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【事件名】出版許諾契約書をめぐる著作侵害事件
【年月日】平成13年11月30日
 東京地裁 平成12年(ワ)第15312号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成13年10月17日)

判決
原告 A 
訴訟代理人弁護士 竹澤哲夫
同 岡山未央子
被告 株式会社新潮社
訴訟代理人弁護士 舟木亮一
被告 株式会社日本アート・センター
訴訟代理人弁護士 向井千景
同 坂井大輔


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対して、連帯して金608万円及びこれに対する平成12年8月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍を、出版、販売又は頒布してはならない。
第2 事案の概要
 本件は、民家の写真及び解説文について著作権及び著作者人格権を有する原告が、同著作物を掲載した書籍を出版、販売した被告らの行為等が原告の同権利を侵害するとして、被告らに対して、上記書籍の出版等の差止め及び損害賠償金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 原告は、写真家であり、日本の民家及び古建築の撮影をライフワークとしている。
 被告株式会社新潮社(以下「被告新潮社」という。)は、書籍及び雑誌等の出版等を業とする株式会社であり、被告株式会社日本アート・センター(以下「被告日本アート・センター」という。)は、書籍及び雑誌等の出版物の企画、編集及び製作等を業とする株式会社である。
(2) 原告は、平成8年5、6月ころ、被告日本アート・センターから、原告が数十年に亘り撮影した日本民家の写真(以下「本件写真」という。)及び原告が執筆した紀行文及び解説文(以下「本件紀行文」という。)を掲載した書籍を製作して、被告新潮社の「とんぼの本」シリーズのうちの1冊として出版したいとの申し込みを受け、これを承諾した。
(3) その後、原告は、被告日本アート・センターとの間で、原告が著作した本件写真及び本件紀行文を使用して書籍を出版することを許諾する旨の契約(以下「本件出版許諾契約」という。)を締結した。その際、被告日本アート・センターから原告に対して、同被告作成に係る以下のとおりの覚書(以下「本件覚書」という。)が交付された。
@ 本文原稿料 1枚(400字詰め)につき金4500円
A 写真使用料 合計105万円
B 取材費は原告負担。但し、民家見学料の実費のみ被告日本アート・センター負担。
C その他の事項は協議による。
(4) 被告新潮社は、平成9年3月25日、原告が著作した本件写真及び本件紀行文(本件写真と本件紀行文とを併せて「原告著作物」という場合がある。)を使用して、別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)について、1万部(第1刷)を定価1500円で、出版した。
(5) 被告日本アート・センターは、原告に対し、原告著作物の使用料として、平成9年2月28日に50万円、同年4月30日に80万円、同年5月30日に34万6500円、合計164万6500円を支払った。
(6) 被告新潮社は、平成10年10月5日、2000部(第2刷)を定価1500円で、平成11年2月末日、2000部(第3刷)を定価1600円で、それぞれ出版した。
2 争点
(1) 本件出版許諾契約において、出版部数は4000部に限定されていたか。
(2) 増刷の際の通知義務違反による著作者人格権侵害があったか。
(3) 損害額はいくらか。
3 争点及び当事者の主張
(1) 本件出版許諾契約において、出版部数は4000部に限定されていたか。
(原告の主張)
ア 本件出版許諾契約は、以下のとおりの理由から、発行部数を4000部に限定した契約である。
(ア) 平成8年6月末ころ、被告日本アート・センターのBから原告に対して、原告が撮影した民家の写真を集めて被告新潮社の「とんぼの本」のシリーズの中の1つとして出版したいとの提案がされ、原告は、同提案に積極的に応ずる旨を回答した。
(イ) 平成8年7月2日、原告はBと面談し、その席で、Bから、原告の撮影した民家の写真を集めた書籍を出版したいこと、写真著作権使用料は105万円とすること等の申し出がされた。原告は、これまでの経験から、Bに提示した写真著作権使用料は初刷3000部くらいに対するものであり、増刷の際は別途契約を交わすであろうと考えたが、この点について特に言及せず、条件については改めて書面で提示するよう求めるに留めた。
(ウ) 平成8年7月11日、原告は、被告新潮社の編集次長C及びBと面談し、両者から正式に原告の撮影に係る写真を使用して書籍を出版することの許諾の申し出を受けた。
(エ) 平成8年9月24日、原告は、Bと面談し、同人から本件覚書を受け取った。原告は、本件覚書に発行部数が記載されていないことに気付き、Bに対して、発行部数について質問したところ、Bは「4000部くらいです。」と答えた。そこで、原告は、4000部の発行部数に限定して本件書籍の出版を口頭で許諾し、本件出版許諾契約が成立した。
イ 仮に、本件出版許諾契約において、発行部数が4000部に限定されていなかったとしても、当初の合意にかかる原告著作物の使用料は発行部数4000部に対するものとして合意されたものである。仮にそうでなくても、本件覚書には増刷に関する記載は一切されていないこと、その他、増刷に関する言及は全くなかったことからすると、原告著作物の使用料についての定めは、初刷分(1万部)に対するものであると解すべきである。
(被告新潮社の認否、反論)
 否認する。
 以下のとおり、本件出版許諾契約は、発行部数を4000部に限定する旨の特約はない。
ア 本件書籍については、被告新潮社が、企画立案をして、被告日本アート・センターに編集を委託したが、被告新潮社と被告日本アート・センターとの間の委託契約においては、本件書籍の発行部数を4000部に限定するという合意はなく、被告新潮社から被告日本アート・センターに対して支払うべき委託料も、出版部数に比例した金額ではなく、一定額である。したがって、被告新潮社と被告日本アート・センターとの間の上記契約締結後に、被告日本アート・センターと原告との間で、発行部数を4000部に限定する旨の合意が成立することはあり得ない。
イ 本件書籍が含まれている「とんぼの本」シリーズは、昭和58年に刊行が開始され、平成11年末までに183タイトルが出版されているが、これらの著作権使用料についての契約は、ほとんどが出版許諾の対価として定額を支払うという方式による契約であり、売上総額に比例して支払う方式による契約はほとんどない。これは、「とんぼの本」シリーズは、経費がかさむ出版物であり、売上総額に比例して支払う印税支払方式によると、初版から10万部を超えるなど爆発的に売れる見込みのある場合は別として、出版として成り立たないからである。
 本件書籍の初版の際の原価は1182万1885円であり、1万部を完売したとした場合に被告新潮社に入る金額は945万円であり、237万円の損失となる。この損失を回収するには、2000部の重版を15回重ねた後となる。以上のとおり、原告が被告らから受け取った164万6500円は、原告が被告らに対して、発行部数の限定なしに出版許諾をした全体の対価である。
(被告日本アート・センターの認否、反論)
 否認する。本件出版許諾契約の締結の交渉中、Bは、原告に対し、「本件書籍では印税はありません。」と伝え、原告はこれを了解していたことから明らかなように、本件出版許諾契約において、本件書籍の発行部数を4000部に限定するという合意はなかった。
 なお、平成8年7月ころ、本件書籍の出版についての打ち合わせの際、Bは原告から「民家T町家」の出版部数を聞かれたので、4000部発行された旨答えており、原告は、このやり取りを本件書籍についてのものと混同しているものと推測される。
(2) 増刷に際して通知義務違反による著作者人格権侵害があったか。
(原告の主張)
ア 原告と被告らとの間において、本件書籍の出版に当たり次のような事情があった。すなわち、
 平成9年3月25日、被告新潮社により本件書籍が発行されたが、それから1か月も経っていないころに、原告は、本件書籍に訂正箇所を発見したため、Bに電話をし、「もし増刷するのであれば、訂正箇所があるので直して欲しい。」と伝えた。
 平成9年9月22日ころ、原告はBから本件書籍の増刷が決定した旨の報告の葉書を受け取ったが、その後被告らから増刷についての連絡は全くなかった。そこで、同年10月ころ、原告は、Bに対して電話により事情を問い合わせたところ、同人は、第2刷は既に発行されたこと、第2刷の発行部数は2000部であること、本件写真等の使用料は定額で決められているから、本件書籍が増刷されても、再販分の著作権使用料を支払う義務のないことを述べた。
 その後、原告は、被告らに対し、著作権使用料の追加支払等を求めたが、その交渉中、被告新潮社は、さらに原告に通知をせずに平成11年2月末日付けで本件書籍の第3刷を2000部発行した。
 なお、第3刷に際して原告に通知がされていれば、本件書籍の55頁の「世界の遺産」の文章を修正することができたはずである。
イ 本件契約は出版権設定契約ではないが、著作権法82条2項の趣旨からも、書籍を出版する者は、増刷に際して、著作権者に対して通知する義務があるというべきである。それにもかかわらず、被告らは、本件書籍の増刷の際に、原告に対して通知しなかったのであるから、原告の著作者人格権を侵害した。
(被告新潮社の認否、反論)
ア 被告新潮社に、本件書籍の増刷に際し、原告に対してその旨通知すべき義務はない。
 なお、著作権法82条2項は、出版権設定契約が締結された場合の通知義務を規定するものであり、本件出版許諾契約のように出版許諾契約が締結された場合の通知義務を規定するものではない。
イ 仮に、被告新潮社が、原告に対する上記通知義務を負担していたとしても、被告新潮社にその義務違反はない。
 すなわち、原告は、本件書籍の初版発行後に、被告日本アート・センターに対し、増刷する場合の訂正の申し入れをしており、その後、第2刷の増刷の際、被告新潮社は、原告に連絡をしたが、原告は長期出張中で不在であったので、本件書籍の第2刷の増刷が決定したことを留守中の者に伝え、被告日本アート・センターも平成10年9月20日に、原告に対し再版の通知の葉書を送付した。第3刷の増刷の際は、Cが原告に対し、第3刷の増刷が決定したことを通知し、これに対して原告は、本件書籍の執筆者略歴欄の「『民家T町家』(新潮社)、『蔵』(淡交社)など」を「『蔵』(淡交社)、『MINKA 民家』(河出書房新社)など」に訂正するよう申し出ているが、被告新潮社はこれに応じている。
(被告日本アート・センターの認否、反論)
 平成10年10月、本件書籍の第2刷を増刷する際に、Bが原告に対して、増刷する旨の葉書を送付した。また、平成11年2月、本件書籍の第3刷を増刷する際に、Cが原告に対して、第3刷の増刷の決定、及び修正希望の有無の確認をし、これに対して原告から修正の要望を受けている。以上のとおり、被告らに通知義務があったとしても、本件書籍の各増刷の際に、原告に対し、増刷する旨の通知をしているので、義務違反はない。
(3) 損害額はいくらか。
(原告の主張)
 上記のとおり、被告新潮社が4000部を超えて本件書籍を発行した行為は原告の著作権を侵害しているが、これによって原告に生じた損害は次のように算定されるべきである。
 1刷の6000部(1万部から4000部を控除した部数)と第2刷の2000部の合計8000部が1500円で販売され、第3刷の2000部が1600円で販売された。その販売額の合計は1520万円になる。そして、著作権使用料は、書籍の販売価格の1割をもって相当と解すべきであるから、被告らの上記著作権侵害行為により原告が被った損害は、少なくとも152万円を下らない。
また、被告らは、増刷の際の通知義務を怠り、原告の著作者人格権を侵害したが、原告はこれにより甚大な精神的損害を被った。この精神的損害を金銭に換算すると、著作権侵害による損害の3倍が相当と解されるから、少なくとも456万円を下らない。
したがって、原告は、被告らに対して、608万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年8月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの認否)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(原告の出版許諾に発行部数の限定があったか。)について
(1) 証拠(甲1、2の1ないし3、3、4の1及び2、7、8の1ないし3、9、10、乙2、丙1、3、6の1ないし3、19ないし21)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ア 本件出版許諾契約締結に至る経緯
(ア) 原告は、日本各地の民家の撮影を中心として活動している写真家であり、写真集を数多く出版、公表している。
 被告新潮社は、かつて、原告の撮影した写真を掲載した書籍「民家T町家」を出版したことがあったが、同書籍に掲載されている写真を使用したりして、「とんぼの本」のシリーズの1つとして、全国の民家や町並みの写真や観光的な情報を掲載した新たな書籍を出版することを企画した。同被告は、被告日本アート・センターに対して、本件書籍の編集、製作を委託した。
(イ) 編集等を担当したBは、平成8年5、6月ころ、原告に対して、電話で、原告が撮影した民家の写真を集めて、出版したい旨申し入れたところ、原告は、この申し入れを了承した。そして、同年7月2日、原告とBが面談し、Bは原告に対して、原告が既に撮影した民家の写真を中心として、これらを使用した書籍を製作すること、本件写真の使用料を105万円とすること、取材費は支払えないこと等の条件を提示をした。これに対し、原告は、民家の見学料の実費の支払を求めたところ、Bは同要求を了承した。同日の面談では、上記の企画の対象となる書籍の発行部数についての話は一切出なかった。また、当初、同書籍に民家の解説文等は、第三者が執筆することを想定していたが、後日、原告からの申し出により、原告が執筆することに合意された。
(ウ) 平成8年7月18日、被告新潮社と被告日本アート・センターとは、本件書籍の出版及び編集について、次のとおりの内容の契約(以下「本件編集委託契約」という。)を締結した。
@ 被告新潮社は、本件書籍の編集業務を被告日本アート・センターに委託する。
A 本件書籍の製作に関する事項は被告新潮社が決定する。本件書籍の製作進行については、被告新潮社の協力を得て被告日本アート・センターが履行する。
B 被告新潮社は、被告日本アート・センターに対して、本件書籍の編集業務の対価(被告日本アート・センターが原告に対して支払う原告著作物の使用料分も含む。)として370万円を支払う(この金額は、被告新潮社が発行する本件書籍の部数に左右されない。)。
(エ) 次いで、平成8年9月24日、原告は、Bと面談し、被告日本アート・センターとの間で、本件出版許諾契約を締結した。
 本件出版許諾契約の締結に際して、契約書は作成されなかった。しかし、被告日本アート・センターは、原告著作物の使用料に関して本件覚書を作成し、上記面談の際に、Bが原告にこれを交付した。本件覚書には次のとおりの記載がある。
@ 本文原稿料 400字1枚につき4500円
A 写真使用料 合計105万円
B 取材費は支払わないが、民家の見学料の実費は支払う。
C 上記以外の事項については協議する。
(2) 本件出版許諾契約締結後の経緯
(ア) 平成9年2月28日、被告日本アート・センターは原告に対して、本件出版許諾契約に基づき、一部金50万円を支払った。
 同年3月25日、被告新潮社は、本件書籍の1刷(1万部)を、定価1500円で出版した。本件書籍には、原告の撮影に係るカラー写真がカラー112点、白黒21点(「民家T町家」に使用された写真は、カラー21点、白黒2点)が掲載された。同月、原告とBは、原告著作物の使用料について協議し、@本件写真の使用料としては、本件覚書記載の使用料に25万円上乗せして130万円、A本件紀行文の原稿料としては本件覚書に記載された算定方法どおり34万6500円と確定した。そして、被告日本アート・センターは原告に対して、同年4月30日に80万円、同年5月30日に34万6500円を支払った。
(イ) 原告は本件書籍が発行されてからしばらく経過した後、本件書籍の第1刷に訂正すべき箇所を発見したことから、Bに電話で、増刷するのであれば、訂正箇所があるので直して欲しいと伝えた。
Bは、平成9年9月ころ、原告に対して、葉書で本件書籍の増刷が決定した旨の通知をした。
 その後、同年10月23日、原告と被告らとの間で、第2刷分の著作権使用料に関する見解の対立が表面化したため、原告とC及びBが集まって、協議することになった。原告は、本件書籍の第2刷分に対しては別途使用料を支払うべきであると見解を述べ、これに対し、Bらは、本件出版許諾の対価は既に支払済みである旨見解を述べた。
(ウ) 被告新潮社は、平成10年10月5日、本件書籍の第2刷(2000部)を、定価1500円で出版した。
Cは、平成11年1月18日、原告に対して、電話で本件書籍の第3刷を発行する旨連絡し、これに対し、原告は、訂正及び追加加筆したい箇所がある旨伝えた。
 被告新潮社は、平成11年2月末日、本件書籍の第3刷(2000部)を、定価1600円で出版した。
(エ) なお、本件書籍における第2刷の執筆者略歴欄には、原告作品として、第1刷で紹介された作品に加え、淡交社から出版された「蔵」が追加され、第3刷では、第2刷で紹介された作品に加え、河出書房新書から出版された「MINKA−民家」が追加されている。
(2) 上記認定した事実を基礎に検討する。
ア 原告と被告らの本件出版許諾契約において、出版部数について4000部に限定するとの合意はされていなかったと認定するのが相当である。その理由は次のとおりである。
(ア) 原告とBとは本件出版許諾契約締結に至るまでに、2回面談をしているが、その面談の際に、本件写真の使用料については、十分に協議されていたにもかかわらず、発行部数の制限に関しては、全く協議されていなかった。また、被告日本アート・センターが本件出版許諾契約を締結するに当たって作成し、原告に交付した本件覚書には、原告著作物の使用料についての記載はあるが、本件書籍の発行部数についての記載は一切なかった。
 ところで、@被告新潮社は、「とんぼの本」のシリーズの一つとして、本件書籍の出版を企画したものであり、被告らにとって、本件書籍の発行部数に制限を付するか否かは重要な事項であるといって差し支えないこと、A本件出版許諾契約において、被告日本アート・センターの原告に対する本件著作物の使用料(最終的には合計164万6500円)が、所定の発行部数に対するものであるか否かについても、同被告にとって極めて重要な事項であるといえることに照らすと、仮に、本件出版許諾契約において、原告の許諾した発行部数に限定が付されていた場合には、必ず、本件覚書やその他の書面に、その旨を記載するのが自然であるにもかかわらず、本件出版許諾契約においては、そのようなことは行われていない。
(イ) 被告新潮社と被告日本アート・センターとの間で締結された本件編集委託契約においては、被告新潮社は被告日本アート・センターに対し、本件書籍の編集業務費用として、本件書籍の発行部数を限定せずに、一定の金額を支払うこと、被告日本アート・センターは、原告に対して支払うべき原告著作物の使用料を被告新潮社から受領した編集業務費用から捻出することが明示的に記載されている。
 したがって、被告新潮社と被告日本アート・センターとの間の上記契約締結後に、被告日本アート・センターと原告との間で、発行部数を4000部に限定した契約が締結されるということは不自然であるし、また、被告日本アート・センターが原告との間で、本件出版許諾契約において、被告日本アート・センターが原告に支払うことを約した使用料164万6500円が本件書籍の4000部に対する対価であると解することも不合理である。
(ウ) 原告は本件書籍の出版後、Bに対して、増刷に備えて訂正箇所を通知しているのであるから、原告自身も増刷を前提としていたものと認められ、したがって、本件出版許諾契約において、発行部数に制限が付されていたものと解するのは不自然である。
イ これに対して、原告は、本件出版許諾契約を締結した平成8年9月24日に、Bに対して、本件書籍の発行部数を尋ねたところ、Bから4000部くらいである旨の回答を得た旨主張し、証拠(甲7及び9)には、上記主張に沿う部分も存する。
 しかし、上記認定のとおり、原告とBとは本件出版許諾契約締結に至るまでに、2回にわたり面談をしているが、その面談の際には、本件写真の使用料についての具体的な金額が出ていたにもかかわらず、発行部数についての話題は一切されていないという経緯に照らすならば、契約締結の当日に、上記のような会話がされたからといって(その趣旨は必ずしも明らかでない。)、既に合意されていた原告著作物の使用料が4000部に対するものに限定されたと解することはできない。この点の原告の主張は採用できない。
ウ 以上のとおり、本件出版許諾契約は、原告が、被告日本アート・センターから、原告著作物の使用料として、所定の金額(164万6500円)の支払を受けることにより、被告新潮社に対して原告著作物を使用した書籍を、部数の限定なしに出版することを許諾するというものである。したがって、被告新潮社が原告著作物を使用して出版できる本件書籍の部数に制限が付されていたと解することはできない。
 また、以上認定したところによれば、原告著作物の使用料が、本件書籍の出版部数4000部又は1万部に対するものであるとの原告の主張に理由がないことも明らかである。
2 争点(2)(増刷の際の通知義務違反による著作者人格権侵害の有無)について
 本件出版許諾契約は、前記1で判示したとおり、出版権を設定する合意を含んでいないと認められる(この点は、当事者間に争いがない。)。
 本件出版許諾契約が出版権設定契約でない以上、原告には、出版権設定契約の成立を前提とした著作権法82条所定の諸権利(修正増減する権利、増刷の際に通知を受ける権利)は当然には認められない。したがって、同法82条の適用があることを前提とする原告の主張は失当である。
 なお、甲9、10及び弁論の全趣旨によれば、第2刷の増刷については、平成10年9月下旬ころ、被告日本アート・センターは、原告に対し第2刷を知らせる葉書を送付していること、第3刷の増刷については、平成11年1月中旬ころ、Cが原告に対し、第3刷の増刷が決定したことを通知し、本件書籍の執筆者略歴欄に「MINKA 民家」(河出書房新社)を追加したことが認められ、このような経緯に照らすならば、仮に増刷の際に通知すべき何らかの義務があったとしても、被告らは、その点の義務を尽くしているということができる。被告らの行為には、原告の著作者人格権を侵害すると解すべき点は存在しないと解すべきである。
3 以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 谷有恒
 裁判官 佐野信

別紙 書籍目録
 書名 日本民家紀行
 発行(初版) 平成9年3月25日
 著者 A
 編集 株式会社日本アート・センター
 発行者 D
 発行所 株式会社新潮社
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/