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【事件名】“ウソツキ”たれ幕中傷事件 【年月日】平成13年10月11日 横浜地裁 平成12年(ワ)第2369号 謝罪広告等請求事件 判決 主文 1 被告B及び被告Cの会は、原告に対し、日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の各朝刊全国版社会面広告欄に、別紙謝罪広告目録一記載の謝罪広告を同紙記載の条件で1回掲載せよ。 2 被告らは、原告に対し、日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の各朝刊全国版社会面広告欄に、別紙謝罪広告目録二及び三記載の謝罪広告を各同紙記載の条件で各1回掲載せよ。 3 被告らは、原告に対し、神奈川県鎌倉市(以下略)所在のビルに掲げた別紙垂れ幕目録二及び三記載の垂れ幕を撤去せよ。 4 被告B及び被告Cの会は、原告に対し、連帯して、1100万円並びに内金550万円に対する平成12年7月23日から、及び内金550万円に対する平成13年9月7日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 被告Dは、原告に対し、550万円及びこれに対する平成13年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 6 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 7 訴訟費用は被告らの負担とする。 8 この判決は、第3項ないし5項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 主文第1ないし3項と同旨 2 被告B及び被告Cの会は、原告に対し、連帯して、2600万円及びこれに対する平成12年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告Dは、原告に対し、1600万円及びこれに対する平成12年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨 JR鎌倉駅西口前所在のビルの外壁に、被告B及び被告Cの会は、平成10年3月から平成11年10月18日まで別紙垂れ幕目録一記載の垂れ幕(以下「垂れ幕一」のようにいう。)を、被告らは、同日ころから平成12年5月16日ころまで垂れ幕二を掲げ、及び同日ころから現在に至るまで垂れ幕三を掲げている。 本件は、鎌倉市長である原告が、上記各垂れ幕により名誉、信用、人格を毀損されたとして、被告らに対し、人格権並びに民法710条及び723条に基づき、@垂れ幕二及び三の撤去、A慰謝料の支払、B謝罪広告の掲載を求めた事案である。 2 争いのない事実及び後掲証拠により明らかな事実 (1) 当事者 @ 原告は、平成5年10月24日の鎌倉市長選挙(以下「平成5年市長選挙」という。)において当選し、平成9年10月19日の同選挙(以下「平成9年市長選挙」という。)においても再選を果たして、現在、2期目の鎌倉市長の地位にある者である。 A 被告Bは、JR鎌倉駅西口広場前所在のビルの所有者である。 被告Bは、平成5年市長選挙において、当時のN市長の会計責任者代行の地位にあったが、同後援会の政治資金収支報告書に虚偽の記載をした罪(政治資金規正法及び公職選挙法違反)で略式起訴され、50万円の罰金刑を受けた(甲11、被告B)。 B 被告Cの会は、鎌倉市の行革を市民サイドから推進し、公正にして無駄のない市政の確立を目的とする公職選挙法上の政治団体である。 C 被告Dは、任意団体であるFの会の代表者である。 D 被告らは、平成9年市長選挙において、原告の対立候補を応援した(証人、原告本人、被告B)。 (2) 被告B及び被告Cの会は、平成10年3月ころ、ビルの外階段部分の外壁に沿って、被告Cの会、Fの会、Gの会名義で、垂れ幕一を掲げた。 被告らは、平成11年10月18日、垂れ幕一を撤去し、同日ころ、垂れ幕一と同じ場所に、被告Cの会、Fの会名義で、垂れ幕二を掲げた。 原告は、平成11年7月27日ころ、被告B及び被告Cの会らを相手方として、垂れ幕一の撤去を求める仮処分を横浜地方裁判所に申し立てた(平成11年(ヨ)第614号)が、同年10月18日に垂れ幕一が撤去され、垂れ幕二に変更されたことから、同垂れ幕の名義人である被告らを相手方として、垂れ幕二の撤去を求める仮処分に申立てを変更した(平成11年(ヨ)第1028号)。 横浜地方裁判所は、平成12年5月9日、原告の申立てを認める旨の決定をした。 被告らは、上記仮処分決定が発せられたころ、垂れ幕二を撤去したが、その後、垂れ幕二と同じ場所に、同垂れ幕の「ウソを重ねる」の部分に布貼りをし、「市民農園問題でも トカゲのしっぽ切り 自らの責任を認めて」と改変した垂れ幕三を掲示している(甲1ないし4、丙2)。 3 原告の主張 (1) 垂れ幕一ないし三は、いずれも原告が「ウソツキ」又は嘘をつく人物であるという印象を与えるものであり、原告の名誉、信用、人格、品性を著しく毀損するものである。 @ 垂れ幕一には、その中央部分に「ウソツキ A市長は」と赤文字で大書されており、特に目立つように工夫されたものになっている。 「ウソツキ」という文言自体、一般通常人から見れば、故意に人の人格・品性を貶める言辞であり、侮辱的表現であることは明白である上、片仮名で記載することによって、さらに揶揄的・侮蔑的な意味合いを強めるような効果をもたらす。 被告B及び被告Cの会は、垂れ幕一の撤去を求める仮処分申立事件の審尋において、裁判所から、垂れ幕一は原告の名誉を毀損するものであることが明らかであり、仮処分決定を認めざるを得ない旨示唆されるや、垂れ幕一を撤去したが、これは、自ら垂れ幕一の表現が名誉毀損に当たることを認めたものである。 A 垂れ幕二も、「ウソを重ねるA市長は」という部分が赤文字で大書され、外の部分と比較して際だって見えるよう工夫されている。 「ウソを重ねる」という文言についても、原告は、嘘を繰り返す嘘つきであると言っているのに等しい表現であり、「ウソツキ」という表現と実質的に見て差異はない。 「ウソを重ねるA市長は」の下に表示されている、原告が嘘をついたとする事項も、被告らが根拠もなく勝手に嘘であると断定しているにすぎない。 被告らは、垂れ幕二の撤去を命じる仮処分が発令されるや、「ウソを重ねる」という部分を前記のとおり改変した垂れ幕三に変更したが、これも仮処分の執行を免れるとともに、垂れ幕二が原告の名誉を毀損するものであることを認めたものと言える。 B 垂れ幕三の体裁は、上記のとおり、垂れ幕二の「ウソを重ねる」という部分に「市民農園問題でも トカゲのしっぽ切り 自らの責任を認めて」と赤文字で記載した布用のものを貼り付けただけであり、他の部分、特に原告が嘘をついたとする下段の部分はそのままであり、実質的に見て垂れ幕二と何ら変わりのないものである。 「トカゲのしっぽ切り」とは、故意に他人に責任を転嫁することを揶揄的に表す際に用いる表現であり、原告の社会的評価を低下させる名誉毀損的表現であることは明らかである。 (2) 後記被告らの主張(2)はいずれも否認する。垂れ幕一ないし三の掲示は、いずれも事実の公共性、目的の公益性、記載内容の真実性又は相当性の要件を満たすものではなく、違法性ないし責任が阻却されるものではない。 @ 事実の公共性について 垂れ幕一では、「ウソツキ」なる侮蔑的表現を使用し、その根拠となる事実についてはきわめて抽象的な事実しか記載されていない。垂れ幕二も同様に、「ウソを重ねる」との侮蔑的表現を用いている。垂れ幕三は、実質的にみて垂れ幕二と同視しうるものであって、これらは、市長に対する批判というよりは、単に原告個人に対する誹謗中傷である。 したがって、たとえ垂れ幕一ないし三の内容が市長である原告の辞職を求める体裁を採っていたとしても、公共の利害に関するものとは言い難いというべきである。 A 目的の公益性について 公益目的の有無は、名誉毀損事実自体の内容、性質から客観的に判断するだけでなく、その表現方法等も考慮して決せられるべきである(最高裁昭和56年4月16日判決)ところ、被告らの垂れ幕掲示行為は、以下のとおり、公益目的ではなく、原告を誹謗中傷する目的で掲げたものであることは明らかである。 ア 被告らは、表現手段を垂れ幕、表現場所をJR鎌倉駅西口広場前と選択している。 垂れ幕は、その性質上媒体スペースが限られている上、見る者の手元に渡ることが予定され、かつ、「見出し」のみならず、記事となる「本文」があり、読者側に「見出し」と「本文」をよく読むことが期待されているビラやパンフレット、機関誌等とは異なり、付近を通行する広範囲の人を対象としており、立ち止まり近づいてよく読む者はむしろまれで、多くの者は通りすがりに見る程度なのが通常である。 そして、JR鎌倉駅は、観光都市鎌倉の主要ターミナルとして、全国から多数の観光客が利用する場所であるから、公益目的の判断の基準となる情報の受け手として当然予想される観光客に対する配慮が必要となる。 イ そこで、各垂れ幕を検討すると、垂れ幕一は、上記のとおり、赤文字で記載された「ウソツキ A市長は」の部分が他の記載より目立つよう記載されている。 「買収事件と緑の全面保全で市民を騙している」との記載もきわめて抽象的なものであり、これを見る者は、原告が荒唐無稽な虚偽の発言をする性癖の持ち主であるかのごとき印象を受けかねないものであって、到底市政を改善しようと呼びかけるものとはいえず、原告に対する個人攻撃、誹謗中傷の目的で掲げられたものと言わざるを得ない。 垂れ幕二も、「ウソを重ねるA市長は」が赤文字で大書されており、同部分は、JR鎌倉駅西口広場前や同駅ホームからも看取しうる程目立つように工夫されている反面、被告らが具体的事実を記載したとする下段部分は、垂れ幕にかなり近づかなければどのような内容が記載されているのか分からないようになっている。 そして、既に主張のとおり、「ウソを重ねる」という文言は、嘘を繰り返しつく「ウソツキ」であるというに等しい表現であり、垂れ幕一同様、見る者に原告が荒唐無稽な虚偽の発言を繰り返す者との印象・誤解を与えかねないものであって、やはり、原告を単に誹謗中傷し、個人攻撃をする目的で掲げたものであると断ぜざるを得ないものである。 前記仮処分決定書(甲4)中においても、垂れ幕二の目的に関し、客観的な表現内容・方法に言及した上で、「右目的(市政を正しい方向に導く)のための相当な批判活動の領域を逸脱していて、相当な批判というよりは、むしろ誹謗の目的でなされたものといわざるを得ない。」との判断がなされている。 垂れ幕三も、前叙のとおり、垂れ幕二を一部改変したものにすぎず、かつ、垂れ幕二撤去後間もなく同じ場所に掲示されたものである。 改変部分は、下段部分同様、小さな文字で記載されており、全体として、見る者に垂れ幕二と同様との印象を与えるもので、実質的にみて垂れ幕二と同様の目的で掲げられているといわざるを得ないものである。 ウ 以上の点に加え、被告らの垂れ幕掲示行為は、同一の場所に、しかも垂れ幕一撤去後間もなく垂れ幕二を掲示し、垂れ幕二の撤去を命じる仮処分決定がなされるとすぐそれを撤去し、すぐ後に一部内容を改変した垂れ幕三を掲示している。かかる被告らの行動からして、本件垂れ幕の掲示行為は個々別々のものではなく、原告を誹謗するという同一目的の下、一連の行為として行われたものと言うほかない。 B 記載内容の真実性又は相当性について ア 垂れ幕一の「買収事件と緑の全面保全の公約で市民を騙している」「ウソツキ」の記載は、抽象的に記載されたもので、真実性の対象となる事実の摘示がなされているとは言えない。 仮に、事実が記載されていると解されるとしても、後記のとおり、上記記載はいずれも事実に反するものであり、また、確実な資料・根拠に基づいてなされたとは到底言えるものではないので、相当性の要件を満たすものではない。 イ 垂れ幕二及び三記載の各事実は、以下のとおりいずれも真実ではなく、かつ、真実であると信じる相当理由は存在しない。 (ア) 「緑の全面保全を公約しながら開発手続再開を認め」「H9.10市長選において『緑全面保全』の公約→しかし、直後のH9.12 市議会にて『出来るだけ保全』と変節 公約は嘘であったと判明→H11.10現在開発手続再開」の記載(以下「緑全面保全問題」という。)について 原告が、平成9年市長選挙において、緑地保全に関し、広町、台峯をはじめとする3大緑地は全面保全することを公約したことは事実である。しかしながら、原告が上記公約を破ったことはなく、現在も「緑の全面保全」の公約実現のため各種政策を展開中である。 原告が、平成11年10月現在において、3大緑地の1つである広町について開発手続を再開したことは事実であるが、これは、原告が市議会で答弁したとおり、全面保全の公約実現のための行為(開発手続の再開を認める代わりに、事業者を協議の席に着かせる)であり、公約が嘘であることの根拠にならない。 被告らは、原告が市議会の答弁の際に、「できるだけ保全」という言葉を用いたことをとらえて、変節、公約違反であると決めつけているが、原告が用いた「できるだけ保全」とは、市議会のやりとり全体からみても明らかなとおり、「全面保全」と同趣旨であり、緑の全面保全の方針を後退させた事実はない。 したがって、被告らの上記摘示事実は、真実ではないのみならず、被告らの主観的な判断に基づく独断的な評価にすぎず、相当理由がないことも明らかである。 (イ) 「H5.10.24 中学の同級生かつ後援会の発起人Uが『前市長逮捕』の虚偽のビラ配布→しかしH5.12の市議会で『自分とは無関係』と嘘の答弁」の記載(以下「U事件」という。)について 原告の中学の同級生であり、発起人名簿に名前を連ねていたUが、平成5年市長選挙の際、「N市長逮捕」の虚偽のビラを配布したことは事実であるが、原告は、平成5年12月の市議会において、「Uは中学校の同級生である」「事件後において私が調べたところ、事件は、私、私の確認団体、後援会と何ら関係ないことを確認している」「後援会の責任者に調べさせたところ、Uは後援会会員ではないことを確認した」と答弁しているのであり、嘘をついた事実は全くない。 被告らは、原告の答弁のうち、自己に都合の良い箇所を取り上げ、原告が「ウソをついた」と曲解しているにすぎないものであって、客観的かつ確実な根拠・資料に基づいたものではなく、相当理由にも欠けることは明らかである。 (ウ) 「買収事件と無関係との言い逃れで辞職勧告を受けている」「H9.10市長選買収事件 政策ブレーン 選挙参謀K逮捕・有罪→しかしH9.12 市議会で『単なる応援してくれた一市民』と連座制逃れの嘘の答弁→議会より辞職勧告受ける」の記載(以下「K事件」という。)について Kが「選挙参謀・政策ブレーン」であった事実はなく、「応援してくれた一市民」なのであり、原告が「連座制逃れの嘘の答弁」をしたことは真実でない。 Kが公職選挙法違反の罪で有罪判決を受け、同判決が確定したことは事実であるが、原告は、上記買収事件に関して連座制の適用を受けておらず、照会や取り調べを含め、捜査当局からの追及もなかったのであって、被告らの独断に基づく決めつけに過ぎない。 市長選挙とKの関わりについての主張も、主として共産党側の言い分を基礎としているものと思われるが、確実な資料や根拠に基づいたものでなく、事実誤認と思われる箇所もある。原告は、これらについても市議会において事実に即して答弁しており、嘘をついたなどということは全くない。 結局、被告らは、判決書の記載や連座制適用がなかったという動かし難い事実を無視し、逮捕時の新聞報道における推測的記事や伝聞・噂といった確実性の極めて低いものを拠り所として、原告の答弁を嘘であると決めつけているに過ぎないのであって、真実性の証明又は相当性の要件を満たすものではない。 (エ) 「市民農園問題でも トカゲのしっぽ切り」の記載(以下「市民農園問題」という。)について 市民農園問題とは、簡単に言うと、鎌倉市(ただし、契約書上は鎌倉市土地開発公社)が、市民農園に供する目的で地権者から土地を買収するに当たり、地権者に対し、上記用途で税金の控除が受けられると説明したが、実際には市民農園の目的では税金の控除が受けられないため、市の担当者が、買収目的を県道整備の代替地と変更してしまった、というもので、虚偽公文書作成の罪に当たるか、市長の責任いかんが問題となった事件である。 原告は、鎌倉市職員考査委員会で厳正に調査した結果を尊重して適切な処分を行ったものであり、下部職員に責任転嫁した事実はない。 (3) 垂れ幕の撤去請求 何人も、生命、身体、財産同様、その名誉を侵されることなく日常生活を営む人格権上の自由ないし権利があり、この権利は人間の尊厳を守るための基本的かつ重要不可欠な法益であり、かかる法益を保護するため、名誉を侵害された者は、人格権に基づき侵害行為の差止めを請求することができる。 そして、原告は、垂れ幕二及び三の掲示によって現に名誉を著しく侵害されているから、人格権に基づき垂れ幕二及び三の撤去請求権を有する。 なお、既に撤去された垂れ幕二についても撤去請求を求める理由は、次のとおりである。 本訴は、前記仮処分申立事件の本案に当たるのみならず、垂れ幕二が垂れ幕三に変更された経緯は、前叙のとおりであり、垂れ幕三は、仮処分の執行を免れるために変更されたものであり、実質的に垂れ幕二と同一と評価し得るからである。 (4) 原告の損害 @ 慰謝料 原告は、垂れ幕の掲示によって、名誉、人格、品性はもちろん、長年市長として培ってきた信用、名声が著しく毀損され、甚大な無形的被害を被った。その損害は、金銭に換算すると、垂れ幕一については1000万円、垂れ幕二及び三については1000万円をそれぞれ下らない。 A 弁護士費用 原告は、弁護士に本訴の提起を依頼することを余儀なくされ、日弁連報酬基準規定による報酬の支払を約したが、弁護士費用は合計600万円である。 B 謝罪広告 前記のとおり、被告らの原告に対する名誉毀損行為はいずれも極めて深刻なものであり、金銭賠償のみでは慰謝しきれない。 よって、名誉回復措置として、被告らに対し、別紙謝罪広告目録どおりの謝罪広告をさせることが必要不可欠である。 4 被告らの主張 (1) 原告の主張(1)は否認する。 垂れ幕一ないし三の表現は、公人としての市長たる原告が実際に何をしてきたかを客観的に時間的流れに従って観察し、その結果嘘を重ねていることが判明したので、その客観的事実を表明したものであり、何ら個人としての原告を誹謗中傷するものではないから、個人的な人格権、名誉権を侵害していない。 (2) 仮に、垂れ幕一ないし三が原告の個人的な人格権、名誉権を侵害しているとしても、被告らは、公人(市長)としての原告の辞職を要求するため、垂れ幕を掲示しているのであるから、本件は、あくまでも公人としての原告の人格権、名誉権の問題とすべきである。 そして、名誉毀損に当たる行為であっても、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るものである場合には、当該事実が真実であることの証明があれば、上記行為には違法性がないと解すべきであるところ、以下のとおり、垂れ幕一ないし三は、上記要件を満たすから、被告らの行為には違法性がない。 @ 事実の公共性について 公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為については、そのこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事実であるということができるところ、垂れ幕一ないし三の内容は、市長という公職の地位にある原告に対する批判、評価であるから、公共の利害に関する事実であることは明らかである。 A 目的の公益性について ア 垂れ幕の掲示は、嘘と法律違反を重ねる原告の政治的行為を批判し、原告には、これに対する反省を求めるとともに、市長の即時辞任を求め、市民には、原告の政治的行為を知らしめ、鎌倉市の市政の改善を呼びかけることを目的とした行動であって、公益的な目的を有する。 被告らが垂れ幕一ないし三に記載した事項は、すべて原告の政治的行為に関するものであり、原告の個人的な事項は記載していない。 イ 被告らの経済力からして、鎌倉市民に広く呼び掛けるための方法は垂れ幕くらいしかなく、また、垂れ幕は、政治的宣伝を目的としている以上、その目的達成のためには、電車の中吊り広告等と同じく、目に付きやすい色で掲示することが不可欠であって、これをもって垂れ幕が違法であるとすることは、アピール手段を否定し、表現の自由を否定することになる。 ビルがあるJR鎌倉駅西口は、東口と異なり乗降者数も少ない上、ビルは、西口と東口とをつなぐ地下道沿いにあり、他の建物より低い位置にあるので、むしろ西口広場からでも大半の場所では見えにくい位置にある。 ア 垂れ幕一中の「ウソツキ」という文言は、抽象的に表記しているのではなく、市長である原告が行ってきた具体的、政治的行動に対する評価としての表現であり、また、「買収事件と緑の全面保全で市民を騙している」との記載も、ともに再三新聞で報道されていることであり、特に詳細に記載しなくてもその内容はよく分かるものである。 被告らが垂れ幕一から垂れ幕二に変更した理由は、垂れ幕一の撤去を求める仮処分申立事件の審尋の際、裁判所から、「垂れ幕は新聞の記事と異なって、具体的事実の記載が少なくなりがちで、読む人に判断の材料が不足する可能性がある。」として、真実性の判断には立ち入らず、表面的な記載から判断すれば、人格権を侵害する可能性がある旨の示唆を受けたことから、被告らは、原告に対する公的批判を目的としており、個人攻撃や原告個人の人格権を傷つける目的で垂れ幕一を掲げたわけではないので、そのような誤解を避けるために、表現を「ウソを重ねる」という事実の連続性を訴える形に改め、また、誰が見てもその真否の判断ができるよう、具体的に根拠を示して、真実性の要件一本で正面から争えるようにしたのである。 垂れ幕二及び三のうち、原告が嘘をついている事実を記載した下段部分は、限られた面積の中で、できるだけ具体的に記載している。 B 記載内容の真実性又は相当性について ア 緑全面保全問題について 原告は、平成5年市長選挙において、緑地保全に関し、開発を容認するN市政を批判し、緑の全面的保全を掲げて当選を果たし、平成9年市長選挙においても、緑の全面保全を公約して再選を果たした。しかるに、原告は、再選直後の市議会で、「できるだけ保全」と答弁し、平成10年2月には、広町について開発手続を再開しており、当初の公約から明らかに後退した。公約の対象地区は、都市計画法上、市街化区域とされており、開発手続が再開されれば、宅地化を阻止するすべはない。原告が緑地保全に関して採った方策は、理念のみで実効性がなく、緑被率は40数パーセントにまで低下している(ちなみに、N市政のそれは約53パーセントである)。原告の政策が、実は全面保全ではなく、できるだけ保全にすぎなかったことはこれまでの実績が証明しており、原告が緑の全面保全の公約を破り嘘をついたことは明白である。 イ U事件について 平成5年市長選挙において、原告の中学校からの同級生で後援会の発起人でもあり、出陣式や選挙事務所にも頻繁に出入りしていたUが、対立候補であった当時のN市長に関し、虚偽事実を記載したビラを個別配布し、公職選挙法違反で逮捕されたこと、原告は、同年12月の市議会において、Uについて、「自分とは無関係の人物」との答弁を行ったことはいずれも真実であり、前記原告とUとの関係からすると、原告の答弁が虚偽であることは明らかである。 ウ K事件について 平成9年市長選挙において、原告の政策ブレーンであり、選挙参謀であったKが、原告を当選させるため買収活動をしたとして、公職選挙法違反により逮捕され、平成10年1月26日、横浜地方裁判所で有罪判決を受けたこと(乙25)、原告は、平成9年12月の市議会において、Kについて、「単なる応援してくれた一市民」との答弁を行ったこと、この答弁に対し、市議会において、平成10年1月22日、Kとの関係について率直な答弁を求める決議(乙14)が、同年2月17日、辞職勧告決議(乙15)がなされたことはいずれも真実であり、これらの事実から、Kと原告は「単なる応援してくれた一市民」ではなく、特殊の関係にあったことが明らかとなり、原告の答弁が連座制を逃れるための嘘の答弁であったことも真実である。 エ 市民農園問題について 原告は、市民農園問題について2人の市職員につき懲戒処分をしたのみで、自らの身を正すことは一切行っていない。しかしながら、問題の土地売買契約書には、原告の公印が押捺されているのであり、単に担当職員の過失ということで済まされるべき問題ではないし、原告は、担当職員の告訴もしていない。この結論に納得できないT市議が職員7名を警察に告訴したところ、鎌倉警察署は、職員7名を送検し、捜査を進めている。市民農園問題について原告の採った行動は、正にトカゲのしっぽ切りそのものであり、垂れ幕三の「市民農園問題でも トカゲのしっぽ切り 自らの責任を認めて」との記載に誤りはない。 オ 上記各事実によれば、原告は、「ウソツキ」又は「ウソを重ねる」市長であるということができ、垂れ幕の記載内容は真実である。 5 争点 (1) 垂れ幕の掲示が原告の名誉を毀損するか。 (2) 垂れ幕の掲示行為について、違法性又は責任阻却事由があるか。 (3) 原告の損害及び名誉回復措置について。 第3 当裁判所の判断 1 前提となる事実関係 争いのない事実と証拠(甲1ないし4、6ないし8、11ないし14、乙1ないし4、7の2、乙8ないし11、13ないし15、18、20ないし22、25、26、31、丙2、証人、原告本人、被告B本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 (1) 垂れ幕の掲示について @ 垂れ幕が掲げられたビルは、JR鎌倉駅西口から下車して右手、同駅の西口と東口とを連絡する地下道の入り口付近に所在する3階建ての建物であり、上記地下道に通じる道路を隔てて時計塔が存在する。付近は、JR鎌倉駅西口、江ノ電鎌倉駅の駅前広場となっており、ビルは駅舎から向かって右斜め前方に位置する。ビル前の通路は、駅前広場から東口へ通じる地下道の入り口に当たるため、人の流れは多い。 A ちなみに、鎌倉市を訪れる観光客の数は、平成10年度で年間約1751万人、平成11年度で約1676万人となっており、JR鎌倉駅の乗車人員は、平成10年度で年間総数約1381万人、うち定期利用者約701万人、平成11年度で約1372万人、うち定期利用者約688万人となっている。 JR鎌倉駅西口は、いわゆる裏口に当たり、表口たる東口に比べると乗降客数は少ないが、観光都市鎌倉の玄関口としての地位を占めていることに変わりはない。 B 垂れ幕は、ビルの外壁部分に屋上から3階と2階を覆う形で掲示され、JR鎌倉駅西口及び江ノ電鎌倉駅から下車すると、右斜め前方に見通すことができる。 垂れ幕の記載内容及びその体裁は、別紙垂れ幕目録記載のとおりであり、いずれも原告の辞職を求めるものとなっているが、垂れ幕一については、「ウソツキ A市長は」の部分が、垂れ幕二については、「ウソを重ねるA市長は」の部分が、垂れ幕三については、「市民農園問題でも トカゲのしっぽ切り 自らの責任を認めて A市長は」の部分がそれぞれ赤文字で記載され、これらの部分が目立つように工夫されている。 C 被告B及び被告Cの会は、平成10年3月、垂れ幕一を掲示した。同被告らは、平成11年7月27日ころ、原告から垂れ幕一の撤去を求める仮処分が申し立てられ、同事件の審尋において、裁判所から、「ウソツキ」という文言が原告の名誉を毀損する侮辱的表現に当たると指摘されるや、同年10月18日ころ、垂れ幕一を自主的に撤去し、垂れ幕二に掛け替えた。 結局、垂れ幕一は、平成10年3月から平成11年10月18日まで約1年7か月間掲示された。 D 被告らは、上記の経緯で、平成10年10月18日ころから垂れ幕二を掲示した。原告は、これに伴い、仮処分の申立ての趣旨を垂れ幕二の撤去を求めるものに変更した。 被告らは、平成12年5月9日、垂れ幕二の撤去を命じる仮処分決定が発令されるや、同月16日ころ、同垂れ幕の「ウソを重ねる」の部分に布貼りをし、新たに「市民農園問題でも トカゲのしっぽ切り 自らの責任を認めて」と記載された垂れ幕三に掛け替えた。 結局、垂れ幕二は、平成10年10月18日ころから平成12年5月16日ころまで約7か月間掲示された。 垂れ幕三は、上記の経緯で平成12年5月16日ころから掲示されて現在に至っており、掲示期間は、口頭弁論終結時点で約1年4か月となっている。 E 被告らは、自分達の主張を市民にアピールする方法として、手間、費用及び効果を勘案し、JR鎌倉駅西口、江ノ電鎌倉駅前広場の一角を占めるビルに垂れ幕を掲示することが最善であると判断した。 (2) 緑全面保全問題について @ 原告は、平成5年市長選挙において、緑地保全に関し、当時のN市長の、3大緑地のうち、「常盤山は保全、広町と台峯は緑保全を基調としつつ都市的整備を図る(即ち開発を容認する)」との方針を改め、全面的に保全することを公約に掲げて当選した。共産党及び同党系の市民団体(Eの会、被告Cの会、Fの会、Gの会、Fの会等)は、原告と緑地保全を柱とする政策協定を結び、原告を支持した。 広町と台峯は、都市計画法上、市街化区域に指定されており、法令上は開発行為が容認されている。 原告は、当選後開会された市議会において、従来の基本方針及び広町の素案公開手続の凍結を表明し、3大緑地の事業者に対し、保全要請を行った。 A 原告は、平成8年4月には、「緑の基本計画」を策定し、3大緑地については、その全域を保全する地域として定め、保全の方策についても、例えば、都市公園法、都市緑地保全法、条例、緑地保全基金による買取等の制度を駆使するほか、事業者との協議その他あらゆる手法を用いて保全することを明示した。 原告は、平成8年8月1日、広町緑地についての都市計画法29条の規定に基づく開発行為許可申請を、同年10月23日、台峯緑地についての区画整理事業の土地立入認可申請をいずれも不許可とした。 B 原告は、平成9年6月24日、鎌倉市緑の保全及び創造に関する条例(いわゆる緑の条例)を制定し、前記「緑の基本計画」に基づく保全策の1つを具体化した。 緑の条例の制定を巡って、原告と共産党及び同党系市民団体との意見の相違が表面化し、共産党及び同党系市民団体は、平成9年市長選挙においては、原告の対立候補を応援した。 神奈川県開発審査会は、平成9年8月19日、前項の広町緑地についての開発不許可処分を、神奈川県知事は、同月28日、前項の台峯緑地についての区画整理土地立入不許可処分をいずれも取り消す裁決をした。原告は、前者について取消訴訟を提起した。 神奈川県開発審査会は、要旨、原告が都市計画法32条固有の目的以外の行政目的(緑の全面保全)を達成するために同条の手続を留保することは、法の目的に反していることが明らかであり、無効であるとした(乙7の2)。 C 原告は、平成9年10月19日に実施された平成9年市長選挙において、緑地保全に関し、3大緑地は全面保全することを公約して再選を果たした。 原告は、平成9年11月19日、台峯緑地について、区画整理事業の土地立入を許可した。 原告は、平成10年1月、広町緑地の事業者から、都市計画法32条の同意協議を進めない場合には損失補償を請求する旨の通告を受け、同年2月23日、開発手続を再開する旨決定した。 D 平成9年12月から開会された定例市議会において、原告がこれまでの議会答弁において、「できるだけ保全」という言葉を使用したことから、原告は、「全面保全」を公約しながら、「できるだけ保全」に後退ないし変節したのではないかとの質疑がなされたが、原告は、「全面保全」は基本方針、「できるだけ保全」は現実的な対応方針であり、両者間に食い違いはなく、緑地保全に関しては基本方針としての「全面保全」を貫くことを明瞭にした。 E 原告の開発手続再開決定に対し、市民団体「Eの会」は、平成10年2月25日、「開発容認への政策転換であり、公約破棄は市民に対する背信行為である」と抗議声明を出した(乙3)。 原告は、市議会において、都市計画法32条の事務手続再開の理由を「事務手続を進めることで事業者と保全に向けた協議ができる。」と説明したが、同市議会は、平成10年3月27日、「原告に対し、広町の緑地を保全する具体的な施策の早期策定を求めることに関する決議」をした(乙4)。 F 原告は、その後も事業者、神奈川県、国等と緑地保全施策について協議を重ねたが、平成12年1月6日、広町緑地については都市林公園として保存する方針を表明した。 原告は、上記方針に基づき、事業者、神奈川県等との協議を継続し、平成12年8月、鎌倉市緑政審議会の答申を受けて、3大緑地の保全について、広町は都市公園(都市林)、台峯は都市公園(中央公園の拡大区域)、常盤山は都市緑地保全法に基づく緑地保全地区とする新たな基本方針を政策決定し、現在に至っている。 (3) U事件について @ 平成5年市長選挙において、原告の中学校時代の同級生であるUが、同市長選の当日である平成5年10月24日、原告の対立候補であった当時のN市長に関し、「鎌倉日日新聞号外 N市長逮捕?」との見出しをつけた、同市長を中傷する虚偽のビラ(乙9の2)を配布したとして、公職選挙法違反(虚偽事項の公表)容疑で逮捕された。Uが原告派の運動員であるとの新聞報道もなされた(乙10、11)。 Uは、「“21世紀へ・鎌倉はつらつ”Aを鎌倉市長に!」と題するビラ(乙8)の発起人及び“21世紀へ・鎌倉はつらつ”Aを鎌倉市長に推す湘南学園同窓会有志名義の同窓生へカンパを求めるビラ(乙9の1)の発起人に名を連ねている。 A 原告は、平成5年12月に開会された市議会において、Uについて、「Uは中学校の同級生である。」「事件後において私が調べたところ、事件は私の確認団体、後援会とはなんら関係ないことを確認している。」「後援会の責任者に調べさせたところ、Uの名前が発起人の中にあることは事実であるが、後援会会員にはなっていないことを確認した。」と答弁した。 Uが選挙事務所に出入りしていたか、妹同士が友人であるかという質問に対しては、「知らない」旨答弁した。 B 原告の上記答弁が虚偽であると認める客観的証拠はなく、被告らは、原告とUとが中学校の同級生であること、Uが“21世紀へ・鎌倉はつらつ”という団体の発起人の1人として名を連ねていたこと及び原告とUの妹同士が友人であるとの噂を基に、原告がUの前記公職選挙法違反(虚偽事項の公表)事件に関与していたと推測しているにすぎない。 (4) K事件について @ Kは、平成9年市長選挙において、原告を当選させる目的で、選挙人1人に対し現金10万円の供与の申し込みを、選挙人1人に対し現金10万円を供与したとして逮捕され、平成10年1月26日、横浜地方裁判所で公職選挙法違反により懲役1年、執行猶予4年の有罪判決を受け、確定した。Kが原告派運動員であり、平成5年市長選挙時から、原告の「裏選対の取りまとめ役」としての役割を果たしていた旨の新聞報道もなされたが、上記判決文には、原告派の運動員である旨はもとより、総括主宰者又は出納責任者である旨の記載もなく、原告は、上記事件に関し、いわゆる連座制の適用を受けず、警察、検察の捜査対象にもならなかった。 A 原告は、平成9年12月に開会された市議会において、Kとの関係について問われ、Kは(原告を)応援してくれた市民の1人であり(「単なる」という修飾語は使用していない)、上記事件とは全く関係がない旨の答弁をした。 B Kは、平成5年市長選挙の際、原告と共産党及び鎌倉市職員労働組合との提携を仲介した。 鎌倉市職員労働組合は、平成9年10月24日、原告に対し、Kとの関係について真実を語るよう、公開質問状を出した(乙13)。 C 鎌倉市議会は、原告に対し、平成10年1月22日、上記事件について率直な答弁を求める決議を行い、同年2月17日には、Kに関する事実を明らかにしないなど無責任な行動を取ったとして、辞職勧告決議をした(乙14、15)。 (5) 市民農園問題について @ 市民農園問題とは、鎌倉市(ただし、契約書上は鎌倉市土地開発公社)が、市民農園に供する目的で地権者から土地を買収するに当たり、地権者に対し、上記用途で税金の控除が受けられると説明したが、実際には市民農園の目的では税金の控除が受けられないため、市の担当者が、買収目的を県道整備の代替地と変更してしまった、というもので、虚偽公文書作成の罪に当たるか、市長に責任があるかが問題となった。 原告は、鎌倉市職員考査委員会に諮った上、その調査結果(担当職員2名が上司の決裁を得ず、独断で買収目的を改変した。)に基づき、担当職員2名に対し、不適切な事務処理があったとして懲戒処分に付したが、刑事告訴は行わなかった。 A 被告らは、売買契約書に原告の公印が押捺されていたことから原告の責任は免れないと帰結するが、当初の売買契約書には、買収目的として「市民農園」と記載されていたのであるから、これに原告が公印を押捺することは当然であり、問題はその後の買収目的の改変に原告が関与していたか否かであり、考査委員会の調査結果によれば、原告が関与した形跡はなかったのであるから、原告が部下に責任を押し付けたことにはならない。 2 争点(1)について (1) 垂れ幕は、いずれも原告の市長辞任を求めるものであり、被告らの政治活動の一環としての表現行為である。 被告らは、垂れ幕掲示の目的として、原告の反省を促すとともに、市民に真実を知らせることを挙げている。 (2) 垂れ幕は、新聞、雑誌、ビラ等の媒体と比較して、媒体スペースが限られている点に特徴があり、後者のように読者が記事の内容(本文)を読むことを期待していない。すなわち、訴えたい事柄をスローガン的に記載して、通行人等に見てもらうことに主眼が置かれた媒体と言える(垂れ幕一が典型的)。 そうだとすると、垂れ幕による名誉侵害の有無を判断するに当たっては、たとえ新聞等の本文に相当する記事の記載があったとしても、その見出しに相当する部分に重点を置くことが媒体の特質に適合することになる。以下、この観点から個別に検討する。 (3)@ 垂れ幕一は全文見出しと言えるが、この中で、「市民を騙している」「ウソツキ」という表現は、悪意に満ち、かつ、個人攻撃的、揶揄的なそれと評価される。 A 垂れ幕二の見出しは、「ウソを重ねるA市長は直ちに辞めろ!」であるが、この中で、「ウソを重ねる」という表現は、見方によっては「ウソツキ」よりも強い言い回しであり、同様、個人攻撃的、揶揄的な表現と評価される。 B 垂れ幕三の見出しは、「市民農園問題でも トカゲのしっぽ切り 自らの責任を認めて A市長は直ちに辞めろ!」であるが、この中で、「トカゲのしっぽ切り」という表現は、自らの責任を回避して部下に責任を押し付ける無責任でずるい人物であるとの印象を与えるものであり、同様、個人攻撃的、揶揄的な表現と言うほかない。 (4) 以上のとおりであり、垂れ幕一ないし三は、いずれも原告の名誉を侵害するものである。 垂れ幕による名誉侵害の有無については、見出し部分に重点が置かれるべきこと前述のとおりであるが、垂れ幕二及び三については、小見出し及び本文に相当する記述があり、垂れ幕一についても前段部分の記述の真実性等が問題となりうるので、この点について検討を進める。 3 争点(2)について (1) 事実の公共性について 垂れ幕は、原告に対し、公職である鎌倉市長の辞任を求めるものであり、記事の内容も、市長選における公約違反があったか否か、市長選における公職選挙法違反事件と原告との関わりを問題とするものであるから、公共の利害に関する事実と言える。 (2) 記載内容の真実性又は相当性について @ 垂れ幕一について ア 「買収事件」とは、K事件のことを指しているが、前記認定事実によれば、Kの公職選挙法違反(買収罪)事件に原告が関与していた事実はもとより、原告のKとの関係についての答弁(「応援してくれた市民の1人」)に虚偽があるとは認められない。 イ 確かに、原告とKとの関係については、前記認定のとおり、平成5年市長選挙において、Kが原告と共産党及び鎌倉市職員労働組合との提携を仲介した事実が認められ、鎌倉市議会も、原告に対し、平成10年1月22日、率直な答弁を求める決議を、同年2月17日には、辞職勧告決議をしたことが認められるが、Kが、いわゆる連座制の適用の対象となる、選挙運動の総括主宰者又は出納責任者の地位に就いていたことを認めるに足りる証拠はなく、Kの公職選挙法違反事件について連座制の適用が問題となった形跡がまったくない以上、原告とKとの関係は、原告が答弁した「応援してくれた市民の1人」であることに間違いなく、「連座制逃れの嘘の答弁」は事実無根である。 ウ 被告らは、Kは、原告の裏選対の取りまとめ役又は政策ブレーンであったとして、原告の答弁は真実を語っていないと主張するが、裏選対の取りまとめ役又は政策ブレーンの意味があいまいである上、Kがそのような役割を果たしていたことを裏付ける客観的証拠はなく、噂又は風評の類にすぎない上、仮にそうであったとしても、要は、原告がKの公職選挙法違反事件に関与していたか否かであり、この点に関する証拠がない以上、原告の答弁に誤りがあるとは言えず、まして「騙した」とまでは言えない。 エ 緑の全面保全の公約違反についても、前記認定事実によれば、原告が公約に違反したとか、市民を騙したとは到底認められない。 被告らは、原告が、平成10年2月23日、広町緑地についての事業者の都市計画法29条の規定に基づく開発行為許可申請につき、同法32条の同意協議の手続を進める旨決定したことをとらえて、開発容認への政策転換であるとか、あるいは、原告が、市議会の答弁において、「できるだけ保全」という言葉を使用したことをとらえて、変節ないし後退であると非難するが、緑全面保全問題についてのこれまでの経過は、前記1(2)記載のとおりであり、原告は、神奈川県開発審査会が裁決書(乙7の2)の中で指摘するとおり、公約である緑の全面保全の目的を達成するために、都市計画法32条の趣旨についてかなり無理な解釈をしてまで事業者の開発行為許可申請を却下している。原告の緑地保全に関する2期8年間の政策は、虚心坦懐にこれを見れば、緑の全面保全の基本方針の下に終始一貫しており、被告らの批判は、党利党略的なそれであって的を射ていない。 オ 結局、垂れ幕一の「市民を騙している」「ウソツキ」の部分は真実性も相当性も認められない。 A 垂れ幕二について ア 小見出しに当たる「緑の全面保全を公約しながら開発手続の再開を認め」の部分及び本文の記事に当たる下段部分の@のうち、「『できるだけ保全』と変節 公約は嘘であったと判明」の部分が真実でないことは、上記@で述べたとおりである。 確かに、「全面保全」と「できるだけ保全」とは、言葉だけを見れば、後者が後退している観のあることは否めないが、対象土地はそもそも市街化区域に指定されており、法令上は開発行為が容認されているのであるから、現行法体系を前提とする限り、現実的な対応方針としては、「できるだけ保全」するとしか言いようがない。 両者間に食い違いはないとの原告の答弁に偽りはなく、「できるだけ保全」という言葉尻をとらえて変節ないし後退と評することは、党利党略的なためにする議論というほかない。 イ 本文の記事に当たる下段部分のAは、U事件のことを指しているが、このうち、「後援会の発起人」「嘘の答弁」の部分は、真実とは言えない。U事件に関する事実関係は、前記1(3)記載のとおりであり、被告らの立論は推測にすぎない上、具体的かつ確実な根拠に基づくものとは言えないから、相当性も認められない。 ウ 小見出しに当たる「買収事件と無関係との言い逃れで」の部分及び本文の記事に当たる下段部分のBは、K事件のことを指しているが、このうち、「言い逃れ」「連座制逃れの嘘の答弁」の部分が真実とは言えず、かつ、相当性も認められないことは、上記@で述べたとおりである。 エ したがって、「ウソを重ねる」との記述には、真実性も相当性も認められない。 B 垂れ幕三について 見出しに当たる「市民農園問題でも トカゲのしっぽ切り 自らの責任を認めて」の部分は、市民農園問題を指しているが、同問題に関する事実関係は、前記1(5)記載のとおりであり、これによれば、「トカゲのしっぽ切り」との記述には、真実性も相当性も認められない。 (3) 目的の公益性について 垂れ幕一には、「市民を騙している」「ウソツキ」との、垂れ幕二には、「ウソを重ねる」との、垂れ幕三には、「トカゲのしっぽ切り」との、いずれも個人攻撃的、揶揄的な表現が使われていること、見出し、小見出し及び本文を通じて主要な部分について真実とは認められないのみならず、相当性も認め難いこと及び被告らは、原告とはいわば政敵の関係にあることを総合すれば、被告らが垂れ幕を掲示した目的が市民に真実を知らせることにあったとしても、専ら公益を図る目的に出たとは認められない。 (4) 以上によれば、垂れ幕の掲示は、原告の名誉を侵害していることが明らかである。 4 争点(3)について (1) 垂れ幕二及び三の撤去請求について 垂れ幕二及び三が原告の名誉を侵害することは、前述のとおりであるから、垂れ幕三が撤去されない限り、原告の名誉は日々侵害されることになり、これにより被る原告の損害は、重大かつ深刻であると容易に推測することができる。ことに、垂れ幕が掲示されているビルは、年間約1700万人もの観光客が訪れる観光都市鎌倉の玄関口としての地位を占めているJR鎌倉駅西口及び江ノ電鎌倉駅の駅前広場の一角を占める場所に立地しているから、原告の被害は相当広範囲に及ぶ可能性があり、その撤去を認めることが名誉の侵害行為を避止するために必要不可欠と認められる。 垂れ幕二については、既に垂れ幕三に改変されているが、本件訴訟は前記仮処分申立事件の本案に当たること、垂れ幕二と三とは実質的に同一と認められることから、垂れ幕二についても撤去請求を認める。 (2) 慰謝料請求について 垂れ幕の文言、体裁、掲示場所、掲示期間、原告の地位、名誉侵害が日本全国に及んでいる可能性があることから、後記のとおり、名誉回復措置として謝罪広告を命じることが相当と認められることにかんがみ、慰謝料の額は、垂れ幕一について500万円、垂れ幕二と三は、これを一体的に評価して500万円と認めるのが相当である。 (3) 謝罪広告請求について 垂れ幕は、新聞、雑誌、ビラ等の媒体手段と異なり、スローガン的な見出し部分(垂れ幕一では「ウソツキA市長」、垂れ幕二では「ウソを重ねるA市長」)が見る者に強く印象されやすく、それが虚偽の場合には、被害の回復は金銭賠償のみでは足りないこと及び本件では名誉侵害が日本全国に及んでいる可能性があることにかんがみ、別紙謝罪広告目録記載のとおり、謝罪広告を命じる。 (4) 弁護士費用 被告B及び被告Cの会については、慰謝料額の1割相当額である100万円、被告Dについては、同様に50万円が相当である。 第4 結論 以上のとおり、原告の請求は、主文第1項ないし3項並びに被告B及び被告Cの会に対する1100万円の支払及び被告Dに対する550万円の支払及び垂れ幕一については、不法行為の後である平成12年7月23日から、垂れ幕二及び三については、掲示の日から口頭弁論終結時まで掲示されていることにより不法行為が継続していると言うべきであるから、遅延損害金の起算日は、口頭弁論終結日の翌日である平成13年9月7日となり、同日から各支払済みまで、民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないからいずれも棄却する。 よって、主文のとおり判決する。 横浜地方裁判所第4民事部 裁判長裁判官 柳輝雄 裁判官 平賀俊明 裁判官 白石篤史 |
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