判例全文 line
line
【事件名】「議会だより」の答弁改ざん・不掲載事件
【年月日】平成13年11月16日
 神戸地裁 平成9年(ワ)第181号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、金15万円を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し、その3を原告の、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は、原告に対し、金66万円を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 被告は、地方公共団体であり、平成3年当時は篠山町であったが、その後平成11年4月1日から篠山市に名称が変更された。
(2) 原告は、本件当時、篠山町の議員であった者である。
(3) 篠山町の議会だよりの編集委員らは、平成3年12月19日の町議会の一般質問において、原告の質問に対し、町長が国旗や国歌についての明快な答弁を行っていないにもかかわらず、議会だより62号において、「問 「日の丸」や「君が代」が国旗、国歌であるか。国旗や国歌だとするなら観念的・抽象的な表現でなく、具体的に理由を示せ。」、「町長 我が国の国旗(日の丸)の認識は広く国民に定着しており、学校教育で国旗として取り扱っている。我が国の国旗、国歌の意義を理解し尊重する心情、態度を育てることが必要である。」と、故意に答弁の内容を改ざんしたうえで掲載をした。
 その結果、原告の質問が無意味なものとなり、原告の名誉や社会的評価が害され、議員の業務が妨害された。
(4) その後、同編集委員らは、原告が一般質問において質問をし、また、提出期限までに原稿を提出しているにもかかわらず、平成6年まで、原告の一般質問すべてを議会だよりに掲載せず、検閲・事前抑制を継続した。
 議会だよりは、議会が発行する出版物であり、発行責任者は議長であるが、発行者は議員全員である。編集委員は議員の中から互選され、合議体として編集作業を行うだけであり、特定の議員の原稿を掲載拒否し、差別的な取扱いをする権限は有していない。
(5) 前記各違法行為により、原告は66万円の損害を蒙った。
2 請求原因に対する認否及び被告の主張
(1) 請求原因事実はすべて否認ないし争う。
(2) 議会だよりは、3月、6月、9月、12月の議会(定例会)ごとに発行して町民に配付していたものである。
(3) 原告は、議会だよりによらずとも、他の方法によっていくらでもその意とするところを発表することができるのであるから、検閲や事前抑制には該当しない。
(4) 平成3年12月19日の篠山町議会第4回定例会において、当時町長であったA(以下、「A町長」という。)は、日の丸は国旗であると答えている。
(5) 本件は、地方議会の自律権ないし自主性の範囲内の問題として処理されるべきであり、司法手続による解決はなじまない。
(6) 議会だよりの編集発行については、その編集発行者に原則的に裁量権がある。よって、例外的に、その裁量権の逸脱ないし濫用とされる場合は格別、本件ではそのような裁量権の逸脱ないし濫用は認められず、また、原告の議員活動の妨害にもあたらない。
(7) 原告は、平成4年6月8日、職員措置請求書(監査請求)を篠山町監査委員会に提出している。
 そして、原告は、同職員措置請求書において、議会だよりは、デマ記事を掲載した公報に値しないものであると決めつけた上で、公報編集委員会の研修会等について事実に反する主張を記載し、不当に議会の信頼を著しく失墜させる主張をした。
 前記監査請求が却下された後、原告は、住民訴訟を提起し、その際も同趣旨の主張を繰り返した。
 このような言動に及んだ原告に対し、裁量により原告の提出にかかる原稿を掲載しなかったとしても、同不掲載には合理的な理由があり違法ではない。
(8) 議会だよりを前記のごとく認識している原告にとって、原稿を掲載されなかったとしても、原告には何らの損害も生じていない。
3 抗弁−消滅時効
(1) 原告は、請求原因事実に関する事項は、各議会だよりの発行時点において知悉していたのであるから、その時点が消滅時効の起算点となり、各時点から3年が経過したことにより消滅時効が完成した。
(2) 被告は、平成11年4月7日の第12回口頭弁論期日において、同消滅時効を援用するとの意思表示をした。
4 抗弁に対する認否
 原告は、裁判所から、被告は地方自治体であるとの「御教示」を受けてはじめて加害責任者を知ったのであるから、その日が時効の起算日であり、したがって、時効は完成していない。

理由
1 請求原因について
(1) 証拠(甲2ないし13、17ないし34、乙12、証人B、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 当事者
 原告は、平成3年12月1日から平成6年10月14日までの間、篠山町議会の議員であった。
イ 議会及び議会だよりについて
(ア) 篠山町議会では、3月、6月、9月、12月の定例会に合わせて、年に4回、議会だよりを発行していた。議会だよりは、原則として定例会の翌月に発行されていたが、12月の定例会については、翌月が正月になること等から、2月に発行されていた。
(イ) 議会だよりは篠山町議会が公費で発行する刊行物であり、町内の全世帯に配付される。議会だよりの発行責任者は篠山町議会の議長である。
 議会だよりの編集等は、編集委員が担当していた。編集委員会は、申し合わせでは篠山町議会の副議長及び篠山町議会議員で構成される総務文教委員会、民生福祉委員会、産業建設委員会の各常任委員会の副委員長ということになっていたが、副委員長に様々な事情がある場合については、当該委員会から他の議員が編集委員になってもよいという取扱いがされていた。
 したがって、実質的には、編集委員会は、各常任委員会から選任された代表者各1名と篠山町議会の副議長とで構成されていた。
(ウ) 本件で問題とされている議会の開催日、一般質問日及び議会だよりの発行日は、別紙記載のとおりである。
ウ 一般質問と議会だより掲載用原稿等の提出方法について
(ア) 議員は、一般質問をする場合には、事前に通告書を提出することとされていた。通告書は、議会での答弁作成の便宜のために提出される書面であり、議会だよりへの掲載とは直接は関係していない。
(イ) 各議員が行った一般質問を議会だよりに掲載する場合には、まず、一般質問を行った議員が議会だよりに載せる質問原稿を提出する。原稿には1枚目に誰がどういう内容で質問したのかを記載し(この記載が表題となる。)、2枚目に質問内容を記載することとされていた。 議会だよりには、一般質問の表題はそのまま掲載し、質問内容も、字数が制限文字数を超過している等の形式的な不都合がない限りはそのまま掲載するという運用がなされていた。
 これらの原稿の提出期限は当初は設定されていなかったが、議会だよりを定例会の翌月に発行するようになってからは、一般質問をする議員に事前に連絡をし、答弁の当日に原稿を提出してくれるようお願いをしていた。
(ウ) 一般質問に対する答弁者の答弁内容は、答弁者が、通告書に基づいて事前に作成していた答弁者独自の答弁書を編集委員が預かり、その中から編集委員が要点をまとめて記載するという方法をとっていた。事前の答弁書がない部分については、編集委員が議長の許可を得たうえで定例会の内容を録音したテープを聴き、答弁内容を要約して議会だよりに記載するという方法を採っていた。
(エ) 編集委員が議会だよりを編集する時には、編集委員会を開いて、議会だよりをどういう内容にするかについての打合せをしていた。
 一般質問の答弁内容については、各編集委員に一般質問を割り当て、それぞれの委員が答弁内容を編集し、再度編集委員会を開き、編集内容が答弁書の原稿と違っていないかどうか等の確認を行うこととしていた。
エ 平成3年第4回定例会に関する議会だよりについて
 原告は、平成3年12月19日、平成3年篠山町議会第4回定例会において、日の丸・君が代に関する一般質問を行い、A町長及び当時教育長であったDは一般質問に対する答弁を行った。
 A町長の答弁内容には、以下のような答弁があった。
 「まず1点「日の丸」と「君が代」についてでございますが、21世紀を担う児童生徒が国際社会において信頼され、世界の人々から尊敬される日本人として成長していくために、学校教育においては教育基本法に基づき、学習指導要領が定められ、教育の内容が述べられております。したがって国旗や国歌も当然学習指導要領に基づき実施しているところであります。
 ご質問の「日の丸」「君が代」について、児童生徒のそれぞれの発達段階においてどの程度のことを指導するかは教師1人1人にゆだねられたところでありますが、我が国の国旗の認識は広く国民に定着をしており、学校教育で「日の丸」を国旗として取り扱い、「君が代」を同じく国歌として取り扱っております。
 我が国の国旗や国歌の意義を理解し、それを尊重する心情と態度をしっかりと育てるとともに、すべての国の国歌に対しても等しく敬意を表する態度を育てることが必要であります。」「国旗や国歌は歴史や文化や伝統や習慣の中で立派な基礎があり、そして我が国の国旗や国歌については世界中が認めております。」「国旗や国歌にはいずれの国でもその国の象徴として大切にされており、互いに尊重し合うことが大切であります。児童生徒1人1人に日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるため、国旗、国歌に対する正しい認識をもたれ、尊重する態度を育てたいものであります。」
 議会だよりには、次のような掲載がなされた。
 「問 「日の丸」や「君が代」が国旗、国歌であるか。国旗や国歌だとするなら観念的・抽象的な表現でなく、具体的に理由を示せ。次に私は議員報酬の使途は公開するつもりだ。町長においては、報酬は別として、町長交際費の使途を公開する意志があるか。
 町長 我が国の国旗(日の丸)の認識は広く国民に定着しており、学校教育で国旗として取り扱っている。我が国の国旗、国歌の意義を理解し尊重する心情、態度を育てることが必要である。交際費の開示については、兵庫県でも非公開としており、現在では開示する考えはない。」
オ 議会だより不掲載について
(ア) 原告は、前記町長答弁の記載内容に不満があったことから、抗議の意味を込めて、平成4年篠山町議会第1回定例会及び第2回定例会でなした一般質問の原稿を提出しなかった。
 編集委員会は、原告から一般質問の原稿が提出されなかったことから、議会だよりには「A議員の一般質問につきましては、原稿未提出のため、内容の掲載はできませんでした。」との記載を載せ、原告の一般質問の内容及びこれに対する答弁は掲載しなかった。
(イ) 原告は、平成4年篠山町議会第3回定例会以降の一般質問についてはいずれも提出期限内に一般質問の質問原稿を提出した。
 しかし、編集委員会は、原告が、過去に議会だよりの発行に関する住民監査請求や、それに伴う訴訟を行ったことがあることや議会だよりに関するでたらめな記事等を記載したビラを配布する等、議会だよりを誹謗中傷する行動をとっていたことから、原告の原稿は掲載する必要がないとの判断をし、原告の一般質問を議会だよりに掲載しなかった。
 原告は、議会だよりが発行され、原告のなした一般質問の内容及びそれに対する答弁が掲載されていないのを確認するたびに、編集委員らに対し、口頭で質問・抗議等を行ったが、編集委員らはこれに対して何らの返答もしなかった。
(ウ) 原告以外に、一般質問を行い、一般質問の原稿を提出した議員で、議会だよりに一般質問の掲載がされなかった議員はいない。
(2) 検閲について
 憲法21条2項にいう「検閲」とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである(最高裁昭和57年(行ツ)第156号同59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁)。
 本件では、前記認定事実によれば、議会だよりへの不掲載理由は、原告が議会だよりに対して批判的な意見を有しており、現に議会だよりを誹謗中傷するビラを配布するなどの行動をとっていたため、原告の一般質問を掲載する必要はないと考えたためであると認められ、原告の一般質問の内容を審査し、その内容を不適当と判断して不掲載としているわけではない。また、議会だよりは既になされた議会における一般質問の内容を再度掲載するにすぎず、発表前の禁止ではない。よって、検閲にはあたらない。
(3) 事前抑制について
 前記のとおり、本件不掲載は議会における一般質問の内容を議会だよりで再度掲載する際の問題であるから、表現行為自体の事前差止ではない。よって、事前抑制の禁止にもあたらない。
(4) 編集委員の裁量等について
 議会だよりの編集については、議会だよりの紙幅の関係や議会だよりの予算の関係などから編集委員に一定の裁量が認められるものといえる。もっとも、同裁量も無制限に認められるのでないのは当然であり、裁量を逸脱した場合には違法の問題が生じる。
 これを本件についてみると、平成3年第4回定例会に関する議会だよりについては、前記認定のとおり、A町長は議会において国旗及び国歌に関する相当詳細な答弁を行っており、議会だよりの紙幅の関係上当然に編集の必要があること、特に答弁内容は大部であり、議会だよりに掲載する際には大幅な要約・省略をせざるを得ないこと、議会だよりにおける要約の仕方も、A町長の答弁の趣旨を逸脱してはいないことからすれば、同議会だよりでの編集内容は、いまだ裁量の範囲内での編集であるといえ、この点には何らの違法はない。
 次に、平成4年第3回定例会以降の各定例会に関する議会だよりについては、前記認定事実によれば、原告以外の議員の一般質問については、質問部分は原稿どおりの内容を掲載し、答弁については編集委員が答弁者の答弁内容を編集して掲載することとされていたこと、原告以外に一般質問をし、原稿を提出したにもかかわらず掲載されなかった議員はいないこと、原告が議会だより掲載の手続に従って原稿の提出など必要な行為を行っているにもかかわらず、議会だよりの編集委員らは、平成4年第3回定例会以降の原告の一般質問を議会だよりに掲載しなかったことの各事実が認められ、以上の事実からすれば原告は他の議員との関係で明らかに不平等な取扱いをされていたといえ、このような取扱いをすることは裁量権を濫用するものとして違法であるというべきである。
 議会だよりは、町議会の活動等を町民に知らせ、町民に議会や議員の活動について情報を提供して、町民の議会や議員に関する理解を深めることを主たる目的とするものであり、議員個人に議会だよりに対する掲載請求権があるものではない。しかし、議員個人にとっても、一般質問の内容が掲載されることにより、議会における活動の内容を町民に理解してもらうことができるもので、掲載により、法的な利益を受け得る地位にあるということができる。特に、議会だよりは町の全世帯に配付することが予定されているものであり、掲載により議員が受ける利益は小さくないものというべきである。
 この点、被告は、原告の一般質問を議会だよりに掲載しなかったのは、原告が議会だよりを批判・侮辱するような言動をとったためである旨主張し、同主張に沿う証拠を提出する。
 しかしながら、原告が議会だよりを批判・侮辱するような言動をとっていたとしても、議会だよりに原告の一般質問の内容を全く掲載しないことは、著しく不平等な取扱いである。そして、住民監査請求は住民訴訟提起の要件であり、事実上、法律上の根拠を欠くものでない限り違法とはいえないところ、原告の監査請求が違法なものであったことを認めるに足りる証拠はないことも考慮すれば、編集委員は裁量権を濫用したものであるというほかない。
 また、被告は、本件は地方議会の自律権ないし自主性の範囲内の問題であり、司法権が及ばないと主張する。
 しかし、議会だよりの編集・発行は議会活動そのものではなく、町民に議会及び議員の活動についての情報を提供することを目的とする広報活動であって、町民は議会及び議員の活動の全体像を正しく知る権利を有しており、また、議員も自己の活動について正しく町民に広報される利益を有している。したがって、議会だよりの編集・発行が違法であるか否かについては、司法判断の対象とすることができると解するのが相当であり、そう解しても地方議会の自律権を損なうことにはならない。
2 抗弁について
(1) 民法724条の「加害者ヲ知リタル時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度に知った時を言うものと解すべきである。
 本件では、前記認定事実によれば、原告は少なくとも議会だよりの発行時には、自らの一般質問の内容が議会だよりに掲載されていない事実を知っていたこと、これに対して原告は編集委員に対して苦情を申し入れていたことが認められる。また、原告は当時篠山町議会の議員であったことから、議会だよりが編集委員によって編集されていること、編集委員は議員の中から互選によって選出された者がその職務にあたっていたことを知っていた。
 以上によれば、原告は、各議会だよりの発行時点で、損害及び加害者を知っていたといえる。
 原告は、本件訴訟を平成9年2月6日に本訴を提起していることから(裁判所に顕著な事実である)、本件請求のうち、平成6年2月5日以前に発生した原告の損害賠償請求権は消滅時効にかかっているといえる。具体的には、平成5年第3回定例会以前の定例会に関する議会だよりについての損害賠償請求権は消滅時効にかかっている。
3 損害
 別紙記載の議会だよりbV0ないしbV2への原告の一般質問不掲載により原告が被った精神的損害は、金15万円であると認める。
 被告は、国家賠償法1条1項の規定に基づき、同損害を賠償する責任がある。
4 結語
 以上によれば、原告の請求は主文記載の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条を、仮執行宣言について同法259条1項を適用して主文のとおり判決する。

神戸地方裁判所第5民事部
 裁判長裁判官 前坂光雄
 裁判官 永田眞理
 裁判官 藤倉哲也
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/