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【事件名】女優鈴木奈保美さんを無断撮影、「週刊現代」の侵害事件
【年月日】平成13年11月8日
 東京地裁 平成12年(ワ)第2023号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成13年9月6日)

判決
原告 株式会社スカイプランニング
原告 株式会社ホリプロ
原告ら訴訟代理人弁護士 上田太郎
同 江木晋
被告 株式会社講談社
被告訴訟代理人弁護士 的場徹
同 長谷一雄
同 福崎真也
同 佐藤高章
同 山田庸一


主文
1 被告は原告ら各自に対し、それぞれ金280万円及びこれに対する平成11年10月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 原告らの請求
 被告は、原告らに対し、1億円及びこれに対する平成11年10月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告らが、映画「いちげんさん」につき、被告が原告らに無断で女優Aのヌードシーンを含む映画「いちげんさん」の映像の一部を撮影し、週刊現代に写真記事を掲載した行為は、原告らが映画「いちげんさん」について有する著作権を侵害するものであると主張して、被告に対し、著作権侵害を理由とする損害賠償を求め、被告が、同写真記事の掲載は、著作権法41条所定の時事の事件の報道のための利用に当たるとして、これを争っている事案である。
1 前提となる事実関係(当事者間に争いのない事実)
(1) 原告株式会社スカイプランニングは、映画・テレビ・音楽・広告の企画及び制作等を主たる業務とする株式会社であり、原告株式会社ホリプロは、芸能タレント等の養成及びマネージメント並びに音楽、映画、演劇等の企画、製作等を主たる業務とする株式会社である。
 被告は、雑誌及び書籍の出版等を主たる業務とする株式会社である。
(2) 原告らは、京都市の助成を得て、Bを監督とする映画「いちげんさん」(以下「本件映画」という。)を製作した。本件映画は、平成11年9月19日第2回京都映画祭において公開された。本件映画は、京都市が初めて映画製作への助成を行った作品である。京都市は、助成を行うに当たって京都を舞台にした芸術性の高い企画を広く募集し、その中からC原作の小説「いちげんさん」を映画化した。本件映画は、京都市を舞台とした、スイス人留学生と盲目の女性との愛と別離を描いた文芸作品である。
(3) 被告は、週刊誌「週刊現代」を発行、販売している。被告は、本件映画の映像を写真撮影し、その写真を平成11年9月27日発売の「週刊現代」(平成11年10月9日号。以下「本誌」という。)に掲載した(以下、本誌に掲載された本件映画の映像写真を「本件写真」という。)。本誌の販売部数は、60万部であった。
(4) 本件写真は、モノクログラビア記事3ページ(乙2。以下「本件グラビア」という。)と活版記事2ページ(乙1。以下「本件活版記事」という。)から構成されている記事(以下、これらを併せて「本件記事」という。)に利用、掲載されたものである。本誌上において、モノクログラビア記事は第231ページ、活版記事は第51ページと、分離して掲載されているが、被告はその関係を明確にするため、両者に「ニュース・グラフ 京都映画祭『いちげんさん』で古都騒然! A初ヌード 『裸乳シーン』も公開で大騒動」という同一の見出しを付し、活版記事の下部には「231ページからのニュース・グラフも併せてご覧ください」と記載している。
2 争点及び当事者の主張
(1) 本件写真の本誌への掲載は、著作権法41条所定の時事の事件報道のための利用として適法な行為か。
【被告の主張】
 被告が、本件写真を本誌に掲載したことは、時事の事件報道に伴って報道の目的上正当な範囲内において本件写真を利用したものである。このような利用行為は、著作権法41条にいう「時事の事件を報道する場合」の利用として許される。
(1) 著作権法41条の「時事の事件」とは、広く文化的あるいは風俗的な事柄を含めた社会一般の情報をいう。また、同条の「報道の目的上正当な範囲内」とは、時事の事件報道と著作物の利用が密接に関連し、その著作物の利用が時事の事件報道に対する公衆の理解を助け、また報道内容を具体化するものであればよい。
(2) 本件記事は、「『第2回京都映画祭』が平成11年9月9日から同月26日まで開催されたが、この映画祭は異常なほどの大盛況であった」こと、「この映画祭の参加作品の中でも、本件映画が話題を独占した。本件映画は映画祭期間中に予定されていた7回の上映がすべて超満員となり、そのため映画祭では異例の2度の追加上映まで行われる過熱ぶり、大騒ぎぶりであった」こと、「この過熱、大騒ぎの最大の原因は、本件映画で主演をつとめた女優Aがはじめてヌードになって、官能的な場面を大胆な演技で見事演じきったことによるものであった」こと、という各事実を客観的に伝達したものである。
(3) こうした本件記事の伝達内容は、一般に報じられるべき報道価値の高い時事の事件であった。
 すなわち、京都映画祭は、日本映画発祥の地、映画製作の中心地という京都において平成9年に初めて開催された映画祭であるが、毎回これまでの映画祭には見られない新しい企画がされるということで、第2回目となる今回の企画が注目を集めていた。そして、今回の企画である「京都シネメセナ」において、第1回最優秀作品に選ばれ、1億円の助成金を得て製作されたのが、本件映画であった。
 本件映画の原作は、スイス人ジャーナリストであるCが日本語で書き下ろしたもので、平成8年下半期の芥川賞候補にもなり、平成8年には第20回すばる文学賞を受賞した話題の小説でもあった。同原作は、スイス人留学生と盲目の女性との愛と別離を京都の美しい風物を背景に描いたものであるが、その中には2人の官能的な場面が重要なシーンとして多数描かれており、今回その盲目の女性を女優のAが原作に忠実に演じるということで、本件映画は発表前から話題となっていた。
 また、Aは、テレビドラマを中心に活躍した女優であり、代表作「東京ラブストーリー」で人気を博し、平成6年に主演した映画「ヒーローインタビュー」でトップクラスの女優としての地位を確立した。Aは、最近では平成11年8月24日NHK大河ドラマ「元禄繚乱」の収録を終えた後はドラマなどへの出演がなく、その後の活動が注目されていた。そして今回、Aは、本件映画出演を最後に芸能界から引退を宣言していた。
 このように、本件においては、京都映画祭、本件映画、女優Aというそれ自体一つ一つが世間の関心を集めていた。そして、京都映画祭において本件映画が最優秀作品に選ばれ、その映画の主演女優をAがつとめ、これまでセミヌードにすらならなかったAが、事実上最後の作品となる本件映画においてヌードとなり、重要なシーンである官能的な場面を大胆な演技で見事演じきったのであるから、こうした事実は文化風俗に関する時事の事件として社会一般に報じられるべき価値の高いものであった。
 したがって、本誌上においてこうした事実を的確に伝えた本件記事は、著作権法41条の「時事の事件を報道する場合」に当たる。
(4) 被告は、前記のように本件映画において女優Aがヌードになり、官能的な場面を大胆な演技で見事演じきったということが、社会一般に報じられるべき報道価値の高い「時事の事件」であることに鑑み、読者に同人の演技シーンを正確かつ平明に伝達すべき報道手法を検討した。その結果被告は、Aの演技シーンの内容や意味を読者に明確に伝達するためには、そのシーンの写真を掲載することがより直截で効果的な方法であると判断し、本件写真の掲載を行った。被告は、本件写真によって、本件映画のシーンを見せ物にしたり、読者に鑑賞させる意図などは有していない。
 しかも、本件映画は、平成11年9月19日報道関係者向けに試写会が行われ、同月21日から合計5日間京都市内の数軒の映画館で先行上映され、平成12年1月29日からは新宿「シネマスクエア東急」などにおいて一般公開されている。加えて被告は、2時間余りの本件映画のうち、読者が「Aが初めてヌードになって、官能的な場面を大胆な演技で見事演じきった」という事実を明確に理解するために必要な3シーンだけを写真撮影し、本件記事にモノクロで掲載したにすぎない。
 このように、被告は、読者に対して事件を正確かつ平明に報道するうえで必要最小限の範囲内で著作物の利用を行ったものであり、被告が本件写真を公開したことで報道内容が非常に具体化し、読者は本件記事の伝達内容を容易に理解し得た。したがって、本件写真の掲載は、「報道の目的上正当な範囲内」の利用である。
【原告らの主張】
 本件写真の本誌への掲載は、著作権法41条所定の時事の事件報道のための利用として適法な行為とはいえない。
 たしかに、著作権法41条にいう「事件」とは、政治上や経済上の情報に限られず、文化的あるいは風俗的な事柄を含めた広く社会一般の情報を含む場合があり、本件において、「『第2回京都映画祭』が平成11年9月9日から同月26日まで開催されたが、この映画祭は異常なほどの大盛況であった」こと、「この映画祭の参加作品の中でも、本件映画が話題を独占した。本件映画は映画祭期間中に予定されていた7回の上映がすべて超満員となり、そのため映画祭では異例の2度の追加上映まで行われる過熱ぶり、大騒ぎぶりであった」ことは、「時事の事件」に該当するといえる。しかし、「この過熱、大騒ぎの最大の原因は、本件映画で主演をつとめた女優Aがはじめてヌードになって、官能的な場面を大胆な演技で見事演じきったことによるものであった」との記事は、単なる被告の主観に基づく感想にすぎず、「時事の事件」に該当しない。
 まず、本件記事の記載は真実でない。本件映画全編2時間余りのうち、女優Aがヌードになったシーンは3回だけであり、時間にして約30秒間である。最初のヌードシーンは、上映から約1時間後、俯瞰から上半身部分を撮影したショットが約15秒間である。次のヌードシーンは、上映から約1時間20分後で、女湯に入るAの尻、腰、背中のバックショットが数秒間である。最後のヌードシーンは、上映開始後約1時間35分後で、これも数秒間のバックショットである。3回のヌードシーンのうち、性的描写部分は、最初のヌードシーンと最後のヌードシーンの2回であり、その時間は約20秒間である。このような短時間の描写をもって、本件記事がいうように、「官能的な場面が重要なシーンとして多数描かれている。」ということはできない。加えて、本件記事にいうような「官能的な場面を・・・・女優のAが原作に忠実に演じるということで、(本件映画は)発表前から話題となっていた。」という事実はない。
 また、女優Aが人気女優であって、本件映画出演を最後に芸能界からの引退を宣言していたとしても、その女優が引退作品でどのような演技をしたか、特にヌードになったか否かということは、趣味的、鑑賞的な関心の域を出るものではないから、広く一般の注目を集めている事実でないことはもとより、客観的に判断して、その日におけるニュースとして、報道する価値を持つ内容とはいえない。
 さらに、被告は正当な取材活動を前提に報道していない。京都映画祭上演会場は、観客が取材活動を行えるような状況ではなかったし、被告は、本件映画を製作した原告らに対して一切の取材活動を行っておらず、上記事実を報道するに当たって何らの正当な取材活動を行ったとはいえない。
 被告は、本件写真は「平成11年9月22日京都朝日シネマ2で先行上映された際に被告が撮影したものである」と主張しているが、同会場内には「撮影禁止」の張り紙があちこちに張られ、館内放送を通じて劇場内での撮影を明確に禁止している。被告は、本件映画の著作権者である原告らに何らの承諾も得ずに、いわゆる隠し撮りの手法により本件映画映像を無断撮影したものであり、これは、公表を禁じていた原告らの意図に明白に違反するものであり、正当な取材活動の範囲を逸脱している。
 被告は、あえて本件写真を盗み撮りして、本誌上に掲載しただけでなく、本誌表紙見出しにおいても、「A初ヌード裸乳シーン公開!」と題打ち、本件映画との関連性について一切触れておらず、その報道意図が、単に「女優Aが本件映画でヌードになって、官能的な場面を演じている。」ということを報じる点にあったことは明らかである。被告の報道事実も、「女優Aが本件映画で初めてヌードになり、官能的な場面を原作に忠実に大胆に演じた。」という点を殊更強調するものである。かかる本件記事の伝達内容は、そもそも「時事の事件」の要件を満たさない。
 また、著作権法41条で利用できる「著作物」は、@当該事件を構成する著作物(密接不可分性)か、A当該事件の過程において不可避的に見られ、もしくは聞かれる著作物(直接的な関連性)でなければならない。
 しかるに、本件で認められる「時事の事件」は、第2回京都映画祭が開催され、その出展作品の「いちげんさん」が話題を独占し、同映画祭が過熱し、超満員となっていたという点にあり、女優Aがヌードになっている点ではないから、本件写真は、本件の「時事の事件」を構成する著作物ではない。そして、第2回京都映画祭で本件映画が大きな反響を呼んだ原因は、本件映画の芸術性の高さにあり、女優Aが本件映画で初めてヌードになったという事実や、同人が官能的な場面を大胆な演技で見事演じきったという事実との関連性はない。加えて、「映画祭の過熱ぶり、超満員となっている状況」は、本件グラビアの会場内写真をみれば明らかである。すなわち、被告掲載の映画映像は本件と直接的な関連性を有しない。現に、本件記事に掲載されている映画映像は、「映画映像自体」を撮影した写真であり、「劇場内の観客の様子」を撮影したものではない。
 さらに、被告の本件写真の本誌への掲載は、「報道の目的上正当な範囲内」の利用とはいえない。
 本件映画における「京子」役のAは、「僕」を愛しながらも「僕」のもとから旅立つ決意をする潔い美しさを表現するために、時には大胆に「僕」を誘うシーンを演じる必要があった。しかし、同シーンは、ストレートな「京子」というヒロインを表現するために必要なだけであって、「濃厚セックスシーン」や「絵画的なSEX描写」自体を観客に訴えることを目的としていない。
 しかし、被告は、単に本件映画で20秒にわたって放映されているだけの性描写部分を取り上げ、本件映画が「濃厚SEXシーン」や「絵画的なSEX描写」を殊更売り物にしているかのような歪曲した報道を行った。被告は、本件映画について原告らに取材活動を行っていないが、本件映画を鑑賞し、観客の男女比、年齢層などを見れば、本件映画の製作意図や内容について十分理解し得たはずであるにもかかわらず、あえて、女優Aがヌードになった部分のみを取り上げた。こうしたことからすると、本件映画の映像の一部を単なる見せ物として利用しようとした意図は明らかである。
 被告の本件記事が読者の性的好奇心を煽ることのみを目的としていることは、以下の被告の報道方法、報道手段からも明らかである。
@ 本誌の表紙見出しで、「A初ヌード『裸乳シーン』公開!」と題打ち、本件映画との関連性について一切触れていない。活版記事の見出し及び本件グラビアの見出しも「A初ヌード『裸乳シーン』も公開で大騒動」となっている。週刊誌の読者は、一般的に表紙見出しにより購入を動機付けることを考えると、このような見出しからは、読者の性的好奇心を煽る意図しか読みとれない。
A 本件活版記事において、被告は、2時間余りの本件映画のうちわずか20秒にもみたない性描写部分、ヌード部分合計3シーンのみを取り上げ、文章によって記載しているが、この他の本件映画の主題部分については一切触れていない。
B 本件グラビアにおいて、性描写部分、ヌード部分のみを殊更写真で掲載している。
C 本件写真について、被告は、平成11年9月22日京都朝日シネマ2で上映された際に被告が撮影したと述べるが、同会場内には「撮影禁止」の張り紙があちこちに張られ、館内放送を通じて劇場内での撮影を明確に禁止していたところ、被告は原告らに何らの承諾も得ずに、いわゆる隠し撮りの方法により本件映画の映像の一部を無断撮影したものであり、これは、公表を禁じていた原告らの意図に明白に反する。
(2)損害の内容及び額について
【原告らの主張】
ア 民法709条に基づく主張
 芸術性を重視したアート映画は、娯楽性の高い一般人向けの邦画と異なり、観客層をある程度絞り込んで製作しているため、宣伝活動は控え気味であるものの、視聴者の鑑賞意欲を持続させ得る作品が多く、その製作は製作会社サイドにおいても十分利益を見込むことができる。
 本件映画は、アート映画上映館としては草分け的存在である「シネマスクエア東急」において、平成12年1月29日から5週間の上映が決定されていた。これは、平成11年9月19日から26日にかけての「第2回京都映画祭」における本件映画において、観客動員数が3462名(1週間)であったことから、この観客動員数がアート映画としては相当多いと考えられたため、5週間もの上映期間を決めたものである。京都の人口が、約600万人であるのに対し、東京の人口は約3200万人であるから、東京での観客動員数は、1週間当たり1万8464人(3462人×3200万÷600万)、5週間で9万2320人となるため、これにチケット1枚当たりの値段である1800円を乗じた1億6617万6000円の売上げが予測された。
 しかし、被告が本誌上で本件写真を無断で掲載したことにより、本件映画は「ヌード映画」であるという誤った印象を広く世間に与え、アート映画としての観客動員が不可能になった。
 被告の本誌上への本件写真の掲載は、原告らが本件映画の売り込みを開始した直後に起こったため、原告らの興行活動はきわめて重大な影響を受けた。特に、被告の同行為を受けて、雑誌「女性セブン」が本件記事を転記して掲載するに至り(甲9)、女性層においても、本件映画がヌード映画であるかのような誤解が広まった。
 そのため、実際も、京都映画祭における客層が女性中心であったのに対し、シネマスクエア東急における公開時の客層は、Aのヌードに関心が強いと思われる中年男性が主流であり、女性客はほとんど見られなかった。
 また、当初予定の5週間の興行も4週間で打ち切られ、本件映画の観客動員数は4151人、売上高は747万1800円という興行結果に終わった。
 本件映画の芸術性はきわめて優れていたのであるから、原告らの予測した観客動員数をはるかに下回る結果に終わったのは、被告が本誌上へ本件写真を掲載し、原告らの有する著作権を侵害したことが原因である。
 すなわち、1億6617万6000円から747万1800円を減じた1億5870万4200円が、原告らの得べかりし利益として、原告らの被った損害額である。
イ 著作権法114条2項に基づく主張
 本件写真の使用料相当額は、少なくとも、書籍1部に対し200円は下らない。たしかに、書籍の印税率は10%程度であるが、本件のように、被告が原告らの著作権を侵害して、本件映画の映像の複製物である本件写真をきわめて低額で販売したときは、被告が原告らに支払うべき使用料相当額を、被告の設定した販売額に使用料率を掛けて計算することは相当でない。この場合は、むしろ、本件映画の映像の複製物1部について原告らが受領すべき額を重視して算定すべきであるから、使用料相当額は、書籍1部に対して200円は下らない。
 しかるに、被告の本誌の販売部数は少なくとも60万部は下らない。したがって、原告らが被告に対し請求し得る使用料相当額は、書籍1部当たりの使用料相当額である200円に、販売部数である60万部を乗じた1億2000万円になる。
ウ 民法710条に基づく主張(無形的損害)
 本件映画において、Aが演じる「京子」は、主人公の「僕」を愛しながらも、「僕」のもとから旅立つ決意をする潔い美しさをもった女性として表現されている。「京子」の潔い美しさを表現するために、時には大胆に「僕」を誘うシーンを演じる必要があった。しかし、同シーンはあくまでストレートな「京子」という女性を表現するために必要なだけであって、ヌードシーンそのものを観客に訴えることを目的としていない。ヌードシーンは、本件映画全体の流れの中でのみ意味をもつものであり、ヌードシーンのみを切り離して取り上げても全く意味はない。
 被告は、原告らの上記製作意図を認識しながら、隠し撮りの方法で、本件映画のヌードシーンのみを撮影し、または隠し撮りした第三者からフイルムを購入し、記事、見出し、中吊り広告においてそれぞれヌードシーンのみを強調し、本件映画がヌードシーンを売り物にしているとの印象を世間に広めた。被告のこのような行為によって、原告らは、京都市及び所属タレントからの信頼を失い、また今後の製作活動及び表現活動に対して多大な制約を課され、無形的損害を被った。
 原告らが被ったこのような損害を金銭に評価すると、1000万円は下らない。
エ その他の財産的損害
 原告らは、被告が上記損害賠償義務を任意に履行しないため、やむなく原告ら代理人らに委任して本件訴訟を提起し、その弁護士費用及び報酬として100万円を支払うことを約した。
【被告の主張】
 原告らの損害の内容及び額についての主張はすべて争う。
 本件映画興行の失敗と本件記事とは何の関係もない。
 また、本件写真の掲載について通常受けるべき使用料相当額とは、本誌の販売部数に、その定価(本体価格)及び本誌全体の中に占める本件写真の使用割合、著作権使用料を順に乗じて算定した額によるべきである。
 しかるに、本誌の販売部数は60万部であり、本誌の定価(本体価格)は286円である。そして、本誌全体の中に占める本件写真の割合は、本件写真の掲載ページ数を本誌の総ページ数で除したものというべきところ、本件写真の掲載ページ数は1ページであり、本誌の総ページ数は248ページである。さらに、本件写真の著作権使用料の率は、10%であると考えられる。
したがって、本件写真の掲載について本件映画の著作権者が通常受けるべき使用料相当額は、次の式のとおり、6万9193円となる。
 60万部×286円×(1ページ÷248ページ)×0.1=6万9193円 そして、原告らの有する本件映画の著作権の持分割合は各4分の1であるので、原告ら各自が受けた損害額は、それぞれ、これに4分の1を乗じた1万7298円となる。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件写真の本誌への掲載は、著作権法41条所定の時事の事件報道のための利用として適法な行為か。)について 
 当裁判所は、本件写真の本誌への掲載は、著作権法41条所定の時事の事件報道のための利用として適法な行為に該当しないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1)本件記事の構成、内容及び本件記事における本件写真の位置付けに関しては、前記前提となる事実及び乙1、2によれば、次のような事実が認められる。
ア 本件記事は、モノクログラビア記事3ページ(本件グラビア)と活版記事2ページ(本件活版記事)から構成されている。両者は、本誌上において、本件グラビアは第231ページ、本件活版記事は第51ページに分離して掲載されている。両者とも、その1ページ目に「ニュース・グラフ 京都映画祭『いちげんさん』で古都騒然! A初ヌード 『裸乳シーン』も公開で大騒動」との同一の見出しが掲載され、また、本件活版記事の下部には「231ページからのニュース・グラフも併せてご覧ください」との記載が付されている。
イ 本件グラビア(乙2)は、その1ページ目は、その真ん中にマイクを持ったAの写真がアップで掲載され、その左右に一段と目立つ白抜きの文字で、右部分に「A初ヌード」、左部分に「『裸乳シーン』も公開で大騒動!」と記載されている。その2ページ目においては、上の5分の3程度の部分に、上映会場につめかけた大勢の観客の姿を写した会場入り口付近の写真が掲載され、下の5分の2程度の部分は、白抜きの大きな文字で「全盲の女性を見事演じ切った花子に観客が熱い視線」と題された記事が記載され、第2回京都映画祭の公式カタログの表紙写真(本件映画に主演したA及び英国人俳優のDを撮影したもの)も掲げられている。同記事の中には、Aが第2回京都映画祭のオープニング上映の際の本件映画の舞台あいさつに立ち、今後育児に専念するとして引退を宣言したこと、本件映画は芸術性、完成度が高く評価され、京都市が古都・京都をテーマにした映画製作の企画を国内外から募集して最優秀作には1億円の助成金を出すという「第1回京都シネメセナ」の対象作品に選ばれていること、そのストーリーは主人公の盲目の女性とスイス人留学生とが恋におちるというものであり、この中でAが全盲の女性という難しい役を見事に演じきっていること、1985年に女優デビューして以来一度もセミヌードさえ披露したことのなかったAが本件映画の中で、「全裸ラブシーン」に挑戦していること、が記載されている。本件グラビア3ページ目には、本件写真が掲載されている。その上半分には、本件映画の映像の一部であるAの上半身のヌード写真がアップで掲載され、「ラブシーンで全裸になる花子。彼女の白い裸身が露になると、観客は声を圧し殺しながらも、身を乗り出していた。」との記述が付されている。その下半分に、同じく本件映画の映像の一部である上半分の写真の約4分の1の大きさの写真が2つ掲載されている。右側の写真には、「花子は全盲女性を好演。雨に降られてずぶ濡れになった彼女の服を、留学生(D)がやさしく脱がすシーン」との記述が、左側の写真には「花子の入浴シーン。京都での撮影はオールロケだったという。古式ゆかしい京都の風情が随所にちりばめられている」との記述が付されている。このページの最下部には、映画祭開催翌日から、映画祭会場内でチケット(900円)購入者に限り一般公開前の「プレ上映会」が開かれたこと、これが押すな押すなの大騒ぎとなり、2回の追加上映が決まったほどであること、Aのヌードシーンがスクリーンいっぱいに映されると、思わず首を伸ばして食い入るように見つめる男性も多かったこと、映画を見た会社員から「今回の迫真の演技は女優のすべてを出し切った感じ。これが最後とは、ほんとうに残念です。」との感想があり、ファンから引退を惜しまれており、近い将来の復帰を望む声も絶えないこと、などが記載されている。
ウ 本件活版記事の1ページ目の左側には、白抜き文字で一番右側に「京都映画祭『いちげんさん』で古都騒然!」との見出しが書かれた後、黒の太字に白の背景地で「A初ヌード」と、白抜きでやや斜めに「『裸乳シーン』も公開で大騒動」との大見出しが記載され、記事本文中には、「原作に忠実な性描写も話題に」「2回の追加上映も『満員御礼』」との小見出しが掲げられている。
 本件活版記事は、1ページ目は5段、2ページ目は4段の記事になっている。その最上部には、「『いちげんさん』より。主演のAとD(左)」と記述が付された写真が掲げられている。その写真のすぐ左側から、他の部分と比べるとやや太めの文字で文章が始まっている。太めの文字で書かれた文章の内容は、「9月19日から26日まで開催された『第2回京都映画祭』は、異常なほどの盛況だった。その最大の原因となったのが、A(33歳)主演の同映画祭参加作品『いちげんさん』(メディアボックス配給)。京都の美しい情景のなかで繰り広げられる男女の機微を描いた文芸作品なのだが、Aの繊細でしかも大胆な演技が評判となり、映画祭期間中に予定されていた7回の上映は、すべて超満員に。そのため、映画祭では異例の、2度の追加上映まで決まったほどの過熱ぶりだったのである。」となっている。上記記述に続いて、2段にわたって、導入部分として、Aが「××××」のE(37歳)と電撃結婚を発表した時点で既にA主演のこの映画が撮影済みであることは知られていたこと、A主演の本件映画に「Aの濃厚SEXシーンがあるとの情報」が漏れてきたこと、本件映画は京都の大学で日本文学を専攻するスイス人留学生の男(英国人俳優D)と盲目の神秘的な女性、京子(A)を中心に展開することなどが記載された後、「ある日、京子は、レズビアンのSEXを描いたデフォルジュの小説『背徳の手帳』を読んでくれるようにせがむ。男は大胆な性描写を読むのをためらうが、強く求められ読み始める。2人は次第に興奮を覚え・・・・。」との記載がある。
 これに続いて、本件活版記事には、「原作に忠実な性描写も話題に」との小見出しの下に、「その秀逸シーンを再現してみよう。」との記載に続き、本件映画における性描写のシーンが3段にわたって具体的な臨場感あふれる文章で記載され、その後に「この映画は、京都で学生生活を送った経験を持つスイス人ジャーナリスト、C氏が日本語で書き下ろし、96年第20回すばる文学賞を受賞した同名の小説(集英社刊)を映画化したもの。京都をテーマにした映画製作の企画に助成金を与える『京都シネメセナ』の第1回最優秀作品に選ばれ、1億円の助成金を得た。原作は、スイス人青年の1年間の精神的成長を、四季とともに変わりゆく京都の美しい風物を背景に描いているが、発表当時から絵画的なSEX描写が話題になった。映画も、原作に忠実に官能的な場面を再現している。」との記載がある。
 この次に「2回の追加上映も『満員御礼』」との第2の小見出しの下で、本件映画の中における、Aの入浴のシーンと、元日の夜の性描写のシーンとが具体的な臨場感をもった文章で記載されている。その後、映画祭事務局の話や映画関係者の話、本件映画を見終えたファンの話などが引用され、最後に「しかし、そうした周囲の過熱ぶりをよそに、Aは、9月19日の会見で『引退』を明言した。せっかく女優としての幅の広さを見せてくれた彼女の姿が見られなくなるのは、なんとももったいない。」という文章で結ばれている。
(2)上記のとおり、被告は、本件記事において、まず最初の位置に「A初ヌード」「『裸乳』シーンも公開で大騒動!」「京都映画祭で『いちげんさん』で古都騒然!」との大見出しを置き、その上で、第2回京都映画祭が大盛況であったこと、その最大の原因となったのが、A主演の同映画祭参加作品である本件映画であったこと、本件映画は、京都の美しい情景の中で繰り広げられる男女の機微を描いた文芸作品であるが、この中で全盲の女性を演じるAの繊細でしかも大胆な演技が評判となり、映画祭期間中に予定されていた7回の上映は、すべて超満員になり、2回の追加上映が決まったほどであること、映画関係者や映画を見たファンは、本件映画におけるAの演技を肯定的に評価していたこと、Aは、ファンから引退を惜しまれており、近い将来の復帰を望む声も絶えないことを記載し、こうしたことを前提として、本件映画には、Aがヌードになっているシーンが3シーンあることや、それぞれのヌードシーンについて具体的に臨場感あふれる文章で記載し、これをより印象づけるための目玉として、同3シーンそれぞれを撮影した本件写真、すなわち、「ラブシーンで全裸になるA」の写真、「雨に降られてずぶ濡れになった彼女の服を、留学生(D)がやさしく脱がすシーン」の写真、「Aの入浴シーン」の写真をそれぞれ掲載したものである。
 そこで、本件記事が著作権法41条所定の時事の事件の報道のための利用に該当するかどうかを検討するに、同条所定の利用というためには、本件記事がその構成、内容等に照らして、時事の事件を報道する記事と認められることを要するというべきであるが、本件記事においては、前記認定のとおり、本件映画に関して、「A初ヌード」「『裸乳シーン』も公開で大騒動!」というような各大見出しが付され、本件活版記事にAの3つのヌードシーンを具体的に説明する文章があり、さらに本件写真が本件グラビアの最後の1ページのほぼ全体を使って掲載され「ラブシーンで全裸になるA。」などの記述が付されているのであって、このような本件記事の構成及び内容からみれば、本件記事が主として伝達している内容は、女優Aが本件映画で初めてヌードになっているということに尽きるものであって、本件記事は、読者の性的好奇心を刺激して本誌の購買意欲をかきたてようとの意図で記述されているものといわざるを得ない。そして、本件映画においてAがヌードになっているということが時事の事件の報道に該当しないことは明らかであるから、本件記事への本件写真掲載は、著作権法41条所定の時事の事件の報道のための利用に当たらないというべきである。
 この点について、被告は、本件記事の伝達する内容のうち、「(本件映画をめぐる)過熱、大騒ぎの最大の原因は、本件映画で主演をつとめた女優Aがはじめてヌードになって、官能的な場面を大胆な演技で見事演じきったことによるものであった」ことは、文化風俗に関する時事の事件として社会一般に報じられるべき価値の高いものであり、「時事の事件」に当たると主張する。なるほど、ある映画が短期間に極めて大きな興行成績を挙げた場合や、新しい映像技術を用いた映画が公開された場合などには、これらの事実を社会事象として紹介する報道がされることがあり、これらの場合には映画の筋立てや映像の一部が紹介されることもある。そして、本件記事には、第2回京都映画祭が大盛況であったこと、その最大の原因となったのが同映画祭参加作品たる本件映画であったこと、本件映画におけるAの演技が評判となり映画祭期間中の上映がすべて満員になり、追加上映も行われたことなども記述されている。しかしながら、本件記事の伝達内容にそうした事項が含まれているとしても、Aのラブシーンなどを撮影した本件写真は、そうした事項との関連で著作権法41条にいう「当該事件を構成」するものではなく、また、上記事項を伝達するための「報道の目的上正当な範囲内」のものともいえない。被告の主張は、採用することができない。
 以上によれば、本件写真の本誌への掲載が著作権法41条所定の時事の事件報道のための利用として適法な行為ということはできない。したがって、本件写真を本誌に掲載した被告の行為は、本件映画の著作権(複製権)を侵害するものというべきである。
2 争点2(損害の内容と額について)
 当裁判所は、原告らの損害額は、それぞれ280万円と認める。その理由は、以下のとおりである。
(1)上述したような本件記事の構成及び内容に照らし、本件写真が読者の性的好奇心を刺激して本誌の購買意欲を高める意図で掲載されたというべきであること、Aの初めてのヌードシーンを撮影した本件写真は芸能ファンの関心をひくものであって、本件写真の掲載は相当程度本誌の売上げに貢献したものと推認されること、本誌の小売価格(本体価格)が一部当たり286円であり、本誌の販売部数が60万部であったこと、本件写真が一般公開に先立って映画祭において先行上映されていた本件映画の映像を劇場内において撮影禁止の掲示に反して撮影したものであること(乙2、甲13)など、本件における一切の事情を総合考慮すると、本件写真を本誌(60万部)に掲載したことによる使用料相当額の損害賠償額としては1000万円をもって相当と認める。
(2)ところで、本件映画の共同製作契約書(甲1)によれば、本件映画の著作権は、原告らが各4分の1、京都市が2分の1の割合で共有することと定められていること(同契約書第3条)が認められるから、被告の本件映画の著作権の侵害による上記損害につき、原告らは、それぞれ4分の1に当たる250万円の支払を請求することができる。
(3)被告は、本件写真の掲載によって通常受けるべき使用料相当額とは、本誌の定価(本体価格)に販売部数を乗じた金額に、本誌全体の頁数に占める本件写真の掲載頁数の割合を乗じた上、本誌における他の掲載記事の原稿料と同率の割合により算出すべきである旨を主張するが、著作権法114条2項にいう「著作権の行使につき受けるべき金銭の額」については、被告が無断複製物を掲載した雑誌等の現実の販売価額や他の掲載記事の原稿料等に必ずしもとらわれることなく、侵害に係る著作物の内容及びその複製物の掲載が雑誌等の販売に寄与する程度等を考慮して認定するのが相当である。本件においては、本件写真につき上記のような各事情が認められるところであるから、損害額を上記のとおり認定するのが相当であり、被告の主張は、採用することができない。
(4)民法709条に基づく原告ら主張について
 原告らは、被告が本誌上へ本件写真を掲載したことが原因で、本件映画の興行における観客動員数が原告らの予測した観客動員数をはるかに下回る結果になったと主張するが、本件において、被告の行為と原告ら主張のような結果との間に相当因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。
(5)民法710条に基づく原告ら主張(無形的損害)について
 本件において侵害された原告らの権利は、財産権である著作権(複製権)であり、原告らの人格的利益が著しく侵害されたとまでは認められず、被告らの不法行為により原告らに生じた損害については、上記の財産的損害の賠償により回復されることに照らせば、これに加えて原告ら主張のような無形的損害の賠償を認める必要があるものとはいえない。
(6)弁護士費用について
 本件における原告らの請求の内容、本件事案の性質、本件訴訟の審理経過その他の事情を総合考慮すれば、被告による著作権の侵害行為と相当因果関係あるものとして被告に負担させるべき弁護士費用としては、原告らそれぞれについて30万円をもって相当と認める。
(7)したがって、原告らは、各自、被告に対して、280万円の支払を求めることができる。
3 結論
 以上によれば、原告らの被告に対する請求は、主文第1項記載の限度で理由がある。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 和久田道雄
 裁判官 田中孝一
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