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【事件名】バス車体のペイント画事件
【年月日】平成13年7月25日
 東京地裁 平成13年(ワ)第56号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成13年5月8日)

判決
原告 A
訴訟代理人弁護士 守屋典子
被告 株式会社永岡書店
訴訟代理人弁護士 今井征夫


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、金300万円及びこれに対する平成11年1月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告は、被告に対し、別紙書籍目録記載の書籍(以下「被告書籍」という。)において、別紙作品目録の作品(以下「原告作品」という。)を複製して出版した被告の行為が、原告が有する著作権及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害すると主張して、損害賠償の支払を求めた。
1 前提となる事実(証拠を示した事実を除き、当事者間に争いがない。)
(1) 原告及び原告作品
ア 原告は、1970年代後半に、横浜市の東急東横線桜木町駅のガード下に描いたアウトドアペインティングで注目を浴びて以来、横浜市と米国サン・ディエゴ市を拠点に、Bの名の下に創作活動をしている画家である(甲8、9)。原告は、平成元年、横浜博覧会でパビリオンにペイントを施したり、横浜の新本牧地区、みなとみらい21地区、横浜ポートサイド地区など、横浜のシティ・キャラクターを形成する景観に作品を提供したりした。
平成2年12月には、ウエストコーストアーティストベスト10の1人に(甲11)、さらに米国のアーティストオブジイヤーに選ばれたこともあり、また、平成11年には横浜市文化賞奨励賞を受賞した(甲16、17)。
イ 原告は、平成6年、横浜市内の関内、伊勢佐木町、元町及び中華街など同市都心部のパシフィコ横浜循環バス路線(通称「Yループ」と呼ばれる路線)を走る横浜市営バスの車体の左右両側面部、上面部及び後面部に、絵画を描いた。
(2) 被告の行為
 被告は、平成10年、その表紙及び本文14頁左上に、原告作品が車体に描かれたバス(以下「本件バス」という。)の写真を掲載した被告書籍を出版、販売した。被告書籍中に、原告作品の著作者氏名の表示はされていない。
2 争点
(1) 原告作品は「美術の著作物」か(請求原因)。
(原告の主張)
 原告作品は、別紙作品目録添付の写真のとおり、原告の「思想又は感情を創作的に表現したものあって、美術の範囲に属するもの」ということができるから、「美術の著作物」である。原告作品は、バスの車体の外面に描かれているが、これを理由に「美術性」ないし「著作物性」が否定される余地はない。
(被告の反論)
 否認する。原告作品は、バスが目立つように配色し図形を描いただけであり、美術の著作物といえない。
(2) 原告作品は、著作権法(以下「法」という。)46条柱書所定の美術の著作物で、「その原作品が街路、公園その他の一般公衆に開放されている屋外の場所又は建造物の外壁その他一般公衆の見やすい屋外の場所」に「恒常的に設置されているもの」といえるか(抗弁)。
(被告の主張)
 法46条柱書は、屋外の場所に恒常的に設置された美術の著作物は、いずれの方法によるかを問わず、自由に利用できる旨定めている。同規定は、誰もが見ようと思えば自由に見ることができる場所に展示された美術の著作物について、著作権主張を制限なく認めた場合には、公衆の行動の自由を妨げることになるおそれがあるため、著作物の設置者の意思又は社会的慣行に照らして、著作権を制限するのが相当であるという趣旨から規定されたものである。
 そうすると、同規定所定の「一般公衆に開放されている屋外の場所」又は「一般公衆の見やすい屋外の場所」とは、誰もが見ようと思えば自由に見ることができる広く自由に公開された公共の場所を指すと解するのが相当である。美術の著作物を車体に描いた市営バスが運行する公道のような場所は、正に、一般公衆に開放されている屋外の場所に該当する。
 同規定所定の「恒常的に設置された」とは、常時継続して公衆の観覧に供するような状態に置かれたことを指すと解すべきである。一定の路線を運行する路線バスの車体外面に描かれた絵画は、当該バスが存在する限り、恒常的に存在し続けるので、常時継続して公衆の観覧に供するような状態に置かれたものということができ、恒常的に設置されたものに該当する。バスが場所的な移動を伴うことのゆえをもって、恒常的でないというべきではない。
 原告は、バスは夜間車庫内に駐車されるため、恒常的に設置したとはいえない旨主張するが、保安上の理由で夜間に屋内に移動するものでも、恒常性を肯定すべきであるし、また、一定の場所に固定されている物でも夜は見えないこともあるので、夜間車庫内に駐車することが恒常性を失わせる根拠とはならない。
 よって、法46条により、被告は、原告作品を自由に利用することができる。
(原告の反論)
 本件バスに描いた原告作品は、屋外に恒常的に設置されたものではない。設置とは、場所的な固定を意味する。本件バスは、指定された運行時間内のみ道路を走行するものであって、一定の場所に固定されていない。また、運行時間外は、塀で囲まれ、かつ、ガードマンによって警備される市営バスの専用駐車場に駐車されているのであって、一般公衆に開放されている屋外の場所に恒常的に存在しているものでもない。
 よって、法46条柱書の適用又は類推適用の余地はない。
(3) 原告作品の描かれた本件バスの写真を、被告書籍に掲載し、これを販売することは、法46条4号所定の「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する」行為に当たるか(再抗弁)。
(原告の主張)
 法46条4号は、屋外の場所に恒常的に設置された美術の著作物が、何人も自由に利用できるという原則に対する例外を設けたものである。すなわち、同規定は、仮に「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する」場合のように、相当の収益の見込まれる行為についてまで、第三者が自由に利用できるとすると、著作権者に対し多大な不利益を与えることになるため、自由利用の例外を設けたのである。
 原告作品が車体に描かれた本件バスの写真を被告書籍に掲載し、これを販売する行為は、相当な収益が見込まれる行為であり、正に「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し」「その複製物を販売」した場合に該当する。
(被告の反論)
 法46条4号は、美術の著作物を独立した鑑賞目的の美術作品として複製販売する場合を想定している。しかし、被告書籍は、町で見かける各種自動車を児童に紹介する目的で、路線バスの一例として、本件バスの写真を掲載したのであるから、法46条4号には該当しない。
(4) 氏名表示権侵害があったか。
(被告の主張)
 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができるが(法19条3項)、本件の利用態様は、これに該当する。
(原告の反論)
 原告の主張は争う。
(5) 損害額
(原告の主張)
ア 財産的損害
 被告書籍の「表紙」及び「本文」14頁目左上に、原告作品を車体に描いた本件バスの写真が掲載されている。その使用の態様に照らし、原告が通常受けるべき金銭の額は金50万円を下らない。
イ 精神的損害
(ア) 複製権侵害に基づく精神的損害
 原告は、画家としてのイメージを大切にしたいとの思い等から、作品発表の場を慎重に選択し、特にマス・メディア関係では、慎重な姿勢を維持し続け、画家としての力量が充実した時点で、初めてマス・メディアにデビューしようと計画していた。そのようなことを考えていた時期に、本件著作権侵害行為があり、これにより、原告のイメージは著しく傷つけられた。また、原告作品を使用する企画も中止された。
(イ) 氏名表示権侵害に基づく精神的損害
 被告は、被告書籍中に、原告作品が車体に描かれた本件バスの写真を掲載したが、その際、原告の氏名を表示していない。これにより、原告は精神的損害を被った。
(ウ) (ア)及び(イ)の損害額の合計は、金250万円を下らない。
(被告の反論)
 原告の主張は争う。
 被告による原告作品の使用は、その態様に照らし、原告の画家としてのイメージを傷つける内容とはいえない。原告は、屋外恒常設置を承認している以上、原告作品が本件のような形で紹介されることについては、受忍限度の範囲内である。被告書籍への掲載と原告作品を使用する企画が中止になったこととは、相当因果関係がない。
被告には、著作権侵害についての故意又は過失はなかった。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 市営バスの車体に描いた原告作品が、「美術の著作物」に当たるか否かについて判断する。
 法2条1項1号は、「著作物」について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定する。「著作物」として保護されるためには、思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要であるが、創作性の程度については、制作者の独創性が発揮されたものであることまでは必要でなく、制作者の何らかの個性が表現されたものでありさえすれば足りると解すべきである。また、同号の「美術」につき、これを厳密に定義することには困難が伴うが、「空間又は物の形状、模様又は色彩を創出又は利用することによって、人の視覚を通じた美的な価値を追求する表現技術又は活動」を指すというべきである。そこで、「美術の著作物」として保護されるためには、「思想又は感情を創作的に表現したものであり、かつ、空間又は物の形状、模様又は色彩を創出又は利用することによる、人の視覚を通じた美的な価値を追求する表現物」であることが必要である。
(2) この観点から、以下検討する。
 前提となる事実、証拠(甲3ないし5)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
 原告は、平成6年、横浜市の各商店街団体が、同市のみなとみらい21地区や関内など同市中心部の活性化を図る一環として、同地区内の路線を循環する横浜市営バスの車体に横浜市街の特色を前面に打ち出したデザインを施すことを企画したのを受けて、市営バス1台の車体の両側面部、上面部及び後面部(合計4面)に、原告作品を描いた。原告作品は、別紙作品目録添付の原告作品写真のとおり、赤、青、黄及び緑の原色を用いて、人の顔、花びら、三日月、目、星、馬車、動物、建物、渦巻き、円、三角形など様々な図形を、太い刷毛を使用した独特のタッチにより、躍動感をもって、関内や馬車道をイメージして、描かれた美術作品である。
 確かに、原告作品は、市営バスの車体に描かれたものであるが、前記のとおり、原告作品を制作するに至った経緯、制作の目的、独特の表現手法に照らすならば、原告作品が、原告の個性が発揮された美術の著作物であることは疑う余地がない。
 この点について、被告は、原告作品はバスが目立つように配色し図形を描いただけの単なる装飾にすぎない旨主張するが、前記認定及び判断に照らして、同主張は採用の限りでない。
2 争点(2)について
(1) 原告作品が、「その原作品が街路、公園その他の一般公衆に開放されている屋外の場所又は建造物の外壁その他一般公衆の見やすい屋外の場所」に「恒常的に設置されているもの」といえるか否かについて判断する。
 法46条柱書は、美術の著作物で「その原作品が街路、公園その他の一般公衆に開放されている屋外の場所又は建造物の外壁その他一般公衆の見やすい屋外の場所」に「恒常的に設置されているもの」は、所定の場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる旨を規定し、屋外の場所に恒常的に設置された美術の著作物について、一定の例外事由に当たらない限り公衆による自由利用を認めている。同規定の趣旨は、美術の著作物の原作品が、不特定多数の者が自由に見ることができるような屋外の場所に恒常的に設置された場合、仮に、当該著作物の利用に対して著作権に基づく権利主張を何らの制限なく認めることになると、一般人の行動の自由を過度に抑制することになって好ましくないこと、このような場合には、一般人による自由利用を許すのが社会的慣行に合致していること、さらに、多くは著作者の意思にも沿うと解して差し支えないこと等の点を総合考慮して、屋外の場所に恒常的に設置された美術の著作物については、一般人による利用を原則的に自由としたものといえる。
(2) そこで、上記の観点から、この点を検討する。
ア 証拠(甲1、4、5)及び弁論の全趣旨によれば、原告作品が車体に描かれた本件バスは、横浜市営バスの中の1台であり、横浜市内の関内、伊勢佐木町、元町及び中華街など同市中心部を結ぶパシフィコ横浜循環バス路線(Yループ)を運行していること、運行時間帯及び運行間隔の詳細は必ずしも明らかでないが、毎日定期的に繰り返し循環していること、路線運行中は、不特定多数の者が、本件バスを見ることができること、夜間は、横浜市営バス専用の駐車施設内に駐車され、その間は、不特定多数の者が見ることはできないこと等の事実が認められる。
イ 上記認定事実を前提に、法46条柱書への該当性について、順にみてみる。
 まず、「屋外の場所」について検討する。
 前記の趣旨に照らすならば、同条所定の「一般公衆に開放されている屋外の場所」又は「一般公衆の見やすい屋外の場所」とは、不特定多数の者が見ようとすれば自由に見ることができる広く開放された場所を指すと解するのが相当である。原告作品が車体に描かれた本件バスは、市営バスとして、一般公衆に開放されている屋外の場所である公道を運行するのであるから、原告作品もまた、「一般公衆に開放されている屋外の場所」又は「一般公衆の見やすい屋外の場所」にあるというべきである。
 次に、「恒常的に設置する」について検討する。
 前記の趣旨に照らすならば、同条所定の「恒常的に設置する」とは、社会通念上、ある程度の長期にわたり継続して、不特定多数の者の観覧に供する状態に置くことを指すと解するのが相当である。原告作品が車体に描かれた本件バスは、特定のイベントのために、ごく短期間のみ運行されるのではなく、他の一般の市営バスと全く同様に、継続的に運行されているのであるから、原告が、公道を定期的に運行することが予定された市営バスの車体に原告作品を描いたことは、正に、美術の著作物を「恒常的に設置した」というべきである。
 この点、原告は、本件バスが、夜間、車庫内に駐車されるため、恒常的とはいえない旨主張する。しかし、広く、美術の著作物一般について、保安上等の理由から、夜間、一般人の入場や観覧を禁止することは通常あり得るのであって、このような観覧に対する制限を設けたからといって、恒常性の要請に反するとして同規定の適用を排斥する合理性はない。結局、原告のこの点の主張は理由がない。
 また、原告は、「設置する」とは、美術の著作物が、土地や建物等の不動産に固着され、また、一定の場所に固定されていなければならないと解すべきところ、本件バスは移動するので、本件バスに絵画を描くことは、設置に当たらないと主張する。確かに、同規定が適用されるものとしては、公園や公道に置かれた銅像等が典型的な例といえる。しかし、不特定多数の者が自由に見ることができる屋外に置かれた美術の著作物については、広く公衆が自由に利用できるとするのが、一般人の行動の自由の観点から好ましいなどの同規定の前記趣旨に照らすならば、「設置」の意義について、不動産に固着されたもの、あるいは一定の場所に固定されたもののような典型的な例に限定して解する合理性はないというべきである。原告のこの点の主張も理由がない。
3 争点(3)について
(1) 原告作品が車体に描かれた本件バスを撮影した写真を被告書籍に掲載して、これを販売したことが、法46条4号所定の場合に当たるか否かについて判断する。
 法46条4号は、「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合」には、一般人が当該美術の著作物を自由に利用することはできない旨規定する。同規定は、法46条柱書が、前記のとおり、一般人の行動に対する過度の制約の回避、社会的慣行の尊重及び著作者の合理的意思等を考慮して、一般人の著作物の利用を自由としたことに対して、仮に、専ら複製物の販売を目的として複製する行為についてまで、著作物の利用を自由にした場合には、著作権者に対する著しい経済的不利益を与えることになりかねないため、法46条柱書の原則に対する例外を設けたものである。
 そうすると、法46条4号に該当するか否かについては、著作物を利用した書籍等の体裁及び内容、著作物の利用態様、利用目的などを客観的に考慮して、「専ら」美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する例外的な場合に当たるといえるか否か検討すべきことになる。
(2) そこで、上記観点から、この点を検討する。
(ア) 被告書籍の体裁及び内容
 被告書籍は、別紙書籍目録添付の写しのとおり、全46頁からなり、縦14.8p、横14.8pの比較的小さなサイズの本である。表紙には、左上部に小さく「なかよし絵本シリーズD」と、その下に大きく「まちをはしるーはたらくじどうしゃ」と表題が付されている。
 被告書籍は、写真やイラストを用いて、町を走る各種の自動車を、幼児向けにわかりやすく解説したものであり、裏表紙には、監修者の言葉として、「新幹線や自動車など、しょっ中見ているようですが、子どもは、意外に正確な絵がかけません。お父さま、お母さまがごいっしょに、形や位置など見るポイントを、楽しく指導してあげてください。・・・」と記載されている。
 その内容は、パトロールカー、救急車、消防車、ブレイクスクワート車、郵便車、清掃車、バス、タクシー、キャリアカー、レスキュー車、除雪車、移動販売車、野菜直売車、穴掘り建柱車、ホイルローダー、ダンプカー、クレーン車、コンクリートミキサー車、高所作業車、テレビカー、トイレカー、テレビ中継車、タラップ車、フードローダーなど24種の自動車について、それぞれ見開き2頁を1単位として、各種の自動車の写真と簡単な説明文によって、説明がされている。
 例えば、本文1、2頁には「パトロールカー」の紹介がされ、両頁にパトカーの大きな写真が、2頁目の左上に「ふくめんパトロールカー」の小さな写真が、それぞれ掲載され、さらに、子供向けの説明文「まちをはしってみんながあんぜんでいられるようにパトロール」、父兄向けの説明文「町の中を走り、人々の安全な生活を守る警らパトカーと、見かけは一般車両ですが、緊急時にはパトカーに変わる覆面パトカーがあります。」が、それぞれ記載されている。また、本文3、4頁には「救急車」の紹介がされ、両頁に救急車の大きな写真が、4頁目の左上に「内部の様子」の小さな写真が、左下に「血液輸送車」の小さな写真がそれぞれ掲載され、さらに、子供向けの説明文「いそげいそげきゅうびょうにんやけがにんをすばやくびょういんへはこぶんだ」、父兄向けの説明文「病人やけが人を病院まで運びます。車内は看護ができるようになっていて、救急救命士などの救命処置で生命の助かることが多くなっています。」が、それぞれ記載されている。
(イ) 原告作品の利用態様等
 表紙の掲載態様は、以下のとおりである。すなわち、表紙には、前記のとおり、左上部に小さく「なかよし絵本シリーズD」と、その下に大きく「まちをはしるーはたらくじどうしゃ」と表題が付され、その下に、原告作品が車体に描かれた本件バスの写真が、大きく(縦約8cm、横約14cmの大きさで)掲載されている。なお、バスの後部は、若干切れている。
 また、本文14頁の掲載態様は、以下のとおりである。すなわち、本文13、14頁には「いろいろなバス」の紹介がされ、両頁に「幼稚園バス」の大きな写真が、14頁目の左欄に「路線バス」と「都営2階建てバス」及び「運転席の様子」の小さな写真が、それぞれ掲載され、さらに、子供向けの説明文「きょうもみんなのおくりむかえ」、父兄向けの説明文「幼稚園バスは、園児の送迎専用バスです。路線バスは、パシフィコ横浜循環バスです。都営2階建てバスは、葛西臨海公園より走っています。」が、それぞれ記載されている。このうち、原告作品が車体に描かれた本件バスの写真は、「路線バス」として、小さく(縦約3cm、横約7cmの大きさで)掲載されている。
(3) 以上認定した事実によれば、確かに、被告書籍には、原告作品を車体に描いた本件バスの写真が、表紙の中央に大きく、また、本文14頁の左上に小さく、いずれも、原告作品の特徴が感得されるような態様で掲載されているが、他方、被告書籍は、幼児向けに、写真を用いて、町を走る各種自動車を解説する目的で作られた書籍であり、合計24種類の自動車について、その外観及び役割などが説明されていること、各種自動車の写真を幼児が見ることを通じて、観察力を養い、勉強の基礎になる好奇心を高めるとの幼児教育的観点から監修されていると解されること、表紙及び本文14頁の掲載方法は、右の目的に照らして、格別不自然な態様とはいえないので、本件書籍を見る者は、本文で紹介されている各種自動車の一例として、本件バスが掲載されているとの印象を受けると考えられること等の事情を総合すると、原告作品が描かれた本件バスの写真を被告書籍に掲載し、これを販売することは、「専ら」美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する行為には、該当しないというべきである。原告のこの点の主張は理由がない。
4 以上の次第であるから、原告の請求は理由がない。
 なお、被告書籍中に、原告作品の著作者氏名の表示はされていない。しかし、前記のとおり、被告書籍における著作物の利用の目的及び態様に照らし、著作者氏名を表示しないことにつき、その利益を害するおそれがないと認められる。したがって、被告の行為は、原告の有する著作者人格権侵害を構成しない。

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 今井弘晃
裁判官 石村智


別紙
作品目録
 車両番号「横浜22か6646」のバスの車体の両側面部、上面部及び後面部に描かれた絵別紙原告作品写真のとおり
 原告作品写真
別紙
書籍目録
題号 「なかよし絵本シリーズDまちをはしる はたらくじどうしゃ」
発行 1998年発行
発行所 永岡書店
表紙及び本文13、14頁の掲載態様は、「別紙被告書籍」写しのとおり
 被告書籍
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/