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【事件名】パソコンソフトの違法コピー事件(東京リーガルマインド)
【年月日】平成13年5月16日
 東京地裁 平成12年(ワ)第7932号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成13年3月13日)

判決
原告 アドビ・システムズ・インコーポレーテッド(以下「原告アドビ」という場合がある。)
原告 マイクロソフト・コーポレーション(以下「原告マイクロソフト」という場合がある。)
原告 アップル・コンピュータ・インコーポレーテッド(以下「原告アップル」という場合がある。)
原告ら訴訟代理人弁護士 遠山友寛
同 伊藤亮介
同 石原修
同 中田俊明
原告ら訴訟復代理人弁護士 森本周子
被告 株式会社東京リーガルマインド
被告訴訟代理人弁護士 高石義一
同 高井健 ・
被告訴訟復代理人弁護士 塩谷久仁子
同 木原和香恵


主文
1 被告は、原告アドビ・システムズ・インコーポレーテッドに対し金5597万5600円、原告マイクロソフト・コーポレーションに対し金1360万7000円、原告アップル・コンピュータ・インコーポレーテッドに対し金1513万7800円、並びに上記各金員に対する平成12年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、被告事務所に設置されたコンピュータの内部記憶装置(ハードディスク)に存する別紙侵害品目録1ないし3記載の各プログラムを使用してはならない。
2 被告は、被告事務所に設置されたコンピュータの内部記憶装置(ハードディスク)に存する別紙侵害品目録1ないし3記載の各プログラムを消去せよ。
3 被告は、原告アドビに対し金7584万2400円、原告マイクロソフトに対し金1843万6320円、原告アップルに対し金2051万0400円、並びに上記各金員に対する平成12年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告らは、コンピュータ・プログラムについての著作権を有するが、被告による複製行為が行われたとして、被告に対し、同プログラムの使用行為の差止め及び損害賠償を求めた。
1 前提となる事実(証拠等を掲げたもの以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告らは、コンピュータ・プログラム及びシステムの開発、制作、販売等を業とするアメリカ法人である。
 被告は、司法試験を始め、司法書士、行政書士、社会保険労務士、宅地建物取引主任者等の各種資格試験の指導等を業とする株式会社である。
(2) 原告らの著作物
 原告アドビは、別紙プログラム目録1記載の各プログラムを、原告マイクロソフトは、別紙プログラム目録2記載の各プログラムを、原告アップルは、別紙プログラム目録3記載の各プログラムを(以下、これらのプログラムをまとめて「本件プログラム」という。)、それぞれ開発し、これらについて著作権を取得した(甲13ないし17)。
(3) 被告の行為
 被告は、東京都新宿区(以下略)所在の被告「高田馬場西校」校舎(以下「西校校舎」という。)において、設置された多数のコンピュータに本件プログラムを原告らの許諾なしにインストールして複製し、もって、原告らの複製権を侵害した。
 西校校舎における無許諾複製の状況は、以下のとおりである。すなわち、平成11年5月20日、西校校舎において、証拠保全としての検証手続が行われ(以下「本件検証手続」という。)、その結果、西校校舎4階の41教室に16台、同42教室に47台、同43教室に45台及び同44教室に46台のコンピュータが存在し、西校校舎4階廊下部分に1台及び1階各室に合計64台、合計219台のコンピュータが存在することが確認された。
 これら全219台のコンピュータのうち、44教室に存在した11台のコンピュータ、4階廊下部分と1階各室に存在した合計65台のコンピュータ、41ないし43教室に存在した合計7台のコンピュータについては、時間不足等の理由により、本件検証手続の対象外とされたため、結局、本件検証手続は、西校校舎に存在した全219台のコンピュータのうち、上記83台を除外した合計136台を対象として行われた。
 そして、上記136台のコンピュータ内の記憶装置に、別紙検証結果表記載のとおりの本数分の本件プログラムの無許諾複製がされている事実が確認された。
2 争点
(1) 差止めの必要性
(原告らの主張)
 原告アドビは、ユーザーが正規のプログラムを購入した後、無許諾で複製することを防止するため、LAN(ローカル・エリア・ネットワーク)でつながれた他のコンピュータ上に自己と同一のシリアル番号を発見すると、その起動を中止するシステムを、本件プログラムに組み込んでいた。ところが、被告は、本件プログラムを無断複製して使用しても、上記シリアル番号検索機能が効果を奏しないようにするため、「Incognito」と呼ばれる特別のソフトウェアを用い、LANでつながれた複数のコンピュータにおいて、同時に同一のシリアル番号を有するソフトウェアを使用できるようにしていた。このような著作権侵害行為の悪質な態様に鑑みるならば、仮に、被告が現在正規品を使用しているとしても、差止請求が認められるべきである。
(被告の反論)
 被告は、以下のとおり、現時点で、本件プログラムの違法な複製品を使用しておらず、すべて正規品を使用しているから、差止請求は認められるべきでない。すなわち、被告は、本件検証手続が行われた西校校舎におけるプログラム使用状況を徹底的に調査し、正規に使用許諾を受けていない複製品及び正規使用許諾を受けているか否か不明なもの(正規使用許諾を受けたと思われるが、当時、明確な証拠が発見されなかったもの)も含めて、それらの社内での使用を禁止すると共に、設置コンピュータの内部記憶装置のすべてから、該当プログラムを完全に抹消し、適法に使用許諾を受けたプログラムに置き換えた。
(2) 損害額
(原告らの主張)
 被告は、故意により前記不法行為をしているから、被告は、原告らに対し、これによる損害を賠償する義務がある。被告が賠償すべき損害額は、以下のとおり、合計1億1478万9120円となる。
ア 著作権侵害に基づく損害は、以下のいずれの算定方法によっても、原告アドビについて6320万2000円、原告マイクロソフトについて1536万3600円、原告アップルについて1709万2000円、合計9565万7600円を下ることはない。
(ア) 被告の利益額
 被告が侵害行為により得た利益額は、以下のとおり算定されるべきである。
 被告は、本件プログラムを違法に複製したことにより、正規に購入すれば支出すべきであった本件プログラムの正規品小売価格分の利益を得たから、本件プログラムの正規品小売価格の総計である4782万8800円が、侵害行為により被告が得た利益となる。さらに、前記のとおり、被告の業務には、専ら本件プログラムの使用が寄与したものということができ、被告の売上高が従業員800人にもかかわらず153億円(平成11年3月期)であることに照らすと、被告が本件プログラムの侵害行為から得た利益額は、5000万円を下らない。したがって、被告が侵害行為により得た利益額は、上記金額の合計額である9565万7600円を下らない。
(イ) 許諾料相当額
 許諾料相当額は、以下のとおり算定されるべきである。
 コンピュータソフトウェア業界において、権利者が事後的に違法複製者に対し過去の行為に対して許諾料相当の損害賠償額を求める場合は、正規品の販売価格とは、区別して取り扱うのが通常である。そして、「著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額」は、以下の理由により、正規品小売価格の2倍相当額を下ることはないと解すべきである。
 すなわち、@企業内で大量かつ組織的・継続的に侵害行為が行われることを防止するためには、正規品を購入した場合と、権利者が事後的に違法複製者に対し過去の行為に対する許諾料相当額の損害賠償を求める場合とは、少なくとも2倍以上の格差が必要である。A許諾料相当額の算定には、業界の相場が用いられるべきである。ビジネス・ソフトウェア業界では、原告らは、ソフトウェア著作権を保護する啓蒙活動等を行うため、他のソフトウェア会社と共に、世界各地において違法複製の防止を求める積極的な活動を行い、莫大な経費を支出している。原告らは、他のソフトウェア会社と共に、ビジネス・ソフトウェア・アライアンス(以下「BSA」という。)という組織を設立し、世界各地において違法複製の防止を求める前記啓蒙活動を行っている。これは、ひとたび違法複製が蔓延すれば、ソフトウェア産業自体の存続が脅かされることになるからである。ソフトウェア業界においては、正規の場合と違法な場合との間に少なくとも2倍以上の格差をつけるということは、当然のこととして理解されている。B被告は、正に法律を遵守すべき者を教育する業界に身を置いている。また、被告の業務は、教材、書籍、模擬試験問題の編集・作成、受験指導のための情報の分析、生徒の成績管理等、本件プログラムを使用しない限り実行できないものばかりである。被告は、少数の従業員で、多額の売上を上げているが、被告の業務には本件プログラムの使用が寄与している。
 本件検証手続の結果から算出した、西校校舎における原告らの無許諾複製品の正規品小売価格の合計は、別紙侵害品目録記載のとおり、原告アドビについては3160万1000円、原告マイクロソフトについては768万1800円、原告アップルについては854万6000円、合計4782万8800円であるから、許諾料相当額は、その2倍の額である9565万7600円を下らない。
(ウ) 予備的主張
 被告は、西校校舎のみならず、全国において、大量の違法複製をしていたのであり、その損害額は、9565万7600円を下らない(予備的主張)。すなわち、被告の作成した一覧表によれば、被告は、西校校舎のほか、全国に31の校舎及び事務所を有しており、コンピュータの総保有台数は少なくとも647台に上ることが確認できる。西校校舎で、大量の組織的な違法複製が発見された事実に鑑みれば、他の校舎及び事務所においても、同様の著作権侵害行為が行われていると考えられる。そこで、この647台のコンピュータに存する違法複製された本件各プログラムに係る損害額(正規品小売価格の合計)を、高田馬場西校において確認されたコンピュータ台数、正規購入品数及び違法複製品数の割合を基礎として推計すると、以下のとおりとなる。すなわち、原告アドビ分は1億5033万7110円、原告マイクロソフト分は3654万5034円、原告アップル分は4065万6338円であり、合計は2億2753万8482円となり、9565万7600円を下らない。
イ 弁護士費用
 本件は、原告が複数の外国法人であり、違法複製されたコンピュータ・プログラムも多数に上り、複雑困難な法律問題を含む事件である。したがって、被告の不法行為と相当因果関係が認められる弁護士費用は、各原告に発生した損害額の2割である1913万1520円というべきである。
(被告の反論)
 以下のとおり、原告らの損害は存在しない。
ア 被告は、前記のとおり、本件検証手続後、西校校舎におけるプログラム使用状況を徹底調査し、正規に使用許諾を受けていない複製品及び正規使用許諾を受けているか否か不明なもの(正規使用許諾を受けたと思われるが、当時、明確な証拠が発見されなかったもの)も含めて、それらの社内使用を禁止すると共に、設置コンピュータの内部記憶装置のすべてから、該当プログラムを完全に抹消し、適法な使用許諾を受けたプログラムに置き換えた。これは、当時行われていた交渉の席上、原告らと被告が、被告による本件プログラムの継続使用の方法として、購入時点での本件プログラム現行バージョンを取得し、使用中の本件プログラム消去を行うことで合意したことによるのであるから、被告において賠償すべき損害は存在しない。
 また、原告らは、被告が正規品を購入したことは、それ以後の使用を合法化するにすぎず、過去に遡ってすべてを合法化するものではなく、過去の使用に対しては、別途、損害賠償を支払う義務がある旨主張するが、以下のとおり妥当でない。@ペイド・アップ方式によるシュリンク・ラップ使用許諾契約においては、同一プログラムの使用対価は1回払えば、永久且つ無制限に使用できるのであるから、その過去の使用分も遡及してカバーすると解すべきである。A原告らと被告は、継続的使用の維持方法として正常ソフトウェアの新規導入を合意したものであるから、同一プログラムの過去、現在、未来の使用は連続した一つの使用行為である以上、かかる合意は、当然、過去の使用もカバーすると解すべきである。B仮に、被告がプログラムを違法に使用した行為に対する損害賠償として、本来のペイド・アップ・ライセンス料を支払っていたとすれば、その損害賠償によって当該プログラムの継続使用は正当な使用権に基づく使用となったはずである。原告らが、同一プログラムにつき、損害賠償を受け取りながら、さらに将来に向かってのライセンス料を受領するとすれば、シュリンク・ラップ方式の下での使用料の二重取りとなり、不当利得を構成する。Cシュリンク・ラップ契約方式は、ライセンス料回収のコスト節約と貸倒れ防止という、著作権者の利益のために採用された契約方式であるから、それが著作権者側の不利に働く場合でも変更することは許されない。D被告は、本件検証手続後に、適法なプログラムに置き換えたが、その正規プログラムは、被告が無許諾で使用していたプログラムと基本的に同一プログラムである。また、たとえ、バージョンが違う場合でも、新バージョンは旧バージョンを包含し、一体性を保ちながら機能を拡張しているものであり、実質的に同一である。したがって、本件において、被告の1事業所で使用されていたプログラムの中に、たとえ正式な使用許諾契約に基づかないものがあったとしても、被告がそれを全部適正な使用許諾契約に基づくプログラムに置き換え、使用許諾料全額を支払ったことにより、原告らは、被告による一時的無断使用による損害を含め、当該各プログラムの生涯収入を全部回収したから、もはや賠償すべき損害は存在しない。
イ 原告らは、正規小売品の価額の2倍に相当する額が著作権侵害に基づく損害であると主張するが、この点も理由がない。原告らは、この主張を基礎づける証拠を全く提出していない。
 最高裁平成9年7月11日判決は、「我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり・・・、加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない。・・・不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは、右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。」と判示しているが、原告らの主張は、前記基本理念に反するものである。
ウ 弁護士費用
 弁護士費用は、相当因果関係のある損害とは認められない。すなわち、原告は、前記のとおり、回収済の損害の重複回収を意図する上に、懲罰又は一般的な違反予防をねらって、追加賠償を取り立てようする目的で、過大な請求を行い、これを実現しようとして訴訟を提起した。訴訟の提起は本来不要なものであるから、被告の行為と弁護士費用の支出とは相当因果関係がない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(差止めの必要性)について
 証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば、被告が、本件検証手続後、西校校舎を含め、全事業所におけるプログラム使用状況を調査し、正規に購入した複製品以外のものの使用を中止し、保有コンピュータの内部記憶装置のすべてから該当プログラムを抹消し、適法な使用許諾プログラムに置き換えたことが認められる。
 そうすると、被告による著作権侵害行為が今後も継続して行われるおそれは解消したと認めることができ、原告らの請求中、被告による本件プログラムの使用の差止めを求める部分は理由がない。
2 争点(2)(損害額)について
(1) 検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
 平成11年5月20日、西校校舎において実施された本件検証手続の結果、西校校舎4階の41教室に16台、同42教室に47台、同43教室に45台、同44教室に46台、4階廊下部分に1台、1階の各室に合計64台、合計219台のコンピュータが存在することが確認された。
 西校校舎に存在した全219台のコンピュータのうち合計136台を対象として本件検証手続が行われ、83台(44教室の11台、4階廊下部分と1階各室の合計65台、41ないし43教室の合計7台のコンピュータ)については、時間的制約により、本件検証手続の対象外とされた。
 そして、上記136台のコンピュータ内の記憶装置に、別紙検証結果表記載のとおりの本数の本件プログラムの無許諾複製がされている事実が確認された。
(2) 西校校舎に存在した全219台のコンピュータのうち、83台を除外した合計136台に係る侵害行為によって得た被告の利益額は、別紙侵害品目録1ないし3記載のとおり、無許諾複製したプログラムの数に正規品1個当たりの小売価格(価格は弁論の全趣旨により認める。)を乗じた額であると解するのが相当である。そうすると、原告アドビ分は3160万1000円となり、原告マイクロソフト分は768万1800円となり、原告アップル分は854万6000円となる。ところで、西校校舎内における各コンピュータの使用態様は、本件検証の対象とされた136台と対象とされなかった83台との間で相違がないものと解するのが合理的であるから、西校校舎に存在した219台の全コンピュータに係る侵害行為によって得た被告の利益額は、上記136台分の利益額に136分の219を乗じた額と推認するのが相当である。そうすると、原告アドビ分は5088万6900円となり、原告マイクロソフト分は1237万円となり、原告アップル分は1376万1600円となる(いずれも下2桁を四捨五入した。)。
 そして、原告らの受けた損害額は、被告の得た前記利益額と同額であると推定されるべきである。また、原告らの受けた損害額を許諾料相当額により算定すべきであるとした場合も、許諾料相当額はこれと同額であると解するのが相当である。
(3) 被告の著作権侵害行為と相当因果関係が認められる弁護士費用としては、本件事案の内容、性質、訴訟経緯等一切の事情を総合すると、前記(2)の損害額の10パーセントを乗じた金額をもって相当と解する。そうすると、原告アドビ分は508万8700円となり、原告マイクロソフト分は123万7000円となり、原告アップル分は137万6200円となる(いずれも下2桁を四捨五入した。)。
(4) 以上のとおり、原告らについての損害額は、原告アドビについては5597万5600円となり、原告マイクロソフトについては1360万7000円となり、原告アップルについては1513万7800円となる。
(5) 原告らの主張に対する判断
ア 原告らは、西校校舎での無許諾複製状況から他の事業所においても同様の無許諾複製の事実が推認されるべきである旨主張する。
 しかし、被告の西校校舎以外の事業所において、本件プログラムの無許諾複製がされている事実を認めるに足りる証拠は一切なく、また、他の事業所はそれぞれ西校校舎とは使用目的、使用状況が異なると考えられるから、他の事業所における無断複製の事実及びその規模を、西校校舎における無断複製状況を基礎として推認することも相当でない。原告らの上記主張は理由がない。
イ 原告らは、許諾料相当額は正規品小売価格の2倍相当額を下らない旨主張する。
 しかし、本件全証拠によるも、そのような事実を認めることはできない。原告らの上記主張は理由がない。
ウ 原告らは、被告がその業務において、本件プログラムを使用して、年間153億円の利益を上げていることをとらえて、正規品小売価格相当額以外に別途5000万円以上の利益を得ているので、上記合計金額が原告らの受けた損害額と推定されるべきである旨主張する。
 しかし、本件プログラムの無許諾複製によって被告の得た利益額は、正規品小売価格相当額により評価し尽くされ、これを超えると解するのは相当でなく、本件において、被告が違法複製品を使用した回数や期間を考慮するのは相当でないというべきである。したがって、原告らの受けた損害額は、正規品の小売価格相当額を超える額と推認することはできない。原告らの上記主張は理由がない。
(6) 被告の主張に対する判断
 被告は、西校校舎内の本件プログラムについての違法複製品をすべて正規品に置き換え、正規品を購入することによって許諾料全額を支払ったから、原告らの損害は生じていないと主張する。
 しかし、被告の上記主張は、以下のとおり失当である。
 すなわち、被告の原告らに対する著作権侵害行為(不法行為)は、被告が本件プログラムをインストールして複製したことによって成立し、これにより、被告は、本件プログラムの複製品の使用を中止すべき不作為義務を負うとともに、上記著作権侵害行為によって、原告らに与えた損害を賠償すべき義務を負う。そして、本件のように、顧客が正規品に示された販売代金を支払い、正規品を購入することによって、プログラムの正規複製品をインストールして複製した上、それを使用することができる地位を獲得する契約態様が採用されている場合においては、原告らの受けた損害額は、著作権法114条1項又は2項により、正規品小売価格と同額と解するのが最も妥当であることは前記のとおりである。その意味で、本件においては、原告らの受けた損害額は、被告が本件プログラムを違法に複製した時点において、既に確定しているとみるのが相当である。
 確かに、被告は、原告らから違法複製品の使用の中止を求められた後、新たに本件プログラムの使用を希望して、自ら選択して、本件プログラムの正規複製品を購入したこと、上記正規品は、違法複製品と同一又は同種(違法複製品とは版の異なるものも存在する。)のものであることが窺える。しかし、被告の上記行為は、不法行為と別個独立して評価されるべき利用者としての自由意思に基づく行動にすぎないのであって、これによって、既に確定的に発生した原告らの被告に対する損害賠償請求権が消滅すると解することは到底できない(もとより、弁済行為と評価することもできない。)。顧客は、価格相当額(許諾料相当額)を支払うことにより当該正規品(シリアル番号が付された特定のプログラムの複製品)を将来にわたり使用することができる地位を獲得するが、その行為(当該正規品についての所定の条件の下での使用許諾申込みを承諾する行為)により発生した法律関係が、顧客と著作権者らとの間において既に成立した権利義務関係(損害賠償請求権の存否又は多寡)に影響を及ぼすものではないことはいうまでもない。
 この点、被告は、当初から正規品を購入した場合や、最後まで正規品を購入しなかった場合と不均衡が生ずるから不都合である旨主張する。しかし、当初から正規品を購入した場合には違法複製行為がないのであるから、損害を賠償する義務がないのは当然のことであって不均衡とはいえないし、最後まで正規品を購入しなかった場合には、本件プログラムの複製物の使用が許されないのであって、自らの自由意思により、正規品を購入して将来にわたり使用する地位を確保した本件のような場合とはその前提を異にするから、やはり不均衡とはいえない(被告において、本件プログラムに係る正規品を購入せず、他社のプログラムを購入するという選択もできる。)。さらに、本件全証拠によるも、被告が正規品を購入したことにより、原告らが被告に対して、損害賠償義務を免除する旨の意思表示をしたと認めることもできない。したがって、上記主張は理由がない。
3 結論
 よって、原告らの本件請求は、主文第1項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 石村智
 裁判官 沖中康人は、転補のため署名押印することができない。
 裁判長裁判官 飯村敏明
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