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【事件名】交通遺児育英会・元理事のプライバシー侵害事件(2)
【年月日】平成13年7月18日
 東京高裁 平成13年(ネ)第473号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成11年(ワ)第23243号)

判決
控訴人 株式会社文藝春秋
上記代表者代表取締役 白石勝
上記訴訟代理人弁護士 喜田村洋一
同 林陽子
控訴人 甲野太郎
上記訴訟代理人弁護士 秋山昭八
上記訴訟復代理人弁護士 泉義孝
被控訴人 乙山松夫
上記訴訟代理人弁護士 今村昭文


主文
一 原判決中控訴人株式会社文藝春秋の敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の控訴人株式会社文藝春秋に対する請求を棄却する。
三 控訴人甲野太郎の控訴を棄却する。
四 控訴人株式会社文藝春秋と被控訴人との間では訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とし、控訴人甲野太郎と被控訴人との間では控訴人甲野太郎について生じた控訴費用は控訴人甲野太郎の負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判等
一 控訴人らの控訴の趣旨
(一)原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す。
(二)被控訴人の各請求をいずれも棄却する。
二 被控訴人の請求の趣旨
(一)控訴人株式会社文藝春秋は、被控訴人に対し、五五〇万円及びこれに対する平成一一年一〇月二六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二)控訴人甲野太郎は、被控訴人に対し、五五〇万円及びこれに対する平成一一年一〇月二四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 当審における審理、判断の範囲
 原判決は、上記二の被控訴人の各請求について、控訴人らに対し、連帯して、五五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(控訴人文藝春秋については平成一一年一〇月二六日、控訴人甲野については同月二四日)から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命ずる限度で認容し、その余の請求をいずれも棄却した。この原判決中被控訴人の各請求を棄却した部分については、被控訴人からの控訴の申立てがないので、当審においては、上記の原判決が認容した範囲内で、被控訴人の各請求の当否を審理、判断すべきこととなる。
第二 本件事案の概要
一 本件記事の掲載及び掲載に至る経緯
 当事者間に争いのない事実及び確実な書証により明らかに認められる事実は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二事案の概要」の一の項の記載のとおりであるから、この記載を引用する。
 すなわち、控訴人文藝春秋は、平成一一年九月二二日発行の「週刊文春」同月三〇日号に、「〃あしながおじさん〃丙川会内紛でわかった常勤理事は『高給とり』!年収一五〇〇万円」との見出しの下に、原判決別紙のとおりの本件記事を掲載した。本件記事には、以下の記述が含まれている。
(一)@「河上理事は、収入が断たれたことによる家計の窮状を、切々と訴えている。」
A「『河上さんは、善意の寄付で成り立つ公的機関の責任のある立場の方なんですから、自ずと節度ある生活が求められるはずです。ところが、自分がいかに給与が必要かと訴える理由が、クビを傾げたくなるような内容なんです』(前出・丙川会関係者)」
B「先の提出資料によれば、一月の主な支出を見ると、
 ・家計・教育費三六万円
 ・住宅ローン返済四二万円
 ・カードローン返済一九万円
 ・生命保険料二六万円(全八件)
 ・職業費(書籍代・交際費)約一〇万円などで、合わせて月に一三八万円余りになるという。」
C「結果、常勤の収入があったときでさえ、毎月約四〇万円も収入が不足し、銀行の当座貸越やカードローンを利用し、ボーナスで家計を埋め合わせていたというのだ。」
D「日本の平均的な家計は、世帯人員二・六人で、月収入約四九万円、支出が約三二万五〇〇〇円(九七年総務庁調べ)だから、河上氏の家計の突出ぶりがわかる。
E「河上理事の言い分を見てみよう。
 <住宅ローンについてですが、私は現在住んでおります住宅を昭和五六年に三一八〇万円で購入しましたが、頭金一五〇万円の外はすべて住都公団と富士銀行の住宅ローンにしました。現在の残高は両方で約二六〇〇万円で月額返済額は約四二万円弱です><銀行のカードローンは、月々の不足分や交際費等の支出にあてるために行ったもので、現在、五つの銀行から計一五五〇万円の借入があり、月額の返済は合計で一九万円となっております><生命保険料は、知人や友人から頼まれて断り切れなかったものが積み重なって、毎月の支払額が多くなってしまったものです。今回陳述書を書くために整理してみて、支払保険料が随分多くなってしまったと反省しており、今後少し整理していく積もりです><職業費の一〇万円ですが、普通の会社であれば勤務先の必要経費として認められるようなものも、丙川会としての性格上必要経費とすることができず、長年に渡って殆ど全てを自己負担としてきました>」
F「そこで、河上理事の家計診断を、家計アナリストの荻原博子さんに依頼した。」
(二)「まずは、住宅ロ−ンから。『支払残額から推測し、仮に三〇年ローンで組んだとすると、当時の金利が高かったとしても、月々の返済額は二〇万円弱で済むはずです。五〇歳近くで借入しているので、二五年ローンということも考えられますが、その場合でも支払残額が二六〇〇万円というのはあり得ません』
 保険アナリストも疑問を呈する。
 『一般のサラリーマン家庭で考えると、支払い保険料の家計に占める割合が一九パーセント近いのは、多すぎますね。二六万円の保険料は、仮に掛け捨て保険とすると、保険金は二億円になってしまいます。ご本人が言うように、支払い保険料を少なくした方がいいでしようね』
 前出・荻原さんが続ける。
 『この家計では、ふつうの家庭では成り立たないでしょうね。九八万円も月収があるのに、なぜ、家計のために一五〇〇万円も借入があるのか。もう一度、支出を見直すことをお勧めします』」
二 争点に関する当事者の主張
 争点及び争点に関する当事者の主張は、次項に控訴人らの主張を補足するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の二の項の記載のとおりであるから、この記載を引用する。
 すなわち、被控訴人は、控訴人文藝春秋に対して、本件記事が被控訴人のプライバシ−を侵害するとして慰謝料の支払を求め、控訴人甲野に対して、同人が入手した地位保全等の仮処分事件に係る被控訴人作成の本件陳述書を控訴人文藝春秋の記者に交付すれば、被控訴人のプライバシーが侵害されることを認識しつつ、これを交付又は中身を了知できる態様で見せ、被控訴人のプライバシーを侵害したとして慰謝料の支払を求めている。なお、被控訴人は、本件記事が被控訴人を仮名扱いにしていることについては、たとえ仮名扱いしているとしても、被控訴人の財団法人丙川会の在勤年数は約三〇年に及ぶこと、専務理事を除けば常勤理事は昭和五七年以降被控訴人一人であること、しかも、被控訴人以外の常勤理事である玉井元専務理事及び現専務理事の控訴人甲野については本文記事中に実名で登場することからすると、丙川会の関係者、被控訴人の友人・知人等にとっては、本件記事の対象者が被控訴人であると特定することは容易であって、プライバシーの侵害については、公表の相手方が不特定又は多数である必要はないし、仮名であっても、事情を知る者が容易に当該人物を特定し得る場合には成立すると解するのが相当であると主張する。
 これに対し、控訴人文藝春秋は、本件記事における被控訴人に関する記述は、社会の正当な関心事であり、その表現方法も、被控訴人の名前を実名で報じず、被控訴人を「河上武男」という仮名で扱っており、一般読者は、本件記事を読んでも、これが被控訴人に関するものであるとは認識し得ないなど妥当なものであるから、被控訴人のプライバシーを侵害することはないと主張し、控訴人甲野は、記者の取材に対して本件陳述書を見せたことはあるが交付はしていない、記者は独自の取材をし、独自の判断に基づき記事として掲載するのであるから、控訴人甲野の行為と記事の掲載との間に相当因果関係はなく、控訴人甲野において被控訴人のプライバシーが侵害されることを認識していた事実もないと主張している。
三 控訴人らの補足主張
(一)仮名を用いたことによる表現行為の相当性について
 プライバシー侵害の前提となる対象者の特定は、一般読者について判断されるべきであり、特定の一人について判断されるべきではない。もともとプライバシーの侵害があるとされるには、ある事実が「公表」されなければならないのであり、ある人の私的事項を特定の一人に口頭で伝えたとしても、それが直ちにプライバシーの侵害になるものではない。同様に、ある人の私的事項を報道したとしても、これがだれに関する私的事項であるかを、特定の一人しか理解できず、一般の読者は理解できないのであれば、当該私的事項は「公表」されたということはできず、私的事項の公表という類型のプライバシー侵害は成立しない。
(二)被控訴人によるプライバシーの放棄又は損害の不発生
 被控訴人は、本件記事が掲載・公表された直後に、丙川会の理事らに対して本件記事及び本件陳述書のコピーを送付している。このことは、被控訴人が本件陳述書の記載内容に関するプライバシーを放棄したものであるか、プライバシーの放棄に当たらないとしても、被控訴人が本件記事によってその私生活上の平穏を害されてはおらず、同人に損害が発生していないことを示すものである。
第三 当裁判所の判断
一 控訴人文藝春秋に対する請求について
(一)本件記事が他人に知られたくない被控訴人の私生活上の事実を公表するものであることは、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の一の項の1(原判決二一頁一一行目から二六頁一行目まで)で説示するところと同一であるから、この説示を引用する。
 すなわち、本件記事は被控訴人の家計支出の具体的な使途や金額の記載を含むものであり、一般人を基準にして考えるならば、これらの事実は他人に知られたくない私生活上の事実であるから、本件記事のうち一部の記述は、これをみだりに公表されないとの被控訴人の法的利益(プライバシーの権利)を侵害するものであることを否定することができない。また、これらの事実が、被控訴人が丙川会を相手方として申し立てた地位保全等の仮処分事件において自ら作成し、提出した本件陳述書に記載された事実であったからといって、被控訴人がこれを一般に公表することを望んだということができないことはもちろん、これが「一般の人々に知られた事実」であるということもできない。
(二)ところで、私人の有するプライバシーの権利(一般に他人に知られたくないであろう私生活上の事実や個人的情報をみだりに公表されない法的利益)は、個人の尊厳を維持するために極めて重要な権利である。しかし、他方で、新聞、出版、放送その他のマスメディアが国民に対して豊富な情報を提供することが国民の知る権利にとってとても大切なことであり、マスメディアが表現の自由の一内容として報道の自由を保障されていることを考えるならば、マスメディアによる報道が少しでも私人のプライバシーを侵害すれば、当然にこれが違法であってその私人に対する不法行為となるとすることは相当ではない。このような場合には、当該報道の目的、態様その他の諸要素と当該プライバシー侵害の内容、程度その他の諸要素とを比較衡量して、当該事案においてはいずれの権利を優先させるべきかを決するほかはない。
 この比較衡量において重要な考慮要素となり得るのは、報道については、当該報道の意図・目的(公益を図る目的か、興味本位の私事暴露が目的かなど)、これとの関係で私生活上の事実や個人的情報を公表することの意義ないし必要性(これをしなければ公益目的を達成することができないかなど)、情報入手手段の適法性・相当性(例えば盗聴などの違法な手段によって入手したものかなど)、記事内容の正確性(真実に反する記述を含んでいるかなど)、当該私人の特定方法(実名・仮名・匿名の別など)、表現方法の相当性(暴露的・侮蔑的表現か、謙抑的表現かなど)等であり、プライバシー侵害については、公表される私生活上の事実や個人的情報の種類・内容(どの程度に知られたくない事実・情報なのか、既にある程度知られている事実・情報なのかなど)、当該私人の社会的地位・影響力(いわゆる公人・私人の別、有名人か無名人かなど)、その公表によって実際に受けた不利益の態様・程度(どの範囲の者に知られたか、どの程度の精神的苦痛を被ったかなど)等である。
(三)これを本件について検討すると、次のようにいうことができる。
ア 本件記事が報道の目的としているのは、その論旨からすれば、丙川会が交通遺児の援護団体で寄附や善意の募金によって運営されている公益法人であるのに、その常勤理事が年収一五〇〇万円という高給を得ていることの妥当性についての問題提起であるということが一応できる。本件記事には興味本位的な要素も存在することは指摘し得るところであるが、その論旨による限り、これが公益を図る目的に出たものでないとはいえないであろう。
イ 本件記事に記載された被控訴人の家計に関する個人的情報は、被控訴人が自ら作成した本件陳述書に基づくものである。控訴人文藝春秋は、亀井洋志記者が控訴人甲野から写しの交付を受けてこれを入手した(その詳細は、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の二の項の1、2(原判決三九頁一行目から四二頁六行目まで)で説示するところと同一であるから、この説示を引用する。)。控訴人甲野のこの行為の適否については後記二(一)に述べるが、控訴人文藝春秋(亀井記者)が違法な手段でこれを入手したということはできない。また、本件記事に記載された上記の個人的情報には本件陳述書の内容と特段異なるところはなく、本件陳述書の内容が真実である限りは、正確な情報であるということになる。
ウ 本件記事の上記アの論旨のためには、丙川会常勤理事の報酬額を明らかにすることは必須であるが、これが不相当な「高給」であるかどうかを判断するための材料は、常勤理事の勤務形態、職務内容とその困難性、当該理事の丙川会での経歴、功績、他の同様公益法人における理事の報酬の実態、一般企業における同程度の役職者の給与・報酬の水準等であるはずであるが、本件記事においては、わずかに国家公務員の給与や日本の平均家計における月収が約四九万円であることに触れるだけで、上記の情報には乏しい内容となっている。その反面、常勤理事が支給された報酬をどのような使途で支出するかの点には、上記論旨からすればさしたる重要性があるとは考えられないが、本件記事は、被控訴人の家計における教育費、住宅ローン・カードローンの返済、生命保険料等の具体的な金額を公表するもので、しかも、「家計アナリスト」や「保険アナリスト」によるこれが多いとか少ないとかの論評まで紹介するものとなっており、上記論旨には必ずしもそぐわない内容となっている。この点で、本件記事は、被控訴人の私生活上の事実や個人的情報に不必要に踏み込んでいるといわざるを得ないことは、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の一の項の3(原判決二八頁九行目から三五頁七行目まで)で説示するとおりであるから、この説示も引用する。
エ 本件記事は、被控訴人の実名を記載せず、また、その頭文字を記載するといった方法も採らず、「河上武男」というそれ自体では被控訴人を特定する手掛かりとなり得ない仮名を仮名と断って用いている。これは、本件記事が被控訴人のプライバシーの保護に一定の配慮をしたものと評価することができる。また、本件記事が上記のように被控訴人の家計内容を公表しているのは、被控訴人の作成した本件陳述書の記載に基づくものであるが、本件陳述書には、それ以外にも、食費、衣服費等の明細や、家族構成、二男の在学校名、妻の病歴、被控訴人の資産状況その他多くの個人的情報が記載されているが、本件記事がこれらを採り上げていないのは、当然のこととはいいながら、やはり被控訴人のプライバシーの保護に一定の配慮をしたものと評価することができよう。
オ 本件記事は、被控訴人の「高給」と家計支出についての批判的な見方が基礎となっており、これを週刊誌の記事によく見られるやや冷笑的・揶揄的な文章表現によって記述しており、被控訴人にとっては不快なものであると思われるが、殊更に侮蔑的な文章表現が用いられているというわけではなく、表現方法の相当性という点では特段の問題がない。
力 本件記事によって公表された被控訴人の家計に関する個人的情報は、一般にも被控訴人にとっても、他人に知られたくない性質のものであると考えられる。しかし、これが公表されることによって、極度の羞恥、当惑のあまり、人の顔が見られなくなるというほどのものでもないであろう。その意味で、本件記事による被控訴人のプライバシー侵害が最高度のものであるとまではいうことができない。
キ 被控訴人は、財団法人丙川会という著名な公益法人の常勤理事であり、その意味でいわゆる公人たる性格を有することを否定することはできないであろうが、世間的には全くの無名人であって、そのプライバシーがある程度さらけ出されることを甘受しなければならないほどの公的地位にあるとまではいうことができない。
ク 本件記事は被控訴人について「河上武男」という仮名を用いているが、「河上武男・常任理事(仮名=66)」と記載されているので、本名がこれと異なる六六歳の常勤の常任理事であることが記事自体から判明する。そして、丙川会の常勤理事は外には専務理事である控訴人甲野のみであり、控訴人甲野は本件記事に実名で登場するから、少し調査をすれば、あるいは丙川会の内部事情を多少知る者であれば直ちに、「河上武男」が被控訴人を指すことが判明する。しかし、多くの発行部数を有する著名な週刊誌である「週刊文春」の読者の大多数にとっては、本件記事を閲読しても、被控訴人は実名を伴わない仮名の存在のままで終わるのであり、本件記事によって実名を伴う存在である被控訴人を識別してそのプライバシーを知るのは、不特定でも多数でもない特定の少数の者に限られる。したがって、実名報道がされた場合に比べれば、被控訴人の被る精神的苦痛ははるかに少ないということができよう。もっとも、本件記事から直ちに被控訴人を特定することができない者でも、少し調査をすれば容易に被控訴人を特定することができるのであるから、仮名報道であるからといって、被控訴人の被る精神的苦痛を軽視することも相当ではない。
(四)本件記事の目的、態様その他の諸要素とこれによる被控訴人のプライバシー侵害の内容、程度その他の諸要素については、上記(三)のようにいうことができる。これに基づく比較衡量によって、いずれの権利を優先させるべきかを決すべきである。
 そうすると、本件記事は、公益を図る目的に出たものでないとはいえず(上記(三)ア)、違法な手段で入手した個人的情報を記載するものではなく(同イ)、被控訴人の私生活上の事実や個人的情報に不必要に踏み込んでいるが(同ウ)、記載する個人的情報の取捨選択の点で一定の配慮がされており(同エ)、記事内容の正確性や表現方法の相当性の点でも特段の問題がない(同イ、オ)、そして、被控訴人は、そのプライバシーがある程度さらけ出ざれることを甘受しなければならないほどの公的地位にあるとまではいえないが(同キ)、本件記事によって最高度のプライバシーに属する個人的情報を公表されたとまではいえず(同カ)、仮名が用いられたことによって、精神的苦痛が実名報道がされた場合に比べてはるかに少なかった(同ク)のである。
 これらの諸事情に基づいて、本件記事による報道の自由を保障する必要性と本件記事によって公表された被控訴人のプライバシーを保護する必要性とを比較衡量すると、本件においては、プライバシーの侵害は決して無視してよいようなものではないが、いずれかといえば報道の自由を保障する必要性が優先し、控訴人文藝春秋が本件記事を掲載した行為は、報道の自由を保障するという観点から違法性を欠くものと評価すべきであり、被控訴人に対する不法行為とならないと解するが相当である。ちなみに、仮に本件記事において、仮名ではなく被控訴人の実名が用いられていたとすれば、比較衡量の結果、違法性の有無について上記とは異なる結論に達するであろう。
二 控訴人甲野に対する請求について
(一)控訴人甲野が本件陳述書の写しを亀井記者に交付したことは前記のとおりであり、この行為と本件記事の掲載との間に相当因果関係があることは、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の二の項の3(原判決四二頁七行目から四五頁三行目まで)で説示するところと同一であるから、この説示を引用する。
 そして、控訴人甲野が亀井記者の取材に応じて被控訴人の個人的情報が記載された本件陳述書の写しを交付したのは、これに基づいて「週刊文春」に被控訴人に対して批判的な記事が掲載されることを予見し、期待してのことであると推認することができ、これを覆すに足りる証拠はない。
 その結果、上記のとおり、本件記事の掲載によって被控訴人のプライバシーが侵害されるに至ったのであって、控訴人甲野の行為には違法性があり、被控訴人に対する不法行為を構成するものというべきである。なお、本件記事を掲載した控訴人文藝春秋の行為は上記一のとおり違法性を欠くものと解すべきであるが、これは専ら報道の自由を保障するという観点によるものであって、この観点による余地のない控訴人甲野の行為について違法性を否定する理由はないといわなければならない。マスメディアに情報を提供する行為についてまで、その結果他人の権利が侵害されることになるにもかかわらず、その自由が保障されているものとは考えられないからである。
(二)そして、本件記事の公表により被控訴人が被った精神的苦痛を慰謝するには五〇万円の支払をもってするのが相当であり、控訴人甲野の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は五万円が相当であることは、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の三の1、2項(原判決四五頁七行目から四六頁七行目まで)で説示するところと同一(ただし、原判決四六頁六行目の「被告らの不法行為」を「控訴人甲野の不法行為」に改める。)であるから、この説示を引用する。
(三)なお、控訴人甲野は、被控訴人が、本件記事が掲載・公表された直後に、丙川会の理事らに対して本件記事及び本件陳述書のコピーを送付していることから、被控訴人が本件陳述書の記載内容に関するプライバシーを放棄したか、仮にプライバシーの放棄に当たらなくても被控訴人が本件記事によってその私生活上の平穏を害されてはおらず、同人に損害が発生していないと主張する。
 しかし、被控訴人が理事らに送付したのは、本件記事のコピー及び宮崎理事長あての抗議文であり、本件陳述書を送付したわけではない(<証拠略>)。被控訴人としては、本件記事の掲載により被控訴人のプライバシーは既に侵害されており、丙川会の理事の地位にある者は既に本件記事を目にしているか近いうちに目にすることは明らかであるから、本件記事のコピーを理事らに送り、併せて本件記事の掲載に至る経緯を明らかにすることにより本件訴訟提起を決意するに至った事情を説明しておく必要があると考えて、これらを送付したものであると認められる(<証拠略>)。したがって、被控訴人がプライバシーを放棄し、あるいは被控訴人に損害が生じていないと認める余地がないことは明らかである。
第四 結論
 以上によれば、被控訴人の控訴人甲野に対する請求は五五万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、被控訴人の控訴人文藝春秋に対する請求には理由がないから、この判断に従って、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所民事15部
 裁判長裁判官 近藤崇晴
 裁判官 宇田川基
 裁判官 原克也
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