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【事件名】集英社『痛快!』シリーズ事件(2)
【年月日】平成13年12月12日
 東京高裁 平成13年(行ケ)第144号 審決取消請求事件
 (平成13年10月29日 口頭弁論終結)


判決
原告 株式会社集英社
訴訟代理人弁護士 吉武賢次
同 神谷巖
被告 特許庁長官 及川耕造
指定代理人 滝澤智夫
同 宮川久成


主文
 特許庁が不服2000−6370号事件について平成13年3月1日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 主文と同旨
2 被告
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成11年6月1日、別紙第1表示の構成よりなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を商標法施行令別表による第16類「法律に関する書籍、経済に関する書籍、哲学に関する書籍、心理学に関する書籍、コンピュータに関する書籍、宗教に関する書籍、戦争に関する書籍、不老に関する書籍」として商標登録出願をした(商願平11−48038号)が、平成12年4月10日に拒絶査定を受けたので、同年4月28日、これに対する不服の審判の請求をした。
 特許庁は、同請求を不服2000−6370号事件として審理した上、平成13年3月1日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月13日、原告に送達された。
2 審決の理由
 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、別紙第2表示の構成よりなり、指定商品を商標法施行令別表による第16類「紙類、紙製包装用容器、印刷物、写真、写真立て、トランプ、文房具類(「昆虫採集用具」を除く。)」とする登録第4248921号商標(平成9年8月11日登録出願、平成11年3月12日設定登録、以下「引用商標」という。)を引用し、本願商標と引用商標とは類似の商標といわざるを得ず、かつ、本願商標の指定商品は、引用商標の指定商品中に包含されるものであるから、本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした原査定を取り消すべき限りでないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
1 本願商標から「ツウカイ」の称呼を生ずること(審決謄本2頁1行目〜4行目)、引用商標が図案化した「Tsu」と「Kai」の欧文字を左斜め上がりに二段に併記してなるものであること(同頁5行目〜6行目)は認める。
 審決は、本願商標と引用商標との類否判断を誤り(取消事由)、両者が類似の商標であるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(類否判断の誤り)
(1) 審決は、本願商標と引用商標との類否につき、「引用商標は・・・その構成全体より・・・『ツウカイ』の称呼を生ずるものである。そうすると、本願商標と引用商標とは、その外観の構成や観念上の認識について相違があったとしても、『ツウカイ』の称呼を共通にする類似の商標といわざるを得ず」(審決謄本2頁5行目〜11行目)と判断した。
(2) しかしながら、本願商標は、さほど特徴があるとはいえない「痛快」の漢字と感嘆符「!」とからなるものであるのに対し、引用商標は、「Tsu」と「Kai」の欧文字を極めて特徴的に図案化してなるものであって、その外観において著しく異なるものである。
 また、本願商標の構成文字である「痛快」は、「甚だ愉快なこと。とても気持のよいこと」(広辞苑第四版、甲第2号証)を意味する語であって、本願商標からはそのような観念が生ずる。これに対し、引用商標の構成文字である「Tsu」、「Kai」は、既成の英単語又は熟語としては存在しないものであるから、単に「Tsu」と「Kai」の欧文字を図案化したものと解され、引用商標より「ツウカイ」の称呼が生ずるとしても、直ちに「甚だ愉快なこと。とても気持のよいこと」を意味する「痛快」を欧文字で表したものと理解認識することはできず、引用商標からは特定の観念が生じないものと解すべきである。したがって、本願商標と引用商標とは、観念においても著しく異なるものである。
 この点につき、被告は、引用商標全体を一体的にとらえた「TsuKai」の欧文字がローマ字式に読まれ、「ツウカイ」と称呼されることは決して少なくはなく、「ツウカイ」の称呼からは、比較的容易に「痛快」の意味合いが把握されるから、本願商標と引用商標とが観念において著しく異なるとすることは誤りであると主張するが、本願商標の指定商品である書籍等に使用される商標(題号)については、その書籍の内容等をある程度推察できるように、漢字、ひらがな、カタカナが採用されるのが一般であり、欧文字の表音をカタカナで表記することはあっても、漢字の表音を欧文字で表すことはまれであって通常見られないところであるから、「ツウカイ」の称呼から比較的容易に「痛快」の意味合いが把握されるとはいい難く、上記主張には飛躍がある。
 さらに、本願商標の指定商品である書籍については、取引者、需要者は、各々必要を満たす内容のものを吟味して購入するものであるから、その商品に使用されている商標(題号)に対する注意力は、他の商品に比べて極めて高く、強く印象付けられるものであり、そうすると、商標から生ずる観念が明確なものである場合、取引者、需要者は、その観念に即して商標を正確に称呼、聴取し、また、外観を正確に看取するものである。
(3) したがって、本願商標と引用商標とは、仮に、称呼を共通にするとしても、外観及び観念において著しく相違するものであり、かつ、本願商標の指定商品に係る取引の実情に基づけば、このような外観及び観念の著しい相違により、本願商標及び引用商標が指定商品に使用されたとしても、その出所に誤認混同を来たすおそれがないから、両者は類似する商標ということができない。
 本願商標と引用商標との外観及び観念の相違を軽視し、称呼が共通するとの認定に基づいて直ちに両者が類似するとした審決の類否判断は誤りというべきである。
第4 被告の反論
1 審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
2 取消事由(類否判断の誤り)について
(1) 引用商標が図案化した「Tsu」と「Kai」の欧文字を左斜め上がりに二段に併記してなるものであることは、原告も認めるところ、引用商標全体を一体的にとらえた「TsuKai」の欧文字からは、英語の親しまれた意味合いが直ちに想起されるとはいえないから、これがローマ字式に読まれ、「ツウカイ」と称呼されることは決して少なくはない。
 そして、その場合に、看者は、構成文字から何らかの意味合いを把握しようとし、そこから日常的に親しまれた意味合いが看取されるときには、その意味合いをもって当該商標を把握することもあるというのが相当であるところ、「ツウカイ」と称呼される語として、「広辞苑第四版」(甲第2号証)及び株式会社小学館発行の「国語大辞典言泉」(甲第3号証)には「通解」、「痛快」及び「痛悔」の各語が掲記されているものの、比較的扱いやすい小版の辞書である株式会社三省堂発行の「新明解国語辞典第三版」(乙第1号証)には「痛快」の語のみ掲記されていることから見て、「ツウカイ」の称呼からは、比較的容易に「痛快」の意味合いが把握されることも少なくはない。したがって、引用商標は、「痛快」(甚だ愉快なこと、とても気持のよいこと)の観念を生ずる本願商標と、観念において類似するとまではいえないものとしても、本願商標と引用商標とが観念において著しく異なるものであるとする原告の主張は誤りである。
(2) また、原告は、本願商標の指定商品である書籍については、商品に使用されている商標(題号)に対する取引者、需要者の注意力は、他の商品に比べて極めて高く、強く印象付けられるものであるとした上、商標から生ずる観念が明確なものである場合、取引者、需要者は、その観念に即して商標を正確に称呼、聴取し、外観を正確に看取するものである旨主張する。
 しかしながら、本願商標は、指定商品の題号としてのみ使用されるとは限らないから、これに対する取引者、需要者の注意力、印象の度合等を、他の商品の取引と殊更異なるものとして解することはできない。
 また、本願商標の指定商品については称呼による取引も比較的多く見られるものであるから、類否判断における称呼の重要性は低いものではない。
(3) したがって、「本願商標と引用商標とは、その外観の構成や観念上の認識について相違があったとしても、『ツウカイ』の称呼を共通にする類似の商標といわざるを得ず」(審決謄本2頁9行目〜11行目)とした審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(類否判断の誤り)について
(1) 本願商標は、さして特徴のない「痛快」との左横書き漢字とその末尾の比較的大きな感嘆符「!」とからなるものであり、これより「ツウカイ」の称呼を生ずること(審決謄本2頁1行目〜4行目)は当事者間に争いがなく、また、その構成中、「痛快」の文字部分は、「甚だ愉快なこと。とても気持のよいこと」(広辞苑第四版、甲第2号証)ないし「気持ちが晴れて大変愉快なさま。胸のすくようなことを見聞したり行ったりして、非常に気持ちがいいさま」(株式会社小学館発行の国語大辞典言泉、甲第3号証)を意味する語を表し、かつ、「痛快」の語自体が日常的に親しまれた平易な日本語の熟語であるから、本願商標より、「痛快」、「とても気持ちのよいこと」、「大変愉快なこと」との明確な観念を生ずるものと認めることができる。
 他方、引用商標が、図案化した「Tsu」と「Kai」の欧文字を左斜め上がりに二段に併記してなるものであること(同頁5行目〜6行目)は、当事者間に争いがなく、その各文字は、上段の「Tsu」の部分も、下段の「Kai」の部分も、各文字が肉太で、「s」や「u」の文字の通常曲線で表される部分や「a」の文字の上方の通常曲線で表される部分などが直線的に折れ曲がって表され、それらを含めた各文字の直線部分の一部が端部に向けて先細となって先端が尖っており、「i」の文字の上部の点が極めて大きく、かつ、筆で左下方に払ったようにかすれて先細となった端部が延びているなどの特異な形状を示すものである。そして、「Tsu」と「Kai」の各欧文字で表記される英語その他の外国語のなじみのある単語は存在しないから、それぞれがローマ字式に読まれ、「Tsu」の文字部分から「ツ」との、「Kai」の文字部分から「カイ」との各称呼が生じ、これが「ツカイ」又は「ツーカイ」のように連続的に称呼されることもあるものと認められるが、引用商標から特定の観念が生じ、あるいは特定の意味合いが把握されるものと認めることはできない。
 この点につき、被告は、引用商標全体を一体的にとらえた「TsuKai」の欧文字が「ツウカイ」と称呼されることは少なくはなく、その場合に、看者は、構成文字から何らかの意味合いを把握しようとし、そこから日常的に親しまれた意味合いが看取されるときには、その意味合いをもって当該商標を把握することもあるとした上、「ツウカイ」と称呼される語として小版の辞書には「痛快」の語のみ掲記されていることから見て、「ツウカイ」の称呼からは、比較的容易に「痛快」の意味合いが把握されることも少なくはないと主張する。
 しかしながら、上記のように、「Tsu」の文字部分が上段に、「Kai」の文字部分が下段に配され、各文字部分の先頭の「T」、「K」が大文字で、その余の文字が小文字で表された引用商標の構成にかんがみれば、引用商標は、「Tsu」の文字部分と「Kai」の文字部分との二つの互いに独立した部分からなるものと見るのが自然であり、引用商標全体を「TsuKai」と一体的にとらえる旨の被告の主張が、引用商標が「TsuKai」という一つの文字部分からなるものと把握し得るという趣旨であれば、それは上記構成に照らして甚だ不自然であるといわざるを得ない。したがって、引用商標を「ツカイ」又は「ツーカイ」のように称呼する場合があっても、それは、互いに独立した二つの文字部分のそれぞれから生ずる「ツ」、「カイ」の各称呼を順に連続的に称呼するということにすぎないのであって、引用商標を「ツーカイ」と称呼することから、看者が、「ツウカイ」と称呼される日本語の熟語の有する意味合いをもって引用商標を把握しようとする契機は存在しないものというべきである。
 そうすると、引用商標について、比較的容易に「痛快」の意味合いが把握されることも少なくはないとする被告の主張を採用することはできず、他に、引用商標から特定の観念が生じ、あるいは特定の意味合いが把握されるものと認めるに足りる証拠はないから、引用商標は造語からなるものであって、特定の観念が生じないことはもとより、何らかの意味合いをもって把握されることもないものと認めるのが相当である。
(2) 原告は、本願商標の指定商品である書籍については、商品に使用されている商標(題号)に対する取引者、需要者の注意力は、他の商品に比べて極めて高く、強く印象付けられるものであるとした上、商標から生ずる観念が明確なものである場合、取引者、需要者は、その観念に即して商標を正確に称呼、聴取し、外観を正確に看取するものである旨主張し、また、被告は、本願商標の指定商品については称呼による取引も比較的多く見られるものであるから、類否判断における称呼の重要性は低いものではない旨主張する。
 しかしながら、原告の上記主張は、本願商標がその指定商品である各種書籍の題号にのみ用いられることを前提とするものであることが明らかであり、また、被告の上記主張も同様であると解されるが、本願商標が、指定商品の題号としてのみ使用されるとは限らないから、上記各主張は採用することができず、結局、本願商標の指定商品の取引において、本願商標に対する取引者、需要者の注意力、印象の度合等が、他の商品の取引の場合と異なるものであると認めるに足りる証拠はない。
(3) 以上によれば、本願商標と引用商標とは、本願商標から生ずる「ツウカイ」の称呼と引用商標から生ずることのある「ツーカイ」の称呼とが類似するといい得るものの、両者は、外観において著しく相違するものであり、さらに、本願商標からは「痛快」、「とても気持ちのよいこと」、「大変愉快なこと」等の明確な観念を生ずるのに対し、引用商標からは特定の観念が生じないことはもとより、引用商標が何らかの意味合いをもって把握されることもないから、両者は観念においても明りょうに相違するものと認められる。そして、これらの称呼、外観、観念に基づく印象、記憶、連想等を総合して、全体的に考慮し、さらに、上記のとおり、本願商標の指定商品の取引において、本願商標に対する取引者、需要者の注意力、印象の度合等が、他の商品の取引の場合と特段異なるものとは認められないことを併せ考えれば、本願商標及び引用商標が各指定商品に使用されたとしても、取引者、需要者が、商品の出所につき誤認混同を来すおそれはないものと認められる。
 したがって、本願商標と引用商標とが類似する商標であるということはできず、「本願商標と引用商標とは、その外観の構成や観念上の認識について相違があったとしても、『ツウカイ』の称呼を共通にする類似の商標といわざるを得ず」(審決謄本2頁9行目〜11行目)とした審決の判断は誤りというべきである。
2 以上によれば、原告の主張する取消事由は理由があるから、審決は違法として取消しを免れない。
 よって、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。


東京高等裁判所第13民事部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 石原直樹
 裁判官 宮坂昌利

(別紙)
第1 本願商標(省略)
第2 引用商標(省略)
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