方法
ア 埼玉県における条例、通知の定め
 埼玉県の「執行機関の附属機関に関する条例」(昭和28年4月1日条例17号)3条は、「附属機関の委員その他の構成員(以下「委員等」という。)の報酬は、委員等が、会議に出席し、又はその職務により勤務した日1日について1万6500円以内とする。」と、また同4条は、旅費につき、「委員等が職務のため旅行したときは、特別の事情がある場合を除き、一般職の職員に支給する額に相当する額をその費用として弁償する。」と各規定している(甲25号証、乙371号証)。
 そして、報酬額支払の実際の運用について、埼玉県総務部長による通知である「執行機関の附属機関に関する条例の適用を受ける審議会等の委員報酬の取扱いについて(通知)」(平成8年12月26日人1389号)により、勤務した日1日につき1万4000円とする旨通知されている(甲43号証、乙373号証、なお、同通知は、原告に公開されている。)。
イ 県附属機関等委員報酬等の具体的決定について
(ア) 県審議会等について
 地方自治法138条の4第3項所定の「附属機関」である県審議会等については、前記の条例及び総務部長通知の定めがあるので、各県審議会等の所管課長は、運用額である1万4000円(1日)を概ねの目安として、委員の報酬を決定している。
 また、県審議会等委員に対しては、前記条例に従い、旅費が支給されている。
(イ) 県協議会等について
 県の要綱等に基づき設置された県協議会等については、委員報酬について、その限度額や運用額についての定めはなく、各県協議会等の所管課長が報酬額を決定しているものであるところ、県審議会等と類似する性格を有するその組織体としての同質性からみて、県審議会等委員報酬額と同様な運用額が支給されているものと推認できる。
 なお、県協議会等委員に対しては、旅費の支給はない。
(ウ) これら県附属機関等委員の報酬は、各附属機関等の内容、性格をも考慮して決定され、必ずしも一律に前記の運用額1万4000円(1日当たり)とされているのではないとしても、ほぼこの前後の金額であることが推認できる。
(3) 他の自治体における公開実例
ア 神奈川県における実例
(ア) 原告は、平成12年5月23日、神奈川県知事に対し、情報公開制度の運用の調査のため、「現在の情報公開課長が引き受けた事務引継書」につき行政文書公開を請求した(甲21号証の1)。
 同知事は、平成12年6月5日、原告の請求を受けて、「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、若しくは識別され得る情報のため」神奈川県情報公開条例5条1号に該当すると認められる部分を除き公開する旨の決定をした(同号証の2)。
(イ) 同決定により公開された行政文書には、情報公開審査会の委員名簿(氏名、年齢、住所〔市名〕、現職、専門分野、在任期間の各欄があり、年齢欄を除き公開された。)のほか、情報公開審査会費として「委員報酬@2、8000」との記載があった(同号証の3、4)。
イ 東京都町田市における実例
(ア) 原告は、平成11年9月3日、町田市教育委員会教育長に対し、a 町田市美術資料収集委員会委員名簿のうち、氏名、生年月日のうち年、住所のうち都道府県・市町村名、職業、経験期数(最新のもの)、b 上記委員の報酬単価の分かるものにつき公文書公開を請求した(甲22号証の1)。
 同教育長は、平成11年9月14日、原告の請求に係る公文書につき公開する旨の決定をした(同号証の2)。
(イ) 同決定により公開された公文書には、町田市美術資料収集委員会委員の名簿(氏名、生年月日、住所、職業、経験期数の各欄があり、全て公開された。)のほか、収集委員謝礼として「5人×2回 単価37、400 金額374」との記載があった(同号証の3、4)。
2 本件条例の目的及び規定方式について
(1) 本件条例は、県民による行政情報の公開請求権を規定するものであるところ、そのような請求権は、本件条例によって創設的に認められたと解するのが相当であるから、いかなる情報を公開すべきかは、本件条例自体の各規定の解釈問題として判断されるべきである。
 そして、本件条例1条は、本件条例制定の目的が、「県政の公正な執行と県民の信頼の確保」を図るとともに「県民の県政参加による地方自治の本旨に即した県政の発展に寄与すること」にあり、これらは、県民の行政情報の公開を求める権利を保障することによって達成されるものであることを明らかにしている。
 本件条例3条は、上記目的に沿い、「県民の行政情報の公開を求める権利が適正に保障されるようにこの条例を解釈し、運用するとともに、公文書の保管と検索体制の確立に努める」こと及び「条例の解釈及び運用に当たって、個人に関する情報が十分に保護されるように配慮する」ことを県の責務として規定し、本件条例の解釈及び運用において、行政情報の公開請求権の保障と個人情報保護とを調和させるべきことを予定しているものである。
(2) 本件条例は、以上の見地に立って、5条において県民の実施機関の権限に属する事務に係る行政情報の公開請求権を一般的に認めた上、6条1、2項の各号に公開しないことができる行政情報を列挙し、特にその1項1号本文において、「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」とした上、同号ただし書イないしハに定める情報はこれから除かれる旨、すなわち、それらは公開しなければならない情報とする規定方式を採用している。
 本件条例がこのような規定方式を採用したのは、行政情報の公開請求権は、いわゆるプライバシーの権利を中核とする個人情報の保護の利益と調和するように定められなければならないところ、このいわゆるプライバシーの権利の概念は、法的にも社会通念上も必ずしも確立されていないものであるとの認識から、個人の権利利益の十全な保護を図るため、とりあえず特定の個人を識別できる情報は、原則として不開示とすることとした上、このような規定方式では、本来保護する必要性のない情報までも非公開情報に含まれる結果になることから、これらを除外する趣旨でただし書を設け、公知の情報等個人に関する情報の不開示情報から除かれるべきものを列挙するという形式(いわゆる個人識別型)の方が判断の客観性を確保することができ、合理的であると判断したものと推測される。
 地方公共団体の情報公開条例の立法の中には、個人に関する情報のうち、個人のプライバシー等の権利利益を害するおそれのあるものに限って不開示情報とする、いわゆるプライバシー保護型の方式を採用する例もあるが、前記のような観点からこの方式を採らず、本件条例のような個人識別型の方式を採用する例も多いのであって(前記のとおり、本件条例も当初はプライバシー保護型の方式であったものが、改正により個人識別型に改められたものである。)、いずれの方式を採用するかは、各地方公共団体の立法裁量に委ねられているものである。
 本件条例が個人識別型の方式を採用したものである以上、その解釈もこれに沿ったものとしてされなければならないものというべきである。
3 本件非公開情報と本件規定にいう個人識別情報
(1) 「個人に関する情報」について
ア 前記の見地からすると、本件規定にいう「個人に関する情報」とは、個人の内心、身体、身分、地位その他個人に関する一切の事項についての事実、判断、評価等の全ての情報が含まれるものであり、個人に関する情報全般を意味するものと解される。
 したがって、個人の属性、人格や私生活に関する情報に限られず、個人の社会的地位及び活動に関する情報、収入、財産状態等経済活動に関する情報、組織体の構成員としての個人の活動に関する情報も含まれるものと解すべきである。
イ これに対し、原告は、プライバシーに影響を及ぼさない情報については、「個人に関する情報」に含まれないと解すべき旨主張する。
 いわゆるプライバシーの権利を中心とした個人の正当な権利利益を保護するための立法の形式として、いわゆる個人識別型のほかいわゆるプライバシー保護型があることは前記のとおりであるから、後者の方式を採用した場合においては、開示すべき情報自体の解釈として、プライバシーに影響を及ぼさない情報は除外される関係になる。
 しかし、前者の方式を採用した条例(本件条例もこの類型に含まれる。)においては、特定の個人に関する情報はとりあえず原則として全部不開示とした上、これから開示すべき情報を除外するとの構成を採ったものであるから、本件条例のような個人識別型の規定における「個人に関する情報」の解釈としては、これからプライバシーに影響を及ぼさない情報は除外されると解することは相当でないものというべきである。
ウ 以上の見地から、本件非公開情報について検討すると、前記のとおり、これらは、県審議会等については、委員の旅費及び報酬に係る事実、県協議会等については、委員の報酬に係る事実の各記載であるから、県の公金支出に係る側面があるとしても、いずれも委員個人の財産的収入という事実に関する情報として、本件規定にいう「個人に関する情報」に該当することは否定できないものというべきである。
(2) 「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」について
ア さらに、本件規定は、「個人に関する情報」であることに続けて、当該個人情報が「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」と規定している。
 そして、この規定の意味するところは、特定の個人が識別され、又は識別され得る情報を公開すると、一般に、プライバシーを中心とする個人の正当な権利利益を害するおそれがあることから、個人に関する情報の如何を問わず、特定の個人が識別され、又は識別され得る限りにおいて、当該情報を原則として公開しないことができるものとして取り扱うものであるから、この規定にいう情報は、当該情報自体によって特定の個人が誰であるかを識別させることとなる氏名その他の記述部分だけでなく、氏名その他の記述等により識別される特定の個人情報の全体を指すものであり、かつ、この情報には、当該情報単独では特定の個人を識別することはできないが、他の情報と照合することにより特定の個人が識別され、又は識別され得る情報も含むものと解すべきである。
 けだし、後者の場合であっても、当該情報に係る特定の個人が識別される以上、プライバシーを中心とする個人の正当な権利利益を害するおそれがあるため、これを除外する理由はないからである。
イ 以上の見地から本件非公開情報について検討すると、本件非公開情報自体については、個人識別性は、微弱であるか、あるいは、全くないといい得るものであって、当該情報自体によって特定の個人が識別できる情報、又は識別し得る情報ということは困難であるにしても、既に「様式1」及び「様式2−1」によって公開されている情報と照合することにより、特定の委員個人と結合することとなる関係にあるものと認められるから、本件非公開情報は,他の情報と照合することにより特定の個人が識別され得る情報ということができるものというべきである。
 そうすると、本件非公開情報は、本件規定にいう「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当すると認めるべきである。
ウ これに対し、原告は、本件非公開情報と附属機関等の名称及び委員の氏名等を組み合わせたところで、とうてい個人を識別し得る情報が構成されるものではない旨主張するが、前記したとおり、本件規定にいう「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」の範囲は、当該情報に係る個人が誰であるかを識別させることとなる氏名その他の記述の部分だけではなく、氏名その他の記述等により識別される特定の個人情報の全体であるから、本件非公開情報は、前記のとおりの他の情報と照合されることで、委員の氏名と結合する結果、当該氏名により識別される特定の個人の収入に関する情報になるのであって、「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当することは否定できないものというべきである。
 原告の主張は、採用することができない。
4 本件非公開情報と本件ロ規定にいう公表目的情報
(1) 原告は、本件非公開情報は、本件ロ規定に該当すると主張し、これを否定して本件非公開情報を非公開とした被告の本件処分を違法という。
 前記したとおり、本件非公開情報は、それ自体としては、特定の個人を識別し、又は識別し得る情報ということは困難であるものの、「様式1」及び「様式2−1」によって知ることのできる照合情報と組み合わせることで、「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当するとされるものである。したがって、本件非公開情報の個人識別性は、専ら、前記照合情報中の県附属機関等の名称及び委員氏名に係る情報によって得られるものということができるものであるところ、本件非公開情報に個人識別性を与える県附属機関等の名称及び委員氏名に係る情報自体は、本件規定にいう個人識別情報に該当するものであるが、本件ロ規定所定の公表目的情報に該当するものとして公開されているものであることは前記のとおりである。
 そうすると、本件ロ規定をはじめとする本件条例6条1項1号ただし書の解釈、運用において行政情報の公開請求権の保障と個人情報の保護との調和を実現すべきとの見地からすれば、本件非公開情報は、県附属機関等の名称及び委員氏名に係る情報と一体のもの、ないしは同価値のものとして、同じく本件ロ規定に該当すると解する余地がないかにつき検討する必要があるものというべきである。
(2) 本件条例が本件規定及び本件ロ規定といういわゆる個人識別型の規定方式を採用した趣旨は前記のとおりであり、いわゆるプライバシーの権利を中核とする個人情報保護の利益を十全に保護するという見地から、とりあえず本件規定によって、特定の個人を識別できる情報は原則として不開示情報とすることを定めた上、このような本件規定では、本来保護する必要のない情報までも非公開情報に含まれてしまう結果となるところから、公開してもプライバシーが侵害されるおそれのない情報、あるいは、その公益性に照らして公開することが必要とされる情報を非公開情報から除外すべきものとして類型化して列挙したものである。
 このような規定の形式からすれば、行政情報の公開請求権の保障と個人情報の保護の必要性との適正な調和を実現するためには、本件ロ規定をはじめとする前記ただし書の規定の合理的解釈が不可欠というべきである。
 ところで、本件ロ規定所定の「公表することを目的として作成し、又は入手した情報」を非公開情報から除くこととした趣旨は、本件条例の実施機関は全て本件個人条例の実施機関でもあるところから、こうした県の機関が公表することを目的として作成し、又は入手した情報であれば、公開しても通常はプライバシーの侵害の問題を生じないことにあると考えられる。
 そうすると、この「公表することとして作成し、又は入手した情報」とは、本件条例の実施機関が公表することを直接の目的として作成し、又は入手した公文書中の情報に限られず、他の公表された情報からその内容が合理的に推認できる情報であって、かつ、公表してもプライバシーの侵害のおそれがないと認められるものをも含むと解するのが合理的というべきである。
 けだし、単に、実施機関において公表することを公文書作成の目的としたか否かということが本件ロ規定適用の基準となるとすれば、実施機関の意思決定のみにより公開の有無が決せられてしまうことになるから、その意思決定に不合理な点がある場合には、行政情報の公開請求権の保障と個人情報の保護との合理的な調和を図るという目的に沿わないことになるからである。そして、このように解したとしても、本件規定ただし書イと同様に公開してもプライバシーが侵害されるおそれがない情報を公開する趣旨であるから、制度の趣旨に反するものでもない。
 以上のとおりであるから、これに反する被告の主張は失当であり、原告の主張も上記説示に沿わない限度で採用できないものというべきである。
(3) 以上の見地から、本件非公開情報について検討すると,ア 本件非公開情報(「様式2−1」の「人件費〔旅費+報酬〕」欄及び「人件費算出の基礎」欄中の委員の「日額報酬単価」部分)の個人識別性は、専ら前記照合情報中の県附属機関等の名称及び委員氏名に係る情報によって得られるものであるところ、これらの照合情報は、本件ロ規定所定の公表目的情報に該当するものとして公開されているものであること、イ 県附属機関等は、県条例ないし個別の設置要綱等により設置されているものであって、それ自体公的存在であり、その活動も県民に対し、適宜広報されていることが推認されること、ウ 県審議会等の委員に対しては、報酬として、限度額1万6500円・運用額1万4000円(勤務した日1日当たり)が支給されること、また、旅費として、一般職職員の旅費相当額が支給されることが条例ないし総務部長通知によって定められており、条例はもちろんのこと、通知を含め、これらの情報は、一般に入手し得る情報であると推認できること、エ 県協議会等については、委員報酬額に係る限度額・運用額の定めはなく、各県協議会等の所管課長が報酬額を決定しているものであるが、県審議会等と類似する性格を有するその組織体としての同質性からみて、県審議会等委員報酬額と同様な運用額が支出されていることが推認できること、オ これら県附属機関等委員の報酬は、各附属機関等の内容、性格も考慮して決定され、必ずしも一律に前記の運用額1万4000円とされているものではないとしても、ほぼその前後の額であることが推認できること、カ 旅費は、その性質上実費相当に止まるものであり、経験則上さほど多額にわたるものではないと推認できること、キ 被告も自認するとおり、本件非公開情報は、当該委員個人の収入全体を明らかにするものではなく、県附属機関等における報酬等を明らかにするものにすぎず、委員個人の収入全体に占める割合は極めて低いことが推認できること等の事情を総合すれば、本件非公開情報は、既に公表された情報から、その内容が合理的に推認できる情報であり、かつ、これらを公開した場合の弊害を想定することは困難というほかないから、公表されてもプライバシーの侵害のおそれがないものと評価して差し支えないものというべきである。
 以上によると、前記の説示に照らし、本件非公開情報は、本件ロ規定に該当するものというべきである。
5 以上によれば、本件処分のうち、本件非公開情報を非公開とした部分は、違法というべきであるから、これを取り消すこととし、訴訟費用の負担について、行訴法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

さいたま地方裁判所第4民事部
 裁判長裁判官 田中壯太
 裁判官 都築民枝
 裁判官 渡邉健司
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