判例全文 | ||
【事件名】公金支出疑惑訴訟のマスコミ公表事件 【年月日】平成13年9月25日 高松地裁 平成12年(ワ)第536号 損害賠償請求事件 判決 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は原告に対し、金201万2000円及び内金100万4000円に対する平成12年10月20日から支払済み まで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の概要 本件は、香川県内のa町が原告(a町内の病院の病院長)に支給する特殊勤務手当等の給与が、不当に高額であって違法な公金支出であるとして、前に町長及び原告に対して住民訴訟を提起し、請求棄却の確定判決を受けたことのある被告が、再び町長及び原告に対して別の年度の原告に対する給与に関して住民訴訟を提起したこと、及び、上記訴訟を提起した事実等を報道機関にファックスで文書送付したことが不法行為に当たるとして、原告が被告に対し、当該不法行為によって生じた慰謝料及び弁護士費用相当額の損害賠償を請求した事案である。 2 前提となる事実(争いのない事実及び後記掲示の証拠により容易に認められる事実) (1) 当事者 原告はb病院の院長である。また、被告はa町の住民であり、同町議会議員である。 (2) 被告の原告に対する訴訟行為 ア 1度目の訴訟提起 (ア)被告は、訴外Aが町長として支出した、平成8年8月分から平成9年7月分までの間(以下「本件前訴期間」という。)の原告に対する給与(以下「本件前訴給与」という。)が、当時の町長の給与の約3倍に及ぶ高額なものであり、給与条例主義に反した違法な公金の支出であるとして、A町長及び原告に対し、a町から支出された公金の返還を請求する住民訴訟を提起した(高松地方裁判所平成9年(行ウ)第11号)。 (イ)上記請求については、b病院がc地域における中核的な総合病院であり、同病院院長の業務が、地理的に離島に位置する悪条件下で医療水準の維持向上を図らなければならない困難な業務であること等からすれば、a町がした本件給与の支給は、職員の手当に関する各種条例で許された裁量の範囲内であること等を理由として、平成11年12月21日、高松地方裁判所において、請求棄却の判決が言い渡された(甲1)。 (ウ)これに対して、被告は高松高等裁判所に控訴を提起した(平成11年(行コ)第1号事件。以下、平成9年(行ウ)第11号と併せて「本件前訴」という。)が、同様の理由により、平成12年4月28日に控訴棄却の判決が言い渡され、平成12年5月15日の経過により同判決は確定した(甲2、3)。 イ 2度目の訴訟提起 被告は、平成12年6月7日、A町長が町長として支出した、平成11年3月分から平成12年2月分までの間(以下「本件別訴期間」という。)の原告に対する1740万円の給与(以下「本件別訴給与」という。)について、(2)ア(ア) と同様の理由に基づき、違法な公金の支出であるとして、A町長及び原告に対し、公金支出金の返還を請求する住民訴訟を提起した(高松地方裁判所平成12年(行ウ)第6号事件。以下「本件別訴」という。)。 (3) 本件別訴の新聞各紙への公表 被告は本件別訴を提起する数日前に、香川県庁内県政記者クラブに宛てて、本件別訴を提起したこと及び本件別訴給与の支出が違法な公金の支出であることを記載した書面と、別訴訴状の写しをファックスで送信した(甲4、被告本人、弁論の全趣旨)。このため、同年6月8日付の四国新聞、読売新聞(香川版)及び毎日新聞(香川版)の各紙に、本件別訴が提起された旨の記事が掲載された(甲5の1ないし3、弁論の全趣旨)。 (4) 条例等の関係規定 a町職員の給与については、a町職員の給与に関する条例により、「著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他著しく特殊な勤務で給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められる場合」に特殊勤務手当の支給が認められている。そして、原告に支給された本件前訴給与と本件別訴給与に適用される職員の特殊勤務手当に関する条例5条2項は、本件前訴期間と本件別訴期間とで実質的な変更はなされていない(甲6ないし10)。 (5) 本件別訴の判決 本件別訴は平成12年11月28日に高松地方裁判所で請求棄却の判決が言い渡され、平成12年12月14日の経過により、同判決は確定した(甲11、12)。 3 争点 (1) 被告がa町及び原告に対してした本件別訴の提起が、原告に対する不法行為を構成するか。 (原告の主張) 本件前訴期間及び本件別訴期間を通じて、a町のb病院の院長に対する特殊勤務手当に関する条例等の関係規定は、何ら改正等されていない。そして、以前に同様の状況で違法公金支出の主張が認められず、請求棄却の確定判決を得ている以上、同内容である本件別訴の主張はそもそも認容される余地がなく、単なる本件前訴の蒸し返しに過ぎない。そして、本件別訴が理由のないものであることを被告は当然認識していたはずであるし、少なくとも容易に知り得た。それにもかかわらず提起された本件別訴は、原告に対して不法行為を構成する。 (被告の主張) 違法な公金の支出を住民が争うには、地方自治法242条によれば、公金支出等の財務会計行為のあった日又は終わった日から1年を経過すると、当該公金支出等の行為についての住民監査請求はできないから、住民監査請求が可能な1年間の公金支出に限定して住民監査請求を行い、監査請求をふまえて当該1年間の公金支出について住民訴訟を提起するしかない。 そして、本件前訴に前置してなされた監査請求と、本件別訴に前置してなされた監査請求とでは、問題としている公金支出の期間が異なるのであるから、別個の監査請求であっていずれも適法であり、適法な監査請求を前提としてなされた本件別訴も適法な訴訟提起である。また、憲法32条は裁判を受ける権利を保障しており、訴訟を提起することが違法とされると当該権利が侵害され、不当である。 したがって、本件別訴は不法行為を構成しない。 (2) 被告が本件別訴に伴い、別訴を提起した事実等を報道機関にファックスで文書送付したことが、原告に対する不法行為を構成するか。 (原告の主張) 被告は、本件別訴が本件前訴の蒸し返しに過ぎないことを知りながら、ことさらに、訴訟提起した事実等を報道機関にファックスで送付したものであり、本件別訴を提起したのと同様の理由により、原告に対する不法行為を構成する。 (被告の主張) a町議会議員である被告にとって、本件別訴は行政監視活動の一環であり、関連する事項を報道関係者に情報提供することは、表現の自由が個人に認められていることからしても当然であり、正当な行為である。したがって、被告が本件別訴を提起した事実等を報道機関にファックスで流したことは、原告に対して何ら不法行為を構成しない。 (3) 原告に発生した損害 (原告の主張) 原告は、被告が本件別訴を提起したことにより、弁護士を訴訟代理人として依頼することを余儀なくされた。そして、本件別訴に係る弁護士報酬として、原告は代理人に対し、着手金50万4000円を支払い、また、報酬として100万8000円を支払う旨を約束しているから、弁護士報酬金相当額の損害として、151万2000円の損害を受けた。 加えて、原告は本件別訴の提起及び、本件別訴が新聞各紙によって公表されたことによって、社会一般に、実際に違法な支出金を受領したかのような印象を抱かれ、多大の精神的苦痛を受けた。これによって生じた精神的損害は、金額にして50万円に相当する。 (被告の主張) 一般に、民事訴訟において訴訟代理人を依頼するか否かは当事者の自由であり、訴訟代理人の依頼の有無及び当該代理人に幾らの報酬額を支払ったかについて、反対当事者は何ら無関係であるから、本件別訴に伴う原告の弁護士報酬は、何ら損害には当たらない。 また、原告は地方自治体の一組織の長たる管理職の地位にあり、住民によって監視されるのは当然であるから、その地位に鑑み、被告の正当な行政監視活動の一環として、本件別訴の住民訴訟が提起されたことが報道されたとしても、それによって精神的な苦痛を受けるとはいえないし、高度の公益性からすれば受忍すべきである。したがって、何ら原告には本件別訴によって精神的損害は発生しない。 第3 争点に対する判断 1 被告がa町及び原告に対して提起した本件別訴の提起が、不法行為を構成するか(争点(1)について)。 (1) この点原告は、本件別訴は本件前訴の蒸し返しに過ぎず、被告は本件別訴が理由のないものであることを容易に知り得たのに本件別訴を提起したとして、被告の本件別訴の提起が不法行為を構成すると主張する。 確かに、本件前訴は平成8年8月分から平成9年7月分までの間の原告に対する給与の支払いに関する訴訟であり、平成11年12月21日に高松地方裁判所において請求棄却の判決がなされ、平成12年4月28日に高松高等裁判所で控訴棄却の判決がなされたこと、本件別訴は平成12年6月7日に提起されたもので、平成11年3月分から平成12年2月分までの間の原告に対する給与の支払いに関する訴訟であり、平成12年11月28日に高松地方裁判所において請求棄却の判決がなされ、同年12月14日の経過により、同判決は確定している。 しかし、法治国家においては、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは原則として正当な行為であり、訴えを提起された者の経済的、精神的負担を考慮しても、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、上記訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利または法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそのことを知りながら、または通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのに敢えて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると解するのが相当である(最高裁判所昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁)。 (2) そして、本件前訴と本件別訴は対象とする支出期間が異なるものであることからすると、たとえ原告に対する特殊勤務手当の支払いに関する条例の定めに変更がなかったとしても、被告において、本件前訴の結論と異なる結論が出ることを期待して本件別訴を提起したと考えられることから、本件別訴の提起が事実的、法律的な根拠を欠いているとまでは認められない。 もっとも、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告の特殊勤務手当の減額是正に政治生命をかけていることが認められるところ、もし、その手段として、毎年度の原告に対する公金支出について執拗に蒸し返し的な訴訟提起をするときは(被告は、本件前訴判決に対して上告手続を採っていないが、これは最高裁判所において本件前訴判決の結論が維持され、訴訟の場で争う余地がなくなることを恐れているとも考えられる。)、裁判制度の濫用に至るものと判断され、損害賠償を命じられることがあることは勿論である。 したがって、現時点において、被告による本件別訴の提起が不法行為を構成するとまでは認められない。 2 被告が本件別訴に伴い、訴訟を提起した事実等を報道機関にファックスで文書送付したことが、原告に対する不法行為を構成するか(争点(2)について)。 被告は、本件別訴を提起する数日前に、香川県庁内県政記者クラブに宛てて、本件別訴を提起したこと及び本件別訴給与の支出が違法な公金の支出であることを記載した書面と、別訴訴状の写しをファックスで送信している(以下「本件ファックス送付」という。)が、この点、同ファックスの内容は本件別訴の訴状の内容を簡単に記載したメモと、訴状の写しだけであって、事実関係を大仰に記載しているわけではなく、また、被告が同内容を報道するようにことさらに働きかけている訳ではないこと(甲4、被告本人、弁論の全趣旨)、原告がb病院の病院長という公的な立場にあり、その職務遂行について、ある程度a町民の批判を受忍せざるを得ない立場にあることに加えて、前記1で検討したように、被告の本件別訴の提起が法律的には適法な訴訟の提起であることを総合的に鑑みれば、報道関係者に対してした被告の本件ファックス送付が不法行為を構成するとは認められない。よって、この点の原告の請求も理由がない。 第4 結論 以上によれば、原告の被告に対する請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 高松地方裁判所民事部 裁判長裁判官 溝淵勝 裁判官 真鍋美穂子 裁判官 空閑直樹 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |