判例全文 line
line
【事件名】サンダルの商標権侵害事件(2)
【年月日】平成14年3月27日
 大阪高裁 平成13年(ネ)第3490号 商標権に基づく差止請求権不存在確認等本訴、損害賠償等反訴請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成12年(ワ)第9104号、第11201号)
 (平成14年1月16日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(第1審本訴被告兼反訴原告) 大阪ケミカル工業株式会社
訴訟代理人弁護士 小西敏雄
同 力野博之
被控訴人(第1審本訴原告兼反訴被告) 野村ケミカル株式会社
訴訟代理人弁護士 谷口達吉
同 向井理佳
補佐人弁理士 宮崎栄二


主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の本訴請求を棄却する。
3 被控訴人は、原判決添付別紙標章目録記載の標章を付したサンダルを輸入し、譲渡し、引き渡し、又は譲渡若しくは引渡しのために展示してはならない。
4 被控訴人は、控訴人に対し、360万円及びこれに対する平成12年10月18日(反訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 仮執行宣言
 [以下、「第2 事案の概要」及び「第3 当裁判所の判断」の部分は、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」及び「第3 判断」の部分を付加訂正した。ゴシック体太字の部分が、当審において、内容的に付加訂正を加えた主要な箇所である。それ以外の字句の訂正、部分的削除、項目番号の付け替え等については、特に指摘していない。]
第2 事案の概要
 本件本訴請求は、被控訴人が控訴人に対し、控訴人が商標権侵害による差止請求権を有しないにもかかわらず、被控訴人が控訴人の商標権を侵害しているかのような印象を与える通告書を被控訴人の取引先に送付した(不正競争防止法2条1項13号)ことにより損害を被ったとして、不正競争防止法4条本文又は民法709条に基づく損害賠償(576万円及び内金200万円に対する訴状送達日の翌日である平成12年9月2日から、内金376万円に対する請求の趣旨拡張の申立書送達日の翌日である平成13年8月24日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金)を求めるものであり、他方、反訴請求は、控訴人が被控訴人に対し、被控訴人による原判決添付別紙標章目録記載の標章を付したサンダルを輸入し、譲渡し、引き渡し、又は譲渡若しくは引渡しのために展示する行為(以下「輸入行為等」という。)が控訴人の有する商標権を侵害するとして、商標法36条1項に基づく前記輸入行為等の差止めと民法709条、商標法38条3項に基づく損害賠償(360万円及びこれに対する反訴状送達日の翌日である平成12年10月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金)を請求したものである。
 原審は、被控訴人の本訴請求を、控訴人に対し、399万1920円及び内金196万1920円に対する平成12年9月2日から、内金203万円に対する平成13年8月24日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の本訴請求及び控訴人の反訴請求をいずれも棄却したため、控訴人が控訴を提起した。
1 争いのない事実等(末尾に認定根拠の記載があるもの以外は争いがない。)
(1) 被控訴人及び控訴人は、いずれも履物の製造販売等を目的とする株式会社であり、両者は競争関係にある(弁論の全趣旨)。
(2) 控訴人は、次の商標権(本件商標権)を有している。
 登録番号 第4361444号
 出願日 平成11年4月27日(商願平11−38184号)
 登録日 平成12年2月10日
 商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
 第25類 被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、仮装用衣服、運動用特殊衣服、運動用特殊靴
 登録商標 原判決添付別紙登録商標目録記載のとおり(以下「本件登録商標」という。)
(3) 被控訴人は、平成11年12月ころ以降、原判決添付別紙標章目録記載の標章(以下「被控訴人使用標章」という。)を付したサンダルを販売している。
(4) 控訴人は、
ア 平成12年6月17日付け通告書をもって、被控訴人の取引先である「E―STONE」に対し、
イ 同年7月25日付け通告書をもって、被控訴人の取引先である「趣味の店たからや」に対し、
いずれも同人らの販売するサンダルが本件商標権を侵害するとして、同サンダルの販売を停止するように要求した(甲1、4)。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件登録商標と被控訴人使用標章との類否
(被控訴人の主張)
ア いずれも「Q」の文字が他の文字より大きく標記されているものの、同「Q」は何ら図案化されておらず、他に使用されている文字の種類や配列からも、両者の外観は異なる。
イ 本件登録商標は、平易な英単語である「Question」より成るから、これから生ずる称呼は「クエスチョン」のみであって、「Q」と「uestion」に分離して称呼されることはないのに対し、被控訴人使用標章から生ずる称呼は「エヌズモード」であり、両者の称呼も異なる。
ウ 本件登録商標は、「Question」の意味である「質問、問題」という特定の観念が生ずるのに対し、被控訴人使用標章は、造語であり、特別な観念を生ずるものではないから、両者の観念も異なる。
エ 本件登録商標が実際には使用されておらず、その要部が「Question」全体であるのに対し、被控訴人使用標章は、これまで広く使用され、業界ではよく知られた商標であり、その要部は「N'sMODE」である。両標章とも「Q」の文字は図案化されておらず、この文字のみでは何ら自他識別機能はなく、商標の要部とはなり得ないものである。
オ 控訴人のクエスチョンマークは、主として「?」を強調し、ベースとするものであって、Qマークを強調した商標は、本件登録商標が初めてである。これに対して、Qを以前から意識した標章を使っているのは、むしろ被控訴人であり、被控訴人使用標章もその延長線上にあるものにすぎない。
カ 被控訴人は、本訴提起後、本件争いの所在を開示した上で被控訴人使用標章について商標登録出願をし、商標登録を受けている。このことは被控訴人使用標章と本件登録商標が明らかに非類似であることを示している。
キ 当審における追加主張
 両標章を付した商品サンダルの購買層は、10代の若い女性である。この年代の女性は流行に敏感であり、ブランドにも詳しいことから、大きく表示された「Q」のみに着目し、「uestion」、「N’s MODE」を無視し、両標章を類似のものと考え、両者を混同するということはあり得ない。商品を扱っている専門家(問屋筋)においても同様である。
(控訴人の主張)
ア いずれも「Q」の文字が白地に黒文字で他の文字より大きく標記されており、両者の外観は類似する。
イ いずれも「Q」の文字が他の文字に比し非常に大きく、これが認識される(のに比し、他の文字は認識されにくい)から、「キュー」の称呼が生ずる。
ウ いずれも「Q」がサンダルの需要者又は取引者に直感的に知覚され、同一の意義を有するもの観念されるから、両者の観念も類似する。
エ 控訴人は、本件登録商標を平成12年9月以降使用している。履物業界において、本件登録商標は控訴人の商標として広く知られている。被控訴人使用標章の要部は「Q」である。「N'sMODE」が、これまで広く使用され、業界ではよく知られた商標であるとはいえない。
オ 控訴人及び被控訴人の商品はいずれもサンダルで、それらが同一店舗内又は近隣の別々の店舗内で販売され、それらの購買者層は共通していて、その教育度、購入に際しての注意度など取引の状況に基づいて判断すると、両商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるというべきである。現に被控訴人が対象商品を販売したとき、これを見た取引業者の多くは、控訴人の販売した商品と思ったと報告している。
カ(当審における追加主張)
(ア) 商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観、称呼、観念等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考慮すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。
(イ) 本件では、両標章とも「Q」の文字が他の文字に比して非常に大きい。他の文字「uestion」、「N’s MODE」は非常に小さく、人のイメージに作用しにくい表示である。この標章が、サンダルの足のかかとが当たる部分に大きく表示されているのである。そうすると、「Q」が図案化された表示の面がある。そして、商品サンダルは日常雑貨品として価格は安く、主婦や年輩の人が購買層である。そうすると、これらの人がサンダルを購入する場合に、その付された標章のうち、非常に小さな文字「uestion」及び意味のない造語である「N’s MODE」にまで注意を払うことは考えられず、大きな目立つように表示された「Q」に注意を向け、「Q」マーク入りサンダルとして購入するものである。現に控訴人が、平成9年から本件商標を付したサンダルを全国の問屋筋を介して販売していたところ、平成11年12月から被控訴人が、これに便乗しようとして、同じく非常に大きな「Q」の表示を用い、これに非常に小さな造語「N’s MODE」を付加的に表示してサンダルを販売しだしたのである。これに不正競争的意図が窺える。それで問屋等取引者から、被控訴人の標章を付したサンダルについて控訴人に問い合わせが相次いでいたので、実情を聞いてみると、取引者がそのサンダルを初めて見たとき、控訴人のサンダルと思ったというのである。
(ウ) 「Q」の文字を独占させてはならないから、「uestion」の部分にまで要部をもっていく、また「N’s MODE」に要部をもっていくというのは誤りである。本件においては、商品がサンダルであるから、詳しく表示を見ることがなく、したがって、非常に小さくて目に入りにくい「uestion」、「N’s MODE」にまで取引者、需要者の印象、記憶、連想等は働かず、大きな「Q」の表示が印象、記憶に残り、連想されることになる。時を隔てて連想される時点では、「Q」のみが連想され、両者は類似するということになる。
(2) 控訴人における不正競争行為の存否及びこれに関する控訴人の故意過失の有無
(被控訴人の主張)
ア 控訴人は、少なくとも前記争いのない事実等(4)記載の行為により、被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知したのであり、その当時、本件登録商標と被控訴人使用標章が類似しないことを知っていた、又は類似すると考えたことにつき過失があった。
イ(当審における追加主張)
 商標権を有する者が、当該商標権を侵害すると考えられる行為に対して、通告書等を発送する場合には、真に侵害行為に該当するか否かを慎重に判断しなければならない。標章の使用差止め等の請求は、真の侵害行為者に対する場合には、商標権に基づく権利行使になるが、侵害行為と判断したが実はそうではなかった場合には、差止め等の要求は正当な権利行使とは判断されないため、通告をなす者は自己の行為に責任を持たなければならない。特に、通告書を侵害行為者本人にではなく、その取引先に発送する場合には、侵害か否かの判断を誤った場合には、通告が誹謗中傷行為となることをも考慮し、一層慎重な判断がされなければならない。
 控訴人は、「他人が問題となっている標章の付されたサンダルを販売していたので、商標権が侵害されていると判断して、その他人に書面を送っただけ」と主張するが、その判断に誤りがあったことに過失が存するのである。控訴人の判断が誤っていた以上、控訴人は、誤った通告に基づく責任を負わねばならない。さらに、原審認定事実からすれば、遅くとも平成12年7月25日付けで「趣味の店たからや」に通告書を発送した時点では、控訴人は「Q N’s MODE」の標章が付されたサンダルが被控訴人の商品であることを知っていたはずである。それにもかかわらず、控訴人は、被控訴人にではなく、その取引先に通告書を発送しているから、その行為が重大な過失に基づくことは明らかである。
(控訴人の主張)
ア いずれも否認する。控訴人は、前記争いのない事実等(4)記載の行為当時、各通告書の名宛人に対する通告の意思しかなく、同人らが被控訴人の取引先であることを知らなかったから、故意過失はない。
イ(当審における追加主張)
(ア) 控訴人は、本件登録商標について商標権を有するところ、他人が問題となっている標章の付されたサンダルを販売していたので、商標権が侵害されていると判断して、その他人に書面を送っただけである。控訴人については、被控訴人との関係において、不正競争行為をしているとは評価し得ない。
(イ) 被控訴人は、後発者として、そのサンダルに自由に自己の標章を付し得るにもかかわらず、控訴人が先にサンダルに本件登録商標を使用して販売していたところ、その売れ行きが好調とみるや、全く同じ非常に大きな「Q」マークを付け、目立たないように造語の「N’s MODE」を非常に小さく表示している標章を付して同じサンダルを販売し始めた。これは控訴人の信用にただ乗りしようとするもので、このような行為をしている者が不正競争防止法上の救済を求めることは、信義誠実の原則に反し、許されない。
(ウ) 控訴人の平成12年6月17日付け「E−STONE」への書面発送行為と被控訴人の受けた損害との間には因果関係がない。株式会社マイカル(以下「マイカル」という。)の返品行為は、「E−STONE」への書面発送行為とは関係がなく、返品、売場閉鎖はマイカルが独自に行ったものである。 「E−STONE」への書面発送行為を不法行為とするならば、控訴人には、被控訴人に対する不正競争行為についての過失はない。
(3) 被控訴人の損害
(被控訴人の主張)
 576万円(2000000+500000+1260000+2000000。附帯請求の起算日を訴状送達日の翌日とするものが後記ア、請求の趣旨拡張の申立書送達日の翌日とするものが同イないしエである。)
ア 返品等による損害
 200万円(廃棄処分した返品商品155万9520円、返品送料15万円及び返品しない代わりのペナルティ料30万2400円の合計額の内200万円)
イ ネーム張替のための外注費
 50万円
ウ 値引販売による損害
 126万円(1足当たり600円×2100足)
エ 弁護士費用及び弁理士費用
 200万円(各100万円)
(控訴人の主張)
 いずれも知らない。
(4) 控訴人の損害
(控訴人の主張)
 360万円(2000×180000×0.01)
ア 被控訴人使用標章を付したサンダルの平均売価は2000円である。
イ 被控訴人の現在までの同サンダルの販売数は18万足である。
ウ 本件商標権の使用料相当額は販売額の1%である。
(被控訴人の主張)
 いずれも知らない。
(5) 差止めの必要性
(控訴人の主張)
 被控訴人は本件商標権侵害の事実を争っており、差止めの必要性がある。
(被控訴人の主張)
 被控訴人による本件商標権侵害の事実がない以上、差止めの必要性もない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件登録商標と被控訴人使用標章との類否)について
(1) 本件登録商標は、ローマ字大文字の「Q」を明朝体又はこれに類する字体で大きく記載し、その右下にローマ字小文字の綴り「uestion」を筆記体で小さく横書きして成るものである。本件登録商標においては、「Q」の部分が、他の部分と比較して非常に大きいため、「Q」の部分が目立つようになっているものの、「Q」は、ローマ字大文字1文字にすぎず、字体も太文字の明朝体又はこれに類するものにとどまり、特別な図案化(甲8参照)もされておらず、それのみでは、極めて簡単、かつ、ありふれた記載である。他方、他の部分と合わせ見る場合、本件登録商標は、「Question」という比較的平易な英単語であって、全体として一つの英単語であるとの認識が容易に生じ、「クエスチョン」という称呼が生じ、そこから「質問、疑問」という特定の観念が生じるものと認められる。
 また、控訴人は、本件登録商標以外にも、「Question mark」の文字と「?」のマークを組み合わせ、あるいはこれを図案化した指定商品を履物等とする3種類の登録商標の商標権を有しており(乙1〜3)、これらの登録商標を付した厚底のサンダル等の履物を平成6年ころから販売し、多額の宣伝広告費を投入するなどした結果、これらの登録商標は、「クエスチョンマーク」ブランドとして、需要者(10代の女性)や取引者の間で広く知られるに至っている(乙4の1〜5、乙6、8、弁論の全趣旨)。そうすると、需要者が、本件登録商標に接した場合には、控訴人の一連の「クエスチョンマーク」ブランドの一つである「Question」という商標として認識し、それによってその出所を識別するとみるのが相当である。「証明書」(乙5の1〜48)や、陳述書(乙10)中これと異なる趣旨の部分は、既に判示した点に照らして採用することができない。
(2) これに対し、被控訴人使用標章は、ローマ字大文字の「Q」を明朝体又はこれに類する字体で大きく記載し、その下にローマ字大文字、小文字とアポストロフィーで構成される綴り「N'sMODE」をゴシック体で小さく横書きして成るものである。被控訴人使用標章は、全体として、何らかの特定の意味を有する言葉ではなく、文字の配置から、「Q」と「N'sMODE」という2つの言葉を組み合わせたものとの認識が生じ、「キュー、エヌズモード」という称呼が生じるといえるが、そこから特定の観念が生じるとは認められない。
 もっとも、被控訴人使用標章においては、「Q」の部分が他の部分と比較して大きく記載されている点は本件登録商標と共通するが、「Q」の部分自体は、極めて簡単、かつ、ありふれた記載にすぎないから、独立して出所識別性があるとはいえず、「N'sMODE」という特定の観念を有さない造語と一体となって、当該商品の出所を識別し得る表示となっていると認められる。そして、前記のとおり、被控訴人使用標章から「クエスチョン」という称呼や「質問、疑問」という特定の観念が生じるとは認め難い以上、被控訴人使用標章を付した商品に接した需要者がこれを控訴人の「クエスチョンマーク」ブランドの一つと誤認混同する可能性は乏しいといわざるを得ない。
(3) そうすると、被控訴人使用標章は、外観、称呼及び観念のいずれの点でも本件登録商標と異なり、本件登録商標に類似しているとはいえない。
 このことは、被控訴人が、平成12年8月2日、本件登録商標の存在を指摘した上で、被控訴人使用標章について指定商品を第25類、靴類、げた、草履類として商標登録出願をし、同年10月27日、商標権の設定登録がされた(甲6、7、甲21の1)ところ、控訴人において、被控訴人使用標章は先願である本件登録商標に類似するとして登録異議の申立てをしたものの(乙11)、平成13年5月22日、両標章が類似するとはいえないとして、被控訴人使用標章の商標登録を維持する旨の決定がされた(甲21の1・2)ことからも裏付けられるところである。
 したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件商標権に基づき、被控訴人使用標章の使用の差止めを請求することはできない。
2 争点(2)(控訴人における不正競争行為の存否及びこれに関する控訴人の故意過失の有無)について
(1) 前記第2の1の事実に証拠(各項に記載したもののほか、甲20)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被控訴人使用標章を使用した被控訴人製品は、被控訴人から株式会社神谷(以下「神谷」という。)へ、神谷からマイカルへと順次販売されていたところ、平成12年6月ころ、マイカル担当者は、控訴人社長と称する人物(疑わしい点がないとはいえないが、同人物が控訴人代表者であったと認めるに足りる証拠はない。)から、上記被控訴人製品は本件商標権侵害のおそれがあるから、気をつけた方がよい旨の警告を電話で受けたことがあった。マイカルにおいて、その真偽を調査しようと考えていたのと相前後して、控訴人は、本件を弁護士に委任の上、平成12年6月17日付け通告書(甲1)を被控訴人の取引先である「E―STONE」に送付した。同通告書には、被控訴人使用標章が本件商標権を侵害することのほか、@直ちに被控訴人使用標章を付したサンダルの販売を停止せよ、A販売停止の有無、当該サンダルの仕入先、仕入開始時期、仕入数及び仕入額を一週間以内に回答せよ、B販売停止及び回答がない場合は、法律上の手続を執る旨が記載されていた。この通告書送付の事実は、当業界内に広く知られるところともなった。
イ そこで、マイカルは、平成12年6月22日付けで、各販売店(合計44店)に対し、被控訴人使用標章を使用した被控訴人製品は商標権侵害のおそれがあるため、即刻、その直接の仕入先である神谷に全部返品するように指示した。そのため、被控訴人使用標章を使用した被控訴人製品は、前記各販売店から神谷へ、同社から被控訴人へと順次返品されるに至った。この返品のため、マイカルの売場が閉鎖されたところもあった。(甲12、13の1〜47、14、15の1〜3、22)
ウ 控訴人は、被控訴人の代理人(本件訴訟代理人)作成に係る平成12年6月23日付け「御通知」と題する反論書を受領した後、これに対する再反論を記載した平成12年7月10日付け通告書(甲2)を被控訴人に送付した際、同通告書には、被控訴人使用標章の使用差止めと損害賠償請求を予告しながらも、上記書面を受領するまでは被控訴人がそのメーカーであることを知らなかった旨が、また、被控訴人の平成12年7月19日付け回答書を受領した後、これに対する反論を記載した平成12年7月25日付け再通告書(甲3)を被控訴人に送付した際、同通告書にも、当該サンダルには被控訴人の名前の表示がなく、控訴人には被控訴人の営業を妨害する意向は全くない旨がそれぞれ記載されていた。
エ ところが、控訴人は、前記ア記載の通告書と同内容の平成12年7月25日付け通告書(甲4)を被控訴人の他の取引先(「趣味の店たからや」)に再度送付していた。この間、控訴人が、その被通知者の取引の相手方の営業妨害とならないように配慮した形跡はみられない。
(2)ア 上記(1)の認定事実に前記1の判断を総合すると、「E―STONE」及び「趣味の店たからや」に対する各通告書の送付は、被控訴人使用標章が本件登録商標に類似しないにもかかわらず、被控訴人使用標章が本件商標権を侵害する旨の内容を告知し、流布させた限りにおいて、前記第2の1(1)のとおり競争関係にある被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、かつ、流布したものとして、不正競争防止法2条1項13号にいう不正競争行為に該当することは明らかである。
イ 控訴人は、前記各通告書を送付した当時、各通告書の名宛人に対する通告の意思しかなく、同人らが被控訴人の取引先であることを知らなかった旨を主張する。しかし、前記(1)ウの被控訴人の代理人である弁護士作成に係る平成12年6月23日付け反論書は、控訴人の被控訴人に対する通告書に対する反論として作成されたものと推認されるところ、同通告書に対する被控訴人の社内での検討、弁護士である被控訴人訴訟代理人との検討及び反論書起案の期間等を考慮すると、控訴人の被控訴人に対する当初の通告は、甲1の通告書が「E―STONE」に送付された同月17日ころに行われたものといえ、控訴人は、甲4のみならず甲1の通告書の送付時点でも、既に、送付先が販売しているサンダルの製造元が被控訴人であり、同サンダルに被控訴人使用標章が付されていることを把握していたものと認められるから、控訴人の前記主張を採用することはできない。
ウ また、控訴人は、控訴人が先に本件登録商標を付して販売したサンダルの売れ行きが好調とみるや、被控訴人において被控訴人使用標章を付したサンダルを販売し始めたのは、控訴人の信用にただ乗りしようとするもので、このような行為をしている被控訴人が不正競争防止法上の救済を求めることは、信義誠実の原則に反し、許されない旨主張する。
 しかしながら、前記第2の1(2)のとおり、本件登録商標が商標登録出願されたのは平成11年4月27日であり、商標権の設定登録がされたのは平成12年2月10日であるが、控訴人が本件登録商標を付したサンダルを販売するようになったのは、同年9月からである(乙10)ところ、前記第2の1(3)のとおり、被控訴人が被控訴人使用標章を付したサンダルを販売するようになったのは平成11年12月ころ以降であるから、実際の標章を付した商品の販売においては、むしろ被控訴人の方が先行していたものであり、さらに、控訴人が雑誌における控訴人製品の広告に本件登録商標を使用したのは、早くて平成12年11月ころからであると認められる(乙4の5、弁論の全趣旨)。
 したがって、控訴人の上記主張は前提を欠くものであり、その他、本件記録を精査しても、被控訴人の本訴請求が信義誠実の原則に反することを窺わせる事情は見当たらないから、控訴人の上記主張を採用することはできない。
エ 進んで本件不正競争行為に関する控訴人の故意過失の存否について検討するに、被控訴人使用標章による本件商標権侵害の事実がなかったにもかかわらず、この点の判断を控訴人において誤り、当該事実がある旨の虚偽の事実を告知、流布したことは明らかであるから、他に特段の事情のない限り、虚偽事実の告知及び流布に関し控訴人に少なくとも過失があったものと推認するのが相当である。しかるところ、前記(1)認定の事実によれば、控訴人は、商標権侵害の可否という法的紛争を法律の専門家である弁護士に事前に相談した点は一応考慮に値するものの、この一事をもって過失を否定する事情というには足りず、他に証拠上特段の事情を窺わせるものはない。
オ したがって、控訴人は、被控訴人に対し、前記控訴人の不正競争行為により被控訴人が被った損害を賠償すべき責任がある。
3 争点(3)(被控訴人の損害)について
(1) 返品等による損害 196万1920円
ア 証拠(甲13の1〜47、14、15の1〜3、16、20)及び弁論の全趣旨によれば、争点2で判示した控訴人の不正競争行為による被控訴人への返品に際し、その送料は、当業界の慣行上、被控訴人の負担とされたこと、返品を受けたこれらの商品は、返品のための運送等が度重なり、値札を付けるためのロックス(プラスチック製の白い細い糸状のもの)との摩擦により、同商品の傷みが激しく、通常ルートで販売することができなくなったこと、そこで、被控訴人は、奈良県内の処理業者に依頼して当該商品(合計1815足であり、その合計引取金額は155万9520円である。)を廃棄処分せざるを得なくなったこと、また、取引関係者からの順次返品の過程で発生したペナルティ料(30万2400円)も、商品違いの名目をとりながらも、最終的には被控訴人が負担するものとされたことの各事実が認められる。これに対し、控訴人代表者の陳述書(乙12)中、控訴人の不正競争行為とは異なる原因による返品の可能性を指摘する部分はあるが、前掲各証拠に比し、特段の根拠を有するものではなく、上記認定を覆すには足りない。
イ 前記認定の事実によれば、廃棄処分した返品商品、返品送料、ペナルティ料のいずれも控訴人の不正競争行為と相当因果関係のある損害ということができるものの、このうち、返品送料については、少なくとも前記ア認定の数量の返品についての送料である以上、相応の金額に達することは推認するに難くないものの、当裁判所からその算出根拠となる書証の提出を求められながら、被控訴人において合計3万9680円の返品送料を示す書証(甲23の1・2)を提出するにとどまる点を考慮して、これを控えめに算定し、被控訴人主張金額である15万円の3分の2に当たる10万円をもって相当と認める。
 以上の点に関する損害の合計金額は、次式のとおり196万1920円である。
 1559520+150000×2/3+302400=1961920
(2) ネーム張替のための外注費 42万円
ア 証拠(甲17の1〜3、20)によれば、争点2で判示した控訴人の不正競争行為により被控訴人が返品を受けた商品のうち再度販売に付すことが可能なものについては、「Q N'sMODE」のネームを張り替える取引上の必要が生じたこと、被控訴人は、この張替作業を、4人の者(時給950円1人、850円2人、不明1人)に外注し、これら4人は、週約48時間の作業を行い、約3週間で同作業を終えたことが認められる。
イ 前記認定の事実によれば、ネーム張替のための外注費も控訴人の不正競争行為と相当因果関係のある損害であることは明らかであるものの、その算定の基礎となる具体的数値を前記以上に詳らかにし得ない本件においては、これを控え目に次式のとおり算定し、42万円の限度をもって相当と認める。
 (950+850+850+850)×48×2.5=420000
(3) 値引販売による損害 126万円((880-280)×2100)
ア 証拠(甲18〜20)によれば、争点2で判示した控訴人の不正競争行為により、被控訴人は、発注先の中国工場から問題視されたネーム部分を貼り替えた商品を遅れて受領したため、値引(この点については、被控訴人は損害として主張しない旨を明らかにしている。)等の販売努力を尽くしたものの、サンダルという夏季に需要が集中する商品の性質上、季節遅れや納期遅れを理由として、当該販売シーズンで完売するには至らず、合計2100足(1足当たり880円)を次期販売シーズンにおいて1足当たり280円に値引した上で販売せざるを得なくなったことが認められる。
イ 前記認定の事実によれば、被控訴人主張の値引相当額は控訴人の不正競争行為と相当因果関係のある損害であり、その具体的な損害額も、他に特段の反証のない本件においては、被控訴人主張額の126万円をもって相当と認める。
(4) 弁護士費用及び弁理士費用 35万円
 本件不正競争行為と相当因果関係に立つ弁護士費用及び弁理士費用としては、本件事案の難易、請求額、認容額、その他諸般の事情を考慮し、35万円をもって相当と認める。
(5) 以上合計 399万1920円(1961920+420000+1260000+350000)
第4 結論
 以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、399万1920円及び内金196万1920円に対する訴状送達日の翌日である平成12年9月2日から、内金203万円に対する請求の趣旨拡張の申立書送達日の翌日である平成13年8月24日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、控訴人の被控訴人に対する反訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないこととなる。
 よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 竹原俊一
 裁判官 小野洋一
 裁判官 西井和徒
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/