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【事件名】Nシステムの肖像権侵害事件
【年月日】平成13年2月6日
 東京地裁 平成10年(ワ)第5272号 損害賠償請求事件

判決
原告 A(ほか五名)
右六名訴訟代理人弁護士 村木一郎
同 山本有司
同 笹瀬健児
同 櫻井光政
右訴訟復代理人弁護士 松本三加
原告 B(ほか四名)
右五名訴訟代理人弁護士 村木一郎
同 山本有司
同 櫻井光政
右訴訟復代理人弁護士 松本三加
原告 C(ほか一名)
被告 国
右代表者法務大臣 高村正彦
右指定代理人 住川洋英(ほか五名)


主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第一 請求
 被告は、原告らに対し、各自一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年三月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、原告らが、道路上を自動車で走行した際、被告が日本全国の道路上に設置、管理している自動車ナンバー自動読み取りシステム(以下「Nシステム」という。)の端末によって、車両の運転席及び搭乗者の容ぼうを含む前面を撮影された上、車両ナンバープレートを判読されて、これらに関する情報を保存、管理されたことにより、肖像権、自由に移動する権利及び情報コントロール権を侵害されたと主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。
一 争いのない事実等
1 原告らは、いずれも、現在自動車を保有して自ら運行の用に供しているか、過去に自動車を保有して自らの運行の用に供していたことのある者である。
2 被告は、日本全国に、Nシステムの端末装置を設置、管理している(平成九年度末の時点で日本全国で約四〇〇か所)。
二 争点
1 争点1
 Nシステムの仕組み、構成及び機能等
2 争点2
 被告の原告らに対する違法な権利侵害の有無
3 争点3
 原告らの損害
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1(Nシステムの仕組み、構成及び機能等)について
(一)原告ら
(1)Nシステムとは、その設置地点を通過する車両すべてを自動的に撮影し、その画像及び車両ナンバーをコンピュータデータの形式で保存し、随意に検索できるシステムである。
(2)Nシステム端末には、様々なタイプがあるが、いずれも車両検知機(センサー)、撮影機(CCDテレビカメラ、赤外線ストロボ等)、情報処理装置(ナンバー・文字認識装置、伝送制御装置)及びこれらを道路上に固定するアーチ等の構造物から構成されている。
 センサーによって車両の接近を感知したNシステム端末は、設置地点を通過する車両につき、その車種、通過速度、交通違反の有無、手配されていることの有無を問わず、旧型のものは一枚の静止画で、新型のものでは毎秒六〇枚の速さのテレビ画像で、車両前面を撮影し、撮影された車両ナンバープレートの判読を行い、これに関する情報を、各都道府県警察本部のコンピュータ及び警察庁のホストコンピュータに送信するものである。
 旧型のNシステム端末では画角の調整によって、新型の同端末では常に、通過車両の運転席及び助手席の各搭乗者の顔写真が撮影される。
(3)Nシステム端末による撮影によって得られたデータは、すべて警察庁の中央のコンピュータを介して検索できるようになっている。
(4)旧タイプのNシステム端末は、撮影の際、通過車両の先端部のみに赤外線を照射しており、車両搭乗者の照射まではしていなかったが、比較的最近設置された同システム端末では、車両搭乗者の照射までするようになってきている。このように、従前はナンバーデータを取得するため車両ナンバープレートの周辺のみを照射していたものが、今度は搭乗者まで照射するようになってきており、この点からも、画像の記録、保存を行っていない旨の被告の主張は信用できない。
 また、保存されているナンバーデータについて、一定期間経過後は逐次消去される仕組みとなっており、保存期間中であっても一定の重要犯罪の捜査に必要な場合以外は使用しないこととし、各都道府県警察に設置された検索用端末装置を操作できる職員を限定するなど、厳格な管理措置を講じている旨の被告の主張も信用できない。
(5)被告の、Nシステムが自動車利用犯罪の捜査に不可欠との主張は争う。
(二)被告
(1)Nシステムの仕組みについて
 Nシステムの仕組みは、道路上に設置した端末装置のカメラで通過する車両を捉え、そこで得られた情報を端末装置に内蔵されたコンピュータで高速処理し、車両ナンバープレートの文字データを抽出し、これを通信回線で各都道府県警察の警察本部に設置された中央装置に送り、中央装置のコンピュータが当該データとあらかじめ登録されている手配車両のデータとを自動的に照合するというものである。
(2)Nシステムの構成及び機能について
ア Nシステムは、道路上に設置された、走行中の車両のナンバープレートに書かれている文字を読み取り認識する「自動車ナンバー自動読み取り装置」、その読み取った車両ナンバーとあらかじめ登録されている手配車両ナンバーとを照合する「自動車ナンバー照合装置」及び照合の結果、両者が一致又は極めて類似した場合に検問警察官等に知らせる「警報表示装置」によって構成されている。
イ 自動車ナンバー自動読み取り装置は、走行車両について、@車の検知と道路横方向位置の検知をする「位置センサー部」、A位置センサー部からの検知信号を受け、その瞬間に車両の前方部をテレビカメラで撮影し、その映像信号をデジタル信号に変換し、プレート切出部に映像信号を送る、テレビカメラ、シャッター装置、照明装置及びそれらの制御装置から構成されている「撮像部」、B撮像部で撮影された画像の中から車両ナンバープレートのみをコンピュータ処理で切り出し、文字認識部に車両ナンバープレートのみの画像を送る「プレート切出部」、C切り出された車両ナンバープレートの中から陸運支局コード、車種コード等の文字を切り出し、切り出された文字をパターン整合法の手法を使い認識する「文字認識部」、D認識された文字パターンを文字コードとして、Nシステムの番号、車線番号の付加情報とともに、自動車ナンバー照合装置に送ったり、照合の結果を警報表示部に送信する「伝送制御部」及びE警報を表示する「警報表示部」によって構成されている。
ウ 以上のとおり、自動車ナンバー自動読み取り装置の撮像部のカメラで捉えた通過車両の画像は、コンピュータがその画像の中から車両ナンバープレートを検出して、車両ナンバープレートに表示されている漢字、ひらがな、数字等を読み取る作業を行うために瞬間的に利用されるものであり、その間、人間の視覚によって認識されることはなく、かつ、一切記録されることもない。
 なお、Nシステムは、車両ナンバープレート上の文字を読み取るために、通過車両の画像を捉えているものであって、テレビカメラの画像範囲や俯角は、搭乗者の容ぼうを捉えるためのものとなっていない。
 また、Nシステムは、画像蓄積部といった画像の記録、保存のための装置を有していない。
 照明装置から照射される赤外線の照射範囲については、使用している照明装置の特性に応じ、車両ナンバープレートの読み取りのため、ナンバープレート部分に十分な光量が照射されるように設定しているものであり、搭乗者の容ぼうを撮影するために赤外線の照射を行っているものではない。
 Nシステム端末装置にはいくつかのタイプがあり、車両の検知方式や撮像方式はそれぞれ異なるが、右の点は、端末装置のタイプによって異なることはない。
(3)Nシステムで読み取ったデータの管理等について
ア Nシステムで読み取ったデータは、通信回線で各都道府県警察の警察本部に設置された中央装置に送られ、中央装置のコンピュータによって当該データとあらかじめ登録されている手配車両のデータとを自動的に照合しているが、当該データは、犯罪の発生から警察による事件の認知あるいは容疑車両の割出しまでに時間がかかる場合があるため、その後一定期間保存され、捜査上必要がある場合には、これを検索することができるようになっている。
イ また、犯罪の広域化に伴い、他の都道府県警察の管轄区域内に設置されている端末装置で読み取った通過車両のナンバーデータを捜査する必要がある場合も少なくないことから、これに対応するため、Nシステムで読み取ったナンバーデータは、当該都道府県警察を管轄する管区警察局に設置されているサーバにも送信されて保存されており、通信回線を通じて必要なサーバに接続することにより、他の都道府県警察の管轄区域内に設置された端末装置によって読み取ったナンバーデータも検索することができる。
ウ ただし、保存されているナンバーデータは、一定期間経過後は逐次消去される仕組みとなっており、また、保存期間中であっても、一定の重要犯罪の捜査に必要な場合以外には使用しないこととするとともに、各都道府県警察に設置された検索用端末装置を操作できる職員を限定するなど、読み取ったナンバーデータの管理には厳格な管理措置が講じられている。
(4)Nシステムの効用について
 Nシステムによって、自動車盗、自動車盗以外の重要犯罪を含め、犯人検挙や犯行の裏付けに多大な効果を上げており、同システムは自動車利用犯罪の捜査に不可欠なものとなっている。自動車利用犯罪が多発する現代社会における犯罪捜査として、Nシステムの有用性は計り知れない。
2 争点2(被告の原告らに対する違法な権利侵害の有無)について
(一)原告ら
(1)肖像権侵害
 人がみだりにその肖像を撮影されない権利を有していることについては今日争いがない。いわゆる自動速度取締り装置に関する最高裁判例も、同装置について、事前にその存在の告知がなされており、犯罪が現に行われた際に作動する状況のもとで初めて肖像権侵害に当たらない旨述べているところ、Nシステムのように、通過車両のすべてを撮影することは到底許されないというべきである。
 Nシステムによって車両運転者や同乗者の容ぼう・姿態の画像情報の記録・保管がなされないからといって、これらの容ぼう・姿態を撮影して良いとはいえない。
(2)自由に移動する権利の侵害
 Nシステムは単独で作動しているわけではなく、文字どおりシステムとして作動している。したがって、集積される情報は、特定日時の特定地点の情報であることを超えて、その自動車の保有者がどの頻度でどこからどこまでの移動をする傾向があるかという、移動の状況及びその特徴についても把握を容易にさせる。
 このことは、特定の自動車の保有者の移動、行動を相当程度詳細に把握することにほかならない。そして、移動の詳細を常に監視することは、憲法一一条及び一三条に由来する権利である誰にも干渉されずに自由に移動する権利の侵害に当たる。
(3)情報コントロール権の侵害
 Nシステムによって、自動車保有者は、自己の移動に関する情報をその意思とは無関係に把握されることになり、かつ、それによって得られた情報は全く開示されない。したがって、自動車の移動に関して運転者は自らの情報を全く管理できないことになる。
 このことは、憲法一一条及び一三条に由来する権利である自己の情報をコントロールする権利の侵害に当たる。
(4)右(1)ないし(3)の被告の原告らに対する権利侵害は、いずれも広義のプライバシー権の侵害に当たり、憲法一三条に明らかに違反する不法行為である。
(二)被告
(1)肖像権侵害の主張について
ア 原告らが侵害されたと主張する肖像権の内容を「承諾なしにみだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由」(最高裁判所昭和四四年一二月二四日大法廷判決)と解するとしても、Nシステムでカメラを通じて得られた情報は、瞬時にコンピュータで処理され、車両ナンバープレートに表示されたナンバーデータだけが記録され、車両運転者や同乗者などの車両に乗車している者の容ぼう・姿態などの画像情報は一切記録されることがないから、Nシステムによるナンバーデータの読み取りは、「承諾なしにみだりにその容ぼう・姿態を撮影」するものではない。
イ したがって、Nシステムによって原告らの肖像権を侵害することはない。
(2)自由に移動する権利の侵害の主張について
ア 原告らの主張する「自由に移動する権利」という概念は、抽象的かつ不明確であり、その具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のいずれも不明であり、権利ないし法律上保護に値する利益として認めることはできない。
イ Nシステムによって、自動車を用いて移動することは何ら制限されるものではなく、かつ、自動車検問と異なり、ナンバーデータを記録するために自動車の停止を強いるものですらない。
ウ したがって、Nシステムによって原告らの「自由に移動する権利」を侵害することはない。
(3)情報コントロール権の侵害の主張について
ア 原告らの主張する「情報コントロール権」という概念は、抽象的かつ不明確であり、その具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のいずれも不明であり、権利ないし法律上保護に値する利益として認めることはできない。
イ 自動車の所有者は、Nシステムによって記録されるナンバーデータが記載されている車両ナンバープレート(自動車登録番号標)を取り付けることが義務付けられ、何人もこれを取り外すことが禁止されているものであるから(道路運送車両法一条一項及び三項)、およそ何人であっても、ナンバーデータを他者に見られないようにして自動車を運行する自由は認められていない。そもそも車両ナンバープレートに記載されたナンバーデータは、自動車の所有者が自由に管理することができるものではない。
ウ したがって、Nシステムによって原告らの「情報コントロール権」を侵害することはない。
3 争点3(原告らの損害)について
(一)原告ら
 原告らは、いずれも、現在自動車を保有して自ら運行の用に供しているか、過去に自動車を保有して自ら運行の用に供していたことがあるが、通勤、仕事、用事、レジャー又はドライブ等のために自動車を利用する都度、各原告らの住所地を中心とする地域に設置されているNシステム端末によって、その行動を逐一記録されてきた。
 原告らは、このために精神的苦痛を被っており、これは金銭では慰謝し難いものであるが、あえて金銭に換算すればそれぞれ一〇〇万円を下らない。
(二)被告
 争う。
第三 争点に対する判断
一 争点一(Nシステムの仕組み、構成及び機能等)について
1 前記争いのない事実等に(証拠略)を総合すると、以下の事実が認められる。
(一)Nシステムの概要及び導入目的
 Nシステムは、走行中の自動車のナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合するシステムであり、@自動車使用犯罪発生時において、現場から逃走する被疑者車両を速やかに捕捉し、犯人を検挙すること並びにA重要事件等に使用されるおそれの強い盗難車両を捕捉し、犯人の検挙及び被害車両の回復を図ること等を目的として、警察庁が昭和五六年から研究開発を行い、昭和六一年度から導入されたものである(なお、「Nシステム」の「N」は、「Number」の頭文字の「N」に由来する。)。
(二)Nシステムの仕組み、構成及び機能
(1)Nシステムは、道路上に設置され、走行車両のナンバープレートに記載されているすべての文字を読み取り、認識する「自動車ナンバー自動読み取り装置」、読み取った車両ナンバーとあらかじめ登録されている手配車両ナンバーとを照合する「自動車ナンバー照合装置」及び照合の結果、両ナンバーが一致した場合等に検問警察官等に知らせる「警報表示装置」の各装置によって構成されている。
(2)「自動車ナンバー自動読み取り装置」は、@走行車両について、車両及びその道路横方向の位置を検知する「位置センサー部」、A車両を静止画像として捉えるためのシャッター機能を備えた高感度テレビカメラ、ストロボ照明装置から構成される「撮像部」、B撮影された画像の中から車両ナンバープレート部分を切り出す「プレート切出部」、C切り出された車両ナンバープレート部分の中から陸運支局コード、車種コード、用途コード、一連番号のすべての文字部分を切り出し、認識する「文字認識部」、D認識された文字コードを自動車ナンバー照合装置に伝送する「伝送制御部」及びE「自動車ナンバー照合装置」において読み取った車両ナンバーと手配車両ナンバーとが合致等した場合に、その結果を道路の検問警察官等に知らせるための「情報表示部」とによって構成されている。
(3)Nシステム端末による走行車両検知から車両ナンバー照合までの過程
ア「位置センター部」が走行車両を検知すると、検知信号が「撮像部」に送られ、「撮像部」の高感度テレビカメラ及びストロボ照明装置によって走行車両の前方部が撮影される。
イ「撮像部」で撮影された画像には、走行車両のナンバープレート、バンパー、前照灯、ボンネット及びその他の背景が写っているが、この画像が「プレート切出部」に送られる。
ウ「プレート切出部」は、「撮像部」から送られた画像の中から車両ナンバープレート部分のみをコンピュータ処理によって切り出し、切り出された車両ナンバープレート部分のみの画像が「文字認識部」に送られる。
エ「文字認識部」は、「プレート切出部」から送られた、切り出された車両ナンバープレート部分のみの画像の中から陸運支局コード、車種コード等の文字を切り出し、これをパターン整合法の手法を使って認識する。
オ「文字認識部」において認識された文字パターンは、文字コードとして、「自動車ナンバー自動読み取り装置」の番号、車線番号の付加情報とともに、「伝送制御部」を介して「自動車ナンバー照合装置」に送られる。
カ「自動車ナンバー照合装置」において、読み取った車両ナンバーとあらかじめ登録されている手配車両ナンバーとが照合された結果は、「伝送制御部」によって「警報表示部」に送られる。
(4)右(3)の一連の過程においては、「撮像部」によって、一時的に走行車両の搭乗者の容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)が写っている可能性がある画像が撮影されるが、この画像は、瞬時にコンピュータ処理によって車両ナンバープレートの文字データとして抽出されることになり、搭乗者の容ぼう等が写っている可能性がある画像そのものが記録、保存されることはない。
(三)Nシステムによって得られた情報の管理
 Nシステムによって読み取られた走行車両のナンバーデータは、犯罪の発生から警察による事件の認知又は容疑車両等の割出しまでに時間がかかる場合があるため、一定期間保存できるようになっているが、その後は消去される仕組みになっている。
2(一)以上認定の事実に対し、原告らは、Nシステム端末の中には、昭和六一年度から設置されている第一世代と称すべきものが計三タイプ、平成四年度から設置されている第二世代と称すベきものが計三タイプ、平成九年度から設置されている第三世代と称すべきものが計三タイプの合計九タイプが存在するところ、右第二世代のもののうちの一タイプ及び右第三世代のもの三タイプに関しては、走行車両前方部の撮影の際の赤外線の照射が運転席及び助手席を含む車両一台を覆い尽くすほどの広範囲にわたっていることなどを根拠として、走行車両の搭乗者の容ぼう等の画像が撮影され、その後も記録、保存されていると主張する。
 そして、確かに、(証拠略)によれば、Nシステムは、その研究開発の進展に伴って順次新しいタイプの端末が導入され、例えば、撮影の際に、走行車両前面のナンバープレート部分のみではなく、車両搭乗者を含む範囲にまでストロボの赤外線照射が及ぶなど、右1(二)(1)ないし(3)に見た仕組み、構成及び機能に一定の変更が加わってきていることが窺われる。
 しかし、走行する車両のナンバープレー卜部分を的確にテレビカメラで捕捉、撮影するという目的を考えると、撮影の際の赤外線の照射が運転席及び助手席を含むある程度の広範囲にわたっているからといって、直ちに走行車両の搭乗者の容ぼう等の画像が記録、保存されている事実を推認することまではできない。
 そして、他に、新しいタイプの端末も含め、Nシステム端末によって走行車両の搭乗者の容ぼう等が写っている可能性がある画像そのものが、撮影後も記録、保存されていると認めるに足りる証拠はない。
(二)なお、(証拠略)によれば、速度取締りシステムの中には、「画像蓄積部」を含む「画像記録装置」を有し、個別車両の画像を撮影して蓄積する仕組みのものが発明されていることが認められるが(そもそも速度違反車両を取り締まる目的を有する速度取締りシステムにおいては、速度違反車両の搭乗者の容ぼう等の画像の記録、保存が行われているのは公知の事実といえる(最高裁判所昭和六一年二月一四日第二小法廷判決、刑集四〇巻一号四八頁参照)。)、Nシステムは、速度取締りシステムとは全く異なる目的を有するシステムであることは右1に見たとおりであり、Nシステム端末の中にも速度取締りシステム同様に「画像蓄積部」を含む「画像記録装置」を有し、個別車両の画像を撮影して蓄積する仕組みのものが存在することを認めるに足りる証拠はない。
(三)この点、(証拠略)によれば、「国民移動監視システム・Nシステム情報公開と立法化を求めるアピール」と題する冊子に、Nシステムによる記録保存を推測させる新聞報道例として、いわゆる富士フィルム専務殺害事件に関して、高速道路の料金所の赤外線カメラが通行券を取る男性の顔を捉えていた旨の内容の新聞記事が紹介されていることが認められる。
 しかしながら、右新聞記事は取材源が明らかでない上、その記事内容も、仔細に見ると、「Nシステムで、このナンバーの車が事件直後、東名高速道路東京料金所から入り、彦根−関ケ原間を通過していたことがはっきりと識別されていた。」「料金所の赤外線カメラは、通行券を取る男の顔もとらえていた。」というもので、右新聞記事のいう赤外線カメラは、Nシステム端末の赤外線カメラではなく、むしろ高速道路の料金所に特に設置された不正行為防止カメラであることを窺わせるものである。
 したがって、右新聞記事の内容から、Nシステム端末によって、走行車両の搭乗者の容ぼう等が撮影され、その画像が記録、保存されているとの事実を認めることはできない。
(四)以上によれば、Nシステムによって、走行車両の搭乗者の容ぼう等が撮影され、その画像が記録、保存されている旨の原告らの右主張は採用できない。
二 争点二(被告の原告らに対する違法な権利侵害の有無)について
1 肖像権侵害の主張について
(一)何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう等を撮影されない自由を有するものというべきであり、公権力が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し許されない(最高裁判所昭和四四年一二月二四日大法廷判決、刑集二三巻一二号一六二五頁参照)。
 したがって、Nシステム端末のテレビカメラによって、走行車両の搭乗者の容ぼう等を撮影し、その撮影された画像が記録、保存されているとすれば、これは、憲法一三条の趣旨に反することになる余地があることはいうまでもない。
(二)しかしながら、前記一で見たように、Nシステム端末のテレビカメラによって一時的に走行車両の搭乗者の容ぼう等が撮影されるとしても、撮影された画像は瞬時にコンピュータ処理によって走行車両のナンバープレートの文字デーダとして抽出され、容ぼう等が写っている画像そのものが記録、保存されることはない。
 右のようなNシステムの仕組みを前提とすれば、走行車両の搭乗者の容ぼう等が写っている画像そのものを人間が視覚的に認識することは一切できないから、Nシステム端末によって、承諾なしに、みだりにその容ぼう等を撮影されない自由が侵害されるものとは認められない。
(三)よって、被告による肖像権侵害に関する原告らの主張は採用できない。
2 自由に移動する権利の侵害の主張について
 原告らは、Nシステムによって、特定の自動車保有者の移動の詳細が常に監視され、このことは、憲法一一条及び一三条に由来する権利である誰にも干渉されずに自由に移動する権利の侵害に当たる旨主張する。
 しかし、Nシステムによって、自動車を用いて移動すること自体が何ら制約されるものではなく、原告らが問題とするのは、このような自動車を用いた移動に関する情報がNシステムによって警察に把握され、監視されることになるという点である。そして、原告らの主張するような公権力による国民の行動に対する監視があるとすれば、その監視の目的、方法の如何等によっては、国民の私生活上の自由に対する不当な侵害として、憲法一三条の趣旨との関係で問題となり得るところであるが、この点は原告らが情報コントロール権の侵害として主張するところとほぼ重複する問題である。
 そこで、原告らの主張する、Nシステムによって、特定の自動車保有者の移動の詳細が監視されるということの問題性は、後記3において併せて検討することにする。
3 情報コントロール権の侵害の主張について
(一)憲法一三条は、国民の私生活上の自由が警察権等の公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しており、この個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、公権力によってみだりに私生活に関する情報を収集、管理されることのない自由を有するものと解される(原告らの主張する情報コントロール権なるものも、基本的には同様の趣旨をいうものと理解され、その限度で理由があるといえる。)。
(二)しかし、右のような個人の有する自由も無制限のものではなく、公共の福祉のために必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定するところである。したがって、公権力による国民の私生活に関する情報の収集、管理が同条の趣旨に反するか否かは、@公権力によって取得、保有、利用される情報が個人の思想、信条、品行等に関わるかなどの情報の性質、A公権力がその情報を取得、保有、利用する目的が正当なものであるか、B公権力によるその情報の取得、保有、利用の方法が正当なものであるかなどを総合して判断すべきこととなる。
(三)そこで、Nシステムによって走行車両のナンバーデータを記録、保存していることが、右の判断基準に照らして、憲法一三条の趣旨に反するか否かについて検討する。
(1)Nシステムによって取得、保有、利用される情報の性質
 Nシステムによって取得、保有、利用される情報は、直接には特定のナンバーの車両がNシステム端末の設置された公道上の特定の地点を一定方向に向けて通過したとの情報にとどまるものである。
 そして、そもそも自動車の所有者は、道路運送車両法によって、車両ナンバープレート(自動車登録番号標)を取り付けることが義務付けられており(同法一一条)、公道を自動車が走行する際には、常にナンバープレートが外部から容易に認識し得る状態となっているのであるから、走行車両のナンバー及びそのナンバーの車両が公道上の特定の地点を一定方向に向けて通過したとの情報は、警察等の公権力に対して秘匿されるべき情報とはいえない。したがって、これは原告ら主張のように自動車運行者が公権力によって把握されないようにコントロールできる情報であるとは解されず、また、警察がこの情報を取得、保有、利用しても直ちに個人の私生活上の自由を侵害するものとは解されない。
 しかし、他方、このような車両を用いた移動に関する情報が大量かつ緊密に集積されると、車両の運転者である個人の行動等を一定程度推認する手がかりとなり得ることは否定できない。また、仮に、Nシステムの端末が道路上の至る所に張りめぐらされ、そこから得られる大量の情報が集積、保存されるような事態が生じれば、運転者の行動や私生活の内容を相当程度詳細に推測し得る情報となり、原告らの主張するような国民の行動に対する監視の問題すら生じ得るという点で、Nシステムによって得られる情報が、目的や方法の如何を一切問わず収集の許される情報とはいえないことも明らかである。
 そこで、次に、Nシステムによる情報の取得、保有等の目的及び方法の正当性について判断することとする。
(2)Nシステムによる情報の取得、保有、利用の目的
 前記一1で認定したとおり、Nシステムによって走行車両のナンバーデータを記録、保存する目的は、自動車使用犯罪発生時において、現場から逃走する被疑者車両を速やかに捕捉し、犯人を検挙すること並びに重要事件等に使用されるおそれの強い盗難車両を捕捉し、犯人の検挙及び被害車両の回復を図ることにある。
 したがって、Nシステムによる情報の取得、保有、利用の目的は、それ自体、正当なものであるといえる。
(3)Nシステムによる情報の取得、保有、利用の方法
ア 前記一1で認定したとおり、Nシステムは、走行車両のナンバーデータを記録、保存するだけであって、車両の移動そのものに対して直接に制約を加えるものではない。また、記録されたナンバーデータは、犯罪の発生から警察による事件の認知又は容疑車両等の割出しまでに時間が掛かる場合があるため、一定期間保存できるようになっているが、その後は消去されることになっており、これが長期間にわたって大量に集積される仕組みとはなっていない。
イ また、<証拠略>によれば、Nシステム端末は、平成一一年末の時点で全国の高速道及び一般道上の五〇〇か所以上に分散して設置されていることが認められるが、これらが右(2)に見た自動車使用犯罪の犯人の検挙等の正当な目的を逸脱して、国民の私生活上の行動に対する監視が問題となる態様で緊密に張りめぐらされているような事実を認めるに足りる証拠はない。
ウ さらに、Nシステムによって取得された情報の利用の方法についても、このような情報が前記の自動車使用犯罪の犯人の検挙等の目的を逸脱して、国民の私生活上の行動を把握するためなどに利用されていることを認めるに足りる証拠はない。
 この点、(証拠略)によれば、Nシステムによって記録、保存された走行車両のナンバーデータが、右の目的以外に警察職員の素行調査の目的で使用された事例があるのではないかとの報道がなされた事実は認められるが、仮に一部にこのような本来の目的を逸脱した使用の事例が存在したとしても、これから直ちにNシステムによる情報の取得、管理の目的・方法が一般的に不当なものとなるものとは解されない。
エ なお、Nシステムによって得られた情報は非公開とされているが、これは、右(2)に見た目的にかんがみればやむを得ないものとして許容されるべきである。
オ 右のような事情にかんがみれば、Nシステムによる情報の取得、保有、利用の方法は、正当なものであるといえる。
(4)以上のようなNシステムによって取得、保有、利用される情報の性質やその取得、保有、利用の目的や方法に照らすと、被告がNシステムによって、走行車両のナンバーデータを記録、保存していることが、憲法一三条の趣旨に反して、原告らの権利もしくは私生活上の自由を違法に侵害するものとは認められない。
第四 結論
 以上判示したところによれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所第48民事部
 裁判長裁判官 西村則夫
 裁判官 内田博久
 裁判官 下澤良太
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