判例全文 line
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【事件名】「キューピー」著作権侵害事件A(日本興業銀行AB)(2)
【年月日】平成13年5月30日
 東京高裁 平成12年(ネ)第7号 著作権侵害差止等請求、独立当事者参加控訴事件
 (原審・東京地裁平成10年(ワ)第2533号、同年(ワ)第16389号)
 (平成12年12月6日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 A
訴訟代理人弁護士 山本隆司
同 足立佳丈
被控訴人(脱退) ローズ・オニール遺産財団
被控訴人 株式会社日本興業銀行
訴訟代理人弁護士 岩倉正和
同 三村まり子
同 井上健二
同 檀綾子
同 志村直子


主文
1 原判決をいずれも取り消す。
2 控訴人の、被控訴人に対する、別紙物件目録一記載のイラスト及び同目録二記載の人形の複製の差止め及びこれらの複製物の廃棄を求める請求をいずれも棄却する。
3 控訴人が別紙著作物目録記載の人形に係る著作物の著作権者であることを確認する。
4 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを2分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 東京地方裁判所平成10年(ワ)第16389号事件に係る原判決中、請求第一、二項に係る部分を取り消す。
(2) 被控訴人は、別紙物件目録一記載のイラスト及び同目録二記載の人形を複製してはならない。
(3) 被控訴人は、前項のイラスト及び人形の複製物を廃棄せよ。
(4) 主文第3項と同旨(当審で追加した請求)
(5) 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴人の当審で追加した請求を棄却する。
(3) 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
 本件は、控訴人が、別紙著作物目録記載の人形(以下「本件人形」という。)に係る著作物(以下「本件著作物」という。)の著作権者であり、被控訴人による別紙物件目録一記載のイラスト(以下「被控訴人イラスト」という。)及び同目録二記載の人形(以下「被控訴人人形」という。)の複製等が控訴人の本件人形に係る我が国における著作権(以下「本件著作権」という。)の侵害に当たるとして、被控訴人に対し、これらの複製の差止め等を求めるとともに、当審において請求を追加し、被控訴人に対し、控訴人が本件著作権の著作権者であることの確認を求める事案である。
 なお、脱退前被控訴人は、原審において、被控訴人イラスト及び被控訴人人形の複製が本件著作権の侵害に当たるとして、被控訴人に対し、これらの複製の差止め等を求めたが、本件著作権を控訴人に譲渡したとして、当審において訴訟から脱退し、被控訴人はその承諾をした。
1 前提となる事実
 被控訴人は、銀行業を目的とする株式会社であり、被控訴人イラストを、被控訴人のポスター等の広告物に複製して使用し、又は使用したことがあり、被控訴人人形を、景品等として配布している。なお、被控訴人は、現在、被控訴人イラスト中、図面(一)ないし(七)、(一〇)ないし(一二)、(一四)、(一六)、(一七)のものを使用していない。
2 争点及び当事者の主張
(1) 本件著作物の創作及び発行
(控訴人の主張)
 ローズ・オニールは、1874年6月25日、アメリカ合衆国ペンシルバニア州で出生し、本件著作物を創作した上、1913年11月20日、同国内において本件著作物を発行したことにより、我が国における本件著作権の著作権者となった。
 このことは、アメリカ合衆国著作権局登録記録(甲2)及びアメリカ合衆国著作権局著作権追加登録証(甲10)、アメリカ合衆国意匠特許公報(甲16)等によって明らかである。
(被控訴人の主張)
 ローズ・オニールが本件人形を創作したかどうかは、明らかでない。すなわち、アメリカ合衆国著作権局登録記録によっても、上記著作権登録請求によって登録された作品が本件人形と同一の形態を有することは何ら示されておらず、上記意匠特許公報にも、ローズ・オニールが本件人形を創作、発行した事実は何ら示されていない。
(2) 本件著作物の創作性
(控訴人の主張)
 本件人形の表現上の特徴は、「クルクルぱっちりした目」、「ふくよかな顔つき体つき」、「明るい笑顔」などであり、子供、天使、キューピッド等の表現として不可避又は一般的なものにとどまらない創作性を有するものである。本件人形が創作される以前において、子供、天使、キューピッド等の題材を扱った作品は多いが、その表現形態は相互に異なる。同じ題材について美術作品を作るとしても、その表現形態は、作者の個性、才能、技法等によって異なり、その表現の幅は広い。
 本件著作物は、ローズ・オニールがその制作に先立って創作し「Ladies' Home Journal」1909年12月号に掲載された別紙イラスト著作物目録記載の「The KEWPIE'S Christmas Frolic」(クリスマスでのキューピーたちの戯れ)のイラスト(以下「本件イラスト著作物」という。)及び「ウーマンズ・ホーム・コンパニオン」1910年9月号に掲載された「DOTTY DARING AND THE KEWPIES」(ドッティー・ダーリング・アンド・ザ・キューピーズ)のイラスト(以下「1910年作品」という。)の二次的著作物として創作性を有するのであって、これに先立つ被控訴人主張の先行著作物の複製物ではない。本件著作物を被控訴人の主張する先行著作物と比較すると、以下のとおり表現が異なる。
ア 「The Cosmopolitan」1903年11月号に掲載された「Two Valentines」のイラスト(乙4、以下「Two Valentines イラスト」という。)との対比
 Two Valentines イラストは、ローズ・オニールによって創作され、1903年11月に発行された作品である。これは、本件人形と異なり、@髪の毛が豊かであり、A目の形も横に長いなど顔も写実的に描かれており、B背中に付いた双翼も本件人形のように生えかけの芽のような目立たないものではなく、C頭の突起が、後頭部から後ろに向けて伸びており、横向きの図柄においては正面から突起が目立たないなど、従来のキューピッドを描いた著作物と共通の特徴を備えており、本件著作物の原著作物ということはできない。
イ 「The Cosmopolitan」1903年12月号に掲載された「Christmas Courtship」のイラスト(乙6、以下「1903年作品」という。)との対比
 1903年作品は、ローズ・オニールによって創作され、1903年12月に発行された作品である。これは、ローズ・オニールがこの時期に描いたキューピッドのイラストと同様の特徴を備えているものの、本件人形とは異なり、@生え際が描かれている等髪の毛が豊かであり、A目は黒目が点で描かれ、B眉毛は描かれていないか、眉毛に相当するものが描かれているとしても、つり上がり、目に接触しており、本件人形において眉毛が目からかなり離れて描かれているのと大きく異なり、C口は点で描かれ、本件人形において、左右に伸びた曲線でほほ笑みを表現しているのと異なり、D怒ったような表情又は暗い表情であり、E背後に描かれている双翼状のものは、不明確であり、F頭部の突起は、後頭部から後ろに向かって伸びており、うつむいた状態で初めて見える位置に描かれ、G頭部の突起は、角であるのか、髪の毛であるのかが明らかでなく、本件人形において髪の毛が突起の頂点に向けて渦を巻くように描かれているのと異なり、H頭部の突起は、一か所だけ描かれており、本件人形において左右の耳の上及び後頭部の首の付け根の四か所に描かれているのと異なり、I人物の姿勢は、ひざまずいて手を胸の前で合わせ祈りを捧げており、既存の天使を描いた図柄と同様に宗教的色彩が強いなどの特徴を有し、本件著作物の原著作物であるということはできない。
ウ 「American Illustrated Magazine」1905年12月号に掲載された「The Expansion of Alphonse」のイラスト(乙7、以下「1905年作品」という。)との対比
 1905年作品は、ローズ・オニールによって創作され、1905年12月に発行された作品であるが、本件著作物と異なり、@髪の毛が豊かであり、A目は横に長く描かれ、顔は写実的に描かれており、B頭部の突起は、後頭部から後ろに向けて伸びており、横向きの図柄においては、正面からは突起が目立たないなど、従来のキューピッドを描いた作品と共通の特徴を有し、本件著作物の原著作物であるということはできない。
(被控訴人の主張)
 控訴人の挙げる本件人形の表現上の特徴は、極めてありふれたものであり、幼児ないし子供を題材とすれば、だれが書いても同じ表現にならざるを得ないものであって、創作的な表現ということはできない。
 本件人形の特徴をあえて挙げれば、@全身のプロポーションが幼児の体型であり、約3頭身である、A体型及び骨格が欧米人(白人)の特質を備えている、B顔の表情は幼児のものである、C頭の中心部分及び横の部分のみに髪の毛が生えており、毛髪が生えかけた赤ん坊の産毛の中心部がとがったような形状をしている、D後頭部に羽状の突起が下方に向かって生えている等である。@ないしCは、いずれも、幼児ないし子供の特徴を表現したものにすぎず、また、Dは、天使、すなわち、キューピッドの一般的な特徴を表現したものにすぎない。
 本件人形の特徴のすべては、ローズ・オニールの先行著作物であるTwo Valentines イラスト、1903年作品、1905年作品、「Harpar's Bazar」1906年6月号に掲載された「A Night With Little Sister」のイラスト(乙9、以下「1906年作品」という。)、「Harpar's Bazar」1906年10月号に掲載された「A Special Messenger」のイラスト(乙11、以下「Special Messenger イラスト」という。)に表れており、本件人形には、これら先行著作物に新たに付与された創作的部分は全く存在しないから、本件人形は、これら著作物の複製物であって、本件人形の創作により独立した著作権は発生しない。
 ローズ・オニールは、「Toys and Novelties」1913年6月号(乙33)において、キューピーは4年前の本件イラスト著作物中で生まれたこと、その数年前から、雑誌のイラストに頭のとがったキューピッドを使った見出しや末尾のカットを書いていたこと、レディース・ホーム・ジャーナル誌の編集者が上記キューピッドを使って子供向けのシリーズを書くことを依頼してきたことを述べている。
(3) 美術の著作物の該当性
(被控訴人の主張)
 視覚を通じた美観の表象のうち、高度の美的表現を目的とするもののみが著作権法による保護の対象とされ、その余のものは意匠法等の保護の対象とされると解することが、制度相互の調整及び公平の原則に照らして相当である。本件人形は、いわゆる応用美術に当たり、著作権法(明治32年法律第39号、以下「旧著作権法」という。)及び現行著作権法により保護される著作物に当たらない。
(控訴人の主張)
 本件人形は、大量に複製頒布されたが、家具、装身具、文鎮等何らかの実用品に応用されるものではないから、いわゆる応用美術には当たらない。本件人形は、美的鑑賞性に富む美術作品として著作権法により保護されるべきものであって、本件人形が大量に複製頒布されたことは、その美的鑑賞性を損なうものではない。
 本件人形が応用美術であるとしても、旧著作権法において応用美術は保護されており、また、現行著作権法においても、応用されている物品の実用性から離れて独自の美的表現が認められるものは、一点制作の美術工芸品に限らず、保護の対象とされている。
(4) 職務著作
(被控訴人の主張)
 本件著作物ないし本件人形の職務著作物該当性については、アメリカ合衆国法を準拠法として判断されるべきであり、また、我が国旧著作権法の下においても、解釈上、職務著作については法人等が原始的に著作権を取得するものと解される。ローズ・オニールが1913年11月20日以前に創作したイラスト等については、同人がスタッフとして勤務していた出版社等に係る職務著作物として制作された結果、当該出版社等にその著作権が原始的に帰属したものも多かったと解されるところ、本件著作物ないし本件人形もこのような職務著作物というべきである。
(控訴人の主張)
 職務著作の主張は、抗弁であるから、その要件事実を被控訴人が主張立証すべきである。
 本件においては、控訴人が主張する著作権は、我が国における著作権であるから、職務著作が成立するかどうかの準拠法は、我が国著作権法である。我が国旧著作権法の下において、解釈上、無条件で職務著作が認められるものではなく、法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者において職務上作成する著作物で、その法人等がその著作者名義の下に公表すると認められるものについて、別段の定めがない限り、職務著作が認められるとしており、その要件は、現行著作権法15条と同様と解される。本件においては、ローズ・オニールと各出版社との間に雇用契約が成立しておらず、被控訴人主張の各著作物は、いずれもローズ・オニールを著作者として公表されており、職務著作は成立しない。
 また、上記準拠法がアメリカ合衆国法であるとしても、1909年アメリカ合衆国著作権法は、「著作者」という用語は職務著作の場合における使用者を含むとし、現行1976年アメリカ合衆国著作権法は、職務上の著作物の場合に著作物を作成させる使用者等が著作者とみなされると規定するが、被控訴人主張の各著作物は、いずれもローズ・オニールを著作者として公表されており、アメリカ合衆国法を準拠法としても、職務著作は成立しない。
(5) 著作権の保護期間
(控訴人の主張)
 ローズ・オニールは、本件著作物を創作し、日米間著作権保護ニ関スル条約(明治39年5月11日公布、以下「日米著作権条約」という。)及び旧著作権法に基づき、我が国の著作権を取得したが、旧著作権法3条、52条1項により、本件著作権の存続期間は、著作者であるローズ・オニールの死後38年となった。
 日本国との平和条約(昭和27年条約第5号、以下「平和条約」という。)7条により日米著作権条約は廃棄されたが、平和条約12条(b)(1)(ii)、平和条約第12条に基く著作権に関する内国民待遇の相互許与に関する日米交換公文及び附属書簡(昭和29年外務省告示第4号、以下「外務省告示」という。)により、アメリカ合衆国国民の著作物に対し、昭和27年4月28日から4年間、内国民待遇が与えられるとともに、同日までの間、日米著作権条約が有効であるとみなされた。アメリカ合衆国国民の著作物は、上記4年間の満了の日である昭和31年4月28日以降、万国条約特例法11条に基づき、引き続き内国民待遇を受けている。
 アメリカ合衆国は、1989年、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(昭和50年条約第4号、以下「ベルヌ条約」という。)に加入したが、万国条約特例法の施行前に発行された本件人形については、同法附則2項により同法10条の適用が排除されると解すべきである。
 現行著作権法51条により、著作権は、著作者の死後50年間保護され、また、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律(昭和27年法律第302号、以下「連合国特例法」という。)4条1項により、本件著作権の保護期間について3794日間の戦時加算がされる。
 ローズ・オニールは、1944年4月6日、アメリカ合衆国ミズーリ州において死亡したから(甲6、9)、本件著作権は、2005年5月6日まで保護期間が存続する。
 アメリカ合衆国がベルヌ条約に加入した後においても、本件著作権については、万国条約特例法11条が適用される。すなわち、同法は、万国著作権条約(昭和31年条約第1号)及び千九百七十一年七月二十四日にパリで改正された万国著作権条約(昭和52年条約第5号)(以下、一括して「万国条約」という。)との関係でのみ適用される法律ではなく、これら以外の条約との関係で定められた規定が多数存在する。万国条約特例法11条は、平和条約12条及び外務省告示が失効した後において、既得権尊重という一般法理念及び国際信義の観点から、国際法上は保護義務を負わなくなるそれらの著作物を引き続き国内法上保護するものである。したがって、万国条約特例法11条に対応する国際法の規定は、万国条約19条ではなく、平和条約12条及び外務省告示であるから、万国条約とベルヌ条約の優先関係は、万国条約特例法11条の適用の有無とは切り離して解すべきである。
(被控訴人の主張)
 ベルヌ条約は、万国条約及び万国条約特例法に優先するため、本件著作権についても、ベルヌ条約が適用され、本件著作権の我が国における保護期間は、1941年11月20日の経過をもって満了した。
 本件人形が、1913年11月20日、アメリカ合衆国において発行されたものであるとすると、1909年アメリカ合衆国著作権法が適用される。同法は、更新登録を行わない限り、著作権は発行後28年間で満了すると規定していた。控訴人は、本件人形が、1918年4月5日、ローズ・オニール名義で登録番号H1040として登録されたと主張するが、同番号で登録された著作物について、アメリカ合衆国で保護期間延長のための更新登録は行われていないから、同国における本件人形の著作権は、1941年11月20日の経過をもって満了した。アメリカ合衆国は、1989年3月1日、ベルヌ条約に加入したが、同条約は、既に我が国についても発効していたから、日米両国がベルヌ条約の当事国となり、同条約が日米両国間の著作権保護を規定することとなった。同一当事国間においてベルヌ条約と万国条約の双方が有効な場合について、万国条約17条及び同条に関する附属宣言は、万国条約を排除し、ベルヌ条約を適用することを定めている。したがって、現在、日米両国間の著作権保護について適用される条約はベルヌ条約であって、万国条約は適用されない。ベルヌ条約18条(1)は、「この条約は、その効力発生の時に本国において保護期間の満了により既に公共のものとなった著作物以外のすべての著作物について適用される。」として、遡及効の原則を規定する。ベルヌ条約が日米間において効力を生じた当時、アメリカ合衆国における本件人形の著作権は、既に保護期間を満了していたから、本件人形はベルヌ条約により保護される著作物に該当しない。よって、本件著作権は、アメリカ合衆国のベルヌ条約加入により、アメリカ合衆国における保護期間の満了時である1941年11月20日にさかのぼって、我が国における保護期間が満了した。
 万国条約特例法は、万国条約の規定に基づいて保護を受ける著作権について、著作権法の特例を規定した万国条約の実施法であるから、ベルヌ条約が優先して適用され万国条約の適用を受けない本件著作権については、万国条約特例法は適用されない。万国条約特例法11条は、万国条約19条の趣旨及び既得権尊重という一般法理念に基づき定められたとされる。しかしながら、万国条約19条は、既得権保護の定めに続けて、「この条の規定は、第17条及び前条の規定に何ら影響を及ぼすものではない。」と規定している。万国条約17条は、万国条約がベルヌ条約に何らの影響も及ぼさないとする、ベルヌ条約優先適用に関する規定であって、ベルヌ条約が万国条約19条の既得権保護の理念にも優先して適用されることが明示されている。したがって、万国条約特例法11条の立法趣旨からも、ベルヌ条約が同条に優先して適用される。さらに、日米間の著作権保護において、万国条約特例法とベルヌ条約とは前法と後法の関係となるから、「後法優位」の原則によっても、ベルヌ条約が優先する。
(6) 本件著作権の控訴人に対する譲渡
(控訴人の主張)
 本件著作権は、ローズ・オニールの死後、同人の遺産を管理する脱退前被控訴人ローズ・オニール遺産財団(以下「遺産財団」という。)に承継された。すなわち、ローズ・オニールはアメリカ合衆国ミズーリ州において無遺言により死亡したところ、ミズーリ州法は、個人が無遺言で死亡した場合も、財産は直ちに国庫に帰属するのではなく、一定の親族が存在すれば、その者たちが相続するものと定めている。そして、被相続人が無遺言で死亡したとき、財産を管理するためには、遺産管理人が任命されることが通常必要である。遺産の最終処分が行われ遺言遺産執行者又は無遺言遺産管理者が任務を終了した後に未処分財産が発見された場合について、ミズーリ州法は、未払の債務が確認されるか、又はその他の正当事由があるときに限り、未処分財産の遺産管理状を発行することができると規定している。本件著作権はローズ・オニールの財産であったから、同人の死亡によりその親族に相続されたが、本件著作権は、遺産の最終処分が行われた1964年1月16日の後に発見されたため、1997年7月14日、ミズーリ州タニー郡巡回裁判所検認部に対して、遺産管理状の発行が申し立てられ、その申立てに基づき、同年7月15日、デビッド・オニールが遺産管理状の発行を受け、遺産財団管財人に任命された。
 控訴人は、平成10年5月1日、遺産財団から、本件著作権を含むローズ・オニールが創作したすべてのキューピー作品に係る我が国著作権等を、頭金として15,000アメリカドル、ランニング・ロイヤリティとしてキューピー製品及び物品に係る控訴人自身の純収入の2%を支払うほか、キューピー作品に関して第三者から受領した金額の2分の1を対価として支払う旨の約定により譲り受けた。
(被控訴人の主張)
 遺産財団は、1964年1月16日の最終清算命令により解散した。その後三十数年を経過した1997年7月15日、デビッド・オニールの申立てを受けたミズーリ州タニー郡巡回裁判所検認部の決定により、遺産財団が復活するとともに、デビッド・オニールがその管財人に任命されたが、上記遺産財団の復活及びデビッド・オニールの任命は、以下のとおり、法定の要件を充足しておらず無効である。すなわち、第1に、いったん解散した遺産財団を復活する決定及び遺産財団管財人の任命は、財団の未管理財産が発見されたことが要件の一つである。デビッド・オニールは、1997年7月14日、遺産財団の遺産管理状の交付を申し立てたが、その申立書には、上記最終清算命令当時に同財団の管財人であったポール・オニールの任務が終了した後、新たに未処分財産を発見した旨記載されている。しかしながら、ポール・オニールは、キューピー著作物について遺産財団の権利をよく認識し、これを実際に行使していたのであって、本件人形に係る著作権につき未管理財産を新たに発見したとは考えられない。第2に、ミズーリ州法によれば、遺産財団を復活させるためには、未処分財産の遺産管理状の交付申立書に、未払債務が存在すること又は他の正当事由が示されることが要求されているところ、デビッド・オニールの申立書には、そのいずれの記載もない。したがって、デビッド・オニールには、遺産財団を代表して本件著作権を譲渡する権限がないから、控訴人に本件著作権が帰属する余地はない。
(7) 本件著作権の第三者への譲渡
(被控訴人の主張)
 ローズ・オニールの相続人は、1947年ころ、キューピーのイラスト等に係るすべての権利を第三者であるジョゼフ・カラスに譲渡した。
(控訴人の主張)
 遺産財団が、ジョゼフ・カラスに対して、本件著作権を含むキューピー作品に係る著作権を譲渡した事実はない。遺産財団管財人ポール・オニール及びジョゼフ・カラスは、いずれもアメリカ合衆国国民であるから、両名間における著作権の譲渡に関しては、同国法が適用されるところ、1947年当時施行されていた1909年アメリカ合衆国著作権法において、著作権譲渡の登録を怠れば権利を喪失したから、著作権の譲渡があれば、当事者は必ず譲渡証書をアメリカ合衆国著作権局に登録することになるが、本件人形に係るアメリカ合衆国における著作権は既に1941年に保護期間を満了し消滅していたから、上記譲渡証書の登録が行われるはずもない。ジョゼフ・カラスは、人形メーカーを経営し、自らデザインした人形を製造販売する等の事業を展開し、著作権や著作権譲渡証書の登録を行った経験があり、著作権譲渡の登録に関する知識を有していたにもかかわらず、本件著作権を譲り受けた旨の登録をしていないのは、上記の譲渡がされていないことの表れである。
 仮に、遺産財団管財人ポール・オニールがジョゼフ・カラスに対して本件著作権を譲渡したとしても、この譲渡と控訴人に対する本件著作権の譲渡とが二重譲渡の関係に立つにすぎず、控訴人に対する本件著作権の譲渡が無効となるものではなく、また、被控訴人は本件著作権を侵害する不法行為者であるから、控訴人は、被控訴人に対し、対抗要件を具備することなく、本件著作権を行使することができる。
(8) 訴訟信託
(被控訴人の主張)
 遺産財団から控訴人への本件著作権の譲渡は、訴訟信託に該当し無効である。
 信託法11条は、訴訟行為を主たる目的とする信託を禁止しており、同条に違反する権利の譲渡は、強行法規違反として無効である。譲渡の対価が存在しない場合や譲渡の対価を訴訟の結果にかからしめる趣旨の了解があるような場合には、当該譲渡は、訴訟信託に当たるとされる。また、権利の譲受けの後、極めて短期間で訴えが提起されていることも、訴訟信託をうかがわせる事情である。
(控訴人の主張)
 控訴人は、弁護士を代理人として選任している以上、訴訟信託をする必要性はない。
(9) 権利の失効
(被控訴人の主張)
 本件著作権は、以下の経緯に照らすと、被控訴人に対する関係で失効したと解されるので、控訴人が本件著作権を行使することは許されない。
 被控訴人イラストが最初に制作された昭和28年当時、我が国において、「キューピー」と称される多くの人形やイラストが存在していた。遺産財団は、我が国においてローズ・オニールの創作したキューピーの無許諾複製物が大量に生産され流通していた事実を認識していた。
 被控訴人は、全国的に営業を展開している大手の著名銀行であり、昭和28年から被控訴人イラスト及び被控訴人人形(以下「被控訴人イラスト等」という。)を使用していたものであるから、被控訴人が四十数年間にわたり被控訴人イラスト等を使用していたことは、通常の注意力を有するものであればだれでも特段の努力を払わずに容易に認識できる状況であったが、大正時代からの長期間にわたる我が国国内でのキューピー人形の大量の生産、販売に対し、ローズ・オニール及び遺産財団から、警告その他権利侵害行為の中止を要求されたことはなかった。また、被控訴人による被控訴人イラスト等の使用に関しても、その使用を開始した昭和28年から平成9年2月の控訴人による申入れまでの43年間、本件著作権の侵害等を理由とする中止の要求は一切されていない。以上の事実は、本件において、被控訴人が、本件著作権を含むキューピーの著作権がもはや行使されることはないと信ずべき正当な事由に当たる。
 キューピー人形が我が国で普及したのは、被控訴人及びキューピー株式会社のような企業を始め、多くの人形製造会社やイラストレーターたちが、独自にそれぞれの「ジャパニーズ・キューピー」を創作し、使用してきた努力によるのであって、遺産財団の努力によるものではない。遺産財団が権利行使を怠っている間に、被控訴人は、自らの企業努力により、被控訴人イラスト等を使用することによる営業上の利益を確立して現在に至っている。このような状況下で、遺産財団が本件著作権を行使することは許されない。
 控訴人は、このような事情をすべて知り、遺産財団が被控訴人に対して本件著作権に基づく訴訟を提起していたことを熟知した上で、遺産財団から本件著作権を譲り受けたものであり、このような控訴人の行為は、被控訴人を始め多くの善意者の既得権を害し、いたずらに自己の利益を図る行為である。したがって、控訴人が、遺産財団の下で既に失効した権利に基づき被控訴人に対して権利を行使することも、信義則に反し許されない。
(控訴人の主張)
 「権利失効の原則」が適用されるためには、@長期間の権利の不行使に加え、Aもはや権利行使を受けないとの正当な信頼、B権利を行使することが信義則に反すると評価し得る権利者の帰責性が必要であるが、長期間権利を行使しなかったことをもって直ちにA及びBの要件を満たすものと評価するのは相当でない。本件において、被控訴人には、本件著作権が行使されないと信頼したことにつき正当な理由はない。また、ローズ・オニール及び遺産財団と被控訴人との間に契約関係はなく、本件著作権の単なる不行使がもはや権利が行使されないものと信頼すべき正当な理由を生じさせる信頼関係は存在しないから、本件においては、上記A及びBの要件を欠く。
 我が国において大流行したキューピー人形のうち、ローズ・オニールの許諾を得て複製されたものには、著作権者がローズ・オニールである旨の著作権表示のほか、アメリカ合衆国連邦特許商標庁に意匠特許登録がされている旨の表示がされていた。また、ローズ・オニールは、アメリカ合衆国著作権局に本件著作権の著作権登録を行っている。さらに、「キューピー」の作者がローズ・オニールであるということは、我が国においても公知の事実であり、被控訴人は、本件著作権が行使されることを予想すべきであった。
 本件人形が発表された当時の日米関係は良好ではなく、不安定な国際状況の下で、アメリカ合衆国国民である個人が我が国において事業活動を展開したり権利を行使することは困難であった。したがって、ローズ・オニール及び遺産財団が被控訴人に対し本件著作権を行使することが困難であった以上、現在に至って初めてその権利を行使することが信義則に反すると評価することはできない。また、被控訴人イラスト等の使用は我が国国内に限定されていたから、遺産財団がこれらの情報を知る余地はなかった。
 また、「権利失効の原則」により権利行使を制限することの法的効果は、人的に相対的なものと解すべきである。控訴人は、遺産財団から本件著作権の譲渡を受けるや、直ちにその権利行使をしているので、少なくとも、控訴人に対し同原則が適用される余地はない。
(10) 複製又は翻案
(控訴人の主張)
 被控訴人イラスト等は、下記のとおり、本件著作物の内容及び形式を覚知させるに足りるものであり、又は少なくともその本質的な特徴を直接感得させるものであることが明らかであるから、本件著作物の複製物又は翻案物に当たる。被控訴人イラスト等と本件著作物について被控訴人の指摘する相違点は、さ細なものにすぎない。被控訴人イラスト等を本件人形と対比すると、以下のとおりである。
ア 被控訴人人形
 被控訴人人形と本件人形の共通点は、@直立の人形である、A乳幼児の体型であり、頭部が全身と比較して大きい、B裸である、C性別がはっきりせず、中性的である、D体格がふっくらとしている、E骨格において欧米人的特徴を見いだせない、F後頭部が緩やかな円形をしている、G頭部の中央部分、左右の側頭部及び後頭部下方にとがった形状の髪の毛が生えており、中央部分の毛は前に垂れており、その余の頭部には髪の毛がない、H顔は、やや縦長であるが縦横の長さがほぼ同じで、丸顔であって、頬がふっくらとしている、I目は、丸く大きく、瞳が左方向を向いている、J眉は、目から離れた位置に描かれている、K鼻は、目立たず、小さく丸い、L口は、下向きの円弧状に、ほほ笑んでいるような表情に描かれている、M彩色された小さな双翼が肩に生えている、N両手は、腕を伸ばし、手のひらを広げている、O腹部は、前に張り出している、P胴は、膨らんでいる、Q背中は、平たんである、Rかわいらしい印象を受ける、という点である。
イ 被控訴人イラスト中イラストレーターの訴外Bが制作した図面(一)〜(五)、(七)〜(九)のもの(以下「渡辺イラスト」という。)
 渡辺イラストと本件人形の共通点は、@立った姿勢である(図面(一)のものを除く)、A乳幼児の体型であり、頭部が全身と比較して大きい、B裸である(図面(一)(二)(四)(八)のもの)、C性別がはっきりせず、中性的である(図面(一)右、(二)(四)(八)のもの)、D体格がふっくらとしている、E骨格において欧米人的特徴を見いだせない、F後頭部が緩やかな円形をしている、G頭部の中央部分、左右の側頭部及び後頭部下方にとがった形状の髪の毛が生えており、中央部分の毛は前に垂れている、H顔は、やや縦長であるが縦横の長さがほぼ同じで、丸顔であって、頬がふっくらとしている、I目は、丸く大きく、瞳が左又は右方向を向いている、J眉は、目から離れた位置に描かれている、K鼻は、目立たず、小さく丸い、L口は、下向きの円弧状に、ほほ笑んでいるような表情に描かれている、M双翼が肩に生えている(図面(一)左、(九)中央のもの)、N両手は、腕を伸ばし、手のひらを広げている(図面(四)、(五)中央、(八)(九)のもの)、O腹部は、前に張り出している、P胴は、膨らんでいる、Q背中は、平たんである、Rかわいらしい印象を受ける、という点である。
ウ 被控訴人イラスト中イラストレーターの訴外Cが制作した図面(六)、(一〇)〜(一七)のもの(以下「駄場イラスト」という。)
 駄場イラストと本件人形の共通点は、@立った姿勢である(図面(六)(一〇)(一三)(一四)(一七)のもの)、A乳幼児の体型であり、頭部が全身と比較して大きい、B体格がふっくらとしている、C骨格において欧米人的特徴を見いだせない、D後頭部が緩やかな円形をしている、E頭部の中央部分、左右の側頭部及び後頭部下方にとがった形状の髪の毛が生えており、中央部分の毛は前に垂れており、その余の頭部には髪の毛がない、F顔は、やや縦長であるが縦横の長さがほぼ同じで、丸顔であって、頬がふっくらとしている、G目は、丸く大きく、瞳が左又は右方向を向いている、H眉は、目から離れた位置に描かれている、I鼻は、目立たず、小さく丸い、J口は、下向きの円弧状に、ほほ笑んでいるような表情に描かれている、K双翼が肩に生えている(図面(一三)中央のもの)、L両手は、腕を伸ばし、手のひらを広げている(図面(一一)、(一三)〜(一五)のもの)、M腹部は、前に張り出している、Nかわいらしい印象を受けるという点である。
 本件著作物は、被控訴人が挙げるローズ・オニールの先行著作物の二次的著作物に当たらないから、これら先行著作物の存在は、被控訴人が本件人形を複製又は翻案したという結論に影響を及ぼさない。
 上記(2)のとおり、本件著作物は、被控訴人主張の先行著作物よりも、ローズ・オニールが本件著作物の制作に先立って1909年に創作した本件イラスト著作物中のキューピーのイラスト(以下「キューピーイラスト」という。)及び1910年作品の本質的な特徴を直接感得させるものであるから、これらを原著作物とする二次的著作物というべきである。これらの原著作物は、我が国において保護期間が満了していないから、本件著作権の効力は、原著作物に新たに付加された創作的部分についてのみならず、本件人形全体に及んでいる。
 仮に、本件著作物が被控訴人主張の先行著作物の二次的著作物に当たるとしても、先行著作物は、アメリカ合衆国において発行されるのと同時にカナダにおいても発行されているから、当時の英国法により英国における著作権が発生し、さらに、ベルヌ条約により我が国における本件著作権が生じた。したがって、先行著作物の著作権は我が国において保護期間が満了しておらず、控訴人は、遺産財団からこれら先行著作物の著作権も譲り受けたから、先行著作物の存在は、本件著作権の範囲に影響を及ぼさない。
(被控訴人の主張)
 被控訴人イラスト等は、頭部と全身との割合、体型、顔の表情、髪の毛、双翼、動きの表現、服の着用、性別等の点において大きく異なるから、本件人形の複製物又は翻案物ということはできない。被控訴人イラスト等と本件人形の共通点についても、子供の天使を題材に表現すると必然的に生ずる非本質的部分におけるものにすぎず、本件人形の特徴的部分における表現形式ではない。
 仮に、本件著作物が先行著作物に新たな創作的部分を付加したものとすれば、本件著作物は、先行著作物を原著作物とする二次的著作物に当たるから、本件著作権は、このように新たに付加された創作的部分についてのみ生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じない。そして、本件著作物において先行著作物に新たに付加された創作的部分は、被控訴人イラスト等において感得されないから、被控訴人イラスト等が本件著作物の複製物又は翻案物であるということはできない。
(11) 依拠
(控訴人の主張)
 ローズ・オニールは、本件著作物を創作し、1913年、これをアメリカ合衆国のみならず我が国でも頒布した結果、このころから1918年にかけて、キューピー人形が我が国においても大流行した。このように、本件著作物は、我が国国内において著名となり、また、本件著作物を違法に複製したキューピー人形が我が国国内において多数流通しており、被控訴人イラスト等の制作者は、上記のような本件著作物の違法複製物をデパートの売場で見ていた。
 被控訴人は、被控訴人イラスト等に「キューピー」の名称を付しているが、「キューピー」の名称は、ローズ・オニールが西洋神話のキューピッドをヒントに創作した造語であって、ローズ・オニールの命名前には存在しないから、被控訴人が被控訴人イラスト等に「キューピー」の名称を付していることからも、本件著作物への依拠は明らかである。また、被控訴人イラスト等が本件人形の特徴を備えていることからも、依拠性が明らかである。
(被控訴人の主張)
 控訴人が本件著作物の発行日と主張する1913年11月20日以前においても、「キューピー」と称する多数の作品が存在しており、しかも、その一部については、ローズ・オニール以外の複数の名義でアメリカ合衆国著作権登録がされている。さらに、「Japan Kewpie Club NEWS 1」(甲20)に掲載されている多くの写真等によっても、被控訴人イラストが制作された昭和28年ころまでに、「キューピー」と称される様々な形態のイラスト及び人形が流通していたことがうかがわれる。このように、昭和27年ないし28年ころ、我が国において「キューピー人形」として流通していたものには、本件著作物の複製物に当たらない多種多様な形態のものも含まれていた。被控訴人イラスト等の制作者が、他に多数存在していたキューピー人形ではなく、本件著作物又はその複製物に依拠して被控訴人イラスト等を制作したということはできない。
 本件著作物の複製物は、昭和28年当時、既に我が国において製造、販売されていなかったため、渡辺イラストの制作者である訴外Bがデパートの売 場で本件著作物の複製物を見かけたということはあり得ない。同人は、いわゆる「ビリケン人形」を参考にし、当時幼児であった自分の娘の表情、体型及び動きを取り入れる等により、独自に被控訴人イラストを創作したものである。
 被控訴人イラスト等には「キューピー」の名称が付されているが、「キューピー」と称する多種多様なイラスト及び人形が多数存在したから、上記名称が依拠を示すことにはならない。
 なお、「キューピー」と称される多数の作品の中には、著作権がローズ・オニール以外の者によって原始取得されているものも多く、昭和27年ないし28年ころ我が国において既に著作権が消滅していたものもあることに照らすと、控訴人において、被控訴人イラスト等の依拠した対象が本件著作物又はその複製物であることを主張すべきである。
(12) 権利の濫用
(被控訴人の主張)
 控訴人が本訴において本件著作権に基づく差止め及び廃棄の請求をすることは、以下の経緯に照らし、権利の濫用に当たり許されない。
 控訴人は、昭和63年10月ころ、京都市に「想い出博物館」を開設し、自ら収集したいわゆる「キューピー」人形を含む古い玩具類等を展示するほか、土産品等の販売を行い、平成6年12月、神戸市に「キューピー」の博物館兼販売店である「キューピークラブ イン 神戸」を開設し、同年ころから、「日本キューピークラブ」を主宰し、ローズ・オニールの制作したイラストが数多く掲載された「Japan Kewpie Club News」を発行した。
 被控訴人は、平成3年11月、平成4年2月及び同年3月、上記「想い出博物館」のコレクションを用いて、「キューピー」に関するロビー展を開催し、控訴人に対し、人形のレンタル料等として少なくとも数十万円を支払った。控訴人は、平成5年5月ころ、被控訴人に対し、自らが製造、販売するキューピーの図柄を付した商品を顧客配布用品として採用するよう、積極的な営業活動を行った。被控訴人は、同年8月ころ、控訴人の商品を顧客配布用粗品として採用した上、控訴人との取引を開始し、控訴人から購入した商品は、タオル、おしぼり、クリスタルグラス等30点近くに及んだが、これらの商品の中には、「<C> KEWPIE CLUB」の表示がされているものもある。しかし、被控訴人は、平成7年3月ころ、被控訴人のオリジナル製品を制作して顧客頒布用品として配布することを決定し、控訴人との取引を終了した。被控訴人が商品購入代金として控訴人に支払った金額は、平成5年度約4000万円、平成6年度約6700万円、平成7年度約1000万円、合計約1億2000万円に及び、控訴人は、被控訴人との取引により多額の利益を得た。
 控訴人は、平成8年11月20日、ローズ・オニールの財産を管理しているアメリカ合衆国の団体と我が国におけるローズ・オニールの著作権に関して総代理店契約を締結したとして、被控訴人に対し、ローズ・オニールのキューピーの使用及び購入を求めてきた。被控訴人は、控訴人の有する権利の内容を確認したい旨を申し入れたところ、控訴人は、同年12月20日、被控訴人に対し、遺産財団と「想い出博物館」の間の契約書であるとする書面(乙38)の写しを提出した。ところが、控訴人は、平成9年2月7日、従来の主張を一変して、「日本におけるローズ・オニール・キューピーの著作権を管理する『想い出博物館』に対し、『キューピー』の使用料として年間一億円を支払って欲しい」と要求した。これに対し、被控訴人は、控訴人の権利の内容が具体的に明らかにされない限り支払には応じられない旨回答したところ、控訴人代理人から警告書が送付され、次いで、平成10年2月、遺産財団が本件訴訟を提起した。
 控訴人が被控訴人に対して交付した上記書面(乙38)には、契約当事者として、「遺産財団の執行者(Executor)であるデビッド・オニール」と記載されている。しかしながら、昭和39年1月16日ないし平成9年7月15日の間、遺産財団は存在せず、その財産の管理処分権者は存在しなかった。したがって、控訴人は、何ら正当な権原もなく、自ら著作権侵害行為を繰り返して多額の利益を挙げ、無権原の者により作成された契約書を示して、被控訴人に対し金員の支払を要求したり、被控訴人の違法行為を誘発していた。
(控訴人の主張)
 被控訴人の主張は、何ら権利濫用を基礎付けるものではない。
 乙第38号証の契約書は、以下のとおり、有効に締結された。すなわち、遺産財団は、1964年1月16日、いったん計算終了により解散したが、被相続人の未処分財産が存在する限り、消滅はしなかった。ローズ・オニールの遺族は、ローズ・オニールの遺産について信託を形成し、1964年3月18日から受託者として管理に当たっていたポール・オニールは、1989年12月、受託者としての地位をデビッド・オニールに承継させ、同人が受託者の地位に基づいて上記契約書の契約を締結した。
 著作権侵害を行った者であっても、後に適法に著作権の譲渡や許諾を受けて権利行使をすることは妨げられない。控訴人は、現在では本件著作権を適法に譲り受けた上で本件人形を複製しているのであり、それは正当な行為ということができるから、控訴人が本件著作権を行使をすることは、権利の濫用に当たらない。
 また、控訴人が過去において本件著作権を侵害したとしても、控訴人が本件著作権の独占的通常利用権の許諾を受け、さらに、本件著作権を譲り受けた際、著作権者から過去の本件著作権の侵害行為について宥恕を受けていること等に照らすと、控訴人が本件著作権を行使をすることがクリーンハンドの原則に照らし許されないものではない。
第3 争点に対する判断
1 本件著作物の創作及び発行について
(1) 証拠によれば、以下の事実を認定することができる。
 ローズ・オニールは、1874年6月25日、アメリカ合衆国ペンシルバニア州で出生し、1889年ころから雑誌にイラストを寄稿するなどしてその画才が注目されていたところ、1896年ころから本格的にイラストレーターとして活動を始めた。ローズ・オニールは、1903年以降、従来西欧神話の天使であり双翼を有する幼児の姿をしたキューピッドのイラストに若干の修飾を加えた、Two Valentines イラスト、1903年作品、1905年作品、1906年作品等を発表した後、「Ladies' Home Journal」1909年12月号に、従来のキューピッドのイラストと異なり、新たな空想上の存在を感得させる独創的なキューピーイラストが描写された本件イラスト著作物を発表した(甲1、14、乙4、6、7、9)。
 ローズオニールは、そのころ、キューピーの人形を作ってほしいとの子供たちの手紙を受け取ったことから、戯れにキューピーイラストを立体的に表現して本件人形と同一の形態を有するキューピーの小さな彫像を彫ったところ、そのことを知った複数の玩具工場からキューピー人形を製造したいとの申出を受け、人形の複製を許諾する工場を選定した。1912年、ドイツでビスク製のキューピー人形が試作されることとなり、ローズ・オニールも渡独し、玩具工場において助言及び指導をした。また、ローズ・オニールは、当時イタリアで美術を学んでいた妹のカリスタにキューピー人形の制作につき助力を依頼し、カリスタは助手を務めるようになった。ドイツで制作された本件人形は、1913年、アメリカ合衆国において販売され、爆発的な人気を博した(甲1、14)。
 ローズ・オニールは、1912年12月17日、アメリカ合衆国連邦特許商標庁に対し、キューピー人形の意匠について意匠特許登録の出願をし、その意匠は、1913年3月4日、登録第43680号意匠特許として登録された(甲16)。また、ローズ・オニールは、1913年11月20日、アメリカ合衆国著作権局に対し、キューピーの小さな彫像の著作物につき、自らを著作権者とする著作権の登録を申請し、登録番号H1040として登録がされた(甲2、10)。
 控訴人の所持する本件人形は、上記登録意匠と同一の形態を有するが、そこには、「ROSE O'NEILL.1913」の著作権表示及び「REG U・S・PAT・OFF・DES・PAT・V・4・1913」の意匠特許表示がされている(甲3、16)。
 上記認定の事実を総合すれば、ローズ・オニールは、1910年ないし1912年の間に、アメリカ合衆国で、本件人形と同一の形態を有するキューピーの小さな彫像を本件著作物として創作し、1913年にその複製物として本件人形を制作するとともに、本件著作物を発行したものと認めるのが相当である。
 なお、控訴人が所持し別紙著作物目録によって特定される本件人形(甲第3号証に撮影された人形)そのものは、その原型となった作品の複製物であることが形態等に照らして明らかである以上、それ自体について著作物性をいう余地はないから、弁論の全趣旨にかんがみれば、控訴人も、このことを前提とした上、本件著作物は、上記のとおり、ローズ・オニール自身が彫った、本件人形と同一の形態を有するキューピーの小さな彫像であり、また、本件著作権は、上記小彫像の著作者であるローズ・オニールに帰属した後に遺産財団を経て控訴人が譲り受けたとする本件著作物の我が国における著作権であるとの主張をしているものと解される。
(2) 被控訴人は、アメリカ合衆国著作権局登録記録によっても、上記著作権登録請求によって登録された作品が本件人形と同一であることは何ら示されておらず、上記意匠特許公報にも、ローズ・オニールが本件人形を創作、発行した事実は何ら示されていないと主張する。しかしながら、上記認定のとおり、甲第3号証に撮影された人形には、ローズ・オニールがその人形の著作権者であるとする著作権表示とともに、ローズ・オニールが上記意匠特許権者である旨の意匠特許表示が付されているのであり、また、アメリカ合衆国連邦特許商標庁に登録された上記意匠特許の登録公報(甲16)には、甲第3号証の人形と同一の意匠がローズ・オニールを創作者として登録されている。そして、本件著作物は、1909年にローズ・オニールが創作した本件イラスト著作物中に描かれたキューピーイラストを立体的に表現したものであって、これらの事実を総合すると、アメリカ合衆国著作権局に登録されたキューピーの小彫像が本件人形と同一形態のものであると認めるのに十分である。
2 本件著作物の創作性について
(1) キューピーイラスト(本件イラスト著作物中のキューピーのイラスト)の形態は、@裸で立っている、A全身が3頭身である、B掌を広げている、C頭は丸い、D髪の毛は中央部が突出して額にまで細く流れている、E耳のそばにカールした髪がある、F顔は頬がふっくらと丸い、G目は丸くパッチリしている、H眉毛は小さく目との間隔が広い、I鼻は小さく丸い、J口はほほ笑んでいる、K背中に小さな双翼がある、L腹が膨れている、M性別は判別できない、N陽気に笑っているか茶目っ気のある表情をしている、という特徴を有するものと認められ、その他の特徴を含め総合的に考察すると、キューピーイラストは、従来のキューピッドのイラストと異なり、新たな空想上の存在を感得させる独創的なものであって、従来、子供、天使、キューピッド等の題材を扱った作品におけるこれらの表現として不可避又は一般的なものにとどまらない創作性を有するものと認められる。
 また、本件著作物の複製物である本件人形を撮影した甲第3号証によれば、本件人形の形態は、キューピーイラストの有する上記表現上の特徴をすべて具備していることに加え、これを立体的に表現したという点において新たな創作性が付与されたものと認められる。したがって、本件著作物は、ローズ・オニールがその制作に先立って創作したキューピーイラストの二次的著作物として創作性を有するというべきである。なお、1910年作品中のキューピーのイラストは、キューピーイラスト(本件イラスト著作物中のキューピーのイラスト)の複製物であって、その創作により新たな著作権が生ずるものではないから、本件著作物の原著作物であるということはできない。
(2) 被控訴人は、本件人形の表現上の特徴について、極めてありふれたものであり、幼児ないし子供を題材とすれば、だれが書いても同じ表現にならざるを得ないものであると主張する。しかしながら、幼児ないし子供を題材とした作品であっても、その表現は多種多様であり得るのであって、従来の作品に新たな創作性が付与されたものであれば、旧著作権法及び現行著作権法上の著作物というべきである。上記のとおり、キューピーイラストが従来の作品における子供、天使、キューピッド等の表現として不可避又は一般的な表現にとどまらず、むしろ、新たな空想上の存在を感得させる表現上の創作性を有する以上、これを立体的に表現した本件著作物もまた、その創作性を認めることができる。
(3) また、被控訴人は、本件著作物の特徴のすべては、ローズ・オニールの先行著作物であるTwo Valentines イラスト、1903年作品、1905年作品、1906年作品等に現れており、本件人形がこれら作品の複製物にすぎないと主張するので、検討する。
ア Two Valentines イラスト(乙4)との対比
 Two Valentines イラストは、髪の毛が通常の幼児の量であり、目の形も通常の幼児の大きさと比べて違和感がなく、頭部の突起が余り目立たないなど、全体的に受ける印象が人間の幼児に近いものである点で、空想上の存在である印象の強い本件人形と異なっている。また、上記イラストは、背部の双翼が目立つ点でも、本件人形と異なっている。
イ 1903年作品(甲66、乙6)との対比
 当審で提出された甲第66号証によれば、1903年作品は、毛髪及び眉毛が不明りょうで、口及び鼻がほぼ点で描かれ、双翼が比較的明りょうで、上目遣いで哀願するような悲しい表情をしているという点において、本件人形と異なっている。なお、原審で提出された乙第6号証は、全体的に不鮮明であって、このような比較は困難である。
ウ 1905年作品(乙7)との対比
 1905年作品は、髪の毛が通常の幼児の量であり、顔及び身体が写実的に描かれており、頭部の突起があるものの毛髪の量に比してさほど違和感がないなど、全体的に受ける印象が人間の幼児に近いものである点で、空想上の存在である印象の強い本件人形と異なっている。また、上記作品は、目を閉じて下を向き、表情が暗く、背部の双翼が目立つ点でも、本件人形と異なっている。
エ 1906年作品(乙9)との対比
 1906年作品は、側頭部において髪の毛が比較的明りょうであり、頭の突起があるものの毛髪の量に比してさほど違和感がないなど、全体的に受ける印象が人間の幼児に近いものである点で、空想上の存在である印象の強い本件人形と異なっている。他方、上記作品は、恥ずかしげな表情をしており、背部の双翼が目立つ点でも、本件人形と異なっている。
オ Special Messenger イラスト(乙11)との対比
 Special Messenger イラストは、提出された写し(乙11)が不鮮明であるため、毛髪、鼻、双翼等の存否又は形状が不明であり、上記のような比較は困難である。ただし、写しから看取し得る限り、眉毛が長く明りょうで、口を開けて笑っており、全体的に受ける印象が人間の幼児に近いという点で、本件人形と異なっている。
(4) 本件著作物は、これら先行著作物と異なり、キューピーイラストの表現上の特徴をすべて備えており、これを立体的に表現したという点においてのみ創作性を有すると認められることは上記のとおりであるから、本件著作物は、キューピーイラストを原著作物とし、これを変形して立体的に表現したという点においてのみ創作性を有する二次的著作物であるというべきであって、被控訴人主張の先行著作物の二次的著作物ということはできない。
3 美術の著作物の該当性について
(1) 本件著作権は、日米著作権条約及び旧著作権法により我が国国内において生ずる著作権であるから、権利発生の実体的要件については、我が国の旧著作権法が適用されるべきである。上記のとおり、本件著作物は、キューピーイラストを原著作物とし、これを立体的に表現した二次的著作物であるところ、キューピーイラストは、美術の著作物に属するイラストとして著作物性を有し、本件著作物は、これを立体的に表現したという点において更に創作性が付加されているから、旧著作権法1条に規定する「美術ノ範囲ニ属スル著作物」として旧著作権法により保護されるということができる。なお、1903年アメリカ合衆国著作権法が保護の対象としていなかったものについては、日米著作権条約に規定する内国民待遇の射程が問題となる余地がないわけではないが、美術の著作物である本件著作物については、1903年アメリカ合衆国著作権法によっても保護されることは明らかであり、現に上記のとおり同国において著作権登録もされているから、この点でも、本件著作物が旧著作権法により保護を受けることに問題はない。
(2) 被控訴人は、本件人形がいわゆる応用美術に当たるから著作物として旧著作権法及び現行著作権法による保護を受けることはできないと主張する。しかしながら、上記認定のとおり、本件人形は、ローズ・オニール自身が戯れに彫ったキューピーの小さな彫像(本件著作物)を複製して制作されたものであるところ、控訴人の主張する本件著作権は、玩具工場等において大量に複製されたキューピー人形そのものではなく、ローズ・オニール自身が彫った上記キューピーの小さな彫像に係る著作権をいうものと解すべきであるから、甲第3号証に撮影された人形自体が金型を用いて大量生産されたものであるとしても、そのことは、本件著作物が美術の著作物であることを否定する理由とはならない。上記認定のとおり、ローズ・オニール自身が戯れに彫った上記キューピーの小さな彫像(本件著作物)は、複数の玩具工場がキューピー人形の工業的大量生産を申し出た以前に、キューピーイラストを立体的に表現した美術の著作物として制作されたものである以上、本件人形が、その後、玩具工場からの申出により大量に複製頒布されたとしても、このことによって本件著作物の著作物性が喪失すると解すべき理由はないからである。
4 職務著作について
(1) 被控訴人は、本件著作物ないし本件人形はローズ・オニールがスタッフとして勤務していた出版社等に係る職務著作物として制作されたものであって、当該出版社等にその著作権が原始的に帰属した旨主張する。控訴人が主張する本件著作権は、我が国における著作権であるが、職務著作に関する規律は、その性質上、法人その他使用者と被用者の雇用契約の準拠法国における著作権法の職務著作に関する規定によるのが相当であるから、被控訴人主張の職務著作物該当性については、アメリカ合衆国法によることになる。1909年アメリカ合衆国著作権法は、「著作者」という用語は職務著作の場合における使用者を含むと規定するにとどまっていたが、連邦最高裁判所の判例により、純然たる使用者と被用者の関係に限らず、法人等とその被用者でない者との関係においても、前者が後者に作品の制作を依頼した場合においては、一般に、このような依頼を受けた者は、著作権を、当該作品自体とともに、依頼を行った者に移転する旨の黙示の合意をしたものと推定されていた(Community for Creative Non-Violence v. Reid, 490 U.S. 730, 109 S.Ct. 2166, 2175 (1989)、乙56参照)。
(2) 本件において、被控訴人は、雇用契約の相手方とされる出版社等がアメリカ合衆国のいずれの州法に基づいて設立された法人であるのかなど、州法について準拠法を確定するために必要な事実を主張していないので、上記準拠法がアメリカ合衆国のいずれの州法であるかは明らかとはいえないが、いずれの州法が準拠法であるとしても、ローズ・オニールが、当時、上記出版社等と雇用契約関係にあったことを認めるに足りる証拠はない。また、上記認定のとおり、ローズ・オニールは、本件イラスト著作物を発表した後、キューピーの人形を作ってほしいとの子供たちの手紙を受け取ったことから、戯れにキューピーの小さな彫像(本件著作物)を彫ったのであって、その制作について、レディース・ホーム・ジャーナル等から依頼を受けていたとは認められない。さらに、本件著作物は、上記認定事実に照らし、ローズ・オニールを著作者として公表されたと認められるのであり、上記出版社等の著作者名義で公表することが制作当初から予定されていたものとはいえない。したがって、本件著作物について、被控訴人主張の職務著作物と認める余地はなく、本件著作権は、本件著作物の制作により、原始的にローズ・オニールに帰属したものというべきである。被控訴人の上記主張は採用することができない。
5 著作権の保護期間について
(1) 明治39年5月11日に公布された日米著作権条約は、日米両国民の内国民待遇を規定しており(1条)、その後、昭和27年4月28日に公布された平和条約7条(a)により日米著作権条約は廃棄されたが、アメリカ合衆国を本国とし、同国国民を著作者とする著作物に対し、平和条約12条(b)(1)(ii)及び外務省告示により、昭和27年4月28日から4年間、引き続き内国民待遇が与えられるとともに、昭和31年4月27日までの間、日米著作権条約が有効であるとみなされた。上記の著作物については、上記4年間の経過と同時に、万国条約特例法11条に基づき、今日に至るまで引き続き内国民待遇が与えられていると解される。
 1910年ないし1912年の間に本件著作物を創作し1913年にこれをアメリカ合衆国において発行したローズ・オニールは、日米著作権条約及び旧著作権法により、我が国における本件著作権を取得し、その保護期間は、旧著作権法3条、52条1項により、著作者であるローズ・オニールの死後38年とされた。日米著作権条約は、平和条約7条(a)により廃棄されたが、平和条約12条(b)(1)(ii)、外務省告示及び万国条約特例法11条により、内国民待遇が継続された。ローズ・オニールは、1944年4月6日、アメリカ合衆国ミズーリ州において死亡し(甲6、9)、本件著作権の保護期間中である昭和46年1月1日に施行された現行著作権法51条により、本件著作権が著作権者であるローズ・オニールの死後50年間とされ、また、連合国特例法4条1項により、本件著作権の保護期間について3794日間の戦時加算がされる結果、2005年5月6日まで存続することとなるから、本件著作権は、現在も保護期間が満了していない。
(2) 被控訴人は、ベルヌ条約が万国条約及び万国条約特例法に優先するため、本件著作権についても、ベルヌ条約が適用され、万国条約特例法11条の適用が排除されると主張する。そして、1909年アメリカ合衆国著作権法は、著作権の保護期間は最初の発行後28年であり、この保護期間経過1年前までに連邦著作権局に対して更新の申請をして登録がされた場合には、更に28年の更新が認められる旨規定していたから、更新手続が執られたことの証拠のない本件著作物の同国における著作権は、1941年に保護期間が満了している。しかしながら、万国条約特例法は、万国条約の実施に伴い、著作権法の特例を定めることを目的とするところ(1条)、同法附則2項において、万国条約特例法施行前に発行された著作物については原則としてその適用がない旨を規定し、他方、同項括弧書により、同法11条については、同法施行前に発行された著作物についても適用される旨を規定している。また、同法11条は、平和条約25条に規定する連合国で同法施行の際万国条約締結国であるもの及びその国民を著作権者とし、平和条約12条の規定に基づいて旧著作権法による保護を受けている著作物について、引き続き同一の保護を受ける旨規定する。万国条約特例法11条が平和条約25条に規定する連合国及びその国民(以下「連合国国民」という。)の著作物であることを要件としているのは、連合国と我が国との間で効力を生じた条約が平和条約7条(a)により廃棄されたためである。万国条約特例法11条は、平和条約12条(b)(1)(ii)及び外務省告示により4年間に限り内国民待遇が継続されたものの、平和条約の失効により、それまで内国民待遇を与えられていた連合国国民を著作者とする著作物の著作権が我が国において消滅することを避けるため、万国条約19条の趣旨及び既得権尊重という一般法理念に基づき、著作権法の特例として、上記著作物について特に内国民待遇を継続してその保護を図ったものと解される。そうすると、万国条約特例法が万国条約の実施のみを目的とする法律であるということはできず、同法11条は、平和条約12条及び外務省告示が失効した後において、既得権尊重という一般法理念及び国際信義の観点から、国際法上は保護義務を負わなくなる著作物を引き続き国内法上保護するものというべきであるから、このような万国条約特例法11条の趣旨に照らすと、同条は、連合国国民の著作物を特に保護する規定として、アメリカ合衆国のベルヌ条約加入の後も引き続き適用されるものと解するのが相当である。
 また、被控訴人は、同一当事国間においてベルヌ条約と万国条約の双方が有効な場合について、万国条約17条及び同条に関する附属宣言は、万国条約を排除し、ベルヌ条約を適用することを定めていることを主張する。しかしながら、現在、日米両国間の著作権保護について適用される条約はベルヌ条約であり万国条約は適用されないとしても、上記のとおり、万国条約特例法11条が、その趣旨に照らし、連合国国民の著作物を特に保護する規定としてアメリカ合衆国のベルヌ条約加入の後も引き続き適用されるものである以上、ベルヌ条約が万国条約に優先するからといって、我が国国内法である万国条約特例法11条の適用が排除されるべきものではない。また、ベルヌ条約は、同盟国間において内国民待遇等の著作権保護を定める条約であるが、同盟国がベルヌ条約の規定を超えて連合国国民の著作権を保護することを禁止するものと解すべき根拠はないから、アメリカ合衆国国民の著作物について内国民待遇を継続する万国条約特例法11条がベルヌ条約に反するものではない。
(3) 万国条約特例法10条は、同法がベルヌ条約同盟国を本国とする著作物については適用されない旨規定するが、同条は、同法附則2項により、万国条約特例法施行前に発行された著作物である本件著作物への適用が排除されているから、後にアメリカ合衆国がベルヌ条約に加入しても、本件著作物について同法10条が適用される余地はないと解するのが同法の文理に合致する。また、保護期間の相互主義を定める著作権法58条(ベルヌ条約7条(8)の許容するところである。)は、同法2章4節に規定されているところ、同法附則7条は、同法施行前に公表された著作物の著作権の存続期間について、同法2章4節の定める期間より旧著作権法による著作権の存続期間の方が長いときはなお従前の例によると規定しており、著作権法2章4節の規定により旧著作権法の定める保護期間が短縮されることを想定していない。旧著作権法において、ベルヌ条約同盟国を本国とする著作物について著作権の保護期間の相互主義を定めた規定はないから、ベルヌ条約には遡及効がある(同条約18条(1))からといって、アメリカ合衆国が同条約に加入したことに伴い著作権法58条の遡及的適用により本件著作権の保護期間が短縮又は消滅すると解することは、同法附則則7条の趣旨にも反するというべきである。
 また、アメリカ合衆国がベルヌ条約に加入したことに伴い著作権の保護期間について相互主義が遡及的に適用されると解することは、既に生じた私権について後の法改正により遡及的にこれを消滅させることとなるが、このような法改正は、私権保護及び法的安定性の観点から是認することができず、特に法令に明文の規定を欠く以上、解釈によりそのような結果を招来させるためには、そのような解釈を正当とする十分な根拠を要するというべきである。しかしながら、そのような遡及適用を肯定する解釈は、上記のとおり、万国条約特例法附則2項及び著作権法附則7条の文理及び法の趣旨に反する上、現行著作権法制とも整合しない。すなわち、著作権法は、その施行に際し、特に附則26条において、万国条約特例法11条の「著作権法」を「旧著作権法(明治三十二年法律第三十九号)」に改め、「その保護」の下に「(著作権法の施行の際当該保護を受けている著作物については、同法の保護)」を加える改正を行い、万国条約特例法11条により保護を受けている著作物が現行著作権法の下において引き続き保護される旨を明記する法改正をしながら、同条に規定する内国民待遇と著作権法58条に規定するベルヌ条約同盟国間における保護期間の相互主義との関係について、特段の規定を置いておらず、そのほか、著作権法の施行及びアメリカ合衆国のベルヌ条約加入に際し、上記内国民待遇とベルヌ条約同盟国間における保護期間の相互主義の調整を図るために特段の立法もされていない。そうすると、私権保護及び法的安定性を犠牲にし、あえて内国民待遇に優先して保護期間の相互主義を遡及適用すべき法令上の根拠も、そのような法解釈を採るべき合理的理由も見いだすことができない。したがって、アメリカ合衆国のベルヌ条約加入により著作権法58条を遡及的に適用すべきであるとする被控訴人の主張は、採用することができない。
(4) なお、付言すると、以上のとおり、本件人形の著作物は、本国であるアメリカ合衆国において1941年に保護期間が満了したにもかかわらず、我が国においては、その後60年を経過した今日において、なお本件著作権が存続していることとなるが、このような結論に対しては、一見したところ、不自然な感を受けないわけではない。しかしながら、ベルヌ条約及び万国条約は、いずれも内国民待遇の原則に則っているが、本質的には抵触法条約であって、超国家的な実体法のまとまったシステムを課しているわけではないから、加盟国の国内実体法同士がかなりの程度に異なっている場合には、著作物の保護の程度にも差異を来し、最初に発行された国では保護を受けないような著作物でも、他の加盟国では保護を受けるという事態も生じ得るところである。本件において、こうした事態を招いた第一の理由は、本件人形の創作当時、アメリカ合衆国著作権法が創作から28年間の保護期間を定めていたのに対し、我が国の旧著作権法が著作者の死後38年の保護期間を定めていたことにある。当時のアメリカ合衆国著作権法は、著作権の更新の制度を有し、更新の有無及び著作者の死亡時期によっては、必ずしも我が国旧著作権法による保護期間の方が長期であるとは限らなかった。また、内国民待遇とは、条約締結国国民の著作物を我が国国民の著作物と同様に保護することを意味し、我が国国民の著作物に優先して保護するものではない。日米著作権条約及び旧著作権法により、我が国国民の著作物とアメリカ合衆国国民の著作物は、その保護期間を含め、完全に平等に保護されていたのである。平和条約、外務省告示及び万国条約特例法が内国民待遇を継続したということは、このような内外国人平等の保護を継続したということを意味し、それ以上の意味はない。
 本件著作物に対し、当時の我が国国民の著作物と比べより長期の保護期間が与えられたのは、連合国特例法4条1項により、アメリカ合衆国国民の著作物に対し保護期間を10年以上加算したことによるものであって、確かに、同項が施行されていなかったならば、本件著作権は既に保護期間が満了していたこととなる。しかしながら、大戦の敗戦国において、このような措置を採ったのが我が国のみであったとしても、我が国が独自の判断によりこのような措置を採ったことは、大戦後の特殊な諸般の状況に照らし、立法政策上、合理性を認めることができるから、本件著作権の保護期間を判断するに当たり、連合国特例法4条1項による約10年の戦時加算をすべきことは当然であり、これによって導かれる保護期間を他の法令の解釈により調整することは、法解釈として正当なものということはできない。
6 本件著作権の控訴人に対する譲渡について
(1) 相続人が、その相続に係る不動産持分について、第三者に対してした処分に権利移転の効果が生ずるかどうかという問題に適用されるべき法律は、法例10条2項により、その原因である事実の完成した当時における目的物の所在地法であって、相続の準拠法ではないことは、判例とするところであるから(最高裁平成6年3月8日第三小法廷判決・民集48巻3号835頁)、本件著作権の譲渡は、アメリカ合衆国国民であり同国ミズーリ州において死亡した亡ローズ・オニールの相続財産の処分ではあるけれども、本件著作権の譲渡について適用されるべき準拠法は、相続の準拠法として同州法とされるべきでないことは、上記判例の趣旨からも明らかである。
 そして、著作権の譲渡について適用されるべき準拠法を決定するに当たっては、譲渡の原因関係である契約等の債権行為と、目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とを区別し、それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきである。
(2) まず、著作権の譲渡の原因である債権行為に適用されるべき準拠法について判断する。いわゆる国際仲裁における仲裁契約の成立及び効力については、法例7条1項により、第一次的には当事者の意思に従ってその準拠法が定められるべきものと解するのが相当であり、仲裁契約中で上記準拠法について明示の合意がされていない場合であっても、主たる契約の内容その他諸般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意があると認められるときには、これによるべきものとされている(最高裁平成9年9月4日第一小法廷判決・民集51巻8号3657頁)。著作権移転の原因行為である譲渡契約の成立及び効力について適用されるべき準拠法は、法律行為の準拠法一般について規定する法例7条1項により、第一次的には当事者の意思に従うべきところ、著作権譲渡契約中でその準拠法について明示の合意がされていない場合であっても、契約の内容、当事者、目的物その他諸般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意があると認められるときには、これによるべきである。控訴人の主張する本件著作権の譲渡契約は、アメリカ合衆国ミズーリ州法に基づいて設立された遺産財団が、我が国国民である控訴人に対し、我が国国内において効力を有する本件著作権を譲渡するというものであるから、同契約中で準拠法について明示の合意がされたことが明らかでない本件においては、我が国の法令を準拠法とする旨の黙示の合意が成立したものと推認するのが相当である。
(3) 証拠によれば、以下の事実が認められる。
 本件著作権は、ローズ・オニールの死後、同人の遺産を管理する遺産財団に承継され、ミズーリ州タニー郡巡回裁判所により、ポール・オニールが遺産財団管財人に選任された。ポール・オニールは、1964年3月18日、同裁判所の命令を受けて任務を終了したものの、1997年7月14日、ローズ・オニールの新たな財産が発見されたとして、デビッド・オニールから同裁判所に対し遺産財団管財人選任の申立てがされ、同裁判所は、同月15日、デビッド・オニールを遺産財団管財人に選任した(甲6、9)。
 控訴人は、平成10年5月1日、遺産財団から、本件著作権を含むローズ・オニールが創作したすべてのキューピー作品に係る我が国著作権等を、頭金として15,000アメリカドル、ランニング・ロイヤリティとしてキューピー製品及び物品に係る控訴人自身の純収入の2%を支払うほか、キューピー作品に関して第三者から受領した金額の2分の1を対価として支払う旨の約定により譲り受けた(甲72)。
 被控訴人は、控訴人が本件著作権等の対価を当審口頭弁論終結日まで明らかにしなかったことを理由に控訴人主張の譲渡が虚構である旨主張し、確かに、この点に係る控訴人の訴訟遂行は問題なしとしないが、このことから直ちに、上記著作権譲渡契約の存在を否定することはできず、他に上記の認定を左右するに足りる証拠はない。
(4) 被控訴人は、デビッド・オニールを遺産財団管財人に選任したアメリカ合衆国ミズーリ州タニー郡巡回裁判所の決定が法定の要件を充足しておらず無効であると主張する。
 しかしながら、上記のとおり、ローズ・オニールはアメリカ合衆国ミズーリ州において死亡したから、同州タニー郡巡回裁判所は、国際民事訴訟法上、遺産財団管財人の選任について専属管轄を有するものと認められ、同選任の裁判が上訴により取り消されるなど、その確定を妨げるべき事情はうかがわれず、被控訴人が同裁判に対しアメリカ合衆国ミズーリ州の訴訟手続により不服を申し立てた等の事情もうかがわれない。また、上記のとおり、遺産財団は、1964年1月16日にいったん清算を終了したが、他方、我が国において本件著作権が存続しているのであるから、上記裁判所が遺産財団管財人を選任する要件である、清算終了後に未処分財産を発見したときに当たる上、本件著作権等、新たに発見された財産に価値があり、ローズ・オニールから承継された知的財産権を管理するために遺産財団管財人が必要であるということは、遺産管理状の交付申立てをする正当事由に当たるということができる。さらに、デビッド・オニールの上記遺産管理状の交付申立書には、これらの要件が記載されており(甲9)、これらの点を併せ考慮すれば、上記裁判所の遺産財団管財人の選任決定は適法にされたものと推認するのが相当である。したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。
 そうすると、控訴人と遺産財団とは、本件著作権について、上記譲渡契約を有効に締結したということができる。
(5) 次に、著作権の物権類似の支配関係の変動について適用されるべき準拠法について判断する。一般に、物権の内容、効力、得喪の要件等は、目的物の所在地の法令を準拠法とすべきものとされ、法例10条は、その趣旨に基づくものであるが、その理由は、物権が物の直接的利用に関する権利であり、第三者に対する排他的効力を有することから、そのような権利関係については、目的物の所在地の法令を適用することが最も自然であり、権利の目的の達成及び第三者の利益保護という要請に最も適合することにあると解される。著作権は、その権利の内容及び効力がこれを保護する国(以下「保護国」という。)の法令によって定められ、また、著作物の利用について第三者に対する排他的効力を有するから、物権の得喪について所在地法が適用されるのと同様の理由により、著作権という物権類似の支配関係の変動については、保護国の法令が準拠法となるものと解するのが相当である。
(6) そうすると、本件著作権の物権類似の支配関係の変動については、保護国である我が国の法令が準拠法となるから、著作権の移転の効力が原因となる譲渡契約の締結により直ちに生ずるとされている我が国の法令の下においては、上記の本件著作権譲渡契約が締結されたことにより、本件著作権は遺産財団から控訴人に移転したものというべきである。
7 本件著作権の第三者への譲渡について
(1) 被控訴人は、遺産財団管財人ポール・オニールが遅くとも1948年6月5日までに本件著作権を含むキューピー作品に係る著作権をジョゼフ・カラスに譲渡したと主張する。
(2) しかしながら、仮に、遺産財団管財人ポール・オニールがジョゼフ・カラスに対し本件著作権を譲渡し、この譲渡契約が有効であるとしても、上記のとおり、遺産財団から控訴人に対する本件著作権譲渡による物権類似の支配関係の変動については、本件著作権の保護国である我が国の法令が準拠法となるから、本件著作権について、ジョゼフ・カラスに対する譲渡と控訴人に対する譲渡とが二重譲渡の関係に立つにすぎず、控訴人に対する本件著作権の移転が効力を失うものではない。
 我が国著作権法上、被控訴人は、本件著作権について、譲渡を受け、又は利用許諾を受けるなど、控訴人が本件著作権譲渡の対抗要件を欠くことを主張し得る法律上の利害関係を有しないから、控訴人は、被控訴人に対し、対抗要件の具備を問うまでもなく、本件著作権を行使することができる。
8 訴訟信託について
(1) 上記のとおり、本件著作権譲渡契約の有効性については、我が国の法令が準拠法となるところ、我が国の法令上、遺産財団から控訴人に対する本件著作権の譲渡が訴訟行為をさせることを主たる目的とする訴訟信託に当たると認めるに足りる証拠はない。
(2) 被控訴人は、控訴人が本件著作権の譲渡を受けて間もなく本件訴訟を提起したことを主張するが、このことから直ちに訴訟信託が推認されるものではない上、控訴人は、上記認定のとおり、遺産財団に対して相当額の対価の支払を約し、また、本件訴訟の遂行を弁護士である訴訟代理人に委任し、同代理人が原審及び当審の口頭弁論期日に出頭して訴訟を遂行していることは訴訟上明らかであるから、この点においても、本件著作権の譲渡が訴訟信託であるとは認め難い。
9 権利の失効について
(1) 権利を有する者が久しきにわたりこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至ったため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、上記権利の行使は許されないとして、いわゆる失効の原則が適用される場合のあることは、判例とするところである(最高裁昭和30年11月22日第三小法廷判決・民集9巻12号1781頁、同昭和40年4月6日第三小法廷判決・民集19巻3号564頁)。
(2) しかしながら、本件において、被控訴人は、被控訴人が現在に至るまで70年以上にわたり被控訴人商標等を使用し続けてきたこと、ローズ・オニール及びその承継人が、その間、本件著作権の行使をしなかったことなどを主張するが、それだけでは、上記法理の適用により本件著作権の権利行使の不許ないし権利の消滅を根拠付けるに足りる事情ということはできないから、被控訴人の主張は採用の限りではない。
 なお、被控訴人は、権利の失効について権利濫用を基礎付ける事情としても主張するが、本件においては、後記のとおり、被控訴人が本件人形の複製又は翻案をしたものとは認められないから、権利濫用の成否については判断しない。
10 以上のとおりであるから、控訴人は、本件著作権の著作権者であるというべきである。
11 複製又は翻案について
(1) 二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分についてのみ生じ、原著作物と共通し、その実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である(最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁)。これを本件についてみると、上記のとおり、本件著作物は、本件イラスト著作物中に描かれたキューピーイラストを原著作物とする二次的著作物であり、また、原著作物であるキューピーイラストを立体的に表現した点においてのみ創作性を有するから、立体的に表現したという点を除く部分については、キューピーイラストと共通しその実質を同じくするものとして、本件著作権の効力は及ばないというべきである。
(2) そこで、この見地から控訴人主張の複製又は翻案の成否について判断するに、本件著作物それ自体が証拠として提出されていない本件においては、その複製物である本件人形と被控訴人イラスト等を対比検討するのが相当である。
ア まず、被控訴人人形を本件人形と対比すると、両者とも、全体的な特徴として、@ほぼ直立の人形である、A乳幼児の体型であり、頭部が大きい、B裸である、C性別がはっきりせず中性的である、Dふっくらとしているという共通点を有し、細部の特徴として、E頭頂部にとがった形状の髪の毛が前後に細長く生えて前に垂れており、側頭部の耳付近に若干の毛髪があるが、頭部のその余の部分には髪の毛がない、F後頭部が突き出している、G頬がふっくらしている、H目は丸く大きい、I瞳が大きい、J眉は、目から離れた位置に描かれている、K鼻は目立たず、小さく丸い、L口は、ややほほ笑んでいる表情に描かれている、M両手は、腕を伸ばし、掌を広げている、N腹部は、前に張り出している、O肩の付近に小さな双翼が描かれているという点で共通する。
 これに対し、本件人形と被控訴人人形とは、相違点として、@全身のプロポーションについて、前者はほぼ2.5頭身であるのに対し、後者はほぼ2.3頭身である、A顔について、前者は縦長の楕円形状であるのに対し、後者は縦横の長さがほぼ同じである、B眉について、前者は点のように描かれているのに対し、後者は円弧状に細長く描かれている、C口について、前者は唇が細長く描かれているのに対し、後者は細く短かく描かれている、D腹部について、前者は下腹部が前方に突き出ているのに対し、後者は全体が前方に張り出している、E胴について、前者は中央が最も太いのに対し、後者は尻のあたりが最も太い、F尻について、前者は背中部分から突き出すことなく連続して、下方に向けて狭まっているのに対し、後者は背中部分に比べ後方に突き出ているという点がある。
イ 次に、被控訴人イラストは、平面的な著作物であるから、立体的な本件著作物の創作的な表現が再生されているというためには、被控訴人イラストから立体的な表現を看取することができ、かつ、看取された立体的表現が本件人形の内容及び形式を覚知させるか又は本件人形の本質的な特徴を直接感得させるものであることを要するというべきである。この観点から被控訴人イラストを見ると、イラストごと程度の差はあるものの、陰影、彩色の濃淡等により、ある程度立体的表現を看取することができ、全体的特徴として、乳幼児の容貌でありふっくらとしているという点で共通する。そこで、更に進んで、被控訴人イラストを本件人形と対比する。
(渡辺イラスト)
 渡辺イラストを本件人形と対比すると、全体的な特徴として、乳幼児の体型であり、頭部が2.3〜3等身で大きく、全身がふっくらとしているという点で共通し、細部の特徴として、@頭頂部にとがった形状の髪の毛が前後に細長く生えて前に垂れており、側頭部の耳付近に若干の毛髪があるが、頭部のその余の部分には髪の毛がない(図面(八)は側頭部にも髪の毛がない。)、A目は丸く大きく、瞳が大きい、B鼻は目立たず、小さい、C口は、ややほほ笑んでいる表情に描かれている、D頬が全体的にふっくらしている、E腹部は、前に張り出しているという点で共通する。
 これに対し、本件人形と渡辺イラストには、以下のような相違点がある。すなわち、@前者は裸であるのに対し、後者のうち図面(三)(五)(七)(九)のものは衣服を着ている、A性別について、前者は全く不明確であるのに対し、後者のうち図面(一)(三)(五)(九)のものは衣服及びリボンにより性別が表現されている、B眉について、前者は点のように描かれているのに対し、後者は横に細長く描かれている、C口について、唇が細長く描かれているのに対し、後者は唇が細く短く描かれている、D双翼について、前者は肩付近に付けられているのに対し、後者は描かれていない(不明りょうな図面(一)のものを除く。)という点である。
(駄場イラスト)
 駄場イラストを本件人形と対比すると、全体的な特徴として、全身の描かれた図面(六)(一〇)(一三)(一四)(一五)(一七)のものについて頭部が大きく、いずれの図面のものもふっくらとしているという点で共通し、細部の特徴として、@図面(六)(一〇)(一三)(一四)(一五)(一七)のものについて、頭頂部にとがった形状の髪の毛が前後に細長く生えて前に垂れており、側頭部の耳付近に若干の毛髪があるが、頭部のその他には髪の毛がなく、図面(一一)(一二)(一六)のものについては、側頭部の耳付近に若干の毛髪があり、A目は丸く大きい、B眉は、目から離れた位置に描かれている、C鼻は目立たず、小さく丸い、D口は、ややほほ笑んでいるように描かれているという点で共通する。
 これに対し、本件人形と駄場イラストには、以下のような相違点がある。すなわち、@前者は全身の立像であるのに対し、後者のうち図面(一一)(一二)(一六)のものは頭部及び手のみが描かれている、A全身のプロポーションについて、前者はほぼ2.7頭身であるのに対し、後者はほぼ2.3頭身である、B前者は裸であるのに対し、後者のうち全身の描かれた図面(六)(一〇)(一三)(一四)(一五)(一七)のものについては衣服を着ている、C性別について、前者は不明であるのに対し、後者のうち図面(一三)左側のものはスカート及びリボンにより性別が表現されている、D顔について、前者はやや縦長の楕円形状であるのに対し、後者は縦横の長さがほぼ同じである、E後者は瞳にハイライトが施され睫毛が描かれているのに対し、前者にはこのような表現がない、F眉について、前者は点のように描かれているのに対し、後者は円弧状に細く描かれている、G口について、前者は唇が細長く描かれているのに対し、後者は細く短く描かれている、H双翼について、前者は肩付近に付けられているのに対し、後者のうち図面(一三)中央のものについては、背中全体に双翼が大きく描かれ、その余のものについては、双翼が描かれていないという点である。
(3) そうすると、本件著作物が原著作物であるキューピーイラストを立体的に表現した点においてのみ創作性を有し、その余の部分に本件著作権は及ばず、他方、被控訴人イラスト等が上記の諸点において本件人形と相違し、全体的に考察しても受ける印象が本件人形と異なることに照らすと、本件著作物において先行著作物に新たに付加された創作的部分は、被控訴人イラスト等において感得されないから、被控訴人イラスト等は、本件著作物の内容及び形式を覚知させるに足りるものでもなく、また、本件著作物の本質的な特徴を直接感得させるものでもないから、本件著作物の複製物又は翻案物に当たらないというべきである。
 なお、被控訴人イラスト等の中には、被控訴人人形、被控訴人イラストの図面(一)ないし(四)等、本件著作物の本質的な特徴を相当程度感得させるかのように見られるものもあるが、本件著作物は、本件イラスト著作物を原著作物とし、これを立体的に表現したという点においてのみ創作性を付加された二次的著作物であるから、被控訴人イラスト等に本件著作権の効力が及ぶというためには、本件著作物において新たに付加された創作的部分が感得されることを要するのであって、本件人形と被控訴人イラスト等との間に上記の程度の相違点があれば、被控訴人イラスト等に本件著作権の効力は及ばないといわざるを得ない。
(4) 控訴人は、本件著作物の原著作物であるキューピーイラストについて我が国における保護期間が満了していないことを理由として、本件著作権の効力が原著作物に新たに付加された創作的部分についてのみならず本件著作物全体に及んでいると主張する。
 しかしながら、二次的著作物の著作権が原著作物に新たに付加された創作的部分についてのみ生ずることは、二次的著作物の著作権者が原著作物について著作権を有していることによって影響を受けないと解するのが相当である。なぜならば、二次的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法上の保護を受けるのは、原著作物に新たな創作的要素が付加されているためであって、二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は、何ら新たな創作的要素を含むものではなく、別個の著作物として保護すべき理由がないところ(上記最高裁判決)、我が国において原著作物の著作権について保護期間が満了しておらず、かつ、二次的著作物の著作権者が原著作物の著作権者であるからといって、二次的著作物のうち原著作物と共通する部分について別個の著作物として保護すべき理由がないという点では、二次的著作物の著作権者が原著作物の著作権者でない場合と何ら異なるところはないからである。
 したがって、キューピーイラストの著作権について我が国における保護期間が満了しておらず、かつ、控訴人がその著作権者であるということは、本件著作権の権利範囲に影響を及ぼさないというべきであり、控訴人の主張は、採用することができない。
(5) また、控訴人は、原審第4回口頭弁論期日において、本件イラスト著作物について著作権の保護を求める著作物として主張する趣旨ではないし、今後もそのような趣旨の主張をするつもりはないと述べているとおり、本件において、上記原著作権に基づく請求をしていない以上、原著作物の著作権について保護期間が満了しておらず、控訴人が原著作権の著作権者であるということは、本件訴訟の結論に影響を及ぼさない。
12 したがって、被控訴人イラスト等が本件著作物の複製物又は翻案物であるということはできないから、控訴人の本件著作権に基づく差止め及び廃棄の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
13 職権により検討するに、記録に照らすと、本件訴訟の経緯は以下のとおりである。
 原審において、脱退前被控訴人は、被控訴人イラスト等の複製が本件著作権の侵害に当たるとして、被控訴人に対し、被控訴人イラスト等の複製の差止め、これらの複製物の廃棄、損害賠償及び不当利得返還を求める訴え(東京地方裁判所平成10年(ワ)第2533号事件、以下「第一事件」という。)を提起し、次いで、控訴人が、本件著作権を脱退前被控訴人から譲り受けたとして、独立当事者参加の申出により、被控訴人に対し、前同様の差止等を求める訴え(同裁判所平成10年(ワ)第16389号事件、以下「第二事件」という。)を提起して第一事件に参加し、脱退前被控訴人は、訴訟脱退の申立てをした。しかし、被控訴人がその承諾をしなかったため、脱退の効力を生じなかったところ、原審は、本件から第一事件の弁論を分離して口頭弁論を終結した上、原告(注、脱退前被控訴人)の請求をいずれも棄却する判決をし、次いで、第二事件について口頭弁論を終結して、参加人(注、控訴人)の請求をいずれも棄却する判決をした。これに対し、控訴人は、被控訴人に対し、本件控訴の提起をし(損害賠償請求及び不当利得返還請求は不服申立ての範囲外)、当審において、控訴人が本件著作権の著作権者であることの確認を求める請求を追加し、脱退前被控訴人は訴訟から脱退し、被控訴人はその承諾をした。
 民事訴訟法(明治23年法律第29号、以下「旧民事訴訟法」という。)71条の独立当事者参加に基づく、参加人、原告、被告間の訴訟について本案判決をするときは、三当事者を判決の名宛人とする一個の終局判決のみが許され、当事者の一部に関する判決をすることが許されないことは、判例とするところであり(最高裁昭和43年4月12日第二小法廷判決・民集22巻4号877頁)、このことは、民事訴訟法47条1項により第三者が当事者の一方のみを相手方として独立当事者参加をした場合にも同様であると解するのが相当である。なぜならば、旧民事訴訟法71条と同様、民事訴訟法47条4項は、必要的共同訴訟に関する同法40条1項ないし3項を準用しており、三当事者間における訴訟の合一確定を要請している点において、旧民事訴訟法71条と異なるところはないからである。
 そうすると、原審において、民事訴訟法47条1項による上記参加がされた本件においては、合一確定の要請に照らし、控訴人のした本件控訴は、脱退前被控訴人に対しても効力を生じ、脱退前被控訴人が当審において被控訴人の地位に立つとともに、控訴人に対して正本が送達されず判決が確定していない第一事件を含め、両事件が全体として当審に移審して審理の対象になったというべきである。したがって、本件の弁論を分離して第一事件及び第二事件につき各別に言い渡された原判決はいずれも違法であり、この瑕疵は職権調査事項に当たるから(上記最高裁判決)、第一事件及び第二事件に係る原判決は、いずれも取消しを免れない。
14 第一事件に係る脱退前被控訴人、被控訴人間の訴訟は、当審における脱退前被控訴人の脱退により終了しているので、更に、第二事件に係る控訴人の請求の当否について判断すると、上記判示のとおり、控訴人の差止め及び廃棄の請求は理由がなく、控訴人が当審において追加した著作権確認請求は理由がある。
 よって、原判決をいずれも取り消し、第二事件に係る控訴人の差止め及び廃棄の請求を棄却し、控訴人が当審において追加した著作権確認請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項、64条本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第13民事部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 石原直樹
 裁判官 長沢幸男

別紙 物件目録
  添付図面(一)〜(一七)
  添付写真(一八)・(一九)(二〇)・(二一)

別紙 著作物目録
  添付写真(一)・(二)(三)・(四)

別紙 イラスト著作物目録
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