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【事件名】ダリ展覧会事件B
【年月日】平成12年8月29日
 東京地裁 平成11年(ワ)第14658号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭論弁論終結の日 平成12年6月6日)

判決
原告 デマート・プロ・アルト ベー・ヴイ
右代表者 ロベール・デシャルネ
同 ニコラ・デシャルネ
原告訴訟代理人弁護士 佐藤雅巳
同 古木睦美
被告 山梨県
右代表者知事 天野建
右訴訟代理人弁護士 田邊護
右指定代理人 鈴木治喜
同 遠藤陽二
同 中澤卓夫
同 遠藤正記
同 向山富士雄
同 斉藤哲
同 長谷川正文
被告 財団法人ミモカ美術振興財団
右代表理事 片山圭之
被告 株式会社 松坂屋
右代表者代表取締役 岡田邦彦
被告 株式会社 近鉄百貨店
右代表者代表取締役 田中太郎
被告 株式会社 伊勢丹
右代表者代表取締役 小柴和正
被告 ガラ・サルバドール・ダリ財団
右代表者 マルガリータ・ルイズ・コムバリア
同 ジュイス・ペニュエラス・レクサチ
右被告五名(以下「被告ダリ財団ら」という。)訴訟代理人弁護士 高階雅芳
同 西脇威夫
被告 広島県
右代表者 知事 藤田雄山
右訴訟代理人弁護士 樋口文男
右指定代理 人 福原治
同 服部哲彰
同 内田健二
同 廣岡哲也
同 御崎晃


主文

1 被告ガラ・サルバドール・ダリ財団は、別紙書籍目録(二)記載の書籍に別紙絵画目録(二)記載の絵画を複製してはならない。
2 被告ガラ・サルバドール・ダリ財団は、別紙絵画目録(二)記載の絵画を複製掲載した別紙書籍目録(二)の書籍を頒布してはならない。
3 被告ガラ・サルバドール・ダリ財団は、別紙書籍目録(二)記載の書籍を廃棄せよ。
4 被告ガラ・サルバドール・ダリ財団は、原告に対し、金三三八万五八〇〇円及びうち金一三九万五四六〇円に対する平成一一年一〇月二日から、うち金一五五万三四〇円に対する平成一一年一一月一日から、金四四万円に対する平成一一年一二月二三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告山梨県は、原告に対し、金一七万六〇〇〇円及びこれに対する平成一一年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告ミモカ美術振興財団は、原告に対し、金二一万六二六〇円及びこれに対する平成一一年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告株式会社松坂屋は、原告に対し、金四一万八八八〇円及びこれに対する平成一一年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告株式会社近鉄百貨店は、原告に対し、金五八万四三二〇円及びこれに対する平成一一年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 被告株式会社伊勢丹は、原告に対し、金一五五万三四〇円及びこれに対する平成一一年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
七 被告広島県は、原告に対し、金四四万円及びこれに対する平成一一年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
八 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
九 訴訟費用については、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
一〇 この判決の第一項4、第二項ないし第七項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求
一 被告らは、別紙書籍目録(二)記載の書籍に別紙絵画目録(二)記載の絵画を複製してはならない。
二 被告らは、別紙絵画目録(二)記載の絵画を複製掲載した別紙書籍目録(二)の書籍を頒布してはならない。
三 被告らは、別紙書籍目録(二)記載の書籍を廃棄せよ。
四 被告ガラ・サルバドール・ダリ財団は、原告に対し、金四六三万八九三〇円及びこれに対する平成一一年一〇月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告山梨県は、原告に対し、金四四万円及びこれに対する平成一一年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 被告ミモカ美術振興財団は、原告に対し、金二一万六二六〇円及びこれに対する平成一一年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
七 被告株式会社松坂屋は、原告に対し、金四一万八八八〇円及びこれに対する平成一一年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
八 被告株式会社近鉄百貨店は、原告に対し、金五八万四三二〇円及びこれに対する平成一一年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
九 被告株式会社伊勢丹は、原告に対し、金一五五万三四〇円及びこれに対する平成一一年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
一〇 被告広島県は、原告に対し、金四四万円及びこれに対する平成一一年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実等
1 スペイン人の画家であるサルバドール・ダリ(以下「ダリ」という。一九八九年(平成元年)一月二三日死亡)は、別紙絵画目録(一)記載の絵画(以下「対象絵画」という。)及び同目録(二)記載の絵画(以下「本件絵画(二)」という。)を著作した。
2 設立準備中であった原告の代表者ロベール・デシャルネは、一九八六年(昭和六一年)六月一三日、ダリとの間で、ダリの作品について契約を締結した(甲一、この契約を「本件契約」という。)。
3 「シユルレアリスムの巨匠展」の開催
(一)北九州市は、平成一〇年一〇月二三日から同年一一月二九日までの間、北九州市にある北九州市立美術館において、「シュルレアリスムの巨匠展」と題する展覧会の北九州展(以下「本件巨匠展」という。)を開催した。
(二)北九州市は、本件巨匠展において、別紙書籍目録(一)記載の書籍(以下「本件書籍」という。)を販売した。
(三)本件書籍(一)には、対象絵画中の一及び四の絵画(以下「本件絵画(一)」という。)が複製掲載されている。
(四)株式会社印象社(以下「印象社」という。)は、本件書籍(一)を印刷製本した。
4「ダリ展」の開催
(一)被告山梨県、被告ミモカ美術振興財団(以下「被告ミモカ」という。)。被告株式会社松坂屋(以下「被告松坂屋」という。)、被告株式会社近鉄百貨店(以下「被告近鉄百貨店」という。)及び被告広島県は、「ダリの世界」と題する展覧会を、被告株式会社伊勢丹(以下「被告伊勢丹」という。)は、「ダリ美術館展」と題する展覧会(以下、これらをまとめて「本件ダリ展」という。)を、それぞれ別紙展覧会開催一覧表のとおり開催した。
(二)右展覧会会場では、それぞれ別紙書籍目録(二)記載の書籍(以下「本件書籍」という。)が販売された。
(三)本件書籍(二)には、本件絵画(二)が複製掲載されている。
二 事案の概要
 原告は、本件契約によりダリの作品の著作権をすべて譲り受けたと主張して、被告ガラ・サルバドール・ダリ団(以下「被告ダリ財団」という。)に対して、(1)本件書籍(一)における本件絵画(一)の複製及び本件書籍(一)の頒布並びに(2)本件書籍(一)における対象絵画の著作権表示に関する損害賠償を求めるとともに、被告らに対して、著作権に基づいて、@本件書籍(二)における本件絵画(二)の複製及びA本件書籍(二)の頒布の差止め並びに本件書籍(二)の廃棄を求め、さらに、右@及びAの行為に関する損害賠償を求める事案である。
三 本件の争点
1 対象絵画(本件絵画(一))及び本件絵画(二)の著作権者は誰か、原告は、被告らに対して、対象絵画(本件絵画(一))及び本件絵画(二)の著作権を行使することができるか
2 被告らの著作権侵害行為の成否
3 損害の額等
第三 本件の争点に関する当事者の主張
一 争点一について
(原告の主張)
1 本件契約の法的性質
(一)設立準備中であった原告の代表者ロベール・デシャルネは、一九八六年(昭和六一年)六月一三日、ダリとの間において、ダリの作品の著作権をすべて譲り受ける旨の本件契約を締結し、原告は、設立後、本件契約により、対象絵画及び本件絵画(二)についての著作権を取得した。
(二)本件契約は、以下に述べるとおり、著作権の期間を定めた譲渡契約である。
(1)本件契約三条は、「上に定義、記載された権利は二〇〇四年五月一一日に終了する期間まで取り消されることなく(解除されることなく)譲渡される。書面による別段の合意がない限り、本契約期間満了時に、かかる権利はサルバドール又は同人の相続人若しくは他の承継人に帰するものとする。」と規定されており、その文言自体から、譲渡契約であることは明らかである。
(2)一九八七年(昭和六二年)二月二七日、スペイン国経済財務大臣は、本件契約を承認したが、本件契約が譲渡契約であったから、この承認が必要であった。スペイン国は、その後、ダリの死亡前も死亡後も、本件契約が譲渡契約であることを認めている。
(3)一九九六年(平成八年)二月二二日、スペイン国の裁判所(国家高等裁判所行政訴訟審)は、本件契約が譲渡である旨認定判断した判決をした(なお、右判決は、その後取り消されたが、本件契約が譲渡契約である旨の認定判断を否定したものではない。)。
(4)ダリの死後、被告ダリ財団自体、本件契約が譲渡契約であり、原告がダリの著作物に対する著作権者であることを認めている。
2 本件契約の終了について
 右のとおり、本件契約は、譲渡契約であって、信託契約ではないから、ダリの死亡によって終了することはない。
3 権利濫用について
 この点に関する被告らの主張は、すべて争う。
(被告らの主張)
1 本件契約の法的性質
(一)本件契約の準拠法は、スペイン法であるから、その法的性質もスペイン法により解釈されるべきところ、スペイン法によれば、本件契約の法的性質については、通常の譲渡契約ではなく、著作権の管理及び運用を目的とした信託契約と解すべきである。
(二)被告らは、本件契約の唯一の受益者である被告ダリ財団及び被告ダリ財団から許諾を受けた者であるから、本件契約の受託者である原告は、被告らに対し、本件契約に基づく信託財産であるダリの著作権を自己の著作権であると主張することはできないというべきである。
1 本件契約の終了
 信託契約の内部関係は委任契約であるところ、スペイン国民法一七三二条によると、委任契約は、委任者の死亡により終了する。したがって、本件契約は、ダリの死亡(一九八九年一月二三日) により終了したというべきである。
 なお、本件契約終了後も原告はダリの著作権の管理を継続していたが、これは、契約終了後における事務処理の暫定的継続と理解すべきである。
3 権利濫用
 仮に本件契約が終了していないとしても、原告は、被告ダリ財団に対し、収益分配義務、費用負担義務、営業報告義務、会計報告義務、監査報告書送付義務及び協力義務をそれぞれ負っているところ、これらの各義務をいずれも履行していないから、原告が本件契約に基づく自己の権利を主張するのは権利の濫用に当たる。
二 争点二について
(原告の主張)
1 被告ダリ財団らについて
(一)本件巨匠展に関する主張(被告ダリ財団のみに対する主張)
(1)被告ダリ財団は、原告が本件絵画(一)の著作権者であることを知りながら、被告ダリ財団が本件絵画(一)の著作権者である旨述べて原告の許諾を得ないように教唆し、北九州市をして、原告の許諾を得ずに、本件書籍(一)に本件絵画(一)を複製掲載させ、本件書籍(一)を本件巨匠展の会場で販売させた。
(2)被告ダリ財団は、原告が対象絵画の著作権者であることを知りながら、被告ダリ財団が原告と並んで対象絵画に著作権を有する旨の虚偽の表示をするように教唆し、北九州市をして、本件書籍(一)に、被告ダリ財団が原告と並んで対象絵画に著作権を有する旨の虚偽の表示をさせた。
(二)本件ダリ展に関する主張
(1)被告ダリ財団は、原告が本件絵画(二)の著作権者であることを知りながら、原告の許諾を得ないで、本件書籍(二)に本件絵画(二)を複製して本件書籍(二)を作成し、本件絵画(二)に対する原告の著作権を侵害した。
(2)被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店及び被告伊勢丹は、それぞれ、本件書籍(二)が原告の本件絵画(二)に対する著作権を侵害して作成されたものであることを知りながら、被告ダリ財団に対して本件書籍(二)を本件ダリ展の各会場で販売することを約し、本件書籍(二)を被告ダリ財団より仕入れ、販売した。
 被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店及び被告伊勢丹の右各行為は、それぞれ著作権侵害行為に当たる。
 仮に、著作権侵害行為に当たらないとしても、被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店及び被告伊勢丹の右各行為は、それぞれ、ダリ財団の著作権侵害行為の幇助となる。
2 被告山梨県について
(一)被告山梨県は、本件書籍(二)が原告の本件絵画(二)に対する原告の著作権を侵害して作成されたものであることを知りながら、被告ダリ財団に対して本件書籍(二)を山梨県立美術館における本件ダリ展の会場で販売することを約し、本件書籍(二)を被告ダリ財団より仕入れ、販売した。
(二)被告山梨県の行為は、著作権侵害行為に当たる。
 仮に、著作権侵害行為に当たらないとしても、被告山梨県の行為は、ダリ財団の著作権侵害行為の幇助となる。
(三)なお、山梨県美術館協力会なる者は、被告山梨県と一体であり、同視すべきである。
3 被告広島県について
 被告広島県は、本件書籍(二)が原告の本件絵画(二)に対する著作権を侵害して作成されたものであることを知りながら、被告ダリ財団をして、広島県立美術館における本件ダリ展において本件書籍(二)を販売させて、被告ダリ財団の著作権侵害行為を幇助した。
(被告ダリ財団らの主張)
 原告の主張はすべて争う。
(被告山梨県の主張)
 被告山梨県は、山梨県立美術館における本件ダリ展において本件書籍(二)の販売を行っていない。本件書籍(二)の販売は、被告ダリ財団が山梨県立美術館協力会に委託して行ったものである。
(被告広島県の主張)
 広島県立美術館における本件ダリ展において本件書籍(二)を販売したのは、被告ダリ財団であって、被告広島県は、本件書籍(二)の販売には無関係である。
三 争点三について
(原告の主張)
1 本件巨匠展に関して被告ダリ財団に対する請求
(一)印象社の本件書籍(一)の製作原価は、一冊五〇〇円であり、北九州市は、本件書籍(一)を印象社から仕入れ、一冊二〇〇〇円で一万部販売したから、北九州市が得た利益の額は一五〇〇万円である。この金額を本件書籍(一)の絵画掲載頁数九二で割り、本件絵画(一)頁数の三を乗じた金額である四八万九一三〇円が原告の被った損害である。
(二)本件書籍(一)に、被告ダリ財団が原告と並んで対象絵画に著作権を有する旨の表示がされたことにより、原告が対象絵画を含むダリの著作物に対する唯一の著作権者であり、ダリの著作物の利用の唯一の許諾権者であることが無視され、原告がダリの著作物の唯一の著作権者であり、ダリの著作物の唯一の利用許諾者であることに対する疑念を生じさせられ、原告の信用が毀損された。この損害を金銭に評価すれば、五〇万円を下らない。
2 本件ダリ展に関して被告山梨県及び被告ダリ財団らに対する請求
(一)被告ダリ財団は、被告山梨県、被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店及び被告伊勢丹に対し、本件書籍(二)を、単価一八〇〇円で、少なくとも、それぞれ、二〇〇〇冊、九八三冊、一九〇四冊、二六五六冊、七〇四七冊販売した。
(二)被告山梨県、被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店及び被告伊勢丹は、それぞれ、本件書籍(二)を被告ダリ財団より仕入れ、単価二二〇〇円で、少なくとも、それぞれ、二〇〇〇冊、九八三冊、一九〇四冊、二六五六冊、七〇四七冊販売した。
(三)これにより、原告は、少なくとも、以下のとおり、使用料相当額の損害を被った。
(1)被告ダリ財団及び被告山梨県
 二二〇〇円×二〇〇〇冊×一〇パーセント=四四〇万円×〇・一=四四万円
(2)被告ダリ財団及び被告ミモカ
 二二〇〇円×九八三冊×一〇パーセント=二一六万二六〇〇円×〇・一=二一万六二六〇円
(3)被告ダリ財団及び被告松坂屋
 二二〇〇円×一九〇四冊×一〇パーセント=四一八万八八〇〇円×〇・一=四一万八八八〇円
(4)被告ダリ財団及び被告近鉄百貨店
 二二〇〇円×二六五六冊×一〇パーセント=五八四万三二〇〇円×〇・一=五八万四三二〇円
(5)被告ダリ財団及び被告伊勢丹
 二二〇〇円×七〇四七冊×一〇パーセント=一五五〇万三四〇〇円×〇・一=一五五万三四〇円
2 本件ダリ展に関して被告広島県に対する請求
 被告ダリ財団は、広島県立美術館における本件ダリ展において、本件書籍(二)を、単価二二〇〇円で、少なくとも二〇〇〇冊販売し、被告広島県は、被告ダリ財団の右行為を幇助したことにより、原告は、次のとおり、使用料相当額の損害を被った。
 二〇〇〇円×二〇〇〇×一〇パーセント=四四万円
(被告ダリ財団らの主張)
1 件契約を補足した合意書の一条によると、本件契約四条は、いかなる場合においても当該権利の管理及び営業から生じる経費控除後の収入及び利益のすべては、唯一の受益者であるダリ氏又は被告ダリ財団に帰属するという意味に解さないと規定している。したがって、原告が主張した事実に基づいても、原告に損害が発生することはない。
2 本件巨匠展における本件書籍(一)の販売価格が二〇〇〇円であること並びに本件ダリ展における本件書籍(二)の仕入価格、販売価格及び販売数量に関する原告の主張については、いずれも認める。
(被告山梨県の主張)
 原告の損害に関する主張は争う。
 なお、山梨県立美術館協力会が、本件書籍(二)を被告ダリ財団から一冊一八〇〇円で八〇〇冊購入し、一冊二二〇〇円で全冊販売したことは認める。
(被告広島県の主張)
 原告の損害に関する主張は争う。
第四 当裁判所の判断
一 ダリの著作物に関する我が国著作権法上の保護について
 日本及びスペイン国は、いずれも文学的および美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約の締結国であるから、同条約三条(1)項a及び我が国の著作権法六条三号により、スペイン国民であったダリの著作物である本件絵画は、我が国の著作権法による保護を受ける。
二 争点一について
1 証拠(甲一、二、四、甲六の一、二、乙二ないし四の各一ないし三)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(一)本件契約の締結
 一九八六年(昭和六一年)六月一三日、スペイン国フィゲラス(ヘローナ)トレ・ガラテアにおいて、ダリは、当時設立準備中であった原告の代表者ロベール・デシャルネとの間で、概要次のとおりの内容の本件契約を締結した。
第一条(著作者の権利の期間を定めた譲渡)
 サルバドール・ダリは、ここに、全世界を対象として、原告に対し、現時点で知られているといないとに拘わらず、また、その種類(文学、美術、戯曲、音楽、映画その他)を問わず、同人の全作品につき現に存し当該作品より由来する一切の知的財産権の完全かつ円満な行使を譲渡し、同社はかかる譲渡を受諾する。
1 (省略)
2 一切の態様、根拠、方法又はメディアによる作品の複製及び出版を許可又は禁止する権利
3 債権回収の権利
4、5 (省略)
第二条(著作者の権利の譲渡の性質)
 前条に定義、記載された権利は純粋且つ円満な権利で原告のみに譲渡される。原告は、かかる権利を原告の独自的な計算及びリスクのもとに行使するものとする。
(以下省略)
第三条(譲渡期間)
 上に定義、記載された権利は二〇〇四年五月一一日に終了する期間まで取り消されることなく(解除されることなく)譲渡される。書面による別段の合意がない限り、本契約期間満了時に、かかる権利はサルバドール・ダリ又は同人の相続人若しくは他の承継人に帰するものとする。
 本書により原告に期間を定めて譲渡された権利には何らの負担がないものと了解されている。
第四条(譲渡の対価)
1 原告は、原告のとりうる一切の手段を講じて、世界的スケールで、然るべき同意を得ずして又は権利を侵害して遂行された出版、複製及び放送に対して阻止、追及又は罰則の適用を求め、同時に一般に芸術家の人格及び財産権に損害を与える、いかなる形態での悪用を追及して、サルバドール・ダリの作品を防御する義務を受諾することに同意する。
2 原告は、原告に譲渡された権利を行使することにより得た純利益を、原告の選択により、全世界にわたり、現在知られ又は将来知られるあらゆる方法で、サルバドール・ダリの作品の研究及び紹介に関連した、原告自身により又はダリ氏若しくはガラ・サルバドール・ダリ財団と共同で遂行される活動の資金として使用することに同意する。
 上記活動には、特に、カタログの出版、教育的又は科学的作品の準備、文化的又は専門的サービスの供給及び展覧会の主催が含まれる。
3 サルバドール・ダリの著作者の権利の行使の原告への譲渡は、サルバドール・ダリ又は同人の代理人によって本契約締結以前に締結された現在有効な契約を同人の利益のために監督し、引続き実行する義務並びに引続き相応する金員の受領及び回収をする義務を伴う。
第五条ないし第八条(省略)
第九条(停止条件)
1 本契約は、管轄スペイン行政庁より明示的な認可を得ることを条件に効力を発する。
2 加えて、本契約は、原告が、本契約の日から六か月以内の期間に然るべく完全に設立され、ロベール・デシャルネ氏が、かかる期間内に、ダリ及び管轄諸庁に前述の会社の最終的な設立及び正式な資格並びにロベール・デシャルネ氏が原告の代表者として本契約を調印するに十分な権限を有していることを証明し、本契約の一部をなすものとして添付されるべき相応する公的書類を発行することを条件に効力を発する。
第一〇条以下(省略)
(二)本件追加契約の締結
 一九八七年(昭和六二年)二月九日、原告とダリとの間において、本件契約中の合意のいくつかの内容及び解釈を明確にするために、追加契約が締結された(以下「本件追加契約」という。)。その概要は、次のとおりである。
第一条
 本件契約第四条は、いかなる場合にも、当該権利の管理及び利用から生じる純収入全部の唯一の受益者が、ダリ氏又は被告ダリ財団であると解釈されるものとする。
(以下省略)
第二条
(省略)
第三条
 本契約により、スペイン国は、現在所有し又は将来所有することのあるダリ氏の作品に関し、文化的目的のために、自由に展示権を行使し、当該作品の展示に関するカタログ、文書を編集し発行する権利を行使することを妨げられない。
(三)本件契約に係る条件成就等
(1)一九八六年(昭和六一年)九月三日、原告は設立され、ロペール・デシャルネが原告の代表者に就任した。
(2)同年一〇月七日、本件契約九条二項の各条件が成就し、原告は本件契約を含むロベール・デシャルネのすべての行為を追認した。
(3)一九八七年(昭和六二年)二月一九日、スペイン国政府は、本件契約及び本件追加契約を認可し、本件契約九条一項に規定されている条件が成就した。
2 本件契約の法的性質、本件契約の終了の有無及び原告による著作権の行使について
(一)右1認定の事実によると、原告とダリとの間に、本件契約及び本件追加契約が成立し、その効力を生じたものと認められる。
 証拠(甲一、乙二の一ないし三)によると、本件契約当事者は、本件契約の準拠法をスペイン法とすることに合意した(本件契約一〇条)ものと認められ、本件追加契約においても、この点は異なるところはないというべきである。
(二)そこで、本件契約の法的性質について検討する。
(1)証拠(甲一、甲六の一、二、乙二、三の各一ないし三)及び弁論の全趣旨によると、本件契約では、「著作者の権利の期間を定めた譲渡」(契約書表題)、「著作者の権利の期間を定めた譲渡」(一条見出し)、「著作者の権利の譲渡の性質」(二条見出し)、「前条に定義、記載された権利は……譲渡される。」(二条一項)、「譲渡期間」(三条見出し)、「暫定的に譲渡された権利」(三条)、「譲渡の対価」(四条見出し)、「譲渡された権利にかかわる活動、契約、交渉及び事柄」(五条一項)、「当該会社に譲渡された権利」(一一条二項)等、特に限定を付さない「譲渡」(スペイン語で「CESION」)という用語が用いられていること、本件追加契約においても、本件契約に関して、「著作権の期間を限定した譲渡」であると表現されていること、これに対して、本件契約及び本件追加契約には、「信託」という用語は、全く用いられていないこと、以上の事実が認められる。
(2)右1(一)認定の本件契約三条の規定によると、本件契約の当事者は、本件契約は、当事者が任意に解除することができないものであって、二〇〇四年五月一一日まで存続し、ダリの作品の著作権は、契約期間満了時に、ダリ、ダリの相続人又は他の承継人に帰属する旨を約定していたものと認められる。しかるところ、証拠(乙一の一ないし三)及び弁論の全趣旨によると、右約定は、委託者による解除が認められないという点において、スペイン法における信託契約に関する理解と異なるものと認められる。そうすると、本件契約の右約定は、本件契約が信託契約ではないことを示しているというべきである。
(3)証拠(甲五、甲六の一、二、甲七、乙六ないし一一の各一ないし三、乙一六、一七)及び弁論の全趣旨によると、スペイン国政府は、一九九一年(平成三年)ころまでは、原告がダリの作品の著作権の譲受人であり、ダリの作品の著作権の利用については、原告の事前の承認が必要である旨認めており、被告ダリ財団も同様の立場を採っていて、本件契約が信託契約であるというような主張を全くしていなかったこと、ところが、スペイン国政府は、一九九四年(平成六年)ころから、本件契約はタリの死亡によって終了し、ダリの作品の著作権はスペイン国に帰属するとの立場を採るようになり、被告ダリ財団も、同様の主張をするようになったこと、以上の事実が認められる。以上の事実によると、スペイン国政府や被告ダリ財団は、もともと、原告がダリの作品の著作権の譲受人であることを認めており、本件契約が信託契約であるというような主張を全くしていなかったところ、ある時期から、本件契約はダリの死亡によって終了したとの主張をするようになったことが認められる。そのように主張が変化した理由については、本件全証拠によるも明らかではない。
(4)右1(一)認定のとおり、本件契約四条は、譲渡の対価について定めているところ、右1(二)認定のとおり、本件追加契約一条は、「本件契約第四条は、いかなる場合にも、当該権利の管理及び利用から生じる純収入全部の唯一の受益者が、ダリ氏又は被告ダリ財団であると解釈されるものとする。」と規定している。
 そして、右1(一)認定のとおり、本件契約四条二項は、譲渡の対価として、原告は、ダリの作品について著作権を行使することによって得た純利益を、ダリの作品の研究紹介に関連した活動に使用することに同意すると規定していること、右1(二)認定のとおり、本件追加契約は、本件契約中の合意のいくつかの内容及び解釈を明確にするために締結されたものであることからすると、本件追加契約一条は、本件契約四条の右規定の趣旨を確認したものと解される。そうすると、本件追加契約一条は、本件契約における譲渡の対価の内容を確認したものと解されるから、同条から本件契約が信託契約であると認めることはできない。
(5)以上の(1)ないし(4)で述べたところを総合すると、本件契約は、信託契約ではなく、ダリの作品に関する著作権を原告に対して時間的に一部譲渡する契約であると解するのが相当である。
 なお、被告らは、各種法律意見書(甲六の一、二、甲八、乙一、九、一〇の各一ないし三)を根拠として、本件契約の性質は信託契約である旨主張するが、右各法律意見書をもっても、右認定事実を覆すに足りるものということはできない。
(三)そうすると、原告は、時間的な制限があることを除けば、他に制限のない、ダリの作品に関する著作権者であるから、被告らに対し、対象絵画及び本件絵画(二)を含むダリの作品に関する著作権を行使することを妨げられることはないというべきである。また、本件契約がダリの死亡により終了する理由はないから、本件契約がダリの死亡により終了したということもできない。
(四)被告らは、原告が被告ダリ財団に対して負っている各種義務に違反していることを理由として、原告が本件契約に基づく自己の権利を主張するのは権利の濫用である旨主張するが、右義務違反については、これを認めるに足りる的確な証拠はない(監査法人の臨時報告書(乙二〇の一ないし三)が存するが、これのみでは、いまだ右義務違反を認めるに足りる的確な証拠ということはできない。)。したがって、被告らの右主張は採用することができない。
三 争点二について
1 本件巨匠展に関する被告ダリ財団の行為について
(一)前記第二の一3の事実に弁論の全趣旨を総合すると、北九州市は、平成一〇年一〇月二三日から同年一一月二九日までの間、北九州市にある北九州市立美術館において、本件巨匠展を開催したこと、北九州市は、本件絵画(一)を本件書籍(一)に複製掲載して、右展覧会場で販売したこと、本件書籍(一)には、対象絵画について、原告及び被告ダリ財団が著作権者である旨の記載がされていること、以上の事実が認められる。
(二)原告は、被告ダリ財団は、原告が本件絵画(一)の著作権者であることを知りながら、被告ダリ財団が本件絵画(一)の著作権者である旨述べて原告の許諾を得ないように教唆し、北九州市をして、原告の許諾を得ずに、本件書籍(一)に本件絵画(一)を複製掲載させ、本件書籍(一)を本件巨匠展の会場で販売させたと主張する。
 確かに、被告ダリ財団が、北九州市に対して、本件絵画(一)の著作権者について、自己の見解を述べるといったことがあったかもしれないが、さらに進んで、被告ダリ財団が、北九州市に対して、本件絵画(一)について原告の許諾を得ることなく本件書籍(一)に複製掲載するよう求め、北九州市をして、原告の許諾を得ることなく本件絵画(一)を本件書籍(一)に複製掲載させたとまで認めるに足りる証拠はない。したがって、原告主張に係る教唆の事実は、認めることができない。
(三)原告は、被告ダリ財団は、原告が対象絵画の著作権者であることを知りながら、被告ダリ財団が原告と並んで対象絵画に著作権を有する旨の虚偽の表示をするように教唆し、北九州市をして、本件書籍(一)に、被告ダリ財団が原告と並んで対象絵画に著作権を有する旨の虚偽の表示をさせたと主張する。
 右(一)認定のとおり、本件書籍(一)には、対象絵画について原告と被告ダリ財団が著作権を有する旨の記載があることが認められるところ、前記二で述べたところからすると、右記載のうち被告ダリ財団に関する部分は真実に反する記載であると認められるが、このような記載をしたからといって、そのことが原告の著作権を侵害するということはできない。また、右記載は、被告ダリ財団のみならず原告も著作権者として記載されていること、右記載によって原告が何らかの具体的な被害を被ったことを認めるに足りる証拠がないことからすると、右の記載をしたことが直ちに不法行為に当たるということはできず、その他、右記載について不法行為の成立を認めるべき事情は認められない。さらに、被告ダリ財団が原告と並んで対象絵画に著作権を有する旨の虚偽の表示をするように教唆した事実を認めるに足りる証拠もない。
(四)したがって、体件巨匠展に関する被告ダリ財団に対する原告の請求は理由がない。
2 本件ダリ展における被告らの行為について
(一)前記第二の一4の事実に証拠(甲二、一三ないし三三、三七ないし三九、甲四〇、四一の各一、二、甲四二の一ないし三)、及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(1)本件書籍(二)は、被告ダリ財団が編集、製作、発行したものであって、本件書籍(二)には、本件絵画(二)が複製掲載されている。
(2)被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店、被告伊勢丹は、本件ダリ展の各会場において、本件書籍(二)を、定価二二〇〇円で、被告ミモカは九八三冊、被告松坂屋は一九〇四冊、被告近鉄百貨店は二六五六冊、被告伊勢丹は一万二五九〇冊それぞれ販売した。
 山梨県立美術館協力会は、山梨県立美術館における本件ダリ展開催中、同会場において、本件書籍(二)を、定価二二〇〇円で、八〇〇冊販売した。
 被告ダリ財団は、広島県立美術館における本件ダリ展開催中、同会場において、本件書籍(二)を、定価二二〇〇円で、少なくとも二〇〇〇冊販売した。
(3)平成九年九月五日、東京地方裁判所は、原告が、ダリの作品の著作権を有すると主張して、朝日新聞社等に対し、損害賠償等を請求した事件(平成三年(ワ)第三六八二号事件。以下「朝日新聞社事件」という。)において、本件契約は、著作権の時間的一部譲渡契約であるとして、ダリの著作物について、原告に著作権が帰属する旨判示し、同判決は、一審で確定した。
(4)@ 原告の代理人は、山梨県立美術館に対し、平成一一年三月一八日、原告がダリの作品の著作権者であるので、ダリの作品を複製掲載した図録等を作成販売する場合には、原告に対して許可申請をする必要があることを述べて、許可申請することを求めた通告書を送付した。原告の代理人は、その中で、朝日新聞社事件の判決について言及している。
 また、原告の代理人は、被告山梨県に対して、平成一一年四月八日、右通告書と同内容の通告書を送付した。原告の代理人は、その中でも、朝日新聞社事件の判決について言及している。
A 原告の代理人は、被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店、被告伊勢丹、被告広島県に対して、平成一一年五月六日、右@と同内容の通告書を送付した。原告の代理人は、その中で、朝日新聞社事件の判決について言及している。
B 原告の代理人からの右通告に対し、被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店、被告伊勢丹、山梨県立美術館館長及び広島県立美術館館長は、ダリの作品の著作権に関する問題については、原告と被告ダリ財団との問題であること、右の点に関しては、被告ダリ財団又は被告ダリ財団の代理人に問い合わせ、協議されたい旨の回答書を送付した。
(5)@ 広島県立美術館は、平成七年一二月二〇日、原告の我が国における代理人である古木弁護士に対して、ダリが一九三七年に著作した「ヴィーナスの夢」を同美術館開館準備ニュースヘ掲載するための許可手続を依頼した。
 古木弁護士は、同年一二月二七日、原告から掲載の許諾があった旨の書面を広島県立美術館宛に送付した。
A 広島県立美術館は、平成八年八月二二日及び平成九年一月二三日にも、右著作物に関し、古木弁護士に対して、原告の許可手続を依頼し、平成九年三月一四日には、古木弁護士に対して、右著作物及びダリが一九三四年に著作した「マルドロールの歌」について、同様の手続を依頼した。
 原告は、右の各手続において、古木弁護士を通じて許諾をした。
(二)被告ダリ財団らの行為について
(1)右(一)認定の事実によると、被告ダリ財団は、本件書籍(二)に本件絵画(二)を複製掲載したこと、被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店及び被告伊勢丹は、本件書籍(二)を本件ダリ展の各会場で頒布したこと、以上の事実が認められる。
(2)右(一)(3)認定のとおり、ダリの作品に関して本件契約に基づく原告の著作権の有無が争われた朝日新聞社事件において、原告が著作権者である旨の判決がされたことが認められる。同事件と本件を比較すると、本件では、被告らは、本件契約が信託契約であること、原告に義務違反があることを主張しているところ、証拠(甲二)によると、朝日新聞社事件において、同事件の被告であった朝日新聞社らは、本件契約が委任契約であるとの主張をしており、原告に義務違反があるとの主張はしていなかったことが認められる。しかし、本件契約を信託契約である主張するか、委任契約であると主張するかは、法的な評価に関する主張であって、特に事実の点で異なる主張をしているものではなく、スペイン民法の規定によって委託者の死亡により終了する旨の主張など、主張として重なる部分も多い。また、被告らは、本件において、原告に義務違反があるとの主張をしているが、既に述べたととおり、それを認めるに足りる証拠はほとんど提出されていない。そうすると、朝日新聞社事件の判決を検討することによって、本件における被告らの主張が認められないことを認識することができたというべきである。
 そして、以上の事実に、右(一)(4)認定のとおり、被告山梨県、被告ミモカ、被告松坂屋、被告被告近鉄百貨店、被告伊勢丹及び被告広島県は、それぞれ、本件ダリ展開催に先立って、原告から、本件絵画(二)の著作権者は原告であり、本件絵画(二)の掲載については原告に対する許諾手続が必要である旨の通告を受けており、その中では、朝日新聞社事件の判決が言及されていたこと、右通告に対して、右被告らは、いずれも被告ダリ財団と協議されたい旨回答していたことの各事実と弁論の全趣旨を総合すると、被告ダリ財団は、原告が本件絵画(二)の著作権者であることを知りながら、本件書籍(二)に本件絵画(二)を複製して本件書籍(二)を作成し、本件絵画(二)に対する原告の著作権を侵害したものと認められ、また、被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店及び被告伊勢丹は、それぞれ、本件書籍(二)が原告の本件絵画(二)に対する著作権を侵害して作成されたものであることを知りながら、本件書籍(二)を本件ダリ展の各会場において頒布したものと認められ、この行為は原告の著作権を侵害するものとみなされる。
(三)被告山梨県及び被告広島県の行為について
(1)右(一)認定の事実によると、山梨県立美術館協力会は、山梨県立美術館における体件タリ展の会場において、本件書籍(二)を頒布したこと、被告ダリ財団は、広島県立美術館における本件ダリ展の会場において、本件書籍(二)を頒布したこと、以上の事実が認められる。
(2)被告山梨県は、右(二)(2)で述べたところからすると、本件書籍(二)が原告の本件絵画(二)に対する著作権を侵害して作成されたものであることを知っていたと認められる。また、右(二)(2)で述べたところに、右(一)(5)認定のとおり、広島県立美術館は、本件ダリ展より前に、原告に対して、ダリの作品に関する許諾手続を行っていたことを総合すると、被告広島県は、本件書籍(二)が原告の本件絵画(二)に対する著作権を侵害して作成されたものであることを知っていたものと認められる。
 証拠(丁一)によると、山梨県立美術館協力会は、その事務所を同美術館内に置き、同美術館と協力して活動している団体であるから、右のとおり、被告山梨県について、本件書籍(二)が原告の本件絵画(二)に対する著作権を侵害して作成されたものであることを知っていたものと認められる以上、山梨県立美術館協力会についても、本件書籍(二)が原告の本件絵画(二)に対する著作権を侵害して作成されたものであることを知っていたものと推認することができる。
(3)被告山梨県及び被告広島県は、右(1)のとおり、自ら本件書籍(二)を頒布したものではないが、証拠(甲一六、三八、四三)及び弁論の全趣旨によると、被告山梨県及び被告広島県は、それぞれ本件ダリ展の主催者の一人であり、会場である山梨県立美術館は被告山梨県が、広島県立美術館は被吉広島県がそれぞれ管理する施設であると認められるから、被告山梨県や被告広島県の許可なしには、本件ダリ展において本件書籍(二)を販売することはできないものと考えられる。しかるところ、右のとおり、現実に本件書籍(二)が販売されているのであって、この事実に右(2)で述べたところを総合すると、被告山梨県及び被告広島県は、本件書籍(二)が原告の本件絵画(二)に対する著作権を侵害して作成されたものであることを知りながら、本件ダリ展における本件書籍(二)の頒布を許し、頒布の機会及び場所を提供したものと認められる。そうすると、被告山梨県及び被告広島県は、本件ダリ展の会場における本件書籍(二)の頒布による著作権侵害行為を幇助したものということができる。
四 争点三について
1 本件ダリ展に関する損害賠償請求について
(一)前記二2(一)(2)認定のとおり、被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店、被告伊勢丹は、本件ダリ展の各会場において、本件書籍(二)を、定価二二〇〇円で、被告ミモカは九八三冊、被告松坂屋は一九〇四冊、被告近鉄百貨店は二六五六冊、被告伊勢丹は七〇七四冊それぞれ販売したこと、山梨県立美術館協力会は、山梨県立美術館における本件ダリ展の会場において、本件書籍(二)を、定価二二〇〇円で、八〇〇冊販売したこと、被告ダリ財団は、広島県立美術館における本件ダリ展の会場において、本件書籍(二)を、定価二二〇〇円で、少なくとも二〇〇〇冊販売したこと、以上の事実が認められる。
 弁論の全趣旨によると、本件書籍(二)における本件絵画(二)の著作権使用料は、定価の一〇パーセントが相当であると認められる。
(二)以上によると、原告が被告らの著作権侵害行為により被った損害は、以下のとおりであると認められ、被告らは、原告に対し、右金額の範囲で損害賠償責任を負う。
(1)被告山梨県関係の各賠償額(被告山梨県及び被告ダリ財団)
 二二〇〇円×八〇〇冊×一〇パーセント=一七万六〇〇〇円
(2)被告ミモカ関係の各賠償額(被告ミモカ及び被告ダリ財団)
 二二〇〇円×九八三冊×一〇パーセント=二一万六二六〇円
(3)被告松坂屋関係の各賠償額(被告松坂屋及び被告ダリ財団)
 二二〇〇円×一九〇四冊×一〇パーセント=四一万八八八〇円
(4)被告近鉄百貨店関係の各賠償額(被告近鉄百貨店及び被告ダリ財団)
 二二〇〇円×二六五六冊×一〇パーセント=五八万四三二〇円
(5)被告伊勢丹関係の各賠償額(被告伊勢丹及び被告ダリ財団)
 二二〇〇円×七〇四七冊×一〇パーセント=一五五万三四〇円
(6)被告広島県関係の各賠償額(被告広島県及び被告ダリ財団)
 二二〇〇円×二〇〇〇冊×一〇パーセント=四四万円
 なお、右(1)ないし(6)については、右各被告らが、右各金額を不真正連帯債務として負担するというべきである。
(三)被告らは、本件追加契約書一条の規定を根拠として、原告に損害が発生することはないと主張するが、前記二認定のとおり、本件契約は、ダリの作品に関する著作権を原告に対して時間的に一部譲渡する契約であって、本件追加契約書一条の規定は、その譲渡の対価の内容を確認したものと解されるから、著作権者である原告に損害が発生しないということはできない。
(四)なお、遅延損害金の起算点は、不法行為の終わった日である各展覧会終了日とするのが相当であるので、原告主張の起算点が展覧会の終了日より後の場合は、原告主張の日とし、展覧会の終了日より前の場合は、展覧会の終了日とする。
2 本件書籍(二)の複製頒布禁止及び廃棄請求について
(一)既に述べたとおり、被告ダリ財団は、原告が本件絵画(二)の著作権者であることを知りながら、本件書籍(二)に本件絵画(二)を複製掲載したのであるから、同被告に対する本件書籍(二)の複製頒布禁止及び廃棄請求は理由がある。
(二)被告ミモカ、被告松坂屋、被告近鉄百貨店及び被告伊勢丹は、いずれも本件ダリ展の各会場において、本件書籍(二)を頒布し、被告山梨県及び被告広島県は、本件ダリ展の会場における本件書籍(二)の頒布を幇助したのであるが、これらの者が本件書籍(二)に本件絵画(二)を複製掲載したとは認めらないし、また、右の頒布も、本件ダリ展開催期間中に限られるものと解されるから、本件ダリ展が終了した現時点において、右被告らが、本件書籍(二)を頒布するおそれがあるとは認められない。そうすると、右被告らに対する本件書籍(二)の複製頒布禁止及び廃棄請求は理由がない。
五 結論
 以上の次第で、原告の本件各請求は、主文掲記の範囲で理由がある。

東京地方裁判所民事第四七部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 内藤裕之
 裁判官 杜下弘記
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