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【事件名】生徒の作文改変事件 【年月日】平成13年7月25日 大阪地裁 平成11年(ワ)第6740号 損害賠償等請求事件 判決 原告 甲野花子(ほか一名) 上記両名訴訟代理人弁護士 熊野勝之 同 遠藤比呂通 被告 東大阪市 同 代表者市長 長尾淳三 同 訴訟代理人弁護士 佐藤潤太 同 北岡満 同 訴訟復代理人 大神深雪 主文 一 被告は、原告甲野花子に対し、金六〇万円及び内金五〇万円に対する平成一一年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 二 被告は、原告乙松夫に対し、金二五万円及び内金二〇万円に対する平成一一年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 三 原告らのその余の請求を棄却する。 四 訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。 五 この判決は、一項及び二項に限り、仮に執行することができる。 事実 第一 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 (一)被告は、原告らに対し、「東大阪市政だより」に、別紙三(一)記載の謝罪広告を別紙三(二)記載の記載条件で一回掲載せよ。 (二)ア 被告は、原告甲野花子に対し、丙川中学校夜間学級の文集である「おとなの中学生9」(平成八年三月発行)に掲載されている原告甲野花子の作文を、別紙一記載の作文に差し替え、上記「おとなの中学生9」を三〇〇部再発行し、平成八年の配布先に配布せよ。 イ 被告は、原告らに対し、丙川中学校夜間学級の文集である「おとなの中学生10」(八分冊、平成九年七月発行)に掲載されている別紙二(一)記載の原告乙松夫の作文中、Aとあるのを丁原、Dとあるのを甲野、Gとあるのを乙、Eとあるのを戊竹夫と変更し、別紙二(二)記載の原告甲野花子の作文中、Aとあるのを丁原、Bとあるのを甲野、Cとあるのを甲田、C'とあるのを乙川、Dとあるのを乙、Eとあるのを戊竹夫、Fとあるのを乙原、Gとあるのを日本キリスト教団布施教会乙野と変更し、上記「おとなの中学生10」を一冊に合本して三〇〇部再発行し、平成九年の配布先に配布せよ。 (三)ア 被告は、原告甲野花子に対し、金九〇〇万円及び内金八〇〇万円に対する平成一一年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 イ 被告は、原告乙松夫に対し、金三七〇万円及び内金三〇〇万円に対する平成一一年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 (四)訴訟費用は被告の負担とする。 (五)(一)ないし(三)につき仮執行の宣言 二 請求の趣旨に対する答弁 (一)原告らの請求をいずれも棄却する。 (二)訴訟費用は原告らの負担とする。 第二 当事者の主張 一 請求原因(原告ら) (一)ア 被告は、丙川中学校夜間学級を設置管理する地方公共団体である。 イ(ア)原告甲野花子(昭和九年三月一九日生、以下「原告甲野」という。)は、平成四年九月、丙川中学校夜間学級に入学した。 (イ)原告乙松夫(昭和一一年一一月二五日生、以下「原告乙」という。)は、昭和六三年四月、丙川中字校夜間学級に入学し、平成一〇年三月、卒業した。 (二)ア(ア)原告ら及び戊竹夫(丙川中学校夜間学級の生徒)は、平成八年五月ころ、「丙川中学校甲田校長の過ち」及び「一年で我が学校の校長はトバサレル、内訳いろいろ」と題する二枚のビラ(これらのビラを以下「本件ビラ」と総称する。)を、丙川中学校の校門及び丙川中学校付近において配布した。 (イ)丙川中学校の教師であった丁原梅夫(以下「丁原教諭」という。)は、平成八年五月二九日、その担当する日本語の授業中、原告らを含む生徒に対し、本件ビラを示しながら、「甲野さんは、こんなビラを学校周辺に撒いたんですよー。」「皆さん巻き込まれないでくださいね。」と述べ、更に、本件ビラを読み上げた上、「皆さんここに書いてあるのは、みんな嘘です。騙されないで下さいよー。」と述べた。 (ウ)a丁原教諭は、生徒に対し、「丙川中学校の甲田校長の過ち」と題するビラを示しながら、「このビラは戊さんと乙さんが署名されていますが、戊さんと乙さんには、後で確かめます。」などと述べた。 b しかし、丁原教諭は、原告乙に対して、本件ビラを書いたか否かなどを確認しなかった。 (エ)a 丁原教諭の前記(イ)の発言は、原告らの表現の自由に対する威嚇行為であり、かつ、原告ら及び戊竹夫を他の生徒から孤立させるための差別行為である。 b 丁原教諭の前記(ウ)の発言等は、原告甲野と原告乙の関係の分断を図り、原告乙を民族・国籍で差別する行為である。 イ(ア)原告乙は、平成九年一月一〇日の「長」という漢字を用いて熟語を作るという丁原教諭の授業中に、「会長」という熟語を書きながら、「会長にもいろいろある。」と述べた。 (イ)丁原教諭は、原告乙の上記発言を聞き、原告乙に対し、「乙さんは、何でそんな陰険なことをいうんですか。」と述べ、原告乙に対し、この発言をしたことにつき注意した。 (ウ)丁原教諭の前記(イ)の言動は、原告乙の人格を著しく傷つけるものである。 ウ(ア)a 丙川中学校の教頭である丙山春夫(以下「丙山教頭」という。)は、平成一〇年七月初旬、社会科の授業内容に不満を漏らしていた丁川夏夫(丙川中学校夜間学級の生徒、以下「丁川」という。)に対し、「難しいことを習いたいなら、来年卒業して下さい。」と述べた。 b 丁川は、平成一〇年七月一〇日の休憩時間中、原告甲野に対し、丙山教頭から上記発言を受けた旨述べた。 c 原告甲野は、丁川の上記発言を受け、丁川に対し、「何で。一四年もいる人がいるのに。居ったらいい。」と述べた。 d 甲秋夫(丙川中学校夜間学級の生徒、以下「甲」という。)は、原告甲野の上記発言を聞き、原告甲野に対し、「何でもそんな言い方せんでもいい。」などと述べ、丙冬夫(丙川中学校夜間学級の生徒、以下「丙」という。)も加わって議論となり、更に、丁一郎(丙川中学校夜間学級の生徒)もこの議論に加わった。その際、丁一郎が、原告甲野に対し、「バカヤロー、お前は日本人の最も悪い奴じゃ。来るな。帰れ。運動しない奴は出て行け。」などと述べ、甲、丙及び丁一郎と原告甲野の間で口論となった(この口論を以下「本件口論」という。)。 (イ)a 丙川中学校の教師であった戊原一郎(以下「戊原教諭」という。)ら三名の教師は、平成一〇年七月一四日、原告甲野宅を訪れ、実際にはそのような事実はないのに、原告甲野が、本件口諭において、朝鮮人を蔑視する旨の発言をしたと決めつけ、原告甲野に対し、甲、丙及び丁一郎らに対して謝罪するよう要求していた。 b 丙山教頭及び戊原教諭は、平成一〇年七月二八日、原告甲野を訪れ、甲野に対し、原告甲野が、本件口論において、朝鮮人を蔑視する旨の発言をしたと決めつけ、原告甲野に対し、甲、丙及び丁一郎らに対して謝罪するよう要求した。 c 丙山教頭は、平成一〇年八月一一日、原告甲野宅の玄関先において、原告甲野が、本件口論において、朝鮮人を蔑視する旨の発言をしたと決めつけ、原告甲野に対し、「甲野さん謝って下さい。」と大声で述べ、甲、丙及び丁らに対して謝罪するよう要求した。 d 戊原教諭らは、平成一〇年九月二日、原告甲野が丙川中学校の英語教室に入室しようとするのを妨害し、原告甲野に英語の授業を受けさせなかった。 e(a)丙山教頭は、平成一一年二月一五日、四時限目の授業を受けるために教室を移動中であった原告甲野に対し、原告甲野が、本件口論において、朝鮮人を蔑視する旨の発言をしたと決めつけ、原告甲野に対し、「職員室へ行って話をつけよう。」などと述べ、職員室へ同行することを要求した。 (b)丙山教頭は、上記申入れを拒絶する原告甲野に対し、上記発河と同趣旨のことを連呼し、原告甲野が自席に着席した後も「職員室で話をつけてから授業を受けて下さい。このままでは授業を受けてもらえません。」「分かってもらえるまで学校は言います。」などと述べた。 (c)原告甲野は、丙山教頭があまりにも執拗に職員室への同行を求めるので、授業を受けることは困難であると判断し、帰宅した。 (ウ)本件口論の一方当事者の言い分のみに基づき、原告甲野に謝罪を強要し、かつ、原告甲野が授業を受けることを妨害する丙川中学校の教師らの前記(イ)の言動は、原告甲野の人格権や教育を受ける権利等を侵害するものである。 エ 丙山教頭は、平成一〇年九月二八日、丙川中学校において、教室に向かおうとして階段を上っていた原告甲野に対し、胸部を押すなどの暴行を加え、原告甲野を階段三段目から転落させ、原告甲野に対し右足捻挫による全治二九日間の傷害を負わせた。 (三)ア(ア)被告は、昭和六三年以降、毎年、「おとなの中学生」と題する丙川中学校夜間学級の生徒の作文を掲載した文集を発行し、丙川中学校の生徒及び教師並びに東大阪市下の小中学校に配布している。 (イ)被告は、平成八年三月、「おとなの中学生9」と題する文集(以下「本件一文集」という。)を発行した。 (ウ)丙川中学校の教師であった丙原四郎(以下「丙原教諭」という。)は、平成八年三月、本件一文集を発行するに際し、原告甲野が、本件一文集に掲載するために提出した別紙一記載の作文(以下「甲野一作文原稿」という)から、甲野一作文原稿中の(一)ないし(四)部分を削除し、更に、この削除後の原稿の末尾に、原告甲野が既に提出していた「新学期に思う」と題する作文をつなぎ合わせ、この文章(以下「甲野一修正作文」という。)を、本件一文集に掲載することとした。 イ(ア)被告は、平成九年七月、「おとなの中学生10」と題する文集(以下「本件二文集」という。)を、一クラスごとに八分冊として発行し、丙川中学校の生徒に対し、当該生徒の所属するクラスの文集のみ配布した。なお、「おとなの中学生」は、平成八年度までは、一冊にまとめて編集して発行されていた。 (イ)a丙川中学校の校長乙原三郎(以下「乙原校長」という。)は、本件二文集を発行するに際し、原告乙の提出した作文原稿(以下「乙作文原稿」という。)中、丁原とあるのをA、甲野とあるのをD、乙とあるのをG、戊竹夫とあるのをEと変更して、これを原告乙の作文として掲載することとした(原告乙の修正後の作文は、別紙二(一)記載のとおりである。この作文を以下「乙修正作文」という。)。 b 乙原校長は、本件二文集を発行するに際し、原告甲野の提出した作文原稿(以下「甲野二作文原稿」という。)中、丁原とあるのをA、甲野とあるのをB、甲田とあるのをC、乙川とあるのをC'、乙とあるのをD、戊竹夫とあるのをE、乙原とあるのをF、日本キリスト教団布施教会乙野とあるのをGと変更して、これを原告甲野の作文として掲載することとした(原告甲野の修正後の作文は、別紙二(二)記載のとおりである。この作文を以下「甲野二修正作文」という。)。 ウ 被告(その被用者である丙川中学校の教師ら)による前記ア、イ記載の各行為は、検閲(憲法二一条二項)に該当し、表現の自由(憲法二一条)、干渉されることなく意見を持つ権利〔市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)一九条一項〕、平等権〔憲法一四条、自由権規約二条及び児童の権利に関する条約(以下「児童の権利条約」という。)二条〕、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由(自由権規約一九条二項)、意見を表明する権利(児童の権利条約一二条一項)及び教育を受ける権利「憲法二六条及び経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。)一三条一項一を保障している憲法及び当該条約に違反し、原告らの人格権としての名誉権を侵害するものである。 (四)ア 原告らは、丙川中学校の教師らによる前記(二)及び(三)記載の一連の行為によって多大な精神的苦痛を被った。原告らの受けた精神的苦痛を慰謝するには、原告甲野については少なくとも八〇〇万円、原告乙については少なくとも三〇〇万円をもってするのが相当である。 イ 原告らは、丙川中学校の教師らによる前記(二)及び(三)記載の一連の行為によってそれぞれ名誉を毀損された。これらの行為によって毀損された原告らの名誉の回復手段としては、被告が発行する「東大阪市政だより」に別紙三(二)記載の謝罪広告を別紙三(二)記載の方法で掲載するのが相当である。 ウ(ア)丙川中学校の教師らによる前記(三)記載の行為によって侵害された原告らの人格権としての名誉権の回復手段は、請求の趣旨(二)記載のとおり、本件一文集及び本件二文集の再発行によるのが相当である。 (イ)民法は、不法行為による損害賠償について、金銭賠償を原則とする(民法七二二条一項、四一七条)が、名誉毀損については、謝罪広告などの名誉回復措置を規定している(民法七二三条)。しかし、この例外は唯一のものではなく、権利の性質及び侵害の内容に応じてふさわしい救済が与えられるべきであり、本件においては、本件一文集及び本件二文集の再発行こそが原告らの人格権侵害に対する救済としてふさわしい措置であるといえる。 エ 丙川中学校の教師らによる前記(二)及び(三)記載の一連の行為(不法行為)と相当因果関係のある弁護士費用は、原告甲野については一〇〇万円、原告乙については七〇万円を下らない。 (五)よって、被告に対し、 ア 国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づき、原告甲野は、その被った損害九〇〇万円及び内金八〇〇万円(弁護士費用を除く損害)に対する訴状送達の日の翌日である平成一一年七月二四日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告乙は、その被った損害三七〇万円及び内金三〇〇万円(弁護士費用を除く損害)に対する訴状送達の日の翌日である平成一一年七月二四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、 イ 名誉回復のための処分(国家賠償法四条、民法七二三条)として、原告らは、「東大阪市政だより」に、別紙三(一)記載の謝罪広告を別紙三(二)記載の掲載条件で一回掲載することを求め、 ウ 名誉回復のための処分(国家賠償法四条、民法七二三条)として及び人格権に基づき、原告甲野は、本件一文集に掲載されている原告甲野の作文を、別紙一記載の作文に差し替え、本件一文集を三〇〇部再発行し、平成八年の配布先に配布すること及び本件二文集に掲載されている別紙二(二)記載の原告甲野の作文中、Aとあるのを丁原、Bとあるのを甲野、Cとあるのを甲田、C’とあるのを乙川、Dとあるのを乙、Eとあるのを戊竹夫、Fとあるのを乙原、Gとあるのを日本キリスト教団布施教会乙野と変更し、本件二文集を一冊に合本して三〇〇部再発行し、平成九年の配布先に配布することを、原告乙は、本件二文集に掲載されている別紙二(一)記載の原告乙の作文中、Aとあるのを丁原、Dとあるのを甲野、Gとあるのを乙、Eとあるのを戊竹夫と変更し、本件二文集を一冊に合本して三〇〇部再発行し、平成九年の配布先に配布することを求める。 二 請求原因に対する認否 (一)請求原因(一)の事実は認める。 (二)ア(ア)請求原因(二)ア(ア)の事実は認める。(イ)の事実は否認する。(ウ)の事実は認める。(エ)は争う。 (イ)平成八年五月二九日の授業において、丁原教諭に対し、本件ビラを読んで欲しい旨依頼したのは原告甲野である。丁原教諭は、原告らに対し、事実でないことが書いてあるビラを学校長の自宅周辺などで配布することは、個人の人権を侵害し、丙川中学校夜間学級についての誤解を招く旨注意したのみである。 イ(ア) 同(二)イ(ア)、(イ)の事実は認める。(ウ)は争う。 (イ)丁原教諭は、原告乙の述べた言葉が、この発言を聞いた者に、当時の丙川中学校夜間学級の生徒会長である丁一郎を指していると受け取られかねないことから、原告乙に対して注意したにすぎないのであって、丁原教諭の行為には何ら責められるべき点はない。 ウ(ア)同(二)ウ(ア)aの事実は否認する。b、cの事実は知らない。dのうち、原告甲野のクラスで口論があったことは認めるが、その余の事実は知らない。 (イ)同(二)ウ(イ)aのうち、戊原教諭ら三名の教師が、平成一〇年七月一四日、原告甲野宅を訪問したことは認めるが、その余の事実は否認する。bのうち、丙山教頭及び戊原教諭が、同月二八日、原告甲野宅を訪問したことは認めるが、その余の事実は否認する。cのうち、丙山教頭が、同年八月一一日、原告甲野宅を訪問したことは認めるが、その余の事実は否認する。dの事実は否認する。eのうち、原告甲野が、平成一一年二月一五日、授業を受けないで気宅したことは認めるが、その余の事実は否認する。 (ウ)同(二)ウ(ウ)は争う (エ)丙山教頭及び丙川中学校の教師らが、原告甲野に対し、話し合いに応じるよう説得し続けていたのは、原告甲野が、朝鮮人に対する差別的発言等を行った旨の証言が複数あったことから、クラスでのトラブルを避けるため、事実関係を確認し、謝罪すべき発言は謝罪するよう説得するためであり、丙山教頭及び丙川中学校の教師らの行為は、何ら違法ではない。 エ 同(二)エの事実は否認する。 (三)ア 請求原因(三)ア、イの事実は認める。ウは争う。 イ(ア)原告らの表現の自由等は決して無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による制約をける。 (イ)丙原教諭は、甲野一作文原稿に多くの誤解や事実誤認等が含まれていたので、原告甲野に対し、何度も訂正するよう指導した。しかしながら、原告甲野がこれに応じなかったため、丙原教諭は、やむを得ず、甲野一作文原稿から、甲野一作文原稿中の(一)ないし(四)部分を削除し、かつ、原告甲野が既に提出していた「新学期に思う」と題する作文をつなぎ合わせた甲野一修正作文を本件一文集に掲載することとしたものである。丙原教諭の行為は、何ら違法ではない。 (ウ)乙原校長が、乙作文原稿を一部修正して乙修正作文とし、甲野二作文原稿の一部を修正して甲野二修正作文として、本件二文集に掲載したのは、乙作文原稿及び甲野二作文原稿中に、実名を記載して個人を非難している部分があったため、個人の人権に配慮する必要があったからである。乙原校長の行為は、何ら違法ではない。 (四)請求原因(四)は争う。 理由 一 請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。 二(一)請求原因(二)ア(ア)の事実は当事者間に争いがない。 (二)<証拠略>を総合すると、本件ビラには、丙川中学校の教師らが、生徒の人権を無視して丙川中学校夜間学級の運営のみを優先しようとしていることや、甲田校長の原告甲野に対する対応が不誠実であることなど丙川中学校の校長及び教師らに対しての抗議が記載されていること、「丙川中学校の甲田校長の過ち」と題するビラには、激励先として、原告甲野、原告乙及び戊竹夫の連絡先が記載されていること、「一年で我が学校の校長はトバサレル、内訳いろいろ」と題するビラには、原告甲野の名前のみが記載されていること、本件ビラの記載は、いずれも原告甲野の意見であること、丙川中学校の職員会議で、本件ビラが配布されたことやその内容が問題として取り上げられ、原告らや戊竹夫に対し、注意すべきであるとする意見が出たこと、丁原教諭は、自分でも、本件ビラには事実誤認があると考え、平成八年五月二九日、その担当する授業において、生徒(原告らも含まれる。)に対し、本件ビラが配布されたことや本件ビラに記載されている事実に誤りがあることを説明したこと、その際、原告甲野の要求により、丁原教諭が、本件ビラの一部を読み上げたこと、その後、その授業に出席していた多数の生徒から、さまざまな意見が出て、騒然とした状態となったため、丁原教諭は、その授業を打ち切ったことを認めることができる。 (三)請求原因(二)ア(ウ)の事実は当事者間に争いがない。 (四)ア 上記認定のとおり、丁原教諭は、自らも本件ビラには事実誤認があると考え、その担当する授業において、生徒(原告らも含まれる。)に対し、本件ビラが配布されたことや本件ビラに記載されている事実に誤りがあることを説明したものであるが、このような行為をもって、原告らの表現の自由に対する威嚇行為であるとはいえないし、また、原告ら及び戊竹夫を他の生徒から孤立させるための差別行為であるともいえない。 イ 丁原教諭の請求原因(二)イ(ウ)の発言等が、原告甲野と原告乙の関係の分断を図り、原告乙を民族・国籍で差別する行為であると理解することは困難である。 三(一)請求原因(二)イ(ア)、(イ)の事実は当事者間に争いがない。 (二)しかしながら、<証拠略>を総合すると、原告らは、平成八年度の丙川中学校夜間学級の生徒会役員選挙に立候補したこと、この選挙の結果、原告らは落選し、丁一郎が生徒会に選出されたこと、原告らは、この生徒会役員選挙において、丁一郎らに選挙違反があったとして抗議したこと、「会長にもいろいろある。」旨の原告乙の発言は、このような事情を背景として、同じ教室で授業を受けていた丁一郎にも聞こえる程度の声の大きさでなされたことを認めることができるのであって、この事実に鑑みると、原告乙の発言は、その真意がどうであれ、丁一郎に対する侮辱的発言であると誤解されかねないものであるといえる。そうすると丁原教諭が、このような発言をした原告乙に対し、請求原因(2)イ(イ)のとおり注意したことが違法であるとは到底いえない。 四(一)戊原教諭ら三名の教師が、平成一〇年七月一四日、原告甲野宅を訪問したこと、丙山教頭及び戊原教諭が、同月二八日、原告甲野宅を訪問したこと、丙山教頭が、同年八月一一日、原告甲野宅を訪問したこと、原告甲野が、平成一一年二月一五日、授業を受けないで帰宅したことは、当事者間に争いがなく、この事実に<証拠略>を総合すると、以下の事実を認めることができる。 ア 丁川は、平成一〇年四月、丙川中学校夜間学級三学年に入学したが、社会科の授業内容が平易すぎるとの不満を担当教師に対して述べていた。丙山教頭は、平成一〇年五月ころ、丁川に対し、高度な授業を受けたいのならば、しっかり勉強して来年卒業し、高校に入学する必要がある旨述べた。 イ 丁川は、平成一〇年七月一〇日、丙川中学校の教室で、原告甲野に対し、自分は来年卒業しなければならないかも知れない旨述べ、原告甲野は、丁川に対し、「一四年も在学している人もいるのに、なぜ丁川が一年で卒業しなければならないのか、在学していればよい。」旨述べた。 ウ 丙川中学校夜間学級では、平成一〇年当時、九年を超えて在学する生徒は卒業させる方針で指導を行っていたところ、平成一〇年七月一〇日当時、丙川中学校夜間学級に既に一四年間在学していた甲は、原告甲野に対し、一四年在学しているからといって誰にも迷惑を掛けているわけではない旨述べ、上記イの原告甲野の発言に対し抗議した。 エ 原告甲野は、上記ウの甲の抗議に対し、「朝鮮人のやることや」と応答した(原告甲野のこの発言を以下「本件発言」という。)。同じ教室にいてこのやり取りを聞いていた丁一郎外数名の生徒が、原告甲野に対し、口々に「帰れ。帰れ。」と言い出し、甲やこれらの生徒と原告甲野との間で口論となった。なお、原告甲野のクラスには、多くの在日韓国人・朝鮮人の生徒が在籍していた。 オ 丙山教頭は、甲から、原告甲野が本件発言をしたことに対する抗議の電話を受けたため、教師らに、その場に同席していた数名の生徒からの事情聴取をさせ、その結果、原告甲野が本件発言をしたことを確認した。そこで、戊原教諭、戊山教諭及び甲山教諭は、平成一〇年七月一四日、原告甲野宅を訪れ、本件発言について、甲及び丁一郎らに対して謝罪するよう説得したが、原告甲野は、これを拒否した。 カ 丙山教頭及び戊原教諭は、平成一〇年七月二八日、原告甲野宅を訪れ、甲野に対し、本件発言について、甲及び丁一郎らに謝罪するよう再度説得したが、原告甲野は、これを拒否した。 キ 丙山教頭は、平成一〇年八月一一日、原告甲野宅を訪れ、原告甲野宅の玄関先において、丙川中学校に登校し、本件発言について謝罪するよう説得したが、原告甲野は、話があるなら弁護士に対して欲しい旨述べて、話し合いに応じなかった。 ク 丙川中学校の教師らは、原告甲野が、平成一〇年九月二日以後も、本件発言について謝罪しなかったので、クラス内でのトラブルを避けるため、原告甲野に対し、本件発言を聞いた生徒と同じ教室で授業を受ける前に、学校側との話し合いに応じるように説得を続けていた。 (二)原告甲野の本件発言は、原告甲野に在日韓国人・朝鮮人に対する差別意思があったか否かにかかわらず、その発言の経緯からして、これを聞いた在日韓国人・朝鮮人の生徒に差別発言であるととられてもやむを得ないものであったといえる。そうすると、丙川中学校の教師らが行った前記認定の行為(原告甲野に対し、その自宅を訪問して、甲及び丁一郎らに対して謝罪するよう説得したことやクラス内でのトラブルを避けるため、原告甲野に対し、本件発言を聞いた生徒と同じ教室で授業を受ける前に、学校側との話し合いに応じるように説得したこと)は、原告甲野が在籍する中学校の教師として行うべきことを行ったにすぎないといえるのであって、これが違法であるとはいえない。 五(一)<証拠略>を総合すると、原告甲野は、平成一〇年九月二八日午後六時前ころ、丙川中学校に登校し、授業を受けるため二階の教室に向かったこと、丙山教頭は、原告甲野が登校してきたとの連絡を受けて、教室に向かって一階の廊下を歩いている原告甲野に対し、本件発言に関して学校側と話し合いをするよう呼びかけたこと、原告甲野は、丙山教頭の呼びかけを無視し、時折手に持った雨傘を左右に振って丙山教頭を払いのけるようにしながら、二階への階段を上り始めたこと、丙山教頭は、原告甲野の右横について歩き、学校側との話し合いを求め続けたこと、原告甲野は、階段の踊り場から三段目辺りに差しかかった際、手に持っていた雨傘を原告甲野の右横を歩いていた丙山教頭に向けて強く振ったこと、丙山教頭は両腕でこれを受け止めたこと、原告甲野は、振った雨傘を丙山教頭に受け止められた反動で、階段の踊り場に後ずさりして尻餅をつくような格好で倒れたこと、これによって原告甲野は右足部捻挫の傷害を負ったことを認めることができる。原告甲野は、その本人尋問において、原告甲野が階段で倒れたのは、丙山教頭が原告甲野が持っていた雨傘を掴み、手で原告甲野の胸を押したからである旨供述し、甲二二号証(原告甲野の陳述書)にも同旨の記載があるが、この供述及び記載は、前記各証拠に照らして信用できない。(二)上記認定の事実によると、原告甲野が右足部捻挫の傷害を負ったのは、原告甲野が自ら招いた結果であるといえるのであって、丙山教頭にその責任があるとはいえない。 六(一)請求原因(三)ア、イの事実は当事者間に争いがない。 (二)<証拠略>を総合すると、丙川中学校夜問学級は、義務教育の年齢を超えている者で、中学校を卒業していない希望者に対し、夜間において中学校教育を行うことを目的として設置されていること、原告甲野は、平成七年一〇月ころから甲野一作文原稿を書き始め、何度も推敵を重ねて、同年一二月ころ、ようやくこれを完成させたこと、原告甲野のクラスの担任であった丙原教諭は、甲野一作文原稿に事実と食違う箇所があると考えて、原告甲野に対し、その部分を修正、削除するよう求めたこと、原告甲野は、丙原教諭のこの要求を拒絶したこと、丙原教諭は、原告甲野が甲野一作文原稿の修正、削除に応じなかったため、原告甲野の了を得ないまま、甲野一作文原稿中の(一)ないし(四)部分を削除し、更に、この削除後の原稿の末尾に、原告甲野が既に提出していた「新学期に思う」と題する作文をつなぎ合わせた文章(甲野一修正作文)を本件一文集に掲載することにしたこと、原告甲野は、「新学期に思う」と題する作品を本件一文集に掲載することを希望していなかったこと、丙川中学校の教師らは、職員会議において、乙作文原稿及び甲野二作文原稿には、実名を挙げて個人を攻撃、非難している箇所があることから、その個人の人権を保護するために、個人名をアルファベットに直した上、本件二文集に掲載すべきであるとの結論に達したこと、乙原校長は、この職員会議の結論に従って乙修正作文及び甲野二修正作文を本件二文集に掲載したこと、原告乙は、乙作文原稿中の個人名をアルファベットに直すことを了承したことはなく、原告甲野も甲野二作文原稿の個人名をアルファベットに直すことを了承したことはないことを認めることができる。 (三)丙川中学校夜間学級を担当する教師らには、丙川中学校夜間学級の設置された目的を達成するため、いかなる内容の教育を行うかにつき合理的な範囲内の裁量権があるといえるところ、生徒の作文を掲載した「おとなの中字生」と題する文集の発行は、丙川中学校夜間学級の教育の一環として行われているものであることは明らかであるから、丙川中学校夜間学級を担当する教師ら(最終的には校長)には、生徒の提出した作文に、事実関係の誤りがあったり、他人をいたずらに非難、中傷する部分があるなどして、これをそのまま文集に掲載することが教育上好ましくないと判断するときには、当該生徒に対し、提出した作文の修正、削除を指導することができ、当該生徒がこの指導に従わないときには、その作文を文集に掲載しない措置をとることも許されるといえる。しかしながら、丙川中学校夜間学級を担当する教師ら(最終的には校長)が、生徒の提出した作文の一部を当該生徒の了解を得ることなく削除した上、これを当該生徒の作文であるとして文集に掲載すること、生徒が掲載を希望しない作文を掲載すること、生徒の提出した作文中の個人名を当該生徒の了解を得ることなく記号(アルファベット)化した上、これを当該生徒の作文であるとして文集に掲載することは、教師の裁量権を逸脱し、当該生徒の人格権を侵害する行為であるといわざるを得ない。 (四)そうすると、原告甲野は、丙川中学校の教師らが、甲野』修正作文を本件一文集に掲載し、かつ、甲野二修正作文を本件二文集に掲載したことによって、人格権を侵害されたといえるし、また、原告乙は、丙川中学校の教師らが、乙修正作文を本件二文集に掲載したことによって、人格権を侵害されたといえるところ、本件に顕れた一切の事情を勘酌すると、原告甲野が上記のとおり人格権を侵害されることによって被った精神的苦痛を慰謝するには、五〇万円をもってするのが相当であり、また、原告乙が上記のとおり人格権を侵害されることによって被った精神的苦痛を慰謝するには、二〇万円をもってするのが相当であると認められる。 (五)民法七二三条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まないものと解される(最判昭四五年一二月一八日民集二四巻一三号二一五一頁)ところ、甲野一修正作文が本件一文集に掲載され、かつ、甲野二修正作文が本件二文集に掲載されたことによって、原告甲野の社会的名誉が毀損されたとはいえないし、また、乙修正作文が本件二文集に掲載されたことによって、原告乙の社会的名誉が毀損されたとはいえない。したがって、原告らは、民法七二三条所定の「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分」として、被告に対し、謝罪広告の掲載や、文集の再発行を求めることはできない。また、人格権に基づき文集の再発行を求めることができる旨の原告らの主張は、独自の見解であって採用することはできない。 七 本件訴訟の難易の程度や認容額等を考慮すると、上記六(四)の甲野中学校の教師らの人格権侵害行為と相当因果関係のある損害として認めるべき弁護士費用は、原告甲野については一〇万円、原告乙については五万円とするのが相当である。 八 以上によると、原告甲野の請求は、六〇万円及び内金五〇万円に対する訴状送達の日の翌日である平成一一年七月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告乙の請求は、二五万円及び内金二〇万円に対する訴状送達の日の翌日である平成一一年七月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、この限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。よって、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第22民事部 裁判長裁判官 谷口幸博 裁判官 吉田尚弘 裁判官 岩井一真 別紙 略 |
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