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【事件名】「キャンディ・キャンディ」事件(カバヤ食品) 【年月日】平成12年5月25日 東京地裁 平成11年(ワ)第8471号 著作権侵害賠償請求事件 (口頭弁論終結の日 平成12年1月27日) 判決 原告 名木田恵子 右訴訟代理人弁護士 伊東大祐 同 向井千景 同 坂井大輔 被告 五十嵐優美子 被告 有限会社アイプロダクション 右代表者代表取締役 五十嵐優美子 右両名訴訟代理人弁護士 花岡巖 同 唐澤貴夫 同 本橋光一郎 同 小川昌宏 同 下田俊夫 被告 株式会社フジサンケイアドワーク 右代表者代表取締役 山口尚毅 右訴訟代理人弁護士 渡部喬一 同 小林好則 同 仲村晋一 同 松尾憲治 同 近藤勝彦 同 大石雅寛 被告 カバヤ食品株式会社 右代表者代表取締役 野津喬 右訴訟代理人弁護士 塚本義政 同 甲元恒也 主文 一 被告らは、原告に対し、連帯して二九二万八六九五円及びこれに対する平成一一年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 二 原告のその余の請求を棄却する。 三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。 事実及び理由 第一 原告の請求 被告らは、原告に対し、連帯して一〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 本件は、連載漫画につき、そのストーリーの創作を担当した著述家である原告が、原告に無断で行われた右連載漫画の登場人物の絵の商品化事業について、右は原告が右連載漫画について有する原著作者としての権利を侵害するものであると主張して、右商品化事業に関与した被告五十嵐優美子(右連載漫画の作画を担当した漫画家)を始めとする被告らに対して、著作権侵害を理由とする損害賠償を求めている事案である。 一 前提となる事実関係(当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨に加えて該当部分末尾掲記の各証拠により認められる。) 1 原告は、漫画の原作、児童文学作品等を主な活動領域とする著述家であり、「水木杏子」のペンネームを使用している。 被告五十嵐優美子(以下「被告五十嵐」という。)は、漫画家であり、「いがらしゆみこ」のペンネームを使用している。被告有限会社アイプロダクション(以下「被告アイプロ」という。)は漫画、アニメーションの著作及び製作販売を主たる業務とする会社、被告株式会社フジサンケイアドワーク(以下「被告アドワーク」という。)は広告業務、広告に関連する企画制作を主たる業務とする会社、被告カバヤ食品株式会社(以下「被告カバヤ」という。)は菓子類の製造販売を主たる業務とする会社である。 2 漫画「キャンディ・キャンディ」(以下「本件連載漫画」という。)は株式会社講談社発行の月刊少女漫画雑誌「なかよし」(以下「なかよし」という。)の昭和五〇年四月号から同五四年三月号までに連載された連続したストーリーを有する漫画であるところ、本件連載漫画は、連載の各回ごとに、原告がストーリーを創作し、小説形式にした原稿(以下「原作原稿」という。)を作成してこれを被告五十嵐に渡し、被告五十嵐が右原稿に基づいて漫画を作成するという手順で制作された。なかよしにおける本件連載漫画の各連載分には、その扉絵に、作者として、被告五十嵐のペンネームである「いがらしゆみこ」と共に、「原作 水木杏子」という形で原告のペンネームが表示されていた。(甲一、八、丙一〇) 3 原告は、被告五十嵐との間で本件連載漫画の著作権の帰属をめぐって紛争を生じ、平成九年、被告五十嵐及び被告アドワークを相手方として、本件連載漫画の登場人物の絵の販売の差止め等を求める訴えを東京地方裁判所に提起したところ(東京地裁平成九年(ワ)第一九四四四号事件。以下「先行訴訟」という。)、同裁判所は、平成一一年二月二五日、原告の請求を認容する判決を言い渡した。(甲一) 4 被告アイプロは、被告五十嵐からの委任を受けて、本件連載漫画について被告五十嵐の有する著作権を管理し、その商品化事業を遂行するものであるところ、平成一〇年三月三一日、被告アドワークを代理人として、被告カバヤとの間で、本件連載漫画の登場人物の絵を同被告の販売する菓子類に付することを許諾する内容の契約(以下「本件許諾契約」という。)を締結した。(乙一) 5 被告カバヤは、本件許諾契約に基づき、平成一〇年六月から同一一年二月までの間に、主人公キャンディを始めとする本件連載漫画の登場人物の絵を付した、「キャンディキャンディCANDY」なる名称の袋入りの飴(以下「本件商品」という。)を製造販売した。 二 本件における争点及び当事者の主張 1 本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対して、原告の本件連載漫画の原著作者としての権利が及ぶかどうか。 (一)被告五十嵐・被告アイプロの主張 (1)原告が本件連載漫画について原著作者としての権利を有するとしても、原告の右権利は、本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対しては及ばない。 ストーリー漫画は、確かに言語的要素と絵画的要素が渾然一体となったものととらえることができる。しかし、漫画がこのような複合的要素を有するとしても、登場人物の絵を含め、漫画の表現形式の一部であるところの絵画部分がすべて当然に言語著作物(ストーリー原作。漫画のいわゆる「原作」)を原著作物とする二次的著作物となるわけではない。登場人物の絵など漫画の絵画部分は漫画とは独立して鑑賞の対象となり得るものであり、現に、漫画作品について、絵画部分(殊に、登場人物の絵など恒久的に一定の特徴をもって描かれる絵)のみを利用する社会的実態も存在する。漫画中の絵は、漫画とは切り離しても、それ自体独立した表現物として存在し得る。また、逆に、既存の絵が漫画のなかで描かれることもあるが、この場合、漫画に描かれる個々の絵が、既存の「絵」としての固有の著作物性を喪失して漫画の表現形式の一部として漫画の中に埋没してしまうことにはならない。したがって、漫画中の絵画部分が言語著作物(ストーリー原作)の二次的著作物といえるかどうかは、個別に判断しなければならない。 著作権法が、二次的著作物の利用につき原著作物の著作者が二次的著作物の著作者と同一の種類の権利を有すると定めるのは(著作権法二八条)、二次的著作物の表現形式のなかに原著作物の表現形式上の本質的特徴が表現されているからである。また、パロディ・モンタージュ写真事件最高裁判決(最高裁昭和五一年(オ)第九二三号同五五年三月二八日第三小法廷判決・民集三四巻三号二四四頁)の判示内容に照らしても、漫画作品の登場人物の絵が言語著作物(ストーリー原作)の二次的著作物といえるためには、その絵が言葉で書かれた原稿のストーリーにおける表現形式の本質的特徴を直接感得できるものであることを要するというべきである。 これを本件連載漫画における主人公キャンディを始めとする登場人物の絵についてみると、キャンディ等の登場人物の絵だけを見ても、原告の作成に係る原作原稿のストーリーの本質的特徴を表現していることを感得することはできない。したがって、キャンディ等の登場人物の絵をもって原告の原作原稿を原著作物とする二次的著作物と認める余地はない。 (2)ある著作物が原著作物との関係で二次的著作物といえるためには、原著作物に「依拠」していることを要する。 漫画の登場人物を描いた絵(原画)は、それ自体として美術の著作物(著作権法一〇条一項四号)であり、絵の作画が完成した時点で、描いた漫画家に著作権が発生する。この場合、漫画のストーリーを記した原作が存在しない段階で登場人物の原画が独自の著作物として完成しているならば、右原画がストーリー原作に依拠することは観念上あり得ないから、右原画がストーリー原作の二次的著作物となることはあり得ない。すなわち、登場人物の絵(原画)が先に創作・完成された後に、当該登場人物についてストーリー原作が付されて漫画が制作された場合、当該漫画で描かれる登場人物の絵は、登場人物の原画の複製物ないし翻案物であって、これをストーリー原作の二次的著作物と認める余地はない。 本件においては、被告五十嵐は、昭和四九年秋に講談社の編集者からなかよしに新たな連載漫画を描くことを依頼され、編集者との間で、おてんばで元気な孤児の女の子を主人公とする連載漫画を描くことを決定した。被告五十嵐は、同年一一月にストーリーライターである原告と新たな連載漫画についての打合せを始めたが、第一回の打合せの際に、そばかすのある主人公の女の子のラフスケッチ(以下「キャンディ原画」という。)を描いて編集者と原告に示した。原告及び編集者は、その場で直ちに右のキャラクター画に基づいて漫画を描くことに賛成したものであり、これにより、原告の役割は、キャンディ原画に描かれたキャラクターの主人公をめぐるストーリーを書くこととなったのである。そして、被告五十嵐は、同年末から翌昭和五〇年初めにかけて、同年二月三日発売予定のなかよし三月号に掲載する本件連載漫画の新連載予告用のキャンディのキャラクター画四枚(以下、これらを「キャンディ予告原画」という。)を描き、これらを同年一月八日までに編集者に渡した。原告の作成に係る本件連載漫画の連載第一回分の原作原稿が被告五十嵐に渡されたのは、その後の同月二〇日ころである。 右のとおり、本件連載漫画の主人公キャンディの絵については、キャンディ原画及びキャンディ予告原画が、連載第一回分の原作原稿が原告から被告五十嵐に渡される前に、それに依拠することなく被告五十嵐により創作完成されていたものであるから、本件連載漫画において描かれたキャンディの絵は、キャンディ原画ないしキャンディ予告原画の複製物ないし翻案物であって、これを原告の原作原稿を原著作物とする二次的著作物と認める余地はない。また、本件連載漫画におけるキャンディ以外の登場人物の絵についても、原告の原作原稿に依拠することなく描かれたものであるから、二次的著作物ではない。 (二)原告の主張 (1)著作権法二八条は、「二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。」と規定する。著作権法は、右のとおり、原著作物の著作者に、二次的著作物の著作者が有するのと同一の権利を、それも何らの限定も付さずに認めているものであり、結果的に、原著作物の著作者は、二次的著作物の著作者の有するのと同じ権利を有していることになる。 二次的著作物においては、原著作物の創作性を引き継ぐ部分と二次的著作物の著作者の創作に係る部分とが渾然一体となっているが、一個の著作物である当該二次的著作物のうち、どの部分が、あるいはどのような利用形態が原著作物の著作者の権利を生じさせるかを、いちいち論じなければならないとすると、原著作物の著作者の権利の範囲がいたずらに不明確となり、権利関係の安定を著しく欠くことになる。そこで、著作権法は、原著作物の著作者は結果的に二次的著作物の著作者が持つ権利と同じ権利を専有することとしたものである。仮に、被告五十嵐らが主張するように、原著作物の著作者が原著作物に表われた創作性を引き継ぐ部分にしか法的権利を持たないというのであれば、二次的著作物の利用行為はすべて原著作物の利用行為として観念して権利処理を行えば足りることになり、著作権法二八条は不要な規定となる。 右のとおり、仮に登場人物の絵だけからはストーリーは読みとれないとしても、個々の登場人物の絵の利用が二次的著作物の著作者である被告五十嵐の著作権の行使となる以上、原著作物の著作者である原告も同じ権利を専有するのであり、登場人物の絵のみではストーリーを表現していないという点は、登場人物の絵について原告の権利を否定する理由とはならない。 (2)漫画に限らず、油絵、水彩画その他の絵画や塑像などの創作に当たっては、多くの習作、試作等が制作されるが、このような場合、最終的に完成した作品をもって先行する習作品、試作品の複製物・翻案物と評価することはできない。 本件において、被告五十嵐らの挙げるキャンディ原画は、担当編集者を交えて行われた原告と被告五十嵐との打合せにおいて、原告及び編集者の意見を取り入れて被告五十嵐がその場で、持ち合せた冊子の紙に描いたものであって、正に習作というべきものである。この時点では連載第一回分の原作原稿はいまだ完成していなかったが、既に本件連載漫画のストーリーの概略はできあがっており、原告から編集者を介して被告五十嵐に伝えられていた。また、キャンディ予告原画は、連載予定の本件連載漫画の予告の一環として、その時点で検討中の登場人物の絵を描いたものにすぎない。なお、キャンディ以外の登場人物については、このような原画は作成されていない。 右によれば、本件連載漫画における登場人物の絵は、キャンディ原画ないしキャンディ予告原画に依拠して作成されたということはできず、これらの複製ないし翻案ということはできない。 2 本件商品の販売について、被告アドワーク及び被告カバヤが責任を負うかどうか。 (一)原告の主張 被告アドワークは被告アイプロの代理人として被告カバヤとの間で本件許諾契約を締結したものであるが、右当時、既に原告と被告五十嵐及び被告アドワークとの間に本件連載漫画の著作権の帰属をめぐって先行訴訟が係属していたものであり、また、なかよしに連載された本件連載漫画の各号の連載分に原作者として「水木杏子」の名が表示されていたことは容易に知り得るものであったから、被告アドワーク及び被告カバヤは、本件連載漫画について原告が原著作物の著作者又は共同著作物の著作者としての権利を有することを知っていたか又は過失によりこれを知らないで、本件許諾契約を締結し、本件商品を製造販売したものである。 被告アドワークは本件連載漫画の著作権を被告五十嵐のみが有することを前提として被告カバヤとの交渉を進め、本件許諾契約を締結したものであって、被告らは、共同して本件商品を商品化し、その製造販売により原告の著作権を侵害したものであり、被告らの右行為が共同不法行為を構成することは明らかである。 被告アドワークの後記の主張の内容は、被告アドワークと被告五十嵐ないし被告カバヤとの間の対内的な事情であり、これらは被告らの原告に対する損害賠償責任の内部的な負担割合を決める要素にはなり得ても、対外的に原告に対する不法行為の成立を否定する根拠にはなり得ないものである。 (二)被告アドワークの主張 (1)二次的著作物については、原著作物の著作者と二次的著作物の著作者がそれぞれ独立した権利を有するものであり、これらはそれぞれ別個に独立して行使されるものである。そして、著作権が共有に係る場合と異なり、二次的著作物の著作者は、自己の有する権利に基づいて第三者に二次的著作物の利用を許諾するに当たって、原著作物の著作者の同意を得る必要はない(著作権法六五条二項の反対解釈)。二次的著作物の著作者が第三者に二次的著作物の利用を許諾したとしても、原著作物の著作者は当該二次的著作物の利用を許諾する権利を留保しており、自己の有する権利について第三者に利用を許諾するかどうかを自由に決定することができるのであるから、二次的著作物の著作者が自己の有する権利について第三者に利用を許諾したとしても、それだけでは原著作物の著作者に対する不法行為となるものではない。 本件連載漫画をめぐっては、東京地裁に原告と被告五十嵐及び被告アドワークとの間での先行訴訟が係属していたことから、被告アドワークは、本件連載漫画の権利に関して被告五十嵐に確認したところ、当時同被告の代理人を務めていた弁護士から、本件連載漫画についてストーリーとは関係なく登場人物の絵のみを利用する行為については、原告に著作権はなく、被告五十嵐の許諾のみを受ければ足り、仮に原告の著作権が認められたとしても、被告アドワークは責任を負担せず、著作権侵害を理由とする損害賠償義務は被告五十嵐において負担するとの回答を得ていた。被告五十嵐の代理人の弁護士は、本件許諾契約締結に前後して、被告カバヤに対しても、著作権侵害を理由とする損害賠償義務はすべて被告五十嵐において負担する旨の同趣旨の説明を行っている。 本件許諾契約には、被告五十嵐が本件連載漫画の唯一の著作権者であることや、被告五十嵐のみの許諾で本件連載漫画のキャラクターを使用した場合に著作権法上の問題が生じないことを保証した条項はない。かえって、本件連載漫画のキャラクターを使用した被告カバヤの商品が第三者の権利を侵害した場合には、被告カバヤにおいて解決処理する旨の条項(本件許諾契約一一条(2))が置かれている。右のとおり、本件許諾契約は、被告五十嵐がその有する著作権に基づいて被告カバヤに対して本件連載漫画のキャラクターの使用を許諾するが、他の著作権者の存在やその者からの許諾の要否については関知せず、その点については被告カバヤにおいて調査しなければならないという内容となっているのである。 被告アドワークは、本件連載漫画の登場人物の絵の利用について被告五十嵐のみが著作権を有することを前提として被告カバヤと本件許諾契約の締結に向けての交渉を行っていたことは事実であるが、被告カバヤに対しては、本件連載漫画をめぐって原告と被告五十嵐との間に紛争が存在することを、繰り返し伝えてきた上、本件許諾契約上被告カバヤは本件商品の製造販売に当たって他者の権利を侵害しないようにする注意義務を負っているのであるから、被告アドワークが被告カバヤに対して本件連載漫画の著作権の帰属について保証したことにはならないし、誤信させたことにもならない。また、被告アドワーク及び被告カバヤが本件連載漫画の著作権について独自の調査をしなかったのは、当時の被告五十嵐の代理人の弁護士の見解に従ったためである。 したがって、被告アドワークが被告カバヤとの交渉の過程で本件連載漫画の登場人物の絵の利用について被告五十嵐のみが著作権を有するとの前提に立っていたことが、被告カバヤによる著作権侵害の原因の一端となっていたとしても、その寄与の程度はいまだ社会的相当性を逸脱するものではなく、被告アドワークの行為は違法と評価されない。また、被告アドワークは、被告五十嵐の代理人たる弁護士の説明を信じていたものであって、故意がなく、原告の許諾を得なくてもよいと信じたことに相当な理由があるから過失もない。 (三)被告カバヤの主張 本件連載漫画をめぐって原告と被告五十嵐との間に紛争が存在することを事前に被告カバヤに伝えていた旨の被告アドワークの主張は、自己の責任を被告カバヤに転嫁するための虚偽のものである。もしも、本件許諾契約の締結前に被告アドワークからそのような事実が伝えられていたのであれば、被告カバヤとしては、本件許諾契約の締結に応じていたはずがない。 被告カバヤは、本件商品に本件連載漫画の登場人物の絵を付することに著作権法上何らの問題もないことを、被告アイプロ及び被告アドワークの両社に対して再三にわたって確認をした上で、本件許諾契約を締結したものである。被告五十嵐の代理人である弁護士が作成した、本件商品について原告からの抗議がされた場合の対処方法についての書面を、被告カバヤが受領したのは、本件許諾契約締結後の平成一〇年六月になってからのことである。 3 原告の被った損害の額 (一)原告の主張 本件許諾契約に基づき、被告カバヤは、平成一〇年七月ころから、本件商品を小売価格二〇〇円で少なくとも一〇〇万個販売したものであり、その販売額は二億円を下らない。本件連載漫画の登場人物の絵を本件商品に使用するに当たっての、原告が受領すべき著作物使用料は少なくとも右販売額の五パーセントに当たる一〇〇〇万円を下回らない。 したがって、原告は、被告らによる著作権(複製権)侵害の共同不法行為により、右同額の損害を被ったものである(著作権法一一四条二項)。 (二)被告カバヤの主張 被告カバヤは、本件許諾契約に基づき、平成一〇年六月から同一一年二月までの間に、本件商品を小売価格一八〇円(消費税別)で一〇八万四七〇二個販売した。被告カバヤは、右販売につき、被告アイプロに対して五八五万七三九一円の使用料の支払義務を負担するところ、このうち三七一万八九五三円は既に被告アドワークを介して被告アイプロに支払ったが、残額二一三万八四三八円はいまだ支払っていない。 第三 当裁判所の判断 1 争点1(本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対して、原告の本件連載漫画の原著作者としての権利が及ぶかどうか)について (一)前記第二、一2に認定の本件連載漫画の制作の経過によれば、本件連載漫画は、原告の創作した原作原稿を原著作物とする二次的著作物に該当するものである(被告らも、本件においては、これを争っていない。)。 著作権法二八条は、「二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。」と規定するものであり、右規定によれば、原著作物の著作者は、二次的著作物の利用に関して、二次的著作物の著作者と同一の権利を有するものというべきである。同条は「同一の種類の権利」と規定するが、これは、二次的著作物の利用に関して原著作物の著作者が二次的著作物の著作者とまったく同一の内容の権利を有することを前提とした上で、二次的著作物においてその著作者の有する権利の内容が原著作物においてその著作者の有する権利の内容と種類を異にする場合であっても、そのような権利の種類の異同にかかわらず、二次的著作物においてその著作者に認められる権利であれば、これを原著作物の著作者が有することを明らかにしたものと解するのが、相当である。したがって、原著作物の著作者は、二次的著作物の一部の利用に関しても、それが原著作物の内容を覚知できる部分かどうかにかかわらず、二次的著作物の著作者と同様の権利を有するものである。 けだし、二次的著作物は、原著作物を基礎としてこれに新たな創作的要素を付加して作成されるものであるから、その性質上当然に、原著作物の内容をそのまま引き継ぐ部分と、二次的著作物において新たに付与された創作的部分の双方を有するものであるところ、両者を区別することは実際上困難なことが多く、両者を区別して扱うこととすれば二次的著作物の利用をめぐる権利関係が著しく複雑となり、法的安定性を害する結果となること、また、二次的著作物における新たな創作的部分であっても、原著作物の内容による制約の下で付与されるものであり、原著作物の創作性に全く依拠しないとはいえないことなどから、著作権法は、両者を区別しないで二次的著作物の利用全般について、原著作物の著作者が二次的著作物の著作者と全く同一の権利を有するものとしたと解するのが合理的だからである。この点に関して被告五十嵐らの引用する判例(最高裁昭和五一年(オ)第九二三号同五五年三月二八日第三小法廷判決・民集三四巻三号二四四頁)は、本件とは事案を異にするものであって、本件に適切でない。 漫画は、ストーリー展開、登場人物の台詞、コマ割りの構成、登場人物や背景の絵などの諸要素が不可分一体として有機的に結合したものであり、言語的要素と絵画的要素が有機的に結合した著作物である。一般に、著作権者は、第三者が著作物の一部のみを複製する行為に対しても、著作権の侵害を理由として差止め等を求めることができるものであり、これを漫画についていえば、漫画の著作権者は、第三者が漫画を構成する要素の一部である絵画的要素のみを利用する行為、例えば漫画の登場人物の絵のみを複製する行為に対しても、著作権の侵害を理由として差止め等を求めることができる。そうであれば、ストーリー原稿を原著作物として漫画が作成されている場合においては、原著作物の著作者(原作者、著述家)は、二次的著作物の著作者(作画者、漫画家)と同様、当該漫画の登場人物の絵のみを複製する行為に対しても、著作権侵害を理由として差止め等を求めることができるというべきである。 (二)また、被告五十嵐及び被告アイプロは、本件においては、原告から被告五十嵐に本件連載漫画の第一回連載分の原作原稿が交付される前に、被告五十嵐によりキャンディ原画及びキャンディ予告原画が作成されていたから、本件連載漫画における主人公キャンディの絵は、原告作成の原作原稿に依拠することなく作成されたものであり、キャンディ原画ないしキャンディ予告原画の複製物ないし翻案物であって、原作原稿を原著作物とする二次的著作物に該当しないと主張する。 なるほど、漫画の登場人物の絵として、既存の別個の漫画の登場人物の絵を使用した場合(例えば、手塚治虫の漫画においては、複数の作品を通じて、「ヒゲオヤジ」「ランプ」「ヒョウタンツギ」などの人物が脇役として登場している。)、既存のオリジナルキャラクター(例えば、「ハロー・キティ」など)を使用した場合や、漫画以外の既存の著作物における絵を使用した場合(例えば、漫画「ポケットモンスター」においては、先行して発売された同名の携帯液晶ゲーム機用ソフトに登場する様々なモンスターが登場している。)は、漫画における当該登場人物の絵は、既存の他の著作物における絵の複製であり、当該漫画の作画を担当した漫画家は当該登場人物の絵について著作権を有しないものであるから、当該漫画につきそのストーリー原稿を作成した者(著述家)がいたとしても、その者は、当該登場人物の絵については、原著作物の著作者としての権利を有しないこととなる。 しかし、本件においては、証拠(甲一〇、丙一の1〜5、二の1〜4、三ないし五、一〇)及び弁論の全趣旨によれば、@ 昭和四九年秋、なかよし編集部は、当時なかよしに連載中の被告五十嵐の著作に係る漫画「ひとりぼっちの太陽」の連載終了後に、同被告による新たな連載漫画をなかよしに連載することを企画し、被告五十嵐の担当編集者であった清水が同被告との間で新たな連載漫画の構想を話し合うなかで、新連載漫画については、なかよし昭和五〇年四月号から連載を開始し、ストーリーの作成を原告が担当し、作画を被告五十嵐が担当することが決まり、昭和四九年一一月までの間に、清水は、被告五十嵐及び原告とそれぞれ個別に打合せを行って、新連載漫画につき、舞台を外国として、主人公である孤児の少女が逆境に負けずに明るく生きていく姿を描くなどの、漫画の舞台設定、主人公の性格や基本的筋立て等の基本的構想を決定したこと、A 右に引き続いて、同年一一月、原告と被告五十嵐は、清水を交えて初めての打合せを行い、なかよし昭和五〇年四月号に掲載する連載第一回分の筋立てのほか、なかよし同年三月号に同漫画の予告を掲載するために必要な、漫画の題名、主人公の名前、キャラクター等について各自の意見を交換したが、その際、被告五十嵐は、携帯していたB5判の無地のレポート用紙綴りに、主人公のラフスケッチ(キャンディ原画)を描いたこと、B 右打合せの結果を踏まえて、原告は、本件連載漫画の連載第一回分の原作原稿を執筆していたところ、これと並行して、被告五十嵐は、清水からの依頼に基づき、なかよし三月号に掲載する本件連載漫画の予告用の主人公キャンディのカット画(キャンディ予告原画)を作成して、昭和五〇年一月八日ころまでに清水に渡したこと、C その後、同年一月中旬に、被告五十嵐は、原告の作成した連載第一回分の原作原稿を、清水から受領したこと、が認められる。 右事実関係に照らせば、キャンディ原画は、原告、被告五十嵐と編集者との間で本件連載漫画の基本構想が決まった後に、三者で主人公の名前、キャラクターについての意見を交換している際に、被告五十嵐が主人公の少女の容貌についての一案を提示する目的でその場で描いたものであって、本件連載漫画における主人公キャンディの絵との関係でいえば、下書きないし習作というべきものであり、キャンディ予告原画も、本件連載漫画の予告掲載のため、昭和五〇年一月初めに、三者の右打合せの結果を踏まえて主人公キャンディの暫定的な予定画として作成されたものであって、いずれも、原作原稿において予定されていた主人公の性格等の特徴に合致するように、本件連載漫画の制作作業の一環として作成されたものである。右によれば、キャンディ原画及びキャンディ予告原画は、いずれも、本件連載漫画のストーリーと無関係に独立して作成されたものということができず、本件連載漫画の制作経過を全体としてみれば、キャンディ原画及びキャンディ予告原画は、本件連載漫画における主人公キャンディの絵と一体として、原告作成の原作原稿に依拠して作成されたものというべきである。したがって、結果的に、本件連載漫画において描かれた主人公キャンディの絵がキャンディ原画ないしキャンディ予告原画と同一ないし類似するものであったとしても、本件連載漫画の絵が、これらに依拠して作成されたということはできず、これらの複製ないし翻案に当たるということはできない。被告五十嵐らの前記主張は、採用することができない。 また、本件連載漫画におけるキャンディ以外の登場人物の絵については、原告による原作原稿作成以前に被告五十嵐によりこれらの絵の原画が作成されていたことを認めるに足りる証拠はないから、被告五十嵐らの主張はその前提を欠くものであって、これ以上の検討を要するまでもなく、失当である。 (三)以上によれば、本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対しても、原告は、本件連載漫画の原著作物の著作者として、著作権を行使し得るものというべきである。 2 争点2(本件商品の販売について、被告アドワーク及び被告カバヤが責任を負うかどうか)について 証拠(甲一、三、八、乙一、二、六、七、丁一)及び弁論の全趣旨によれば、@ 被告アドワークは、被告五十嵐及び被告アイプロの許諾を得て本件連載漫画のキャラクターの商品化事業を遂行していたところ、平成九年五月から、被告カバヤとの間で、本件連載漫画の登場人物の絵を付した菓子製品を新たに製造販売することについての交渉を始めたこと、A 被告アドワークは、被告五十嵐と共に、原告から提起された先行訴訟の相手方となっていたが、右訴訟の対応において、被告五十嵐の当時の代理人弁護士から、原告は本件連載漫画作成の際に参考資料等の提供をしただけであって本件連載漫画について著作権を有するのは被告五十嵐のみである旨及び仮に原告に何らかの権利があったとしても本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨の説明を受けていたこと、B 商品化事業の交渉中、被告五十嵐、被告アイプロ及び被告アドワークは、被告カバヤに対して、原告が同意しないためテレビアニメ「キャンディ・キャンディ」(本件連載漫画をアニメーション化したテレビ番組)の再放送ができないことを説明したが、先行訴訟が係属していることは述べず、本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上何らの問題も生じない旨の説明をしていたこと、C 被告カバヤは、被告五十嵐、被告アイプロ及び被告アドワークによる右説明を信じて、本件商品の製造販売には著作権法上の問題はないものと判断して、本件許諾契約の締結に応じたこと、D 本件許諾契約の締結後、平成一〇年六月ころに、被告アドワークは、被告五十嵐の当時の代理人弁護士が作成した、本件連載漫画について著作権を有するのは被告五十嵐のみである旨及び仮に原告に何らかの権利があったとしても本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨を説明した書面を、被告カバヤに交付したこと、が認められる。 右認定事実によれば、被告らは、本件連載漫画について著作権を有するのは被告五十嵐のみである旨及び仮に原告に何らかの権利があったとしても本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨の共通認識の下で、共同して、本件連載漫画のキャラクターの商品化事業として、被告カバヤによる本件商品の製造販売を遂行したものと認められるから、本件商品の製造販売による原告の著作権の侵害については、各自、共同不法行為者として責任を負担するものというべきである。 被告アドワークは自己の行為は違法と評価されるものではないと主張するが、前記のとおり、本件許諾契約に向けての交渉の際には、本件連載漫画について著作権を有するのは被告五十嵐のみである旨及び本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨を繰り返し説明していたものであり、なるほど本件許諾契約には本件商品の製造販売により第三者の権利を侵害したときには被告カバヤの責任により処理する旨の条項(一一条(2))は置かれているものの(右条項の存在は、乙一により認められる。)、前記のような交渉の経緯に照らせば、右条項が本件連載漫画の登場人物の絵の使用について原告から別途許諾を得る必要のあることを意味するものと解することはできない。 また、被告アドワーク及び被告カバヤは自己の過失を争うが、被告らは、本件連載漫画の登場人物の絵の使用について著作権法上の問題を生じないかどうかを、それぞれの事業の遂行に当たり、各自、自己の責任により判断すべきものであるところ、前記認定事実に加えて、なかよしにおける本件連載漫画の各連載分に「原作 水木杏子」という形で原告のペンネームが表示されていたこと(前記第二、一2)に照らせば、本件連載漫画の登場人物の絵の使用につき原告が何らかの権利を有することは容易に知り得べきものであったから、被告五十嵐ないし同被告の当時の代理人弁護士の説明を軽信して本件商品の製造販売に関与した被告アドワーク及び被告カバヤに、過失があったことは明らかである。 3 争点3(原告の被った損害の額)について 証拠(乙一、三ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、@ 本件許諾契約においては、被告カバヤが本件商品におけるキャラクター使用料として支払うべき額は、本件商品の小売価格の三パーセントであり(三条(1))、被告カバヤは仮に右により算出された使用料が一〇〇万円を下回るものであったとしても最低保証使用料として一〇〇万円を支払うべきものと定められていること、A 被告カバヤは、本件許諾契約に基づき、平成一〇年六月から同一一年二月までの間に、本件商品を小売価格一八〇円で一〇八万四七〇二個販売したこと、B 被告カバヤは、本件許諾契約に基づき、右販売につき、被告アイプロに対して小売価格の三パーセントに当たる五八五万七三九一円の使用料の支払義務を負担するところ、このうち三七一万八九五三円は既に被告アドワークを介して被告アイプロに支払ったが、残額二一三万八四三八円はいまだ支払っていないこと、が認められる。 右事実関係に照らせば、本件許諾契約において定められている本件商品についてのキャラクター使用料は、被告五十嵐が本件連載漫画の登場人物の絵の使用についてのすべての権利を有することを前提として、商品化契約としての通常の交渉の結果合意された額と認めることができるところ、本件連載漫画については、原告は原著作物の著作者として、被告五十嵐は二次的著作物の著作者としてそれぞれ権利を有するものであり、その割合は各二分の一と認めることができるから、本件商品における本件連載漫画の登場人物の絵の使用について原告が通常受けるべき使用料は、本件許諾契約において定められた額の二分の一に当たる本件商品小売価格の一・五パーセントと認めるのが相当である。したがって、著作権法一一四条二項により、原告が本件商品の製造販売により被った損害額は二九二万八六九五円と認めることができる。 4 結論 以上によれば、被告らは、共同不法行為による損害賠償として、原告に対して二九二万八六九五円及びこれに対する不法行為後の平成一一年四月二七日以降の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うべきものであるから、原告の本訴請求を右の限度で認容することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一 裁判官 長谷川浩二及び裁判官大西勝滋は、転任のため署名押印できない。 裁判長裁判官 三村量一 |
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