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【事件名】壁面墓地アイデアの不正競争防止法事件
【年月日】平成14年3月19日
 東京地裁 平成13年(ワ)第20027号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成14年1月31日)

判決
原告 株式会社桃源舎
訴訟代理人弁護士 伊関正孝
同 高橋利全
被告 東京都
指定代理人 江村利明
同 松下博之
同 伊藤博之


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1)被告は、別紙物件目録記載の墓石を製造し、使用し、譲渡し、貸渡し、譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
(2)被告は、前項の墓石を廃棄せよ。
(3)被告は原告に対し、1億円及びこれに対する平成13年10月3日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件において、原告は、別紙物件目録記載の墓石(以下「被告墓石」という。)を販売等している被告の行為が訴外A及び訴外Bの有する営業秘密を使用した不正競争行為に当たり、同営業秘密とその損害賠償請求権、不当利得返還請求権をA及びBから原告が譲り受けたと主張して、被告に対し、不正競争防止法2条1項7号、4項、3条、4条に基づき、被告墓石の製造、譲渡等の差止め及び損害賠償(予備的に不当利得返還)を請求している。これに対して、被告は、原告主張の情報は不正競争防止法上の営業秘密に該当しないなどとして、これを争っている。
1 前提となる事実(当事者間で争いのない事実及び各文末尾記載の証拠によ り認められる事実)
(1)A及びBは、いずれも墓石に関する意匠である登録番号第769545号、同号の類似1、第814770号、第968966号の各登録意匠の意匠権を共有しており、Aは、同様の意匠である登録番号第832357号、同号の類似1、同号の類似2、第987301号の各登録意匠の意匠権を有している(甲1〜8〔意匠公報〕)。
(2)被告は、新形式の墓地について検討した結果、壁墓地を採用することにし、東京都八柱霊園等において約1万基の壁墓地の販売(使用許可)をし、現在も販売中である。
2 争点
(1)原告主張の情報は不正競争防止法2条1項7号、4項にいう「営業秘密」に該当するか。(争点1)
(2)被告が壁墓地を販売する行為は、原告の営業秘密を使用した行為といえるか。(争点2)
(3)原告は、A及びBから、権利の譲渡を受けたか。また、原告は、権利の譲渡を被告に主張できるか。(争点3)
(4)原告主張の差止請求権及び損害賠償請求権は、時効又は除斥期間の経過により消滅しているか。不当利得返還請求権についてはどうか。(争点4)
(5)損害額又は損失額はいくらか。(争点5)
3 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(原告主張の情報は不正競争防止法2条1項7号、4項にいう「営業秘密」に該当するか。)
【原告の主張】
 不正競争防止法にいう「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいうところ、原告の有する後記の情報は、この要件を満たしている。
ア 本件情報について
 A及びBが保有していた情報(以下「本件情報」という。)は、次のような内容であったところ、A及びBは、昭和61年2月、被告に対し、本件情報について説明するとともに、甲1、2(意匠公報)に掲載されている図面等を提出した。
(ア)名称 壁面墓地
(イ)形状 碑面は、正面から見て縦長の長方形、側面から見て柱ないし縦長の直角三角形。カロート部分は地下に埋設されている。
(ウ)特徴 単独でも用いることができるが、2連ないし3連以上の多連にすることによって墓地の省スペース化をより一層図ることができる。
 そして、昭和58年、わが国における墓地不足の深刻化を背景に、厚生省環境衛生局は、C大正大学教授を主任研究者とする研究班に墓地不足問題の現状分析等を委託し、同研究班は、約1年後の昭和59年春ころ、「今後は納骨堂を伸ばさざるを得ない。」との結論をまとめた(甲9)。ところが、マンションを連想させる納骨堂では、お墓の感じがしない、などの問題がつきまとっていた。この問題を解決したのが、A及びBによる壁面墓地という画期的なアイデアであった(本件情報)。したがって、本件情報には有用性がある。
イ 秘密管理性の要件について
 A及びBは、本件情報の図面等が第三者に閲覧されることのないようにしており、第三者による本件情報の利用をより確実に排除するために、昭和61年1月から、同人らが案出した壁面墓地につき意匠登録出願を次々に行った。A及びBの意匠登録出願は、保護を受けるべき情報と保護を受けない情報を截然と区別させるに足る措置であるから、秘密管理性の要件を満たす。また、A及びBは、被告に対し、本件情報の採用を希望し説明したが、被告は、その際に、本件情報が営業秘密であることの認識はできたはずである。
ウ 非公知性の要件について
 本件情報は、不特定かつ多数の者が知っていたものではなかった。専門家であるC教授でさえ、A及びBが被告に本件情報を提案して説明する前は、知らなかった。したがって、被告による営業秘密使用行為の当時、本件情報は、非公知性の要件を満たしていた。
【被告の主張】
 本件情報は、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当しない。
 一般に、ある情報が不正競争防止法にいう「営業秘密」に該当するといえるためには、当該情報が有用性、秘密管理性、非公知性の3つの要件を満たす必要があるところ、本件情報の壁墓地がいかなる意味で有用性、秘密管理性の要件を満たすのか明らかでないし、もとより壁墓地の利用形態等からすれば、その性質上、壁墓地の形状等の特徴に関する情報が秘密管理性を有したり非公知性の要件を具備するとは考えがたい。そもそも、Aが被告に対し本件情報について説明するとともに提出したとする図面は、意匠公報に掲載されている図面である。
(2)争点2(被告が壁墓地を販売する行為は、原告の営業秘密を使用した行為といえるか。)
 【原告の主張】
 Aは、昭和61年2月、被告に対し、本件情報について説明するとともに、甲1、2に掲載されている図面等を提出した。被告は、これにより本件情報について知り、かかる本件情報を使用して壁面墓地を販売等するに至った。この被告の行為は、不正競争防止法2条1項7号に該当する。
【被告の主張】
 被告が、本件情報を使用して壁面墓地を販売等するに至ったとの原告主張は否認する。Aが被告に提出したと主張する図面(甲1、2)と、被告が設置した壁墓地とは、全く形態が異なる。
(3)争点3(原告は、A及びBから権利の譲渡を受けたか。また、原告は、権利の譲渡を被告に主張できるか。)
【原告の主張】
 原告は、平成13年6月4日、A及びBから、本件情報につきその損害賠償請求権、不当利得返還請求権と共に信託譲渡を受けた(甲16)。
【被告の主張】
 被告は、A及びBから本件情報につきその損害賠償請求権、不当利得返還請求権を原告に譲渡したとの通知(民法467条)を受けていないから、原告は、当該債権譲渡を被告に主張できない。
(4)争点4(原告主張の差止請求権及び損害賠償請求権は、時効又は除斥期間の経過により消滅しているか。不当利得返還請求権についてはどうか。)
【被告の主張】
 差止請求権は、営業秘密の使用行為が継続する場合に、その営業秘密の保有者がその事実及び侵害者を知ったときから3年間行使しないときは時効によって消滅する(不正競争防止法8条)ところ、本件訴訟提起は平成13年9月28日であるから、本件ではすでに時効が完成している。被告は、消滅時効を援用する。また、差止請求権は、侵害行為時から10年間の経過によって除斥期間の経過により消滅する(同条)ところ、被告が壁墓地の募集を実際に開始した平成3年8月(乙2)から10年間を経過した後である平成13年9月28日に本件訴訟が提起されている。
 また、損害賠償請求権についても、不正競争防止法4条ただし書によれば、同法8条の規定によって差止請求権が消滅した後の営業秘密の不正使用行為による損害については損害賠償請求を行うことができないから、差止請求権の3年間の時効が完成した後の損害について損害賠償請求をすることはできない。差止請求権の3年間の時効が完成する前の損害に係る損害賠償請求権については、3年間の経過により消滅時効が完成している(民法724条)。被告は、消滅時効を援用する。
 原告は、被告が数次に分けて行っている壁墓地の募集ごとに、それぞれ独立した侵害行為と評価すべきと主張するが、失当である。営業秘密の使用行為は基本的に継続性を有する行為であることなどに鑑みれば、差止請求権の対象となる行為を考えるに当たっては、第三者が同一の営業秘密を使用するものであるかどうかを検討すれば足りるというべきであって、同一の営業秘密を使用する行為である限り、同一の差止請求権の対象となる一個の行為と解すべきことは明らかだからである。
 また、原告は、被告の消滅時効の援用は信義則に反し許されないと主張するが、被告はAらの要求を一貫して明確に拒否してきたところであり、公的機関であるからという理由で時効援用が許されなくなるという理由もないから、失当である。
 さらに原告は、差止請求権の除斥期間の起算点である「行為の開始の時」(不正競争防止法8条)を、少なくとも被告と利用者の契約が締結されたときと考えるべきと主張するが、失当である。遅くとも、外部的に営業秘密が第三者により使用されていることが客観的に推知できる状態になれば、営業秘密の保有者等の差止請求権が発生し権利行使が可能というべきであるから、その時点から除斥期間を起算すべきであって、同起算点を原告主張のような遅い時点と解する理由はない。しかるに、被告は、平成3年4月には、都営八柱霊園及び小平霊園に建設を進めていた壁墓地の完成についてプレス発表を行っており(乙3)、外部的にも壁墓地の形式を明らかにしているから、営業秘密を使用する「行為の開始の時」は、遅くとも平成3年4月である。
 なお、平成2年法律第66号による改正後の不正競争防止法において新たに規定された営業秘密に係る不正競争行為のうち、平成3年6月15日(平成2年法律第66号による改正後の不正競争防止法の施行日)前から営業秘密を使用する行為を同日以降に継続する行為については、差止請求権(3条)、損害賠償請求権(4条)等の規定は適用されない(平成5年法律第47号による改正後の不正競争防止法附則4条)から、原告の不正競争防止法に基づく差止請求及び損害賠償請求は、その点においても既に失当である。
【原告の主張】
 被告は、原告の差止請求権が不正競争防止法8条に定める消滅時効、除斥期間の経過により消滅したと主張するが、失当である。
 被告は、被告による侵害行為が1個のものであることを当然の前提にしている。しかし、例えば乙2に示される霊園の募集は、小平霊園の350箇所と八柱霊園の100箇所にすぎないのに、現在まで少なくとも1万基を下らない壁墓地が販売されているから、被告による募集は何次かに分けてなされたものと考えられる。そして、この場合の被告の各募集行為は、募集要項を異にするそれぞれ独立した侵害行為と評価すべきである。
 また、仮に被告の侵害行為が1個のものと評価されるとしても、本件では、被告の消滅時効の援用は信義則に反し許されない。すなわち、Aは、相手が信用ある公的機関であることから、最終的には話し合いによる解決ができると信じて、平成5年から同10年までの間、交渉を継続してきたものであるし、Aとしては、公的機関である被告が時効消滅を主張するとは到底思わなかったのであり、このような事情がある本件においては、被告の消滅時効の援用は信義則に反する。
 また、不正競争防止法8条の「行為の開始の時」とは、少なくとも被告と利用者の契約が締結されたときを指すと解すべきであるから、多数の利用者のうちの最初の申込を基準とするなどの被告主張は失当である。
(5)争点5(損害額又は損失額はいくらか。)
【原告の主張】
 被告は、東京都八柱霊園などにおいて1万基を下らない数の壁面墓地を販売し、現在も販売中である。1基当たり販売価格は75万円〜100万円であり、1基当たりの利益は販売価格の7%であるから、5万2500円〜7万円である。したがって、被告の得た利益は、5億2500万円を下らない(不正競争防止法5条1項)。
【被告の主張】
 被告が、東京都八柱霊園等において約1万基の壁墓地の販売(使用許可)をし、現在も販売中であることは認め、その余は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告主張の情報は不正競争防止法2条1項7号、4項にいう「営業秘密」に該当するか。)について
 不正競争防止法2条4項には、営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう、と規定されている。
 そこで検討するに、原告は、昭和61年2月、Aが被告に対し、本件情報について説明するとともに、甲1、2(意匠公報)に掲載されている図面等を提出したと主張するところ、甲1、2はいずれも特許庁が発行する意匠公報であって、それぞれ平成元年9月7日、同月19日に発行されているから、甲1、2の意匠公報の図面は、少なくとも前記各日以降は、公知の情報となっていたと認められる。そして、A及びBの保有していた情報における壁墓地の形状の内容が、被告に対する説明の際に提出された甲1、2の図面に記載されたもの以外にも及ぶと認めるに足りる証拠はないから、本件情報は、甲1、2の図面に記載されたものに限定されるというほかない。そうすると、少なくとも甲1、2の意匠公報の発行日である前記各日以降においては、本件情報が「営業秘密」に当たらないことは明らかであるから、本訴各請求のうち差止請求については、この点においてすでに失当である。
 そして原告は、秘密管理性の要件に関連して、A及びBは、本件情報の図面等が第三者に閲覧されることのないようにしており、第三者による本件情報の利用をより確実に排除するために、昭和61年1月から、同人らが案出した壁面墓地の意匠登録出願を次々に行ったと主張する。そして甲1〜8をみると、AないしA及びBが、壁墓地の墓石に関し、昭和61年1月、同63年3月、平成元年10月、同5年8月、同7年7月と意匠登録出願をしていることが認められる。しかしながら、意匠登録出願行為は、通常、意匠が登録され、権利化されることを欲して行うものであるところ、権利化されれば意匠公報に掲載されて公知の情報になるに至ることは出願人であれば当然認識していることというべきである。そうすると、このように将来公知の情報となるようにさせる行為である意匠登録出願行為を次々に行ったことをもって、秘密管理性の要件が満たされるということは到底できない。原告は、秘密管理性の要件を満たす事由について、意匠登録出願を次々に行ったと述べるほかは、A及びBが、本件情報の図面等が第三者に閲覧されることのないようにしていたと抽象的に述べるのみで、何ら根拠となる具体的事実に
ついて主張立証しないから、本件情報が同要件を満たすということはできない。
 したがって、他の要件について検討するまでもなく、本件情報は「営業秘密」に該当しないというべきである。
2 争点2(被告が壁墓地を販売する行為は、原告の営業秘密を使用した行為といえるか。)について
 上記によれば、その他の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないというべきであるが、付加的に、争点2についても判断する。
 原告は、昭和61年2月、Aが被告に対し、本件情報について説明するとともに、甲1、2に掲載されている図面等を提出し、被告は、これにより本件情報について知り、かかる本件情報を使用して壁面墓地を販売等するに至ったと主張する。そして、本件情報のうち壁墓地の形状の内容については、「碑面が正面から見て縦長の長方形、側面から見て柱ないし縦長の直角三角形、カロート部分は地下に埋設されている。」もののうち、Aが同時に被告に提出したと主張する甲1、2の図面に表されるものに限定されるというべきであることは上述したとおりであるところ、甲1、2の意匠公報の図面と被告墓石及びこれを撮影した写真(甲15)とを対比すれば、両者の形状が全く異なっていることは明らかである。
 なお、念のため、甲1、2の意匠権(第769545号、同号の類似1)以外にA及びBが出願した意匠権(第814770号、第832357号、同号の類似1、同号の類似2、第968966号、第987301号)の意匠公報(甲3〜8)の図面を、原告が被告墓石の形状として主張する別紙物件目録の図及び被告墓石の写真(甲15)と対比してみても、その形状は全く異なっていると認められる。
 したがって、このように本件情報の壁面墓地の形状と被告墓石の形状とが全く異なっている以上、被告が壁墓地を販売する行為が、原告の営業秘密を使用した行為であるということはできず、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。したがって、この争点に関する原告主張も理由がない。
3 結論
 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 和久田道雄
 裁判官 田中孝一
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