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【事件名】「週刊新潮」の亀井静香政調会長名誉毀損事件
【年月日】平成14年2月26日
 東京地裁 平成12年(ワ)第21357号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して、500万円及びこれに対する平成12年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社新潮社は、同被告が発行する週刊誌「週刊新潮」に、別紙1(1)記載の謝罪文を別紙1(2)記載の条件で1回掲載せよ。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを20分し、その1を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して、1億円及びこれに対する平成12年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社新潮社は、同被告が発行する週刊誌「週刊新潮」並びに朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞及び産経新聞の各朝刊全国版社会面の広告欄に別紙2(1)記載の謝罪広告を別紙2(2)記載の条件で各1回掲載せよ。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
4 第1項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、衆議院議員である原告が、被告株式会社新潮社(以下「被告会社」という。)の発行した週刊誌「週刊新潮」(2000年10月12日号、以下「本件週刊誌」という。)に掲載された記事により名誉を毀損されたとして、被告会社、編集担当者の被告b及び取材担当記者の被告cに対し、連帯して、不法行為に基づく損害賠償として1億円及びこれに対する本件週刊誌の発売日である平成12年10月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、併せて被告会社に対し、謝罪広告の掲載を求める事案である。
2 争いのない事実
(1) 原告は、昭和54年の初当選以来衆議院議員を務め、平成6年に運輸大臣、平成8年に建設大臣を歴任し、平成12年10月4日当時、自由民主党政務調査会長であった。
 被告会社は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社で、本件週刊誌を発行しており、被告bは同誌の編集・発行人であり、被告cは後記(2)の記事の取材をした担当記者である。
(2) 被告会社は、平成12年10月4日発売の本件週刊誌の142頁から144頁に、「aと逃亡中のd『修善寺』の密会現場」の見出しで、原告が平成11年9月25日修善寺温泉の旅館で逃亡中の刑事被告人dと密会した(以下「本件密会」という。)との事実を摘示する記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、これを全国で販売した。
3 争点
(1) 本件記事による名誉毀損について免責されるか。
ア 被告らの主張
 本件記事が原告の名誉を毀損するとしても、以下のとおり、被告らは免責され、不法行為責任を負わない。
(ア) 公共の利害
 本件記事で報じた、現職の衆議院議員である原告が逃亡中の刑事被告人dと密会したという事実は、公共の利害に関する事実である。
(イ) 公益目的
 本件記事の掲載は、興味本位の私的な目的ではなく、専ら公益を図る目的を有するものである。
(ウ) 真実性又は真実と信じる相当の理由
 本件記事を掲載した経緯は以下のとおりであり、本件記事の内容は真実である。仮にその真実性を証明できないとしても、以下の経緯に照らせば、被告らがこれを真実と信じたことにつき相当の理由がある。
 週刊新潮編集部は、平成9年ころから原告とdとの密接な関係に関する記事を掲載してきたが、捜査当局において、原告と保釈中に逃亡したdとの関係に関心を持って内偵しているとの情報を入手し、関連記事を掲載するとともに関連取材を続けた。週刊新潮編集部は、平成12年4月ころ、警視庁及び東京地方検察庁(以下「東京地検」という。)の複数の捜査関係者から、原告が平成11年秋ころ伊豆周辺の高級旅館でdと密会したとの情報を入手し、追跡取材の結果、平成12年9月ころまでに、密会の時期は平成11年9月の最終の週末である同月25、26日で、その場所は静岡県修善寺町所在の旅館e(以下「本件旅館」という。)であることを把握した。
 被告cら担当記者2名は、平成12年9月21日、本件旅館を訪れ、帳場責任者fに対し、原告が平成11年秋来訪していないか尋ねた。fは、来訪していないと答えたが、顔をこわばらせ、唇を震わせるなど不自然な様子を取った。上記担当記者らは、その折りの現地取材により、@本件旅館の女性事務員から、原告が平成11年9月ころ本件旅館を利用したとの情報を、A本件旅館の元従業員甲(仮称)から、平成11年9月の国会閉会の際、本件旅館の休憩室で、原告の居室を担当した仲居のgから「前夜原告が数名の連れと宿泊し、その翌朝原告に黄色のネクタイが似合うとほめたら、原告はまんざらでもない様子で、パチンコに行くと言って出かけた」旨聞かされたとの情報を得た。
 その後、担当記者らは、取材源の捜査関係者に対し、個別に取材し、@原告が本件旅館から帰京する際パチンコ屋に立ち寄ったこと、Adが捜査官に対し本件密会を認める供述をしたこと等の裏付けとなる情報を取得した。
 編集部は、以上の経緯により、本件密会について事実であると確信し、本件記事を掲載した。
(エ) 本件記事の取材源について
 被告らは、取材源秘匿の要請から、担当記者の取材した捜査関係者等の氏名、官職等を明らかにできないが、これによって証明力が失われることにはならない。
 被告会社は、週刊新潮で、本件記事以前に捜査関係者の情報をもとに5回にわたり、原告とdとの関係に関する記事を掲載したが、その中には後に刑事事件の公判等において証明された事実もあり、捜査関係者の情報の信用性は高い。原告とdに関する一連の記事の担当記者3名は、従前から信頼関係にある捜査関係者から、本件密会の情報を入手し、警視庁及び東京地検の複数の捜査関係者からも取材をした。本件記事は、これらの情報を照合し、現地取材を経て掲載された。本件記事に関する情報をもたらした捜査関係者8名中7名は、dの保釈中に逃亡した事件の捜査に関与しているか、捜査内容を知り得る立場にあった。殊に、被告cの取材源である警視庁関係者4名は、警部ないし警部補の地位にあって上記逃亡事件の捜査に従事しており、そのうち1名は本件旅館で働いていた女性から本件密会現場を目撃したとの情報を直接得ていた。
 上記のとおり、本件記事の取材源は、dの逃亡事件を捜査中で、同人の動向を最も正確に把握し得る警視庁及びその報告を受けている東京地検の複数の捜査関係者である。これにより入手した情報は、異なる側面から捜査を進めた複数の捜査関係者の情報が一致しており、その内容も詳細かつ具体的であり、情報提供者の氏名等が明らかにされなくても、十分証明力を有する。
 取材に応じた本件旅館の元従業員甲は、本件旅館の元仲居で、原告の居室を担当した仲居と親しく、休憩室で前記の情報を得る立場にある。このような甲から取得した前記情報は、その内容が具体的かつ詳細であるから、甲の氏名が明らかにされなくても、証明力は十分である。
イ 原告の反論
(ア) 真実性について
 本件記事は、全部真実に反する。すなわち、本件記事によれば、原告は、平成11年9月25日夕刻、本件旅館に入館、投宿し、翌26日昼ころパチンコをすると行って出掛けたとあるが、原告の当日の行動は、以下のとおりであり、本件記事の行動とは両立せず、本件記事が偽りであることが明らかである。
 原告は、平成11年9月25日午後5時から東京都新宿区内のホテルで開かれた財団法人hの道主継承祝賀会に出席し、その後、同日午後9時ころまで東京都港区内の中華料理店で食事をして、議員宿舎に帰宅し、翌26日には午前11時30分から午後3時まで東京都港区内のスポーツクラブを利用している。
 原告が本件旅館を訪れたのは平成9年だけであり、平成11年9、10月ころ伊豆方面を訪れていない。
(イ) 真実と信じる相当の理由について
 被告らは、捜査関係者に取材して原告とdとの密会の情報を入手したと主張するが、当該情報は捜査機関の公式発表には全く含まれていないし、その非常識な内容からしてまともな情報源とは考えられず、被告らがその取材源の氏名等を明らかにしない以上、当該情報が信じるに値するとは認められない。また、被告らは複数の捜査関係者の情報が一致していると主張するが、情報源が同一人物に由来するとすれば、信用性を高める理由にはならない。
 上記情報の裏付け取材は、被告らの主張内容それ自体に照らしても、本件旅館の帳場責任者において本件密会の事実を明確に否定したことを顧慮せず、一従業員にすぎない者の話を信用しており、根拠薄弱である。
 また、本件旅館の女性事務員は、取材の翌日には前言を訂正して宿泊の事実を否定しており、元従業員甲が話を聞いたという原告の居室を担当した仲居のgは、平成11年9月当時、本件旅館を退職しており本件密会当日に居合わせることはありえない。
 本件旅館の関係者に対する取材によって、dが本件旅館を訪れた事実について、何ら裏付けを得ていない。
 以上のとおり、被告らは、捜査関係者と称する者の一方的な情報に無警戒、無批判に依拠して、十分な裏付け取材を怠った結果、事実無根の本件記事を掲載しており、本件密会を真実と信じたことにつき相当の理由はない。
(2) 原告の損害額及び謝罪広告の要否
ア 原告の主張
 本件記事は、逃走中の刑事被告人との密会という犯罪に問われかねない事実を3頁にわたる長文で、時系列に沿って詳細かつ克明に報じており、一般読者が誤信する可能性が高い上、他の政治家の疑惑に関する報道と比べても特異な内容で、他誌に本件記事を後追いする記事が出るなど反響が大きく、原告の精神的苦痛を金銭に換算すると、1億円を下らない。
 本件記事の悪質さ、反響の大きさのほか、原告が刑事告訴や本件訴訟を提起したことを報じた全国紙には、被告会社のコメントとして、本件記事につき十分な裏付け取材をしており、内容には自信があるとの記事が掲載されており、原告の名誉を回復するためには、週刊新潮に加え、全国紙各紙の社会面に謝罪広告を掲載する必要がある。
イ 被告らの主張
 争う
第3 当裁判所の判断
1 本件記事の掲載について
 証拠(甲1)によれば、本件記事は、原告が平成11年9月25日修善寺温泉の旅館で逃亡中の刑事被告人であるdと密会したとの事実を主な内容としており、全体として、一般読者に対し、本件密会が事実であるとの印象を与えており、本件記事の掲載は、原告の社会的評価を低下させる事実の摘示にあたり、原告の名誉を毀損することは明らかである。
2 争点(1)(名誉毀損についての免責の成否)について
(1) 他人の名誉を毀損する行為については、当該行為が公共の利害に関する事実にかかり、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、違法性を欠き、その事実が真実であることが証明されなくても、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、故意又は過失がなく、不法行為は成立しないものと解される(最高裁判所昭和41年6月23日第1小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。
(2) 前記第2の2のとおり、本件記事は、自由民主党の要職にある現職の衆議院議員である原告と、逃亡中であった刑事被告人のdとの密会に関する記事であるから、その内容が公共の利害に関することは明らかであり、被告会社の出版社としての目的、週刊新潮における本件記事の掲載方法及び本件記事の内容に照らせば、本件記事の掲載が専ら公益を図る目的に出たものと認めることができる。
(3) 真実性について
ア 証拠(甲13の1、甲15、16、乙46から48まで、証人i、同j、同f、被告c本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件記事の掲載に至る経緯は、次のとおりである。
(ア) 週刊新潮編集部では、特集記事を担当する特集班として、企画ごとにデスクを責任者とする3名又は4名の取材班を編成し、デスクにおいてその取材結果をとりまとめて記事を作成する方法をとっていた。
(イ) 前記特集班デスクのi(以下「iデスク」という。)は、平成11年3月ころから原告とdとの関係について情報を入手して取材していた。週刊新潮編集部は、保釈中に逃亡したdが平成11年11月5日東京都内で警視庁に身柄を拘束されたのを契機に、dの逃亡中の動向や原告とdとの関係について、iデスクを責任者とし、被告c及びj記者(以下「j記者」という。)をメンバーとする取材班を編成して本格的に取材を進めることにした。
 iデスクは、警視庁の捜査員A及びBに取材し、原告の秘書に対する事情聴取について情報を得て、週刊新潮平成11年12月2日号で「どんな『深い関係』なのか dとa代議士」との見出しの記事を掲載したほか、警視庁捜査員Cに取材して得た情報をもとに、週刊新潮平成12年3月16日号で「追いつめられたa代議士秘書とd『逃走資金の怪』」との見出しの記事を掲載するなど、取材を進めながら随時記事を作成したが、その過程で、平成12年4月下旬ころ、上記Cから、原告とdが旅館で密会しているとの情報を得た。
(ウ) 被告cは、平成12年4月ころ、数年来情報交換して信頼関係があり、前記秘書に対する事情聴取についても情報を得ていた警視庁の警部又は警部補クラスの捜査員Eから、原告がお忍びで利用している旅館で働いている女性から得た情報により、原告が平成11年逃亡中のdらしき人物とともに旅館に一緒に来たとの情報を入手した。被告cは、その後、現職捜査官に影響力がある警視庁OBに紹介された警視庁の警部又は警部補クラスの捜査員Fから、密会の時期は秋ころで、場所は修善寺であるとの情報を入手し、上記Fから紹介された東京地検との連絡窓口の部課に所属する警視庁の警部又は警部補クラスの捜査員Gから、本件密会の情報が東京地検に報告され、同地検の指揮下で捜査しているとの情報を入手した。被告cは、上記Eから紹介された警視庁の警部又は警部補クラスの捜査員で上記情報源の女性から直接事情を聴取したHから、この女性が原告の居室担当の仲居と親しい間柄で、原告とdの密会を直接目撃していること、再度原告とdが密会したときに備えてこの女性にカメラを持たせたことがあること、密会の時期は平成11年9月で、密会の場所は具体名を挙げた4軒の旅館のうちの1つであること、捜査員の間では、情報源はいずれも同じで、旅館で働いている女性であること等の具体的な情報を入手した。
 被告cは、平成12年8月ころ、5、6年にわたり情報交換していた東京地検の捜査担当の関係者Iから、本件密会について同地検でも報告を受けており、逃亡幇助として捜査が進められる見通しであるとの情報を得て、本件密会が事実であると確信した。
(エ) j記者は、平成12年4月以降、原告に関する資金の流れを中心に取材を進め、同年8月ころ、約3年にわたり情報交換していた検察関係者Kから、dが東京近郊の旅館で原告と会ったと供述しており、逃亡幇助にあたるかもしれないとの情報を入手した。
(オ) iデスクは、被告c及びj記者から、原告とdの密会について取材結果の報告を受け、3名が独自に捜査関係者から取材した内容が一致しているとみて、取材班として本格的にこれを取り上げることを決め、密会の日時及び場所の特定について取材を進めた。被告cは、平成12年9月ころ、前記Eから、密会の日時は平成11年9月の最終週の土曜日から日曜日にかけてで、密会の場所は本件旅館であり、原告は翌午前中本件旅館近くのパチンコ店を訪れたとの情報を入手した。
(カ) 被告c及びj記者は、平成12年9月21日、本件旅館を訪れて、帳場責任者のfに対し、原告が平成11年秋本件旅館を訪れたかどうかを尋ねた。fは、原告はここ3年は本件旅館に来館しておらず、平成11年秋宿泊したことはなく、dらしき人物も本件旅館に宿泊したことはないと答えた。
 被告c及びj記者は、退去する際、本件旅館の女性事務員から、原告が平成11年秋ころ本件旅館を訪れたようであると聞き、続いて本件旅館の元従業員甲に対し、甲の自宅で取材し、原告が同年秋の国会閉会中、本件旅館を訪れたとの情報を得るとともに、甲から聞き出した本件旅館の仲居のgの自宅を訪れたけれども、同人には取材に応じてもらえなかった。
 被告cらが同月22日本件旅館の前記女性事務員に再び取材すると、同人は、態度を変え、前言を翻し、原告が平成11年秋ころ本件旅館を訪れたことを否定した。
 被告c及びj記者は、同月23日、fに対し再び取材したが、fは、先日同様、原告及びdが平成11年中本件旅館を利用したことはないと説明した。
 j記者は、同月23日に元従業員甲に電話で取材し、本件旅館の休憩室で、gから、原告が宿泊の翌朝にパチンコに行くと言って出掛けたとの話を聞いたとの情報を得たほか、翌24日に再度甲に電話で取材し、gが、原告に黄色のネクタイが似合うとほめたら、原告はまんざらでもない様子だったと言っていたのを聞いたとの情報を得た。
 一方、iデスクは、同月22日、本件旅館の女将の東京都内にある自宅を訪れ、同人に対し、原告が平成11年秋本件旅館を訪れていないか取材した。同女将は、原告は最近では2年前に本件旅館に来たのが最後であり、それ以降は来ていないと答えた。
(キ) iデスクは、被告cとj記者から現地取材の結果報告を受けて、改めて前記C及び警視庁捜査員Dに取材し、本件密会事実については東京地検に報告した上で捜査中であることを確認した。また、被告cも、前記Eらに対し現地取材の内容に基づき再度取材し、裏付けが得られたものと判断した。
イ 証拠(甲2の1、2、甲13の1、甲15、16、25、証人f)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) fは、前記のとおり、平成12年9月21日及び同月23日の2回にわたって本件旅館で被告c及びj記者から取材を受けた後、本件旅館のパート従業員のkから電話で、週刊誌の記者が自宅に取材に来たとの報告を受けた。fは、本件旅館の従業員のlに電話をかけて取材の有無について尋ね、記者にパチンコのことなどを聞かれたとの話を聞いた。fは、本件記事の掲載後、gから電話があり、自分は取材に対し余計なことは答えていないとの報告を受けた。
(イ) 被告cは、平成12年9月末又は10月初めころ、原告の事務所に対し、原告とdとの関係、経緯について伺いたいとの取材申込みのファックスを送ったが、原告からは何らの応答もなかった。
(ウ) 原告は、本件週刊誌の発行された翌日の平成12年10月5日、本件記事は事実無根であり、同日週刊新潮の関係者を刑事告訴し、今後民事訴訟を提起する意向であるとの内容の声明文を発表した。
(エ) 捜査機関は、現在まで本件密会の事実を窺わせる内容を公表していない。
ウ 原告は、本件記事の当日の行動について、平成11年9月25日午後5時から東京都新宿区内のホテルで開かれた財団法人hの道主継承祝賀会に出席し、その後、同日午後9時ころまで東京都港区内の中華料理店で食事をし、議員宿舎に帰宅し、翌26日午前11時30分から午後3時まで東京都港区内のスポーツクラブを利用しており、本件旅館に行ったことはないと説明し、これを証するものとして公設第2秘書のm作成の陳述書(甲2の1)等を提出する。
 証拠(甲3、4の1から3、甲5の1、2、甲6から9まで)によれば、原告主張のとおり平成11年9月25日午後5時財団法人hの祝賀会に出席し、来賓として挨拶をしたことが認められる。
 原告が同日午後6時ころから午後9時ころまで港区内の中華料理店で食事をしたことについては、原告の署名によると推認される同料理店でのクレジットカードの利用伝票(利用日時を機械印字により、99年9月25日20時58分50秒とある加盟店控えのもの)が提出されている(甲10の1から7まで)。原告が翌26日午前11時30分から午後3時まで港区内のスポーツクラブを利用したという点については、原告の署名入りの受付カード(機械印字により99年9月26日午前11時30分とあるもの)と同じく原告の署名入りの退出時の明細書(機械印字により99年9月26日15時00分とあるもの)が提出されている(甲11の1から4まで)。
エ 以上によれば、本件密会に関するiデスク、被告c及びj記者の取材は、捜査関係者(特にC、D、E、F、G、H、I、K)からの情報提供に大きく依拠していることが認められるが、これら捜査関係者の所属、階級、氏名等は何ら具体的に明らかにされていないため、その情報の正確性について判断することは困難である。
 次に、本件密会を裏付けるために行われた現地取材についてみると、原告が平成11年秋本件旅館を訪れたという元従業員甲の情報は、その氏名、職場での担当等が明らかにされていないため、情報の正確性について判断し難いのみならず、その内容自体も原告の居室担当の仲居というgからの伝聞であり、gが取材に応じていないし、本件旅館の帳場責任者であるfにおいて、原告は平成11年中に本件旅館を利用したことを否定していること等を考慮すると、甲の前記情報については正確性があるとまでは認め難い。
 また、本件密会の相手方であるdが訪れたことについては、被告らの取材によっても何ら裏付けが得られていないと認められる。
 帳場責任者であるfは、原告が平成11年秋本件旅館を訪れたことを明確に否定し、原告は、本件週刊誌発行後、直ちに本件記事は事実無根であるとして法的措置を講ずる旨の声明文を出しており、現在まで捜査機関が本件密会に関する何らかの公式な発表等をしたことはなく、他に本件密会の真実性を裏付けるに足りる証拠もないこと、本件記事のある原告の行動とは相容れない原告の当日の行動について、一応の裏付けとなる証拠が提出されていることなどを総合すれば、本件密会が真実であると証明されたとは認められないというべきである。
(4) 真実と信じる相当の理由について
ア 前記のとおり、本件記事の最も重要な根拠とされたのは、iデスク、被告c及びj記者がそれぞれ捜査関係者(特にC、D、E、F、G、H、I、K)から提供された情報であり、当該情報を真実と信じる相当の理由の有無を判断するについては、当該捜査関係者の地位、所属部署、関連事件の捜査への関与の程度、当該情報の根拠、裏付けの程度、記者にその情報を提供した趣旨、意図等が、重要な要素であると考えられる。しかしながら、本件では、捜査関係者の氏名、所属等が何ら明らかにされておらず、捜査関係者に情報をもたらした者についても本件旅館の関係者であると示唆されているものの、その氏名や職場での担当等は明らかにされていないため、上記要素について客観的に判断することは困難である。
 本件旅館の関係者に対する取材についてみると、原告が平成11年秋本件旅館を訪れたという情報を提供した元従業員甲について、氏名や職場での担当等が具体的に明らかにされていないから、上記と同様にその情報を真実と信じる相当の理由の有無を客観的に判断することが困難である上、元従業員甲の情報それ自体も担当仲居からの伝聞であり、その担当仲居という者からの取材も得られなかった。被告cらの現地取材の結果によれば、本件旅館の女性事務員は、いったん原告が平成11年秋に本件旅館を訪れたことを認めたが、翌日これを撤回しており、本件旅館の帳場責任者f及び女将は、本件密会は無論のこと、原告が平成11年に訪れたこと自体を明確に否定しており、他に関係者から原告の来訪を裏付ける情報を得られなかったのみならず、dの来訪に関してはこれを裏付ける情報は全く得られていない。3名の担当記者がそれぞれ別の捜査関係者から情報を入手してはいるが、その情報源は、いずれも同一人物と思われる本件旅館で働いていた者からの情報に由来している可能性がある。
 上記諸事情によれば、信頼関係にあったd逃亡事件の捜査関係者からの情報であって、従前から同人らからの情報の信頼性が高いものとして扱ってきたことなどの被告らの主張する事情を考慮しても、結局、被告らにおいて本件密会を真実と信じるについて相当の理由があったとは認め難い。
イ 被告らは、取材源である捜査関係者等について、ジャーナリストとしての取材源秘匿の要請により明らかにできないが、取材源の地位、捜査との関係等は、取材した記者らがそれぞれ信頼できる情報である旨証言、供述していることをもって、本件記事の真実性や真実と信じる相当の理由があることについての証明力は十分であると主張する。
 民主主義社会において取材の自由は極めて重要な価値を有しており、取材源秘匿の要請は、取材の自由の一環として民事訴訟においても極力尊重されるべきである。しかしながら、それは取材源についての釈明、証言、供述の拒絶が許されるに止まり、報道側が立証責任を有する事実について相手方の不利益において立証の程度を緩和させるものではない。前記のとおり、本件において、捜査関係者等の情報が真実と信じる相当の理由の有無は、情報源の属性を踏まえて客観的・総合的に判断されるべき事柄であり、この点が明らかにされないのみならず、これ以外の諸点を考慮しても、前記のとおり、本件記事の真実性や真実と信じる相当の理由があることは認められないというべきである。
(5) 以上によれば、被告らの主張する本件記事の掲載についての免責の抗弁は理由がなく、被告らは、原告に対し不法行為に基づき損害賠償等の責任を負う。
3 争点(2)(原告の損害額及び謝罪広告の要否)について
(1) 争いのない事実(前記第2の2)と証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば、本件記事は、紙面上部に見開き2頁にわたり「aと逃亡中のd『修善寺』の密会現場」との大きな見出しを掲げ、原告の顔写真、dと女性の写真及び本件旅館の写真を配置し、一般読者に対し、著名な政治家である原告が逃亡中の刑事被告人dと修善寺で密会していたとの印象を強く与える上、本文においても、原告が修善寺の最高級旅館でdと密会したとの状況が具体的かつ写実的に記述され、警視庁幹部や東京地検の関係者等が上記密会の事実を明かしたと記載されているなど、一般読者に対し、本件記事の内容が真実であると強く印象づけるものと認めることができる。また、本件記事が掲載された週刊新潮は、公称60万部の発行部数を誇る著名な週刊誌で、全国で販売されており、社会的影響力も小さくない。
 逃亡中の刑事被告人との密会という本件記事の内容は、これが真実であるとすれば、原告は、場合によっては刑事責任を問われたり、政治生命を失う事態が生じたりするおそれもあり、要職を歴任した現職の衆議院議員である原告が受けた名誉侵害の程度は甚大であり、本件記事の掲載後において、特段の名誉回復の措置が取られた形跡はない。
(2) 以上の本件不法行為の態様、被害の程度、被害回復の状況、原告の社会的地位等の諸事情を総合すれば、原告が本件記事の掲載された本件週刊誌の発行により受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては500万円が相当であり、さらに、被告会社に対し、原告の名誉を回復するための措置として、週刊新潮に別紙1(1)記載の謝罪文を別紙1(2)の条件で1回掲載することを命じるのが相当であり、新聞の謝罪広告を命じるまでの必要性は認められないというべきである。
4 結論
 以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、連帯して、慰謝料500万円及びこれに対する不法行為の日である平成12年10月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告会社に対し、「週刊新潮」に別紙1(1)記載の謝罪文を別紙1(2)の条件で1回掲載することを求める限度において理由があるから認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文、61条、65条1項本文を、仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第28部
 裁判長裁判官 小島浩
 裁判官 佐藤和彦
 裁判官 澤田久文


(別紙1)
(1)
謝罪文
 週刊新潮2000年10月12日号の142頁から144頁に、「aと逃亡中のd『修善寺』の密会現場」との見出しで、a氏が平成11年9月25日に修善寺の旅館で逃亡中のd被告人と密会したとの内容の記事を掲載しましたが、この記事は事実ではありませんでした。
 この記事により、a氏の名誉及び信用を毀損して、ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。
 株式会社新潮社
 代表取締役 n
(2)
掲載場所 いずれかの同一の頁内
使用活字 「謝罪文」の見出し 12ポイントのゴチック体活字
その余の文字 記事本文において通常用いられている活字

(別紙2)
(1)
謝罪広告
 当社は平成12年10月4日発売の週刊誌「週刊新潮」10月12日号の142頁乃至144頁において、『aと逃亡中のd「修善寺」の密会現場』との見出しで、a氏に関して、同氏が平成11年9月25日、修善寺の旅館で、逃亡中の刑事被告人のdと密会した旨の記事を掲載しましたが、これらは事実無根の虚偽の記事でありました。
 これによりa氏の名誉及び信用を著しく毀損して、同氏に多大なご迷惑をおかけいたしましたので、右訂正するとともに深くお詫び申し上げます。
 平成  年  月  日
 株式会社新潮社
 代表取締役 n
 a殿
(2)
掲載場所 「週刊新潮」においては、いずれかの頁1面
 各新聞朝刊全国版社会面広告欄においては、2段抜き
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