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【事件名】オウム信者のサリン疑惑テレビ報道事件(2)
【年月日】平成14年3月28日
 東京高裁 平成13年(ネ)第4643号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成12年(ワ)第10767号)

判決


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文第1項と同じ。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、被控訴人が、控訴人がテレビ放送をしたニュース番組によって名誉を毀損されたと主張して、控訴人に対し、不法行為に基づき、損害賠償1000万円及びこれに対する遅延損害金、並びに訂正放送をすることを請求した事案である。
 原審は、被控訴人の請求のうち、損害賠償100万円及びこれに対する遅延損害金の請求を認容し、その余の請求をいずれも棄却した。控訴人は、これを不服として控訴をした。
2 争いのない事実等、争点及び当事者の主張
争いのない事実等、争点及び当事者の主張は、次項において当審における控訴人の主張を追加するほか、原判決事実及び理由第2の当該欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。ただし、訂正放送に関する部分を除く。また、原判決2頁20行目の「乙第1号証」を「乙第1、第7号証」に、同頁23行目の「(乙第1、第7号証)」を「(乙第1、第7号証、証人A)」に、同別紙2の1の音声欄の「(A記者)」の発言1行目の「B幹部が」を「B幹部が」に、同8頁12行目の「名誉ではない」を「名簿ではない」に、同12頁18行目の「C」を「D」にそれぞれ改める。
3 当審における控訴人の主張
(1) 本件放送は、「オウムのE被告の長女の側近である女性信者が地下鉄サリン事件以降もサリンの研究をしていた」との印象を一般視聴者に与えたものであって、「アレフが現在もなお組織的にサリン研究を継続して行っている」との印象を一般視聴者に与えたものではない。
(2) オウム真理教に対する国民の恐怖心、不信感は非常に高く、被控訴人の謝罪、組織改革、被害者への補償等によっても、被控訴人に対する社会的評価に大きな変化は生じていない。
(3) 本件放送の内容は、基本的、重要な部分において、本件記者発表に基づくもので、本件記者発表の内容と異なっていない。
(4) 本件放送は、慰謝料をもって賠償させるのを相当とするほど、被控訴人に対する社会的評価を低下させていない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、被控訴人の損害賠償請求は、損害賠償100万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がないので、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次項において当審における控訴人の主張に対する判断を追加するほか、原判決事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」欄に記載するところと同旨であるから、ここにこれを引用する。ただし、原判決19頁5行目の「B幹部」を「B幹部」に、同22頁2行目の「相当程度低下していた」を「相当低いものであった」にそれぞれ改める。同頁7行目の「21ないし29号証」の次に「、第60号証」を加える。同頁19、20行目の「(最判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁)」を「(最高裁昭和41年6月23日第1小法廷判決・民集20巻5号1118頁)」に、同23頁8行目の「サリンや」を「サリンの構造式・特性、」に、同25頁4行目の「20数ページくらいあり」を「20ページくらいあり」に、同頁5行目の「4、5ページである」を「3、4ページである」に、同31頁22行目の「争点3(どうような名誉回復方法を命じるべきか)について」を「争点3(どうような名誉回復方法を命じるべきか)のうち、損害賠償について」にそれぞれ改める。同31頁23行目の「(1) 損害賠償」及び同32頁11行目から同33頁1行目までをそれぞれ削る。
2 当審における控訴人の主張に対する判断
(1) 控訴人は、本件放送により、「オウムのE被告の長女の側近である女性信者が地下鉄サリン事件以降もサリンの研究をしていた」との印象を一般視聴者に与えたものであって、「被控訴人が現在もなお組織的にサリン研究を継続して行っている」との印象を一般視聴者に与えたものではないと主張する。
 しかし、前記1で説示したとおり、本件放送1は、番組冒頭の「衝撃的な情報です。オウムがまだ、サリンの研究を続けていました。」とのキャスターの発言、その後の被控訴人横浜支部前の映像、松本サリン事件の現場の映像、A記者の中継リポートにおける「警視庁公安部では、教団がいまだにサリンに対して強い関心を持っているものとみて警戒しています。」との発言等の事情を総合すれば、本件放送1は、被控訴人が現在もなお組織的にサリン研究を継続して行っていることを一般の視聴者に印象づける内容になっていたということができる。
 なお、控訴人は、被控訴人がオウム真理教の組織を承継したことから、被控訴人をオウムと呼称することがあったとしても、オウムとは、E被告の教えを信仰する者、信仰する者らの組織、又はその総称として使用されており、被控訴人に所属しない信者をも含むものであって、被控訴人と全く同一の意味内容を有する言葉ではないので、「オウムがまだ、サリンの研究を続けていました。」との発言中の「オウム」とは、被控訴人に所属していないオウムの信者を指すものであると主張する。確かに、本件放送1におけるA記者のレポートの中には、「女性信者は、今年1月以降改名した教団には入会していない。」との被控訴人のコメントを伝えている。しかし、上記で述べたキャスターの発言、その後の被控訴人横浜支部前の映像、松本サリン事件の現場の映像及びA記者の中継リポートでの発言を総合すれば、本件放送で使用されていた「オウム」とは、被控訴人を指し、被控訴人に所属していないオウムの信者を指すとは到底いえないというべきである(証人Aも、「オウム」とは、組織としてのオウムと考えられると証言する(同証人調書30頁))。したがって、控訴人の上記主張は、理由がない。
 また、本件放送2については、前述のとおり、サリン生成の化学実験映像を背景にして、「オウムが今もサリンを研究中。・・・驚きの事実、すぐお伝えします。」などのナレーションが流されたものであって、本件放送1と同様に、被控訴人が現在もなお組織的にサリンの研究を継続して行っていることを一般の視聴者に印象づけるものであったというべきである。
 さらに、本件放送3についても、前述のとおり、冒頭のキャスターの「オウムが恐るべきあの研究を今も続けていました。化学兵器サリンです。」との発言、その後に放映された映像、「サリンにもいろいろな種類があるが、化学記号は、松本サリン事件で実際に使われたサリンを生成する過程に沿ったものだった。」、「公安部では、『サリンが作られた形跡はない。』としているが、未だオウムがサリン研究を続けており、新たな知識を得ようとしている証拠として警戒を強めている。」などのナレーション等の事情を総合すれば、本件放送3も、被控訴人が現在もなお組織的にサリン研究を継続して行っていることを一般の視聴者に印象づける内容になっていたということができる。
 以上によれば、本件放送により、オウムのE被告の長女の側近である女性信者が地下鉄サリン事件以降もサリンの研究をしていたとの印象を一般視聴者に与えたということはできず、控訴人のこの点についての主張は、採用することができない。
(2) 控訴人は、オウム真理教に対する国民の恐怖心、不信感が非常に高く、被控訴人の謝罪、組織改革、被害者への補償等によっても、被控訴人に対する社会的評価に大きな変化は生じていないと主張する。
 前述のとおり、国民のオウム真理教に対する恐怖感及び不安感は非常に強く、それを承継した被控訴人に対する社会的評価は相当低いものといわざるを得ない。しかし、米国国務省が被控訴人をテロ組織と指定している(乙17及び18)としても、その根拠は明らかでなく、本件放送当時、被控訴人がサリンの研究を継続しているとの社会的評価が存在していたわけではないから、本件放送によって、被控訴人とサリン研究とを再び結びつけ、一般の視聴者の被控訴人に対する恐怖感及び不安感を高める結果になったということができる。したがって、本件放送は、被控訴人の社会的評価をさらに低下させたものであって、被控訴人の名誉を毀損するものというべきである。
(3) 控訴人は、本件放送の内容が基本的、重要な部分において、本件記者発表に基づくもので、本件記者発表の内容と異なっていないと主張する。
 しかしながら、前述のとおり、本件放送の内容は、本件記者発表の内容をベースにはしているものの、本件記者発表の内容を忠実に放送しているとはいえず、キャスターの発言、映像、字幕及び生中継等によって、本件記者発表の内容を逸脱するものに加工され、本件記者発表の内容と異なるものになったというべきである。したがって、控訴人の上記主張は、採用することができない。
(4) 控訴人は、本件放送が、慰謝料をもって賠償させるのを相当とするほど、被控訴人に対する社会的評価を低下させていないと主張する。
 しかしながら、前述のとおり、本件放送当時の被控訴人の社会的評価は相当低いものであったが、本件放送によってさらにその社会的評価は低下させられたということができ、本件放送の内容、被控訴人の社会的評価の程度等の諸事情を総合的に考慮すると、控訴人に対して命ずるべき損害賠償額は、100万円が相当である。したがって、控訴人の上記主張は、採用することができない。
3 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法67条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第14民事部
 裁判長裁判官 細川清
 裁判官 大段亨
 裁判官 伊藤正晴
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