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【事件名】「薬害エイズ事件」の名誉毀損事件(2) 【年月日】平成13年10月23日 東京高裁 平成12年(ネ)第6021号 損害賠償請求控訴事件 (原審・東京地裁平成10年(ワ)第18983号) 判決 主文 一 本件控訴を棄却する。 二 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 一 申立て 1 控訴人 (1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。 (2) 上記部分に関する被控訴人の請求を棄却する。 (3) 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 2 被控訴人 控訴棄却 二 事案の概要 1 本件は、元A大医学部教授であった被控訴人が、A大職連事務局として活動をしていた控訴人に対し、「控訴人は、被控訴人がA大医学部教授として在職中の平成8年11月ころから平成10年3月ころまでの間、A大本郷キャンパス構内において、多数回にわたり、A大職連名義で「B戒告教授は血友病患者1800人の『殺人政策』の責任を取れ!」、「B氏C社からワイロ受け取り発覚」などと記載した立て看板(本件各立て看板)を掲示し、被控訴人の名誉を毀損した。」と主張して、慰謝料の支払と謝罪文の作成、交付を求めた事案である。 原判決は、問題とされた看板の記載内容中、被控訴人には薬害エイズ事件発生について重大な責任があり、被害者に対して謝罪すべきであるという趣旨の部分については、控訴人において、そのような主張が正当なものであると信じるについて相当な理由があり、不法行為は成立しないとしたが、被控訴人が「殺人政策」を遂行したとの部分及び「ワイロ」を収受したとの部分については、いずれも、その真実性についての証明も、真実であると信じたことについての相当な理由も認められないから不法行為が成立するとして、慰謝料200万及び謝罪文の作成、交付を命ずる判決をしたため、これを不服とした控訴人が控訴を申し立てた。 2 事案の概要の詳細や、当事者双方の主張の内容は、次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」第2に記載のとおりであるから、これを引用する。 (当審における付加主張) (1) 控訴人 ア)「殺人政策」との表現について a)控訴人は、被控訴人が厚生省課長在任中に誤った政策を採り、その結果、薬害エイズ問題を発生させたものであって、薬害エイズ問題の発生について重大な責任を負っていることを指摘し批判する中で、当時の厚生省や被控訴人が取った政策は「殺人政策」と評価されてもやむを得ないものであるとの趣旨の意見を表明したのであり、「殺人政策」との表現は、事実の摘示ではなく、意見ないし論評である。ところで、公共の利害に関する事項又は一般公衆の関心事であるような事項に関わる意見や論評については、「公正な論評」の法理が適用されるべきであるから、それが公的活動とは無関係な私生活の暴露や人身攻撃にわたらず、かつ公正なものである限りは、その内容がいかに激越・辛辣なものであっても、名誉毀損の責任を問われることはないものというべきである。特に、公務員の行為に対する意見や論評は、政府の政策に対する批判と重なるものであるから、表現の自由の保障が強く要求され、上記の理が最も良く当てはまるものといえる。以上の観点からすれば、控訴人が用いた「殺人政策」との表現は、公務員である被控訴人が厚生省課長在任中に採った政策に対する意見ないし論評である以上、その内容が真実であるか否かに関わらず、名誉毀損の責任を問われる筋合いのものではないというべきである。 b)また、仮に「殺人政策」との表現が意見ないし論評ではなく、事実の摘示であるとしても、被控訴人は、厚生省課長在任中、血友病患者に対して輸入非加熱製剤を投与することによってエイズ感染が発生し、患者が死亡する可能性があることを十分に認識していながら、輸入非加熱製剤の使用を禁止する措置を採らなかったのであるから、被控訴人が採った政策はまさに「殺人政策」であり、控訴人は真実の摘示をしたものであって、名誉毀損の責任を問われるものではない。 すなわち、被控訴人が厚生省課長に在任中の昭和57年12月末ころまでには、エイズ感染症が極めて死亡率の高い疾患であることや、米国製の非加熱製剤の投与を受けた血友病患者等にエイズ感染者が高率で発生しており、非加熱製剤の投与がエイズ感染の原因の一つとなっていることは十分に認識し得る状況にあったものであって、被控訴人自身も、自ら得た各種情報に基づいてこのような認識を持っていた。また、被控訴人は、昭和58年5月には、非加熱製剤の製造業者の一つであるDから、非加熱製剤の原料となる血漿提供者の中にエイズ感染者が含まれている可能性があるため、エイズ感染の危険のある非加熱製剤を回収したとの報告を受けていたほか、同年中には、ほかにも同様の理由による非加熱製剤の回収が行われていた事実を認識していた。他方、血友病患者に対する治療薬としては、クリオ製剤等の治療薬も存在していたのであるから、非加熱製剤の使用を継続しなければならないような状況にあったわけではない。このように、被控訴人は、エイズ感染症が極めて危険な疾患であり、しかも、輸入非加熱製剤がその原因の一つであって、日本の血友病患者に輸入非加熱製剤を投与した場合には、それを原因としてエイズ感染が生じる危険性が高いことを十分に認識し、かつ、非加熱製剤以外の治療薬による治療も十分に可能であることを認識しながら、「不確かな証拠で、国が巨額の私有財産に対して廃棄命令など出せるはずはない。」といった人命よりも私企業の利益を優先する論理に基づいて、輸入非加熱製剤の使用を禁止するための措置を採らなかったのであり、被控訴人が採用した政策は、まさに「殺人政策」との評価を受けてもやむを得ないものなのである。 イ)「ワイロ」との表現について a)本件で問題とされている立て看板は、いずれもA大本郷キャンパス内に設置されており、これを見る者もA大関係者にほぼ限定されているのであるから、「ワイロ」という表現の意味は、一般社会においてそれがどのような意味に受け止められるかではなく、A大関係者の間でどのような意味に受け止められるかという観点から判断されるべきものである。 そして、A大においては、平成5年、教官の収賄容疑事件が発生したことをきっかけとして、「教官の倫理確立に関する特別委員会」報告書(A大倫理綱領)がとりまとめられ、その中で、教官としては、刑法上の収賄罪に該当するような行為をしてはならないことはもちろん、これに当たらないような行為であっても、私企業との癒着と疑われるような行為や、国家公務員法上の兼業禁止に違反する疑いをもたれるような行為を行ってはならないことが定められ、例えば、「教官個人が、原稿料・印税・書籍等の編集費・講演料・講習会講師料・鑑定料・技術指導料等、通例の報酬を受け取る場合であっても、その額が、職務との関連で、社会の疑惑を招くものではないか。「顧問料」のような形の継続的なものがあるとすれば、兼業制限との関係でも問題となる。また、大学の教官の地位に対する信用に安易に寄りかかって常識を越えた報酬を受け取っていないか。」を自己点検すべき旨が定められていた。控訴人は、被控訴人が以上のようなA大倫理綱領に違反する行為を行ったという意味で、「ワイロ」という表現を用いたのであり、このことは、A大関係者であれば誰でも理解できる事柄であった。 このような観点からみた場合、被控訴人は、C社からコンサルティング報酬名目で300万円を超える金員を受け取るというA大倫理綱領に違反する行為をしたものであり、このことは、被控訴人が平成8年12月20日に戒告処分を受けていることからも明らかである。したがって、控訴人は真実の摘示をしたものであるから、名誉毀損の責任を問われる筋合いのものではない。 b)仮に「ワイロ」との表現が、A大倫理綱領に違反する行為ではなく、刑法上の収賄罪に当たる行為をしたことを意味するものであるとしても、公務員である被控訴人が、その専門分野に属する事柄につきC社に対する便宜供与を行い、その対価として報酬を受けたことは上記のとおりなのであるから、上記表現は真実の摘示であって名誉毀損の責任を問われるものではない。 (2) 被控訴人 ア)「殺人政策」との表現について a)控訴人は、「殺人政策」との表現が事実の摘示ではなく意見ないし論評であると主張する。しかしながら、事実の摘示であるかどうかは、問題とされている表現が、「証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているもの」と理解されるかどうかという観点から判断されるべきものであるところ、被控訴人が「殺人政策」を遂行したかどうかは、まさに証拠等をもってその存否を決することができる事柄であるから、事実の摘示に当たるものであり、控訴人が名誉毀損の責任を免れるためには、その摘示が真実であるか、真実であると信じたことについて相当な理由があったことを証明する必要があるものというべきである。 b)控訴人は、「殺人政策」との表現が事実の摘示であったとしても、真実の摘示であるから名誉毀損の責任を問われる筋合いのものではないという趣旨の主張もするが、この主張も失当である。医薬品の投与については、ある程度のリスクが伴うことは避けられない事柄であり、ある医薬品の使用継続を認めるかどうかは、当該医薬品によってもたらされるメリットとその使用によってもたらされるデメリット(リスク)とを比較した上で判断せざるを得ない。そして、被控訴人が厚生省課長在任中の昭和57年から昭和59年当時においては、非加熱製剤は、クリオ製剤等と比べ、遙かに利用し易く、治療効果も高い医薬品であると考えられていた一方で、エイズ感染の危険はあり得るものの、その感染率ないし発症率は極めて低いと考えられていたのであり、このような段階において、輸入非加熱製剤の使用を禁止するという措置を採ることは現実的ではなかった。このことは、血友病治療において唯一の国際機関である世界血友病連盟が昭和58年、昭和59年の国際会議において非加熱製剤の使用継続を認めることを決定していること、米国を含めた世界各国においても、非加熱製剤の使用禁止という政策を打ち出した国はなく、かえって、米国血友病財団は、昭和58年3月に、それほど高いとは思われないエイズのリスクを考慮しても、非加熱製剤の使用を継続すべきであるとの見解を発表していることなどからも明らかである。以上のような点を考慮すれば、被控訴人が厚生省課長に在任していた当時に輸入血液製剤の使用禁止措置を採らなかったことが誤りであったとはいえないし、まして、それが「殺人政策」と評価されるようなものではないことは明らかである。 (2) 「ワイロ」との表現について a)控訴人は、「ワイロ」とは、A大倫理綱領に違反する行為全般を意味し、このことは、A大関係者の間では共通の認識になっていたと主張するが、そのような事実はない。「ワイロ」という言葉が持つ固有の意味や、A大倫理綱領においても、収賄行為とその他の違反行為とが明確に区別されていることなどからすれば、「ワイロ」との表現は、あくまでも、公務員がその職務に関連して不正な利益を得たことを意味するのであって、A大倫理綱領違反の行為全般が「ワイロ」に当たるなどという認識が生ずるはずのないものであることは明らかである。 b)そして、被控訴人がC社から報酬を得ていたことを理由として戒告処分を受けたことは事実であるが、この処分は、あくまでも兼業禁止違反に抵触するおそれがあるとの理由で行われたものであり、収賄行為を理由として行われたものではない。「ワイロ」との表現は、全く根拠を欠くものであって、真実の摘示ではなく、また、控訴人において、それが真実であると信じる相当な理由があったともいえないことは明らかである。 三 当裁判所の判断 1 当裁判所も、被控訴人の本訴請求は、原判決主文1、2項掲記の限度で認容し、その余は棄却すべきものであると判断する。その理由は、次のとおりである。 (1) 控訴人が、本件各立て看板の掲出行為について個人として責任を負うべきものであると解されること、及び本件各立て看板に掲載された記事のうち、@被控訴人には、薬害エイズ事件の発生及び結果に対して重大な責任があり、被害者に謝罪すべきであるとする部分、A被控訴人が「殺人政策」を遂行したとする部分、B被控訴人がC社から「ワイロ」を受領したとする部分が、いずれも被控訴人の名誉を毀損するものと認められることは、原判決の「事実及び理由」一の1ないし4に説示されているとおりであるから、これを引用する。なお、本件立て看板1、3、6、8においては、上記@ないしBの各記事とともに被控訴人の顔写真が掲載されていることは前示のとおりであるところ、上記顔写真は、被控訴人を批判する上記各記事と一体のものとして用いられているのであるから、その名誉毀損性の有無や責任の有無も、上記各記事と一体のものとして判断をすべきものであり、以下においては、そのような観点から判断を加えることとする。 (2) また、上記各記事中、@の部分については、控訴人において真実であると信じたことにつき相当な理由があり、名誉毀損の責任を問われるものではないと解されることは、原判決の「事実及び理由」二、2に説示されているとおりであるから、これを引用する。 (3) 「殺人政策」との表現について そこで、上記Aの「殺人政策」との表現について、違法性阻却事由ないし控訴人の故意、過失を否定すべき事由があるといえるかどうかを検討する。 a)控訴人は、まず、「『殺人政策』との表現は、控訴人の意見ないし論評であるから、その記載内容そのものについての真実性は要求されない。」という趣旨の主張をする。 しかしながら、ある表現が事実の摘示をするものか、意見ないし論評であるかは、当該表現が、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと解されるかどうかによって判断すべきものであり、また、当該表現が、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものとは直ちに解せないときにも、当該部分の前後の文脈や、記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し、右部分が、修辞上の誇張ないし強調を行うか、比喩的表現方法を用いるか、又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ、間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならば、同部分は、事実を摘示するものと見るのが相当である。 この観点から検討してみると、本件各立て看板において用いられた表現は、「B戒告教授は血友病患者1800人『殺人政策』の責任を取れ!」、「B『殺人政策・ワイロ』教授に続き『臓器売買』講師!」(なお、「臓器売買」講師は、被控訴人とは別の人物を指している。)、「『殺人政策』を選択・執行したB戒告教授」、「B氏は『殺人政策』の責任を取れ!」などというものであるところ、そこで用いられている「殺人政策」や「殺人政策を選択・執行した」との表現は、その一般的な意味に基づいて考えてみれば、人(本件の場合は血友病患者)の死亡という結果をもたらすような政策を、その結果を認識、認容した上で遂行したとの事実(すなわち、証拠等をもってその存否を決することが可能な事実)の指摘をするものと理解し得るものである。また、これらの記述が、被控訴人の採った政策を批判する中で、被控訴人の採った政策は、殺人政策と評価されてもやむを得ないものであるといった指摘をしているものではなく、断定的に「殺人政策」、「殺人政策を選択・執行した」との指摘をしている点からしても、上記各表現は、一般人の通常の読み方に照らし、意見や論評の表明ではなく、事実の摘示をしているものと理解されてもやむを得ないものというべきである。 そうすると、「殺人政策」との表現は、控訴人の主観的意図はともかく、一般人の通常の理解を前提として考える限り、被控訴人が殺人政策を遂行したとの事実の指摘をするものと受け取られてもやむを得ないものなのであるから、控訴人が名誉毀損の責任を免れるためには、上記指摘が真実であるか、控訴人において真実であると信じるにつき相当な理由が存する必要があるものというべきである。また、仮にこれを意見ないし論評であると理解する余地があるとしても、人の名誉を毀損する内容の意見ないし論評について不法行為責任を免れるためには、当該意見ないし論評の前提となっている事実が重要な部分について真実であるか、真実であると信じたことにつき相当な理由が存することが必要であるところ、控訴人が、単に被控訴人の責任を追及するにとどまらず、あえて「殺人政策」という用語を断定的に用いた意見ないし論評をしている以上、その前提となる事実の真実性(あるいは、真実であると信じたことについての相当の理由)は、薬害エイズ事件発生につき、被控訴人に責任がある(あるいは、そう信じたことについて相当な理由がある)という点について立証されれば足りるものではなく、被控訴人に、上記のような意味での「殺人政策」を遂行したと評価するに足りる程度の責任がある(あるいは、そのような責任があると信じたことについて相当な理由がある)ことが立証されなければならないものと解される。 以上のとおりであって、控訴人の、「『殺人政策』との表現は、意見ないし論評であるから、その内容(または、その前提となった事実)の真実性に拘わらず、名誉毀損の責任を負うことはない。」との主張は、いずれにせよ失当であり、採用することはできない。 b)次に、控訴人の上記事実摘示の真実性や真実であると信じたことについての相当な理由の有無について検討してみると、この点につき、控訴人が種々主張している点それ自体、被控訴人が「殺人政策」を遂行したとの事実が真実であること(あるいは、真実であると信じたことについて相当な理由があること)を基礎付けるに足りるものであるとはいえないのみならず、本件全証拠に照らしてみても、被控訴人が厚生省課長在任中に行った政策判断や採用した政策が、「殺人政策」を遂行したと断定されてもやむを得ないものであったと認めるに足りる十分な根拠があるものとは言い難い。すなわち、被控訴人が厚生省課長に在任中の昭和57年から昭和59年3月当時においては、エイズ感染症について未だ完全に科学的な解明がされていたわけではなく、また、血友病患者のエイズ感染を防止するためには非加熱製剤の使用を禁止すべきであるとの見解が、これに違反することは余りにも非常識であって、「殺人」との断罪を受けてもやむを得ないほどの医学的な常識として確立していたとまでは認められないことや、被控訴人としても、血友病患者のエイズ感染問題を放置していたわけではなく、昭和58年8月に「血液製剤小委員会」を設置して対応策を検討しようとしていたことなど、証拠によって認められる上記当時の諸事情に照らしてみれば、被控訴人の対応に遅れがなかったかどうか、個々の対応策や行動が妥当なものであったかといった点には議論があり得るとしても、被控訴人が、「殺人政策」を遂行した(血友病患者の死亡という結果をもたらすような政策を、その結果を認識、認容した上で実行した)と断定するだけの根拠があるとは到底言い難い。また、本件各立て看板が掲示された平成8年11月ころから平成10年3月ころの間、いわゆる「薬害エイズ問題」に関連して、厚生省担当者の責任が厳しく追及されていたことは事実であるものの、その責任が「殺人」との評価に値するといった見解が一般的に定着していたわけではないし、「薬害エイズ事件」において東京地方裁判所が示した「和解勧告に当たっての所見」においても、厚生省担当者の過失責任が問われているにとどまり、また、被控訴人の後任として厚生省課長の任にあったEが逮捕起訴された容疑も業務上過失致死罪であったことなどの事情に照らしてみれば、控訴人が、上記期間中に入手した信頼し得る情報に基づき、被控訴人が「殺人政策」を遂行したと判断したことに相当な理由があったとも認め難いのである。 c)以上の次第で、「殺人政策」との表現については、それが真実の摘示であるとも、控訴人において真実であると信じたことに相当な理由があったとも言い難いのであるから、控訴人は、このような表現を用いて被控訴人の名誉を毀損したことについての不法行為責任を免れないものというべきである(なお、以上の点は、「殺人政策」との表現を意見ないし論評とみて、その前提となった事実の真実性や、真実と信じたことについての相当の理由の有無を考えた場合であっても、同様に言い得る事柄である。)。 (4) 「ワイロ」との表現について a)この点につき、控訴人は、「『ワイロ』という表現は、A大倫理綱領に違反する行為一般を意味するのであって、刑法上の収賄行為を行ったことを意味するのではない。」という趣旨の主張をする。 しかしながら、「ワイロ」という用語の一般的な意味がいわゆる収賄行為を指すものであることは明らかである上に、控訴人が依拠しているA大倫理綱領(乙第67号証)においても、公務員の収賄が禁止されていることを指摘した上で、これには当たらない行為であっても、教官としての倫理に違反するものがあり得るとして、問題となる各種行為を掲げているのであって、収賄行為とそれ以外の倫理違反行為とは明確に区別されているのであるから、「ワイロ」という表現がA大倫理綱領に違反する行為であるとの認識が、A大関係者の間では定着していたということもできない。控訴人の上記主張は失当であり、採用することはできない。 b)そして、本件各立て看板において用いられた表現は、「B『殺人政策・ワイロ』教授」、「B氏の一連のワイロ体質」、「B氏米C社よりワイロ」などというものであって、いずれも被控訴人が収賄行為を行ったとの事実を指摘するものであるといえるから、控訴人が名誉毀損の責任を免れるためには、上記指摘事実が真実であるか、控訴人において真実であると信じるにつき相当な理由があったことが証明される必要があることになるが、この点の立証が尽くされたものとは言い難い。この点についての判断は、原判決の「事実及び理由」第三、4、(一)、(二)に説示のとおりであるから、これを引用する。 (5) 損害額及び損害回復のために必要な措置について 以上のとおり、控訴人は、被控訴人の顔写真の掲出とともに、「殺人政策」、「ワイロ」との表現を用いた多数の立て看板を長期間にわたってA大本郷キャンパス内に設置したことによって、被控訴人の名誉又は名誉感情を毀損した点について不法行為責任を免れないものというべきところ、これによって生じた被控訴人の損害を慰謝し、毀損された名誉ないし名誉感情を回復するためには、慰謝料200万円の支払と、原判決別紙謝罪文目録1記載のとおりの謝罪文を作成、交付することを命ずる必要があるものと認められる。この点に関する判断は、原判決の「事実及び理由」第三、四に記載のとおりであるから、これを引用する。 2 以上の次第で、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 永谷典雄 |
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