判例全文 | ||
【事件名】清原和博選手の名誉毀損事件(2) 【年月日】平成13年12月26日 東京高裁 平成13年(ネ)第2550号 謝罪広告等請求控訴事件 (原審・平成12年(ワ)第5109号 謝罪広告等請求事件) 判決 控訴人 株式会社小学館 代表者代表取締役 相賀昌宏 訴訟代理人弁護士 竹下止己 同 山本博毅 被控訴人 清原和博 訴訟代理人弁護士 山川洋一郎 同 一井泰淳 主文 一 原判決主文第一、第三項を次のとおり変更する。 (1)控訴人は、被控訴人に対し、六〇〇万円及びこれに対する平成一二年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 (2)被控訴人のその余の請求を棄却する。 二 その余の本件控訴を棄却する。 三 訴訟費用は、第一、第二審を通じこれを五分し、その三を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。 事実及び理由 第一 当事者の求める裁判 一 控訴人 (一)原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。 (二)被控訴人の請求を棄却する。 (三)訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。 二 被控訴人 本件控訴を棄却する。 第二 事案の概要 本件の事案の概要は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。 一 控訴人の補足的主張 (一)本件記事が被控訴人の社会的な評価を低下させるものではないこと 一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すれば、本件記事はケビン・ヤマザキ(以下「ケビン」という。)のトレーニングがさほど厳しいものでもないのに被控訴人に体力が無いためこれをこなせず、しかも被控訴人がこれを遊び半分に真剣味のない態度で過ごしたとの印象を読者に与えるものではない。 名誉とは人の品性、徳行、名声、信用等の人格的評価について社会から受ける客観的な評価のことであり、名誉毀損とはこの客観的な社会的評価を低下させる行為であるから、本件では被控訴人の品性、徳行、名声、信用などの人格的価値が本件報道時いかなるものであったかを見る必要がある。被控訴人はこつこつとトレーニングを積み重ねて技を磨くタイプの選手ではなく天才肌の豪快な選手として評価されており、本件記事掲載当時数年来ファンを裏切る成績しかあげることができなかったにもかかわらず飲酒、遊興に興ずる姿のみが報道されていて身体能力の向上に努力するという姿勢を有するとは一般に評価されていなかった。そして、被控訴人のシアトルでの活動に関する報道も被控訴人がまじめにトレーニングに励んでいるというようなものではない。すなわち、被控訴人がプロ野球界で屈指の人気選手で本件記事掲載当時平成一二年のシーズンでの復活にかけて必死でトレーニングをしていると一般に認識されていたということはなく、本件報道がされた当時被控訴人の人格的な評価は決して高いものではなかったのである。 更に、プロ野球選手の社会的な評価は通常の人格的な評価とは異なって日々地道な練習をしているか否かによって定まるものではなく、主としてそのシーズン中の活躍や成績等がこれを左右するものである。したがって、トレーニングに関する報道がプロ野球選手の社会的な評価を左右するとは考え難い。したがって、本件記事は被控訴人の社会的な評価を低下させるものではない。 また、仮に本件記事によって読者が被控訴人のプロ野球選手の資質に疑問を持ったとしても、被控訴人は平成一二年のシーズンにおいて大活躍したことは知られた事実であり、これによって読者が本件記事により受けた前記のような疑念は払拭されたというべきである。 (二)本件記事の真実性 Y記者が取材したA、B及びケビンはY記者のかねてからの知り合いでありいずれも十分信用できる人物である。そして、本件記事のうち、被控訴人の基礎体力の数値が著しく低いこと、トレーニングに取り組む態度に問題があること、ケビンがさじを投げたことは、同記者がケビンから直接取材して得た情報である。Y記者がケビンから直接上記の情報を得たことは同人の手帳にケビンの自宅と携帯電話の電話番号が記載されていることからも明らかである。そして、専門家がトレーニングメニューを作成して選手のトレーニングをする場合予め選手の体力や運動能力を確認してその程度に合わせたメニューを組むことはいわば社会常識である。しかし、被控訴人はシアトルでのトレーニング開始の当初に体力測定があったか否かにつき誠実な回答をしないが、このことは被控訴人の体力がプロ野球選手として相当程度低かったことを推認させ、本件記事のこの点に関する報道が真実であったことを裏付けている。 また、被控訴人がストリップ劇場で遊輿したとの情報は、他班からXにもたらされ、Y記者によって確認されたもので複数の情報源からの信頼できる情報であった。しかも、Y記者は本件記事作成後の平成一二年三月直接シアトルで被控訴人が遊興したとされる劇場に赴き、被控訴人が当該劇場で遊興していたことをドアマンや踊り子から確認し、また、被控訴人のトレーニングがいい加減なものであったことはCからも確認している。したがって、これらの事実を報道する本件記事は客観的な事実に基づくものである。 なお、本件記事の中には被控訴人が当初金曜日にストリップバーにでかけ、その日から堰を切ったように頻繁に同様の遊興に興じていたとの部分があるが、被控訴人が当初ストリップバーにでかけた曜日はアンカーマンが想像によって記載したものであり、後者は別の取材班の情報によるものであってY記者の取材内容には含まれていない。したがって、仮に平成一二年一月一三日に被控訴人が婚約者と合流したためストリップバーに頻繁にでかけたことがなかったとしても、このことはY記者の取材の正確性を左右するものではない。 (三)相当性について 本件の取材は電話及び電子メ−ルで行われているが、このような取材方法は珍しいものではなく、取材方法として劣ったものでもない。取材源であるA、B及びケビンはY記者のかねてからの知り合いであり、十分信用できる人物である。また、編集者であるXは直接取材源であるA、B及びケビンと面談していないが、取材記者が信用できる取材源から取材している以上編集者がその都度直接取材源から確認を取らないのは通常のことであって、このことで取材の方法が不相当なものとなるものではない。そして、Y記者は信頼できる記者であり、同記者は取材源であるA、B及びケビンと面識があって取材結果も具体的で迫真性に富み十分説得的なものである。その上、Aらが特に被控訴人に対して反感や恨みを持ち悪意で虚偽の事実を告げるような関係にもなかった。更に被控訴人のストリップ通いは全く別の取材ルートによっても裏付けられたのであるから、XがY記者の取材結果を真実であると信じたことには相当な理由があるというべきである。 (四)慰藉料額について プロ野球選手の社会的な評価は、通常の人格的な評価とは異なり日々地道な練習をしているか否かによって定まるものではなく、主としてそのシーズン中の活躍や成績等によって定まるものであること、したがってトレーニングに関する報道がプロ野球選手の社会的な評価を左右するとは考え難く、被控訴人はこつこつとトレーニングに励むタイプではない天才肌の豪快な選手として評価されていたこと、しかも本件報道がされた当時被控訴人の人格的な評価は決して高いものではなく、被控訴人のシアトルでの活動に関する他の報道も被控訴人がまじめにトレーニングに励んでいるというようなものではなかったこと、被控訴人は平成一二年のシーズンにおいて大活躍し、仮に本件記事によって被控訴人の評価に疑念を持つ読者がいたとしても平成一二年の活躍によってこのような疑念は払拭されたことは、前記(一)のとおりである。本件記事によって被控訴人の社会的評価が低下したということはないが、仮に本件記事によって被控訴人の名誉を毀損することがあったとしてもその程度は軽微であり、被控訴人の慰藉料を一〇〇〇万円という異常に高額な金銭で評価することは極めて不当である。このことは、これまでに集積された裁判例と本件を比較しても明らかである。近年名誉毀損事件などにおける慰藉料額について裁判批判がされているが、このような批判を考慮しても前記のような額の慰藉料は本件事案に照らして高額に過ぎるというべきであり、このような高額の慰藉料が報道を萎縮させ表現の自由に重大な影響をもたらすことに留意すべきである。 二 被控訴人の反論 (一)本件記事は、平成一一年における不振の後に平成一二年のシーズンでの再起を期してシアトルで厳しいトレー二ングに励んでいた人気プロ野球選手である被控訴人について、体力が著しく劣っている上、連夜ストリップバーにでかけるなどトレーニングを真面目にやる気もなくプロ野球選手としての態度に問題があると報じたものである。その内容は具体的かつ断定的であり、随所に侮辱的かつ品のない表現を用いて記事内容を読者に強く印象づけるものであって、これが被控訴人の名誉を傷つけ、被控訴人を辱めるものであることは明らかである。 しかも、本件記事の中には被控訴人の体力が大学の体育学部の学生より劣り、懸垂は〇回であるとし、ストリップバーの入場料についても異なる報道をし、ホテルでの部屋をめぐって被控訴人が日本語で一時間半もの間やり取りをし、更には平成一二年一月一三日以後は婚約者が行動を共にしているのに二日に一度はストリップバーに繰り出してどんちゃん騒ぎをずるなどと通常あり得ない内容に満ちている。また、被控訴人ばかりではなくその関係者も本件記事で報道された主要な事実を否定しており、本件記事はほとんど虚偽ばかりのでっち上げである。 そして、このように人の名誉を傷つける報道をする場合に取材源に直接当たって信用性を吟味し、更に被控訴人本人等に対する裏付け取材をすることは報道の鉄則であるにもかかわらず、控訴人は、被控訴人本人あるいはその所属球団、被控訴人と行動を共にしたとされる格闘家のW選手及びV選手等容易に取材できる者からの取材さえしないで本件記事を掲載した。このように基本的な取材もないまま控訴人が本件記事の内容が真実であると信じたのであれば、そのことには相当性の根拠がないというばかりではなく、重大な過失があるというべきである。 (二)被控訴人は、昭和六一年の入界以来活躍を続けているプロ野球の人気球団の中心的な有名選手であり、球界屈指の人気選手であったことは明らかである。そして、被控訴人は本件報道当時厳しいトレーニングに取り組んでいることが報道され一般にもそのように認識されていたのであって、平成一二年シーズンでの活躍が強く期待され、プロ野球選手としての社会的評価は極めて高かった。そして、本件記事は、被控訴人が肉体的能力、精神的態度及び心構えなどのプロ野球選手としての資質を欠き、体力的にも野球に取り組む態度においてもプロ野球選手にふさわしくないことを報道するものであって、被控訴人の名誉を毀損する程度は著しい。しかも、控訴人は被控訴人の名誉を毀損する本件記事について本件訴訟が提起された後、本件記事の重要部分が正当であるとして同じ内容の記事を報復的に掲載し被控訴人にさらなる精神的苦痛を与えたものである。なお、プロ野球選手の社会的な評価は、成績、トレーニングやプレーに取り組む態度・真剣さ、プレースタイルなどの個性、人格、年俸などの総合的な評価であって、成績だけがその社会的な評価を決めるものではない。 そして、控訴人は目本を代表する大出版社であり、週刊ポストは発行部数も多く本件記事によって名誉を毀損された被控訴人の損害は甚大であり、他方で控訴人は多大な利益を得ていること、前記のように本件記事の内容は被控訴人を具体的かつ断定的に揶揄、愚弄するもので、その表現も嘲笑的・蔑視的なものであって被控訴人の名誉を毀損する程度は高いものであること、その反面控訴人の取材は極めてずさんなもので控訴人には重大な過失が認められること、控訴人は被控訴人の名誉回復の努力をするどころかそれとは反対に前記のような本件記事が正当であるとした同内容の記事を更に繰り返して週刊ポストに掲載したこと等を総合すると、本件記事によって名誉を毀損された被控訴人に対して一〇〇〇万円の慰藉料と謝罪広告の掲載を命じることは正当なものである。 第三 証拠関係<略> 第四 当裁判所の判断 当裁判所は、被控訴人の請求のうち、控訴人に対し六〇〇万円及びこれに対する平成一二年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払並びに原判決が認容した限度の謝罪広告を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものと考える。その理由は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決書二三頁四行目の「一年二か月」を「一年一一か月」に、同頁八行目の「一〇〇〇万円」を「六〇〇万円」にそれぞれ改める。) 一 控訴人は、本件記事が被控訴人の社会的な評価を低下させるものではないと主張する。 しかし、本件記事の内容は、平成一二年度シーズンでの復活を期してシアトルで厳しい自主トレーニングを積んでいると報道されている被控訴人について、その体力がプロ野球選手としては考えられないほど劣っていたため、厳しいトレーニングメニューには耐えられず、軽いトレー二ングメニューを組んだが、そのようなメニューでさえも遊び半分の真剣味のない態度でしか取り組まず、トレーナーとの約束を破って飲酒・喫煙をし、あげくに二日に一度はストリップバーで派手に遊興を繰り返し、肉体改造という所期の目的は早々に挫折したとの事実を読者に認識させるものである(原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」一)。このような内容の本件記事が被控訴人のプロ野球選手としての評価を損なうものであることは明らかである。 この点、控訴人は、プロ野球選手の評価はシーズン中の活躍と成績によって定まるもので、とりわけ被控訴人は天才肌の豪快な選手で日々のトレーニングを積むような選手ではないと評価されていたこと、被控訴人に関する本件記事までの報道では被控訴人の社会的な評価は低かったこと等を根拠として前記のような主張をする。 しかし、プロスポーツ選手はその成績や活躍がその職業的評価の最も重要な要素であるとしても、そればかりではなくそのスポーツへの姿勢、考え方、これが現れる日頃の鍛練、人柄など全人格的な側面からも評価がされることは顕著な事実である。したがって、一般に天才肌のプロスポーツ選手であっても、トレーニングに真剣に取り組まないという事実は、当該選手のプロ意識の欠如を象徴するものとしてその社会的評価を低下させる。しかも、本件記事は、被控訴人の体力や柔軟性がプロスポーツ選手としては考えられないほど劣っていることをトレーナーであるケビンという信頼性の高い情報源からの話として紹介した上、前シーズンの不振から平成一二年のシーズンに向けて再起をかけた時点でさえも被控訴人が遊び半分で真剣味もなく軽いトレーニングをしていることを被控訴人を愚弄する表現も数多く用いて具体的かつ断定的に報道するものである。このような内容の本件記事が被控訴人の職業人としての評価を低下させ、更にはその人格的な評価にも否定的な影響を及ぼすものであることは明らかというべきである。 また、<証拠略>によると、本件記事が報道されるまで本件記事と同様に被控訴人を愚弄し、嘲笑するような表現を用いる等して被控訴人の女性関係、遊興その他一般的にはその否定的な側面を読者に知らせる数多くの記事が報道されていることが認められる。しかし、これらの被控訴人に関する否定的な報道あるいはその内容だけで被控訴人が社会から評価されているものではない上、本件記事はこのような報道とは全く異なる事実を新たに報道するものであるから、前記のような被控訴人の否定的な側面に関する報道がされていることは、本件記事が被控訴人の社会的評価に影響しないことの根拠とはならない。 二 本件記事の真実性について 控訴人は、本件記事は、Y記者が信頼できる人物であるA、B及びケビンから取材した結果をまとめたもので、その内容は主要な点で事実である旨を主張する。 (一)Y記者の供述内容は、おおむね以下のようなものである。 @ Aは日本人で、被控訴人がシアトルで後日トレーニングをすることになったジムに出入りしている同記者の知人であり、電話取材をしたケビンとは、平成七年八月下旬ころにY記者が所属していたオレゴン大学レスリング部の合宿先で初めて会い、その後も数度顔を合わせて、挨拶を交わしている。 A 平成一一年一二月中旬ころ、Aから、被控訴人がシアトルでケビンを専属トレーナーとして自主トレーニングをする予定であると聞き、寒冷地であるシアトルでトレーニングを行うことに強い疑問を持った。被控訴人は、平成一二年一月六日に渡米し七日からケビンの指導によってトレーニングを開始したことが報じられ、Aの情報が正確であることを知った。 B 同日週刊ポスト編集部のXに、Aのことを説明し、被控訴人のトレーニングの様子を聞けるかもしれないと報告したところ、Xから同月一〇日までに被控訴人のトレーニングの様子についてデータを集め、ケビンから話を聞くようにとの指示を受けた。 そこで、知り合いのアメリカ人で被控訴人のトレーニングを間近に見ることができるB及びAに被控訴人のシアトルでの様子を知らせてほしいと依頼した。 C Aを通じてケビンに電話することを事前に伝え、同月九日にケビンに電話で取材をした。ケビンは、被控訴人の基礎体力測定をしたがあまりの低さに驚いたこと、被控訴人にはトレーニングの基礎的な知識がなく、禁酒・禁煙を指導しているが目の届かないところで飲酒・喫煙をしていることを告げ、サジを投げたいくらいだなどと話した。しかし、ケビンはインタビューで答えた形式にはしないでほしいというので、ケビンが知人に話した形で掲載することにし、再度ケビンに電話してその旨を伝えたところ、同人は三週間のトレーニング期間が終了したらさらに言いたいことがあると言い、いかにも被控訴人のトレーニングぶりに不満がある様子が窺えた。 D 同月一〇日にケビンへの取材結果をXに報告し、翌一一日にメール(<証拠略>)で送信した。<以下証拠は省略ないし割愛> E 同月七日にAから本件記事冒頭に記載されている、シアトル到着後のホテルで被控訴人が部屋番号の縁起が悪いと主張して部屋を交換してもらったという事実を聞いた。また、Aから同月一二日から一四日にかけて被控訴人の体力が劣っていたこと、被控訴人が当初真剣にトレーニングに励んでいたが、格闘家であるV選手がトレーニングに合流して親しくなってからはトレーニングの真剣さが失われてきたこと、同月一三日から一四日ころV選手が被控訴人を強引にストリップに誘い、被控訴人がこの誘いに乗りストリップバーで羽目を外し豪遊したこと、格闘家モーリス・スミスが被控訴人にはパンチやキックの練習をした方が減量に最適だと忠告したところ、被控訴人は、V選手を相手にミット打ちを始めたこと等を聞き、Bにもモーリス・スミスの話や被控訴人がミット打ちをしたことを確認の上Xにこれを伝えた。 F 同月一九日これらの取材結果をまとめ、その取材原稿をXに送付した。 G 本訴提起後の同年三月にXから被控訴人のトレーニング及びストリップバーに行った様子について追加取材するように指示を受け、同月二二日に渡米し、格闘家Cから被控訴人のトレーニングぶりについて取材したところ、「シリアストレーニングではなく、プレイとしてのトレーニングだった。」とのことだった。また、Bの案内で、被控訴人と一緒に行ったというス卜リップバーに行き、Bと知り合いであるドアマンやストリッパーの女性から直接取材したところ、被控訴人が来ていたことを断言した。 H 平成一三年四月二一日に控訴審での立証手段を検討するため渡米したが、Gの取材に基づく報道がされたことからBから裏切者だとまで言われ、Aには会えずに帰国後Aにメールで協力を求めたが断られ、両名からの協力は得られなかった。 (二)控訴人がこのようなY記者の取材内溶の裏付けとして提出しているのは、Y記者作成のX宛の電子メール、取材原稿、Y記者の手帳、ストリップバーの図面、平成一三年六月二八日にY記者がAからもらったとするメールのプリント、Y記者及びXのパスポート、XがW選手と面談した際の状況を記載した報告書である。しかし、これらの証拠から直接判明するのはY記者がXに対してその供述のような報告をしたこと、Y記者の手帳にケビン・ヤマザキの電話番号が記載されていること、Y記者が平成一二年三月二一日から同月二五日の間及び平成一三年四月二一日から同月二六日の間それぞれ渡米していたこと(後者についてはXも同行)、Aからのものとされるメールにはこの送信者がY記者からの協力の要請を断るとともに被控訴人に関する取材を受けたことを推認させる記載がされていることくらいである。そして、本件記事作成についての取材に関していえば、これらの事実及びY記者の供述内容からはせいぜいY記者が被控訴人のシアトルでのトレーニングについて知人等から取材を試みたことを推認できる程度であって、Y記者の取材内容あるいは供述内容が主要な点で真実であることを客観的に裏付けるものとは到底いえない。もともと、このような取材源を匿名とした伝聞供述の信用性は高いものではないが(なお、Y記者はAが被控訴人の運転手兼通訳をしていたと供述するところ、これが事実であればAを特定することは容易なはずであるが、控訴人がなおAを匿名としている理由を理解することはできない。)、<証拠略>によると、被控訴人は当時前年度の不振から平成一二年度の再起に向けて真剣な努力をしなければならない状況の下でケビンの評判を聞き自発的な意思でそのトレーニングを受けるべくわざわざジアトルまで渡米していたこと、被控訴人と遊興したとされるV選手やW選手も間近に試合を控えてトレーニングに励まなければならない状況にあったこと、被控訴人の婚約者が平成一二年一月一三日には渡米して被控訴人と行動を共にしていること、被控訴人の体脂肪率はシアトルでの卜レーニングの結果、目標には達しなかったものの一九・二%から一六%まで落ちたことが認められる。これらの事実からすると、本件記事で報道されたように被控訴人がV選手及びW選手と遊び半分で真剣味のないトレーニングをし、ストリップバーでの遊興を繰り返したとは考えにくく、しかも、本件記事では体力測定の結果被控訴人は懸垂を一回もできないほど体力が低かったとされているが、誇張に過ぎるのではないかと思われるし、ホテルの部屋の変更をめぐって被控訴人とフロントが一時間半ももめたというのもそのままでは直ちには信じがたい事態といってよい。このように本件記事は総じて重要な点で信用しにくい内容を含むものである上、控訴人は、本件記事の中にはY記者の取材内容がアンカーマンによって脚色されている部分のあることを自認している上、Y記者の取材内容に含まれていない内容は他の取材班からの情報によるものとしながらこれを裏付ける証拠は一切提出していない。 なお、Y記者は、本訴提起後にCから被控訴人のトレーニングの内容が木件記事のようなものであったことを聞き、被控訴人が通ったとされるストリップバーでもドアマン及びストリップ嬢から被控訴人が来店していたことを確認したと供述する。しかし、この供述も直接の裏付けを欠いている。その上、Y記者は、空港で購入した野球週刊誌に掲載されていた写真から被控訴人を含む三名のプロ野球選手のユニフォーム姿の写真を用意したこと、これをストリップバーのダンサーに片っ端から見せて来店したことがある人物を尋ねたところ何人かは被控訴人を示したが具体的な状況が違っており、ようやくBが連れてきたダンサーが被控訴人を確認したこと、これがカラー写真か白黒写真かも覚えていないことを供述しており、その供述のとおりであるとしても被控訴人の確認の方法は稚拙なものというほかなく、その確認されたとする内容にも疑いの余地が十分にあるというべきである。 結局、これらの事実及び証拠関係からすると本件記事が真実であることの証明はないものといわなければならない。 三 相当性について 控訴人は、A、B及びケビンは信用できる人物であり、そのような者からの取材結果であるから控訴人が本件記事を真実と信じたことには相当な理由があると主張する。しかし、前記のとおりY記者がその供述どおりの取材をしたことについて十分な裏付けはなく、本件記事は総じて重要な点で信用しにくい内容を含むものである。しかも、控訴人が被控訴人本人及びその所属する東京読売巨人軍に対して一切の取材をしないで本件記事を報道したものであることは前述(原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」二の(1)のア、(セ))のとおりであるほか、<証拠略>によると本件記事に登場するV選手及びW選手などからは少なくともこれが報道される以前に裏付けのための取材をしていないことが認められる。このような取材内容や方法によって控訴人が本件記事を真実と信じることについて相当な理由があるということはできない。 以上のとおりであり、控訴人の真実性の主張の点は、そもそもそれがいかなる免責理由になるというのか明らかではない上に、記事内容が真実であること等の上記主張点の立証もほとんどできていないのである。本件記事の掲載は結局当代の人気プロ野球選手のトレーニング風景をおもしろおかしく取り上げて掲載誌の売上げを企図したものというほかなく、被控訴人の名誉を侵害する悪質な違法行為である。 四 慰藉料の額について 名誉毀損による慰藉料の額は、これが報道による場合にはその報道がされた場所的範囲の広狭や密度、当該報道の影響力の程度、その情報の内容や事実摘示の方法、被害者が被った現実的な不利益あるいは損害、その年齢、職業、経歴、情報の真実性の程度やこれを真実と信じたことの相当性の程度、取材対象や方法の相当性、被害者自らの持つ名誉回復の可能性等諸般の事情を考慮して個別具体的に判断すべきものである。 これを本件についてみると、本件記事は、被控訴人の体力がプロ野球選手とは考えられないほど劣っており、本来の厳しいトレーニングメニューには耐えられず、軽いトレーニングメニューを組んだが、被控訴人は平成一二年のシーズンに向けて再起をかけて取り組んでいるはずのところそのようなメニューでさえも遊び半分の真剣味のない態度でしか取り組まず、トレーナーとの約束を破って飲酒・喫煙をし、あげぐに二日に一度はストリップバーで派手に遊興を繰り返し、肉体改造という所期の目的は早々挫折したとの事実を被控訴人を愚弄する表現を用いて記者が直接見聞きしたかのように具体的、断定的に報道するものである。しかも、紙面中央に「やっぱり!“虎の穴”自主トレ清原が『金髪ストリップ通い』目撃」との大見出しを太字で配し、読者に被控訴人のプロとしての意識の欠如やファンの期待を裏切るような生活をシアトルで送っていることを強く印象づけるものである。そして、控訴人の発刊している週刊ポストは、著名な週刊誌でその発行部数も多くその掲載記事は多数の読者に読まれ、本件広告が主要全国紙である新聞三紙の全国版に掲載されたこととも相まって本件記事の内容は広い範囲に伝わったことが推認される。したがって、本件記事によって人気プロ野球選手である被控訴人の社会的評価が大きく低下し、被控訴人が被った有形、無形の損害は甚大なものであったことが推認できる。控訴人は、以上のように被控訴人の名誉を著しく毀損する本件記事を掲載するにつき被控訴人からの取材さえせず、控訴人が行ったという取材の内容もずさんなものであることは前記のとおりである。 一方、本件記事は主として被控訴人のシアトルにおけるトレーニングの内容や生活を報道するにとどまり、被控訴人のプロ野球選手としての資質以外の一般の社会生活における品性、名声、信用などの人格的な側面についての中傷、誹諦、非難等を多く含むものではない。また、被控訴人のプロ野球選手の資質に関わる部分もそれ自体として被控訴人の選手生命に直接関わるものとは考え難い。 以上の諸事情を総合して考慮すると、本件記事によって被控訴人が受けた名誉毀損による損害額は六〇〇万円をもって相当なものと認められる。 なお、近年、社会構造の変化や技術の進歩に伴う情報の高度化(手段の多様化、伝播の広域化及び迅速化)、一部のマスコミによる行き過ぎた取材や報道などの事実もあって人格権や名誉権の社会的な評価が見直され、これまでの名誉や人格権侵害の損害賠償額が低額に過ぎるのではないかとの批判が多くされるようになってきていることは周知の事実である。 名誉毀損による精神的損害の程度を金銭に見積もってその額をいくらとみるかはきわめて個別的具体的な判断であって、当該事案に則したもので一般に納得をもって受け入れられるものでなければならないから、上記のような観点から慰藉料の額の基準についていわゆる見直しをするにしても、いろいろな考慮要素について均衡のとれた慎重な配慮をしなければならない。当面問題にされているいわゆる著名人(政界財界のしかるべき地位にある者、芸能人、プロのスポーツ選手、その他社会的に相当な地位にある者)に対しより高額な慰藉料を認めるべきかについての議論も、そのような特別な地位にあるわけではない一般の人の人権や人格が侵害された場合の評価の在り方の問題を考えるとさまざまであるべきで、これを一概に肯定することはできない。 一部の新聞や週刊誌による人権侵害にわたる私事暴露的記事は目に余るものがあり、これを抑止するには高額の慰藉料の支払を命ずるのが効果的であることは否めず、そのような社会的要請も一部にあると思われるが、解釈論としては限度があり、政策論としても、低俗なのぞき見的好奇心からこのような報道を受け入れる社会の民度ないし人権感覚を問題とすべきではないかとの視点もあり得るところであり、全面的に支持することはできない。 さきに示した判断は、被控訴人が最も高名なプロ野球選手の一人であって本件記事によりその評価が損なわれた程度が大きく、これを回復するにはそれに要する手段、時間、手間、費用等が多大なものになることに配慮した上で(このような配慮が妥当なものであるかについても議論はあろう。)本件事案における具体的諸事情を勘案し、他の名誉毀損事例も参酌し、慰藉料として上記の額が相当であると認めたものである。この判断からすると原審の認容した一〇〇〇万円の慰藉料額は高額に過ぎ、六〇〇万円を超える部分は取消しを免れない。 第五 以上の次第で、控訴人に対して不法行為に基づき六〇〇万円及び不法行為以後の日(訴状送達の翌日)である平成一二年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払い及び謝罪広告を求める限度で被控訴人の請求は正当として認容すべきものであるが、その余の請求は失当として棄却すべきである。よって、主文のどおり原判決を変更し、その余の控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六四条、六一条を適用して主文のとおり判決する。 東京高等裁判所民事第17部 裁判長裁判官 新村正人 裁判官 藤村啓 裁判官 田川直之 |
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