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【事件名】街路灯デザインの著作物性事件(2) 【年月日】平成13年1月23日 大阪高裁 平成12年(ネ)第2393号 損害賠償請求控訴事件 (原審・大阪地裁平成11年(ワ)第2377号) (平成12年11月22日 口頭弁論終結) 判決 控訴人(第一審原告) 賛光電器近畿販売株式会社 右代表者代表取締役 A 右訴訟代理人弁護士 山田庸男 同 中世古裕之 同 西村勇作 被控訴人(第一審被告) 大阪市 右代表者市長 B 右訴訟代理人弁護士 夏住要一郎 同 岩本安昭 同 伊藤憲二 同 小林京子 主文 一 本件控訴を棄却する。 二 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第一 控訴の趣旨 一 原判決を取り消す。 二 被控訴人は、控訴人に対し、金四八九七万六〇〇〇円及びこれに対する平成九年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 【以下、「第二 事案の概要」及び「第三 争点に関する当事者の主張」の部分は、原判決の該当部分(三頁二行目から二一頁一行目まで)を加除訂正した。ゴシック体の太字部分が当審において加筆訂正した箇所であるが、語句の部分的削除については、それが広範囲にわたらない限り、特に指摘していない。】 第二 事案の概要 本件は照明器具の卸販売、電気工事等を業とする控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人が行った装飾街路灯の設計、製作及び設置行為が、(一)原判決添付別紙の装飾街路灯のデザイン図(甲1。以下「本件デザイン図」という。なお、同別紙はサイズを縮小したものである。)について控訴人が有する著作権(複製権、翻案権)を侵害した、あるいは、(二)控訴人の営業上の利益等を侵害した(不法行為)として、損害賠償を求めるものである。 原審は、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴を提起した。 一 基礎となる事実(証拠掲記のない事実は争いがない。なお、書証番号は甲1などと略称し、枝番のすべてを示すときは枝番の記載を省略する。) 1 当事者 (一) 控訴人は、照明器具の卸販売、電気工事業等を目的とする会社である(甲2)。 (二) 被控訴人は、建設局が主管となり、平成九年一二月一九日以降、【大阪市<以下略>】の「新世界公園本通商店街」等(通称「新世界」界隈。以下「公園本通商店街」という。)において装飾街路灯(以下「本件街路灯」という。)の設置工事(以下「本件工事」という。)を実施した。 2 本件デザイン図の作成 控訴人は、新世界町会連合会(以下「町会連合会」という。)から、公園本通商店街に設置されていた街路灯を新しいデザインに一新したい旨の依頼を受け、平成五年ないし六年頃、本件デザイン図を、ヨシノデザイン設計事務所に依頼して作成した(甲4、7、17、18、控訴人代表者)。 3 町会連合会から被控訴人への要望 町会連合会は、被控訴人に対し、被控訴人が本件工事を実施するに当たり、新たに設置する街路灯のデザインを本件デザイン図のものとするよう要望した。 また、町会連合会は、被控訴人に対し、併せてデザイン図の作成者である控訴人に本件工事を請け負わせるよう要望した(甲17)。 4 被控訴人による本件工事の実施 被控訴人は、本件工事を実施するに当たって設計図(乙4。以下「本件設計図」という。)を作成し、平成九年一一月二八日に指名競争入札を行い、落札者である摂津電機工業株式会社との間で工事請負契約を締結して本件工事を行わせた。 二 争点 1 著作権侵害について (一) 本件デザイン図は著作物か。 (二) 控訴人は本件デザイン図の著作権者か。 (三) 被控訴人による本件設計図の作成及び本件街路灯の製作、設置が、控訴人の本件デザイン図に関する複製権又は翻案権を侵害する行為か。 2 その他の不法行為について 被控訴人の行為は、控訴人の法的利益を侵害したといえるか。 3 被控訴人の故意又は過失の有無 4 損害及び因果関係 第三 争点に関する当事者の主張 一 争点1(一)(本件デザイン図の著作物性)について 【控訴人の主張】 1 本件デザイン図は、慎重な打合せを経て、町会連合会からの要望を最大限取り入れて、街路灯の設置される新世界界隈の現在の雰囲気や来集する人々の階層、過去の町並み、人々の同地域に対する評価等を集積した結果、大正末期から昭和初期にかけてのにぎわいをイメージしたアール・ヌーボー的なデザインに、現代の当該地域の庶民的な町並みの雰囲気とを結合させるというコンセプトの下に表現されたものであり、極めて創作性、創造性の高い美術的装飾品であって、著作物性を有するというべきである。 2 被控訴人は本件デザイン図の著作物性を否定する。しかし、著作権法は、美術工芸品以外の応用美術が保護の対象となるか否かを明文で明らかにしていないが、応用美術をすべて意匠法のみの保護対象とする場合には、その厳格な審査主義のために、大量かつ迅速な取引によって流通する応用美術品の早急な保護を困難にする。したがって、意匠法の対象となる実用品の審美的創作物が、同時に客観的、外形的に見て純粋美術としての絵画等と何ら差異のない美的創作物である場合には、絵画等と同様に著作権法による保護を与えられると解すべきであり、単に実用に供し又は産業上利用することを目的として創作されたというだけの理由で著作権法の保護の対象から除外すべきではない。また、このことは著作権法制定の経緯、すなわち著作権制度審議会の答申中、応用美術の保護に関する部分について、右と同旨の内容である「図案その他量産品のひな形又は実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有するものであるときは、美術の著作物として取り扱われる。」との案が著作権法制定に当たって採用されたことにも沿うものである。 そして、このような意味で著作権法の保護の対象となるか否かは、客観的、外形的に見たときに、実用目的又は産業上利用する目的のために美の表現において実質的な制約を受けて製作されているか否かを基準とすべきである。そうした観点から見た場合、本件デザイン図は、思想又は感情を創作的に表現したものであることはもちろん、客観的、外形的に見て、装飾街路灯を製作するという実用目的のために、美の表現において実質的制約を受けることなく、専ら美の表現を追求して製作されたものと認められるから、本件デザイン図は、純粋美術としての絵画と同視し得るものといえ、その著作物性は肯定されるべきである。 【被控訴人の主張】 著作権法は、高度の芸術性を有し、専ら鑑賞を目的とする絵画、版画等の「純粋美術」を主として保護の対象としているのであって、実用品や工業製品の利用を目的として創作された「応用美術」については、原則として保護の対象から外し、「美術工芸品」すなわち壺や壁掛け等の一品製作の手工的な美術品に限定して、純粋美術の作品と同視し、保護の対象にしたものと解すべきである。 他方、本件デザイン図は、新世界商店街の属する地区内の道路に設置する街路灯という実用的な設備のデザインである。一般に街路灯は、美的追求よりも構造面、材質面、強度面、照度面など各種の技術的諸条件の確保が優先される道路の附属物であり、規格品である既存の部品を組み合せて製作することが予定されているから、その性質上実用面・機能面と切り離すことはできない。 したがって、本件デザイン図が専ら鑑賞を目的とする「純粋美術」に該当しないことはもちろん、実用面・機能面を離れてそれ自体完結した美術作品といい得るものでもなく、「美術工芸品」にも該当しない。また、本件デザイン図における街路灯のデザインが仮に法的保護に値するとしても、それは意匠法によって保護されるべきものである。 よって、本件デザイン図は著作物たり得ない。 二 争点1(二)(著作権者性)について 【被控訴人の主張】 本件デザイン図を実際に作成したのは、控訴人がデザイン作成を依頼したヨシノデザイン設計事務所であり、控訴人は右事務所との間で著作権に関する格別の合意をしていない。したがって、本件デザイン図について著作権を有するのは、実際の作成者である右事務所であって、控訴人ではない。 【控訴人の主張】(当審における追加主張) 控訴人において、本件デザイン図をもとに被控訴人との関係で営業活動を行い、装飾街路灯設置工事を受注しようとした本件当時の状況や、その期間が長期間に及んでいること、控訴人がヨシノデザイン設計事務所にデザイン料を支払っていることからして、仮に本件デザイン図の元々の著作権がヨシノデザイン設計事務所にあるとしても、控訴人と同事務所との間において、本件デザイン図の著作権の譲渡に関して、少なくとも黙示の合意があったものと解するべきである。 三 争点1(三)(著作権侵害性)について 【控訴人の主張】 1 本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインにおいては、@灯具は上部が広く下部が狭いもので、その上下に装飾具があるものを三個用いる、Aこの三個の灯具が三段に道路側に張り出すように斜め方向に連なってその上部をアームが支える、Bこの灯具を支える三本のアームが半円状に連結されている、C最下段の灯具を支えるアームと支柱との間に四分の一円状の装飾具が三本施されている、という点において特徴を有するものであり、本件設計図の街路灯は、これらの特徴をすべて備えている。したがって、本件設計図は、本件デザイン図を複製したものというべきである。 被控訴人は、本件設計図は被控訴人が土木・機械工学的知識を用いて独自に作成したものであると主張するが、装飾街路灯の場合には、本件デザイン図のような基本図面があれば、そこから設計図を作成することは、最低限の土木・機械工学の知識があればほとんど機械的に作成することができるものであるから、被控訴人の主張は失当である。 また、右のとおり、本件デザイン図の創作性の基本的な部分においては、被控訴人作製に係る本件設計図も、本件装飾街路灯も、いずれもそのすべてを兼ね備えていると見られるのであって、本件デザイン図又は本件設計図・本件街路灯のいずれか一方の作品に接したときに、他方の作品との同一性に思い至る程度に両者の基本的な内容は同一である。結局、被控訴人の製作、設置に係る本件設計図・本件街路灯は、表面の外面形式こそ控訴人作成の本件デザイン図と違えども、その表現の内面形式という点では、本件デザイン図についての創作性の本質的な特徴を直接感得することができるというべきである。 したがって、被控訴人による本件設計図及び本件街路灯の製作及び設置は、控訴人の有する本件デザイン図の複製又は少なくとも翻案行為となり、本件デザイン図について控訴人が有する著作権(複製権又は翻案権)に対する侵害行為となる。 2 また、図面として二次元的に表現された著作物を立体的に再生することも複製又は翻案に当たるというべきであるから、被控訴人が本件デザイン図中の街路灯と類似する本件街路灯を製作し、道路、歩道に設置した行為は、本件デザイン図を複製したものというべきである。 【被控訴人の主張】 仮に本件デザイン図が著作物性を有するとしても、被控訴人による本件街路灯の製作、設置は、複製権又は翻案権を侵害する行為ではない。 1 本件デザイン図は単なるイラスト画であり、材質、設計寸法、構造等の記載が一切ない。これに対し、本件設計図は、被控訴人の設計担当者により、土木・機械工学上の技術的検討を経て、独自に作成した図面であって、各部分の材質、寸法、構造などが詳細に記載されているなど、図面の形式及び内容が全く異なっており、本件デザイン図からそのまま作成できる類のものではない。 また、本件デザイン図中の街路灯のデザインと、設計図中の街路灯のデザインとは、灯具、アーム及び柱の形状の点で大きく異なっている。 したがって、本件設計図は、本件デザイン図を有形的に再製したものではなく、本件デザイン図の複製権又は翻案権の侵害とはならない。 2 このように、本件設計図の作成が本件デザイン図の複製権又は翻案権の侵害とならない以上、本件設計図に基づいて本件街路灯を作成、設置する行為も、何ら本件デザイン図の複製権又は翻案権を侵害することはない。 また、そもそも本件デザイン図の複製権又は翻案権は、あくまで本件デザイン図そのものを複製又は翻案する権利であって、本件デザイン図に従って街路灯を作成する権利を含んでいるものではない。何故なら、著作権法は既存の著作物の表現を保護の対象とするものであり、その奥にある思想や感情自体を保護するものではなく、本件デザイン図の著作権の対象は、デザイン図上の表現だけにとどまるからである。したがって、本件街路灯を製作、設置する行為が、本件デザイン図の複製権又は翻案権を侵害することはない。 四 争点2(法的利益侵害の存否)について 【控訴人の主張】 控訴人は、町内連合会からの依頼を受けて、現地調査、シュミレーション、度重なる協議、デザイン変更等の多大な労力と費用を負担した上で、本件デザイン図を完成させたのであり、そのため町会連合会も本件工事を控訴人に行わせることを要望し、その旨被控訴人にも要求がなされていた。しかし、被控訴人は、本件デザイン図に基づいて本件設計図を作成し、他の業者に本件工事を行わせた。これにより、 @ 控訴人は、本件デザイン図に基づき装飾街路灯を製作してこれを設置することにより得られた営業上の利益を侵害された。被控訴人は、控訴人が指名競争入札への参加資格を有していないからこのような利益は実現不可能であると主張するが、控訴人は、指名資格を有する他の業者と組んで本件工事を受注することも可能であったし、随意契約の方式によって受注することも可能であった。 A 控訴人は、昭和五三年頃に、本件工事によって改修される前の街路灯の製作、設置工事を行い、以後その保守管理を行ってきたが、この間、業界内において、「新世界、通天閣前の装飾街路灯でおなじみの賛光です」という企業イメージによる営業活動を行ってきた。しかし、被控訴人の行為によって、控訴人の右企業イメージにより営業活動を行う利益を侵害された。 B 控訴人は、自己の資本と労力を投下して完成させた本件デザイン図(ないしそこにおいて表象される街路灯のデザイン)について不当に模倣されない利益を侵害された。このような利益は、不正競争防止法二条一項三号の趣旨や知的財産権保護の拡大化傾向に鑑みて認められるべきである。 C(当審における追加主張) 仮に、控訴人が指名資格を有していないために本件装飾街路灯の設置工事に参加できないのであれば、被控訴人は、打ち合わせの早い段階で、控訴人にその旨十二分に説明した上で、本件デザイン図の取扱いについて合意しておく必要があり、遅くとも指名競争入札をする前の時点までには、控訴人から本件デザイン図の利用についての承諾を得るべきであった。これを怠った点において、被控訴人による本件デザイン図の利用行為は、違法の評価を免れない。 【被控訴人の主張】 以下の理由により、控訴人主張の被侵害利益はいずれも法的保護に値しない。 1 本件工事は、被控訴人において道路事業として実施された公共工事であり、そのため、業者の選定は、指名競争入札の方式によって行われたものであるが、控訴人は、被控訴人の入札参加資格を有していないから、控訴人が本件工事の請負業者となることはおよそ不可能であった。また、控訴人は、照明灯及び照明柱等に関する被控訴人の指定業者でもなく、これらの工事材料を製造することも不可能であった。したがって、控訴人が主張する被侵害利益@は、実現不可能な事態を前提とするものであって、法的に保護されるべき利益には当たらない。 なお、控訴人は、指名資格を有する他の業者と組んで本件工事を受注することも可能であったし、随意契約の方式によって受注することも可能であったと主張するが、控訴人と組んだ業者が本件工事を落札する必然性はなく、また、随意契約は地方自治法施行令一六七条の二第一項各号のいずれかに該当する場合に例外的に認められるにすぎないところ、本件においてはかかる事情は一切認められず、控訴人と被控訴人が随意契約を締結する余地はなかった。 2 控訴人が主張する被侵害利益Aについては、控訴人主張のような企業イメージが一般人の間で広く定着しているという事実はなく、また、そのような企業イメージにより営業活動を行う利益が法的利益として認められるものでもない。 3 本件デザイン図には著作権や工業所有権は何ら成立していないから、控訴人主張の被侵害利益Bの「不当に模倣されない利益」なるものが法的利益として認められる余地はない。加えて、本件街路灯のデザインは、本件デザイン図中の街路灯のデザインと大きく異なるから、「模倣」したわけでもない。 4(当審における追加主張) 本件工事は公共事業である以上、原則として指名競争入札に基づき発注されることは当然であり、自己が工事に参加できるとの控訴人の一方的期待に対し、被控訴人が控訴人主張のような説明や合意をする義務はない。まして、被控訴人は、本件デザイン図を町会連合会の要望を把握するための参考資料として使用したにすぎないから、なおさらである。 五 争点3(故意又は過失)について 【控訴人の主張】 被控訴人は、本件工事を行うに当たって、町内連合会及び控訴人との打ち合わせを行っていることや、本件デザイン図は控訴人の社名と無断使用を禁止する旨表示された紙袋に入れて町会連合会に保管されていたところ、そのまま被控訴人の担当者が持ち帰っていることなどからすると、本件デザイン図が控訴人の作成に係るものであることは十分に認識し得ることであったから、被控訴人には、控訴人の権利を侵害することについて故意又は過失がある。 【被控訴人の主張】 被控訴人は、本件デザイン図を、控訴人からではなく町会連合会から本件工事の参考資料として受領したにすぎず、当時の被控訴人担当者は、本件デザイン図作成の詳しい経過などについて全く認識していなかった。しかも、被控訴人としては、独自の技術的・専門的知識に基づき新たに設計図を作成し、それに基づき本件街路灯を製作、設置したものであるから、被控訴人が控訴人の権利を侵害するとの認識を持つはずもなく、また、かかる認識がなかったことにつき過失も存しない。 六 争点4(損害及び因果関係)について 【控訴人の主張】 控訴人は、本件デザイン図に基づいて本件工事を行うことができていれば、四八九七万六〇〇〇円の営業利益を得ることができたところ、争点1又は2に関する被控訴人の行為によって、これらの得べかりし利益を喪失した。 【被控訴人の主張】 争点2に関する被控訴人の主張の1で指摘した事情からすれば、控訴人はそもそも本件工事を受注することは不可能であったのであるから、因果関係も存しない。 また、控訴人が本件工事により得ることができたという利益についても、そもそも、本件デザイン図の街路灯と実際に設置された街路灯とは規格が異なるものであり、さらに、その見積もりの根拠自体も疑わしいものであって、実際の損害額を反映しているとは考えられない。 第四 争点に対する当裁判所の判断 一 争点1(著作権侵害)について 1 同(一)(本件デザイン図の著作物性)について 本件において、控訴人が著作権を有すると主張する対象については、本件デザイン図そのもの(全体)を指すのか、本件デザイン図中の街路灯のデザイン部分を指すのか、控訴人の主張自体が必ずしも明確でない。そこで、以下、両者を分けて検討することにする。 (一) 本件デザイン図全体について 本件デザイン図は、原判決添付別紙図面のとおりのもので、装飾街路灯を街路に配置した完成予想図である。そして、全体としての構図や色彩、コントラスト等において絵画的な表現形式が取られているものの、右街路灯のデザインが街角でどのように反映するかをイメージ的に描いたものにすぎず、その表現も専ら街路灯デザインを引き立て、これを強調するにとどまっている。 したがって、本件デザイン図は、それ自体、美的表現を追求し美的鑑賞の対象とする目的で製作されたものでなく、かつ、内容的にも、純粋美術としての性質を是認し得るような思想又は感情の高度の創作的表現まで未だ看取し得るものではないから、美術の著作物に当たるものとは認められない。 (二) 本件デザイン図中の街路灯のデザイン部分について 当裁判所も、本件デザイン図中の街路灯のデザイン部分は、著作物とはいえないものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正する他は、原判決二三頁二行目「次に、」から三三頁二行目「採用できない。」までのとおりであるから、これを引用する。 (1) 三一頁一行目「9、」を「8ないし」と改め、同六行目「同様の」の次に「三灯式すずらん型」を加える。 (2) 同八行目「それにもかかわらず、」から三二頁五行目「見ることはできない。」までを「そして、これら同種の街路灯デザインと対比した場合、本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインは、レトロな美観という創作性の点で大きな格差はなく、右同種の街路灯デザインと同じく、産業デザインの一種としてとらえるのが相当である。」と改める。 (3) 三二頁九行目「本件デザイン図」の次に「中の街路灯デザイン」を加える。 (4) 三二頁末行から三三頁一行目の「著作物性の有無を判断するに当たっては、」を「著作物性の有無は、あくまで創作物自体の表現内容から客観的に判断すべきであり、」と改める。 2 したがって、著作権侵害に関する控訴人の主張は、その余の点について検討するまでもなく理由がない。 二 争点2(その他の不法行為)について 1 事実経過 【原判決三三頁七行目「証拠(後掲」から四〇頁二、三行目「見られない」までを前同様に加除訂正したものである。】 証拠(後掲各証拠のほか、甲17、18、乙6、8、控訴人代表者本人、証人C)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 (一) 公園本通商店街界隈には、控訴人が昭和五三年頃に街路灯(甲5の1、2、8ないし10)の設置を担当し、以後その保守、点検及び補修等を行ってきたが、平成元年頃、町会連合会では、商店街の活性化のために装飾街路灯を改修し、新たなデザインのものを設置することの検討を始めた。 (二) 町会連合会では、平成三年頃から、控訴人も交えて新たな街路灯のデザインを検討していたが、平成四、五年頃になって、被控訴人の補助金を利用して設置工事を行う目途が立ち、正式に控訴人に新たな街路灯のデザインを依頼した。町会連合会が新たな街路灯のデザインを控訴人に依頼したのは、控訴人が従前の街路灯の設置を担当し、その保守、点検等に細かく対応していたことに信頼を寄せたためであった。 (三) 控訴人は右依頼に応じて、平成五年頃にヨシノデザイン設計事務所に依頼して本件デザイン図を作成し、その後も異なるデザイン図(甲7の1及び2)や、公園本通商店街の写真に街路灯デザインを合成したシミュレーション画(甲7の3ないし8)を作成するなどして町会連合会と打ち合わせを重ねたが、結局、町会連合会では、平成六年頃に、控訴人から一番最初に提案された本件デザイン図の案に決定し、同年六月一五日に控訴人から見積書(甲12)が提出された。なお、控訴人は、本件デザイン図の街路灯グローブ部分には、賛光電器産業の登録意匠(乙3の1)を使用した。 (四) 他方、被控訴人では、平成五年二月頃に町会連合会から本件街路灯の設置の要望を受けた後、本件街路灯の設置工事を被控訴人の公共事業として行う方向で検討を進めていたところ、平成六年三月頃、当時の町会連合会会長であったD(以下「D」という。)から、本件街路灯のデザイン案として本件デザイン図の提出を受けた(なお、時期は定かでないが甲12の見積書も被控訴人に渡された。)。 これに対し、被控訴人では、実際に設置する街路灯のデザインは、町会連合会の要望をなるべく取り入れつつも、被控訴人が行う公共事業の規格に合致するデザインとする必要があった。そこで被控訴人の技術試験所において本件デザイン図の検討を行ったところ、被控訴人の規格ではグローブはガラス製でなければならないが、本件デザイン図のような複雑な曲線のグローブをガラス製にしようとすると制作費が高額になることから、本件デザイン図そのままの街路灯を設置することはできないということになり、被控訴人において新たに本件街路灯の設計図(乙4)を作成し、さらに、それに基づいてデザイン図(乙1のうち本市作成図と記載のあるものは、その一部である。)を作成した。 (五) この後、町会連合会と被控訴人の間では、街路灯のデザイン、地元の負担金や街路灯の設置基数等について何度も話し合いが持たれ、これに控訴人代表者が出席することもあり、Dからは被控訴人担当者に対し、本件街路灯の設置工事を控訴人に発注してもらいたいとの申入れを行っていたが、被控訴人担当者は、本件工事を公共事業として行う以上、指名業者による入札によることになるとして、肯定的な回答をしなかった。 (六) こうして何度も協議が持たれた後、平成八年七月一二日に被控訴人による地元説明会が開催され、これには地元住民、被控訴人担当者のほかに控訴人代表者も出席したが、ここで被控訴人は、周辺整備計画全体についての説明を行うとともに、本件街路灯の設置工事についても被控訴人が作成したデザイン図に基づいて説明を行った。 (七) その後、被控訴人は、右工事についての予算措置等を講じるかたわら、具体的な設置基数や設置場所について町会連合会との間で折衝を続けたが、その中で、控訴人代表者及びDから被控訴人担当者に対し、本件工事を控訴人で請け負わせてほしい旨要望が出されたものの、被控訴人担当者からは、従前同様、指名競争入札によるため指名資格のない控訴人が受注することはできない旨の回答が繰り返された。そのため、控訴人代表者は、被控訴人担当者に対し、別の指名業者(旭隆電機工業)を使って入札に参加したいと要望し、町会連合会の役員もその方法を希望したが、被控訴人側からの確答はなかった。また、町会連合会では、控訴人代表者に対し、随意契約による方法も提案していた。 (八) そして、本件工事が平成九年度の予算として執行されることになり、同年九月二日に街路灯の設置位置について現場立ち会いが行われたが、そこでも町会連合会から街路灯のデザインをもっとレトロ調のものに修正してほしいとの要望があった。そのため、被控訴人は、それを踏まえてグローブのカーブにより丸みを持たせるデザイン修正を行い、新たなデザイン図を町会連合会に提示した結果、同年一〇月七日に町会連合会から最終的な承諾を得た。 そして、同年一一月二八日に指名競争入札が行われ、摂津電機工業株式会社が落札し、被控訴人は、同社との間で工事請負契約を締結して本件街路灯四七基の設置工事を行った(乙9)。 (九)(原判決三九頁五行目「なお、証人Cは、」から同七行目「確かに乙1によれば、」までを削除する。) 本件街路灯と本件デザイン図に描かれた街路灯とは、@本件デザイン図の街路灯は、グローブのカーブが大きく、笠及びグローブの形状が六角形であるのに対し、本件街路灯は、グローブが緩やかなカーブで、笠及びグローブの形状が丸型であること(乙七、検乙一、二)、A本件デザイン図の街路灯は、アームと灯具上部が離れているのに対し、本件街路灯は、アームと灯具上部が連結していること、B本件デザイン図の街路灯は、柱が角柱であるのに対し、本件街路灯は、柱が丸柱であること、C本件デザイン図の街路灯は、柱頭部が矢形であるのに対し、本件街路灯は、柱頭部が球状であることなど、種々の点で形状を異にしている(乙一)。しかし、いずれも、(a)斜めに三段に連ねられた三個のすずらん型の灯具の各上部を、(b)支柱から階段状に三段に張り出したアーム(各段のアームの間は半円状に連結されている)が側方から支え、(c)最下段のアームと支柱の間に四分の一円状の装飾具が三本施されているといった特徴を兼ね備えており、この三つの点を兼ね備えた形態は、他の装飾街路灯(乙2、3、10、11)には見られない。 2 ところで、被控訴人は、本件街路灯は本件デザイン図に基づくことなく被控訴人独自にデザインしたものであると主張し、証人Cもこれに沿った証言をする。しかし、右1で認定した事実、ことに、(1)被控訴人は本件街路灯の設計に先立って町会連合会から本件デザイン図を受け取っていること、(2)被控訴人は、本件街路灯のデザインについて、部品の規格や予算面の制約はあるものの、地元である町会連合会の要望をなるべく取り入れる方針で臨んでいたこと、(3)本件街路灯と本件デザイン図に描かれた街路灯とは、形状的に異なる点も存するものの、複数の特徴を共通して兼ね備えており、かかる類似性は、他の同種の街路灯には見られないものであること等からすれば、本件デザイン図なしに被控訴人が本件街路灯のデザインを全く独自に作成したものとは考え難く、本件街路灯のデザインは、被控訴人において、本件デザイン図を基にして、それに修正を加える形で作成したものと推認される。したがって、本件街路灯及びその設計図のデザインは、本件デザイン図に依拠したものといえる。 3 不法行為の成否についての判断 【原判決四二頁四行目「2 以上に基づいて」から四八頁六行目「いずれも理由がない。」までを前同様に加除訂正したものである。なお、控訴人の主張の摘示順序に合わせて、後記(二)、(三)の判断部分について原判決と記載順序を入れ替えた。】 以上に基づいて検討する。 (一) まず控訴人は、被控訴人が他の業者に本件工事を請け負わせたことによって、本件デザイン図に基づき装飾街路灯を製作してこれを設置することで控訴人が得られたであろう営業上の利益を侵害されたと主張する。 しかし、本件工事は、地方公共団体である被控訴人が発注者となる公共事業として行われたものであるから、発注者たる被控訴人は、指名競争入札その他相当と認める方法によって、工事請負業者を適宜選定することができるのであり、本件工事を控訴人に請け負わせることを被控訴人に義務づける特段の事情のない限り、被控訴人が控訴人以外の業者に本件工事を請け負わせたからといって、控訴人の利益を違法に侵害したとはいえない。 特に、本件で控訴人は、前記1(一)ないし(三)のとおり、専ら町会連合会からの依頼に基づき、町会連合会との間で協議を行って本件デザイン図を作成したものである(したがって、本件デザイン図作成に係る費用、報酬等も、本来、専ら控訴人と町会連合会の間において処理されるべき事項である。)。そして、本件デザイン図は、町会連合会が地元住民組織として被控訴人に対して街路灯デザインの要望を述べるに当たっての、一つの具体案というにとどまるのであるから、町会連合会から街路灯のデザインの要望を受けた被控訴人が、本件デザイン図の作成者であるというだけで控訴人を工事業者として選定・発注しなければならない義務を負うことはないというべきである。(原判決四四頁二行目「この点について」から同八行目「ことにはならない。」までを削除する。) もっとも、控訴人と被控訴人との間の一連の折衝の中で、被控訴人において、本件工事の施工業者として控訴人が当然に選定されるとの合理的な期待を控訴人に抱かせ、それゆえに控訴人においてそのための準備行為をなさしめたような場合には、そのような期待を裏切る被控訴人の行為について違法と評価される場合もあり得ると考えられる。しかし、前記1(五)ないし(七)のとおり、本件においては、控訴人は本件工事を受注することを希望し、町会連合会もそれを強く希望して被控訴人に要望をしていたものの、被控訴人において、右要望に肯定的な対応をした事実は窺えず、本件工事は指名競争入札になるので、指名資格がない以上、控訴人が本件工事を受注することはできないとする姿勢を終始示しているのであるから、控訴人の抱いた期待は一方的なものにすぎなかったというべきである。 (二) 次に、控訴人は、被控訴人の行為によって、「新世界、通天閣前の装飾街路灯でおなじみの賛光です」という企業イメージによる営業活動を行う利益を侵害されたと主張する。 しかし、控訴人がこのような企業イメージによる営業活動を行うことができるのは、単に従前の街路灯の製作・設置を控訴人が請け負い、その保守等を継続してきたことの反射的利益にすぎず、法的に保護されるべき利益とは考えられない。 (三) また、控訴人は、被控訴人が本件街路灯を設置したことにより、本件デザイン図において表象される本件デザインについて不当に模倣されない利益を侵害されたと主張する。 しかし、本件デザイン図に描かれた街路灯デザインに著作物性が認められないことは前記のとおりであり、また、右街路灯デザインのグローブ部分について、控訴人会社が、同社の関連会社である賛光電器産業の登録意匠を使用していることは前記1(三)のとおりであるが、被控訴人製造の本件街路灯と本件デザイン図のデザインとは前記1(九)@のとおりの相違点が存し、直ちに意匠が類似すると判断することもできない。 もっとも、このような場合であっても、具体的な事情いかんによっては、他人が作成したデザインを利用する行為が違法と評価される場合もあり得ようが、本件において、かかる事情の存在は証拠上窺えない。 (原判決四六頁七行目「被告は、自己が行う」から四七頁七、八行目「本件とは局面を異にするというべきである。」までを削除する。) (四) さらに、控訴人は、控訴人が指名資格を有していないために本件工事に参加できないのであれば、被控訴人は、打ち合わせの早い段階で、控訴人にその旨十二分に説明した上で、本件デザイン図の取扱いについて了解を得ておく必要があった旨主張する。しかし、本件工事に参加することについての控訴人の期待が一方的なものにすぎず、被控訴人において控訴人に右期待を抱かせ、又は、助長するような対応をした事実が窺えないことは、前記(一)のとおりである。したがって、被控訴人が、本件工事に参加できない旨を控訴人に説明したり、町会連合会から差し入れられた本件デザイン図の取扱いについて控訴人の了解を取るべき法律上又は信義則上の義務を負ういわれはない。 (五) したがって、被控訴人が本件工事を控訴人以外の者に請け負わせたことによって控訴人の利益を不当に侵害したとする控訴人の主張はいずれも理由がない。 第五 結論 以上の次第で、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。 よって、主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第八民事部 裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 若林諒 裁判官 西井和徒 |
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