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【事件名】ニュース映像の名誉毀損事件(テレビ西日本)
【年月日】平成14年2月21日
 福岡地裁小倉支部 平成13年(ワ)第800号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成13年12月26日)

判決


主文
1 被告は原告会社に対し、金150万円及びこれに対する平成13年4月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告会社のその余の請求及びその余の原告らの各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを200分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告会社に対し金3億2173万円、原告Aに対し金1000万円及び原告Bに対し金500万円並びにこれらに対する平成13年4月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、被告が全国に配信したテレビニュースにおいて犯罪容疑者に逮捕状が出された旨を放映した際に、犯罪とは関係のない原告会社店舗の映像を放映したため、あたかも原告会社が上記犯罪ないし容疑者と関係があるかのような誤解を視聴者に与え、このため原告会社は名誉信用を害されて売上減少の損害を受け、原告会社の代表取締役であるその余の原告らも多大な精神的苦痛を受けたと主張して、被告に対し、それぞれ損害賠償を請求した事案である。
2 争いのない事実、証拠(甲イ1、2の(1)ないし(4)、3、4、5の(1)ないし(3)、6、7の(1)、(2)、8、9、10の(1)ないし(3)、14ないし18、19の(1)ないし(4)、20、22の(1)ないし(6)、23、24、28、乙1の(1)、(2)の■、■、2、原告兼原告代表者A本人)及び弁論の全趣旨により認められる事実
(1) 当事者(争いがない。)
 原告会社は絵画の販売等を目的とする株式会社であり、原告Aは原告会社の代表取締役社長、原告Bは代表取締役専務である。
 被告は、一般放送事業等を目的とする株式会社であり、株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」という。)のいわゆる系列の地方テレビ局で、「テレビ西日本」との名称(略称「TNC」)でテレビ番組を放送している。
(2)ア 原告会社は、平成12年ころまで北九州市a区所在の北九州プリンスホテル内の店舗(以下「本件店舗」という。)のほか、同市b区及び熊本県内に各1店舗の合計3店舗において絵画等を販売していたが、熊本県内の店舗は同年8月ころ、北九州市b区内の店舗は同年11月ころ閉鎖した。
 また、原告会社は、これら自社の店舗以外に、九州各県を中心としたギャラリーやイベント会場等において絵画等の臨時販売を行うこともある。
イ 本件店舗は、屋上に角錐のテント型のオブジェが数基設置され、側面の壁は青地で、角にモザイクのあしらわれたショーウィンドーの上下枠付近に黄色と水色の線が入り、ガラス戸の玄関や壁面数か所に「ギャラリーCSM」というロゴマークが記載されている。
 原告会社は、全国の取引先や顧客に、本件店舗の外観やロゴマークが入ったパンフレット等を配布していた。
(3) 被告による取材状況等
 被告報道局報道部の記者Cは、平成13年4月当時、北九州市在住の男性Dが平成12年3月上旬ころから行方不明となっていた事件(以下「本件事件」という。)について取材活動を行っていたところ、同月8日ころ、本件店舗に取材に訪れ、原告会社従業員に対し、本件事件に関しDのことを詳しく分かる者がいないか尋ね、当該従業員が、今日は分かる者がいない旨回答したため、そのまま退去した。
 同月10日ころ、Cは、本件店舗に電話し、本件事件について話を伺いたいとして、Dが本件店舗において絵画を購入したことを尋ねたが、応対した同店店長Eは、Dが絵画を購入したことはあるが、その件については顧客のプライバシーに関わるため口外できない旨回答した。
(4) 本件放送
 平成13年4月19日午前11時30分からのフジテレビ系列全国版ニュース「スピーク」の中で、被告がフジテレビを通じて配信したニュースが以下のとおり放映された(以下「本件放送」という。)。
ア 最初に男性キャスターの映像が映され、同キャスターは「次のニュースです。福岡県北九州市の男性が去年3月から行方不明になっている事件で、警察はこの男性の知人2人が事件に関与した疑いが高いとの見方を強め、詐欺等の容疑で2人の逮捕状を取りました。福岡からお伝えします。」と述べた。
イ 次に、Dのアパートの映像に切り替わり、女性アナウンサーが「この事件は北九州市c区の52歳の男性が去年3月から行方不明になっているものです。この男性は画廊開設を目指して自宅を売却し、準備を進めていましたが、不動産会社との電話を最後に行方不明となり、親族が捜索願いを出しています。警察で捜査を進めた結果、画廊経営を持ちかけた北九州市c区の」と述べたところで、本件店舗の全体が写された映像に切り替わり、画面上段に「男性不明事件 2人に逮捕状」との字幕が、同下段に「男性と取り引きがあった画廊 北九州市a区」という字幕が表示された。
ウ ここで、アナウンサーの「絵画リース業F容疑者ら2人が」という音声とともに、映像が本件店舗入口付近の近景に切り替わり、「この男性の行方不明後に男性の名義で金融機関から融資を受けていたことが分かり、詐欺と有印私文書偽造等の容疑で」という音声が続き、本件店舗の入口付近の映像とともに「逮捕状 F容疑者(53)、G容疑者(58)」の字幕が表示され、次いで本件店舗の全体の映像に再度切り替わり、「今日までに逮捕状を取ったものです。」という音声が流された。
エ 最後に小倉北警察署建物の映像に切り替わり、アナウンサーが「警察は別の詐欺事件で起訴され、現在公判中の2人を近く逮捕し、男性の行方不明事件について解明を進めることにしています。」と伝えて放送が終了した。
(5) 原告会社とD及び上記容疑者らとの関係
 Dは、平成11年9月、原告会社から12万円の絵画を1枚購入したことがある。上記(4)の容疑者2名は、原告会社との間で、取引その他業務上、業務外いずれにおいても交渉をもったことはない。
(6) 本件放送当日の原告会社に対する問い合わせ及び被告の対応等
ア 本件放送があった直後の平成13年4月19日午後零時ころ、東京都中央区dにある原告会社の取引先である株式会社アートアンドシーの社長は、原告Aに対し、知り合いから原告会社がテレビに出たと連絡を受けたが、誰か逮捕者が出たのかと電話で問い合わせた。本件放送を見ていなかった原告Aは、事情が分からず、同社長に対し、その話を詳しく聞いておくよう頼んで電話を切った。
 同日午後零時30分ころ、東京都世田谷区eにギャラリーを構える株式会社アートワークスのHは、原告Aに対し、電話で、同社販売員Iが、テレビのニュースで原告会社の店舗が映っており、誰かが捕まったらしいが、沖縄のイベントは大丈夫かと聞いてきたが、原告会社従業員が何かしでかしたのかとの趣旨の問い合わせをした。
イ 同日午後1時ころ、原告Aは上記株式会社アートワークス販売員Iに電話して事情を尋ね、本件放送が全国に放映されたことを知った。
 原告Aは直ちにフジテレビに問い合わせ、配信元が被告であることを告げられ、一度取材に来たCに電話し、なぜ原告会社の映像を使ったのかと問い質すと、同記者は、被害者Dが原告会社の顧客である旨の回答をした。原告Aが、絵を1枚買った顧客が取引先か、数千人いる顧客の1人にすぎず、また、逮捕された2人はうちとは全く関係ないのに、なぜうちの映像を使うのか、といった発言をすると、Cは、上司から連絡させる旨答えて電話を切った。
ウ 同日午後1時30分ころ、被告の記者Jから原告Aに対し、夕方のニュースの映像を差し替えて、お詫びのコメントをキャスターに読ませる旨の電話があった。
 同日午後6時からのフジテレビ系列のニュース番組「スーパータイム」の九州ないしその周辺地域のいわゆるローカル版において、本件事件の報道放送の最後に、「お昼のニュースの中で映像を使用した画廊が今回の事件に直接関わっていたような印象を与えたことについてお詫びいたします。」とのコメントがなされた。
(7)ア 本件放送翌日の平成13年4月20日、被告報道局報道部長K及び同部のL編集長は、原告会社において、原告Aに対し、本件放送について謝罪するとともに、放送の経過と上記(6)ウの訂正放送について報告したが、原告Aは同人らの謝罪に納得しなかった。
イ 同年5月7日、Kは、原告会社において、原告Bに対し、本件放送に関する被告報道局長名の詫び状を交付した。その内容は、本件放送は警察情報等の取材に基づいて放送したものの、行方不明男性が絵画を1度購入しただけのギャラリーCSMの外観の映像を使用し、「取引先の画廊」と字幕を出して、視聴者にCSMが事件に関係したかのような印象を与えたことについて、慎重さを欠いた対応であったことを深く反省し、CSM関係者並びに関連先に多大な迷惑をかけたことをお詫びし、今後CSMの映像は使用しないことを約束するというものであった。
 原告会社は、この詫び状をファックスにより仕入先約10社に送付した。
ウ Dは、同年5月に山口県の山中で遺体で発見され、本件事件は殺人、死体遺棄事件に発展した。
エ 原告会社は、同月下旬ころから、被告に対し、本件放送による被害の補償として原告会社の年商の半分である2億5000万円相当の絵画を購入するなどの措置を要求し、また、同年6月20日、被告の社長らを業務妨害容疑で刑事告訴し、さらに、同年7月13日、本件民事訴訟を提起した。
3 争点及び当事者の主張
(原告ら)
(1) 本件放送の権利侵害性
 原告会社では、全国の取引先や顧客に、本件店舗の外観やロゴマークが入ったパンフレットなどを配布しているところ、本件放送では、原告会社の特徴のある建物やロゴマークの入った入口ドアなどの遠景、近景の映像が逮捕状が発布された容疑者の名前とともに映し出されており、原告会社の取引先や顧客を含めた視聴者が、原告会社について当該容疑者や詐欺、偽造と関係があると判断することは明らかであり、本件放送は原告会社の名誉ないし信用を侵害する違法な行為である。
 被告は、原告会社に被害が及んでもやむを得ないと考え、本件放送を全国に放映したもので、組織体として未必の故意による不法行為責任を負い、そうでないとしても、十分な取材活動に基づき、事実を確認した上で、放送対象となった者の名誉ないし信用を損なわないようにすべき注意義務に違反した過失による不法行為責任があり、また、本件放送の作成・配信担当者の不法行為についての使用者責任も負っている。
(2) 損害
ア 原告会社の損害
 本件店舗は原告会社の中核であり、本件放送があるまでは、ここ数年間月平均で2000万円強の売上げであったところ、本件放送後売上が激減し、平成13年5月は前年同月比の85%減、同年6月は前年同月比の約75%減となった。本件店舗の過去3年間の平均粗利益は年間1億9028万円であり、本件放送後1年目は60%、2年目は40%、3年目は20%の減収が避けられないため、減収合計は3年間で2億2833万円(1億9028万円×120%。千円以下切り捨て。以下同じ)となる。
 また、原告会社のイベント部の過去3年間の平均粗利益は年間1億5568万円であり、本件放送後3年間は20%以上の減収が避けられないため、減収合計は3年間で9340万円(1億5568万円×60%)となる。
 以上の合計額3億2173万円が原告会社の被った損害である。
イ 原告A及び原告Bの損害
 原告Aは原告会社の代表取締役社長として、原告Bは原告会社の代表取締役専務として、いずれも本件放送後の対処に多大な時間を費やし、計り知れない心痛を味わい、原告Aは胃潰瘍、原告Bは自律神経失調症となってしまったもので、精神的苦痛に対する慰謝料は、原告Aにつき1000万円、原告Bにつき500万円を下らない。
ウ よって、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、原告会社は3億2173万円、原告Aは1000万円、原告Bは500万円の各支払及び不法行為日である平成13年4月19日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告)
(1) 本件放送の権利侵害性
 本件放送は、原告会社と逮捕状が出た容疑者2名との関連を報道したものではなく、当時行方不明であった男性の消息について、同人の自宅、立ち寄り先、所在を探索している警察へと順次映像を進行させ、情報を求めるという内容のものであり、「男性と取引があった画廊」との表示も正にこのことを報道するものであり、原告会社の施設を殊更に詳細に放送したものでもなく、一見して原告会社と識別できる鮮明なロゴマークも映っていない。
 また、アナウンサーは、逮捕状が出された容疑者2名が原告会社と関係を持つなどとは発言しておらず、その旨の字幕もなく、容疑者との関係を示唆することもしておらず、「取引があった画廊」との字幕が読み上げられたこともないのであり、本件放送によって原告会社に問い合わせた者でさえ「本日の放送を見たが事件と関わりがあるのか」と聞いてきたことは原告会社との関連が明らかでなかったことを示すもので、実際、被告に対しては、放送された「取引のあった画廊」の所在や業者名を問い合わせる電話も一切なかったものである。
 原告会社の同業他社が、本件放送を利用して原告会社が事件と関係がある旨吹聴しているということも、当該同業他社を相手に損害賠償を請求すべき問題で、直接本件放送と関係がある事柄ではない。
 被告は事態の早期かつ円満な最終解決のため、原告会社の要求に応じてお詫びのニュースを放映し、謝罪や詫び状の提出を行ったものである。
 以上のとおり、本件放送の内容は原告会社の名誉ないし信用を侵害するものとはいえず、本件原告らの請求はいずれも理由がない。
(2) 損害
 原告らが主張する損害については全て争う。
第3 当裁判所の判断
1 本件放送の権利侵害性について
(1) 本件放送のような音声と映像の組み合わせによるテレビニュース放送の場合、視聴者は、印刷物である新聞や雑誌等の場合と異なり、提示された情報をそのまま受容するのみで、一部または全体を繰り返し検討することができず、また、映像による視覚情報は、音声に比して受容しやすい反面、分析の過程や論理的な系統立てを経ないまま包括的に受領され、多義的な解釈ないし連想を許容するイメージとして人の認識領域に直接取り込まれるため、アナウンサーの語り部分、映像、字幕の組み合わせ、すなわち放送の編集、構成の仕方によっては、視聴者に情報を細部にわたり正確に受領させることに失敗し、放送側が意図するところとは必ずしも一致しない誤った印象を形成させてしまうおそれがあるということができる。
 また、全国版のテレビニュースの影響力は極めて広範であるため、放送対象となった個人や団体の名誉ないし信用が侵害される危険性が大きく、かつ、いったん侵害されると回復が容易でないことは経験則上認められるところである。
 このようなテレビニュースの特性に照らし、犯罪報道を放送する者は、映像、音声及び字幕の内容が事実に基づく正確なものであることはもとより、これらの組み合わせ及び関連づけを含む編集に細心の注意を払い、視聴者に誤った印象を与えないように放送を構成すべきであり、これを怠り、客観的に見て、映像の被写体とされた者ないしは物が、実際にはそうでないのに、犯罪に何らかの関係があり、もしくは嫌疑を受けているという印象を平均的な一般視聴者に与えるおそれがあると認めるに足りるニュース放送を放映した放送者は、これらの者ないし物の関係者の名誉、信用を毀損したものとして、損害賠償責任を免れないと解される。
(2) そこで、本件放送中のアナウンサーなどの語り部分や字幕の内容のみならず、放送内容との関連における映像使用の必要性、原告会社の映像が使用された部分及び時間、撮影対象の識別ないし特定性、アナウンサーの語り部分や字幕との関係を含む放送全体の構成等を総合し、一般の視聴者を基準として、本件行方不明事件または逮捕状が出された容疑者と原告会社とが何らかの犯罪行為に関する関係を有するものと受け止められる可能性があったか否か、原告会社の業種及び営業内容に照らし、本件放送が原告会社の名誉ないし信用を毀損するに足りる程度のものであったか否かについて、以下検討する。
ア 前認定の事実に照らし、本件放送の内容は、本件事件や逮捕状が出た容疑者と原告会社との間に何らかの犯罪行為に関する関係があることを明示的に報じたものではなく、その旨のアナウンサーの発言や字幕もなく、本件店舗の映像とともに「男性と取引があった画廊」との字幕が表示された点についても、Dは1回限りではあったものの原告会社から絵画を購入しており、取引があったといえないこともないから、これが事実に全く反するとはいえない。
イ しかしながら、本件放送は、Dが被害者となった事件との関連で、以前同人に画廊経営を持ちかけた男性2名に逮捕状が発布されたというニュースであるから、同ニュースの内容及び構成上、Dが以前に1回絵画を購入しただけの原告会社の本件店舗を撮影した映像を使用する必要性、必然性が極めて乏しいことは明らかであり、反面、一般の視聴者は、テレビ局のニュース報道には一定の信頼を抱いており、犯罪行為と関係のない映像が必然性もないのに放映されるとは考えないのが通常と解されることからして、上記の映像がニュース報道において使用されたこと自体により、詐欺事件、本件事件や上記容疑者らと本件店舗との間に何らかの関係があるとの印象を受け、あるいは、本件店舗の従業員ないし関係者に逮捕状が発布されたものと受け取る可能性があることは容易に推認される。
ウ また、本件店舗の映像は、単にDと取引関係があった画廊という字幕の部分に使用されたにとどまらず、容疑者に逮捕状が出された経緯、逮捕容疑の罪名、容疑者の氏名年齢の字幕及び語りの部分でも使用され、さらに、途中で近景に切り替えたり、「今日までに逮捕状を取ったものです。」という部分に至って再度全体像に切り替えて使用されたのであって、上記映像の推移とアナウンサーの語り部分、字幕表示の重なりの効果に加え、アナウンサーが詐欺行為の手段ないし内容が「画廊経営」であることを告げた後に「取引があった画廊」として本件店舗の映像が流されたことにより、一般の視聴者をして、逮捕状が発布された詐欺事件と本件店舗との関連性を連想させ、上記の容疑者らが本件店舗の関係者であり、あるいは、本件店舗が詐欺事件の舞台となったかのような印象ないし誤解を生じさせるに足りるものであったと認められる。
エ 本件店舗は、屋上に角錐のテント型のオブジェが数基設置され、側面の壁は青地で、角にモザイクのあしらわれたショーウィンドーの上下枠付近に黄色と水色の線が入り、ガラス戸の玄関や壁面数か所に「ギャラリーCSM」というロゴマークが記載されているなど特徴のある外観となっており、かつ、原告会社は全国の取引先や顧客に本件店舗の外観やロゴマークが入ったパンフレットなどを配布していたこと、絵画販売の業務は、一般的な消費財の販売店等と比較して販売店数が限られている上、顧客や取引先と販売店との関係が密接で販売店の従業員、店舗の様子等が記憶に残りやすいことに照らし、本件放送中の映像が本件店舗を撮影したものであることを認識した視聴者が一定数存在したことは容易に推認される。
オ 原告会社が行なう絵画販売、画廊経営の業務は、絵画というすぐれて趣味、文化の分野に属し、消費財等と異なって常に一定の需要が見込まれるのではない商品を扱い、それだけに取り扱う絵画が真物であることについての信用が特に重視され、信用を維持することが業務の遂行上不可欠の要件と認められるところ、本件放送は、ほかでもなく、詐欺及び有印私文書偽造等の容疑で逮捕状が発布されたことを内容とし、かつ、前記のとおり本件店舗がこれらの「詐欺」「偽造」という犯罪事件と関係があるかのような印象を与えるおそれがある構成により放映されたことに照らし、原告会社の信用を毀損するに足りるものであったということができる。
カ 本件放送が放映された直後に、原告会社に対し取引先から、原告会社がテレビに出たらしいが、誰か捕まったのかといった問い合わせの電話があったことは前認定のとおりであり、また、原告会社の顧客の中には、本件放送を見て原告会社の社員が逮捕されたと誤解した者があり、原告会社の社員が事情を説明して誤解を解いたこともあったと認められること(原告A本人)、視聴者に本件店舗ひいては原告会社が犯罪行為と関係があるという印象、誤解を生じるおそれは、抽象的な可能性にとどまらず、具体的な現実となっていたことが認められる。
キ 以上の検討結果によれば、本件放送は原告会社の名誉ないし信用を毀損するに足りるものであったと認めるに十分である。
(3) 以上のとおりであるから、被告は、放送者として映像、音声及び字幕の組み合わせ及び関連づけを含む編集の際に視聴者に誤った印象を与えないよう放送を構成すべき注意義務に違反したというべきであり、原告会社に対する名誉ないし信用毀損の不法行為責任を免れないと認められる。
 なお、原告らは、被告には未必的故意があった旨主張するが、被告が本件放送により原告会社の名誉ないし信用を毀損するおそれがあることを認識予見していた事実を認めるに足りる証拠はないから、この主張は理由がない。
2 原告会社の損害について
ア 財産的損害について
 原告会社は、本件放送により本件店舗の売上が激減し、その損害額は合計額3億2173万円となる旨主張する。
 原告会社作成の損益計算書、各種店舗の売上日計、売上比較表等(甲イ11の(1)ないし(3)、12、13、25、26の(1)、(2))及び原告Aの供述(甲イ28の陳述書の記載を含む)には上記主張に沿う数値の記載及びその説明があるけれども、数値の元となる原資料の提出がないため真偽を検証することができず、本件放送後の売上及び純利益が以前と対比して減少したと認めるための資料とすることはできない。また、仮に何らかの減収があったとしても、原告会社の営業が不特定の顧客に対する不定期の絵画販売であることに照らし、売上の増減については経済状況等の様々な要因が影響することが考えられるから、本件放送の影響の有無及び程度の判断は困難といわざるを得ないうえ、本件放送後、原告会社の同業会社が虚偽の風説を顧客に流布して原告会社の信用を貶めようとしたことが認められ(原告A本人)、このような第三者の故意に基づく行為が減収の要因となった場合は、本件放送と減収との間に相当因果関係を認めるのは困難である。
 してみれば、本件放送により原告会社が受けた損害として、売上減少による収益減少をいう原告会社の主張は、いまだ証明されたとはいえない。
イ 非財産的損害について
 前記のとおり、本件放送により原告会社は名誉ないし信用を毀損され、これにより無形の損害を被ったと認められるところ、本件放送に原告会社の本件店舗の映像が使用されたことにつき、原告会社には何の落ち度もない一方、被告の原告会社に対する取材活動は、前認定のとおりCが来訪及び電話を各1回したのみで、いかにも不十分であり、原告会社に本件店舗撮影の許諾も得ていない上(原告A)、何らの必要性、必然性も認められないのに本件店舗の映像を使用したこと、前記のとおり原告会社の財産的損害及びこれと本件放送との相当因果関係の立証はないとせざるを得ないものの、本件放送が全国に放映されたことにより原告会社が受けた名誉ないし信用の毀損は広範なものであったと推認されること、他方、本件放送は、明示的に原告会社が前記容疑者らと関係があるとしたものではないこと、被告は本件放送と同日の夕方のニュースで速やかにお詫びの放送を行い、その後も原告会社に詫び状を交付して謝罪したことを総合勘案すると、原告会社に対する損害賠償額としては150万円とするのが相当と認められる。
3 原告A及び原告Bの損害について
 原告A及び原告Bは、ともに原告会社の代表取締役として、本件放送により精神的苦痛を受けた旨主張して、それぞれ慰謝料を請求するが、本件放送の内容は原告らのうち原告会社のみに関するものであって、原告A及び原告Bは原告会社の機関であるから、その精神的苦痛は、原告会社に対する慰謝料請求が認容されることを通じて慰謝されるものと認められ、これと別個に原告A及び原告Bの慰謝料を請求する主張は失当である。
4 結論
 よって、原告会社の請求は150万円及び不法行為日である平成13年4月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当であり、原告A及び原告Bの各請求はいずれも理由がない。

福岡地方裁判所小倉支部第3民事部
 裁判長裁判官 池谷泉
 裁判官 中嶋功
 裁判官 坂本好司
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