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【事件名】偽ブランドのポロシャツ販売事件
【年月日】平成14年1月30日
 東京地裁 平成13年(ワ)第4981号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成13年11月26日)

判決
原告 株式会社ゴールドウイン
訴訟代理人弁護士 安原正之
同 佐藤治隆
同 小林郁夫
訴訟復代理人弁護士 鷹見雅和
被告 株式会社しまむら
訴訟代理人弁護士 田島義久
同 山田雄介
同 川井理砂子
被告 株式会社三島


主文
1 被告らは原告に対し、各自金1236万円、及びこれに対する被告株式会社しまむらについては平成13年3月24日から、被告株式会社三島については同年3月27日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、別紙商標目録(1)及び(2)記載の各商標(以下「本件商標」と総称する。)と同一の標章(以下「本件標章」という。)を付したポロシャツを輸入し、販売した被告らの行為が、原告の有する商標権を侵害するとして、原告が被告らに対し損害賠償を請求した事案である。
1 前提となる事実(争いがないか、弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 原告は、繊維製品等の販売、製造、輸入等を業とする株式会社である。
 被告株式会社しまむら(以下「被告しまむら」という。)は、百貨店及びチェーンストアの経営等を業とする株式会社であり、被告株式会社三島(以下「被告三島」という。)は、繊維製品卸及び小売等を業とする株式会社である。
(2) 原告は、以下の各商標権を有する。
ア 登録番号 1623269号の2
 出願年月日 昭和47年6月22日
 登録年月日 昭和58年10月27日
 指定商品 被服(運動用特殊被服を除く)及び布製身回品(他の類に属するものを除く)
 登録商標 別紙商標目録(1)記載のとおり
イ 登録番号 1420861号
 出願年月日 昭和50年9月19日
 登録年月日 昭和55年6月27日
 指定商品 被服及び布製身回品
 登録商標 別紙商標目録(2)記載のとおり
(3) 被告三島は、平成12年3月ころ、インドネシアで製造された、本件標章を付したポロシャツ(以下「本件商品」という。)を1万2907枚輸入して、これを被告しまむらに販売した。
 被告しまむらは、被告三島から購入した本件商品を少なくとも1万2324枚(原告は1万2360枚と主張する。)販売した。
2 争点及び当事者の主張
(1) 被告らの本件商品の販売は、いわゆる真正商品の販売として、実質的違法性を欠くといえるか。
(被告しまむらの主張)
 本件商品は、国外において商標を適法に付した上で拡布されたものであって、かつ、国外で商標を適法に付して拡布した者が原告と同一人と同視されるような特殊な関係がある場合に当たるので、いわゆる真正商品である。なお、本件商品と真正商品とは、糸が単糸である点、糸番は20番である点、前たての芯は不織布である点で一致し、両者の品質は同じである。
(原告の反論)
 争う。本件商品は、エレッセ社(イタリー)の中国及び香港における正規のライセンシーであるスワイヤー社により、適法に製造、販売されたものではなく、いわゆる真正商品には当たらない。
(2) 商標権侵害について、被告しまむらに過失がないといえるか。
(被告しまむらの主張)
ア 本件取引の経緯
 スワイヤー社は、本件商標に関する権利者であるエレッセ社から、香港及び中国における商標使用についてライセンスを受けている。ところで、スワイヤー社と被告三島は、沼田某の立会いの下、スワイヤー社の事務所において、商談をした。
 被告三島は、沼田某から、@スワイヤー社は中国と香港でのみ販売権を得たライセンシーであるが、沼田の経営に係る貿易商社(香港)にいったん販売し、販売地域を拘束されない貿易商社を経由して被告三島に輸出することとすれば、並行輸入の形式を整えることができること、A他方、沼田経営に係る貿易商社は、SHIPPERにはなれないので、三好某の経営に係るMIC社が、被告三島に輸出することにしたいとの説明を受けた。
 ところが、MIC社の三好は、スワイヤー社からは仕入れず、インドネシア所在の工場に発注した。したがって、本件商品はスワイヤー社によって適法に標章が付された商品ではない。それにもかかわらず、三好は、被告三島に対し「インドネシアの工場は、スワイヤー社の正規工場である」と説明したため、被告三島は、本件商品が真正商品であることに疑問を抱かなかった。
 被告しまむらは、被告三島から、本件商品がインドネシアの工場で製造された製品であるとの説明を受けていなかった。なお、被告しまむらは、被告三島と30年以上にわたり取引をしており、過去において、被告三島から、スワイヤー社の製造に係る本件標章の付されたいわゆる真正商品について取引をしたことがある。
イ 被告しまむらの過失の不存在
 並行輸入品の販売に当たって小売業者が負う注意義務の程度は、輸入業者の負う注意義務の程度より低いと解すべきである。すなわち、輸入業者は、並行輸入をする際に、その商品が真正商品であるかについて関心を持ち、その商品の流通過程について調査をしているはずである。他方、小売業者は商標権者との間に契約関係はないから、輸入業者と同じ程度の注意義務を求められると、市場における商品の自由な流通が阻害される。
 被告しまむらは、被告三島に対し、「商標権者の権利を侵害することが判明した場合、被告しまむらは当該商品の購入契約を破棄することができる。」ことを内容とする真贋誓約書(乙3)の提出を要求しているので、このような措置を講じたことで注意義務の履行としては十分であった。
 被告しまむらが、メーカーズインボイス又は直営小売店の販売インボイスを確認するなどの注意義務があったとの点については、輸入業者が販売インボイスを小売店に公開すれば、商品の調達価格が小売店に分かってしまうので、輸入業者に対して販売インボイスを要求すべき義務があると解するのは相当とはいえない。また、インボイスを確認しても、小売店である被告しまむらは、MIC社の三好が本来スワイヤー社に製造依頼すべきところをインドネシアの工場に発注した事実を知り得なかった。
 被告しまむらが、被告三島から納入を受けた1万枚を超える大量の商品のすべてを点検するのは、費用及び時間の点から不可能であり、そのような注意義務があると解するのは相当といえない。
 本件商品の被告三島からの仕入価格である1250円は、正規品の仕入価格(株式会社富山ゴールドウィンが、本件商品と類似する商品である品番ET10000A(以下「原告商品」という。)の丸紅株式会社からの仕入価格)である1636円と比較すると、並行輸入品として妥当な金額であるから、被告しまむらが、本件商品を真正商品と信じたことには、合理的な根拠が存在する。
 以上の取引経緯に照らすと、被告しまむらに、本件商品を真正商品であると誤認して販売したことについて過失はない。
(原告の反論)
 以下のとおり、被告しまむらには、本件商品が真正商品であると誤認したことについて過失がある。
ア 注意義務の程度
 被告しまむらは、真正商品か否かを確認することについて小売業者が負う注意義務の程度は、輸入業者より低いと主張するが、同被告の主張は失当である。
 需要者は、小売店の扱うものを真正商品であると信じて購入するのであり、このような小売業者の注意義務が輸入業者より低いと解することは相当でない。特に、被告しまむらは、700店を超える店舗を有し、高い信用力を有する、我が国屈指の衣料品販売業者であるが、このような小売業者が、その取扱商品について、真正商品であるか否かを確認する方法としては、自ら商品を調査、点検することなどが求められる。仮に、輸入業者の言を信じれば足りるのであれば、その取扱商品が真正商品であることの確認義務はないことになり、需要者は、誤認混同を来す結果となる。
イ 注意義務の不履行
(ア) 被告しまむらは、スワイヤー社は、香港及び中国における使用権者であるにすぎないこと、及びインドネシアで製造をしていないことを知っていたはずであるから、同社の契約書や製造指図書、インボイス等を確認すれば、本件商品が真正商品でなかったことが容易に知り得たにもかかわらず、被告しまむらは、仲介者とスワイヤー社との契約、スワイヤー社からインドネシアのメーカー等に対する注文等も含めて、取引書面を全く確認していない点において過失がある。
 また、本件において、スワイヤー社と被告三島との契約関係を明らかにする書類が存在しないにもかかわらず、被告しまむらが、被告三島が沼田の紹介で三好と共にスワイヤー社を訪れ商談したこと等の事実関係のみで、スワイヤー社と被告三島との間に取引があると信じたことには、過失がある。
(イ) 被告しまむらは、大手の衣料品販売業者であり、衣料品の品質には詳しいはずであるが、本件商品が真正商品であるか否かについて商品点検をしていない。この点、被告しまむらは、本件商品が被告三島の企画品であったことを商品の点検を行わなかった理由としているが、市販品でなく企画品であれば、より慎重に検討すべきである。
 小売業者は、偽造商品の取扱いを避けるために、その確認を単に輸入業者まかせにせずに、自ら検査をし、万一真正商品でないものを販売した場合は、購買者に対し謝罪し、返品を促す広告を行うなどの措置を講ずる義務があると解すべきところ、被告しまむらは、そのような対応を全く行っていない。
(ウ) 以上のとおり、被告しまむらは、スワイヤー社との関係が明らかでない者から、本件商品を輸入したにもかかわらず、取引書面の確認、商品比較を全くしていないのであるから、注意義務を履行していないといえる。
(3) 損害額について
(原告の主張)
ア 原告が製造しているポロシャツのうち本件商品と類似する製品である原告商品についての売上高及び諸経費は次のとおりである。
 販売数量 3613枚
 総売上 1372万0760円
 原価(1枚当たり) 1636円
 販売経費 63万1155円
 利益 717万8737円
イ 原告商品1枚当たりの販売価格は約3798円、輸入原価は1636円、販売経費は約175円となるから、1枚当たりの利益は約1987円となる。したがって、原告の原告商品の販売利益は、1枚当たり少なくとも1000円を下らない。
 3798円−1636円−175円=1987円
ウ 被告しまむらが販売した本件商品の数量は1万2360枚であるから、これに原告の単位数量当たりの利益額1000円を乗じると、1236万円となる。
 よって、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、商標法38条1項による1236万円となる。
(被告らの反論)
 原告は、原告商品を平成11年4月から平成12年3月までの間において、約3600枚しか販売していないのであるから、原告が1万3000枚近く販売する能力はないと推測される。
 また、本件商品が1万3000枚近く販売できたのは、被告しまむらの低額の価格設定(1900円)が寄与したからである。原告商品の価格設定(6300円)を前提とした場合には、上記数量分販売することはできなかったと推測される。
第3 当裁判所の判断
1 被告らの本件商品の販売は、いわゆる真正商品の販売として、実質的違法性を欠くといえるか。
 国内における登録商標と同一の商標を付した商品を輸入し、国内で販売するなどの行為は、商標権を侵害する。しかし、その例外として、当該商品が国外において、その商標を適法に付された上で拡布されたものであって、かつ、国外でその商標を適法に拡布した者と国内の商標権者とが同一人であるか又は同一人と同視し得るような特殊な関係があるときは、両商標が表示し又は保証する商品の出所、品質は同一ということができ、登録商標が有する出所表示機能及び品質保証機能を害するものではないから、登録商標と同一の商標を付した商品を輸入し、国内で販売する行為は、いわゆる真正商品の並行輸入、販売行為として、商標権の侵害行為としての実質的違法性を欠き、商標権侵害に当たらないというべきである。そこで、この点の特殊な事情が存在するか否かについて検討する。
 証拠(甲9、10、乙1)及び弁論の全趣旨によれば、スワイヤー社は、本件商標について国外の商標権を有するエレッセ社から、中国及び香港における本件商標の使用についてライセンスを受け、本件商標を付した商品を製造、販売していたこと、被告三島は、本件商品をMIC社から仕入れたこと、一方、スワイヤー社がMIC社に商品を販売したことはないこと、スワイヤー社の製造に係るポロシャツには、洗濯注意表示として「wschetrockn−er」との表記があるのに対し、本件商品には、洗濯注意表示として「aschetrockn−er」との表記があること等が認められ、これに反する証拠はない。これらの事実を総合すると、本件商品は、国内の商標権者である原告又は原告と同視し得るような特殊な関係にある者によって製造され、拡布された商品ということはできない。被告しまむらは、本件商品は、糸が単糸である点、糸番は20番である点、前たての芯は不織布である点でエレッセの真正商品と一致するから、本件商品は真正商品である旨主張するが、上記認定に照らして、採用できない。
 以上のとおり、本件商品を輸入、販売する被告らの行為が、いわゆる真正商品の輸入、販売行為であり、違法性を欠くとの被告しまむらの主張は採用できない。
2 商標権侵害について、被告らに過失がないといえるか。
 上記のとおり、本件商標と同一の標章を付した本件商品を輸入し、販売した被告らの行為は、原告の有する商標権を侵害する。したがって、被告らは、侵害行為をするについて過失があったと推定される(商標法39条、特許法103条)。そこで、本件において、同推定を覆すに足りる事情があるか否かについて検討する。
(1) 前記のとおり、登録商標と同一の商標を付した商品を輸入し、国内で販売する行為は、当該商品が国外において、その商標を適法に付された上で拡布されたものであって、かつ、国外でその商標を適法に拡布した者と国内の商標権者とが同一人であるか又は同一人と同視し得るような特殊な関係があるという特段の事情が認められない限り、商標権の侵害行為に当たるというべきである。したがって、このような商品を販売しようとする者は、取引をするに当たって、あらかじめ、上記の特段の事情が存在することについて、客観的な資料により確認すべき注意義務があるというべきである。
 証拠(乙3)及び弁論の全趣旨によれば、本件商品は、エレッセ社から中国と香港でのみ販売権を得たスワイヤー社の製造、販売に係る商品ではなく、MIC社の三好により、スワイヤー社とは関係なく、インドネシアで製造されたものを、被告三島により輸入され、被告しまむらにより販売された商品である。
 被告しまむらは、被告三島から本件商品を購入するに際して、スワイヤー社の東南アジアにおけるライセンスの範囲等の概要、本件商品の製造、販売経路等を取引書類等客観的な資料により確認すべき義務があり、また、大手の衣料品販売業者である以上、本件商品と真正商品との特徴を比較検討すべき義務があるというべきである。しかし、被告しまむらは、仲介者とスワイヤー社との契約、スワイヤー社からインドネシアのメーカー等に対する注文等も含めて、取引書面を全く確認していないし、また、商品の特徴について比較検討した形跡もない。
(2) この点、被告しまむらは、小売業者は、並行輸入品の購入に際して、その輸入の経緯について知り得る立場ではないから、並行輸入品の販売に当たって小売業者が負う注意義務の程度は輸入業者に比べて低いと主張する。 しかし、小売業者も並行輸入品を輸入業者から購入する際には、その輸入業者に十分な資料を求めることにより、輸入業者と同程度に調査することが可能であり、また、輸入業者から十分な資料が提出されなかったのであれば、取引をすべきでないのであるから、小売業者が負う注意義務の程度が輸入業者に比して低いと解すべき合理的な理由は存在しない。そもそも、被告しまむらは、本件商品を1万枚を超えて販売しているにもかかわらず、本件商品が真正商品であるか否かについて全く調査していないのであるから、注意義務の程度を問題とする前提を欠く。被告しまむらの上記主張は理由がない。
 以上のとおりであり、被告しまむらが本件商品がいわゆる真正商品であると誤認するについて過失がないとする事情は存在しない。
3 損害額について
 証拠(甲5、甲6)並びに弁論の全趣旨によれば、本件商品は2種類のものがあり、いむれも原告商品と形態が類似していることが認められるから、原告商品は本件商品と代替可能性があり、被告らによる本件商品の販売行為がなければ、原告は原告商品を販売することができたといえる。
 また、証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成11年4月から平成12年3月までの間(第49期)に、原告商品を合計3613枚販売し、その総売上高は1372万760円であること、原告商品の定価は1枚当たり6300円であること、原告商品の原価総額は591万868円であり、1枚当たりの原価は1636円(591万868円÷3613枚)であること、原告における上記年度の物流費は7億5141万2000円、総売上高は126億3072万5000円であること、原告商品の1枚当たりの平均販売価格は3797円(1372万760円÷3613枚)、1枚当たりの経費(物流費)は176円(1372万760円÷162億265万2000円×7億5141万2000円÷3613枚)、原告商品の1枚当たりの利益は1985円(3797円−1636円−176円)となること、他方、被告しまむらは、本件商品を単価1900円で販売していたこと、被告しまむらの本件商品の販売数量は少なくとも1万2324枚であること(争いがない。)が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
 そうすると、本件商品の販売数量は1万2324枚であり、原告商品の単位数量当たりの利益は1985円であるから、被告らの販売行為により原告が被った損害額は2446万3140円(1万2324枚×1985円)であり、原告の請求額である1236万円を超えることが認められる。
 なお、原告が1万2324枚分を追加して販売した場合の追加販売総額の原告における総売上高に対する割合がごく低率(総売上高の約0.37パーセント)であることに照らすと、1万枚程度を追加販売することによって生じ得る変動経費(原価を除く)としては、物流費のみと解して差し支えない。
 さらに、被告らは、原告には原告商品を、被告しまむらが本件商品を販売した分を追加して販売する能力がない旨主張する。しかし、原告の売上額は、年間126億3072万5000円であることに照らして、原告には上記の販売能力があったことは明らかである。被告らの上記各主張はいずれも理由がない。
4 結語
 よって、原告の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 谷有恒
 裁判官 佐野信


別紙商標目録(1)及び(2) 略
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