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【事件名】偽「ファービー」人形販売事件(刑)
【年月日】平成13年9月26日
 山形地裁 平成11年(わ)第184号 各著作権法違反被告事件


主文
 被告人両名はいずれも無罪。

理由
第一 本件公訴事実及び争点の概要
一 本件公訴事実は、「被告人株式会社甲野は、大阪市平野区〈番地略〉に本店を置き、玩具の販売等を営むもの、被告人Bは、被告人会社の常務取締役として、商品の販売等の業務全般を統括するものであるが、被告人Bは、被告人会社の業務に関し、商品名『ポーピィ』と称する玩具が、タイガー・エレクトロニクス・リミテッド社が著作権を有する『ファービー』の容貌姿態等を模したもので、同社が有する著作権を侵害して製造されたものであることの情を知りながら、平成一一年七月二三日ころ、東京都台東区〈番地略〉所在の玩具等の販売等を業とする有限会社乙山に対し、上記玩具二四〇〇個を代金合計三六〇万円で販売して頒布し、もって上記タイガー・エレクトロニクス・リミテッド社の著作権を侵害したものである。」というのである。
二 本件の争点は、本件「ファービー」のデザイン形態に著作物性が認められるか否かである。すなわち、検察官は、「ファービー」は使用者がこれを鑑賞することによりペットを飼っているかのような楽しみを感じさせることを意図して制作された玩具であるところ、その容貌姿態は使用者の感情に訴えかけるという制作者の思想を具体的に表現したものであるなどとして、「ファービー」のデザイン形態に著作物性が認められると主張し、これに対し、各被告人の各弁護人は、いずれも、「ファービー」のデザインは電子玩具としての産業上の利用を目的に制作されたものであり、玩具としての機能を離れて美的鑑賞の対象となし得るものではない上、顔部に玩具としての仕掛けがあり、技術的要請に基づく制約があるから、専ら美の表現を追求したものであるということはできず、美術性が認められないし、「ファービー」の容貌姿態は、映画「グレムリン」に登場するキャラクターである「ギズモ」に酷似するなど独創性においても問題があるなどとして、「ファービー」のデザイン形態に著作物性は認められないと主張する。
 なお、「ファービー」は、後述するように、内臓のロムチップに記憶されたプログラムに基づき、光や音などの刺激に応じて音声を発するなどし、その音声も使用を継続するにつれて幼児語を想定した擬似言語から英語等の単語や熟語に変化するといった機能を有しているところ、被告人Bが販売した「ポーピィ」も同様の機能を有していることから、上記プログラムの著作権侵害の有無が問題となり得るが、これについては本件における訴因となっていないから、以下、専ら「ファービー」のデザイン形態の著作物性についてのみ検討する。
第二 当裁判所の判断
一 関係証拠によれば、本件「ファービー」の性状、機能、権利関係等について、以下の事実が認められる。
(1) 「ファービー」の外観は別添写真のとおりであり、電子回路やモーター等を内蔵したプラスチック製の本体を、毛の縫いぐるみで覆った動物型の玩具である。なお、「ファービー」の顔部は、本体と一体となっているプラスチック製の目や嘴が縫いぐるみから露出しているほか、底部も縫いぐるみで覆われていない。
(2) 「ファービー」は、体内に合計七個の各種センサーを内蔵し、これらが光、音、圧力、傾斜等外部からの刺激を感得すると、刺激の種類に応じて、耳、瞼、嘴及び足が動き、内蔵のロムチップに記憶された音声を発する。
(3) 「ファービー」は、使用当初は「ファービー語」と称する言語に擬した音声を発するが、使用を継続して上記刺激が繰り返されるにつれて、単語(我が国で販売されたものについては日本語ないし英語)を発するようになり、最終的には上記単語を組み合わせた熟語を発するようになる。
(4) 「ファービー」は、上記のような外観、機能により、使用者にあたかも成長するペットを飼っているかのような感情を抱かせる育成型の電子ペットというべき玩具である。
(5) 「ファービー」は、一九九八(平成一〇)年一〇月二六日、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)イリノイ州に所在するタイガー・エレクトロニクス・リミテッド社が、そのデザイン形態について米国の連邦政府機関であるコピーライト・オフィスに著作権の登録をして同国における著作権を取得し、我が国においては、株式会社トミーが上記タイガー・エレクトロニクス・リミテッド社から「ファービー」の独占的販売権を取得してこれを販売している。
二 上記のとおり、タイガー・エレクトロニクス・リミテッド社は、本件「ファービー」のデザイン形態について米国法上の著作権を取得していることから、これが日本国内において保護されるための要件を検討すると、我が国の著作権法六条三号は、同法により保護される著作物として「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」を挙げるところ、我が国及び米国はいずれも文化的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)に加盟していることから、上記著作権法六条三号にいう「条約」はベルヌ条約を指すこととなるが、同条約五条(1)項、(2)項、二条(7)項によれば、結局、「ファービー」のデザイン形態が日本国内において著作物として保護されるか否かは我が国著作権法の解釈によることとなる。
三 そこで、本件「ファービー」のデザイン形態が我が国の著作権法上の著作物に該当するか否かを検討する。
 著作権法二条一項一号は、保護の対象たる著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とし、同条二項は、「この法律にいう美術の著作物には、美術工芸品を含む」と規定している。
 ところで、一般に、美術は、個々に製作された絵画など、専らそれ自体の鑑賞を目的とし、実用性を有しない純粋美術と、実用品に美術の感覚技法を応用した応用美術に分けられる。そして、純粋美術が思想、感情の創作的表現として美術の著作物に該当すること、また、応用美術のうち、美術工芸品、すなわち美術の感覚や技法を手工的な一品製作に応用したものが美術の著作物に該当することは明らかであるが、応用美術のうち、本件「ファービー」のような工業的に大量生産された実用品に美術の感覚や技法を応用したものが美術の著作物に該当するかどうかは条文上必ずしも明らかでない。
 しかしながら、@本件「ファービー」のように、工業的に大量生産された実用品のデザイン形態は、本来意匠法による保護の対象となるべきものであること、A現行著作権法の制定過程において、意匠法との交錯範囲について検討されたが、その際、同法により保護される応用美術について、広く美術の著作物として著作権法上も保護するという見解は採用されなかったこと、B応用美術全般について著作権法による保護が及ぶとすると、両者の保護の程度の差異(意匠法による保護は、著作権法の場合と異なり設定登録を要する上、保護される期間も一五年間であり、著作権法の五○年間と比較して短い。)からして、意匠制度の存在意義を著しく減殺することになりかねないことなどを考慮すると、工業的に大量生産された実用品のデザイン形態については原則として著作権法の保護な及ばないと解するのが相当である。もっとも、このような実用品のデザイン形態であっても、客観的に見て、実用面及び機能面を離れ独立して美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているものについては、純粋美術としての性質を併有しているといえるから、美術の著作物として著作権法の保護が及ぶと解される。
 これを本件「ファービー」についてみると、「ファービー」は、上記のとおり、内蔵されたセンサーにより外部からの刺激を感得し、これに対して耳や瞼等を動かしたり音声を発したりする上、その音声も使用を継続するとともに「ファービー語」と称する幼児語を想定した擬似言語から次第に日本語ないし英語の熟語に変化するという機能により、使用者にあたかも成長するペットを飼っているかのような感情を抱かせることに本質を有する玩具であって、その容貌姿態が愛玩性を高める一要素となっていることは否定できないが、全身を覆う毛の縫いぐるみから動物とは明らかに質感の異なるプラスチック製の目や嘴等が露出しているなど、これが玩具としての実用性及び機能性を離れ独立して美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているとは認め難いのであって、本件「ファービー」のデザイン形態が我が国著作権法の保護の対象たる美術の著作物ということはできない。
四 検察官は、本件のような事案において、広く著作権の成立を認め、これを保護するのが社会的要請であり、また国際的要請でもあると主張し、証人Cの公判供述中には、これに副う部分もある。
 なるほど、検察官の主張するように、他人の創造的所産である商品を模倣することにより利益を横取りしようとする行為が社会的に不相当であることは論を待たない。しかし、模倣商品の譲渡行為自体は、別途平成五年に改正された不正競争防止法によって規制されている上(同法二条一項三号)、同改正時において、模倣商品の譲渡行為に対する罰則規定の制定が見送られていることに照らせば、本件のような場合において、直ちに著作物の範囲を広く捉えて刑罰を科すことが社会的要請であるとは必ずしもいい得ない。また、ベルヌ条約上、応用美術の保護範囲や意匠法との関係等については条約締結国の法制に委ねられている上(同条約二条(7)項)、上記証人Cの供述によっても、本判決と同様の立場をとる従来の裁判例が同条約の趣旨に反するとして国際的な批判を受けているといった事情は認められないことからすると、本件のような事案において、広く著作権の成立を認めてこれを保護するのが国際的要請であると断じることもできない。
(五) したがって、我が国の著作権法上、本件「ファービー」のデザイン形態については著作権が成立せず、本件公訴事実については罪とならないものというべきであるから、刑事訴訟法三三六条により、被告人両名に対し無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 木下徹信
裁判官 金澤秀樹
裁判官 布施雄士

別添 写真 略
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