判例全文 line
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【事件名】ドメイン名の使用差し止め事件(ジェイフォン東日本)
【年月日】平成13年4月24日
 東京地裁 平成12年(ワ)第3545号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成13年1月30日)

判決
原告 ジェイフォン東日本株式会社(旧商号 ジェイフォン東京株式会社)
原告訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 宮川美津子
同 柏尾哲哉
同 加畑直之
同 高橋聖
被告 株式会社大行通商
被告訴訟代理人弁護士 岸田功
同 中田敦久
同 小池律子
同 田村明
同 野嶋直
同 渋谷麻衣子


主文
1 被告は、その営業に関し、別紙目録記載の表示及び「j-phone.co.jp」のドメイン名を使用してはならない。
2 被告は、インターネット上のアドレス「http://www.j-phone.co.jp」において開設するウェブサイトから、別紙目録記載の表示を抹消せよ。
3 被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する平成12年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
6 この判決のうち第1項ないし第3項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 原告の請求
1 主文1、2項と同旨
2 被告は、原告に対し、950万円及びこれに対する平成12年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、「J-PHONE」等の表示を用いて営業活動を行っている原告が、被告に対し、被告のインターネット上で「j-phone.co.jp」のドメイン名を使用し、そのウェブサイトにおいて「J-PHONE」等の表示を用いて商品の宣伝等をする行為が不正競争防止法2条1項1号、2号所定の不正競争行為に該当するとして、上記ドメイン名及び「J-PHONE」、「ジェイフォン」、「J-フォン」を横書きにした別紙目録1ないし5の各表示(以下、全体を「本件表示」といい、個別の表示を指すときは「本件表示1」などという。)の使用差止め、ウェブサイトからの本件表示の抹消並びに損害賠償を求めている事案である。
1 当事者間に争いのない事実等(証拠等により認定したものについては、末尾にその証拠等を掲げた。)
(1) 当事者
 原告は、移動体通信事業、すなわち携帯電話による通信サービスを主たる目的とする株式会社である(なお、原告は、当初「株式会社東京デジタルホン」の商号を用いていたが、平成11年10月1日付けで「ジェイフォン東京株式会社」に商号変更し、更に平成12年10月2日付けでこれを現在の商号である「ジェイフォン東日本株式会社」に変更した。)。
 被告は、水産物、海産物及び食品等の輸出入販売を主たる目的とする株式会社である。
(2) 原告の業務内容等
 原告は、平成6年4月1日から携帯電話に関する通信サービスを消費者に提供している。
 原告は、サービス開始当初は、その関連会社であるジェイフォン関西株式会社(旧商号「株式会社関西デジタルホン」)及びジェイフォン東海株式会社(旧商号「株式会社東海デジタルホン」)との提携により、関東圏、中部圏及び関西圏を通話エリアとして通信サービスを提供し、原告の当初の商号である「東京デジタルホン」あるいはその一部である「デジタルホン」をそのままサービス名称として使用し、広告宣伝活動を行っていた。
 原告は、平成9年2月7日からは、上記2社に加え、ジェイフォン北海道(旧商号「株式会社デジタルツーカー北海道」)、ジェイフォン東北(旧商号「株式会社デジタルツーカー東北」)、ジェイフォン北陸(旧商号「株式会社デジタルツーカー北陸」)、ジェイフォン中国(旧商号「株式会社デジタルツーカー中国」)、ジェイフォン四国(旧商号「株式会社デジタルツーカー四国」)及びジェイフォン九州(旧商号「株式会社デジタルツーカー九州」)の各社(以下、上記の8社を併せて「原告関連会社」といい、これらと原告とを併せて「『J-PHONE』グループ各社」という。)と提携して通話エリアを日本全国に拡大し、そのころから「J-PHONE」というサービス名称(以下「本件サービス名称」という。)の使用を開始した。(本件サービス名称の使用開始につき、弁論の全趣旨)
(3) 被告によるドメイン名の登録
 被告は、日本におけるドメイン名の割当てを統括している社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(以下「JPNIC」という。)から、平成9年8月29日に「j-phone.co.jp」のドメイン名(以下「本件ドメイン名」という。)の割当てを受け、遅くとも同年10月ころから「http://www.j-phone.co.jp」というインターネット上のアドレスにおいて、インターネットのウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」という。)を開設している。
(4) 本件ウェブサイトの内容
 被告が開設する本件ウェブサイトの内容の変遷は、概ね次のとおりである。
ア 平成11年7月ころ
 トップページの最上段には「J-PHONEのホームページへようこそ!」というフレーズが横スクロール表示され、その他にも「J-PHONEをご利用頂きましてありがとうございます」「J-PHONEへのご意見・ご質問をお寄せください」「ホームページにてご回答させていただきます」といった表示がされていた。
イ 平成11年8月ころ
 トップページの最上段には「J−フォン」という文字がひときわ大きなフォントで表示され、しばらく時間が経過すると「J−フォン」の表示が本件表示3に入れ替わるという仕掛けが施されていた。また、ウェブページ中には「J-PHONE」の表示が見られたが、その文字は本件表示5と同じように斜体で表記されていた。
ウ 平成11年11月ころ
 前記「J-PHONE」グループ各社のウェブサイトにリンクする仕掛けになっていた。
エ 平成11年12月ころ
 トップページに「皇太子殿下、皇太子妃殿下雅子さまおめでとうございます」や「2000年ミレニアム記念イベント近日公開予定!!」等原告の営業とは関係のないトピックを表示しながら、画面を下にスクロールさせると「J-PHONE」グループ各社のウェブサイトへのリンク集が現れるという体裁のページになっていた。
オ 平成12年12月7日以降
 被告は本件ウェブサイトの運営を一時的に停止しており、トップページには本件ドメイン名が表示されるほかは、「ページを表示できません」旨の表示がされるようになっている。(乙4)
 運営が停止される直前の本件ウェブサイトにおいては、被告は本件表示をいずれも用いていた。
(5) 本件サービス名称の周知性
 現時点(当審口頭弁論終結時)において、本件サービス名称は、原告の営業を示す表示として、少なくとも原告のサービス提供地域内で、利用者に広く認識されている。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 被告が本件ドメイン名を使用することは、不正競争防止法2条1項1号、2号にいう「商品等表示」の「使用」に該当するかどうか。
(原告の主張)
 ドメイン名は、インターネット内で特定のコンピュータを一意に識別するための記号であるIPアドレス(IPは、インターネット・プロトコル、すなわちインターネット通信規約を表す。)が単なる数字の羅列で覚えにくいため、人間に分かりやすい形でコンピュータを特定するために利用される、IPアドレスとほぼ1対1で対応するアルファベットの文字列である。
 ドメイン名は、利用者の記憶に残りやすく、反復利用等に便利であることから、このような特性を生かして自己の名称、社名、商標等をドメイン名として登録するということが通常行われており、我が国では「www.(企業名).co.jp」という構成のドメイン名が数多く登録され、企業名の他にも、商標その他の著名な呼称をドメイン名に採用している例は多い。したがって、ドメイン名によって特定されるホームページを見る者は、ドメイン名に含まれる企業名や商標によってウェブサイトの開設者を識別するようになっている。
 このように、ドメイン名が、単なるインターネット上の住所表示たる機能のみならず、商品や役務に関する情報の発信人を示す識別標識として機能していることからすれば、ドメイン名が、当該ウェブサイトの提供する商品を個別化する認識手段、あるいは特定の営業主体を表示し、他の営業と区別する機能を有する標章であるところの不正競争防止法にいう「商品等表示」に該当することは明らかである。
 そして、被告は、本件サービス名称を含む本件ドメイン名を本件ウェブサイトのアドレスに使用し、しかも本件ウェブサイトにおいて携帯電話関連情報の提供や携帯電話関連商品の販売等を行っているのであるから、不正競争防止法上の「商品等表示」を使用したものと評価することができる。
(被告の主張)
 ドメイン名は、IPアドレスに代わるものとして考案された記号で、コンピュータ内部で処理されるときは、数字で構成されたIPアドレスに変換される。ドメイン名を統括するJPNICにおいても、ドメイン名はインターネット上での識別子であり、識別子以外のいかなる意味も有さないものとして扱われている。ドメイン名は、ドメイン・アドレスという別名のとおり、一般の住所に相当するネットワーク上の単なる識別符号にすぎない。
 実際にも、原告のウェブサイトにアクセスしようとする者がそのドメイン名を知らない場合には、検索エンジンを利用するか、又は原告の出版物等を参照してアクセスするのが通常であり、推量で本件ドメイン名を入力して原告のウェブサイトにアクセスすることは極めてまれであろう。また、ドメイン名は、構造的に、トップレベルドメイン(本件では「.jp」)、第2ドメイン(本件では「.co」)、第3ドメイン(本件では「j-phone」)からなっており、トップレベルドメインと第2ドメインの組合せを考えると、本件ドメイン名が直ちに原告の商品等表示と誤認される可能性は低い。
 以上のように、ウェブサイトのアドレス上のドメイン名は、数字の羅列であるIPアドレスに代わる単なる識別符号であるから、本件ドメイン名は不正競争防止法上の「商品等表示」に該当しない。
 ドメイン名は、前述のとおりウェブサイトの宛名ないし住所であるから、当該ウェブサイトの利用者(閲覧者)に対しアクセス先を表示するため、また、その利用者からEメール等を送ってもらうため(通常、ウェブページ上にそのドメイン名を付したEメールアドレス先を表示する。)、ドメイン名の登録者が自己のウェブページ上に当該ドメイン名を表示することは、ウェブページ上に自己の住所を表示する行為であり、ドメイン名の使用に付随する行為として当然に許容される。
 よって、本件ドメイン名を必要な範囲において本件ウェブサイト上で使用する場合も、不正競争防止法上の「商品等表示」の「使用」に該当しないというべきである。
 実質的にみても、ドメイン名は、商品や役務等の出所を表示するものではなく、商品の識別化や顧客吸引、企業の信用の維持向上につながるものではない。例えば、仮にある消費者が、サーチエンジン検索結果あるいは推量で別の会社のドメイン名を入力し、当初意図したウェブサイトとは別のウェブサイトに間違ってアクセスした場合、そのドメイン名だけで商品や役務について出所表示を判断するか疑問である。すなわち、事業者の場合、自己のウェブページ中に自分の営業等の名称を別に記載するのが通常であるから、その消費者が当該ウェブページの内容から出所表示を識別することはあっても、当該ドメイン名から出所を識別することはない。例を挙げれば、@ ドメイン名は「○○.co.jp」であるが、ウェブページの内容に「○○」と出所が表示されている場合、消費者は、ドメイン名ではなく「○○」とのページの内容から「○○」を出所と考えるのであり、A ドメイン名は「○○.co.jp」であるが、ウェブページの内容に「△△」と出所が表示されている場合には、消費者は「△△」を出所と考えるであろう。さらに、B ドメイン名は「○○.co.jp」であるが、ウェブページが白地の場合を考えると、この場合に消費者が「○○」を出所と考えるかどうかは、かなり疑問である。
 ドメイン名は種々の法的問題を含むものであり、それらの解決が必要なことは否定しないが、それは今後の立法等にゆだねられるべきであり、本件において、ドメイン名それ自体を「商品等表示」に当たると解することは現行法の解釈の枠を超えると言わざるを得ない。
(2) 本件サービス名称等は原告の営業表示として「周知」ないし「著名」なものかどうか。
(原告の主張)
 原告は、平成9年2月ころ本件サービス名称の使用を開始したものであるが、その直後から数か月間本件サービス名称及び本件表示を用いて、全国で集中的に新聞、雑誌、テレビ、ラジオの各媒体にて大々的な広告宣伝を行った。その結果、本件サービス名称及び本件表示は、遅くとも平成9年夏ころまでには、原告の営業を示す表示として周知かつ著名なものとなった。その後も、原告は、一貫して、本件サービス名称及び本件表示を使用して、広告宣伝活動を行い、特に平成10年3月からはタレントの藤原紀香を起用して、ストーリー仕立てのユニークな広告宣伝を行っている。
 このように、本件サービス名称及び本件表示が、原告の営業を示す表示として周知かつ著名になったことを受け、ジェイフォン東海株式会社及びジェイフォン関西株式会社も、本件サービス名称及び本件表示の使用を開始して、大々的に広告宣伝を行った。上記2社以外の原告関連会社も平成11年10月からその商号を本件サービス名称のカタカナ表記である「ジェイフォン」を含む商号に変更したのと同時に、本件サービス名称及び本件表示を使用した大々的な広告宣伝を開始した。このような原告関連会社の一連の広告宣伝により、現在では本件サービス名称及び本件表示は、原告のみならず、原告関連会社の営業をも示す表示として、周知かつ著名になっている。
 よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法2条1項2号、3条1項に基づき被告の営業に関して本件ドメイン名及び本件ウェブサイトにおける本件表示の使用の差止めを、同条2項に基づき本件ウェブサイトからの本件表示の抹消を、それぞれ求める。
(被告の主張)
 不正競争防止法2条1項2号による著名な商品等表示の保護は、広義の混同さえ認められない全く無関係な分野にまで及ぶものと一般に解されている。そうであるとすれば、その保護対象となる表示は、単に一地方において認識されているにとどまらず、全国的に強く認識されていることが必要である。侵害行為者が類似表示を使用している地域を含む一地域において著名であれば足りるという見解もあるが、本件のようにウェブページ上で表示を用いている場合には、全国どこからでもアクセスできるのであるから、ごくわずかな一地域において著名であるだけで差止め等の請求が認められると解するのは不当であり、このような見解は採り得ないものである。
 原告は、平成9年2月ころから本件サービス名称を使用し、宣伝に努めた旨主張するが、原告が販売する携帯電話機に初めて本件サービス名称を付したのは同年9月25日以降であり、この時点でも原告によるウェブサイトを用いた広報は「デジタルホン」の名称で行われている。
 しかも、原告が「ジェイフォン」を含む商号に商号を変更したのは、平成11年10月であり、仮に広告宣伝がされているとしても、一年足らずの期間で全国的に本件サービス名称が強く認識されているとは到底思われない。また、現在においても原告の携帯電話サービスの契約者が、同業他社と比較してそれほど多くないことを考慮すると、携帯電話の需要者の間でも、全国的に強く認識されているとはいえない。
 以上により、原告の本件サービス名称は、現時点においても、全国的に強く認識されておらず、著名なものとはいえない。
(3) 本件サービス名称が、「著名」ではないが「周知」であると認められる場合、被告の行為により原告の営業との間に「混同」が生じているかどうか。
(原告の主張)
 本件ウェブサイトの内容は、前記1(4)のとおりであるところ、これに加えて平成12年2月4日からは、「プレミアム2000年 J-PHONE特別企画」と称して、「@j-phone.co.jp」を含む希望のメールアドレスを先着1万名に無料で提供するという内容のサービスが提供されていることからすれば、本件ウェブサイトは、原告又は原告関連会社の運営するウェブサイトであるかのような誤解を与える内容になっている。
 そして、本件ウェブサイトの各所に「J-PHONE特別企画」「J-PHONEをご利用頂きましてありがとうございます」「J-PHONEへのご意見・ご質問をお寄せください」等、あたかも原告又は原告関連会社の運営するウェブサイトであるかのような誤解を与える表示があること、本件サービス名称が原告及び原告関連会社の営業を表示するものとして周知かつ著名であることを併せ考慮すると、一般の利用者は本件ウェブサイトが原告により企画、運営されているものと誤認し、又は原告の関連会社により企画、運営されているなど、原告と被告との間に業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係が存在すると誤認し、両者の営業について混同が生じるおそれは非常に高い。
 実際に、本件ウェブサイト上には「苦情情報窓口」という項目の下に、本件ウェブサイトを原告の運営するサイトであると誤認して送信された、消費者からの問い合わせのメールが数多く掲載されている。
 よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法2条1項1号、3条1項に基づき被告の営業に関して本件ドメイン名及び本件ウェブサイトにおける本件表示の使用の差止めを、同条2項に基づき本件ウェブサイトからの本件表示の抹消を、それぞれ求める。
(被告の主張)
 本件ウェブサイト上には、「http://www.j-phone.co.jp」というアドレス名が表示されているだけであって、原告ないし原告関連会社の営業等と混同を生じさせる文字、イラスト類は表示されていない。
 原告は、一般に会社名若しくはサービス名称等の英文表記に「co.jp」を付加した構成のドメイン名が割り当てられる事例が多い旨をいうが、英文表示とドメイン名が一致しない会社が多いこともまた事実であり、ドメイン名が必ずしも法制度によって保護されていないことに照らすと、本件ドメイン名が原告の営業等と混同されるおそれは少ない。
 しかも、本件ウェブサイト上には「日本の総合通信サイト」との表示がされているほか、「当サイトは日本テレコム株式会社ならびに携帯電話のジェイフォン・グループとは無関係です」という表示が桃色でページの上段部に本文に比べて大きな文字でされているから、本件ウェブサイトを原告の営業等と誤認するおそれはない。
 また、多くの者による利用形態である検索エンジンを経由してのウェブサイトへの接続の場合、本件ウェブサイトと原告の営業等との混同は生じない。
 すなわち、我が国の代表的なサイト検索エンジンである「YAHOO」の検索欄に「j-phone」と入力した場合には、原告についての案内が冒頭に表示され、被告についての案内は「スケルフォン−透ける携帯電話のボディの販売等」としか表示されない。また、「J−フォン」や「ジェイフォン」を入力した場合は、原告についての案内のみが表示され、被告については何ら表示されない。そして、原告は宣伝広告用の著作物等により、自己のドメイン名である「j-phone.com」の宣伝に努めているから、混同のおそれはない。
 以上によれば、一般の利用者が本件ウェブサイトを原告により開設されているものと誤認し、又は原告と被告との間に何らかの関係が存在するものと誤認することはないので、営業主体の混同のおそれは生じない。
(4) 本件サービス名称は、普通名称(不正競争防止法11条1項1号)に該当するかどうか。
(被告の主張)  
 「j-phone」あるいは「J-PHONE」という名称は、「j」と「phone」がハイフンでつながったものであるところ、「j」は、例えば「J-POP」にみられるように、日本を表わす「JAPAN」の略語として一般に慣用されている。また、「phone」はその名のとおり電話を表わす英単語である。しかも、以前から「J-PHONE」の名称を用いてオーストラリアを訪れる日本人観光客向けの電話機のレンタルサービスを行っている会社が存在する。
 一般に、普通名称が使用によりセカンダリー・ミーニングを生じ、これが周知ないし著名な表示となる可能性は否定できないが、現実に主たる営業等に使用されていない分野においては、普通名称の独占的かつ排他的な使用を認めることの弊害が大きい。本件のような使用態様においては、本件サービス名称は、普通名称と評価すべきである。
(原告の主張)
 被告の主張のうち、「j-phone」の名称が「j」と「phone」をハイフンでつなげたものであること、「j」は日本を表わす「JAPAN」の略語として用いられる場合があること、「phone」が電話を表わす英単語であることは認めるが、その余は否認する。
 そもそも、商品の普通名称というためには、取引界において商品の一般的名称として通用している必要があるが、我が国において、携帯電話又はその他の種類の電話が「j-phone」との一般的な名称で取引されているという事実はない。
(5) 本件サービス名称ないし本件表示につき、被告に先使用権(不正競争防止法11条1項3号、4号)が認められるかどうか。
(被告の主張)
 被告は、本件ドメイン名の割当てを受けた平成9年8月29日から、本件ドメイン名及び本件サービス名称を使用している。
 そこで、この時点において、本件サービス名称等が周知ないし著名であったかどうかが問題となる。一般に、先使用の抗弁との関係での周知性の判断は、抗弁を主張する者の営業範囲において需要者に広く認識されているかどうかにより判断されることになるが、本件のようなウェブサイトによる宣伝広告の場合には、インターネットという媒体の特殊性に照らし相当な範囲、地域において周知であることを要するというべきである。また、著名性については、一定の地域では足りず全国的に著名であることを要するのは、いうまでもない。
 この観点から、具体的に検討するに、平成9年8月当時、原告は当初の商号である「東京デジタルホン」の名称で移動体通信事業を営んでおり、原告を表わす表示としては「東京デジタルホン」「TDP」(Tokyo Digital Phoneの略称)が一般的であった。また、原告関連会社も「デジタルホン」又は「デジタルツーカー」という名称で営業を行っていた。したがって、原告が主張するように、原告が自社を新聞等で宣伝広告していたとしても、「東京デジタルホン」又は「TDP」という名称が知られただけであり、本件サービス名称が原告の営業等を表わすものとして周知ないし著名になったということはできない。本件サービス名称が原告の営業等を示すものとしてその営業の範囲内で周知になったのは、タレントの藤原紀香を起用した広告宣伝を行うようになった平成10年3月から、数か月たった後である。このことは、原告及び原告関連会社の携帯電話契約者が平成11年4月ころに急増したことからも、明らかである。さらに、原告及び原告関連会社の携帯電話の契約者の累計は、平成9年5月当時で200万台であって、同業他社に比べてシェアが低いこと、本件サービス名称等は原告の営業地域である関東周辺地区においてのみ広告されていたにすぎないことからすれば、本件サービス名称等が平成9年8月当時周知ないし著名になっていたということはできない。
 上記のとおり、被告が本件ドメイン名及び本件サービス名称の使用を開始した当時、原告を表わす名称としては「東京デジタルホン」又は「TDP」が一般的であり、被告としては、原告の商号、サービス名称の変更等を一切確認できず、商標登録等も確認できない状態であった。
 被告は、携帯電話の部品であるジュエリー調スケルトン電話ケースの販売に当たり、当時流行していたサッカーの「Jリーグ」などにあやかって、日本の電話という意味合いから本件ドメイン名を申請し、その割当てを受けたものである。決して、いわゆるサイバースクワッタ(サーバー不法占拠者)のように、原告に高額で売りつける目的で本件ドメイン名を取得したわけではない。したがって、被告は、本件ドメイン名及び本件サービス名称を用いて、不正に利益を得る目的ないし原告に損害を与える目的は有していなかった。
 以上のとおり、本件サービス名称等の使用については、被告に先使用権が認められるというべきである。
(原告の主張)
 原告は、平成9年2月から数か月間本件サービス名称及び本件表示を使用して、関東全域で集中的に新聞、雑誌、テレビ及びラジオの各媒体により広告宣伝を行った。この広告宣伝活動は、主として本件サービス名称及び本件表示を印象づける方法で行われ、原告の当時の社名である「東京デジタルホン」は社名を表示する目的か、原告のサービス名称が変わったことを説明するという目的で用いられているにとどまり、「TDP」については全く使用されていない。したがって、原告の上記広告宣伝により、「東京デジタルホン」や「TDP」の名称が知られるようになったということはない。
 被告は、原告の移動体通信事業におけるシェアが低いことを周知性ないし著名性が認められないことの一つの根拠とする。しかし、平成9年5月当時における原告の移動体通信事業におけるシェアは原告だけで約11%、本件サービス名称及び本件表示を用いていた原告関連会社を含めると約13%であった。この数字は我が国の自動車業界で著名な日産自動車株式会社の普通乗用車におけるシェア(11%)に匹敵する。
 本件サービス名称及び本件表示は、原告の前記広告宣伝活動により平成9年夏ころには周知かつ著名なものになった。これに対し、被告が本件ドメイン名の割当てを受けたのは同年8月29日であり、遅くとも同年10月ころから本件ウェブサイト上において本件サービス名称及び本件表示の使用を開始した。このように、本件サービス名称等が原告の営業等表示として周知かつ著名になった時期と、被告による本件サービス名称等の使用開始時期が極めて近接していることは、不正な目的の存在を推認させるに足りる事実である。
 これに加えて、本件ウェブサイトの管理者と思われる者がホームページの掲示板で「TDPには因縁がある。インセンティブ未払600万円を払ってくれ。」という趣旨の発言をしていること、本件ウェブサイトのサーバーの管理者と称する者が原告代理人弁護士に「被告代表者は以前原告と代理店契約を締結したが、その報酬金の支払についてトラブルがあった。」旨説明していることからすれば、被告が本件サービス名称及び本件表示を不正の目的をもって使用していたことは明らかである。
(6) 被告には、不正競争行為につき「故意又は過失」が認められるか。
(原告の主張)
 被告が本件ドメイン名を取得した平成9年8月末ころには、本件サービス名称及び本件表示は、原告の営業を示すものとして、既に我が国において極めて周知かつ著名になっていたものであり、被告が本件サービス名称及び本件表示のもつ顧客吸引力を利用する意図で本件ドメイン名を取得し、本件ドメイン名を含むアドレスにおいて本件ウェブサイトを開設したことは明らかである。被告は、本件表示と誤認混同を生じるような表示を避けるべきであり、これを行うことが可能であったのに、これを怠ったものであるから、本件ウェブサイトにおいて、本件サービス名称及び本件表示を使用した点において、故意又は過失が認められる。
 したがって、被告は、被告の行為により原告が被った損害につき損害賠償義務を負うものである。
(被告の主張)
 被告が本件ドメイン名及び本件サービス名称の使用を開始した当時、原告の名称としては「東京デジタルホン」又は「TDP」が一般的であり、被告としては、原告の商号、サービス名称等の変更を一切確認できず、商標登録の有無等も確認できない状態であった。
 このような状況の下で、被告は、携帯電話の部品(ジュエリー調スケルトン電話ケース)の販売に当たり、本件ドメイン名を申請し、その割当てを受けた上で、本件ドメイン名及び本件サービス名称を使用し、現在に至ったのであるから、仮に被告による本件ドメイン名等の使用が不正競争行為に該当するとしても、被告に故意又は過失はない。
(7) 原告の被った損害の額はいくらか。
(原告の主張)
 被告による前記不正競争行為により、原告はその営業上の信用を毀損されたことが明らかであり、原告は少なくとも500万円の損害を被った。
 また、原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人弁護士に委任したが、これに要する弁護士費用のうち450万円は被告による不正競争行為と相当因果関係のある損害である。
 よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法2条1項1号又は2号、4条に基づき損害賠償として950万円及びこれに対する平成12年4月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
ア 信用毀損の主張について
 仮に、原告の主張する事実が認められるとしても、被告の行為により原告の営業上の信用が毀損されたと評価することは困難である。
 被告は、かつて本件ウェブサイト上に「J-PHONE」グループ各社へのリンク集を掲載したが、これは原告のウェブサイトにアクセスする者及び原告の便宜に供するためである。また、携帯電話に関する意見等を掲載したのも携帯電話利用者の交流を深めるとともに、携帯電話に関する情報を公開して、業界全体の活性化を図るためのものである。特に「モバイル相談室」というサイトでは被告は利用者の質問に親身に回答しているほか、被告の設置したリンク先もいわゆる優良企業である。仮に、被告の行為が不正競争行為に当たるとしても、上記のとおり原告の信用を毀損せず、むしろ信用を増進させている面も否定できない以上、営業上の信用が毀損された旨の原告の主張は、失当である。
 百歩譲って、仮に原告に何らかの信用上の損害が発生したとしても、前述のとおり混同のおそれがないこと、本件ウェブサイトにアクセスした者は平成12年6月の時点で延べ約3万4400名であることに照らせば、原告主張の500万円は損害額としてあまりにも過大である。
イ 弁護士費用について
 一般に、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において、弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額、その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内のものに限り、不法行為と相当因果関係にある損害に当たると解釈されている。
 本件訴訟が、専門的な内容であることは否定できないが、争点自体は整理されており、立証の難易度を考慮しても事案として複雑困難とはいえないから、原告主張の450万円は極めて過大な金額である。仮に、金銭請求の額である500万円を基準にするとしても、日本弁護士連合会の報酬等基準規程をも参酌すると、不法行為と相当因果関係のある損害として認められる額は、多くみても100万円である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1) (ドメイン名の「商品等表示」該当性)について
(1) 証拠(甲13、14、乙1、6)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
ア インターネットにおいては、接続されたコンピュータを認識するためにIPアドレスと呼ばれる32ビットで構成された数字列を用いている。各番号はそれぞれ単独の利用者に付与されるもので、それだけで接続された個別のコンピュータが特定される。しかし、この数字列だけでは利用者の記憶に残りにくく、電子メールなどのやり取りに不便であることから、アルファベット、数字、ハイフン等により構成された文字列であるドメイン名が考案された。
イ ドメイン名は、例えば、「courts.go.jp」のように表現される。ピリオドで区切られた最初の部分は登録者を表し、この部分を最も狭い意味でのドメイン名(第3ドメイン)ということが多い。次の部分(第2ドメイン)は登録者の属性を表し、例えば「co」であれば企業、「ac」は研究機関、「go」は政府を意味する。最後の「jp」の部分(トップレベルドメイン)は国を表している。
 このようにドメイン名にはアルファベット等の文字が使用され、利用者の記憶に残りやすいことから、自己の名称、社名、商標等をドメイン名として登録することが通常行われている。 
ウ ドメイン名を有する団体に所属する個人は、このドメイン名の下に付与されたアドレスが割り当てられて電子メールのやり取りが可能になる。また、ドメイン名はウェブサイトのアドレスにも用いられる。この場合には、例えば「http://www.asahi-net.or.jp」のように表記されるが「http://www.」の部分は通信手段を示している。
エ 我が国において、インターネットのドメイン名の登録等の業務を行う団体としてJPNICがある。JPNICは「ドメイン名登録等に関する規則」(乙1)という規則を定めており、同規則2条で、ドメイン名の登録は「インターネット上での識別子として用いることを目的として行うもので、当センターが管理するjpドメイン名空間におけるドメイン名の一意性を意味し、これ以外のいかなる意味も有さない。」と規定されている。そして、ドメイン名の登録は、先願主義に基づき、申請者がドメイン名を自由に選択できるようになっているが、登録に際して既存の商標や商品等表示などに関する権利と抵触するか否かについての審査は行われていない。
(2) 上記(1) に認定の事実によれば、本来ドメイン名は登録者の名称やその有する商標等、登録者と結びつく何らかの意味のある文字列であることは予定されていないが、登録者の名称、社名、その有する商標等をドメイン名として登録することが通常行われていることに照らせば、ドメイン名の登録につき先願主義が採られていること、登録に際して既存の商標等に関する権利との抵触の有無についての審査は行われていないことなどから、利用者としてはドメイン名が必ずしも登録者の名称等を示しているとは限らないことを認識しつつも、ドメイン名が特定の固有名詞と同一の文字列である場合などには、当該固有名詞の主体がドメイン名の登録者であると考えるのが通常と認められる。
 そうすると、ドメイン名の登録者がその開設するウェブサイト上で商品の販売や役務の提供について需要者たる閲覧者に対して広告等による情報を提供し、あるいは注文を受け付けているような場合には、ドメイン名が当該ウェブサイトにおいて表示されている商品や役務の出所を識別する機能をも有する場合があり得ることになり、そのような場合においては、ドメイン名が、不正競争防止法2条1項1号、2号にいう「商品等表示」に該当することになる。
 そして、個別の具体的事案においてドメイン名の使用が「商品等表示」の「使用」に該当するかどうかは、当該ドメイン名が使用されている状況やウェブサイトに表示されたページの内容等から、総合的に判断するのが相当である。
(3) これを本件についてみるに、本件ウェブサイトには「J-PHONEをご利用頂きましてありがとうございます」といった表示がされたウェブページと共に、「御注文はここを今すぐクリック!!」という表示の下に「メディカス」、「スケルフォン」、「ノナール」という項目があり、これをクリックすると、それぞれ、ゴルフのレッスンビデオ、いわゆるスケルトン仕様(半透明の樹脂により透けて見える構造)の携帯電話機、アルコール消臭・酵母食品についての販売広告が表示される体裁となっていた(甲3の1により認められる。)。また、「J-PHONEへのご意見・ご質問をお寄せください」「ホームページにてご回答させていただきます」といった表示もされていた(当事者間に争いがない。)。
 上記によれば、本件ウェブサイトにおいては、レッスンビデオ、携帯電話機、酵母食品等についての販売広告とともに注文の受付がされているところ、ウェブページ上には前記のとおり「J-PHONE」の語を含む表示がされており、この表示においては「J-PHONE」の語が本件ウェブサイトの開設者を示すものとして用いられていることが明らかである。そうすると、本件ウェブサイトにおいて、「J-PHONE」の語は、本件ウェブサイトを開設し、ウェブサイト上で前記商品を販売する者を示すものとして用いられていると認められる。
 そこで、次に本件ドメイン名「j-phone.co.jp」と上記表示「J-PHONE」とを比較すると、本件ドメイン名から第2ドメイン以下の「co.jp」を除いた、登録者を示す第3ドメインである「j-phone.」は、「J-PHONE」のアルファベットが小文字になったにすぎないものである。
 なお、本件ドメイン名は、ウェブサイトへのアクセス手段としては、「http://www.j-phone.co.jp」の形で用いられるものであるが、「http://www.」の部分は通信手段を示し、「co.jp」は、当該ドメインがJPNIC管理のもので、かつ登録者が会社であることを示しているにすぎず、多くのドメイン名に共通する要素であるから、商品又は役務の出所を表示する機能は有しない。したがって、本件ドメイン名「j-phone」は、「http://www.」の部分及び「co.jp」の部分と切り離して、それ自体で商品の出所表示となり得るものというべきである。
 以上を総合すれば、本件ドメイン名は、本件ウェブサイト中の「J-PHONE」の表示とあいまって、本件ウェブサイト中に表示された商品の出所を識別する機能を有していると認めるのが相当である。したがって、被告の本件ドメイン名の使用は、不正競争防止法2条1項1号、2号にいう「商品等表示」の使用に該当するものというべきである。
 また、被告が本件ウェブサイト上に表示した本件表示は、「J-PHONE」、「ジェイフォン」、「J-フォン」を横書きにしたものであって、本件ウェブサイト上の前記の「J-PHONE」と同一ないし類似するものであるから、被告がこれらの表示を使用する行為も、不正競争防止法2条1項1号、2号にいう「商品等表示」の使用に該当するものである。
2 争点(2) (周知性・著名性)について
(1) 前記の当事者間に争いのない事実に、証拠(甲1)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。
ア 原告は、平成6年4月1日から、原告関連会社のうちジェイフォン関西株式会社及びジェイフォン東海株式会社と提携して携帯電話に関する通信サービスを提供するようになったが、その時点では原告の当初の商号である「東京デジタルホン」あるいは上記の3社の当時の商号に共通する「デジタルホン」というサービス名称を用いて広告宣伝を行っていた。
イ その後、原告は上記2社を除く原告関連会社と提携をすることとなり、それに伴い原告の携帯電話の通話エリアが日本全国に拡大したことを契機に、平成9年2月7日から本件サービス名称及び本件表示5(「J-PHONE」)の使用を開始した。
ウ 原告は、本件サービス名称及び本件表示5の使用に当たり、「J-PHONE=デジタルホン」というイメージを定着させるため、次のとおり集中的な広告宣伝を行った。
(ア)新聞広告
 原告は、平成9年2月6日に、関東地方で発行されている新聞14紙 (朝日新聞東京本社版、毎日新聞東京本社版、読売新聞東京本社版、日本経済新聞東京本社版、産経新聞東京本社版、茨城新聞、下野新聞、上毛新聞、山梨日々新聞、東京新聞、スポーツニッポン、日刊スポーツ、サンケイスポーツ、報知新聞東京版)の朝刊並びに日刊ゲンダイ東京版及び夕刊フジ東京版に別紙1の内容の全面広告(上部に「東京デジタルホンは、J-フォンへ。」と記載され、下部に本件表示5(「J-PHONE」)が大書されたもの)を掲載した。この広告を掲載した新聞の発行部数は合計で2259万9730部であった。
 原告は、その後も同年6月にかけて本件表示4(「J-フォン」)、同5を含む全面広告を新聞に掲載した。原告は、同年7月以降も定期的に新しいバージョンの広告を新聞に掲載したが、そのうち平成9年2月7日以降同年8月29日以前の発行部数は合計約6900万部であった。前記各広告が掲載された新聞名、掲載日、広告スペース、発行部数などは別表1のとおりである。
(イ)雑誌広告
 原告は、平成9年2月16日ころから4月初めころまでの約1か月半の間発行された雑誌に本件表示5(「J-PHONE」)を含む別紙2の内容の広告(男性の立姿の写真に大書された本件表示5を重ねたもの)を1頁又は2頁にわたり掲載し、本件サービス名称のイメージの定着を図った。この広告が掲載された雑誌には、若者向けの情報誌「ぴあ」「Tokyo Walker」「SPA !」や女性向けのファッション雑誌である「JJ」「Can Cam」「an-an」「Figaro Japon」のみならず、「日経トレンディ」「ニューズウィーク」や「AERA」といったビジネスマン向けの雑誌も含まれていた。原告は、同年5月以降も定期的に新しいバージョンの広告を各種雑誌に掲載しており、同年8月29日以前の発行部数は合計約2300万部であった。前記各広告が掲載された雑誌名、発売日、広告スペース、発行部数などは別表2のとおりである。
(ウ)テレビコマーシャル
 原告は、平成9年2月7日から関東全域において本件表示5(「J-PHONE」)を含む別紙3のテレビコマーシャル(女性の映像の画面と中央に本件表示5が大書された画面とが交互に現れるもの)を放送した。このテレビコマーシャルは、2月7日から27日までの間、日本テレビ放送網、フジテレビジョン、テレビ東京、山梨放送、テレビ山梨において、延べ338本放映され、GRP(出稿したスポットの視聴率の総計)の合計は2562.6%にのぼる。原告は、その後も関東全域において様々なバージョンのテレビコマーシャルを放映しているが、いずれも映像中に本件表示5を含んでいる。
(エ)ラジオコマーシャル
 原告は、平成9年2月から、東京、神奈川、埼玉、千葉エリアのラジオ局を中心に、ラジオコマーシャルを放送した。
 平成9年2月を例にとると、ラジオスポットの実績は次のとおりである。
 ラジオ局/本数
 Inter FM/12本
 FM東京/50本
 J−WAVE/56本
 bay FM/25本
 文化放送/30本
 TBSラジオ/22本
 ニッポン放送/38本
 NACK5/23本
エ 原告は、平成10年3月からは新しいCMキャラクターとしてタレントの藤原紀香を起用し、ストーリー仕立てで原告及び原告関連会社のサービスを理解してもらうという方針で広告宣伝を行い、好評を博している。
オ 原告関連会社のうち、ジェイフォン東海株式会社及びジェイフォン関西株式会社は、平成9年10月1日から本件サービス名称を使用して、原告と同様の広告宣伝を行った。さらに、この2社を除く原告関連会社も、平成11年10月1日から「デジタルツーカー」を含んだ旧商号を「ジェイフォン」を含んだ現商号に変更し、同時に本件サービス名称及び本件表示5(「J-PHONE」)を用いた広告宣伝を展開した。
 以上のような広告宣伝に伴い、原告、ジェイフォン東海株式会社及びジェイフォン関西株式会社の3社の携帯電話サービスの累計契約数は平成9年5月の時点で200万台であったのが、同11年4月には400万台を突破しており、同12年1月31日現在の原告及び原告関連会社の累計契約数は約800万台に達している。
(2) 上記(1) に認定の事実によれば、本件サービス名称は、全国的な広告宣伝活動の結果により、現在においては原告及び原告関連関連会社の営業を示す表示として著名であり、不正競争防止法2条1項2号にいう「著名な商品等表示」に該当するものと認められる(なお、本件サービス名称が現在関東周辺地区において周知であることは、当事者間に争いがない。)。
 さらに進んで、本件サービス名称がどの時点で著名性を取得したかをみるに、原告による新聞、テレビ、ラジオによる広告宣伝は関東周辺地区に限られていたが、前記のとおり短期間に極めて大規模に行われたものであり、首都圏を中心とした関東地区は、人口の比重の点でも経済、文化の発信地という点でも我が国において枢要な部分を占めるものであり、かつ、雑誌については、「SPA !」「JJ」「an-an」「Figaro Japon」「日経トレンディ」「ニューズウィーク」「AERA」など、広範な読者層を対象とする全国誌に広告が掲載され、その発行部数の累計は膨大な部数に上ることからすれば、本件サービス名称は、被告が本件ドメイン名の割当てを受けた平成9年8月29日の時点において既に全国規模で広く認識されていたものであり、この時点において不正競争防止法2条1項2号にいう「著名な商品等表示」に該当していたものと認められる。
3 争点(4) (普通名称)について
 不正競争防止法11条1項1号にいう「普通名称等」とは、取引界において商品又は営業の一般的な名称、つまり普通名詞として使用されているものをいい、商品固有の一般的名称のほか、その略称、俗称も含むものと解されている。
 なるほど、被告の指摘するように、「j-phone」のうち「j」の部分は日本の国名の英語表記である「japan」の頭文字であり、「j-phone」の語が「japan」の頭文字と電話を表す「phone」を組み合わせた略称として「日本の電話」という観念を生じるという可能性も、直ちに否定することはできない。しかし、我が国の電話利用者の間で、外国の電話と区別する趣旨で「日本の電話」という概念が存在し、その意味で「j-phone」の語が用いられていたと認めるに足りる事情は、何ら証拠上うかがえないところである。また、前記2(1) に認定のとおり、原告ないし原告関連会社の広告宣伝により、本件サービス名称は著名性を取得し、原告又は原告関連会社の携帯電話サービスという営業を表すものとして識別力を有するに至ったものであるから、このような状況の下において、これを小文字にした「j-phone」の語が普通名称であったと認めることはできない。
 なお、証拠(乙10)によれば、「J-PHONE」の名称を用いて、オーストラリアとニュージーランドにおいて、日本人の在住者及び旅行者を対象に携帯電話のレンタル等のサービスを提供している会社が存在することが認められるが、同社の営業活動は外国におけるものであり、同社の存在が我が国において広く知られていたといった事情も証拠上認められないから、普通名称かどうかについての前記判断には影響しない。
 以上によれば、「j-phone」の語が不正競争防止法11条1項1号にいう「普通名称等」に該当する旨をいう被告の主張は、理由がない。
4 争点(5)(先使用)について
(1) 先使用の抗弁(不正競争防止法11条1項4号)が認められるためには、抗弁を主張する者が他人の著名表示が著名となる以前よりこれを使用していることが必要であるところ、前記2(2) に認定のとおり、本件サービス名称は、被告が本件ドメイン名の割当てを受けた平成9年8月29日の時点において既に全国規模で広く認識されていたものであり、この時点において不正競争防止法2条1項2号にいう「著名な商品等表示」に該当していたものと認められるから、被告の先使用の抗弁は理由がない。
(2) 加えて、本件においては、平成11年8月にデジウェブ・コムの(BBS)掲示板で、「J-PHONE本気?」という投稿に対するコメントとして、本件ウェブサイトの管理者と思われる「J-PHONE Master」と名乗る者が「TDPには因縁があるもんでして‥‥インセンティブ未払い600万円払ってくれ>TDP」という書込みをしていること(甲12の1、2により認められる。)、平成11年10月、原告代理人弁護士に対し、本件ウェブサイトのサーバーの管理者と称するアドバンステクノロジーのAが、「被告代表者は以前原告と代理店契約を締結したが、その報酬金の支払についてトラブルがあった。」旨説明していること(当事者間に争いがない。)、後記のとおり、被告は、本件ウェブサイト上において、いわゆる大人の玩具の販売広告や特定の企業を誹謗中傷する文章など原告の信用を毀損する内容の表示をしていたことに照らせば、被告が本件ドメイン名及び本件表示を不正の目的なくして使用していると認めることはできない。
(3) 以上によれば、被告の先使用の抗弁の主張は、理由がない。
5 差止め請求について
(1) 本件ドメイン名と本件サービス名称との同一又は類似性
 本件ドメイン名「j-phone」と本件サービス名称「J-PHONE」とを対比すると、アルファベットが大文字か小文字かの違いがあるほかは、全く同一であるから、本件ドメイン名は本件サービス表示と類似するというべきである。
(2) 差止めの必要性
 証拠(甲3の1ないし3、4、10、同5の1、2、同6)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 平成10年10月ころの本件ウェブサイトには、「おとなのJ-PHONE」と題するウェブページがあり、そのページは、「セクシーランジェリー」「ソフトSMグッズ」などの見出しのもとに、いわゆる大人の玩具をカタログ形式で販売する体裁になっており、カタログの画像には女性の裸体写真も含まれていた。
イ 平成11年6月ころの本件ウェブサイトには、「三和銀行を斬る!!」と題するウェブページがあり、そのページには、「ついに悪の三和銀行に行政処分の鉄槌くだる」「三和銀行の極悪経営方針について」といった見出しの下、三和銀行を激しい論調で非難した内容のメールが掲載されているほか、末尾には「J-PHONE.CO.JPは三和銀行のこれ以上の関東進出と悪徳営業方針を絶対許しません。」という文章が掲載されていた。
ウ 被告は、平成11年5月12日、原告あてに「弊社への問い合わせ電子メールについて」と題するメールを送信し、本件ウェブサイトのサーバーに原告あてと思われる間違いメールが多数送られているので、その対応等について原告と被告とで話合いをしたい旨を申し入れた。
 しかし、被告は原告代理人弁護士から話合いに応じる旨の回答がされた後も自ら対応することはなく、本件ウェブサイトには少なくとも同年11月ころまでは「ツナガラナイ・ツカエナイ・ケイタイ」と題するウェブページが存在し、原告の携帯電話サービスについて主として夜間に電話がつながらないことを述べる苦情が全国各地の利用者から多数寄せられていた。
エ 本件ウェブサイトは現在ではページが表示されない状態になっているが、被告は、この措置を採った理由について、あくまでも一時的に停止したものであって、本件ドメイン名の使用が不正競争行為に該当するという原告の主張を認めた趣旨ではないと説明している。
 上記認定の事実によれば、平成12年6月ころに本件ウェブサイトに「当サイトは日本テレコム株式会社ならびに携帯電話のジェイフォン・グループとは無関係です」との表示が付け加えられ(乙2により認められる。)、現在はその運営を一時的に停止しているという事情を考慮しても、被告が本件ドメイン名の使用が不正競争行為に当たることを争っていることに照らせば、今後、被告が本件ドメイン名を使用し、本件ウェブサイト上に本件表示を掲げるおそれがあると認められるものであって、それにより本件ウェブサイトを開設しているのが原告であるとの誤解を受け、本件ウェブサイトの内容により一般需要者が本件サービス表示から受ける印象が損なわれることが十分考えられるところであるから、原告の営業上の利益を侵害されるおそれがあるものと認められる。
 よって、被告に対し本件ドメイン名及び本件表示の使用の差止めを求め、本件ウェブサイトからの本件表示の抹消を求める請求は、理由がある。
6 損害賠償請求について(争点(6)、同(7)に関して)
(1) 被告の故意・過失
 前記2に認定したとおり、被告が本件ドメイン名を取得した平成9年8月末ころには、本件サービス名称は、原告の営業を示すものとして、既に著名になっていたものであるところ、被告は本件サービス名称と類似する本件ドメイン名を使用して本件ウェブサイトを開設し、本件ウェブサイト上に本件サービス名称と類似する本件表示を表示し、また、前記のとおり、本件ウェブサイト上において、いわゆる大人の玩具の販売広告や特定の企業を誹謗中傷する文章など原告の信用を毀損する内容の表示をしていたことに照らせば、被告は、原告の営業上の利益を侵害することを認識しながら、あえて上記のような行為を行ったものと認められるものであって、故意により不正競争行為を行ったものというべきである。
(2) 原告の損害額
ア 営業上の信用毀損
 前記5に認定したとおり、被告は本件サービス名称と類似する本件ドメイン名を使用して本件ウェブサイトを開設し、本件ウェブサイト上に本件サービス名称と類似する本件表示を表示し、また、前記のとおり、本件ウェブサイト上において、いわゆる大人の玩具の販売広告や特定の企業を誹謗中傷する文章など原告の信用を毀損する内容の表示をしていたものであり、このような被告の行為によって、原告は、一般需要者に誤った企業イメージを持たれ、本件サービス名称の一般需要者に与える印象を害されたものであるところ、原告が移動通信事業という新しい技術分野を扱う会社であり、広告宣伝の上でも企業イメージが重要であることを考慮すれば、上記のような営業上の信用毀損による損害賠償の額としては200万円を相当と認める。
イ 弁護士費用
 原告が本訴の提起、追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟における訴額、原告の請求の内容、訴訟手続の経緯、訴訟追行の難易度等の事情を総合考慮すると、弁護士費用のうちの100万円をもって、被告の不正競争行為と相当因果関係のある損害と認める。
7 結論
 以上によれば、原告の本訴請求のうち、本件ドメイン名及び本件表示の使用の差止め、本件ウェブサイトからの本件表示の抹消を求める請求は理由があり、損害賠償請求については、営業上の信用毀損による損害として200万円、弁護士費用として100万円の合計300万円及びこれに対する平成12年4月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由がある。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 村越啓悦
 裁判官 和久田道雄


別紙目録
別紙1 略
別紙2 略
別紙3 略
別表1 略
別表2 略
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