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【事件名】泉北ニュータウン建設計画書の著作物性事件(2)
【年月日】平成13年6月21日
 大阪高裁 平成12年(ネ)第3128号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成11年(ワ)第3635号)
 (当審口頭弁論終結日 平成13年4月19日)

判決
控訴人(1審原告) タウ建築設計株式会社
同訴訟代理人弁護士 友光健七
同 船山信行
同訴訟復代理人弁護士 近藤広明
被控訴人(1審被告) 株式会社長谷工コーポレーション
同訴訟代理人弁護士 菅生浩三
同 奥村正策
同 小北陽三
同 大野康裕
同 科埜眞義
同 小林弘和
同 吉岡康博
被控訴人(1審被告) ニチメン株式会社
同訴訟代理人弁護士 福村武雄
同 村田勝彦


主文
1 控訴人の本件控訴及び当審で追加した予備的請求をいずれも棄却する。
2 当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して1億8892万円及びこれに対する平成11年3月1日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
(3) (当審で追加した予備的請求)
 上記(2)と同旨
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
(5) 仮執行宣言
2 被控訴人ら
 主文と同旨
第2 事案の概要
1 争いのない事実等は、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」一に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決4頁2行目の「業務施設」を「業務施設等」と改める。)。
2 控訴人は、
(1) 被控訴人長谷工については、@ 原告企画書及び原告改良企画書を複製して被告計画書を作成し、さらに、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書に従って建物を建築するなどして控訴人の著作権を侵害したという不法行為により、設計企画料相当の損害を被った、A 控訴人、被控訴人長谷工、大和銀行及び多田建設の4社間で、平成10年6月23日成立した契約(4社間合意)に反し、控訴人を排除して、自社名義で本件土地の分譲申込みをした上、被控訴人ニチメンから設計・監理・工事施工を独占受注し、控訴人と多田建設が共同開発事業として分担受注することになっていた契約上の権利を奪ったという債務不履行により、前同様の設計企画料相当の損害を被ったと主張し、
(2) 被控訴人ニチメンについては、被告計画書が控訴人の著作権を侵害するものであることを知りながら、これを添付書類として平成10年11月5日本件土地の分譲申込みをした上、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書に従って建物を建築し、控訴人の著作権を侵害したという不法行為により、設計企画料相当の損害を被ったと主張して、被控訴人らに対し、損害賠償請求をした。
 原判決は、原告企画書及び原告改良企画書の一部について著作物性を認めたが、被告計画書は、これを複製したものとは認められず、被控訴人らが、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書に従って建築物を建築しているともいえないとし、さらに、4社間合意についてはこれを認めることができないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。
 控訴人は、原判決を不服として控訴を申し立て、当審において、寄託契約、2社間合意などに基づく請求を予備的に追加した。
3 争点
 本件における争点は、当審で後記(1)〜(4)が付加されたほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」三に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決9頁3行目の「改良企画書」の次に「のうち次のもの」を加え、同7行目の「被告計画書」の前に「被控訴人長谷工が作成し、被控訴人ニチメンが分譲申込みに際し使用した」を加える。)。
(1) 寄託契約(争点2の2)
ア 控訴人と被控訴人長谷工との間で、原告改良企画書に関する寄託契約が成立したか。
イ 被控訴人長谷工は、控訴人に対し、寄託契約違背の債務不履行責任を負うか。
(2) 2社間合意(争点2の3)
ア 控訴人と被控訴人長谷工との間において、平成10年7月14日、2社間合意が成立したか。また、その内容はいかなるものか。
イ 被控訴人長谷工は、控訴人に対し、2社間合意違反の債務不履行責任を負うか。
(3) 信義則違反(争点2の4)
(4) 被控訴人ニチメンの共同不法行為責任(争点2の5)
 仮に、上記(1),(2)において、被控訴人長谷工の債務不履行が認められるとして、被控訴人ニチメンがその事情を知りながら、本件事業を実施し、もって被控訴人長谷工と共同して不法行為を行ったか否か。
第3 争点に関する当事者の主張
 争点に関する当事者の主張は、後記1ないし4のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の訂正等
(1) 原判決12頁1〜2行目の「表現したものといえる。」を「表現したものであり、原告改良企画書中の建築設計図面は、これらの図面を一部修正したもので、やはり多くの思想を創作的に表現したものといえる。」と改め、同6行目の「有するほか、」の次に「事業としてスーパーマーケットを選定したこと、」を加える。
(2) 同13頁6行目の「建坪率」を「建ぺい率」と改める。
(3) 同21頁4行目の「被告」を「被告ら」と、同7行目の「被告」を「被告計画書中の」と、22頁7行目の「被告」を「被告ら」と、同8行目の「原告ら」を「原告」と、24頁2行目の「被告」を「被告ら」と各改める。
(4) 同24頁6行目の次に改行して、次のとおり加える。
 「(三) 以上のとおり、被控訴人長谷工の作成した被告計画書は、原告企画書及び原告改良書を複製したものであり、被控訴人ニチメンは、上記の事情を知りながら、本件土地の分譲申込みをした。」
(5) 同30頁6行目の「が成立した」を「を締結した」と改める。
(6) 同33頁5行目の「設計監理費」を「設計関係費(総合企画設計料等)」と改める。
2 控訴人の当審における主張
(1) 寄託契約(争点2の2)
 控訴人は、平成10年6月中旬ころ、被控訴人長谷工に対し、原告改良企画書を預け渡し、被控訴人長谷工との間で、原告改良企画書を両当事者が参加する開発事業のためのみに使用し、それ以外の目的のためには利用せず、被控訴人長谷工において善良な管理者の注意義務をもって保管するとの点を合意内容とする寄託契約を締結した。被控訴人長谷工は、上記寄託契約の趣旨及び善管注意義務に違反し、同年7月16日以降、本件開発事業から排除されることを危惧した控訴人が原告改良企画書の返還を再三請求したにもかかわらず、控訴人に無断でこれを流用(盗用)し、自らの名義の被告計画書を作成して、これを被控訴人ニチメンに提供し、上記寄託契約に違反した。
 被控訴人長谷工は、被控訴人ニチメンが、平成10年11月5日、大阪府に分譲申込みをし、同年12月11日付け決定を経た後、同被控訴人との間で本件建物の建築請負工事契約を締結した上、上記工事を実施することにより、控訴人を本件開発事業から排除して、控訴人が上記工事に伴う設計監理料等を取得する機会を奪い、前記引用に係る原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に関する当事者の主張」「三 争点3(損害額)について」に記載のとおりの損害を与えた。
(2) 2社間合意(争点2の3)
 控訴人は、平成10年7月14日、被控訴人長谷工との間で、同被控訴人が、原告改良企画書をそのまま使用して単独分譲申込みをするに当たり、その前提として次の各点について合意した。
ア 本件土地の開発事業については、原告改良企画書に基づいて実施すること。
イ 本件開発事業の実施においては相互に協力し、相手を排除しないこと。
ウ 控訴人が本件開発事業の設計及び同監理業務を担当し、その利益(設計監理料等)を取得すること。
エ 被控訴人長谷工は、建築工事を請け負い、その利益を取得すること。
 控訴人は、被控訴人長谷工に対し、上記合意を書面化することを求めたが、被控訴人長谷工は、これに応じず、控訴人との間の上記合意に反し、原告改良企画書を使用し、単独名義で分譲を申し込み、控訴人を本件開発事業から排除した。
 さらに、被控訴人長谷工は、上記分譲申込みを取り下げる一方、平成10年11月5日、被控訴人ニチメンが分譲申込みを行うに当たり、自ら控訴人に代わって本件開発事業の設計及び同監理業務を担当し、原告改良企画書をわずかに手直ししただけで、これを流用(盗用)し、控訴人が上記工事に伴う設計監理料等を取得する機会を奪い、前記引用に係る原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に関する当事者の主張」「三 争点3(損害額)について」に記載のとおりの損害を与えた。
(3) 信義則違反(争点2の4)
 被控訴人長谷工が上記のとおり単独分譲申込みをするなどして控訴人を本件分譲開発事業から排除した行為は、一連の契約上の信義則に違反して債務不履行となる。
(4) 被控訴人ニチメンの共同不法行為責任(争点2の5)
 被控訴人ニチメンは、被控訴人長谷工が上記(1),(2)の債務不履行をしていることを知りながら、上記行為に加担協力して本件開発事業を実施し、もって、被控訴人長谷工の債務不履行に共同して不法行為を行った。
3 当審における被控訴人長谷工の主張
(1) 時機に後れた攻撃防御方法の主張
 控訴人の当審における上記2(1),(2)の主張は、いずれも時機に後れた攻撃防御方法であるから、却下されるべきである。
(2) 控訴人が当審において主張する上記2(1),(2)の合意は、いずれも存在しない。
(3) 控訴人が当審において主張する上記2(1),(2)の債務不履行は、いずれも、事業主体を被控訴人ニチメンとする平成10年11月5日付け分譲申込書(乙1)に、原告改良企画書を流用(盗用)して作成された被告計画書が添付されたこと、あるいは本件建物の建築設計図書(乙2)が原告改良企画書を流用(盗用)して作成されたものであることが前提となるところ、被控訴人長谷工がこれらの流用をした事実はない。
4 当審における被控訴人ニチメンの主張
(1) 控訴人の当審における上記2(1)の主張について
 上記主張のうち、原告改良企画書の流用を否認し、その余は知らない。
(2) 控訴人の当審における上記2(2)の主張について
ア 2社間合意を理由とする上記主張は、時機に後れた攻撃防御方法であるから、却下されるべきである。
イ 上記主張のうち、原告改良企画書の流用を否認し、その余は知らない。
(3) 控訴人の当審における上記2(4)の主張について
 被控訴人ニチメンが被控訴人長谷工と協力して本件開発事業を実施したことは認め、その余は否認ないし争う。
第4 争点に対する判断
1 当裁判所も、控訴人の請求は当審で追加した予備的請求を含め、いずれも理由がないと判断する。その理由は、後記2ないし8のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 争点に対する当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 原判決の訂正等
(1) 原判決34頁4行目の「・改良企画書」を「及び原告改良企画書」と改め、35頁10行目の「図表」の次に「、模型」を、同末行の「該当するものといえる」の次に「(ちなみに、両当事者が、原告企画書及び原告改良企画書中の「建築設計図面」、被告計画書中の「建築設計図面」と主張するのは、いずれも各図面に面積表を加えた「建築設計図書」をいうものと解される。)」を各加え、37頁6行目の「甲三一の1」を「甲31の1〜6」と改める。
(2) 同39頁8行目の「図面」を「図面と数表」と、同9行目の「二四枚の図面」を「18枚の図面と6枚の面積表」と、同10行目の「七枚の図面」を「8枚の図面と1枚の面積表」と、同末行の「一八枚の図面」を「14枚の図面と3枚の面積表」と、同行目の「設計図書」を「建築設計図書」と、41頁1行目及び41頁3行目の各「被告設計図書」をいずれも「被告計画書中の建築設計図書」と各改める。
(3) 同41頁5行目の「(甲二の1)」を削り、同末行の「図面上の表現は、」の次に「平面図だけでなく、北側から見た建物断面図(bP7)、西東立面図(bP9)、北東立面図(bQ0)、北東部上空から建物全体を俯瞰した図面(bQ3)、北東部上空から文化教養施設付近を俯瞰したイメージイラスト(bQ4)によっても表現されており、これらの表現部分は、特に創作性の顕著な部分といえる。そして、」を加え、42頁1行目の「原告設計企画書」を「原告改良企画書」と改め、同2行目の「(甲五の1)」を削る。
(4) 同42頁3行目の「二階」を「3階」と改め、同5行目の「(乙一)」を削り、同8行目の「表記されており、この点において」を「表記されているほか、この部分を俯瞰したりする図面はなく、平面図以外においては、一枚の図面に記載された建物全体の南西立面図及び北西立面図(bP5)、南西部地上から建物全体を見上げた図面(乙1末尾)があり、これらの点において」と、同9〜10行目の「相違点があるといえる。」を「相違点があり、その表現方法も異なるといえる。」と、同末行の「被告計画書柱」を「被告計画書中」と各改める。
(5) 同43頁2行目の次に改行して次のとおり加える。
 「なお、争点に関する当事者の主張一2【原告の主張】中(一)(4)@において『マンションエントランス部がスーパーの売場を効率化するため奥行を狭め、細長の長方形化されている』との記載、同Aにおいて『マンション用主エレベータが南棟中央部に設置され、北西部にマンション用非常用エレベータが‥‥設置されている』との記載、同(8)の六階部分に関する記載、同(10)の南東立面全体、エレベータ部デザイン及び北面立面図に関する記載は、いずれも被告計画書中の設計図面に基づくものではなく、この設計図面に変更が加えられた後の図面集(甲27、乙2)に基づく記載である。これらの類似点は、後記争点1(三)のところで問題となることはあっても、被告計画書が、原告企画書及び原告改良企画書の複製といえるか否かという点については、関係がないというべきである。
 一方、原告企画書中の図面には、人と車の流れを描いた動線計画図があり(bQ2)、被告計画書中の図面にも同様のものがあるが、これらは平面図に人と車の流れを数種類の色を用いた矢印で示したものであり、表現上に特段の工夫を要するものとは考えられず、予測される人と車の動きが同じである以上、類似した図面となることは避けられない。」
(6) 同43頁3〜4行目の「建築図書」を「建築設計図書」と、同9行目の「判示したとおりである。」を次のとおり各改める。
 「判示したとおりであり、控訴人が主張する原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書と被告計画書中の建築設計図書との間の類似点は、それが、建築設計図書における表現方法自体でなく、建築設計図書に表現されたアイデア自体の類似点を指摘する限りにおいて、被告計画書中の建築設計図書が原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書の複製であることを理由付けるものとはなり得ない。」
(7) 同43頁末行の「ことに(イ)」を「ことに」と、44頁2行目及び3行目の各「設計図書」をいずれも「建築設計図書」と、同4行目の「鑑みて」から同8行目末尾までを次のとおり各改める。
 「かんがみると、その表現方法においても、その差異を無視することはできず、被告計画書中の建築設計図書が、原告企画書又は原告改良企画書中の建築設計図書の創作的な表現部分を再生したものであるとはいえず、その複製と認めることはできない。」
(8) 同45頁9行目の「建築するした」を「建築する」と、46頁8行目の「(乙一)」を削り、47頁2行目の「設けており(乙二)」から47頁4行目の「付帯施設の表現が、」までを「設けているが(乙2)、いずれにしても、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書中の2階ないし4階に設けられた付帯施設に相当する部分を有しておらず、前記2(二)のとおり、同付帯施設の表現が、」と、同5行目の「設計図書」を「建築設計図書」と、同6行目の「原告の設計図書」を「原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書」と各改める。
(9) 同49頁末行〜次頁1行目の「及び原告の陳述書(甲三八、三九)」を「並びに控訴人代表者作成の陳述書(甲39)及び控訴人担当者D作成の陳述書(甲40)」と改める。
3 著作権侵害についての補足説明
(1) 原告企画書等の著作物性及びその範囲について
 控訴人は、当審において、図書類の各部分のいずれか主要かつ相応の部分に、著作物の根拠となる表現があれば、全体として一体の著作物であると判断されるのであるから、原判決が、原告企画書の図書類を解体した上、同企画書の事業計画書中「施設の概要」及び「工程スケジュール」部分、経営計画書並びに「(仮称)ニューシティKOMYO計画」が著作物に該当しないと判断したのは誤りであると主張する。
 しかし、被告計画書が原告企画書の著作権を侵害したか否かを判断するにあたり、著作物性のない部分について、これを比較することは無意味であるから、一個の著作物においても、その著作物における創作的な表現部分について、これが複製されたかどうかを判断することが必要であり、控訴人の上記主張は理由がないと考える。
(2) 被告計画書が原告企画書及び原告改良企画書の複製に当たるか否かについて
 控訴人は、当審において、本件のような業務施設と中高層住宅を複合させる大型建築物においては、設計者は、建築設計上の言語を用いて自らの知識と技術を駆使して設計図を作成し、そこに創作的な表現を表す余地が十分に認められるにもかかわらず、原判決が、建築設計図の技術性、機能性からくる表現方法の多様性の限界を過度に重視し、複製を否定したことは、建築設計図作成者の知的活動の成果を過度に軽視するもので、誤りであると主張する。
 また、控訴人は、当審において、原判決が、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書と被告計画書中の建築設計図書との間に多数の共通点を認め、建物の基本構造等主要部分において類似していることを認めながら、付属施設等ごくわずかな相違部分のみを過大評価して、図面全体の複製を否定したことは誤りであると主張する。
 しかし、既に説示のとおり、被告計画書中の建築設計図書は、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書において特に創作性の顕著な部分と考えられる付帯施設についての俯瞰図に相当するものを備えておらず、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書のその他の部分については、特に、表現方法について特別な工夫をし、さらに、被告計画中の建築設計図書において、これと類似した表現がなされている表現方法は見当たらず(建築設計図作成者の知的活動の成果のうち、著作権法によって保護されるものは、その表現方法であり、表現された中身自体は他の権利として別途保護されるべきである。)、被告計画書中の建築設計図書は、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書の複製であるということはできない。
4 寄託契約(争点2の2)について
(1) 被控訴人長谷工は、控訴人の寄託契約の主張について、時機に後れた攻撃防御方法であるとして、却下を求めるが、原審記録によると、原告改良企画書の交付の事実及びその前後の経緯に関する主張、立証活動は原審においてもなされていたと認められ、本件訴訟の審理経過や進行状況等にかんがみれば、当審において、上記主張の存否について審理することにより、訴訟の完結を遅延させることにはならないと考える。したがって、被控訴人長谷工の上記却下の申立ては理由がない。
(2) 証拠(甲5の1・2、6の1、39)及び弁論の全趣旨によると、控訴人が、被控訴人長谷工に対し、原告改良企画書を交付したことが認められるが(なお、上記証拠によると、原告企画書についても被控訴人長谷工に交付したことが認められる。)、交付の経緯は、前記引用に係る原判決「事実及び理由中」中の「第二 事案の概要」「一 争いのない事実等」に記載のとおり、控訴人が、平成10年6月18日、七者グループの代表者としてした本件土地の分譲申込みを事業主体の資金不足からいったん辞退したものの、大和銀行を通じて紹介を受けた被控訴人長谷工の提案により、同月24日、再度、ニチモを事業主体とする分譲申込みを行うに当たり、被控訴人長谷工に交付したというものである。そして、分譲申込書(甲2の1)に添付された原告企画書(甲2の1の一部)及び原告改良企画書(甲5の1)自体は、その書面の性格上、原本が一通しか存在しない書面とは考えられないことからも、上記交付の際、原告企画書及び原告改良企画書の返還が、被控訴人長谷工の義務として予定されていたと認めることはできず、また、上記各企画書の取り扱いについて具体的、明示的に定めた合意の存した事実も認められない。
5 2社間合意(争点2の3)について
(1) 被控訴人らは、控訴人の2社間合意の主張について、時機に後れた攻撃防御方法であるとして、却下を求めるが、原審記録によると、2社間合意があったとする根拠となる事実及びその前後の経緯に関する主張、立証活動は原審においてもなされていたと認められ、本件訴訟の審理経過や進行状況等にかんがみれば、当審において、上記主張の存否について審理することにより、訴訟の完結を遅延させることにはならないと考える。したがって、被控訴人らの上記却下の申立ては理由がない。
(2) 控訴人は、被控訴人長谷工が、原告改良企画書を添付して、平成10年7月14日、本件土地の分譲申込みをするに際して、2社間合意をしたと主張する。
 確かに、被控訴人長谷工は、単独で分譲申込みをするに当たり、原告改良企画書をそのまま添付して申し込んだことが認められるが(甲26、38、39、弁論の全趣旨)、被告長谷工が原告改良企画書を控訴人に無断でそのまま流用することは考えにくく、何らかの合意に基づいてなされたものであると解される。
 そこで、被控訴人長谷工が単独で分譲申込みをするに至った経緯、その前提となる被控訴人長谷工と控訴人間の合意の内容を検討するに、控訴人の主張する2社間合意の内容を認めるに足りる証拠はなく、むしろ、証拠(甲1、2の1・2、4、6の1〜3、7、8の1・2、9の1・2、10の1・2、38〜41、乙6、控訴人代表者の原審供述)及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
ア 控訴人は、平成10年2月18日、七者グループの代表者として、大阪府に対し本件土地の分譲申込みをしたが、事業主体となる会社の資金不足から、同年6月18日にいったん分譲申込みを辞退した。控訴人は、その後、大阪府の再分譲に対し、同月24日、ニチモの確約がないまま、ニチモが事業主となる前提で、再度、分譲申込みをしたが、結局、ニチモが事業主となるめどがたたず、補正期限である同年7月6日までに申込みの補正を行うことができなかった。このため、大阪府は、控訴人が「本分譲要項に従って分譲条件等を遵守し、良好な施設を企画・建設・管理運営を行う十分な資力、業務経験、経営能力を有する者」に該当せずとの認定を行って、同年7月10日、控訴人に対し、控訴人の上記分譲申込み(再度)を失効させる旨の通知をした。
イ 被控訴人長谷工は、大阪府の担当者から、控訴人が事業者の共同名義人として記載されている申込書を受け入れることはできないが、被控訴人長谷工が下請としてどの企業を使うかについては干渉しないなどと言われていたことから、控訴人名義の申込書を被控訴人長谷工名義の申込書に差し替え、分譲選考先順位を確保した上、同年8月中には、ニチモに代わる事業主を見つけ出すこととし、控訴人の事業計画、経営計画及び建築設計図書による事業家の実現を図ることとし、同年7月14日、控訴人名義の申込書を被控訴人長谷工単独名義の申込書に差し替えた。
ウ 控訴人は、平成10年7月17日以降、被控訴人長谷工が分譲申込みをしたことについて強く抗議し、「御社(被控訴人長谷工)の今回の事業に対する当社(控訴人)の協力はお断わり申し上げます」と記載した同年8月3日付け回答書を送付したりした。その結果、被控訴人長谷工は、同年11月5日、上記申込みを取り下げるに至り、同日、被控訴人ニチメンが独自に分譲申込みをした。
 以上によると、被控訴人長谷工が単独でした上記分譲申込みは、とりあえず分譲選考先順位を確保するためのものであり、控訴人の主張する2社間合意に基づいてなされたものと認めることはできず、しかも、その後、控訴人が自ら被控訴人長谷工との関係を解消する旨申し出ていること(甲9の1)に照らすと、被控訴人長谷工が控訴人を本件事業から排除したと認めることはできないというべきである。
(3) なお、控訴人の被控訴人長谷工に対する抗議の理由は、上記イの認定事実と符合するものとはいえず、その違いがどのようにして生じたかについては必ずしも明らかとはいえない。共同事業者名から控訴人の名義を除外する経緯について、十分な説明と納得がなかったためであるかとも窺われるが、上記の抗議がなされたことのみをもって、控訴人の主張する2社間合意があったと認めることはできないというべきである。
(4) 控訴人代表者作成の陳述書(甲39)、控訴人担当者D作成の陳述書(甲40、41)、控訴人代表者の原審供述中には、上記認定に反する部分が存するが、上記認定の経緯、特に、控訴人において、二度にわたり事業主を確保することができず、大阪府が、本件開発事業を遂行する能力を有する者に該当せずとの認定を行って、控訴人の分譲申込みを失効させる旨の通知をしたこと(甲7)などの事情に照らすと、上記陳述及び供述部分は直ちに採用できない。
6 信義則違反(争点2の4)について
 控訴人は、被控訴人長谷工が単独分譲申込みをするなどして控訴人を本件分譲開発事業から排除した行為が、一連の契約上の信義則に違反して債務不履行となると主張するが、これまでの説示に照らすと、被控訴人長谷工に信義則に違反する事実を認めることはできない。
7 被控訴人ニチメンの共同不法行為責任(争点2の5)について
 前記4、5記載のとおり、被控訴人長谷工に債務不履行責任を認めることができない以上、これを前提とする被控訴人ニチメンについての共同不法行為責任についても、これを認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
8 その他、原審及び当審における控訴人提出の各準備書面記載の主張に照らして、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、当審の認定判断を覆すほどのものはない。
第5 結論
 以上によると、控訴人の請求は、当審で追加した予備的請求を含め、いずれも理由がない。よって、控訴人の本件控訴及び当審で追加した請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 竹原俊一
 裁判官 小野洋一
 裁判官 山田陽三
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