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【事件名】「ウルトラマン」裁判管轄事件(3)
【年月日】平成13年6月8日
 最高裁(二小) 平成12年(オ)第929号、平成12年(受)第780号 著作権確認等請求事件
 (一審・東京地裁平成9年(ワ)第15207号、二審・東京高裁平成11年(ネ)第1106号)

判決


主文
 原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。
 本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由
第1 上告代理人又市義男の上告理由について
 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、理由の不備をいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、上記各項に規定する事由に該当しない。
第2 上告代理人又市義男の上告受理申立て理由について
1 記録によって認められる事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、第1審判決別紙第二目録記載の各著作物(以下「本件著作物」という。)の日本における著作権者であり、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)により、ベルヌ条約の同盟国であるタイ王国においても著作権を有する。上告人は、株式会社バンダイに対し、日本及び東南アジア各国における本件著作物の利用を許諾している。被上告人は、タイ王国に在住する自然人であって、日本において事務所等を設置しておらず、営業活動も行っていない。
(2) 第1審判決別紙第一目録添付の契約書(以下「本件契約書」という。)が存在し、本件契約書には、円谷プロド・アンド・エンタープライズ・カンパニー・リミテッド(代表者・円谷皐)が、チャイヨ・フィルム・カンパニー・リミテッド(以下「チャイヨ・フィルム社」という。)の社長である被上告人に対し、昭和51年3月4日付けで、日本を除くすべての国において、期間の定めなく、独占的に本件著作物についての配給権、制作権、複製権等を許諾する旨の記載がある。
 なお、タイ王国において、チャイヨ・フィルム・リミテッド・パートナーシップとの名称の法人は登録されているが、チャイヨ・フィルム社は登録されていない。
(3) 上告人は、平成8年7月ころ、被上告人に対し、チャイヨ・フィルム社の社長である被上告人が、本件契約書に従い、タイ王国を含む領域で、本件著作物の独占的利用権を有していることを確認する趣旨の書簡(以下「本件書簡」という。)を送付した。
(4) 香港に所在するハルダネス法律事務所は、平成9年4月、チャイヨ・フィルム社の代理人として、株式会社バンダイ及びその子会社並びに株式会社バンダイと合併交渉中であった株式会社セガ・エンタープライゼスに対し、「チャイヨ・フィルム社は、本件著作物の著作権を有し、又は上告人から独占的に利用を許諾されているから、株式会社バンダイの香港、シンガポール及びタイ王国における子会社が本件著作物を利用する行為は、チャイヨ・フィルム社の独占的利用権を侵害する」旨の警告書(以下「本件警告書」という。)を送付し、そのころ、本件警告書は、日本における上記各社の事務所に到達した。
(5) 上告人は、本訴提起後の平成9年12月、タイ王国の裁判所に、被上告人外3名を相手方として、被上告人は本件著作物についてタイ王国における著作権を有しておらず、上告人から利用の許諾も得ていない、本件契約書は被上告人が偽造したものであるなどと主張して、本件著作物についてタイ王国における被上告人外3名の著作権侵害行為の差止め等を求める訴えを提起し、同訴訟は、刑事事件及び刑事に関連する民事事件として同国裁判所に係属している(以下「タイ訴訟」という。)。タイ訴訟において、被上告人は、本件著作物につきタイ王国における著作権を上告人と共有している旨の主張をしている。
2 本件は、上告人が、被上告人に対し、@ 本件警告書が日本に送付されたことにより上告人の業務が妨害されたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償(以下「本件請求@」という。以下同じ。)、A 被上告人が日本において本件著作物についての著作権を有しないことの確認、B 本件契約書が真正に成立したものでないことの確認、C 上告人が本件著作物につきタイ王国において著作権を有することの確認、D 被上告人が本件著作物の利用権を有しないことの確認、並びに、E 被上告人が、日本国内において、第三者に対し、本件著作物につき被上告人が日本国外における独占的利用権者である旨を告げること及び本件著作物の著作権に関して日本国外において上告人と取引をすることは被上告人の独占的利用権を侵害することになる旨を告げることの差止めを請求する事案である。
3 第1審は、本件訴えを却下し、原審も、概要次のように判断して、本件訴えを却下すべきものとした。
(1) 我が国の裁判所に不法行為を根拠とする国際裁判管轄があるか否かを判断するためには、その前提として、不法行為の存在を認定しなければならないが、原告の主張のみによってこれを認めるべきではなく、管轄の決定に必要な範囲で一応の証拠調べをし、不法行為の存在が一定程度以上の確かさをもって認められる事案に限って、不法行為に基づく国際裁判管轄を肯定するのが相当である。
 本件契約書が真正に成立したものと推定されることに加えて、本件書簡の記載内容等をも併せ考えると、被上告人は、上告人から、日本を除く地域における本件著作物の独占的利用の許諾を受けていると一応認められ、被上告人が本件警告書を送付した行為は、上告人との関係において、上告人と株式会社バンダイとの間の正当な契約関係を不当に侵害するとか、上記契約関係に不法に介入しようとしているとはいえない。すなわち、現段階における証拠による限り、被上告人の不法行為の存在を認めることはできず、むしろ不存在である見込みが大きい。
 したがって、本件請求@について、我が国に不法行為に基づく国際裁判管轄があると認めることはできない。
(2) 本件請求Aについては、日本における著作権の所在地が日本国内であることは明らかであるから、我が国に財産所在地の国際裁判管轄がある。しかし、上告人が本件請求Aの確認の利益を基礎づける事実として主張するのは、タイ訴訟において、被上告人が本件著作物についての著作権を上告人と共有している旨の主張をしていることのみであり、これによって、日本国内における本件著作物の著作権の帰属自体をめぐる紛争が、訴訟によって解決するに値するほどに成熟しているとはいえない。したがって、本件請求Aについて確認の利益を認めることはできない。
(3) 訴えの却下を免れない本件請求Aに基づき、その余の請求につき我が国に併合請求による国際裁判管轄を認めることは、不合理であって、許されない。
(4) なお、仮に、本件請求のいずれかにつき我が国の国際裁判管轄を肯定できるとしても、上告人は、本件について権利保護の法的手段が保障され、現にタイ訴訟において本件訴訟と同様の争点について争っているのであるから、日本国内に事務所等を設置しておらず、営業活動も行っていない被上告人に対し、タイ訴訟とは別に、我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することを強いることは、被上告人に著しく過大な負担を課すものであり、当事者間の公平、裁判の適正・迅速の理念に反するので、我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情がある。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 【要旨1】我が国に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき、民訴法の不法行為地の裁判籍の規定(民訴法5条9号、本件については旧民訴法15条)に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには、原則として、被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りると解するのが相当である。けだし、この事実関係が存在するなら、通常、被告を本案につき応訴させることに合理的な理由があり、国際社会における裁判機能の分配の観点からみても、我が国の裁判権の行使を正当とするに十分な法的関連があるということができるからである。
 本件請求@については、被上告人が本件警告書を我が国内において宛先各社に到達させたことにより上告人の業務が妨害されたとの客観的事実関係は明らかである。よって、本件請求@について、我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定すべきである。
 原審は、不法行為に基づく損害賠償請求について国際裁判管轄を肯定するには、不法行為の存在が一応の証拠調べに基づく一定程度以上の確かさをもって証明されること(以下「一応の証明」という。)を要するとしたうえ、被上告人の上記行為について違法性阻却事由が一応認められるとして、本件請求チにつき我が国に不法行為地の国際裁判管轄があることを否定した。これは、(ア) 民訴法の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して国際裁判管轄を肯定するためには、何らかの方法で、違法性阻却事由等のないことを含め、不法行為の存在が認められる必要があることを前提とし、(イ) その方法として、原告の主張のみによって不法行為の存在を認めるのでは、我が国との間に何らの法的関連が実在しない事件についてまで被告に我が国での応訴を強いる場合が生じ得ることになって、不当であり、(ウ) 逆に、不法行為の存在について本案と同様の証明を要求するのでは、訴訟要件たる管轄の有無の判断が本案審理を行う論理的前提であるという訴訟制度の基本構造に反することになると理解した上、(エ) この矛盾を解消するため、一応の証明によって不法行為の存在を認める方法を採ったものと解される。しかしながら、この(イ)及び(ウ)の理解は正当であるが、(ア)の前提が誤りであることは前記のとおりであるから、あえて(エ)のような方法を採るべき理由はない。また、不法行為の存在又は不存在を一応の証明によって判断するというのでは、その証明の程度の基準が不明確であって、本来の証明に比し、裁判所間において判断の基準が区々となりやすく、当事者ことに外国にある被告がその結果を予測することも著しく困難となり、かえって不相当である。結局、原審の上記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。 
(2) 本件請求Aは、請求の目的たる財産が我が国に存在するから、我が国の民訴法の規定する財産所在地の裁判籍(民訴法5条4号、旧民訴法8条)が我が国内にあることは明らかである。
 ところで、著作権は、ベルヌ条約により、同盟国において相互に保護されるものであるから、仮に、被上告人が本件著作物につきタイ王国における著作権を上告人と共有しているとすれば、日本においても、被上告人のタイ王国における共有著作権が保護されることになる。被上告人がタイ訴訟において本件著作物についてタイ王国における著作権を共有していると主張している事実は、本件請求Aの紛争としての成熟性、ひいては確認の利益を基礎づけるのに十分であり、本件請求Aの確認の利益を否定した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法がある。
 よって、本件請求Aについては、我が国の裁判所に国際裁判管轄があることを肯定すべきである。
(3) 本件請求BないしEは、いずれも本件請求@及びAと併合されている。
 【要旨2】ある管轄原因により我が国の裁判所の国際裁判管轄が肯定される請求の当事者間における他の請求につき、民訴法の併合請求の裁判籍の規定(民訴法7条本文、旧民訴法21条)に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには、両請求間に密接な関係が認められることを要すると解するのが相当である。けだし、同一当事者間のある請求について我が国の裁判所の国際裁判管轄が肯定されるとしても、これと密接な関係のない請求を併合することは、国際社会における裁判機能の合理的な分配の観点からみて相当ではなく、また、これにより裁判が複雑長期化するおそれがあるからである。
 これを本件についてみると、本件請求BないしEは、いずれも本件著作物の著作権の帰属ないしその独占的利用権の有無をめぐる紛争として、本件請求@及びAと実質的に争点を同じくし、密接な関係があるということができる。よって、本件請求BないしEについても、我が国の裁判所に国際裁判管轄があることを肯定すべきである。
(4) 本件訴訟とタイ訴訟の請求の内容は同一ではなく、訴訟物が異なるのであるから、タイ訴訟の争点の一つが本件著作物についての独占的利用権の有無であり、これが本件訴訟の争点と共通するところがあるとしても、本件訴訟について被上告人を我が国の裁判権に服させることが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反するものということはできない。その他、本件訴訟について我が国の裁判所の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるとは認められない。
5 結論
 以上に説示したとおり、本件各請求につき我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定し、本件請求Aについては訴えの利益も肯定すべきである。これと異なる見解の下に、上告人の本件訴えを却下すべきものとした原審及び第1審の判断には、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、この趣旨をいうものとして理由がある。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原判決を破棄し、第1審判決を取り消し、本案について審理させるため、本件を第1審裁判所に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁第二小法廷
 裁判長裁判官 河合伸一
 裁判官 福田博
 裁判官 北川弘治
 裁判官 亀山継夫
 裁判官 梶谷玄
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