判例全文 | ||
【事件名】読売テレビの実名報道事件 【年月日】平成13年5月29日 大阪地裁 平成12年(ワ)第4648号 損害賠償請求事件 判決 原告 甲野太郎 同訴訟代理人弁護士 井上二郎 被告 讀賣テレビ放送株式会社 同代表者代表取締役 中野達雄(ほか一名) 同両名訴訟代理人弁護士 水野武雄 同上 稲田正毅 主文 一 被告らは、原告に対し、連帯して、金五〇万円及びこれに対する平成一二年四月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 三 訴訟費用は、これを二〇分し、その一九を原告の、その余を被告らの負担とする。 四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 請求 被告らは、原告に対し、連帯して、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一二年四月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 一 本件は、大阪府泉南郡田尻町で、二代続けて町長が汚職事件により辞職し、町長の出直し選挙が告示された当日に、被告讀賣テレビ放送株式会社社(以下「被告会社」という。)の報道局報道部長である被告A(以下「被告A」という。)が、同出直し選挙に関するテレビ報道を行い、同報道の中で、前々町長である原告の収賄罪前科について取り上げたが、その際、原告の実名及び映像を放映したことが原告のプライバシー権の侵害となるとして、民法七〇九条、七一〇条、七一五条に基づき、原告が、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、連帯して、金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成一二年四月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 二 基礎となる事実(証拠を付さない事実は、当事者間に争いがない。) (注・証拠の表示は省略ないし割愛) (1)当事者 原告は、大阪府泉南郡田尻町)以下「田尻町」という。)の住民であり、昭和六三年五月から田尻町の町長の職に就いていたが、平成六年一一月一六日に退職した。 被告会社は、放送法によるテレビジョンその他一般放送事業並びに放送番組、録画物等の製作、販売等を営む株式会社であり、被告Aは、被告会社の報道局報道部長である。 (2)本件報道に至る前提事実 ア 原告は、平成六年一一月、町歴史館整備事業をめぐる汚職事件について、収賄罪で起訴され、同七年三月七日、大阪地方裁判所において、懲役二年、執行猶予三年、追徴金二二〇万円の有罪判決を受け、同判決は、同月二二日、確定した。その後、平成一〇年三月七日には、同判決の執行猶予期間が経過した(以下「本件事件」という) イ 乙山松夫(以下「乙山」という。)は、平成六年一二月、原告の辞職に伴う同町長選挙で当選し、以後、田尻町長の職にあったが、二期目であった平成一二年二月に公共事業をめぐる汚職事件で逮捕され、その後、起訴されて、田尻町長の職を辞した。 ウ 田尻町において、平成一二年四月四日、乙山の辞職に伴う町長選挙(以下「本件出直し選挙」という。)が告示された。 (3)本件報道 被告会社は、平成一二年四月四日、午後六時から放映したニュース番組「ニュース・スクランブル」において、「汚職まみれの田尻町出直し」とのタイトルで、本件出直し選挙を取り上げて、報道した(以下本件報道」という。)。 その際、被告会社は、本件出直し選挙について、立候補者である原田千鶴、水野和夫及び水野典平の三名の演説及び映像に加え、前町長の汚職事件の経緯を前町長の逮捕時の映像とともに報道したが、本件事件にも触れ、アナウンサーが「田尻町では前の町長も汚職で逮捕されており、失われた町政への信頼回復を最大の争点に三つ巴の争いとなっています。」と述べ、事件を報道する記者が「田尻町での汚職は実はこれが初めてではありません。六年前にも、現職の町長が収賄容疑で逮捕されています。」、「疑惑の館。二代続けて現職の町長が汚職で逮捕された後、町民はこの町役場をそんなふうに呼ぶようになりました。」と述べたほか、映像として、町長室でインタビューに答える原告の動画像と実名の字幕をつけて、報道した。本件報道の報道時間は全体で約三分間であり、原告の動画像と実名の字幕が報道されたのは約六秒間であった。 なお、本件報道の全体の音声は、別紙のとおりである。 (4)本件報道後の原告と被告らとのやりとり ア 原告は、平成一二年四月五日、被告会社に対し、本件報道に関し、「放送の時に流された写真は現在の立候補者の二名と五年前の事件の私です。現在逮捕されて取調中の前町長の乙山は写りませんでした。私は三年の執行猶予の刑期を終えていますが、なぜ私ばかりを放送するのですか。何年間放送するのですか。乙山の放送をしなくて私のみを取り上げるのですか。人権問題として、差別的な取扱いなどで提訴したいが、貴社のお答えをお聞きしたい。」と記載した抗議文書を送付した。 イ これに対し、被告Aは、平成,二年四月七日、原告に対し、被告会社報道部長被告Aの名において、「まず、事実誤認があるようです。ご指摘の報道ですが、使われた顔写真及び人物映像は、今回の町長選の立候補者三人と前町長の乙山氏、それに前々町長の貴方です。」とした上で、被告会社の本件報道に対する見解として、「この報道は町長の汚職が原因で行われる『田尻町の出直し選挙』をテーマにしており、貴方の事件について触れるのは当然です。報道内容も事実に基づく公正なものと断言できます。人権上も十分配慮しており、差別的な取り扱いなど全くしておりません。」と記載した返書を送付した。 三 争点 被告らは、本件報道により、不法行為責任を負うか。 (1)被侵害利益の有無について (2)違法性の有無(表現の自由との調整)について (3)被告Aの責任について (4)原告の損害について 四 争点に対する原告の主張 (1)被侵害利益の有無について ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらに被告人として公訴を提起されて有罪判決を受けたという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接かかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである。 そして、その者が有罪判決を受けた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等の公表によって生活の平穏を妨げられない利益を有する。とりわけ前科は人格の尊厳の基本にかかわる情報であり、また、当該犯罪に対して喚起された社会的関心は、刑の確定によって大幅に希薄化し、鎮静されるのが通常である。 したがって、当該有罪判決を受けた者が、刑の執行を受け又は刑の執行猶予期間を無事過ごした後は、その社会復帰のために、前科の秘匿について特に保護が与えられるべきである。これを当該有罪判決を受けた者からみると、その秘匿を権利として求めることができる重要な法的利益と観念することができる。 また、刑の執行猶予制度が、単に刑の執行に伴う弊害の回避という消極的機能のみならず、有罪判決を受けた者の改善と円滑な社会内処遇による社会復帰を促すという積極的作用を営むべきものであることを考えても、特に前科の秘匿は重要な法的利益といわなければならない。 (2)違法性の有無(表現の自由との調整)について 社会復帰のための前科秘匿利益を侵害する場合であっても、表現の自由との関係で前科の公表が許される場合、すなわち違法性が阻却される場合とは、@事件がそれ自体を公表することに歴史的又は社会的意義が認められるような場合、Aその者の社会的活動の性質あるいは社会的影響力から批判・評価資料という意味のある場合、B公職にある者やその候補者などのように社会一般の正当な関心の対象となる公的人物である場合のいずれかの場合であるところ、本件報道においては、以下のとおり、前記@ないしBの前科公表の違法阻却事由は存在しない。 ア @について 本件報道は、田尻町の本件出直し選挙の告示と候補者等を報道したものであるが、原告が田尻町の町長の職を辞したのは、その五年以上も前である。 確かに、「二代続けての収賄事件による辞職」という事実それ自体には報道の意義があるとしても、「二代続けて」の部分だけを報道すればその意義は十分達せられる。そして、その表現は例えば「前々町長」とすれば足りるのであって、あえて実名や顔写真まで出す必要はない。本件報道当時、現に逮捕勾留され起訴されていた前町長の氏名を報道するのはともかく、それに加えて、前町長の辞職に何の関係もない原告の顔写真と実名までもことさら報道することには、歴史的社会的意義を認めることはできない。 イ Aについて 原告は、町長辞職以来、公職はもとより何らの職に就くこともなく、社会的活動に携わることもなかった。原告は、市井の無名の一市民として、世間が本件事件を一日も早く忘れてもらいたいと請い願いつつ、ひっそりと暮らしているのであり、何ら社会的影響力を及ぼし得る立場にはない。 したがって、社会的活動に対する評価の資料として前科の公表が是認される余地はない。 ウ Bについて 原告が公職を離れてから既に約五年半の期間が経過しており、原告は、公職の候補者ではなく、また、社会一般の関心の対象となる公的立場にある者でもない。 したがって、公的立場にあることの適否の判断の資料として、前科の公表を是認すべき場合にも当たらない。 (3)被告Aの責任について 被告Aは、本件報道当時、被告会社の被用者であり、報道局報道部長の地位にあった。 報道部長は、放送記者が取材した記事や番組製作者が作成した番組等が報道・放映に適するものか否かを点検し、それらが報道・放映に適しないものである場合、とりわけ、それが他者の名誉やプライバシー等の人権を侵害するものである場合には、当該記者や番組製作者をしてそれを修正させ、あるいは、放映を止めさせる等すべき高度の注意義務を負っている。 しかるに、被告Aは、本件報道に当たり、同義務を怠り、故意又は過失により、報道担当者をして、原告の顔写真と氏名を報道させた。 (4)原告の損害について このようにして、原告は、自己の前科をみだりに公表されない法的利益を有するところ、本件報道によって、激しい衝撃を受け、原告の信用と名誉を毀損された。 本件報道により原告が受けた衝撃と苦しみには計り知れないものがあり、これを慰謝するには、少なくとも金一〇〇〇万円が相当である。 5 争点に対する被告らの主張 (1)被侵害利益の有無について 以下のとおり、原告には、自己の前科を公表されない権利としての被侵害利益は存しない。 ア 未公開性 個人に関する一定の領域の事柄がプライバシー権として法的保護に値する利益が存するといえるためには、その前提として、当該事実が一般に知られていないことが必要であるところ、一般に広く知れ渡った事実についてこれを公表したとしても、当該事実を秘蔵する利益自体が不法行為において法的に保護されるべき被侵害利益に該当しないため、不法行為責任は成立しない。 原告の前科事実は、田尻町が人口約七〇〇〇人の町であり、本件事件が現職町長による収賄事件であったことや、原告の逮捕時、起訴時及び判決時における報道によって、既に一般に広く知れ渡っていた上、前町長の乙山の逮捕直後の平成一二年二月一五日及び一六日の報道によっても、同様に報道されたから、本件報道当時は、既に一般に広く知れ渡っていた周知の事実であったのであり、原告の前科を公表されない利益は、不法行為上保護されるべき被侵害利益に該当しない。 イ 社会の正当な関心の有無 個人に関する一定の領域の事柄がプライバシー権として法的保護に値する利益が存するといえるためには、当該事柄について社会が関心をもつことが正当とはいえないこと、すなわち、社会の正当な関心の有無についての判断が必要であるところ、前科事実に対する正当な社会的関心が存在するか否かは、当該前科犯罪自体の具体的性質、本件報道時における社会的状況、新たな生活環境の形成等の諸事情から判断することになるが、以下のとおり、原告の前科事実を公表されない権利は、法的保護に値する利益とはいえない。 (ア)前科犯罪自体の性質 本件報道において公表された原告の前科事実は、公選された現職町長による職権を利用した権力犯罪である収賄罪というそれ自体において極めて公共性の高い情報価値を有しており、社会の正当な関心の対象となるものである。 (イ)本件報道時における社会的状況 前町長が本件報道の二か月足らず前に汚職犯罪により逮捕されたことにより、二代続けての汚職事件という異常事態についての社会的関心が生じており、次期町長選挙告示日である本件報道時には、次期町長選挙の背景事実として、前町長の犯罪事実のみならず、原告の前科事実についても、強い社会的関心が集まっていた。 (ウ)新たな生活環境の形成 原告は、事件後も田尻町内に居住していたもので、新たな生活環境を形成しているというわけではなく、特別に新しく形成した社会生活の平穏を保つべき事情が存するわけではない。 (2)違法性の有無(表現の自由との調整)について 仮に原告に前科を公表されない権利が認められるとしても、当該原告の前科事実を公表することが、被告らの表現の自由・報道の自由の行使の一環として法的に許容される範囲にある場合には、被告らには不法行為責任は成立しない。 そして、許容範囲内にあるか否かの判断は、原告の前科を公表されない権利の重要性と被告らの本件報道における原告の前科を公表すべき理由の重要性との比較衡量により、具体的には、前記(1)イ記載の各事情と、当該権利の具体的性質、本件報道の目的、原告の前科事実の公共性、本件報道における実名使用の意義及び必要性、本件報道の手段の相当性等の諸事情とを総合勘案して、判断すべきである。 これらを比較考慮すると、以下のとおり、本件報道は、被告らの報道の自由の行使の一環として、法的に許容されるべきものであることは明らかである。 ア 前科を公表されない権利について 本件における原告の有する前科を公表されない権利は、公職にあった者の公職当時の職権を利用した権力犯罪という前科事実自体の性質、原告が新たな生活環境を形成していたわけではないという事情、原告の前科事実は、本件報道時点において何度も公表され、既に一般に周知された事実となっていた事情に照らすと、その権利の重要性は極めて低いものである。 イ 前科を公表すべき理由について (ア)表現の自由・報道の自由の重要性 表現の自由は、民主主義社会の存立基盤をなすものであり、憲法の定める基本的人権の体系中において優越的地位を占めるとされているところ、これを制約するか否かの判断をするについては、表現の自由及び報道の自由の重要性を念頭に置かねばならず、この権利の重要性を不当に軽視してはならない。 (イ)本件報道目的の正当性 本件報道は、二代続けての町長の収賄事件により町長が辞職したことに伴って、本件出直し選挙が行われるという異常事態の下で、その二度目の出直し選挙の告示日になされた報道であり、その目的は、当該選挙における争点である失われた町政への信頼回復に対応した事実報道をすることにより、有権者の選挙権行使のための判断資料を提供して、一般市民の知る権利に応えようとするものであって、本件報道は、その目的自体においても、極めて公益性の高い正当な目的を有するものである。 (ウ)原告の前科事実の公共性 前記(1)イ記載のとおり、本件報道当時、原告の前科事実に対しては、社会の正当な関心が集まっていた。 ウ 実名使用の意義及び必要性 報道の自由が国民の知る権利に奉仕する目的があることに照らすと、報道は、事実を正確に示して普遍的客観的真実を伝えるものでなければならない。 原告及び乙山が二代続けて現職町長時代に収賄をしたという事実は、これらの町長らが具体的にどのような背景事情で各犯罪を行ったのかということや、今回の候補者にこれらの町長らと似たような背景事情は存するのかということ等を、有権者が見極める上で重要な要素であり、また、当該町長の血縁及び出身母体等の個人的な情報並びに当該犯罪事実に関する情報は、有権者の選挙権行使のための判断資料の基礎となるものである。 したがって、有権者が汚職事件を起こさない町長を選ぶための判断をする前提として、田尻町における町政の問題点を究明する資料及び候補者を選定するための資料を提供するためには、原告を匿名にした報道ではなく、原告の氏名及び犯罪内容を特定した上で報道することが必要不可欠であった。 エ 本件報道の相当性 本件報道は、ニュース番組内において、「田尻町の出直し選挙」をテーマに報道されており、ことさら原告の前科をセンセーショナルに諭う類の報道ではない。 また、その放映時間も、本件報道のなされた約三分間のうち、原告の映像及び実名の字幕が画面に現れるのは約六秒間にすぎず、その映像態様においても、原告が町長室でのインタビューに答える様子の動画であり、ことさら逮捕された時の映像を出しているものでもない。当時逮捕された直後の前町長乙山が逮捕連行される際の映像であったのと比較すると、本件報道は、必要最小限の実名報道であったということができる。 したがって、本件報道は、その報道手段においても、前記の報道目的を達成させる上で、必要最小限の相当な方法であった。 (3)被告Aの責任について 報道部長に対し、連日行われる個々の報道に関して、すべてその内容を点検し、放映に適しない場合に内容を修正ないし放映を中止させる注意義務を負わせるというのは、不可能を強いるものであり、被告Aは、原告が主張するような法的注意義務を具体的に負うことはない。 そもそも、報道機関の報道は、多くの人間の取材・編成等を経て、報道機関の責任において報道されるものであるから、取材・編成等に関与した一個人がその責任を問われることはないというべきである。 (4)原告の損害について 原告は、本件報道を直接見てはおらず、別の報道機関の報道を見たにすぎないから、本件報道による直接的な損害は具体的には生じていない。 また、本件報道によって、原告が具体的に社会的な不利益や圧力を受けた事実は存しない。 そして、原告の前科事実は、当時既に一般に知れ渡っていた周知の事実であったのであるから、その公表によって、原告に精神的損害が生じることは考え難い。 したがって、原告には、何らの損害も生じていない。 第三 証拠 本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。 第四 当裁判所の判断 一 被告会社が本件報道において、原告の収賄罪前科について報道する際に、約六秒間にわたり、原告の実名の字幕及び動画像を放映したことは、第二の二記載のとおりである。 そこで、原告が主張するように、原告に実名及び動画像を放映されない法的利益が存在し、被告らが本件報道による不法行為責任を負うか否かについて、検討する。 二 争点(1)(被侵害利益の有無)・争点(2)(違法性の有無)について (1)ある者が刑事件について有罪判決を受けたという事実は、その者の名誉あるいは信用にかかわる事項であるから、その者は、みだりに前科にかかわる事実を報道されないことについて法的保護に値する利益を有しているというべきであり、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有しているというべきである。 もっとも、前科にかかわる事実は、刑事事件ないし刑事裁判という社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項に密接にかかわるものであるから、事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名及び映像を明らかにすることが許されないとはいえず、公共の利益につながる事実の報道としてその報道を受任すべき場合も存するというべきであるから、報道の目的、性格等に照らし、実名及び映像を使用することの意義及び必要性をも合わせて判断し、これらを報道されない法的利益が優越する場合には、その報道によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない(以上、最高裁判所第三小法廷平成六年二月八日判決・民集四八巻二号一四九頁参照)。 (2)そこで、まず、本件報道当時、原告に保護されるべき法的利益が存在していたか否かについて判断するに、前記第二の二の事実に、<証拠略>を総合すると、原告は、本件事件の有罪判決後本件報道がなされるまでの約五年間(執行猶予期間経過後本件報道がなされるまでは約二年間)、公職に就かないで無職のまま、政治活動をすることもなく、田尻町の一町民として平穏に生活を営んでいたもので、社会復帰に努め、新たな生活環境を形成していたものと認められるから、原告は、本件報道当時、その前科にかかわる事実をみだりに報道されないことについて法的保護に値する利益を有していたというべきである。 (3)これに対し、被告らは、本件報道の約二か月前に原告の前科報道がされるなどしたため、原告の前科事実は本件報道時には既に周知の事実であったから、プライバシー権の要件である未公開性の要件を欠き、原告には保護されるべき法的利益が存しないと主張するが、前科にかかわる事実が既に他の報道機関によって報道されていたからといって、それだけで直ちに、前科にかかわる事実をみだりに報道されないという原告の法的利益が失われるわけではないから、被告らの同主張は採用しない。 また、被告らは、原告の前科事実が公選された現職町長による職権を利用した権力犯罪である収賄罪というそれ自体として公共性の高い犯罪であるとして、原告に保護されるべき法的利益が存しないと主張するが、報道による批判等を甘受すべき現職の公務員やその候補者の場合であればともかく、原告が本件報道当時それらの公職についていなかったことは前記のとおりであり、被告らの同主張は、被報道者の名誉や信用を軽視する一方的なものであって、採用しない。 さらに、被告らは、二代続けての汚職事件を発端として本件出直し選挙が実施されようとしていたとの本件報道時の社会情勢等を理由として、原告に保護されるべき法的利益がなかったと主張するが、これらの事情を考慮しても、原告に保護されるべき法的利益そのものが存在しないとまで断ずることはできない。 (4)次に、本件報道の目的、性格等について検討するに、第二の二の事実によれば、本件報道は、大阪府田尻町において、町長が二代続けて収賄事件により辞職したことに伴う本件出直し選挙の告示日当日になされた報道であって、その目的も、当該選挙の争点である失われた町政への信頼回復に対応した事実報道により、有権者の選挙権行使のための判断資料を提供し、一般の町民の知る権利に答えようとするものであって、その目的、性格等には正当性が認められる。 そして、本件事件及び乙山にかかわる事件は、いずれも公選された同じ地方公共団体の首長の職権を濫用した収賄罪という重大な犯罪であって、両事件の連続性・類似性に鑑みると、本件出直し選挙の実施に当たって、乙山にかかわる事件のみならず、本件事件についても、その事件の内容や背景事情の全体を公表することには、同町の町民が本件出直し選挙の持つ意味を理解し、適正に選挙権を行使する上で社会的な意義が認められるから、本件報道において、本件事件について触れ、合わせて原告の実名の字幕を放映したことが許されないものであるということはできず、これらを放映されない法的利益が優越すると認めることはできない。 (5)これに対し、原告の容姿を撮影した映像若しくは写真をその前科と共に放映することは、原告が本件事件について有罪判決を受けたことを公表する方法としては極めて効果が大きいものであり、報道に際しては、実名を報道することと並んで、容姿を撮影した映像を公表する正当な理由が必要であるところ、本件事件に関わる判決の言渡しが効力を失って約二年間が経過した本件報道時においては、原告の動画像を公表すべき格別の必要性や社会的意義は認められないから(被告は、原告の動画像放映の必要性については何ら主張立証していない。)、本件報道において、原告の動画像を放映されない法的利益を上廻る公表の理由があったと認めることはできない。 (6)なお、原告は、被告会社は本件報道以外にも同様の報道をしたと主張し、本人尋問において、原告が見た報道は、乙山については放映されず、立候補者についても二名しか報道されなかったと述べて、本件報道との相違点について供述するが、選挙告示日の報道において、三名の立候補者のうち二名しか取り上げず、かつ、出直し選挙の原因となった乙山について放映せずに原告について放映することはそもそも考え難く、また、<証拠略>によれば、原告は、被告会社に対して抗議した際に、抗議の対象となる番組を、平成一二年四月四日午後六時三〇分頃にニュース・スクランブルで放送された田尻町町長選挙に関する報道と特定しており、また、被告会社が同日に本件報道以外の報道番組において原告の実名や映像を放映したことはないと認められるから、原告の前記供述は思い込み若しくは誤解によるものというほかなく、原告が見た報道は本件報道であったと認められる。 三 争点(3)(被告Aの責任)について (1)第二の二の事実によれば、被告Aは、被告会社の報道局報道部長として、本件報道を実施したものであって、放送記者が取材した記事や番組製作者が作成した番組等が報道と放映に適するものか否かを点検し、それが他者の名誉やプライバシー等の人権を侵害するものである場合には、当該記者や番組製作者をしてそれを修正させ、あるいは、放映を止めさせるなどすべき注意義務を負っていたところ、同義務を怠り、少なくとも過失により、報道担当者をして、本件事件について触れ、原告の実名を報道する際に、原告の動画像を放映させたものであるから「民法七〇九条、七一〇条により、原告が被った後記四記載の損害を賠償すべきである。 (2)これに対し、同被告は、そのような解釈は同被告に不可能を強いるものであるから、同被告が原告が主張するような法的注意義務を具体的に負うことはなく、そもそも、報道機関の報道は、多くの人間の取材・編成等を経て、報道機関の責任において報道されるものであるから、取材・編成等に関与した一個人がその責任を問われることはないというべきであると主張するが、報道の自由も無制約なものではなく、報道部長に対して不法行為が成立するとの解釈が不可能を強いる解釈とはいえないし、報道機関に属する者についてそもそも不法行為責任が成立しないとする理由もない。 (3)また、被告Aは、被告会社の被用者であり、その職務を行うについて、前記不法行為を行ったものであるから、被告会社は、民法七一五条により、連帯して、原告の前記損害を賠償すべき義務を負う。 四 争点(4)(原告の損害)について 第二の二の事実から認められる本件報道の内容、態様及び放映回数、放映時間等に照らすと、原告の動画像を放映したことにより原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、五〇万円をもって相当と認める。 第五 結語 以上によれば、原告の本訴請求は、主文一項の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第24民事部 裁判長裁判官 山下寛 裁判官 大竹昭彦 裁判官 渡部五郎 |
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