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【事件名】中国製ポロシャツの並行輸入事件(2)
【年月日】平成14年3月29日
 大阪高裁 平成13年(ネ)第425号 損害賠償・商標権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成9年(ワ)第8480号(甲事件)/同年(ワ)第10564号(乙事件))
 (平成14年1月18日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(甲事件原告・乙事件被告) 株式会社スリーエム(以下「控訴人」という。)
訴訟代理人弁護士 山崎優
同 池垣彰彦
同 保坂光彦
被控訴人(甲事件被告・乙事件原告) ヒットユニオン株式会社(以下「被控訴人会社」という。)
被控訴人(甲事件被告) 株式会社繊研新聞社(以下「被控訴人新聞社」という。)
被控訴人ら訴訟代理人弁護士 小松陽一郎
同 福田あやこ


主文
 本件控訴をいずれも棄却する。
 控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人会社及び被控訴人新聞社(以下、両者を総称するときは「被控訴人ら」という。)は、控訴人に対し、それぞれ、400万円及びこれに対する平成9年9月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、100万円及びこれに対する平成9年9月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人らは、控訴人に対し、被控訴人新聞社発行の日刊紙「繊研新聞」、日本経済新聞、毎日新聞、朝日新聞及び読売新聞の各朝刊全国版社会面広告欄に別紙1記載の謝罪広告を、別紙2記載の条件で1回掲載せよ。
5 被控訴人会社の請求を棄却する。
6 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
1 乙事件は、原判決別紙商標目録一及び同二記載の各商標(本件商標)の商標権者である被控訴人会社が、控訴人に対し、控訴人による原判決別紙標章目録一及び同二記載の各標章(控訴人標章)の付された中華人民共和国(以下「中国」という。)製ポロシャツ(品番M1200及びM3000)の輸入、販売が本件商標権を侵害するとして、その差止め、損害賠償及び謝罪広告の掲載等を求め、甲事件は、控訴人が、被控訴人らに対し、被控訴人らが業界紙上で行った上記ポロシャツが偽造品である旨の広告が不法行為に当たるとして、損害賠償及び謝罪広告の掲載を求めた事案である。
 原審は、上記中国製ポロシャツのうち品番M1200(本件商品)の輸入等が本件商標権を侵害するとして、被控訴人会社の控訴人に対する乙事件請求中、損害賠償請求の部分を一部認容(その余は棄却)し、控訴人の被控訴人らに対する甲事件請求をいずれも棄却したので、控訴人が、これを不服として控訴した。
2 本件の前提となる事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次に付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」及び「第三 争点に関する当事者の主張」(原判決6頁2行目〜43頁6行目。ただし、14頁3行目〜同末行を除く。)記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決の訂正等
ア 原判決13頁9行目の「半袖ポロシャツ」の「半袖」を削除する。
イ 同16頁10行目の「ヴィラ社」を「ヴィラ・ピーティーイー・リミテッド(以下「ヴィラ社」という。)」と改める。
ウ 同23頁6行目から7行目にかけての「「MADE IN HONG KONG」のネーム入り下札」を「「MADE IN HONG KONG」入りのネームと下札」と、同10行目の「フェイス社」を「フェイス・エンタープライセス・リミテッド(以下「フェイス社」という。)」と各改める。
エ 同35頁10行目の「シカリー・ピーティーイー・エルティーディー」を「シカリー・ピーティーイー・リミテッド」と改める。
(2) 当事者の付加主張
(控訴人)
ア 並行輸入した商品がいわゆる真正商品に該当するか否かの判断に関し、ライセンス契約の個々の条項違反を判断基準とするのは理論的にも実務的にも問題があり不当である。ライセンサーに軽微な契約違反があっただけで並行輸入商品が真正でないということになれば、ライセンサーはあらかじめ並行輸入に結びつきそうなあらゆる行為を禁止する条項をライセンス契約に挿入すること等によって事実上並行輸入を不可能にし、市場の分割を図ることができることになる。また、そこまで行かなくても、違反した条項の重大性や違反の程度等といった抽象的な基準によってこれを決するようになると、並行輸入業者や需要者はライセンサーとライセンシー間の契約関係等は知りようもないにもかかわらず、どの条項が重大であるのか、契約違反があるのか、それはどの程度の違反なのか等の判断を強いられることになり、ひいては将来裁判で決着をつけなければならないという非常に不安定な状況に置かれることになり、本来、法的に許されているはずの並行輸入まで事実上萎縮させてしまうことになる。
イ 「商標が適法に付された」といえるためには、@ライセンシーがライセンサーから商標の有効な使用許諾を得ており、A輸入商品が商標の使用許諾を受けている商品に係り、B現在も商標使用許諾契約の有効な契約期間中であることで十分である。これらの事項であれば、第三者であっても比較的容易に確認することができ、安心して取引を行うことが可能となる。
 その他の個別の条項違反は、あくまでもライセンサーとライセンシー間の内部的問題であり、これによる問題は、ライセンシーを選定する権限及び監督する権限を有し、かつ、契約を解除する等の適切な処置を採ることにより損害を回避することができるライセンサーにおいて、責任を持って対処すべき問題である。 
ウ 商品の製造地がどこであるかという点は、食品などのように原産地が商品の価値の中核を占めるような場合を除き、商品の出所表示機能との間に直接の関係はない。実際にも、電気製品等にみられるように、需要者においても製造地を重視して購入を決定しているわけではないのが実情である。
 被控訴人会社は、本件ライセンス契約書の4条(u)が生産者を原則としてライセンシー自身に限定する条項であるとして、下請けが禁止されているかのように主張しているが、オシア社が製造を子会社や提携の工場等に委託することになることはFPS社も十分承知していたはずである。本件ライセンス契約中においては、製造者として特定の会社が指定されているわけではなく、むしろ下請業者の選定についてもオシア社の判断を尊重する形になっていることからすれば、オシア社が選定ないし監督する工場によって製造されている限り、オシア社が製造販売主体であることに変わりはなく、出所表示機能を害することもない。
エ 本件商品に係るソーシングハウスであるユニバーサル・アジア・インダストリーは、被控訴人会社が平成4年9月ころに中国で本件登録商標を付した商品を製造させた際のソーシングハウスであったフェイス社と所在地・代表者とも同一である。被控訴人会社が中国で商品を製造した際にFPS社の関与があったことは明らかであり、上記事実は、本件商品の製造についてもFPS社の関与があったことを示すものといえる。
オ ライセンス契約の違反があった場合にも、商標権者が同契約の当事者でない場合は、当該商標権者において、違反者に対し、準物権たる商標権に基づいて差止め請求をすることは格別、損害賠償請求まですることはできないと解するべきである。
(被控訴人ら)
ア 米国巡回控訴裁判所のシェル・オイル・カンパニー対コマーシャル・ペトロリアム・インク判決は、商品の真正に関し、「製造者が確立した品質管理下で製造及び流通がなされない限り、その商品は真に真正ではない。ランハイム商標法は、商標権者にその商標のもとで製造及び販売された商品の品質を管理する権限を与えている。」、「商品そのものの品質は関係ない。商標権者が保持する権限が与えられているのは品質管理そのものである。」と判示している。この判示の趣旨に照らせば、ライセンシーが製造した商品であっても、ライセンス契約、殊に製造地制限条項のような品質管理上重要な条項に違反してこれが製造されたような場合には、もはや商標権者の品質管理権限が及んでいるとはいえないから、このような商品は真正な商品ではないというべきである。
イ 本件ライセンス契約上、オシア社は「契約地域」外で商品の製造を行ってはならず(2条)、かつ、FPS社の事前の書面での同意なしに、契約品の製造、仕上げ又は梱包の下請けにつき、いかなる取決めも行ってはならないとされているが(4条(u))、前者はその製造地域を限定する製造地制限条項であり、後者はその生産者を原則としてライセンシ一自身に限定する生産者制限条項であって、これら各条項は単なる訓示規定でも努力規定でもない。そして、本件ライセンス契約において、その製造地域がシンガポール、マレーシア、インドネシア、ブルネイの4か国に限定されたのは、次の経緯による。すなわち、FPSUK社は、平成4年に、フェイス社との間で、香港、中国、マカオ、台湾、シンガポール、マレーシア、インドネシア等を領域として、ソーシング契約(発注者の指示に従って生産請負及びその製造管理・監督を行うという契約)及びディストリビューション契約(商品供給を受けて再販売を行うという契約)を締結したが、フェイス社が粗悪な中国製製品を製造する等のトラブルを起こしたため、平成5年12月にこれらの契約を解除したところ、オシア社は、当時、フェイス社のサブディストリビューターでもあったところから、本件ライセンス契約においても、契約地域を上記4か国に限定することになったものである。
ウ オシア社が自社で製造したポロシャツに、あえてM1200とM3000という、英国でしか作られておらず、日本でも人気の高い品番を付し、かつ、大量に長袖のポロシャツやトレーナー等を製造していた事実は、同社が当初から契約違反の域外販売(本件ライセンス契約4条(b)等によって禁止されている。)を企図していたことを強く推認させるものである。そして、控訴人は、そのオシア社から直接かつ大量に商品を購入した者であるから、単なる第三者ではなく、むしろ、オシア社の契約違反行為に積極的に加担した者といえるのであって、少なくとも、このような当事者との関係で取引の安全が強調されるのは相当でない。
エ 控訴人は、差止め請求と損害賠償請求の要件が異なるかのような主張をするが、故意過失の点はともかく、違法性の点で両者を区別する理由はない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、被控訴人会社の乙事件請求は、原判決主文1項掲記の限度で理由があり、控訴人の甲事件請求はいずれも理由がないものと判断する。
 その理由は、次に訂正、付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第四 争点に対する判断」の一ないし四(原判決43頁8行目〜97頁1行目)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決61頁7行目〜80頁1行目(「争点に対する判断」一の4)を次のとおり改める。
「ア 登録商標と同一又は類似の商標を付した商品が外国から輸入され、日本国内で販売等の商標使用行為が行われた場合、当該行為は、日本の登録商標権者の許諾を得ない限り、原則として商標権侵害を構成する。
 しかし、商標法が、商標権者に商標の専用権(商標法25条)と禁止権を付与(同法36条)しているのは、商標の出所表示機能及び品質保証機能を保護するためであるから、形式的には商標権侵害を構成するように見えても、当該商品につき、@これに付された商標が表示する出所と、商標権者の使用する商標が表示する出所が、実質的に同一であり、A当該商標が外国の許諾権者等により適法に付されたものであって、Bその商品の品質が、商標権者が商標を使用することによって形成している商品の品質に対する信用を損なわないものであるときは、登録商標が有する出所表示機能・品質保証機能を何ら害するものではないから、いわゆる真正商品の並行輸入として、違法性が阻却されるものと解するのが相当である。
イ そこで、本件商品が上記要件を備えているか否かについて検討する。
(ア) 要件@について
 本件商品はオシア社が中国の脆合製衣厥に製造させたものであるところ、オシア社はFPS社と本件ライセンス契約を締結しており、本件商品が、世界的に著名なフレッドペリーの商品として流通したことは明らかである。そして、本件商品が日本に輸入された平成8年当時、FPS社及びFPSUK社が行っていたフレッドペリーの事業は、それぞれFPH社及びFP社に承継されていたから、本件商品に付された商標は、出所としてFPH社及びFP社を中心とするフレッドペリーグループを表示していたものと認められる。
 他方、被控訴人会社は、FPS社から本件商標権の譲渡を受けた平成8年1月25日までは、フレッドペリーのライセンシーであったのであり、本件商品が輸入された当時は、本件商標権の商標権者であるとともに、FPH社の親会社であったのであるから、被控訴人会社が本件登録商標をポロシャツ等に使用する場合、その商標は、出所としてFPH社及びFP社を中心とするフレッドペリーグループを表示していたものと認められる。
 したがって、本件商品に付された商標が表示する出所と、本件登録商標が表示する出所は、実質的に同一であるということができる。
(イ) 要件Aについて
a 上記のように、商標法は、商標権者に対し、商標の使用権の専有を認めるとともに、商標の本来的機能である出所表示(自他識別)機能が侵害され又は侵害されるおそれが生じた場合には、これを排除する権限を付与しているところ、商標法がこのように商標の出所表示(自他識別)機能の維持に努めるゆえんは、そうすることによって、当該商標により出所として表示された者に対して、当該商標の下に業務上の信用(グッドウィル)を形成、維持するための努力を促すとともに、築き上げたグッドウィルが他の者によって不法に侵害されないよう保障するためである。そして、商標の付された商品に出所表示主体の品質管理権能が及んでいるということが、商標法の当然の前提となっているものと解される。けだし、商品のグッドウィルを維持するためにはその品質の管理が不可欠であるところ、当該商品に、これに付された商標により出所として表示された者の品質管理権能が及んでいることが前提となっているのでなければ、商標法が意図するように、商標の出所表示(自他識別)機能を維持することを介して、商品の品質、ひいては当該商標により出所として表示された者のグッドウィルを維持することはできないし、また、需要者にとっても、そのような前提があって初めて、商品に付された商標に依拠して、購入すべき商品を適切に選別することが可能となり、その結果、産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護しようとした商標法の究極的な目的が達成され得るものと解されるからである。
 以上のように、商標が、その本来の機能を発揮する上では、当該商品に付された商標により出所として明示された者の品質管理機能がその商品に及んでいることが不可欠というべきであるから、当該商品の由来を示す限りにおいて出所表示(自他識別)機能が維持されているようにみえる場合でも、出所表示主体の品質管理機能が実質的には当該商品から排除されていると認められるときは、そのような商品に商標を付する行為は、たとえ、それがライセンシーによってなされたものであるとしても、適法に商標が付されたものということはできない。
b 証拠(甲3)によれば、FPS社とオシア社間の本件ライセンス契約には、次の条項があったことが認められる。
(a) 本契約中、次の語及び語句は、前後関係に相反又は矛盾する場合を除き、本契約中にてそれぞれに指定された意味を持つものとする(1条)。
@ 「契約品」とは、契約商標に基づき販売された、又は契約商標が貼付され及び/又はFPS社の仕様に従い製造されたスポーツウェア及びレジャーウェア製品で、本契約の別表1に列挙されるものを意味するものとする。
A 「契約商標」とは、本契約の別表2に規定の契約商標及びその重要な詳細についてはFPS社からオシア社に既に伝達されている又は伝達されることになっているその他商標(登録済みか否かにかかわらず)、商号、意匠、装丁を意味するものとする。(なお、本件被告標章は、上記契約商標に含まれていた〔弁論の全趣旨〕。)
B 「契約地域」とは、シンガポール、マレーシア、インドネシア及びブルネイを意味する。
(b) FPS社は、本契約によりオシア社に対し、法律上オシア社にそうする権利がある限りにおいて、契約地域内で契約品を製造、販売及び頒布し、かつ本契約中以下に定めるとおり契約地域内で契約品に関し契約商標を使用するライセンス及び権限を許諾する(2条)。
(c) オシア社は、本契約により、以下のとおり約束し、FPS社に同意する(4条)。
 FPS社の事前の書面での同意なしに、契約品の製造、仕上げ又は梱包の下請けにつき、いかなる取決めも行わないこと。FPS社の同意は、オシア社がFPS社に対して下請業者に関するすべての関連事実又は事項に関し完全な情報を与えるとともに、下請業者が本契約の下で規定される仕様・品質基準を遵守、履行し、それらに関連するすべての情報を秘密に保持することについて、FPS社の代理人がチェックをするために、FPS社に対して同じ便宜を与えることを承諾することの約束を下請業者から取り付ける限り、不合理に留保されることはない(4条(u))。
(d) FPS社は、以下の事態発生の場合、オシア社に対する書面通知を与えることによりかかるライセンスを直ちに終了することができる(7条)。
 オシア社が、本契約に含まれるオシア者側の条件及び約束の履行又は遵守を怠り、(矯正可能である場合)FPS社からその旨の通知がなされた後30日以内にかかる違反を矯正しない場合(7条(b))。
(e) 本契約は、契約品の製造及び販売に関する両当事者間の完全なる了解を具現化したものであり、明示的であるか暗示的であるか、又は制定法上であるか否かにかかわらず、本契約により生み出された関係若しくは契約品に関して、本契約中に定められていないすべての条件、保証及び表示は、本契約により除外され、オシア社は、契約品、その品質又は目的への適合性に関するクレームから生じるすべての費用、クレーム及び経費につき、FPS社に補償し、補償し続けるものとする(9条)。
(f) 本契約は、英国で作成された契約書として、英国法に従って解釈され、発効するものとし、オシア社は、本契約により、英国の裁判所の非専属的管轄に服するものとする(12条)。
c 上記の契約内容によれば、本件ライセンス契約2条において、契約品の製造等が契約地域であるシンガポール、マレーシア、インドネシア及びブルネイの4か国に限定され、同4条において、製造等の下請けについてもFPS社の書面による事前同意を必要とするとともに、その同意を得るためにも「オシア社がFPS社に対して下請業者に関するすべての関連事実又は事項に関し完全な情報を与えるとともに、下請業者が本契約の下で規定される仕様・品質基準を遵守、履行し、それらに関連するすべての情報を秘密に保持することについて、FPS社の代理人がチェックをするために、FPS社に対して同じ便宜を与えることを承諾することの約束を下請業者から取り付ける」ことが要求されていることに照らし、本件ライセンス契約においては、2条と4条が商品の品質管理の上で極めて重要な条項とされており、ライセンサーであるFPS社において、これらの条項によってライセンシーであるオシア社の製造する製品に対してその品質管理権能を及ぼそうとしているものであることは明らかである。
d ところが、既に認定したとおり(原判決61頁2行目〜同5行目)、オシア社は、本件商品の製造を中国広東省の脆合製衣厥に下請けさせたものであって、これが本件ライセンス契約2条に違反することは明らかであり、また、オシア社が本件商品の製造を他社に下請けに出すことについてFPS社の同意を得たことを示す証拠は全くない以上、同契約4条にも違反していることは明らかである。控訴人は、オシア社が本件商品の製造を下請けに出すことはFPS社も承知していたはずであるとも主張しているが、前記のとおり、オシア社が下請けに出す場合はFPS社の書面による事前の同意を得ることを必要とすることが契約上明記されているとともに、その場合でも契約地域外の会社と下請契約を締結することが許されないことは明らかであって、オシア社は、二重の意味で本件ライセンス契約を無視しているものというべきである。
 なお、控訴人は、FPS社がオシア社に対し、「MADE IN HONGKONG」入りのネームと下札を送付していると主張し、乙3を提出しているが、同証拠は、オシア社がFPSUK社に対し、同社の求めに応じて送付したものと認められる上、その詳細な経緯も明らかでないから、同証拠のみをもって、FPS社がオシア社に対し中国における商品の製造を許諾していたものと認めることはできない。
 また、控訴人は、FPS社がライセンシーに対し、ライセンス地域外における製造を許容していたことは、被控訴人会社が、本件登録商標の専用使用権者にすぎなかった平成4年9月当時、香港の法人であるフェイス社に対し、本件登録商標を付した商品の製造を発注し、中国内で製造された商品を、輸入販売していたことからもうかがうことができるとも主張するが、証拠(甲6、7)によれば、被控訴人会社は、平成4年9月当時、FPS社から、特別にライセンスの領域(日本)外における製造の許諾を受けていたと認められるので、控訴人の上記主張を採用することはできない(控訴人は、FPS社が、ソーシングハウスを介して本件商品の製造に関与していたかのような主張もしているが、これを認めるに足りる何らの証拠も提出されていない。)。
e そうすると、本件商品は、単に本件ライセンス契約上の債務不履行に係る商品というだけでなく、これに付された商標の出所表示主体の品質管理権能を実質的に排除して製造されたものといわざるを得ず、かかる商品に本件被告標章を付する行為は、それがライセンシーであるオシア社によってなされたものであるとしても、適法に商標が付されたものということはできない。
ウ 以上によれば、要件Bについて検討するまでもなく、控訴人が本件商品を輸入したことは、いわゆる真正商品の並行輸入として商標権侵害の違法性が阻却されるものということはできず、控訴人が本件商品を輸入、販売したことは、本件商標権を侵害する行為であったというべきである。
 もっとも、控訴人は、オシア社は本件被告標章を付することを許諾された製造業者であるから、仮に本件ライセンス契約において、オシア社が中国で製造することを許諾されていなかったとしても、同契約の違反によっては、契約当事者の内部的違反が生ずるだけであって、製造地制限条項等に違反したというだけで、直ちに真正商品であることが否定されることにはならないと主張する。
 しかし、本件ライセンス契約の製造地制限条項(2条)及び製造者制限条項(4条)は、前記のとおり、本件商標の出所表示主体が、ライセンス契約によりライセンシーに商品を製造等させる場合に当該商品の品質を管理する上で極めて重要な条項であり、その違反は、単にライセンス契約の当事者間の内部的事項にとどまらず、商標が有効に機能するための基礎を失わせることになるものというべきであるから、このような条項の違反によって製造された商品を真正商品ということはできない。
 そして、需要者の観点からみても、そのような商品に付された商標を見て、当該商標が付された商品は出所表示主体が責任をもって製造した(させた)商品であると誤解してしまうおそれがあるのであるから、かかる商品の流通を防止することは、需要者の利益にもつながるものといえる(なお、本件ライセンス契約で定められた義務にオシア社が違反した場合、FPS社(さらにはFPS社の地位を承継したFPH社)は、本件ライセンス契約を解除できることとなっているが、そのような事後的対処ができることをもって本件商品を真正商品とみることもできない。)。
 また、控訴人は、第三者にはライセンス契約の内容やその違反の有無は明らかになりにくく、そのような条項の違反の有無やその違反の重大性等の抽象的な基準によって真正商品であるか否かが決せられるようになると、並行輸入に係る取引の安全が害されるとも主張しているが、商品の製造地や製造者の問題は、製造者責任とのかかわりを持つ問題でもあるから、輸入業者にとっても比較的関心の深いところであるはずであり、また、当該商品にライセンサーの品質管理権能が及んでいるか否か程度のことであれば、控訴人のようにその製造者であるライセンシーと直接交渉をした者の場合はもとより、その余の転得者にあっても、少なくとも専門の輸入業者である場合は、これを確認する方法がないわけではないと考えられるし、その程度の調査を期待しても酷に過ぎるとも思われない。また、商品が流通するものであることからすると、第三者にとって明らかになりにくいという点は、一般の偽造品であっても同様であり、控訴人の提唱する要件(控訴人の付加主張イ)にしても、結局は、ライセンサーとライセンシー間の契約内容によって左右され得る問題といえるから、調査を要する点では変わりはなく、程度の差異にすぎないというべきである。要するに、このような問題は、損害賠償における過失の有無の判断において考慮することは別論として、商標権を侵害するか否かという違法性の問題において重視することは相当でない。
 さらに、控訴人は、商品の製造地がどこであるかは、食品のような特殊な場合を除き、商品の出所表示機能に直接の関係がないとか、実際にも需要者はそのような点を重視していないなどと主張しているが、本件商品のような、いわゆるブランド物の衣服の場合に消費者が製造地に関心を持たないのが通常であるといえるかは疑問であるし、また、商品の種類によっては控訴人主張のように製造地に関心の薄い場合があるとしても、消費者がこれに関心を持たないでいられるのは、消費者が、商品に付された商標により出所として表示された者の品質管理権能が当該商品に及んでいると考えているからこそであるというべきである。
 なお、控訴人は、ライセンス契約の違反があった場合にも、商標権者において、違反者に対し、準物権たる商標権に基づく差止め請求をすることは格別、損害賠償請求まですることはできないと解すべきである旨主張するが、故意過失の要否の点はともかく、違法性の判断において、両者を区別すべき合理的な理由は見いだせない。」
2 その余の部分の訂正等
(1) 原判決48頁末行から49頁1行目にかけての「(一)の注文確認書」を「(二)の注文確認書」と改める。
(2) 同51頁末行の「乙78」を「乙80」と改める。
(3) 同61頁3行目の「ソーシングハウス」の次に「であるユニバーサル・アジア・インダストリー」を加える。
(4) 同80頁10行目の「商標が」から81頁1行目の「すると、」までを「これが許諾契約の製造地制限条項や製造者制限条項に違反して製造され、当該商品に出所表示主体の品質管理権能が及んでいないといえるような場合は、真正商品とはいえないのであるから、」と改める。
(5) 同84頁4行目の「記載があることをもって」を「記載があることのみをもって」と改める。
(6) 同85頁8行目の末尾に「(ただし、原判決別表売上表1の75の単価の「1、930」は「1、980」の、合計の「−362、840」は「−372、240」の誤りである。)」を加える。
(7) 同86頁1行目の「認める。」の次に「また、24番の商品の品番も同様の誤記と考えられるが、仮にそうでないとしても、被控訴人会社が控訴を提起していない本件においては、後記のとおり、そのことが主文に影響することはない。」を加え、「(甲17ないし62)」を「(甲17〜26、28、29、31〜62)」と改める。
(8) 同89頁7行目末尾に「(ただし、甲16の13番キャルストーリー鳴尾店は2900円として算出した。)」を加える。
(9) 同94頁4行目の「これに対する」の次に「不法行為の後である」を加える。
(10) 同96頁4行目の「認めれない」を「認められない」と、同頁6行目の「認めらず」を「認められず」と各改める。
第4 結論
 以上によると、被控訴人会社の控訴人に対する乙事件請求を一部認容し、控訴人の被控訴人らに対する甲事件請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がない(なお、前記第3の2(7)の点を考慮して計算をし直した場合、認容されるべき損害金は2395万2899円となるが、被控訴人会社は控訴の提起をしていないから、不利益変更禁止の原則に照らし、原判決主文を被控訴人会社の有利に変更することはできない。)。よって、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 竹原俊一
 裁判官 小野洋一
 裁判官 山田陽三


別紙1
 当社らが、「繊研新聞」の平成9年5月20日付紙面において、貴社の販売する並行輸入商品で、中国製の「FRED PERRY」ポロシャツ品番M1200、M3000が偽造品である旨の虚偽の広告を掲載し、貴社の信用を著しく傷つけ、莫大な被害を被らせたことについて、深く謝罪致します。
 平成 年 月 日
ヒットユニオン株式会社
 代表取締役  D
株式会社繊研新聞
 代表取締役  E

株式会社スリーエム殿


別紙2
1 日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞
 (1) 広告の大きさ 全2段
 (2) 使用する活字 見出し、宛て名及び被控訴人らの氏名は4号活字、その他は5号活字
2 繊研新聞社
 (1) 広告の大きさ 全5段
 (2) 使用する活字 見出し、宛て名及び被控訴人らの氏名は4号活字、その他は5号活字
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/