判例全文 line
line
【事件名】「ニュースステーション」のダイオキシン報道事件(2)
【年月日】平成14年2月20日
 東京高裁 平成13年(ネ)第3301号 謝罪広告等請求控訴事件
 (原審・さいたま地裁平成11年(ワ)1647号)

判決
当事者
 別紙当事者目録記載のとおり


主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らは、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、埼玉新聞及び日本農業新聞の各全国版に、原判決別紙2謝罪広告目録記載の謝罪広告を、同目録記載の条件にて、各一回掲載せよ。
三 被控訴人全国朝日放送株式会社は、同被控訴人が放映する「ニュースステーション」の番組内または同時間帯(テレビ放送)において、原判決別紙2謝罪広告目録記載の内容を、同目録記載の条件で、一回報道せよ。
四 被控訴人らは、連帯して、控訴人らに対し、別紙請求債権目録の合計金額欄記載の各金員及び同各金員に対する平成一一年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
第二 事案の概要
 本件は、埼玉県所沢市内において農業を営み、ほうれん草、人参、小松菜等の野菜を生産・販売している農家である一審原告ら三七六名(控訴人ら四一名を含む。)が、被控訴人全国朝日放送株式会社(以下「被控訴人朝日放送」という。)が平成一一年二月一日に放映したニュース番組(ニュースステーション)内のダイオキシン問題に関する特集番組の報道により、所沢産野菜の安全性に対する信頼が傷つけられ一審原告らの社会的評価が低下したと主張し、上記番組を制作、放映した被控訴人朝日放送、さらに、同被控訴人に情報を提供し、かつ、代表者であるA(以下「A」という。)が出演することにより同番組の制作に協力した被控訴人株式会社環境総合研究所(以下「被控訴人研究所」という。)に対し、不法行為に基づき、謝罪広告を求めるとともに、同番組の報道により生じた一審原告らの精神的損害、野菜の価格の暴落及び播種できなかったことによる経済的損害等の賠償(主張するその損害額は、別紙請求債権目録記載のとおりである。)を求めた事案である。
 原判決は、被控訴人朝日放送が、平成一一年二月一日午後一〇時以降の約一六分間にわたり、ニュース番組内で、原判決別紙4記載のとおり、「所沢ダイオキシン 農作物は安全か?」、「汚染地の苦悩〜農作物は安全か?」などのテロップを伴う所沢産野菜のダイオキシン問題の特集番組を放映したこと(以下「本件放送」という。)は、所沢市内において各種野菜を生産する一審原告らの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損したことを認めたものの、本件放送は、公共の利害に関し、専ら公益を図る目的からなされたものであり、かつ、主要な部分において真実であると認められるから違法性はなく、したがって、本件放送内での発言等について被控訴人らは不法行為責任を負わず、被控訴人研究所が被控訴人朝日放送に情報を提供したことについても不法行為責任は成立しないと判示して、一審原告らの請求をいずれも棄却したため、控訴人ら四一名が控訴した。
 以上に摘示したほか、本件事案の概要は、以下一ないし三のとおり当審における当事者の主張の概要を付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 当審における控訴人らの主張の概要
(1)本件放送は、公共の利害に関する事実を報道したものとはいえない。
 名誉毀損における真実性の立証において、報道された内容が「公共の利害に関する事実」といえるためには、その事実の公表が公共の利益のために必要な限度のものでなければならず、当該事実の摘示・公表が、具体的内容及び表現方法に照らし、公益上、必要又は有益と認められる範囲内でなければ、公共の利害に関する事実とは認められない。具体的には、報道の具体的内容及び表現方法において不確実な噂、風聞をそのまま取り入れ、または、他人の文章を適切な調査もしないでそのまま転写するなどして、一般社会に公表したような場合には、公益上必要又は有益と認められる範囲を逸脱すると解すべきである。
 本件放送の前半部分の報道内容は、第三者の意見、漠然たる不安、根拠のない憶測を積み重ねて暗示し、映像の恣意的編集とナレーションによる誘導により、一般視聴者に対し、所沢の土壌汚染と野菜の生産規制について、「所沢のダイオキシン汚染は、セペソ事故による規制やドイツの基準からみれば農業禁止だ。所沢産ほうれん草を食べると危ない。」との確信を植え付けたものになっている。また、後半部分は、被控訴人朝日放送に提供された数値に関する適切な調査を一切行わないまま、当該数値の野菜と誤解して報道したことにより、視聴者が「所沢の葉物野菜のダイオキシン濃度は日本の平均と比べて一〇倍、世界の平均と比べて一〇〇倍である。」、「子供が少しでも(一〇gから四〇g)食べると危険、安全とはいえない。」との衝撃的な印象を抱く内容の報道になっている。
 このような本件放送の内容は、公益上又は有益と認められる範囲を逸脱したものであり、公共の利害に関する事実に当たるということはできない。
(2)真実性の証明について
ア 「所沢産」の証明の重要性について
(ア)本件放送の主要な内容は、「所沢産野菜のダイオキシン濃度は三・八pgTEQ/gであり、所沢産ほうれん草をメインとする葉物野菜を食べたら危ない」ということであるから、あくまで所沢市内の農地で栽培された所沢産の野菜であることを証明しなければ、その真実性を立証したことにはならない。したがって、被控訴人らは、本件放送において、所沢産野菜の数値として発表した被控訴人研究所の調査に係る検体及び摂南大学薬学部教授のG教授(以下「G教授」という。)の調査に係る検体のいずれについても、所沢市内の農地において栽培され、同栽培地から採取した事実を立証することを要する。ちなみに、本件放送直後に三省庁及び埼玉県が行った緊急調査においては、所沢産であることを担保するため、分折担当者が栽培されている農地から直接検体を採取し、採取年月日、採取場所及び栽培方法の証明書を発行しているから、所沢産のほうれん草の検出値であることの真実性は立証されている。
(イ)本件放送の基礎資料たる数値を検出したほうれん草の産地不明性
 これは、被控訴人研究所が、本件放送の前半の映像部分においてどくろの帽子をかぶってほうれん草を振り上げ演説していた女性(甲野花子。以下「甲野」という。)から、大手町の銀行の会議室において、「所沢で栽培又は販売していたものを入手した」等と言われて受け取ったものにすぎない。しかし、このほうれん草を所沢産と認定するには、甲野が、いつどこで検体を入手したかを客観的証拠によって確定し、購入したものについてはその販売店から仕入れ先、さらに、出荷者・栽培者と栽培場所を特定して所沢産であることを立証すべきであり、仮に、無償で分けてもらったものであるとすれば、当該畑の所有者の証言をもって栽培者と栽培場所を特定すべきであるが、そのような立証は行われていない。したがって、被控訴人研究所の調査に係る検体について、所沢で栽培されたか否かは、未だ真偽不明であり、所沢産との証明はない。
(ウ)G教授の調査に係る白菜の履歴の不特定性
 G教授は、平成一〇年三月に調査したところ、三・四pgTEQ/gのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出された白菜(以下「本件白菜」という。)につき、マスコミ関係者が食料品販売店で購入したもので、助手がこれを受領した当時、四つ切りでトレーに乗っており、所沢産とラベルが貼ってあったが、そのラベルが手書きか印刷か等も確認しておらず、そのマスコミ関係者が誰かは言えない等と証言しており、検体(本件白菜)の履歴に関する特定はその程度でしかない。したがって、被控訴人らは、本件白菜を持ち込んだマスコミ関係者が、いつどこに所在する何という商号の食料品販売店で購入したのかを立証し、さらに、当該食料品販売店の仕入元である市場、出荷した者と生産者とを特定しなければ、栽培地を立証したことにはならない。
 そもそも、首都圏では茨城産の白菜が大部分を占めており、所沢では自家用以外に出荷可能な量の白菜を栽培する農家は極めて稀で、自家用で余った白菜を直売所で販売する程度である。また、その当時、店頭における表示は、都道府県名の限度で義務づけられているにすぎず、一般の食料品店が、わざわざラベルを貼る手間をかけて所沢産であることを強調する意味はない。結局、G教授は、本件白菜が所沢市内の野菜生産農家が栽培し出荷したものか否かの履歴調査や、いかなる条件下で生育したか、同一条件下における検出値の再現性等について調査を行っていないから、本件白菜が所沢産であることの証明がされたとはいえない。
 加えて、上記G教授の分折結果によれば、本件白菜から三・四pgEQ/gのダイオキシン類が検出されたことになるが、明らかに異常な数値であり、栽培状態から分折に至るまで何らかの特殊な汚染を受けている可能性もあるから、漫然と自然状態において圃場で通常に栽培された生の白菜の可食部から検出されたと認定するのは相当でない。
イ テレビ報道における摘示事実の認定基準について
(ア)テレビ報道は、視聴者に対し、画面に映し出された映像という最も鋭敏な感覚である視覚に訴えかける方法によって、その内容を強く印象づけることが可能であり、同時に、効果音という聴覚に訴えかける方法によって、視聴者に対し、番組制作者の意図に合わせた疑惑や衝撃を惹起させることが可能であるから、本件における摘示事実の認定は、上記テレビ報道の特性を考慮して行わなければならない。それゆえ、テレビ報道における名誉毀損の成否が問題になる場合には、ナレーションや映し出された映像、効果音、編集による放送内容の順番などを合わせ考慮した番組全体から、一般視聴者の普通の注意と普通の知識に基づいて、その受けた印象を認定すべきであり、テレビ報道では、テレビ局側が意図的に一般視聴者に対して与えた印象が、摘示事実であり、主要事実となる。与えた印象は、必ずしも明示に表現されている必要はなく、暗諭や推論や伝聞の形式、若しくは、前後の文脈から受け止める内容で足りる。
(イ)被控訴人朝日放送は、本件放送前半の録画部分の摘示事実につき、国会予算委員会における大野由利子議員の発言、所沢ロータリー前でどくろの描かれた黒い帽子をかぶりほうれん草を左手に振り上げて演説する女性(甲野)の映像、街頭演説する元所沢市議会議員、白煙を吐く焼却炉近くにある野菜畑の映像、白菜の映像と農家の男性の説明、黒煙を吐く所沢市西部清掃工場の映像、茶畑を手入れする乙山春夫(以下「乙山」という。)の映像と農作物からダイオキシン類の濃度が測定されて販売不能になったならば速やかに補償することを求める発言、不安を煽る効果音、所沢市の汚染レベルに関するナレーションの積み重ねにより、間接的ないし婉曲に、又は、暗諭を積み重ね、視聴者に対し、@「所沢市農業協同組合は、ダイオキシン類の調査結果につき高い数値が出たから、農家の生計を守るために所沢産野菜のダイオキシン類の分析調査結果をあえて公表しない」という印象、A「所沢は、ドイツでは農作物の生産規制が行われるほど、また、イタリアのセベソの農薬工場爆発事故の結果農業が禁止された値を上回るほど、ダイオキシン類に汚染されており、専門家によれば、所沢は農業禁止である」という印象、さらには、B「所沢産ほうれん草などの野菜は、高濃度のダイオキシン類に汚染されており、食べたら危ない」という印象などを意図的に与えたものである。このような評価及びこれを導く事実が、被控訴人らが摘示した事実であり、かつ、公表した意見ないし論評にほかならない。
(ウ)本件放送の後半部分は、FとAの対談形式であるが、FとAの発言、画面に表示された説明板という静止画像による映像等によって、一般視聴者に摘示された事実は、C「被控訴人研究所が調査したところ、所沢産ほうれん草をメインとする葉物野菜のダイオキシン類の濃度は、最高三・八pgTEQ/gのものがある。」と述べ、D「所沢産の野菜のダイオキシン類の濃度は、我が国平均の一〇倍高い。世界平均から見たら一〇〇倍近く高い。」、E「所沢産ほうれん草を少しでも食べると、WHOの基準(一pgTEQ/kg/日)に達してしまうので安全とはいえない。そんなものを買ったら、他産地のほうれん草に比べると、当然自分のリスクは大きくなり、実際の被害を受ける。アウト(おしまい)である。」というものである。
ウ 真実性の証明はない。
 上記イのとおり、本件放送における真実性の証明の対象は、本件放送の前半部分の@ないしB及び後半部分のCないしEの事実であるところ、これらの事実が真実ではなく、少なくとも真実であることの証明がないことは、以下のとおりであるから、被控訴人らの名誉毀損行為の違法性は阻却されない。
(ア)@の「所沢市農業協同組合は、ダイオキシン類につき数値が出たから、農家の生計を守るため所沢産野菜のダイオキシン類の分析調査結果をあえて公表しない」という事実は存しない。
 すなわち、特異な意見や批判はともあれ、科学的妥当性が高いと認知された知見に基づけば、所沢市農業協同組合が平成九年に行った所沢産野菜のダイオキシン類の濃度の分析調査結果は、〇・〇八七から〇・四三pgTEQ/gであり、同調査における〇・七一の数値は、畑から採取して水洗いをしないままで分析した検体から検出された数値であるため、上壌や表面に付着した外的汚染の影響が大きく、比較すべき国や埼玉県の調査と検出の条件が異なる。そして、平成九年度の厚生省の調査による「食品中のダイオキシン類汚染実態調査研究」によれば、所沢産のほうれん草のダイオキシン類の合計濃度は、〇・〇五から〇・三七pgTEQ/gであり、全国調査と大差がない。したがって、検出された数値が高いから農家の生計を守るために隠しているといわれるような事実はない。
(イ)Aの「所沢は、ドイツでは農作物の生産規制が行われるほど、また、イタリアのセベソの農薬工場爆発事故の結果農業が禁止された値を上回るほど、ダイオキシン類に汚染されており、専門家によれば所沢は農業禁止である」という事実も存しない。
 すなわち、本件放送におけるドイツで農産物の生産規制が行われる土壌汚染の数値とは、四〇pgTEQ/gであるが、これは牛乳等畜産物への移行に配慮した牧草地の勧告値であり、決して本件の所沢産野菜のような「農作物」の生産規制ではない。土壌から根を経由する農作物への移行による汚染度に関する科学的根拠がないため、ドイツ、オランダ、スウェーデン及び米国には、野菜の生産規制値に関する土壌汚染規制値はなく、よって、土壌汚染と野菜汚染をあえて関連づけて報道する正当な科学的諭拠も規制値もない。
(ウ)Bの「所沢産ほうれん草などの野菜は、高濃度のダイオキシン類に汚染されており、食べたら危ない」という事実も存しない。
 ダイオキシン類による汚染の程度は、栽培地と汚染源との位置関係、風向き、栽培方法、分析に供する検体の前処理などによって結果は大きく異なる。それゆえ、平成一一年二月一日に「所沢産ほうれん草などの葉物野菜は、高濃度のダイオキシン類に汚染されている」と報道する以上、当然にこれに近い時点のほうれん草などの葉物野菜の分析結果をもって判断すべきであるところ、本件放送に直近のものは、本件放送直後に行われた三省庁合同による調査と埼玉県による調査であるが、いずれにおいても、所沢産ほうれん草が高濃度のダイオキシン類に汚染されているという事実は認められなかった。
(エ)Cの「被控訴人研究所が調査したところ、所沢産ほうれん草をメインとする葉物野菜のダイオキシン類の濃度は、最高三・八pgTEQ/gのものがある。」との事実は誤りである。
 すなわち、三・八pgTEQ/gの数値を示したのは、野菜ではなく煎茶であり、しかも、分析機関が作成した分析結果報告書には「固形物」としか表示されていないため、検体が何であるかを同報告書から特定することはできず、煎茶か否かも真偽不明といわざるを得ないし、検体が所沢産である事実の立証もない。結局、被控訴人研究所は、本件放送において公表した〇・六四から三・八pgTEQ/gの数値を示した検体が所沢産ほうれん草をメインとする葉物野菜であることを、客観的証拠をもって証明することはできなかった。
 また、G教授が分析調査した本件白菜について、所沢産と認定することができないことは、前記ア、(ウ)のとおりであるが、本件白菜の分析結果は本件放送で一切摘示されておらず、被控訴人らは、あくまでも被控訴人研究所による所沢産野菜の調査結果として報道しているのであって、科学的な調査結果の信憑性は調査名義人によって大きく異なることを考慮しても、結果的にG教授の調査により三・四pgTEQ/gの数値を示した本件白菜が一検体だけあったということにより、所沢産の野菜から高濃度のダイオキシン類が検出されたとの事実につき真実性の立証があったということはできない。
 加えて、本件放送の説明板に記載された数値やAの説明による数値は、いずれもコプラナーPCBを含まないことを前提としており、実際に、被控訴人研究所の調査によって分析機関が検出した化学物質も、ポリ塩化ダイベンゾパラダイオキシン及びポリ塩化ダイベンソフランのみであり、したがって、所沢産のほうれん草をメインとする葉物野菜のダイオキシン類の濃度として発表された三・八pgTEQ/gという数字も、コプラナーPCBを含んでいないことを前提に公表したのであるから、真実性立証の成否は、コプラナーPCBを含まない摘示事実について行われるべきである。そうすると、原判決が、本件白菜につきコプラナーPCBを加算した値を持ち出し、三・八pgTEQ/gを超えるような結論を導くことは、摘示されていない事実をもって真実性の立証対象とするものであり、許されない。さらに、原判決は、G教授の証言を根拠に、本件白菜から検出された三・四pgTEQ/gを、一・一倍から一・三倍にして算出した推定値をもって、コプラナーPCBを合算した検出値と認定しているが、推定値はあくまでも実際に検出された値ではないのであって、本件放送は、推定されるダイオキシン濃度としてではなく、実際に検出された数値を報道しているのであるから、真実性の立証対象事実は、実際の検出値であって推定値ではない。したがって、コプラナーPCBを含め、かつ、推定値により、所沢産の野菜から三・八pgTEQ/gという高濃度のダイオキシン類が検出されたとの事実の真実性が立証されたということはできない。
(オ)Dの「所沢産の野菜のダイオキシン類の濃度は、我が国平均の一〇倍高い。世界平均から見たら一〇〇倍近く高い。」との事実はない。
 すなわち、本件報道の直後に行われた三省庁合同調査の結果では、平成一一年二月六日に所沢市内の圃場から直接採取したほうれん草のダイオキシン類の濃度の平均値は、〇・〇五一pgTEQ/gであり、埼玉県における緊急調査結果では、平成一一年二月一六日及び同月二三日に所沢市内の圃場から直接採取したほうれん草のそれは、〇・〇四六pgTEQ/gである。また、平成一一年度の全県調査の秋季調査で、同年一〇月一八日から一一月四日までの間に所沢市を含む県内一〇地点の圃場から直接採取した露地物ほうれん草のそれは、〇・一七pgTEQ/gであり、厚生省の発表した平成一一年度食品からのダイオキシン類一日摂取量調査等の調査結果によると、七検体の平均は〇・〇七三pgTEQ/gである。このように、本件放送があった平成一一年度における所沢産ほうれん草と全国のほうれん草の上記平均値を比較すると、一〇倍のものは存在しないから、上記事実は真実ではない。
 なお、G教授が平成一〇年七月に所沢の産業廃棄物焼却施設密集地から一km以内の地点で採取したと称するほうれん草も、所沢産であることを特定するのに必要な客観的証拠は提出されておらず、検体数はわずか二であるから、所沢産ほうれん草の代表値になることは到底あり得ない。
(カ)Eの「所沢産ほうれん草を少しでも食べると、WHOの基準(一pgTEQ/kg/日)に達してしまうので安全とはいえない。そんなものを買ったら、他産地のほうれん草に比べると、当然自分のリスクは大きくなり、実際の被害を受ける。アウト(おしまい)である。」との事実も真実ではない。
 すなわち、前段の摘示事実であるダイオキシン類についてWHOの決定した基準とは、科学的に妥当性が高いと認められた知見に基づき決定された耐容一日摂取量(TDI)であり、具体的には、四pgTEQ/kg/日である。他方、一pgTEQ/kg/日という数値は、究極の目標値であり、WHO専門家会合の決定の趣旨は、それ以下にすることを目標とするというものであり、WHOによって採用された基準ではない。したがって、WHOの基準が一pgTEQ/kg/日であるとの摘示事実も真実ではない。
 また、「実際の被害を受える。アウトである。」というのも、上記Dの調査結果により認められる所沢産ほうれん草の安全性に照らせば、誤りであることは明らかである。
(3)被控訴人研究所の専門家としての注意義務違反について
 被控訴人研究所の代表者であるAは、少なくとも大気のダイオキシン類の汚染に関しては専門家なのであるから、ダイオキシン類について何の知識もない一般視聴者に専門的な事項を伝える際には、独自の特異な見解ないし意見を一方的に伝えるだけでなく、科学的に妥当性の高いと広く認知された見解を紹介した上で、私的見解を説明すべき注意義務を負っている。
 本件放送において、一般視聴者に説明する専門家としては、まず世界的に認知された科字的見解を説明すべきであり、具体的には、WHOの専門家会合において決定された基準は、四pgTEQ/kg/日であること、TDIは生涯暴露量を基準としており短期間のTDIの超過は健康に影響がないとの基礎知識、平成一一年度において平均的日本人は約二・二五pgTEQ/kg/日のダイオキシン類を摂取していることなど、科学的に妥当性が高いとされた事実を説明すべきである。その説明のないまま、危険性を強調する結果となる特異な見解だけ説明すると、何も知らない視聴者の不安感をいたずらに煽る結果となる。それにもかかわらず、Aは、WHOという権威を借りて、WHOの決定した四pgTEQ/kg/日ではなく、究極的目標値である一pgTEQkg/日を基準とするとの独自の見解だけを摘示し、四〇kgの子供を基準にしたり、食品単価(又は背景摂取量を加算して)で上記究極的目標値を超えたらリスクが大きい、実際の被害を受ける、安全とはいえないなど、極めて特異な見解をあたかも科学的常識であるかのごとく被露し、その結果、一般視聴者に過剰な不安感を与えたのであるから、その注意義務違反の程度は重大である。
(4)被控訴人研究所の情報提供者責任について
 報道において情報を提供する者は、当該事項が真実に反して虚偽であることを知り又は過失によって知らずに、自己の情報提供によりその内容に従った報道がされる蓋然性が高いことを予測・容認しながら、あえて情報提供し、かつ、それが報道されれば、当然にある者の名誉が毀損されることを認識できるような場合には、情報提供行為と報道との間には直接的な因果関係があるから、提供者は不法行為責任を負うと解される。
 本件においては、Aは、被控訴人朝日放送に対し、「〇・六四から三・八pgTEQ/g」(高いものは煎茶)との数値を情報提供した際、同被控訴人に対し、「農作物の数値」などという漠然とした表現を用いることにより、同被控訴人に「野菜の数値」との誤解を生じさせたものであり、専門家として素人が誤解しないように適切な情報提供を行うべき注意義務の著しい違反がある。さらに、Aは、単に情報を提供しただけではなく、提供した数値を基礎資料とする本件放送に出演し、自らその数値の説明を行っているのであるから、自己の提供した「三・八は煎茶の数値」との情報が「三・八はほうれん草をメインとする葉物野菜の数値」との虚偽内容で視聴者に伝達されないよう訂正する注意義務を負っているところ、Fの誤解を解くことが容易であったにもかかわらず、Fが誤解していることを知りつつあえて放置した。
 したがって、被控訴人研究所の代表者であるAは、自ら名誉毀損行為を行うとともに、情報提供行為により被控訴人朝日放送の名誉毀損行為を招来したのであるから、これによって控訴人らに経済的損害を与えたことは明らかである。
 二 当審における被控訴人朝日放送の主張の概要
(1)本件放送による報道の公共性・公益目的性
 控訴人らは、当該事実の摘示・公表が、具体的内容及び表現方法に照らし、公益上、必要又は有益と認められる範囲内でなければ、公共の利害に関する事実とは認められないと主張するが、公共の利害に関する事実に当たるか否かは、摘示された事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断されるべきものであり、摘示する際の表現方法や事実調査の程度などは、公益目的の有無の認定に関連して考慮されるべき事柄であって、摘示された事実が公共の利害に関する事実に当たるか否かの判断を左右するものではないから、控訴人らの上記主張は失当である。
(2)真実性の証明について
ア 「所沢産」の証明について
 被控訴人研究所の調査に係る検体(ほうれん草)もG教授の調査に係る検体(本件白菜)も、所沢産であることに疑いを容れない。
 ちなみに、所沢において白菜は広く生産されており、所沢市発行の「所沢市の農業」でも、白菜は所沢の主要農作物とされているし、一審原告らの中でも、六六名が白菜を生産、出荷している旨陳述している。加えて、平成六年ころから、国産の生鮮食品について、都道府県名よりも詳しく具体的な産地名を表示するようになっているから、本件白菜に所沢産のラベルが付されていることにつき、何の不自然もない。
イ 本件放送による報道の要旨と真実性証明の対象事実
(ア)控訴人らは、「所沢市農業協同組合は、ダイオキシン類の濃度につき高い数値が出たから、農家の生計を守るために所沢産野菜のグイオキシン類の分析調査結果をあえて公表しない」という事実が真実証明されるべき主要な部分であると主張するが、本件放送は、「農家の生計を守るためにあえて公表しない」などという事実を摘示していないから、これを真実性の証明の対象となる本件放送の主要部分であるということはできない。
(イ)控訴人らは、「所沢は農業禁止である」との事実が真実証明の対象になると主張するが、本件放送は、そのような事実の指摘をしておらず、農業が禁上されるべきであるとの論評もしていない。
(ウ)本件放送の録画部分は、所沢で生産しているほうれん草などの野菜を食べたら危険であると論評していない。
(エ)控訴人は、FとAとの対談のやり取りは、野菜の濃度を真実摘示したものであると主張するが、これは大気中のダイオキシン類の濃度を摘示したものにすぎない。また、所沢市周辺のダイオキシン類による大気汚染濃度が高いことは真実である。
(オ)所沢の農作物から全国平均よりも高い数値のダイオキシン類が検出されていることを指摘した本件放送の趣旨・目的からすると、本件放送による報道の主要な部分は、「所沢の農作物から厚生省の全国調査の数値よりかなり高いダイオキシン類が検出されていること」であり、「所沢産野菜から〇・六四から三・八pgTEQ/gの数値が検出されたこと」は、主要な部分ではない(仮に主要な部分であるとしても、上記事実が真実であることは、原判決が正当に認定するところである。)。
 また、控訴人らは、被控訴人研究所の調査データではなくG教授の分析に係る本件白菜の調査データにより、「所沢産の野菜等を調査したところ、〇・六四ないし三・八pgTEQ/gのダイオキシン類が検出されたこと」が証明されたとするのは摘示事実のすり替えであると主張するが、本件放送の趣旨は、所沢の農作物のダイオキシン類の汚染不安が広がっており、所沢市農業協同組合が野菜のダイオキシン類の調査結果を公表しないことが問題になっている状況において、所沢の農作物から全国平均に比べて高い濃度のダイオキシン類が検出されたデータがあることを知らせ、人々に一つの判断材料を提供することであった。したがって、データの調査者が被控訴人研究所であるか否かは、本件放送による報道の主要な部分ではないし、本件白菜のデータだけで上記事実の真実性の証明がされたと認めることも可能である。
(カ)WHOは、ダイオキシンとダイオキシン様化合物に対する耐容一日摂取量として一ないし四pgTEQ/kg/日を設定し、上限値四pgは暫定的な最大耐容一日摂取量であり、一pg未満を最終的な目標値としたものであり、一pgTEQ/kg/日は、WHOの耐容一日摂取量の基準値である。しかも、動物実験等の科学的知見からすれば、一pg未満とするのが本来であり、四pgは、直ちに達成することが容易でないため政策的な数値として暫定的に定められたものにすぎないから、本件放送でAが一pgの基準により説明したことは誤りではない。また、背景摂取量の合算についても、耐容一日摂取量は背景摂取量を含めたものなのであるから、背景一日摂取量を含めて計算して一pgTEQ/kg/日を超えるのであれば、摘示事実は真実である
三 当審における被控訴人研究所の主張の概要
(1)控訴人らは、被控訴人朝日放送の本件放送につき名誉毀損の不法行為が成立しない場合であっても、被控訴人研究所について固有の不法行為責任が生ずるかのように主張しているが、一定の情報提供行為の結果としてされた本件放送が違法でないとすれば、被控訴人研究所に固有の法的責任が発生する余地はない。
(2)控訴人らは、Aがダイオキシン類につき一pgTEQ/kg/日を基準とするとの独自の見解だけを示し、これを超えたら安全とはいえないなどと特異な意見を披露したとして、控訴人研究所には専門家としての注意義務違反があると主張する。しかし、WHOは、一から四pgTEQ/kg/日をTDIとし(究極の目標値は一pgTEQ/kg/日未満)、厳しい値として一kgを提案しているのであるから、厳しさを要求される安全性を議論する前提として一pgを採用するのは当然のことであり、だからこそ、Aは、これを超えることは「あまり安全とはいえない」と公正妥当な意見を述べたものである。
 したがって、控訴人らの上記主張は失当である。
(3)控訴人らは、被控訴人研究所が被控訴人朝日放送に対し、被控訴人研究所で調査をした農作物中のダイオキシン類の濃度として、調査対象が農作物で、その濃度が〇・六四から三・八pgTEQ/gに分布していたことを概括的に伝えただけで、品目や品目ごとの数値を教えなかったため、被控訴人朝日放送に「野菜の数値」であると誤解させ、情報提供者としての注意義務を違反したと主張している。
 しかし、Aは、Fとの問答の中で、Fから繰り返し「ほうれん草」、「葉物野菜」と問いかけられたのに対し、あえてこれを肯定せず、繰り返して「葉っぱもの」と答えることでこれを否定していたのであり、Aが提供した情報は真実であり、その提供行為としても適切であった。被控訴人研究所は、本件放送に出演するに当たり、自らが調査した所沢の農産物のダイオキシン類の濃度が〇・六四から三・八pgTEQ/gに分布していたこと、情報提供者の承諾を得ていないので品目や品目ごとの数値を明らかにすることはできない旨言明し、その点につき担当ディレクターの承諾を得ていたのである。被控訴人研究所が品目と数値を発表するに当たって、検体の提供者、とりわけ煎茶の分析依頼者である茶栽培農家の承諾を得ることは必要なことであり、この時点で概括的に農作物として〇・六四から三・八pgTEQ/gに分布していたことのみを伝え、品目名や品目ごとの数値を伝えなかったのは極めて正当であり、情報提供行為として不適切といわれる筋合いはない。
第三 当裁判所の判断
 当裁判所も、本件放送による報道(事実及びこれに基づく論評ないし意見の提示)の内容となる事実の主要な部分は真実であると認められ、それに基づく論評ないし意見もさほどの逸脱があるとは認められないから、本件放送による報道が生じさせた名誉毀損については、その違法性は阻却され、被控訴人らの控訴人らに対する不法行為責任は成立しないものと判断する。そのように判断する理由は、以下のとおり当事者の当審における主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 本件放送は、公共の利害に関する事実を報道したものであるか否かについて
 控訴入らは、報道の具体的内容及び表現方法において不確実な噂、風聞をそのまま取り入れ、または、他人の文章を適切な調査もしないでそのまま転写するなどして一般社会に公表したような場合には、公益上必要又は有益と認められる範囲を逸脱するものになるのであり、本件放送の前半部分の報道内容は、第三者の意見、漠然たる不安、根拠のない憶測を積み重ねて暗示し、映像の恣意的編集とナレーションによる誘導により、所沢の土壌汚染と野菜の生産規制について、一般視聴者に対し、「所沢のダイオキシン類の汚染は、セベソ事故による規制やドイツの基準からみれば農業禁止だ。所沢産ほうれん草を食べると危ない。」との確信を植え付けたものになっており、後半部分は、被控訴人朝日放送が、提供を受けた数値に関する適切な調査を一切行わないまま、当該数値の野菜と誤解して報道したことにより、視聴者が「所沢の葉物野菜のダイオキシン類の濃度は日本の平均と比べて一〇倍、世界の平均と比べて一〇〇倍である。」、「子供が少しでも(一〇gから四〇g)食べると危険、安全とは言えない。」との衝撃的な印象を抱く内容の報道になっているから、本件放送は、公益上必要又は有益と認められる範囲を逸脱していると主張する。
 しかし、摘示された事実が公共の利害に関する事実に当たるか否かは、指摘された事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断すべきであり、その事実を摘示する報道の詳細な生の事実の取り上げ方や具体的な言及内容、その表現の技法、さらに、報道の前提となる取材や事実調査の程度等は、当該報道を行う者の公益目的を疑わせる事情として考慮されることがあり得る(当該表現の技法等が、いたずらに刺激的、扇情的で卑俗なセンセーションを巻き起こそうとするものであって通常の表現の技法等の域を逸脱するものであるときはその表現行為が専ら公益を図る目的に出たものとは認められないであろうし、前提となる取材や事実調査等をほとんど尽くさず、はったりや「ヤラセ」等により正確そうな表面を粧う表現方法も通常許される表現上の工夫の域を逸脱するものとしてそれが専ら公益を図る目的に出たものとは認められないであろう。)としても、摘示された事実が公共の利害に関する事実に当たるか否かの判断には直接影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
 本件放送は、野菜等農産物のダイオキシン類の汚染実態やダイオキシン類の健康影響等についてされたこれまでの数多くの調査報告を取り上げ、ダイオキシン類の危険性を警告しようというものであり、そのこととの関係において、所沢産の野菜のダイオキシン類の汚染の実態についての調査結果を報道するものであるから、そのこと自体は、公共の利害に関するものであることが明らかである。また、本件放送による報道の際の生の事実についての具体的な言及内容、その表現の技法、前提となった事実調査の在り方等については、幾分性急の感を否めないなどその方法的な妥当性につき問題がないとはいえないが、それでもなお、被控訴人朝日放送の報道機関としての、また、被控訴人研究所の研究機関としての各社会的使命及び各被控訴人らのダイオキシン類の問題に対する従前からの取組み等を勘案すると、本件放送による報道は、専ら公益を図る目的からされたものと十分に認めることができるのであり、公益を図る目的から離れて無軌道に所沢産の野菜の危険性をあげつらってこれをおとしめる目的でされたものということはできない。
二 真実性の立証について
(1)所沢産の認定について
ア 控訴人らは、本件放送の主要な内容は、「所沢産野菜のダイオキシン類の濃度は三・八pgTEQ/gであり、所沢産ほうれん草をメインとする葉物野菜を食べたら危ない」ということであるから、本件放送において、所沢産野菜の数値として発表した被控訴人研究所の調査に係る検体(ほうれん草)及びG教授の調査に係る検体(本件白菜)のいずれについても、所沢産であることの厳格な立証を要すると主張する。
イ そこでまず、被控訴人研究所の調査に係るほうれん草について検討する。
(ア)Aは、<証拠略>において、所沢周辺の住民、農民に農作物の試料提供を呼びかけたが、協力を得ることはできなかったこと、平成一〇年一〇月後半ころ、所沢在住の甲野から、所沢市内で栽培している野菜の営農者からの直接入手は困難であるが、現地直売所で販売されている野菜であればいつでも入手は呵能であるとの連絡を受け、また、所沢市西部清掃工場の風下に畑を有し茶や野菜を栽培している乙山からも、自分が畑で栽培しているほうれん草をサンプルとして提供してもいいとの申し出を受けたこと、甲野は、同年一一月から一二月までの間に、所沢市内の産業廃棄物焼却施設が立地しているくぬぎやま地区、関越自動車道所沢インターチェンジ付近、さらに、甲野が居住している下安松等の農地で栽培され、又は、販売所で直売されていたほうれん草を入手し、平成一〇年一二月一八日、環境行政改革フォーラムの月例会が行われていた大手町の旧日本開発銀行の会議室内で、これらをAに直接手渡したこと、また、乙山も、自ら栽培したほうれん草を上記会議室でAに手渡したこと、Aは、これらのほうれん草を検体としてマクサム社に直接持参し、マクサム社が測定分析をしたことなどその調査に係る検体の入手方法やその調査の実施について供述している(その測定分析の結果、検出されたダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)の濃度がほうれん草がそれぞれ〇・七五pgTEQ/g、〇・六八一pgTEQ/g、〇・六三五pgTEQ/g及び〇・七四六pgTEQ/gであった旨の供述を含む。)。以上のAの供述は、極めて具体的かつ詳細であり、格別不自然不合理な点は見られず、信用することができるのであり、これによれば、上記マクサム社の測定に係るほうれん草は、所沢産であると認めることができる。
(イ)これに対し、控訴人らは、甲野から入手したほうれん草を所沢産と認定するには、甲野が、いつどこで検体を入手したかを客観的証拠によって確定し、購入したほうれん草についてはその販売店から仕入れ先、さらに、出荷者・栽培者と栽培場所を特定して所沢産であることを立証すべきであり、仮に無償で分けてもらったものであるとすれば、当該畑の所有者の証言をもって栽培者と栽培場所を特定すべきであると主張する(なお、乙山が栽培していたほうれん草については、所沢産であることの立証が不十分であるとは主張していない。)
 しかし、くぬぎやま地区、関越自動車道所沢インターチェンジ付近及び下安松の農場で栽培され又は販売所で直売されていたという甲野の説明が虚偽のものであることを窺わせる事情を見いだすことはできないし、野菜類の直売所においては、その付近で栽培された野菜類を販売しているのが通常であると考えられ、上記甲野の説明及びAの供述にあらわれている検体の入手方法やその調査の実施について合理的な疑いをさし挟むべき反対の証拠資料もないので、上記甲野の提供に係るほうれん草は所沢産であると認定することは可能なのであり、それを超えて、控訴人らが主張するような流通、出荷、栽培等に係る主体、場所等の詳細な間接事実についてまで客観的な証拠による立証を尽くさなければその検体が所沢産との認定が許されないとの根拠も認められないから、控訴人らの上記主張は、採用することができない。
(ウ)そうすると、被控訴人研究所の調査に係るほうれん草が所沢産であるとの事実の真実性の証明については、特に問題があるとは認められない。
ウ 次に、三・四pgTEQ/gのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出されたという本件白菜について検討する。
(ア)G教授は、原審における証人尋問において、平成一〇年三月ころ、在京テレビ局の関係者(この関係者については、同教授は、被控訴人朝日放送の関係ではないが、事情があるので氏名を明らかにすることはできない旨証言している。)から依頼があって摂南大学薬学部食品衛生学研究室において分析したこと、上記研究室の助手は、上記マスコミ関係者から本件白菜を受領したが、その際、本件白菜は、四つ切りでトレーに乗ってラップに包まれており、所沢産と記載されたラベルが貼ってあったこと、上記マスコミ関係者は、所沢市内の市場(食料品販売店)において、所沢産というラベルが貼ってある本件白菜を購入したと説明していたことなどを証言している。以上のG教授の証言は、具体的かつ詳細であり、内容について特に不自然不合理な点は見られない。その証言において、本件白菜を持ち込んだマスコミ関係者が誰であるかについて具体的な説明がないとしても、そのことから、その者から本件白菜が持ち込まれた出来事が直ちに虚構となるものでもないし、また、被控訴人らから同マスコミ関係者による本件白菜の購入経緯についての供述等の証拠が提出されていないとしても、そのことから、当然に所沢市内の食料品販売店における本件白菜の購入が虚構となるものでもなく、G教授の上記証言の信用性の基本は、同証人尋問でも維持されていると認められるから、G教授の証言により本件白菜が所沢産であると認めることは、法律上も、経験則上も、問題がないところといわなければならない。
(イ)これに対し、控訴人らは、上記マスコミ関係者が、いつどこに所在する何という商号の食料品販売店で購入したのか、さらに、当該食料品販売店の仕入元である市場、出荷した者と生産者とを特定しなければ、所沢産であることを立証したことにはならないと主張するが、上記のG証言にある本件白菜の受領の経緯に関し合理的な疑いをさし挟むべき事情が見当たらない本件においては、控訴人らが主張するまでの裏付けを求める必要はなく、本件白菜に所沢産と記載されたラベルが貼ってあったことは、本件白菜が所沢市内で栽培されたことを推認させる事実であるし、上記マスコミ関係者が本件白菜を所沢市内の市場(食料品販売店)で購入したと述べていたことでもあるので、本件白菜を所沢産と認定することは可能というべきである。
(ウ)なお、控訴人らは、所沢では自家用以外に出荷可能な量を栽培する農家は極めて稀で、自家用で余った白菜を直売所で販売する程度であったし、その当時、店頭における表示は、都道府県名の限度で義務づけられているにすぎず、一般の食料品店が、わざわざラベルを貼る手間をかけて所沢産であることを強調する意味はないと主張する。しかし、<証拠略>によれば、白菜は、所沢市の主要農作物の一つとされており、一審原告の中にも白菜を栽培し出荷している農家がいること、平成六年以降、大手・中堅スーパーを中心に生鮮食品の産地(具体的な産地名や単位農協名)など、より詳しい情報が自主表示されるようになっていることが認められる。そうすると、所沢産というラベルが貼られた本件白菜の産地が所沢である可能性は極めて高いというべきであるから、上記控訴人らの主張は、採用の限りでない。
(エ)さらに、控訴人らは、本件白菜から三・四pgTEQ/gのダイオキシン類が検出されたことについて、明らかに異常な数値であり、栽培状態から分析に至るまでに何らかの特殊な汚染を受けている可能性があるから、これを自然状態において圃場で通常に栽培された生の白菜の可食部から検出されたと認定することはできないと主張する。
 一般論としては、汚染の態様、経過は様々であるから、控訴人が主張するような特殊な汚染がなかったとは断言できないが、現実に摂南大学薬学部食品衛生学研究室の分析結果によれば、所沢産の本件白菜を分析したところ、三・四pgTEQ/gのダイオキシン類が検出されたというのであるから、食品のダイオキシン類による汚染の実態及びこれによる健康に対する影響を一般視聴者に警告する上で、その事実を公表することは当然のことであり、本件白菜から検出されたダイオキシン類の濃度は非常に高い数値であって、それが異常な数値であるか否か、何らかの特殊な汚染に起因するものであるか否か等は、その後の研究の成果によって明らかにされるべきものである。いずれにしても、検出された数値が異常に高いことそれ自体は、所沢産の白菜から高濃度のダイオキシン類が検出されたという事実を当然に否定する意味合いを含むものではないから、控訴人らの上記主張も理由がない。
(オ)そうすると、本件白菜が所沢産であるとの事実の真実性の証明についても、特に問題がないというべきである。
(2)真実性の立証の対象事実
ア 当裁判所も、本件放送の内容に鑑みると本件放送の内容の要旨は、原判決が明瞭に示しているとおり原判決の表記する「要旨1」ないし「要旨7」に区分するのが適切と判断するところ、したがって、本件において真実性の立証の対象となるのは、要旨1(所沢市には畑の近くに廃棄物の焼却炉が多数存在し、その焼却灰が畑に降り注いでいること)、要旨2(所沢市農業協同組合は、所沢産野菜のダイオキシン類の分析調査を行い、営農者や消費者は調査結果の公表を求めたが、同組合はこれを公表しないこと)、要旨3(所沢の土壌中に含まれるダイオキシン類濃度を調査したところ、その濃度はドイツであれば農業が規制されるほど高く、また、かつてイタリアのセベソで起きた農薬工場の爆発事故の後に農業禁止とされた地域の汚染度をも上回っていること)、要旨4(被控訴人研究所が所沢産野菜等を調査したところ、〇・六四ないし三・八〇pgTEQ/gものダイオキシン類が検出されたが、これはこれまで全国の野菜を対象に調査した結果に比べ突出しており、約一〇倍高いこと)、要旨5(所沢市周辺のダイオキシン類による大気汚染濃度は、日本の平均より五ないし一〇倍高く、日本は世界より一〇倍高いこと)及び要旨6(体重四〇キログラムの子供が所沢産ほうれん草を二〇ないし一〇〇グラム食べた場合にWHOが定める耐容一日摂取量である一pgTEQ/kg/日の基準を超えること)の各事実並びに要旨7(「(所沢産のほうれん草は)余り安全とは言えないですね。」、「(所沢産の野菜を食べるのは)他の所の食べるものに比べると、当然リスクは大きくなるわけです。」、「(所沢産の野菜を食べると)実際の被害を受ける可能性がありますから。」、「(所沢産の野菜から検出されたダイオキシン類濃度の値は)行政なり、厚生省なりがですね、みんながその本気になって考えないといけない値じゃないかなあと、私は、あのまだ調査の途中ですけれどもそういう感じを持っています。」とのAの発言)の論評であることは、原判決が正当に判示するとおりである。
 これに対し、控訴人らは、テレビ報道は、視聴者に対し、画面に映し出された映像という最も鋭敏な感覚である視覚に訴えかける方法によって、その内容を強く印象づけることが可能であり、効果音という聴覚に訴えかける方法によって、番組制作者の意図に合わせた疑惑や衝撃を惹起させることが可能であるから、本件における摘示事実の認定は、上記テレビ報道の特性を考慮して行わなければならず、テレビ報道における名誉毀損の成否が問題になる場合には、ナレーションや映し出された映像、効果音、編集による放送内容の順番などを合わせ考慮した番組全体から、一般視聴者の善通の注意と普通の知識に基づいて、その受けた印象を認定すべきであり、テレビ報道では、テレビ局側が意図的に一般視聴者に対して与えた印象が、摘示事実であり主要事実になると主張し、上記第二の一、(2)、イ、(イ)@ないしBの本件放送の前半の録画部分及び同(ウ)CないしEの本件放送の後半の対談部分が上記主要事実であると主張する。
 確かに、テレビ報道は、新聞、雑誌等の記事による報道に比べ、テレビ局がナレーション、映像、効果音、編集等を工夫することにより、視聴者が受ける印象が著しく異なるものになることがあり得るのであり、本件においても、所沢市周辺に存在する数多くの廃棄物焼却炉とその操業中の光景、ダイオキシン類に対する不安を訴えている一部住民らの声、所沢市農業協同組合が何故かダイオキシン類の濃度に関する分析調査結果を公表しないことによる関係住民の不安、所沢及びその周辺の土壌中や大気中に含まれるダイオキシン類の濃度が高い旨の調査結果があることについての感想などの相対的ないし主観的な事実を順次積み上げてAとFの対談に至り、その間、疑惑ありげな状況を窺わせるナレーション、効果音、テロップ、説明板等を用いるなどの番組制作上の工夫をしていることからすると、被控訴人らにおいて、特に所沢の農家が生産している野菜類の具体的な危険性を告発する意図を有していなくとも、一般視聴者に対し、所沢産の野菜が広くダイオキシンに汚染されており、それを摂取することにより健康被害が発生するおそれがあるという印象を与えるものであることは否定できず、上記印象自体が主要事実であるとする控訴人らの主張も理解できないではない。
 しかしながら、名誉毀損の真実性の立証の対象となる事実ないし論評がどのようなものであるかは、報道機関の表現行為に重大な影響を与えるため、明確なものでなければならないことはいうまでもないところであり、一般視聴者がテレビ報道を視覚と聴覚でとらえたことによって受ける印象は、千差万別であって、これを客観的に分類ないし識別したり、その内包と外延とを客観的に定義づけたりすることはほとんど不可能事に属することに鑑みると、仮に、控訴人らが主張するテレビ報道の印象というものを真実性の立証の対象とするとしても、立証の対象事項が極めて不明確になることは明らかであり、ひいてはテレビ局の報道による表現行為を客観的な基準なく著しく規制することになりかねない。特に、本件放送は、ダイオキシン類を摂取することによる健康被害等についてされたこれまでの調査等を取り上げた上、人が食べる野菜等農作物につきダイオキシン類の数値について報道するものであり、それに関連して所沢産の野菜から検出されたダイオキシン類の濃度等に言及しており、日常的に一般視聴者の口に入る食品がダイオキシン類に汚染されることによる人体への影響を警告するものであるから、このような警告に関連して関係住民のみならず国民一般が受ける印象が源となって報道が結果的に行政の適切な対応を促すこととなる諸般の動きが生じ、拡大することもあり得ないわけではない。このような報道から一般視聴者が受ける多種多様な印象万般についてまで、報道機関側に厳格な真実性の立証を負担させることは、可能ではないし、同時に、ダイオキシン類による環境汚染、国民一般の健康に対する影響等の高度の公共の利害に関する事項についての専ら公益を図る目的に出た報道がなるべく速やかに視聴者に届き、国民一般の間で自由な意見交換と健全な世論形成が行われることの重要性と有意義さ(逆に報道のもたらすべき印象等に討する過度の自主規制が生み出す萎縮効果の弊害)に照らすと、そのような立証を負担させることは、相当でもないといわなければならない。
 したがって、テレビ報道においても、このような印象そのものではなく、映像により画面に映し出された事実、ナレーションの内容、アナウンサーや出演者の発言、画面上のテロップ等によって明確に表示されたところから一般視聴者が通常受け取る事実ないし論評が、真実性の立証の対象になると解するのが相当である。そのように見てくると、控訴人らが主張する上記印象をもってして、真実性の立証の討象となる事実ないし諭評に当たるとの見解は、直ちに採用することができない。
 そこで、以下においては、上記第二の一、(2)、イ、(イ)@ないしB及び同(ウ)CないしEの事実ないし論評についての真実性の証明について、個別に検討することとする。
イ @の「所沢市農業協同組合は、高い数値が出たから、農家の生計を守るために所沢産野菜のダイオキシン類の分析調査結果をあえて公表しない」について
 控訴人らは、所沢市農業協同組合が所沢産野菜に含まれるダイオキシン類の分析調査を行ったにもかかわらず、高い数値が出たことから農家の生計を守るためあえて公表しないことが真実性の立証を要する事実であると主張する。
 しかし、本件放送においては、要旨2のとおり、所沢市農業協同組合は、所沢産野菜のダイオキシン類の分析調査を行い、営農者や消費者の一部からその調査結果の公表が求められたが、これを公表しないという事実が報道されているのであり、高い数値が出たため農家の生計を守るためにあえて公表しないという事実までが摘示されていると認めることはできない。すなわち、本件放送において、所沢市農業協同組合が調査結果を公表しないという事実が報道されたことにより、一般視聴者の相当数が、高い数値が出ているのに隠しているのではないかという疑念を抱いたであろうことは否定できないが、控訴人らが主張する上記事実は、本件放送により一般視聴者が受けたと思われるそのような印象に関するものにすぎず、前記のとおり、このような印象についてまで真実であることの立証をさせるのは相当でないから、上記控訴人らの主張は、採用の限りでない。
ウ Aの「所沢は、ドイツでは農作物の生産規制が行われるほど、また、セベソの爆発事故の結果農業が禁止された値を上回るほど、ダイオキシン類に汚染されており、専門家によれば所沢は農業禁止である」について
(ア)控訴人らは、上記Aのうち、本件放送において、ドイツで農産物の生産規制が行われる土壌汚染の数値四〇pgTEQ/gは、牛乳等畜産物への移行に配慮した牧草地の勧告値であり、本件の所沢産野菜のような農作物の生産規制ではなく、土壌から根を経由する農作物への移行による汚染度に関する科学的根拠はないため、ドイツには野菜の生産規制値に関する土壌汚染規制値はないと主張する。
 そこで検討するに、ドイツでは、ダイオキシン類によって汚染された土壌の利用と修復に関する目標値と勧告措置に関するガイドラインが報告され、政府に承認されたこと、同報告の中で、ダイオキシン類濃度が五から四〇pgTEQ/gまでの土壌について食物生産は禁止されないが、食物中の濃度の増加が見られたら中止すべきとし、四〇pgTEQ/gを超える土壌については、農業及び園芸への使用を制限する旨が勧告されたものであること、環境庁による平成九年度ダイオキシン類総合パイロット調査において、所沢市周辺の土壌から六二ないし一四〇pgTEQ/gのダイオキシン類が検出され、埼玉県が平成八年一一月に行った調査において、所沢市三富地区の土壌から、地表から〇ないし五センチメートルについては一一ないし一〇〇pgTEQ/g、平均四二pgTEQ/g、地表から〇ないし二センチメートルについては一三ないし一三〇pgTEQ/g、平均五四pgTEQ/gのタイオキシン類が検出され、G教授らが平成七年及び平成八年に行った調査によれば、所沢市周辺の土壌から九〇ないし三〇〇pgTEQ/g(平成七年)、六五ないし四四八pgTEQ/g(平成八年)のダイオキシン類が検出されたことが認められることは、原判決が認定したとおりである。したがって、所沢市周辺では、ドイツで農業及び園芸への使用を制限する旨勧告されている四〇pgTEQ/gを超えるダイオキシン類が検出されていると認められる。
なお、<証拠略>によれば、上記ドイツの規制値は、乳牛放牧地として要求される値であり、食用農作物を念頭に置くものではないこと、及び、植物へのダイオキシン類の移行は土壌からではなく主として大気からであり、オランダやスウェーデン、米国ではこのような規制値が設定されていない、といった意見ないし批判があることが認められるが、これらの証拠に係る文献は、いずれも本件放送があった平成一一年二月よりも後に発表されたものであり、本件放送当時既に発表されていた乙四(ダイオキシン排出抑制対策検討会報告・平成九年五月)、乙六(平成六年度ダイオキシン海外調査報告書・平成七年七月)及び乙七(丙川夏子作成の意見書・一九九八年九月一一日)には、四〇pgTEQ/gを超える土壌について、ドイツにおけるガイドラインでは農業ないし園芸目的の利用が規制される旨が記載されている。したがって、本件放送当時、所沢の土壌に含まれるダイオキシン類の濃度は、ドイツのガイドラインに照らすと農業が規制されるほど高かったという事実は誤りではないから、控訴人らの上記主張は、採用することができない。
(イ)本件放送は、丙川夏子の「所沢は基本的に農業禁止」との講演における発言を報道しているにとどまり、所沢は農業が禁止される旨の事実を報道し、又はそのように禁止される旨を論評しているわけではないから、所沢は農業が禁止されるということは、本件における真実性の立証を要する対象事項には含まれないと解される。
エ Bの「所沢産ほうれん草などの野菜は、高濃度のダイオキシン類に汚染されており、食べたら危ない」について
 上記Bのうち、「食べたら危ない」という部分は、本件放送により一般視聴者が受けたと思われる印象を指摘したものにすぎず、このような印象についてまで、被控訴人らにおいて真実であることを立証しなければならないものではない。また、所沢産ほうれん草などの野菜が高濃度のダイオキシン類に汚染されているという事実の真実性は、後記オ、カ、キ(上記第二の一、(2)、イ、(ウ)のCないしE)における検討事項に関わり、これを包摂するものであるから、当該箇所において判断する。
 なお、控訴人らは、ダイオキシン類の汚染の程度は、栽培地と汚染源との位置関係、風向き、栽培方法、分析に供する検体の前処理などによって結果が大きく異なるので、平成一一年二月一日に「所沢産ほうれん草などの葉物野菜は、高濃度のダイオキシンに汚染されている」と報道する以上、当然にこれに近い時点の葉物野菜の分析結果をもって判断すべきであると主張するとともに、本件放送の直近のものは、本件放送直後に行われた三省庁合同による調査と埼玉県による調査であるが、いずれも高濃度のダイオキシン類に汚染されている事実は認められなかったと主張する。
 しかし、本件放送は、その時期にかかわらず、所沢産の野菜から高濃度のダイオキシン類が検出されたという調査結果の存在するという事実を取り上げ、それによる健康影響の可能性を警告しようとする報道目的に出たものと認められるのであって、本件放送の直近の時点におけるダイオキシン類の正確な数値を問題にするものではない。したがって、報道に直近する時点における汚染の分析結果をもって判断すべきであるとの控訴人らの主張は、直らに採用することができない。
オ Cの「被控訴人研究所が調査したところ、所沢産ほうれん草をメインとする葉物野菜のダイオキンン類の濃度は、最高三・八pgTEQ/gのものがある」について
(ア)本件放送で摘示されたダイオキシン類濃度のうち、三・八pgTEQ/gは、被控訴人研究所が調査した所沢産の煎茶が示した値であって、ほうれん草をメインとする葉物野菜の数値ではないことは明らかであるから、被控訴人研究所の調査結果のみによって葉物野菜に係る数値として真実であることが証明されたということはできない。結局、被控訴人らは、本件放送の時点において、所沢産の野菜につき三・八pgTEQ/gに相当するダイオキシン類が検出された旨のデータを有していなかったものであるから、煎茶が示した数値であることを明確に断った上でこれを報道することをしなかった被控訴人朝日放送及びこれは煎茶が示した数値であることを同被控訴人に本件放送前に明確に伝えず、本件放送内でも「葉っばもの」という表現を用いたAの対応については、一般の視聴者に所沢産の野菜から三・八pgTEQ/gという高濃度のダイオキシン類が検出されたとの認識を抱かせるものであり、不適切なものであったといわざるを得ない。
 しかしながら、本件放送の時点では判明していなかったものの、その当時既に、前記認定のとおり、G教授が調査した本件白菜から三・四pgTEQ/gのダイオキシン類(コプラナーPCBを含まない。)が検出されたという調査結果は存在していたのであり、G教授の証言によれば、コプラナーPCBを含めた場合の濃度は含めない場合の濃度の約一・一ないし一・二倍となるのが通常であると認められ、本件白菜のダイオキシン類の濃度にコプラナーPCBを含めた場合のダイオキシン類の濃度は、本件放送において報道された三・八pgTEQ/gに匹敵し、又はこれを超えると推定されるから、本件放送当時、所沢産の野菜の中に三・八pgTEQ/gのダイオキシン類を含むものが存在したことは事実と認められ、結局そのことについての真実性の証明があったと認められることは、原判決が正当に判示したとおりである。
(イ)これに対し、控訴人らは、本件白菜の分析結果は本件放送で一切摘示されておらず、被控訴人らは、あくまでも被控訴人研究所による所沢産野菜の調査結果として報道しているのであって、科学的な調査結果の信憑性は調査名義人によって大きく異なることを考慮しても、結果的にG教授の調査により三・四pgTEQ/gのダイオキシン類が検出された本件白菜が一検体だけあったということにより、所沢産の野菜から高濃度のダイオキシン類が検出されたとの事実につき真実性の立証があったということはできないと主張する。
 しかし、三・八pgTEQ/gを超えるダイオキシン類の濃度を示す所沢産の野菜が、被控訴人研究所の調査に係るものであるか、他の調査に係るものであるかという点は、所沢産の野菜の安全性に関する理解の程度ないし深まりにそれなりの影響を及ぼすものではあるが、その理解を根本的に左右するに至るまでのものではなく、特に、ダイオキシン類による農作物の汚染の実態及びそれによる人体への健康影響を明らかにしようとする上で、所沢で栽培された野菜から高濃度のダイオキシン類が検出されたという調査結果があることを報道することが本件放送の趣旨であることに鑑みれば、高濃度のダイオキシン類が検出されたのは被控訴人研究所が行った調査によるものか否かという部分は、本件放送による報道において提示された事実の主要な部分に当たらないというべきである。
 また、三・四pgTEQ/gという高濃度のダイオキシン類が検出されたのは、G教授の調査に係る一検体(本件白菜)のみであるが、上記のような本件放送による報道の趣旨に照らすと、所沢産の野菜から一般的にそのような高濃度のダイオキシン類が検出されているということではなく、そのような野菜が一つでもあったという事実を発表することが有意義というべきであるから、本件白菜のみにより所沢産の野菜から高濃度のダイオキシンが検出されたとの事実につき真実性の立証があったということはできないとの控訴人らの上記主張は、採用することができない。
(ウ)さらに、控訴人らは、本件放送中の説明板に記載された数値やAの説明による数値は、いずれもコプラナーPCBを含まないことを前提としており、被控訴人研究所の調査によって分析機関が検出した化学物質もコプラナーPCBを含まず、したがって、所沢産のほうれん草をメインとする葉物野菜から検出されたダイオキシン濃度として発表された三・八という数字も、コプラナーPCBを含んでいないことを前提にしたものであり、真実性立証の成否は、コプラナーPCBを含まない摘示事実について行われるべきであるから、本件白菜につきコプラナーPCBを加算した値を持ち出して三・八pgTEQ/gを超えるという結諭を導くことは、摘示されていない事実をもって真実性の立証対象とするものであって不当であり、同様に、本件白菜から検出された三・四pgTEQ/gを、一・一倍から一・三倍にして算出した推定値をもってコプラナーPCBを合算した検出値と認定するのは不当であり、さらに、本件放送は、推定されるダイオキシン類の濃度ではなく、実際に検出された数値を報道するものであるから、真実性の立証対象事実は、実際の検出値であって推定値であってはならず、したがって、所沢産の野菜から三・八pgTEQ/gのダイオキシン類が検出されたとの事実の真実性が立証されたということはできないなどとるる主張する。
 確かに、本件放送において取り上げた分析調査において摘示したダイオキシン類の濃度は、コプラナーPCBを含まない数値であるが、所沢産の野菜がダイオキシン類に汚染されているのではないかとの不安が住民の間に広がっており、所沢市農業協同組合が所沢産の野菜から検出されたダイオキシン類の調査結果を公表しないことが問題になっている状況において、所沢産の野菜から三・八pgTEQ/gにも達する高濃度のダイオキシン類が検出されたという調査結果があることを報道し、人体への影響につき警告を発することが本件放送による報道の趣旨であることに照らすと、一ないし三割分に相当する同じダイオキシン類であるコプラナーPCBを加算すると上記数値を超えるほど高濃度のダイオキシン類が所沢産の野菜から検出されたという事実は、相当顕著で重要な事象というべきである。したがって、現実に検出されたダイオキシン類の濃度に、同じ危険性を有するダイオキシン類であるコプラナーPCBを含めるか否かによって、一般視聴者に誤った認識を抱かせるおそれはほとんど認められないから、コプラナーPCBを含めるか否かは、本件放送による報道が提示した事実の主要な部分には当たらないというべきである。
 同様に、三・八pgTEQ/gにも達する高濃度のダイオキシン類が含まれている所沢産の野菜の存在が判明したことを発表するという本件放送による報道の趣旨からすると、実際に検出された数値ではなく、それを踏まえて推定されるコプラナーPCBの数値を加えて算定した推定値に基づいて、所沢産の野菜から三・八pgTEQ/gのダイオキシン類が検出されたとの事実についての真実性の証明の有無を判断することも、本件における違法性の判断手法として不合理ないし不当なものとは認められない。したがって、発表されたダイオキシン類の濃度の数値が、推定値か現実の検出値かということも、本件放送による報道が提示した事実の主要な部分には当たらない。
(エ)以上の次第であるから、結果的にG教授の調査に係る所沢産の本件白菜から、コプラナーPCBを含めて三・八pgTEQ/gを超えるダイオキシン類が検出されたとの事実が認められる以上、所沢産の葉物野菜から検出されたダイオキシン類の濃度は、最高三・八pgTEQ/gのものがあったとの事実について、真実性の立証はあったと解するのが相当である。
カ Dの「所沢産の野菜のダイオキシン類の濃度は、我が国平均の一〇倍高い。世界平均から見たら一〇〇倍近く高い。」について
(ア)本件放送は、要旨5のとおり、所沢市周辺のダイオキシン類による大気汚染濃度は、日本の平均より五ないし一〇倍高く、日本は世界の平均より一〇倍高いことを摘示しており、各種調査結果によりそのことは真実であると認められるが、所沢産の野菜に含まれるダイオキシン類の濃度について、そのような報道があったと見ることはできない。
 すなわち、本件放送においては、Fが所沢産野菜のダイオキシン類の濃度に関し、「全国が〇から〇・四三のところ、所沢の葉物は〇・六から三・八。これはどの程度ひどいんですか。」と尋ねたのに対し、Aが「まあ一〇倍。」(この一〇倍という部分に限れば、所沢産野菜について述べていると解されるところ、それが真実であることは、後記(イ)のとおりである。)と答えた上、続けて、「日本のあの、平均の大気汚染に対して、ま、所沢のは四、五倍高いと思うんですけれども、日本がさらに諸外国より一〇倍くらい高いんですけど、所沢はやはり全国に比べてそれを見ますと、一〇倍、五倍から一〇倍高い、ということが、ま、私たちの今までの調査で分かりました。」と大気汚染について述べたのに対し、Fが、「今の話をちょっと、ふわっと聞いちゃったんですが、そうすると世界的レベルから見ると、日本全国が一〇倍高い。それよりも所沢は一〇倍高い。ということは世界的レベルから見ると、所沢の野菜は、ダイオキシン濃度は一〇〇倍高いということですか。」と野菜の話と大気汚染の話とを混同した質問を続け、これに対し、Aが「まあ、一〇〇倍高いということもないんですけれども、やはり、私たちが今まで調べた中では突出して高いですね。」と答えている部分は、Fの発言を聞いた一般視聴者が、所沢産の野菜のダイオキシン類の濃度は世界レベルからすると一〇〇倍高いと誤解しかねないやり取りであることは明らかであり、大気汚染の話がされているにもかかわらず、野菜の汚染の問題と混同した議論に持ち込んでしまったFと、大気汚染と野菜の汚染のレベルは異なるからFのその論法が誤っていると明確に指摘しないままやや曖昧に所沢産の野菜の汚染が高濃度である旨の総括的な説明をしてしまったAとのいずれの問答についても、不適切な表現があったといわざるを得ない。
 しかしながら、Aは、「平均の大気汚染に対して所沢のは四・五倍高い云々」と留保したのみならず、所沢の野菜のダイオキシン類の濃度は世界レべルより一〇〇倍高いのかというFの質問に対し、「一〇〇倍高いということもない」と明言していることからすると、このようなAの発言を聴いた一般視聴者が、これらの倍数が大気汚染の濃度として述べられたものであることを理解することは可能であり、上記のようなFとAのやり取りが全体として「所沢の野菜に含まれるダイオキシン類の濃度が世界平均より一〇〇倍も高い」との事実ないし論評をその内容とするものであると受け取ったと見ることはできない。
 そうすると、本件放送において、所沢産のダイオキシン類の濃度は世界平均からすると一〇〇倍高いとの事実が摘示されたと認めることはできないから、控訴人らの上記主張は、採用することができない。
(イ)所沢産の野菜から、我が国の平均に比べ一〇倍高い濃度のダイオキシン類が検出されたとの事実は、被控訴人研究所が調査した所沢産のほうれん草から〇・六四ないし〇・七五pgTEQ/gの、G教授が調査した所沢産ほうれん草から〇・七一八pgTEQ/gのダイオキシン類が検出されたこと、他方、G教授が調査した滋賀県産のほうれん草から〇・〇七二pgTEQ/g及び産地不明の生協市販品のほうれん草から〇・〇六三pgTEQ/gのダイオキシン類が検出されたこと、また、所沢産の白菜についてみると、厚生省の平成九年度の全国調査に係るダイオキシン類の濃度の平均値は、〇・〇〇三pgTEQ/gであるのに対し、G教授が測定した本件白菜のダイオキシン類の濃度が三・四pgTEQ/gであること(以上いずれもコプラナーPCBを除く。)などにより、真実であると認められることは、原判決が正当に判示するとおりである。
 なお、数多くある所沢産の野菜のうち、被控訴人研究所が調査した所沢産ほうれん草、G教授が調査した所沢産ほうれん草及び本件白菜から高濃度のダイオキシン類が検出されたことをもって、一般的に所沢産の野菜のダイオキシン濃度は我が国平均の一〇倍高いと報道したならば、一般視聴者に誤解を招くおそれがあるところ、本件放送の中にそのような印象を与えるかのような部分が見られなくはないことについては、問題がないとはいえない。
 しかし、本件放送の全体を見れば、所沢産の野菜から高濃度のダイオキシン類が検出されたという調査結果があったということが報道されていると理解することができるのであって、所沢産の野菜類のすべてにつき一般的にダイオキシン類の濃度が全国平均の一〇倍であるという報道がされたわけではないと認められるから、高濃度のダイオキシン類が検出された所沢産の野菜のダイオキシン類の濃度が我が国平均の一〇倍高いとの事実は、主要な部分において真実であることの証明があったと解するのが相当である。
キ Eの「所沢産ほうれん草を少しでも食べると、WHOの基準(一pgTEQ/kg/日)に達してしまうので安全とはいえない。そんなものを買ったら、他産地のほうれん草に比べると、当然自分のリスクは大きくなり、実際の被害を受ける。アウト(おしまい)である。」について
(ア)本件放送においては、要旨6のとおり、体重四〇キログラムの子供が所沢産ほうれん草を二〇ないし一〇〇グラム食べた場合にWHOが定める耐容一日摂取量である一pgTEQ/kg/日を超えるという事実が摘示されており、Aは、要旨のとおり、「(所沢産のほうれん草は)余り安全とは言えないですね。」、「(所沢産の野菜を食べるのは)他の所の食べるものに比べると、当然リスクは大きくなるわけです。」、「(所沢産の野菜を食べると)実際の被害を受ける可能性がありますから。」と論評していることが認められる。
 こうした要旨6の事実が主要な部分において真実であり、また、上記のような要旨7のAの論評の前提となる事実のうち主要な部分が真実であり、論評部分についても穏当な表現が用いられ、意見ないし論評としての域をさほどに逸脱したものでないことは、原判決が正当に判示するとおりである。
(イ)これに対し、控訴人らが主張するような一所沢産ほうれん草を少しでも食べると一pgTEQ/kg/日に達してしまう」との事実は、本件放送においては摘示されているとは認められず、これはあくまで本件放送により一般視聴者が受ける可能性のある印象を控訴人らが指排したにすぎないというべきであり、前記のとおりこのような印象についてまで真実であることの立証をさせるのは相当でないから、これ自体は真実性を立証する必要のある事項には含まれないというべきである。
 また、Aは、所沢産ほうれん草を摂食することによる健康被害の可能性を指摘する意見を述べているにすぎないのであり、所沢産のほうれん草を食べたら実際の被害を受けると断言しているのではないから、そのような論評があったとの控訴人らの主張は、採用の限りでない。
(ウ)控訴人らは、WHOの決定した基準とは、科学的に妥当性が高いと認められた知見に基づき決定された耐容一日摂取量(TDI)=四pgTEQ/kg/日であり、本件放送において摘示された一pgTEQ/kg/日という数値は、究極の目標値であり、WHO専門家会合の決定の趣旨は、それ以下にすることを目標とするというものであり、WHOによって採用された基準ではないから、WHOの基準が一pgTEQ/kg/日であるとの摘示事実も真実ではないと主張する。
 そこで検討するに、WHOは、ダイオキシン類を人が生涯にわたって継続的に摂取したとしても健康に影響を及ぼすおそれがない耐容一日摂取量(TDI)について、一九九八年五月に開かれた専門家会合において、それまでに蓄積された実験結果等を踏まえ、従前の一〇pgTEQ/kg/日を一ないし四pgTEQ/kg/日に変更し、かつ、コプラナーPCBをダイオキシン類に加えたこと、上記専門家会合は、ラットの出生仔の精子減少が、人間に換算すると一四pgTEQ/kg/日のダイオキシン類により生じており、また、ラットの生殖等異常が、人間に換算すると三七pgTEQ/kg/日のダイオキシン類により生じていることから、安全係数を一〇として一・四と三・七pgTEQ/kg/日という数値を算出し、耐容一日摂取量として一ないし四pgTEQ/kg/日という数値を定めたこと、その際、耐容一日摂取量としては、学問的には、厳しい方の数字の一pgTEQ/kg/日を採択すべきとする考え方があり、他方、各国の食物や大気及び土壌からの実際に摂取されるダイオキシン類の量、各国の国内法の規制値からみて、耐容一日摂取量として一pgTEQ/kg/日を直ちに実現することは困難であり、四pgTEQ/kg/日とすべきであるとの考え方もあったため、結局、一ないし四pgTEQ/kg/日という幅のある数値が決定されたものであること、これは、上限値の四pgTEQ/kg/日を当しては、耐容一日摂取量を一pgTEQ/kg/日にまで減らすべきであるとの考え方でもあったことは、原判決が正当に認定したとおりである。本件放送において摘示された一pgTEQ/kg/日という数値は、上記WHO専門家会合が定めたダイオキシン類の耐容一日摂取量の厳しい方の数値であり、A自身「WHOが去年の春に一日の摂取量というのを、厳しいのを出しました。一ピコグラム。」と発言していることからしても、Aは、安全性を見込む立場から、厳しい方の一pgTEQ/kg/日を摘示したと認められ、そのこと自体は学問的に誤りであるということはできない。
 したがって、AがWHOの前記基準のうちの厳しい数値を示して説明したことは、主要な部分において真実であるというべきである。
(エ)控訴人らは、「アウト(おしまい)である。」との論評は真実ではないと主張するところ、この「アウト」という表現は、本件放送内で示された説明板の「野菜のダイオキシン濃度」の下方に「約一〇〜四〇gでアウト」という形で用いられている。
 この「アウト」との説明板の記載は、所沢産の葉っばものから三・八pgTEQ/gのダイオキシン類が検出されたことについてのAの発言の際に映し出されているものであるところ、その際のAの発言が本件放送の主要な部分であり、上記説明板の記載が本件放送の主要な部分を構成しないことも、原判決が正当に判示しているとおりである。したがって、「アウト」という表現につき、真実性の立証が必要であると解することはできない。
(3)被控訴人研究所の不法行為
 控訴人らは、被控訴人研究所の代表者であるAは、大気のダイオキシン類の汚染に関する専門家として、一般視聴者に専門的な事項を伝える際には、独自の特異な見解ないし意見を一方的に伝えるだけでなく、科学的に妥当性が高いと広く認知された見解を紹介した上で、私的見解を説明すべき注意義務を負っているにもかかわらず、極めて特異な見解をあたかも科学的常識であるかのごとく披露し、また、被控訴人朝日放送に対し、「〇・六四から三・八pgTEQ/g」(高いものは煎茶)との数値を情報提供した際、被控訴人朝日放送に対し、「農作物の数値」などという漠然とした表現を用いることにより、同被控訴人に「野菜の数値」との誤解を生じさせたものであるから、専門家として適切な情報提供を行うべき注意義務に違反しており、被控訴人研究所は、かかる代表者の意見の披露及び情報提供行為により、被控訴人朝日放送の名誉毀損行為を招来し、控訴人らに経済的損害を与えた旨主張する。
 しかし、Aが被控訴人朝日放送に提供した情報が全く独自の見解に基づくものであると認めるに足りる的確な証拠はないし、これまで判示したとおり、Aが本件放送に出演して述べた意見、論評につき違法性があると認めることはできず、また、煎茶から検出されたグイオキシン類の濃度であることを被控訴人朝日放送に正しく伝えなかった対応等に不適切な点はあったものの、その不適切な対応を伴いつつ番組制作された本件放送による名誉毀損については、前記のとおり違法性は認められないのであるから、Aが本件放送に出演して自己の意見を披露したことにつき、被控訴人研究所が不法行為責任を問われる筋合いはないというべきである。
 さらに、被控訴人朝日放送の要請に応じてされたAの情報提供行為が、控訴人らとの関係において不法行為に当たるか否かは、被控訴人研究所が被控訴人朝日放送に提供した情報に基づいて番組制作された本件放送による報道のために、控訴人らの名誉が毀損され、そのことが不法行為に当たるか否かによって決せられると解されるところ、本件放送による報道については、控訴人らの名誉を毀損するものであるが、前記のとおり違法性が認められないから、不法行為は成立しない。したがって、被控訴人研究所は、被控訴人朝日放送に対してした情報提供について、不法行為責任を負うことはないというべきである。
三 まとめ
 以上によれば、被控訴人らによる本件放送による報道及び被控訴人研究所の被控訴人朝日放送に対する情報提供行為は、控訴人らに対する不法行為に当たると解することができないから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らの請求はいずれも理由がない。
第四 結論
 よって、以上と同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからいずれも棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所民事第9部
 裁判長裁判官 雛形要松
 裁判官 小林正
 裁判官 萩原秀紀


別紙 当事者目録
控訴人(原告)丁原松夫<ほか四〇名>
以上四一名訴訟代理人弁護士 長島佑享
同 三角元子
同 佐藤恭子
同 久山竜治
長島佑享訴訟復代理人弁護士 林原菜穂子
被控訴人(被告)全国朝日放送株式会社
代表者代表取締役 N
訴訟代理人弁護士 秋山幹男
同 近藤卓史
被控訴人(被告)株式会社環境総合研究所
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 保田行雄
同 牛島聡美

別紙 請求債権目録<略>
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/