判例全文 line
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【事件名】和菓子「ういろう」の商標事件(2)
【年月日】平成13年3月21日
 東京高裁 平成12年(行ケ)第321号 審決取消請求事件
 (原審・特許庁平成10年審判第35317号)

判決
原告 株式会社ういろう
代表者代表取締役 外郎藤右衛門
訴訟代理人弁護士 藤井冨弘
同 山本章也
同 鈴木雄一
被告 株式会社青蛯、いろう
代表者代表取締役 後藤敬一郎
訴訟代理人弁理士 岡田英彦
同 池田敏行
同 岩田哲幸
同 中村敦子


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
 特許庁が平成一〇年審判第三五三一七号事件について平成一二年七月一七日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
 主文と同旨
第二 当事者間に争いのない事実
一 特許庁における手続の経緯
 被告は、「青柳ういろう」の文字を横書きしてなり、指定商品を商標法施行令別表による第三〇類「ういろう」とする別添審決謄本別掲一記載の商標(登録第二六五一二〇八号、平成三年四月二三日登録出願、平成六年四月二八日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。原告は、平成一〇年七月一四日、本件商標登録の無効審判の請求をし、特許庁は、同請求を平成一〇年審判第三五三一七号事件として審理した結果、平成一二年七月一七日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年八月一四日、原告に送達された。
二 審決の理由
 審決は、別添審決謄本記載のとおり、@商標法四条一項一一号違反をいう請求人(注、原告)の主張について、本件商標中「ういろう」の文字部分は、少なくとも本件商標の登録時においては、指定商品の「ういろう」そのものを表示する語として認識されており、自他商品の識別機能を果たす文字とはいえず、それによって称呼及び観念は生じないから、本件商標の登録は同号の規定に違反してされたものでないとし、A同法四条一項一〇号違反をいう請求人の主張について、同号は本件商標と、「ういらう」及び「お菓子の」の文字を縦書きし、背景に「八棟造りの建物」及び「二人の旅人」の絵を書してなり、大正一〇年法(注、大正一〇年農商務省令第三六号の趣旨と解される。)商品類別第四三類「菓子の類」を指定商品とする別添審決謄本別掲二記載の商標(以下「引用商標」という。)との同一または類似を要件とするところ、両商標は同一でも類似するものでもないから、本件商標の登録は同号の規定に違反してされたものではないとし、B同法四条一項一五号違反をいう請求人の主張について、本件商標より「ういらう(ういろう)」の称呼及び観念が生じないことは上記のとおりであり、引用商標が菓子「ういろう」について自他商品を識別する請求人に係る商標として取引者、需要者の間に周知、著名であったと認めることはできず、本件商標をその指定商品に使用した場合に、これに接する取引者、需要者は、その構成中の「ういろう」の文字部分に注目し、当該商品が原告の商品であるかのようにその商品の出所について混同を生ずるおそれはほとんどないから、本件商標は、同号の規定に違反してされたものではないとした。
第三 原告主張の審決取消事由
一 審決は、「ういろう」が普通名詞であり、それによって称呼及び観念は生じないとの誤った認定(取消事由)に基づいて、本件商標について、引用商標との類似性及び商品の出所の混同のおそれがないとの誤った判断に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
二 取消事由(普通名詞であるとの認定の誤り)
(1) 審決は、本件商標中の「ういろう」の文字部分が指定商品である菓子の一種である「ういろう」そのものを表示したものであるというが、誤りである。この文字は、元来、原告代表者の生家である小田原の外郎(ういろう)家の製品を意味するものであり、外郎家の姓に由来し、外郎家の製品であることを示す商標である。
(2) 菓子の「ういろう」には、米粉を原料とした蒸し菓子だけでなく、山口の「外郎」のようにわらびの粉(せん)と小豆あんを主原料とした蒸し菓子も含まれ、材料の全く異なるものが含まれている。また、「ういろう」は、菓子だけでなく、原告の著名な薬である「透頂香」(とうちんこう)の名称でもある。このように、「ういろう」と呼ばれる商品は多様であって、この語を普通名詞ということはできない。
(3) 「ういろう」の語は、原告代表者の姓である「外郎」に由来し、原告の人格権に係るものであるから、一般名詞化を安易に認めるべきではない。原告の「ういろう」にあやかることは、不正競争防止法二条一項一号に該当する行為である。元来、「ういろう」の語は、日本語として何ら意味を持たず、外郎家の菓子及び薬という由来で意味を有するに至ったものである。
(4) 外郎家及び薬の外郎と何ら関係を有しない者が「ういろう」の文字を商標に使用することは、外郎家及びその家業との混同を生じ、許されない。
(5) このように、「ういろう」の語は、外郎家の製品である「ういろう」という観念を生じ、また、引用商標の図形部分である「八棟造りの建物」及び「二人の旅人」も、外郎家に関係するものであるから、引用商標からは、「ういろう」の称呼及び観念が生ずる。
第四 被告の反論
一 審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
二 取消事由(普通名詞であるとの認定の誤り)について
(1) 本件商標中の「ういろう」は、菓子の一種である「ういろう」の一般名称である。原告は、「ういろう」の由来についてるる述べるが、たとい「ういろう」の語にそのような由来があっても、時代とともに「ういろう」が一般名詞となることが否定されるものではない。
(2) 引用商標に接した者は、「八ッ棟」、「旅人」等の様々なものを想起するのであって、引用商標から「ういろう」の称呼及び観念が生ずるものではない。
(3) 引用商標中の文字は「ういらう」であって「ういろう」ではないから、この点においても、引用商標は本件商標と類似しない。
第五 当裁判所の判断
一 取消事由(普通名詞であるとの認定の誤り)について
(1) 被告が、指定商品を「ういろう」とし「青柳ういろう」の文字を横書きしてなる本件商標(平成三年四月二三日登録出願、平成六年四月二八日設定登録)の商標権者である事実は、当事者間に争いがない。また、商標登録第四〇七一八六三号公報(〈証拠略〉)には、指定商品を「ういろう」とし「ふくういろう」の文字部分を含む他の商標(平成二年四月二〇日登録出願、平成九年一〇月二四日設定登録)が登録された旨記載されている。これらの事実によれば、本件商標の登録時において、「ういろう」を指定商品とする商標登録が適法であると判断されていたことが認められるところ、商標登録における指定商品が普通名詞であるべきことは、指定商品の性質上当然のことであるから、特許庁は、本件商標の登録出願当時、既に「ういろう」が普通名詞であることを前提として商標登録実務を運用していたものと認められる。そして、本件商標の登録出願に対する平成四年一一月一七日付け拒絶理由通知書には、本件商標について、「ありふれた氏である『青柳』と商品名を表す『ういろう』の文字を書してなるものであるから、これをその指定商品について使用しても、需要者が何人かの業務に係る商品であるかを認識することができない。」との拒絶理由が記載されており、ここにいう「商品名」が「普通名詞」の趣旨であることは明らかであるから、特許庁は、この拒絶理由通知を発出した際にも、「ういろう」が普通名詞であると解していたものと認められる。
(2) 「ういろう」の語について辞典類における記載を見ると、「広辞苑第三版」(昭和五八年一二月六日株式会社岩波書店発行)には「@……陳宗敬が……創製した薬。……透頂春(とうちんこう)。A菓子の名。……ういろうもち。」と記載され、「大辞泉第一版」(一九九五年一二月二〇日株式会社小学館発行)には、「@……去痰の丸薬。……陳宗敬が……創製。……A米の粉に黒砂糖などを混ぜて蒸した菓子。……ういろうもち。」と記載されている。また、食品関係の書籍を見ると、「食品表示マニュアル改訂版」(平成元年二月二〇日中央法規出版株式会社発行)には「食衛法では、一般食品については次のように表示するよう指導されている。ア 食品及び添加物の名称については……社会通念上すでに一般化したものを記載すること。なお、その主なものは、別表に例示する。」(三〇一頁)と記載され、別表の大分類「生菓子」、中分類「和生菓子」の小分類の欄に「ういろう」が記載されている(三〇五頁)。また、「総合食品事典第三版第三刷」(昭和四九年八月一〇日東京同文書院発行)には「ういろう 外郎 もち菓子の一種である。……鎌倉時代からの菓子である。その原料配合はつぎのようである。〔原料配合率〕砂糖三、七五〇g、小豆生あん二、二五〇g、小麦粉三七五g、わらび粉、水適量。」(七一頁)と記載されている。
(3) これらの事実を総合すれば、本件商標の登録出願がされた平成三年四月二三日当時、既に「ういろう」の語が菓子の一種である「ういろう」を意味する普通名詞となっていたと認められるから、本件商標中「ういろう」の文字部分が、少なくとも本件商標の登録時においては、指定商品の「ういろう」そのものを表示する語として認識されていたとする審決の認定は正当というべきである。
(4) 原告は、本件商標中の「ういろう」の文字が外郎家の姓に由来し、外郎家の製品であることを示す商標であると主張するので、更に検討するに、〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。
 原告代表者の祖先に当たる陳延祐は、元の順宗皇帝の礼部員外郎の役職にあったが、一三六八年、元の滅亡に際し我が国に帰化し、陳外郎と称した。その子大年宗奇は、明国の薬「霊宝丹」を伝え、この薬は、効能顕著として時の天皇から『透頂香」の名を賜り、後に外郎の薬として「薬のういろう」と呼ばれるようになった。宗奇が自ら作り外国信使接待の時に供した菓子は、評判となり、外郎の菓子として「お菓子のういろう」と呼ばれるようになった。その後、五代目定治は、北条早雲に招かれて小田原に移り、家伝の菓子を作って客の求めに応じていたところ、評判となって旅人に親しまれるようになった。このように、外郎家は、六〇〇年の歴史があり、代々、当主が外郎藤右衛門を名乗り、小田原等において菓子の「ういろう」を製造販売して今日に至っており、原告代表者が二四代目の当主である。
 以上の事実によれば、本件商標中の「ういろう」の文字が外郎家の姓に由来し、かつて、外郎家の製造する菓子の「ういろう」であることを示す固有名詞であったことが認められる。しかしながら、当初特定の商品出所を表示する固有名詞であった語が、時代とともに次第にその商品の種類を表示する普通名詞となることは、決してまれではなく、「ういろう」の語についても、当初は外郎家の製造する菓子であることを示す固有名詞であったものが、次第に菓子の一種である「ういろう」を意味する普通名詞となったと解することができ、原告の主張する「ういろう」の由来は、この語が本件商標の登録出願時において既に普通名詞になっていたとする上記認定を左右するものではない。
(5) 原告は、「ういろう」の語が普通名詞とはいえない理由として、菓子の「ういろう」には材料の全く異なるものが含まれているほか、菓子だけでなく、原告の薬「透頂香」の名称でもあることを主張する。しかしながら、一般に、普通名詞である以上、その概念には一定の幅があり、その範囲内である程度の種類が存在することが通常であるから、「ういろう」と呼ばれる菓子の材料が一定でないことは、「ういろう」の語が普通名詞であることと矛盾するものではない。また、(2)認定の辞典類の記載及び(4)認定の「ういろう」の語の由来によれば、「ういろう」の語は、お菓子の「ういろう」のほかに薬の「ういろう」である「透頂香」(とうちんこう)をも意味すると認められるが、普通名詞が二つ以上の意味を有することは通常のことであって、このことは、当該名詞が普通名詞であることを否定する理由とはならない。そればかりでなく、本件商標の指定商品は「ういろう」であるから、本件商標を指定商品に使用すると、取引者及び需要者は、菓子の「ういろう」の意味であるとして理解し、薬の「ういろう」を意味するものとは理解しないのが通常であり、「ういろう」の語が「透頂香」をも意味することは、上記認定を左右するものではない。
(6) 原告は、さらに、人格権を根拠として、「ういろう」の一般名詞化を安易に認めるべきではないと主張するが、「ういろう」が普通名詞であるかどうかは、専ら社会的事実として取引者及び需要者がどのような観念等を想起するかによって決せられるべき事柄であって、人格権とは次元を異にする問題である。また、原告は、「ういろう」にあやかることが不正競争行為であるなど不正競争に関する主張もするが、この点も人格権と同様、「ういろう」が普通名詞であるかどうかとは次元を異にする問題である。
(7) そうすると、本件商標中の「ういろう」の語が指定商品の「ういろう」そのものを示す普通名詞である以上、引用商標から「ういろう」の称呼及び観念は生じないというべきであって、引用商標が称呼又は観念において本件商標と類似するということはできない。また、両商標が外観において類似しないことは明白である。したがって、本件商標が引用商標と類似しないとする審決の判断は正当である。
二 以上によれば、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 長沢幸男


別添 審決謄本
理由
一 本件商標
 本件登録第二六五一二〇八号商標(以下「本件商標」という。)は、「青柳ういろう」(別掲一参照)の文字を横書してなり、第三〇類「ういろう」を指定商品として、平成三年四月二三日に登録出願、同六年四月二八日に登録され、現に有効に存続しているものである。
二 請求の趣旨
 本件商標の登録は無効とし、審判請求の費用は被請求人の負担とするとの審決を求める。
三 請求の理由
 本件商標、請求人の所有する登録第四五四五八一号商標(以下、「引用商標」という。)と呼称、観念において類似し、その指定商品も同一又は類似するものであって、商標法第四条第一項第一一号に違反して登録されたものであり、無効とされるべきものである。
 さらに、本件商標を使用した商品の販売は、請求人の業務に係る商品とその商品の出所について混同を生じるおそれがあり、同法第四条第一項第一〇号又は同第一五号に違反して登録されたものであり、無効とされるべきものである。
(1) 商標法第四条第一項第一一号に該当する事由について、
 引用商標は、別掲したとおりの構成より成り(別掲二参照)、大正一〇年法商品類別第四三類「菓子の類」を指定商品として、昭和二八年九月三〇日に登録出願、同二九年一〇月二八日に登録され、現に有効に存続している。引用商標は、中央やや左寄りに「ういろう」の文字が縦書きされ、背景には、小さい「八ッ棟」の字のある、八棟造りの建物と二人の旅人の絵があり、右下には、「お菓子の」との字が記載されている。この八棟造りの建物及び二人の旅人は、後述のとおり、いずれも小田原の外郎家に関連する絵であり引用商標は、外郎家のお菓子の「ういろう」を観念する標章である。しかして、引用商標は、菓子類の名前「ういろう」という称呼が中心の商標である。したがって、引用商標は、「ウイロウ」という称呼について、効力が生じている商標である。
 前述のとおり、本件商標は、「青柳ういろう」という文字からなる商標であるが、「青柳」と「ういろう」との二つに分割される文字からなっており、両者の間に有機的な結合の必然性はない。このうち、「青柳」については、産地又は販売地を連想し、「ウイロウ」が中心的称呼である。
 してみれば、本件商標「青柳ういろう」は、引用商標「ういろう」に類似する商標である。そして、本件商標の指定商品は、引用商標の指定商品「菓子類」に含まれるものである。
 したがって、本件商標は、先願に係る他人の登録商標である引用商標の指定商品の一部について使用されるもので、引用商標と同一又は類似する商標であり、商標法第四条第一項第一一号に該当する商標である。
(2) 商標法第四条第一項第一〇号又は同第一五号に該当する事由について
 請求人は、株式会社ういろうの商号で、引用商標に記載されている「ういろう」を使用した菓子を製造販売しているところ、元来は、薬「ういろう」を製造販売している会社である。薬「ういろう」は、室町時代に「外郎家」の始祖の陳延祐(陳外郎とも称する。)の子大年宗奇が、明から薬「霊宝丹」を取り寄せ、国内に伝えたといわれるもので、時の天皇から「透頂香」の名前を賜ったものである。
 この薬はその後陣外郎の薬といわれ、「外郎(ういろう)」と呼ばれるようになったものであり、歌舞伎十八番の演じ物の一つである「ういろう売り」でも有名な薬であって、六〇〇有余年の歴史を有する小田原の外郎家の家業として、有名な商品である。そして、お菓子の「ういろう」は、外郎家のお菓子から「ういろう」の名前が生じた菓子である。
 引用商標中、「八ッ棟」又は、八棟造りの建物は、請求人の代表者であり、引用商標の元出願人である、外郎藤右衛門の祖先が居住し、薬の「外郎」を販売していた外郎家の建物である。この建物は、西暦一六世紀頃に建てられたといわれる建物で、十六の菊の紋章と五七の桐の紋章が付く八棟造りの建物であり、江戸時代の寛政九年(一七九七年)刊行の「東海道名所図会」に描かれているといわれる建物の絵と八つ棟の字である。
 そして、旅人の絵は、江戸時代の十返舎一九の著作「東海道中膝栗毛」中、小田原のくだりの記載に、「ういろうを餅かとうまくだまされて、こは薬じゃと苦いかほする。」とあるのに因んだ旅人の絵である。
 引用商標は、小田原外郎家の菓子である「ういろう」の商標であり、「ういろう」は、外郎家の菓子との概念の文字である。したがって、「ういろう」は、元来お菓子の固有名詞であって、お菓子の中の一種類の普通名称ではない。
 以上のとおり、請求人は、外郎家の家業を法人化した会社であり、外郎家の薬と菓子の歴史と商標を承継した著名な会社である。
 したがって、本件商標は、これをその指定商品について使用するときには、請求人の業務に係る商品と、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあるものであるから、商標法第四条第一項第一〇号又同第一五号に該当する商標である。
四 答弁に対する弁駁
(1) 被請求人の主張に対して、以下のとおり弁駁する。
(ア) 被請求人は、本件商標の指定商品が「ういろう」であることを挙げて、指定商品は普通名詞で記載されるべきものであるから、「ういろう」は普通名詞であることが証明される旨主張する。そして、登録第四〇七七八六三号商標の指定商品も「ういろう」であると援用する。
 しかし、登録第四四五五二七号商標(甲第一〇号証)の指定商品は、「黒外郎」であり、登録第四四五六〇一号(甲第一一号証)商標の指定商品は、「白外郎」である。被請求人の主張によると、「黒外郎」も、「白外郎」も普通名詞ということになる。「黒外郎」、「白外郎」は、被請求人引用の乙第四号証(「食品表示マニュアル」)には記載がない。「黒外郎」、「白外郎」は、むしろ商品名と見るべきものであり、普通名詞ではないと思われる。そうすると、指定商品として記載されて登録されていても、普通名詞ではないものも特許庁は認容していることとなる。
 したがって、「ういろう」は指定商品として記載されているから、普通名詞であるということはできない。
(イ) 被請求人は、「ういろう」が普通名詞であることの客観的証拠の第一に、乙第三号証(株式会社岩波書店発行「広辞苑」)の「ういろう」の記載を挙げている。その記載には、商品名である旨の記載もないので、「ういろう」が普通名詞であることが証明されるという。しかし、前掲「広辞苑」の「ういろう[外郎]」の説明の二に、「菓子の名。米の粉を黄に染め、砂糖を加えて蒸し、四角に切ったもの。形や色が薬のういろうに似る。山口・名古屋の名産。」と記載されているが、この記載内容は誤っている。
 まず、薬の「ういろう」(甲第一五号証)は、黄色でもなければ、四角でもない。通常、名古屋等で売っている「ういろう」なるものは、直方体のお菓子の「ようかん」ような形をした四角の可なり大きいものであり、類似の形態のものをいうものと思われるが、同「ういろう」の説明の中にある、「江戸時代に小田原から売り出した」といわれる薬の「ういろう」(透頂香)(前掲「広辞苑」「ういろう[外郎]」の説明の一参照。)(甲第一五号証)は、森下仁丹株式会社から発売されている薬「仁丹」に似た、銀色の小さい丸薬であり、菓子「ういろう」の説明とは似ても似つかないものである。したがって、前掲「広辞苑」の「ういろう」の記載内容は、まずこの点で大きく誤っている。
 次いで、前掲「広辞苑」の「ういろう」の説明によると、「ういろうは、米の粉を黄に染め、砂糖を加えて蒸し、四角に切ったもの」となっているが、甲第一二号証(山口県山口市 昭和四六年三月三〇日発行「山口市史」)によると、「外郎の材料は、古来、小豆と砂糖のほかに『せん』という蕨の根からとる澱粉が用いられている。」)とのことである。そうすると、山口地方の「ういろう」は米の粉を黄に染め、砂糖を加えて蒸したものではないことは明らかであり、この点でも、前掲「広辞苑」の「ういろう」の記載内容は誤っていることになる。
 以上のとおり、前掲「広辞苑」の菓子の「ういろう」の記載内容は誤っていることは、明らかであり、辞典に記載されているから「ういろう」は普通名詞であると主張しても、その記載に大きな誤りのある記載では、その主張に信憑性もない。しかも、前述のとおり、材料も異なるとなると、普通名詞の「ういろう」とは、どのような菓子を指す言葉であるかも疑問となり、「ういろう」は普通名詞ではないこととなる。現に、被請求人の販売している「ういろう」は、前掲「広辞苑」の定義する、米の粉を黄に染め、砂糖を加えて蒸し、四角に切ったものではないと思われる。結局「ういろう」とは、各業者が自分の作るものが「ういろう」であるといっているだけと思われる。そのように「ういろう」は普通名詞ではない。
(ウ) 元来、「ういろう」又は「外郎」という言葉は、請求人代表者外郎藤右衛門の姓である「外郎」(甲第一六号証)に由来する言葉である。「外郎」という姓は、請求人代表者である外郎家の始祖である陳延祐が、来朝して、陳外郎と称し、唐音で陳外郎と名乗ったことから、「外郎」称するようになったものであり、そして、「外郎」を「ういろう」と読むようになったのも「陳外郎」と名乗ったことに由来する。もともと漢字の読み方として、「外」を「うい」と読むのは、「外郎」しかない。(前掲「広辞苑」にも、「ういろう[外郎]」しかない。(ウイは唐音)。)と記載している。
 前掲「広辞苑」には、「ういろう[外郎]」の説明としては、最初に、薬の「外郎」の記載があり、江戸時代に小田原で売り出した旨の記載があり、薬の「ういろう」こと「透頂香」の記載である。これは請求人代表者の家業の記載である。次に、「ういろううり[外部売]」の記載があるが、ここには、歌舞伎十八番外部売の物真似の記載があり、これも請求人代表者の家業に関する記載である。また、甲第一三号証(株式会社三省堂発行「広辞林」(第六版))によると、「外郎」の説明としては、最初に、「外郎売り」の説明があり、歌舞伎十八番の記事があり、これも小田原名物の妙薬外郎売りの記載で、請求人代表者の家業に関する事項が記載されており、それに続いて薬「ういろうくすり」として「透頂香」の記載であり、今の仁丹の類との記載がある。この薬が請求人代表者外郎家の家業の記載であることは前述のとおりである。続くお菓子「ういろう」については、「ういろうもち」、「外郎餅」の記載であり、これにも薬に似ているのでいう旨の記載がある。しかし、「ういろう」の記載はない。そうすると、前掲「広辞林」には、「ういろう」の記載はなく、「ういろう」が普通名詞とはいえないこととなる。しかしいずれにしても、「外郎」に関する辞典の記載は、殆ど全て、請求人代表者の外郎家に関する記載であり、それ以外に「ういろう」、「外郎」の言葉に関する記述は見当たらない。このことから見ても、「外郎」を「ういろう」と読むのは、請求人代表者外郎藤右衛門の姓である「外郎」に由来する言葉であることは明白である。
 本来、お菓子の「ういろう」、「外郎」は、「外郎家のお菓子」といっていたのが、お菓子の「外郎」といわれるようになったことによるものであり、「ういろう」、「外郎」の名前も、請求人の氏名又は家業から派生したことを示す言葉であることが明白である。
(エ) 以上のとおり、被請求人の主張する「ういろう」は普通名詞であるとの主張は理由がなく、「ういろう」は本来、請求人代表者の外郎家に由来する言葉であり、外郎家のお菓子からお菓子の「ういろう」となった言葉であって、請求人代表者外郎家のお菓子の固有名詞である。
(2) 被請求人は、引用商標について、「引用商標からは『ヤツムネ』等の称呼のみが生ずる。」と主張するが、その主張は、牽強付会の主張であり、失当である。
(ア) 引用商標は、別掲のとおりの構成より成り、この構成からのみ判断しても、中央やや左寄りにある大きめの「ういろう」の文字が中心の商標であり被請求人の主張する「八ッ棟」が中心とは考えられない。八棟造りの建物及び二人の旅人は、前述のとおり、いずれも小田原の外郎家に関連する、知る人ぞ知る有名な絵と話を表す絵(図形)であり、引用商標は、外郎家のお菓子の「ういろう」を観念する商標である。
 以上のとおり、引用商標は、中央近くにやや大きめの文字「ういろう」が、中心の商標であり、菓子類の名前「ういろう」という称呼が中心の商標である。
 したがって、引用商標は、「ウイロウ」という称呼について、効力が生じている商標である。
(イ) ところで、引用商標は、「ういろう」の文字が中心の商標であり、昭和二八年九月登録出願し、翌昭和二九年一〇月に登録された登録商標である。もし、被請求人の主張するように、「ういろう」が当時から普通名詞であれば、登録は拒絶されていた筈である。しかし、昭和二九年には、何の問題もなく、登録されている商標であり、登録商標としての効力が現在も持続している。
(ウ) 被請求人は、種々主張するが、理由とするところは、「ういろう」が普通名詞であるからという点である。しかし、元来「ういろう」なる言葉は、本来ならば、無意味な言葉であり、しかも、漢字の「外郎」については、「ういろう」との読み方もない言葉である。唯一「ういろう」に意味があるのは、請求人代表者の外郎家の姓「外郎」のみである。そこで、その姓の「外郎」に由来するお菓子の「ういろう」についての商標登録が認められたのが、引用商標である。
五 答弁の趣旨
 本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とするとの審決を求める。
六 答弁の理由
(1) 請求人は、本件商標は商標法第四条第一項第一一号、同第一〇号又は同第一五号の規定に該当する旨主張している。
 しかしながら、請求人の主張は全く失当なものであり、本件商標の登録は無効理由を有していない。
(2) 「ういろう」は菓子の普通名称である。
(ア) 本件商標の指定商品は「ういろう」である(甲第三号証及び同第四号証)。指定商品は、普通名称によって記載されるべきものである。このことから、「ういろう」が普通名称であることが証明される。乙第一号証の一及び二は、第三者が所有する登録商標(登録第四〇七一八六三号)であるところ、この登録商標の指定商品も「ういろう」であり、「ういろう」が普通名称であることが裏付けられる。
 また、甲第三号証(本件商標の公報)に示されているように、本件商標は商標法第三条第二項の規定の適用を受けて登録を受けている。すなわち、本件商標は、審査の過程において、自他商品識別力がない旨の拒絶理由通知を受けた後に、使用による顕著性が認められて登録を受けたのである。乙第二号証はその拒絶理由通知書であり、「ういろう」が普通名称である旨示されている。
(イ) 乙第三号証(株式会社岩波書店発行「広辞苑」)には、「ういろう」が掲載されている。
(ウ) 乙第四号証(食品表示研究会編集「食品表示マニュアル」の「第三章 食品の表示方法」三〇一頁)には、次のように記載されている。
 「1共通事項 1名称、品名等」には、「(1)食衛法では、一般商品によっては次のように表示するよう指導されている。ア 食品及び添加物の名称については、……社会通念上すでに一般化したものを記載すること。」と記載されている。そして、三〇五頁の「生菓子 和菓子」の欄に「ういろう」と記載されている。
(エ) 以上から、うついろう」は菓子の一種として普通名称なのである。
(3) 本件商標について
 本件商標は、「青柳ういろう」なる文字が横書きされた態様を有している。そして、「ういろう」が普通名称であるとともに、全体として第三条第二項の規定の適用を受けたものであることから、本件商標から「アオヤギウイロウ」の称呼のみが生ずる。
(4) 引用商標について
 引用商標は、「古風な建造物の絵」の図形と、「江戸時代の装束の二人の男性の絵」の図形と、「八ッ棟」の文字と、「お菓子のういらう」なる二行書きの文字が組み合わされた態様を有しており、旧々第四三類「菓子の類」を指定商品としている。そして、前述したように「ういろう」は普通名称であることから、引用商標から「ウイロウ」や「ウイラウ」なる称呼は生じない。すなわち、引用商標では図形部分及び「八ッ棟」なる文字部分にのみ商標としての意味があるのであって、「お菓子のういらう」の文字部分には意味がないのである。そして、引用商標からは「ヤツムネ」等の称呼のみが生ずる。
(5) 本件商標と引用商標との比較
 前述のように、本件商標からは「アオヤギウイロウ」の称呼のみが生じ、引用商標からは「ヤツムネ」等の称呼のみが生じ、ともに「ウイロウ」の称呼は生じないことから、本件商標と引用商標とは称呼上非類似である。「ういろう」が普通名称であることから、両商標から「ういろう」の観念は生じないため、両商標は観念上も非類似である。また、両商標は外観上も非類似である。
(6) 以上のように、本件商標と引用商標とは類似しないため、本件商標の登録は商標法第四条第一項第一一号の規定に該当しない。また、引用商標は周知であるとは全く考えられないとともに両商標が非類似であるため、本件商標の登録は商標法第四条第一項第一〇号及び同第一五号の規定にも該当しない。
七 当審の判断
 本件商標の登録に対して、請求人は、商標法第四条第一項第一一号、同第一〇号又は同第一五号の規定に違反してされたものであると主張し、甲第一号証ないし同第一七号証を提出している。
 本件商標の構成は前示のとおりであり、指定商品「ういろう」を指定商品として、平成六年四月二八日に登録されたものである。
(1) 請求人は、本件商標中の「ういろう」の文字部分より称呼、観念を生ずることを前提として、引用商標と類似する旨主張し、被請求人は、これを否定する。
 本件商標は、甲第三号証から明らかなように、商標法第三条第二項の適用を受けて登録されたものである。そして、乙第二号証によれば、本件商標は、指定商品「ういろう」については自他商品の識別機能を果たさない旨の拒絶理由の通知を受けて、被請求人側が使用による識別機能の取得を立証して、登録されたものである。
 また、乙第三号証によれば、「ういろう[外郎]」の説明の二に、「菓子の名。米の粉を黄に染め、砂糖を加えて蒸し、四角に切ったもの。形や色が薬のういろうに似る。山口・名古屋の名産。」と記載されている。甲第一三号証に記載された「ういろうもち・外郎餅」も同様の意味合いとみられるものである。
 乙第四号証によれば、食品衛生法上の食品の表示方法の指導として、「ア 食品及び添加物の名称については、……社会通念上すでに一般化したものを記載すること。」と定め、「生菓子 和菓子」の欄に「ういろう」を表示する旨記載されていることが認められる。
 これに対して、請求人は、乙第三号証については、「黄色に染め」、「四角に切ったもの」及び「形や色が薬のういろうに似る。」の記載内容は誤りである旨及び甲第一二号証により、山口産の「ういろう」については、「外郎の材料は、古来、小豆と砂糖のほかに『せん』という蕨の根からとる澱粉が用いられ……」材料が違い誤りである旨主張する。
 しかしながら、地方の名産については、元は一緒でも、長い時間が経過する間には、例えば、原材料の入手の難易又は土地の人々の好みなどそれぞれ土地の事情から、自然に少しずつ変更が加えられ、現在では色や形、原材料も同じでないものもあることはあり得ることで、菓子「ういろう」についても同様とみるのが相当である。因みに、広辞苑第五版には、形については改訂が加えられている。
 そうすると、前示の各証拠によれば、本件商標中の「ういろう」の文字は、少なくとも、その登録時においては、指定商品たる菓子の一種である「ういろう」を表示したものと判断するのが相当であり、このように解することが、本件商標の審査経過や乙第一号証に係る登録例とも符合するものである。
 してみれば、本件商標「青柳ういろう」中の「ういろう」はその指定商品を表示したものであり、自他商品の識別機能を果たす文字とはいえず、前掲「ういろう」の文字部分よりは称呼、観念は生じないというべきである。
 したがって、本件商標中の「ういろう」の文字部分より称呼、観念が生ずることを前提とし、本件商標の登録が商標法第四条第一項第一一号の規定に違反してされたものであるとの主張は、理由がない。
(2) 請求人は、本件商標の登録は商標法第四条第一項第一〇号の規定に違反してされたものであると主張するが、同号は、本件商標と引用商標の同一又は類似を要件とするところ、前示判断のとおり、本件商標と引用商標は同一でも類似するものではないから、請求人の主張は理由がない。
(3) 請求人は、本件商標の登録は商標法第四条第一項第一五号の規定に違反してされたものであると主張する。
 その理由とするところは、本件商標と引用商標は、共に「ウイロウ(ういろう)」の称呼、観念を生ずること及び「ういろう」は請求人に係る固有の菓子として、周知、著名である旨主張する。すなわち、請求人代表者の先祖が室町時代に創作し、天皇や大名などの庇護の下に、代々代表者外郎家に伝えられた同家固有の菓子とし著名であるとして、本件商標を指定商品に使用すると、請求人の業務に係る商品と出所の混同のおそれがあるという。
 請求人主張の菓子「ういろう」については、その由来、歴史等は請求人主張に誤りはないと推認される。
 しかしながら、本件商標が商標法第四条第一項第一五号の規定に該当するというには、本件商標の登録出願時及び登録時において、同号の要件を満たす必要があるところ、前記(1)において認定したとおり、少なくとも本件商標の登録時においては、「ういろう」は当該菓子そのものを表示する語として認識されるに至ったとみられるものであって、本件商標より「ウイロウ(ういろう)」が称呼、観念が生じないことは前示のとおりであり、また、菓子「ういろう」が、本件商標の登録時、平成六年四月二八日において、請求人代表者の先祖に由来するものであることを知る者がいることは認め得るとしても、菓子「ういろう」について、自他商品を識別する請求人に係る商標として、取引者、需要者の間に周知、著名であったとは認めることはできない。
 してみれば、本件商標を指定商品に使用したときは、請求人の業務に係る商品の如く、その出所について混同のおそれは皆無ではないにしても、殆どないと判断するのが相当である。
 したがって、本件商標が商標法第四条第一項第一五号の規定に違反してされたものであるとの主張は、理由がない。
八 結論
 以上のとおり、本件商標の登録は、商標法第四条第一項第一一号、同第一〇号及び同第一五号の規定に違反してされたものではないから、その登録は無効とすることができない。よって、結論のとおり審決する。

別掲一 本件商標(略)
別掲二 引用商標(略)
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