判例全文 line
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【事件名】国語副教材への作品無断使用事件(育伸社)
【年月日】平成13年12月25日
 東京地裁 平成12年(ワ)第17019号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成13年10月19日)

判決
原告 A
原告 B
原告 C
原告 D
原告 E
原告ら訴訟代理人弁護士 本田俊雄
同 田中宏明
同 桐生貴央
同 金子悦司郎
原告ら訴訟復代理人弁護士 森哲也
同 國吉歩
被告 株式会社育伸社
訴訟代理人弁護士 松田政行
同 早稲田祐美子
同 齋藤浩貴
同 谷田哲哉
同 山元裕子
同 山崎卓也
同 松葉栄治
同 早川篤志
同 糸井千晴
訴訟復代理人弁護士 吉羽真一郎


主文
1 被告は、別紙著作物目録記載の著作物1ないし5の全部又は一部を、見開きページの上段のほぼ全面に、罫線によって四角で囲まれた中に複製し、下段のほぼ全面に上段の文章を題材とした選択式又は記述式の問題を設ける形式により、別紙書籍目録1記載の書籍1ないし5を印刷、製本、発売又は頒布してはならない。
2(1) 被告は、別紙著作物目録記載の著作物6を、見開きページの下段から上段にかけて、罫線によって四角で囲まれた中に複製し、その文章を題材とした選択式又は記述式の問題を設ける形式により、別紙書籍目録1記載の書籍6を印刷、製本、発売又は頒布してはならない。
(2) 被告は、別紙書籍目録1記載の書籍6中の、別紙著作物目録記載の著作物6を掲載した部分を廃棄せよ。
3 被告は、原告Aに対し金1万0902円、原告Bに対し金53万7686円、原告Cに対し金23万8896円、原告Dに対し金1万0134円、原告Eに対し金24万0459円及びこれらに対する平成13年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを2分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの各負担とする。  
6 この判決は、第1項ないし第3項に限り仮に執行することができる。 

事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項及び第2項と同旨。
2(主位的請求)
 被告は、原告Aに対し金69万8989円、原告Bに対し金219万3580円、原告Cに対し金125万4171円、原告Dに対し金60万1560円、原告Eに対し金114万2585円及びこれらに対する平成13年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(予備的請求)
 被告は、原告Aに対し金58万3043円、原告Bに対し金186万0782円、原告Cに対し金113万5589円、原告Dに対し金56万4274円、原告Eに対し金111万2552円及びこれらに対する平成13年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、別紙著作物目録記載の著作物(以下、同目録の著作物番号に従って「本件著作物1」などといい、これらをまとめて「本件各著作物」という。)の著作権者である原告らが、本件各著作物を掲載した別紙書籍目録2記載の書籍(以下、同目録の書籍番号に従って「本件書籍1」などといい、これらをまとめて「本件各書籍」という。)の被告による印刷、発売等は、原告らの複製権、著作者人格権を侵害すると主張し、被告による別紙書籍目録1記載の書籍の印刷、製本、発売及び頒布の差止め等及び主位的に損害賠償、予備的に不当利得の返還を求めて本訴提起した事案である。
1 争いのない事実等(括弧内に証拠等を掲記しない事実は争いがない。争いが ある事実は、括弧内に掲記した証拠等により認められる。)
(1) 原告A、同B及び同E(以下それぞれ「原告A」、「原告B」及び「原告E」という。)は、それぞれ本件著作物1ないし3、6及び7の著作者である。
 原告Cは、本件著作物5の翻訳者である。
 故Fは、本件著作物4を著作した。原告D(以下「原告D」という。)は、Fの相続人の一人であり、本件著作物4の著作権者である(甲15、37)。
(2) 本件各著作物は、別紙著作物目録記載のとおり、平成8年度版及び平成12年度版小学校用又は中学校用国語科検定教科書に掲載されている。
(3) 被告は、平成元年から小学校用国語科検定教科書に準拠した書籍を、昭和62年から中学校用国語科検定教科書(以下、小学校用国語科検定教科書と中学校用国語科検定教科書を合わせて「教科書」という。)に準拠した書籍を販売している。
 本件各書籍は、上記のとおり教科書に準拠した書籍であって、被告は、別紙書籍目録2記載のとおり、本件各著作物を掲載した本件各書籍を販売してきた。
 被告は、別紙書籍目録1記載のとおり、平成12年度版教科書に準拠した平成13年度版の本件各書籍に本件各著作物を掲載し、これらの書籍を印刷、製本、発売及び頒布した(弁論の全趣旨)。
(4) 被告は、別紙書籍目録1記載の書籍6を除く同目録記載の各書籍平成13年度版の第2版を出版したが、これらには本件各著作物は掲載されていない(丙54の1ないし4及び弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 被告が、本件各著作物を本件各書籍に掲載することが、著作権法32条1項にいう「引用」に当たるかどうか。
(2) 著作者人格権侵害
ア 被告による本件各書籍の発行が、原告B及び同Cの著作者人格権(同一性保持権)を侵害するかどうか。
イ 被告による本件各書籍の発行が、原告B、同C及び同Eの著作者人格権(氏名表示権)を侵害するかどうか。
(3) 公正な利用の法理(フェア・ユースの法理)の適否。
(4) 本件請求が権利の濫用に当たるかどうか。
(5) 損害の発生及び額。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
【被告の主張】
 著作権法32条1項の個別事案に対する適用に当たっては、「公正な慣行」及び「引用の目的上正当な範囲」の要件をまず検討し、これに付随して明瞭区別性及び主従関係を参考にするべきである。
ア 公正な慣行について
 本件各書籍のような教科書に準拠する教材において、教科書に掲載されている著作物を掲載することは従前から長い間行われてきた慣行である。
 社団法人日本図書教材協会(以下「日図協」という。)と小学校国語教科書著作者の会(以下「著作者の会」という。)との間で、教科書に掲載された原著作物を教科書に準拠する教材において使用する協定が成立しているところ、著作者の会は小学校用教科書に掲載されている原著作物の著作者の大部分の者が参加している。
 したがって、本件各書籍のような教科書に準拠する教材において、教科書に掲載されている著作物を掲載することは、公正な慣行に合致する。
イ 引用の目的上正当な範囲について
 本件各書籍においては、教科書に対する児童の内容理解を促進してこれを修得、習熟させ、又は理解度を測定するという目的のために設けられた設問を解答させるのに必要な範囲のみを取り上げて出題文としているから、本件各書籍における引用は、その目的上正当な範囲に属する。
ウ 主従関係及び明瞭区別性について
 主従関係は、単にその分量のみから決するのではなく、引用される著作物の内容、引用の仕方、引用する著作物との関係を含めて全体的に判断すべきである。
 本件各書籍に掲載された本件各著作物は、見開き1頁中の上段であり、面積的に50%を超えることはない。また、本件各著作物の価値は、あくまでも教科書を理解し、学習指導要領に定めた国語能力を育成するための、学習対象として存在するのみである。本件各書籍の中心は設問にあり、この設問を順次答えることによって、児童の国語能力が育成される。
 したがって、本件各書籍が主であり、本件各著作物が従の関係にあるということができる。
 明瞭区別性については、本件各書籍では、引用部分が枠で囲まれていることにより満たされている。
エ よって、本件各書籍において教科書に掲載された著作物を掲載することは、著作権法32条1項の「引用」に該当する。
【原告らの主張】
 著作権法32条1項にいう「引用」に当たるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、両著作物の間に、前者が主、後者が従の関係があると認められることを要する。しかるに本件各著作物は@本件各書籍における本件各著作物の転載分量(原典との比較による転載割合)は、多いもので100%であり、少ないものでも40%に及ぶこと、A概ね本件各書籍中の上段部分全部を占めていることから、本件各書籍の見開き1頁中における本件各著作物の占める割合は、50%を超えていること、B本件各書籍は、上段部分に掲載された本件各著作物を読み、当該著作物において描かれた情景や人物の心情及び表現形式を理解した上で問いに答えるという形式になっており、その主たる目的は、本件各著作物を読み、その内容を理解することにあることからすると、本件各書籍においては、引用されて利用される側の本件各著作物が主であるということができるから、著作権法32条1項にいう「引用」に当たらない。
 また、被告の主張する日図協と著作者の会との協定は、何ら著作者に代わって許諾する権限のない著作者の会が交わした協定に過ぎないから、これを根拠に「公正な慣行」が存するとはいえないし、これらの協定においても、教材に教科書掲載作品を使用する場合は、著作者の許諾を受けることとなっているから、著作者の許諾がなくとも本件各著作物を本件各書籍に掲載することができる「公正な慣行」が存することはない。
(2) 争点(2)アについて
【原告らの主張】
 被告は、別紙改変箇所目録記載のとおり、本件各著作物を本件各書籍に掲載するに当たり、原文にはない語句や文章を加筆し、原文中にある語句や文章を削除したり、原文上の表現に変更を加えているから、原告B及び同Cの著作者人格権(同一性保持権)を侵害している。
【被告の主張】
ア 別紙改変箇所目録記載の改変箇所のうち原告Bに関するものは、既に教科書に掲載された時点で変更されていた箇所であり、しかも、原告Bは、教科書における掲載については原文の改変を承諾していたのであるから、上記改変は著作権法20条1項の「その意に反して」に当たらない。
イ 別紙改変箇所目録記載の改変は、下記の著作物の性質、利用の目的及び利用の態様に照らすと、著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たる。
(ア) 著作物の性質について
 教科書に掲載された著作物は、そのままの形で本件各書籍にも掲載する必要がある。原告Bは教科書における改変については承諾していたが、教科書について改変を承諾した原告Bが教科書に準拠する教材についてことさらに原文のままの掲載を希望する実益はない。原告Bが教科書について改変を承諾した理由は、児童への国語教育上の必要性を考慮したためと考えられるが、その必要性は教科書に準拠する教材においても全く同一であり、原告Bが教科書に準拠する教材における文章を教科書と異なるものにさせる理由はない。
(イ) 利用の目的について
 本件各書籍が本件各著作物を利用しているのは、教科書が本件各著作物を掲載していることに由来する。本件各書籍は、児童がより深く教科書を理解できるようにするのが目的であるから、教科書掲載作品を利用せざるを得ない。そしてこの場合教科書に掲載された文章をそのまま利用することが学習上必要となる。
 本件各書籍は、教科書と共に用いられて国語教育を推進するという役割を果たすものであるが、この場合、国語教育の目的上、学習指導要領や正しいとされる日本語の用法、学習すべき漢字の数などによって、様々な制約を受けることは教科書と変わりがない。
(ウ) 利用の態様について
 本件各書籍においては、本件各著作物は児童が解答すべき設問の前提として利用されている。これは教科書のより深い理解という本件各書籍の目的を達するため、教科書に掲載されている文章として利用しているものである。
ウ 別紙改変箇所目録記載の改変箇所のうち原告Bに関するものについては、ほとんどが原告B自身によってされたものである。
エ 同一性保持権は、著作物を勝手に改変されることにより、改変された著作物を通じて、作者の表現しようとした思想及び感情に対して誤った受け止め方をされるおそれを生じたり、作者の創作能力を疑われたりすることを防ぐためのものとされており、元の著作物の一部分であることが明らかであるような利用の場合には、同一性保持権を侵害することはないところ、別紙改変箇所目録記載の改変箇所のうち原告Cに関するものについては、「(中略)」と記載しているから、同一性保持権を侵害することはない。
【原告らの反論】
ア 「その意に反して」について
 改変した他人の著作物を出版物に掲載した上、当該出版物を発行するに際しては、出版物ごとに改変の許諾を得るべきであり、ある出版物について改変の許諾を得たからといって、当然に他の出版物についても同様に改変して掲載してよいわけではない。
 教科書は、法律によりその使用が義務づけられており、全国の小学生に等しく無料で配布され、義務教育たる我が国の小学校教育において、その目的を達成するために必要不可欠な書籍であり、文部省の定める学習指導要領に適合したものでなければならない。原告Bが承諾したのは上記のごとき性質を有する教科書を発行する各教科書会社が、その発行する教科書に本件各著作物を掲載する際に、必要な改変をなすことに対してであり、著作権法20条2項1号にもかかわらず、各改変につき各教科書会社から改変箇所及び理由について説明を受け、改変後の教科書の送付も受けている。
 これに対し、本件各書籍は、我が国の小学校教育において、法令上何ら使用が義務づけられているわけではないし、各都道府県の教育委員会に対し、事前に届出又は承認がされた補助教材でも、広く公教育の現場において用いられている教材でもない。原告Bは、被告から改変箇所及び理由について説明を受けたことも本件各書籍の交付を受けたこともない。
 したがって、原告Bが教科書における改変を承諾したからといって、本件各書籍について同様の改変をすることまで承諾したということはない。
イ 「やむを得ないと認められる改変」について
 著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に該当するためには、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らし、著作物の改変につき、同項1号ないし3号に掲げられた例外的場合と同様の強度の必要性が存在することを要する。しかしながら、本件各書籍は、上記のとおり、小学校教育において必要とされている書籍ではないから、別紙改変箇所目録記載のような改変を行わなければ、小学校における教育目的の達成に支障が生ずるということはない。また、被告は、明らかに設問及び解答とは無関係の箇所についてまで改変している。したがって、「やむを得ないと認められる改変」に当たらない。
(3) 争点(2)イについて
【原告らの主張】
 被告が本件書籍1、2、6に原告E、同B及び同Cの各氏名を表示しなかったことは、同原告らの氏名表示権を侵害する。
【被告の主張】
ア 本件各書籍を利用する児童は、教科書の各単元ごとに対応する本件各書籍の該当箇所を学習するのであり、本件各書籍中の文章を原告らのものではないとか、無名作品であると誤解する余地はないから、著作権法19条3項の「著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがない」に当たる。
イ 教科書に準拠する教材においては、原著作者の氏名は教科書を学習する段階で十分に児童の知るところとなっているため、引用部分に原著作者の氏名が含まれる場合を除き、原著作者名を明示しない。大学入試問題を集めた問題集についての社団法人日本文芸著作権保護連盟と社団法人日本書籍出版協会との暫定合意(以下「暫定合意」という。)や現代国語文を参考書等に使用する場合の同様の合意においても、氏名表示権については特段の記載はなく、実際にも原著作者名を表示しないのが通常である。
 以上のように、教育目的で作品を使用する場合、原著作者名を表示するという慣行はなく、したがって、本件書籍1、2、6において前記原告らの氏名を表示しないことは、「公正な慣行に反する」ことはない。
【原告らの反論】
 本件各書籍は、教科書に掲載されている本件各著作物の全文がそのまま掲載されているわけではないし、被告の構成上の都合等で作品が途中で枠によって区切られたり、教科書に掲載されている一部分が省略されたりしているので、著作権者の氏名の表示がないと、本件各書籍に掲載されている作品は、被告が原著作物を都合よく加筆、削除ないしは変更した創作物ではないかとの誤解を与えるおそれがある。したがって、「著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがない」ということはない。
 また、現在においては教材中に原著作者の氏名を表示することが教材業界における「公正な慣行」というべきである。
(4) 争点(3)について
【被告の主張】
 アメリカ合衆国著作権法107条に規定されるフェア・ユース(公正利 用)の法理は著作権を一般的に制限する条項を欠く我が国においてもなお適用されるべきであるところ、本件各書籍のような教科書に準拠する教材において、教科書に掲載されている著作物を掲載することは、社会的に承認された慣行に合致した行為であるから、原告らが使用料相当額の金銭の債権的請求権を有することを前提として、被告の行為が正当となると解するべきである。
【原告らの主張】
 我が国の著作権法は、同法30条ないし49条において、著作権が制限される場合及びその要件を具体的かつ詳細に定め、各条項以上にフェア・ユースの法理に相当する一般条項を定めなかったのであるから、著作物の公正な利用のために著作権が制限される場合を、上記各条項に定める場合に限定する趣旨であると解するべきであり、今日の社会情勢に鑑みても何ら実定法上の根拠がないままフェア・ユースの法理を適用すべき理由はない。
(5) 争点(4)について
【被告の主張】
@教科書に準拠した教材である本件各書籍が教育上必要であること、A教科書に準拠した教材の市場が形成された経過とその中で日図協と教学図書協会(以下「教学協」という。)の間に協定が結ばれたこと、B教科書の検定・採択制度があることによって、教科書に準拠した教材においては必然的に原著作物を使用しなければならないこと、C日図協と著作者の会の間で権利処理慣行が形成されていること、D教科書に準拠した教材は30年以上前から市場に存在するものであり、原著作者のほとんどが@ないしBを認知していること、E著作者の会が中心となって教科書に準拠した教材に関する原著作物権利管理事業が行われ、それによって適正なルールが形成されていくこと、F被告は、日図協を通じて教学協に対して支払われている謝金によって、原著作物の使用料を含む代価を支払っていると理解していたこと、G被告は、日図協を介して、原告らを含む原著作者に対して使用料支払を提示していること、H差止めによる被告の損害が多大であること、I差止めによって教育現場が混乱すること、J差止めによって教科書に準拠した教材の市場全体が消滅すること、K本件訴訟の実質的当事者はG(以下「G」という。)であり、Gは教材会社に対して実損害からかけ離れた巨額な賠償を請求し、原告らとの間ではその半分以上を取得することを約していること、L原告らやGが設定する高い使用料に応じられる主力教材会社に対してのみ許諾されることになり、教材の自由市場性が害されること、M原著作物の出版から教科書掲載を経て教科書に準拠した教材の出版に至る経過は原著作物の経済的価値を減少させるものではないこと、N原著作者である原告らの損害額は使用料相当額を超えるものとはならないこと、以上の事情からすると、原告らの請求は権利濫用に当たる。
【原告らの主張】
 本件は、著作権者たる原告らが自己の創作した著作物を無断で、長年にわたり被告の出版する教材に複製されたことを理由として被告に対し教材の出版差止め等を請求するものであって、何ら権利濫用に当たらない。
(6) 争点(5)について
【原告らの主張】
ア 主位的請求について
(ア) 著作権法114条1項にいう「利益」とは「粗利益」を指すものと解するべきである。
 被告の出版、販売する本件各書籍は、年度を示す表示が付されていないことからも明らかなように、一度作成されると教科書改訂が行われない限り全く同一内容で出版、販売されるだけでなく、教科書改訂があった場合でも教科書掲載作品に変更が生じない部分については作品の掲載態様、設問の配置等、内容をほとんど変更することなく出版、販売されている。
 このようなことからすると、被告は本件各書籍の販売総額(税込価格)の50%を下らない粗利益をあげている。
(イ) 本件各書籍の価格、本件各書籍における本件各著作物の使用率は、別紙損害賠償等目録(主位的請求)の価格欄及び使用率欄記載のとおりである。使用率は、使用頁数÷総頁数によって算出しているところ、使用頁数は、上段又は下段から上段にかけて本件各著作物の全部又は一部を複製し、下段又は上段左側に本件各著作物を題材とした選択式又は記述式の問題が配置されている頁数を示しており、本件各著作物に関連するものであっても漢字の練習や語法を問う問題を集めた頁は算入していない。
 本件各著作物が面積的には上段部分にしか掲載されていないとしても、下段に配置されている設問は、すべて本件各著作物を正しく読解させ、その表現方法や語彙の使用方法、登場人物の心情や背景等を正しく理解させるために置かれたものであり、複製された本件各著作物中に線を引いたり、空欄を設定する等して問題が配置されているから、上段に掲載されている本件各著作物の当該頁における寄与率は100%というべきである。
(ウ) そうすると、著作権侵害に対する損害額は、別紙損害賠償等目録(主位的請求)記載のとおり、本件各書籍の販売部数×価格×利益率(50%)×使用率となる。
イ 予備的請求について
(ア) 仮に原告らの主位的請求が認められないとしても、原告らは不当利得返還請求として、被告に対する通知書(甲20の1)送達の日の翌日(平成12年5月3日)から10年さかのぼった日以降の被告の侵害行為に関し、原告らが受けるべき使用料相当額の金員の支払を請求できる。
(イ) 本件予備的請求は、原告らの受けるべき使用料相当額、すなわち本件各書籍への複製を許諾することの対価の支払を求めるものであるから、上記対価の算定は印刷部数を基礎として行うのが相当である。
(ウ) 原告らは、原告らからの問題提起に対して当初から誠実かつ真摯に対応し、過去の著作権侵害行為については率にこれを認めて謝罪し、裁判手続によることなく、原告らの要求する条件での過去の清算を申し出ている教材会社に対しては、原則として8%の許諾料を提示していること、著作権法114条2項から「通常」の文言が削除されたことにより、侵害者に対していわゆる敵対的ロイヤルティーを請求することができるようになったと解されていること、書籍出版の場合、概ね売上げの10%をもって使用料相当額であるとされてきたこと等を考慮すると、使用料率は10%を下らない。
 なお、同使用料率は、使用率の算定について、原告ら主張の上記方式を採用していることを前提とするものであり、頁数を被告が主張するように上段にのみ本件各著作物が掲載されている場合には2分の1頁とする又は行数計算で算出するというのであれば、使用料率は少なくとも20%が相当である。
(エ) そうすると、上記使用料相当額は、別紙損害賠償等目録(予備的請求)記載のとおり、本件各書籍の印刷部数×価格×使用料率(10%)×使用率となる。
ウ 著作権侵害及び著作者人格権侵害に対する慰謝料
 著作物に対する同一の行為により、著作権と著作者人格権とが侵害された場合であっても、著作権侵害に対する慰謝料請求と著作者人格権侵害に対する慰謝料請求が認められる。
 原告らは、被告の故意にも匹敵する重大な過失に基づき権利を侵害されたのであるから、原告らの精神的苦痛を慰謝するためには上記慰謝料の支払が不可欠である。
 被告の著作者人格権(同一性保持権)侵害行為により、原文が改変され、原文の表現する微妙な人物や背景の描写及び原文の有するリズム感や語感が著しく減殺されたまま一般に市販されたことにより、著作物としての価値が損なわれ、原告B及び同Cは、計り知れない精神的苦痛を被っている。
エ 弁護士費用
 原告らは、被告に対し、事前に通知書を発して本件の早期解決の実現を図ったが、上記通知書に対して、被告は、「本件無断複製等に関し、適法引用及びやむを得ない改変に該当し、著作権侵害の事実はない。」、「教科書に掲載された作品の利用について団体間協定が成立しているにもかかわらず、この時点において貴職らが前記通知書を送付し、右団体間協定の趣旨を踏みにじる行動を取られることは大変遺憾と考えます。」との回答を行ったことから、原告らは裁判外での交渉を断念し、やむなく本訴の提起に至った。
 したがって、原告らは本件に関する弁護士費用の支払を請求することができる。
オ 以上により、原告らが被告に対して求める損害賠償等の額は以下のとおりである。
(主位的請求)
(ア) 原告A
@ 著作権侵害に対する損害 13万8989円
A 著作権侵害に対する慰謝料 50万円
B 弁護士費用 6万円
(イ) 原告B
@ 著作権侵害に対する損害 49万3580円
A 著作権侵害に対する慰謝料 100万円
B 著作者人格権侵害に対する慰謝料 50万円
C 弁護士費用 20万円
(ウ) 原告C
@ 著作権侵害に対する損害 14万4171円
A 著作権侵害に対する慰謝料 50万円
B 著作者人格権侵害に対する慰謝料 50万円
C 弁護士費用 11万円
(エ) 原告D
@ 著作権侵害に対する損害 5万1560円
A 著作権侵害に対する慰謝料 50万円
B 弁護士費用 5万円
(オ) 原告E
@ 著作権侵害に対する損害 4万2585円
A 著作権侵害に対する慰謝料 50万円
B 著作者人格権侵害に対する慰謝料 50万円
C 弁護士費用 10万円
(予備的請求)
(ア) 原告A
@ 不当利得返還請求 3万3043円
A 著作権侵害に対する慰謝料 50万円
B 弁護士費用 5万円
(イ) 原告B  
@ 不当利得返還請求 19万0782円
A 著作権侵害に対する慰謝料 100万円
B 著作者人格権侵害に対する慰謝料 50万円
C 弁護士費用 17万円
(ウ) 原告C
@ 不当利得返還請求 3万5589円
A 著作権侵害に対する慰謝料 50万円
B 著作者人格権侵害に対する慰謝料 50万円
C 弁護士費用 10万円
(エ) 原告D
@ 不当利得返還請求 1万4274円
A 著作権侵害に対する慰謝料 50万円
B 弁護士費用 5万円
(オ) 原告E
@ 不当利得返還請求 1万2552円
A 著作権侵害に対する慰謝料 50万円
B 著作者人格権侵害に対する慰謝料 50万円
C 弁護士費用 10万円
【被告の主張】
ア 著作権法114条1項の適用について
 本件のように著作者自らが出版等を行っていない場合には、著作者自身は被告と同様の方法で利益を得られる蓋然性はないから、販売減少による逸失利益が存在せず、著作権法114条1項の適用の余地はない。
同法114条1項にいう「利益」は、「純利益」を指す。
イ 使用率及び基礎となる価格について
 本件請求は複製権侵害に基づく請求であるから、本件各著作物の複製がされている部分の寄与率を問題とするべきである。実質的に考えても、下段の設問に上段の文章とは別個の価値があることはいうまでもなく、このような部分についてまで原告らが権利を主張する根拠はない。また、大学入試問題を集めた問題集についての暫定合意においても、使用率を「使用行数/総行数(広告を除く)」としている。したがって、使用率を、上段のみに本件各著作物が掲載されている頁について1頁と換算するのは不合理である。
 消費税は、被告の収入となるわけではなく、預り金として処理され、最終的には国庫に納付されるから、消費税を含めた価格を損害賠償算定の基礎とするべきではない。
ウ 不当利得返還請求について
 本件各書籍は、原作品の三次使用(単行本、教科書に次ぐ利用)であり、しかも教科書を使用している児童の学習に供されるものであり、教科書における補償金の印税率が実質3.60%であること、暫定合意に基づく大学入試問題を集めた問題集等における印税率が3.5%ないし4%とされていることに照らすと、日図協と著作者の会との間で成立した協定における5%の使用料率は極めて妥当であり、ほとんどの原著作物の著作者はこの協定を受け入れており、通常の著作者らにとって5%という数字が一般的なものとして認識されている。
 不当利得返還請求について、著作権法114条2項において「通常」の文言が削除された趣旨を考慮すべき理由はない。不当利得返還請求の目的は、適法にライセンスが受けられた場合と事実上同じ地位に原告ら及び被告双方を置くことにあるから、「通常」の使用料相当額が認容されるのは当然である。
エ 著作権侵害及び著作者人格権侵害に対する慰謝料請求について
(ア) 財産権侵害について慰謝料請求が認められるためには、侵害された 財産権が当該被害者にとって特別の精神的価値を有し、そのため、単に 侵害の排除又は財産上の損害の賠償だけでは到底償い難い程の甚大な精 神的苦痛を被ったと認めるべき特段の事情が必要であり、本件における 被告の使用態様が原告らにこのような精神的苦痛を与えたとは考えられ ない。また、被告は教科書使用の対価の名目で謝金を支払っており、本 件紛争が生じるまで、教科書会社を通じて教科書掲載作品の著作者に対 する権利処理も完了していると信じていたのであるから、被告の行為は 悪質なものとはいえない。
(イ) 別紙改変箇所目録記載の改変箇所のうち原告Bに関するものについては、既に教科書に掲載された時点で変更されていた箇所であり、教科書における改変によって原告Bの人格的・精神的利益が害されない以上、教科書に準拠した教材における利用が新たな人格的・精神的利益の侵害をもたらすことはない。
オ 弁護士費用について
 被告は、訴訟前の交渉の段階から一貫して著作者の会との協定の内容による支払を提案しているから、この内容による支払までの部分については弁護士費用の請求は不当である。
【原告らの反論】
 著作権法114条1項の規定を原告ら自らが書籍の発行及び販売を行っていない場合には適用の余地がないと解釈しなければならない理由はない。同法114条1項をこのように解釈すると、著作権侵害の場合、権利者たる著作権者の大多数は、自ら出版業を営まない個人であることから、大多数の著作権者が同規定による救済を受けられない結果となり、不当である。
第3 争点に対する判断
1 本件各書籍における本件各著作物の掲載態様について
(1) 証拠(甲2の3、甲3の3、甲4の3、甲6の3、丙31ないし34)及び弁論の全趣旨によると、本件書籍1、2、5、6(ただし、平成13年度版第2版と後記3(1)ア認定の原告Bによる本件著作物2改訂前の本件書籍2を除く。)における本件著作物1、2、4、5の各掲載態様は、別紙1ないし5(縮小したもの)のとおりであり、この掲載態様の特徴は次のようなものであると認められる。
ア 本件著作物1、2、4、5は、上記各書籍中において、同著作物の表題によって特定される各単元のうち、「◆◆◆ 読み取りの勉強をしよう」、「◆ 次の文章(詩)を読んで、あとの問いに答えなさい。」と指示された見開きページに掲載されている。
イ 本件著作物1、2、4、5のうち、本件著作物5については全部、それ以外については一部が、アの見開きページ上段のほぼ全面において、罫線によって四角で囲まれた中に掲載されている。一部が、アの見開きページ上段のほぼ全面において、罫線によって四角で囲まれた中に掲載されている。一部が掲載されているものであっても、その掲載行数は、30行以上ある。そのため、上記各書籍に掲載されている上記本件著作物は、それ自体で、表現されている情景や登場人物の言動、その心理等を理解することができる。
ウ イのように掲載された本件著作物1、2、4、5には、@その一部に番号とともに傍線が付され、Aその一部の語句の代わりに番号や記号を付した四角が挿入され、B本件著作物5については各行の下に番号が付されるなど、著作物中の部分を特定するために符号等が付されている。
エ アの見開きページ下段のほぼ全面には、6個ないし9個の選択式又は記述式の問題が設けられており、これらはウのような符号等によって特定された著作物の部分や掲載された著作物全体についての読解力を問うものである。
(2) 弁論の全趣旨によると、本件書籍3、4、7についても、本件著作物2、3、7の掲載態様は、別紙1ないし5と同様であると認められる。
(3) 証拠(甲70)及び弁論の全趣旨によると、本件書籍8における本件著作物6の掲載態様は、別紙6のとおりであり、この掲載態様の特徴は次のようなものであると認められる。
ア 本件著作物6は、本件書籍8において、同著作物の表題によって特定される単元のうち、「◆読解問題◆」と指示された見開きページに記載されている。
イ 本件著作物6は、その全部が罫線によって四角に囲まれた中に、下段から上段にかけて23行にわたって掲載されている。
ウ イのように掲載された本件著作物6は、各文章の末尾に@から■までの番号が付され、著作物中の部分を特定できるようにされている。
エ アの見開きページの上段の一部及び下段全体に6個の選択式又は記述式の問題が設けられており、これらは上記番号によって特定された著作物の部分や掲載された著作物全体についての読解力を問うものである。
2 争点(1)について
(1) 公表された著作物を引用して利用することが許容されるためには、その引用が公正な慣行に合致し、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行わなければならないとされている(著作権法32条1項)ところ、この規定の趣旨に照らすと、ここでいう「引用」とは、報道、批評、研究その他の目的で、自己の著作物中に、他人の著作物の原則として一部を採録するものであって、引用する著作物の表現形式上、引用する側の著作物と引用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができるとともに、両著作物間に、引用する側の著作物が「主」であり、引用される側の著作物が「従」である関係が存する場合をいうものと解するべきである。
(2) 前記1のような本件各著作物の掲載態様に照らすと、引用される側の著作物である本件各著作物の全部又は一部と引用する側の著作物である本件各書籍を明瞭に区別して認識することができるというべきである。
 また、本件各書籍の設問部分には、本件各著作物からの本件各書籍に収録する部分の選定、設問部分における問題の設定及び解答の形式の選択、その配列、問題数の選択等に、被告の創意工夫があることが認められる。
 しかし、これらの設問は、本件各著作物に表現された思想、感情等の理解を問うものであって、上記問題の設定、配列等における被告の創意工夫も、児童ないし生徒に本件各著作物をいかに正確に読みとらせ、また、それをいかに的確に理解させるかという点にあり、本件各著作物の創作性を度外視してはあり得ないものである。そして、このことに、前記認定の本件各書籍における本件各著作物とそれ以外の部分の量的な割合等を総合すると、引用される側の著作物である本件各著作物が「従」であり、引用する側の著作物である本件各書籍が「主」であるという関係が存するということはできない。
(3) そうである以上、本件各書籍における本件各著作物の掲載が、著作権法32条1項にいう「引用」に当たると認めることはできない。
3 争点(2)ア(同一性保持権侵害)について
(1) 原告Bに関するもの(本件著作物2)について
ア 証拠(丙41)及び弁論の全趣旨によると、原告Bは、平成3年10月ころ本件著作物2を改訂し、別紙改変箇所目録記載の改変箇所とほぼ同様の改訂を行ったことが認められるが、証拠(甲2の3)及び弁論の全趣旨によると、改訂後に出版された本件書籍2を改訂後の本件著作物2と対比すると、本件書籍2には、@平仮名を漢字に変更したこと(別紙改変箇所目録@、A、D、H、I、K、L、M)、A「?」を「。」に変更したこと(別紙改変箇所目録B)、B読点を追加したこと(別紙改変箇所目録G)、C丸括弧を鍵括弧に変更したこと(別紙改変箇所目録I)の各変更が加えられていることが認められる。これらは、著作権法20条が規定する「改変」に当たるものと認められる。
 上記改訂前に被告が本件著作物2を掲載した本件書籍2を販売していたとしても、それに別紙改変箇所目録記載の改変がされていたことを認めるに足りる証拠はない。原告Bの陳述書(甲79)には、上記改訂前に被告が販売していた教材に別紙改変箇所目録記載の改変がされていたとの記載があるが、それを裏付ける証拠はないうえ、この改変は、上記認定のとおり原告Bが平成3年10月ころに行った改訂に符合するものであるから、同原告が原著作物を改訂するより前に被告がそれに符合する改変をしていたということになり、著しく不自然である。したがって、この記載は信用することができない。
イ 被告は、原告Bは本件著作物2の教科書への掲載に当たって改変を承諾しているから、被告による上記「改変」は著作権法20条1項の「意に反する改変」に当たらないと主張するが、本件著作物2の教科書への掲載と本件書籍2への掲載は別個の行為であり、同原告が前者の改変を承諾したからといって後者の改変が意に反するものではないとはいえないから、被告の主張は理由がない。 
ウ 被告は、被告による上記「改変」は著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たると主張する。しかし、同規定は、同一性保持権による著作者の人格的利益の保護を例外的に制限する規定であり、かつ、同じく改変が許される例外的場合として同項1号ないし3号の規定が存することからすると、同項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に該当するというためには、著作物の性質、利用の目的及び態様に照らし、当該著作物の改変につき、同項1号ないし3号に掲げられた例外的場合と同程度の必要性が存在することを要するものと解される。そこで検討するに、著作権法20条2項1号は、学校教育の目的上やむを得ない改変を認めているが、本件書籍2が同号の「第33条第1項(同条第4項において準用する場合を含む。)又は第34条第1項の規定により著作物を利用する場合」に当たらないことは明らかであって、同号に該当する教科書に準拠した教材であるからといって、教科書に当たらないものについて同号と同程度の必要性が存在すると認めることはできない。その他被告主張の事情をもってしても、本件書籍2の発行に当たり本件著作物2に改変を加えるにつき、上記のような必要性が存在するとは認められない。したがって、被告の上記主張は採用できない。
(2) 原告Cに関するもの(本件著作物5)について
 本件書籍6における本件著作物5の掲載態様は別紙5のとおりであり、証拠(甲3の3)によると、本件書籍においては「(中略)」と表示して、本件著作物5中の「もう少しくわしく話しましょう。たとえば、あなたが登って遊ぶ岩山や木、浜辺を歩くときに、はだしの足もとではねる砂、雲を見あげるときに、ねころがる草っぱら、いつも泳ぎに行く川や、湖や、海,ひんやりとした緑の森、焼けるように熱い砂ばくや、真っ白な冷たい氷河、そのどれもがわたしなのです。この暖かな太陽の光で、あなたをだきしめたり、風でくすぐったり、ときにはその体に雨のシャワーをあびせたりするのがわたしは大好き。」の箇所を省略していることが認められる。
 ところで、元の著作物の一部分の利用であることが明らかな利用の場合は、当該部分があたかも元の著作物であるかのように流通し、著作者の表現しようとした思想、感情に対して誤った受け止め方をされるおそれがないから、著作者の人格的利益が侵害されるわけではない。したがって、このように利用される場合には、著作権法20条1項の「改変」に当たらないものと解される。
 上記掲載態様は本件著作物5の一部分の利用であることが明らかであるから、著作権法20条1項の「改変」に当たらない。
4 争点(2)イ(氏名表示権侵害)について
(1) 証拠(甲2の3、甲3の3、甲6の3)及び弁論の全趣旨によると、本件書籍1、2、6においては、原告E、同B及び同Cの各氏名が表示されていないものと認められる。
(2) 被告は、本件書籍1、2、6は、著作権法19条3項により著作者名の表示を省略することができる場合に該当すると主張する。
 しかし、同項にいう「著作物の利用の目的及び態様に照らし」とは、著作物の利用の性質から著作者名表示の必要性がないか著作者名表示が極めて不適切な場合を指すと解されるところ、教科書に著作者名が掲載されるからといって、それとは別個の書籍である上記各書籍に著作者名表示の必要性がないということはできないし、上記各書籍には容易に著作者名を表示するができると考えられるから、著作者名表示が極めて不適切であるということもできない(証拠(甲4の3)によると、Fの著作物を掲載した本件書籍5には著作者であるFの名が表示されていることが認められる。)。
 したがって、同項所定の著作者名の表示を省略できる場合に該当するとは認められない。
5 争点(3)について
 現行著作権法は、著作権者と著作物利用者の間の利害を調整するいくつもの規定を有しており、適法引用を定める同法32条1項もこのような利害調整規定の1つであるところ、本件において、これらの著作権法上の規定とは別に、公正利用の法理によって著作権を制限すべき根拠は認められないから、被告の主張は理由がない。
6 争点(4)について
 被告主張の各事情のうち、Dの原著作者のほとんどが@ないしBを認知していること、E及びHないしMについては、これらの事情が証拠上認められない。また、@ないしC、F及びDのうち教科書に準拠した書籍は30年以上前から市場に存在するものであることについては、証拠(甲26ないし31の各1、2)によると、日図協を通じて教学協に対して支払われている謝金には原著作権の使用料が含まれているとは認められないうえ、これらは主に被告側の事情であって、これらのみで、原告らが権利を濫用していることが基礎付けられるということはできない。さらに、Gについては、著作物を許諾するか否かは著作権者である原告らの判断に委ねられているから、原告らに使用料支払を提示した事実によって、原告らが権利を濫用していることが基礎付けられるものではないし、Nは、損害額算定の問題であって、そのことからちに原告らが権利を濫用していることが基礎付けられるということはできない。
 したがって、被告の権利濫用の主張は採用できない。
7 争点(5)について
(1) 著作権法114条1項による損害の主張について
 著作権法114条1項は、当該著作物を利用して侵害者が現実にある利益を得ている以上、著作権者が同様の方法で著作物を利用する限り同様の利益を得られる蓋然性があることに基づく規定と解される。証拠(甲78ないし81、83)及び弁論の全趣旨によると、原告らは、作家、翻訳家又はその相続人であって、自ら本件各著作物の出版を行っていないものと認められるから、原告らが、被告と同様の方法で著作物を利用して利益を得られる蓋然性はないものと認められる。したがって、本件においては、同法114条1項の適用の余地はないものというべきである。
(2) そこで、次に、著作権法114条2項による損害について検討する。
ア 部数等について
 原告らは、複製権の侵害による損害賠償を求めているのであるから、使用料相当額を算定するに当たっては、印刷部数を基礎とすることが相当である。
 証拠(丙55、丙56の1、2、丙57、丙58の1、2、丙59、丙60の1ないし4、丙61ないし63)及び弁論の全趣旨によると、被告は、平成6年度(平成5年10月から平成6年9月までを平成6年度といい、以下、平成7年度以降についても、前年の10月から同年の9月までをいう。)から平成12年度までの間に、別紙計算書記載の部数の本件各著作物が掲載された本件各書籍(ただし、平成6年度と平成7年度の本件書籍2を除く。)を、印刷したものと認められる。
 平成6年度と平成7年度の本件書籍2の印刷部数については、それを接認めるに足りる証拠はないが、弁論の全趣旨によると、その総出荷数量は、平成6年度は2365部、平成7年度は2775部であると認められるので、少なくともその数については、印刷されたものと推認することができるというべきである。
 原告らは、平成8年度以前においても、被告は、本件書籍8を印刷発行していた旨主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。
 また、弁論の全趣旨によると、被告は、平成元年から小学校用教科書に準拠した錬成ワークを他の会社から供給を受けて自社の名前で販売していたが、平成4年からは、自社で制作したものを同じ名称で販売していることが認められる。しかるところ、弁論の全趣旨によると、本件著作物2は、平成元年より前から光村図書の小学校用教科書に掲載されているものと認められること、前記第2の1(4)記載の事実及び上記認定の事実によると、被告は、平成6年度以降平成13年度まで継続して本件著作物2を掲載した本件書籍2を印刷発行していることが認められること、被告が、平成元年から平成5年において、本件著作物2を掲載した本件書籍2を販売していなかった事実をうかがわせる証拠はないことからすると、被告は、平成元年から平成5年においても、本件著作物2を掲載した本件書籍2を他社から供給を受けて又は自社で制作して、発行、販売していたものと認められる。そして、その部数については、平成6年度以降の本件書籍2の最も少ない年間の印刷部数である2365部によるのが相当である。
イ 基礎となる価格について
 基礎となる価格について、被告は、消費税分を控除すべきであると主張するが、消費税相当額も販売価格の一部としてそれに含まれているから、基礎となる価格として、消費税相当額を控除すべき理由はない。
 弁論の全趣旨によると、本件各書籍の価格は、平成7年度以前が750円、平成8年度が800円、平成9年度以降が820円であると認められる。なお、原告は、本件書籍8の価格について、857円であると主張するが、それを認めるに足りる証拠はない。
 もっとも、原告B、同D及び同Eは、本件各書籍の価格について、消費税相当額を控除した本体価格のみを主張しているので、同価格によることとする。
ウ 使用率について
 前記2(2)で認定したとおり、本件各書籍の設問は、本件各著作物の創作性を度外視してはあり得ないものであるが、本件各著作物の「複製」がされている部分は、前記1認定のとおり、本件各書籍の上段又は下段から上段にかけての部分に限られるから、使用頁数は、本件各著作物が掲載されている各ページについて50%と解するのが相当である。これに反する原告らの主張は採用できない。
 したがって、使用率として、上記のような意味での使用頁数を総頁数で除したものを用いることとする。
エ 使用料率について
 証拠(丙14の1ないし3、丙19、53の1、2)及び弁論の全趣旨によると、著作者の会と日図協との間で平成11年9月30日に締結された「小学校国語教科書準拠教材における作品使用についての協定書」では、教材会社は、教科書掲載著作物の原著作者に対して、平成12年度の教材から、ページ割(著作物が掲載されている割合)により5%の使用料を支払う旨定められていること、その後、著作者の会と日図協は、上記協定書に基づく支払について、著作物と教材の組合せを1点として、各1点につき1年当たり使用料の最低保障として1000円を支払う旨約したこと、約350名の教科書掲載著作物の原著作者が、上記協定を受け入れて、この条件で許諾していること、社団法人日本文藝家協会と日図協との間で平成13年3月27日に締結された「小学校、中学校及び高等学校用図書教材等における文芸著作物使用についての協定書」及び同運用細則では、教材会社は、教科書掲載著作物の原著作者に対して、平成14年度の教材から、ページ割(著作物が掲載されている割合)により5%の使用料を支払う旨定められていること、以上の事実が認められる。しかし、これらは、将来における使用料の支払についての協定であって、過去の著作権侵害に対する使用料相当額を定めたものでない(なお、証拠(丙14の2)によると、著作者の会と日図協との間における上記協定を結ぶに当たっての確認書には、平成10年度と平成11年度については、協定を準用して使用料を支払う旨及びこの2年間については、事前許諾がなかったことから、使用料を受け取るか否かの意思確認を経たうえで支払うことが定められているものと認められるが、同証拠によると、平成9年以前については、合意に至らなかったものと認められる。)。また、証拠(甲75、76)によると、教材会社と教科書掲載著作物の原著作者との間で締結された協定書又は合意書には、教材会社は、教科書掲載著作物の原著作者に対して、著作物が掲載されている頁を上下段を分けずに1頁と計算して8%の使用料を支払う旨定められているものが存することが認められる。
 そして、これらの事実に、本件で問題となっているのは、将来における使用料ではなく、過去の著作権侵害に対する使用料相当額を算定するための使用料率であること、証拠(甲71)及び弁論の全趣旨によると、書籍の印税率は通常10%とされていること、弁論の全趣旨によると、児童文学作家が単行本について受領している印税率は5%程度が多いものと認められるが、児童文学の単行本の場合には、挿し絵などがあり、必ずしもすべてが文章でないと考えられるのに対して、前記ウで認定したとおり、本件においては、使用率を当該頁中の掲載部分に限られるものとしていることを総合すると、使用料率は、10%(ただし、原告Cについては、翻訳であるので5%)が相当であると認める。
 なお、被告は、教科書利用における補償金の印税率が実質3.60%であること、大学入試問題を集めた問題集等における印税率が3.5%ないし4%であることをも主張するが、それらの印税率をもって、直ちに、本件のような過去の著作権侵害に対する使用料相当額を算定することはできない。
オ 以上により、原告らが被告に対して請求することができる損害額は、別紙計算書記載のとおり、印刷部数×価格×使用率×使用料率(10%)によるのが相当である。
(3) 著作権侵害に対する慰謝料について
 原告らは、著作権侵害を理由に慰謝料の請求をしているが、財産権の侵害に基づく慰謝料を請求し得るためには、侵害の排除又は財産上の損害の賠償だけでは償い難い程の大きな精神的苦痛を被ったと認めるべき特段の事情がなければならないものと解されるところ、本件全証拠をもってしても、上記特段の事情が存するとまでは認められないから、上記請求を認めることはできない。
(4) 著作者人格権侵害に対する慰謝料について
 前記3(1)認定のとおり、原告Bについては、本件著作物2を本件書籍2へ掲載する際に改変がされていることが認められる。また、前記4認定のとおり、本件書籍1、2、6において原告B、同C及び同Eの氏名の表示がなかったことが認められる。証拠(甲79、80、83)及び弁論の全趣旨によると、上記原告らは、これらの著作者人格権侵害行為により精神的苦痛を受けたものと認められる。
 そして、前記3認定に係る改変の態様からすると、改変されたのは、平仮名を漢字に変更するとか、読点を追加するといったもので、文章の意味内容を接変更するものではないこと、前記4認定のとおり氏名は表示されていなかったが、上記原告らの氏名は、教科書によって容易に認識することができるものと考えられるから、著作者を誤解するおそれは少ないこと、その他本件に現れた諸事情を考慮すると、著作者人格権侵害行為に対する慰謝料の額は、原告Bにつき40万円、同Cにつき20万円、同Eにつき20万円が相当である。
(5) 弁護士費用について
 原告らが、本件訴訟の提起、遂行のために原告ら訴訟代理人を選任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の事案の性質、内容、審理の経過、認容額等の諸事情を考慮すると、被告の著作権及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用の額としては、下記(6)の金額が相当である。
(6) 以上によると、損害額は次のとおりとなる。
ア 原告A
(ア) 著作権侵害に対する損害 7902円
(イ) 弁護士費用 3000円
(ウ) 合計 1万0902円
イ 原告B
(ア) 著作権侵害に対する損害 7万7686円
(イ) 著作者人格権侵害に対する慰謝料 40万円
(ウ) 弁護士費用 6万円
(エ) 合計 53万7686円
ウ 原告C
(ア) 著作権侵害に対する損害 8896円
(イ) 著作者人格権侵害に対する慰謝料 20万円
(ウ) 弁護士費用 3万円
(エ) 合計 23万8896円
エ 原告D
(ア) 著作権侵害に対する損害 7134円
(イ) 弁護士費用 3000円
(ウ) 合計 1万0134円
オ 原告E
(ア) 著作権侵害に対する損害 1万0459円
(イ) 著作者人格権侵害に対する慰謝料 20万円
(ウ) 弁護士費用 3万円
(エ) 合計 24万0459円
7 結論
 以上により、原告らの請求は主文の限度で理由がある。なお、既に述べたところからすると、予備的請求は、主位的請求の認容額を超えることがないものと認められるので、予備的請求について、主位的請求とは別に判断することはしないものとする。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 内藤裕之
 裁判官 上田洋幸


(別紙)
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