判例全文 line
line
【事件名】ニフティサーブ会議室、女性会員誹謗中傷事件(2)
【年月日】平成13年9月5日
 東京高裁 平成9年(ネ)第2631号(甲事件)、第2633号(乙事件)、第2668号(丙事件)、第5633号(丁事件)
 損害賠償・反訴各請求控訴(甲・乙・丙事件)、附帯控訴(丁事件)事件
 (原審・東京地裁平成6年(ワ)第7784号、同第24828号 損害賠償・反訴請求事件)
 (原審言渡日 平成9年5月26日)

判決


主文
1 控訴人Aの控訴を棄却する。
2 原判決中、控訴人B及び控訴人ニフティの各敗訴部分を取り消す。
 上記各取消部分に係る被控訴人の控訴人B及び控訴人ニフティに対する請求をいずれも棄却する。
3 被控訴人の附帯控訴をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、控訴人Aと被控訴人との間においては、控訴費用及び附帯控訴費用をそれぞれ各自の負担とし、控訴人B及び控訴人ニフティと被控訴人との間においては、第1、2審を通じて、被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
(甲事件ー控訴人A)
1 原判決中控訴人A敗訴の部分を取り消す。
2 同部分についての被控訴人の請求を棄却する。
3 被控訴人は、控訴人Aに対し、200万円及びこれに対する平成6年12月20日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は、控訴人Aのために、控訴人ニフティの主宰する商用ネットワーク・NIFTYーServeにおいて、別紙2の第1項記載の謝罪広告を同第2項記載の掲載条件で掲載せよ。
(乙事件ー控訴人B)
1 原判決中控訴人B敗訴の部分を取り消す。
2 同部分についての被控訴人の請求を棄却する。
(丙事件ー控訴人ニフティ)
1 原判決中控訴人ニフティ敗訴の部分を取り消す。
2 同部分についての被控訴人の請求を棄却する。
(丁事件ー被控訴人)
 原判決主文1ないし3項を次のとおり変更する。
1 控訴人A、控訴人B及び控訴人ニフティは、被控訴人に対し、各自1000万円及びこれに対する平成9年5月27日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。 
2 控訴人A、控訴人B及び控訴人ニフティは、被控訴人のために、控訴人ニフティの主宰する商用ネットワーク・NIFTYーServeにおいて、別紙1第1項記載の謝罪広告を同第2項記載の掲載条件で掲載せよ。
第2 事案の概要(以下、略称等は原判決の例に従う。) 
1 本件の概要
(1) 本件は、パソコン通信ネットワーク上の発言による名誉毀損等の成否、名誉毀損等となる発言についてのシスオペの削除義務、パソコン通信の主宰者の法的責任等をめぐって争われた損害賠償等請求事件である。
(2) 原審本訴事件において、被控訴人は、控訴人らに対し、控訴人ニフティの主宰するパソコン通信ニフティサーブで開催されていた現代思想フォーラムと称する電子会議室において書き込まれた控訴人Aの発言が被控訴人に対する名誉毀損、侮辱、脅迫(侮辱及び脅迫については、当審で追加された。)であるとして、@ 控訴人Aに対し不法行為に基づき、A シスオペである控訴人Bに対し、名誉毀損等の発言を削除すべき義務を怠ったとして不法行為に基づき、B 控訴人ニフティに対し、控訴人Bの使用者責任又は会員契約に付随する安全配慮義務違反等の債務不履行責任に基づき、各自1000万円(原審と同額であるが、当審で慰謝料を900万円に減縮し、弁護士費用100万円を追加した。)及びこれに対する不法行為の後である平成9年5月27日(原判決の言渡日の翌日)から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに謝罪広告を求めた。
 原審反訴事件において、控訴人Aは、被控訴人が@ 本件フォーラムでスクランブル機能を使って控訴人Aを事実上排除し、村八分にした、A 本件フォーラムにおいて控訴人Aのプライバシーを暴露したとして、被控訴人に対し、不法行為に基づく慰謝料200万円及びこれに対する不法行為の後である平成6年12月20日(反訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに謝罪広告を求めた。
(3) 原判決は、原審本訴事件について、@ 控訴人Aの本件各発言は名誉毀損に当たる、A 控訴人Bは本件各発言を具体的に知ったときから条理上の削除義務を負い、本件各発言の一部につき削除義務を怠った過失がある、B 控訴人ニフティは控訴人Bの使用者責任を負うとして、控訴人らに対する損害賠償を一部認容(控訴人Aにつき50万円、控訴人B及び控訴人ニフティにつき各10万円)し、その余の部分及び謝罪広告請求を棄却し、原審反訴事件について、@ 被控訴人のスクランブル機能を用いて控訴人Aを一時的に除け者にした行為は、村八分と同視する程の違法性が認められない、A 被控訴人が控訴人Aのプライバシーを侵害したと認められないとしていずれも棄却した。
(4) 当審における主張の骨子
ア 被控訴人
 被控訴人は、本判決別紙発言一覧表(一)から(四)までの発言(原判決別紙発言一覧表(一)から(四)までと同じであるが、名誉毀損部分等を具体的に特定した。以下、「本件発言(一)」等という。なお、原審で名誉毀損に当たると主張した同一覧表(二)符号6、同13及び同(三)符号3発言については、当審でこの主張を撤回した。)について、原審と同様、名誉毀損であり、当審においては、一部が侮辱であり、追加的に、本件発言(五)及び本件発言(二)符号1、同10、同11の一部は脅迫に当たると主張し、本件発言(一)から(五)までがされたことを知りながら、控訴人Bが、対応のため最大限要する10日を経過してもこれを削除せず、条理上の作為義務に違反し、被控訴人に損害を与えたと主張し、附帯控訴において、控訴人Aの各発言が、極めて激烈かつ侮辱的表現をもって執拗に繰り返され、専ら人格を攻撃し、誹謗中傷して被控訴人の名誉を著しく毀損しており、原判決の認容した額は不当に低額で、被控訴人の名誉を回復するには、謝罪広告が必要であると主張した。
 なお、被控訴人は、控訴人ニフティに対する、控訴人Aの氏名等を開示しなかったことを安全配慮義務違反とする主張を撤回した。
イ 控訴人A
 控訴人Aは、本件各発言を文脈の中で理解すべきであり、その発言経緯や状況からみて名誉毀損等に当たらず、公正な論評であると主張し、仮想空間(サイバースペース)における発言であって、社会的評価の低下を招かないとの原審での主張は撤回した。
ウ 控訴人B
 控訴人Bは、シスオペによる発言の削除について作為義務が生じるのは、選択権を尊重し、発言の相手方が削除を求める発言を特定して削除の要求をした場合等の要件を満たしたときであり、本件において、控訴人Bには作為義務違反は生じていないし、生じたとすれば過失がないと主張した。
エ 控訴人ニフティ
 控訴人ニフティは、原判決がシスオペである控訴人Bの条理上の作為義務を肯定したのは、誤りであり、裁量権の行使は、それが著しく不合理な場合に限り違法となるに過ぎず、本件では当たらないと主張し、控訴人Bに対して指揮監督関係を有していないとの原審での主張を撤回した。
(5) 当裁判所の判断
 当裁判所は、控訴人Aの本件発言(一)から(五)までのうち、一部は名誉毀損又は侮辱に当たると認めたが、脅迫に当たる発言があるとは認めず、控訴人Aに対し原審の認容額と同じ50万円(但し、慰謝料40万円、弁護士費用10万円)及び平成9年5月27日から完済まで年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる限度で相当であるものの、その余の部分及び謝罪広告請求は失当で、控訴人B及び控訴人ニフティについては、発言削除義務違反等の責任は認められず、損害賠償の責は負わないと判断した。
2 当事者
 原判決の事実及び理由第二の一1当事者欄(原判決5頁9行目から同7頁3行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点
(1) 控訴人Aの本件発言(一)から(五)までは、被控訴人に対する名誉毀損、侮辱及び脅迫となるか(本訴)。
(2) 控訴人Bは、本件発言(一)から(五)までの削除義務を負うか(本訴)。
(3) 控訴人ニフティの責任(本訴)
ア 控訴人Bの使用者としての責任
イ 会員に対する安全配慮義務による本件発言(一)から(五)までの削除義務
(4) 損害額及び謝罪広告の要否(本訴)
(5) スクランブル事件により、控訴人Aの名誉は毀損されたか(反訴)。
(6) 被控訴人が控訴人Aのプライバシーを侵害する書込みをしたか(反訴)。
(7) 損害額及び謝罪広告の要否(反訴)
第3 争点についての当事者の主張
(原審本訴関係)
1 被控訴人の主張
(1) 控訴人Aの責任
 被控訴人は、当審において、主張を一部変更し、発言の一部が侮辱又は脅迫に当たると主張した。
ア 被控訴人は、ニフティサーブで会員情報を公開し、控訴人ニフティの発行する雑誌(平成5年9月号)においても「COOKIE」が被控訴人であることが明らかにされており、控訴人Aも発言中で「COOKIE」が被控訴人であることを明言していたことなどから、本件フォーラムに参加したニフティの会員なら「COOKIE」が被控訴人であることを認識し得た。  
イ 控訴人Aは、本件フォーラムの電子会議室において、本件発言(一)から(五)までをし、被控訴人の社会的評価を低下させて名誉を毀損し、限度を超えて被控訴人の名誉感情を害して侮辱し、又は被控訴人を畏怖させて脅迫した。
ウ 控訴人Aは、故意又は過失により、本件発言(一)から(五)までをしており、不法行為に基づき、被控訴人の損害を賠償する責任を負う。
(2) 控訴人Bの責任
ア 控訴人Bが、名誉毀損、侮辱及び脅迫である本件発言(一)から(五)までを削除すべき条理上の作為義務を負うことは、原判決事実及び理由第三の一1(二)控訴人Bの責任欄(1)(原判決13頁3行目から15頁2行目まで)記載のとおりである。
イ 控訴人Bは、本件発言(一)から(五)までについて、別紙3一覧表(一)から(三)までのとおり名誉毀損、侮辱及び脅迫であるとの認識を持ち、具体的に知ったにもかかわらず、その後上記各日時から運営者との協議を含めて対応のため最大限要する10日間を経過しても各発言を削除せず、条理上の作為義務に違反し、被控訴人に損害を与えた。
(3) 控訴人ニフティの責任
 控訴人ニフティが、控訴人Bの使用者責任又は同人を履行補助者とする安全配慮義務違反による若しくは独自の削除義務違反による債務不履行責任を負うことは、原判決事実及び理由第三の一1(三)控訴人ニフティの責任欄(原判決15頁8行目から同22頁6行目まで)記載のとおりである。但し、名誉毀損等の被害を受けた会員に対し、加害者である会員の氏名及び住所を開示する義務(原判決18頁末行から同19頁初行まで、同21頁5行目から同22頁3行目まで)に関する主張については、これを撤回した。
(4) 被控訴人の当審主張
ア 脅迫関係について
あ 控訴人Aは、被控訴人に対し、本件発言(二)符号1、同10、同11、本件発言(五)を行い、これによって被控訴人を充分畏怖させるに足りる内容の害悪の告知をしており、電子会議上の他の会員が畏怖するに足りるかどうかを問わず不法行為(脅迫)責任を負う。
い 控訴人Bは、@ すでに損害発生の原因となる脅迫的発言がされており、被害者がこれを閲覧すれば必ず畏怖して損害が発生する高度の蓋然性があり、A シスオペが、被害発生を事前に防止しうる立場にあり、B 当該脅迫的発言の存在を具体的に知った以上、知ったときから10日以内に削除して被害者への到達を阻止し、もって結果発生を事前に防止すべき条理上の作為義務を負う。
う 控訴人ニフティは、シスオペである控訴人Bの上記不法行為について使用者責任を負う。また、控訴人ニフティは、主宰者として独自の削除義務を負っており、かつ、会員である被控訴人に対する安全配慮義務も負う。
イ 損害額について
 原判決の認容した額は、不当に低額である。控訴人Aの発言は、激烈な表現に満ち、被控訴人の人格を徹底的に破壊する誹謗中傷又は脅迫であり、その目的も専ら被控訴人の人格に対して攻撃を加えることにあり、その態様も長期間に亘り計45回も執拗に繰り返され、被控訴人の社会的評価を著しく低下させており、被害者救済のためにより高額な賠償額を算定すべきである。控訴人B及び控訴人ニフティは、被控訴人側からの再三の削除要請にもかかわらず、意図的に放置しており、控訴人Aの不法行為を助長し、被控訴人の損害を著しく拡大させており、控訴人Aの責任と大差はない。しかも、本件発言(一)から(五)までは、明らかに表現の自由の範囲を逸脱した名誉毀損等の表現行為であることなどに照らして、慰謝料の額は900万円、弁護士費用の額は100万円が相当である。
ウ 謝罪広告について
 原判決が謝罪広告を認めなかったのは、不当である。被控訴人は、フリーランスの著述家として活動し、本件発言(一)から(四)までにより社会的評価を著しく低下させられており、その影響は発言の舞台となったパソコン通信において顕著であって、金銭賠償のみでは充分に回復されず、上記掲載条件での謝罪広告の必要性は優に認められる。
2 控訴人Aの主張
(1) 控訴人Aの主張は、次に当審の主張を付加するほか、原判決事実及び理由第三の一2控訴人Aの主張(原判決23頁8行目から同32頁10行目まで)記載のとおりである。
(2) 控訴人Aの当審主張
ア 本件発言(一)から(四)までは、文脈の中で理解されるべきであり、発言がされるに至った経緯及び状況を斟酌すれば、類型的に名誉毀損等に当たる程度の違法性を具備していない。
イ 本件発言(一)から(四)までは、仮に名誉毀損・侮辱に当たるとしても、次のとおり公正な論評として違法性が阻却される。すなわち、本件発言(一)から(四)までは、@ 被控訴人が、独自のフェミニズム思想を主張しながら、実際には差別的思想を持つ人物であるとの批判、A 被控訴人が生涯学習フォーラムにおいて「フェミニスト・フォーラム」を設立し、ニフティの無料使用権を取得しながら、公的な場であるフォーラムにおいて、自らの意見と異なる意見を排除するような専横的な運営方法を実施していることに対する批判、B 被控訴人が控訴人Aに対して「部落と朝鮮は怖い」と発言したり、プライバシーを暴露するなど不当な行為をしたりしたことに関する抗議を内容とする。
ウ 論争における対抗言論の法理について
あ 自らの意思で社会に向かって発言する者は、当然、自己の発言・主張が反対の立場の者から批判され、反論されることを覚悟しなければならない。名誉毀損となる人格攻撃がされたとしても、批判や反論は、論争点に関連している限り、許容される。節度を越えたかどうかは、論争の聴衆によって判断され、論争の場に自ら身を置いた以上、批判には対抗言論で答えるべきであり、公権力を借りて批判を封じるようなことは、よほどのことがない限り許されない。
い 被控訴人は、思想に関して自由な討論が予定されていた現代思想フォーラムの中で、意見の対立が容易に予想されるフェミニズム会議室の公開討論に自ら参加し発言した以上、ある程度激しい批判を覚悟して参加すべきであり、いつでも自由に反論できた。本件発言(一)から(四)までは、単なる人格攻撃ではなく、控訴人Aが批判する主題との関連から公正な論評として許容され、違法性が阻却される。 
エ 当審で追加された脅迫の主張について
 本件発言(二)符号1、同10、同11、本件発言(五)は、内容自体いずれも脅迫に当たらないし、被控訴人の主張によっても、害悪の告知が被控訴人に到達したとの主張・立証がされていない。
3 控訴人Bの主張
(1) 控訴人Bの主張は、次に当審の主張を付加するほか、原判決事実及び理由第三の一3控訴人Bの主張(原判決32頁末行から同46頁10行目まで)記載のとおりである。
(2) 控訴人Bの当審主張
ア シスオペには、会員規約上、会員の発言を削除する権限が付与されているが、権限であって、義務に転換することはない。
イ 条理上、シスオペに削除義務が発生するには、本件フォーラムの性質上表現の自由が最大限尊重される必要があること、言論には言論で対抗すべきこと等から発言の削除に抑制的であるべきで、かつ相手方の自己決定権が尊重されるべきであって、@ 誰の目から見ても名誉を毀損する発言であり、A 発言の相手方が発言を特定して削除の要求をし、B シスオペ以外の者(例えば、当該発言者)が削除できない状態にある場合に限られる。
ウ 仮に控訴人Bに何らかの作為義務違反があったとしても、控訴人Bに過失はない。ネットワーク上の名誉毀損等の可能性のある発言については、当該発言の相手方等からの抗議や反論が極めて有効であり、事後的な救済手段しかない既存のメディアと異なり、多様な対応が考えられる上、シスオペは、あくまで事後的な判断者であり、正確性の保障されない情報に基づいて削除すると会員の発言権や自己決定権を奪うことにもなりかねず、いわゆる義務の衝突状態にある。したがって、シスオペは、当該発言の相手方の利益を明らかに害する処理方針をとったなどという明らかに合理性のない対処を行った場合を除いて、相手方の利益にそう措置として一応の合理性がある選択をした限り、過失がない。
4 控訴人ニフティの主張
(1) 控訴人ニフティの主張は、次に当審の主張を付加するほか、原判決事実及び理由第三の一4控訴人ニフティの主張(原判決46頁末行から同60頁10行目まで)記載のとおりである。但し、控訴人ニフティと控訴人Bの間の指揮監督関係が存在しないとの主張(原判決49頁9行目から同51頁初行まで)は、当審で撤回した。
(2) 控訴人ニフティの当審主張
 原判決がシスオペである控訴人Bについて条理上の作為義務として削除義務を認めたのは、誤りである。けだし、@ 条理を作為義務の根拠とする際には、その基準は不明確であるから、作為義務の認定判断は慎重に行なわなければならない。A 裁量権の不行使は、それが著しく不合理である場合に限り違法となるにすぎない。本件において、現代思想フォーラムの状況に照らし、削除権限を行使しない判断は合理的であり、原判決が控訴人Bの作為義務違反を肯定した平成6年2月15日(この時期に平成5年12月2日から同月23日にかけての発言(本件発言(二)符号6から11までの各発言)が削除された。)又は同年5月25日までの間において、削除対象発言が明確ではなく、削除について期待可能性が認められず、シスオペである控訴人Bの削除義務は、未だ生じていない。 
(原審反訴関係)
 原審反訴関係の当事者(控訴人A及び被控訴人)の主張は、原判決事実及び理由第三の二反訴関係欄(原判決60頁末行から同63頁4行目まで)に記載のとおりである。但し、原判決61頁8行目の「右一2(2)Bのとおり」を「右一2(一)(2)Bのとおり」に改める。
第4 当裁判所の判断
1 前提となる事実
 ニフティサーブの概要、本件発言(一)から(五)までが行われるに至った経緯、内容及び本件訴訟に至るまでの経緯等は、次に補正するほか、原判決事実及び理由第四の一前提事実欄(原判決63頁6行目から90頁5行目まで)に記載のとおりである。
(原判決の補正)
(1) 原判決74頁7行目の「平成5年12月」を「平成4年12月」に改める。
(2) 原判決76頁7行目の「電子メールにより原告に送付した」を「運営協力者しか読むことのできない20番会議室において、#747(同年5月12日)、#760(同月13日)で掲載した」に改める。
(3) 同判決77頁9行目から同78頁2行目までを次のとおり改める。
 「(六) 被控訴人は、平成5年5月17日、非公開の運営会議室において、「運営陣への質問と要請」と題し、本件フォーラムにつき、「今のフェミニズム会議室では、フェミニズムは語られているとは思えない。フェミニズムという看板を外してほしい。」旨発言し、同月下旬以降本件フォーラムにおいて発言することを止めた。被控訴人は、同年11月頃、意見の一致する仲間6名ととともに、本件フォーラムとは別の「生涯学習フォーラム(FLEARN)」において、フォーラムの中のフォーラムとして「フェミニスト・フォーラム」を設置し、その代表者に就いた。このフェミニスト・フォーラムは、設立の趣旨の中で、フェミニズムを「生まれながらの性によって人間の考え方や社会活動を制約している、さまざまな文化や社会制度を取り上げ、問いなおし、それに働きかけるための思考と実践」であると定義した上、「このフォーラムは、このフェミニズムを肯定的に評価し、自らの生き方に関するものとして考え、語り合い、行動していこうとする人のための場であるから、フェミニズムを知ろうとせず、あるいはフェミニストの声に耳を傾けようともしない人は、発言をお断りします。」旨の発言内容によって規制を行う趣旨が明らかにされていた。被控訴人は、同月23日或る会員からフェミニスト・フォーラムでされた「全ての性差別に反対するという立場から男性差別の問題もある」との発言を上記の発言規制に触れるとして、削除した。なお、被控訴人は、フェミニスト・フォーラムにおいて、課金免除を受けていた(甲114、丙3、70、71、丁11)。」
(4) 原判決78頁4行目から同79頁初行までを次のとおりに改める。
 「(一) 被控訴人は、平成5年5月下旬以降、本件フォーラムにほとんどアクセスしなかった。控訴人Aは、別紙3一覧表(一)から(三)までのとおり、平成5年11月29日から平成6年3月27日にかけて、本件発言(一)から(五)までの各「年月日」欄記載の時期に、発言番号欄記載のとおり、「名誉毀損部分」、「脅迫部分」記載の文章を含む発言を書き込んだ。」
2 争点(1)(本件発言(一)から(五)までによる名誉毀損、侮辱又は脅迫の成否)
(1) 判断の前提となる本件の事情
ア 本件フォーラムは、現代思想フォーラムと題して公開討論の中で、フェミニズムという意見の対立の大きい思想内容を扱っており、発言内容も他人に対する批判や人格攻撃を含んだものになりやすく、攻撃的な表現もあって、正当な批判か中傷かについては一概には決めつけにくい状況にあった(丁11)。
イ 被控訴人は、平成2年9月頃から平成5年春頃まで、本件フォーラムに参加し、殊に「わたしのふぇみずむ」と題する長期に亘る連載において、個人的体験を公表しながら、自己のフェミニズムについての考え方を発言し、相当数の会員から好意的評価を得ており、被控訴人自身もこれらの評価に満足していた。この個人的体験を公表する中で、被控訴人は、予定外の妊娠をし、1回目は経済的理由で中絶し、その後再び予定外の妊娠をし、相手の男性と婚姻したが、流産し、その後留学目的でアメリカに長期滞在し、後はその男性と離婚したことを明らかにしていた。被控訴人は、平成4年12月からリアルタイム会議室(RT)の常駐要員として課金免除(フリーフラッグーFFー)の資格を当時のシスオペのDから付与され、一般の会員がアクセスできない運営会議室(20番会議室)にアクセスし、発言することを認められていた。被控訴人は、平成5年5月下旬以降、スクランブル事件について本件フォーラムで批判を受けたことや、控訴人AからシスオペのDに内密で伝えられた個人情報についてリアルタイム会議室で発言し、プライバシーを侵害したのではないかと抗議を受けたことなどから、本件フォーラムで発言したり、アクセスしたりすることを止めた。被控訴人は、平成5年11月頃、前記の「フェミニスト・フォーラム」を設置し、その代表者に就いた(甲114、139、丁1、7、8、11)。
ウ 控訴人Aは、在日韓国人で、上智大学文学部を卒業し、出版社、新聞社勤務を経て、渡米し、一時日本に帰国し、英文専門誌の編集者として勤務する傍らニューズウィーク日本版翻訳者として勤め、米国のインディアナ大学でジャーナリズムを学び、米国の新聞社に勤め、その後日本に帰国し、以降地元下関市や関西の私立大学の英語の非常勤講師をしながら、翻訳や日米に関する評論を雑誌に寄稿していた(丁7)。控訴人Aは、平成5年4月本件フォーラムに入会し、フェミニズム会議室の過去の発言を読み、「COOKIE」会員が多数の発言を行って、中心となり、特に「C」会員とともに、フェミニズムについて考え方の異なる会員に対しては対話を拒否し、撤退させており、公開されている本件フォーラムにおいて、反論や批判を認めないのは、本件フォーラムの私物化であり、改められるべきであると考え、この考えに従って発言をし始めた(丁7)。控訴人Aは、平成5年5月7日、スクランブル事件により、被控訴人によってRT会議室から事実上排除され、さらに同月中旬のRT会議室では、シスオペのDにだけ知らせた控訴人Aについての個人的な情報を前提として被控訴人が発言したことで、シスオペのDから被控訴人にこの情報が伝えられたと推測した。控訴人Aは、平成5年11月被控訴人らによって設置された「フェミニスト・フォーラム」にアクセスし、被控訴人が被控訴人の考えるフェミニズムについて疑問を呈した会員の発言を削除したことについて、他の会員から運営に関する批判が相次いでいることを知った。このような経過を経て、控訴人Aは、本件発言(一)から(五)までをした(丁7)。
エ 本件フォーラム内において、ある会員に向けられた批判や反論の発言があれば、当該会員は、直ちにこれに対する反論や再批判をすることができ、場合によっては全く無視することもできた(丁11)。
(2) 名誉毀損
ア 本件各発言のうち、「経済的理由で嬰児殺しをやり」(本件発言(一)符号2)、「あの女はアメリカの出入国法にも違反した疑いが濃厚。これは完全な犯罪者」(同(二)符号9)、「あの女は二度の胎児殺し」(同符号10)、「COOKIEのやらかした優生保護法違反による二度の胎児殺しとアメリカの移民帰化法違反による不法滞在・・・・COOKIEは犯罪者。COOKIEの嬰児殺し。胎児殺しを二度もやった・・・」(同符号11)、「COOKIEのような嬰児殺し」(同符号12)、「嬰児殺害と米国不法滞在を奨励したCOOKIEこと(被控訴人名)・・嬰児殺しを奨励し」(同(三)符号4)、「嬰児殺害と米国不法滞在を提唱するエセ・フェミニズム女COOKIE」(同符号5)、「あれは二度も中絶している」(同符号6)、「無資格で入国する不法滞在者と同じこと。・・・(被控訴人名)がアメリカでやらかしたことをおまえはやっている」(同符号7)の部分及び同旨の発言内容部分は、被控訴人が嬰児殺し及び不法滞在の犯罪を犯したとする内容の発言で、被控訴人の社会的評価を低下させる内容であり、名誉毀損に当たる。
イ 控訴人Aは、これらの発言が言論の場においては許容されるかのように主張する。しかしながら、対立する意見の容易に予想されるフェミニズムという思想を扱うフォーラムにおいても、おのずから、議論の節度は必要である。上記の各発言は、控訴人Aの議論の中では、その主張を裏付ける意味をおよそ有せず、また、被控訴人の主張を反駁するためにされているとも解せられず、被控訴人の公表した事実が犯罪に当たることを言葉汚く罵っているに過ぎないのであり、言論の名においてこのような発言が許容されることはない。フォーラムにおいては、批判や非難の対象となった者が反論することは容易であるが、言葉汚く罵られることに対しては、反論する価値も認め難く、反論が可能であるからといって、罵倒することが言論として許容されることになるものでもない。尤も、本件においては、先に認定したとおり、被控訴人において、意見の対立の予想される思想を扱うフォーラムに身を置きながら、異見を排除したり、スクランブル事件の際のように控訴人Aを排除したりするなど、反対意見に対する寛容の必要性についての基本的な理解に欠けることを窺わせる行動が見られるが、このことを考慮しても、議論に臨むについて、節度を超えて他人を貶め、又は他人の名誉を傷つけることが許されるものではなく、控訴人Aのこの点に関する主張は、採用することができない。
ウ 控訴人Aのその余の各発言は、フェミニズムについて自己と異なる意見を排除し、課金免除の特典を受けながら本件フォーラムにおける発言をしなくなったとして、被控訴人を批判又は非難するもの、「フェミニスト・フォーラム」について異なる意見や反論を排除し、私物化しているとして、その運営方法について被控訴人を批判、非難又は揶揄するもの、控訴人Aの個人的情報に関する被控訴人の発言についての非難を内容とするもので、一部には、表現が激烈で相当性に疑問を抱かせるものもないではないが、被控訴人の社会的評価を低下させる事実の公表を含むものではなく、名誉毀損に当たるものではない。
(3) 侮辱
 本件発言中、「あの女は乞食なみじゃ。」(本件発言(二)符号5)、「あの女の表の顔と裏の顔が明らかになる。そう、寄生虫的な逆差別女の思想的限界が。」(同符号7)、「あの女は弱いのではなく、弱いふりをして、根性がひん曲がっている・・。あれでは離婚になるでしょう」(同符号8)、「(被控訴人名)は何者か?やはり、根性のひんまがったクロンボ犯罪者なみです。・・・この馬鹿だけは。」(同符号10)、「COOKIE一味はやはり馬鹿としか思えない。・・・あのペテン師女」(同符号11)、「COOKIEの馬鹿」(同(三)符号1)等同旨の各部分は、事実を摘示している訳ではないが、自己の意見を強調し、反対意見を論駁するについて、必要でもなく、相応しい表現でもない、品性に欠ける言葉を用いて被控訴人を罵る内容のもので、被控訴人の名誉感情を限度を超えて害するものというべきで、侮辱に当たる。
 しかしながら、その余の各発言は、被控訴人を揶揄し、罵る内容のものも見られるが、なお、侮辱に当たるとまでは認めることができない。
(4) 脅迫
 本件発言(五)並びに同(二)符号1、同10及び同11の各発言中には、「これは闇打ちにするのもいいでしょうかね、・・依頼したCOOKIE暗殺計画の立案はどこまで進行していますか?」(本件発言(五)符号2)、「あの女は闇打ちにするのがいいでしょう。・・当方はあの会社の天皇級の人間をよーーーーーーーく知っているので、これからはいつでも闇打ちができるわけです。リストラの時にはバイトの人間は最初の犠牲者ですからねえ。・・本当にやるかどうかは彼女しだいでしょうがね。」(同4)、「かわいそうに、COOKIEも。これで職場に恥がばらまかれることになった。・・ここまでなめられては、報復戦争です。COOKIEが先にやらかしたプライバシーの暴露と裏攻撃をこちらもするだけのこと。それも一万倍の切れ味で。」(同5)、「COOKIE・・も職場と居場所は分かっています。必要と有れば・・しかるべき対応はできますので、まさに「発言の当事者」責任を問うことにします。」(同7)、「恐い目に遭うのは、・COOKIE一味」(同8)、「「部落と朝鮮は怖い」という発言を残したが、おまえはこの一言で他人に殺意を残したことはわすれないように」(同(二)符号1)、「早々にワナにかけて、射殺した方がいいでしょう、あの女の場合は・・そうそうに射殺すべきでしょう。この馬鹿だけは」(同10)の各発言のように、「闇打ち」(闇討ちの趣旨か)「暗殺計画」「射殺」「痛い目に遭う」等、被控訴人の生命に危害を加えるか、又はその他の方法で被控訴人に害を与えることを表明したと理解される表現がある。しかしながら、これらの発言は、字句自体は重大な内容を含むものの、会員に公開された仮想空間において、会員の誰もが知ることのできる事情の下においてされただけに、かえって、控訴人Aが、被控訴人の生命、財産その他に危害を及ぼす行動に現実に及ぶ意思を有してはいないことが容易に了解されるというべきである。実際にも、上記発言は、先に認定した本件についての事情、上記各発言がされるに至った経過及び文脈を踏まえて検討すると、内密に提供した控訴人Aに関する個人情報をDから得た被控訴人の卑劣さ(情報を漏らした者と卑劣さに差異はない。)や、反論によることなく、異見を排除するなどの本件フォーラムの運営に対する強い怒りや非難を表現する趣旨を強調したものと認められる。被控訴人においても、従前の発言を通じて、意見を異にしてはいたものの、控訴人Aがフェミニズムという思想に関して積極的に発言する知性を備えた人物であることを知り、また、個人情報を得、控訴人Aがニューズウィーク誌において働いた経歴を持ち、大学の講師を務めている者であることも知っていたと認められる(丁11、弁論の全趣旨)。上記発言は、前記のとおり、被控訴人が本件フォーラムへのアクセスや発言をしなくなった後にされており、被控訴人がこれらの発言がされた事実を知っていたかどうかについても疑問があるが、この点を措いても、前記の本件の事情の下においては、被控訴人が発言内容のような危害を控訴人Aから受けるかも知れないという危惧を抱く事情もないというべきで、脅迫には当たらない。
3 争点(2)(控訴人Bの削除義務)について
(1) フォーラムの仕組みとシスオペの役割等
 標記に関し、前記認定事実(原判決引用部分を含む。)等を整理すると、以下のとおりである。
ア シスオペは、控訴人ニフティとの間で締結されたフォーラム運営契約により、特定のフォーラムの運営及び管理を委託され、対価として歩合報酬を得る。その報酬は、控訴人Bの場合、シスオペを務める上で必要なパソコン及び周辺機器を揃える費用を賄うに足りる程度であった(原審控訴人B)。
イ シスオペは、会員規約(乙4)及び運営マニュアル(丙2)に従い、フォーラムの運営及び管理をし、公序良俗に反する発言、犯罪的行為に結びつく発言、会員の財産、プライバシーを侵害する発言、会員を誹謗中傷する発言等一定の発言について、事前の通知を要せず、発言を削除することができ(会員規約18条)、フォーラムの運営に当たり、一般の社会人が多数参加している場として公共性を維持し、健全な運営を心がけ、フォーラム運営上のトラブルを未然に防止し、発生したトラブルに対しては素早い対応をし、対応できない場合は控訴人ニフティに連絡し、明らかに削除しなければならない発言は速やかに削除し、削除の判断に迷う場合は控訴人ニフティに相談する(運営マニュアル)ものとされている。
ウ シスオペは、新聞、雑誌等の出版物と異なり、フォーラムや会議室における会員の発言の内容を事前に審査することができない上、平成5年12月ころは、控訴人Bを始め、多数の者が、シスオペの業務を専門とせず、本業の傍らこれに従事しており、会員による発言が日々多数に上り、その時刻も一定していないこともあって、自己の管理及び運営するフォーラムにおける会員の発言のすべてについて審査し、検討することはほとんど不可能であった。
エ シスオペが会員の発言を削除する措置を講じると、会員は、当該発言をフォーラムにおいて読みとることができなくなるものの、この措置以前に当該発言をダウンロード(パソコン等に発言等を保存する行為をいう。)した会員を通じ、当該発言の内容を知ることができる。
オ 会員は、フォーラム等において、自己に向けられた名誉毀損発言等に反論し、自己の正当性を主張し、及びシスオペや控訴人ニフティに対しその削除を求めることができるものの、自らは、当該発言を削除するなど、当該フォーラムにおいて他の会員にそれを読まれないようにする手段を採ることはできない。
(2) シスオペの削除義務
 上記によれば、次のとおりいうことができる。
ア シスオペは、会員規約に基づき、フォーラムの適切な運営及び管理を維持するため、誹謗中傷等の問題発言を削除する権限を与えられ、当該発言の削除により、完全ではないものの、他の会員の目に触れなくして、被害の拡大を防ぐことができる。標的とされた会員は、自らは問題発言を削除することができず、当該発言がフォーラムに記録され続けることによる被害の継続を防ぐには、シスオペに指摘した上でシスオペの行動に待つ他ない。
イ シスオペは、上記のとおり、それを業とする者でなく、他に職業を有する者から成る仕組みであった当時の実情から、問題発言を逐一点検し、削除の要否の検討を適時に実施することはできなかった。本件フォーラムは、フェミニズムという思想について議論することを標榜する以上、事後ではあっても、会員の発言内容を審査することをシスオペに求めるに帰することも、民主主義社会の議論の在り方とは背理する。
ウ 民主主義社会における議論においては、異論、異見は、容認される。尤も、議論の在り方についての理解を共有するに至らない者同士においては、激するあまり、相手を誹謗中傷するに等しい言辞により議論したり、スクランブル事件におけるように、異論や異見を有したり、相容れない主張をしたりする者をその故に排除するという未成熟な行動が生じ勝ちである。そのような場合においても、誹謗中傷等の問題発言は、標的とされた者から当該発言をした者に対する民事上の不法行為責任の追及又は刑事責任の追及により、本来解決されるべきものである。
エ 誹謗中傷等の問題発言は、議論の深化、進展に寄与することがないばかりか、これを阻害し、標的とされた者やこれを読む者を一様に不快にするのみで、これが削除されることによる発言者の被害等はほとんど生じない。
オ 以上の諸事情を総合考慮すると、本件のような電話回線及び主宰会社のホストコンピュータを通じてする通信の手段による意見や情報の交換の仕組みにおいては、会員による誹謗中傷等の問題発言については、フォーラムの円滑な運営及び管理というシスオペの契約上託された権限を行使する上で必要であり、標的とされた者がフォーラムにおいて自己を守るための有効な救済手段を有しておらず、会員等からの指摘等に基づき対策を講じても、なお奏功しない等一定の場合、シスオペは、フォーラムの運営及び管理上、運営契約に基づいて当該発言を削除する権限を有するにとどまらず、これを削除すべき条理上の義務を負うと解するのが相当である。
(3) 本件発言の削除に至る事実経過
 前記認定(原判決80頁初行から90頁5行目まで)により、経緯を要約すると、以下のとおりである。
ア 控訴人Bは、平成5年11月、Dの後を受けて本件フォーラムのシスオペになり、従前、問題発言が削除されても、更に同様の発言が書き込まれ、結果的に減少しなかったこともあって、発言削除をできるだけ避け、公開の場で議論を積み重ねることによって会員の意識を変え、発言の質を高めることが重要と考え、これに沿ってフォーラムの運営をしてきた(同80頁から81頁まで)。
イ 控訴人Bは、控訴人Aの「(被控訴人の)根性がひん曲がっている・・あれでは離婚になる・・」(本件発言(二)符号8。平成5年12月18日)及び「アメリカの出入国法にも違反・・」等(同符号9。同月20日)について、各発言当日、「優生保護法違反、アメリカの移民帰化法違反」等(同符号11。平成5年12月23日)について発言の翌日、運営会議室において、本件フォーラムの運営スタッフから知らされ、本件発言(二)符号8については発言当日、「経済的理由で嬰児殺しをやり」(本件発言(一)符号2。同月31日)、「あの女は乞食なみじゃ」(本件発言(二)符号5。同月8日)及び本件発言(二)符号11について、各発言の翌日、控訴人Aに宛て、本件フォーラムの7番会議室において、これらの発言について、表現の自由といっても無制限ではなく、市民社会のルールがあり、発言内容がこのルールに違反していること、復讐の場として本件フォーラムを使うことは許されないこと、場合によっては控訴人Aの会員削除をする事態に至ること等を指摘したが、削除することはしなかった(同82頁から83頁まで、丙52、56、68)。
ウ 被控訴人は、平成5年12月29日、控訴人ニフティのセンター窓口及びE取締役に対し、発言を特定することなく、本件フォーラムの6番及び7番会議室に被控訴人に対する誹謗中傷が書き込まれている情報を得たとして、同6年1月6日、控訴人B及び控訴人ニフティの担当者Fに対し、本件発言(二)符号6から11までにつき、誹謗中傷であるとして、いずれも電子メールにより、対処を求めた(同84頁から85頁まで)。
エ 控訴人Bは、これを受けて運営委員会に各発言の取扱いを付議し、同月9日、被控訴人に対し、名誉毀損に当たる発言部分を指摘すべきこと、指摘された発言について控訴人ニフティの判断も削除相当となれば、削除すること、削除は被控訴人の要望に基づく旨を付記すること、を内容とする対処案を電子メールにより送付したが、同月10日、被控訴人から拒絶の応答を受け、同月14日、被控訴人に対し、本件フォーラムにおける控訴人Aの発言を検索し(なお、この検索自体は、極く簡単なパソコン上での操作により可能である。原審F証言)、削除することを希望する発言を指摘すべきこと、指摘された発言については削除される可能性が高いことを電子メールにより指摘した(同85頁から86頁まで)。
オ 控訴人Bは、同月16日、被控訴人から、発言者が被控訴人の勤務先まで知っていて、脅迫を受けており、当面、被控訴人の氏名(ハンドル名を含む。)を明らかにして削除することはしないようにとの電子メールを受け、同月20日、被控訴人と電話で話し合い、削除が被控訴人の要請によることを付記することはしないものの、会員から質問があれば、要請がなかったと説明するとの約束をすることはできないと応答し、被控訴人から、信頼できる人に相談するので、発言削除は待って欲しいとの回答を受けた(同86頁から88頁まで)。
カ 控訴人Bは、同年2月15日、被控訴人訴訟代理人から、本件発言(二)符号6から11までが被控訴人の名誉を毀損するとして削除するよう求められ、本件フォーラムの7番会議室から削除する措置を講じ、同年4月、本件訴訟の提起を受け、控訴人ニフティとも相談の上、同年5月25日、被控訴人訴訟代理人の指摘する本件発言(先に削除したものを除く。)について、本件フォーラムの電子会議室の登録から外した(同88頁から90頁まで)。
(4) 控訴人Bの削除義務違反
 先に認定した本件の事実経過及びシスオペの削除義務を前提とすると、本件において、控訴人Bについて、シスオペとしての削除義務に違反したと認めることはできない。その理由は、以下のとおりである。
ア 本件発言中、前記認定のとおり、被控訴人の社会的評価を低下させ、名誉感情を害するものは、本件発言が仮想空間においてされているものの、あたかも公衆の面前と同様に多数の者の知ることのできる態様によりされており、被控訴人に対する名誉毀損及び侮辱の不法行為が成立する。
イ 控訴人Bは、削除を相当とすると判断される発言についても、従前のように直ちに削除することはせず、議論の積み重ねにより発言の質を高めるとの考えに従って本件フォーラムを運営してきており、このこと自体は、思想について議論することを目的とする本件フォーラムの性質を考慮すると、運営方法として不当なものとすることはできない。
ウ 控訴人Bは、会員からの指摘又は自らの判断によれば、削除を相当とする本件発言について、遅滞なく控訴人Aに注意を喚起した他、被控訴人から削除等の措置を求められた際には、対象を明示すべきこと、対象が明示され、控訴人ニフティも削除を相当と判断した際は削除すること、削除が被控訴人の要望による旨を明示することを告げて削除の措置を講じる手順について了解を求め、被控訴人が受け入れず、削除するには至らなかったものの、その後、被控訴人訴訟代理人から削除要求がされて削除し、訴訟の提起を受け、新たに明示された発言についても削除の措置を講じており、この間の経過を考慮すると、控訴人Bの削除に至るまでの行動について、権限の行使が許容限度を超えて遅滞したと認めることはできない。
エ 控訴人Aの本件発言中、名誉毀損及び侮辱の不法行為となるものは、議論の内容とはおよそ関わりがなく、これに対して反論するなどして対抗することを相当とするような内容のものではない。控訴人Bは、シスオペとして、その運営方法についての前記考えに従い、このような発言についても、発言者に疑問を呈した他、会員による非難に晒し、会員相互の働きかけに期待し、これにより、議論のルールに外れる不規則発言を封じることをも期待したことが窺われ、このような運営方法についても不相当とすべき理由は見あたらない。殊に、控訴人Aの発言中には、思想を扱うフォーラムにおいて、異見を排除したり、同控訴人についての個人的な情報を信義に悖る方法で得たりした被控訴人に対する非難が含まれており、被控訴人において弁明を要する事柄にも関係しており、一方的に控訴人Aのみを責めることのできない事情が認められる。これらをも考慮すると、控訴人Aの不法行為となる本件発言が議論の内容と関わりがなく、反論すべき内容を含まないからといって、控訴人Bが削除義務に違反したと認めることもできない。
4 争点(3)(控訴人ニフティの責任)について
(1) 控訴人ニフティは、前記のとおり、控訴人Bについての削除義務違反が認められない以上、これを前提とする使用者責任を負わないことは明らかである。
(2) 被控訴人は、会員規約上、控訴人ニフティ及びシスオペに対して削除権限を定めていることをもって、個々の会員に対して誹謗中傷等の発言を削除する義務を負うなどと主張しているが、前提事実で認定したとおり、控訴人ニフティと会員との間においては、会員規約に基づき、控訴人ニフティが会員に対し、ニフティサーブというパソコン通信ネットワークを利用することができる権利を与え、その対価として、当該会員が、控訴人ニフティに対し、一定の利用料を支払うことを主旨とする契約であり、また前記会員規約第18条の削除規定に照らしても、控訴人ニフティが被控訴人主張の安全配慮義務又はその他の契約上の義務を負うとは認められず、債務不履行に基づく損害賠償請求は、理由がない。
5 争点(4)(損害額及び謝罪広告掲載の要否)
(1) 不法行為となる本件各発言の内容、本件フォーラムに書き込まれた期間、態様は執拗で、被控訴人個人に対する攻撃とも評価できること、会員が上記各発言を読むことが可能であった期間、本件フォーラムの会員数(控訴人Bがシスオペに就任した当時、6000人程度であったが、実際にアクセスする会員は少ない状態にあった。(原審控訴人B本人))のほか、本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、控訴人Aの名誉毀損及び侮辱により被控訴人の被った精神的苦痛の慰謝料としては、40万円が相当である。
(2) 本件の訴訟経緯、認容額等諸般の事情を考慮すると、前記不法行為による弁護士費用相当の損害としては、10万円が相当である。
(3) 被控訴人の損害を回復させるための謝罪広告については、本件の名誉毀損等の内容、程度、本件訴訟の経緯等に照らし、必要性があるとまでは認め難い。
6 争点(5)、(6)(原審反訴関係)
 控訴人Aは被控訴人に対し、@ スクランブル事件によって名誉を毀損された、A 被控訴人が本件フォーラムのRT会議室において控訴人Aのプライバシーを侵害する発言をしたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めているが、原判決事実及び理由「第四の三 反訴関係の争点について」欄(原判決119頁2行目から同122頁3行目まで)説示のとおり、被控訴人の行為が不法行為であると認めることはできない。
第5 結論
 以上によれば、(1) 被控訴人の本訴請求は、控訴人Aに対し、50万円及びこれに対する不法行為後である平成9年5月27日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却し(原審と認容額は同じである。)、また控訴人B及び控訴人ニフティに対する請求は、理由がないので棄却し、(2) 控訴人Aの反訴請求は、理由がないので棄却すべきである。
 よって、控訴人Aの本件控訴及び被控訴人の附帯控訴をいずれも棄却し、控訴人B及び控訴人ニフティの各控訴に基づき、原判決を取り消したうえ、被控訴人の同人らに対する各請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第1民事部
 裁判長裁判官 江見弘武
 裁判官 小島浩
 裁判官 岩田眞
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/