判例全文 line
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【事件名】『女高生・OL連続誘拐殺人事件』の名誉棄損事件(2)
【年月日】平成12年10月25日
 名古屋高裁 平成12年(ネ)第158号、第560号 損害賠償請求控訴事件、同附帯控訴事件
 (原審・名古屋地裁平成6年(ワ)第3248号)

判決
控訴人、附帯被控訴人 佐木隆三こと小先良三(以下「控訴人小先」という。)
右訴訟代理人弁護士 池田道夫
控訴人、附帯被控訴人 株式会社徳間書店(以下「控訴人会社」という。)
右代表者代表取締役 牧田謙吾
右訴訟代理人弁護士 齋藤弘
被控訴人、附帯控訴人 甲野花子(以下「被控訴人」という。)
右訴訟代理人弁護士 浦部和子
同 成田龍一


主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
三 控訴人らは、各自、被控訴人にし、七五万円及びこれに対する平成三年九月一五日から支払済みまで五分の割合による金員を支払え。
四 被控訴人のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを四分し、その三を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴(平成一二年(ネ)第一五八号)について
1 控訴人ら
(一)原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(二)被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(三)訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(一)主文第一項と同旨
(二)控訴費用は控訴人らの負担とする。
二 附帯控訴(平成一二年(ネ)第五六〇号)について
1 被控訴人
(一)原判決を次のとおり変更する。
(二)控訴人らは、各自、被控訴人に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成三年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(被控訴人は当審で請求を減縮した。)。
(三)訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人らの負担とする。
2 控訴人ら
(一)本件附帯控訴を棄却する。
(二)附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。
第二 事実関係 
 本件は、昭和五五年に発生したいわゆる富山、長野連続誘拐殺人事件(以下、富山の事件を「富山事件」、長野の事件を「長野事件」といい、両事件を併せて「本件連続誘拐殺人事件」又は「本件両事件」という。)について、被控訴人と乙山松夫(以下「乙山」という。)が共謀共同正犯として公訴提起され、富山地方裁判所において公判手続が続いていたところ(以下「本件刑事訴訟」という。)、佐木隆三のぺンネームでいわゆるノンフィクション関係の著作を多く手掛けている控訴人小先が、控訴人会社から、乙山は実行行為はもとより、共謀すらしておらず、本件連続誘拐殺人事件は被控訴人の単独犯行であるとする内容の小説「男の責任―女高生・OL連続誘拐殺人事件」(以下「旧著書」という。)を単行本として出版し、本件刑事訴訟の第一審判決(被控訴人は死刑、乙山は無罪)の言渡しを経て、平成三年九月(被控訴人と検察官が控訴中)、控訴人小先が旧著書に加筆削除をした「女高生・OL連続誘拐殺人事件」(以下「本件著書」という。)を、再び控訴人会社から文庫本として出版したところ、本件刑事訴訟の控訴審判決(控訴をいずれも棄却)の言渡後である平成六年九月(被控訴人は上告中、検察官は上告せず乙山の無罪確定)、被控訴人が、本件両事件は被控訴人の単独犯行であるとする有罪判決はいまだ確定していないにもかかわらず、被控訴人の単独犯行であるとする等の本件著書の記述は被控訴人の名誉を毀損すると主張して、控訴人らを被告とする本件訴訟を提起したが、その後、被控訴人の右上告を棄却する判決が言い渡されて、本件両事件が被控訴人の単独犯行であるとする有罪判決(死刑判決)が確定し、被控訴人は、本件訴訟の請求原因として、右名誉毀損の不法行為に加えて、本件著書の記述にはプライバシー侵害及び名誉感情侵害の不法行為があると主張し、損害賠償(慰謝料)の支払を請求したところ、原判決は名誉毀損及びプライバシー侵害を認めず、名誉感情侵害のみを認めたが、控訴人らは名誉感情侵害も認められるべきではないと主張して控訴し、他方、被控訴人は名誉毀損及びプライバシー侵害も認められるべきであると主張して附帯控訴した事案である。
一 当事者間に争いない事実並びに<証拠略>により容易に認められる事実
1 被控訴人(昭和二一年二月生)は、富山県に生まれ育ち、高校卒業後、同県内で生命保険会社に、埼玉県内で化粧品会社にそれぞれ勤務した後、昭和四四年八月、自動車のセールスマンであった前夫と結婚して、同人との間に長男をもうけた。被控訴人は、昭和四九年八月、前夫と協議離婚し、長男を伴って富山市在住の両親のもと身を寄せ、昭和五〇年一月に父が死亡した後は、前夫からの送金と母の収入により、被控訴人、長男及び母の三人で暮らしていた。
 乙山(昭和二七年二月生)は、富山県に生まれ育ち、高校卒業後、大阪、東京の電気会社に電気工として勤務していたが、腎臓を患ったため、昭和四七年ころ富山県に帰り、療養後、昭和四八年から同県内の電気会社に電気工として勤務する等していたが、昭和五二年一月、前妻と結婚した(本件刑事訴訟の第一審係属中に協議離婚)。
 被控訴人と乙山は、昭和五二年九月、愛人関係に入り、同五三年二月には、富山市内で事務所を借り、北陸企画の商号で贈答品販売業を共同経営したが、経営状態はよくなく、昭和五四年中には著しい経営不振の状態となった。
2(一)富山事件の発生
 昭和五五年二月下旬、富山県在住の高校三年生である丙原春子(昭和三六年一二月生)が誘拐され、家族に対して、女性の声で不審な電話があったが、昭和五五年三月六日、岐阜県内で丙原春子の絞殺死体が発見された。
(二)長野事件の発生
 昭和五五年三月五日、長野市在住の金融機関職員である丁谷夏枝(昭和三四年六月生)が誘拐され、家族に対して、女性の声で身代金を要求する電話があったが、昭和五五年四月二日、長野県内で丁谷夏枝の絞殺死体が発見された。
3 被控訴人と乙山は、長野事件の被疑者として逮捕、拘留され、昭和五五年四月二〇日、長野事件について、みのしろ金目的拐取、殺人、死体遺棄、拐取者みのしろ金要求罪の共謀共同正犯として、長野地方裁判所に公訴提起された。
 これに続いて、被控訴人と乙山は、富山事件の被疑者として逮捕、拘留され、昭和五五年五月一二日、富山事件について、みのしろ金目的拐取、殺人、死体遺棄、拐取者みのしろ金要求罪の共謀共同正犯として、富山地方裁判所に公訴提起された。
4 右3の両事件は、併合されて富山地方裁判所で審理されることになり、昭和五五年九月一一日、同裁判所で右両事件(本件刑事訴訟)の第一回公判期日が開かれた。
 右第一回公判期日において、被控訴人は、富山事件に対する関与を全面的に否認し、長野事件についても、乙山と共謀したものであり、誘拐及び身代金要求は被控訴人が実行したが、殺人は乙山が実行し、死体遺棄は共同して実行した旨主張した。一方、乙山は、富山事件、長野事件いずれも被控訴人の単独犯行であると主張し、自己が共謀共同正犯であることを否認した。
5 検察官は、昭和六〇年三月五日の第一二五回公判期日において冒頭陳述を変更した上、同年四月一五日の第一二七回公判期日において、富山事件、長野事件いずれについても乙山が実行行為を分担したとする起訴状の訴因を、実行行為はいずれも被控訴人が単独で行い、乙山は共謀のみに関与したと変更する旨、訴因変更請求し、同裁判所はこれを許可した。
6 ところで、控訴人小先は、いわゆるノンフイクション関係の著書を多数有する作家であり、控訴人会社は、出版等を目的とする会社である。
 控訴人小先は、控訴人会社から、従前より、本件連続誘拐殺人事件に取材した著作を依頼されていたが、着手していなかったところ、右5の事情を契機として本件連続誘拐殺人事件の取材を開始し、同事件発生当初からの新聞記事をコピーし、乙山の弁護人らが所持する公判記録など関係資料の一部をコピーし、公判を傍聴し、誘拐場所や死体遺棄場所などの現地に赴き、関係者の話を聞く等、旧著書のための取材、調査を行った。
 控訴人小先は、旧著書出版前、被控訴人にも乙山にも取材のための面会をしておらず、本件刑事訴訟の第一審判決言渡後、乙山(同判決後に釈放された。)には会って対談したが、被控訴人とはその後も会っていない。
7 検察官は、昭和六二年四月三〇日の公判期日において、論告を行い、被控訴人に対し死刑を、乙山に対し無期懲役をそれぞれ求刑した。
8 控訴人小先は、前記6の取材、調査等に基づいて、乙山は本件連続誘拐殺人事件の実行行為はもとより、共謀すらしておらず、同事件は被控訴人の単独犯行であるとする内容の小説を完成し、控訴人会社は、同年五月三一日、控訴人の右小説を単行本(前掲の「旧著書」)として刊行した。
9 同年七月二八日及び同月二九日の両日にわたった公判期日においては、まず被控訴人の弁護人が、続いて乙山の弁護人が、最後に乙山本人がそれぞれ最終弁論を行い、第一審の富山地方裁判所は審理を終結した。
10 富山地方裁判所は、昭和六三年二月九日、本件刑事訴訟の第一審判決(以下「刑事第一審判決」という。)を言い渡し、富山事件及び長野事件ともに被控訴人の単独犯行によるものであると認定し、乙山が被控訴人との共謀に加わったことの立証がないとして、被控訴人に対しては死刑を、乙山に対しては無罪をそれぞれ言い渡した。
 被控訴人と検察官は、刑事第一審判決に対しそれぞれ控訴した。
11 右控訴審係属中の平成三年九月、控訴人小先が旧著書に加筆削除して、その後の経緯を織り込んだ本件著書(「女高生・OL連続誘拐殺人事件」)が、控訴人会社の出版する「徳間文庫」の』冊(文庫本)として刊行された。
12 本件刑事訴訟の控訴審である名古屋高等裁判所金沢支部は、平成四年三月三一日、被控訴人及び検察官の控訴をいずれも棄却する判決(以下「刑事控訴審判決」という。)を言い渡した(刑事第一審判決の事実認定を大きく変えた部分はない。)。
 刑事控訴審判決に対し、被控訴人は上告したが、検察官は上告せず、乙山の無罪判決が確定した。
13 被控訴人は、本件刑事訴訟の上告審係属中である平成六年九月、控訴人らを被告として、名古屋地方裁判所に本件訴訟を提起した。
14 最高裁判所は、平成一〇年九月四日、被控訴人の上告を棄却する判決を言い渡し、被控訴人の有罪(富山事件、長野事件いずれも被控訴人の単独犯行とする)が確定した。
二 争点
(名誉毀損について)
1 本件著書中にある、別紙一覧表の@ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>の各記述は、事実を摘示して、被控訴人の社会的評価を低下させたか(以下、別紙一覧表の各記述は、同表の番号で特定して、「@」「AないしC」のようにいう。)。
 また、<34>ないし<38>は、事実を摘示した記述ではないとしても、事実を基礎とする意見ないし論評の表明(以下「意見表明」という。)として、被控訴人の社会的評価を低下させたか。
(一)被控訴人の主張
(1)犯罪関係の名誉毀損
 @ないしH、K、L、P、R、ないし<27>、<29>、<30>、<32> <34>、ないし<38>、<40>ないし<43>は、本件連続誘拐殺人事件について、被控訴人の実名を挙げて、富山事件及び長野事件いずれも被控訴人の単独犯行であると断定したものであり、被控訴人の社会的評価を低下させた。
(2)家庭環境、異性関係等の名誉毀損
 I、J、N、O、Q及び<31>は、被控訴人の家庭環境や異性関係等について、虚実取り混ぜて被控訴人にとって不名誉なように記述し、また、被控訴人が売春を行っていたように記述しており、被控訴人の社会的評価を低下させた。
(二)控訴人らの反論
(1)小説の記述中には、名誉毀損に問うべきでない部分があること
 本件著書はノンフィクションノベルであり、ノンフィクションノベルとは、事実をもとにして、著者の取捨選択した資料の引用等により、当該事実を最大限、忠実に表現するが、一方、著者の創作に係るフィクション部分も混在する形態の小説である。
 本件著書、少なくともフィクション部分は、小説(読み物)であって、著述にあたっては読み物としての工夫が施されているのであり、読者もそういうものとして読むのであるから、名誉毀損の成否の判断については、小説としての右特殊性を考慮すべきである。すなわち、本件著書の記述のうち、左記アないしウに該当するものについては、名誉毀損に問うべきではない。
ア 本件著書の主題や骨格から遠く離れた枝葉末節の部分
 すなわち、控訴人小先は乙山の菟罪を晴らすことを目的として本件著書を著述したものであるところ、@ないしB、DないしG、Hのうち被控訴人の内心の描写以外の部分、IないしL、Nないし<27> <29>ないし<32> <34>ないし<38> <40>、ないし<43>は、本件著書の主題や骨格から遠く離れた枝葉末節にわたる部分であるから、名誉毀損にはあたらない。
イ 言葉の言い回し(表現の仕方、方法)にすぎないもの
 Cは右にあたり、単なる言い回しにすぎない。
ウ 登場人物の内心の描写など、著者が推測的に創作したことが一般読者に理解されるもの
 Hのうち被控訴人の内心の描写部分は右にあたり、一般読者はそれが創作であることを容易に理解するから、名誉毀損にはならない。
(2)被控訴人には失われるべき名誉が残っていなかったこと
 本件著書の出版当時、被控訴人の社会的評価は、本件連続誘拐殺人事件は被控訴人の単独犯行であるとした刑事第一審判決が言い渡されたことや(前記一10、12ないし14のとおり、その後、判決は確定した。)、それまで報道機関によってE、G、H、IないしL、N、O、R、S、<22>、<25>、<26>、<29>、<32>、<36>ないし<38>につき大量の報道がされていたことにより、既に失われており、仮にそうでないとしても著しく低下していたから、被控訴人が挙げる@ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>によって、被控訴人の社会的評価がそれ以上低下する余地はなかった。
2 違法性阻却
 @ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38> <40>ないし<43>は、公共の利害に関する事実に係る記述であるか。また、控訴人小先がこれらを記述した目的(控訴人会社がそれを出版した目的)は、専ら公益を図ることにあるか。さらに、これら記述はそれぞれ、その重要な部分において真実であるか。重要な部分において真実でない場合、控訴人らは、これら記述の内容を真実であると信じていたか。信じていた場合、控訴人らがそう信じるにつき、相当の理由があったか。
 また、<34>ないし<38>が事実を摘示した記述ではなく意見表明であるとしても、<34>ないし<38>、がそれぞれ基礎とした事実について、右同様のことがいえるか。
(一)控訴人らの主張
 @ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあり、しかも、いずれもその重要な部分において真実であるから、違法性が阻却される。
 仮に@ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>が、その重要な部分において真実でないとしても、控訴人小先は、相当の理由をもって、いずれも真実であると信じていたから、名誉毀損について故意又は過失がない。
(1)公共の利害
 @ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>は、本件連続誘拐殺人事件は被控訴人の単独犯行によるものか、乙山も実行行為を分担したのか(少なくとも共謀には関わったのか)という本件刑事訴訟の最大の争点に関して著述されたものであるから、公共の利害に関する事実に係るものである。
 そして、右問題を解明するためには、被控訴人と乙山の愛人関係、被控訴人の異性関係等を解明する必要があるから、I、J、N、O、Q及び<31>も、公共の利害に関する事実に係るものである。
(2)公益を図る目的
 控訴人小先が本件著書を執筆した目的は、本件連続誘拐殺人事件の犯人の動機、原因を追及することにより、このような犯罪を犯すに至った人間の一面を探求すること、乙山が取調中に虚偽の自白をし、その後、公判において自白した事実が真実に反することを明らかにしていく過程を通して、菟罪の発生過程を明らかにするとともに、自白の恐ろしさを訴えること等であり、これらは専ら公益を図る目的であって、控訴人らには被控訴人を誹膀、中傷する意図は全くなかった。I、J、N、O、Q及び<31>についても、同様である。
(3)ア 真実性
 @ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38><40>ないし<43>は、いずれもその主要な部分において真実であるから、仮にこれら記載が被控訴人の社会的評価を低下させたとしても、違法性が阻却される。
イ 相当性
 仮に@ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>が、その重要な部分において真実でないとしても、控訴人小先は、昭和六〇年三月から、控訴人会社の編集部の者とともに、左記のとおり十分な調査、取材をした上で、これに基づく資料によって本件著書を著述したのであるから、控訴人小先が@ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>の各記述の内容を真実と信じたことについては相当の理由があるので、仮にこれら記述が被控訴人の社会的評価を低下させたとしても、控訴人小先にはそれについて故意又は過失はない。
 すなわち、控訴人小先は、長野事件について、信濃毎日新聞社で同事件に関する新聞記事を同事件発生当時のものからコピーし、被害者誘拐の現場(長野市内)や死体遺棄の現場(長野県東筑摩郡)に行き、また、富山事件について、北日本新聞社で同事件に関する新聞記事を同事件発生当時のものからコピーし、被害者誘拐の現場(富山市内)や死体遺棄の現場(岐阜県吉城郡)に行き、さらに、富山市内で乙山の弁護人らに会い、同人らから公判記録を始めとする本件刑事訴訟に関する資料を見せてもらい、これを可能な限りコピーした上、その後も約二年間にわたって、東京から富山地方裁判所ヘ二十回ほど公判傍聴に通い、本件連続誘拐殺人事件に関連する前記以外の各現場へも行って、事件関係者から取材し、資料を集めた。
(二)被控訴人の反論
(1)公共の利害
 I、J、N、O、Q及び<31>は、被控訴人の家庭環境や異性関係等についての記述であり、公共の利害に関する事実に係るものではない。
(2)公益を図る目的
 控訴人らは、本件著書の目的は乙山を菟罪から守ることにある旨主張するが、それは結果論にすぎない。控訴人小先が本件著書を執筆したのは、控訴人会社から執筆依頼を受けたためであり、控訴人小先が独自に乙山の菟罪を晴らすことを目的として、本件著書の著述を始めたわけではない。
 しかも、控訴人小先が本件著書の資料集めに踏み切ったのは、本件刑事訴訟の第一審も終盤に入った段階で行われた検察官の冒頭陳述及び訴因の変更の後であり、それ以前には、控訴人小先は本件著書の資料すら集めていなかった(控訴人らも認めるとおり、ノンフィクションノベルにおいては、著者自身による調査、取材が極めて重要である。)。乙山は被控訴人とともに実行行為を分担したという起訴当時の訴因が、第一審の終盤において、乙山は実行行為をしておらず共謀したのみである旨の訴因に変更された以上、なお共謀共同正犯の主張が維持されたとはいえ、乙山が無罪を得る見込みが強まったというべき右時期になってから、控訴人らが本件著書の資料集めに踏み切り、著述、出版に至ったのは、世人の関心を集めている本件連続誘拐殺人事件及び本件刑事訴訟に取材した、被控訴人や乙山を始めとする関係者の実名入りの小説が、読者受けし、本件著書の出版は商業べースに乗ると考えたからである。
(3)ア 真実性
 @ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>は、いずれも真実ではない。特に被控訴人の発言としてかぎかっこに入れて記述されている部分、被控訴人の内心の描写は、いずれも控訴人小先が創作したものであり、虚偽である。
 また、特にI、J、N、O、Q及び<31>は、被控訴人の家庭環境や異性関係等についての記述であって、本件刑事訴訟における争点とは関わりないから、被控訴人の有罪判決、乙山の無罪判決が確定したからといって、I、J、N、O、Q及び<31>の真実性が証明されたということはできない。
イ 相当性
 また、控訴人小先が本件著書の資料として挙げているものは、乙山側の冒頭陳述書や意見書、新聞記事が中心であり、これらに控訴人小先が公判を傍聴した際のメモ等が加えられているにすぎない上、同メモは廃棄したという理由の下に、本件訴訟では書証として提出されていない。
 しかも、被控訴人は、昭和六〇年当時、控訴人らが本件連続誘拐殺人事件ないし本件刑事訴訟の調査、取材をしていると聞いて、弁護人を通じて控訴人らに対し、控訴人らの取材に応じる旨申し出たにもかかわらず、控訴人らからは何の連絡もなく、被控訴人は、平成六年になって初めて本件著書の存在を知ったのである。
 控訴人小先は、被控訴人とも乙山とも会うことなく旧著書を執筆しており、乙山と面会したのは、刑事第一審判決の言渡後、乙山が釈放されてからであって(その際の話の内容は本件著書の末尾に織り込まれている。)、被控訴人とは一度も面会したことはない(被控訴人についても乙山についても、第一審係属中、拘置所での面会は可能であった。)。控訴人小先は、被控訴人や乙山と面会して話をすると本件著書に感情移入することになるのを恐れたなどと弁解しているが、控訴人らがノンフィクションノべルの創始者、その先駆けとなった「冷血」の著者としてしばしば挙げるトルーマン・カポーティが、「冷血」のいわば主人公である二人の死刑囚と公判開始当初から死刑執行まで多数回にわたって面会を重ねていることからも明らかなとおり、ノンフィクションノベルを著作するのに主人公に会ってはならない理由などなく、むしろ会うべきなのである。
 控訴人小先は、このように乙山側に偏った、かつ不十分な資料のみに基づいて本件著書を執筆し、控訴人会社はこれを出版したのであるから、控訴人らが@ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>の内容を真実であると信じたとしても、そう信じるについて相当の理由があったとはいえない。
(プライバシーの侵害について)
3 I、M、<28>、<33>、<39>は、事実を摘示して、被控訴人のプライバシーを侵害したか。
 また、<32>及び<39>は、事実を摘示した記述ではないとしても、意見表明として被控訴人のプライバシーを侵害したか。
(一)被控訴人の主張
 I、M、<28>、<33>、<39>は、被控訴人の病歴、家庭その他個人的な生活関係、容姿等、本件連続誘拐殺人事件とは無関係で、極めて個人的で公開を欲しない事項の記述であり、それまで一般に知られていない事項であったので、右各記述は被控訴人のプライバシーを侵害した。
(二)控訴人らの反論
(1)Mは被控訴人の知的能力が高いことを記述したものであり、<28>は公判係属中に被控訴人の体重が増えたことを述べたことにすぎないから、いずれも被控訴人のプライバシーを侵害するものではない。
(2)I、M、<33>、<39>は、いずれも既に公判廷で明らかにされ、新聞や雑誌等で詳しく報道されているものであるし、被控訴人は重大な犯罪を犯して、既に刑事第一審判決(有罪判決)を受けていたのであるから、本件著書出版前、既に被控訴人のプライバシーは存在しなかった。
4 違法性阻却
 I、M、<28>、<33>、<39>は、公共の利害に関する事実に係る記述であるか。また、控訴人小先がこれらを記述した目的(控訴人会社がそれを出版した目的)は、専ら公益を図ることにあるか。さらに、これら記述はそれぞれ、その重要な部分において真実であるか。重要な部分において真実でない場合、控訴人らは、これら記述の内容を真実であると信じていたか。信じていた場合、控訴人らがそう信じるにつき、相当の理由があったか。
 また、<33>及び<39>が事実を摘示した記述ではなく意見表明であるとしても、<33>及び<39>がそれぞれ基礎とした事実について、右同様のことがいえるか。
(控訴人らの主張)
 I、M、<28>、<33>及び<39>は、本件連続誘拐殺人事件という重大犯罪を犯した被控訴人の人間性、犯行の動機、背景事情等についての記述であり、犯罪の実行行為そのもの又は情状等に密接に関連する事実の記述であるから、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的は、争点2(一)(2)のとおりであるから、専ら公益を図ることにあり、しかも、いずれもその重要な部分において真実であるから、違法性が阻却される。
 仮にI、M、<28>、<33>及び<39>が、その重要な部分において真実でないとしても、控訴人小先は、争点2(一)(3)イのとおり、相当の理由をもって、いずれも真実であると信じていたから、プライバシー侵害について故意又は過失がない。
(名誉感情の侵害について)
5 本件著書中の左記アないしキの各記述部分は、事実を摘示して、又は、意見表明により、被控訴人の名誉感情を侵害したか。
ア Jのうち「望みどおりに体をひろげて、なにがしかのカネにありつけば、当座の小遺いになる」「自堕落な年増女」との記述
イ Lのうち「〃東京から出戻り〃の甲野」との記述
ウ Nのうち「売春婦まがいの収入で、見栄を張っていた」との記述
エ Oのうち「セックスの度に、……(中略)……あらゆるテクニックを用い、悦ばせる」との記述
オ Qのうち「セックスの面でも……(中略)……抱く女なのである」との記述
カ <28>
キ <33>のうち「〃女の武器〃をちらつかせて、男たちを手玉に取っていた」との記述
(一)被控訴人の主張
 右アないしキの各記述は、本件連続誘拐殺人事件ないし本件刑事訴訟とは関係のない、被控訴人の異性関係等に関する記述であるばかりか、被控訴人を売春婦呼ばわりするものであり、社会通念上許される限度を超えた侮辱的表現であって、被控訴人の名誉感情を侵害した。
(二)控訴人らの反論
(1)名誉毀損及びプライパシー侵害が成立しない場合、名誉感情侵害も成立し得ない。
(2)本件著書の主題(本件連続誘拐殺人事件は被控訴人の単独犯行であり、乙山は共犯ではないということ)を十分に展開し、読者に理解してもらうためには、被控訴人と乙山の関係(性的関係、経済的関係等)、被控訴人の乙山以外の異性関係等を明らかにする必要があり、そのために前記アないしキの各記述は著述されたものである。
 したがって、本件刑事訴訟において、被控訴人の有罪判決が確定した以上、前記アないしキの各記述は、社会通念上許される限度内にとどまり、被控訴人はこれを受忍しなければならない。
(名誉毀損、プライバシーの侵害、名誉感情の侵害について)
6 本件刑事訴訟において被控訴人の有罪判決が確定した以上、被控訴人は、クリーンハンドの原則により、自己の名誉毀損、プライバシー侵害、名誉感情侵害を主張することができないか。
(一)控訴人らの主張
 被控訴人は、本件連続誘拐殺人事件の被害者らの人権を無視して、同人らを殺害し、しかも、清純な高校生であった丙原春子に売春の汚名を着せようとした者であるから、クリーンハンドの原則により、自己の名誉毀損、プライバシー侵害、名誉感情侵害を主張することができない。
(二)被控訴人の主張
 控訴人らの右主張は、要するに、殺人罪を始め他者の人権を侵害する犯罪を犯した者は、刑事責任を問われるだけでなく、名誉を毀損されてもその毀損者に対し不法行為を主張し得ないというものであるから、犯罪を犯した者の全ての人格的利益を否定することになりかねず、同主張は法的な諭拠がない。
7 被控訴人に対する慰謝料額はいくらが相当か(請求額三〇〇万円)。
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
1 @ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>は事実摘示を含むか、意見表明にとどまるかについて
 一般読者の普通の読み方と注意を基準とし、本件著書中の右各記述の前後の文脈や、本件著書の出版当時、一般読者が有していた本件連続誘拐殺人事件ないし本件刑事訴訟についての知識、経験等を考慮して、@ないしL、Nないし<27>、<29>、<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>(特に<34>ないし<38>)のそれぞれにつき、それが証拠等により存否を決することができる、被控訴人についての特定の事項を主張するものであるか否かを検討すると、右各記述は、いずれも被控訴人についての特定の事実の摘示を含むということができる。<34>ないし<38>についても、単なる意見表明にとどまるものとはいい難い。
2 そこで、@ないしL、Nないし<27>、<29>ないし<32>、<34>ないし<38>、<40>ないし<43>が、被控訴人の名誉、すなわち人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的な価値について社会から受ける客観的な評価を低下させるものであるかどうかを検討する。
(一)H、<26>及び<37>について
(1)H、<26>及び<37>は、被控訴人が本件連続誘拐殺人事件の実行行為を単独で行ったことを直截に記述しているものであるから、これらは被控訴人の社会的評価を低下させるものである。
(2)ところで、控訴人らは、Hのうち内心の描写以外の部分及び<26>は、小説である本件著書(ノンフィクションノベル)の主題や骨格から遠く離れた枝葉末節にわたる部分であるとし、小説の枝葉末節にわたる部分は名誉毀損に問うべきではない旨主張する(争点1(二)(1)ア)。
 控訴人らが右のように主張する根拠は明らかでないが、小説の主題や骨格から遠く離れた枝葉末節にわたる記述であっても、記述の内容によっては、他人の名誉を毀損することは十分あり得るから、控訴人らの右主張を認めることはできない。
 ちなみに、Hのうち内心の描写以外の部分及び<26>は、前記(1)のとおり、本件連続拐殺人事件は被控訴人の単独犯行である旨記述しているのであるから、本件著書が正にそのこと及び乙山の無実を主題とすることに照らせば、本件著書の主題や骨格から遠く離れた枝葉末節にわたる部分であるとは到底いえない。
(3)ア さらに、控訴人らは、Hのうち被控訴人の内心の描写部分について、著者が推測により創作したことは一般読者に当然に理解されるものであるから、同部分は被控訴人の社会的評価を低下させるものではない旨主張する(争点1(二)(1)ウ)。
 しかし、現在、一般人が、ノンフィクションノベルはノンフィクション(事実)とフィクション(虚構)が混在する形態の小説であり、登場人物の内心の描写はフィクション部分に属するという認識を有していると認めるに足りる証拠はなく、かえって、本件著書のように実在の人物の氏名を掲げながら、事実を記述した部分と著者の創作による虚構の部分を必ずしも明示的に区別しないで記述する形態の作品の場合、ノンフィクションノベルは、一般の読者によって、作品の記述内容全体が事実であると信じられやすい形態の著作物であるということができる。
 そして、Hの被控訴人の内心の描写部分及びその前後の部分もまた、事実を記述した部分と著者の創作による虚構の部分を明示的に区別しないで記述されており、一般読者が、被控訴人の内心の描写部分は著者の創作であることを容易に理解し得たということはできない。
イ ところで、本件著書の六〇頁目二行目及び三行目には、本件刑事訴訟の第一審の第二回公判期日に行われた被告人乙山の冒頭陳述とその弁護人らが提出した意見書から「乙山側の主張をストーリィ風に引用する」との記述があり、同八四頁一一行目には「(以上、乙山側の主張から)」という記述があって、同七七頁から七八頁にかけて記述されているHは、その間に含まれている。
 しかし、本件著書の六〇頁五行目から八四頁一〇行目までの部分は、控訴人小先が乙山側の主張(本件連続誘拐殺人事件は被控訴人の単独犯行であるとの主張を中心とするもの)に沿って創作したフィクションを交えつつ、同フィクション部分とノンフィクション部分とを明確に区別しないまま、二十数頁にわたって記述されていることにかんがみれば、乙山側の主張に基づくことが前後に示されているとはいえ、読者をして、右記述全体が事実であると信じさせる可能性が高いから、乙山側の主張に基づく旨の右六〇頁と八四頁の両記述があるからといって、Hが被控訴人の社会的評価を低下させることを妨げないというべきである。
(4)他に、H、<26>及び<37>は被控訴人の社会的評価を低下させたとの前記(1)の認定を覆すに足りる証拠はない。
(二)@ないしG、K、L、Rないし<25>、<27>、<29>、<30>、<32>、<36>、<38>及び<42>について
(1)@ないしG、K、L、Rないし、<25>、<27>、<29>、<30>、<32>、<36>、<38>及び<42>は、被控訴人が本件連続誘拐殺人事件の実行行為を単独で行ったことを直截に記述している部分ではないが、それぞれ相互に補い合い、また、前記(一)のH、<26>及び<37>並びに本件著書のその他の部分と相まって、被控訴人が本件連続誘拐殺人事件の実行行為を単独で行ったことを窺わせる記述であると認めることができるから、被控訴人の社会的評価を低下させたということができる。
(2)ところで、控訴人らは、右記述のうち@ないしB、DないしG、K、L、Rないし<25>、<27>、<29>、<30>、<32>、<36>、<38>及び<42>は、小説である本件著書(ノンフィクションノベル)の主題や骨格から遠く離れた枝葉末節にわたる部分であるとし、小説の枝葉末節にわたる部分は名誉毀損に問うべきではない旨主張する(争点1(二)ア)。
 しかし、前記(一)(2)のとおり、小説の主題や骨格から遠く離れた枝葉末節にわたる記述であっても、記述の内容によっては、他人の名誉を毀損することは十分あり得るから、控訴人らの右主張を認めることはできない。また、@ないしB、DないしG、K、L、Rないし<25>、<27>、<29>、<30>、<32>、<36>、<38>及び<42>は、前記(1)のとおり、本件著書の他の部分と併せ読むと、被控訴人と本件連続誘拐殺人事件との密接な関連を窺わせる記述なのであるから、本件著書の主題や骨格から遠く離れた枝葉末節にわたる部分であるとはいえない。
(3)また、控訴人らは、Cについて、言い回し(表現の仕方、方法)にすぎないと主張しており(争点1(二)(1)イ)、同主張の意味は必ずしも明らかではないものの、Cのうち「言えば息子や母が殺される」とか「ガタガタ震えて、泣き喚き始める」等の部分は、たまたまこのような表現を採っただけで、控訴人小先は、被控訴人が本件連続誘拐殺人事件の単独犯であることを読者に印象づけるために右のような表現を採ったものではないという趣旨と考えられる。
 しかし、Cは、正に右表現により、本件著書の他の部分と相まって、被控訴人と本件連続誘拐殺人事件との密接な関連を窺わせるものなのであるから、控訴人小先が右表現を採るにあたり何らかの目的を持っていたか否かを問わず、Cは被控訴人の社会的評価を低下させるものであるといわざるを得ない。
(三)J、N、O、Q、及び<31>について
 J及びNは、被控訴人が売春又はそれに近い行為を行っていたように印象づける記述であり、また、O及びQは、被控訴人が性的に奔放な女性であると印象づける記述であり、さらに、<31>は、被控訴人が乙山との性的交渉により妊娠し、その後、妊娠中絶をした旨の記述であるから、いずれも被控訴人の社会的評価を低下させるものである。
 ただし、Nのうち、会話体の部分、父親の遺産に関する部分及び被控訴人が異母兄弟と没交渉で資産がない旨記述した部分、Oのうち結婚相談所が紹介する男の中には乙山より何倍も収入が多い者がいる旨記述した部分、Qのうち会話体の部分及び飲酒に関する部分は、いずれも被控訴人の社会的評価を低下させる記述とはいえない。
四 Iについて
 Iは、被控訴人が内縁関係にある両親の間に出生し、一三歳時に父親に認知されたこと、被控訴人はヒステリックな性格で、少女時代、しばしば泡を吹く発作を起こし、多少テンカン気味と思われたこと、被控訴人は学校で、父親が大金持ちである旨自慢したが、だれも裏付ける話を聞いたことがなかったこと、同級生のランドセルをカミソリで切り裂いた疑いをかけられたが、最後まで否認したこと等の記述があり、これらは、被控訴人の社会的評価を低下させるものと認められる。
(五)P、<34>、<35>、<40>、<41>及び<43>について
 P、<34>及び<35>は、その記述内容からみて、被控訴人の社会的評価を低下させるものとは認められない。
 また、<40>、<41>及び<43>は、被控訴人が弁護人を解任したことに関する記載にすぎず、被控訴人の社会的評価を低下させるものとは認められない。被控訴人は、P、<34>及び<35>は弁護人を解任することは悪いことであるという趣旨で書かれていると主張するが、仮に著者にそのような意図があったとしても、P、<34>及び<35>は、客観的にみて、被控訴人の社会的評価を低下させるものではない。
(六)以上のとおりであるから、@ないしL、N、O、Qないし<27>、<29>ないし<32>、<36>ないし<38>、<42>は、被控訴人の社会的評価を低下させたと認められるが、P、<34>、<35>、<40>、<41>及び<43>は、被控訴人の社会的評価を低下させたとは認められない。
3 ところで、控訴人らは、被控訴人の社会的評価は、刑事第一審判決の言渡しにより、また、本件連続誘拐殺人事件発生以来の報道により、既に失われていたから、@ないしL、N、O、Qないし<27>、<29>ないし<32>、<36>ないし<38>、<42>により、それ以上に低下する余地はなかった旨主張する(争点1(二)(2))。
 しかし、刑事第一審判決の言渡しによって被控訴人の社会的評価が低下したとしても、本件著書が出版された当時、本件刑事訴訟は控訴審係属中であって、被控訴人の有罪判決は確定していないばかりか、刑事控訴審判決も言い渡されていない段階にあったのであるから、被控訴人の社会的評価は、報道機関が同事件ないし同訴訟について大量の報道をしたことを考慮しても、なお、本件連続誘拐殺人事件ないし本件刑事訴訟の関係においてさえ失われておらず、富山事件及び長野事件いずれも被控訴人の単独犯行であるとする@ないしH、K、A、Lないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>によって、これが低下させられたと認められる。
 また、I、J、N、O、Q及び<31>は、本件連続誘拐殺人事件ないし本件刑事訴訟に直接関係する記述ではなく、被控訴人の生い立ち、家庭環境、異性関係等に関する記述であり、これらの面における被控訴人の社会的評価は、刑事第一審判決の言渡しによって失われるものではなく、前記大量の報道を考慮しても同様である。
 したがって、@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>、並びにI、J、N、O、Q及び<31>が、それぞれ被控訴人の社会的評価を低下させたという前記認定は左右されない。
二 争点2(名誉毀損の違法性阻却)について
1 @ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>、並びにI、J、N、O、Q及び<31>は、公共の利害に関する事実に係る記述であるか。
(一)@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>について
 前記一2(一)及び(二)のとおり、H、<26>及び<37>は、被控訴人が本件連続誘拐殺人事件の実行行為を単独で行ったことを直截に記述するものであり、@ないしG、K、L、Rないし<25>、<27>、<29>、<30>、<32>、<36>、<38>及び<42>は、それぞれ相互に補い合い、また、右H、<26>及び<37>並びに本件著書のその他の部分と相まって、被控訴人が本件連続誘拐殺人事件の実行行為を単独で行ったことを窺わせる記述である。
 したがって、@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>は、重大な犯罪事件に関する記述として、公共の利害に関する事実に係る記述であるということができる。
(二)I、J、N、O、Q及び<31>について
 I、J、N、O、Q及び<31>は、本件著書の主題である本件連続誘拐殺人事件は被控訴人の単独犯行であることを直截に述べたり、他の記述と相まって同単独犯行を窺わせたりする記述ではないが、被控訴人の生い立ち、乙山と出会う前の被控訴人の生活環境、被控訴人と乙山との愛人関係(性的関係、経済的関係等)などに関する記述であり、本件連続誘拐殺人事件に至る経緯や、被控訴人と乙山の間の力関係(両者のうち主導的立場にあるのはいずれであるか)等に関する事情として記述されているものと認められるから(控訴人小先)、いずれも公共の利害に関する事実であるということができる。
2 控訴人小先が@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>、並びにI、J、N、O、Q及び<31>を記述した目的、また、控訴人会社がこれら記述を含む本件著書を出版した目的は、専ら公益を図ることにあるか。
(一)控訴人小先は、昭和三九年ころから著作活動を始め、その後、重大な犯罪等を題材とする著書を多数執筆しているところ、本件連続誘拐殺人事件については、既に本件刑事訴訟の公訴提起後、控訴人会社から執筆依頼を受けてはいたが、当時は、検察官の起訴状どおり、乙山も実行行為を分担したと思っていたこともあり、同事件に特に興味を持たず、放置していた。
 しかし、本件刑事訴訟の開始から五年近く経過した昭和六〇年四月、検察官が訴因を変更し、乙山は実行行為には関与していない(ただし、被控訴人との共謀はあった)としたことから、控訴人小先は、従前より菟罪に関心を持っていたことと相まって、本件連続誘拐殺人事件、特に乙山の冤罪の可能性に関心を持ち、(一)被控訴人が本件連続誘拐殺人事件を犯すに至った原因を追及することにより、人間の一面を探求すること、(二)共犯とされた乙山の虚偽自白に至るまでの捜査当局の取調状況、公判手続の過程を通して、自白の恐ろしさと菟罪を出してはならないことを読者に訴える目的で本件著書(旧著書)を執筆し、控訴人会社が同書を出版した。
(二)右(一)に照らすと、@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>は、本件連続誘拐殺人事件そのものに関する記述であるから、専ら公益を図る目的によるものということができるし、I、J、N、O、Q及び<31>は、同事件そのものに関する記述ではないが、同事件に至る経緯や、被控訴人と乙山の間の力関係(両者のうち主導的立場にあるのはいずれであるか)等に関する事情として、控訴人小先が乙山菟罪の原因の一つとして記述したものであるから、やはり専ら公益を図る目的によるものということができる。
3 @ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>はそれぞれ、その重要な部分において真実であるか。
(一)控訴人小先は、@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>の記述に際して使用した資料は、控訴人小先が約二年間、二〇回にわたり、富山地裁の公判傍聴をした結果のメモ(しかし、本件書証として提出されていない。)、釈放後の乙山との対談記、検察官の論告要旨、乙山側の弁論要旨、乙山側の答弁書、刑事第一審判決、検察官の冒頭陳述書、及び乙山側の冒頭陳述書等であると主張し、本人尋問においてその旨供述しており、陳述書にも同旨の供述記載がある。
(二)もっとも、@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>のうち、刑事第一審判決において具体的に認定されたといい得る事実はほとんどない。
 そして、控訴人小先が右(一)で資料として掲げている乙山側の冒頭陳述書、答弁書及び弁論要旨、検察官の冒頭陳述書及び論告要旨は、いずれも本件刑事訴訟における当事者の主張にすぎず、判決の認定事実でないことはもとより、同訴訟の証拠でもないから、これら本件刑事訴訟当事者の主張書面に@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>と同様の記述(主張事実)があるとしても、そのことをもって、@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>の真実性が証明されたことになるものではない。
(三)しかし、前記一2のとおり、@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>が被控訴人の社会的評価を低下させる原因は、これら記述(控訴人小先の創作に係る会話体の部分や内心を描写する部分を含む。)が、本件連続誘拐殺人事件はいずれも被控訴人の単独犯行であることを直截に記述したり、他の記述と相まって同単独犯行を窺わせたりするところにあり、個々の会話や内心の描写を始めとする記述内容にあるわけではないから、前記第二、一12及び14のとおり、本件著書出版の後ではあるものの、被控訴人の有罪(本件連続誘拐殺人事件はいずれも被控訴人の単独犯行とする)及び乙山の無罪が確定した以上、結局、@ないしH、K、L、Rないし<27>、<29>、<30>、<32>、<36>ないし<38>及び<42>の真実性は立証されたというべきである。
4 I、J、N、O、Q及び<31>はそれぞれ、その重要な部分において真実であるか。真実でないとしても、本件著書出版時、控訴人らは、I、J、N、O、Q及び<31>がそれぞれ、その重要な部分において真実であると信じていたか。控訴人小先は、右各記述をするについて、相当の取材、調査等をし、それに基づいて右各記述をしたか。
(一)控訴人小先が、I、J、N、O、Q及び<31>の記述に際して使用した資料は、左記のとおりである。
(1)Iについて
 丁原竹子の供述調書、新聞記事、検察官の冒頭陳述書、乙山側の冒頭陳述書、論告要旨
(2)Jについて
 乙野梅夫の証人尋問調書、控訴人小先自身の関係者に対するインタビュー、新聞記事、乙山側の冒頭陳述書
(3)Nについて
 乙野梅夫の証人尋問調書、検察官の冒頭陳述書、乙山側の冒頭陳述及び意見書、控訴人小先自身のインタビュー
(4)Oについて
 検察官の冒頭陳述書、乙山側の冒頭陳述及び意見書
(5)Qについては、右(4)(O)と同じ
(6)<31>について
 乙山側の冒頭陳述、乙山の公判廷における供述、乙山との対談
(二)Iの真実性、相当性について
(1)真実性について
ア 被控訴人が内縁関係にある両親の間に生まれ、一三歳時に実父に認知された事実は、刑事第一審判決において認定されており、また、被控訴人が子供のころ、病院で脳波検査を受け、多少のテンカン性があることがわかっていた事実は、<証拠略>で被控訴人の認めるところであるから、いずれも真実であると認められる。
イ しかし、Iのうちその余の事実(被控訴人がヒステリックな性格で、少女時代、ときどき泡を吹く発作を起こしたこと、被控訴人は学校で、父親が大金持ちである旨自慢したが、だれも裏付ける話を聞いたことがないこと、同級生のランドセルをカミソリで切り裂いた疑いをかけられたが、最後まで否認したこと等)は、刑事第一審判決及び刑事控訴審判決いずれにおいても認定されていない。
ウ 丁原竹子(元喫茶店経営者)の供述調書には、丁原が被控訴人と同級生であった当時、被控訴人とその仲間の子に机を傷つけられたり、カバンを放り投げられたりしたという程度の記載があるのみである。
 そして、前記のとおり、検察官の冒頭陳述書、論告要旨、乙山側の冒頭陳述書は、刑事訴訟の当事者の主張にすぎないから、仮にこれら冒頭陳述書や論告要旨にIに沿う内容の記載があるとしても、そのことからIの記述内容が真実であると立証されたということはできず、右立証のためには、これら冒頭陳述書や論告要旨中の右記載内容の拠って立つ証拠そのもの等を提出すべきところ、そのような証拠の提出はない。
エ 以上のとおり、Iの記述内容が真実であると認めるに足りる証拠はない。
(2)相当性について
 右(1)イの各記述(ヒステリックな性格で、少女時代、ときどき泡を吹く発作を起こしたこと、被控訴人は学校で、父親が大金持ちである旨自慢したが、だれも裏付ける話を聞いたことがないこと、同級生のランドセルをカミソリで切り裂いた疑いをかけられたが、最後まで否認したこと等)については、右(1)ウのとおり、丁原竹子(元喫茶店経営者)の供述調書の記載のみでは十分な証拠とはいい難いし、検察官の冒頭陳述書、論告要旨、乙山側の冒頭陳述書にも、右各記述に合致するような記載はない。控訴人小先は、<証拠略>において、右の他の資料として新聞記事を挙げるが、乙三七、三八(新聞記事)には被控訴人の病気について若干の記載が見られるものの、右(1)イの各記述に沿う内容のものではない。他に、右各記述の内容に沿う証拠はない。
 したがって、控訴人小先が、右各記述をするに際し、相当の資料に基づいて行ったと認めるに足りる証拠はない。
(三)Jの真実性、相当性について
(1)真実性について
ア 刑事第一審判決及び刑事控訴審判決は、被控訴人が、本件連続誘拐殺人事件の犯行後、乙野梅夫(結婚相談所で紹介され交際を続けていたタイヤ業者)から借金の弁済期の猶予を受けるため、同人の申入れにより性的交渉を持った事実を認定している。
 しかし、Jの前段は、そのような事実を記述しているのではなく、被控訴人が、結婚相談所で遊び相手の女性を探している男性と好んで付き合い、それら男性と性的交渉を持っては金銭をもらっていたという趣旨に理解されるものであり、後段の「自堕落な年増女」という控訴人小先の意見表明と相まって、被控訴人が売春又はそれに近い行為をしていたと理解される表現になっている。
イ 控訴人らは、資料として乙野梅夫の証人尋問調書を挙げるが、同調書には右アの刑事判決の認定事実と同様の記載があるにすぎず、乙山側の冒頭陳述書にも、被控訴人が結婚相談所で紹介された男性を相手に売春又はこれに近い行為を行っていた旨の記載はない。
 また、控訴人らは、右以外の資料として、控訴人小先自身の関係者に対するインタビュー及び新聞記事を挙げるが、被控訴人が結婚相談所で紹介された男性を相手に売春又はこれに近い行為をしていたと認めるに足りる証拠はない。
ウ 以上のとおり、Jの記述内容が真実であると認めるに足りる証拠はない。
(2)相当性について
 右(1)のとおり、控訴人らが資料として挙げる証拠にすら、被控訴人が結婚相談所で紹介された男性を相手に売春又はこれに近い行為をしていたことについての記載は見られず、他にもそのような記載のある証拠はないから、控訴人小先が、Jの記述に際し、相当の資料に基づいて行ったと認めることはできない。
(四)Nの真実性、相当性について
(1)真実性について
 刑事第一審判決及び刑事控訴審判決は、被控訴人が売春又はこれに近い行為をしていた旨の事実認定はしておらず、控訴人らが資料として挙げる乙野梅夫の証人尋問調書、検察官の冒頭陳述書、乙山側の冒頭陳述及び意見書にも、被控訴人が売春又はこれに近い行為をしていた旨の記載はない(乙野梅夫の証人尋問調書の記載内容は、前記(三)(1)イのとおりである。)。また、控訴人らは、右以外の資料として控訴人小先自身の関係者に対するインタビューを挙げるが、被控訴人が結婚相談所で紹介された男性を相手に売春又はこれに近い行為をしていたと認めるに足りる証拠はない。
(2)相当性について
 右(1)のとおり、控訴人らが資料として挙げる証拠にすら、被控訴人が売春又はこれに近い行為をしていたことについての記載は見られず、他にもそのような記載のある証拠はないから、控訴人小先が、Nの記述に際し、相当の資料に基づいて行ったと認めることはできない。
(五)O及びQ(ただし、最後の三行のみ。以下同様)の真実性、相当性について
(1)真実性について
 控訴人らは、資料として検察官の冒頭陳述書、乙山側の冒頭陳述及び意見書を挙げるが、これら書証中には、O(ただし最初の二行を除く。)及びQのような趣旨の記載はない。
 ちなみに、控訴人小先は、陳述書において、O及びQについては本件著書の八四頁で乙山側の冒頭陳述に拠る旨記述していると述べているが、右八四頁の記述は「(以上、乙山側の主張から)」というものであって、Oは一〇一頁に、Qは一〇二頁以下にある記述であるから、本件著書の六〇頁から八四頁にかけての乙山側の冒頭陳述等の「ストーリィ風引用」と記述された部分には含まれていない。
 右のとおりであるから、O及びQが真実であると認めるに足りる証拠はない。
(2)相当性について
 O及びQが、乙山側の冒頭陳述及び意見書に基づいて、控訴人小先が創作したものであるとしても、O及びQの内容は男女間の機微に触れるものであるから、男女双方から取材しなければ真相には達し得ないと考えられるところ、控訴人小先が被控訴人から取材しなかったことは控訴人小先の自認するところであり、右のような微妙な事柄について、検察官の冒頭陳述書、乙山側の冒頭陳述及び意見書のみに基づいて創作した以上、O及びQが十分な資料に基づいて記述されたといえないことは明らかである。
(六)<31>の真実性、相当性について
(1)真実性について
 控訴人らは、資料として乙山の公判廷における供述(その公判調書は本件書証として提出されていない。)、乙山側の冒頭陳述、乙山との対談を挙げるが、これらのみでは、被控訴人が妊娠し、中絶した事実を認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(2)相当性について
 乙山側の冒頭陳述、乙山との対談によれば、乙山が被控訴人から妊娠し、中絶した旨聞いた事実を認めることができるから、これを聞き知った控訴人小先が、右妊娠及び中絶を真実と信じたことには相当の理由があるというべきである。
(七)以上のとおリであるから、<31>の違法性は阻却されるが、I、J、N、O及びQの違法性は阻却されない。
三 争点3について
1 プライバシーとは、公にされていない個人的な事柄(私事)を公開されない法的利益をいうものであるから、I、M、<33>及び<39>はいずれも公にされていない個人的な事柄にあたると認められる。
 しかし、<28>は、公判係属中に被控訴人の体重が増加した事実を記述するものであるところ、<証拠略>によれば、被控訴人の体重の増加は、被控訴人の姿を目にした者には見て取れた事実であるということができるから、公にされていない個人的な事柄であるとはいい難い。
 控訴人らは、Mは被控訴人の知的能力が高いことを記述するものであるから、被控訴人のプライバシーを害するものとはいえない旨主張するが、プライバシー侵害は、名誉毀損とは異なり、社会的評価を低下させることを要件とするものではないから、被控訴人の知的能力が高いことを記述するものであるからといって、そのプライバシーを侵害しないとはいえないし、Mには被控訴人の精神状態を記述する部分もあるから、前記1の認定は左右されない。
 したがって、I、M、<33>及び<39>が、被控訴人のプライバシーを侵害する記述であると認められる。
2 控訴人らは、I、M、<33>及び<39>は、本件著書出版前、既に公判手続で明らかにされていた事実であり、詳しく報道されたものであるから、プライバシー侵害にはならないと主張する。
 しかし、仮にI、M、<33>及び<39>が公判手続で明らかにされていたとしても、公判廷で直接その内容に触れることができたのは傍聴に来た者に限られること、刑事訴訟記録の閲覧は一定の事由が認められる場合には制限されること(刑事訴訟法五三条)を考慮すると、公判手続で明らかにされた事実であるからといって、公にされた事柄であるとはいい難く、当然にプライバシーの法的保護の対象から除外されるとはいえない。
 また、I、M、<33>及び<39>が報道されたと認めるに足りる証拠はない上、仮に報道されたとしても、広く一般に知られたものになったと認めるに足りる証拠はなく、広く一般に知られた事実でない以上、プライバシーとして法的保護を受けるというべきである。
3 また、控訴人らは、被控訴人は重大な犯罪を犯し、有罪判決を受けたのであるから、プライバシー侵害を主張できない旨主張する。
 しかし、重大な犯罪を犯し、有罪判決を受けた者でも、その人格権がすべて否定されるものではなく、右人格権の中にはプライバシーの法的保護も含まれると解されるから、控訴人らの右主張を採用することはできない。
四 争点4(プライバシー侵害の違法性阻却)について
1 I、M、<33>及び<39>は、公共の利害に関する事実に係る記述であるか。
 ところで、本件連続誘拐殺人事件が、短期間に二件連続して行われたほぼ同じ態様のみのしろ金目的拐取、殺人、死体遺棄、拐取者みのしろ金要求罪の事案であって、事件発生当初から社会的な関心が高かった上、共謀共同正犯として起訴された被控訴人と乙山が、公判手続当初から互いに刑事責任を押しつけ合い、公判廷で対立したこと、公判手続開始から約四年半を経て、検察官が乙山は実行行為を分担せず共謀のみにとどまった旨冒頭陳述を変更し、これに続いて同旨の訴因変更を行ったこと、第一審で被控訴人に対しては死刑、乙山に対しては無罪の判決が言い渡され、被控訴人及び検察官は同判決を不服として控訴したこと等により、本件刑事訴訟係属中も同訴訟に対する社会的な関心は高かった。
 したがって、右の各事情を考え併せると、I、M、<33>及び<39>が、被控訴人の生育歴等、既往症、知能指数、精神状態、本件連続誘拐殺人事件に先立つ犯罪の試みといえる事情等に関する記述である以上、本件連続誘拐殺人事件は被控訴人の単独犯行によるのか、乙山も実行行為を分担したのか(少なくとも被控訴人と共謀はしたのか)という前記の大きな問題、また、これに関連して、相矛盾する被控訴人の供述と乙山の供述のうち、いずれが真実に合致するのかという問題に深く関わることは否めないから、I、M、<33>及び<39>は、公共の利害に関する事実に係る記述であるというべきである。
2 控訴人小先がI、M、<33>及び<39>を記述した目的、また、控訴人会社がこれら記述を含む本件著書を出版した目的は、専ら公益を図ることにあるか。
 右1のとおり、I、M、<33>及び<39>は本件連続誘拐殺人事件ないし本件刑事訴訟の大争点の解明につながるものであり、前記二2(一)の事情に照らすと、控訴人小先が、I、M、<33>及び<39>を記述したことは、主として解明を目的とするものであると認められるから、控訴人小先がI、M、<33>及び<39>を記述した目的、控訴人会社がこれら記述を含む本件著書を出版した目的は、いずれも専ら公益を図ることにあると認められる。
3 I、M、<33>及び<39>はそれぞれ、その重要な部分において真実であるか。真実でないとしても、本件著書出版時、控訴人らは、I、M、<33>及び<39>がそれぞれ、その重要な部分において真実であると信じていたか。控訴人小先は、右各記述をするについて、相当の取材、調査等をし、それに基づいて右各記述をしたか。
(一)控訴人小先が、I、M、<33>及び<39>の記述に際して使用した資料は、左記のとおりである。
(1)Iについて
 前記二4(一)(1)のとおり
(2)Mについて
 倉田弁護士事件簿
(3)<33>について
 検察官の冒頭陳述書、論告要旨
(4)<39>について倉田弁護士事件簿
(二)Iの真実性、相当性は、前記二4(二)のとおり認め難い。
(三)M及び<39>については、被控訴人の控訴審弁護人をつとめた倉田哲治弁護士(ただし途中で解任)作成の「倉田弁護士事件簿」及び弁論の全趣旨により、真実性、少なくとも相当性を認めることができる。
(四)<33>のうち、「カネのないトラック運転手は生命保険に入れられ、タイヤ業者はせびられて数十万円ずつ貸さざるを得なかった。」という部分は、検察官の論告要旨、冒頭陳述、乙野梅夫の証人尋問調書によって、真実であることが認められるが、「一方の甲野は結婚相談所を介して、十数人の男と知り合った。」という部分及び「他にも誑かされ、危うく土地を騙し取られかけた五十男が居る。」という部分は、新聞、週刊誌の抜粋にこれに沿う部分があるものの、同証拠のみから真実と認めることはできず、他にこれを真実と認めるに足りる証拠はない。
 したがって、<33>については、その重要な部分について真実性の立証があったとはいえない(<33>はその直前の文脈を受けて、控訴人小先のいう「肉欲と物欲で結びついた男女」を述べているものと考えられ、トラック運転手やタイヤ業者についての記述は例示にすぎないものと思われる。)。
 また、<33>の「〃女の武器〃をちらつかせて、男たちを手玉に取っていたのだ。」との記述が正当な論評に当たるかを検討するが、控訴人小先の陳述書には、<33>を執筆した際の資料として公判傍聴取材、裁判記録閲覧、関係者インタビュー、参考資料(新聞報道)が掲げられているが、これらの中に「一方の甲野は結婚相談所を介して、十数人の男と知り合った。」という部分及び「他にも誑かされ、危うく土地を騙し取られかけた五十男が居る。」という部分についての資料があるのか否か、あるとすれば、それはどのようななもなのかは明らかでなく、しかも、本件訴の証拠のうち<33>に関するものとしては、前掲の証拠を挙げ得るのみであるから、これらの事情を考慮すれば、<33>の事実的記述の重要な部分が相当な資料に基づいて記述されたということはできない。
 そうすると、<33>の事実的記述のうち真実性が認められる部分は、被控訴人がトラック運転手を生命保険に入れ(その後、被控訴人は保険金騙取を目的とする殺人を計画したが、失敗に終わった。)タイヤ業者から金を借りたとの事実に限られることになるところ、右事実のみから、直ちに被控訴人が「〃女の武器〃をちらつかせて、男たちを手玉に取っていたのだ。」という結論を導くことができるものではなく、右記述は正当な論評とはいい難い。
(五)以上のとおりであるから、M及び<39>の違法性は阻却されるが、I及び<33>の違法性は阻却されない。
五 争点5(名誉感情の侵害)について
1(一)本件著書のうち左記(1)ないし(4)については、前記一、二のとおり、被控訴人の社会的評価を低下させたことが認められる(公益性及び真実性等による違法性阻却は認められない。)ところ、これに伴って、被控訴人の名誉感情(自己自身の人格的価値についての主観的評価)も侵害されたものと認められる(名誉毀損は、社会的名誉、いわば客観的名誉を侵害するものであるから、主観的名誉の侵害である名誉感情の侵害を含まないので、名誉棄損と名誉感情侵害は両立し得る。)。
(1)Jのうち「望みどおりに体をひろげて、なにがしかのカネにありつけば、当座の小遣いになる」、「自堕落的な年増女」との記述
(2)Nのうち「売春婦まがいの収入で、見栄を張っていた」との記述
(3)Oのうち「セックスの度に、……(中略)……あらゆるテクニックを用い、悦ばせる」との記述
(4)Qのうち「セックスの面でも……(中略)……抱く女なのである」との記述
(二)また、<33>については、前記三、四のとおり、プライバシー侵害が成立するところ、<33>の一部である「〃女の武器〃をちらつかせて、男たちを手玉に取っていた」との記述は、社会通念上許される限度を超えて、被控訴人を侮辱する表現であるから、人格権の一つとしての名誉感情の侵害の不法行為が成立するというべきである。
 ところで、控訴人らは、<33>は正当な論評であるから違法性がないと主張するが、正当な論評とは、公益性のある問題に関して人の名誉を侵害する論評がされた場合、一定の要件の下に違法性阻却を認める法理であるから、公益性とは関わりない主観的名誉の問題である名誉感情の侵害についてその法理は適用されないので、控訴人らの右主張は採用できない。
(三)さらに、Lの「東京から出戻り」との記述、<28>の被控訴人の体重の増加に関する記述は、いずれも、社会通念上許される限度を超える侮辱的な表現とまではいえないから、不法行為を構成しないというべきである。
2 ところで、控訴人会社は、J、N、O、Q及び<33>の程度の表現は、被控訴人の全人格を根底から否定するほどのものではないから、重大な犯罪を犯し有罪判決を受けた被控訴人に対しては、社会通念上許されるものであり、被控訴人は受忍すべきである旨主張する。
 しかし、重大な犯罪を犯して有罪判決を受けても、少なくとも当該犯罪による刑事責任に関する局面以外の面では、被控訴人の人格権は否定されないのであるから、被控訴人の全人格を根底から否定するほどの表現でない限り、被控訴人を侮辱する表現も許されるとする控訴人会社の右主張は採用できない。
3 したがって、J、N、O、Q及び<33>のうち前記1記載の部分は、被控訴人の名誉感情を侵害する不法行為を構成すると認められる。
六 争点6(クリーンハンドの原則)について
 控訴人らは、被控訴人は、本件連続誘拐殺人事件の被害者らの人権を無視して、同人らを殺害し、しかも、清純な高校生であった丙原春子に売春の汚名を着せようとした者であるから、クリーンハンドの原則により、自己の名誉毀損、プライバシー侵害、名誉感情侵害を主張することができないと主張する。
 しかし、控訴人らの右主張は、要するに、殺人罪を始め他者の人権を侵害する犯罪を犯した者は、以後、自己の名誉を毀損される等の不法行為を受けても、その不法行為者に対し不法行為責任を追及し得ないというものであるところ、これは犯罪を犯した者に対し、同人が法に基づいて受ける刑罰以外に、民事法による保護を奪うという結果をもたらすものであって、このようなことは法の容認するところではなく、到底認め難い(被控訴人が丙原春子に売春の汚名を着せようとしたことは、本件刑事訴訟において、被控訴人にとってマイナスの情状として考慮されていると考えられ、その上に被控訴人から不法行為法による保護を奪うことを是認すべき理由はない。)。
七 争点7(被控訴人の損害額)について
 以上のとおり、本件著書中のI、J、N、O及びQについて名誉毀損が、I及び<33>についてプライバシー侵害が、J、N、O、Q及び<33>の一部について名誉感情侵害がそれぞれ認められるので、本件訴状にあらわれた諸般の事情を考慮し、被控訴人に対する慰謝料は七五万円とするのが相当である。
八 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件訴訟ははいずれも理由がないので、これを棄却し、被控訴人の請求は、控訴人らに対し各自七五万円及びこれに対する不法行為の日である平成三年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを容認し、その余は理由がないので、これを棄却し、これと異なる原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条、六四条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

名古屋高等裁判所民事2部
 裁判長裁判官 大内捷司
 裁判官 長門栄吉
 裁判官 加藤美枝子
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