判例全文 | ||
【事件名】レセプト公開要求事件(3) 【年月日】平成13年12月18日 最高裁(三小) 平成9年(行ツ)第21号 公文書非公開決定取消請求事件 (原審・大阪高裁平成7年(行コ)第76号) 主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理由 上告代理人岸本昌己、同藤井俊信、同西馬克幸、同松田洋通、同前田啓一郎、同石井孝一、同小倉豊道の上告理由について 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 (1) 被上告人Aとその夫である被上告人Bは、平成5年9月7日、公文書の公開等に関する条例(昭和61年兵庫県条例第3号。以下「本件条例」という。なお、本件条例は平成12年兵庫県条例第6号により廃止された。)5条に基づき、本件条例の実施機関である上告人に対し、被上告人Aの平成5年5月7日の分娩に関する診療報酬明細書(以下「本件文書」という。)の公開を請求した(以下「本件公開請求」という。)。 (2) 本件条例8条は、「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の公開を行わないことができる。」とした上で、その1号において、「個人の思想、宗教、健康状態、病歴、住所、家族関係、資格、学歴、職歴、所属団体、所得、資産等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され得るもののうち、通常他人に知られたくないと認められるもの」と規定している。 (3) 上告人は、平成5年9月20日、被上告人らに対し、本件文書に記録されている情報は、個人の健康状態等心身の状況等に関する情報であって、特定の個人が識別され得るもののうち、通常他人に知られたくないものであり、本件条例8条1号に該当するとして、これを公開しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。 (4) 本件処分がされた当時、兵庫県には、その機関が保有する個人情報を本人に開示する制度等を定めた条例はなかった(なお、その後、個人情報の保護に関する条例(平成8年兵庫県条例第24号。以下「個人情報保護条例」という。)が制定され、平成9年4月1日に施行された。)。 2 本件条例は、兵庫県においていわゆる情報公開制度を採用し、広く県民等に公文書の公開を請求する権利を認めることなどにより、地方自治の本旨に即した県政の推進と県民生活の向上に寄与することを目的として制定されたものである(本件条例1条)。一方、後に制定された個人情報保護条例は、同県において、いわゆる個人情報保護制度を採用し、個人情報の開示及び訂正を求める権利を認めることなどにより、個人の権利利益を保護することを目的として制定されたものである(個人情報保護条例1条)。上記の二つの制度は、本来、異なる目的を有するものであって、公文書を公開ないし開示する相手方の範囲も異なり、請求を拒否すべき場合について配慮すべき事情も異なるものである。そして、地方公共団体が公文書の公開に関する条例を制定するに当たり、どのような請求権を認め、その要件や手続をどのようなものとするかは、基本的には当該地方公共団体の立法政策にゆだねられているところである。したがって、広く県民等に公文書の公開を請求する権利を認める条例に基づいて公文書の公開を請求する場合には、本来は、請求者は、県民等の1人として所定の要件の下において請求に係る公文書の公開を受けることができるにとどまり、そこに記録されている情報が自己の個人情報であることを理由に、公文書の開示を特別に受けることができるものではない。 しかしながら、情報公開制度も個人情報保護制度も、広く地方公共団体において採用され、又は近い将来における採用が検討されているものであって、兵庫県においても、昭和61年に本件条例が制定されて情報公開制度が採用され、平成8年に個人情報保護条例が制定されて個人情報保護制度が採用されたものであるところ、本件処分がされたのは、本件条例制定後個人情報保護条例制定前の平成5年のことであったというのである。このように、情報公開制度が先に採用され、いまだ個人情報保護制度が採用されていない段階においては、被上告人らが同県の実施機関に対し公文書の開示を求める方法は、情報公開制度において認められている請求を行う方法に限られている。また、情報公開制度と個人情報保護制度は、前記のように異なる目的を有する別個の制度ではあるが、互いに相いれない性質のものではなく、むしろ、相互に補完し合って公の情報の開示を実現するための制度ということができるのである。とりわけ、本件において問題とされる個人に関する情報が情報公開制度において非公開とすべき情報とされるのは、個人情報保護制度が保護の対象とする個人の権利利益と同一の権利利益を保護するためであると解されるのであり、この点において、両者はいわば表裏の関係にあるということができ、本件のような情報公開制度は、限定列挙された非公開情報に該当する場合にのみ例外的に公開請求を拒否することが許されるものである。これらのことにかんがみれば、個人情報保護制度が採用されていない状況の下において、情報公開制度に基づいてされた自己の個人情報の開示請求については、そのような請求を許さない趣旨の規定が置かれている場合等は格別、当該個人の上記権利利益を害さないことが請求自体において明らかなときは、個人に関する情報であることを理由に請求を拒否することはできないと解するのが、条例の合理的な解釈というべきである。もっとも、当該地方公共団体において個人情報保護制度を採用した場合に個人情報の開示を認めるべき要件をどのように定めるかが決定されていない時点において、同制度の下において採用される可能性のある種々の配慮をしないままに情報公開制度に基づいて本人への個人情報の開示を認めることには、予期しない不都合な事態を生ずるおそれがないとはいえないが、他の非公開事由の定めの合理的な解釈適用により解決が図られる問題であると考えられる。 3 このような観点から、本件処分の適否を検討する。本件処分は、本件文書が個人の健康状態等心身の状況に関する情報であって本件条例8条1号に該当するとしてされたものであるところ、当該個人というのが公開請求をした被上告人Aであることは、本件公開請求それ自体において明らかであったものと考えられる。そして、同号が、特定の個人が識別され得る情報のうち、通常他人に知られたくないと認められるものを公開しないことができると規定しているのは、当該個人の権利利益を保護するためであることが明らかである。また、本件条例には自己の個人情報の開示を請求することを許さない趣旨の規定等は存しない。そうすると、当該個人が自ら公開請求をしている場合には、当該個人及びこれと共同で請求をしているその配偶者に請求に係る公文書が開示されても、当該個人の権利利益が害されるおそれはなく、当該請求に限っては同号により非公開とすべき理由がないものということができる。これらによれば、個人情報保護制度が採用されていない状況においては、本件公開請求については同号に該当しないものとして許否を決すべきであり、同号に該当することを理由に本件文書を公開しないものとすることはできないと解さざるを得ない。本件処分が違法であるとした原審の判断は、結論において正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道 裁判官 濱田邦夫 |
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