判例全文 | ||
【事件名】次席検事の不起訴処分記者発表事件 【年月日】平成13年11月22日 東京地裁 平成11年(ワ)第7977号 謝罪広告等請求事件 判決 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告に対し、別紙「謝罪広告」記載のとおりの謝罪広告を別紙「謝罪広告掲載要領」記載の方法で掲載せよ。 2 被告は、原告に対し、金1000万円及びこれに対する平成11年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、不同意堕胎未遂容疑で逮捕、勾留され、処分保留により釈放された後起訴猶予処分となった原告が、当時の秋田地方検察庁の次席検事が、「原告が殺鼠剤をワインなどに入れて被害者に飲ませた事実は認定でき原告の刑事責任は看過できないが、殺鼠剤投与量が少なく堕胎に至る危険性は極めて低い上、母体、胎児の健康への影響も少ないこと、既に懲戒免職などの社会的制裁を受けていることなどの情状を考慮して起訴猶予処分とした」旨を多数の報道機関に対し発表したことによって、原告の社会的地位、信用、名誉が著しく毀損されたとして、国家賠償法1条1項、民法710条、723条に基づき、被告である国に対し、謝罪広告の掲載及び慰謝料の支払いを請求している事案である。 1 争いのない事実等(証拠により認定した事実については、各項の末尾に当該証拠を摘示した。) (1) 当事者 ア 原告は、秋田県教育委員会が任命する公立学校教員を務めていた者であり、平成10年3月31日まで秋田県南秋田郡a町立b小学校教諭であり、同年4月以降、秋田県北秋田郡c村立d小学校教諭であった。秋田県教育委員会は、平成11年1月29日、原告に対し、不倫行為と下記の本件被疑事実を理由に懲戒免職処分を行った。(争いがない) イ 被告は、行政権の一部である検察に関する事項等の事務を法務省の所轄事項とし、同省の長である法務大臣をして検察事務に関し検察官を一般に指揮監督させている。(争いがない) ウ Aは、平成11年3月当時、検察庁法3条にいう国家公務員たる検察官検事にして、検察庁事務章程に基づき法務大臣から秋田地方検察庁次席検事を命じられた者であった(以下「次席検事」という。)。(争いがない) (2) 原告と被害者との人間関係 原告は、平成9年12月末から平成10年1月はじめころの時点では、Bと婚姻しており2児の父であった。 C(以下「被害者」という。)は、平成9年4月から同年9月まで、原告が平成10年3月31日まで勤務していた上記b小学校の臨時講師として勤務していた。 原告は、平成9年7月ころ被害者と情交関係を持ち、被害者は妊娠した。原告はBに対し、同年8月ころから継続的に、「好きな女性ができた。彼女が妊娠したので離婚して欲しい。」旨申し向けていたが、Bはその申出を拒否し続けた。 同年9月末あるいは10月はじめころ、原告は、B及び2児とともに居住していた家から出て、当時空き家になっていた原告の実家に行き一人暮らしをはじめ、さらに、同年11月半ば過ぎに実家を出て秋田市e町f番地g所在のhアパートi号室(以下「本件アパート」という。)を借りて暮らすようになった。 その後、同年12月ころ被害者の中絶許容期間が過ぎ、被害者は胎児を中絶できないこととなった。(甲12、乙3、10ないし12、原告本人) (3) 原告の被疑事件の受理、捜査、処理等 ア 原告は、平成10年4月29日、不同意堕胎未遂容疑で秋田警察署警察官に逮捕され、翌30日、秋田地方検察庁に送致され、同被疑事実により勾留状の発令を受けた。(争いがない) イ 原告に対する勾留状記載の被疑事実の要旨は以下のとおりであった。 「被疑者は、平成9年7月11日ころ、自己と同じ小学校に勤務していた臨時講師C(旧姓D 当26年)と秋田県南秋田郡a町地内の自己車両内において、強引に情交関係を持ち、同年8月20日ころ、医師の診察を受けた同女から妊娠の事実を告げられ、同女が再三にわたり中絶を懇願しているのに対して、同女との付き合いを継続するため、「堕ろしたらだめだ。産め、君が好きなんだ。中絶すれば一生子供の産めない身体になる、俺の同意がないと中絶できないんだ。妻とは別れて結婚する。堕ろしたら殺す。」等と語気強く申し向け拒否し続けていたが、同年12月7日に至り、同女の妊娠が22週を過ぎたため母体保護法による中絶許容期間を過ぎ中絶できなくなったことから、密かに同女をして堕胎させようと決意し、同年12月25日ころから平成10年1月5日までの間、数回にわたり、秋田市e町f番地ghアパートi号室において、同女に対して、赤ワイン、コーンスープ及びココア等に殺鼠剤を混入したものを差し出して嚥下させ、もって同女の承諾を得ないで堕胎させようとしたが、体調の不調に気づいた同女に追求されその目的を遂げなかったものである。」(上記被疑事実のうち、被害者に対し赤ワイン等に殺鼠剤を混入したものを差し出して嚥下させた事実を、以下「本件犯行」という。)(争いがない) ウ 秋田地方検察庁検察官は、同年5月19日、原告を処分保留のまま釈放し、平成11年3月31日、原告に対し公訴を提起しない処分をした(以下「本件不起訴処分」という。)。(争いがない) (4) 次席検事による本件不起訴処分についての記者発表 平成11年3月31日、次席検事は、多数の報道機関の記者らに対し、本件不起訴処分をしたことにつき次のような発表を行った(以下「本件記者発表」という。)。 ア 認定事実及び起訴猶予処分の理由について 原告が殺鼠剤をワインなどに入れて被害者に飲ませた事実は認定でき、原告の刑事責任は看過できないが、殺鼠剤投与量が少なく、実際に堕胎に至る危険性は極めて低い上、母体、胎児の健康への影響も少なかった。懲戒免職など社会的制裁も既に受けていることなどの情状を考慮して起訴猶予の処分をした旨発表した。 イ 上記認定の根拠について 原告の捜査段階の供述と、それを裏付ける客観的な証拠、被害者の供述などによる旨説明した。その際、上記客観的な証拠の内容については明らかにしなかった。(争いがない) (5) 本件記者発表についての報道 本件記者発表を受け、朝日新聞秋田版、読売新聞秋田版及び全国版、毎日新聞秋田版及び全国版、秋田魁新聞、河北新報秋田版及び東北版のいずれも平成11年4月1日朝刊において、本件記者発表の内容に沿う記事が掲載された。また、同年3月31日の夕刻からのNHKテレビ、民放テレビにおいても、本件記者発表の内容に沿う報道がなされた。(争いがない) 2 争点及び争点に関する当事者の主張 (1) 本件記者発表の国家賠償法上の違法性の判断基準 (原告の主張) 不法行為たる名誉毀損については、その行為が@公共の利害に関する事実に係り、Aもっぱら公益を図る目的に出た場合には、B摘示された事実が真実であることが証明されたときは、上記行為には違法性がなく不法行為は成立しないものと解するのが相当であり(最高裁判所昭和41年6月23日第1小法廷判決・民集20巻5号1118頁(以下「昭和41年最判」という。))、この理解は判例として確立したところと考えられる。原告は、上記@からBの要件が充足される限り、不起訴処分に関する公表も違法性が阻却され不法行為が成立しないことに異論はない。 そして、被告において、報道機関に対して次席検事が公表した事実が真実であること(真実性)又は上記事実が真実であると信ずることについて相当な理由があること(相当性)を主張立証する責任がある。 (被告の主張) 昭和41年最判は、民事上の不法行為たる名誉毀損について、真実性の証明による違法性阻却を認めており、上記法理は判例として確立したところと解されるが、この法理はもっぱら民事上の不法行為たる名誉毀損の違法性の判断基準として妥当するものの、公務員の職務上の義務違反の有無を問題とする国家賠償法の違法性判断には妥当しない。 すなわち、公権力の行使は、もともと国民の権利に対する侵害を当然に内包し、法の定める一定の要件と手続の下では国民の権利を侵害することが許容されているから、権利侵害があることをもって公権力の行使を直ちに違法とすることはできない。国家賠償法上の違法性の判断基準としては、その職務行為を基準として、当該公務員がその法的職務義務に違反していると認められる場合に限って違法と評価すべきである(職務行為基準説)。 したがって、本件記者発表については、仮に原告の名誉に対する侵害の結果が生じたとしても、それだけでは直ちに違法性を肯定することはできず、これが違法であると認めるには、当該具体的事情の下で、当該記者発表が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然となされたと認め得るような事情があることを要するというべきである。この場合に職務上負担する注意義務については、まず、問題とする情報は犯罪行為に関する情報であるから、基本的に公共の利害に関する情報と考えることができる(刑法230条の2第2項参照)。そして、その捜査情報を公表することについて、公益上の必要性があることを要する。さらに、公表の内容の真実性が問題となるが、職務行為基準説においては、当該行為をするについていかなる義務が課されるかが問題になるのであるから、後に法廷において当該事実が現実に証明されるか否かが問題となる余地はない。公表を行う当該公務員の注意義務としては、公表をするについて真実と信ずるに足りる事情を踏まえて当該公表をしなければならないという義務が課されているものであろう。 そして、上述のとおり、国家賠償法上の違法性は職務義務違反としてとらえるべきであり、当該公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くしていないことについて、原告が主張立証責任を負うべきである。 (2) 本件記者発表は国家賠償法上違法であるか (原告の主張) ア 公共の利害に関する事実、公益目的の要件につき 被告は本件記者発表が@公共の利害に関する事実に係り、Aもっぱら公益を図る目的に出たものである旨の主張をするが、原告は、被告のこの主張を争うものではない。 イ 真実性の立証の要件につき 本件で鑑定資料とされた客観的証拠はねつ造されたものであり、被害者の被害供述は原告を陥れるためになされた虚偽又は誇大な内容であって信用性がなく、さらには、原告の自白は被害者の供述やねつ造された客観的証拠による過度の誘導尋問等によってなされたものであるから、被告が本件訴訟において提出した証拠によっては、本件記者発表において摘示された事実が真実であることの心証を合理的な疑いを容れない程度に得させるものではない。 (ア) 原告の自白が虚偽であること 被害者は、平成10年1月6日、原告に対し、「同月5日に原告のアパートから帰宅した後意識不明になり病院に担ぎ込まれた。嘔吐物から毒物が検出されたため医師がこれを警察に提出し捜査が開始された。アパートでココアを飲んでから体調が悪くなった。」等の自作自演の狂言を見せた。 原告は、被害者の上記自作自演の話を利用して、被害者に殺鼠剤を飲ませてひどいことをしたように話し、被害者をして愛想をつかせ、被害者から原告との男女関係清算の話を引き出したらどうか、そうすれば清算に向かって一気に話が展開するのではないかと思ったこと、実際には原告は被害者に殺鼠剤を飲ませていないし、病院沙汰、警察沙汰の話は被害者の自作自演の狂言であるから、原告が殺鼠剤を飲ませたと話しても、それが警察沙汰になることは絶対にあり得ないことだし、万一、被害者が本当に警察に訴えても、警察がこれを採り上げることはないと思ったこと、さらに、生まれてくる子供の父親とされる人を訴えることはないと思ったことから、同月7日、被害者に対して、「殺鼠剤を飲ませた」旨、被害者の自作自演の演技に馬を合わせる話をしたのである。 その後、原告は、同年4月29日、秋田警察署において逮捕された。原告は逮捕勾留期間中犯行を認める供述をしたが、原告の捜査官に対する自白は、自白と反省により不起訴にするとの利益誘導と否認すれば起訴になるとの脅し、さらに、被害者供述に基づく過度の誘導尋問による取調べの結果であって証拠能力がない。 原告は、同年5月19日処分保留で釈放された後、秋田地方検察庁検察官及び仙台高等検察庁検事長に対し、上記虚偽自白を覆す旨の上申書を提出し(同年7月24日、同年9月11日及び平成11年1月8日)、同年3月24日、秋田地方検察庁における取調べにおいて自白が虚偽であった旨供述し、原告作成の陳述書を提出した。 (イ) 殺鼠剤を飲食物に混入して飲ませることは不可能ないし不可能に近い困難性がある。 すなわち、原告は原告代理人とともに、自白させられた方法により殺鼠剤をインスタントココア等に混入する実験をしたが、一瞥、外観と異臭の双方から異物混入が分かり、これを飲ませることは不可能ないし不可能に近い困難性がある。また、被害者は、本件アパートにおいて原告と一緒に飲食した際に殺鼠剤を混入されたワイン等を飲まされた旨の供述をしているが、原告が被害者の目を盗んで殺鼠剤をワイン等に混入する時間的場所的余裕はなかった。 (ウ) 被害者の供述の虚偽性 被害者の被害供述は、原告を陥れるためになされた虚偽又は誇大な内容であって信用性がない。 原告が被害者に対し殺鼠剤を飲ませたとの虚偽の告白をした後、被害者はその母親とともに、原告に対し、子の認知、原告と妻との無条件離婚及び被害者との婚姻入籍を要求し、それをしないと殺鼠剤の件を警察沙汰にすると脅すなど無理難題を持ち出した。これが思うようにならなかったためか、被害者は、平成10年2月中旬に秋田県教育委員会に対し、原告との不倫関係と妊娠させられたことを理由に原告の懲戒処分を求めた。しかし、その際、殺鼠剤を飲まされたという被害事実は申告しなかった。仮に、真実、殺鼠剤を飲まされたのであれば、殺鼠剤を飲ませた犯罪行為も懲戒処分の理由の1つに挙げたものと思われるが、これを除外したのは被害者が殺鼠剤を飲まされていないことを物語るものである。 被害者は、同月下旬になって、秋田警察署に対し、殺鼠剤を飲まされたことも含めた被害届を提出した。被害者は、原告を強姦罪でも立件できるほど詳細に強姦及びそれにより妊娠させられた事実についての虚偽の被害供述をし、また、終始子を産むと言い張り初志を貫徹したのに、それと全く反対の虚偽の供述をしていること等、被害者の供述は全体として信用性がない。 (エ) 客観的証拠について 被害者は、原告から殺鼠剤を飲まされたとの自作自演の狂言をするための小道具を入手するべく原告のアパートに侵入し、原告が鼠駆除のために購入した殺鼠剤ネズレスやワインの空き瓶等を盗み出し、本件の証拠としている。また、本件犯行から被害者が本件を警察沙汰にするまでの間の経緯に照らし、上記証拠は長期間被害者の下に保管されていたものであるため、その証拠は被害者により作出された可能性がある。したがって、上記証拠の証拠能力は否定すべきであり、原告の自白の裏付け証拠たり得ない。 a 黒色ふた付きガラス容器 被害者から警察に任意提出された黒色ふた付きガラス容器は、被害者の所有物であり、本件アパートに置いてなかったものである。そして、上記容器は空の容器として警察に領置されたものであったが、後に飲み残しと称する液体を入れて(ねつ造)、鑑定資料とし鑑定嘱託されたものである。 b 証拠物についての被害者供述の虚偽性 @ 被害者が任意提出した証拠物の鑑定嘱託書記載の事件発生場所が、当時既に被害者が退去したアパートの住所であり、これは、被害者が証拠物を任意提出する際、虚偽の事件発生場所を申告したことを意味する。 A 上記鑑定嘱託書記載の事件発生年月日には、「平成10年1月中日(同4日ころ)」と記載されている。被害者は、乙第9号証及び乙第10号証で、同月5日に殺鼠剤入りのココアを飲まされたものと思うという内容の供述をしているのであるが、鑑定嘱託書作成の時点で、警察官に対し、4日ころと日にちを取り違え、しかも確定日ではなく「4日ころ」と説明したことは、被害者には被害の実体験がないことを示している。 B 被害者は、平成10年1月6日に犯行現場のソファの下から発見した証拠物として、紙に包まれた殺鼠剤、ビンのふたに入った液体、風邪薬(パブロンゴールド)の箱の3点を挙げ、ソファの下に手を入れたところそれらの証拠物を発見して取り出した旨供述する。しかし、上記ソファの底部と床との実効的な隙間は約1センチメートルしかなく、手を入れるといっても概ね手指の第1関節くらいしか入らないし、上記ビンのふたも厚さが1センチメートルはあるし、上記風邪薬の箱もそれ以上の厚さがあるから、これらをソファの底部と床との隙間に入れておくことは不可能である。 C 証拠物の発見状況について、被害者供述には矛盾、不一致がある(ソファの下からビンのふたを発見したとの供述〔乙9、10〕と、ビンそのものを発見したとの供述〔甲21〕。ティッシュペーパーの包みとの供述〔乙9〕と、パラフィン紙のようなものとの供述〔甲21〕。原告が被害者にドライバーセットを渡したとの供述〔乙10〕と、ドライバーをソファの下に隠していたとの供述〔甲22〕) ウ 相当性の要件について 次席検事が本件記者発表により発表した事実が仮に真実であると信じたとしても、これを信ずるについて相当なる理由がない(相当性の欠如、故意過失の存在)。すなわち、原告は釈放後主任検事らに対し、「速やかに必要な補充捜査を了し終局処分をして欲しい。原告を速やかに取り調べてと欲しい」旨の上申書を提出し、最後に原告の陳述書を提出した。本来ならば、次席検事としては、主任検事をして上記陳述書の内容を検討し、被害者から再度事情を聴取するなどして捜査を尽くさせ、原告を起訴した場合有罪判決を得るのに必要な証拠があることを確認して起訴猶予処分につき決裁をすることはもちろんのこと、起訴猶予にした旨を記者発表するに際しては、もう一度一件記録を精査し、原告を犯人と断定するのに必要な証拠の存在を確認すべき職務上の義務があるにもかかわらず、これを怠った重大な過失により、本件で存在した証拠には真実性、信ぴょう性がないこと及び証拠物には関連性がなく証拠能力を否定すべき事情があることを看過し、原告を犯人と断定する本件記者発表を行った。このような次席検事の本件記者発表には相当性を認めることはできない。 (被告の主張) ア 公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出たものであったこと 本件記者発表の内容は、原告に対する「公訴が提起されるに至っていない犯罪行為に関する事実」であるから、公共の利害に関する事実に係るものである。そして、本件犯行が現職の小学校教諭による犯行であり、殺鼠剤入りの飲料を懐胎中の女性に飲ませて胎児を堕胎させようとしたという極めて特異な態様の犯行であることなどから、捜査当初より地域社会の耳目をしょう動させたものであり、その社会的影響の大きさに鑑みれば、本件記者発表は、捜査が適正に遂行され、適正な処分がなされたことを公に知らせることにより、本件犯行に対する地域社会の不安を解消し、同様の犯罪を企図する者に警鐘を鳴らして一般予防に資するなどの公益を図る見地から行われたものであって、もっぱら公益を図る目的に出たものである。 イ 本件記者発表における摘示事実が真実であること 本件における真実性の立証の対象は、原告が殺鼠剤をワイン等に入れて飲ませたという客観的事実そのものではなく、本件記者発表の時点において、現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により、原告が殺鼠剤を飲ませたと認められる程度の嫌疑が存在したことであると解すべきである。 本件では、原告がワイン等に殺鼠剤を入れて被害者に飲ませたとの事実は、以下のとおり客観的にも真実と認められるのであるから、本件における本来の証明の対象たるべき上記事実の証明についても十分であることは明らかである。 (ア) 原告の自白の任意性、信用性 原告は、逮捕勾留期間中(平成10年4月29日逮捕時から同年5月19日釈放されるまで)、検察官による取調べのほか裁判官による勾留質問に対しても、一貫して本件犯行につき自白をしていた。また、本件犯行の動機、具体的な犯行態様及び犯行発覚後被害者らに告白するに至った経緯等につき、詳細かつ具体的に供述しており、まさに自らその行動をとった者でなければ語り得ない迫真性を有しているものである上、自白の中に現れた本件犯行を企図してから被害者らに犯行を告白するまでの原告の一連の行動についても、当時の状況下における原告の行動としては合理性を有しており、原告の自白は極めて信ぴょう性の高いものといえる。 原告は、自白と反省により不起訴とするとの利益誘導と否認すれば起訴になるとの脅しによる取調べの結果、原告は虚偽の自白をした旨主張するが、自白した直後に逮捕され原告の期待とは逆に早期の帰宅が困難になったばかりか、起訴の恐れが更に高まったにもかかわらず、弁護士との接見を経てもなお警察官、検察官、裁判官に対し、一貫して犯行を認める具体的供述をしていた事実に照らすと、原告の上記主張は到底措信できない。 また、被害者の虚偽の被害申告に基づく過度の誘導尋問により虚偽の自白をしたとの原告の主張は、@本件犯行について自白する一方で、被害者と強引に情交関係を持った事実、被害者が再三にわたり中絶を懇願した事実及び被害者に対し「堕ろしたら殺す」と申し向けた事実につき一貫して否認しているなど、自己の言い分を通していること、A原告の自白中には、捜査官が敢えて脅迫や利益誘導に基づいて供述させなければならない必要性の存する供述ではなかったり、被害者にとっては与り知らない事項に属するため、捜査官が過度の誘導尋問を加えようにも加えようのない供述が随所に見られることなどから信用できない。 原告は釈放後、検察官に対して自白を撤回した旨主張するが、上記のとおり、逮捕勾留期間中の原告の自白は信用することができ、本件犯行を否認する原告の釈放後の供述こそ虚偽であることが明らかであるから、釈放後原告が自白を撤回したことは上記自白の証拠能力及び信用性とは何ら関係がない。すなわち、原告は、ココアを飲んで体調が悪くなった旨の被害者の訴えを被害者の狂言であるとした上で、その後被害者に本件犯行を認めた理由について、殺鼠剤を飲ませたと言えば被害者がひどいことをされたと思い、自分との縁を切ってくれると思ったからであると主張するが、自ら狂言を演じている被害者が自己の狂言に調子を合わせたに過ぎない原告の言動を真に受けて、原告からひどいことをされたと思うに至ることはあり得ないのであるから、原告の主張は到底措信できない。むしろ、原告は、本件犯行が発覚して警察沙汰になることを恐れ、自己保身の目的から被害者に本件犯行を告白したとする方が自然であり、被害者及びその母親が「殺鼠剤を飲ませるような男と結婚してもうまくいくことなどない」との思いから、原告に入籍を迫ることを断念した事実の中から、自分に都合の良い部分だけを採り上げて主張していることが明らかである。 (イ) 客観的証拠の存在 原告は、本件犯行発覚後の平成10年1月7日、本件犯行に使用した残りの殺鼠剤及び殺鼠剤をつぶすのに用いたドライバーセットを自ら被害者に差し出し、被害者は、同月9日にこれらを警察に任意提出したが、鑑定の結果、上記殺鼠剤及びドライバーセットから、毒性を有する殺鼠剤の成分であるシリロシドが検出された。また、原告は、捜査段階において、コーンスープ及びココアに殺鼠剤を混入した際、溶けきらずに浮いてきた殺鼠剤の粒をスプーンですくい取ってふた付きガラス容器のふたに入れソファの下に置いた旨供述するが、被害者が原告の不在中に本件アパートからこれを見つけだして警察に任意提出し、同じく鑑定を実施した結果、その液体からもシリロシドが検出された。これらにより原告の自白の信用性が客観的に裏付けられた。 被害者が本件各証拠をねつ造した可能性があるとの原告の主張は、原告の虚構の弁解に過ぎない。すなわち、捜査官でもなく、犯人として本件犯行を実行した当事者でもない被害者において、殺鼠剤を混入するという犯行態様を想定し、その前提として原告が殺鼠剤を所持していることを認識していること、殺鼠剤を混入するためには殺鼠剤をあらかじめ道具を用いて細かくつぶす必要があることを認識していること、飲料に混入しても殺鼠剤の一部が浮いてくることを認識し、犯行に及ぶためには浮いてきた殺鼠剤をすくい取ろうとするであろうことに思い至ること、さらに、すくい取った殺鼠剤の混入した液体の処理方法についても思い至る必要があるが、そのような想定の下に捜査機関から見ても何ら違和感を覚えることがない合理性のある証拠を作出することなどあり得ない。 なお、被害者が本件各証拠を入手してから警察に任意提出するまでわずか4日足らずであり、その間に原告が主張するように被害者により証拠が作出された可能性があるなどという事情は一切存在しない。 (ウ) 飲料への殺鼠剤の混入事実について 原告の検察官に対する供述によれば、原告は、シャンペン及び赤ワインに殺鼠剤を混入した際は、それぞれのビンに混入させてかき混ぜて殺鼠剤を溶かした後、それぞれグラスやコップに注いで被害者に飲ませ、ビンは水洗いしたというのであり、コーンスープ及びココアに混入した際には、溶けきらずに表面に浮いてきた殺鼠剤の粒をスプーンですくい取ってから飲ませたと説明しており、殺鼠剤の混入事実を被害者に気付かれないようにするためできるだけ殺鼠剤の痕跡が残らないよう工作した事情が認められるから、全く事情を知らない被害者が気付かないまま飲むことがないということはできない。また、原告の供述によれば、ワイン等のビンやコップの底、コーンスープやココアの表面に殺鼠剤が残っていた、被害者もココアを飲んだ際にはカップの底に残った殺鼠剤に気付いたというのであるから、むしろ、原告の実施した実験結果は、原告本人の自白の信用性を裏付けるものである。 また、原告の実施した混入実験においては、極めて意識的かつ詮索的な態度で実験していたものであるが、実際の犯行においては、被害者が原告によって用意された飲み物の中に何らかの異物が入れられているかも知れないなどという疑いを抱き、飲み物の中の異物の存在や臭気に格別の注意を払う必要のある状況になかったのであり、本件犯行の具体的状況下においては、十分に犯行の実現可能性があった。 殺鼠剤を混入する時間的場所的余裕がないとの主張については、原告の供述によれば、原告は、あらかじめ被害者の不在中に殺鼠剤を飲料に混入しやすくなるようにつぶしておいた上、被害者のすきをみて飲料に混入したというのであり、原告の主張には理由がない。 ウ 真実性の誤信の相当性 仮に本件において、本件記者発表における摘示事実が真実であると証明できなかったとしても、原告に係る犯罪事実の認定は、本件記者発表の時点において、現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により行われていることを次席検事が信じたことに何ら不合理な点は見あたらないのであり、相当性は十分である。 エ 発表方法の相当性 本件記者発表の発表方法は、この種公表行為として長年にわたって実施されてきたところを踏襲するものであることは公知の事実であり、また、その発表内容も、処分の結果及びその理由について発表として必要な最小限度の事実を簡潔に述べたものに過ぎず、いずれも極めて相当である。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(違法性の判断基準)について (1) 原告は、次席検事の本件記者発表行為は国家賠償法1条1項に該当すると主張しているところ、「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである」(最高裁判所昭和60年11月21日第1小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)から、同条の違法性とは、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうものと解される。 (2) ところで、検察官による不起訴処分の記者発表は、それを実施するか否か、発表する内容、範囲等について、検察官が個々の事案ごとにそれを決定していくほかないところであるが、検察官が起訴した事件の有罪率は90パーセントを超えており、検察官が被疑者が罪を犯したものと認定できると発表すれば、1つの重要な公権的判断として、一般人をして被疑者が犯罪を犯したことは真実であると認識させることになり、被疑者の名誉をはなはだしく毀損することにつながる。しかも、起訴された被告人にとっては刑事裁判手続において、証拠資料を閲覧し、それに対する反論を行う機会が保障され、ひいては無罪判決を受けて名誉を回復する機会が残されているのに対し、不起訴処分にされた個人にとっては、刑事裁判手続において無罪判決を得る機会が確保されていないばかりか、捜査機関がいかなる証拠資料に基づき当該判断を公表したのか容易に知り得ず、名誉を回復するための効果的な反論の術を持たないのが普通である。そして、このような検察官による不起訴処分の記者発表の特質に鑑みれば、検察官は、不起訴処分の記者発表をする際に不当に被疑者の名誉を毀損することのないよう配慮すべき職務上の注意義務を負っているものというべきである。 具体的には、公表の必要性がある場合において、当該個人が犯罪を行ったことを認めるに足りるだけの証拠資料に基づき、かつ、相当な方法により当該事実を公表すべき職務上の注意義務を負っているものというべきである。そして、検察官による不起訴処分の公表に関する基準が法令等によって明確なものとして定められていないことをも併せて考慮すると、検察官の当該公表行為によって個人の名誉が侵害されたという事実が認められる場合、当該公表行為は違法であったものと推定され、被告において、当該公表行為の必要性があること、当該個人が犯罪を行ったことを認めるに足りるだけの証拠資料に基づいて行われたこと、かつ、その方法も相当であったことを証明しない限り、国家賠償法上違法となると解するのが相当である。 2 争点(2)(本件記者発表は国家賠償法上違法であるか)について (1) 前記争いのない事実等(4)、(5)に記載した事実からすると、次席検事による本件記者発表によって、原告の名誉が毀損されたことは明らかである。そこで、争点(1)について述べた違法性の判断基準に基づき、以下、@次席検事の本件記者発表が、原告が堕胎させる目的で被害者に殺鼠剤を飲ませたことを認めるに足りるだけの証拠資料に基づいて行われたかどうか、Aその事実を記者に発表する必要性があったかどうか、Bその方法が相当であったかどうかという点について検討する。 (2) 次席検事は、本件記者発表において、原告の捜査段階の供述とそれを裏付ける客観的な証拠、被害者の供述などにより原告が被害者に殺鼠剤を飲ませたという事実が認められる旨発表していることから、原告の捜査段階における自白が客観的な証拠や被害者の供述に裏付けられた高い信用性をもつものでなければならない。 そこで、以下、原告の捜査段階における自白の信用性について検討していくことにする。 ア 原告の捜査段階における自白の内容 原告は、平成10年4月29日午前7時ころ、秋田警察署の警察官に任意同行を求められ、その取調べにおいて本件犯行を自白した後、秋田警察署において逮捕された。その後、同年5月19日の釈放までの逮捕勾留期間中、原告は、秋田地方検察庁における弁解録取手続の際、秋田簡易裁判所において勾留質問を受けた際及び秋田地方検察庁における取調べにおいて、一貫して本件犯行を認める供述をした。上記捜査段階における自白の内容は、概要以下のとおりである。(甲12、乙1ないし4) (ア) 原告は、平成9年12月末から平成10年1月はじめにかけ、当時原 告の子を妊娠していた被害者に殺鼠剤入りのワイン、コーンスープ、ココアなどを飲ませ、胎児を流産させようとした。原告自身、殺鼠剤の成分が胎児にどのように影響するのか正確には分かっていなかったが、殺鼠剤入りの飲み物を飲ませることで被害者や胎児が体調の変調を来して、それにより流産すればいいと考えて、被害者に殺鼠剤入りの飲み物を飲ませた。 (イ) 平成9年12月24日、殺鼠剤を飲み物に溶かして飲ませようと考えていたが、そのままでは粒が大きすぎて飲み物には溶けないし、すぐに気付かれてしまうと考えて、顆粒をつぶして細かくしようと思い、分包のうち半分だけをその辺にあったメモ用紙か何かに広げ、スプーンでつぶした。スプーンだと殺鼠剤が飛び散ってつぶしにくかったので、黒色のドライバーセットの柄も使った。そして、同月25日赤いシャンペンに殺鼠剤を混ぜて被害者に飲ませた。 (ウ) 同月27日、(イ)と同様の方法で殺鼠剤をつぶし、同月28日赤ワインにこれを混ぜて被害者に飲ませた。 (エ) 平成10年1月2日、(イ)と同様の方法で2グラムずつ入った殺鼠剤の 分包をビンのふたにあけてつぶすということを3回くらい繰り返して、全部で3包くらいつぶした。つぶした殺鼠剤の粉末は、1分包ずつ薬を包む紙やティッシュペーパーに包んだ。このうち、1つの分包を破いてしまい殺鼠剤が手にべたべたついてしまったため捨てた。 (オ) 同月3日、アルコール以外の物に殺鼠剤が溶けるかどうか試すために、オレンジジュースとピーチツリーフィズという酒を混ぜたカクテルにスリーパンという睡眠薬を混ぜて被害者に飲ませた。 (カ) 同月4日、インスタントのコーンスープの素に、(エ)でつぶした殺鼠剤 1分包の半分を混入し、被害者に飲ませた。この分包の残りは確かソファの下に置いたと記憶している。コーンスープの素に殺鼠剤を混ぜてお湯を注いだところ、ピンク色の小さな粒々が浮いてきたので、原告は、スプーンでその粒々をすくい取ってソファの下あたりに置いていた何かのビンのふたの中に捨てた。 (キ) 同月5日、前日にコーンスープに混入した分の残りをソファの下から出してココアに混入した。インスタントココアの粉末に殺鼠剤を混ぜて牛乳を注いでスプーンで混ぜたところ、殺鼠剤のピンクの粒々が浮いてきたから、スプーンですくってソファの下あたりに置いていたビンのふたの中に捨てた。 (ク) 平成9年12月29日に殺鼠剤入りのワインを被害者に飲ませたかどうかについては、何度も考えてみたがよく覚えておらず、自分の記憶ではこの日もワインを飲ませたかも知れないという程度の認識である。 (ケ) 犯行後の平成10年1月5日の夜、被害者から、「昨日、家に帰ってから具合が悪くなって、病院へ連れて行ってもらった。病院で吐いたら、お医者さんが吐いた物を検査すると言っていた。」と言われ、もし吐いた物を病院で調べられたりしたら、被害者に殺鼠剤入りの飲み物を飲ませたということがばれてしまうと思い、警察沙汰になるのも時間の問題だと思って、その晩は心配で一睡もできなかった。そして、翌日の朝、正直に自分のやったことを被害者に話せば何とか警察沙汰にはならないのではないかと思い、「具合が悪くなったのは、俺のせいだ。ココアに殺鼠剤を入れた。警察には言わないで欲しい。」などと言って謝った。 (コ) その後、被害者が、「お母さんにも話をして。」と言うので、原告は、被害者の母親に電話で自分のやったことを話した。 イ 客観的な証拠の存在と被害者の供述 (ア) 被害者は、平成10年1月9日、風邪薬パブロンSゴールド(粉末剤 4袋と赤色粉末在中のティッシュペーパー包み在中)、ガラス容器(黒色ふた付き)、チラシ(民宿碁石丸用)、ドライバーケース(ドライバー8本在中)、殺鼠剤(ネズレス、殺鼠剤5袋入り)などを、秋田警察署に任意提出し、これらの物は秋田警察署において領置された。これらの物のうち、ガラス容器(黒色ふた付き)内の液体、ティッシュペーパー包みに包まれた赤桃色固形物(粉末)、「殺そ剤」「ネズレス」と記載された紙袋5袋に入った赤色固形物には、殺鼠剤の成分であるシリロシドの含有が認められ、さらに、チラシ(民宿碁石丸用)、ドライバーセットに入っている黒色ノブには、同じくシリロシドの付着が認められた。(乙5ないし8) (イ) 被害者は、秋田警察署警察官及び秋田地方検察庁検察官に対し、上記任意提出物に関連して、概要以下のとおり供述した。(乙9、10) a 平成10年1月6日、本件アパートに入って薬などを探したところ、居間のテーブルの角にココアを飲んだときに残っていたものとよく似た赤い粒々が散らかっていた。それで、その近くを探していると、ソファの下に手を入れたところ、風邪薬(パブロンゴールド)、赤い粒々がたくさん入れてあったティッシュペーパーの包み、赤い粒々が混じっているどろどろした液体が入ったのりの佃煮のビンのふたを発見した。台所からビンの本体を持ってきて、ふたの中の液体を本体に移してふたをした。さらに、台所のゴミ箱に同月3日に被害者も見せられた民宿碁石丸のチラシが丸められて入っているのを見つけ、広げてみると赤い粒々が付着していた。その後それらの物をビニール袋に入れて持ち出した。 b 同月7日朝、原告は、被害者に殺鼠剤をココアに入れて飲ませたことを告白した後、寝室の方からドライバーセットを持ってきて、黒色の柄のところを示して、「これで薬をつぶした。」と被害者に説明してドライバーセットを渡した。その後、同人らがともに被害者の家に行き、被害者の母に会った際、どこから出してきたか分からないが、原告は、ネズレスという箱入りの殺鼠剤を出してきて、被害者の母に、「これを飲ませたのです。」と白状し、その箱を渡した。 (ウ) その他被害者の被害供述 被害者は、平成10年5月14日、秋田地方検察庁検察官に対し、概要以下のとおり供述した。(乙10) a 平成9年12月25日、原告が買ってきたスパークリングワインを勧められて飲んだが、その際、色が濁っており、味が苦いような甘いような複雑な味がした。原告はビールを飲んでおりスパークリングワインを飲まなかった。自宅に帰ると自分の身体が重苦しく感じられるなど体調が悪くなった。翌26日も27日も身体がだるく、ずっと横になっているような状態だった。 b 同月28日、この日は被害者の誕生日であり、原告が本件アパートで忘年会をやろうと言い出し、ともに買い物をしに行き、その際赤ワインを購入した。被害者が台所で食事の準備か何かをしていると、原告は既に赤ワインをついでおり、被害者はそれを飲んだ。原告はワインをつぎ足したので、合わせてコップ1杯程度のワインを飲んだ。原告はこのワインを飲まなかった。赤ワインを飲んだ際、色や味などで特におかしい様子はなかったが、しばらくしてから身体全体の脱力感が強くなるなど体調が悪くなった。 c 同月29日、本件アパートで原告と被害者が夕食をとる際、被害者が食事の用意をするために居間から席を外しているうちに、原告が前日飲み残した赤ワインをコップに注いでおり、被害者に勧めた。被害者が赤ワインを飲むと、原告はせかすように何度もつぎ足したので、合わせてコップ半分程度のワインを飲んだ。このとき原告はワインを飲まず、確かウィスキーの水割りか何かを飲んでいた。この日も、被害者は、本件アパートに泊まることとなったが、酒を飲んでしばらくしてから、身体全体のだるい感じが増した。 d 平成10年1月3日、本件アパートにおいて、原告は、被害者が台所で何かをしているうち、オレンジジュースとピーチツリーフィズのカクテルを作り被害者に勧めた。それを飲んだところ、特に舌触りなどで変なところはなかったが、どろっとした感じで、味がまずかったので、コップ半分くらいしか飲まなかった。これを飲んだ後、被害者は身体がだるくなり、なぜかとても眠くなった。 e 同月4日朝、原告は、インスタントのコーンスープを作って被害者に飲むように勧めた。このスープは、色が赤茶色で味が薄く、コーンの香りもしなかったが、原告が殺鼠剤を入れるなどとは考えもしなかったので、被害者は、不審に思わずこのスープを殆ど全部飲んでしまった。この日、被害者は原告と一緒に気仙沼へ出かけたのであるが、同日昼前ころ、車内で強い吐き気、眠気、脱力感と息苦しさを感じ、強い胎動を感じた。 f 同月5日午後、気仙沼への旅行から帰り本件アパートについた後、原告はココアを2人分入れて、一方を被害者に飲むように勧めた。被害者は、ココアを飲んでいるうちは何も変わった様子には気付かなかったが、飲み終わったときにカップの底にピンク色の粒々が混ざっていることに気付き、原告の飲んだココアのカップの底には何も残っていなかったので不審に思った。被害者は、同日自宅に帰宅後、脱力感や吐き気、息苦しさなど体調の悪化を覚え、原告に何か悪い物を飲まされて具合が悪くなったのではないかと疑いを持つに至った。 g なお、被害者は、後記ウの(ア)に記載したとおり、原告から被害者及 び被害者の母親に対する本件犯行の告白があった状況について供述している。 ウ 原告が警察官と検察官の面前において自白するに至るまでの経緯 (ア) 被害者及び被害者の母親への犯行の告白 被害者が平成10年1月6日原告に対し、実際には病院に行った事実がないのに、「前日にココアを飲んだ後体調が悪くなり病院へ行った。病院で吐いたら嘔吐物を警察で検査すると言っていた。」等と述べたところ、翌7日朝、原告は、被害者に対し、「具合が悪くなったのは、俺のせいだ。ココアに殺鼠剤を入れた。警察には言わないで欲しい。」などと、自ら殺鼠剤をココアに混ぜて被害者に飲ませたことを告げた。 さらに、原告は、同日、被害者の求めに応じて被害者の母親に電話をして上記事実を告げ、さらに、被害者の自宅で被害者の母親に会った際にも同様の話をした。(争いがない) (イ) 原告の元同僚Eへの犯行の告白 Eは、平成10年3月末まで原告と同じb小学校の教員をしており、原告の同僚であった。 Eは、平成9年9月終わりから10月の初めころの間に、原告から、「被害者との間に子供ができた。妻と分かれて被害者と一緒になりたい。」との相談を持ちかけられていた。ところが、平成9年のうちに、原告から、「被害者と結婚するのを辞めたい。もう出来た子供を堕ろせない時期になったらしいが、彼女から子供を認知して欲しいとか、奥さんと別れてくれ、などと難しい要求をされた。私は妻の元に戻りたい。」などと話をされた。 その後、原告は、平成10年1月の半ばころ、Eにちょっと話があるとして人気のない場所まで呼び出し、「自分のアパートで被害者に薬を飲ませてしまった。堕ろそうとして殺鼠剤を飲ませた。彼女がお腹の具合を悪くして救急車で病院へ行った。」などと、思い詰めたような表情で話した。(乙11) (ウ) 原告の妻Bへの犯行の告白 原告の妻Bは、平成10年1月10日前後の夜、名前を名乗らない女性からの電話で、「奥さんですよね。ご主人から毒を飲まされた。具合が悪くなり病院へ行ったところ、吐いた物を検査され、毒物反応が出て、警察沙汰になっている。ご主人が、子供を殺して自分も死ぬと言っているので、鍵をかけるか避難してください。」と言われた。 その直後、原告が帰宅し、Bに対し、「大変なことをしてしまった。ネズミを殺す薬を飲ませた。子供たちを明日ディズニーランドに連れて行く。」などと泣きながら話をした。このとき原告は気が動転しており、とてもBが事情を聞けるような状態ではなかった。後日原告は、Bに対し、「お前のところに戻るために飲ませた。」などと話した。(乙12) (エ) 任意同行(平成10年4月29日)後の原告の供述状況 任意同行後の原告の供述状況は次のとおりである。(甲12、乙1ないし4、原告本人) a 原告は、上記アで述べたとおり、平成10年4月29日に任意同行された後、秋田警察署における取調べにおいて本件犯行を認める供述をした。 b 翌30日午前、原告が以前から相談を持ちかけていたF弁護士が接見に訪れたが、その後も自白を覆す供述をしなかった。 同日、原告は不同意堕胎未遂容疑事件で秋田地方検察庁に送致され、弁解録取手続がとられ、その際、検察官に対し本件犯行を認める供述をしたが、他方、強引に被害者と性的関係を結んだという事実については否認する供述を行った。 同日、原告は、秋田簡易裁判所において勾留質問を受けたが、その際、裁判官に対し、被疑事実の要旨のうち、被害者と関係を持った日時が「平成9年7月11日ころ」とあるが、7月7日であること、「強引に情交関係を持ち」とあるが、2人の合意の上でのことであること、「同女が再三にわたり中絶を懇願した」とあるが、そういうことはなかったこと、原告が被害者に対し「堕ろしたら殺す」と言ったとあるが、そういうことは言っていないことを供述した上、本件犯行を含むその余の事実については間違いない旨供述した。 c その後、原告は、勾留期間中一貫して本件犯行を認める供述をした。自白の内容は、上記アで述べたとおりであった。 その間、原告は、上記F弁護士の他にG弁護士を弁護人に選任し、G弁護士は、少なくとも2回以上、勾留中の原告の接見に訪れたが、その後も、自白を覆す供述をしなかった。 エ 原告の自白の信用性についての総合的な検討 (ア) 以上の認定事実によれば、原告の捜査段階での自白は客観的な証拠と 合致し、被害者の被害供述とも符合していること、平成10年1月7日に、自ら積極的に薬物の種類を「殺鼠剤」と特定して、被害者及び被害者の母親に本件犯行を申告し、その後、原告の妻及び原告の元同僚であるEにも自分から本件犯行を告白していること、同年4月29日の逮捕時から同年5月19日の釈放時まで一貫して(警察官及び検察官の取調べに対してのみならず、裁判官の勾留質問に対しても)本件犯行を認める供述をしていること、特に、逮捕勾留中にF、G両弁護人と接見をした後も自白を撤回することなく本件犯行を認める供述をしていること、原告は、本件犯行の動機について、「被害者に子供を産んでもらったら困ると考え、流産させる目的で被害者には内緒で殺鼠剤を飲ませた。」(乙1)と供述しているが、この供述は、妻子ある原告が被害者を妊娠させ、同人から妻と別れて自分と入籍するよう求められていた状況に照らし、本件犯行の動機として合理的であること、殺鼠剤の顆粒をつぶして幾つかの飲料に混ぜる際の手段方法について極めて具体的かつ詳細に供述していること、かかる犯行態様の実現可能性も後記のように肯定できること、原告は、本件犯行を被害者に申告した動機について、「正直に自分のやったことを被害者に話せば何とか警察沙汰にならないのではないかと思った。」(前記アの(ケ))と供述しているが、この供述は、犯罪を実行した者の供述として自然であり了解可能な内容であることといった事実が認められ、上記各事実を総合すると原告の自白は信用性が高いものということができる。 (イ) これに対し、原告は、@原告は、被害者の自作自演の狂言に馬を合わせて自白をしたに過ぎず、原告の自白は内容虚偽の自白である上、原告の自白調書は利益誘導、脅し及び過度の誘導尋問により構成されたものであって証拠能力がない、A被害者に気付かれずに飲食物に殺鼠剤を混入させ、これを嚥下させることはできない、B被害者の供述の構成は虚偽又は誇大であって信用性、信ぴょう性が認めがたい、C被害者が原告不在中に本件アパートへ侵入し、原告が殺鼠剤を飲食物ココアに混入した際に浮いてきた殺鼠剤をすくって捨てたという液体等を持ち出し、これを警察官に提出した経緯及び領置手続の不備欠陥等の状況に照らし、これら領置物には証拠能力が認められないと主張し、次席検事は証拠の評価を誤った旨主張している。 しかし、まず、@についてみるに、被害者の自作自演の狂言に馬を合わせ、自分がひどい男だと被害者に思いこませることにより、被害者の方から原告との縁を切ってくれると思い被害者に本件犯行を告白した旨主張するが、原告が被害者に対し本件犯行の告白をした後にも被害者から妻との離婚及び被害者との入籍を求められるという、上記の思惑に反する結果が生じたにもかかわらず、本件犯行の告白が実は虚偽であったということを被害者に伝えるという態度に出ていないこと、仮に上記の理由から被害者に本件犯行を告白する虚偽の供述をしたとしても、利害関係を有しない第三者であるEにそのような虚偽の供述をする理由は見あたらないにもかかわらず、同人に対して本件犯行を告白していること、また、妻であるBに対しては、妻との関係を元に戻すために被害者に対して上記のような虚偽の告白をしたという真実をむしろ伝えるはずであるが、妻に対しても本件犯行の告白をしていることからすると、原告の上記主張は措信できない。 また、前記ウで認定した原告の自白に至る時間的な経過や、本件犯行について自白する一方で、被害者と強引に情交関係を持った事実や、被害者に対し「堕ろしたら殺す」と申し向けたことなどについては否認し、平成9年12月29日に赤ワインを飲ませたかどうかはっきりしないと供述するなど、明確な記憶がないことを理由に断定的な供述を避けており、原告が捜査機関の取調べや勾留質問において自己の言い分を通していること、自白中には、殺鼠剤をつぶして粉末にするときの状況や、飲料に殺鼠剤を混入する分量、残りの殺鼠剤の処理方法の具体的内容についてなど、その供述内容の性質上被害者が経験していない事項に属するため、被害者の被害供述に基づいて捜査機関が誘導尋問を加えて原告に供述させることが不可能なものが多く含まれていること等に照らすと、原告の自白調書が捜査官の利益誘導、脅し及び過度の誘導尋問によって得られたとの可能性は考えられず、自白調書の証拠能力を否定する原告の主張も採用できない。 次にAに関してみるに、証拠(甲9、13、原告本人)によれば、殺鼠剤ネズレスは派手な赤桃色をしていること、顆粒を粉末状にすりつぶしたとしても、ワインやコーンスープ、ココアには溶けにくく液体の中で浮遊したり沈殿したりすることが認められるものの、原告の捜査段階における供述によれば、原告はコーンスープやココアに混入した際には、溶けきらずに表面に浮いてきた殺鼠剤の粒をすくい取ったとしており、被害者に気付かれないよう工夫をしながら実行したことが認められる上、被害者は、平成10年1月5日にココアを飲み終わった後のコップに赤い粒々があることを初めて見つけるまでの間、原告から何らかの薬物を飲まされることなど考えもしていなかったものであるから、上記のような異物の存在等に気付かなかったとしても不合理とはいえない。 さらに、Bの主張について検討するに、まず、原告は、被害者の被害供述全般について、原告を陥れるためになされた虚偽又は誇大な内容であって信用することはできないと主張する。確かに、被害者は本件犯行前に原告の子供を妊娠し、原告に対して妻との離婚及び被害者との入籍を求めていたが思うようにはならなかったという事情があり、秋田県教育委員会に原告の懲戒処分を求め、さらに、秋田警察署に被害届を出していることが認められるため、原告に対して反感を抱いていたことも考えられなくはないが、被害者の供述は、内容的に合理性があり前後の脈絡が十分に保たれている上、客観的な証拠、第三者(母親やE)の供述及び原告の自白とも整合しており、特段の不自然さも見受けられないのであって、その供述の信用性を否定することには無理があると思われる。 また、原告は、「平成10年1月6日、被害者が本件アパートのソファの下から、ガラス容器のふた及び風邪薬の箱を見つけた」との被害者の供述について、いずれもソファの底部と床との間の隙間に隠匿することは不可能である旨主張する。しかし、証拠(甲23、乙13)によれば、当該ソファの脚の長さが2センチメートルであるから、ソファが平らな床に置いてあれば、ソファの底部と床との間には2センチメートルの隙間があることが認められ、それに対し、ガラス容器のふたの高さは、1.3センチメートル、風邪薬の箱の高さは、2.1センチメートルであることが認められる。これによると、当該ソファが厚手のカーペットの上に置かれていたとしても、上記ガラス容器のふたはソファの下に隠匿することができるものといえるし、風邪薬の箱も紙製であるから、箱を変形させるなどして隙間に挿入することも可能であり、被害者供述が信用できないということはできない。 なお、原告は、平成10年1月8日に被害者から事情聴取した秋田警察署の警察官Hの陳述書(甲20)、及び、同じく同年3月2日に被害者から事情聴取した秋田警察署の警察官Iの陳述書(甲21)を証拠として提出し、両陳述書に記載されている両人が被害者から聴取した内容と、被告が提出している被害者の検面調書における被害者の供述内容が食い違っていること等を摘示した上、被害者の供述の信用性がない旨主張する。しかしながら、上記陳述書は被害者からの供述の再伝聞であるためその内容の正確性自体確かではない上、そもそも上記陳述書は、いずれも平成12年7月17日に作成されており、本件記者発表当時には存在しなかった資料であることから、本件記者発表の違法性を検討する場合に考慮することは妥当ではないともいえる。したがって、上記陳述書との対比から被害者の検面調書の内容の信用性が軽減するものということはできない。 Cの主張に関しては、確かに、被害者の供述調書(乙9、10)によれば、領置された液体等は被害者が本件アパートに侵入して持ち出したものであることが認められるが、捜査官が被害者に指示して持ち出させたとか、捜査官自身が持ち出したといった事情は認められないのであるから、これを違法な証拠ということはできない。また、任意提出書(乙5)、領置調書(乙6)及び鑑定嘱託書(乙7)の記載に正確性を欠く記載や誤った記載が存在することが認められるが、捜査初期の段階での作成であることやその記載内容に照らせば、これらの存在をもって、領置物やそれに対する鑑定結果等の証拠の証拠能力を否定しなけらばならないものとは考えられない。 オ 結論 以上のとおり、原告の捜査段階の自白(前記ア)は、客観的な証拠と被害者の供述に裏付けられた高い信用性を有するものであるから、本件記者発表は、原告が堕胎させる目的で被害者に殺鼠剤を飲ませたことを認めるに足りる証拠資料に基づいて行われたことが認められる。 なお、原告は、以上検討したもののほか本件証拠関係の問題点をいくつか指摘し、本件では原告が被害者に殺鼠剤を飲ませたことを認めるに足りる証拠資料はない旨主張するが、いずれも採用することはできず、上記結論を覆すことはできない。 (3) 本件においては、関係各証拠及び弁論の全趣旨により、原告及び被害者がともに同じ公立小学校の教師であったこともあり社会的な関心の高い事件であったと認められ、国民の知る権利に奉仕し、検察に対する信頼を確保するためには、被疑者である原告につき不起訴処分にしたこと、さらには、捜査により得られた証拠によれば原告の犯行が認定できるが、公訴の必要性がないことを公表する必要性があったというべきである。 また、本件記者発表では、不起訴処分をしたこと、不起訴裁定書の裁定主文(起訴猶予であること)及びその理由程度のことを公表したものであり、通常行われている程度の公表に過ぎないものといえ、その公表方法も相当であったといえる。 (4) したがって、次席検事が行った本件記者発表は、国家賠償法上違法ということはできない。 3 結論 以上の理由から、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。 東京地方裁判所民事第14部 裁判長裁判官 山名学 裁判官 大嶋洋志 裁判官 宮崎拓也 別紙 謝罪広告 平成11年3月31日秋田地方検察庁次席検事は、多数の報道機関の記者に対し、原告Jに対する不同意堕胎未遂被疑事件を不起訴処分に付したことを発表した際、同被疑事件を起訴しても有罪を立証する証拠がないのに、原告に対する被疑事実は認められるが、起訴猶予処分とした旨虚偽なる事実を公表し、その旨を多数の新聞、テレビ等で報道するに至らしめ不特定多数人に恰も原告が右被疑事件の犯人である旨の印象を与えて原告の名誉を毀損したことに鑑み、深く遺憾の意を表します。 法務大臣 K 別紙 謝罪広告掲載要領 1 広告を掲載する刊行物 朝日・読売・毎日・秋田さきがけ・河北各新聞の朝刊の秋田版・全国版 2 広告を掲載する紙面と回数 下段広告欄・各連続2回 3 広告の大きさ使用する活字 (1) 広告の大きさ 2段抜き (2) 使用する活字 見出し及び被告の氏名は4号活字 その他は5号活字 |
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