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【事件名】建築エスキースの著作者人格権侵害事件(2)
【年月日】平成13年9月18日
 東京高裁 平成12年(ネ)第4816号 各著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成11年(ワ)第29127号、平成12年(ワ)第5331号)
 (平成13年5月31日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 株式会社新建築社
訴訟代理人弁護士 森本紘章
被控訴人 A
同 B
同 C
3名訴訟代理人弁護士 内藤頼博
同 古沢博
同 西内聖


主文
 本件控訴をいずれも棄却する。
 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。
 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
 主文と同旨
第2 当事者の主張
1 本件は、著名な建築家であった亡Dの著作した別紙著作物目録記載のエスキース5点(以下「本件エスキース」と総称し、個々のものを「本件エスキース1」、「本件エスキース2」などという。)について、Dの子である被控訴人らが、上記エスキースを掲載した別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)及び別紙雑誌目録記載の各雑誌(以下、まとめて「本件雑誌」といい、個々のものを「本件雑誌1(1)」、「本件雑誌2(1)」などという。)を発行した控訴人に対し、被控訴人らがDの相続人として有する複製権、及び、Dの有していた著作者人格権に関し、同人の遺族として有する権利(以下、便宜、「Dの著作者人格権」と呼ぶことがある。)が侵害されたとして、上記書籍、雑誌の発行の中止、廃棄、損害賠償金の支払等を求めた事件の控訴審である。
 当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。
2 当審における控訴人の主張の要点
(1) 法人著作の成否について
 本件エスキースは、いわゆる法人著作に当たるものであり、これについての著作権も著作者人格権も、当初から、早稲田大学に帰属しており、Dには帰属していなかった。
 早稲田大学は、Dに、日本二六聖人殉教記念館(以下「本件記念館」という。)の設計に当らせるため、国内留学制度を発足させ、聖堂設計をDの国内留学のテーマに認定し、給与を保障し、作品制作の資金の一部を負担し、研究室という施設を使用させ(以下、Dの研究室を「D研究室」という。)、同研究室に関係する教員・学生・院生をスタッフとして無償提供し、一年間講義その他の業務を免除し、その設計業務に当らせたのである。そして、その制作過程では、本件記念館の建築に関する思想が表現されている最初のモチーフを提供したのは、Dであったとはいうものの、Eをチーフアシスタントアーキテクトとした研究室のスタッフ全員が、Dの指揮・指導の下に、それぞれ担当する分野の制作を行い、その結果、本件記念館の設計が完成した。早稲田大学は、このようにして完成した本件記念館の設計図書を「早稲田大学D研究室D」の名で公表した。本件エスキースは、本件記念館の設計図書というこの巨大な作品の形成途上で生れたものにすぎないのである。
 上記の状況の下では、本件エスキースは、いわゆる法人著作に当たるものというべきであるから、その著作権も著作者人格権も、当初から、早稲田大学に帰属する。
 以上のことは、桃華楽堂の設計についても、同様にいえることである。
(2) 本件エスキースの著作権の譲渡取得について
 Dは、昭和42年4月ころ、早稲田大学の使者というべきEに対して、本件エスキースを含む資料(以下「本件資料」という。)を引き渡し、これをもって、本件エスキースの著作権を、同大学に贈与するか、負担付きで贈与するかした。
 本件エスキースは、早稲田大学から資金と施設と人材の援助を得た結果であり、もともと、早稲田大学を離れてDの下には存在し得ないものである。このこともあり、Dは、D研究室を閉鎖するに当って、Eに対し、これらは早稲田大学の研究室の研究成果であるから、早稲田大学が所蔵し一般公開して広く研究資料として役立てるようにするように、と言って、本件エスキースを含む本件資料をEに引き渡した。Dは、本件エスキースをEに引き渡し、複製・展示のみならず研究のためには自分の考えを否定するものの出現までをも許容して広く役立てることを明示し、その後は、一度として、自ら著作権を行使することをしようとはしなかった。Dは、被控訴人らに、本件エスキースの著作権の存在について何も言い残さなかった。学者であるとともに優れた指導者でもあったDは、自己の学問研究の成果が先人の研究成果の吸収発展と制作にかかわる多くの者たちの知的刺激の上になし得たものであることをよく知っており、この研究成果が散逸することなく研究資料として建築を志す者や後進の研究者の学問研究に広く役立つようにするために、これらを早稲田大学に寄贈することを終生望んでいた。学問の研究の資料として役立たせるための寄贈は、単に物としての資産を早稲田大学に寄贈しただけではなし得ないことが明白である。所有権を与えても、著作権がなければ、早稲田大学は、Dの死後50年間、展示複製をするには被控訴人らの個別の許可を得なければならなくなり、これでは学問の発展に寄与できる範囲は極めて限られたものとならざるを得ない。これらDの行動等を総合的に判断すれば、同人は、昭和42年4月ころの時点で、著作権を早稲田大学に譲渡したというべきである。
 本件エスキースは、本件記念館等の建築の過程で作成されたものである。このように、制作途中で作成されたエスキースは、通常であれば、消えていく運命のものであり、このような作品の複製物が出版されることは希有である。このような作品を早稲田大学に寄贈し後進の研究の役に立つようにするということの意味は、寄贈を受けた側で、役立てるに必要な行為をすべて行うことができるようにするということであるから、上記のようにいって寄贈したDは、そのために必要な権利すなわち著作権をも早稲田大学に贈与しその目的の範囲での行使の自由を与えたと推認するのが常識に適うものである。
 また、DとEとの間には、建築に関して、同じ建築家である実の息子であるAを含めた余人の介入を許さないほどに強い信頼関係が形成されていたものである。しかも、当時のDの立場に立った場合、Eは、早稲田大学に残り専任講師となり、いずれ助教授、教授となるであろうから、早稲田大学の事情に疎くなるDとは逆に詳しくなるはずである、と考えさせる状況があったのである。Dが、自分の年来の夢である資料の公開利用の実現のために資料を委ねる相手としては、早稲田大学に在籍しない息子である被控訴人AよりEの方が好ましい、と考えたのは当然である。
(3) 本件エスキース使用についての事前の包括的同意について
 仮に、上記(2)の著作権寄贈の主張が認められないとしても、早稲田大学は、雇用関係にあるEを介し、昭和42年4月ころ、Dから本件エスキースの原画の引渡しを受けるとともに、教育研究の資料として使用するに必要な範囲で複製・展示その他著作権の行使につき著作権消滅時までの包括的同意を得た。したがって、控訴人は、複製権を侵害していない。
(4) 本件エスキースの著作権の時効取得について
 早稲田大学は、早稲田大学と雇用関係にあるEを介し、昭和42年4月ころ、Dから本件エスキースを受け取り、それ以来、早稲田大学のために平穏かつ公然に本件エスキースの所有権・著作権を含む一切の権利を表象する本件エスキースの原画を継続して占有し、他の者の権利行使を排除しつつ使用保管し、10年を経過した昭和52年4月の時点でも、あるいは、占有の始めに善意・無過失が認められないとしても、20年を経過した昭和62年4月の時点でも、上記のとおりの占有を継続していた。
 早稲田大学は、上記占有により、本件エスキースの著作権を自己のためにする意思をもって上記の期間平穏かつ公然に行使した、というべきであるから、上記期間の経過により、本件エスキースの著作権につき、早稲田大学のために取得時効が完成した。控訴人は、平成12年12月12日の口頭弁論期日に、控訴理由書によって上記時効を援用するとの意思表示をし、その結果、早稲田大学は、本件エスキースの著作権を時効取得した。
 仮に早稲田大学が時効取得していないとしても、Eが上記と同様にして本件エスキースの著作権を時効取得した。早稲田大学は、平成7年10月、Eから、本件エスキースの贈与を受けた。
 被控訴人らは、本件エスキースに関して、早稲田大学その他の者が、著作権の行使とみられるべき行為を平穏公然かつ継続的にした事実が全く存在しない旨主張するが、失当である。
 権利の源泉であり、権利を表象する唯一の外形である本件エスキースの原画を占有し、他の者がこれを利用できないようにした状態以上に権利を独占的かつ排他的に行使している状態はない。登記、登録などの制度的に権利を表象する確立した制度がない以上、これをもって要件を充足すること、時効制度が外形的事象に基礎をおく制度であることからして当然というべきである。
 そして、Eは、その研究室において本件エスキースの原画を占有し、随時、必要に応じて、学生や研究者に本件エスキースを閲覧、複製等の利用をさせていたのであるから、著作権者として振る舞っていたということができるのである。
(5) 本件エスキースの著作権の時効消滅について
 Dは、昭和42年4月ころ、著作権を外形的に表象する本件エスキースの原画の占有をEに移転させて以来、一度としてその著作権について権利行使することなく、20年を経過した昭和62年5月に死亡した。その後、相続人である被控訴人らも、権利行使をしていない。控訴人は、平成12年12月12日の口頭弁論期日に陳述された控訴理由書によって、消滅時効を援用するとの意思表示をした。したがって、被控訴人らは、本件エスキースの著作権を控訴人に対し主張し得ない。
(6) 正当な範囲内の引用について
 本件書籍は、早稲田大学の理工学部建築学科2、3年生の教科書として、研究・教育目的を主として企画・編集・著作されたものであり、控訴人は、稲門建築会からの特別の依頼で、教科書として用いられることに対する社会的使命感から、採算を度外視して発行したものである。そして、本件書籍の具体的な目的は、建築家のエスキースから造形を空間に生み出す過程における建築家の模索する姿を読者に感得させ、先人たちの構想・着想方法を学ばせることに置かれているのであるから、エスキースも、上記の目的を達成するに足りる程度に掲載されている必要がある。本件書籍は、上記目的のため著された著作物であって、控訴人は、上記目的に照らし、必要最小限という正当な範囲内で、公正な慣行に従って、本件エスキースを引用したものである。
 したがって、控訴人は、本件エスキースの複製権を侵害していない。
(7) 本件エスキースの改変について
(ア) 原判決は、本件雑誌の広告が本件エスキース1に重ねて印刷されていることをもって改変であると認定した。しかし、本件エスキース1は、広告を通してすべてそのままの状態で見ることができるのである。控訴人は、本件エスキース自体に何らの変更も加えていない。
(イ) 仮に改変に当たると認定されたとしても、控訴人の行為は、著作権法60条但書にいう「当該著作者の意を害しないと認められる場合」に該当する。
 人格権は属人的権利であり、財産権のように相続人が自由に行使できるものではないのであるから、死亡した著作者の著作者人格権に由来する権利の侵害(以下、便宜、単に「人格権侵害」ということがある。)が認められるのは、誰もが一般的に人格を毀損すると感ずるような使用であるか、故人が生前に同様な使用を拒否した事例があるか、本人の意思が文書等により明示されているかの場合に限られるべきである。単に、遺族が、気に入らない、蹂躙されているような感じがするというだけで、遺族に人格権侵害による権利行使を認めるべきではない。
(8) 控訴人の故意・過失について
 本件書籍は、D、A、Eもすべてその会員である稲門建築会(早稲田大学理工学部建築科の卒業生が中心となって設立された法人格のない社団である。)が企画した、生れ出づる空間への模索という、早稲田大学理工学部建築科の関係者の建築エスキースの展示会に出品された作品を収録した書籍である。展示作品の選別、その作品の出展承諾、書籍への掲載承諾はすべて稲門建築会が行っている。
 本件書籍及び本件雑誌の発行時、本件エスキースについて、@それまで原画がEの下で許諾を得て利用されてきた、ADは、建築は衆人の作物であり、一個人の功名ではないという哲学の持主であり、広く研究資料として利用することを望む人柄であった、B原画が早稲田大学にある、C原画の使用についての許可手続がとられたうえ展示会への出展がなされた、D被控訴人らが本件エスキースの著作権者であると疑わせる外形的事実が全くない、などの事情であったのであり、これらの事情からすると、控訴人が本件エスキースの著作権が早稲田大学にあると判断したことには、何らの過失もないというべきである。
(9) 権利の濫用について
 被控訴人らの本訴による権利行使は、著作者の意に反し社会的相当性を逸脱したものであり、権利の濫用に当たるから、許されない。
 Dは、生前、一度として本件エスキースの利用を拒否したことがないのであるから、その死後に、後進の建築家や後輩の学生の研究と勉学のため教科書に準ずる書籍を出版するに当たって、相続人が個別具体的に複製・展示の許可を求めることを、容認するはずがない。
 また、本件エスキースは、本件書籍147頁のうちのわずか3ぺージ半を占めるだけである。仮に何らかの損害を被るとしても、金銭的な補填による回復で足りる性質のものである。一方、本件書籍が販売禁止となると、今後この種の書籍が刊行される見込みは極めて薄く、そのことによる後進の建築家の受ける損害には、計り知れないものがある。
 被相続人である著作者の後進の学問研究の役に立てようという生前の意思を無視した被控訴人らの著作権並びに著作人格権の行使は、権利の濫用に当たること、明らかなものというべきである。
3 当審における被控訴人の主張の要点
(1) 法人著作の成否について
 控訴人は、原審において、本件エスキースがDの著作したものであることを認めていたのである。本件エスキースの著作者を早稲田大学とする控訴審における控訴人の主張は、原審において自白した上記事実と矛盾する。このような主張をすることは許されないというべきである。
 本件記念館及び桃華楽堂の各設計は、いずれも、各施工主とDとの間の個人的信頼関係に基づき、Dが個人として依頼されたものであり、その設計報酬も、Dが直接に各施工主から受領し、また、自ら、手伝ってくれた卒業生、学生等に対するアルバイト料などを支払っていたのである。これらは、早稲田大学の著作名義で公表されることも、あるいはその著作名義で公表されることが予定されることもなく、いずれもDの著作に係るものとして公表され、また、そのようなものとして広く知られていたものである。いわんや、その建築のための著作物である具体的な設計図面にとりかかる以前の段階において建築家がその心象中に形成された構想をフリーハンドで(自らの手により)形象として外部に表現したものである本件エスキースが、早稲田大学の法人著作に係る著作物であるなどということは、およそあり得ることではない。
 また、本件記念館の建築に関する著作物につき著作者となるべき行為を行った者は、Dのみであり、手伝ってくれた卒業生・学生等はもとより、Eも、著作者とは区別されるべき補助者的立場にあって協力したにすぎないものである。これらの者の行為を制作行為とか著作行為とかいうことはできない。
(2) 本件エスキースの著作権の譲渡取得について
 Dが、本件エスキースの著作権を早稲田大学その他の者に譲渡した、という事実はない。
 昭和42年4月ころ、Dと早稲田大学との間で、本件エスキースに関し意思表示や合意がなされたことは、一切ない。当時、EとDとの間に何らかのやりとりがあったとしても、当時、Eは、早稲田大学を代理する立場にはなく、また、その意思も有していなかった。このことは、Eが、その後、早稲田大学に対し、真に、Dから早稲田大学に対し本件エスキースを含むDの著作物その他の物の著作権ないし所有権の贈与があったならば、なされたはずの報告や手続を何らしていないことからも裏付けられる。のみならず、Eは、同人の陳述書(乙第1号証)によれば、早稲田大学退職(平成7年)の6年以上前から、本件エスキース等を学外にある自己の設計事務所等において保管するという、不可解な行動をとっているというのである。
 また、控訴人がより所とする乙第1号証には、Dの言葉として、「大切に預かって欲しい。」との言葉の記載はあるものの、譲渡、寄贈ないし贈与などの言葉は一切ない。
 さらに、昭和42年当時、Dは健在であり、その後20年間も生存したのであるから、早稲田大学へ寄贈するのであれば、Dが自らその手続をすれば足りることであって、Eを介して行う必要は全くないのである。
 Eが保管し、平成7年に早稲田大学図書館に移管されたものの中には、Dがスウェーデンの建築家Gから個人的に贈られて大切にしていたストックホルム市庁舎高塔(第3次案)石膏模型やDが入会していたシュタイナー協会の会員証(これは、会員の死後には返還しなければならないことになっている。)その他Dが個人的に大切にしていた物が含まれている。Dが、このような物まで、自ら1点1点に目を通して確認しつつ早稲田大学へ寄贈する分に分けたとは、到底考えられない。
(3) 本件エスキース使用についての事前の包括的同意について
 Dは、その生前、早稲田大学に対して、本件エスキースの複製の包括的同意を与えたことはない。早稲田大学以外の者に対しても同様である。
(4) 本件エスキースの著作権の時効取得について
 著作権の時効取得の要件としての継続的な権利行使があるというためには、当然のこととして、外形的に、当該著作物の著作権者と同様に著作権(又はその支分権)を独占的排他的に行使する状態が継続されていることを要するものである。しかし、本件については、本件エスキースに関して、早稲田大学その他の者が、上記の意味において、著作権の行使とみられるべき行為を平穏公然かつ継続的にした事実は全く存在しない。
 控訴人は、Eは、本件エスキースの原画を、その研究室において、他の者がこれを利用できない態様において保管し、著作権の行使とみられるべき行為を平穏公然かつ継続的にしていたと主張するが、失当である。たといEが本件エスキースの原画を、他の者がこれを利用できない態様において使用保管していたとしても、これを、外形的に著作権者と同様に著作権を独占的、排他的に行使する状態であるいうことはできない。また、Eが、随時、必要に応じて、学生や研究者に本件エスキースを閲覧、複製等の利用をさせていたという事実はない。
(5) 本件エスキースの著作権の時効消滅について
 著作権の保護期間は法定されており、その性質上、著作権は、その保護期間中は消滅時効により消滅することはないと解すべきである。
(6) 正当な範囲内の引用について
 著作権法32条1項の引用といい得るためには、明瞭区別性(引用する著作物と引用される著作物とが明瞭に区別できること)及び主従関係(引用する著作物が主、引用される著作物が従の関係にあること)の両者が必要である。
 本件においては、引用する側に立つ著作物があるとすれば、F「D先生のエスキースから」と題する文章(以下「F著作」という。)である。そして、これと本件エスキースとの間に明瞭区別性は認められる。しかし、F著作は、本件エスキースの解題的事項のみを内容とするものであり、本件エスキースに対し付従的性質を持つものというべきものである。
 もともと、本件書籍は、稲門建築会が主催した同名の建築エスキース・スケッチ展に出品された作品を収録したものである。この展覧会は、稲門建築会が広く社会にアピールを試みようとの趣旨から催されたものであり、本件書籍の出版は、これに付随してなされたものである。本件書籍が早稲田大学理工学部建築学科2、3年生の教科書として企画・編集・著作されたという控訴人の主張は、事実に反する。ただ出版のコスト及びリスクを軽減するために、稲門建築会において、購買見込者のリストアップをすること及び学生が使う教科書に準ずる扱いを早稲田大学に検討してもらうことを通じて、控訴人に協力したにすぎない。
 本件書籍は、このように、多くの著作物を素材として編集されて作られた編集著作物であり、そこには固有の著作物は存在せず、その構成部分である素材の選択又は配列に創作性が認められる点において著作物性が認められるにすぎないものである。このような編集著作物自体とその構成部分とされた他の著作物との間に、前者が後者を適法に引用して利用するなどという関係が、およそ、あり得ないことは、明らかというべきである。
(7) 本件エスキースの改変について
 控訴人は、本件エスキース1を広告に使用するに際し本件エスキース1を大幅に改変しており、しかも、その改変は、悪性の高い改変である。
 控訴人が本件雑誌に掲載した広告は、本件エスキース1が、その色調の濃度を大幅に薄くしたうえで、A4判の頁の全通にわたって下絵(バック絵)として使用され、その上に、本件書籍に関する広告(書籍の題号、紹介文、構成、内容の要約、企画者、監修者、発行者の表示、作品が掲載されている建築家の氏名、定価、注文方法等)が頁の全面にわたって重ねて印刷されているのである。まさに、本件エスキース1は、色調を大幅に薄く改変されたうえ、その全面にわたり本件書籍の広告文により蹂躙されているような感を見る者に与える極めて悪性の高い改変である。これをもって著作者の意を害しない改変であるというのは、全く理解できないところである。殊に、本件エスキースの著作者Dは、学者として、また建築家として、学問、建築その他芸術に関して生一本の厳しい考えの人物であったことを考えると、上記のことはより強くいい得るところである。
(8) 控訴人の故意・過失について
 控訴人は、建築関係の書籍及び雑誌の出版を多く手がけている出版社である。このような出版社としては、書籍や雑誌の発行に当たり、掲載しようとする著作物の複製等の利用につき著作権者の許諾ないし著作者(又は遺族)の了解の有無についてあらかじめ十分な調査をすべき調査義務と、権利侵害を回避すべき高度の注意義務を負うものというべきである。
 控訴人が、本件書籍及び本件雑誌の発行当時、本件エスキースの著作者がDであることを認識していたことは、本件書籍に本件エスキースの著作者名としてDの氏名が表示されていることからも明らかである。そして、Aは、本件書籍を企画した稲門建築会の要請に対し、出版前の平成10年11月25日に、本件エスキースやスケッチの出品・展示・掲載を断る、断り状を送っており、控訴人は、平成11年1月29日に、稲門建築会から上記断り状を示されている。にもかわらず、控訴人は、本件エスキースの複製・発行につき権利者の許諾の有無についてそれ以上に調査をすることもせずに、本件書籍及び本件雑誌の発行を行うに至った。
 そうである以上、控訴人に、本件エスキースの無許諾複製・発行につき、故意又は少なくとも重大な過失があったことは、明らかというべきである。
(9) 権利の濫用について
 被控訴人らの権利行使は、著作者の意に合致するものであり、かつ、優に社会的相当性の範囲内にあるものである。
 著作権法の仕組みの下においては、著作権者の許諾もなく、著作権制限規定の範囲をも逸脱して著作物の複製等をして著作権を侵害することは、許されない。この理は、文化的価値の高い著作物にあっても異ならない。しかも、上述したとおり、本件雑誌において悪性の程度の高い著作者人格権の侵害行為を行っているのである。このような侵害行為に対してなす被控訴人らの本訴による権利行使が権利濫用に当たるものでないことは明らかである。なお、権利の濫用の観点からは、本件書籍に関する控訴人の行為と本件雑誌に関する控訴人の行為とは、一体として評価されるべきである。
第3 当裁判所の判断
1 はじめに
 当裁判所も、控訴人に対する被控訴人らの本訴請求は、原判決の認容した限度で理由があるものと判断する。その理由は、当審における控訴人の主張に対する判断を2ないし10に付加するほか、原判決の「第三 争点に対する判断」のとおりであるから、これを引用する。
2 法人著作の成否について
(1) Dが、早稲田大学理工学部建築学科に教授として在職している間に、本件記念館及び桃華楽堂の各建築設計を行ったこと、本件エスキースが、上記各設計における具体的な設計図面作成に着手する前に、出来上がる予定の建築物の構想を表現したもの(エスキース)の一部であることは、当事者間に争いがない。
(2) 控訴人は、本件エスキースについての著作権も著作者人格権も、いわゆる法人著作として当初から早稲田大学に帰属するものであり、Dには帰属していなかったと主張するが、採用できない。
(ア) まず、ある著作物につきいわゆる法人著作が成立するためには、当該著作物が法人等の「発意に基づき」作成されたものでなければならないのに(著作権法15条1項)、本件エスキース自体についてはおろか、本件記念館や桃華楽堂の設計図書についても、早稲田大学の「発意に基づき」作成されたものであることに該当する事実は、控訴人自身主張しておらず、また、本件全証拠によっても認めることができない。なお、仮に、早稲田大学が、Dがこれらを作成することにつき、種々の形で協力したり援助を与えたりしたことがあったとしても、これらが同大学の発意に基づき作成されたことになるわけでないことは、いうまでもないところである。
 控訴人主張の法人著作の主張が採用できないことは、この点からだけでも、明らかというべきである。
(イ) 次に、いわゆる法人著作が成立するためには、当該著作物が「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」でなければならないのに(著作権法15条1項)、本件エスキースが、早稲田大学の著作の名義の下に公表するものであったことに該当する事実は、控訴人自身主張しておらず、また、本件全証拠によっても認めることができない。
 この点について、控訴人は、早稲田大学は、本件記念館及び桃華楽堂の設計図書を「早稲田大学D研究室D」の名で公表した旨主張する。
 しかし、仮にこれが事実であるとしても、社会通念に従えば、「早稲田大学D研究室」の部分は、これに続く「D」の肩書きにすぎないものであり、この記載をもって早稲田大学の著作の名義の下の公表であるということは、到底できない。しかも、本件エスキースは、具体的な設計図面を作成する前の段階で描かれたものの一部であったのであり、設計図書とは別の作品であるのに、なにゆえに、設計図書を「早稲田大学D研究室D」の名で公表したことで、本件エスキースまでその名で公表したことになるのか明らかでない。
 控訴人は、本件エスキースが、本件記念館及び桃華楽堂の設計図書という巨大な作品の形成途上で生れたものであるとして、あたかも、本件エスキースが設計図書に付随するものとして存在し、独立の著作物としての存在が認められないものであるかのように主張しているが、本件エスキースは、上記のとおり、設計図面作成に着手する前に、出来上がる予定の建築物の構想を表現したものの一部であって、設計図面でないことは明らかであり、設計図書とは別の独立した著作物としての存在が否定されなければならない理由はない。
 法人著作についての控訴人の主張が採用できないことは、この点からも明らかというべきである。
3 本件エスキースの著作権の譲渡取得について
 控訴人は、Dは、昭和42年4月ころ、早稲田大学に対し、同大学の使者というべきEに対して、本件エスキースを含む本件資料を引き渡し、これをもって、本件エスキースの著作権を、同大学に贈与した、あるいは、負担付きで贈与したと主張し、これを裏付けるべき証拠として、Dから直接本件資料の引渡しを受け、同資料の処置について指示を受けたEの陳述書(乙第1号証、第33号証)を提出している。
 乙第1号証によれば、平成12年4月7日付けのEの陳述書には、上記引渡しの際のDの言葉として、「これらは早稲田大学理工学部建築学科D研究室の研究活動の成果である資料だから、君にすべて任せる。大切に預かって欲しい。いずれは建築学科教室に資料館でもできたら、そこに収めて一般公開するように。」との記載があることが認められる。また、乙第33号証によれば、平成13年5月29日付けのEの陳述書には、「昭和42年、先生の研究室を閉じられる当時、研究室は歩くことができないと表現したい様に物でつまっていました。先生と私、2人では整理作業は無理でしたので、私の個人助手となる予定のH君と院生のI君らを呼び出し手伝いを頼みました。前にも申した通り、先生はそれらを、ご自宅に待ち帰られるものと私の研究室に運ぶものとを分けることをされました。そして私の研究室に運んだものを大切に保管、管理するよう申されたのです。先生はいつも、大学の建築学科には建築博物館のような資料館を持たなければいけないと言われ続けていました。将来、早稲田の建築学科にもそのような資料館ができる時が来るよう願っておられました。それが実現した時には、D先生の努力で手に入ったJ先生の貴重図書も、そして建築学科の先生方の業績の成果もそこに収められ、多くの研究者、学生に公開されることが重要であるといわれ続けていました。私が先生からお預かりしたものもそこに収められる時まで大切にするようにとの願いを語られたのです。」、「先生から資料をお預かりした当時は、漠然と建築学科の資料室がそのうちにできるようになるだろうと思っていましたが、年月が過ぎ、そのことの可能性を見ずに私も大学の定年退職を迎えてしまいました。先生に言われた建築学科資料室という言葉にとらわれ、建築学科以外にという考えが及びませんでした。Aさんからの手紙の、大学の図書館に移管せよとの命令に一瞬戸惑いましたが、そういう選択肢もあると気づいたのが本当のところです。それは先生が最もよろこばれることだと思い、直ちに先生のご意向を伝え早稲田大学図書館に移管手続きを取ったことは既に述べたとおりです。」との記載があることが認められる。
 Eの陳述書の上記各記載によれば、Dから本件エスキースを含む資料を受け取ったEは、将来、Dの夢であった早稲田大学建築学科の資料館が建設されるときまで、上記資料を預かって欲しいと依頼され、この依頼に応じて、Dから、上記資料を受け取り、自己の研究室に保管していたものの、資料館が建設されないまま、Dは死亡し、Eも定年退職するに至ったものであることが認められる。
 上記認定の事実の下では、反対の結論に導く特別の事情が認められない限り、Dは、本件資料を、所有権にせよ著作権にせよ、その贈与の意思をもってEに対し引き渡したのでなく、単に、Eに寄託したにすぎないものであると認めるのが相当である。そして、本件全証拠によっても、上記特別の事情に該当すべき事実を認めることはできない。
 控訴人は、学問の研究の資料として役立たせるための寄贈は、単に物としての資産を早稲田大学に寄贈しただけではなし得ないことが明白である、所有権を与えても、著作権がなければ、早稲田大学は、Dの死後50年間、展示複製をするには被控訴人らの個別の許可を得なければならなくなり、これでは学問の発展に寄与できる範囲は極めて限られたものとならざるを得ない、これらDの行動等を総合的に判断すれば、同人は、昭和42年4月ころの時点で、著作権を早稲田大学に譲渡したというべきであると主張する。
 しかしながら、たとい、Dが、自己の研究成果が散逸することなく研究資料として建築を志す者や後進の研究者の学問研究に広く役立つようにするために、これらを早稲田大学の資料館に収めて公開することを終生強く望んでいたとしても、また、学問の発展のためには、本件エスキースの利用につき制約のできるだけ少ないことが望ましいという面があるとしても、それらの前提の下で、最終的にどのような法的形態が好ましいかについては、なお種々の考えと選択の余地があり得るのであり、この点につき、Dがどのような考えを有していたのかは、結局、本件全証拠によっても明らかでないのである。そうである以上、上記のことから、単純に、本件エスキースの著作権の譲渡という結論を導き出すことはできないというべきである。
 著作権の譲渡取得についての控訴人の主張は、採用できない。
4 本件エスキースの使用についての事前の包括的同意について
 控訴人は、早稲田大学は、雇用関係にあるEを介し、昭和42年4月ころ、Dから本件エスキースの原画の引渡しを受けるとともに、教育研究の資料として使用するに必要な範囲で複製・展示その他著作権の行使につき著作権消滅時までの包括的同意を得た旨主張する。しかし、上記のとおり、Dが、早稲田大学の資料館に収めて公開することを終生強く望んでいたからといって、当然に、本件で問題とされている形で利用することまで認めたことになるわけのものではないというべきであり、その他、3で認定した事実の下で、上記包括的同意があったと認めさせる資料は、本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
5 本件エスキースの著作権の時効取得について
 控訴人は、早稲田大学は、早稲田大学と雇用関係にあるEを介し、昭和42年4月ころ、Dから本件エスキースを受け取り、それ以来、早稲田大学のために平穏かつ公然に本件エスキースの所有権・著作権を含む一切の権利を表象する本件エスキースの原画を継続して占有し、他の者の権利行使を排除しつつ使用保管し、10年を経過した昭和52年4月の時点でも、あるいは、占有の始めに善意・無過失が認められないとしても、20年を経過した昭和62年4月の時点でも、上記のとおりの占有を継続していたとし、早稲田大学が本件エスキースの著作権を時効取得したと主張する。
  所有権以外の財産権について取得時効が成立するためには、「自己のためにする意思をもって」、その権利の行使をしていたことが必要である(民法163条)。
 しかしながら、Eが、自己のためにする意思あるいは早稲田大学のためにする意思をもって本件エスキースについての権利行使をしていたことは、本件全証拠によっても認めることができない。むしろ、前記認定のとおり、Eは、Dから、本件エスキースを含む資料の寄託を受けていたものであるから、自己のためにする意思をもっていなかったことは、明らかというべきである。
 したがって、控訴人の上記主張は、その余の点について検討するまでもなく、失当なことが明らかである。
6 本件エスキースの著作権の時効消滅について
 控訴人は、Dは、昭和42年4月、著作権を外形的に表象する本件エスキースの原画の占有をEに移転させて以来、一度として著作権について権利行使することなく20年を経過した昭和62年5月に死亡し、その後、相続人である被控訴人らも、権利行使をしていないとし、時効消滅の主張をする。
 著作権法17条は、財産権である著作権として21条ないし28条に規定する権利を享有すると定め、同法21条ないし28条において、著作者がその著作物を複製する権利を専有すること(複製権)、著作者がその著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有すること(翻案権)などを定めている。そして、同法51条2項は、著作権は、原則として、著作者の死後50年を経過するまでの間存続すると定めている。そして、ここに「専有」とは、物権的な排他的支配権を意味するものと解することができ、その内容としては、自らこれを利用し他人には利用させないことも、自ら利用しつつ他人にも利用させることも、自らはこれを利用しないで、他人に利用させることも、自らもこれを利用せず他人にも利用させないことも、すべて当然に含んでいるものというべきである。
 そうすると、著作権は、その性質上、当該著作物を利用することもせず、他人に対して権利行使をしていないとしても、それによって消滅時効が進行するというものではなく、かつ、消滅時効とは関係なく、法定の保護期間の満了をもって権利が消滅することになると解するのが相当である。
 控訴人の上記主張も、失当である。
7 正当な範囲内の引用について
 控訴人は、本件書籍の具体的な目的は、建築家のエスキースから造形を空間に生み出す過程における建築家の模索する姿を読者に感得させ、先人たちの構想・着想方法を学ばせることに置かれているのであるから、エスキースも、上記の目的を達成するに足りる程度に掲載されている必要があるなどとし、本件書籍は、上記目的のため著された著作物であって、控訴人は、上記目的に照らし、必要最小限という正当な範囲内で、公正な慣行に従って、本件エスキースを引用したものであると主張する。
 甲第3号証の1ないし7によれば、本件書籍は、「生まれ出づる空間への模索」との表題の書籍であり、控訴人も認めるとおり、著名な建築家のエスキースを通じて、造形を空間に生み出す過程における建築家の模索する樣子を表現しようとしているものであること、本件エスキースを掲載しているのは26頁ないし29頁であり、そのうちの26頁、28頁、29頁の各全面、27頁の上半分に、本件エスキースを掲載し、27頁の下半分に、Fの「D先生のエスキースから」と題するF著作を掲載していること、F著作は、Dの経歴を紹介した後、本件エスキースの作成の由来、内容等を解説しているものであることが認められる。
 上記認定の事実によれば、本件書籍の上記各頁においては、本件エスキースこそが表現の中心なのであり、F著作は、本件エスキースを説明するものであって、本件エスキースが主、F著作が従たるものであるから、F著作との関係において、本件エスキースの掲載が引用に当たらないことは、明らかというべきである。
 また、控訴人主張のとおり、本件書籍全体の具体的な目的が、建築家のエスキースから造形を空間に生み出す過程における建築家の模索する姿を読者に感得させ、先人たちの構想・着想方法を学ばせることに置かれているものであったとしても、その目的に照らして必要最小限の範囲のものの利用なら当然に著作権法32条にいう引用に当たる、ということになるわけではない。本件書籍の具体的目的が控訴人主張のようなものであるならば、そこでの主体は、むしろ、掲載されているエスキースそのものというべきであり、これについて引用を論ずるなど不可能なことというべきである。
8 本件エスキースの改変について
(1) 控訴人は、本件雑誌において、本件エスキースは、広告を通してすべてそのままの状態で見ることができるから、エスキース自体に何らの変更をも加えていない旨主張する。
 甲第10号証の5、第11号証ないし第14号証の各3、第15号証の2、第16号証ないし第19号証の各3によれば、控訴人が作成した本件雑誌の広告は、本件エスキース1を下絵として使用し、その上に、本件書籍に関する広告(書籍の題号、紹介文、構成、内容の要約、企画者、監修者、発行者の表示、作品が掲載されている建築家の氏名、定価、注文方法等)を下絵の全面にわたって重ねて印刷していることが認められる。そして、これが改変に当たることは、いうまでもないところである。
 控訴人の主張は、重ねて印刷した広告を度外視すれば、本件エスキースに何の変更も加えていないというものであって、前提において既に失当であるというほかはない。
(2) 控訴人は、人格権は属人的権利であり財産権のように相続人が自由に行使できるものではないのであるから、死亡した著作者の人格権に由来する権利の侵害を主張するのであれば、誰もが一般的に人格を毀損すると感ずるような使用であるか、故人が生前に同様な使用を拒否した事例があるか、本人の意思が文書等により明示されているかの場合に限られるべきであるとし、控訴人の行為は、著作権法60条ただし書にいう「当該著作者の意を害しないと認められる場合」に該当すると主張する。
 しかしながら、上記認定のとおりの、本件エスキース1の全面に広告を重ねて印刷して公表する行為は、これが著作者の承諾なくなされた場合、著作者にとって、いわば自己の作品の全面に無断で落書きされたに等しいものであるから、著作者に著しい不快感を与えることは明白であり、著作権法60条ただし書にいう「当該著作者の意を害しないと認められる場合」に該当しないことが明らかである。
9 控訴人の故意・過失について
 控訴人は、本件書籍及び本件雑誌の発行時、本件エスキースについては、@それまで、原画がEの下で許諾を得て利用されてきた、ADは、建築は衆人の作物であり、一個人の功名ではないという哲学の持主であり、広く研究資料として利用することを望む人柄であった、B原画が早稲田大学にある、C原画の使用についての許可手続がとられ展示会への出展がなされた、D被控訴人らが本件エスキースの著作権者であると疑わせる外形的事実が全くない、などの事情があったのであり、これらの事情からすると、控訴人が本件エスキースの著作権が早稲田大学にあると判断したことには、何らの過失もないというべきである、と主張する。
 甲第5号証、乙第4号証によれば、早稲田大学理工学部建築科の卒業生が中心となって設立された稲門建築会では、平成10年、「生まれ出づる空間への模索」とのテーマで展覧会を催すことにし、その資金調達の一環として、控訴人に依頼して、本件書籍を出版することにしたこと、稲門建築会は、本件書籍に、Dの作品も掲載しようと、Aに打診したものの、同人は、平成10年11月25日ころに、Dの作成したエスキースやスケッチを出品・展示・掲載することを断る旨の書簡を送ったこと、稲門建築会は、Eが預かっていた本件エスキースを含むD関係の資料が、早稲田大学図書館に存在することを知り、その中から本件エスキースを借用することにし、所定の手続を経て、早稲田大学から、資料特別使用許可書を得て、本件エスキースを借り受け、平成11年1月29日、控訴人に対し、稲門建築会に集められた作品とともに、上記書簡を含む関係書類を示し、著作権に係る手続が完了している旨説明したことが認められる。
 出版を業とする控訴人は、本件書籍にエスキースやスケッチを掲載することによって著作権侵害、著作者人格権侵害が発生しないように細心の注意を払うべき義務があったものというべきであり、上記認定の事実によれば、Aの書簡から、Dの相続人の一人が、Dのエスキースの使用を拒否していることが明らかであったのであるから、被控訴人らが本件エスキースの著作権者であると疑わせる外形的事実があったのであり、それにもかかわらず、控訴人は、それ以上に何らの調査もせずに、本件エスキースを掲載した本件書籍を発行したのであるから、控訴人の同行為が上記義務に違反することは明らかというべきである。
 したがって、控訴人には、本件エスキースの無許諾複製・発行につき少なくとも過失があった、ということができる。
 控訴人の上記無過失の主張は、採用できない。
10 権利の濫用について
 控訴人は、Dは、生前、一度として本件エスキースの利用を拒否したことがないのであるから、その死後に、後進の建築家や後輩の学生の研究と勉学のため教科書に準ずる書籍を出版するに当たって、相続人が個別具体的に複製・展示の許可を求めることを容認するはずがない、本件エスキースは、本件書籍147頁のうちのわずか3ぺージ半を占めるだけである、仮に何らかの損害を被るとしても、金銭的な補填による回復で足りる性質のものであるのに対し、本件書籍が販売禁止となると、今後この種の書籍は刊行される見込みは極めて薄く、そのことによる後進の建築家の受ける損害には計り知れないものがある、とし、被控訴人の本訴による権利行使は、著作者の意に反し社会的相当性を逸脱したものであり、権利の濫用に当たるから、権利行使は許されないと主張する。
 しかしながら、Dが生存していたとして、本件エスキースについての本件で問題とされている利用について、果たしてどのような態度をとったかは、簡単にはいえないことである。また、著作権を相続により取得した相続人が、被相続人と異なる見解を有することは、当然に、予想されることであり、これが非難される筋合いのものでないことは明らかである。本件についても、仮に、本件エスキースの著作権の処分について被控訴人らの見解が、Dの見解と異なることになるとしても、被控訴人らが、その見解によって行動したからといって、何ら非難されなければならないものではない。
 また、本件エスキースが本件書籍147頁のうちの3ぺージ半を占めるだけのものであるとしても、著名な建築家であったDの作品であるということで高い掲載の価値を有していたことは明らかである。
 これらのことを考えると、仮に、本件書籍の発行ができなくなることにより後進の建築家が損害を受けるなどのことがあるとしても、控訴人の違法な行為に対し、被控訴人らが著作権及び著作者人格権に基づく訴訟を提起し得ることは、当然のことであり、本訴が権利の濫用に当たるものではないことは、明らかというべきである。
11 結論
 以上のとおり、控訴人に対する被控訴人らの本訴請求は、原判決の認容した限度で理由があり、原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。よって、本件控訴をいずれも棄却することとし、当審における訴訟費用の負担について、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 宍戸充
 裁判官 阿部正幸
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